はてなキーワード: 法学部とは
来年から施行されるマイナンバー法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)を口語訳してみました。とりあえず1章から4章まで。
http://law.e-gov.go.jp/announce/H25HO027.html
この法律は、行政事務を行う人が個人番号(または法人番号)を使って、特定の個人(または法人などの団体)を識別できる情報システムを活用して、効率的に仕事ができるようにするために必要なことを定めるよ。
また、他の行政事務を行う人との間で、すばやく情報のやりとりを行えるために必要なことを定めるよ。
これによって、行政運営が効率化されるよ。また、社会保障分野の公正な給付と税金の徴収がきちんと行われるようになるよ。役所への届出や申請をはじめとした手続が簡単になったり、身分証明が簡素化されたり、国民のみんなの利便性を向上するために、必要なことを定めるよ。
このほか、個人番号や個人情報の取扱いが安全にきちんと行われるよう、以下の法律に関する特例を定めるよ。
1.個人番号と法人番号を使うときは、次のことを意識しないといけないよ。
2.個人番号と法人番号を使って何かするときは、社会保障制度、税制、災害対策に関する分野が便利になるように考えてね。あと、一応それ以外の分野でも便利になるように考慮してね。
3.本人確認が簡単になるから、個人番号カードをどんどん使ってね。でも個人情報の漏洩にならないよう注意してね。
4.情報提供ネットワークシステムは、個人情報をやりとりするのに便利なものだからどんどん使ってね。将来的に個人情報以外の情報もやりとりするから、その辺も気にしてね。
1.国は、基本理念にのっとり、個人番号がちゃんと取り扱われるような取り組みをするよ。
2.国民のみんなに理解してもらえるよう教育活動とか広報活動をするよ。
また、国と連携して、地域ごとの特色に応じて個人番号を利用するよ。
個人番号と法人番号を利用する事業者は、国や地方公共団体の取り組みに協力してね。
1.市長は、住民票に住民票コードを載っけたときには、すぐに個人番号をその人に連絡しないといけないよ。そのときは、通知カードで連絡するよ。
2.市長は、住民の個人番号が漏えいしちゃって、他の誰かに悪用されそうだったら、個人番号を変えてあげて、その人に教えてあげないといけないよ。そのときは、また通知カードで連絡するよ。
3.市長は、住民が個人番号カードを受け取れるように住民への連絡をちゃんとしてね。
4.通知カードを受け取った人は、転入手続きをするときに、通知カードを役所に持ってこないとダメね。転入によって実際の住所と通知カードの住所が違ってきてしまうので、訂正しないといけないから。
5.上記以外の理由で通知カードの記載内容と実際の情報が違ってしまう場合は、14日以内に役所に届け出てね。(たとえば、結婚とかで名前が変わるときとか)
7.通知カードが自宅に届いたら、希望者には個人番号カードを渡すから、一回役所に通知カードを返してね。
1.市町村は、ある国民に個人番号を割り当てたいときは、地方公共団体情報システム機構(以下、機構で統一)にあらかじめ連絡してね。そのときは、機構で住民票コードを元に個人番号を作るよ。
2.機構は、市町村から個人番号の生成を求められたときは、コンピュータシステムで個人番号を作って、市町村に教えるよ。
生成される個人番号の条件を以下に挙げるよ。
3.機構には、個人番号の生成と市町村へ通知するためのコンピュータシステムを設置するよ。
1.個人番号の利用して良い範囲は、別のところ(別表第一)で定めるからそっち見てね。
2.地方公共団体は、福祉、保健、医療、地方税、防災関係の事務で個人番号を利用していいよ。ここに挙げていないその他の事務でも、条例で定めれば個人番号を使っていいよ。委託された事業者も同じね。
3.個人番号が載った書類を扱う事務の人は、必要に応じて個人番号を使っていいよ。委託された事業者も同じね。
以下の法律でもそう定めるよ。
4.所得税法で決められている一部の人は、大きな災害などで地方公共団体の財政がやばいときは、国が手助けするから、そのときに個人番号を利用していいよ。(激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律)
5.個人番号を含む個人情報は、その提供を受けた目的を達成するために使ってね。だけど、第十九条第十一号から第十四号までのいずれかに該当してないとダメだよ。
1.個人番号利用事務または個人番号関係事務の委託を受けた業者は、発注元がOKを出したときに限って、再委託してもいいよ。
2.個人番号利用事務または個人番号関係事務の委託を受けた業者は、以下の規定が自動的に適用されるよ。
個人番号利用事務等の委託するときは、個人情報が安全に管理されるよう、委託先をちゃんと監督しなくちゃいけないよ。
個人番号を扱う事務をする人は、個人番号が漏えいしたり、個人番号が失われたりしように、ちゃんと管理しなくちゃいけないよ。
個人番号を扱う事務をする人は、窓口に来た人や役所などで個人番号にかかわる事務をする人が、同じような書類を何度も提出しなくても良いように、お互いに連携をとって、情報を共有しないといけないよ。
1.個人番号を扱う事務をする人は、事務処理をする上で必要があるときは、本人または他の個人番号を取り扱う事務をする人に、個人番号の教えてもらうができるよ。
2.個人番号を扱う事務をする人は、事務処理をする上で必要があるときは、機構で保存されている本人確認情報を教えてもらうことができるよ。
どんな人でも、他の人(家族とか一緒に住んでいる人を除くよ)に対して、個人番号を教えてもらうことは禁止だよ。
個人番号を扱う事務をする人は、本人から個人番号を教えてもらうときは、その人から個人番号カードまたは通知カードと一緒に、身分証明書を提示してもらうようにしてね。代理人の場合もその人が本当に代理人かどうか確認するようにしないといけないよ。
1.市長は住民が個人番号カードを欲しいと申請してきたときに、個人番号カードを交付してね。そのとき、通知カードは返してもらってね。
2.個人番号カードを持っている人は、最初の転入届を役所に持って行くときに、個人番号カードを役所に提出しないといけないよ。
3.住民から個人番号カードの提出を受けた役所は、個人番号カードの記載内容に誤りがないか確認して、誤りがあれば訂正するなりして、その後に住民に個人番号カードを返してね。
4.個人番号カードを持っている人は、カードの内容に変更があったときは、14日以内に、役所に届け出ないといけないよ。そのときは、個人番号カードも一緒に提出してね。
個人番号カードは、以下に挙げる機関が本人確認に利用できるよ。また、カード内部にはカード表面に書かれた内容が記録された部分と違う部分に、事務処理で使うためのデータを保存することができるよ。
個人番号カードを扱う事務をする人は、カードの内容が漏えいしたり、失われたりしように、ちゃんと管理しなくちゃいけないよ。
特定個人情報っていうのは、個人番号を含んだ個人情報のことね。
どんな人も特定個人情報を提供しちゃいけないよ。ただし、以下の場合は除くよ。
どんな人も、他人の特定個人情報(他人の個人番号を含むものに限る。)を収集したり、保管しちゃいけないよ。ただし、第十九条に該当する場合は除くよ。
「情報提供ネットワークシステム」とは、行政機関同士がオンラインで相互に接続されたコンピュータシステムのことね。暗号化とその他の仕組みによって、通信内容は簡単には復元できないようになっているよ。「情報提供ネットワークシステム」は、総務省が設置して、管理するよ。
1.総務省は、特定個人情報保護委員会と話し合って、情報提供ネットワークシステムを設置するよ。
2.総務省は、情報照会者から特定個人情報を要求されたときには、情報提供ネットワークシステムを使って、情報提供者に対してそれがあったことを教えるよ。ただし、次の場合は除くよ。
1.情報照会者も情報提供者も、特定個人情報のやりとりがあったときは、以下をログとして記録しないといけないよ。
2.情報照会者と情報提供者は、以下のいずれかに該当する場合には、情報提供ネットワークシステムに接続されたコンピュータシステムに記録し、一定期間保存しておかないといけないよ。
3.総務省は、特定個人情報を求められたり、提供したときは、情報提供ネットワークシステムに記録し、一定期間保存しておかないといけないよ。
総務省と情報照会者や情報提供者は、情報提供等事務に関する秘密が漏えいしないようにコンピュータシステムの安全性と信頼性を確保してね。
情報提供等事務や情報提供ネットワークシステムの運営に関する仕事をする人は、そこで知った秘密を漏らしたり、盗んだりしたらいけないよ。(仕事を辞めた人も同じね)
母親から父が癌になったとメールがきたとき、なんの根拠もなく、おそらく病状は深刻ではなく、切除すれば完治するだろうと思っていた。
今日、母親から、転移がひどく、完治の見込みはないとのメールがきた。
心配をかけてごめんと泣いている。
みんなで頑張ろうと、気休めにもならないことを言って、電話を切った。
父親の思い出はあまりない。
仕事が忙しく、出張の多い人で、あまり遊んでもらった記憶が無い。
家にほとんどいなかった。
家にいても本を読むか、寝ているか、テレビを見ているかで、あまり会話もしなかった。
万引きで補導されたときはひどく怒られたけど、それ以外怒られた記憶もない。
父からいわれたことで印象に残っているのも「文学部は就職で不利だから法学部にいけ」ってことくらいしかない。
(結局文学部に入って父親の言うことは正しかったことを数年後に知るのだが)
書きながら思い出したけど、巨人-大洋戦を見に行ったな。子供の頃。
家族旅行は年に1回くらいはいってたけど、やっぱ旅行での父親の記憶はあまりない。よく母親と喧嘩していた。
そう、高校生くらいまでの父の記憶って、しょっちゅう母親と喧嘩してたことくらいしかない。
普通の家がどんなもんかよくわからないけど、父親とのつながりは希薄なんじゃないかなと思う。
父親の年齢も知らないくらいだし。
その父がもうすぐ死ぬ。
想像以上にこたえている。
食欲わかないし、眠れない。
父はもっと辛いはずだが、母親によると明るく振舞っているらしい。
とりあえず週末にお見舞いに行こう。
こういう時どんな顔すればいいのかわからない。
笑えばいいのかな。
ちょっとトレンドに乗った感じの記事、というかこの記事、http://anond.hatelabo.jp/20140321060847に便乗した釣りなんだが、
数年前まで就活やってて思ったこととか、成長ベンチャーに対する感想とかを書かせていただく。
学歴的には早慶。やりたい仕事がいまいち見つからなかったため、
大企業ばかりうけず、あまり成長ベンチャー的な会社も幅広く受けてきたつもりだ。
で、結局非常に保守的な業界に入って、今はのらりくらりとやっている。
成長ベンチャーのCTOとかとはほとんど交わらない世界にいる。
人事はうちの部の隣で、若いということでたまにアドバイスを求められる程度。
それを前提に聞いてくれ。
成長ベンチャーの印象は、とにかく上から目線だ。もちろん全部ではなかったが、まず採用担当は若い奴が多い。
入社3年~5年くらいで新卒採用を担当するくらいだから、社内での評判はいいのだろう。
また今考えたら事務的なミスなど不手際が多かったのももう一つの印象だ。
社内には新卒採用のノウハウがゼロだから、自分で作り上げていくしかないのだろう。
それでいて、成長ベンチャーには社員教育にかけられるコストがないから、
社会人として基本的なマナーや書類の精査スキルが身につかないままやらされているからだろう。
ただし、担当者も「頑張ってる自分かっこいい」という自己心酔が出来ているのでwinwinか。
他にも受けた企業で上から目線だと思ったのは、青色メガバンクや二文字の広告代理店などあるが、
そういった態度で接してくる社員の多くは、40代まで本体に残った幹部社員で、実績に裏打ちされた
若い社員とも接したが、成長ベンチャーのような「君の合否は俺が握ってるよ」的な中二的なものではなかった。
少なからず居たのが「俺の実績、志望動機」を説明会でたらたらと語り始めるお方。
「大手を蹴ってベンチャーにきた」とか「独立すると宣言して面接に望んだ」とか。
その時は、ふむふむと思っていたのですが、今考えればまともな会社の人は
聞かれても居ないのに、プチ自慢大会をはじめる人はいなかった。
ベンチャーは会社の看板が弱いから、そういう個人としてのアピールをしていく必要があるのかなと
思ったけど、今考えたらその自慢があまりにも低レベルで、やっぱベンチャーってこういう人の集まりなのね、
って思い返しているw
そういえば、うちに研修の営業に来たベンチャーがいて、そのプレゼンに立ち会ったのだが、
とか「成長させることには自信がある」とか面接でであった成長ベンチャーくんとまんま同じで吹いたw
もちろん丁重にお断りしたが、こういうところで中途半端な自信ついたら不幸だなと思った。
会社の評判も「うさんくさい会社」、個人の評判も「おかしな人」になっちゃう。
ここは同意。
なぜなら、ベンチャーは大手にいけなかった落ちこぼれがいくところをいう認識だから。
俺は早慶法学部だから、書類は簡単に通過したが、軸が定まっていなかったから、面接で苦戦して
なかなか内定が出ず、就活には苦労した身だ。まあ、それでも恵まれていた方だとは思うが。
なぜなら、残業代もまともに出ず、まともなトレーニングを受けないままキャッチセールスのような
そんな会社に入るのなら、もう一年やった方がいいとさえ思った。
そして、周りを見渡してもベンチャーに行った奴にまともな学生はおらず、
カンニングで留年になった先輩、誰とも話さないキモオタ童貞、自慢が大好きなビジコンくん
結論として、そんなことはないと思いますw
自分自身で培った力より、たいていの場合は応募条件に記載された年齢が優先されます。
・部下を持たない社員なら未経験なら35歳まで、できれば20代。
20年後会社がつぶれたとして、40代だと課長~部長クラスの転職ポストがメインとなります。
となれば、評価されるのは自分自身で培った力というか上司として部下をまとめる経験です。
面接でのしゃべくりで逆転できるのはせいぜい20代、1回目の転職までです。
「何をしてきたか」は同じ業界では聞くまでもなく知れ渡っていてごまかせません。
「成長ベンチャーでトップセールスマンでした、でも会社はつぶれました」より
「大企業で課長をやっていました。●●の案件はうちのチームでやりました、でも会社はつぶれました」
聞いたこともないベンチャーでバリバリやってたという方より、誰でも知っている会社の課長のほうが信用されるのです。
部下を持たない社員として応募するなら、若い20代や30代前半の方々と競合することになります
その場合、どれだけ力を持っていても、若い応募者を企業は選びます。
給料が安くて、化ける可能性が少しでも高いほうが魅力的な投資対象なのです。
元記事の方が、どのような人材会社の方なのでご存知だと思うのですが。。。
また、ベンチャーの方が大企業に転職できたって言うのも、20代を除いてあまり聞きません。
ていうか、それやるなら最初から大企業入ればいいじゃんって話でしょw
ベンチャーからベンチャーに移りやすいという点では、確かに元記事の方がおっしゃるとおり。
けどそんなことして意味あるの?w あえて茨の道をいく自分がかっこいいとか? 年取ったら後悔しますよw
とにかく強い社会人になれば全て解決するという昭和的な発想をひけらかすのは罪。
大企業に居たらルールや規制を知りすぎてしまいとても起業なんて出来なくなる。
もちろん、不安定が怖くなる。
起業の初期では必要ないかもしれないが、大きくしていこうと思ったら必ずぶち当たる。
IPOを目指しながら、大企業はくそだ何にも身につかない、というのは矛盾してると思う。
小さな個人商店でいたいんだ!って方は、資格業を目指したほうがいいと思う。
就活生は内定が欲しいからあなたと会っているし、社員に会いたいと思ってもいない媚を売り続けているのです。
あなたと道端ですれ違っていたら、ただのオッサンです。就活生は一つでも内定をとって安心したいだけで、
別に何かを学びたいからあっているわけではありません。副次的に何か学ぶことがあるかもしれませんが、
それは人と会うという行為に遍く存在するものです。別に路上でホームレスと話していても学ぶことはあるはずです。
たぶん一つくらい。。。
第一義に考えるということは、冒頭で紹介した痛い採用担当くんと同じ思考回路なのではないでしょうか。
バイトして、授業にたまにいって、ふらふら遊んでただけなんだから。
それが彼らの全世界であり、パワハラや有無を言わさぬ業務命令を受け続けた社会人からしたら
赤ちゃんと同じなのです。そもそも学びを期待すること自体が、間違いなのです。
ただ個人的には若い人と話すのは、まっさらな発想・疑問や自分の過去を振り返る機会が得られるので、
とても勉強になると思っている。何よりオッサンばっかりの会社にはない活気をもらえる。
これは元記事とは関係ないが、今にして思うのが
どんだけ頭が良くて、努力家で勉強家であっても最初は必ず苦戦するし、
仕事を処理しているのを見て、かっこいいと思ってしまうのが新入社員です。
(まあ半年もすれば実際にやっている仕事のしょーもなさを知ってその評価は撤回されるのだが)
そういう意味でいきなり起業して生き馬の目を抜くごとく売上あげちゃう人は天才だと思うし、
ベンチャーにいきなり入ってうまく行っている方も天才だと思います。
ただ、ビジネスというものは武士がチョンマゲをこしらえ、騎士が紋章を崇めるごとく、
武士道や騎士道が重んじられる世界です。そういった積み重ねが信用となり、円滑な経済活動を許しているのです。
名刺交換が出来なかったり、メールの「お世話になっています」が書けない時点で、
就活生時代は全く気にも留めなかったのですが、今思えばそういう部分の軽視が
就活を苦戦させた一因なのかもしれません。。。菣
毎月60~100時間以上も残業してるのに「みなし残業」扱いのせいか、給与はいくら働いても額面では15~18万の間で、酷い所はそこから
某かの会費を徴収されて手元に残るのは10万を切る事態になってる。
これは正社員のケース。
バイトは更に酷い。
時給制パートの扱いだと、社保無しにも拘らず満額で8~10万前後と異様に低い。
特養も老健も施設は凄く豪華なのに、働いてる介護士さん達は難しい試験をパスしてやってきた専業介護士という奴で、それなりに貰えるはずの給与が殆ど貰えず
このような状況で人手不足だなんだと嘆かれても若者は食指が動くはずがない。
もっと〇〇手当などを充実し契約書も交わして一般的な労働者と同等額かそれ以上を支払う事が出来れば、この3Kと呼ばれる「きたない・くさい・きつい」にも耐えられるんじゃないか。または、更に敷居をもっと低くしなければならんと思う。
大卒で相談員とか上級職になろうとすると社会福祉士のように社会福祉系の大学を出ていないと取れない免許が条件となると、
仮に法学部を専攻して卒業しても新たに介護関係の大学ないし専門学校に通わないと行けない二度手間に果たして給与が全く魅力的でない
比較的簡単に取れると言われてる二級ヘルパーを取って3Kを味わうのも良し、か。
今の介護業界が不人気なのはそのきつさに見合う給与が全く支払われていないためなのだ。
若者は悪くない!
ま、それはいいとして、
まあ機会が与えられた上で「やらない」選択を取り続けるなら、それは自己責任でしょうという主張をするだろうなぁ。
終わったな。もう議論の余地なし。それなら日本でも大半の人間は自己責任、読み書きも出来ないまま死んでくれ、ってことな。あー怖い怖い
で?
ちなみに、おれは近所に私立の中学なんてものは存在しなかったから普通に地域の公立中学だったけど
荒れた、ってのがどれくらいだか知らないけど普通に毎日ガラス割れたり上の人に呼び出されてたり暴力で退学になったりするやつがいくらでも居る学校だったけど。
てか、その辺の中学なんてどこもおんなじようなものだったけど。
一応、その主張は読み取った上で、課程主義とか年齢主義にも言及していたつもり。
いいけど、もうだから、あんたは
「学校」ってものが単なる「お勉強」の場でしか無いわけでしょ?
学校なくせばいんじゃん?
友だちも何も居なかったからあなたには辛い場所だったんでしょう?そりゃあね。
そういう人達がおとなになって、さらに機械のおかげで人と接しなくてもよくなれるようになり、
頭でっかちにもかんたんになれるようになり、
こういうくだらない妄想を吐いてるわけね。
よくわかったわ。
全国でも稀な、瓦礫受け入れを断固拒否した市長として、ある意味有名な我が札幌市市長(大恥)ですが、
周りについていらっしゃる方々も(ある意味)凄い方ばかりです。。。
らと、定期的に札幌「市民」を元気にする為のセミナーやらゼミナールとかを開いておられたりします・・・・・。
ちょっと、公式のInformationをさらっただけでもこのあり様。
http://www.uedafumio.jp/info.html
こんな方ですが、2007年から勝ち続けていて現在3期目、2015年春には4戦目を本人が闘うか、別の候補を立ててくるかするのだと思いますが、
既に、↓のような水面下での闘いがあったり・・・
(要するに、唯一、奴に勝ち目がある自民候補の本間奈々氏を、地元の経済関係者ら伝いに別の候補者を推させて、上田の息のかかった奴と入換え、早々に潰そうとする流れ・・・)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/515747.html
ほんと、目の前で左巻きな方々の盤石たる横綱相撲を延々と観続けさせられてる身にもなってやって下さい。。。今回の都知事選ですら日本の地方選挙に置いて、どんだけまだマシな部類だったかというね・・・。(そもそも、左巻きの候補者しか出られない地域すら多々・・・)
ちなみに、ちょっと漁っただけでも上田さんのアレな話は枚挙に暇が・・・
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/51329026.html
http://blog.goo.ne.jp/mazuka2002/e/6cb6ed128c2a49291b48eeba0b7a8c28
中村あきの星海社FICTIONS新人賞を受賞したデビュー作『ロジック・ロック・フェスティバル』が、古野まほろのメフィスト賞を受賞したデビュー作『天帝のはしたなき果実』と類似していると指摘され一部で話題になっている。『ロジック・ロック・フェスティバル』に続いて『天帝のはしたなき果実』を読了したので、前回(http://anond.hatelabo.jp/20131221141558)に続いて比較検証していきたいと思う。ちなみに私が読んだのは講談社ノベルス版(通称「旧訳」)である。古野まほろとしては全面改稿した幻冬舎文庫版(通称「新訳」)を決定稿としたいようだが、諸事情から旧訳を参考とした。以下の比較検証において新訳では違ってくる部分があることをあらかじめ了承いただきたい。
12月7日にTwitterに於いて古野まほろが「関係性の説明」をした。それは大きく分けて【学校の設定】【死体発見時の言動等】【推理合戦】の3点である。今回はその中から【死体発見時の言動等】について検証していきたい。古野まほろが挙げた「同一性」は以下の通りである。
・警察への通報を拒否する理由は、高校生として「重要なイベント」のためである
・結果、その場にいる生徒による、多数決が行われる
・最後の一票により、イベントを優先して通報しないことが決まる
1つ1つの要素の問題ではありません(要素で見ても厳しいかな、とは思いますが・・・)。私が問題にしているのは、これらすべての要素の「組合せ」です。このような「組合せ」が、まったく別個の作家により、偶然に案出される可能性は、ゼロです。死体発見時の言動等もまた「同一性」の問題です。
古野まほろ(作者)は「死体発見時の言動等」と銘打っているが、前半は被害者の特徴についてである。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、メインとなる密室殺人事件の被害者となるのは「灘瀬朝臣(なだせあそん)」である。灘瀬について記述してある部分を引用したい。
ねちねちとした口調、ねめつけるような視線、四十代半ばにして既に注意信号の頭髪、加えて誰が言い出したかセクハラ疑惑まで併せ持った社会科担当の教諭、灘瀬――なんとか。失礼、フルネームは存じ上げない。専門も世界史だったか倫理だったか。
灘瀬朝臣は社会科担当教諭であり、専門が世界史なのか倫理なのかは本文中で特定されていない。高校で世界史を教えるのに必要なのは「高等学校教諭一種免許状(地理歴史)」であり、倫理を教えるのに必要なのは「高等学校教諭一種免許状(公民)」だ。それぞれ別ではあるが、実際は両方を取得しどちらも教えるというケースが多い。
『天帝のはしたなき果実』において殺人事件は何度か起こるが、メインとなる首無し殺人事件の被害者となったのは「瀬尾兵太(せおひょうた)」である。瀬尾兵太は世界史担当教諭である。本文中に世界史以外の社会科科目を教えているとの記述はない。
黄昏の音楽室に入ってきたのは、我が県立勁草館高等学校で世界史の教師を勤めるとともに、同校吹奏楽部の顧問に任じる瀬尾兵太だ。
「要素」で判断する限りは「社会科担当教諭(専門は世界史か倫理か不明)」と「世界史担当教諭」を「同一性」と表現するのは厳密な意味においては正確ではない。だが、少なくとも数学と英語のように全く関係がない教科ではなく、非常に類似している「要素」であるといえる。
『ロジック・ロック・フェスティバル』において、被害者(灘瀬朝臣)の特徴が「理不尽な質問と悪態」であることは、さきほど引用した文のすぐ後に書かれている。特筆すべきなのは、実際に灘瀬朝臣が生徒に理不尽な質問をしたり、答えられない生徒に悪態をつくような場面が一切登場しないことだ。設定として生徒に恨まれる理由があることを示す以上のものはない。
根も葉もない噂には同情を禁じ得ないけれど、彼を生理的に受け付けない生徒は多そうだ。授業も理不尽な質問を当てるし、答えられない生徒には悪態もつく。
『天帝のはしたなき果実』において、被害者(瀬尾兵太)の特徴が「理不尽な質問と悪態」と断言していいものかは迷う。『ロジック・ロック・フェスティバル』の灘瀬朝臣がただの記号として描かれているのに対し、瀬尾兵太ははるかに血の通ったキャラクターで、特徴として挙げるべき点が複数あるからだ。主人公たちの所属する吹奏楽部のOBであるとか、東京帝大法学部出身であるとか、胸に大きな緑色の宝石を付けているとか、語学の達人であるとか……。
そこで、まずは「理不尽な質問と悪態」に該当しそうな部分を探してみることにする。第一章から瀬尾兵太が生徒に質問するシーンを抜粋したのが以下だ。
「p、って何だ」
「阿呆(ドゥラーク)かお前! 確かにfは『強く』でもいいが、pは『静かに』。(後略)
「あと峰葉、お前は腕立て二セット追加だ――理由は?」
「唇に歌口(マッピ)の跡が付きすぎて興を削ぐな。何でそうなるんだ?」
「それは何でだ?」
(前略)音がボケてる。どうしてだ?」
「舌遣い(タンギング)が柔かすぎたからでしょうか(はふう、想定の範囲内)」
瀬尾兵太が吹奏楽部の録音を聴いて指導する場面である。「理不尽」かどうかは判断が分かれるところだが、「質問」をすることによって生徒にどこがよくなかったのか自ら考えさせるのが瀬尾兵太のやり方のようだ。そして適切な答えを返せなかった生徒には、「阿呆かお前!」と悪態をついている。「悪態」については具体的にその言葉が出てくる箇所がある。
「まずは誰も口論の当事者だって名乗りでてこないからです。瀬尾先生の悪態というか音楽に関しての辛辣かつストレートな要求は今に始まったことじゃありません。誰だって何度もボコボコにされてます」
この発言をした登場人物は瀬尾の言動は「悪態」そのものではなく、「悪態」と表現してもいいような「音楽に関しての辛辣かつストレートな要求」と認識しているようだ。
これまでに記述したとおりメインとなる殺人事件を比較した場合、『ロジック・ロック・フェスティバル』も『天帝のはしたなき果実』も「被害者は、成年男性1人」で間違いない。しかし『ロジック・ロック・フェスティバル』は日常の謎を解く場面がいくつかあったのち、メインとなる密室殺人事件が描かれるのに対し、『天帝のはしたなき果実』は連続殺人事件を扱っている。その被害者は男子生徒、女子生徒、教師(これが「成年男性1人」に当たる)である。つまり、メインとなる事件だけを比較対象にした場合「同一性」に該当するが、比較対象を物語全体に敷衍した場合「同一性」には該当しないことになる。
「クローズドな施設」という表現が、含みを持たせている。ミステリーにおいては「密室」と「クローズド・サークル」というふたつの閉鎖状況がある。『ロジック・ロック・フェスティバル』において描かれるのは密室殺人事件だ。文化祭開催期間中に、密室となった社会科研究室で死体が発見される。
「……密室」
僕らが入ってきたドアは確かに鍵が掛かっていた。もう一方のドアは元よりガムテープでがちがちに封鎖されて閉め切りになっており、出入り口としての役目を完全に放棄させられている。四つある窓全てにしっかり施錠されているのが確認できるし、廊下側の壁の上部・下部にそれぞれ設けられた換気用の小窓もご丁寧に施錠がなされていた。
高校の敷地や建物は文化祭期間中で一般にも広く開放されているので「クローズド・サークル」ではない。しかし、社会科研究室を含む四階は、唯一の階段がふたりのバスケットボール部員によって監視されている。
「はい、そうみたいでした。なのであたし、立ち聞きする気はなかったんですが、会話の内容が耳に入ってしまったんです。彼女たちはこう言ってましたよね、『私たちがいる間にここを通ったのは、会長と副会長、あと実行補佐の四人で全部です』って」
『天帝のはしたなき果実』において、メインとなる首無し殺人事件が起こるのは、アンサンブルコンテスト県大会が行われている姫山市文化会館の第7楽屋である。この第7楽屋には死体発見時に鍵が掛けられていたが、オートロック式で関係者が鍵を持っていたこともあり「密室」とは呼べない。
ここの楽屋はオートロック式で、カードキィを持っていなければ開かない代わりに、内側からは鍵もチェーンも掛けられない珍しい扉になっています(朝のミーティングのとき瀬尾がいいましたね)。
姫山市文化会館は一般に広く開放されている公共施設であるので「クローズド・サークル」ではない。しかし、楽屋を含むエリアは関係者以外立ち入り禁止となっている。
「非公開区域にはリボンないと入れへんし、第7楽屋のドアは専用のカードキィないと入れへんで、念のため。借りたら記録残るし」
鷹松学園も姫山市文化会館も一般に広く開放されている。しかし「クローズドな施設」という含みを持った表現をすれば、どちらの作品も外部との出入りが制限される場所で死体が発見されており、当てはまることになる。
ここから死体発見時の状況になる。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、被害者(灘瀬朝臣)の死体を発見するのは、主人公(中村あき)、山手線太郎、鋸りりこ、万亀千鶴、生徒会長(衿井雪)、副会長(成宮鳴海)の6人である。
四階に辿り着くと、そこにはなんと会長までもが参席していた。
「鍵、持ってきてくれたか! 早く、嫌な予感がする」
既に事態も把握しているようだ。
走り寄って僕がポケットから鍵を取り出すと、会長が引っつかむようにしてさっさと鍵穴へ差し込んだ。
かちり、と確かに鍵の外れる音。
社会科研究室の扉が開くと、中から冷気が溢れ出した。エアコンがかけっ放しらしい。何か異様な雰囲気と共に、確かな臭気がその中に感じ取れた。
「うっ……なに、この臭い」
千鶴が鼻を押さえる。
呼び掛けながら室内に足を踏み入れる会長。僕がその後に続いた。
研究室の入り口付近は左手にすぐ壁、そして右手に本棚といった配置である。そのため本棚が途切れたところで、ようやく部屋の全容が見渡せた。
目に飛び込んでくるのは痛いほど鮮かで、残酷な色彩。
一面の赤色。
血の海。
赤の海。
そこに沈む、ぐにゃりとした男の体。
深紅に溺れる、こと切れた灘瀬がそこにいた。
『天帝のはしたなき果実』において、被害者(瀬尾兵太)の死体を発見するのは、主人公(古野まほろ)、峰葉詩織の2人である。
うひゃあ! 前を歩いていた瓶緑色(ボトルグリーン)のブレザー着た集団も飛び上がった。彼女はず、ずいと第7楽屋の前に立つ。「キィは?」
「こちらです」
ピ、と脳天気な電子音とともに若草色(リーフグリーン)のランプが灯る。彼女は目を伏せがちにいった。
「こんどは檸檬、買ってくるのよ。古野君の勝――」
次いで教科書どおりの、深々とした、背筋の伸びた息継ぎ(ブレス)。
「僕の、か?」
彼女の凍てついた顔を、僕は忘れない。陸奥(みちのく)の安達ケ原の姫山に、鬼籠もれりというは真実(まこと)か――
そこには、嵌め殺しの机にもたれ、ドアに背を向ける形で、瀬尾だった物体があった。
肩からうえには、首がなく。
それは、避けられない宿業のようだった。
上記に引用したとおり、『ロジック・ロック・フェスティバル』も『天帝のはしたなき果実』も「発見者が生徒である」ことは間違いない。付け加えるならどちらの作品も「死体の発見者が主人公を含む集団である」と言っていいだろう。また主人公自身が鍵を開けるのではなく、別の人物に促されて主人公が鍵を渡す点も共通点と言える。
ここからは、死体を発見したものの警察へ通報しないという判断をするシーンである。上記ふたつについて引用部分が同じなので同時に検証する。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、通報を拒否する生徒は生徒会長(衿井雪)である。その理由は自身が実行委員長として力を注いできた文化祭を最後まで終わらせたいというものである。
その時だった。
会長がすっとみんなを置き去りにするように入り口の方に向かった。そして直後、社会科研究室の扉がぴしゃりと閉じられる音が響いたのだ。
「会長……?」
不審に思い、僕も一度灘瀬の遺体から離れ、一同の輪の方へ戻ることにする。
そこから入り口を見ると、なんと会長は信じられないことに扉を背にしてその場で膝を折り、こちらに向かって土下座をしていたのだ。
それだけではない。とんでもない発議がその口からなされた。
それは誰もが理解に時間を要するほどの突飛な提案だった。
「な、何を言って……」
ようやくどうにかして言葉を発した副会長を遮って、会長は哀願するように続けた。
「分かっているんだ、これは普通の思考じゃない……異常だ、狂ってる……そんな風に思うかもしれない……それでも! それでも私は自らの全てを鷹松祭に注ぎ込んできた……実行委員長として私にはこの祭を完成させる義務がある。それだけは誰にも邪魔させない。じきに一般公開も終わる。そこから簡単な片付けがあって後夜祭、ファイアーストーム、そしてグランドフィナーレ――鷹松祭が終了を迎えるまで残り約三時間、あとたったそれだけなんだ!」会長は喘ぐように息を継いだ。「――今一度、三顧の礼を尽くして懇望する。鷹松祭の終了まで示し合わせて黙っていてはくれないだろうか」
『天帝のはしたなき果実』において、最初に通報を拒否する生徒は主人公(古野まほろ)である。その理由はすでに演奏が終わったアンサンブル・コンテスト県大会の結果が聞きたいというものである。
「差し当たり重要なことは」一馬が厳かに口火を切った。「ひとつしかないわ。通報か沈黙か。それが設問よ(ザットイズザクエスチョン)」
「僕は沈黙派だよ」と僕。
(中略)
「今通報すれば、会場は大混乱、大会どころじゃなくなる。あれだけの演奏ができたのは瀬尾のお陰だし、客観的にもその評価を得るのが供養だと思う」
2週間ほど前、首をつって死んだらしい。彼は今年で30歳だった。今はただ悲しい。小学生の頃はいつも一緒に遊んでいた。家族ぐるみで海に行ったりしたこともあった。中学と高校も一緒で、地方のそこそこの進学校に通っていた。彼は成績が優秀で、よく学校の図書館で勉強を一緒にやって教えてもらったりもした。高校を卒業後、彼は旧帝大の法学部に進学して、しばらくは疎遠になっていた。それから大学卒業の数年後に、高校の同窓会の催す知らせを受け、疎遠になっていた彼のことが気になり連絡を入れた。すると、偶然住所も近いことが分かった。それならと久しぶりに会って話でもしようとメールしたら、返事は遅かったけど会うことになった。子供時代から優秀な面しか見てこなかったので、きっと弁護士や検事なんかになってるんだと、そう思っていた。カフェで待ち合わせして、自分は先に着いて待っていると、高校時代から少し老けたかもしれないけど、自分が以前から知っている姿の彼が後からやってきた。昔話や、大学でのことやその後どうなったかなど他愛のない話をするが、彼は相槌を打つばかりで、自分の話をしようとはしなかった。それを疑問に思い、彼のことを聞いてみた。しばらく沈黙の後、苦笑を浮かべながら、現在の境遇について語ってくれた。今は司法試験合格を目指しているということ、求職中であること、3回受験するチャンスがあるうち2回失敗していることなどを教えてくれた。この間一生懸命に聞くばかりだった自分に対して、何を思ったのかはわからないけど、苛立ちや、怒りのような振る舞いをするようになった。気づくと彼は泣いていた。自分の知っている彼はユーモアがあっていつも冷静だったから、衝撃的だった。明らかに情緒不安定になっていた。人の多いところで、お互いいい年した男同士が喧嘩別れの男女のように気まずくなり、この後に行く予定の場所があったが、それどころでない様子だったので、何かあったらまた連絡してくれとだけ言い残して、速やかに立ち去った。その数日後に悩みがあるならなんでも相談してくれだとか、求職中だと聞いていたので、知人の仕事を紹介したりもしたが、一切返事はなかった。そして、約1年後の今日、母から彼が自殺したと教えてもらった。あの時、逃げないでもっと、話を聞いてあげたらよかった。彼の助けになりたかった。なにもしてやれなかった自分に対して悔しいし、今はただ悲しい。
日向清人さんという英語教師がいます。NHKビジネス英会話の講師も勤め、著書もあり、慶応大学で英語を教えているという経歴的には申し分ない御仁です。
その彼がしきりに主張するのがワイングラスの持ち方。
日本では柄の部分を持つべきだという風潮が強いが、国際的にはボウルの部分を持つ人々が多いし、それがマナーだというのが骨子。
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2013/06/post_55.html
http://web.archive.org/web/20091117060438/http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2009/11/post_55.html
オバマ、ブッシュ、ベルルスコーニなどセレブの写真を引っ張りだしてきて説得力を与えています。
感化された記事も多数
http://matome.naver.jp/odai/2137486003334108301
http://www.nomooo.jp/blog/?p=16119
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1237071067
ウィキペディアまで
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B9
アサヒビールに至っては記事を修正している
http://web.archive.org/web/20090710001236/http://www.asahibeer.co.jp/enjoy/wine/know/manner/09.html
http://www.asahibeer.co.jp/enjoy/wine/know/manner/09.html
しかし英語で"how to hold a wine glass(ワイングラスの持ち方)"とググれば明らかなように
https://www.google.com/webhp?hl=en#hl=en&q=how+to+hold+a+wine+glass&safe=off
正式には柄の部分を持つという主張が英語圏では普通に見られます。
日向センセーの記事に紹介された人物たちの中にも、「不適当に」ワイングラスを持っている例はたやすく見つかります。
ジョージ・クルーニー: http://jp.reuters.com/article/idJPTYE87R01020120828
エリザベス女王: http://www.telegraph.co.uk/news/features/3637378/State-Banquet-a-feast-for-all-of-the-senses.html
バチェレ(元?)チリ大統領: http://www.thepresidency.tt/events_and_ceremonies.php?mid=179&eid=585
ミシェル・オバマ: http://www.michellesmirror.com/2013_06_16_archive.html#.UpFmjCfRLHs
キャサリン英王妃: http://www.businessinsider.com/royal-baby-kate-middleton-and-prince-william-photos-2013-7
フアン・カルロススペイン国王: http://www.que.es/mejor/2009/fotos/rey-juan-carlos-cumple-anos/20100105/55445-juan-carlos-inauguracion-ciudad-del.html
ここで普通の知性ある人間だったらどのような結論を導き出すべきなのでしょうか?
「柄の部分を握るのがワイングラスの正式な持ち方だけどボウルで保持するのはマナー違反じゃないし楽しく飲もうよ」
ぐらいな論調に落ち着くんじゃないでしょうか。
「シャンパングラスであれワイングラスであれ、立っていようと座っていようと、ともかく、グラスはカップ状の本体部分を持つのが当たり前です」
「国賓を招いての晩餐会という、外交儀礼上、最も格式の高い場での元首たちの振る舞いからわかるとおり、カップ状の本体部分を自然に持つのが実は正統派であり、ステムを持ったりする方が逆に異端なのです」
などという独自研究を振りまき、それを真に受けてしまったワナビー国際人が自説を披露する事によって恥をかき、日本人の国際化はちっとも進まず、グローバルでエクセレントな英語教師のメシのタネは尽きないという一連のサイクルが展開されるのは誠に香ばしい限りであります。
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2013/06/post_55.html
安部首相・金正日・ガーナのクフォー大統領を「ステム持ち」として欧米セレブの「カップ持ち」に対比させているのは味わい深いです。
「ステムホルダーが主流というわが国はアフリカの流れを汲んでいるのかも」
などというコメントは未開人の暗喩に富んでおり、「バナナ」たる帰国子女の面目躍如といえましょう。
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2010/11/post_764.html
「呪文を日に5回の祈祷の度に唱えるとなれば,一種洗脳されることでしょう。神には絶対服従だと。事実、islamのアラビア語の原義はsubmissionと説かれますし、Karen Armstrong というこの分野の権威に言わせると、islam = surrender だそうです。そこに宗教指導者たちが神はアメリカが悪いと言っているなどと刷り込めば、こりゃ自爆テロでも何でもやるだろうなと感じます」
という事になるそうですが、ここで日向先生が引き合いに出しているカレン・アームストロングは専門が比較宗教学であり、
「どうして爆弾テロやハイジャックといった無垢の市民の殺戮が(起こるのか)?イスラムの是認するところとは大きく異なり、こうした殺人はイスラムの最も神聖な教えに反しています」
http://content.time.com/time/magazine/article/0,9171,175987,00.html
と断言しています。イスラム=降伏なんていうのは彼女の自説でもなんでもないし、かの宗教と暴力の結びつきを強調したいのなら山ほどネタは見つかるはずですが、日向先生ともなれば独創的な読解力の持ち主なのでしょう。英語話者に通じるかどうかは私も存じませんが・・・。
shall と will の使い分けなんてのも日向先生は得意なようです。
「契約書の場合は、本当ならSHALLはhave a duty toという意味のときだけ使うべきなのでしょうが、実際は細かく使い分けずに終わっています。例えば、私が法律事務所で翻訳をやっていた時代は、契約書の英訳はひとまずすべてSHALLを使ってしあげたものです(従って実に楽です)。その次のステップで、弁護士の中には自分のクライエントが関わる義務規定についてはSHALLをWILLに直したりする人もいましたが、たいていはそのまますべてがSHALLという形で使われていたとおぼえています。なおWILLを使ったからと言って規範的な意味合い、つまり「何々すべし」という意味あいは変わらず、単に語感として相対的に弱い感じがするという程度の話でしょう」
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2005/05/shallwill.html
"Did you know that "shall" is the most misused word in all of legal language?"
"Some suggest that lawyers are incapable of using "shall" correctly, so we ought to banish it entirely"
http://www.utexas.edu/law/faculty/wschiess/legalwriting/2005/05/shall-vs-will.html
などとほざいてますが、栄えある慶応義塾大学のスーパー講師である日向先生の言うことに耳を傾けた方が吉かもしれませんね(棒読み)
おまけ レディガガ(笑)
http://greatwinenews.com/lady-gagas-favorite-wines-revealed/