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2017-05-29

anond:20170529124318

しか公表すると引用されるんでしょう?

ちゃんとでてきてっていうけど、なんであらかじめ蹂躙される(法律でも保護されない)ってわかってる場所に出ていかなければならないのか。

わかってる人だけに口伝で伝われば十分。

2017-05-19

葉隠』(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に書かれた書物肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士田代陣基(つらもと)が筆録しまとめた。全11巻。葉可久礼とも。『葉隠聞書』ともいう。

目次 [非表示]

1 概要

1.1 「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

1.2 書名の由来

2 脚注

3 刊本

4 参考文献

5 関連項目

6 外部リンク

概要[編集]

「朝毎に懈怠なく死して置くべし(聞書11)」とするなど、常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよと説いた。後述の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名である。同時代に著された大道寺友山『武道初心集』とも共通するところが多い。

文中、鍋島藩である鍋島直茂武士理想像として提示しているとされている。また、「隆信様、日峯(直茂[1])様」など、随所に龍造寺氏と鍋島氏併記しており、鍋島氏龍造寺氏の正統な後継者であることを強調している。

当時、主流であった山鹿素行などが提唱していた儒学武士道を「上方風のつけあがりたる武士道」と批判しており、忠義山鹿の説くように「これは忠である」と分析できるようなものではなく、行動の中に忠義が含まれているべきで、行動しているときには「死ぐるい(無我夢中)」であるべきだと説いている。赤穂事件についても、主君浅野長矩切腹後、すぐに仇討ちしなかったこと[2]と、浪士達が吉良義央を討ったあと、すぐに切腹しなかったことを落ち度と批判している。何故なら、すぐに行動を起こさなければ、吉良義央病死してしまい、仇を討つ機会が無くなる恐れがあるからである。その上で、「上方衆は知恵はあるため、人から褒められるやり方は上手だけれど、長崎喧嘩のように無分別相手に突っかかることはできないのである」と評している。

この考え方は主流の武士道とは大きく離れたものであったので、藩内でも禁書の扱いをうけたが、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されるようになり、「鍋島論語」とも呼ばれた。それ故に、佐賀藩朱子学者・古賀穀堂は、佐賀藩士の学問の不熱心ぶりを「葉隠一巻にて今日のこと随分事たるよう」と批判し、同じく佐賀藩出身大隈重信も古い世を代表する考え方だと批判している。

明治中期以降アメリカ合衆国出版された英語の書『武士道』が逆輸入紹介され、評価されたが、新渡戸の説く武士道とも大幅に異なっているという菅野覚明の指摘がある。

また「葉隠」は巻頭に、この全11巻は火中にすべしと述べていることもあり、江戸期にあっては長く密伝の扱いで、覚えれば火に投じて燃やしてしま気概覚悟が慣用とされていたといわれる。そのため原本はすでになく、現在はその写本(孝白本、小山本、中野本、五常本など)により読むことが可能になったものである。これは、山本常朝が6、7年の年月を経て座談したものを、田代陣基が綴って完成したものといわれ、あくまでも口伝による秘伝であったため、覚えたら火中にくべて燃やすよう記されていたことによる。2人の初対面は宝永7(1710年)、常朝52歳、陣基33歳のことという。

浮世から何里あらうか山桜    常朝

白雲やただ今花に尋ね合ひ    陣基

武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」[編集]

葉隠記述の中で特に有名な一節であるが、葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻玉砕自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。

しか山本常朝自身「我人、生くる事が好きなり(私も人である。生きる事が好きである)」と後述している様に、葉隠は死を美化したり自決を推奨する書物と一括りにすることは出来ない。葉隠記述は、嫌な上司からの酒の誘いを丁寧に断る方法や、部下の失敗を上手くフォローする方法、人前であくびをしないようにする方法等、現代でいうビジネスマナー指南書や礼法マニュアルに近い記述ほとんどである。また衆道男色)の行い方を説明した記述等、一般近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。

戦後軍国主義書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士生活に根ざした書物として再評価されている。先述したように『葉隠』には処世術マニュアル本としての一面もあり、『葉隠』に取材したビジネス書出版されている。

戦後も、葉隠を愛好した戦中派文学者で、純文学三島由紀夫は『葉隠入門』を、大衆文学隆慶一郎は『死ぬことと見つけたり』を出している。両作品は、いずれも葉隠入門書として知られ、各新潮文庫で再刊された。

書名の由来[編集]

本来葉隠」とは葉蔭、あるいは葉蔭となって見えなくなることを意味する言葉であるために、蔭の奉公大義とするという説。さらに、西行山家集葉隠和歌に由来するとするもの、また一説には常長の庵前に「はがくし」と言う柿の木があったからとする説などがある。

2017-03-17

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである

しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。


1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。

村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。

ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。

しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!

これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。


2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。


3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。


4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。


5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。


さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから



……

………

…………

……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。




6.特殊性

それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

2017-03-09

法事と荒れ墓問題

法事はよく分からない決まり事がいっぱいあってよくわからない。

しか地域ごとに全然違ったりして意味がわからない。

さらに基本口伝マニュアルみたいなものもない。

今の時代に合わない。

そりゃ廃れるはずだ。

荒れ墓や無縁墓が増えるはずだ。

死んだら

俺は葬式しないで欲しい。

2017-01-17

兵士だったじいちゃんの話

http://anond.hatelabo.jp/20170116162327

興味深い話が読めたのでお礼に幼少の頃によく聞いていたじいちゃんの話をしてみようと思います

確か今年97歳。

話の時系列史実なんかと照らし合わせてはいないので口伝だと思ってください。

  

南方出兵していたそうだ。

ビルマという単語がよく出て来たのでおそらミャンマーあたりだろう。

向かう途中は狭い船内で古参兵が新兵を並ばせて殴ったりといった行為日常だったようだ。

そのせいで左耳が聞こえなくなり今でも聞こえない。

船は度々狙われたようで隣の船が魚雷でやられるのを何度も見たのだという。

魚雷は白い線が出るからどこを来てるのかわかったそうだ。

  

ビルマについてからジャングルが主戦場だったようだ。

ぬかるみを行軍して靴を脱ぐことをも出来ずに足がただれたこと、ヒルが体中に張り付き血だらけになることもよくあったそうだ。

親指くらいの大きさになったヒルを無理やり取ろうとすると頭だけ残って余計大変なんだとか。

駐留地についてからは色んな部隊に配属されたようだった。

通信用の有線をジャングル内に設置してあるものを度々トラが切るようで3人一組の班を作り夜中に見回りをしていたそうだ。

他の班の人がトラに襲われ全員が帰ってこないこともあったとか。

機銃を撃つこともあったそうで、「○発掃射」とかのような指示がありボタンを放すタイミングが難しいがコツを掴めば簡単だったと言っていた。

援護が目的のようで当たっているのかもわからなかったらしい。

前線補給物資と共に機銃を運ぶこともあったそうで、台座に乗せて4人で運ぶ際に担ぐ肩を変える掛け声が「肩変えー右」「肩変えー左」

途中で現地住民が待ち伏せして襲ってきて隣の人が亡くなったそうだ。

  

通信兵のようなこともしていたとき航空機から攻撃を受け目の前の通信機が壊されたとか。

パイロットが地上からも見えるくらいの高さで身を乗り出して何かを見ていたそうだ。

またある時に調理兵の偉い人が同じ村出身で気に入られ牛の解体とかもしていたそうだ。

川の上流で解体していると内臓は流して捨てるせいか拾いにくる現地住民と仲良くなったと言っていた。

現地の言葉の数え方で「てが あんぱ りな」と言うのを教えてもらったと。

日本語で言う「ひい ふう みい」らしい。

食べ物が無くなってくると錦蛇も食材として捌いていたとのこと。肉厚で美味しいらしい。

それでも足りなくて猪用の頭から入ったら抜け出せない落とし穴を掘っていたらしいのだが、

空腹に耐えきれず食べ物を探しにジャングル内に入った人が落とし穴にはまり亡くなることが何回もあったらしい。

  

おそらく戦後だと思うが、捕虜として捕まったときに見張りの兵に自分たちは連発出来る銃で日本兵は単発の銃だから負けたんだというようなことを

仕草を交えて言われたらしい。

また、何かの土木作業をしたり運んだりといったことを戦後3年間行ってやっと帰ってこれたということだった。

運ぶ作業の際に丸太橋で谷を渡ることがあったそうだが、肩に60キロくらいの荷物を担いでいたので落ちた人もいたそうだ。

  

こういった話を淡々自分感情をのせることなく語るじいちゃんです。

戻ってからの苦労話は色々聞いたけど戦争に関する恨み辛みは聞いたことはないです。

もちろん戦争を賛美するようなことも言いません。

  

最近政治については話たりはしないのでどう思ってるかはわかりません。

だいたいは昔話と猫と相撲のことばっかりです。

2017-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20170111004516

他方、死後どうなるかについては割とあやふや

こういう部分は、地域グループ口伝される非公式教義があって、補完されている。

真言宗のような邪宗だと~~な酷い死に方をする、とかね。

公式には言わないけど。

2016-10-11

社員プレゼン資料、実際に施策してみたデータ業務フローマニュアル化

そういう資料を作り貯めていくことが会社の血となり肉となり成長するための栄養となっていくもんだろ。

なのに何で一つも無いんだよ。

6年やっててなんでねえんだよ。

プレゼント?何だいそりゃ?」な社員上司しかいないなら仕方ねえと諦めるが

毎週木曜に客単価だのSEOだの新規率だの打ち合わせしてる資料はどこのブラックホールに消えてんだよ。

個人に蓄積されていて口伝しか引き継がれていない、ってのならまあ田舎会社なら仕方ねえ。

しかし、「今日からこれよろしく」の一言で引継ぎ終了とかもはや意味わからん

資料作っとかねえから人辞めたら一緒にノウハウも失われんだよドアホ。

「売上が半分以下に落ちてるからどうにか考えろ」とか馬鹿か。

だったら売り上げが落ちる前までやってた施策教えろや。

「わからない」とか答え聞いて絶句したわ。

それをやらなくなったことが確実な原因で、またやることが確実な回復方法だろうに。

それでもまだ資料作れとは言わないんだから頭悪すぎる。

会社として機能してねえ。

2016-09-04

優れた容姿は最も優れた才能

容姿コンプを拗らせるのをいい加減にやめたいが目の前の現実が辛すぎるので半分愚痴のような投稿

皆口を揃えて言う。容姿けが全てじゃない。性格だって大事だ。もちろん家事をやる能力や部屋を綺麗に保つ掃除技術etaなどの人間としての生活を営むちからも大切だ。興味があるならスポーツ芸術仕事に関する才能を伸ばせば良い。

でも所詮、伸ばしたとしても容姿が良くて他の才能もある人には人生に勝てっこないんじゃないかと思ってしまう。

自分他人人生を比べるなと言われてしまえばそれでお終いだが、優れた容姿を持った人生を歩んでいる人が羨ましくて仕方がない。

優れた容姿というのは生まれつき備わっていて大変な苦労やトレーニング必要のなしに容姿が最も重視されるといっても過言ではない若齢期を歩むことができる。人によっては歳を召しても美しい容姿を保っている人もいるだろう。

容姿が優れているだけで人から優しくしてもらい、目をかけてもらい、困った素振りを見せればすぐに助けてもらえる容姿の優れた人が私は本当に羨ましい。ブスはいるだけで存在迷惑がられることだって多数だ。

仮にブスが容姿以外の才能を伸ばしたとしても、人は容姿以外の才能に必ず目を向けるわけではない。興味がない人にとっては「ふーん。」と思う程度で終わってしまことなんてざらにある。それに比べて優れた容姿はどうだ?いついかなる時も人の目にとまる。名前を知らない向かい座席に座っている電車乗客の素性はわからなくても容姿だけは目に入れた途端にわかる。 そう、誰にでもわかるのだ。美しいか美しくないか赤ちゃんですらもわかってしまうという話を聞いて悲しくなった。 少し本題とずれたが、要するに優れた容姿というのは誰にでもはっきりとわかる才能であるということだ。逆に言えばそれ以外のことは実際にその人と関わってみないとわからない。電車の左隣に座っている人が演奏技術が優れてるかなんて実際に聞いてみなければわからないでしょ?

ブスが別の才能を伸ばして、容姿の優れた人が何もしなかったら顔だけが取り柄のつまら人間じゃないか!と思う人もいるだろう。

確かに、何もせずにいたら確かに顔だけが取り柄の人間だ。それはブスから見た視点である現実には何もしていなくても容姿が優れてるという才能があるのだ。 この差をわかってほしい。 ブスは才能を伸ばすのに努力がいるのに対し優れた容姿の持ち主は何もせずとも持っているのだ。

そしてブスが才能を伸ばし、容姿の優れた人も別の才能を伸ばしたとしよう。するとどうか? 秀才美女イケメンスポーツ選手!などと世間はもてはやす。本当にバカバカしく思えるが美女美男が別の才能を持ったら世間の注目の的である容姿も良いのに別の才能もあるなんて…!すごい!とテレビを見ながら何回も思った。

そう別の才能に容姿という誰にでもはっきりとわかる才能がプラスされることで絶大な力を発揮するのだ。ただでさえ目に止まる容姿の優れた人間に別の才能があると知れたらたちまちその話は口伝いに広がる。あのかっこいい人って楽器も弾けるんだって!すごいよね!あのかわいい子は料理も上手らしいよ!ブスがいくつ才能を掛け持とうが興味がない人にはこのブスの凄さがわからない。わかったとても「ふーん。」だけで終わってしまうかもしれない。

このようなブスの扱いの酷さは日本の文化に起因しているかもしれないが詳しくはわからないので触れないでおく。

来世に優れた容姿で生まれることを信じもしない神にただただどうしようもなく祈るばかりだよ

人は美しいものの前で惹かれずにはいられないんだよ つらい

2016-07-26

Pokemon Go歩きスマホトラブルになっている原因は江戸しぐさの断絶にあった

もともと、江戸しぐさは、エリート商人たちが築き上げた行動哲学であり、勉強家が多い。こういう人は、道を歩く時だって勉強している。例えば二宮金次郎だって歩きながら本を読んでいるだろう。江戸時代には車はないが、馬だって走るし、道もそれほど整備されていたわけではなく、安全にながら歩きができるわけではなかった。そこでエリート商人を中心に、ながら歩きの技術が発展していた。

弾圧によりエリート商人が全員殺されてしまい文献が残っておらず、口伝で伝わっているので、正確な技術はわかっていないのだが、以下の様な感じらしい。

  • 本は丹田の前方、上方斜め45度に構える(かつ丹田で気を練っておく)
  • 首を前に出しこちらも下方に45度方向ける
  • 本と視線が垂直に交わるようにする眼球を小刻みに動かし、前方と本を両方確認できるようにする

これが全貌だと伝えられている。

当然かなり厳しい修行必要で、使える者は限られていた。使える者は「歩危者」と呼ばれて尊敬されていたらしい。

2016-03-29

白鵬の変化で気付いた基準となる価値観の違い

白鵬の変化についてニュースかしましものの、相撲ファンではない自分がなんか言ってもトンチンカンになるよなあ、と思っていたのだが、そのトンチンカンになりそうな理由ちょっと分かった。

自分横綱が変化すべきでない不文律って「フェアネス」の問題だと思っていて。

格上が手段を選ばず闘えば、格下は勝つのが益々難しくなるので、すべきでない、という話なのかと捉えていたが。

でも今回は相手横綱であって、その「フェアネス」でいったら、同格なら何でもあり、縛りなしの真剣勝負じゃんかと。


で、そうなってくると、次の言葉が、「負けた方こそ、真剣勝負でなんで相手手段を選んでくるなんて思ってるんだよ、それ、甘えてない?」ってなるんだよね。

相手も、やっと真剣勝負ができる相手がきたと思って、すべての手段でお前を倒すぞで来てんじゃん」と。

それが2人の世界真剣勝負であり、尊敬だろうと。


でも、違うんだね、「らしさ」の問題なんだね。

横綱になるには強さの基準としての勝ち星だけじゃなく、「品格」って基準があって、要するにこれが「らしさ」で、

横綱である以上は強い上に「横綱らしい」事が必要、という。


要するに横綱は「最強の称号」という「チャンピオン」ではなく、

名誉職」というか、「会長」みたいな。

勝負の場も、2人の世界だけじゃなく、「らしさ」を憧れの目で見てる第三者がいるんだね。


で、「会長会長らしくせんかい」という話と、「え、フェアネスの話してたんじゃなかったの?」みたいな噛み合わなさが自分の中であったから、よくわかんなかったんだなぁ、と。


しかしそれでも疑問は残る・・・

会長会長らしくせんかい」みたいな話って、不文律だの背中を見せるだので、外国から日本に連れてきた人に通じる?

土俵を降りた後の振る舞いも見られてるぞ」みたいのは、海外スポーツなんかでもキャプテンクラスには言われるんで、通じるかなって思うけど、それが土俵の上での戦術の選択にまでかかわって来るとなると、すげえ独特だなって思うし。

人間、喋っても伝わらんものを、「言わなくてもわかれ」みたいな話に見えて、それはそれで理不尽じゃねーの?とも。


そこら辺は何かしか口伝なり、教育なりがあった上での話なのかな?

2016-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20160201174001

てめえはその用語を人から口伝で教えてもらってるくせに、人に説明しようとしないとはいい度胸だなあ!?

2015-11-09

秘匿性や出し惜しみや口伝なだけで専門や職人を気取ってる技術は淘汰される時代

日本の悪しき慣習であるこれらの専門技術は淘汰され、効率的健全競争力が働く社会になる。

自分たちがやらされてきたから後輩たちもやるべきだ、なんて考えで守りを堅めるのはやめてほしい。

オープン化を恐れてはならない。しかしすべてを公開せよと言っている訳ではない。

無駄なシキタリやシガラミはいい加減排除しようよと言っているのだ。

2015-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20150917110037

そこは口伝文書にする一択でしょう。

どれだけ面倒か可視化して、自分を作業担当からはずしてもらうための材料にする。

http://anond.hatelabo.jp/20150917105307

ある

正直に言うとすっごく嫌

本社勤務だとお茶出したり来客対応掃除もある上に手順が口伝で細かいから面倒で外に出ていたい派

客先だと電話はたまにあってもそれ以外のマナー全部忘れちゃうから戻ってやらされてできなくて注意されるのが怖い

2015-08-04

ネトゲを題材にしたweb小説アニメ化された作品から

ソードアートオンラインキリトハーレムログ・ホライズンの「記録の地平線」、オーバーロードアインズ・ウール・ゴウンについて勝手に点数付けしてみたぞ!

別々のネトゲから強さ比べても意味ねーだろとかはとりあえず考えないで!

ソードアートオンラインキリトハーレムSAO

ギルド「記録の地平線(ログ・ホライズン)」→LHZ

ギルドアインズ・ウール・ゴウン」→AOG

主人公キャラクターの強さ

SAO8キリトさんはSAO最終レベル96。ユニークスキル持ち。近接のプロフェッショナルで隙のない構成比較対象内だと一番PVP向き。釣りスキルはご愛嬌
LHZ6シロエはアニメ二期前半のレイド時点でレベル93 レベルキャップ推定100なのでもっと強くなるかもしれない。習得スキル廃人レベルらしい。レイド向き。
AOG9アインズ様はユグドラシル100レベル 作中で度々RPに寄った構成のためガチ構成には劣ると言われるが、ゲーム自体バランスおかしかったりPK習得魔法増やしたりで強い。


主人公プレイヤースキル

SAO10人間辞めてそうな反射神経の持ち主。時々カッとなるのが欠点とは言え、同レベルキャラクター相手に無双できるほどプレイヤースキルは圧倒的に高い。
LHZ9未来予知に近い計算能力を発揮する全力管制戦闘が強い。多人数の戦闘なら一番勝率に貢献できる。
AOG6ネタ構成の割にPVP勝率は高いらしいが、人外レベルの実力を発揮する他2人には劣る。キャラクター人外のくせに。


すごいパワー

SAO9ユイ存在システム情報ハックできるのはヤバいチートや!チーターやろそんなん!
LHZ7世界法則を書き換えたシロエの口伝契約術式〉はすごい。けど使いどころがかなり限られる。
AOG10アインズ様は経験値を代償に願いを叶える魔法を使える。持ってるワールドアイテムバランスブレイカ―な代物。


組織

SAO7キリトさんを中心としたわりとゆるい繋がり。組織と言うより友達グループ廃人プレイヤーだらけで平均レベルは高い。
LHZ6人数は少ないもの役割分担はきっちりできている。年少組のレベルはそこまで高くない。
AOG10守護者は強いし、末端にいたるまで忠誠心も強い。部下もやたら多い上に倒されてもどんどん沸く。


女の子の可愛さ

SAO10しっかり者で嫉妬可愛いアスナさんを本妻に、可愛い子ばっかりでよりどりみどり。みんな良い子なのも良い。
LHZ6アカツキちゃんは美少女設定。他は異世界補正で綺麗になっているけどだいたい普通らしい。
AOG7みんな絶世の美女美少女。でも本性出すと醜くなるタイプの化け物ばっかりで辛い。


男衆の魅力

SAO4クラインとエギルキャラとしては好きだけど、もうちょっと活躍する姿も見たい。
LHZ7にゃんた班長CV中田譲治)が素敵。直継も頼れる相棒と言う感じで魅力的。
AOG8バスは格好良いしコキュトス可愛いストーリーデミウルゴスが半分以上動かしてるしアインズ様の魅力も引き出してる。


合計

SAO48
LHZ41
AOG50

AOGの点数が最多となった。

項目が増えれば合計の順位も変わると思う

2015-05-20

漢字/ひらがな、どっちを選ぶかマイルール

はてなブックマーク - 素人さんの原稿でとりあえずチェックする漢字にしないだけで読みやすくなる単語 - Togetterまとめ

やあ、弱小専門書出版社に在籍していた増田ですよ。乗り遅れた感がすごいけど、読んだら書きたくなったので書く。

上のまとめは「素人さん」「読みやすくなる(=元々のオメーの文章読みにくいんだよ)」という表現でいらん反感を買ったと思うんだけど、たしかに適切に開く(=ひらがなにする)と見た目にメリハリがついて、頭に入りやすくなる効果はあるなーという実感は持っております

自分が使っていた一般ルールは以下のような感じ。記者ハンドブックは持っていなかった。口伝。文法用語を間違ってたらごめんネ。

だいたいいつも開く

抽象的な名詞

もの」「こと」「とき」「ところ」etc.

具体的なモノを指すときや成語は漢字のまま。

補助動詞/形容詞

「(~して)あげる」「(~して)ほしい」「(~し)だす」「(~し)すぎる」etc.

連語

「~にすぎない」「~における」「~によって」etc.

接続

「また」「したがって」「すなわち」「もしくは」etc.

副詞

ほとんど」「もっとも」「たいへん」etc.

開くかどうか悩む

数詞が絡む言葉

ひとつ」とか「ひとり」とか。算用数字にするか漢数字にするか、それともひらがなにするかというのが毎回悩ましかった。

基本的には縦組みなら漢数字、横組みが算用数字にして、とくに意味合いの強そうな表現(「一人ひとり」とか)だけ開いてお茶を濁していた。

常用外漢字

新聞NHKは一律で開いてるのかな?

「かえって読みにくい」とか好みの分かれるところなので、著者とも要相談

反対に、漢字のままにしなきゃダメ

固有名詞とか熟語とか

これは絶対。だからテキストを一括置換してハイおしまい、っていうのは危険で、目でもチェックする。

人名異体字に注意。

例文

以上をふまえて例をあげますと、

勿論、増田で最も人気の有る記事と謂えども、便を漏らした男の泣き言に過ぎない。

という文は

もちろん、増田もっとも人気のある記事といえども、便を漏らした男の泣き言にすぎない。

となるわけです(あ、書き忘れたが「有る/在る」「無い」もだいたい開いてた)。

在職時に扱っていた『ある専門分野の書籍では』だいたいこれでやっていました。ガチガチ専門用語が頻出する原稿も少なくなかったので、多少なりとも見た目をやわらかくしたいという意図もあり、自分はかなり開く方だった。で、カギカッコをつけたように、これはあくまである1分野の話で、ジャンル対象読者によってまったく変わってくると思います。たとえば、小説エッセイだと書き味というか、文の手触りみたいなもの重要でしょうから、こういう機械的な方法はそぐわないでしょうね。

ブコメで書いてる人もいましたが、基本的には「1冊の中で統一がとれていればOK」だと思っています。あとは読者対象をふまえて著者と相談。ここまで書いておいてなんですが、結局ケースバイケースなんですよね。1冊1冊で変わってくるので。

ちなみに

いまはニートだよ!!!

から午前中から長文を書きこめるよ!!!

2015-03-11

http://anond.hatelabo.jp/20150311163646

土着の文化たる祭り地域信仰なんてのはそこいらじゅうに掃いて捨てるほどありますし、守れとか声高に叫ばなくとも土着の有識者によって細々と受け継がれている現状を無視しての発言ありがとうございます

とりあえず遠野文化垣間見ることのできる名著『遠野物語』をamazonしてみてはいかがでせうか。

この本は、かの地をたびたび旅した東大文科系教授が、地元民にコミュ力を発揮し聞き取った口伝を元に編纂したものですので、喰う寝るSNS自慰るでPCの前から動こうとしない腰の重い御仁にとっては、面倒ごとのすべてとさまざまなコストを避けることができますし、ベストチョイスかと思われますよ。

2015-02-06

アイドルポストモダン

http://seana.hatenablog.com/entry/2015/02/05/230648

アイドルの曲は、アイドルが歌うことに意味があるということに気づけただけでも、ジャニーズを好きになってよかったなと改めて思います

アイドルファンのみんながみんなそうというわけじゃないよ、という話も。

そもそも「音楽とはその演者の主張である」という基準自体が、常に正しいとは限らない。

何の主張も、意思も、意見も、欲求も何もなく、音楽はただ音としてあるだけでも許されるはずだ。

それは、西洋哲学古典文脈で、「世界には何らかの真理があるはずだ」とされてきた価値観に似ているかもしれない。

これはおそらく、人間コミュニケーション手段、あるいは記録・伝達の手段の発達に関係していると言えそうだ。

音楽を伝える手段は、口伝から楽譜レコードからCDデジタルデータへと発展してきた。

一番最初は「自分たち音楽をいかに奏でるか」から始まったし、実際にそういう手段や発想しかなかったわけだが、

文明の発達によって「楽器を弾かなくても音楽が作れる」、「発表した数分後には世界中の誰でも聴くことができる」ようになり、

音楽のありようは大きく変わってきた。

音楽もまた、それがそれ自体として価値を持って存在しうる、

まりシニフィエを持たず、純粋シニフィアンとして存在しうるものに変わってきた。

音楽を奏でる上で、その主体自分の顔や外見を聴衆の前に晒し

その言葉が本人の主張であると常に解釈されなければいけない時代は終わったということだ。

人間、あるいは自己の「表現」としての「音楽」には限界がある。

なにより、自分以上の音楽を奏でることができない。

そもそも「音楽」と「自己」とは関係なく存在しあってもいいものであるはずだ。

自分たち音楽とは、自分たち表現だ」という自己規定は、そのうちに必ず自家中毒を引き起こす。

いわゆるアイドル戦国時代と言われたところから、近年のヒットチャートアイドルが占拠するようになったこの音楽のあり方は、

何も正当性がないただの「衰退」や「退廃」とは異なる、文化としての次のステップ意味を示している。

音楽」と「自己」、あるいは「音楽」と「意味」の離別は、音楽のもの純粋さをより推し進めるものともとれる。

たとえばそれは、女性キャラしか登場しなくなったアニメや、10代の若者世界を救うジュヴナイル作品とも近いもしれない。

その「音楽」をより純粋な形で届ける上で、最適な手段を探した結果、それが「アイドルだった」としても実は不思議なことではないのだ。

ポップスという大衆音楽には、その音楽性やジャンル自体制限はない。

あらゆる音楽性はポップスに含まれうるが、しかし外見や表現を含めてもそうだといえるだろうか?

ダンスミュージックディスコ、あるいはプログレハードロックメタル

これらはそのファッションスタイルと相まって存在していた音楽文化だ。

ヒップホップ音楽性には、ヒップホップファッション必要で、ヒップホップなアティチュードが求められる。

一人の人間、あるいはバンドでこの様々な音楽性の表現は一貫して行うことができるだろうか?答えは「No」だ。

なぜなら自己表現として音楽存在すると仮定した場合多種多様音楽を奏でることはそのまま分裂症的に解釈されてしまうのがオチからで、

これはつまりドゥルーズの言うリゾームの話に近づいてくる。

純粋音楽表現において、多種多様音楽をできるだけピュアな形で届けるには、アニメアイドルといった、

何の主張も持たない、時にはフィクショナルな存在の方が向いているということは起こりうるのだ。

から、私はアイドル音楽が好きだ。

彼ら、彼女たちと、そこで歌われる、奏でられる音楽は、本当の意味で結びついてはいない。

(つまり歌詞言葉どおりに彼らが考えているわけではない)

しかしながら、いや、だからこそ、その音楽純粋存在しているし、鳴っているのだ。

ともすれば、その歌詞支離滅裂意味を持たなかったとしても、

ナンセンスであるほどにその身体性、サウンドとしての純度は高まるかもしれない。

ひと昔前であれば、優れた40代50代の音楽家表現しうる音楽手法、伝える手段は、より限られたものだったろう。

今は、アニメアイドルボーカロイド…。様々な手段によって、自己の肉体や外見とは関係なく、純粋音楽表現できる時代になったのだ。

そして、リスナーとしての我々にとっても、より純粋フィクション文化として、

音楽作品に溺れることができる時代になったということも同時に意味しているというわけだ。

2014-06-09

「死に損ないのクソジジイ」ってのは単純な非行問題だと思うんだが、言った相手が被爆者だったという政治的文脈がために社会問題化するあたりに、気持ち悪さを感じざるを得ない。

「語り部」ってのも大抵神話化しちゃってて何だかな。口伝である必要あるのそれ、みたいな。

2014-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20140214204507

そら保管の方法が悪いんや。お前のPCにはPrtScrボタンがあるやろ? DRMなんていくらだって突破することは可能やがな。

焚書に対して口伝で対抗したように、デジタル書籍廃盤にも、ややアナログ方法で対抗は出来るんや。

それらを「できない」と思い込み、それが不便の理由だと思うんなら、それは増田の「読みたい」という欲求が足りてないだけや。

願い、それを実行に移す力があれば不可能なんてないんやで?

2014-01-02

鉄道趣味の限られたリソース問題

撮り鉄問題でいくつか思いつくことを書いてみる。

趣味参入障壁が低すぎる

撮り鉄は、昔からいる。現存している昭和50年台までの写真は、写真コストがとても高かった時代のもので、かなり道楽ができる人でないと写真を残せなかった。戦中、終戦後10年くらいに写真が撮れた人は貴重な存在だった。

今は、携帯にもスマホにもカメラが付いている。3DSにもカメラがある。選ばれし者の趣味ではない。

イベントキャパ情報拡散量の問題

廃止が決まりました的なイベントやその周辺の時間キャパシティは限られている。電車が撮れる時間は一瞬だ。しかし、最後だよという情報は、一瞬で全国を駆け巡ってしまう。都市部は潜在的人口が多いので、反応する人も多い。

撮影場所の問題

伝統的な撮影ポイントは、すでにお立ち台通信という書籍情報が知れ渡ってしまっている。本来、鉄研友の会的な人の口伝だったものが、全国の潜在的趣味者に知れ渡ってしまった。いい場所は限られることと、列車ダイヤと天気と太陽の位置が理想的な状態になることは稀なので、集中してしまう。

徹底した合理化面白いものが減っている

JR東大手私鉄は、基本設計が同じ車輌を発注しているので、どこにいっても同じ金太郎飴のような電車が増えた。ゆえに地方線区に残ったお古のほうが雑多で趣味的に面白くなる。

業績至上の鉄道会社本音としては、地方の路線はお荷物であり、社会的使命という方便がなければ、廃止したい。旅情よりも都心の手持ちの土地効率よく運用したほうが圧倒的に儲かる。

情報量過多のベテランが増えた

情報の共有と蓄積が進み、最適解を常に得続ける鉄ヲタが増えた。18きっぷの乗り継ぎパターンや最適な座席位置を体得していたり、きっぷの予約も最適解を常に得続ける鉄ヲタに独占されるようなった。人気列車指定席転売が問題になり、乗り放題の企画きっぷが廃止されるに至った。

鉄道会社しかける企画は子供向けと老人向けしかない

博物館はこども向けで、トワイライトエクスプレスやななつ星などのクルーズトレインは、富裕層老人向けで、20から40台向けの楽しめる企画がない。

出戻り鉄

定年後の趣味として出戻った人が参入。お金があるのに昔の貧乏鉄をやっている。


鉄道旅行鉄道趣味から失敗をしながら試行錯誤を繰り返すことがなくなり、常に最適な収穫を得るような趣味に変節してしまったためにリソースが大幅に制限されるようになったのではないかとうすうす感じる所存。

http://anond.hatelabo.jp/20131208001452

2013-08-14

http://anond.hatelabo.jp/20130814015855

生涯所得でいうとぜんぜん低くないぞ。

 

問題はそのおいしさ、ノーリスクさが公務員家族だけの

口伝による囲い込みでもれ出てこないこと。

http://anond.hatelabo.jp/20130814015855

生涯所得でいうとぜんぜん低くないぞ。

 

問題はそのおいしさ、ノーリスクさが公務員家族だけの

口伝による囲い込みでもれ出てこないこと。

http://anond.hatelabo.jp/20130814013710

さすがにそりゃ全部が全部コネじゃねえよ

 

ただおいしさの口伝家族間でリアリティをもって伝えられることで

子のモチベーションにつながってる可能性は否定できない。

 

父親が立派に仕事してる姿を見たら子供もそうなりたいって思うだろうよ。

http://anond.hatelabo.jp/20130814012942

公務員コネといわれるゆえんは、そのおいしさが口伝によるものというところが大きい。

 

公務員一家は絶対に自分らがおいしいということを口外しないけど

娘息子は必ず公務員にする。

 

あの秘密口伝公務員おいしさを如実にあらわしてる。

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