はてなキーワード: 疑心暗鬼とは
すまん5つと言ったのは適当だ。
今から考える。
まあ3つは既に思いついているのでそれを書きつつ残り2つを埋めるとしよう。
まずはこれだ。
みたいな感じ。
なんかこうよく分かんないよね?
それを「こういう意味でいいんですか」と言えなきゃ駄目だ。
いきなり青いパプリカを作って持っていき、相手から「俺はピーマンが欲しかったんだ!それも青と黄色の斑模様のな!」と言われてから急いで作り直すのはプロとしてよろしくない。
グーグルプレイストアに広告付きアプリや有料アプリを並べてコツコツお金を稼ぐパターンを狙うなら無くてもどうにかなるかもだけど
これも駄目だ。
プログラムってのは全部が論理的に完璧って訳じゃない「コレなんかおかしくね?」と感じる部分が多少はある。
本質の本質の本質まで追求し続けようとしたらそのうちプログラムなんて書けなくなる。
趣味でやって突然ドツボにはまるのならそれは個人の勝手だけど、仕事場でそれをやるのはいただけない。
散々言われすぎてかえって馬耳東風になってるだろうけどこれはガチだ。
ガテン系の仕事なら熱中症対策や事故対策という言葉の元に休めるタイミングでもIT土方は休めない。
自分はそんな会社にはいかない!と宣言できるほど運がいいならFXでもやったほうがいい。
疑心暗鬼になって細かい所を気にする性格はプログラマー向きか。
NOだ。
細かい所を気にするよりもトライ&エラーを繰り返すのが正解だ。
10歩進んで9歩戻るのを繰り返す内に10歩進んだのに6歩しか戻ってないぞ!、ってなるのがプログラムの世界だ。
1歩ずつ進もうとする事は実はリスキーだ。
プログラミング言語様と仕様書様に忠誠を誓って淡々とその責務を果たせることだ。
クリエイティブなアイディアなんて言語様も顧客様も求めてない。
そしてそれらは半端なクリエイティブさを発揮することよりもよっぽど難しく才能がいるんだ。
ちょっと独創的なだけなのにそれを才能だと思って大事にしてるようじゃ職業プログラマーには向いてない。
よっし5個埋まった!
後半の2つはその場ででっち上げるつもりだったが、前々から考えていた事を思い出してしまったのでそれをそのまま書いた。
ああ最後に1つ言わせてくれ、5つとも当てはまっているがそれでも職業プログラマーを目指したいと勉強中の君はそのまま頑張ってくれ。
それさえ出来てるのなら、無数の困難も乗り越えられたり乗り越えられなかったり乗り越えてるのはホームの黄色い線だったりだ。
頑張って
どう見ても正日より統制が効いてない。そのくせ側近を粛清しすぎて誰もが疑心暗鬼。外圧も高まってるし、正恩はどんどん余裕をなくしている。
一つめは理詰めで事実を淡々と喋ってくれて、自分の意見をハッキリと言ってくれるタイプだ
当然意見の食い違いもあって対立もするけど、深く話あえばなぜ違いが生まれるのかもわかり会話に充実感がある
会話に深みがあり、ときに人生観や生き方に少なからず影響を与えてくれる
その反面では「会話を弾ませる」能力には長けていないので、会話の途中で30秒ほど無言が続くこともある
だが、それでいいと思っている
無理に会話を続ける必要はないし、無言まで含めてその時間の流れを楽しんでいる
会話が終わると、「もっと深く考えたいなあ」としみじみと思うようになり、脳が好奇心と満足感で満たされる
もうひとつのタイプは、ただただ空虚な言葉を並べて楽しませてくれる
そのひとは、お笑い芸人のネタを見るように次々と面白いことを見つけて笑わせてくれる
会話に隙はなくて、沈黙する暇も与えず話題を提供し楽しませてくれる
笑って楽しいなと思っていると、ふとした瞬間に友人の話に齟齬や矛盾があると気づいてしまう
話を盛り上げるために、ウソをつく
その会話に密かに隠されたウソに気づくと、僕の顔は笑顔でも心は冷めている
僕の心中は「どれがウソで、どれが本当なのか?」という疑心暗鬼に陥ってしまう
会話が終わり、笑顔で別れても心のなかはヒンヤリした気持ちになる
平気でウソがつけるヒトが怖い
そして、ウソが許されると思っているヒトも怖い
だけど、そんな友人と縁を切る勇気もない
ただ、ウソが怖い
とんでもねぇブラック企業に新卒で当たって、アブグレイブ刑務所で行われた捕虜虐待レベルの労働を課せられ精神疾患で入院し、未だに軽度のパニック障害を起こす程度に軽く心身を破壊され、履歴書を荒らされまくり、処方される薬を飲まないとマジで、どこも外にすら出れず、人生をマトモに軌道に乗せるのに大学出て3~4年はかかった俺の意見を聞いて、参考にしてください。
老婆心からですが、就職を控えた学生の皆様は、どこにでも地雷原のように潜んでいるこういうブラック人間がいるという事を頭の隅に置いておいてください。
1、そもそもブラック企業(部署)の人員は「超攻撃的、好戦的なコミュ障の集まり」
まずブラック企業をまわしてる連中というのは、人間としての常識が通用しません、相手の意見も聞きません、一方的に話を打ち切るならまだマシ、口答えしようものなら1時間近く怒鳴り散らされます。気の弱そうな奴には手が出ます、足がでます、椅子が飛んできます。
教育と称してハンコの傾き具合からフォント位置、言葉尻を取って半端じゃないマウンティングをしてきます、リアルウシジマくんの世界です(恐ろしいことにそこそこの企業)
典型的なウェーイ系だった同期は3か月で話が通じないと非常事態とばかりに辞めました、真面目一筋さわやか体育会系だった先輩は俺がきて三日目にアルカイックスマイルのまま倒れて病院に運ばれて二度と戻ってきませんでした。
ブラック企業をまわしてる人材の特徴としては、まず根っこは病的なコミュ障です、ネットで煽りや喧嘩しまくってる凄い荒らしがリアルでそれをやっているようなものに近いと感じます。
当然、ほうれんそうなんてものが崩壊しきっているため、スキルらしいスキルはまず身につかないと考えていいでしょう、というか、スキルは独占されて与えられません(人間不信も極まってるから教えたら食い扶持取られて寝首を掻かれると本気で思い込んでいる節があった)
2、彼等の根っこは非常に劣等感とルサンチマンに塗れた過去がある「ナンバー1になれるほどではない有能だった悲劇の陰キャ達」
そういう、「法律は破らないがモラルやマナーは一切守らない、何故なら罰金も刑罰もないから(原文ママ)」というようなタイプのブラック人間というのは、どうも話を聞いている限り生まれ持って悪として生まれてきたような奴というのは、いるにはいても重役社長クラスの人間だけなように思います。
大体が、かなり複雑というか、コンプレックスを抱えて肥大化し、歪んでしまった人間というのが多いと感じました。親が優秀すぎてどれだけ結果を出そうとも褒められなかったとか
野球だかサッカーだかで最後までライバル校や才能あるやつに勝てずナンバー2に甘んじて、才能の限界を感じて自分から降りてくすぶっていたとか、そういう過去が必ずあります。
あと共通するのは、病的なまでに根本は人間不信ということです。結婚しているのに自分の嫁さん子供すら信じていません。溺愛はしているのですが、人とのちゃんとした愛情関係というのが、そもそも理解できていないところがあります(大体ギクシャクしていて家にいたくないから会社にずっと残っていることが多い)
自分自身と共通項があるとすれば、彼等ブラック人材の本質はかなり「陰キャ」に近いといっていいです、それを隠すために真面目系クズではなく、スキルポイントを全部攻撃性に突っ込んだDQNや悪に足突っ込んでクラスチェンジした存在といえるような気がします。
荒木飛呂彦の悪役論でいう「自分の弱さや劣等感を攻撃性に裏返した人間ほどタチの悪い存在はいない」を地で言っていると感じます。
3、何故彼らはブラックにとどまるのか「萌え4コマのようなやさしい世界では、テロリストや凶悪犯罪者みたいな奴等には地獄そのもの」
曲がりなりにも確かに有能ではあるから、ホワイト企業にでも行けばいいのに、と思い、自分も一般派遣ではあるけど(ブラックもう二度と当たりたくないから不安定というリスクを背負って)結構上の企業で働かせてもらっていますが、後述するブラックの影響と先んじて、何故彼等はホワイト企業にいかないのか、なんとなく想像がついた所感を述べます。
純粋に居心地が悪いからというのがあります、ホワイトで人も良くてちゃんと福利厚生も整ってるのに、相手の何気ない善意やそういったところまで、何か自分を陥れて付け込む罠ではないか、裏切られる前に裏切ってやる!こんな所よりもっといいところに食い込んで栄達の足掛かりにしてやるわ!とか、ブラック企業で洗脳を受けて、ブラック思想を無意識レベルで刷り込まれたら、こんな風に考え、わずかなミスでも笑ってフォローされるのが、逆に不気味で怖くて怖くてしょうがありません、超疑心暗鬼になって挙動不審とまで言われてしまうっていうのがあります。
実際、私の見たブラックへ下ってきた元一流企業勤めとか、そんな連中というのは、そういう企業に馴染めなかった「コミュ障」というのがかなり多いです。親和性が非常に高いのかもしれない。
この件に関しては主語がデカい、お前の精神構造がおかしい、とか言われるかもしれませんが、とにかく私たちのように何にも知らずにいきなり社会出てブラック洗脳食らった人間ならまだしも、ブラックの水に合う人間というのは、フリーザ様のようにホワイト環境こそが地獄に思えるのかも…とは思います。
4、ブラック企業に入ってブラック洗脳受けたら、思想や志向がこんな風に変わる「チンパンジーのような猿人の本能に刻まれた悪の才能が開花する」
ここが本題に近くなりますが、最後にブラック企業でブラック洗脳や彼等ブラック人間と机を並べて仕事すると、こんな風に思想から何からが無意識に変わってきます。
まず「相手に言葉尻をとらえられないように返事が曖昧になる」というのがあります、わずかな些細なミスでも手や足が出るレベルで切れられたり、とにかくマウンティングや脅迫の材料にしようとしてきますから、仕事上で必ずこんな風に曖昧だったり、自己防衛的にどもるようなしゃべり方になります(これが治すのに一番苦労した)
次に「すべての善意的行動に何らかの罠や悪意が混じっているのではないかとフル回転で邪推する」というのもあります、ブラックでは支配するのに持ち上げて落としたり、油断させて本音を引き出すためにこれをまずしてくるので、ありとあらゆる善意的行動に対して警戒行動を取るようになります(美人局とか絶対引っかからないだろうなーとは思うようになった)
次は「(法律的ではなくモラルやマナー的な面で)悪いことやゲスい行為をするのに対して、躊躇がなくなったどころか、悪いことに関しての創造性はポンポン飛び出るようになった」です。
躊躇なく目の前で妊婦や老人が立っていても、足を組んで優先席でスマホ弄りながら服が当たっただけでにらみつけられるようになります(自己嫌悪にその後夜凄まじく陥るが、これぐらいオラついて確保していないと付け込まれて食い物にされるのがブラックです、兵隊が反射的に銃を撃つようなレベルで、反射的にこういう行動をしてしまうようになります)
最後は「悪の才能が開花しているのを身をもって感じる」というのが一番自己嫌悪と後悔が凄い強烈に襲ってきます。
進んで善行を行っても何故か裏目に出て立場が悪くなったり怒られるようなサイクルに陥ります、逆のことをすると何故かうまくいったり騙しとおせて評価されるようになります。
オカルト的な話ではなく、単純に思想や性向が悪に固定化されるのがブラック洗脳なので、無意識的にそういう風な行動ルーチンが怒ってしまうのでしょう。
ぶっちゃけ、日本は戦争とかミリタリー技術には遠い平和な国でよかったと本気で思います。左翼的な意味でもなんでもなく、こういうブラック人材がゴロゴロしてる社会で
東欧とか見たいに国民全員が銃の打ち方と戦い方知ってるとかになったら、今頃彼等ブラック人材が、ユーゴ内戦の極悪民兵組織みたいに、集団暴行・銃撃・脅迫・狙撃・破壊工作・略奪・強姦・民族浄化・人身売買に奴隷狩り・違法物品密輸とか、オンパレードで手を染めることは間違いないと断言できます、彼等には行動力があってもそれをするスキルが日本国内にはないから、ブラック企業で新卒いじめるくらいで済んでいると、本気でブラックで人格破壊寸前まで被害を受けたから、私はそう思っております。
ブラック人材はブラック業種に集まります、ブラック業種でもシェアや経営状況が上ならそんな犯罪者通り越してテロリストすれすれのキ〇ガイみたいなのはいねーだろと思うかもしれませんが
彼らは本当のホワイト企業には、水が綺麗すぎて住めないけど強い魚みたいなもんです、ドブ川(ブラックといわれる業種や職種)には、割と上場企業でも普通に多数生息しています。
夢とかではなく、現実的に行動をしてください。彼等ブラック人材こそが、かなうはずのない夢やかなわなかった夢と向かい合えず、その弱さを他人への攻撃性に変換した危険人物たちなのですから。
もちろん最近寝ていなかったからね。ここ2か月くらいの平均睡眠時間は3時間前後だし。
料理しようとするとジ~~~~~。洗濯物を畳もうとするとジ~~~~~~。気休めだけど、襖とかドアを全部閉めきったら少し楽になるかな。
あと、大体10日サイクルで周りの人が信用できなくなる。
「こいつ隠れて悪口言ってるでしょ」「絶対この前発表したとき詰まったことを自分以外のみんなで笑いものにしている」「あ~『あいつと一緒にいたくないんだけどw』とか言ってるんだろうなぁごめんなぁ」みたいな。
こういう考えがフッと湧き出てくる時は「ああ疲れてるんだな」と思ってるけど、どうも脳はその時の疑心暗鬼を忘れていないようで、段々口数が少なくなっていって行くんだよね。
今日の晩御飯決まってないしパンでも食べるか。食べました。終わり。
こうやって疑心暗鬼がデフォルトになってくると新たな人間関係を構築するのが億劫になってくる。
「どうせお前も陰口叩きまくってオナニーしてんだろカスが(誇大表現)」みたいな感情が湧いてくるので。そもそも人間が信用できない。
信用できない人間としゃべりたくない。今時https通信じゃないとか何やってんだよ。
それでも最低限の事はしようとなんとかやってきたけどそろそろキツイ。たまったレポート5通、出していない課題7個。
で、このあたりになると「やってなかったのはお前の責任でしょ。そんなことブログに書き起こすならその時間を使って少しでも終わらせた方が精神衛生上良いでしょ」って言う人が出てくるんだよな。
俺は詳しいんだ。
きちんとけじめをつけたくて、吐き出しの見苦しい文章ですが記録します。
ツイッター上では色んな情報が飛び交っていて、どこまでが真実なのか判断が難しかった。
本当なのだろうか。誰かが、悪評を広めようとわざとやっているのではないだろうか。
そんな疑心暗鬼もあって、あまりどちらにも寄らないよう経過を見ていた。
少しして、公式から謝罪があった。外部の弁護士も呼び、権利上問題があることが発覚したと。
よって該当するものに対しては差し替える。という内容だった。私の中でその問題は、一度終わったことになった。
だって対応したから。他の盗用ジャンルよりはマシだと思っていた。
公式からなんのアナウンスもされず差し替えを行ったりしていなかった。
少しして、何がきっかけだったか、まだ盗用問題に言及している人がたくさんいることを知った。
驚いた。公式が対応しているのに、まだ引きずっている人がいるのかと。
けれどwikiを見て、関連した問題がひどく増えていることに驚いた。
普通はまず、作品名と盗用で検索をかけても個人の感想程度しかひっかからない。
キャラクターの雰囲気が似てるだとか、見た目が似てるだとか、その程度の話題だ。
作品名と問題で検索をかけて、色んな炎上騒ぎがひっかかってくることもおかしい。
確かに信者のやらかしはどこにおいても起こりうることだ。人気があるから、そういうものなのだろうか?
けれど他に人気のある作品と問題で検索をかけてみると、様子が全然違う。
有志が作ったのであろう、作品に関する問題を掲載して、いかにその作品を読み込んでいるかを競うようなサイトがひっかかったりするのだ。
じゃあ、どうして。
改めて問題を振り返ってみた時に、いくつか引っかかる点があった。
だから、アンチと呼ばれてしまう方々の意見をもう一度、自分なりに考えてみたのだ。
・UIについて。
実用的なデザインを追及すれば、ある程度被ってしまうことはあるのだろうが、判断が難しいようだ。
ただし、ソースコードが丸々同じだとか、流用であれば問題になるらしいが。
アンチの方々が引用している元の開発者の方の発言だけではソースまで丸々同じなのかどうか事情がわからない。
あいにく私はソースコードを検証できるだけの能力がないので、白黒を決めることはできない。
・キャラクターデザインについて。
写真のポーズを参考にして(ほぼトレス?)いるだろう件について。
これもあくまで参考といえる範囲で行われていることだと、弁護士は判断したのだろう。
写真が表現するものの独創性を認めるかどうかは難しいところに感じる。
ただ、カタログなどに掲載されている商品を撮影した写真や、被写体が自然物であってもそこに独創性が認められるとした判例も存在している。
よって写真の権利元が、写真によって表現したものを悪用されたと判断し主張するのならまた事情は変わってくるのかもしれない。
けれど恐らく写真の権利元はそうは主張していないのだろうし、争う様子もないのであれば白黒つけがたい。
ご友人のキャラクターデザインを流用しているのではないか、という疑惑も浮上しているが、
謝罪文にも法的な判断は済ませ対処したが、創作倫理に関しては判断しかねるとしているのだから。
つまり問題が収束しないのは、倫理的な部分のけじめがついていないからだ。
ある意味で私刑に近いものではあるのかもしれない。だから、アンチと呼ばれてしまう方々の意見に反発する人もいる。
倫理的な部分を問い詰めることは、相手の人格を攻撃することに似ているから、賛同しづらいのだ。
最近改めて最初から最後まで謝罪文を読んで驚いたのは、確かに権利元への謝罪がきちんとされていないことだった。
関係者とひとくくりにし、心配させて、不安にさせて、報告に時間がかかって、ご迷惑をおかけしたことにお詫びを、と。
あげく、謝罪文の最後には、他にも関係者でご迷惑が発生している方は、こちらまで問い合わせください、と。
これは権利元への謝罪をしていると、そういう行動をしていると判断できることなのだろうか?
あげく盗用問題を起こし、今後改めていくとしたはずなのに、敬意を払うべき使用しているモチーフのデザインを取り違える。
それを差し替える時には、旧デザインに思い入れがある方やプレイヤーに謝罪するだけ。
虚しくなってしまったのだ。私はこんな企業に加担していたのかと。
退会した。関連グッズなどは処分した。自分が公開した二次創作を削除した。
ブックマークやお気に入りも全て整理した。そうして少しずつ、後始末をしている。
自分の名前で、意見を発信することもしたつもりだ。感情的になったり言葉を選んだりで、うまく伝わっていないかもしれないが。
最後にこのブログを残そうと思う。私の罪滅ぼしだ。加担してしまった自分を許すための言い訳。
そして、創作者のはしくれとして二度とこういうったことに加担しないよう、決意を込めて。
通勤中にiPhoneで聴くのは、最近はジャズばっかりだった。
前から好きな曲だったけれど。
つり革を握りながら、涙が出た。
そこでアルバム通して聴いてみると……。
全曲、泣ける!
「無罪モラトリアム」だけじゃなかったんだ。
「平成風俗」があったんだ。
気がつかなかったのは、鈍感だったからか?
いや、聴こうとしていなかったのだろう。
そうなのかもしれない。
唐突に終わらざるを得なかったあのバンドの、最高に洗練された、かがやく絶頂期。
それを知ったあとに聴いたからね。
眼が曇っていたかな、おれは。
じゃあ、より新しいものは、どうだろう。
2011年のアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」に次のような描写がある。
敵の魔女の攻撃を受けた魔法少女は死後に魔女となって復活した。魔女は魔法少女を襲う敵だ。そこで魔法少女はその魔女を殺しにかかる。では魔法少女の亡霊は…?
そして、このような亡くなった魔法少女の魔女化を引き起こしているのが宇宙人の仕業だとわかり、魔法少女が魔女になった魔法少女のためにも宇宙人を殺すことを決意する。
各地でサブカルチャー方面からの右傾化が起きている。今までの所謂ネット原住民空間における安倍旋風問題に加えて今度は何故かサブカルという本来無関係なはずの方面からの右傾化が始まり、今までサブカルチャーに依存していた左派が動揺している。
そして最近の調査では、ネット原住民空間特に2ちゃんねるでは左傾化が始まっており、鉄道趣味や秋葉系がメインの右派の人材供給源と化しているという報告がある。ネット右翼や保守シンパはそれに気づいていない。2000年代とは右派の供給源が変わっていることは明白だ。
さらに隠れ右派が跋扈している可能性は、いまや日本の鉄道趣味や秋葉系界隈であればどこでも可能性がある。積極的な右派活動はしないまでも、ひとつ間違えば左派でいうアニメオタクの例のように先鋭戦力化することもありうるのだ。
そこで「魔法少女まどか☆マギカ」の様相を呈する。
右派や右翼が跋扈するネット原住民を攻撃するのなら、宇宙人や魔女化した魔法少女を魔法少女が殺害したように、なぜ鉄道趣味や秋葉系を弾圧しないのか?
タイトルやこの文章はもちろん逆説的な意味である。鉄道趣味や秋葉系を弾圧しても、ごく一部のウヨ・ネトウヨを倒すだけで、ほとんどの被害者は一般人やノンポリや左翼になってしまうからである。
この冷静な判断がどうして日本の左翼界隈ではできないのかを問いたいと思う。
「魔法少女まどか☆マギカ」では疑心暗鬼にかられた人間が、ついには仲間まで信用できなくなり、無実の人間同士が殺し合い、強い魔法の能力を身につけた魔女も敵として魔法少女に殺害される。そしてついには仲間の崩壊を招いた。
これと似た状況になりつつある。2011年に人間の心の醜さを描いたアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」は見事である。
はじめから望んで犯罪組織に入る人がいないように、人間はウヨ・ネトウヨとして生まれるのではない。どこかで憎しみや愚かさを抱いた時、ウヨ・ネトウヨになるのだ。ウヨ・ネトウヨを倒して気勢を上げれば、その肉親は憎しみから娯楽や文化を殺すことを誓う。この連鎖はおそらくとどまることを知らないだろう。教育界隈や、警察界隈の腐敗がゆとり・さとり世代や暴力団・暴走族という妖怪のような集団を生んだように、右派狩りはさらなる過激な右派を生むと思われる。
「○○が好きなんじゃなくて、"○○を好きな自分"が好きなだけでしょ?」
誰にでもどのシチュエーションにでも当てはまる汎用性の高さ・便利さゆえなのか最近よく使われてる場面を見かける。
しかしこれ諸刃の剣。そもそも雑な反論だし、おまえが相手のメンツ潰すためにメタ視点でマウント取りに行ってるわけじゃん。
ちゃぶ台ひっくり返してるだけ。誰も得しない、不毛な論法なので使用は自粛したほうがいいかと。誰も「好き」を言えなくなる。
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追記1
○○が好き・嫌い、と自己愛の有無はそれぞれ独立したパラメータと考えたほうがいいのでは。どの趣味にも人間性がヤバい人は混じる。
何かを好きになったり嫌った時に、自己嫌悪することもある。「お酒は好き。でも酒ばっかり飲んでる自分が嫌い」とか。依存症っぽいけど。
自己肯定感が低い人なら「自分自身が嫌い、でも自己憐憫に酔ってる自分はもっと嫌い」とか。4パターンのどれもありうる。
自分に酔ってる感じがするから、エゴが含まれてるから本当の好きではない、って前提はない。「本当に好きならなぁ〜」ってマウント合戦を始めるんかい?
あんまり掘り下げるとコミュニケーション・処世術とか、愛とはなんぞや、みたいな増田で書くにはメンドくさいテーマになっていきそうだが。
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追記2
この増田記事を書こうと思った背景というか文脈を明かすと、別に自分がどこかで誰かにそう言われて悔しかったからって話じゃ全然なくて。
まず、ちょっと前にたしかTwitterだったかで「映画好きのサブカルくそ野郎がマウントとってきて、言い返してスッキリ」みたいなストーリーの漫画が上がってて
その中でこういうセリフが使われてた。(ソース見つからない。タイトル忘れた…)その時もなんだかなぁ、とモヤモヤした気持ちがあったけど、まぁスルーした。
で、最近のコーヒー好きが言いにくいって増田の記事がヒットしてて、そのブクマコメントの中にそういうこと言いだしてるやつがまさにいたわけ。(わざわざ晒さないけど)
うわぁー実際に言ってるやついるよ、ちょっとひとこと言っておかないと伝家の宝刀みたいに使いまくるやつこれから増えそうだな、と思ってカァーっとなってこれを書きました。
他人の「好き」の定義に振り回されて萎縮というか、「自分はこれを本当に好きなのだろうか?」って疑心暗鬼になることないよなーっと。
ただ注意が必要なのは、よく主語警察がよく指摘してる"主語の大きさ"ってやつが問題になるように、ジャンルというか大きい括りでの○○好きを気軽に公言しない方がいい場面もあるだろうってところで。
例えばコーヒー好きと最初から大きく名乗るのではなく、「こういう状況で飲むどこそこの缶コーヒーが好きなんですよー」って小さく限定しておいてから、話を徐々に広げるとか。
今話題になってる
「セックスの予定ないのに生理する意味ってなんなんですかねw」
と返してる人がいて、まぁある意味では的を得ているんだけど、結構拡散されているようだったから、ちょっと心配になった。
もし…もしこれで「女の生理は男でいうところの射精」のように勘違いする人がいたらどうしよう…
そんな奴いるわけないよ〜!と昨日までは思ってたけど、「ナプキンはセックスの後に着けるものでしょ?」とかいうトンデモ意見まで見てしまって心が疑心暗鬼で染まったので吐き出す。
男性の射精にはマスターベーションや気持ち良さが伴う、かつ、ある程度本人がタイミングをコントロールできるのに対し、女性の生理は突発的な上、マスターベーションや気持ち良さとは一切無縁の、性的な色っぽさは何もないただの腹痛と出血です。
腹痛を伴って性器(内臓)から出血する現象。つまり内臓の出血です。
だから、男の場合に例えると「腹痛、吐き気、目眩などを伴って、毎月約1週間の間、チンコから常に血が流れ続ける現象」
が正しいと思います。
広まれ〜〜!
でも、本人が9年連続出演といっても、いくら媚をうっても、一番に尊重されるのは他のグループ。
同じグループのメンバーも何度も出演しているのに一人だけ引き抜かれ出演。(発表当時)
仕事があることはいいことだけど、結果として楽しさ以外の感情が湧き上がることの方が多かった。
演目の中でも一人芝居で舞台を任されたり、座長の右腕として一目置かれる位置にいた。
そしてその紹介をしていたのは一番長く支えてきた彼だった。
仕事がある以上は幸せな事と思い、劇場に足を運んだが、結果、9年も支えてきたのはなんだったのかと悲しくなった。惨い。
新しいグループになってからというもの、それだけでデリケートになっているというのに、
社長がつけた名前ではないわ(知名度・発信力がある人がこういう発言をすることは本当にやめてほしい)、グループ単位での仕事はないわ、一人だけ引き抜かれての舞台出演だわ、一体この先本当にグループとしてやっていけるのかと不安に思っていた。
他のグループが雑誌の発言等で炎上のようになる度に、彼らの方が実力があるのに、と思い過敏になり疲弊していた。
ラジオに出演した際、今後は俳優を中心に進んで行きたい、と話していた。
少なからずグループに関することを話すと思っていただけに驚いたし血の気がひいた。
グループのことはどうでもいいのだろうか…と周囲が落胆している様子もかなり辛かった。
いつもファンが知りたいことを100点満点で発信することが多いだけに、過剰に期待してしまった所はあったが、
今のこの時期にあんなことを言われると自分の事だけしか考えていなかったのだろうか、と疑心暗鬼してしまうのも無理はないなと思った。
そもそも、お前は芝居で行けなんて尊敬している人に言われたら否が応でもその道に進むに決まっている。
過去にお前は二枚目は無理だから三枚目で行けと言い、現在壁にぶち当たっている某氏を見ている為、非常に心配しかない。
(そして笑いのセンスが昭和なせいか、私はみていて全く面白く感じない)
(舞台の中でも、私は2幕が面白く感じずに辛かった為、今後は笑いを取り入れるなら時代にあった物をお願いしたい)
それでも座長を尊敬し、ひたむきに努力し、その成果を舞台で十二分に発揮している姿を見ると、ファンの勝手なしがらみで歩みを止めたくないと辛くなる。
私が過敏になっているだけであってほしい。
だってすぐ怒るんだもん。
怒ったら人が変わったみたいに暴言を吐くんだもん。
キレる原因は「お前の言い方が気に食わない」っていう、ちょっと何を気を付けたらいいのか抽象的すぎてわかんないようなのがほとんど。
最初は、人によっては受け取り方が違うから私も言葉遣いに気を付けないといけないな、って思って気を付けてたけど。
あるとき夫の言った一言で気が付いた。「同棲してた彼女とはケンカが絶えなくて別れたんだ」って。
私、悪くないわ。私、ケンカが絶えなくて別れたことないし。ケンカしたことあるけど毎月じゃないし。むしろケンカとかイヤだから溜め込むほうだし。
そういえば、「言い方が気に食わない」ってキレるけど、同じこと言ってもキレないときもあるし。要はストレスが溜まってキレるぞーってなったら何を言おうが言うまいがキレるんだなって。
前に「子供の名前をあだ名で呼ぶのは自立心が育たないからやめろ」って急に言われて、そんな説聞いた事ないし、呼び方くらい好きにさせろよって思うし、第一お前の母さんもお前のことあだ名で呼んでんじゃんって思ったけど、そんなこと言ったらブチ切れられんのわかってたから
「そっかー。知らなかったから調べてみるよー」とか「急には子供もびっくりするかもしれないから徐々にねー」とか「懇談のときに先生に聞いてみるよー」なんてネコナデ声で言ったんだけど、甲斐もなくブチ切れ。
「オレより先生のいうことを聞くのか」だって。まあ、正確にはどっちの言うことも聞かないけどね。呼び方なんて好きにしたらいいから。そっから延々1時間、大体「お前の考えは浅い」って言ってるかな。
たぶんね、私がいうこと聞かなかったのがいけなかったんだよね。「へえー。そうなんだー。子供の呼び方と自立心に因果関係があったなんて知らなかったー。あなたってすごーい!さっそく今日から子供のことは名前で呼ぶことにするねハート」って言えばよかったんすかね。
ほかには、子供が学校でケガしたとき、担任の先生から電話がかかってきて事情を説明してくれたって話をしたら「オレらのときはそんな、電話なんてかかってこなかったけどな。まったくゆとりだな」なんて鼻で笑ってて。「でも、子供の説明ってイマイチよくわからないから先生から話してもらえると事情が分かってスッキリするよ。小学校のときからそうだったから、あんまり変に思わなかったけど」って言ったら、やっぱりブチ切れ。私が反論したのがいけなかったんだな。
「ほんとだよねー。全文同意!だからゆとりって言われるんじゃんねー。私、さっそく明日にでも先生にいちいち電話してくんなって、抗議するー。さすが旦那さまハート」って言えばよかったんすかね。で、そっから1時間また説教。仲直りのタイミングも夫次第。しかも2日後まで根に持ってぶすーっとしてる。
大体さ、ストレス溜まったらキレて、反論したらさらにキレて、「お前が間違ってる」「考えが浅いよ(フフン)」「なんでオレがお前に意見されなきゃいけないんだ」「こんな母親に育てられた子供がかわいそうだ」「友達もいないお前が人間関係のことに口出しすんな」なんて好き放題言って、夜中だろうがなんだろうが1時間でも2時間でも気が済むまでおんなじことしゃべって、こっちが黙ってたら「いつもお前は話を聞いてない」ってまたキレて、やっと黙ったかと思ったら、大げさにため息ついて、舌打ちして、三白眼でにらんで、好き放題してるくせにまだ気が収まらなくて2日もひきずるってどうなの?
「お前って言われたことないし、ケンカのとき言われると怖いからお前って呼ぶのやめてくれる?」って言ったら「お前の口のききかたがなってないからだろ」って、「毎月ケンカってしんどいし、ケンカにならないようにお互い何か考えようよ」って言ったら「お前が態度を改めたらいいだろ?」ってどうなの?
で、自分が甘えたくなったら謝りもせず抱きついてきたりイチャイチャしようとするってどうなの?
イチャイチャしてくるの断ったらまたキレるから我慢してるけどさ、こっちは言われたい放題に言われて反論もさせてもらえなくてさ、もやもやするよね。笑顔でウエルカムってわけにはいかないんだよね。
身近に約束を守らない人がいる。
待ち合わせには平気で2時間くらい遅れてくるし、頼み事をすると「いいよ、やっとくよ」と気軽に請け負うのに、やらないままになったことも数知れない。
私の夫のことである。
そんな夫と暮らすのに、私はだいぶ疲れてしまった。
明日は一緒に出かけよう、と金曜日の夜に話をしても、土曜日になると何度声をかけてもベッドから出てこず(それどころか寝ぼけたまま「うるさい!」と怒られる)、結局夕方起きてきて約束は反故になる。
洗っておくよ、と言ってくれた夕食の食器は翌朝までシンクに残っていて、炊いておくよ、と言ってくれたお米は翌朝炊けていない。
朝早く起きて一緒に出かけたり、「やっとくよ」と言ってお風呂を洗っておいてくれたりもする。
そんなときはとても楽しく、うれしい。
しかし、どういう時に約束が守られて、どういう時に守られないのか、こちらにはさっぱり分からない。
そんな夫と暮らして3年、約束をするたび、今回は守ってくれるだろうか、大丈夫だろうか、本当に言った通りやるのだろうか、と心配で不安で落ち着かない気分になるようになった。
なぜ、私との約束は大切にされないのだろうか、私は大切にされていないのだろうか、と疑心暗鬼になっている。
他にもいくつか理由はあるが、守られない約束に疲れてしまい、とうとう離婚について話し合うことになった。
「なぜ約束を守らないの?」
これまで何度も聞いてきて、はっきり答えてもらったことのない質問を、これで最後だからと問いかけた。
夫の答えはこうだった。
「自分自身のことが嫌いだ。
生きていても意味はない。
早く人生が終わればいいと思う。
そんな人間なのだから、周りの人も自分には価値がないと考えているはずだ。
したがって、自分との約束にも価値などない、重要ではない、と他人も考えているはずだ。
そうであるから、自分が約束を守ろうと守るまいと、他人に影響を与えることはない。
夫の話しはまとまりに欠けていたが、まとめるとこういうことになる。
脱力した。
「約束は約束、相手が自分の大嫌いな人間でも、約束をしたら果たすものでは?自分自身に価値があるなしに関わらず、約束は守るべきではないの?」と私が言うと、夫は「そういう考えもあるのか、目から鱗だ」と言った。
私も目から鱗だった。
この人と生涯を共にしたい、生活を共にしたいと思った私の気持ちなど、この人にはまったく通じていないのか。
もう疲れた。
これを知らない人まだまだ日本に沢山いると思う
男性がセックスしたがらない理由って見飽きたうんぬんよりも疲れからくることが割と大きい
もし可能なら40歳のおっさんを中学生男子の体にメタモルフォーゼ
そうすると心おっさんは見飽きた妻の体にさえ肉欲を抱くだろう
特に食習慣で戻る性欲ゲージもあるので奥さんは食事をコントロールすることで性欲をもコントロールできると思う
ただし、女性側が断ってきたときに男はとても惨めな気持ちになる
セックスが下手なのかなとかもう俺に異性としての魅力はないんだとか
そりゃもう女よりも女々しいくらい色々考えて不安になって断られた直後からめっちゃ悲しくなる
だから女性の方にも正当な都合があるだろうができればなるべく断らないで欲しい
疲れているからとかならその日断っても調子のいい日に自分から誘っていくとかしてほしい
出ないと男はどんどん疑心暗鬼になっていく
風俗にいって慰めてもらうのも致し方なしだ
飼い主からネグレクトを受けた子犬を非難するのは酷だというものだ
どうか可哀想な彼らを責めないでやってほしい
昨日はネットサーフィンどころかtwitterもほとんどせずに、日がなずっとゲームをしていた。
以下は一日ネットをしないだけでわかったことに関する記述です。
(本文の総字数は2000字程度です。)
●性格が歪まない
ゲームだけしているだなんて性格が歪むんじゃなかろうかと思われがちだが、
ネット漬けになっていると、摂取する情報が日常生活に生きている人間に対する悪口や嫌悪感ばかりに
なってしまう。その結果、ネットを離れて現実社会に繰り出してみても、
日常生活における人間の何気ない行動にあらぬ疑心暗鬼を喚起してしまい、性格が歪む。
しかしゲームだけをしていると摂取する情報の量が大幅に減少するだけであるから、
世情には疎くなるが性格はさほど歪まない。
●神経質なことを考えずに済む
「性格が歪む」の項に少し重複する部分もあるが、ネットをしないと
インターネットにのさばっている情報は、思いの外ネガティブな情報が多い。
(専ら、ネガティブな思考傾向を持つ人間はネガティブな情報にアクセスしやすくなるという
心理学の研究結果の存在についても見聞きした覚えがある。僕自身はネガティブな思考傾向を
持っている人間なので、ネットサーフィンをしている最中にネガティブな情報にアクセスしやすく
なってしまっているだけなのかもしれない……。)
ネットをしないでいるとネガティブな情報にアクセスする機会が減少する。
その結果として、神経質的な、いやもっといえば神経症的なことを考えずに済む。
ネットをしないでいると、目の前の物事に対する捉え方がシンプルになるという効用がある。
端的にいうなら、ネットをしないでいる目の前に起きている物事に対して穿った見方をしなくなるという効用がある。
例え話をするのは難しい。最近の例でいえば、働き方改革に関するニュースにネットの情報を介さずに
接すると、働き方改革が政府主導の単なる労働者の待遇改善施策にしかみえなってくる。
だけど働き方改革に関するニュースにネットの情報を介して接すると、
働き方改革が企業の長時間労働を深刻化させるような政府主導の施策にしかみえなくなってくる。
(もちろん、シンプルな捉え方とネットを介した捉え方という二つの捉え方の内、どちらか一方が
正しいという話ではない。どちらの捉え方にも良い点と悪い点もあるし、そもそも目の前の情報に
対する捉え方に優劣があるというわけではないと僕は考えています)
ネットをしていると、「〇〇をしている奴は△△な性格だ!」「■■をしている奴は教養がない!」という
ある種の性格・行動のステレオタイプに関する情報に接する機会が多い。(もしかしたら
これは僕の性格ゆえかもしれない!)
だけど、インターネットを離れて現実世界を見回してみると、実に多様な性格の人間がいるものだと
関心させられるくらいであるし、同時に人間にはパターンにあてはめることができないくらいの
だから、ネットでいうように、「〇〇をしている奴は△△な性格だ!」とか、「■■をしている奴は教養がない!」だなんて
人間をステレオタイピングだなんてできるはずがない。各々の人間は個体ごとに違った行動性向を持っているし、
そもそもの話、個体ごとに違った行動性向を持っている人間という社会的動物を、ステレオタイピングできるはずがない。
だから、「〇〇をしている奴は△△な性格だ!」なんて本来的にはわかるはずもない。
〇〇をしていても△△じゃない性格な人間も世の中には腐るほどいるし、〇〇をしていても▽▽な性格の奴も
世の中には腐るほどいる。
「〇〇をしている奴は△△な性格だ!」「■■をしている奴は教養がない!」という決めつけの色が強い
「〇〇をしている自分は△△な性格なのかもしれない…」だとか「■■をしている僕は周りから教養がない奴と思われえるかもしれない…」
その結果として、「〇〇をしたい」とか「■■をしたい」といった自分の内側からわいてくる感情を、「あっ、自分はやっぱり〇〇やしたいんだな」とか
「■■をしている自分は教養がないと思われるかもしれないけど、でもやっぱり■■が好きなんだ」というように
シンプルに処理することができる。
欲求も含めて、自分の内側からわいてくる感情をシンプルに処理できるようになると、感情処理にかかる精神的コストを
削減することができるため、日常生活を送る上で精神衛生を健全に保つことが容易になるのではないかと考えられる。
■まとめ
以上をまとめると、ネットをしないでいると日常生活における4つの効用を得ることができることがわかった。
●性格が歪まない
●神経質なことを考えずに済む
■最後に
駄文は以上です。本文の総字数は2000字程度になっています。
今回の匿名日記は1時間で書きました。1時間で2000字だなんて正気の沙汰じゃない……!と思っていましたが、
案外書けるものなんですね。正直びっくりです。