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2018-07-24

anond:20180724121653

お前がドーム球場立ててタダで使わせてあげればいいじゃん

高校野球ってドーム球場で出来ないんだろうか

甲子園聖地とする宗教みたいな物なんだろうか

せめて開催地分散させれば午前中の試合増やせると思うのだけど利権とかで難しいんだろうなあ

2018-07-23

甲子園ドーム球場にしてあげようよ

高校球児熱中症で倒れ、これは球児が全国放映中に熱中症で死亡もあるかもしれないとはらはらながら見守られている今年の甲子園

何度か甲子園ドームにする計画が立っていたのだが、バブル崩壊高校野球から圧力で見送られてきた。

無理に猛暑や悪天候で試合をしなくてもいいのに何でドームにしたら駄目なんだろう。

危険から普段から一緒に練習している女子マネ練習からつまみ出したりしているのに、マネージャーと同じ高校生選手達が選手生命を絶たれたり命の危険に晒される状況は圧力をかけてまで推進している意味が解らない。

2017-09-07

九月に入ると増田九月の曲が流れるレガナガクョキの津学堕す的類土津額(回文

マタイブルース~♪

マタイブルース~♪

渡辺美里ちゃんの西武ドームでのライブ

もう野外か屋内か分からない西武ドーム

最初屋根がなかったのよね。

あとで追加された屋根なんだけど

ドーム球場こけら落としでお馴染みのジアルフィー兄さんたちが

そのこけら落としライブがあるはずだったんだけど

渡辺美里ちゃんのライブとが重なっていて、

やむなく、ジアルフィー兄さんたちが前座をやって

とりあえずそれでこけら落としライブってことになった

あの夏の伝説ライブは忘れられないわ。

昔はあの球場でも2デイズチケット即完売だったのに、

まあ、いまはお察しの通り、

マタイブルースよね。

おはようございます

ライブってやっぱり生ものから

無理してでも行くべきよね。

TOKIOサマソニ出たとき

無理矢理でも行けばよかったわと後悔先に立たず後の祭りよね。

みんなも後悔しない夏を、

なんてね。

もう9月だけど。

ラジオでは9月に入った途端にセプテンバーという名の付く曲が

ヘビーローテーションでかかるから

セプレンバーな気分を一気にかき立ててくれるわよね。

あなたに借りた辞書

ラブの所に線を引いて返すわ。

セプテンバーと言えば

目黒秋刀魚祭り

65535本の焼き秋刀魚振る舞うって言うから

それも楽しみね!

あの西武球場屋台で食べた

焼き秋刀魚を思い出すわ。

ドゥーユーリメンバー

アースウィンドアンドファイアーは遠火の強火で!

ちょっと炙るだけの八代亜紀がいいと言ってたわ。

しみじみ呑みたいわね。


今日朝ご飯

サマータイムブルースサンドイッチ

字面だけ見たら何のサンドか分からないわ。

デトックスウォーター

サマータイムブルースウォーラーといきたいところ、

だけど残念なことに

サマータイムブルースって果物はないのよ。

スプリングフィーバーという

フルーツはあるというのにね。

うふふ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2016-12-01

メジャーリーグ史において最も重要な40人」について調べてみた

メジャーリーグ史において最も重要な40人」はアメリカの著名スポーツメディアスポーティングニュース」が先日発表して話題となったもの。ソースはこちら。

The 40 most important people in baseball history, ranked | MLB | Sporting News

ここで挙げられている40人について調べてみたんだけど、筆者はMLBにそこまで詳しいわけではないので、何か誤認・誤訳があったらごめんな。

1位 ベーブ・ルース(1895-1948)

MLB史上最大のスター。驚異的なペースでホームランを放ち、MLBの野球を「ライブボール時代」へと変えた。当時、ブラックソックス事件により信頼を失っていたMLBは、ルースの人気によって復活し、さらにはアメリカ最大のスポーツにまでなった。

2位 ジャッキー・ロビンソン(1919-1972)

近代MLBにおける初の黒人選手。ニグロリーグで活躍した後、1947年ドジャースでMLBデビューして、MLBの「カラーライン」を打ち破った。またMLBの初代新人王でもある。

3位 ケネソー・マウンテンランディス(1866-1944)

1920年ブラックソックス事件の収拾を図るために、強大な権力を有するコミッショナー職が新設され、判事であったランディスが就任した。事件に関わった8人の選手は永久追放とされ、その厳格な対処がMLBの信頼回復に繋がったと考えられている。

4位 バン・ジョンソン(1865–1931)

1900年アメリカンリーグを創設し、現在まで続くMLBの2リーグ体制を作り上げた。審判に権力を与え、違反行為に厳しい罰則を課すことで、クリーンイメージを生むことに成功した。強権的な性格から、のちにランディスと対立して辞任した。

5位 ブランチリッキー(1881-1965)

カージナルスドジャースのGMを歴任し、MLBで初めて選手育成のためのファーム制度を整えた。また、ジャッキー・ロビンソンと契約して、黒人選手がMLBに参加する道筋を作った。

6位 マービン・ミラー(1917-2012)

1966年エコノミストとしての経験を買われてMLB選手会の代表に就任し、最低年俸の増額、選手年金の拡充、そしてFA制度の導入に貢献した。彼の在任期間中に選手の平均年俸は1.9万ドルから32.6万ドルにまで向上した。

7位 アルバートスポルディング(1850-1915)

スポーツ用品Spalding社を興し、ナ・リーグ創設にも関わった。初めて野球のルールブックを出版、ボール標準化に努めるなど、初期のMLBの発展に尽力した。野球選手としても超一流で、通算勝率のMLB最高記録を保持している。

8位 ウィリアム・ハルバート(1832-1882)

シカゴ・カブス(の前身)の社長であり、1876年のナショナルリーグ創設者の一人である。のちにナ・リーグの第二代会長に就任して公正かつ厳格な運営を行い、MLBの基盤を作り上げた。スポルディングとは盟友だった。

9位 ルーブ・フォスター(1878-1930)

黒人野球チームのスター選手であり、また球団オーナーとしても成功した。彼の呼びかけによって、1920年ニグロリーグが設立された。「ブラックベースボールの父」と呼ばれる。

10位 ヘンリーチャドウィック(1824-1908)

野球評論家・統計家で、「野球の父」とも呼ばれる。ボックススコアを考案して試合の記録を取り、「打率」などの指標を提唱した。またスポルディングのもとでガイドブックを刊行するなど文筆活動も盛んに行い、野球の普及に多大な貢献をした。

11位 バド・セリグ(1934-)

元はブルワーズオーナー。MLB選手会オーナーの対立が激化していく中で、1998年実質的には1992年)に第9代MLBコミッショナーに就任。リーグの再編、収益分配制度の導入、オンライン配信の開始などにより、就任前と比較して5倍以上とも言われる空前の収益をMLBにもたらした。

12位 ウォルターオマリー(1903-1979)

ドジャースオーナー。冷徹な経営者であり、1957年に球団をブルックリンからロサンゼルスへ移転させた。それによりアメリカ西海岸における野球ビジネスを開拓し、経済的には大成功を収めたが、ブルックリン住民からは深く恨まれた。

13位 ビル・ジェームス(1949-)

1977年から1988年まで刊行した「Baseball Abstract」を通じてセイバーメトリクスを提唱した。米国野球学会(SABR)のデータと統計の手法を用いて、RCやRFなどの様々な新しい指標を作り出した。

14位 フランク・ジョーブ(1925-2014)

1974年ドジャースの選手だったトミー・ジョンに、自らが考案した靭帯再建手術を施し、それを成功させた。この手術は「トミー・ジョン手術」として、いまでは広く施術されている。また、1990年には肩再建手術も成功させている。

15位 ハンク・アーロン(1934-)

ブレーブスで活躍し、ベーブ・ルースの記録を超える通算本塁打755本を放った。黒人のアーロンが白人のルースの記録を破ることには反発もあったが、彼はそれを乗り越えた。通算打点2297点は現在でもMLB記録である

16位 ルー・ゲーリッグ(1903-1941)

ヤンキースに所属し、当時の記録である2130試合連続出場を達成して「鉄の馬」と呼ばれた。しかし筋萎縮性側索硬化症に苦しみ引退、そして37歳の若さで亡くなった。背番号の「4」はMLBで初めて永久欠番となった。

17位 ドク・アダムス(1814–1899)

野球クラブのニッカーボッカーズや全米野球選手協会(NABBP)において、チームの人数や塁間の距離、一試合のイニング数、バウンドルールの撤廃など、基本的ルールの策定に貢献した。遊撃手ポジション創始者とも言われる。

(野球ルールの策定に関してはアレクサンダー・カートライトの名前がよく挙がるが、現在ではドク・アダムスを評価する声が多いようだ)

18位 バック・オニール(1911–2006)

ニグロリーグで活躍した後に、MLBで最初の黒人スカウトとなり、最初の黒人コーチとなった。ニグロリーグ野球博物館の設立や、ドキュメンタリーへの出演、多くのインタビューを通して、ニグロリーグへの関心を高めることに尽力した。

19位 ロベルト・クレメンテ(1934-1972)

MLBにおけるヒスパニック系選手の先駆けであり、中南米出身で初めてMLB殿堂入りした。慈善活動中の飛行機事故により38歳で亡くなり、そのため慈善活動に貢献した選手に贈られる賞にその名が冠されることになった。

20位 ジェームス・アンドリュース(1942-)

肩、肘、膝に関する整形外科医。1985年ロジャー・クレメンスに施術した関節鏡手術で脚光を浴び、以降もスポーツ医学の権威として数多くの選手の手術を担当している。

21位 ジョー・ジャクソン(1888-1951)

シューレス」の異名で知られるMLB初期の名選手。しかし、MLB最大の八百長事件であるブラックソックス事件に巻き込まれ、MLBから永久追放された。ファンは彼に同情的であり、いまなお悲運の選手として記憶されている。

22位 ピート・ローズ(1941-)

最多安打4256本や最多出場3562試合などのMLB記録を持つ「安打王」。しかし、引退後の1989年に野球賭博に関わっていたことが発覚し、MLBからは追放された。

23位 ウィリー・メイズ(1931-)

走攻守すべてに優れたMLB史上最高のオールラウンダーであり、当時MLBにおいて台頭しつつあった黒人選手の代表格でもあった。オールスター24回出場は最多タイであり、「オールスターはメイズのために作られた」と評された。

24位 コニーマック(1862-1956)

1901年アスレチックスの初代監督に就任すると、それから1950年まで指揮を取り続け、5度のワールドシリーズ制覇を成し遂げた。もちろん監督の就任期間としてはMLB史上最長である

25位 ハッピーチャンドラー(1898-1991)

上院議員ケンタッキー州知事、そして第二代MLBコミッショナーランディスが黒人参加に否定的だったのに対して、チャンドラー進歩的であり、1947年ドジャースおよびジャッキー・ロビンソンを支持し、その契約を承認した。

26位 オリバー・ウェンデル・ホームズジュニア(1841–1935)

連邦最高裁判所の名判事として著名。1922年、球団が選手の移籍を制限できる「保留制度」について、それが反トラスト法に該当しないとの判決を下した。これにより、現在までもMLBは反トラスト法適用免除の特例として扱われている。

27位 バーニー・ドレイファス(1865-1932)

1900年パイレーツオーナーとなった。その後のナ・リーグア・リーグの対立を調停し、「ワールドシリーズ」を提唱して1903年の初開催に尽力した。また1909年に、鉄筋コンクリート製の近代的な球場を建設したことでも知られる。

28位 アレクサンダー・クリーランド(?-?)

スコットランド出身のビジネスマン1934年、野球発祥の地であるクーパーズタウン(これはスポルディングが広めたデマであるが)に野球博物館を作ることを思いつき、そのアイディアアメリカ野球殿堂の元になった。クリーランド自身は野球に全く興味がなかった。

29位 テッド・ウィリアムズ(1918-2002)

レッドソックスで活躍し、MLB史上最高のバッターの一人とされる。最後の4割打者であり、通算出塁率.482はMLB記録である1970年に刊行された、自身の打撃理論を記した「The Science of Hitting」は、後の多くの打者に影響を与えた。

30位 デビッド・ネフト(1937-)

大学で統計を学び、1969年スポーツ百科事典「The Baseball Encyclopedia」を、1974年からは「Sports Encyclopedia: Baseball」を毎年刊行し、高い評価を得た。他にサッカーバスケットボール百科事典も編纂している。

31位 トニー・ラルーサ(1944-)

ジョン・マグローらと並んでMLB史上最高の名将とされる。ホワイトソックスアスレチックスカージナルスの監督を歴任し、ワールドシリーズを3度制した。データを駆使した細かな継投を得意とし、現代的な「クローザー」というポジションの確立に貢献した。

32位 レフティオドール(1897-1969)

MLBで首位打者を獲得するなど活躍し、引退後は監督となった。1934年に日本の野球チームと対戦したとき、相手チームに「ジャイアンツ」というニックネームを贈った。1949年に訪日した際にはチームを率いて全国巡業を行うなど、戦後日本に野球を広めるのに貢献した。

33位 ロイ・ホフヘインズ(1912–1982)

アストロズオーナー1965年世界初ドーム球場アストロドームを建設し、さらにドーム球場では天然芝が使えないために、人工芝アストロターフを開発した。人工芝70年代に流行し、その走りやすさからMLBの野球をスピーディなものに変えた。

34位 ロバート・ボウマン(1955-)

MLBのインターネット部門であるMLB Advanced Media社(MLBAM)のCEO。MLB.comを運営し、試合のオンライン配信や、チケットの販売などを開始したことで、巨額の利益を上げている。

35位 マーク・マグワイア(1963-)

1998年サミー・ソーサとの最多本塁打争いにより、1994年ストライキで低迷したMLBへの注目を取り戻した。最終的に70本塁打を放って当時の新記録を作ったが、2005年頃からステロイドの使用が確実視されるようになり、その名声は失墜した。

36位 カート・フラッド(1938-1997)

1969年カージナルスに所属していたフラッドはトレードを拒否し、マービン・ミラーと共に「保留条項は反トラスト法違反であり、トレードは無効である」との訴訟を起こした。裁判には敗れたが、この事件をきっかけにFA制度が導入された。

37位 野茂英雄(1968-)

日本での任意引退を経て、1995年にMLBのドジャースと契約した。30年以上前の村上雅則を除けば、MLBで長年に渡って活躍した初めての日本人選手であり、その後も続々とMLBに移籍する日本人選手たちの先駆けとなった。

38位 メリッサラットク(1951-)

1977年ワールドシリーズで、当時のMLBコミッショナーだったボウイキューンは、女性記者であることを理由にラットクの取材を許可しなかった。彼女は平等な取材を求めて訴訟を起こし、勝利した。これ以降、全てのチームが取材に制限を設けないようになった。

39位 ビル・ドーク(1891–1954)

1920年カージナルスの選手だった彼は、野球用品メーカーとして有名なローリングス社に、グラブの親指と人差指のあいだに「網」を貼るべきだと提案した。これにより現在の形の野球グラブが完成した。

40位 セオ・エプスタイン(1973-)

2002年レッドソックスのGMに史上最年少となる28歳で就任する。2004年のWS優勝で「バンビーノの呪い」を打ち破ると、2012年には新たにカブス球団社長となり、2016年のWS優勝で「ビリー・ゴートの呪い」までも打ち破ってみせた。

2013-08-16

夏の甲子園批判の批判

議論の中で、野球スポーツ自体?)が嫌いな人が呪詛をまき散らしてるようにも見受けられたので交通整理のために。

 

 

 

 

ドームでやれ→ドーム球場人工芝なので、ちょっと無理をするとケガしてしまリスクが高くなる。やはり天然芝球場

やらせてあげた方がいい。

 

冬にやれ→サッカー等とちがってずっと動き回るスポーツではないので、冬にやると故障危険性が高くなる。

 

秋にやれ→まとまった連休がないので学業に支障をきたす。

 

熱中症の恐れが→攻撃時に水分補給できるし、少しの休憩もとれる。そもそも普段から鍛えていて暑さにもある程度

慣れている。高校球児心配をする前に先ず熱中症でバタバタ倒れてるコミケ参加者の方を心配をするべきでは。

 

阪神死のロードが→京セラドームでやれるんだから特に不利ということはないby金本知憲

 

日程が→これは余裕を持たすべきだと思う。3回戦と準々決勝、準決勝と決勝の間に1日欲しい。

 

球数制限→これはなんらかの形で制限すべきだと思う。色々問題もあるけど。

 

 

現実的な改善案としては、一部の試合グリーンスタジアム神戸でやって日程に余裕を持たすことぐらいですかね?

 

  

追記:甲子園のベンチには冷房がついているので、選手熱中症になることはなかなか考えにくいのではないでしょうか。

追記2:コミケの話は皮肉として入れました。

http://anond.hatelabo.jp/20130816132334

いや全然そういう話じゃなくて、

野球って本来命かけるスポーツじゃないのに真夏に屋外球場でやるのまずくね?」

って話でしょ。

ドーム球場でやるとか真夏開催でなくすとか早朝やナイター開催にするとか、酷暑を避ける方法はあるのにそれが諸処の事情で実装されないってのが問題なのではって話で。

それを未成年意志の話にするの問題のすり替えしかないと思う。

命のリスクがあるスポーツ登山とか一部のマリンスポーツかいくつかあるわけだけれど、それらと高校野球特に夏に大会を開催するって全然別の話だよね。

http://anond.hatelabo.jp/20130816063759

気温のことを考えるとさ、

夏の甲子園北海道春の甲子園九州あたりでやるのがいいんじゃね?

甲子園ドーム球場にして涼しくしてもいいかもな。

風情がない?

風情のために未成年殺すな

2011-10-20

はわわわわー マルチです

一昨日マルチ商法に勧誘をうける。

ありがちな、「最近疎遠な知人から

商法はともかく、商品が微妙

薬でもないのにやたら高いが、中間コストカットしてお得という。

一食350円インスタントスープとか。

しかも、商品よりやたらにビジネスを強調してくるが、こんなコストパフォーマンスの悪いものを誰が欲しがるというのか?

商法や商品以前に利益率を優先させ過ぎなのか、やたら単価が高すぎる。

首相カップラーメンとか笑えないレベル

くすりじゃないの。薬効なんかないし、当然トクホではないし。

そもそも、数ミリグラム漢方とかですら少なすぎ。

しかも謎の抗酸化作用がある成分とか入ってるらしい。

特許申請中とか、四年前らしいのにまだ特許とれてない。

効果ないんじゃないかな?

あげく別の有名マルチ広報誌もってきて、アルファディストリビューターリッチさを強調。

個人でドーム球場とか借りてどうするのか。

っていうか、同業他社だし。

創業者資産だか売上だがが何千億円だとか、海外大学やら三ツ星ホテルやらが併設された企業都市建設中だとか。

アホかとバカかと。

そりゃ、一個数百円の品物を中間マージンカットして一万円で売れば儲かるだろうけど、消費者なめすぎ。

詐欺でなければただのインチキ

違法というか阿呆である

さらにオチとしては、中華企業らしいということ。

体によい気がちっともしない。

2008-08-18

ボール乞食

ドーム球場野球(二軍)の試合を見に行った。途中で気づいたんだけど、攻守交代の時に「ボールくださーい」って叫んでいるガキどもがフェンス際に群れているのね。最初は一塁側のほうにたくさんいたんだけど、試合が進むにつれ三塁側にもその手のガキ(+大人)が群れてきてウザいったらありゃあしない。ボール回し終わった時とかにそうやって声かけても別にいいんだけど、だんだん酷くなってきて、選手フライ捕って1アウトになっただけで「ボールくださーい!」の大合唱。気持ちはわかるけどあのボール乞食っぷりは何なんだ。つうかフェンスにへばりついててもそこにボールはまず飛んでこないだろ。

飛んできたボールへの群がりっぷりもハタで見ているぶんにはいいんだけど、あれに巻き込まれるのは勘弁だなあと思った。実際他の客をまきこむ危ないシーンも見たし。なんかオバチャンがキレてたよ。そりゃあキレるわな。

んで、ボールを捕れなかったガキどもの、捕った奴に向ける恨みがましい視線とかブツブツ言う恨み言(なんであんなところに投げるのか=自分のほうに投げないのか)がなかなか面白かった。自分も昔はあんんな感じだったなあというどんよりした気分にも。

以上、久々(というか十何年ぶりか)の生野球観戦でした。

 
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