はてなキーワード: 分心とは
きっと私は誰かの一番はなれないし、私も誰かを一番に選ぶことなんてないんだろう。
私は誰かを好きになることもなく生きてきた。恋をすることなく生きてきた。
学生時代には友人の恋バナを聞いて、会社に入ってからは同僚や先輩たちの恋人の愚痴を聞いて生きてきた。いつかは自分もこうなるんだろうか、なんて考えながら。
小学生の頃、○○ちゃんは○○くんのことが好きだとかそういう噂話をよく聞いた。小学生の頃の「好き」は何だかおままごとみたいというか、噂する方もあまり真剣みがないというか、子供らしい遊びの一種というか、とにかくなんとなく「軽かった」。
中学生になってからは、そういう話は仲の良い子達だけでひっそりと語るようになった気がする。小学生の頃よりはそういった話題に慎重になった感じがするのだ。彼氏、彼女という言葉に現実味が出てきた。
テスト期間中、少し早く登校したときに、教室で同級生が仲睦まじくしているのに少し驚いた。邪魔をしてしまったなと思いながらも私は席についてテスト勉強をし始めた。
高校生。私の周りだけかもしれないが、恋人がいる、交際をしている……という子は少なかったような気もする。それでも中学生の頃よりは恋人がいる子が増えた。彼氏、彼女持ちは鞄にお揃いのディズニーのマスコットをつけていた記憶がある。一緒にディズニーに行ったんだろうな~。そんなことを考えていた。
高校生になる前はうすぼんやりと「高校生になったら私にも恋人が出来るんだろう」と思っていた。雪が溶けたら春が来るだろう、くらいの何の根拠もない漠然とした話だ。当然、私には彼氏も彼女もできなかった。
私は大学にはいかずに専門学校へいった。ちょっと特殊な学校で、私の在籍した科には十人ほどしか人がいなかった。男女比は極端に片寄っており、でもそれに何らかの不満も抱くことはなかった。ここでも恋人は出来なかった。けれど周りを見渡せば、恋人がいない方が珍しかった。バイト先や高校で知り合った人と交際しているのだ、という話に私は「すごいね」と笑った。自分には何だか現実的でない話のように思えたから、本当に他人事だった。
恋人が欲しかったか、と言われると返答に困る。人の話を聞くといたら素敵だろうな、お休みの日に出掛けたりしたら楽しいのかな、などと思えるけれど、女の子達の「彼氏とずっとラインしてる」や「三日もラインに既読がつかない」なんて話を聞くたびに正直『めんどくせぇな』と思った。そんなにこまめに連絡を取る几帳面さは私にはなかったし、そんなにたくさん話すことがあるものなのか、と驚いた。
でも、クリスマスになると男女問わず恋人に何をプレゼントしよう、どこでデートしよう……なんて頭を悩ませているのが素敵に見えた。恋人がいない身ながらも、プレゼントはこんなのがいいんじゃないかとか、こんなところでデートできたら素敵だとか、友人の相談にほんの少し乗ったこともある。
会社に入ってからも、私は恋人を作ろうとはしなかった。多分心のどこかで突然できるものだと思っていたのだろう。望まなくともそのうちなるようになるんじゃないか。今は恋人より仕事の方が大事だし。そんな風に考えて、結局ここまで来てしまった。
かつての同級生も結婚や出産をし始めている。二十三才の頃に「このままじゃいけないんじゃないか」と焦って婚カツをしてみたりもした。そこで私は気づくのだ。「私は恋が出来ない人間なんじゃないか」と。
そこまでの経緯は省くが、婚カツをしていてなんとなくいい雰囲気になった人がいた。何回か一緒に出掛けたりして、ランチしたりショッピングもしてみたりした。何しろ恋愛経験がないから男女が二人で連れ立って何をするものかもわからない。それでも何となくそれらしいように振る舞った。そのくせ、ショッピングしている間も食事をしている間も、私の頭の中には「何をしているんだろう」という疑問がずっとあった。
知らない人とご飯を食べて、買い物して、それで私は何をしたいんだろう?どうなりたいんだろう?
デートのような何かを終えて、別れ際に相手の人が笑顔で「またね」と手を振ってくれた。
本来ならこれはとても良いことなのだろうし、私に好意を向けてくれたのは本当にありがたいことのはずなのだ。けれど私は「ええ、また」と微笑む一方で「馴れ馴れしいな」と思ってしまった。
馴れ馴れしいな。そう思ってしまった瞬間に、私は「恋が出来ない人間なんじゃないか」とふとひらめいてしまった。
厳密に言えば私がしていたのは婚カツだし、婚カツとは結婚相手を探す活動だ。だからもしかしたらそこに「恋」を求めるのはお門違いなのだろう。
ともかく、好意を向けてくれたのであろう相手に「馴れ馴れしいな」と思ってしまった自分の最低さを恥じながら、私はその半月後には婚カツをやめていた。
恋人ってなんだろう、と思春期のような問いをずっと抱え続けている。婚カツをしている間にドライブに誘ってくれた異性も、夜の食事に誘ってくれた異性もいる。けれど、最終的には「面倒くさい」「ちょっと気持ち悪い」というような、本当に失礼な気持ちを抱くに至ってしまった。
ドライブといえば車の中でふたりきりなのだろうし、夜の食事といわれるとどうしても身構える部分がある。
「用心深すぎる」「隙がない」。知人友人によくそう指摘される私は、ここでも用心してしまった。
車で二人きりになって、そのまま知らないところへつれていかれたらどうしよう。食事で席をはずしたときに飲み物に変なものを混ぜられたらどうしよう。
書き出していて思ったが、これは都合のいい自分への言い訳なんだろうな。用心深く相手を見るということは、つまりは相手を信用していないというわけで、きっと私は端から相手のことを信用しようだなんて思っていなかったのだろう。でもそんな自分を正当化したくて「用心深い」なんて話を引っ張ってきたんだろう。
人を好きになるということは、その人を尊敬するのと似ているように私は思う。尊敬できる部分があるから好きになれるんだろうと思う。一緒にいて心が楽になるとか、楽しいとか、そういうメリットがある人間を人は「好き」になるんだと思う。自分にとってデメリットばかりの人間を好きになるひとがいるとはちょっと思えない。
私も友人や家族のことは好きだ。尊敬できる部分があるから。でもそれは「恋」じゃない。
恋をしてみたかった。
自分の中の何かを決定的に塗り替えてしまうような、その人のことしか考えられなくなるような、一言言葉を交わすだけで胸がドキドキするような、そんな経験をしてみたかった。
けれど、自分がそういうものを望めない人間だというのを何となくだがさとってしまった。
きっと恋をすれば、恋人になれば、手を繋ぐ以上のこと、キス以上のことにもなれていかなくちゃいけないだろう。しなくちゃいけないんだろう。私にはどうもそれが出来ない。
手を繋げるのはおそらく家族と友人の範囲までだろう。他人の体温は生ぬるく、どうも落ち着けそうにない。キスも同じだ。映画、ドラマ、アニメ、漫画。物語の中で交わされるそれはドラマチックだけれど、自分がすることを考えると鳥肌が立つ。
一人でいるのは気が楽だ。自分のことは自分で決めて、自分以外の何者にも振り回されないというのがすごく楽だ。
誰かの一番にはなれそうもないし、誰かを一番に思うこともなさそうだ。でも自分が一番楽ならそれでいいや。最近はそう思いながら、恋人がいないことに悩む二十代のふりをしている。
まず、プライドが高い。文才も地の頭の良さも無いのに、どうしてか自分は頭が良いと思いがちである。
極め付けには、「プライドが高く才能も無いのに相対評価にいつもびくびくと怖気付いている私は馬鹿なのだ」と分かりきっているようなことを考えて、まるで自分のことを本当に理解しているからこそ卑下するのだという態度を取る。
こんな人間の戯言でも良ければ見ていってほしい。
私は二次創作で小説を書いている。ペースは1〜2週間に8千〜1万字程度の短編を一本。生活を圧迫しない程度に小話を書いて満足している、趣味には飢えていない物書きごっこ大好き遅筆人間である。
小説を書くのは楽しい。また理解出来ないようなキャラクタの心情をどうにか知ることは出来ないかと考察に走ってみることも楽しい。但しその考察の目的が「キャラクタを知りたい」というものである以上、その楽しみが「考察をすること」に留まってはいけないと思うし、考察によって自分が得た「キャラクタの心情」が一次のキャラクタが持つそれと同一であると盲目的に信じることもいけないと思う。
話が逸れてしまったのですぐ上で述べたことを繰り返すと、私は文章を書くことに対して喜びを感じている。元々勉強でも現代文が一番得意で、本も同年代の平均的な読書量と比べれば読んでいる方だろう。文章に対して苦手という意識は無く、文を読むこともこねくり回すことも大好きな部類の人間だ。
だから好きなキャラクタについて文章を書くことも楽しいし、それ自体が目的であり手段であるのなら「○○について話書くのたのしいな!」で思考がストップしても別に構わない。それが当然の帰結であろう。
けれど、そこで終われないのだ。
書き終わった後作品をコミュニティサイトにアップし、どれくらいの人から良い評価を得られるかが気になってしまう。数時間おきにページを開き、通知を確認してしまう。
その上、他人が書いた作品に付けられた評価と自分の作品に与えられた評価とを見比べ、一概に言えるわけもないのに「自分の方が上手い文章であるのにどうしてこの人の方が褒められるのか」と苛立ってしまう。“一概に言えるわけもないのに”という表現からも、私のプライドの高さが伺えるとは思う。
pixivを例に挙げると(実際私が今小説を投稿しているサイトはpixivではないが)、pixivには閲覧者があなたの作品が好きですという感想をマウスをワンクリックするだけで伝えることの出来る「すき!」という評価用システムがある。
勿論閲覧してもらうこと自体嬉しいのだが、好きだと言ってもらえることはもっと嬉しい。嬉しくてたまらない。しかしその嬉しいという純粋な感情は、次第に「私はこれだけ評価されている」という目を背けたくなるような慢心へと姿を変える。
そして評価されているのは私ではなく私が書いた小説であるということにも気が付かずに、「私はこれだけ評価されている」という偉ぶった思いが、いつのまにか「他人があれだけ評価されている」という妬ましい思いにすり替わっているのである。
実際pixivではランキングという一つの評価の指標のようなものがあり、そのランキングがその時の利用者の間の流行に左右されて一つのジャンルで埋まることがあるとしても、競争心のようなものが煽られているような気はしなくはない(利用者が気軽に「評価の高い≒高確率でハズレではない」作品を閲覧出来るようにという意図によって作られたのだろうけれど)。
しかし私の利用しているサイトではランキングシステムはなく(世間様の目に触れてはいけないようなジャンルを扱う人々が作品をアップするサイトであるからかもしれない)、皆恐らくのんびりと創作に勤しんでいるはずだ。競争心を煽るようなものはどこにも見つからない。
にも拘らず、だ。私は人様に寄せられた好意と私の作品に寄せて下さった好意とを失礼なことに比較して、剰え自分の方が優秀であるだろうなんてことを考えている。好意を寄せる人々とその“人様”とを侮辱しているようなものではないか。
まあ多分、きっと、私の文章は面白くないのだ。それに今熱中しているジャンルは、本編の放送が終了してしまっている。だから離れていってしまった人も多いのだ、というのは言い訳として言わせてほしい。実際閲覧数も落ち着いてきている。
でも、本当に面白くないのだとは心の底では思ってなどいない。そんなの認められない。認めたくないのだ。だって、私にはプライドがある。私の文章が面白くないわけないじゃないか、という捨てられない最後の砦がある。
どうしてそんなクソみたいなプライドを持ち合わせてしまったかというと、それは中高時代の経験が多分にある。
私は中学受験をして、世間からはお嬢様学校と呼ばれるような学校に入った。御三家を第一志望とする受験生が第二・三志望で出願するような学校で(当時の話だ。今がどうかは知らない)、毎年数人が東大に行き、学年の半数以上が早慶上智、少なくとも皆GMARCHには行くくらいのレベルのそこそこ進学校である。めちゃくちゃバレバレだが。
小学校では中学受験をする子が周りにおらず、親も褒めて伸ばすタイプだったのが逆に悪かったのか何なのかは知らないが、いつのまにか私の中には「自分は頭が良い」という意識が生まれていった。
しかし中学に入って、私はだんだん勉強に追いついていけなくなる。100点のテストで70点しか取れなくて悔しがっていたのが、いつしか苦手科目や5教科以外の試験なら平均点や満点の半分の点数を取れればまあ良いやというようになってくる。
初めは真面目に通っていた鉄緑会も辞めてしまい、鉄壁はその厚さにギブアップしてターゲット1900に切り替えるなど楽な方を選択して勉強もまともにしなかった為、高3では地獄を見る羽目となった。
それは元々の私の性格である怠惰さや勉強があまり好きではないという思いから来るものであり、また自分よりも学にも芸にも秀でている友人を見ていくうちに漸く得た「なんだ、自分って大したこと無いんじゃん」という諦念の感によることだったのかもしれない。
けれど、私は「自分は出来る子だ」というプライドを捨て切れなかった。
夏休みの課題で提出する小説で賞を貰ったこと、授業で誰一人理解することの出来なかった『こころ』の友人Kの感情を自分だけ読み解けたこと、センターや志望校の過去問で絶対に現代文だけは間違えなかったこと、そういう取るに足りない誰もがきっと忘れていくような些細な物事の欠片を、歩いてきた道を振り返ってしゃがみこんで目を凝らして拾い集めた。
誰にも自慢出来ることがなく、性格が良いわけでもなく、美人でもなければ気が利くわけでもない。友人と呼びたくとも向こうがこちらを好いていなかったらどうしようと怖くなって友達もあまり作れなかったし、部活で一緒だった数人の友達と呼べる人たちが皆国立理系コースに進む中私だけ私立文系という道を選んだ(算数嫌いが祟って数学も駄目だった)し、夢もなく何かに向かって努力したかと言えば泣きながら日本史の熟語を頭に詰め込んだ時くらいだ(暗記科目が苦手なくせに受験で使った)。
要するに救いようのないくらい臆病な馬鹿だ。出来ないことが多すぎて、常に劣等感に苛まれている。しかし臆病であるからこそ本当に自分は駄目なんだと諦めたくなくて、「自分は馬鹿じゃない」と思い続けている。
結果として大学受験はセンター滑り止め他志望校で躓き続け、奇跡的に第一志望だけ合格したのだから始末に負えない。世間様に馬鹿にはされない学校に入ったことで、人生設計の全く捗らない行先に少しは安心出来る要素がプラスされたくらいのくせに、私の「自分は出来るんだプライド」は強化されてしまった。
「どうしてどうせまともに勉強もしていないようなあなたの文章が、W大文学部の私が書いた文章よりも評価されるの?」
「どうしてあなたがテキトーに書いた3千文字も無い文章が私の1万字よりも評価されるの?」
「どうしてまともに『てにをは』を使えないあなたの文章が私の文章より評価されるの?」
というような泣きたいくらいの進化が遂げられてしまった。いやもう泣いてる。見ず知らずの人を絶対に自分よりも下流の努力していない人間と決めつけて、自分の付加価値で殴ろうとしている。文章は長ければ長いほど良いと思い込んでいる。三番目は許してほしいが、信じられない愚行だ。
まず第一に勉強が出来る(=成績が良い)ことと文章が面白く書けることとは全くもって関係がない。ウィットな文章を書けることと教養があることとは関係があるだろうが、そちらは関係がない。
第二に学歴で文章を判断するのは間違っている。学歴が無くても面白い文章は書けるし、一般大衆にウケたり賞も獲れたりする。
まったく評価の基準が間違っているとしか言いようがない。視野が狭い人間なので他にも叩ける部分はあると思うのだが、溜息しか出ない。しかもわかっているのに直せない(と思い込んでいる?)のだからどうしようもない。どうしたら良いのだろう。どうすれば良いのかわからなくて、途方に暮れている。
嫌な人間になってしまったものだと思う。でもこの世の中は競争社会で、相対評価が当たり前で、何かしら人と比べなければ気が済まない人々に囲まれた環境に置かれればそうなってしまうのも致し方ないのではないか、と自分を庇ってしまいたくもなる。
誤解の無いように言っておくと、他人様の文章に感動しない人間ではない。寒い部屋で鼻水垂らして泣きながら読んだ大好きな小説もあるし、してやられたと最後の最後でのどんでん返しにニヤついてしまうこともある。
しかし「人に馬鹿にされたくない」という思いと「人に評価されたい」という思いが混ざると、こんな面倒なことになってしまう。でもどちらも当たり前の感情だとも思うから、返って対処の仕方が解らない。
作品に関しては宣伝がもっと上手く出来れば閲覧数が伸びるのではないか、という指摘もあるかもしれないが、表立って書いてますとは言えないジャンルの創作なので、そこの辺りは難しいのではないかと思う(一応ツイッターにそのジャンル専用の鍵アカウントを作ってあるが、相互が40人程度の小規模なアカウントだ)。
人に賞賛される喜びが捻じ曲がって醜い嫉妬に変わり果てるのは、今私や私の小説を好きだと言って下さっている方々の思いの否定にもなりかねず心苦しい。
今回はそういう気持ちをどこかに吐き出したいと思いチラシの裏感覚で文章を書いたのだけれど、割合すっきりしたのと同時に恐らくこれからもそのような自己矛盾と付き合っていかなくてはならないのだろうな、という実感が湧いてきている。
何があっても筆は止まらないし、折るつもりもない。文章を書く喜び、キャラクタに向き合う喜び、そして人に賞賛されるという喜び。それらの何物にも代え難い快感を知ってしまったら、もう当分心が大人になりきれるまでは、ずっと苦しみ続けなければならないのだ。
承認欲求、と言えばネットではほぼ批判が込められた使われ方をするのが一般的だが、マズローなど持ち出さなくとも、社会で生きている者にとって、他人との関わりからモチベーションを得る欲求があるのは自然なことと言える。
しかし、自分を表現することが推奨され、SNSで手軽に賛同やいいねが得られ、LINEで好きな時に好きな相手にコミュニケーションを取れる現代、質の低い他者承認をサプリメントのように得ることに慣れてしまった人々は、承認が得られないと心身にエラーを起こす、中毒患者のように惨めな存在に成り果ててしまった。
大体、社会で生きるのに、人との繋がりは必要だが、他人からの必要以上の承認は必要だろうか?屋根があって飢えなくて着るものがあれば十分ではないだろうか?自分の裁量で社会を生きていけるのなら、何ら他人に恥じる必要もない。好きな音楽を聴き、好きな風景を眺め、食事の味を楽しみ、お気に入りの本を読んで思考を巡らせる、そう言った生活で十分心豊かに暮らせると思う。むしろ、承認が得られずに心身に不具合が生じる方がリスクなのではないだろうか?
他者承認を過剰に求める人々は、社会に対しても影響を広げる。サイン会でアイドルに斬りかかる男、女性性を売って承認を得るアイドル、承認乞食になった女をアイドルに仕立て上げて金と若さを吸い上げる、脂ぎった大人たち。
愛されている事を試すためにひっきりなしにLINEを恋人に送り続ける人格障害者、モテないルサンチマンを持て余して恋愛工学などとたわ言を掲げて通行の邪魔をする男たち。自分の思い通り育たない子供を抑圧する毒親。根性論やビジネス論を振りかざして若者からやりがい搾取をするブラック企業の経営者。不倫男と不倫男に依存する女……
他者に自分を認めさせる必要に駆られたために、無理矢理他人を洗脳しようとして社会を害を成す事は幸せな事だろうか?アルコール中毒患者は自分がアルコールによって不幸になったことを認めないが、レベルの違いはあれど、承認の不足によって不幸になった人々も、また自分が不幸である事を必死に否定するのだろう。彼等彼女等が不幸かどうかは興味がないが、どうか周囲に歪みをもたらさない事を祈るばかりだ。
高校を出るくらいまでは常に成績トップで、1浪したけど旧帝大の中でも上位のほうの大学へ行った。
中高生のときから漠然とではあるが将来の夢を持ち、それにまい進していたのだが、大学在学中に急に覇気がなくなって人生諦めモードになり、夢を捨て、就活の準備もできずに失敗し、今日までの10数年間、何度か会社を変わりながら現在は地元に帰って地元の中小企業の世話になっている。
大学の学部やサークルの同期・先輩・後輩は皆ことごとく大手上場企業に就職したり独立系資格を取得したりして各方面で活躍しており、素晴らしい社会的ステータスを手に入れている。
(その分心労は絶えないのだろうが)
それに引き替え自分は夢だった資格取得は挫折し、就職先も転々としながら地元に逃げ帰って名も知らぬ中小企業にいる。
たまに同窓会的なものがあれば呼んでもらえることがあるが、皆が内心自分のことを嘲笑しているように思えてならない(被害妄想なんだろうけど…)。
当然と言えば当然か、平均的な願望はあるが結婚もしていない。
上記の通り自分に自信が持てないから、好きな人を振り向かせることすらできない。
自分自身は今の生活が気に入っている(地元というだけで無意識のうちにどこか安心できる環境が好き)し、そもそもこうやって他人と比較ばかりする生き方なんて自分の首を絞めるだけだってことは頭ではわかっている。
ただ、周囲はそうは見てくれないから、どんどん自分の居場所を狭められる…ような気がしてくる。
地元に帰ったのは、両親だけは絶対に自分を蔑んだり嘲笑したりはしないという安心感があるからだ。
本当は1人暮らしして名実ともに自活したいのだけど、今ならおそらく心を壊してしまうだろう。
過去が誇らしく思える分、今のみじめな生活はなおのこと耐えがたいものがある。
かといってすぐにタヒぬ勇気もなく、このままみじめな姿をさらし続けなければならないと思うと、この先暗闇しかない。
あれなんでやるんだろうって言ってる人多いから自論だけど教えてあげる。
普通の人間でも会社とか上司の愚痴をネットに書き込んでスッキリしてる人沢山いるし、腐女子にとっての地雷ツイートとか旧ジャンルへの砂かけもその一環。ストレス発散でしかない。
それを普段使いのヲタ垢でやるなよと思うけど、そもそも悪口でストレス発散するタイプの人はその辺の気遣いが欠けてる場合が多い。
それを見て心底ムカーッとしてしまう人も、たぶん同類だから気をつけたほうがいい。自分は分別ついてるツイッタラーだからそんなことする人の気が知れない!って怒りとか呆れにまかせてツイートするのって、その話題に反応してるわけだし、ちゃっかり自分は違うといい人アピールしてるわけでただただ地雷アピールしてる人よりたちが悪いなって個人的には思ってる。
そもそも自分がそういう怒りツイートめっちゃしたい(そして分別ついてるいい人だと思われたい)タイプだから、(ただクソみっともないのもわかるので)鋼の自制とクソ愚痴垢で頑張って抑え込んでいる。
以下、この手の問題を解決するための自分なりの方法を紹介するから、よければ使ってください。
なお、Twitterやめれば解決するって当たり前の事実は無視する。ツイ廃にそれは難しいからね。
まず、プロフに何のアピールポイントも記載しない鍵垢を作る。ストレス発散用なので誰もフォローしないでください。身近な友人にすら教えないでください。ここに書き込むことすべては人間の暗部です。
で、Twitterで何らかの学級会が始まり、ムカムカやヘイトが溜まった場合、鍵垢へ。思う存分心のモヤモヤを書き込みまくる。
その問題について色々ゲスサーチしたい場合も鍵垢ログイン状態で思う存分調べればいいしなんならいいねしてもいい。誰も気付かないし後から何度も嫌いなもの咀嚼して「クソガアアアアア」って怒ることがストレス発散になってる私みたいなタイプの人間にはうってつけだ。
なにより、自分がどんなにいい人のふりしようと闇が濃い人間なのを早く自覚したほうがいい。
これができていると自分の暗部を正確に把握することによって愚痴垢にポイする案件と人に見せてもいいことが明確に区別できる。いい人でもないのにいい人のふりができる。別に自分性格わるっとか思わなくていい。みんな日常生活では当たり前にやってる。
汚い例えだけどクソするときはトイレでするのと一緒。クソを流すトイレを作っておけば誰にも迷惑をかけない。砂かけとかマウンティングとか地雷学級会の何が迷惑かって、誰もかれもがそのままクソを垂れ流すか、クソをきれいに見せようとよくわからない方向で努力するから見苦しいんだわ。そもそもトイレ以外のところでクソするなやってことは意外と誰も言わない。
公衆の面前じゃないとクソできないし気持ちよくない!って性癖の人はもうそういう性癖だから仕方ないにせよ、分別ついてるツイッタラーしたい人ならなおさらトイレ建設を勧める。っていうか誰もがやってくれ。トイレじゃ我慢ならなくてこんな意見表明しなきゃいけない位には人の穢れにうるさいクソ人間なんだよ私は。
そもそも砂かけの語源になってる猫の排泄ですら砂かけて隠そうって意識があるのに人間はクソを隠そうともしねぇのって何なの。そんなに人に自分のクソを見せたいのか。見せたいんだろうな。少なくとも見せられては人を呪う位ムカついている私がいるし、私のような人間は他にも沢山いるってことを肝に銘じて生きていって欲しい。クソはおしなべてクソ。以上。
(※なお、本当に本心からこの問題を理解できない層が一定以上いることも理解している。ただ、人間心理上本当に理解できない事象には触れない人のほうが多いと思うからやっぱりこういう学級会ごとに自垢で「私には理解できない」言わないと気が済まない人は早急に愚痴垢を作ったらどうかと思う。お前の心の闇は深い。)
他部署にお願いしていた仕事が完了したと連絡を受けて引き取りに行ったら、一工程手前までしかできていなかったので、「これやってないんですか?」と尋ねたら、「それはそっちの仕事でしょう。前からずっとそうだよ」と言われた。
同様の仕事を別のチームに頼んだときはそんなことなかったので、上司に確認したら「今までが間違い」ということだったので、それを伝えると「今までが間違いってどういうことだ」と怒られ、お願いしている仕事の責任者(怒った人とは別の人)とともに上司のところに行くことになった。
上司から「今までのやり方がおかしかったのだが、正しい工程が特に明文化されていなかったので、これまで不問にしていた。だが、体制が変わったことを機に、自分が経営陣に提案して、統一することにしていた。それを今回説明していなかったのは、確かにこちらの落ち度なので、今回はその工程から我々がするが、次回以降はやってもらいたい。」と説明してもらい、その場で相手責任者は納得したのだが、再度その話を相手責任者から他部署へ説明してもらうと、前責任者(さっき怒った人)から「じゃあ、さっきのあなたの説明が間違いか、『ミス』って言葉は勝手に自分で解釈して言ったのか。」とまた俺が怒られた。
俺も「あれ聞き/言い間違えしたか?」と思い巡らせたんだけど、俺は「今までがミスでした」と言ったことになっているのは前責任者の聞き違えだし、そもそも一連の説明に矛盾点はない(前責任者的には「おかしい」と「間違い」は違う意味らしい。厳密に言うと確かに違うけど)はずなのだが、「「ミス」と「おかしい」は全然違う意味だ。勝手に自分で解釈したのか。ちゃんと伝えろ」などと、かなり詰められた。俺は「その場で上司から聞いた言葉をそのまま伝えただけだ」と2回繰り返して、なんとかその場は現責任者が治めてくれたのだけれど、治めてくれなかったら多分心折れて言い間違えたことにしてただろうなあと思う。
そういう権威筋から「お前がやったんだろ」「お前が原因だろ」って怒られると、パワハラとかそういうのを抜きにして、正しいことを主張するのが怖い。で、自分が正しいかどうかの自信がなくなって、思わず「はい私がやりました」って言ってしまう。自分でも悪癖だと思うのだけれど、どうやったら心折れずに主張できるのだろう。
お母さんへ
こんにちは。 娘です。突然の事で驚かせてしまってごめんなさい。今日はどうしても伝えたいことがあって手紙を書きました。LINEだとどうしてもうまく伝えることができないので、手紙という形になってしまいました。時間がある時に読んでください。
結論から先に言います。お母さんは私に対しての距離が、世間一般の親が子に対する距離より近すぎると思うので、私はお母さんに少し距離を置いて欲しいのです。
私はお母さんにとっても世間一般にとっても、とても育てにくい子供だったと思います。何度同じことを言っても治せない、教えたことを忘れる、不潔、常識がない、頑固な割に自分の意見がコロコロ変わる、勉強ができない、運動もできない、不登校にはなる、体調をしょっちゅう崩す、叱ればキツイ言葉で言い返し反省の態度がみられない……沢山迷惑をかけたし、沢山お母さんを心配させ苦しませたと思います。
推測だけど、お母さんはそんな私になんとかできることを増やしてあげよう、直せてあげられないのではないかと考えたのではないでしょうか。だから、色々な習い事をさせてくれたり、できないことは何度も注意し、厳しく躾け、駄目なところを直そうと根気強く教えてくれたのでしょうね。お母さんは責任感も強い人だし、努力家な人だとも私は思います。それが更に拍車をかけたのでしょう。世間の人に「躾がなっていない子供」「子供がキチンとしていないのは母親が躾をしていないせいだ」と思われるのが辛かったのもあると思います。お父さんも助けてくれない、周囲の人に話しても分かってくれない、とても大変だったと思います。
でも本当にごめんなさい。そのお母さんの思い遣りの気持ちが、強い責任感が私にとってはとてもしんどかったのです。
私は多分もう何度注意されても直せないものは直せません。反省しても、後悔しても、失敗しても絶対に無理です。そういう生き物なのです。何故お母さんが怒っているのかがわかっても、私ができていないことでどう周りに迷惑がかかっているか、自分に不利益が降りかかるかが分かっても、絶対に直せません。直せていたら今まで生きていたウン十年間の内に直しています。だってそれは自分でも直したい部分でもあったから。自分の駄目なところで、周囲の人に迷惑をかけている自分が、堪らなく嫌で申し訳なかったから。でも私は直せませんでした。どう頑張っても無理でした。
だから、もう諦めてください。お母さんがどんなに頑張っても私は忘れ癖を直せません。お母さんが何度言ってもお弁当を出すことをこれからも絶対忘れ続けるでしょう。お部屋も片付くことはないでしょうし、忘れ物をし続け髪の毛を引っ張り続けます。そしてそれはお母さんの責任ではありません。私がそういう生き物だからです。だからもう諦めて下さい。お母さんの責任ではない問題は私の問題です。お母さんの問題ではないのです。忘れるなら何度でも注意してあげなきゃ!そうすればいつか直せるときに直せるようになるはず、という考えは捨ててください。逆です。今まで何度言ってきても直せなかったならこれから何度言っても直るはずがありません。もし直せたなら、それはお母さんが注意し続けてくれたからではなく、私自身がふとしたきっかけで、なんとか自分でもできる方法を見つけたからなのです。
お弁当を出さないなら次の日のお弁当を作らなくていいです。たくさんの洗濯物を一気に洗うのが嫌なら「そんなに沢山は洗えません」と言って部屋のまえに服を放置して下さい。カップを部屋に持っていかれるのが嫌なら自分専用のコップを100均で買っていきますし、そのコップは自分で洗います。自分の服を放置されるのが嫌なら服はもう一切貸さなくていいです。髪の毛が散らかしてあったら掃除したゴミを私の部屋の前に捨てておいてください。私のしたことで不利益を被ったら、不利益を被ったことに関係することで存分にやり返してください。
我慢してしょうがないけど可哀想だから「やってあげる」から腹がたつのです。できないならお母さんが「代わりにしてあげる」から過干渉と私に言われるのです。ならもう不利益を被らないようにし、被ったらやり返して下さい。私が困っていても「あなたの問題だからお母さんは知りません」でいいのです。それで私が何か文句を言ってきても「お母さんには関係ない」と突っぱねて下さい。それが私にとって一番いい距離間です。私ももうお母さんに送り迎えを頼みませんし、自分のミスの尻拭いも頼みません。必要以上に頼ってきたら突っぱねて下さい。下手な情けは必要ありません。それは決して私のためにならないと私は考えます。あえて冷たくしてくれた方が私は嬉しいです。
「私は間違っていない」「あなたが悪いから私は怒っているの」「あなたのためにしてあげたのにどうしてそんな酷いことをいうの」「努力していないから、話しを聞いていないからできないんでしょう」「言い訳ばかり達者になって」「お母さんが選んだ服の方がセンスがいい」「あなた一人じゃ無理だから私がやってあげる」という考えは私に通用しないと思って下さい。
価値観が違えば、「私は間違っていない」と思っていても、相手は「自分の方が正しい、あるいは間違っていてもそれ相応の理由がある」から怒っているのです。「あなたが悪いから私は怒っているの」ではなく、お母さんは「あなたに怒っているから私は怒っている」のです。「あなたのためにしてあげたこと」が相手にとって不快であることだってあるだろうし、寧ろ迷惑極まりないこともあるということを認めて下さい。「努力していない、話しを聞いていない」と思っても、あなたが思いつかない方法で努力していたりするのです。「言い訳」は「相手にとっては正当な理由」だし、「分かっても努力したくないし具体的にどうすればいいか分からないし出来そうもない」なら「そんなの知らない」で構いません。「お母さんのセンス」が必ずしもいいものであったり私に似合うものではないし、「私のセンス」は似ていてもお母さんのセンスによって育てられたものではありません。「私一人で無理なもの」はお母さんが助ける必要は、私が助けを求めない限り必要ないのです。本当に困ってないからお母さんを呼ばないのです。
私とお母さんは他人です。私の悩みごとはお母さんの悩みごとではありません。
バイトを探してくれたのも嫌でした。酷く打たれたのも嫌でした。お洋服を選んでくるのもお母さんの服を頼んでもいないのに貸してくるのも嫌でしたし、塾に毎日迎えに来てくれるのもしんどかった。小学校受験も嫌だったし、習い事も苦痛だった。急に美容院に連れて行かれるのも、部屋の掃除を勝手にされるのも、メイク道具を選ばせてくれないのも、髪を短くしてはいけないのも、怒鳴られるのも、お父さんの愚痴を聞くのも、彼氏に口出しをされるのも、テレビも良くないゲームもよくない、バラエティは質が悪いからみせないし、それが理由でお友達の話しについていけないのが辛かった。駄菓子は食品添加物があるから食べさせないという制限のせいでこっそり食べたい駄菓子を買うのも、友達に恵んでもらうのも嫌だった。全て私のためを思って行動してくれてると思っても、お母さんを恨む気持ちが変わることはなかったし、感謝したくても、お母さんを大切にしたくても恨みが勝ってしまってどうしても無理でした。自分で選択したかった。自分で苦労して学びたかった。ダサくても自分が着たい服を着たかったし、初めて自分で買った服ですら母のセンスだと言われた時は本当に虚しかった。デキモノがでても駄菓子をお友達と一緒に食べたかったし、バラエティの話にもついて行きたかった。お母さんのいないところでこっそりゲームをしていたときは本当に楽しかった。初めてのバイト代で自分で買った化粧品は今でも重宝してる。結局やめてしまったけど、自分で受かりたいと思ったバイトに受かったときはこれで少し自立できるのではないかと希望に満ち溢れていました。大学へ行き、家にいる時間が減った途端に私は自分の感情が今まで以上に素直に出せるようになりました。私達は遠い方が上手くいくのです。だから、ごめんなさい。私のためを思って、見放してください。もう、お母さんがいないと何にもできない私から卒業させて下さい。
親の心子知らず。お母さんはよくこの言葉を使います。確かにそうです。私はお母さんの気持ちなんて全然分かりません。でも、お母さんだって私の気持ちを理解したことなんて殆どなかった。
「社畜ってのはどうしてそんなブラック企業を辞めずにしがみつき、心身ともに疲弊したり、下手をすれば死んでしまうんだ。辞めればいいだろ」
という良くも悪くも常識的な意見に対して多分心根の優しい人たちからは
「そんな常識的な判断ができなくなるくらいに頭をおかしくされたり洗脳されてたんだ」
という答えが返ってくることがある。監禁された少女が外出中に逃げなかった話なんかも同じパターンだ。
これに対しては
「そんな何Goだかが裸足で逃げ出すような凄腕メンタリストがこの世にはどんだけいるんだよ。教えを請いたいくらいだわ」
と嫌味の一つも言いたくなることもあるが、はたと思ったことがある。
多分こういう「洗脳」に訴える説明はより自然でもっともらしい説明をするという意図というよりはむしろ、
被害者に原因の一端を負わせてはならないという道徳的な意図に基づいたものなんじゃないか。
もし洗脳という全面的に加害者に事件の原因を負わせる説明が出来なければ「どうせ変化が怖くかったから辞めなかったんだろ」とかいう風に被害者に原因の一端を割り当てることになる。これは道徳的な観点からはマズい。
これを避けるために「被害者に原因がある”べきではない”」という道徳的判断を挟んだ結果が、心根の優しい人たちをして「どこにでも良そうな人が完璧に操れる洗脳を行う」という素っ頓狂な説明に訴えさせたんじゃなかろうか。
思うに「洗脳」に訴える説明は労働者にとっては「じゃあどうやってブラック企業で壊されるのを回避する?」という解決策への道を閉ざしてしまうという点でかなり有害だ。人の心を思いのままに操る「洗脳」には対抗手段が見いだせない。
逆に(企業については言うまでもないが)労働者にできる範囲で何らかの気を付けたり改善する点を(自己責任論にならない範囲で)見出し、教訓を引き出すほうが交通安全における「赤信号の時には横断歩道を渡らないでね」、「見通しが悪いところでは徐行してね」という風な注意事項を引き出して生かすことができるので、道徳的な意図の下で「洗脳」で説明するよりも現実的な改善につながる。
仮にT小学校とする。
5年生の時に担任のOK先生に日頃から体罰を受けてたのが原因で不登校になったからだ。
その先生は顧問のサッカー部の生徒(とその父兄)には非常に慕われてる事で大阪市の小学校の中でもかなり評判の高い先生だった。
特に運動部に入ってた訳でもないけど、当時は勉強も頑張ってたので、今考えると調子に乗ってたかもしれない。
また、音声チック、今でいうトゥレット症候群に罹っていたけど、
当時はまだ先生どころか学校も教育委員会も発達障害について無理解で通っていた。
田〇小学校のOK先生(当時)は5年と6年と担任を二つ持ってて、5年の時に体罰を受けて親に訴えて貰ったのに
返って来たのはあてつけのような6年も同じ担任だった事が記憶に残ってる。
なまじいい先生で通ってたから俺の生徒にイジメや体罰なんか存在しないと言ってる口でよく俺は手を挙げられていた。
音声チックが酷くなったのはちょうどその頃からだった。
今日考えられてる発達は遺伝による先天的なものが一般的とされているけど、それが発現するのは家庭環境や学校の取り組みによって異なる。
俺もまた、○田謙〇先生によって酷くこれを発症したし、対人恐怖症にもつながり、結果不登校になった。
この時も親に色々言って貰ったけど無駄で教育委員会でさえ、現場に任せるという無責任な対処をされた。
○辺小学校は酷い学校だった。体罰について、ついに子供さんの音声チックが悪い授業を妨害されたの一点張りで終わってしまった。
当然この件が片付かないので小学校を卒業する日も欠席したので卒業アルバムには当たり前の様に○に顔写真であった。
こうした経験から、当時T小学校には全くといって良い程良い感情を持っていない。
それなのに近年はどっかの海外学校と提携したり、サッカー部専用の芝生が出来たりと色々な試みが実を結んで、東住吉区の優良小学校に認定されてしまった。
当時を知る俺にしてみれば何かの間違いなので、正直取り消して欲しいと思っている。
考えたら田〇小学校での思い出が一番今後の可能性を潰してきたなと感じている。
こんな学校が評判の良い小学校に認定されるようじゃ、大阪市はおしまいだ。東住吉区は徹底的に体罰やイジメの有無を調査するべきだった。
ショックが大きすぎて長文になって改行もままならない。そんな気も起きない。
風の噂では当時の担任は、後に教頭だかになったそうだが、その後何かが原因で自殺したと聞いた。
知り合いに聞いた話なので何とも言えないけど、正直因果応報を感じた。そのままくたばって死なねえかな。
休みには限らないんだけど
本来自分はあんまり色んなことをしたいと思わない。自分の好きな趣味、まあ大体オタクな奴だがそれを1人、または気の合う少数の人と続けられたらいいと思っている。長い休みの大体は家でゲームしたり漫画読んだり本読んだりまったりしていたいと思う。あんまり大多数の人と話すことは好きじゃないから飲み会とか付き合いとかはしたくない。結婚は他人と同じ空間で気を使うのは家族で懲りたからしたくないと思っている。
しかしいつからか、例えば長い休みになると自分の趣味ばかりするのに不安を感じるようになった。そして何か人に言える行動、例えば「適当なとこに旅行に行く」などの行動をするようになった。他にも学生時代、何かをやらないといけない気がすると思って「人に話せる活動」をしてきた。まあある程度は自分が楽しめることを選択したが、それでもやはり一番やりたいことといえば「オタクなことをしていたい、たまに好きなところに出掛けたい」ということだ。しかしオタクな趣味は、オタクではない人には殆ど話せない…、のでその代替を考える必要がある。
なんとなく何かをするにも「人に話せるか話せないか」をある程度考えるようになった。1人で行動することが好きなことは異常な奴なのではないかと思うようになった。
多分これから歳をとるにつれ、もっとその思考が強くなるのかもしれないと思うと憂鬱だ。
この先、特に結婚については人の目線がすごく気になるようになってしまうのではないか。今は家族に仲が悪い人がいるのが原因で結婚はしたくないと考えているが、周囲が結婚するにつれ世間体を気にするようになるかもしれない。結婚していない自分は周囲に比べて異常なやつと思ってしまうのかもしれない。その気になったところで結婚出来る相手が見つからないという問題はひとまず置いといて。
多分心の強い人なら「自分は自分だ、他人の目など気にしない」という考えをすることができるのかもしれない。しかし自分はその様に自分を通してみたいと思ったが無理だった。そんな度胸自分にはなく、どうしてもある程度他人の目を気にしてしまう。今思うと所謂キョロ充というやつなんだろう。
特に女性は誰かと表向きは仲良くすることが求められる。コミュ力重視。和をもって尊し。個性より協調性。結婚は子供産めなくなるから早めにしたほうがいい。女でぼっちな奴は異常。というかメンヘラ。女で1人で行動する奴は変。独身の女性はおかしい。
飲み会は自由参加(という名の強制参加)、同期とは仕事関係だけじゃなくプライベートもある程度共有しよう!同期の輪を広げよう!
まだ若いうちはこんなんでもいいが歳をとるといよいよ許されない気がする。女性の加齢は男性に比べて外見上価値がほとんどない。醜さが際立つだけだ。
むしろおばちゃん、お婆ちゃんの存在になったらどんなんでも許される気がしないでもないが。中途半端が一番…
「いい歳して〇〇なんて」「いい歳して幼いよね」いつかこんな言葉を言われることが一番怖い
今は「少し浮いてるよね」みたいな言葉をもらうことが一番恐怖
事の発端は、昨年末から原因不明の下痢軟便が続き、街の消化器化にいったら「胃潰瘍ね〜」と言われたものの「いや胃は分かったんですけど、下痢軟便といったら腸では?」と思ったが、先生があんまコミニュケーション取ってくれないタイプで、じゃあいいや、ってんで自分で内視鏡検査を予約。
しかし分からんもので、思い切って予約を取ってほどなく、半年ほど続いたお腹の不調がボタンを押したかのように収まってしまい、腸なのに肩すかしですか、と思ったもの「まあ原因がはっきりしなかったのは確かなんで、一応見とくか」という事になった次第。
ストレス社会で日々う○こを漏らしている増田・はてなー諸君である。
「ひょっとしてなにかマズい事が我が腸に起きてるやも」と思うかもしれないので、そんなときに腸をチェックできる内視鏡検査とはどのような物であるか、自分の体験を書きたいと思う。
ここでは特筆すべき事はなく、お腹の調子とか、便に血が混ざってたとかそういう事をきかれたのち、検査日を予約して、診察終了となる。
検査日は2ヶ月後なのであった。
自分の場合、お腹の問題は去っており、さらに2ヶ月後であるが、決めちまったものは仕方ないんである。
この検査食であるが、キ○ーピー謹製のレトルト食品「ジャ○フ」である。
キ○ーピーってマヨネーズとドレッシングばっかり作ってる訳じゃないんすね。
時は流れて検査前日になり、この検査食で1日過ごさねばならないのであるが、これがおかゆみたいな、よく言えば優しい、有り体に言ってしまえば味も歯触りも薄い食事で、なんか食べてるとちょっとテンションが下がってくる。
こういう食事に「わー、宇宙食みたいだー」とワクワク感を発見できる人は素敵だと思います。
この検査食の目的は腸を綺麗にする事なので、3食(+間食つき)食べ終えたら、下剤を飲んで就寝となる。
変な味がするものは、後できっちり飲む事になる。
ここで、本来ならば下剤の効果により1次う○こが出ていることが望ましいのだが、お腹というのは意外という事をきいてくれないモノで、自分は結局1次はパスして病院に向かった。
診察から時は流れて、久々にくる病院も「あー、今日ここでカメラをケツに突っ込まれるんだなー」と思って見上げると、なにか狂気の化学実験場のように見えてくる。
さて、下剤をのんで1次う○こがでなかった場合はどうするのか。
子供のとき以来久々に見る白いロケット状の錠剤は、メンタルにボディーブローを食らわしてくる。
よくよく考えると、自分でこれを入れた事はないだが、トイレで中腰になりながら「おっおっ」とポジションを探りながら四苦八苦するのと、いい歳こいて看護師さんに「すんませんケツ突き出すんで突っ込んでもらっていいですか」と言うの、どちらが良いんだろうか、と迷った挙げ句、自分で入れる事にした。
ちょっと油断して浅く突っ込むとすぐに「ただいまー」と戻ってきそうになる。
しかも俺、自分のアナルに初めて指突っ込んだよ、何だこの感触とかいろいろ邪念が沸いてきてどうにも往生したが、どうにかベストポジションを得たようで、しばらくして、晴れて腸に待機していた使途が便器にファーストインパクトを起こすことに成功した。
これでカメラを突っ込めるのか。
それで済むならこんなに楽な事はない。
大腸内視鏡検査というのは、この後、半日がかりで腸のコンディションを整えてからではないと出来ないのである。
待合室のような所に通されて、そこで待っていたのは2lの整腸剤。
これを1時間ほどかけて飲んで、あとはひたすらトイレに行きまくって腸を空にするのであるが、この整腸剤が、海水を水で割って人工甘味料を混ぜたような変な味なのだ。
一口のんでも微妙なのに、これを飲みまくらないといけないとなると「早く終わってくれねーかな」という気分になってくる。
そうこうしてるうちに、いよいよ我が腸も便意を訴えてきて、トイレへのう○このピストン輸送が始まった。
はじめはまだ固形をたもっていたそれも、回数をこなすうち、どんどん水状になってくる。
普段、肛門から液状のものがでるのは不快で仕方ないものだが、5回も6回も繰り返しているうち、「え、肛門からはシャーって出るのが普通じゃないっすか?」という気持ちになるから不思議である。
それより参るのが、こんなに肛門を酷使すると、尻が痛くてたまんない。
これについては「初回から紙をつかって拭く戦術」が失敗であったと気づき、ウォシュレットをつかおうとしたのだが、時既に遅く、破損した門への水流は、強烈なアラームをわが痛覚に送りつけてきたのであった。
諸君に助言するなら、初回からウォシュレットを最大活用すべきだ。このテクノロジーの使いどころはここである。
さて、腸がきれいになったかどうかは「目視」で、何を誰が目視するのかというと、「トイレの結果を看護師さんが目視する」のである。
この微妙な羞恥プレイも来るものがあるが、自分にとって朗報であったのは、始めは事務的で怖い感じの看護師さんに「どうですか僕のう○こ」とやっていて「まだですね、整腸剤追加です」とバッサリ切られていたのであるが、あまりに繰り返していたので、人当たりのよい看護師さんに交代になり、「うーん、もう一回いきましょうか☆」という声で幾分心が軽くなった事である。
屈辱の概念が塗り替えられる1日にあって、優しい言葉と笑顔は重要だと感じたのだった。
さて検査準備も後半に差し掛かり、いよいよ検査着に着替えると、パンツのケツに穴があいている。
こんなセクシーなパンツを履く事になるとは人生というのは分からないものだ。
ここまでくると、あきらめの境地に達してくるものの、肝心の内視鏡は鎮静剤を射たれるので、ほぼ眠ったような状態で受けるに違いなく、「はじまりゃあっという間」というのが一つの心の救いはである。
点滴だ。
こんなにう○こしてると脱水症状を起こすので、点滴で水分補給をするのだ。
これで便意がきたら最悪だ。
このガラガラを引きずって、腕からのびるチューブに気を使いながら、検査着からケツを放り出すことになる。
あまり良くない事ではあるのだろうが、なんとか便意を我慢したのであった。
本郷猛が仮面ライダーに改造されるような部屋に緊張が走るが、それも一瞬だ、鎮静剤で安らかに眠れば目が覚めた頃には改造は終わってる、違った、検査は終わっているのだ。
点滴の管を利用して鎮静剤が身体に流入してきても、一向に眠くならないのだ。
助手のメガネ君は「はい、脚をくの字に曲げて右向いてくださーい。もうちょっと『くっ』とまげてくださーい」と指示してくる。
そう、鎮静剤は意識が無くならない程度の用量で射たれるのだ。
こうなっちまうと、ケツへの意識はビンビンに残っているのであり、別のところがビンビンになりゃしないかと変な心配が頭をもたげてくるのであるが、幸いなのかなんなのか、肛門性感に目覚めるには自分はまだ青かったらしく、「うーん、女の子ってこんな感じなのかなー、変な感触だけど別に気持ちよくはねーなー。そういや結構演技するって言うよなー」などと言う事を考えたりしたのだった。
あと、なぜか目をつぶっちまった訳だが、世の女の子が事に及んで目をつぶりがちである事とは別の状態であるように思う。
検査の為にお腹のなかにガスを入れられたときに「おっおっ」といってしまったのも、エロマンガで美少女が忘我の境地に達している時の嬌声とは違うものに違いない。
ややあって先生の「特になにもないですねー」という気の抜けたような声が聞こえる。
よかった、半年前のう○こ異常は胃潰瘍、せいぜいが神経性の過敏性腸症候群でファイナルアンサーだ。
ここで眠れれば楽だろうが、そんな量の鎮静剤は射たれてないので、「そうすか、良かったです」とこれまた気の抜けたような返事を返してベットを降りたのだった。
検査をする時期には半ば意義が怪しくなっていたが、心配の種の一つが否定されたのは心が軽くなったのであった。
増田諸君、はてなーたちよ、君がもしもし思い立って、大腸内視鏡検査を受けようとおもったなら、この記が参考になれば幸いである。