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はてなキーワード: 麻痺とは

2014-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20141202220427

共感した.自分も,(まわりと比べたら)早い段階でPCネットというものに触れたことがきっかけで,そこから広がる世界こそが周囲との差別化要因だと思い込んで今ここに至っているようなふしがあるから

ネットの向こう側にはとにかく情報があふれていて,分相応な情報だけ丁寧に渡してくれたりなんてしない.そこが,とても手強いところだと思う.現実社会場合,頻繁に接する人々というのは,接するようになる過程でそれなりにバックグラウンドの共通化が行われるので,ある意味,分相応な情報しか入ってこない.そして,その分相応な相手(と言うとなんだか失礼な気もするけど)が,ある日突然,雲上人になってしまうなんてことも基本的には起こらない.昨日まで英単語を知らなかった人が,今日いきなりネイティブレベルになってることなんて,ない.そういう変化には必ず,時間という生々しい,リアルリソースの消費が伴っている.

要するに現実社会では,日常的にフェーズの全く異なる情報発信に触れ続けることはあまり無いんじゃないかな,と思うわけです.そういう場もたまにはあるけど,それは日常に対する単発的な刺激として用意されるものであって,日常的にはやっぱり身の丈にあった範囲暮らしていて,(できる人は)健全な程度の切磋琢磨をしている.

ところが,ネット世界には分不相応情報がありふれていて,色々なスキルを既に持っている人たちの情報容赦なく飛び込んでくる.相手は億単位頭脳を抱える集合知なのに,日常的にその勇姿に触れ続けていると,それが持つスケールスピード感に対してだんだん感覚麻痺してしまう.そうなると,自分の前に現れてくるものに対して,妄想としての自分はどんどんそれらを取り込んでいって「まともに」成長していくことになってしまうし,現実としての自分時間ばかりが経ってしまって,それらの義務がぎっしりつまった袋をずるずる引きずりながら重い足取りで歩き続けることになる.

・・・のかなぁ.

2014-12-03

劣等感の季節

ある種の人々は言いようのない劣等感を感じている。というか、青春期、人々の多くは言いようのない劣等感を感じているように思う。それは書物で見る限り昔からのようだ。

「その劣等感はどこから来たのか?」とか「どんな理由で感じるのか?」という問いにはあまり意味はない。おそらくそれは青年が何者でもなくて何が出来るかもわからない不安から生じているのだとは思うけれど、そんなことが分かったところで劣等感はなくならないからだ。正解でも不正解でも、あんまり意味がない。

十代でなんとかしないと、という焦りはこないだの青木君の小四なりすましの話に似ている。僕もそうだった。僕らの世代だと登大遊氏なんかが結構輝いてて、ああいう感じにならなきゃ、と思っていた節はある。十代の時になにか成し遂げないといけない、そのためには誰かに認めてもらわなければならないという焦りは、どれくらいの「大人」に理解してもらえることなのだろうか?

http://anond.hatelabo.jp/20141202220427

上の増田は嘆いているけれどその苦しさってそこまでユニークじゃない。「大人」の多くはその苦しみを経過して(乗り越えてとは言わない)大人になっているよ。

大人だってむかしは若者だったし若者だった以上にチンピラだった。Webの情報支援がなかった昔の若者はいまの若者以上に何も出来なくてずっとずっとボンクラだった。大人の多くは自己努力青春だの成長だのしてきたつもりでいるから、上から目線説教したりするかもしれかもしれないけれど、それって高度成長期があったせいであって別段昔の若者が優れてたわけじゃない。

断言する、昔の若者ボンクラだった。公平のために弁護すると、それは昔の若者能力が低かったというよりも、さまざまな課題解決のためのフレームマニュアルが共有化されていなかったせいだ。だからその時代口コミ師弟関係親族関係重要だったしコミュ障は今よりずっとスポイルされてた。また、だからこそ「無鉄砲な行動力」が重要視されていた。体当たりノウハウを積み重ねるというのが今よりずっと意味があったからだ。(なぜならそうして取得したノウハウは簡単には共有されないので差別化の原資になったからだ)。

今の若者はWebによる情報支援があり、さまざまな課題に関して極上のマニュアルを入手することが出来る。遭遇しうるありとあらゆる問題に対して、それを解決した先人がいて、おおよそどうすればいいのかわからないということがない。進学、就職研究技術的な学習恋愛人間関係法律問題。様々なマニュアルや手記がWebにはある。少なくとも手がかりは存在する。

そのメリットがある半面、隣を走ってる同年代の姿もよく見えるようになって、それが劣等感レンズとして視界をゆがめている部分があるにせよ、それでもこの情報支援は大きい。今の若者は昔の若者無意味強気ボンクラさに比べて、様々なことを実にスマートにこなす。紳士だし慌てないし礼儀正しいし、誤解を恐れずに言えば「有能」だ。

それはおそらく、いわれのない劣等感にさいなまれている増田でさえ有能なんだ。

オタクサブカルを敵視したのか、サブカルオタク差別したのか、はてなブックマークコメント欄も白熱しており、ヤンキーも巻き込んで混然としています

http://hatenanews.com/articles/201412/23089

から、この記事に見られるようなオタクサブカル、あるいはそれに加えてヤンキー同士の抗争というのも実は本質的ではない。本質劣等感だ。

いわれのない劣等感がまず先だって存在し、その劣等感は消去できない。麻痺させるしかない。劣等感麻痺させるいわば痛み止めとして、この種の抗争が存在する。ほとんどすべての人間は、無名の置換可能な消費単位しかない。若者であればそれはなおさらだ。そんなことは当たり前なのだから、そこで劣等感を感じるべきではない。しか青春期の自意識にとってはそうではないので、劣等感を感じるし、その劣等感を痛み止めするために、近しい場所にいる別の消費者罵倒してるだけだ。

歳をとるとその過程で様々なケーススタディ経験するし、見聞する。若いころ、世界には才能ある人(100点)とクズ(0点)しかいないように思う。

もちろん年を取ったこの世界にも100点の人と0点の人はいる。でもそれ以外の点数の人々もいるってわかってくる。わかってくるっていうのは、例えば42点の人がいるということじゃない。そんなことは(理論的には)若者の時だってわかっていた。

わかるのは「42点の人と41点の人の間にある差」だ。そのわずか1点の差が、彼我の間の明暗を分けるというような例をたくさん目にすることになる。「1点の差の大きさ」が実感としてわかるようになる。そもそもある年代を100点で分割すれば、任意社会人自分職場で見ることのできる人間の幅なんて5点差くらいしかないんだ。「俺の今いる会社にいるのは38点~43点」とかそんな感じ。しかたかがその5点の間の距離が、越えがたく遠いということもわかる。新入社員39点が40点に成長するのはすごく大変だ。

そしてこの点数はジャンル技能ごとに分かれていてその種類も百種類じゃ利かないってこともわかってくる。つまりどういうことかというと、人間ってのは恐ろしく膨大なパラメータ構成されていて、若いころ思ってたよりもその距離感は遠く、埋めがたく、複雑だってことだ。マクロに見てみれば確かに消費単位としての人間なんて似たようなものだけど、ミクロに見てみればAさんにできてBさんにはできない、って問題にあふれすぎている。卑近なことでいってみれば「議事録手際よくまとめてコピーして事前に配布しておく」程度のことでさえ、人間人間の間には差があって埋めがたい――それが中年になるとわかる。

その種の格差ってのはもちろん絶望でもあるんだけど、一方で解脱というか、いいことでもある。

少なくとも「世界は才能ある人(100点)とクズ(0点)でできている」みたいに乱暴で便利で安易絶望には向かわないですむようになる。

世界を二種類で塗り分けるってのはずいぶん簡単で、その若い絶望は手抜きだったんだな、ってわかるようになるんだ。

若者はまだケーススタディが足りてないから「俺は0点だ!世界はクソだ!」とか叫ぶけれど、ちゃんと観察を続ければ(たとえば)自分は28点だってのがわかってくる。もちろん自分が28点しかないってのは、そりゃたしかがっかりするけれど、27点の人との間にある圧倒的なアドバンテージも同時にわかってくる。それが解れば、28点全部を放り出して「俺は0点だ!」なんて思いもしなくなる。

それに遠いとはいえ29点の方向もわかるようになる。29点になる為の1点を100分割して28・01点のためになら多少歩くことだってできる。これはなにも努力至上主義みたいな話ではなくて、どちらかというと、真っ暗で見たことも聞いたこともない砂漠に放り出された時、地図を持ってるのと持ってないのとでは大違いだ、という話に近い。努力をしなきゃならん、すべきだ、という話ではなくて、自分に何が出来て何ができないか(=自分の点数もわからない)で生きていくのは、生死にかかわるほど不便だってももちろんだけど、ただわからないというそれだけで死ぬほど不安で不幸なことだって話だ。

そんなわけで、ここでいう若さ特有劣等感は嵐みたいなもの中年になれば消える。すくなくともどっかの職場で働いて自分の姿が見えてくれば薄れていく。1点の差を乗り越えるためにグダグダ数年を過ごせば、懐かしくなる程度には過去になる。そこだけは、おっさんとして、安心してもいいんだよ、と言いたい。

2014-11-10

鈴木大介氏の著作『最貧困女子』を読みました。

鈴木大介氏の著作『最貧困女子』(幻冬舎新書ISBN-13: 978-4344983618)を読みました。

売春などを生業としつつ、風俗世界からも、福祉からもの世界から排除されている女性たちに関する本です。

もちろん、現在のことを書いた本です。

感想を書こうと思ったら、ぜんぜん指が進まない。

読んだ直後はそうでもなくって、スラッと書けると思ってました。

何がそうさせたのか?

それは、たぶん全編に渡って通奏低音にように響く、著者である鈴木大介氏の絶叫ではないかと思います

本音を言えばルポライターとしての僕の心情は、もう限界だ。”(p.210)

当事者である女性たちに共感するのではなく、彼女たちのことを、見てしまった者、知ってしまった者としての苦しみが吐露されていました。

自分自身、短い間でしたが、かつて風俗業界の周辺で働いていたことがありました。

障害者福祉現場でも働いていました。

そして、どこでも、あっと言う間に「適応」という名の心の麻痺完了させました。

風俗世界で、絶え間ない選別が行われていることを知っています

障害者福祉世界で、それまでの生活の中で培ってしまった「面倒くささ」ゆえに居場所が見つけられない人を知っています

そのことに対して、「そういうもの」と思ってしまった自分がいます

仕事をしてお金をもらうため、そんな自分を維持するための防御として。

本の全編に渡る絶叫は、鈴木氏の「適応」しないぞ、という叫びのように思えました。

はいえ、本の記述は決して感傷的ではなくあくまロジカルです。

ロジカルでないと、見えなくなってしまうのが、最貧困女子からです。

幼少期には、家庭からはじき出され、それと連動して児童福祉から「見捨てられ」、

少女期には、地元女子グループからはじき出され、何より地元からはじき出され、

成年になって、風俗世界からはじき出されてしまった、

そんな絶え間ない選別と排除の結果、最貧困女子が生まれていると、鈴木氏は書きます

そのプロセスを実に丁寧に記述します。

丁寧に記述することで、鈴木氏は「でもそれって自己責任でしょ」というエクスキューズを封じているように思えました。

自己責任論は、ありとあらゆる立場から発せられていて、そのひとつでも「あり」としてしまえば、最貧困女子存在が見えなくなってしまう。

その不可視を最大の問題にしています

個人的に読んでいて辛くなったところは、彼女たちの成功体験と失敗体験についてのところでした。

失敗体験の話からいきましょう。

”だが問題は、その補導時の対応だ。基本的に、警察少年課や地域少年補導員、児童相談所などは、万引き少年少女補導時には親や施設先生などの保護者を呼び出すという、杓子定規対応しかしないことがほとんどだ。確かに少しは話を聞いてくれるから少女としても、『この人は頼れるかも』と淡い期待を抱くが、最終的な対応である保護者の呼び出し』『虐待する親のいる家や居心地の悪い施設への送還』は、彼女らにとっての裏切り行為となる。これがいけない。”(p.88-89)

緊急的に福祉対象となるべき状況にあるにもかかわらず、当事者自身が、頑なに福祉による救済を拒否する心情の根底には、上記のような幼い時期の失敗体験(福祉行政は助けてくれない)が横たわっている。

失敗体験は、強力に刷り込まれて、福祉による救済への反発力として働きます

次に成功体験です。

家と地元からはじき出された女の子は、路上に出ます。さしあたって必要ものは、毎夜の安全で温かい場所(居場所)です。

それを与えてくれる人間は、まず第一に買う男であり、風俗スカウトであり、アウトローセックスワーク関係者たち。

彼らは対価として、彼女たちの肉体と尊厳要求します。

(ああ、また書くのが辛くなってきた。)

彼女たちが、そういう方法で居場所を確保できたことは、成功体験となります

失敗体験と同様に、成功体験も、強力に刷り込まれて、肉体と尊厳犠牲としてその日その日をやり過ごすことへの親和力として働きます

ただし、その対価の価値が「若い女だったから」に過ぎないので、年齢を重ねたり、さら若い女性が現れて相対的若さを失ったりすることで、簡単に崩壊してしまものです。

しかし、そこに立ち止まって、こだわってしまう。

障害者福祉特に就労支援世界で、よく言葉にするのが、まさに成功体験と失敗体験です。

社会に出たことのない人や、何らかの事情社会からはじき出された人に対して、自信と経験を身につけてもらう方法として、とにかく小さいこから成功体験を積み重ねるということをします。

それを繰り返すことで、社会へ出る(戻る)ための基礎体力をつけてもらいます

はいえ、本当にそれがいいのかどうかは、当人しかわかりません。

支援する側として、この手法ですら相手によっては押し付けではないかと思ってしまうこともあります

彼女たちのケースに目を通すと、成功体験と失敗体験は、(それが外野人間が望んでいるベクトル正反対だったとしても)やはり強烈に人の心に作用するものだと、図らずも証明されてしまったような気がしました。

この本で鈴木氏は、後半で風俗セックスワークで働く女性を分類し、状況を少しでも改善するための方策を提案しています

幼少期には、子供たちが、夜でも居ることができて、ご飯が食べれて、ゲームができて、年長者になってもウザくならない(重要!)、シンプルに「居たくなる居場所」を作ること。

思春期には、街で出てしまった少女たちを「家に帰す」に終始することのない、「『少女自身による独立』への意思」を尊重した支援を行うこと。

また、少女たちが恋愛依存やすいことを肯定して、自爆的な失敗をしない恋愛ができるような「恋活」の重要性。

そして、それら全てを踏まえた上で、支援制度が整わない間の、苦肉の策としての「セックスワークの脱犯罪化・正常化社会化」。鈴木氏は、本文中で、明確に未成年者のセックスワークを「非人道的」と否定しているので、まさに苦肉の策として提案しています

そして鈴木氏は、これらの提案を、専門家でもない一介の記者が考えた稚拙な提案と、何度も何度も前置きしながら書いているのです。

その前置きの中からも、冒頭に書いた鈴木氏の絶叫が聞こえてくるようです。

「この本を読んだ」という事実を、自分自身無視できない、どこかに公開して残す必要があると感じました。

以上、『最貧困女子』を読んでのエントリを、とりあえず書き終えるものします。

2014-11-08

超えちゃいけないラインを完全に超えた淫夢コミュニティ

http://www.nicovideo.jp/watch/sm24833899

いや、どうなのさこれ……

どこまで酷いとこまで落ちるの、このネタ消費者たちはさ……


全く意味がわからない人たち向けに解説させてもらうと……

真夏の夜の淫夢」というゲイ向けのアダルトビデオを楽しんでいるコミュニティが、ネット上に存在する。

楽しんでいると言っても、別に彼ら自身ゲイというわけではない。

彼らが主に楽しんでいるのは、このアダルトビデオの中に挟まれる寸劇の、素人役者たちのあまりに酷い演技や拙いシナリオなのだ

実際、その寸劇の「大まじめにバカをやってる」感はすごくて、笑わずはいられないような雰囲気があることは否定出来ない。

(でもこういうアダルトビデオの寸劇が笑っちゃうくらい酷い出来なのはヘテロセクシャル向けのAVだって同じだ)

彼らはこの「真夏の夜の淫夢」というAV内の台詞を頻繁に引用しながらネット上で会話をする。

そんな彼らの一連のノリに「なんかホモって笑える」「ホモって面白い」という蔑みの感情が入ってることは疑いようもないだろう。

それでもこのコミュニティがこれまで大きく問題にならなかったのは

ホモセクシャルを笑い者にしてるんじゃなくて、このアダルトビデオの寸劇が面白いだけなんだよ!」

という建前が存在たからだったのだ。

別にホモから面白いんじゃない。素人の演技やバカ台詞面白いのだ」というわけだ。

それはどう考えても嘘なのだが、それでも建前として一応機能はしている。



以上を踏まえて、最初に貼ったリンク先の動画存在ね。

これはだめだろう。どう考えても。

ネタ元になっている槇原敬之の「軒下のモンスター」という曲は、一聴すれば明らかなように、アーティスト自身セクシャルマイノリティとしての苦悩を赤裸々に歌った歌だ

これをネタとして、笑いの対象として消費するということは

「俺達はホモ面白いと思っている」「ホモという下等な奴らが真面目に何かを主張しちゃってるの笑える」

という本音を何の建前もなく日の下にさらけ出しているということになるのだ。

しろ、実際のホモセクシャルの人たちの切実なステートメントや心の叫びバカにしているわけだからね。

そして、それが大きい批判も晒されることなく許されるのは、日本がそういう価値観が一般に許容される国であるということだ。

こんなコミュニティネット上で一大勢力を築いている状況が海外に知れたら、中世ジャップランドと罵られてもなんの反論も出来ないんじゃないか?

国全体でホモセクシャル迫害してるロシアのこと悪く言えないんじゃないのか?

だって文化レベルであからさまな蔑視がまかり通ってるんだから



これを読んで「こんなおふざけに大まじめになっちゃってバカじゃないの」と思ったなら、あなたの頭は大分麻痺しているので気をつけたほうがいい。

あとで身に覚えのないことで刺されても知らないよ。

2014-10-25

そうやって自動車殺傷性についての感覚麻痺したころに

http://anond.hatelabo.jp/20141025173500

あなた自動車運転により、大量殺人犯になるんですよ。交通刑務所行きもある。

それに見合う娯楽とは思えませんね。自身自動車を運転せずできる代替だっていくらでもあるでしょう。配達という手段もある。

自動車の要らない楽しいデートすら組めないようでは、都会の人間に負けていますよ? 自動車中毒自動車依存は割に合わず寿命も短い。地域寿命も縮める。

自動車他者へだけでなく、自分の死傷により重度障害や死亡もありうる。そうなると親や大切な人を喜ばすどころではなくなりますね?

それが容易く実現されるのが自動車という凶器のおぞましさ。

この本質に目を背けず、善良で利口な判断ができるはずですよね。

青山繁晴さんは自分はレーサーなのに

自分の息子二人には「車の免許なんか取るんじゃない」と教えたという

青山さんは言う

「車なんか危ない、乗らないほうがいい、乗らないことにこしたことはない

車はステアリングちょっと間違っただけで人様の人生を壊してしまう。

自動車は一瞬の不注意で人の命を奪う危険物である

・運転とはその危険物操作する気の抜けない労働である

・それなのに自動車メーカーは乗用車を快適なものカッコいいものという間違った認識で売りつけようとしている

本来、運転中に音楽を聴いたり談笑したりタバコを吸ったり飲み物を飲んでていいはずがない

・なぜなら原発作業中や電車の運転中と同等の、尊い人命を預かる一時のわき見も許されない労働行為であるからである

自動車社会本質は100万もの人身事故と大震災並みの犠牲者を毎年同じだけ生み出す欠陥システムである

・にもかかわらず事故責任はすべて運転者の責任転嫁される

・運転することは、飲酒どころか単なる不注意でも刑務所に入れられ人生を終わらせる可能性がある割の悪い労働である

任意保険に入っても被害者への賠償は担保されても加害者となった自分生活保障されるわけではない

・不当な責任をかぶせられる不条理に嫌気をさして、賢い人から運転にはかかわらないようになってきている

自動車免許低所得必要条件となっても高所得へのパスポートとはなりえない

危険な作業は専門家に任せるのは社会常識であるのに運転という危険作業を自分で行うのはなぜ?

首相大臣一流企業経営者の多くが自分で運転をしないのはなぜか?

・逆に一般人であるあなたが運転するのはなぜか?事故を起こして人生を終わらせ社会的に葬られても誰も困らない駒だからである

・よって駒として切り捨てられたくないと思うなら車の運転はしてはならない

自動車を運転する必要のない地域移住する人々が、いま増え続けている。


なんで日本人自動車暴走するのか

http://news.azwad.com/post/31975473123/1

自動車の通行により劣悪危険化が蔓延する地域

http://www.city.kamagaya.chiba.jp/kakuka/toshiseibi/atmkamagaya/imawatasi.htm

『野蛮なクルマ社会

http://www.obihiro.ac.jp/~philosophy/Yaban.html

JA共済の“捏造広告”を許すな

http://melma.com/backnumber_16703_5796048/

自転車側が第一当事者割合はたった15.4%であり、自転車より悪質な自動車運転が蔓延しているのが日本交通実態だと明らかになった。


思いを紡ぐ: 危険な通学路、全国に6万か所

http://tomosibi.blogspot.jp/2012/09/6.html

自動車によるヨーロッパ日本沼津の中心市街地活性化

http://uemuraakifumi.com/sub7_teigen_numazu.html

自動車暴走自動車により地域の劣悪化危険化が蔓延している 自動車害の深刻化と共に進む過疎化

http://blog.livedoor.jp/kuroiamakitune/archives/51557653.html

県内初「ゾーン30」 車両速度30キロ規制 和歌山市高松地区で設置

http://sankei.jp.msn.com/region/news/130315/wky13031502110004-n1.htm


車優先から人命優先へ 通学路の安全確保を

http://www.pressnet.co.jp/osaka/kiji/120512_01.shtml

通学路の安全対策について-2012年6月13日議会質問

http://www.y-yamasita.com/diary.cgi?no=110

通過交通(自動車暴走自動車抜け道利用における害悪)

http://www1.ubc.ne.jp/~jichisoken/column/2008/column200810.htm


事故を誘発した違法駐車運転に6千万円の賠償命令 消防車救急車の行く手を阻む違法駐車 緊急事態現場への到着、未だ遠く

http://www.city.minokamo.gifu.jp/home/kouhou/IHAN/1.html

神奈川県警察/私たちの街から違法駐車を追放しよう!

http://www.police.pref.kanagawa.jp/mes/mesf4001.htm


なぜ日本人ドライバーは法を知っていながら交通犯罪行為を繰り返し暴走を続け、国内外道路危険化するのか


制限速度・・・守らない!深刻な騒音公害危険をまき散らしても知ったことか!→自動車規制取り締まり強化&交通刑務所服役へ

横断歩道・・・渡らせない! http://blog.jablaw.org/?eid=1074745 横断歩道歩行者自転車を加害し逮捕交通刑務所懲役生活

横断歩道前の菱型マーク・・・意味知らない!ブレーキランプ無点灯が示す狂気。速度超過も併せて犯す。

歩道・・・安全不確認の我が物顔飛び出しで歩行者自転車、を加害し交通刑務所服役へ http://d.hatena.ne.jp/delalte/20111021/1319158025

歩道車道自転車レーン・・・違法駐車事故誘発。自動車の我が物顔な危険行為により尊い命が犠牲になり、ドライバーに6千万円の賠償命令 http://www.city.minokamo.gifu.jp/home/kouhou/IHAN/1.html

子供らが学校へ通う通学路・・・オラオラ自動車様のお通りだ!プップー!(クラクション) 速度超過xスレスレ追い抜きx異常接近x警音器使用制限違反x徐行義務違反x横断歩行者妨害?知るかボケ


上記交通犯罪はすべての道路日常的に繰り返されている。歩道のない通学路でさえも!

交通犯罪危険運転自動車撲滅のため、自動車規制取締強化を市長知事議員等に要請しつづけよう。


車社会 高齢化も見据え交通

http://www.google.co.jp/search?hl=ja&ie=utf-8&oe=utf-8&q=%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%8C%96%E3%82%82%E8%A6%8B%E6%8D%AE%E3%81%88%E4%BA%A4%E9%80%9A%E7%B6%B2

あなたの「まち」、これからどうしますか? コンパクトまちづくりを目指して ──自動車不要で誰しもが安全安心、快適、便利に暮らせる地域づくり 国土交通省

http://www.mlit.go.jp/crd/index/pamphlet/01/index.html


いくら気をつけていても、大勢児童市民らを殺傷させて道路を血の海、地獄絵図に変える殺傷力をもつの自動車という凶器

地域安全のため、自動車への規制取り締まり強化、自動車抑制施策の推進、自動車の運転なしでも快適に暮らせる子供から年寄りまですべての人にやさしい地域の実現、これらを議員警察知事市長ら等に要請しつづけよう。

2 : 車を捨てるといいことばっかりじゃないですか[sage] 投稿日:2014/09/25(木) 21:39:29.01 ID:gEM4FMoW0 [2/7回(PC)]

・毎年数十万から100万円以上のコスト削減が出来、その分生活にゆとりが生まれ

ガソリンの充填、車検・点検、消耗品の交換補充や洗車、税金保険、車の買い替え、事故違反対応などの手間から開放される

・車を捨てることで生活の場を郊外から都心に移す事が出来、通勤時間を減少させ自分時間を増やせる

郊外のどこへ行っても同じ郊外SCファミレスから、街中の変化に富んだおしゃれなお店での買い物・食事へ生活の質をシフト出来る

会社帰りの近所のお店での買い物が増え、週末をジャスコでつぶされることがなくなる

海外旅行などにシフト国内でも新幹線や送迎バスを利用し、飲酒制限事故や運転ストレスとは無縁の休暇旅行

駐車違反心配駐車場を探すムダな時間、駐車時間の拘束から自由になれる

違反点数の心配交通事故不安加害者になる可能性がなくなる心理的負担の軽減

・運転することで生まれる肉体的・精神ストレスがなくなる

・運転しないことで、帰りを待つ家族不安が軽くなる

・車での移動中使えなかった時間が、読書モバイル睡眠などに使えるようになる

・普段の生活で歩く距離が意識せずとも増え、健康である

他人の目のある公共交通の利用が増え、いつの間にか服装にも気を使いオシャレになる

・車を捨てれば温暖化ガスの家庭排出量の3割を減少させることが出来、事あるごとにそれを人に自慢できる

3 : 車の運転で犯罪者になる[sage] 投稿日:2014/09/25(木) 21:41:26.37 ID:gEM4FMoW0 [3/7回(PC)]

「そんなことは滅多にないだろう...」

と思われるかもしれません。ですが、冷静に考えてみましょう。

3分の2のドライバーが、「事故でケガをさせて」しま

人にケガをさせてしま事故は、「人身事故」と呼ばれます

人身事故は、年間約100万件です。

クルマの利用人口(約5千万人注1)から換算すると、普段運転しているドライバー人身事故をする確率は、一年で2%です。

ところが、これから一生、例えば50年クルマに乗り続けると、

一生のうちで、「人身事故確率は、64%注2になります

まり3分の2のドライバーが、「事故でケガをさせて」しまうのです。

注1:「余暇開発センター」の調査より、「普段、クルマを利用する」人口を算定

注2:1 - [1-(100万人/5千万人)]50 = 0.64

100人ドライバーのうち1人は死亡事故を起こす!

交通事故で亡くなる方の人数は、年間約1万人です。

先ほどと同じ計算でいくと、一生で死亡事故を起こす確率は、1%注になります

まり100人ドライバーのうち一人は、死亡事故を起こすのです。

この数字、少ないと思いますか?

注:1 - [1-(1万人/5千万人)]50 = 0.01

③300人のドライバーのうち1人は事故死する!

交通事故死のうち、約1/3が「運転者」です。

まり、300人のドライバーのうち1人は、事故死ぬのです。

④250人のドライバーのうち1人は、「人をひき殺して」しま

逆に、交通事故死のうち、約4割が「歩行者自転車」です。

まり、250人のドライバーのうち一人は、見ず知らずの人をひき殺してしまうのです。

http://www.plan.cv.titech.ac.jp/fujiilab/info/accident.html

4 : 車の運転はバカがするものby鈴木正文[sage] 投稿日:2014/09/25(木) 21:43:31.11 ID:gEM4FMoW0 [4/7回(PC)]

・運転とはその危険物操作する気の抜けない労働である

・それなのに自動車メーカーは乗用車を快適なものカッコいいものという間違った認識で売りつけようとしている

本来、運転中に音楽を聴いたり談笑したりタバコを吸ったり飲み物を飲んでていいはずがない

・なぜなら原発作業中や電車の運転中と同等の、尊い人命を預かる一時のわき見も許されない労働行為であるからである

自動車社会本質は100万もの人身事故と大震災並みの犠牲者を毎年同じだけ生み出す欠陥システムである

・にもかかわらず事故責任はすべて運転者の責任転嫁される

・運転することは、飲酒どころか単なる不注意でも刑務所に入れられ人生を終わらせる可能性がある割の悪い労働である

任意保険に入っても被害者への賠償は担保されても加害者となった自分生活保障されるわけではない

・不当な責任をかぶせられる不条理に嫌気をさして、賢い人から運転にはかかわらないようになってきている

自動車免許低所得必要条件となっても高所得へのパスポートとはなりえない

危険な作業は専門家に任せるのは社会常識であるのに運転という危険作業を自分で行うのはなぜ?

首相大臣一流企業経営者の多くが自分で運転をしないのはなぜか?

・逆に一般人であるあなたが運転するのはなぜか?事故を起こして人生を終わらせ社会的に葬られても誰も困らない駒だからである

・よって駒として切り捨てられたくないと思うなら車の運転はしてはならない

2014-10-20

イスラム過激派について、「ネタとして」と言いながら、大目に見ている連中が多いよねという話をしていたときに聞いた話だ。

結論だけ言うと、「ネタとして」と言って、誰もおかしものおかしいと言わずにいると、だんだんネタ」じゃなくなるのだと。

ネタとして」と言ってるうちに、感覚麻痺するし、そこで使われている特殊用語への抵抗感もなくなるのだと。

そこにお墨付きを与えているのが内田樹のような「まじめそう」なネット著名人なので、

大丈夫っぽい」というイメージだけは重ねられていて、こじらせると大変らしい。

ここ読んでる人の友達にこじらせかけている人がいたら、

アメリカのやってることがいいとか悪いとかは関係なく、

人質の首を切って殺しているのを撮影したビデオ世界中に流すのは、おかしいだろ?」

ということを言ってやってほしい。

2014-10-12

http://anond.hatelabo.jp/20141011121913

これに対する批判コメントを見てると、みんなもう感覚麻痺してしまったんだなということが分かった。

麻痺させられなかった人はもう辞めて違う仕事してるんだろうな。

まぁ生活の為だもんな。家族を養うためにバカはどんどん騙して金を巻き上げないとな。

最近エンジニア家族論とか子育て論とか語るの流行ってるけど(ボリュームゾーンがそういう年代になったのだろう)、やってる仕事はこれ、って人も多いわけで、せめてもの良識として何も語らずに黙ってるくらいのことはできないのかなって思った。

2014-10-03

はじめての解剖実習

はじめての解剖実習。

白い半透明なビニールにつつまれて、遺体が各テーブルの上に置かれている。

あー、これが…と、そのときはまだ平気だった。

しかしよく見ると中に白く干からびたような足の先がみえる。

うっ、と気分が悪くなった。

ビニールの覆いのチャックはあけられないな・・・と思った。


みんなが席について、教授が軽く説明をした。

うちの大学ではC大とは違いセレモニーなどはなくいきなり始めるらしい。

今日オリエンテーションだけだと思っていた私にとって、二重の驚きだった。


黙祷の際には混乱せずにはいられなかった。

初めの数秒は無心で黙祷していたのだが、考え始めてしまうとお願いしますだとか、ありがとうございますだとか、すみませんだとか、さまざまな感情が渦巻いてくる。

結局は大切に勉強させていただきますと「彼」に誓い、それから再び無心になろうと努力した。


さて、解剖がはじまる。

Aがあっさりとチャックをあけてしまい、中の布をめくる。

人の皮膚がみえる。白い。

手が出せなかった。


体表観察。

うわーと思いながらも、ほかの人がおそるおそる手を触れ出すのをみながら、そろそろと手をのばす。

あっ、というかんじで鎖骨にふれた。

冷たい。でもたしかに、人肌ではある。

一度触れてしまうと、すこし抵抗が和らぐ。


実習の手引きを参照する必要がある。

俺まだこっちの手はきれいだからなんていいながら、Bが手引きを広げた。


乳様突起、胸骨角、上前腸骨棘などを確認した。

1か所ずつ触れながらすすめていくと、少しずつ抵抗が和らいでくる。

しかし次は正中線にそって皮膚に割をいれる必要がある。

きれいな皮膚に傷をつけるっていうのは、やっぱり私には無理だった。


Aがあっさりと、首から腹部にかけて割をいれてしまう。

それに続いてDも鎖骨のあたりに横に割をいれる。

うわぁ・・・と思っていたが、おそるおそる私も鎖骨に沿って割をいれた。

メスは思った以上に鋭く、スーっと吸い込むように切れた。


皮剥ぎ。表皮と真皮を剥ぐ。

からピンセットでつまみ、下層を剥離していく。

処理が施されているからか、皮膚が予想以上になめし革のようになっていて驚いた。

そして現れてくる黄色の皮下組織

これが脂肪かと思いつつ、一瞬吐きそうになる。


またホルマリンだろうか、そのにおいも独特でつらい。

甘いような、甘くないような。

時々ふと気持ちがわるくなり、しゃがんで手を休めた。


皮剥ぎがすすみ、腋あたりまですすむ。

Aのメスは先輩からのもので切れ味が悪く、脂肪組織がこわれて脂が液体となってたまる

それをみて再び気分がわるくなった。


首を剥いで広頸筋をみる。また胸部にて皮静脈などをみる。

神経は結合組織と見分けにくいが、あらゆるところに走っていた。

ちょっとした手術で神経を切断してしま麻痺がおこるというのも頷ける。


他に脊髄神経前皮枝や腋窩リンパ節などをさがしつつ、その日の実習は終えた。

観音開きにした皮膚をもどし、再び布をかけた上で保湿液を上からかけ、ビニールのチャックをしめた。


はじめるまでは解剖実習なんて絶対無理だなんて思っていたが、やってみると案外できてしまものだった。

はいえ実習室からでるとどっと疲れがでた。

体が疲れたというよりも、そうでないどこかがはげしく疲労しているような感じだった。




※この内容が実際の解剖体験に基づいたものであっても死体保存法に反しているとは思いませんが、礼節を欠くなどと思われるかたがいらっしゃることを想定し、あらかじめ『解剖実習の手引き』に基づいた創作であることをここに宣言しておきます

まだ東京で消耗してるの?

園児の声うるさい」 迎えの保護者、おので脅した疑い:朝日新聞デジタル

http://www.asahi.com/articles/ASGB33VXCGB3UTIL02J.html

君たち感覚麻痺してて分からないと思うけど、人口が密集しすぎなんだよ。

おいでよ田舎へ。子育て支援とかあるぜ

増田に書けばフィクションって事で許されるよね!13

普通に神社に犬を連れてくる奴が多い。

境内は神域であり原則畜獣立入禁止なんだが、ごく普通に散歩中ですよ」みたいなさわやかな顔して犬連れて入ってくる奴が非常に多い。

はい地元人間殆どいなくて、他地域から来る人間旅行者が大多数を占める。

常連にも犬連れが居るのかというとこれが一人もおらず、犬連れて入ってくる奴らはと言えば見た事もない連中ばかりだ。

しかしそれでも境内に犬の姿が絶えないんだから年間どれだけ一見さんが来てるのかっていう話でもある。



まあ私も犬は割と好きな方なんで、犬来ても仏頂面で「かわいい」と思って眺めるだけなんだが、流石に立場上あまりよろしくない。

境内での犬どもはいきなり知らない場所に連れて来られたせいか大抵おとなしいので問題が起きる事もないが、放置するのもまずい。

たまにリードすらつけずに飼い犬を野放しにしているとんでもない奴も来るが、犬も飼い主も問題起こさないので注意しづらい。

まあ犬嫌いの奴にとっちゃその犬がかわいいか無害かなんて関係ないわけだからリードつけてないだけで十分な迷惑行為とも言えるんだが。



ただ、犬連れて旅行とかするくらいだし飼い主も感覚麻痺してるのか、普通に犬連れて受付に来たりする。



受付者「…すみませんワンちゃんはお外で待っていて頂けますでしょうか?」

妻「はいすみません

夫「(気付く)ん?何で外行く?」

妻「犬は外で待てって」

夫「ふじこふじこふじこ!(突然キレる)」

こちらは常識を説いただけなんだからわざと悪意にまみれた翻訳をして夫を焚き付けるんじゃねえよクソ飼い主。



こういうのがあるので、犬連れの受付はスルーするようにしている。

他にも、



飼い主「本殿へはこの子も連れて上がれないでしょうか?」

受付者「すみません動物ちょっと…」

飼い主「この子家族の一員なんですよ~」

断られるのがハッキリわかってる質問を敢えてして一度断られたのにそこでまだ食い下がるんじゃねえよ常識考えろクソ飼い主。



というのがあったり、



受付者「ではご家族のお名前をお願いします」

飼い主「〇〇、〇〇、〇〇、タマ…」

受付者「…。(まあお婆ちゃんの名前かもしれないし…)」

飼い主「ジョン…」

受付者「……。(もしかしたら外人家族がいるのかもしれないし…)」

飼い主「ミケ…」

受付者「すみません、ご家族の方だけでお願いします」

飼い主「ペット家族の一員なんで祈願して欲しいんですが~」

ですが~じゃねえよ家族名前言えって言われてんだから自己判断ペット名前付け加えてねえで言われた通り家族名前だけ言ってりゃいいんだよクソ飼い主。



というのがあったりするので、

どちらかというと大人しいペット達よりも無理難題を言い立てる飼い主の方が普通に畜生に見える。

人間の飼い主達よりもペット達の方が神社ではずっといい子にしている。

で、こういう事が続いたりしたので職場でも犬連れの参拝者に口頭注意するようになったんだが、これがまるで効き目が出ず、犬の数が一向に減らない。

そりゃ当然だ。犬連れてくるのは一見さんばっかりなんだから

そんなやり方では、口頭で注意した飼い主が、その後家に帰ってから口コミで「あの神社で犬連れてたら注意された」と広げ、やがて犬連れてくる人が減るのを期待するくらいしかない。

こりゃ長期戦を覚悟しなきゃならないか…と思っていたところ、ある日突然、境内をうろつく犬の数が激減した。



景観保持の為こんな無粋なモノを張りたくない”としぶる向きも多かったが、ダメモトで、入り口張り紙を一枚張る事に。

境内に犬を連れて入らないで下さい」

FF8の風紀委員通達みたいなこれを一枚張っただけで。

あっさりと、犬の数が激減した。



要は、「犬連れて入っちゃダメ!って書かれてないから入ってオッケーなんじゃね?」って思われてたって事なんだろうな。

そういう事じゃねえんだがなあ。

ま、明文化された規則であれば特に、“従わなければならない”という強迫観念の強く働く、日本人らしいと言えばらしいか。

ありがとうサイファー

2014-10-01

金銭感覚麻痺する感覚

給料10万ぐらい上がった。上がる前と同じ生活を続ければ単純に10貯金できるなと思っていた。

しか無意識に金銭感覚は変わっているようで、外食が地味に増え、買い物も躊躇がなくなっていた。

結局給料日前の残高は前と変わらずの金額。怖い怖い。

2014-09-30

寂しさとは無縁の生活を送りたい

どうやっても寂しさがぬぐえない

一生懸命仕事して、一生懸命遊んで、色々な人と話をしても

合間合間のふとした瞬間にブワーッともやもやしたような寂しさが押し寄せてくる

友達はいる。でも、友達がどうにかしてくれるわけじゃない

友達にはみんな好きな人だったり恋人がいるのに、自分だけできない

みんなと好きな人の話ができない

みんなと同じである必要はないなんていうけれど

恋人はだれもがいてもいいと思うのに

昔に比べて人を好きになることが減ってきているような気はする

自分にできることが増えたからだろうか

自分のことをもっともっと好きにならないとだめなのだろうか

いろいろな人と出会っているのになんでなんとも思わないんだろうか

自分のことしか考えてないからだろうか

もっと忙しく生活すればいいのだろうか

焦ってなんかいないのに、恋人なんていいのに

どうしてもほしいなと思ってしま

寂しさなんて感覚麻痺しちゃえばいいのに

2014-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20140926202800

前向きだな。一線を超えると申し訳なく思うとかは麻痺してくるんじゃね

2014-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20140919150558

ちょっとだけ調べてみました!

どうでもいいけどid:blueboyさんはいい加減自分意見自分スター付けるのやめて欲しいなと思った。「おれの意見は正しいからおまえら注目しろ」って趣旨なの?

blueboy氏はどれほどの自演スターをつけてるのかと思ったら、1個で拍子抜け。何とかノート事件(実験ノートではない)の時にある人がお仲間に大量のスターをつけていたのを見てきたせいで、感覚麻痺しちゃったのかな

ああ……ついにつっこんでしまった/「この星はセルフスターかなー?」ってニヤニヤ楽しんでいたのに/はてなスターの使い方は自由いいんじゃないかと思います

話題になったのって今回が初めてじゃなかったんですね! 迂闊でした!

こちらの方も「毎回のようにセルフスターして」という印象を持たれていたようですね!

毎回のようにセルフスターしてid:blueboyが痛すぎる。セルフスター不正ではなくミスですか?

ぼくは別にセルフスターが悪いことだとは思いませんけどね!

また、氏が少なくとも2012年からセルフスターしてたことも分かりました!

blueboy氏のセルフスターが物悲しい。例によってblueboy氏以外で疑問に思う人がいたら質問に答えます。blueboy氏から質問コメントしてくれたら答えます。間違いだらけのブログに反論するのは面倒くさい。

氏は今回、ご自身スターは消してまわったそうですけど、他人ブコメまでは消せないんですね! ちょっと気の毒ではありますね!

でも、ちょっと探しただけでこれだけ証言が集まったとなると、「嘘つき。夢でも見ていたのか?」はあんまりなんじゃないかと思いました!



全然関係ない余談ながら、セルフスター連打していたらしい方も見かけました! いろんな人がいますね!

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/zhy/

2014-09-12

[]9月12日

○朝食:塩焼きそば

○昼食:ちゃんぽん

○夕食:バター醤油ご飯

睡眠時間:7時間

調子

まりよくない。

が、最悪よりは大分ましになったと思う。

ポケカ

XY3環境最終日、にも関わらず何故か殿堂に出る事に。

五人のスイスドローで、結果は準優勝。

デッキはイベダークVerフラゲライボルト対策シャドーサークル四積み

一戦目:不戦勝

二戦目:ロストリンクミュウ。非EXイベルタルが大活躍して勝利。

三戦目:レックビール。敗北。シャドーサークル割られてからライコウの雷の牙で麻痺られたのがかなりデカかった。また、最後最後でプレミしてしまった。

2014-09-10

遺体がこわい

生き物として当たり前の感情なのかもしれないけど、遺体がこわくて仕方ない。

これまでの人生で直接見たのは2回ぽっちで、どちらもお葬式の場だったから、きちんと顔を整えられていた。それでもこわかった。

特にこわいと感じるのは、ばらばらになってしまったり、大きく損壊した遺体。いや、もちろんこれだけこわがっていることは自覚しているから、ネットでもやばそうなリンクは踏まないようにしているし、実際に(画像動画でも)見たことはない。

それでも、想像するだけでこわい。こわすぎる。こうして生きている状態を保っていることが奇跡に思えるほど、人体の組成やら構造やらって壊れやすいのだなと思うとちびりそうなほどこわい。

報道定型句、「全身を強く打って死亡」の意味を知った夜は寝つけなかった。交通事故でもばらばらになっちゃうのかよ…やべえよ…こえーよ…。

最近ホットエントリーで、特集清掃の業者のbefore/afterの写真を見てしまって、やはり眠れなくなった。人って液体になるのかよ…超こえーよ!!

いっそのこと、感覚麻痺するほど遺体写真を見まくった方がいいのかもしれないとすら思う。それぐらい、想像の中の遺体がこわすぎる。

「死」そのものがこわいとか、亡くなった方の無念が想像されてこわいとか、幽霊がこわいのではない(と思う)んだけど、この感じ、ご理解いただけるだろうか…。

今もこれ書いててこわくなってきた。

2014-09-08

[]

○末松委員 そこはちょっと今度また示してください、どんな研究でどんなことをやっているのかというのを。ぜひそこは開陳していただきたいと思います

 それと、この具体例として、はり、きゅう、マッサージの方々と話すと、やはりかなり大きないろいろな差別を受けているというんですね。例えば、かなり体が悪いから医療サービス消費者としての患者立場から、はり、きゅうに行ったと。もう大変な状況になっていますねと言われても、保険を申請したいと、保険という含みで言ったら、医者に行ってくれ、医者同意がないとだめなんだと言われたというのは、もうごまんとあるわけです、こういう例が。

 西洋医学医者と言われる方々が、どうして東洋医学の、これはシステムとして同意をするということがあるわけですよね、この同意をするということができるのか。東洋医学を彼らは勉強していないはずなんですけれども、それに対してどうしてそこの同意権なるもの必要なんですか。そこはおかしいと思うんですが、いかがでしょうか。

中島政府参考人 ただいまの点でございますが、これは、はり、きゅうとマッサージで若干事情が異なるところもございますので、まず、はり、きゅうの施術につきましては、科学的なメカニズムが必ずしも十分まだ解明されてはおりませんものの、鎮痛等一定の効果経験的に認められるということから、慢性病、例えばリューマチとか神経痛とか、こういったものですけれども、これに対しまして実施される場合であって、また医師による適当治療手段がない場合、こういった場合に限って療養費の支給対象としているわけでございます

 東洋医学に十分な知見を持たない医師同意を与えるのにふさわしいのかという御指摘につきましては、このはり、きゅうについての同意書につきましては、今申し上げましたような慢性病であるということ、それから医師による適当治療手段がないということを保険者確認をするためのものでございまして、必ずしも東洋医学の知見を前提としているものではないわけでございます

 また、マッサージにつきましては、筋麻痺等の麻痺緩解麻痺を緩めるということ、あるいは、関節の拘縮等により制限されています関節の可動域の拡大というようなことを目的として行われる場合等で、医療上の必要があるものにつきまして療養費の支給対象としているということで、今申し上げましたような筋麻痺、関節拘縮等があるということ、それから医療上の必要があるということを保険者確認するということで、この場合も同様に東洋医学の知見を前提としているものでは必ずしもないということでございます

○末松委員 あなたがおっしゃるその東洋医学の知見を前提としているものじゃないということは、つまり東洋医学科学的な知見がないという前提に立っていて、それがわからないから、だから、だめなんだ、だめなんだと言っているにすぎないんですよ。患者立場から見たらどう思うかというと、本当に困るんですよね。

 だって西洋医学医者適当治療例がないと。それは、西洋医学でできない面というのはたくさんありますよ。そういった面がないからといって、では、お医者さんがどんどん向こうへ行きなさいといったら、自分商売上がったりみたいなことも、経営面というのもやはり頭に浮かぶわけですよね。そういったときに、患者権利として、いや、私はちょっとこういったもの東洋医学のものにかかりたいから、だから、そこは患者権利を守る立場から、ここはこういうふうに、私は行きたいので行きますという、つまり、そこで医者同意という行為がなければおかしいと。同意がないというのは、やはりおかしいんですよ。

 そこは、何といいますか、患者権利としてもう少ししっかりとしたものをつくるべきじゃありませんか。

中島政府参考人 これは、現在給付対象を、審議会等の御議論も経てこういった状況に設定をしているということでございまして、このはり、きゅう、マッサージサービスについて、そういった患者権利というようなもの尊重した形式に改めるかどうかということについては、今後の議論だというふうに考えてございます

○末松委員 あなたの言うそ審議会というのは、東洋医学関係者は何人ぐらい、何%ぐらいいるんですか。

中島政府参考人 私の現在思い浮かぶ範囲では、東洋医学を専門としているという方はおられないと思います

○末松委員 つまり、こういうことなんですよ。実際、こういうことなんですよ。だから、そうしたら認めるわけがないですよ。

 だって保険パイ一定なんですよ。そのうちのパイの食い合いみたいな、こういう発想でとらえられたら、国民患者としての権利侵害されているということにぜひ気づいていただきたいんですよ。そこをきちんと見ないと、本当に効果がないからだということだって、結局は、医者がそう言えば一切そういう保険もおりない。私なんか、正直言って、医者にかかりたくないから、逆にそっちの予防の方を重視したい。そういった国民の声をすべて無視ちゃうことになるんですよ。

 厚生行政として、そこはおかしいと思いませんか。そこは、ある程度の反省をすると同時に、さっきの科学的な知見ですか、それは国主導で進めていかないと、やはりそこが一切進まないということになりませんか。もう一度お願いします。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/162/0058/16204060058002c.html

2014-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20140905224159

ネット基本無料無限に遊べて、それに感覚麻痺したネットユーザーの声がでかくなって、目に付くっていうだけのことだと思う。

女子高生裏社会関係性の貧困」に生きる少女たち』

強烈な一冊。

JKお散歩JKリフレなどの所謂JK産業で働く少女達へのインタビュー集というのが基本的な構成で、途中途中にJK産業で働いた経験のある少女31名へのアンケート結果が挟まれる。筆者の仁藤夢乃氏は1989年東京都生まれ女性で、中学生のころから渋谷ギャル」をやり高校は2年で中退したという経歴で、JKときメイドカフェで働いていたこともあるらしい。まあ少女達に寄り添える立場ってやつっすね。

ただし最後の2章程度を除いては過剰に筆者の意見が前に出ることはなくどちらかと言えば乾いた筆致で少女から見たJK産業が語られる。それと同時に奴隷商たちによる「愚かな」少女誘導マニュアルが筆者の視点から淡々と紹介されていく。愚かな、と書いたのはその手法が我々読者からみた場合にあまりにもチープだからだ。ある少女は「ホームページがあるからまともな仕事そう」と思い、求人登録サイトバイトを探していた別の少女JKであれば誰にでも均質に送られるスカウトメールを「選ばれた」と認識してJK産業に入っていった。働き始めると、売上が良ければ褒められ、売上が落ちれば優しく励まされる。そしてそれにやりがいを感じる。「私は必要とされているんだ!!」

裏オプの状況についても語られている。働き始めて数ヶ月で感覚麻痺し、胸を触らせる・パンツを見せる・抜き・本番……などを始める少女がいる。一方で、「裏オプやってる娘には負けたくない」という高い意識()を持ちナンバーワンになる少女がいる。前者は「そういう自分」にまあいっかと適応し、後者奴隷商たちのやりがい搾取適応した結果だ。

売りをやるような女は頭悪いからしゃーないwwwと言う意見があるが、全くそのとおりだ。彼女たちは頭が悪いまだ子供だから常識は知らないし、まともな教育環境にもない。家に金がないからといって彼女たちがバイトで貯めた金の半分を取ってくる親がいる。ついでに言うとJK産業で働いた場合、稼いだ額の半分を店に収めるので1/4しか金が入らない。分数のできない女子高生だ。3/4を搾取する大人のマニュアルに気付かず、親を客観視することができず、優しく声をかけてくる店長のことを「優しい親戚のおじさんみたい」と思ってしまうほどに愚かだ。おかしな金銭感覚教育されたまま、後はお決まりのフルコースが待っている。JKお散步→キャバ風俗羊水が腐ったのでさようなら

まあこの手の家庭環境問題があったり、ヤンキーなりいじめ被害者なりで学校からはじかれたりした層をタゲった構造は昔からあったわけで、現代の闇がうんぬんとかいう話ではない。ただし誘導手法マニュアル化が進むとともに高度化も進んでいるらしい。タイトルでは「関係性の貧困とあるが、むしろ強調されているのは衣食住に困窮した少女達の「セーフティネット」としてのJK産業だ。家に居場所がない少女には「住」だけでなく金がないので「衣食」もない。そういった少女奴隷商は「住」を提供する。10畳の部屋に大勢少女が暮らす。JKお散歩は「食」を与え、仕事で得られた収入が「衣」を与える。明らかにどっかで見た構造が流用されてんな。まあいい。彼女たちは自立できたのだ。少なくとも家族学校に縛られていたときよりは。

さて、誰が(何が)悪いのか。頭の悪い少女女子高生欲情する人間レズ買春者もいるそうで)?奴隷商?

では、最も効果的な対策は何か。頭の悪い少女売春逮捕する。女子高生欲情する人間買春逮捕する。奴隷商を殲滅する。どれも効果があるだろう。ただし、いずれもJK産業生活する少女の「居場所」を奪うという点では同じだ。奴隷商は高度化されたセーフティネット提供し、少女は愚かしくもそれに惹かれて、居着いている。狂った構造だ。だが、恐らくこの構造に学んだシステムこそが社会提供すべきセーフティネットである。金儲からないから難しいのか知らんけど。

最後に。とりあえず、ガキを搾取する大人どもは死ね

http://anond.hatelabo.jp/20140905223943

青二才は強いんじゃなくて感覚麻痺しているだけではないか。

彼のことはあまり詳しくないため確信があるわけではないのだが。

俺にもそういう経験がある。

常に攻撃に晒されていると感覚麻痺して攻撃的な言葉に対する感度が鈍るんだよ。

そして、なんとなくきつい言葉も受け入れてしまうんだ。

しかし、心的なダメージはしっかり蓄積されており、後々やっかいなことになる。

そして、自分が使う言葉への感覚も鈍る。

自分が思っているよりもきつい言葉を使ってしまうようになる。

そして、敵が増える…。

彼もそういう悪循環の中にいるのでないだろうか。

2014-09-02

http://anond.hatelabo.jp/20140902111409

女の子と会話する」時点で健全には成り得ないんだが。

エロさえなければ健全と思ってるんだとしたら麻痺し過ぎ。

これが女の子じゃなくて猫だったらただのどこいつでありド健全だけどな。

2014-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20140826124643

日本人は、高学歴に期待できない、ということをちゃんと国民が知るべきなんだけど。

思考が麻痺してるのか、東大と聞くだけで偉い人と勘違いする。

記憶力や処理能力より物事の考え方。それを優先しないとダメに決まってるじゃん。

2014-08-13

躁状態とかある種の薬物とか進行麻痺だとかに伴う多幸感を思い浮かべると、

幸福はいわば客観的な状態とは関係ない場合があるような気もするが、

ふつうの状態だと大体は客観的リストにあるようなので幸福になる場合が多いとは思うな。

2014-07-31

就活で誰も行きたがらない業界は何故「人手不足」と言うのか?

人手不足って言われてる業界に何で行きたくないかって言うと

言わなくても普通会社人なら分かるでしょって事が会社人に分からん麻痺してるって事。

まりそれすら分からない業界人人手不足だつってんだから永久に人は来ない。

ワタミゼンショーも誰も行きたがらないのは、それすら理解できない奴らが会社人気取ってるからから

気付けばどこを直せばいいかって所までいちいち教えないと分からない会社無理解から人手不足」と嘆く。

新聞とかテレビ就活生に選好みするなと言うけれど、実際は選好みする会社が大半なのを棚に上げて

たか就活生が選んでいるかのような印象操作するのも頂けない。

事実だけを問えばいいのに、「人手不足」だけをクローズアップするのだから誰も行きたがらない業界と同じに見られる訳。

2014-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20140727194119

ちょっと違うと思う。

彼女の件は「ムキになって」で出来るようなレベルのシロモノとはちょっと違う。

ベルシェーンの件もそうだけど、決して「ムキになって」捏造を繰り返したわけじゃない。

最初研究を行ってる中で、少し手を加えるとより良い結果が見えることに気づいて、少しだけ手を加えて報告を行った。

それがうまく言って評価につながり、教授陣はその結果を元にした新たな結果を求めてくる。

この時、まだ本人は手を加えたと言ってもその先少し頑張ればその結果は得られるものだと思っているしそこまで罪悪感が無い。

が、それを繰り返していくと、徐々に手におえないほど、恣意的捏造を行わないと矛盾が出てきてしまうことがある。

この時、もしかすると本人は手を加えること自体を「悪」とは思ってないかもしれない。

あるいは小さな捏造を繰り返していくうちに麻痺していくのかもしれない。

いずれにしろ、大きな結果になっていくに従い、結果を疑うものは当然増え(それはどんなものでも同じ。たとえ今では本当に凄い大発見と確定しているものでも)、

大きな目に触れることでバレる。

実はその時点まで、「勘違いや間違いだろ」等と強く責められる事はない。

勿論、研究者同士での議論で、結果について文句を付けられることはあるが、これも上で述べたのと同様、研究界ではアタリマエのこと。

論文がはじかれる、なんてこともNatureレベルなら別に恥ずべきことでも何でもない。









まりは「ムキになって」と言うことになるシチュエーションすら無く、単に小さな嘘の積み重ねの結果、

あのような自体になってしまった、というだけ。

で、実際の所、そういうことは研究世界とか関係なく何処にでもある話。

その嘘の積み重ねがあまりにうまく行きすぎて、また、あまりに大きくなりすぎた例が今回の彼女の件、というだけ。

さな嘘の積み重ねなら誰でもしたことがあるだろう。

ただし、普通人間はある程度場をわきまえることはする。

研究なんかの世界でそんなコトしたらバレるに決まってるし、いずれにしろ先は無い

(研究としてそれ以上発展のさせようが無いから定年間際でどうしたって功績が欲しい人以外はやらない。

ただし、定年間際まで研究を続けられてる人は大概ある程度の功績はあるし、捏造なんかで超えられる様な結果は出せない。)

意味が無いから誰もやらない。


まあ、今はムキになってると思うけどね。糞弁護士がついてるから、ってのもあるけど。

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