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はてなキーワード: 大卒とは

2016-10-22

http://anond.hatelabo.jp/20161022234654

企業が重視するのが高校名というのは「大学進学している人材から優秀な人間を選り分けるためのフィルタ」であって、

高校名だけが大事なら大卒から募集なんかかけずにその高校に直接募集かけるよね

http://anond.hatelabo.jp/20161022232329

そういう考えはもちろん大学が多すぎるからそう思うのであって、大学数が多くなければそんなことにはならない

裾野がどうこうとFランを存置することを要求するなら、タクシードライバー大卒が入ることも是認してもらわんとなw

ふつう屈辱過ぎてそんなもの受け入れらんないだろうがw

2016-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20161017205633

アホ。ウォルマート普通だったら絶対雇用されないレベルバカ、アホ、間抜け池沼メンヘラ犯罪者、クロンボをニコニコ雇用してくれる素晴らしい企業様だ。日本系列店(SEIYUとか)は別だが。

マクドナルドも似たり寄ったりだ。日本だと普通に大卒の連中(主に主婦とか)が末端店員やってたりするが、本家アメリカの末端は文章もろくに読めないレベルのアホばっかりだ。

日本が異常なんだ。日本が。労働者の質が高すぎてアメリカならブラックで当然レベルゴミクズみたいな仕事を喜んで引き受ける。地獄だよ。地獄

貧乏学生だけど何をしているのかわからなくなってきた。

仕送りなしで奨学金アルバイトだけで生活をしている。

今月は10万も稼げて,生活不安が少し減った。

しかし,家賃光熱費食費を引くと手元に残るのは約3万円。これは貯金して,資格のために回さないといけない。

こういう生活をしていると,他の人から「凄いね!いい経験になるよ!」とか,「将来大物になるよ」とか根拠のない賛辞をもらうことがあるんだけど,ちょっと引っかかる。

どう考えても生活に余裕があって,暇を持て余すような環境のほうが色んな学問に目を向けることだって,それにチャレンジすることだってできるんじゃないか?と思う。

自分学校行ってバイトして,時間があれば家事をするといったサイクルを続けている。今年の3月一人暮らしを始めてから,ずっとこういう生活から,まだ大学生になって3ヶ月ぐらいにしか思えない。

あっという間に時間が過ぎて,今日バイトを終えてご飯を作ってオフロに入ったらこんな時間

勉強する時間趣味を楽しむ時間もそんなにない。みんなは資格の講座を受けてる中,自分家事バイト

何より辛いのが,自動車免許が取れないこと。まず短期合宿をする時間がないし,お金もない。

奨学金学費を支払うためだけに借りている。親が借金で痛い目にあったそうで,借金に関してはとても厳しい。保証人が親である以上,その親のやり方に従うしかない。

大学生活は多忙な身である為,余計な人間関係に巻き込まれず,「大勢が苦手」な友達に恵まれ,付かず離れずと言った距離で付き合っている。(部活はなかなか顔が出せなくてトラブルになって辞めたけど)

幸い,親の良いところが遺伝してくれたのか,勉強時間は少なくてもしっかり覚えてるし,理解もできる。

お金がない人は大学に行かなきゃ,まともな家庭を持てないと思う。

うちの姉が高卒なんだけど,卒業して1年後に精神病会社をやめている。

次に行くところは,俺のバイトあんまり変わらない給料らしい。

姉は彼氏もいるし,女性からまだマシだけど,自分がこうなったら生活できるのかわからない。中学時代精神病で大変な目にあったので他人事じゃない。

大学を出ると,大卒の名がもらえるから就職の幅が広がるらしい。そうやって,給料のマシな所へ進んでいかなきゃ,自分が家庭をもった時,みんなを守れないし,子供にも自分と同じ目を合わせることになる。

それ以外にも単純にこれからも知りたいことがたくさんあるっていうのもあったから,大学には進んだ。

姉も自分高校卒業一人暮らし理由はこれ以上養えないとか,生活保護家庭だからとか色んな理由があると思うけど。

自分の家の家具はその姉のお下がり。働くことができなくなった姉は,実家に戻ることができたらしい。

その点は恵まれてると思う。

世間公表される貧困層イメージちょっとイラッとした。

NHKでやってたあのニュース自分リアルタイムで見てたんだけど,高校設備を利用すれば良いのに,キーボードだけ渡すのとかわけわからなかったし,これが可哀想なのかも理解できなかった。

奨学金システムも,「優が○○以上」とか,「学科順位○以上」だったりするんだけど,何度も言うように勉強する時間はないし,貧乏人も人間から睡眠だって取りたいし,疲れるし,遊びたいときもある。

生活ができないから働いているのに,働くことが大学生としての自分の首を絞めるんだから笑えない。親の扶助の元で伸び伸び勉強している人の方が,そりゃ成績も良いし,免除されるよ。。

自身は,一人っ子で両親に可愛がられていたから,この生活理解できないらしい。

自分が決めた道」と言うのは確かにそうだし,これからも甘んじてそれを受け止めて勉学に励むつもりだけど,服すら買えない自分を笑ったり,食べる時間食べ物も無くて倒れたら怒るのに,一切の援助も無く,「自分時代はこうだった」と楽しい生活を語るのはちょっとオカシイんじゃないかと思った。

両親が借金をして,離婚しなければこんなことにならなかったのに,なんて言えない。

今の大学は,実家から自転車で45分。電車でも同じぐらい。

生活保護家庭は働き手が一人でもいたら,保護費は収入分減額されるんだけど,学生場合世帯分離として減額免除されるらしい。

だけど,自分は家をでなければならなかった。以前,離婚した親父に似ているのが憎いと言っていたし,齟齬が生じて喧嘩になることもあったから,あまり顔を合わせたくないのかも

Twitter程度の短文ならいつでもかけるし,そんな感じの貧乏学生ブログでも書いてやろうと思ったけど,そうなると貧乏による苦労がコンテンツになってしまって,一生幸せになれない気がした。

どうにかして,このバイト地獄から抜けられないものか。もっと勉強がしたい。早く応用情報を取りたい。

2016-10-13

http://anond.hatelabo.jp/20161013102237

俺4大卒意味を、東大京大あとどっかすごい大学2つ卒業のことだと思ってたから、就活の応募条件のほとんどにある4大卒ほとんど応募できないじゃん;;って昔半泣きになった

学歴コンプレックスとは似て非なる何か

大卒の人が大卒は正しいと喚く記事を読んで、学歴コンプレックスっていうコメントを見たわけだけど、これって学歴コンプレックスとは違う何かじゃないかなあ。

抽象的なはなしだけど、多分その記事の筆者は(そして多くの人は)「幸せが確定するチケット」を求めていて、この20年位、それは大卒肩書だと思われていたし、購入者もそう信じていたのではないかな。

彼が記事の中で肯定しようとしたのは「大学卒業資格人生幸福にする」ということそのものではなくて、「過去自分が行ったチケット購入判断は間違っていない」ということなのだとおもう。

彼が守ろうとしたのはは「大学卒業資格人生幸福にする」という事実ではない。もちろん「幸福」ってのは主観的ものなので、統計一刀両断にはできないんだけど、経済的な側面で言えば、大卒資格者のほうが高卒資格者よりも、生涯賃金が大きくなるというデータが有るのでそれですむ。示す必要すらなくて、彼自身がその統計を見て「そうだな」と思えばそれで済むので、そもそも記事を書く動機にはなりえない。

そういう経済面に限れば、大学卒業資格というものが、100%確定ではないにせよ確率論的にはある程度効果のあるチケットだったっていうのは有る。しかしそれは同時に、「確率論的」「ある程度効果のある」にすぎないわけでもある。「それを購入すれば購入者は確定した幸福保証される」わけではない。効果の程は購入者によって程度の差がある。

(そもそも大学というのは研究教育機関なわけで、そこに「幸せ」なんて主観的な、しかチケット一枚で生涯を保証するようなものを求められても、大学側は「知らんがな、困るがな」でしかない。この件で大学が悪いわけではない)

筆者が守りたかったのは、「俺は大学を出て幸福だ」という以上の、もっと広範な「大卒チケットを購入した人間幸福になれる」という「世界観」だったのではないか。それはすなわち「過去自分が行ったチケット購入判断は間違っていない」という保障でも有る。もうちょっと踏み込むと、「攻略法Xを実践すれば人間幸福になれる」みたいな思想なんだとおもう。そして、これは、すごくわかる。

人間は日々を生きる上で脳みそ空っぽで生きるのは難しい。どうすればうまくいくか考えちゃうし、試行錯誤ちゃうし、うまく行けば嬉しいし、失敗すればなにが悪かったか考えてしまう。「セカイには攻略法が有るはずだ」って思想人類進歩において巨大なアドバンテージだった。それは、自然科学分野においてはおおむね正しい。背景には物理法則があって、同じ入力には、同じ出力が返ってくる。技術研鑽職人的な人生においても、概ね正しい。そういう態度で経験を扱えば、一定の知見が得られる。

から攻略法Xを実践すれば人間幸福になれる」みたいな思想はすごくわかるし、自分点検しても、この類型は形を変えていくつも発見できる。

でも実際問題、本当にこれが正しいかって言うと、ぜんぜんそんなことはない。人生という関数入力が同じでもその個人ごとに出力がぜんぜん違うようだ。そもそも「同じ入力をする」ということ自体人知では制御できないほど難しい。双子なのにぜんぜん違う人格になったり将来を迎えたりするわけで。人生という巨大関数はすくなくともワンチケットフリーパスになるほどちょろいものではない。信用できるデバッガもない。

でも、その事実はかなり痛みを伴う。「人生攻略法がない」というのは(もちろん確率論的にだが)「どんなに頑張っても不幸にしかなれない人間存在する」ということを意味するからだ。

(※もちろんこれは一部宇宙事実と異なります瞑想ジョギング野菜はすべての人生攻略します。Yes、ぶくまますたー!)

そんなわけで、件の記事はなんだか悲鳴のようにも聞こえた。「この世界攻略法は有るよ、ぼくらが幸せになれるチケット実在するよ! ボクの過去努力コスト支払いは間違ってなんかない! なぜならボクはいまそのチケット暮らしいるからだ!」――あの記事で筆者が説得したかったのは、誰より筆者自身だったのではないかと思う。

同様の光景はあちこちで見ることが出来て、それが先鋭化すると、論理が逆流を始め「(大卒資格幸福チケットであるという)世界観を守るために、高卒下の人間は不幸でないとならない」な方向に拗れてしまう(連中は全員DQNみたいな発言)。そうなると地獄二次生産だ。だがどちらにせよ、それは学歴コンプレックスと言われているものとは、隣接しているけれど、もっと何か違うものなのじゃないかと思う。

2016-10-09

大卒25歳職歴なしの俺、あるいは24東大卒電通女の自殺について。

若くて優秀な人材が失われて悲しいという話は裏返すと無能カス死ねということなので我々はそれらに断固立ち向かっていくべきなんだけど立ち向かうような人間じゃないか無能カスなんだよな。

未熟な私のパワハラ労働時代記憶

パワーハラスメントなる用語があったのかどうか、そんな時代の話。

 

私は社員五人という小さな会社に勤めていた。非常に小さな業界で、環境コンサルタントという分野に属する。大枠としては土木建築分野に入るかもしれない。そうした大手コンサルタント会社からこぼれてくるような仕事を拾って商いをしていた。たまたま転職しようと思って転職雑誌を見てたら自宅に近いところになんだか業種が良く分からないその会社募集広告があったので応募し一発採用となった。当時は私のような特に何のスキルもないような人でも転職なんか簡単だった。それもそのはず末期ではあったがバブル時代はまだ続いていたから、そんな小さな会社でもそこそこ給料はよかった。

 

初めてパソコンに触った。というか、パソコンなしでは成り立たない職種で、まだCUIGUI移行期の時代自分プログラムを書かないといけない仕事だった。今ならエクセルで表やグラフなんて簡単作成できるが、当時はプリンタに直接描画命令コマンドを送るという恐ろしく面倒な事をしてたのが懐かしい。グラフなんかXY-プロッタで作図してたんだよ。ページプリンタを導入してからは少し楽になったけど、ともかく、今の時代なら10分あれば出来る仕事が何時間も掛かる、そんな時代だった。

 

社長は私の10歳年上で、とある地方の有名大出身者。一方私は、大学進学を諦めた専門学校出身者。退職するまで、この差別がずっと続いた。社長は当初は学歴など関係なく仕事能力大事だ、みたいな事を言っていたが、口では言わないが他の大卒社員にはそこまできつく言わないのに私だけにはほんとにきつい言葉を放つ。もっとも、私もかなりバカだったと思う。何せビジネスマナーすらろくに知らないレベルで、前の仕事工場作業者だったので定時になればタイムカードを押して帰ればよいというような考え方や、仕事というのは与えられた仕事を教えられたとおりにするものだという考え方が身に染み付いてしまっていて、なかなかそんな自分を変える事が出来なかった。

  

とは言え、自分自身でもそのことにすぐ気がついて自分を変えようと努力していたのは事実である。昼休みになれば近くの本屋さんに行ってビジネス書立ち読みしたり、あるいは購入したりとか、残業も構わず時間でもやったり徹夜もしたり、気づいた事があれば率先して色んな提案をしてみたり、内実はともかくとしても結構頑張ったと思う。でも、社長はそうして私が努力している事を評価する事はほとんどなかった。今でも忘れられないのは、社長と二人きりの状態で私が遅くまで残業して作業している最中に「お前は頑張りが足りない」ときつく叱責された時の光景である。流石に今まさに一人で頑張っている私自身にそれはないだろと思ったのでぶちぎれて「今こうしてやってる最中にそれはないでしょ!」と言い返したら、後にも先にもその時一回きりだけど社長は私に詫びた。で、それ以降も、事ある毎に散々「努力が足りない!」のような内容で酷く罵詈雑言を浴びせ続けられたのである。「辞めてしまえ!」など日常茶飯事だった。しかも、他の社員がいようと、取引先に出かけてようとそんなの関係なくやられた。

 

褒められたり普通に対応してくれたこともないではない。ある定型的なデータとりまとめなどは私は誰よりも早かったので、しょっちゅう感心されたものであるしかし、多少なりとも高度な仕事は私には与えられる事は決してなかった。多分、私でも出来たろう。しかし、「無能な」私にそんな高度な仕事を任せたら滅茶苦茶される、というのが社長の考え方だった。社長は人に教えるのがド下手で、社員の誰もがそう言っていたが、とにかく教えられてても話があちこち飛ぶし、こちらが知らないことなのに知ってなければいけないか如くに説明する事柄も多く、何を言っているのか良く分からない。その上、それでもきちんと理解できたように振舞わないとすぐ不機嫌になるので、こちらも質問しづらい。分かってないような反応をしようものなら「お前何聞いてたの?それはこうなってるって分かって当然だろ!」と、そもそも理解させようという気がない。それでも大卒社員には私とは違って多少は丁寧に説明していた。私は徹底的にバカにされた。

 

そんな風に何年かやってると、自分自身でもどんどん自分卑下するようになり、自分ダメなんだと自分自分を追い込むようになっていった。朝起きるのも辛く、朝が来るのが嫌で夜もなかなか寝ようと思わなかった。それでも、結婚もし子供も生まれ家庭を持つようになって、そう簡単には転職もままならない。それに、他の会社に言っても似たようなものかあるいはこれより酷いかもしれない、などと考えてしまい、ならば会社にい続けるのであれば、どうにかして社長に認めてもらう他はない、などと思うようになっていった。だが、そんな社長と私との人間関係下ではうまく行く筈はない。向こうは私を完全に見下しているから、何をやっても悪循環、少しでもミスしようものなら罵詈雑言仕事があまり与えられなくなり、「役立たず!」「いったいお前ここに何しに来てるの?」「他のみんな頑張ってんだから朝早く来て掃除でもしとけ」など等どんどん扱いは酷くなっていった。遅刻も何度もするようになり、無断欠勤もしばしばするようになって、結局、非常に些細なことで滅茶苦茶に叱責されたのを切っ掛けにして、退職する事になった。

 

社長は悪い人というわけではなかったと思う。多分、何とか私も頑張ってもらおうとは思ってたんだと思うけど、仕事という厳しい現実の前に不条理なまでに厳しくする事になってしまったんだろう。ともかくも、病院には行かなかったので診断されたわけでもないが、おそらくは私は鬱病に近い状態に陥ってた。次に転職するまで、ちょっとした個人的仕事実家の援助で食いつなぐこと三年掛かった。退職するまでの2年くらいは毎日死ぬ事を考えたけど、既に子供もいたし、死の選択は許されなかった。

 

・・・・というより、私は今生きている。そして、あんなに酷いパワハラ状態だった会社での事が、実は様々に今の仕事に生かされている。パソコンとかもそうだし細かい仕事のやり方とか、あるいは社長があの時何故罵詈雑言叱ってたのかとか冷静に考えて実務に役立てたりも出来ている。私個人体験だけで大きなことは語れないとは思うけど、彼女死ぬべきではなかったと強く思う。生きてさえいたら、まだまだ道はあったはず。無論、精神状態が追い詰められて鬱病になって死を選択してしまうことになってしまうのも仕方ない面もあると思うけど、出来る事なら逃げて生き延びて欲しい。人間は弱いけど、それでもなお強く生きることも出来る、と私は思う。

http://anond.hatelabo.jp/20161009105325

年齢というより、就職して何年目で考える風潮なんじゃない?

高卒就職で22歳だったらもう4年目に入ってるわけで、社会人としてはまあ一人前に見られるだろうね。

大卒就職場合も同じで、3、4年目、つまり25、6歳くらいでそんな感じになるかな。

2016-10-08

語彙の貧しさは頭の貧しさだとよくわかる

音は聞くものだし、聞くと言えば音に決まっています

恥ずかしい…。

お前のような人間同胞であるとか母国語を同じくする者だとか思いたくありません。


音は聞くものだし

音が鳴る

音が響く

音をとらえる

音を楽しむ

音が出る

聞くと言えば音に決まっています

うわさを聞く

言うことを聞く

意見を聞く

道を聞く

酒を聞く


どうですか。

全然決まっていませんね。


「目で見る」

目で殺す

目で伝える

目を潰す

目をかける

目を見張る

目がない

もう全部はやりませんけどね。

これぐらいの突っ込みは利発な小学生でも出来ますよ。

目は「見る」とは決まっていませんし、

見るのは「目」だとも決まっていません。

日本語はお前のような類人猿理解するよりはもう少し奥深いものです。


例えば「アメリカに渡米する」が二重であると言われるは

アメリカに渡る」と書くだけでも行き先がアメリカであるのは決まっているからです。

それに比べてお前の挙げた例は全然決まっていないのです。


お前には決まってるように思えたのでしょうが

それはお前の語彙が幼稚園児並みに貧しく、母国語への考察大卒在日外国人にも劣るからです。


まれ育ちが悪かったのでしょうが

ある程度の年齢で語彙がそこまで貧しい人間には抽象的な思考不可能です。

難しいことを考えるのは諦めて、

身の程を弁えた生活をしていってください。

http://anond.hatelabo.jp/20161007135246

2016-10-07

平均年収に達する日が来るとは思えない

平成27年2016年民間給与実態統計調査によると、

30代前半の平均給与は384万円、男性のみ438万円、女性のみ294万円。

全年齢だと、平均給与は414万円、男性511万円、女性272万円と、

現状とのあまりの差と、男女の格差絶望する。

首都圏在住、大卒フルタイム勤務の正社員にも関わらず、同世代の平均給与男性)を大きく下回っている。

30歳以降、昇給ほとんどなく、より条件のいい会社転職する以外、増える見込みもない。

もうすぐ40代突入するのに、年収は300万円台前半のままだ。

ただ、給与階級別の割合は、男性は「300万円超 400万円以下」が18.4%で最も多く、

女性パートタイム勤務と思われる「200万円以下」が43.7%を占め、

「300万円超 400万円以下」は15.6%にとどまる。

生涯年収は、新卒就職した年の好不況で決まると見かけたことがある。

同い年の夫と自分は、不運だったのだ。

ソース

https://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2013/pdf/001.pdf

現在貯金は、自分が約800万円、夫が約1000万円。

4年前に夫婦半々で購入した新築マンション住宅ローンを全額繰り上げ返済しても、

手元に200万と100万、あわせて約300万円ほど残る。

「増える見込みがまったくない平均より低い収入」が極度の倹約に走らせた。

2年前、子どもが生まれ、夫はますます危機感を持った。

今春、仕事復帰し、何とか継続できそうなメドがついたものの、

2人あわせた年収は以前より50万円ほど下がりそうだ。

もちろん、どちらか一方の収入では、毎月、赤字になる。

お金より時間が惜しい」「時短勤務でも手を抜かず、仕事目標は達成したい」

という訴えに、夫はほとんど聞く耳を持たない

これまで以上に節約意識しつつ、マイペースに過ごしている。

最近、ようやくガラケーからスマホに乗り換える気になり、

格安スマホ格安SIM時間をかけて選び、手元に届いてから

できない機能があると気づき、1つずつ使い方や設定を調べていた。

iPhoneハイスペックSIMフリースマホは高すぎると怒る。

確かにウチらは低年収だ。しかし、長年、切り詰めてきたおかげで貯金はある。

時間ゆとりと、もっと自由をください。

毎日、4時~5時に起き、家事または仕事をやってから出社する日々が

あと10年近く続くと思うと、くじけそうになる。

はてな」嫌いの夫は、決して目にしないとわかっている。

から自由に書ける。今朝はあまりにも早く起きすぎた。

さて、次は仕事に取り掛かろう。

2016-10-05

http://anond.hatelabo.jp/20161004085252

hobbling 少子化の原因は未婚化。結婚した人は貧乏でも平均二人は産んでいる。よって「子供が不幸になるから生まない」という人は(統計に影響を与えるほどは)居ない。「そもそも結婚できないから産めない」という人が多い。



完結出生児数は「結婚後15~19年の夫婦の間で生まれ子どもの総数」で、対象女性の年齢はほぼ40代後半から50代に収まる。

ちょうど対象夫婦の後の世代からバブル崩壊以降になるので、現在出産適齢期(20代前半から30代前半)の女性が産む総数は、

甘い見通しでも減少している可能性が強いと示唆されている。

というか、現在最新のデータですら、2をわずかに下回っているのだから現代は2を大幅に下回っている蓋然性がある。

まり、完結出生児数を指摘して「貧乏人でも2人産んでいる」というのは、現状と乖離した意見

貧乏人でも2人産んでいる」のは、トレンディドラマ最盛期に結婚した夫婦の話ね。

その頃は高卒でも今の大卒並みの生活が十分に遅れた時代だし、現代比較する意味がない。

あと20年くらい待たないと、現在の完結出生時数は分からないよ。

2016-10-04

レールに乗った人生も悪くないよ

ここ数日、レールから降りた人々に対する注目が集まっている。

(この日記ではレールに乗る=大卒企業入社社会人生活スタートすること、と定義する。)

関連する日記ブコメを眺めると、彼らの考え方への批判やレールを外れることの愚かさを指摘する内容が多い。

一方で、レールに乗った人生とはどのようなものか、その良さについて指摘する内容がほとんど記載されていないように見受けられる。

大卒会社員私生活を綴ったブログと言えば某氏ブログが真っ先に思い浮かぶが、あのようなきっつーな内容を読まされて

会社員生活に憧れる若者など現れようはずもない。

エンターテイメントネタとしては、きっつーな自虐話を綴ったほうが受けがいいことは理解している。

しかしながら、レールを外れた人々を声高に批判するのであれば、会社員諸君は自らの人生いかに良いものであるかをもっと声高に発信すべきだと思うのだ。

なお、本題とはずれるが、筆者はレールを外れるか外れないか手段の話であると考えており、目的を決めた上で最適な手段を選ぶべきという意見である

散々言われているとは思うが、起業手段であり目的ではない。

自分という人間が、世の中にどのような価値提供できるのか、後世に何を残したいかを考えて欲しい。

金持ちになることを目的としても良いと思うが、金はあくまでも提供する価値の対価であることを忘れないで欲しい。

前置きが長くなったが、レールに乗った人生の一例として筆者の思うところを紹介したい。

筆者は大企業務め、入社10年目、既婚、子無し、共働き世帯年収1300万である

理系大学院から新卒現在会社入社し、転職経験は無い。

年俸制のため、期初に上司コミットした成果さえ出せば後は好きなことをしていても問題はない。

筆者はおおよそ9時から10時の間に出社し、19時から22時の間に退社する。

体感業務時間の2割くらいを年度の成果に関係のない勉強などに使っている。

書類雑用は多いが、割り切ってささっと終わらせるようにしている。

総じて仕事ストレスは少ない。

大企業は衰退する日本の象徴として語られることが多いが、いいところも沢山ある。

まず仕事の規模感が大きい。子供の頃に憧れた巨大イベントや、国に関わる仕事に携わることも可能である

そして安定感。よほどのことが起きない限り生活は安泰である

一方で当然デメリットも沢山ある。

メリットとして述べたことと反転するが、規模の小さい仕事は認められずらい。

そのため、挑戦的なプロジェクトをなかなか始めにくい。

世の中の仕組みを変えるような可能性を秘めている凄いプロジェクトであっても初期は小さく始めるものであるが、そのロジック理解されにくい。

また、安定感がある反面、給与頭打ちになる。筆者自身もそろそろ給与テーブルの上限が見えてきている。

大企業いるからと安心せずに、常に転職ができるようなメンタリティとそれを裏付けスキルを磨いておくべきと考えている。

最初にも書いたが、若い方々には目的をしっかりと考えてほしいと思う。

その目的を達成するための手段として、企業務めという選択肢は必ずしも悪いことばかりではないよということを伝えたかった。

(が、筆者の人生目標記載していないこともあり、何を言いたいのかよくわからない文になってしまった。)

以上。

2016-10-02

大学院進学か就職か迷っている大学3年生へ

  • 結論
    • 明確な将来の目標がないと院進学はきつい


将来のことを考えなきゃ、とぼんやり思っている大学生へ。

院進学すればいい、院卒なら将来安泰、とは思わない方がいい。

明確に、こういう仕事がしたい、という意思がない限り院進学はおすすめしない。

  • 理由
    • 大学の2年間を延長できる訳ではない
    • 将来迷ったときに院卒の箔が足枷になるかもしれない


大学院生になったところで、学部1年や2年の頃のように遊んではいられない。

年に一度は中間発表として研究成果を示さなければならないし、学会発表に出なければならない。

そして、今の就活システムではM1の夏から準備(インターンとか)が始まる。

自由に使える時間は、院生にはほほない。

また、明確な将来の目標がない人(どの業種に行きたいかまらない人)は特に進学をおすすめしない。

院卒には院卒レベル仕事が期待されている。

大学院生は、一点特化した技能とそれをサポートする万遍ない知識必要とされている。

一点特化だけでは駄目だ。

もし自分のやりたい業種が大卒レベル技能でも良かった場合、なぜ大学院に行ったのかを考えなければならない。

大学院に行き、専門的知識を特化させ、その上で就きたい業種がある、という明確な目標のある人が大学院に行くべきである

適当しか人生を考えたことのない人間が、遊ぶ時間欲しさや就活から逃げるため、優良な大企業就職するために院に行くべきではない。

それに、そのような院生に、追加で2年間の研究はつらいと思う。

大学3年生よ、今一度将来についてよく考えてほしい。

大学院天国ではない。モラトリアムの延長期間ではない。

目標のない人間にとっての大学院は、2年間の地獄だ。

2016-09-30

野原ひろしが平均だった時代実在したのか

野原ひろしの年収は650万であり、これは2016年現在から見れば5%のエリートに属するというブログ斜め読みした。

ふむ。では当時ならひろしは平均、あるいは平均よりちょっといい程度とみなされたのだろうか。

Wikipediaによれば野原ひろしの年収650万はアニメ94話の台詞からの推測であり、これが放送されたのは1994年4月である

そして国税庁資料を見ると1年勤続者(男性)の平均年収賞与含む,単位:万円)は当時以下のように推移している。

西暦平均年収
1989493
1990520
1991547
1992558
1993555
1994560

1994年の平均年収は560万である。650万は当時の平均より90万多い(ちなみに彼は35歳だが、1994年の35歳~39歳の平均給与は全体平均と同じ560万である)。

年収というやつは必ずしも正規分布しているわけではなく、一部の凄まじい金持ち平均値を引き上げる傾向がある。従って中央値基本的に平均よりも低いと見た方がいい。

その点も含めると、おそらく1994年の野原ひろし650万は中央値よりも100万ほど多いと思われる。平均給与より月収が8.3万多い計算になる。これを平均よりちょっと良い程度と思うかどうかは……まぁ人によると思うが、どちらかというとそこそこ年収のあるやつが自分年収を隠して言う時に「いや俺だって安月給だよそんなん。え?平均とくらべて?同じようなもんだよ、あー、まぁ、ギリギリ平均よりちょっとだけ良いくらい?」的な雰囲気を感じる。イラッ☆

バブル全盛期と比較してみる

1年勤続者(男性)の平均年収1997年の577万をピークとして緩やかに下っていき、リーマンショックでとどめを刺される。

野原ひろしは35歳の男性社員である。ということでこの全盛期で見ると、35歳~39歳男性1997年の平均は589万であるバブル全盛期の中央値平均値殆ど同じだったと仮定すれば、1997年のひろしの年収650万は平均よりちょっと良い、というのは、まぁわからなくはないだろう。月給にして他の人より5万円多いのを「ちょっと」というのは、多い側からみればそうかもしれないが、少ない側から見ると「あ?それちょっとっていうならよこせや」と思うところな気はするが。

なお2014年の35歳~39歳男性の平均年収は502万である。やんなるね。

埼玉県春日部市の平均年収

一方で春日部市における平均年収から見た野原ひろしはどうか(春日部市の平均収入ググると妙な数字が出てくるけど、これソース不明瞭だし計算式も公開されてないので信用に値しないと考え無視した)。

総務省統計局では都道府県別の家計調査2000年からしかないが、ひとまずこれを参照する。春日部市単独データは無いが、春日部市人口15万人以上であることから中都市に該当する。曰く、2000年賞与を含めた年平均月額の世帯主収入は466,591円である12倍すると534万。バブル全盛期をちょっと過ぎた2000年でこの数字である

650万とは実に120万の差がある。中央値はこれより更に下であることを考えれば、春日部市における野原ひろしは当時から見ても平均的、あるいはそこからちょっと良いだけとは言い難いように思う。

レール

野原ひろしのような人生は、なるほど現代からすると相当なカチグミであるように見える。しかし当時の社会背景を考えれば、こうしたレールに乗ることは平均的な能力プラスアルファでどうにかなる範囲だったのではないか

個人的結論としては、これは当時から困難だと思う。

彼は1994年当時で35歳、二十歳で大学中退して(つまり高卒で)入社したとのことである。従って1979年入社であり、これは残念ながらバブル期である

当時新規有効求人倍率は1を切っていた。

加えて彼は高卒であり、今ほど大卒信仰が強くない時代はいえこれがプラスに働くことはまず無い。ゆえに就職活動において基本的には不利な立場にあったと言える。

そして彼が得た内定中央区日本橋にある商社である

どう考えてもこの時点で相当なカチグミである。これを平均よりちょっと良いレベルとは当時ですらやはり言えないように思う。

まとめ

そういうわけで、野原ひろしは1994年当時で見てもエリートだと思う。バブル真っ盛りの時と比較してギリギリ「平均よりちょっといい程度だね」と見栄込みでいうことは出来ると思うが、それ以外ではいささか厳しい。

さら国内商社年功序列給料が上がるため、2014年55歳の野原ひろしの年収はほぼ間違いなく1000万を超えているだろう。2014年の55歳~59歳の男性平均年収は631万であり、彼は最終的に平均の1.5倍を上回る所得者ということになる。

彼は今からみてもエリートだが、当時からエリートであり続けた、というのが正しい見方ではないだろうか。

追記:子供のいる夫婦限定すれば野原ひろしは平均になりえるのでは?

子供のいる夫婦限定すれば野原ひろしは平均になりえるのではないか、というブコメを見て「あ、それは見てなかったわ」と。

そういうわけで追加で調べた。

1996年国民生活基礎調査「1世帯当たり平均所得金額世帯主の年齢(10歳階級)・世帯構造別」を見ると、「夫婦と未婚の子のみの世帯」の平均所得は621万である。おお、これなら650万は平均よりちょっといい程度やんけ、と思ったが、問題がある。

これは世帯収入、すなわち共働きを含めた数字からである。ひろしは単独で650万である以上、この数字と直接比較はできない。

この基礎調査世帯主収入データは無いようだったため、これを推測すべく、2000年家計調査の「有業人員別1世帯当たり1か月間の収入支出」を見ると「全国・勤労者世帯核家族世帯)」の世帯収入世帯主収入データがある。核家族における世帯の実収入は月額568,391円、このうち473,674円が世帯主収入である割合にして83.3%。

この比率が4年で大きく変動していないとすれば、621万の83.3%は517万である。残念ながら650万とはかなり差があると言わざるをえない。

東京に絞ればどうか

96年の「1世帯当たり平均所得金額世帯人員地域ブロック別」を見ると、世帯人数ごとの所得額が地域別で分かる。ここでとりあえず「3人」を見てみると、全体平均が718万、一方で埼玉が属する「関東Ⅰ」ブロックでは829万である。当時全体平均に対して首都圏所得は115.4%になる。

この比率を当てはめると、517万の115.4%で596万。これが1996年東京ブロックの子持ち既婚男性30代の平均年収の推測値である

ただし、この「関東Ⅰ」には丸ノ内線内在住かつ子持ちの夫婦が含まれている数字であり、彼らが平均を大きく引き上げることは間違いないだろう。従って都内在住の子持ち夫婦というカテゴリで見るなら野原ひろしは平均的かもしれないが、埼玉県春日部市という点で考えれば、97年の最も所得の良かった時期の子持ちの夫婦という点で比較してもやはり平均的な家庭よりも所得に余裕がある立場ではないかと思う。

ひろしは商社マンとしては平均的なのでは

野原ひろしの務める双葉商事中央区日本橋にある商社という設定だが、例えば日本橋にある神鋼商事四季報を見ると平均年齢39歳で平均年収711万である。これと比較してみると35歳の営業課長で650万というのはちょっと低い印象がある。

はい商社も色々である総合商社なら平均で1200万~1300万になるが、中堅商社でいえば650万というのは平均的かもしれない。

バブルでググれ

Wikipediaによればバブル86から91年だそうで。顔真っ赤にして「ITバブルがー!サブプライムがー!」とか書こうと思いましたが、無知をお詫び申し上げる。

しか政府統計を見る限り、この86から91年の所得平均がずば抜けて凄いかというと特にそんなことはない。上述の通り、一番平均所得額がいいのは97年だからである(なので無知自分は97年がバブル全盛期だと信じて疑いませんでした)。ただしピークへ向けて毎年のように平均所得可処分所得が上がっていっているので、サラリーマン的に印象の良い時代だったことは間違いないとは思う。

バブル時代ボーナスがたくさんでた、というのは嘘ではないだろうけれど、全国的な平均を取るとそうでもなかった。給料銀行振込ではなく手渡しだったなら「札束!」という印象が今よりあっただろうこと、東京の一部の羽振りの良い連中が誇張されたこと、当時の情報メディア新聞テレビが全てだったこと、といった条件下で醸成された「バブルの頃はみんな高給取りだった」んじゃなかろうか。

(1) 知性の欠片も感じさせないブログツッコミを入れてみる

この人 雨宮@迷走ニュース(@amamiya9901)さん | Twitter のこのブログ ドイツ発 雨宮の迷走ニュース の中から特に「アイタタタ笑」と読んでるこっちが恥ずかしくてムズムズしてしまうようなものを中心に。

※万が一ご本人が読まれていたら: 腹が立つかと思いますが、頑張ってもう少しマトモな文章が書けるようにならないと、一定以上の水準の知性を持った人たちには相手にされず、日本人相手攻撃的な落書きPV乞食する以外に稼ぐすべがなくなってしまますよ。応援しています

平気で自己矛盾していることを突っ込まれ逆ギレ

まずはこちら。 「この前と言ってることちがう」←当然でしょ、思考停止してるの? - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

1時間後にまったく逆のこと言ってたら「えっ」ってなるけど、1ヶ月や半年経てば、考え方は変わってきますよ。
あなた半年や1年経っても、まったく同じ考えをしてるんですか? それって思考停止状態ですよ?

ということらしいです。

感想」はコロコロ変わっても良い

確かに、単純に「ある物事自分がどのように感じるか、考えるか、判断するか」ということであれば時間の経過とともに変わるのも普通のことです。

これとかは変わっても良いわかりやすい例。紙の本はオワコンだと?電子書籍ってただのデータじゃん - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

ざっくりまとめると「電子書籍を読んだことはないけど、味気ないしなんかしっくりこない」という内容です。

うん。わかる。私もかつてはそう思っていた。けど初めてKindleを手にしてから30分後には「電子書籍最高だ!」「手持ちの本を迅速に自炊しよう!」「この世の本すべて電子化されればいいのに!」となっていたし、その1週間後には「うーんやっぱり電子書籍に向く本とそうでない本があるな」となっていました。

そんな具合に、物事の感じ方ってのは時間の経過とか経験とか、そのときの心身の状態によって結構コロコロ変わるものです。

分析的な(つもりの)記述結論コロコロ変わるのはおかしいよね

でも、紙の本が滅びることはあり得ない、と断言します。

こういう、自分自身以外の対象について論じたり、「断言します」とまで言うためには、根拠を示して論理的議論をして(少なくとも試みて)結論を示す必要があります

結論が変わるのは、

当然時間の経過や自身の成長とともに事実の錯誤とか論理の飛躍に気づいて結論が変わる、というのはあり得ます

しかし、1つめについては自分思考がどうのこうのという問題ではないし、2つめ3つめについては確かに自分が成長したということの証でもあるわけですが、「思考は発展するんですよ?」と開き直ったり、矛盾を指摘してきた人に「思考停止ですよ」とか噛み付くのは知的な態度と対極に位置するものです。

結論を変えるに至った、事実認識や論理展開差分を示して訂正するのが当たり前です。恐縮する必要は全くないけど、開き直ったり噛み付いたりするのは端的に言って無知・無教養さの現れです。

そもそも論理的ではない

紙の本が滅びることはないのは以下の理由によるそうです。

だって電子書籍を読む人は読むけど、読まない人は絶対に読まない。わたしみたいに。うちの家族はみんな本は紙のものです。そうういう人たちにとって、本とは紙しかあり得ない。そういう人間がいる限り、本が滅びることはない。完全電子化社会にならない限り、そういう人もいなくならない。だから滅びることはない。そう思います

この短い段落のあちこちで論理破綻しています

一番インパクトがあるのはこれですか。

完全電子化社会にならない限り、そういう人もいなくならない。だから滅びることはない。

「完全電子化社会」というのは本が全て電子化した(つまり紙の本が滅びた)社会のことを指しているようです。

結局「紙の本が滅びない限り紙の本は滅びない。だから紙の本が滅びることはない」と言っているわけです。うんうん、結論はわかったか根拠を示してね。

また、この部分を取り除いたところで「私は紙派だから電子書籍はなくならない」と言っているにすぎません。

大学教育学歴については一家言あるらしい

学歴努力した事実を示すものらしい

履歴書不要の「目隠し選考」。学歴だってちゃんと見るべきじゃない? - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース によると、

学歴なんて、社会でなんの役にも立ちません。実際そこそこの偏差値があって仕事できない人なんてごまんといるわけだし。わたしだけどね!
でも、その学歴を手に入れるために努力したっていう事実は変わりません。企業はそこを見てあげてもいいんじゃないかと。
学歴がいい=頭がいい→だから採用」じゃなくてね。「この子はこの大学に入るためにがんばった人だ」っていう評価
これはふつうにアリじゃないでしょうか。

うん、言えてる。でも大学生の本分は、学問を修めるための素養を身に着けて実際に学問を修める(せめて囓ってみる)ことであって、仕事ができるようになることじゃないよ!

それから立教大に入るのに努力というほどの努力必要って、「努力している」と自認するレベルが低いか、そもそもお勉強が苦手なだけじゃないですか?

さらにいうと、企業にとっては「努力しても結果が出ない人」とか「努力すれば結果が出る人」よりも「努力しなくても結果が出せる人」が大事なのでお間違いなく。

あなた自身大学に行った意味あったの???

Fラン大学の葛藤。日本の大学制度は終わってる - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース によると

偏差値50が平均だとして、平均以下の学問レベルの人たちが大学に進学したところで、意味がないと思っています

う、うん。言いたいことは分かるよ!勉強する気もないおバカちゃんが学歴のために大枚はたいて大学行って4年間遊び呆けてるのって国家的損失だよね!

でも、「偏差値50が平均だとして」で頭が痛くなりました。平均値を50とすることは偏差値定義に含まれています。「だとして」とかい余地のあるものではありません。「偏差値」でググってください。

素朴な疑問なんだけど、本当にそこまでの学費必要なんですか? 私大とか、なんのためにあんお金集めてるの?
ぶっちゃけ言えば、Fラン大学の授業の質が、その学費に見合うとは思えません。いや、質がどうこうというよりもレベルが低いと思います

う、うん。これも言いたいことは分かるよ!

でも私に言わせれば、立教大学で身につくもの学費に見合うとは思えません。

学歴社会日本における「立教大卒」という立派な肩書学費に見合っているのかもしれませんが。

仕事に役立つ能力」を期待するなら専門学校にでも行くべきだし、外国語が身に着けたいだけなら仕事しながらイーオンとか通ったほうが効率良くないですか?

(続く http://anond.hatelabo.jp/20160930081219)

2016-09-22

低学歴Webプログラマーは何のプログラミング言語を覚えればいいの?

Node.jsってクソなんでしょ?

socket.ioとか使い物にならないらしいじゃん。

npmでインストールアンインストールできるだけの知識さえあればいいんでしょ。

じゃあNode.js覚える必要ないよね。

つうかNode.js使うならVert.xのほうがいいし。



golangを使えばいいの?

でもさほとんどの企業golang必要

5ページほどの静的サイトを作るのにgolang使ってる人もいるそうだけどPHPじゃダメなの?

コストかけてまでgolang使うメリットてあるの?

経営者から見たらエンジニア自己満足なだけで無駄に金払ってるようなものじゃない?

Webサイト運用している企業ってどんくらいあるのよ?

本当にgolang使わないとダメなの?

は?scala

結局、大企業なんて基本的にAラン大卒ネット界で知名度のある限られた人しか入社できないんだからgolangscalaも覚えるだけ無駄なんだよ。

個人利用以外で使い道がないから。

結局利用できる人が多いPHPWebサイトを作ればいいよね。

CLIツールだったらgolangpythonでいいでしょ。

javaとかcでCLIツール作るやつとか池沼でしょ。

人生限られた時間しかないんだから最善の選択をしていきたいよね。

2016-09-21

修行や下積みの効率性と馬鹿らしさ(あと、大学勉強するために行ってくれ)

決められたレールに載ってられないぜと大学辞めたい学生炎上してたけど、良いじゃん。

ブコメの叩きは、大学行きたかったのに行けなかった高卒のヒガミみたいに見える。

というかまあ、俺のファーストインプレッション嫉妬だったんだけど。

勿体ねぇなぁ、みたいな。実家太そうだし羨ましいなぁ、みたいな。

(実際、カジれるスネはカジってくんないと、高卒中卒の少ないパイ食われたら困るんスよ)

んで、修行とか下積みの話に似てんなと思ったから書いとくんだけど、

下積み馬鹿にしたり、即使えそうな技術以外をバカにするやついるじゃん。

アレね、オレは正しいと思うんだよね。

これまで生きてきて、数学の授業が役に立ったことねぇし。微積とか。

いや判るよ、使えるヤツも居るし、ツブシが効くように詰め込んどくんだってのは。

今は使わねえかも知れねえけど、そのうち英語だってスペイン語だって使うかも知れねえよ?

でもさー、今まさに店が潰れるか明日仕事が繋がるかって話に、あんま使えねぇんだよね。

いくら個人的戦国武将の話で盛り上がったって、金貸してくんねぇじゃん。

で、逆にね、修行とか下積みって、ショートカットするには超便利なんだよね。

例えばの話なんだけど、規制される前に民泊儲かるらしいからやってみてぇなって思うじゃん。

ノウハウ学ぶのに一番早ぇのは、既にやってるやつんとこで働くこと。バイト修行だな。

実際に使ってみるってのも当然アリなんだけど、それだけじゃ見えねぇし。

どこにカネかかってどこは手ぇ抜けるかとか、クレームはどこまでどう対応すんのかとか。

自分でイチから試してみるより、超効率的じゃん。

他人試行錯誤してくれてんだもんよ。

寿司屋修行とかさ、自分が独り立ちするまでにいか効率良くノウハウ盗むか、じゃん。

(そりゃ、暖簾分けみたいなブランド欲しいなら、チョット違うだろうけど)

マジメに働けば良いって意識でダラーっと単に働いてるならムダでバカだし、

仕入先に顔売っとくとか、食材使い切りのコツとか、そういうの覚えるなら効率的だし。

(そもそも最初に始めたやつは弟子入りとかできねぇわけだし。最初に道を作るやつは下積みしようがない)

まあなんつうか、将来使えるかもって知識を溜め込むの、お貴族様の道楽だよな。

必要だとは思うがな。実家が太くねぇと学者になるにはキツイ世の中だろ)

大学辞めたいヤツはすぐ辞めるべきだと思うよ。

大学講義サボりまくって卒業したとか言ってんの、犯罪自慢みたいでダセエんだけどな。

バカがフマジメにやったレポートも、誰かが採点してるわけで、それって周りのマジメなやつに迷惑かけてたわけだろ?

正直、大学の夜間とか通信なんて、失業してからバイトしつつでも行けるわけだし。

大学名で信頼してもらいたいなら、マジメに勉強しとかないと意味ねぇし。

フマジメ卒業名前使うの、カタリと変わんねぇよソレ。

大卒って資格だけとっとけ」みたいなの良くねえよマジで

イオトナが言っていいこっちゃねぇと思うけどな。

カネのあるカシコイ連中が大学に行くんだろ?

そういう場所であるように努力してくれ。

積極的バカが遊ぶ場所であること容認するの見かけるけど、やめてくんねぇかなあ。

なんで俺らが払った税金金持ちボンボンの遊び場を維持しなきゃなんねぇんだよ。

働けって。もしくはちゃんと勉強するためにカネ使ってくれ。

少なくとも、大学で学ぶ意味が見いだせないとか言ってるやつに税金使って遊ばせんのは止めるようにしろよ。

せめて建前だけでも、大学は学ぶために研究するためにあるって言い続けてくれって。マジで

2016-09-19

ネットとは違ってリアルでは見下す人ってほとんどいないよね

恥ずかしながら3年前は彼女いない歴28年かつ職歴無しのフリーターだった俺。

高校進学校だったし大学もそれなりのところに行けた故に大卒時は友人達とかなりの差がついていた。

周りは恋愛経験あるし正社員として就職

一方俺は就職全滅でバイトしながら実家寄生する恥ずかしい存在

それでも学生時代の集まりには顔出してたし現況を包み隠さず話していた。

ネット上で自分スペックを書くとあたりまえのように「人生詰んでるだろ」「その年で非正規とか笑」みたいなコメントしか返ってこない。

でもリアルでは馬鹿にされるどころか助けてもらえることの方が多かった。

例えばバイト先の書店が潰れた後は家庭教師の職を紹介してもらった。

正社員になれたのも友人のコネだ。

たまたま自分の周りにはいい人ばかりだったのだろうか。

類は友を呼ばないのかもしれない。

何にせよ自分もいつかは誰かを助けられる立場になりたい。

2016-09-18

兄弟なのに差がある家庭

たとえ本人が高学歴だったとしても、遺伝的には低い方の兄弟能力ベースに考える

本人は有名大院卒だが弟は高卒

本人は大卒だが妹が中卒

どちらも家庭としては低いほうが妥当

大学院が辛い・1年前の自分を殴りたい

異分野の大学院に移って研究しているが、辛い。

なまじ勉強は得意だったから、頑張れば大丈夫だろうと甘く見ていた。

他のみんなはやりたいことがあって入ってきているのに、俺はやりたいことがみつからないまま入学してしまった。

ずっとテーマも決まらず、自分が何をやりたいのかも分からない。

でもみんな前向きに必死にとりくんでいる。

指導教官研究室の人はい人達ばかりだし、アドバイスもしていただけるが、それに答えられない、立ち向かっているつもりでも、つい逃げてしまう。

自分場違いなのではないかと思う。研究室迷惑をかけているとも思う。

退学したいとも思うが、したからといってあてがあるわけでもない。

大学院入学するみなさん、特に分野を変えて研究をしようとしているみなさん。

ほんとうにやりたいことが決まっていて、そのためなら娯楽も何もいらないって人以外は大学院に進むべきではない。

大卒就職する方が幸せに生きていけると思う。

よくよく考えてみれば、勉強はできるが頭の回転も遅いし、仕事は出来ないタイプ人間だった。

自分で考えずに、選択はググってでたものや、他の人の意見に流されて生きてきた。

それはここでは通用しない。社会でも同じ。

俺は何になりたいんだろう。

よく考えれば、地元に戻って海に行って遊んだり、なんとなく音楽を楽しむのも良いだろう。

自分より不幸な人はいっぱいいると思う。そのひとたちも今必死に頑張っているのだと思う。

本当に尊敬する。俺は弱い人間だ。

それでも結局オレは、学校に行って考えて考えて、わからなくて死にたくなるのを繰り返すだろう。

2016-09-08

http://anond.hatelabo.jp/20160908211857

それは大卒の考えではない。

想像はしても実行は法的に対処すべきである

しかし、日本では法的な対処世間体があって

なかなかしない。できない。役所体質もあるし、最終手段しかない。

かといってコミュニティ崩壊して、さてどうするかとなる。

やはり居住地域が極力かぶらないのがいい。

交わらないように。

虚淵玄NEW GAME!

ねねっち「やめて、あおっち! 過労死なんて、あおっちだって嫌だったはずだよ! お願い、家に帰って!」

りん「仕方がないことよ。すべて彼女が選んだことだから。でも、あなたなら彼女運命を変えられる。弊社と契約してPGになってよ!」

眠りから目覚めるねねっち。

ねねっち「ん? なんだ、夢か……」

今日意気揚々イーグルジャンプデバック仕事をしに出社するねねっち。

阿波根「桜さん、実は……」

失踪した従業員(はじめ)の代わりに、モーション班に入ってほしいと頼まれるねねっち。

ねねっち「でもあたし、ただのゲームユーザーで、プログラミングなんかしたことないし……」

阿波根「大丈夫。手が動かせればいいわ」

まるで座っているだけでいいエヴァパイロットみたいな扱いを受け当惑するねねっち。

本当は断りたいが、ボサボサ頭の青葉が視界の片隅に入り、言葉を飲んでしまう。

ねねっち「あおっち、そんな働き方ないよ…… 氏なないなんて嘘だよ。見ているだけで氏にそうだもん……」

青葉「ねねっちに何が分かるっていうの? ゲームを作る、私はただそれだけの存在なの」

瞳のハイライトが消えた青葉が答える。

ひふみん「青葉ちゃんの……ためなら……」

本来なら青葉がやるべきキャラデザ仕事をするひふみん。うっかり青葉×ひふみんルートに入ってしまい引っ込みがつかなくなったのだろう。二十分おきに青葉のクマさん寝袋を抱きしめながら号泣している。

ゆん「こんなの絶対おかしいやん」

ダイエット労災)に成功したゆんが誰に言うわけでもなく独りごちる。

コウ「よく目に焼き付けておくことね。これがあなたの憧れていた仕事よ」

コウの言葉にねねっちは頭を振る。

ねねっち「あおっちゴメンね。私、大卒になる」

2016-09-07

もう大学は「入る」時代ではなくて「選ぶ」時代に変わっていると思う

ある労働組合団体ツイッターを通じて、ある大学学部における募集来年で停止することを発表していた

その大学自分現在在籍している所にある学部であった

正直言って、大学全入時代に入ったことで大学価値というのは、以前のものよりも落ちていることは確かだと思う

Fランと呼ばれる大学群が未だに残っている現状や入試制度多様性により学生の出入りがより安易になってしまった

結果としては、金を払って卒業証書を貰えれば「大卒」を簡単に手に入れられるサイクルが生まれしまった


自分大学生ではあるが、大学というのは本来勉強すべき人間が集まって行う場所ではあった

それが約10年前から大学増設規制緩和、それに伴う進学率の上昇の影響でエリート排出する場が問われるようになったと感じる

最近テレビでよく目にするようになった「東大生」や「京大生」、またはその学力と並ぶ大学

メディアはどういった意図で紹介したいのか分からないが、その学生達を細かく見せる訳ではなくインタビュー形式で聞いておいて黙るのもどうかと思ってる

もう大学生というのは昔のような「エリート秀才がなる者」ではなく、「社会的一般的ステータス」に変化したと言ってもいい

http://news.yahoo.co.jp/feature/325

ヤフーニュースでこんな記事を見つけた

早慶大学放任というより学生に寄り添う存在になっていたとしたらこれはもう過保護というよりかは売り手の視点になっていると思う

日本大学ランキングが他のアジア大学に負けてしまった等もあったりしたが、その背景には学生自体の質ではなくそ大学方針ややり方に問題があるのではとも思っている

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