はてなキーワード: 屋根とは
22歳の頃は京都駅から地下鉄で数駅のところに住んでいた。京都駅までは真っ直ぐな通りを歩けば辿り着く事もできた。東本願寺でにわか雨に遭って屋根を借り、駅前のヨドバシカメラの地下にあるスーパーで食材を買い込んでから帰った。夏の明け方にバイクで琵琶湖まで走った。祇園祭の宵山を見た。三条のお気に入りのカフェはコーヒーが美味しくて煙草が吸えて、いつも賑わっていた。冬の鴨川の河川敷や高瀬川沿いの桜が好きで、木屋町から祇園へ抜ける小道の小川が好きで、思い出せばきりがないけれど、石畳みを跳ねるように歩きながら私は本当に必要なものや人たちを東京に置きっ放しにしていること、この自由な振る舞いには時間制限があること、もっともらしい理由と確かな結論から逃げている後ろめたさにいつも潰されそうだった。ただただ楽しい毎日の中でいろんなことを忘れたけれど、地に足がつかないまま判断能力をなくしていく自分の不健康さに胸が焼けた。
そんな話題がでてたので、ファンタジーの中でもハヤカワFTのなかで印象深いものをメモしてみる。
ハヤカワFT031。ユーモアファンタジー魔法の国ザンスシリーズの1。ユーモアっていうか、ダジャレファンタジー。全編ダジャレ。好きな人と嫌いな人がかなり別れる。とはいえ、ダジャレと韜晦で煙に巻きながら、少年少女の自立とか誠意式の芽生えと思いやりとか、結構ちゃんとしたテーマはそれはそれでそれなりにやっているのが偉い。
ハヤカワFT文庫は、文庫設立当時は、あちらで有名な基本的名作をポチポチ紹介してたんだけど(マキリップ、フィニィ、ダンセイニあたり)このザンスシリーズ辺りから、複数巻にまたがるシリーズを紹介し始めて、おそらく収益的にも安定し始めたんじゃないかと思う。
ハヤカワFT055。妖魔(他作品で言うところの精霊的存在)の真の名を掴んで指輪に封じることで魔法を使う青年クレイを主人公とした上下巻。魔法の不可思議さや、おとぎ話的な雰囲気がどこまでも魅力的な作品。寓話的なストーリーとあいまって、「ファンタジーモノの原点ってそういえばこんなだったなあ」感ある。ネバーエンディングストーリー的な意味で、読者はその世界の脅威に魅了されながら読むという今では廃れきったスタイルの佳作。
ハヤカワFT055。やったー! みんな大好き俺TUEEE。序盤は地に足の着いた泥臭いファンタジーなのだが、異次元世界の魔術先進帝国から侵略をきっかけに主人公の少年が段々と魔術の才能を開花させて、無数の次元の秘密に迫る大魔術師に成長する話です。能力的なインフレもするんだけど、世界観や物語の構築がしっかりしているせいでご都合主義的な匂いはなくて、古代の英雄譚な味わいになっていくのが面白い。
FT106。大傑作大名作。指輪物語と同じような「グループが使命を果たすために旅をする物語」なのですが、読みやすさといい感情移入といい、こちらの方を押したい。メンバーが皆魅力的です。ウルフおじいさんとこそ泥王子のシルクはファンになっちゃいますね。ぶっちゃけこのシリーズがあるだけでハヤカワFT黄金時代だったと思う。
このシリーズは「ベルガリアード物語」が全5巻、続編となる「マロリオン物語」が全10巻あるので、シリーズ好きな人にはたっぷり楽しめる。。
FT137。シリーズじゃなくて一冊読み切り。現代(というか、今現在からするとちょい前?)くらいのロンドンを舞台としたファンタジー。高層ビルの屋根や屋根裏をすみかとして、ワイヤーとリールで空中を移動しながら生きている一族という、「現実世界にもファンタジーはひそんでいるんだぞ」設定がまず魅力的。子供の夢想みたいなのを実力ある作家が物語にしちゃったケースなので、読後の「もしそうだったらなー」というファンタジー特有の酩酊みたいなのが味わえます。
FT308。全五部作予定だったシリーズの最初の一巻。いろいろあって三巻までしかでなかったのだけど、話自体は一巻完結なので特に問題はない感じ。架空の中国唐代を舞台にしたチャイナファンタジーに、古典中国のアレヤコレヤを詰め込んだ、最高級の「ほら話」。文章には癖があり、何より密度がめちゃくちゃ高いので活字を読み慣れない人は体力を消耗しちゃいかねないんだけど、皮肉とブラックジョークの影に描かれた物語はびっくりするほど美しい。主人公コンビ、力持ちだけが特技の農村の垢抜けない青年十牛と、老賢者(というかイカサマ師)の李高老師は、ちっともヒーローらしくないデコボココンビなのだけど、迷宮、幽霊、過去の因縁話、宮廷につきもののスキャンダルをくぐり抜けていくと愛すべき人物だと気づく。ラストシーンは本当に素晴らしい。
参加作品の中ではかなり異質な超人。大自然の中で育った野生児。母を探すため一番占を目指す少女。
助走なしのジャンプで地面から屋根に移動できる、地面に残った微かな臭いを嗅ぎ分ける嗅覚、小動物から熊まで懐かれる(会話は不可能)、神様を見る力がある。
昇格試験では「くろう」というスタンド占いを使えるようになった。悪霊を撃退できる、土壁程度なら破壊できる、遠く離れた出口の場所を瞬時に見つけそこまでの道のりと罠まで言い当てる事が可能。ただし自由に呼び出すことは出来ない。
弱点はハサミとカニと野生児ゆえに知識も常識もない所。迷路町に来るまで下着の存在も知らなかった。痴女。
学園生活部の戦闘担当。元運動部所属、彼ら相手に戦えるシャベル所有時の戦闘力を評価。彼ら相手とはいえ殺しを経験をしているのも強い。
原作では治療後にウェスカー化しており身体能力がさらに向上している。(ボウガンの矢をシャベルで弾く、バールで殴られても平気、静かにしていれば彼らに気づかれない)
迷路町警ら隊十番地隊長。占いは出来ないが治安維持に関わっている以上そこそこ強いと思われる。ただし破廉恥に弱い。
趣味がサバゲー。射撃訓練場の回ではエアガンとはいえ的に全弾命中させている。知的、健康的な大人というだけで十分なアドバンテージになる。
準戦闘員。くるみちゃんには劣るが運動神経が良く博学。学園生活部合流前は単独でモールに居たことから彼らの対処にも自信がある。
運動が得意。体育のテニスでは男子にも負けない腕前。テニスコートから竹林までボールをノーバンで飛ばせる
メイン4人の先生で五番占。主人公たちは十番。昇格試験を見るに運動はだめっぽい。
狐狗狸占いが可能。一度、狐狗狸占いに失敗して狐に憑りつかれた経験から、修行により狐を硬貨ではなく自分自身に降ろせるようになった。昇格試験では憑依合体で鍵を探していた。
人形占いが可能。人形のマツコさんと会話(?)出来る。マツコさんは降りてくる扉を支えられるほどパワーがある(北斗の拳のライガフウガのイメージ)。祝詞が上手く「天使の歌声」と称されるほど。これを聞いた人は癒されて場合によっては眠ることもある。昇格試験ではこれでニナ先生に勝っていた。
直感的な閃きに優れる、彼らとの戦闘経験が一応ある。めぐねぇ憑依状態時は彼女から助言を得られ、覚醒後は精神的に成長
幼児体型で体格的にはかなり不利。ただしるんに近づく男子に金属バットを躊躇なく振れる異常性を評価。ユー子への腹パン(アニメでは乳アッパー)、佐藤先生への躊躇のなさなど凶暴な一面を持つ。
頭が悪く持久力はあるが運動も得意ではない。しかし「かくれんぼの際に気配を完全に消せる」という特殊能力を持ちアニメでは分身の術を披露していた(陽子のイメージでだが)。鬼畜こけし。
頭は良いが想定外の事態に弱い。メンタルの弱さ、運動能力の低さも考慮してこの位置に。ただしるーちゃんが絡むと……。
ここから下は個人による体格、運動能力、知能の差が多少ある程度で五十歩百歩。
最弱候補はとにかくヤバイとしか言えないるん(Aチャンネル)、同じくやべー奴なねねっち(NEW GAME!)、年齢に対して体格が貧弱すぎるアリス(きんいろモザイク)、運動音痴で足が遅すぎる涼風青葉(NEW GAME!)辺りか
タクシーの回送表示って、なんで空車と同じような色なんだろう。厳密には空車は赤、回送はオレンジみたいだけど、正直遠目からはそれが赤なのかオレンジなのかが分かりづらいので、タクシーが近づいてようやく「回送かよ」と気付くことも多い。期待した分がっかり感がすごくてストレスになる。屋根の上のマークが光っているかどうかでも判断がつくとは言うけど、昼間だと光ってるのかどうかよく分からない。
「乗車可能」な表示と「乗車不可能」な表示の色が似てるのって設計思想がおかしくない?客が一番知りたいのは乗れるか乗れないかなんだから、それを分かりやすくするのがいちばん重要な気がするんだけど。
タクシーの表示機は「割増」の緑色を表示させる機能もあるんだから、せめて「回」を緑、「送」を赤にして赤一色の空車表示と差をつけるとか出来ないのかな。海外の人からしてもすごく分かりにくいんじゃないかと感じる。
車が必要な時はそれなりにあるけど、カーシェアとかレンタカーの方が便利だしトータル安い。
うち都心でマンションの駐車場使用料が月に3.5万円。近所の屋根なし駐車場でも2.5~3。
さらに空いてる月極めよりも近いところにカーシェアスポットが複数、徒歩10分圏内にレンタカー屋が2つあって一つはSUV、RVとかオサレ外車なども借りられる
平日は働いてるから自家用車には乗らない。月2、3回週末にレンタル使用でも、保有してる方が高いんだ。
あとはタクシー。池袋とか品川じゃなきゃ、だいたい3000円あれば家に帰れるんで、ちょっと買い物して帰るときはタクシーで行ける。
なので車はあってもいいなと思うけど、コストパフォーマンスと面倒と、借りる気楽さを覚えてしまったから当面買わないかも
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1153261
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/mainichi.jp/articles/20170921/ddm/016/070/003000c
あとシノドスのフリーライターのレポートもあったが、どれも「医術と呪術を混同する両論併記をやめよ」という趣旨が確認できる。
林智裕についてもそうだが、「これ以上福島県の健康被害について口をはさんではならない。それは差別だ」という論旨であり、
林氏は心無い中傷で県民が傷ついているという批判の中で「呪い」という言葉を使っていた。
本来は全文を読むべきだろうがまず書いておく。
壊滅的な被災のなか、復興への向けて頑張っている人が悲観的な話を聴くのがつらく、実際に精神を病むこともあるだろう。
そうした福島県民を始めとする東日本大震災の被災者の皆様の気持ちは自然であることは認める。
しかし、隣県の新潟県では原発事故についての検証委員会が始動しだしたところである。
私自身、なぜ「子供たちの未来」云々が危険視しようが安全視しようが登場してきており、政治的支配欲が出ているようで非常に不快だし、
泥流による放射線の健康被害から本来定住すべきではない場所だと言われてむっとしたこともあるが、
新潟県知事選当時、県内在住の反原発派から「お前は本当に福島県民か?」というような差別発言は聞かれなかった。
(インターネット上で選挙運動や訴訟活動を行っていることを明記した人物に限定した話ではある)
現在、在日コリアンを念頭に外国にルーツある人物へのヘイトスピーチは違法化された。
この前例に則り、学術会議への異論も福島県へのヘイトスピーチとして違法化され、
事実、在日朝鮮人や沖縄人への民族差別をアナロジーとして、福島県民への差別を説明するレトリックは存在している。
このような議論は被差別民族への想像力の欠如と思われるかも知れないが、対策法で最も懸念されていた問題点である。
しかしポストコロニアルな当事者性を強調することで国や東電の構造的責任が看過されてしまうことはないのか。
実際に被災した地域を二度と同じことを繰り返さないよう防災の観点から引用し検討することすら差別や呪術であり、
野蛮な攻撃とすることは学問の権威化であり、自由を害することである。
こうした声明が突き付けられた以上、このような論理は粗雑過ぎると一県民として明白に考えざるを得ない。
2007年の中越沖地震での放射能漏れが原体験として上げられている。岩手県の震災瓦礫の件はここを改めて意識してほしい。
チェルノブイリは福島第一よりも安全という発言は海外への県の農産物輸出戦略の一環である。
国際的観点から見て廃炉出来ていない原発がチェルノブイリに比して安全だと言えるのか。
ショッキングな発言だったかとは思うが、公人として県政運営のなかで必要な見解だったのであり、
過激さをもって差別発言と断じることは不公平であり、思いとどまってほしかった。
(不幸にも彼は権力基盤上、排外主義を扇動している自民党からしか国政候補へ立候補できなかった。これは彼を被災者レイシストと断ずる根拠になりうる)
私の知る限り、泉田知事が被爆が疑われる人物に意識的に差別的な県政を行ったという情報はない。
四期目を断念した後自ら原発に屋根を作った云々という恩着せがましい発言をしているが、
撤退理由であるフェリー船問題は船を売りつけた韓国企業が東京電力からの度重なる広告出稿を受けた新潟日報と結託しており、
そのような形で追い込まれて撤退した人物が、悪いことばかりしたわけではないという弁明はある程度必要なはずだ。
このような極めて強引なかたちで引きずり降ろされた人物に、撤退後まで完全に無難な言動を求めるのは酷すぎる。
県民の代表が、極めて不自然に引きずり降ろされたなか、このような声明を出すこと意味を想像していただきたい。
設定に共通点があると言われた「美しい星」も、東出昌大関連で「寄生獣」も事前鑑賞済み。
話は打って変わるが今作鑑賞後からテレビでお馴染みのCMが気になって仕方ない。
それがこれだ。
「ここで、一緒に」もしも篇
もうどれをとっても僕には宇宙人に体を乗っ取られた夫婦にしか見えない。
服を見立てる冒頭のシーンや不器用にゴルフクラブをスウィングするシーンは人間らしい振る舞いに苦戦する2人を表している。
同窓会の受付でハイタッチしてくる女性は彼女のぎこちない表情から言い様のない違和を感じたことだろう。
旧友と談笑しているように見えてもその実、誰を仲間の宿主にするか品定めをしているだけであって目は笑っていない。
多分すでに何人かは乗っ取られている。
二次会の舞台であるカラオケボックスがあのあと地獄絵図になったことは想像に難くない。
おそらく夫婦は各々違う星人に乗っ取られている。
そして互いに正体がバレてないと思っている。
僕が思うに夫が妻の動向を監視しているんだと思う。
書店ですれ違う黄色いカーディガンの女性や髭を剃ってあげていた理髪師は、夫と同じ星人で経過報告をしたり指示を仰いだりしていたのだろう。
カウンターを挟んで向かい合うのは「我々と対峙する決して相容れない存在」というメタファーなのだ。
スナックのママはふとした瞬間に彼が宇宙人であることに気がついてしまった。
そのためシガレットケース型記憶改竄機で脳内を操作されたに違いない。
そして夫は妻の監視以外に、マスメディアを通し人間を徐々に洗脳するという任務を担っている。
そのために広告代理店に勤め、あるプロジェクトを遂行しているのだ。
全ては順調に思えた。しかしある日妻が奇妙なことを問いかける。
「生まれ変わってもまた一緒にいるのかなぁ?」
へ?どういうことだ?何が言いたい?
夫は「難しいね」と笑って動揺を誤魔化そうとするが妻は追い打ちをかけてくる。
夫は半ば諦めたように「来世は犬になるかもしれないな」と言うが、観客にその意図はわからない。ここは原作者も明言は控えている部分。
とにかくこの応酬があってから妻に対する夫の監視は厳しくなり、とうとう監視区域から外れているスーパーにまで妻を追跡する。
「その次はわかんねえよ」
それなりに払ったのでw
それなりの部屋と料理。
「まぁまぁだね」と言いつつ満足してたw
お風呂もまぁまぁ。
泉質は…もともとたいした特徴はないからw
なのに「満足w」という気分で出発しようとした朝、
玄関に向かったら もう団体のバスがドーン!というのが見えて…
客は乗ってないのに…ロビーにも団体客らしきのはまだいなかったのに
もうエンジンかかってて…
玄関前は排気ガス臭い…屋根と壁と…そのバスに囲まれて 排気ガスが逃げ場なく充満してる感じ…
「これ 何回かの玄関の開閉でロビーまで臭くなるんじゃないの?」って感じ…
バスの脇に並んでたよw
見送り要員ってこと?w
そこそこな人数www
ただ並んで立ってるだけ…に見えるんだけどw
気付きもしないみたいで…
このバスの客は「こんなに大勢で見送ってくれて」と感激するんだろうな…と 気分ダダ下がり…
こっちは排気ガスと ソッポ向いたスタッフの印象で終わってるのに…
なんのことはない 体質は「団体様様!」だったという…
あとで追加された屋根なんだけど
ドーム球場のこけら落としでお馴染みのジアルフィー兄さんたちが
まあ、いまはお察しの通り、
無理してでも行くべきよね。
無理矢理でも行けばよかったわと後悔先に立たず後の祭りよね。
みんなも後悔しない夏を、
なんてね。
もう9月だけど。
ヘビーローテーションでかかるから、
セプレンバーな気分を一気にかき立ててくれるわよね。
ラブの所に線を引いて返すわ。
セプテンバーと言えば
それも楽しみね!
焼き秋刀魚を思い出すわ。
しみじみ呑みたいわね。
だけど残念なことに
フルーツはあるというのにね。
うふふ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
初めてはてなで日記を書くから、よくわからないところがあったら申し訳ない。
3歳下の高校生の妹がいる。
妹が自分のことを嫌っていると明らかにわかったのは、自分が妹の服を無断で借りて口論になった時だ。
それ以来、目も合わせず会話もしていない。
この前、妹の所謂裏垢にログインができたのだが、そこで自分のことをめちゃくちゃに言われていた。
気づいていなかったが、6月の服の件が起こる前から妹は自分のことを嫌っていたらしい。
服の件で妹は「お前が着ると服が伸びる」「汚れる」「うざいうざいうざい」「うちから姉が消えて人外が増えました」「はやくしね」などとつぶやいていた。
それ以外にも、「何故血が繋がっているのか不思議でならない」「ジャイアンが家にいないタイミングで合宿やりたい」「クソみたいなジャイアンと同じ屋根の下で呼吸するのがキツい」「デブはやくしね」など、書ききれないが抜粋するとこのようなものがツイートとして残っていた。
今日も家族で出かける用事があったのだが、つい4時間前「姉がいると空気悪くなる。いや、姉を嫌って喋らなくするから空気悪くなるのかな?まあ、あいつがいると場がつまらなくなるってそんな空気になればいいや。」と早速更新されていた。
8月は1人で旅行に行くことが多く、家を空けていたのであまり自分に関するツイートはなく、ほとぼりが冷めたのかと考えていたが月の最後にこのように言われ本当に残念に思っている。
自分は別に会話が少ないと感じてはいなかったが、そのように思って敢えて会話をしていなかったのだと知って傷ついた。
勝手に見て勝手に傷ついてるだけだってことも、見なければ良いということはわかってる。でも、見ないなんて選択が出来なくて、どうしようもない。
どうしたら良いんでしょう。
宜しければ、力をお貸しください。
追記
早速のトラバありがとうございます。
妹が自分のカミソリ、ヘアアイロン、洗顔料を勝手に使っていたことがあるのですが、そのように自分のことを棚に上げて、怒られるということに納得いかない、とここ数ヶ月考えていました。
結局、自分の性格を直さないといけないんですね。妹は歩み寄ろうとしていないのに。
ありがとうございました。
家族のお荷物だったニートが死んだ。おそらく40年くらいはニート。
家族と同じ屋根の下で住まわせたくないから家を建ててもらったり、親に年金かけてもらったり。結局年金ももらえないまま死んでったけど。とにかく親にはかわいがられていた。まわりの兄弟が嫉妬するほどに。
ただ孤独ではあったと思う。今の時代のニートはネットがあるからある程度つながりはできるからリアルでのつながりはなくともまあ居場所は見つけられるが還暦ニートの場合若い時代にネット環境がないし、学歴も底辺だからネットが普及したりしても手を出すことができなかった。最終的にかわいそうではあるけど死んで本当に家族はホッとしていると思う。祖父母が死ぬ前で本当によかった。
それは明治時代に建てられた養蚕農家の家で、普通の農家の様にだだっ広い土間があるだけでなく、蚕を飼う為の二階部分があるのが特徴だ。
親戚の家が元養蚕農家なので、あの特徴的な外観の二階建の家は見慣れているが、これほどまでに古めかしい間取りの家を見たのは初めてだった。なんたって、玄関入ってすぐ右手が厩になっている。一つ屋根の下に家畜の住処があるなんて。
それ以上に目を引かれたのは、玄関から一番奥にある台所だった。
家の奥の壁に面している流し台の手前には竈があり、その前には囲炉裏があって、更にその前には大きな火鉢があった。つまり今で言うところのダイニングルーム・リビングとキッチンが隣接しているというか、むしろほぼ一体化している。洗い物をする際は囲炉裏に背を向ける事になるが、煮炊きをしている間は囲炉裏ばたに居る人達と対面で話が出来る。そういう造りだった。
もし、囲炉裏ばたでご飯を食べている最中に喉が渇いたとしたら、三和土に降りて数歩で水道だ(古民家なのに何故か流しにはごく普通の水道が引かれている)。あるいは台所で作業している誰かに「お水ちょうだい」といえば、はいよっとすぐにお水をくれるだろう。
私は、日本式の台所といえばもっと孤独な場所、隔絶された、上は熱気がこもっていても足元は寒々しい様な場所と思い込んでいたから、あの古民家の台所の、玄関から囲炉裏にかけての大きな空間にきちんと溶け込み存在している感じを、とても意外に思ったのだ。
それで、これまでに私が見た事のある古い家の台所の様子を思い出してみた。父の実家、母の生家、祖母の生家、祖母の友人の家、夫の祖父の家。
どこも家の一番奥に台所はあって、そこは茶の間に近いものの廊下や戸で隔てられていて暗い。玄関からは覗く事が出来ない隠された場所だった。
それらで一番印象的だったのは祖母の友人の家の台所だった。
私はまだ5歳位の頃に、祖母に連れられてそのお宅へお邪魔した。祖母の友人が私たちを通したのは客間でも茶の間でもなく台所だった。
当時祖母の友人宅は増築をしたばかりで、ついでに台所もリフォームしたらしい。新しいシンクにガスコンロにピカピカのナイロンの床。暗い奥まった所から戸を開けたら別世界のような暖かい光の溢れるキッチンに入るのである。
広い台所の中央には作業用のテーブルはあっても食卓は無かった。その代わり、部屋の片隅にはなんと炬燵があった。私達はその炬燵に入ってお茶とお菓子をいただきながらおしゃべりをしたのだった。
祖母と祖母の友人がおしゃべりを楽しんでいる間、お嫁さんが忙しそうに夕飯の支度をしていた。立ち仕事をするお嫁さんの足元にはファンヒーター。お嫁さんは一段落つくと炬燵に入って来た。
要はその台所は、古い家制度下において最上級の厚待遇で設えた女の園的な場所になっていたということ。家の他の部分とは隔絶された異世界なのには違いない。そこを使っていた主婦はそこを自分の支配する城の様に思えたかもしれないが、自由は無い。
一方、明治時代に建てられた例の古民家のやけに開かれた台所で仕事をしていた人は一体どの様な思いで日々を暮らしていたのだろうか?非常に興味深いことだ。
お年寄りの話によれば、養蚕農家の嫁というのは朝から晩まで蚕の世話にと酷くこき使われ、妊娠中でもろくに休みを与えられず、出産後はほんの数日で子供を取り上げられ働かされたものだという。
ああいった開放的な台所で立ち働く人を、家族はそんなにも虐げる事が出来たものなのだろうか?それとも案外嫁は台所に立たずにどっか隅の方にでも追いやられていたのだろうか?
或いは古民家の建てられた時代の女性は案外昭和~現在よりまともに扱われていたのだろうか?
そんな事を考えた。
主な用途 | 使う色 | 備考 |
---|---|---|
鉛丹の屋根の色 | クリムゾン+パステルローズ | クリムゾン:パステルローズ=5:1 クリムゾン多め、パステルローズで明るくする |
瓦屋根の色 | 鉛色 | ジャパネスクカラー |
コンクリートの地面 | ニュートラルグレー8 | 明るめのグレーはベースカラーに使いやすい |
ビルの壁面 | パステルオリーブ | 薄緑系の壁面の色に |
ビルの壁面 | むしくりいろ+白 | むしくりいろ:白=1:2 薄黄色系の壁面の色に |
テント屋根・看板 | アプリコット | 建物の入り口や窓に取り付けられたオレンジ系のテントの色 |
テント屋根・看板 | 百群(びゃくぐん) | 建物の入り口や窓に取り付けられた青系のテントの色 |
マット感がとても強い。GSIクレオスでいうとフラットベースを入れまくった感じ。ツヤはない。タミヤのアクリルと比べるとチューブ入り、水で希釈できる、においがない、マット感が強い、筆塗りで広い面積が塗れるあたりがメリット。デメリットは入手性と価格。説明書の色指定にアクリルガッシュは書かれていない点。ジャパネスクカラーは、ざらつき感のある粒子が入っている。モルタル壁面表現に使える。
主な用途 | 使う色 | 備考 |
---|---|---|
コンクリートの地面 | フラットホワイト+デッキタン | フラットホワイト:デッキタン=5:1 薄汚れたコンクリになる |
瓶入りなので、取り出しと希釈がチューブとくらべてすこしめんどいです。調色せずにそのまま塗れる色が少ない印象。タミヤ用ということで、飛行機や戦車っぽい専用色が多いです。近所の模型店で売っている入手しやすいのがポイント。
主な用途 | 使う色 | 備考 |
---|---|---|
瓦屋根の色 | 瓦色 | Mrカラー城シリーズ。畳、板敷き、石垣、漆喰も使いやすい。 |
板壁の色 | ダークアース | 下目板の色に |
主にエアブラシ用として使っています。筆塗りのときは、飛行機模型の田中さん塗りで、プラモの箱のふたをパレットにして文盛堂の面相筆でちまちま塗っています。
この日記は個人の感想です。調色リストの色を塗ってイメージと違うと感じることもあります。塗ったら、素材が侵される、重ね塗りできないなどトラブルも予想されます。それぞれの塗料の特性を理解した上でご活用ください。
承認欲求、と言えばネットではほぼ批判が込められた使われ方をするのが一般的だが、マズローなど持ち出さなくとも、社会で生きている者にとって、他人との関わりからモチベーションを得る欲求があるのは自然なことと言える。
しかし、自分を表現することが推奨され、SNSで手軽に賛同やいいねが得られ、LINEで好きな時に好きな相手にコミュニケーションを取れる現代、質の低い他者承認をサプリメントのように得ることに慣れてしまった人々は、承認が得られないと心身にエラーを起こす、中毒患者のように惨めな存在に成り果ててしまった。
大体、社会で生きるのに、人との繋がりは必要だが、他人からの必要以上の承認は必要だろうか?屋根があって飢えなくて着るものがあれば十分ではないだろうか?自分の裁量で社会を生きていけるのなら、何ら他人に恥じる必要もない。好きな音楽を聴き、好きな風景を眺め、食事の味を楽しみ、お気に入りの本を読んで思考を巡らせる、そう言った生活で十分心豊かに暮らせると思う。むしろ、承認が得られずに心身に不具合が生じる方がリスクなのではないだろうか?
他者承認を過剰に求める人々は、社会に対しても影響を広げる。サイン会でアイドルに斬りかかる男、女性性を売って承認を得るアイドル、承認乞食になった女をアイドルに仕立て上げて金と若さを吸い上げる、脂ぎった大人たち。
愛されている事を試すためにひっきりなしにLINEを恋人に送り続ける人格障害者、モテないルサンチマンを持て余して恋愛工学などとたわ言を掲げて通行の邪魔をする男たち。自分の思い通り育たない子供を抑圧する毒親。根性論やビジネス論を振りかざして若者からやりがい搾取をするブラック企業の経営者。不倫男と不倫男に依存する女……
他者に自分を認めさせる必要に駆られたために、無理矢理他人を洗脳しようとして社会を害を成す事は幸せな事だろうか?アルコール中毒患者は自分がアルコールによって不幸になったことを認めないが、レベルの違いはあれど、承認の不足によって不幸になった人々も、また自分が不幸である事を必死に否定するのだろう。彼等彼女等が不幸かどうかは興味がないが、どうか周囲に歪みをもたらさない事を祈るばかりだ。
わたしの親は親ではなかった。
ただ同じ屋根の下暮らしているあかの他人といったところだった。
いうなればネグレクトに近かった。
育児という育児は受けてこなかったし、子供に似合わない家事の出来ようやしっかりした態度だったと思う。
ここ数年、「アダルトチルドレン」や「機能不全家族」といった言葉が少なからず注目を浴びていると思う。
どういった背景でそういう状況が生まれたのか。このような現代になってしまったのかわたしには分からない。
ただ最近思うのは、権利擁護や心の問題に過干渉過ぎるのではないかということだ。
アダルトチルドレンや機能不全家族というのが悪いとは思わないし、少なからず問題ではあるとは思う。
ただ、人間というのは不思議なものでそれなりに適応して生きていくと後から振り返って思う人も少なくないと思う。
わたしの主観ではあるが、少なくともわたしの育ってきた環境というのは世間的に見て相当ひどかったと思う。
ただそれでもわたしは「それなり」に生きている。
この「それなり」というのは案外重要だと思う。
どんな人間でも少なからず問題は抱えているし、その問題の大きさや苦しさというのは他人の尺度では測れない。
他人から見て大きな問題に見えることも何もなかったように過ごす人もいれば、小さな問題で死を覚悟する人もいる。
要するに人生や幸せなんてものは測れないし、案外気にするほどのことでもないのだ。
この日本に生きていれば、少なくとも道端で倒れて死ぬことはそうそうない。誰かしら声をかけるだろうし、それなりの手当てもあるだろう。
エヴァ的な話になってしまうが、世界の見え方なんて角度次第でいかようにも変わる。
そしてこの現代には世界を知るだけのリソースはいくらでもある。
今この記事をアダルトチルドレンかなんかで検索したどり着いた悩める人たちに厳しいことだが言いたいと思う。
少なくともあなたは検索して調べてきたならキーボードを打つだけの手もあるし、理解するだけの頭がある。
ならば1歩外へ出てみよう。
それは物理的な外出でもいいし、自分の世界の外という意味ならネット上でも何でもいい。
それが出来ないのであれば、あなたは一生そのことを悩み続けるただの頑固者なだけだ。
医者でも何でも直せない。