はてなキーワード: ももちとは
なんかそう言う時間に食べに行こっかーってなると意外と何もないことに気付きました。
それを外すとほとんど行けるお店がなくって、
結構夜も賑わってると思ってたんだけど、
もしかしたらまだ
そっち行けばよかったわと後で思ったのは祭りだわ。
話変わるんだけど
どっちが仕切りのあるラーメン屋さんだったっけ?って
一瞬どっちか分からなくなるけど、
今度行けたら行ってみたいところね。
普段ぜんぜん行かないところだと
たまに通るとお店の並びが変わってたりして、
あれここ前なんだったっけ?って思い出せないこと多いけど
変わってるのは分かっちゃうのよね。
なんか違和感を感じてるのかしら?
アドベンチャーはいつでも出来るから私次第ってところもあるってことに気が付いた夜だったわ。
ここ最近建て変わって随分変わったみたいところなんだけど、
そうあと意外と
みかんの花咲く丘公園前駅の商業施設ももちろん駅内のは閉まっちゃうの早いし
意外とやっぱり夜の夜中を出張って歩いてみると
色々な発見があるわねって思った次第よ。
うふふ。
リンゴも珍しく買ってみてオレンジとスライスしてリンゴオレンジウォーラーにしてみました。
たまには直接果物を食べることもいいわねって。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
大人の遊びは極めることにある。
例えばエロ一つとっても、ち○この強さは大腿四頭筋の強さと比例するので、スクワットからなにからまず足腰を鍛える必要がある。
アクロバティックな体位のためには、上半身の筋肉ももちろん必要である。
各種サプリももちろん効果的である。バイアグラなどを試すのももちろん有りだ。違うプレイができる。
自分に効果のある組み合わせを検証することで、三ヶ月、半年、一年後と、徐々に仕上がるち○こです。
またち○こだけが強くなっても、プレイ内容がおろそかであれば、女性にとっては苦痛の時間が伸びるだけである。したがって、プレイ内容にも研究は必要である。
セフレにフィードバックをお願いし、自分なりのプレイの基本原則を発見しながら、毎回違う流れを組めるよう引き出しを多く用意する。
同じ相手と10回やっても、同じ流れでプレイをすることがない程度には、プレイの幅をもたせるべきである。
またセックスはコミュニケーションである。しかも非言語タイプだ。
これは相手の表情や仕草、また体温などから、相手の心境を察する必要がある。
都会のほうがたしかに多いんだけど、田舎にももちろんいるだろう。田舎では精神疾患に対するスティグマが都会以上に強く、結果的に受診率が低く抑えられ、発症割合が低く見積もられている可能性もあるしな。
つらいですね。つらいけれども、「普通通り振る舞うように心がけ」て、むしろ親切なくらいにする。
ほんと「聞いてないですよ」みたいな。
気持ちを、工場出荷時状態に戻すというか。告られた前の気持ちを思い出して普通に。
そして事情を知っている人が居たら、他言しないようにお願いする。
(増田ちゃんにA君振られたんだってとか言われないように。可哀想すぎる。)
二十歳くらいの頃、絵にかいたような「生きづらい」学生だった。悩むことに悩むみたいな、ある意味まっとうな若さを抱えていた。
だけどそれが自分でもしんどかったし、周囲の親しい人を疲れさせてもしまって良くないなと思ったので、
まずは自分の心地よさのために、自分の機嫌を自分で取れるようになりたいと思った。
そこで、主に社会人になってから意識的に振る舞い方を変えて、いろんな思考訓練をした。
落ち込みやすい出来事のポイントや苦手な人のタイプを観察し、避けられる摩擦は避けて、不要な傷つきは回避してきた。
その結果、学生の頃よりぐんとメンタルは落ち着いたし、毎日楽しく生きられるようになった。それはすごくよかった。
なんだけど、その副産物として、
今度は「あの人は、いつも大丈夫そうな人、頼ってもいい人」っぽく、周りから見られるようになっちゃった。別にそんなことないのに。
メンタルが安定している(ように見える)人って、感情の置きどころにされやすい。
とくにそれが、テキストコミュニケーションの場において顕著だと感じる。
私はTwitterにしろLINEにしろ、言葉をつかってコミュニケーションを取る場では、
日本語の使い方にはめちゃくちゃ気をつけて、言葉を発信するようにしているんだけれども、
そうすればするほど、はたからみると、一見「話を聞いてくれそうな人」になっちゃうんだね。どうやら。
最近ようやくわかってきた。受け止めてくれる人と、思われがちになってしまった。
「自分の感情をぶつけたい、発散したい。誰かに受け止めてほしい!」という気持ちが、
想像力があればあるほど、客観性を意識しようとすればするほど、引き受けるものは増えていくのかなー。
私にももちろん話を聞いてもらいたい瞬間はたくさんあるけど、それはごく親しい友人か、家族にしか向かないから、
「エッ、その純度の感情を!?この程度の関係性で、こちらにぶつけてくるの!?」っていう場面に出くわしたとき、まじで対処の仕方がわからない。
で、めんどくさいので当たり障りのないように流す。するとそれがまた優しさと勘違いされてしまう、みたいなループになってしまった。あほである。
ええかっこしいなところがもはや自分の首を締めてる気がしてるけど、
いろいろなプラットフォームでゲームをしてきた結果、最近は無駄な買い物をしなくなったのでみんなにおすすめを教えたい!
PS4系(据え置き機)、Switch系(携帯機)、Steam系(PC)、スマホで分けるよ!
・PS4系(家庭用据え置き機)、
○向いてる
○向いてない
大画面で楽しむことには向いているものの、テレビ特有の遅延問題を原因として反応速度で勝敗が左右されるゲームには不向き。
ゲーミングモニターに接続する手もあるが、だったらPCでよくない?という話になる。
また、ストリーミング機能にも優れており、そうした点を最大に活用するためにも反応速度を求められるゲームは避けたい。
さらに入力系がコントローラーに限られるため、マウスやキーボードを用いたほうがレスポンスが期待できるゲームには不向き。
○向いている
短いスパンでステージ展開のあるアクション・シューティングゲーム、パズルゲーム、カジュアルゲーム
○向いていない
とにかく携帯性という利点を最大限に活用するためには、場所を選ばないゲームを選択するべし。
ゲーム機片手にちょっとしたスキマ時間にプレイできるような、精神的障壁の低いゲームとの相性が抜群。
じっくりと腰を据えてやるならグラフィック性能などで劣るSwitchを選ぶ理由はない。
また、ディスクを持ち歩くこと自体が手間となるためどうしてもSwtichでしか販売されておらず腰を据えてやりたいゲーム以外はDL版をおすすめする。
DL版は中古販売ができないために、インディーズゲームなど安価なカジュアルなものに向いている。
据え置きモードでももちろんゲームはできるが、だったらPCがPS4でやれよという結論になる以上、おまけ程度に考えておいたほうがいい。
そうなると基本は小さい画面でゲームをプレイすることになるので、画面内に情報量が多いゲームは目がくそ疲れる。
結果的に他のゲーム機で買い直しになるのなら最初から避けるべき。
○向いている
FPS、TPS、MOBA、カジュアルゲーム、中古販売するつもりのないゲーム
○向いていない
一見PS4と同じような使い方になりそうなものだが、その実結果は真逆になる。
一番の理由は事実上スリープが行えないこと。これはPCの機能による限界。今後に期待したい。
また、キーボードやマウスを使った入力が当然のようにサポートされているために、市場にあふれる豊富なゲーミング機器を最大限に活用できる。
PCも基本的にはDL販売になるためカジュアルゲームが向いていると言えるが、グラフィック性能などの違いからそもそも中古で手放すつもりのないゲームなどは最もパフォーマンスの高いPCでの購入が向いている。
PS4同様ストリーミングに対応しているが、前述の通りスリープ機能に乏しいためどうしても起動までの時間差がストレスになり手が伸びなくなってしまう。
○向いている
ソシャゲー
○向いていない
その他のゲーム
対応するコントローラーなど多く発売されているものの、いつでもどこでも取り出すことができるスマホという存在とは相反するためにまず持ち歩くことがない。
どのゲーム機が優れているかという話ではなく、こんなゲームやりたいけどどのゲーム機でやるのが一番相性がいいかな?という話。
全部持ってて、全部のプラットフォームで同じゲームが発売されるなんてことが少なくない昨今、無駄に買って買い直しの後悔をするくらいなら、始めからハードの利点を理解しておけば事故は減るよ!
症状としては、言葉が出てこなくなっている感じ
そして入院して数日、どんどん悪くなっている
今日(もう昨日か)見舞いに行ったら、こちらの話はなんとなく理解しているようだけど、最初の頃は言えてた自分の名前が言えなくなって、今は文字通り「右」も「左」もわからない
あと箸を正しく持てなくなってきた
救急車を呼ぶのを嫌がったので電車で病院につれてきたけど、そういう悠長なことしてたのがよくなかったのかな
今後良くなることはあるのだろうか、あったとしても確実に障害は残るだろう
どんどん悪くなる母を突きつけられて見舞いに行くと病室で泣いてしまう
いちばん辛いのは母なのに
というかひとりになると今後が怖くて泣けてしまう
父ももちろん家にいるが糖尿で片脚切断、車椅子なので家事の一つもできない
おまけに会話もド下手(正直私はずっとアスペルガーを疑っている)
言語障害のリハビリには会話が必要とネットに書いてあったが、この父と母が会話なんてできるわけもない
せめて母が入ってる医療保険の保険会社名くらいはわかるか訊いたが、結局その答えすら間違っていたのでこの問題に対してなんの戦力にもならない
私は障害者の両親を抱えてこのままあと何十年も生きなきゃいけないんだろうか
婚活中だったけど、こんな両親がいる人間と結婚してくれる人なんていないだろう
仕事だって頑張りたかったのに残業ひとつできなくなってしまった
なんかもう完全に鬱になりそう
眠れないし
すごく辛い
多分10年くらい前からアニメオタクをやっている。なんなら同じくらいの時期から腐女子も拗らせている。
10年というのは短いような気もするし、長かったような気もする。それだけ長い間何かを好きでいられたのは純粋に嬉しい。
冒頭で10年と言ったがそれは嘘だった。正確には9年と3ヶ月と20日くらいだ。
本当はもっと正確にわかると思う。そのジャンル……名前を出してしまうなら、『イナズマイレブン』を好きになったのは、とある一話を見たのが原因だからだ。
イナズマイレブン(無印)100話『奇跡!河童との遭遇!?』(2010年9月15日放送)
イナズマイレブンを知っている人は『その回!?』と思うだろうし、イナズマイレブンを知らない人も『河童……?』と思うことだろう。
簡単に説明すると、まずイナズマイレブンはゲームを原作としたサッカーアニメである。
この回では、森の奥に迷い込んだ登場人物が河童とサッカーバトルをすることになる。未視聴の人はもっとわからなくなったと思う。初視聴時の私もよくわからなかった。
少しでも気になったならぜひアニメを見てほしい。今でもそう思うくらいには好きだ。
友人に勧められ『河童回』(この界隈ではよくそう呼ばれている)を見た私は、とりあえず理解に努めようとそれからも度々イナズマイレブンを見るようになった。それからしばらくして主人公たちが世界大会に優勝し、新シリーズが始まってからは毎週欠かさず見るようになっていた。DVDを借りて過去の話をすべて見たし、原作ゲームももちろん買った。バージョン違いで複数出ているものも、全部揃えた。
それまでも幾分かオタク気質はあったと思う。少ないお小遣いからジャンプを買っていたし、外で遊ぶよりも本を読むのが好きだった。
けれど明確に私を狂わせたのは、やっぱりイナズマイレブンだと断言出来る。あと銀魂。
そんなイナズマイレブンも、2014年に一旦テレビアニメシリーズが終了してしまう。原作ゲームも然りである。
私は、他ジャンルと掛け持ちしつつもメインはイナズマイレブンでオタクを続けていた。供給は少ないながらも無いわけではなかった。なんなら非公式に創作をしている仲間も結構な数いた。
イナズマイレブンを嫌いになったりしないだろうと思っていた。
いつか復活すると信じていたし、それは2017年……3年前現実になった。
初めてイナズマイレブンを見たとき10代だった私は、休止期間中に20代になっていた。それでも、努力でなんだって叶う少年漫画的なストーリーも、変に癖の強すぎる個性的なキャラクターたちも、馬鹿みたいな必殺技の応酬に溢れた試合シーンも大好きなままだった。ニコ生で復活が宣言されたときは、泣きながらよくわからないツイートをした。
新章に繋がるストーリーとして、何話か短いアニメが公開された。推しがメインに据えられている映像があって、覚えるくらい何度も見た。
アニメが始まって、毎回リアルタイムで見ていた。Twitterに古い友人が出てきて、久しぶりに話ができることも、それが好きなアニメの話だということも嬉しかった。
ゲームはなかなか発売されなかった。それでも、絶対に良いものになると信じていた。Switchで出るという話を聞いてすぐに品薄だった本体を買いに走った。
アニメの二期が始まって、それでもゲームは発売時期が伸びるばかりだった。一期だけのストーリーで出ると聞いていたのに、いつの間にか二期も含めたゲームだということになっていた。
アニメをリアルタイムで見ることをやめた。録画に溜まっていくのを、どうしたらいいかわからなくて。まとめて見る気力がどうしてか無くて。TLに流れてくる感想と二次創作を眺めて、それで見たような気になった。
それでも、ゲームを買えばまた好きになれると思っていた。
気付くと、アニメは最終回を迎えていた。最終回だけはリアルタイムで見ていた。最終回までに、ゲームは発売されなかった。
今まで、好きになったコンテンツから離れる人を不思議に思っていた。私はずっと、好きになったものは好きなままだった。
他ジャンルを好きになっても、今までのジャンルすべての情報を追いかけていたし、新しいことが起こればずっと変わらない熱量で応援できていた。
けれど多分、イナズマイレブンの新しいゲームを私は買わないだろうと思う。
私が変わったからなのか、イナズマイレブンが変わったからなのか。その両方なのか。まだよくわからないけれど。
偶然このエントリを読んでしまった人が、イナズマイレブンに興味を持ってくれますように。
最初怖〜!って思ったけどなんかいろんなことを考えさせられる文章だった
この人が言いたいと思われることを本文とブコメへの返信をざっと読んで要約すると、
母親の"産んでやったんだから感謝しろ"という態度を皮切りに、今後永遠に続く社会奴隷を生産し続ける人間の営みに怒りを抱くようになってしまった、という感じ?
色々と人間が経済的に、社会的に、などなどいろんな面で成長して、結果的に未来永劫女の生理現象を利用した社会構造が生まれちゃった、加えて受験戦争だの就活だのしんどいことも増えちゃった
もうこれに関しては気付いてしまったけども諦めて生きていくしかないと思います
それかめちゃくちゃ発展途上の国に行くとか…まあこれは聞き流して下さい、なんにせよ今のこの国はそういう感じに回っちゃってるのでもうしゃーない
そもそも物事というのはいろんな要素を含んでいるものなので、ある要素だけを取り出して大仰に議論するっていうのはあんまり良くないのではないかなぁ
育児も、例に挙げてるような風邪とかそういうアクシデントのような負の側面ももちろんあるけど
子の成長が見れたり、子供きっかけでいろんな楽しい思い出が増えたり、そういうプラスな面もあるからなんとか育児をやりつないでいられているのではないかな?
あとその自分の母親の意見というn=1から発展して育児すんなとか、母親はクソだとか一般化すんのは無理なのでは
死ぬほど勉強しなきゃならないも、就活しなきゃならないも全部誰かに植え付けられた妄想でしかないと、思うよ
ほかの生物同様、結果生きてるだけであり、やるべきこともやりたいこともぜーんぶ知性を下手に持ってしまった人間の気のせいかつ思い込み
だから今、自分の母親がクソだと思うことも、それに反抗し始めていくのも、それが自分にとって好きなように選んで生きていられるのであればヨシ!ってことにしておけば、もう少し楽になれるかもね
自分は頭が使い慣れてないからめちゃくちゃ一般的なことしか言えない人間だからとりあえずこんくらい思いの丈をぶつける練習をしていきたい
音楽系の事務所から接待やゴリ押し協力依頼を求められる仕事をしてるけど
紅白出れるレベルになった時点で本人が好きに曲を作るなんて絶対に許されない
「壮大な感じがたりないね、オーケストラいれてくれない?」って完成したものに偉い誰かが言い出すなんてザラ
「関わった人を食わす曲を作り続ける人間」であることを求められる
大黒柱みたいな扱い
その人のサポートにいろんな人間が裏方としてその能力を捧げるかわりに
その人達に分配できるなにかを稼いでくるのが仕事、というチームプレイと化す
そのチームには「勝手に仕事をとってくる人」の営業担当ももちろんいる。
ジャニーズ事務所はその営業する人間にたくさん借りを作っているので
お上品でスキャンダルもなく見た目もおとなしい(タトゥーとかない)
ゴーストライターを雇ってる気配もない
こんな美味しい鴨ほっといてもらえるわけがない
天才がどっからか出てきて十分に育ってヒットを出して世間にも認められるまで金も労力も出さずに横目でみて
整ったらもう他をなぎ倒して「うちのアイドルを引き立てる楽曲の提供者にしてあげる 断るなんてありえない」でくるんだから
まず米津はタイアップ曲を好き勝手曲をつくれる立場ではもうないし
タイアップでない曲を作れる時間もほとんど生活の中に残されてないと思う
嵐とNHKなんて関わったらそこの好みにはまるまでやり直しを無限にさせられる
>「けどなんか、そういう独自性を感じられなかったんだよね。」
ご明察だけど
とにかく、安定してヒットソングを出せる人間は、何千人という食い扶持を支える重責を背負いながら、それを微塵も出さずに(いやいややってるんですなんて匂わせたら何千人のサポートを踏みにじるようなもの)、作詞作曲○○と一人で評判をぜんかぶりして、それでもその仕事をやりたい、やりきる、続けると覚悟を決めた人って認識でみてほしい
売れない頃のインディーズに本人が戻りたいならそうするだろう
もともと個人のネット配信でどこまでもいけたひとだ、やめたいならやめるはず、地上波出禁なんて怖くないだろうし、それについてくファンで簡単にホールはうまると思う
でもそうしてないってことは、お前みたいな誤解をする人が無限にでてきたとしても、それでも今の場所でなにか成したいことがあるんじゃないの?これは妄想
信者は「本人がそう決めたことなら応援する(米津の覚悟や夢や葛藤含め肯定する、実親のような目線)」で、ファンは「私の好みである間は応援してあげる(金を出す存在、いつでもやめる準備がある)」だと思ってる。人によって違うだろうが。
ファンだっていうならこれからも何も知らないまま、みえる部分だけどボロカスいって、応援?してるとかいう相手の心を折る言葉をネットに発信し続ければいいと思うよ。
それにさらされて耐えるって決めたのはアーティスト本人だからね。
ALのシングルじゃない曲なら本人のやりたいことがまだうっすら残ってるかも知れない、それを楽しみに見守るくらいでいいんじゃないの。
80万人の件を検索しても見つけられなかったんだけど、なんかその根拠があると思うんだけども。
2018年の91万8397人よりちょびっとだけ増えてる。
https://www.j-cast.com/kaisha/2019/12/04374071.html?p=all
上記の数字を見る限りでは80万人を割るというのもなんか極端な気もするけど、そっちはなんか根拠があれば知りたい。
あと左翼マスコミが日本の国力を落としたいのだとして、それはどういう目的があるんだろうか。
心配させすぎるのももちろん良くないだろうけど、逆にあんまり根拠のない数字を出して大丈夫だよ!って安心させる方が国力を落とすには有効なんじゃないのだろうか。
https://togetter.com/li/1446097
身体的に男性の人が女性の格好をしているとき、第三者にはセクシャリティによるものなのか趣味嗜好によるものなのか判断がつかず、同様に同行者が恋人なのか友人なのかも見る人によって反応が変わりうる。そういう意味で「恋人だと誤解される可能性の高い状態では一緒に歩きたくない」ってことだと思うのよね。
雑に例えるなら、友人の女性とかあるいは妹や姉とふたりで出かけてなんか下衆な誤解されたらやだなって感覚と同じだと思う。
たとえば同性愛者のカップルを見て「友人だと思ってたら恋人だった」とかの勘違いももちろん微妙だけど、逆の「恋人だと思ってたら違った」のほうが勘違いされる側はより不快だと思うよ。性的なものがない関係なのに他人から勝手に性的なものをねじ込まれちゃうんだから。
普段お酒を飲まない自分が、柄にもなく「ちょっと一杯飲みたいな」なんてふと思った。
着替えて、財布と携帯だけ持って外に出た。
お店に当てはあった。近くの、いつか友人と入ったことのあるとても小さなバー。
勇気を出して中に入ると客はおらず、ちょっと白髪交じりの物静かなマスターが一人退屈そうにしていた。
いらっしゃい。そう言うとカウンターに促してくれ、メニューをすっと置いてくれた。
適当なカクテルを頼んで、目の前の虚空を見つめながら黙り込んでいた。
店に二人なので少々気まずくもあり、そこは向こうもプロ。GWは長いんですか?なんて話しかけてくれた。
話題はGWの過ごし方、いま住んでいるところや地元のこと、仕事のこと、これからの人生のこと。
あと、自分は初心者ながらにバンドをやっていて、偶然にもお互いドラムの人だったので盛り上がった。
1杯目を飲み終えたところで、おすすめのないですか、と聞いてみたら、すっきりめとかどうでしょう、と。
ジントニックがでてきた。ジンとか強そうでそんなの飲んだこともないよ。。けど意外といけた。酔った。
マスターはいろいろな常連客のことも絡めて話してくれるので、話題はなかなか尽きない。
ちょっと話に詰まっても、ほとんど向こうから何かを振ってくれる。どこか客観的な自分がそれに感心しながら、
こちらもできるだけ会話をつなげようと頑張った。普段は無口なんだけど、その場の雰囲気を保とう、とか
そういうのがうまくやっていくのに大切なんじゃないかな、なんて最近思うところもあって。
話してて印象に残ったのは、人と人とのつながりや縁によってその先の人生を歩んでいくのもいいもんだよって。
ネットで調べて正面からいろんなことに飛び込んでいくのももちろんいいけど、人づてってのもありだよねって。
就職して上京してきた自分にとっては、仕事以外の人と接する機会もないから、そんなつながりが欲しかった。
気づいたら2時。
人間の傍にいて頼れるパートナー。その資質を見ても歴史を見ても、犬がナンバーワン(しゃれではない)であることは間違いない。
人類と犬の歴史は古く、猫では逆立ちしてもかなわない。そしてもちろん猫は逆立ちをしない。
そんな犬とのコミュニケーションが、猫「よりも」深いかは置いておくとしても、少なくとも相当程度に複雑であることも、これまた否定しない。人間は犬と共同で、野山で、森林で、河川で、海浜で様々な行動をとってきた。生き抜くために必要な、さまざまなミッションを共にこなしてきたのだ。歴史の中で、犬は人間にとって欠かせないパートナーであり、コミュニケーションの相手であった。そのことに全面的に同意する。だが、そのことは、こと今回の話題においては、明白に二、三のディスアドバンテージとならざるを得ない。それについて説明しよう。
(1)「他者」性の弱さ
犬は人間にとっていつも欠かせぬパートナーであったが、それは、犬が群れを作って生きるという性質を利用したものであった。そして、犬は群れの秩序を上下によって保つ。そのため、人間とのパートナーシップにおいても、犬はそれを「上下関係」として捉えるのである。結果、そこに現れるのは、「命令をする/実行する」とか「叱る/従う」のような、「一定のルールにしたがった意味交換」的コミュニケーションである。特に、中型犬以上のサイズになると必須になる「躾」の実施は、この関係性を加速させる。
これに対して、対人間、対猫のような独立性の高い生き物相手のコミュニケーションにおいては、「命令をした/(しかし)/無視された」とか「叱る/(なぜか)/遊ぶ」のような、コミュニケーションの非対称性が露わになる。必然的に、「相手の行動の意図を推測する」といった、より複雑な思考が求められることになるのだ。これは、犬とのコミュニケーションでは身に付けづらい能力である。コミュニケーションの経験値を上げるためには、やはり猫の方が優れている。
(2)犬の本能を満たすために
犬は探知し、索敵し、探索し、追跡して獲物をしとめるハンターである。これは野外生活に適した性格であり、人間が狩猟採集時代から重宝した、犬のパートナーとしての資質である。その本能を満たすために、散歩などの運動が欠かせない。だがこれは、現代の都会生活、そして、他者とのコミュニケーションに課題を抱える人には、残念ながらあまり適した資質とは言えない。犬と適切にコミュニケーションをとるためには、ただ同居するだけでは不十分なのである。
猫にももちろん運動は必要だ。だが、それは室内で対応できるものだ。木の上に潜み、待ち伏せし、忍び寄って相手をしとめるハンターである猫の方が、現代の都会生活におけるパートナーとしては優れている。
そもそもの到達点を思い出そう。「彼女ができなくて辛い」である。では、もし彼女ができたら、犬はどうするのだ? 「かけがえないパートナー」となってしまった犬は?
できれば一日複数回の散歩に同行し、密な信頼関係とコミュニケーションと何より「共に過ごす時間」を求める存在が犬である。これと彼女を共存させるのはなかなか難しい。彼女が大変犬好きであることを前提としても、おそらく中、大型犬となれば、時間配分において、彼女か犬かを迫られることが大変多くなると想像される。想像してみてほしい。一度や二度ならともなく、彼の家に遊びにいったら毎回犬の散歩に付き合わされる状況を! 彼女との関係を壊さずに犬を飼うことができるのは、彼女とのパートナーシップが進行して首尾よく結婚し、田舎に一軒家を買って子供が生まれてすくすく育ち始めて、そのあと、くらいになるだろう。
対して猫だ。猫はいい。猫は犬ほど時間を奪わないため、大きなトラブルがなければ彼女との共存も不可能ではない。それだけでなく、部屋に猫がいるだけで彼女は(猫好きであろう)部屋に来て、そして、こちらが苦手な会話をしなくても、とりあえず猫と遊んで時間をつぶしてくれる。こちらは猫と彼女を眺めてにこやかに写真を撮ったりしていればそれでいい。楽だ。付き合い始めのきまずい時間も、猫がいるだけで大幅に解消できるため、彼女との末永いパートナーシップを良好にしてくれるだろう。猫は自立し、待機する。猫は、犬ほど人間とのパートナーシップが密でない。だからこそ、彼女ができてからも、猫は共にいられるパートナーなのだ。
(4)最期に…
これは完全に偏見の域だが、彼女に犬をひけらかす男は、どうも男性ホルモン多めのオラついた方々が多い気がする。中、大型犬は原則飼い主にしか心を寄せないので、彼女に対しては警戒心を露わにすることが多い。そういう犬を「おとなしいんだよー」とか笑いながら見せつけ、彼女が内心少し恐怖を覚えてひきつった笑顔を見せたりするのを見てニヤついているような印象がある。どうもDV男臭い。一方、猫好きにはそういう男はいない。そもそも猫自体が、飼い主であるとないとに関わらず勝手に他人を評価するところがあるので、犬をひけらかすように猫をひけらかすのは難しいし、そういうことをしたい人はそもそも猫を飼わない。もちろん、犬好きが全てDV男というわけではない。だがDV男は猫を飼わないというのは声を大にして言いたい。世間にはDV男好きの病んだ女性もいるが、そういう人にモテたいのならともかく、健全な精神をもった一般的な女性を安心させたいのなら、無難に猫をおすすめしておきたい理由の一つがこれである。
いかがだろうか。犬の、人間のパートナーとして「最善」である理由のそれぞれが、今回の場合はむしろディスアドバンテージになってしまうということが、これで犬派のあなたにも理解されたことと思う。彼に勧めるパートナーとしては、やはり猫しかない。猫しかないのだ。
物心ついた時から周りより頭ひとつ分以上背が高く、小学6年生で170センチを超えていた。
小さな頃は年相応にセーラームーンやキティちゃんなど可愛いものが好きで、よく身につけていた。
だが、自分が可愛いものが似合わないのではないか、と気づき始めたのは幼稚園の時。
発表会で笠地蔵をやることになったのだが、その中に狐の役があった。
黄色いふりふりの衣装がとても可愛らしく見え、私はその役に立候補した。
だが、他にも複数候補者がおり、1人狐役を諦めなければいけない。
本来ならジャンケンなどで決めるのだが、そのとき私にはそれすら選択にはなかった。
なぜなら当時の担任直々に「狐役は諦めて欲しい」と言われたからだ。
衣装のサイズの問題や、おばあさん役の方がぴったりだからと言われた。
そのとき、ふと目の端に見えた狐役の子たちは皆平均身長でとても可愛らしく見えた。
そのとき私は「背が高いと可愛いものは選べないんだな」と思うようになった。
幼稚園児が考えることなのであまりにも極端だと今は思うが、己の顔立ちやそもそもの体型なども、幼いながら人より劣っていると気づいていたのだと思う。
それから少しずつ可愛いものに興味を示さなくなった。だって、似合わないものを身につけてもダサいだけだし、と。
気付いたら女らしさ皆無な子供に育っていた。
うぜぇ、だまれ、カスなど口走るなんとも可愛げのないクソでかい女の子が誕生していた。
また、中学でスポーツ系の部活に入ったことにより、髪の毛もベリーショートに切り、服のサイズもメンズ物しかなかったため、見た目はどこからどう見ても男にしか見えなくなった。
デパートなどの女子トイレに入ればすれ違うひとに驚かれトイレマークを確認されることは毎回のことなので慣れた。
最初は気のせいだと思っても、それは気のせいではなかった。
友達から「今あの人あなたなのとみてたよ、すごくびっくりしてた」と毎回報告されていたからだ。
(中途半端な田舎だからっていうのも1つの理由だったのかなと思う)
恋愛対象で見られることは皆無だったが友人としては仲良くやれていたので特に気にはしなかった。
少女漫画も少年漫画と同じくらい読んでいたし、こっそりと片思いもしていた。
けど、振り向かれることはないとわかっていたので告白も何もしなかったけれど。
そんなこんなで大学生になったある日。
見た目さえわからなければみんな私を1人の女の子として接してくれることにとても感動した。
それからは毎晩寝る前にいろんな人と話をした。
みんな優しくしてくれたし、声を少し高めに話すと可愛いと褒めてくれた。
今まで体験できなかったことが沢山体験でき、自尊心が満たされた。
今まで相手には身長のことすら言えなかったのにその人には話せた。
それでも引かれることはなく、魅力の1つと言ってくれた。
大学生になっても、私の服装は相変わらずでダボっとしたパンツにTシャツやパーカーばかり着ていた。
そのことを話すと、彼は
「なんで女に生まれたのに女を捨ててるの?」
と質問してきた。
「好きでその格好ならいいけど、女らしい服装をしたって良いんだよ」
「似合う似合わないじゃなくて、似合わせようとするんだよ」
と。
あ、と思った。
本当にあ、と。
可愛い格好してもいいんだ。
面長で重たい一重。
鼻も高くない。
その身長があるならモデルになりなよとみんな言うけど、頭身もないし腕も足も短い。
だから、女の子らしいは似合わないから、みんな変に思うから、楽なメンズ服に逃げていた。
そうなんだ、別にいいんだ。
それから少しずつ女らしさを取り戻していった。
といっても、完全に女として生きていけるようになったのは社会人になってからなんだけど。
田舎町から都会へ引っ越して、人の視線を感じることが少なくなったのも1つの要因だった。
ヒールの靴も痛いからあまり履かないけど、6センチのヒールを履いて出掛けたこともある。
少しずつ、少しずつ。
気付いたら前よりも女の子扱いされることが多くなった。
性の対象にすらみられてなかったのにそういう目で見られるようになる。
可愛いと言ってくれる。
髪の毛長い方が似合うよと言ってくれる。
もちろん、モテているわけではなくて基本的には友人としてしかみられないこともあるし、この身長にドン引きされることも多々ある。
けれども私は女になった。
ずっと女になりたかった。
ここまで拗らせるには他にもいろんな要因があって、自分に自信をなくして、自分を男に見立てることに逃げていたけど、もうそんな自分にはならないだろう。
正直よく知らなかった。
日本代表のラグビーの試合は全部見たけどどこで使われてた?元ネタが何なのか分からない。
使いやすさもあって最近何かと使ってる人が多く、ラグビーの言葉というよりは流行り言葉としての認識が最初だった。
流行語大賞としてはベストな選択だと思う。ラグビーが流行ったのは間違いない。
2019年初出の言葉というよりは近年使われるようになった言葉で、今年大々的に行われて上手くいったのが流行った理由なのかな。
働き方改革も相まって鉄道会社も利用者も無理しなくていいよねって風潮が強まった結果だと思う。流行ってよかった言葉。
10月まではかなり騒がれてた。
増税直前には何が8%で何が10%なのか、連日のように取り上げられていた。
しかし、10月以降は食品が8%、それ以外は10%という非常にざっくりとした記憶でしかなくなった。
みりんとみりん風調味料もテイクアウトとイートインももはや気にしちゃいない。
渋野日向子はゴルフのよっちゃんイカの人として一世を風靡したし知っているが、「スマイリングシンデレラ/しぶこ」という二つ名?ニックネーム?は聞いたことがなかった。
今年話題の人物ではあるけど言葉として流行ったかと言われると疑問符。
あと賞金女王ではないんだよね。持ち上げられてかわいそう。賞金女王になった人もかわいそう。
使ったことはないし使ってる人も実際に見たことはないけど、タピオカは空前の大ヒットだったし「タピる」って使い方をする人も大勢いたんだろうなぁとは容易に想像がつく。
デザートなんて一年に数回しか食べない自分が、今年一回タピオカを食べたくらいには流行ったモノだった。
ネットのごく一部でしか見たことないものの社会的に意義のある活動だと思うので、これを機に理不尽さはどんどん解消されてほしい。
20%還元やクーポン発行があるとその◯◯ペイで買い物してみたり。
国がいくら何をやっても流行らないのに、一企業であるソフトバンクが金ばらまいたらあっさり流行語に。依然浸透したとは言えないけど特定の人々の生活を変える強いインパクトがあった。
車に乗らないと生活できない地方にとっては頭を悩ませる問題だよなあ。
発端となったのは池袋っていうのがなんだかなぁ。車なくても生きていける人が問題提起するとは。
復帰していいとかしちゃだめとか、ものすごく活発な議論がされていた。
闇営業よりそっちの盛り上がり方のほうが気になった。
元号が変わったって事実以上に令和という言葉も盛んに使われていた。
長文になるので最初に要約だけ書く
2.iPS細胞に偏重しES細胞を切り捨てた「選択と集中」の誤り
3.それを煽ったメディアもひどい
京大のiPS細胞備蓄事業に対して国の支援が打ち切られることが話題になってますね。
なぜ国の宝であるiPS事業を打ち切るんだ!とかなぜ〇〇に金を出すのにこれには出さないのか!
という反応が主流だけどこれは仕方ない。だって備蓄事業自体がiPS細胞のメリットを殺してるんだから。
そもそもiPS細胞の良さは患者自身から作るから免疫反応無く移植できることにあるのに
拒絶反応が起きにくいものを選別したとしても他人のiPSのストックを使うなら結局免疫反応が起きてしまう。
それは「患者自身のiPS細胞を作ると巨額の費用と時間がかかる」からそれを回避するため。
ところがそれではiPS細胞の長所がまーーーたっく失われるわけ。だから支援が打ち切られる。
そもそも再生医療の先端研究は世界ではES細胞が主流でiPS細胞は傍流のマイナー(断言)
なぜか?ES細胞とiPS細胞は技術とノウハウが殆ど共通だからです。
ES細胞でできることはiPS細胞でできてしまう。つまりES細胞研究の蓄積がモノを言う。
というわけで当然iPS細胞研究ももちろん海外が先行するという結果になる。
これが日本が熱に浮かれてiPS細胞にリソースを全ツッパした結末。
再生医療においてはES細胞研究とiPS細胞研究で相互に成果を影響させる両輪の関係が必要なのに
悪しきiPS細胞への選択と集中によって日本の再生医療はかえって競争力を失ってしまった。(京大は再生医療論文分野で8位から58位に転落)
iPS細胞が悪いんじゃないよ?iPS細胞に「だけ」投資した最悪の結果です。
(ちなみにドイツもナチスの人種政策・実験による忌避からES細胞研究が低調でiPS細胞研究にのみ力を入れた結果国際競争から落伍した)
日本の報道でiPS細胞による先端治療が報道されますがあれはほぼすべてES細胞研究の後追いです。
というかES細胞で成功したのをiPS細胞でやってみたらできました!って大本営発表
これを見た日本人のほとんどは再生医療で日本がトップを走ってると勘違いする。いやさせてる。
実際は「iPS細胞では世界初」でしかない、ES細胞による臨床試験はもうとっっっくの昔に先の段階に進んでいいる。
例を言えば角膜再生で、日本はいまiPS細胞で角膜再生できそう!な段階。
ところがES細胞利用では角膜再生の技術はもう形になってて移植実験も行われもうあと数年で実用化する 。
こういう風に遥かに差がついてることを日本のメディアは絶対に報道しない。
あとES細胞の倫理問題もそう。よくiPS細胞は倫理面でES細胞より有利とメディアはいうが
海外においてES細胞の倫理面は既にクリアーされてるので殆ど障害になっていない(不妊治療後の余剰受精卵の提供)
というかES細胞の最先端ってぶっちぎりでアメリカだからね(中国でなくアメリカです念のためもう一度)
もう手遅れにも近いですけど、いい加減メディアは国産だからってiPS細胞を過剰に礼賛するのやめたほうが良いんじゃないですかね