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2022-07-18

アジアンビューティーの正体

 まず、どの人種も問わず男は見下せる女性パートナーとして選ぶ傾向にあります男性の方が年齢・身長収入学歴社会的地位において女性より上のカップルが多いこと、マッチングアプリ女性スペックを低く盛ると逆に人気が出ることが証拠です。

 白人たちの間にはアジア人女性は「従順献身的、男を立てる、エッチなことに興味津々」というステレオタイプ存在するため、アジア人女性白人モテるそうです。逆にアジア人男性白人女性モテません。

 また、これは幾分か事実を含んでいますが、アジア人は「鼻が低く、童顔で吊り目、一重で目が細く、童顔」というステレオタイプ存在します。

 つまり弥生人顔のブサイク女は白人からアジア人らしい顔つき=従順=見下しやすい」と見なされがちなため人気が出ます。逆に縄文人顔・西洋人顔の美人は「アジア人らしくない顔つき=俺に従ってくれない」と見なされやす敬遠されるのです。

 結局、ブサイクアジア人女は白人から美しいと見なされているのでは無く、見下しやすい都合のいい女と思われているかモテるのです。これは紛れもない差別であり、そこに愛など存在しません。

 しかし、彼女に面と向かって「お前ブサイクで見下しやすいから選んだわw」なんて言う馬鹿はいないので、「彫りの深い顔は見慣れた。君みたいなアジアンビューティーが良いんだ」と真っ赤な嘘をつくのです。

2022-07-03

アジア人は顔が平たいというのは誤り

 本来アジア人は古モンゴロイドまりインディアンアイヌ琉球人のように二重で目がぱっちりして、顔の彫りが深く、輪郭もくっきりした美しい顔立ちをしていた。つまり縄文人顔の訳だ。しかし、ある日朝鮮人弥生人のように一重、目が細く吊り目、面長、鼻が低く、アデノイド顔貌の醜い集団が発生した。新モンゴロイドだ。純粋アジア人の一部はアメリカ渡りインディアンとして高度な文明を気づいた。一方、旧大陸では本来の美しいアジア人が新モンゴロイド遺伝子汚染されてしまい、醜い顔になってしまった。日本人本来アイヌのような顔の彫りが深い美しい民族だったのが、朝鮮から渡来人汚染され、今日に至る。

 新モンゴロイド本来アジア人の違いは外見だけでは無い。アジア人自然との調和を重んじ、小さなことにこだわらない。温厚で心優しい一方、好戦的で勇敢という一見相反する基質を兼ね備える。彼らは敵対しない者に対してはお人好しとも言えるレベルで優しいが、一度敵対すれば極めて攻撃的で恐ろしい相手となる。その例はいくつかある。

縄文時代狩猟採集が中心の平等社会であったとされる。

東北蝦夷安倍氏は、一度朝廷との対立関係に陥ったが、すぐに恭順の意を示し、争いを避けた。しかし、陸奥守が口実をつけて、蝦夷挑発すると恐ろしい敵となり、その鎮圧12年を要した(前九年の役)

アステカの王はスペイン征服者コルテスを神の化身と考え丁重にもてなした。しかし、スペイン人がそれをいいことに破壊・略奪・虐殺に走ると、怒り狂いスペイン人を一度撃退した(悲しい夜)。更にスペイン人は大軍アステカ首都テノチティトランを包囲するが、激しい抵抗に遭い陥落に3ヶ月を要し、コルテ自身も危うく死にかけた。

スペイン征服者ピサロはインカの皇帝アタワルパを殺し、その弟マンコ・ユパンキ擁立する。しかし、スペイン人の残虐行為に堪忍袋の緒が切れ、スペイン軍に蜂起を起こした。その後36年間にも及ぶ激しい抵抗を続けた。マン皇帝自身は度々和平を申出たが、スペイン人の不当な要求を飲めず抵抗を続けた。ピサロが仲間割れ暗殺されると、マンコは寛容にもその暗殺者たちを庇ったが、裏切られた暗殺された。インカの王族たちはスペイン人に虐殺され、抵抗は終わりを告げたが、アンデス先住民たちはその後も幾度かスペインに対して反乱を起こした。

・ワンパノアグ族は飢え、寒さ、病気に苦しむ白人を助けた。しかし、白人が彼らの土地や命を奪ったため、白人と激しい闘った。(フィリップ戦争

アイヌ人は松前藩平和取引をしていたが、不当な為替激怒し、シャクシャインの元で蜂起した。

アパッチ族戦士ジェロニモ本来は心優しい性格であったが、白人家族虐殺され、その後は好戦的戦士として恐れられた。

スー族勇者シッティング・ブルはハンサムでは無かったが心優しく非常にモテた。その一方で勇敢な戦士として誉れ高く、リトルビッグホーンの戦いでは米軍騎兵部隊を全滅させた。最後まで白人に屈することを拒み、射殺された。

日露戦争の名将、東郷平八郎乃木希典秋山好古秋山真之太平洋戦争の名将、本間雅晴牛島満樋口季一郎はいずれも縄文人顔の美形である白人との戦いで活躍した一方、平時は温和な人格者であった。

 以上の例の通りアジア人とは本来顔が美しいだけで無く、勇敢と温和という美徳を備えた優秀な人種なのだ

 一方、新モンゴロイドはどうか。自然調和せず、陰湿狡猾な人種だ。悪い意味好戦的敵対しない者に対しても攻撃できだ。弥生人顔の香淳皇后陰湿性格美人であった美智子様に冷たく接した。同じく弥生人顔の悠仁も両親がお辞儀しているのに、自分だけ頭を下げなかったり、女子生徒から水筒を奪ったりしている。東名高速煽り運転犯人も、名古屋アベック殺害事件市川一家殺人事件光市母子殺害事件コンクリ殺人事件犯人弥生人顔だ。やはり弥生人性格が悪いのだ。

 現在でも朝鮮反日運動問題となっている。しかし、東南アジアの人々は朝鮮人よりも更に残虐なことを日本軍にもされたにもかかわらず、それを許し現代親日的だ。これは宗教も一つの原因だろう。だが、それだけでは仏教国のビルマベトナムイスラム教国のマレー、インドネシア日本を許したこと説明できるが、キリスト教国のフィリピン日本を許したこと説明できない。これは人種的な問題もある。朝鮮人純粋な新モンゴロイドだ。一方、東南アジアの人々は一部新モンゴロイド遺伝子汚染されているが、本来アジア人としての性質も持っている。だからこそ、日本を許すことが出来たのだ。

 ついでに習近平朝鮮人顔だし、ポルポトもアデノイド顔貌だ。

 あとアデノイド顔貌の人間発達障害が多い。これもアデノイド=弥生人顔が害悪遺伝子である証明だ。勿論発達障害から口呼吸してアデノイド顔貌になりやすいという事実考慮してもだ。

 本来は美しい民族だったアジア人が新モンゴロイド汚染され醜くなってしまったのは嘆かわしい。これからアジア繁栄のためにはそういった醜い遺伝子を少しでも減らし、アジア人の優秀な遺伝子を後世に残すことが大切だ。縄文人顔の諸君は同じく縄文人顔の同士と結婚し、その遺伝子を残して欲しい。そして弥生人顔の諸君はもし僅かでも良心があるなら、子作りは辞めて頂きたい。弥生人同士で子作りすれば、劣等遺伝子を後世に残してしまう。縄文人結婚すれば、その美しい遺伝子汚染してしまう。だから頼む。縄文人同士で積極的に子作りして、弥生人は子作りしないでくれ。これは日本だけじゃ無い、これからアジアのために大切なことなんだ

2022-06-20

薩長因縁昭和平成史(1)

序文

本稿は戦前天皇インナーサークルとしての宮中グループに焦点をあてながら、昭和平成史を読み解くことを目的としている。宮中グループ宮中側近グループなどとも呼ばれ、これまで定義としてあいまいさを残してきた。本稿では宮中グループ宮中側近にいた政・官・軍を含めたエリート集団位置付け、これまで一括りに論じられることが多かったこグループ牧野伸顕中心の「薩摩宮中グループ」と木戸幸一中心の「長州宮中グループ」に切り離し、対比している点を特徴としている。薩摩宮中グループ皇室との関係においては貞明皇后秩父宮夫妻、高松宮との結びつきが強く、昭和天皇の母君である貞明皇后インナーサークルとも言える。また、彼らは英米エスタブリッシュメント戦前から深く結び付き、親英米派として国際協調を重視した自由主義者であり、英米から穏健派と呼ばれた勢力である。このため皇室英米有力者との仲介者として宮中外交を支えた。英米との接触の中で宗教的感化を受けてクリスチャン人脈を多く抱えていたことも特徴としてあげられる。その歴史的な背景はザビエル来航450周年を記念して建立された「ザビエル薩摩人の像」(鹿児島市ザビエル公園)が象徴している。これに対して長州宮中グループ昭和天皇インナーサークルとして昭和戦争を主導した勢力である岸信介松岡洋右仲介者に陸軍統制派と手を握りながら戦時体制を築いた。単独主導主義的な強硬派と見なされることも多いが、アジアの開放を掲げた理想主義者としての側面もある。戦前から靖国神社が彼らの拠り所となってきたことは、靖国神社にある長州出身近代日本陸軍創設者大村益次郎銅像が見事に物語っている。かつては「薩の海軍、長の陸軍」という言葉もあった。地政学的に見れば前者は海洋勢力後者大陸勢力となるだろう、また、明治期に医学を教えたドイツ人医師・エルヴィン・ベルツは、日本人薩摩型と長州型に分類し、それらが異なる二系統先住民に由来するとしながら、薩摩型はマレーなどの東南アジアから長州型は「満州」や朝鮮半島などの東アジア北部から移住した先住民の血を色濃く残していると考えていたことも興味深い(『DNAから見た日本人斉藤成也・筑摩書房)。前者は縄文人後者弥生人の特徴を残しているのだろうか。大陸から渡来人によって縄文人日本列島南北周縁に分散したと考えることもできるだろう。本稿では明治維新の内乱過程賊軍汚名を着せられた武士階級出身者やその子孫が数多く登場する。薩長藩閥によって立身出世が阻まれながらも、佐幕派賊軍汚名を晴らすべく、ある者は語学力を身につける過程クリスチャンとなって薩摩宮中グループに接近し、ある者は軍部を率いて長州宮中グループと手を握り、またある者は共産主義に傾斜していった。特に陸軍悲劇は、勝てば官軍東京裁判で再び汚名を着せられたことだろう。しかし、勝てば官軍は世の常であり、その最たる例が靖国神社の原点にあることを再びここで取り上げる。日本の敗北は長州宮中グループの敗北も意味した。薩摩宮中グループ戦時下において悲しいほどに非力であったが、戦後英米から選ばれし穏健派エリート集団として勝ち残ることになる。薩長明暗を分けたのは情報力の差である。これは未来永劫語り継ぐべき重要な教訓である戦後薩摩宮中グループの流れを受け継いだ吉田茂は、元祖「反ソ・反共」として、「経済優先、日米安保重視、軽武装改憲先延ばし」の吉田ドクトリンを掲げて保守本流を築いていった。この吉田カトリックとして本流らしい最期を迎えた。この吉田一派をポツダム体制派と見なし、反吉田旋風を巻き起こしながら、見事に復活したのが長州宮中グループを受け継いだ岸信介である。岸も賊軍汚名を晴らすかのように国際政治舞台に復帰する。元祖「反ソ・反共」に対抗して、統一教会などと「勝共」を掲げたが、所詮保守傍流に追いやられた。平成時代になって「政治優先、対米自立、再軍備自主憲法制定」を柱とする岸ドクトリンたすき掛けリレー小泉純一郎によって再スタートする。そして今、第一走者の小泉純一郎から第二走者の安倍晋三へと受け継がれた。安倍の背後にはさらに強力な第三の男も控えている。この3名すべてが岸及び岸の同志につながる家系である

岸の血を引き継ぐ長州8人目の安倍晋三首相からこの物語を始めたい。

2022-06-14

学生時代あだ名は、やよいだった

資料集にのってた弥生人に似てたか

ぱっときいてけなすようなものに聞こえなかったのだけが唯一の救いだったが、

心の中ではあだ名で呼ばれるたびに傷ついていた

2022-05-29

弥生人そっくりさん、各種メディアが取り上げててイベントとして大成功でうらやましい

どこにも取り上げられずTwitterの告知で30いいね程度で終わるイベントが今も各地で大量に開催されてる中でメディアに取り上げられることは本当にみんなうらやましいと思ってるはず

2022-04-26

anond:20220426110846

日本人起源は、列島に住み着いていた縄文人に、大陸から渡来集団が混血して弥生人となり、現代日本人につながったとする「二重構造モデル」が定説とされてきた。1991年東大名誉教授だった埴原和郎氏が唱えた。

2022-03-22

anond:20211222134652

いいですか?

継体天皇なんですよ、初代天皇は。

AD507年に即位した継体天皇こそ初代天皇なんです。

いいですか? 季刊誌「Yaponesian」第3巻ふゆ号がですね!発行されました!

http://www.yaponesian.jp/topic00251.html

素晴らしい!素晴らしいことです!

2020年以降、東アジアにおける古代ゲノム研究が次々に発表され、この地域における集団形成に関する大まかなシナリオが描かれるようになっている。

縄文人ゲノムからは、彼らがアンダマン先住民などと類縁関係を持ち、東アジアに展開した集団から早い時期に分岐したこと示唆されているが、報告によっては異なるルーツ示唆しているものもあり、確実な結果を得ることはできていない。

しかし、縄文人起源を、二重構造モデルが想定する東南アジアとすることは、集団形成プロセス単純化しすぎていることも分かってきた。

一方、渡来系弥生人起源に関しては、最近研究では、稲作農耕民と雑穀農耕民が朝鮮半島流入し、そこで在地の縄文系遺伝子を持つ集団と混合することによってあらた地域集団形成され、その中からまれ渡来系弥生人が三千年前以降に日本列島に到達したというストーリー提唱されている。

現状では稲作の起源である揚子江中流域の古代ゲノムデータがないので検証はできていないが、渡来系弥生人主体を、北東アジアの西遼河を中心とした地域集団と考えており、二重構造モデルと概ね一致している。

また、二重構造モデルが予想する渡来系弥生人寒冷地適応は、EDAR遺伝子大陸北東部での時代的な変化によって説明できる可能性が示されている。

先史時代において、考古学的に渡来人がやって来た可能性が高いと考えられているのは、弥生早期前半、前期末の2時期、そして古墳時代中期です。

ここでは年代が変わらない古墳中期を除く弥生時代について、年代順ではなく渡海の可能性が高い順に説明します。

もっと可能性が高いのは前期末の前4世紀前葉で、中国東北部起源もつ燕の鉄器韓半島の円形粘土土器が出土するようになることをあげられます

弥生最初鉄器炭素量の高い鋳造鉄器で、鋳型に融けた鉄を流し込んで作る斧を代表します。

鋳型構造からみて、韓半島ではなく中国東北部の燕系のものである可能性があります

また、円形粘土土器もやはり中国東北部出自があることが指摘されていますので、韓半島南部だけではなく中国東北部から人がやって来ている可能性を指摘できます


クマネズミハツネズミ有史以前人類ユーラシアの移動に随伴することで現在地球レベルの広範な分布域を手に入れた。

これらのネズミ類の歴史を辿ることは文字に記されていない人類の移動の歴史を知ることでもある。

このことを今から50年前に想起した国立遺伝学研究所の森脇和郎(もりわきかずお)は世界各地から野生ハツネズミ収集し、米川博通氏とともに遺伝子の解析を行った。、北方系亜種のMUSはイラン北部起源地より、1)中国西部砂漠地帯(15000年前)、2)黄土高原(10000年前)、3)中国東北部(7000年前)、4)朝鮮半島(5300年前)、そして、5)日本列島(3000年前)へと順次東方移動したこと示唆された


東アジアから俯瞰する二重構造

本講演では、大陸から稲作を携えてやってきた渡来系弥生人が、1)どこからやってきたのか、2)どのくらいやってきたのか、という問いに対する知見を、最新のゲノム解析の結果を踏まえて一般向けに紹介しました。

渡来系弥生人遺伝構成についてはOsada and Kawai(2021)や機関誌Yaponesian3巻はる号で詳しく解説しているのでご一読いただけたらと思います

Hanihara(1991)では渡来集団が東シベリア中国東北地方およびモンゴル集団形態学的には似ていたと述べられています

これまでのいくつかの東アジア現代古代人のゲノム解析から渡来系集団現在北方東アジア集団に近かったという結果が出ており、この予想と概ね一致します。

本講演ではさらに、考古学言語学証拠考慮に入れ、3500年前ごろに遼東半島近辺に居住していたが紅山文化の中心地からは外れたひとびとが、稲作とともに朝鮮半島を南下してきたのではないかという仮説をあげさせていただきました。

次にふたつ目の疑問、どのくらいやってきたのか、という問題について、Hanihara(1991)で用いられた手法を使い、より新しい歴史人口推定値を用いた結果を発表いたしました。

Hanihara(1991)では、日本列島人口弥生開始期に約7.6万人、古墳時代の終わりに約540万人という推定値が用いられています

埴原先生は、この値をもとに計算された自然人口増加率が年あたり0.43%である、という値がありえないほど高いと考えていたようです。

この前提に基づき、Hanihara(1991)では、どれくらいの渡来人が来ればおよそ1:9である縄文弥生遺伝成分を説明できるかというシミュレーションを行っています

驚くべきことは、埴原先生が当時の形態データから推定した1:9の混合率という推定値が、現在の全ゲノムを用いた推定値とほとんど変わらないことです。

渡来人推定方法比較的単純でありますがエレガントなものとなっています

年あたりの大陸から移入数を一定仮定したモデルでは、毎年約1500人、およそ1000年の間に約150万人が渡来し、自然人口増加率が0.2%であれば日本列島における人口増加量の説明がつくという結論に達しています

これがいわゆる100万人渡来説の論拠となっています

本講演では、Hanihara(1991)の方法に基づき、歴博による新しい年代観やより新しい人口推定値を用いてその評価を行いました。

たとえば、弥生の開始期を更に600年古くすると、1500年の間に人口が59倍に増加したことになります

その場合、年あたりの移入数の推定値は約1000人と減りますが、1500年の間には約146万人と、埴原先生による推定値とほとんど一緒になります

ただし、自然人口増加率は年あたり0.12%となり、かなり現実的な値に近づきます




これはですね、もう!天孫族渡来人であり、渡来人朝鮮半島からやってきたということは揺るがしがたい事実でしょう!

2022-03-09

anond:20220309162203

二重構造説はウソだと判明したし

弥生人とされる形質の遺伝子も稲作が入ってくるよりも千年も前から入って来ていた

日本語日本外部起源説はもはや人類地球起源説と同等のオカルトに思えるわ

2022-02-15

anond:20220215090238

文化・人の移動が言語の移動と重なるとは限らないだろう

なぜ「分かりません」で終わらせないのか

いいですか!日琉語族弥生時代朝鮮半島から伝来したのはもはや定説なんですよ!

そして!何が分かっているのか!何が分かっていないのかをわたくしが!整理いたしまSHOW!

まず!まずですよ!最も精度が高く過去を知れる分子生物学では!

日本人の!成り立ちは!10%の縄文人ベースに!90%の弥生人!これが黄金比率

これは!埴原和郎の二重構造モデル以来のド定番の説を!最近分子生物が確定させました!

そして!そしてですよ!この!弥生人というグループが!2種類の集団に分かれていることも分かったのです!

弥生時代初期のグループと!弥生終期~古墳初期のグループです!

これは!これはですね!斎藤成也の研究を見ていただくのが早いでしょう!

さらに!さらにですよ!じゃあこの弥生人はどこから来たのか!まいごのまいごの弥生人あなたのおうちはどこですか~!

それは!ずばり!青銅器時代遼河流域です!

そして忘れちゃいけない縄文人縄文人の血をもっとの濃く受け継いでいるのはアイヌです!

以上!確定事項です!

2022-02-14

anond:20220214181219

いいですか!日琉語族弥生時代朝鮮半島から伝来したのはもはや定説なんですよ!

そして!「トランスユーラシア語族」という主張自体には疑義があるのも事実なんですね!


そして!なんと!なんと!なんと!岩波書店が発行する「科学」でこれに関連する記事が載ります!!!

ヤポネシアゲノムプロジェクト研究者たちが寄稿しています!!!

https://www.iwanami.co.jp/kagaku/KaMo202202.html

縄文遺伝子×考古学:新たな展開と謎

土器DNA――伊勢湾沿岸地域における水田稲作民と採集狩猟民……藤尾慎一郎

弥生人とは誰なのか――古代ゲノム解析で判明した遺伝的な多様性……篠田謙一

朝鮮半島にも残る「縄文遺伝子」――古代ゲノム研究からみた朝鮮半島古代人……神澤秀明

縄文墓制研究現在――注目すべき新資料の紹介と人類学とのコラボレーションについて……山田康弘

埴原和郎の二重構造モデル論文発表から30年……斎藤成也



これは!

これは!これは!

これは!これは!これは!

もう買うしかないのではないでしょうかねえ!!!

2021-11-22

anond:20211121212332


概要記載のとおりモンゴルツングースにはこの西遼河流域民の遺伝子を共有していないとはっきり書いているんで

元の話題トランスユーラシア祖語仮説を真っ向否定する形になっている。元の話題は補強できないと見ていいかな?

"do not carry ancestry characteristic of farmers from the West Liao River region (around 3000 BC)" と記載されているように5000年前のもの比較している点に注意してください。

遼河文明は紅山文化(紀元前4700年頃-紀元前2900年頃)、夏家店下層文化(紀元前2000年頃-紀元前1500年頃)、夏家店上層文化(紀元前1100年頃-紀元前500年頃)と続くのですが、

夏家店下層文化から夏家店上層文化へ移行する際にハプログループNからプログループO2やハプログループC2へ移行したのが分かっています

一方、マーティン・ロベーツのトランスユーラシア論文では9000年前の農耕民を期限として7000年前にモンゴルツングースは分離したとしているので、矛盾はありません。

よって遼河流域という地理的な起点は変わらないと思われます

これはうっかり間違えたと思うのですが「3000年前の西遼河流域の農耕民」ではなく「3000年前の黄河流域の農耕民」です。

遺伝子から系統論としては、最近話題に上がった「古墳人」も含めた三重構造仮説との整合性が気になる

https://www.fnn.jp/articles/-/255397

従来渡来人として一括りにされていた遺伝子を「弥生人」「古墳人」に2分する説なんだけど

まるっと西遼河流域民92%と分析してしまたらこ区別がつかないのではないか

最新の情報整合性が取れないので気になってる

ちょっと視点を変えてイギリスの例を見てみます

ビーカー人 おそらくインド・ヨーロッパ語族 4600年前

ケルト人 インド・ヨーロッパ語族ケルト語派島嶼ケルト語 2900年前

ローマ人 インド・ヨーロッパ語族イタリック語派ラテンファリスク語群ラテン語 2000年

アングロサクソン人 インド・ヨーロッパ語族ケントゥム語派ゲルマン語派西ゲルマン語群アングロ・フリジア語群古英語 1500年前

ノルマン人 インド・ヨーロッパ語族イタリック語派ロマンス諸語イタロ西ロマンス語西ロマンス語ガロロマンスオイル語ノルマンフランス語 1000年前

イギリス英語を話しますが、英語形成されるまで何度もインド・ヨーロッパ語族集団による征服が行われました。

しか遺伝的に遡れば6500年前の黒海にたどり着きます

私は日本でも同じことが発生したのではないかと考えています

まり弥生人古墳人によって2回、先日琉語族が持ち込まれたのではないかと言うことです。

3000年前に列島流入した弥生人と、1800年から流入した古墳人が全く同じ言語を話しているとは想定しがたいですからね。

2021-11-21

anond:20211121224311

ありがとうございます

もう夜遅いので、最後自分の考えを箇条書きでまとめておきます



最終的には中国朝鮮半島で考古遺伝学が発展することによってパズルが埋まるように結論が出ると強く信じています

anond:20211121203827

ありがとう。全文はとても読み切れなかったんで指示のあった部分だけ読んだんだけど

西遼河流域民は朝鮮を経由して日本寄与したと書いてあって、通説(遺伝子的には渡来系8割・従来系2割)と非常にマッチするんだけど

概要記載のとおりモンゴルツングースにはこの西遼河流域民の遺伝子を共有していないとはっきり書いているんで

元の話題トランスユーラシア祖語仮説を真っ向否定する形になっている。元の話題は補強できないと見ていいかな?

 

遺伝子から系統論としては、最近話題に上がった「古墳人」も含めた三重構造仮説との整合性が気になる

https://www.fnn.jp/articles/-/255397

従来渡来人として一括りにされていた遺伝子を「弥生人」「古墳人」に2分する説なんだけど

まるっと西遼河流域民92%と分析してしまたらこ区別がつかないのではないか

最新の情報整合性が取れないので気になってる

anond:20211121201022

元増田です。解説ありがとう

しかし本論文言語学だけではなく、分子生物学考古学視点から考察を行っており、特に分子生物学の成果が大きい。

2010年代以降の考古遺伝学の発達はまさに革命といってもよい。2010年代以降と以前では別物と言っても過言ではない。(この発展については「交雑する人類」を読むと良い)

解析方法の発展と古代人骨の収集によるデータの発展が両輪となって、現代の考古遺伝学はほぼ数理科学となっておりこの論文でもデータセットとソースコードが公開されている。

そこには特に異論はないというか、専門外すぎて口出しできない(『交雑する人類』、日本語版が出た直後に読んだけど面白いよね)。「少なくとも言語学の側面からは」と書いたこからわかってもらえてると思うけど、分子生物学とかそのへんの研究成果について否定するつもりは毛頭ないのよ。

ただ、言語学見地から証拠が弱いけど、分子生物学とかで補強しまーす! って言われると、いやいやまずは言語学見地証明するのが先やろが、って話になっちゃう。ロベーツさんが自分の「トランスユーラシア語族」仮説の脆弱さを分子生物学とかの虎の威を借りて誤魔化してるようにしか見えんのよ。

言語学を置き去りにして分子生物学考古学によって答えを出すのはフェアではないというご主張たしか理解できます

しか日本語起源について、肯定にせよ否定にせよ、答えを出すのは言語学では不可能だと思っています

世界で最も古くから研究が進んでおり非常に多様な姉妹語が現存している印欧祖語でさえ、6500-4500年前の印欧祖語にはまだたどり着けていません。

それに対して日本語琉球語しか姉妹語が存在せず、唯一関係がありそうと思われている高句麗語(正確には高句麗先住民言語pseudo-Koguryŏ)と濊語も資料ほとんどありません。

さら縄文時代言語は「ほとんどない」どころか絶無です。

このような条件のため言語学によってさかのぼることができるのはせいぜい2500年前程度でしょう。


よって今まで日本語起源は「まともな言語学者なら手出ししない危ない分野」と見なされていました、2010年代までは。

https://anond.hatelabo.jp/20211111231157 で紹介した文章ですが、以下のように国内言語学者たちもゲノム研究を軸に研究を進めているのが現状だと思います

http://www.yaponesian.jp/cmsdesigner/dlfile.php?entryname=kikan&entryid=00008&fileid=00000001&/Yaponesian_Vol2summer_online.pdf&disp=inline

http://www.yaponesian.jp/cmsdesigner/dlfile.php?entryname=kikan&entryid=00009&fileid=00000001&/Yaponesian_2_%E3%81%82%E3%81%8D%E5%8F%B7_1120_ALL_online.pdf&disp=inline

福井:ただ日本語と唯一関係があるかもしれないと思っているのは、河野六郎先生や李基文先生など多くの方が扱ってきたいわゆる高句麗語あるいは濊語、つまり高句麗地名から推定される言語で、それが日本語に近いというのはほぼ間違いない。最近伊藤英人先生も注目すべき発表をなさっています

遠藤:ええ、だからこのヤポネシアゲノムプロジェクトでも日本以外の言語学証拠で一番確かな根拠は、いわゆる「高句麗地名だと狙いを定めて、初年度から重点的にやっています。実際にはたぶんそれが全体として「高句麗語」を反映するというよりも、倭人半島部で先住民として当時になるとモザイク化して居住していて、倭系の地名を残したとか、そんなイメージではないかと思うんですけど。

福井:そうですね。それを河野六郎先生がはじめて歴史的資料の中に出てくる濊人の言語ではないかということを言い始めた。その一番きっかけとなった大きな証拠は、もともと朝鮮日本人のことをなんと呼ぶかというと、jej(예)ですね。これが「濊」の字音(jej)とまったく一致します。その一方で、日本人の呼称普通倭人字音「倭(waj)」となるはずなんですが、中期朝鮮語の資料の中ではそれではなくて、jej(예)と呼ばれている。そこから発想されたのかなと思うんです。

遠藤:それが現在中国東北部、古い時代の「夫余」の地域あたりまでJaponicで解ける地名があると以前から言われています

遠藤:それで、九州の無アクセント地域と二型アクセント境界線のあたりにABOの血液型境界線がひかれるんですね。A型瀬戸内海から関西にかけて特に多くなって、その周りに別のタイプがあって、その境界線がちょうど無型アクセントになるあたりなんですね。

それから他にも斎藤先生のおっしゃる三段階説または内なる二重構造、イエナのマックスプランク研究所の人は新幹線モデルといっていましたが、関西から山陽新幹線がはしっている辺りから九州にかけて、身長が高くて、首と胴体の比率が7頭身に割合近いといった形態的な違いもあるそうですね。

それで、服部四郎が『アクセント方言』の中で、北九州の辺りから関西にかけて移住が起こったかもしれないと書いていますね。

しかしたら朝鮮半島からも繋がっているかもしれず、弥生人北九州にもたらした日本語アクセントをもっていたが、周辺部ではアクセントがなかったとかいたことがもし想定できるとしたら風間先生とか狩俣先生とか、もっと早くは山口幸洋が言っているようなこともあるかもしれませんね。

まり一言語内部の比較言語学的な考察からすると対立が少ないところは分化条件が与えられない限り必ずや合流を経たとせざるを得ないので、ウルトラCのような離れ技として民族的ないし言語的なsubstratumを想定に入れないとダメになりますね。

ヤポネシアゲノムが始まる2年前までは我ながらこんなことを言い出すなどとは思いもよりませんでしたね。

もう40年ほど前から日本語系統論っていうのは、本当に危ない分野なので手出しせずに実証的な研究に没頭すべきだと考えてきた世代なので。







また日本語遼河流域を原郷とするのではないかという意見は、本論文以外でも本当にたくさんの論文によって主張されている。

それは「日本人」の原郷であって「日本語」の原郷ではないやんけ。

.....

もちろん古代の話だから、ヒトという乗り物に乗って言語も一緒にやってきた、と仮定するのが無理のない話だろうし、言語学的に想定された原郷と古人類学の観点から突き止められた原郷が一致するなら「なるほど原日本人=原日本語話者の原郷はここなんだな」という結論になるだろうけど、言語学的に穴だらけの仮説を補強するのに古人類学の成果を持ってくるのは話の順番が違うっしょ。

ちなみに言語学的な原郷が遼河流域という説自体は、個人的にはそれなりに「ありそう」だなと思ってる。大陸倭語の存在もあるから古代朝鮮半島に日琉語が分布してたのは事実っぽいし、さらに、五十嵐(2021)は関東から東北にかけてを覆う「拡大東日本語派」と九州から沖縄まで連なる「南日本語派」がマトリョーシカ分布を示すことを指摘して、本州西部から四国あたりの地域日本語の原郷を求めてるけど、仮に日本語祖先朝鮮半島から入ってきたとすると「なるほどそこから列島に入ってきたんだな」という感じで辻褄が合うんだよね。ただこれはなんの証明もできない妄想であって、もっとちゃんとした言語学的な証拠必要だけど。



失礼、そうですね。その論文DNA研究論文ですからね。

言語については以下の論文ですね。

アメリカ人言語学アレキサンダーボビン

"Origins of the Japanese Language(2013)"

“From Koguryo to Tamna: Slowly riding to the South with speakers of Proto-Korean(2013)”

アメリカ人言語学者 ジョン・ホイットマン

“Northeast Asian Linguistic Ecology and the Advent of Rice Agriculture in Korea and Japan(2011)”

オーストラリア国立大学史学人類学部 ピーターベルウッド

"The Global Prehistory of Human Migration(2013)"

ソウル大学校韓国語研究 李基文

"A History of the Korean language.(2011)"

アメリカ人日本語研究ジェームズマーシャルアンガ

"The role of contact in the origins of the Japanese and Korean languages.(2019)"

2021-11-14

anond:20211114031904

3000年前に朝鮮半島から日本へ到達したとして白村江の戦いって西暦663年やで。1500年以上も違う時代出来事をくっつけてどないすんねんな。


いい質問ですねぇ!まずは結論から書こか

第一渡来人 すごくむかし 縄文人

第二段渡来人 弥生時代(3000年前) 弥生人

第三段渡来人 3世紀前後 古墳

この中の古墳人ってのが朝鮮半島南部伽耶任那諸国ルーツを持つ集団なんや

ほんじゃあ次に、ちょっと詳しく説明しよか

そもそも現代日本人は列島先住民系と渡来系が混血して誕生したって説は、1994年に埴原和郎が提唱した二重構造モデルに端を発しとる。

これが論文やな。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase1993/102/5/102_5_455/_article/-char/ja/

日本列 島の最初居住者は後期 旧石器時代 に移動 して きた東南 アジア系集団で, 縄文 人はその子孫で ある。弥生 時代 になって第2の 移動の波が北ア ジアか ら押 し寄せたため, これ ら2系 統 の集団列島内で徐 々に混血 した。

埴原は渡来人単一グループで、その時期も一度と思っとったんやね。

しかし、これはどうやら間違っとったらしいっちゅうのが2010年代研究で分かってきた。

もちろん「先住民系と渡来系が混血して誕生した」ってのは変わってへんしかしこの渡来系というのがどうやら遺伝的にも年代的にも二つに分かれるというのが分かったんや。

これは国立遺伝学研究所とか国立科学博物館研究のおかげやな。

日本人の「完成」は古墳時代だった? DNA分析ルーツに新説 https://www.asahi.com/articles/ASP9K55ZJP9JULBJ00Z.html



もっと詳しく書こうか思ったけど眠いわ。

まあ興味あったら http://www.yaponesian.jp/ を読むんやな。

2021-11-11

anond:20211111231157

どちらかというと、稲作などを海外から持ち込んで弥生時代きっかけを作った人々の方が数の点で劣勢で言語的には現地(縄文日本人)に同化していったと思われる。

逆で同化されたのが縄文

https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2019/6431/

現代人のゲノムから過去を知る~Y染色体遺伝子系図解析からわかった縄文時代晩期から弥生時代にかけておきた急激な人口減少~

縄文時代晩期は世界的に寒冷化した時期であり、気温が下がったことで食料供給量が減ったことが、急激な人口減少の要因の一つではないかと思われる。また、その後人口が増加したのは、渡来系弥生人がもたらした水田稲作技術によって、安定した食料供給可能になったためと考えられる。

https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2020/7056/

都道府県レベルでみた日本人遺伝集団構造縄文人と渡来人の混血がもたらした本土日本人内の遺伝異質性

本土人のゲノム成分の80%程度は渡来人由来である推定されているが、近畿地方四国地方には、さらに多くの割合渡来人流入したのかもしれない。

また、地理的位置遺伝構造に影響していることや、沖縄県遺伝的に近い九州地方東北地方が互いには近縁でないことから渡来人との混血時に縄文人は遺伝的に分化していたと考えられる。






縄文時代には現在日本語日本列島では話されていなかった

弥生時代になって流入した渡来人言語日本語祖先

最後にこれは別に俺が主張しているわけではなく、日本人研究者以外にも世界中の研究者論文を書いてる

anond:20211111230103

http://www.yaponesian.jp/cmsdesigner/dlfile.php?entryname=kikan&entryid=00008&fileid=00000001&/Yaponesian_Vol2summer_online.pdf&disp=inline

言語学第二座談会(~前半の部~)

千葉大学にて1月開催

発言者遠藤光暁、青山学院大学教授中国語音韻史・方言学、アジア地理言語学

    木部暢子、国立国語研究所副所長、日本語方言

    風間伸次郎、東京外国語大学教授アルタイ言語言語類型

    福井玲、東京大学教授朝鮮語

    吉川佳見、国立国語研究所非常勤研究員アイヌ語

    児倉徳和、東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所准教授ツングース満洲語学

...................

福井:ただ日本語と唯一関係があるかもしれないと思っているのは、河野六郎先生や李基文先生など多くの方が扱ってきたいわゆる高句麗語あるいは濊語、つまり高句麗地名から推定される言語で、それが日本語に近いというのはほぼ間違いない。最近伊藤英人先生も注目すべき発表をなさっています

遠藤:ええ、だからこのヤポネシアゲノムプロジェクトでも日本以外の言語学証拠で一番確かな根拠は、いわゆる「高句麗地名だと狙いを定めて、初年度から重点的にやっています。実際にはたぶんそれが全体として「高句麗語」を反映するというよりも、倭人半島部で先住民として当時になるとモザイク化して居住していて、倭系の地名を残したとか、そんなイメージではないかと思うんですけど。

福井:そうですね。それを河野六郎先生がはじめて歴史的資料の中に出てくる濊人の言語ではないかということを言い始めた。その一番きっかけとなった大きな証拠は、もともと朝鮮日本人のことをなんと呼ぶかというと、jej(예)ですね。これが「濊」の字音(jej)とまったく一致します。その一方で、日本人の呼称普通倭人字音「倭(waj)」となるはずなんですが、中期朝鮮語資料の中ではそれではなくて、jej(예)と呼ばれている。そこから発想されたのかなと思うんです。

遠藤:それが現在中国東北部、古い時代の「夫余」の地域あたりまでJaponicで解ける地名があると以前から言われています

...................

風間:2つほどあります別に私が言い出した事ではなくて、以前Vovinさんらが日文研から刊行した日本語系統についての本にも書かれていますが、日本語は昔はもっと孤立語的なタイプだったとする説です。先ほど遠藤先生中国語などと比べると日本語全然違ったタイプ言語であるとおっしゃっていましたが、日本語は昔はもっと孤立語的なタイプだったとする説を考えていく必要はあると思っています。昨日も木部先生がおっしゃっていましたように、古代日本語の語はほとんど一音節です。一方、母音の数は現在よりおそらくもうちょっと多かった。助詞自体にも個別の声調があって、現代のテ形のテの部分などにも独自の声調があった。つまり膠着的ではなく、文法要素も独立した語の性格を持っていて、孤立語的だったということです。助詞助動詞には自立語起源説明されるものがかなりたくさんあり、声調があって単音節、という事になると、まるで孤立語であるということになります

遠藤:ええ。それは歴史時代の話ですよね。

風間はい、今まさしくそ歴史時代日本語の事を考えなくてはいけないんだと思います。それを考えるとやっぱり孤立語だったという可能性についてよく検討していくべきではないかと思います

...................

遠藤:文献言語史的な証拠から言うと日本語はせいぜい1500年前ぐらいしか遡れないですね。あるは『魏志倭人伝』とかの頃ですよね。高句麗かいろんな北方民族の記録については中国側の正史などの東夷伝とかもありますが。考古学の方からするともっと古い情報がわかって、宮本一夫先生の説によると、まず日本語を話す人たちが朝鮮半島に入ってきて、そのあと朝鮮語を話す人たちが現在でいう中国東北部から朝鮮半島に入ってきた、といったことが先史時代に起こっている可能性があるので、そうすると日本語朝鮮語ツングース語を話す人たちっていうのは中国東北部先史時代に非常に密接な接触をしている可能性があることになりますね。われわれは普段そういうことを考えないんですけど、そういうのはどうでしょう。かのアルタイタイプ諸語のTurkic、Mongolic、Tungusic なども地理的な分布範囲歴史時代先史時代ともかなり移動しているんじゃないでしょうか。

福井考古学との関わりという意味ではやはり今後参考にすべきところはいろいろあると思います。昨日の私の話だと主に韓国語から日本語への借用ということを中心にお話しましたけど、まあその逆の場合もありうるわけで。日本朝鮮半島の間で考古学的な遺物共通している場合があります。これは歴史学の人から聞いた話ですけれども、例えば日本式の甲冑韓国のある一部の地域でかなりたくさん出てくるとか、その時期そのあたりで接触があったということは明らかであるし、前方後円墳朝鮮半島でも見つかっていて、それは歴史をやっている人たちからするとむしろ日本から渡ったものではないかという説もあります

遠藤古墳時代ぐらいになるとそういう方向もあるみたいですね。遺伝学的な根拠からしても半島南部のところで縄文DNAが見つかったとかいうこともありますしかし、文献言語史で考えるくらいのタイムスパンだと日本列島には既に日本語が入っていて朝鮮半島朝鮮語が優勢であってツングース語はシべリアから中国東北部にいた、といった現代の状況を投影して考えがちですが、もっと全然違った居住地域で一緒に雑居していて遥かにドラスティック言語接触を考えてもいいんじゃないかってこのプロジェクトに入ってから思うようになりました。言語学的にそれを証明することは非常に難しいと思うんですが。語族単位でやっていると非常に細かい違いが目に入ってくるかもしれませんが、もっと大きいアジア全域といったマクロ範囲で見るとやっぱりアルタイタイプ諸語の共通性が際立って見えるんですね。

.....

風間:もう1つ目についてお話しするには今日はもう残念ながら時間が残っていないと思います。先の話の続きですが、やや推論の上での推論ということになりますが、孤立語だった日本列島言語を話していた人々を大陸から来た別の集団征服して、それが上層言語となり、下層言語孤立語ものだったけれども、最終的に日本語がSOVで膠着的なアルタイ型の言語文法タイプに再編成されたという可能性はあり得ると思います

遠藤縄文語(諸語?)が孤立語タイプで基礎語彙がそこから継承されて、弥生時代大陸から入ってきた膠着語タイプ言語によって文法が組み替えられたというわけですか。私などは『三国史記』で半島大陸部にJaponic地名存在するということからして、むしろ日本語半島とか大陸にあった時代に非常に密接に接触するチャンスがあったのでは、という仮説に傾いているのですが。

風間大陸接触してから列島に入ってきたということでもいいとは思いますが、その支配者層はそれほど多くの人数でなかったとしてもかまわないと思います

遠藤漢語について言うと、遣隋使遣唐使が行って、ごく少数のエリートが本をもってきて、仏典も含めてずっと勉強していく過程日本列島舞台として日本語の中の漢語の中の比率が増えていくわけですよね。そういう事は文化語彙については英語などでもギリシャ語ラテン語フランス語が大量に入るといったことは起こりますが、言語の中核的な部分で民衆言語まで浸透するためには、そういう文化的な学習だけじゃなくて日常的なレベル普通庶民バイリンガリズムとかの状態になっていないと、そういう風な組み換えは起こりにくいんじゃないでしょうか。あるいは完全に支配者の言語に取って代わられる例っていうのは中南米スペイン語とか枚挙にいとまないですけど。

http://www.yaponesian.jp/cmsdesigner/dlfile.php?entryname=kikan&entryid=00009&fileid=00000001&/Yaponesian_2_%E3%81%82%E3%81%8D%E5%8F%B7_1120_ALL_online.pdf&disp=inline

言語学第二座談会(~後半の部~)

...................

風間ゲノムをはじめとする他の学問分野での推定とどのような関係にあるのかはわかりませんが、言語学シナリオとして唯一あり得ると考えられるのは、日本語孤立語タイプから現在膠着語的なタイプへと、何らかの理由で変化してきたという可能性ではないかと思います。それを示唆するような痕跡的特徴は日本語にある程度存在するのではないかと思います。その中でも一番問題になるのはアクセントもしくは声調と呼ばれる現象さらにはその両方が日本語にあるということだと思います。ただ、アルタイ諸言語がどの言語弁別的アクセントを持たない、ということもあり、私は日本祖語は無アクセント言語だったのではないかという仮説に深く関心をもっています山口幸洋さんをはじめとする何人かの研究者提案されている仮説です。

...................

木部:これから先は想像世界ですけども、古くは日本列島各地に今の大和ことばではない言語、何語であるか分からないような言語日本列島にいっぱいあって。

遠藤:たぶん縄文時代とか。

木部:縄文時代縄文語かもしれない。それが無アクセントであったという事はあり得るとは思います。そのあと、大和琉球共通祖語、日琉祖語が上にかぶさって、元の言語は日琉祖語に取り替えられたけれども、アクセントにはサブストレータム(基層語)としてもとの無アクセントの特徴が残った地域があって、現在、各地に点々と残っているということはあるかもしれません。元々、声調の区別をもっていなかった言語が新しい言語を受け入れたときに、アクセント区別をしなかったという事はあると思います。無アクセント言語アクセントのある言語から借用語を取り入れるときに無アクセントで取り入れるという事はよく起きています

...................

遠藤:それで、九州の無アクセント地域と二型アクセント境界線のあたりにABOの血液型境界線がひかれるんですね。A型瀬戸内海から関西にかけて特に多くなって、その周りに別のタイプがあって、その境界線がちょうど無型アクセントになるあたりなんですね。それから他にも斎藤先生のおっしゃる三段階説または内なる二重構造、イエナのマックスプランク研究所の人は新幹線モデルといっていましたが、関西から山陽新幹線がはしっている辺りから九州にかけて、身長が高くて、首と胴体の比率が7頭身に割合近いといった形態的な違いもあるそうですね。それで、服部四郎が『アクセント方言』の中で、北九州の辺りから関西にかけて移住が起こったかもしれないと書いていますね。もしかしたら朝鮮半島からも繋がっているかもしれず、弥生人北九州にもたらした日本語アクセントをもっていたが、周辺部ではアクセントがなかったとかいたことがもし想定できるとしたら風間先生とか狩俣先生とか、もっと早くは山口幸洋が言っているようなこともあるかもしれませんね。つまり一言語内部の比較言語学的な考察からすると対立が少ないところは分化条件が与えられない限り必ずや合流を経たとせざるを得ないので、ウルトラCのような離れ技として民族的ないし言語的なsubstratumを想定に入れないとダメになりますね。ヤポネシアゲノムが始まる2年前までは我ながらこんなことを言い出すなどとは思いもよりませんでしたね。もう40年ほど前から日本語系統論っていうのは、本当に危ない分野なので手出しせずに実証的な研究に没頭すべきだと考えてきた世代なので。

2021-11-07

anond:20211107215518

国立遺伝学研究所斎藤成也は、1991年に埴原和郎が提唱した縄文人弥生人が交わることで日本人誕生したという二重構造説に対し、縄文人弥生人古墳人の三重構造ではないかという新説を提唱している。

弥生人はBC1100-700に遼河流域にあった夏家店上層文化を源流として、朝鮮半島西岸を伝って日本水稲工作を持ち込んだ。このグループ現代日本語の祖であり、その言語痕跡高句麗百済新羅地名として残っている。ミシシッピ札幌など先住民言語地名に残るのだ。半島日本語として研究が進んでいるが、三韓言語資料が少ないため決め手にかける。最終的な結論を出すには朝鮮半島古代人骨の収集を待つしかない。

次に古墳人とは何か。これはおそらく任那伽耶諸国の人々であろう。弥生漢人韓系民族の混血であると思われる、現代日本人に最もDNA的に近いグループだ。朝鮮半島南部には前方後円墳が残っており、当時の中国資料でも韓系新羅百済とは異なる言語を話しており、倭人のように刺青をしていたと記録に残っている。


古代日本朝鮮半島と極めて深い関係を有している。領土を持ち、百済王族との婚姻関係を結び、百済が唐と新羅に滅ぼされた折には海外出兵するという歴史上極めて稀な行動をとった。何故朝鮮半島権益に対してこれほどまでに執着したのか、それは伽耶諸国こそ古墳人の故郷だったからだ。

2021-11-05

いらすとやって弥生人もう描いたんかな?

ここから先は競争だ、バナージくん

2021-09-18

イザナミイザナギが作った最初の島は、淡路島とされている

404年の文献に淡路島にはイザナギ神宮があると書かれている

他に何があるかググってみた

すると淡路島には 五斗長垣内 舟木 など、鉄器生産所の遺跡があるという

工場建物は、神宮式ではなく竪穴式らしいので、弥生人が作ったはず

でもなぜ大阪でなく淡路島で、竪穴式でない神宮があるのか

おそらく工場主は渡来人だったということ

ゴッサ(五斗長)、カイト(垣内・開拓)、フナ(舟)、ギ(木)からすれば、5隻の船で来た

イザナミイザナギ、その子アマテラススサノオツクヨミで、ちょうど5人だ

 

ところで淡路島に行くなら、九州は当然に通るが、

九州の オトクマテンドウマチ遺跡青銅器遺跡から、おそらく弥生人のものだったろう

その卑弥呼時代の国や、朝鮮半島帯方郡は、鉄器製造技術の伝来のころ滅びているようにみえ

 

ここで気になるのは、イザナミから世代あとの神武天皇は、

古墳時代九州のウサツヒコ・ウサツヒメが建てた建物にしばらく滞在して、

そこから東征して大阪に行ったということ

まりイザナミイザナミ一族は、本部九州日向だったが、大阪上陸する前に、淡路島にゴッサ基地をたてた

ただ8世代越しの上陸計画ちょっと考え難いので、系図人物は増やされているかもしれない

ということで、ヤマト王権そもそも渡来人

2021-09-06

日本神話では大蛇の神と人間あいの子が神の1人だったりするが

中国神話伏羲(ふくぎ)と女媧(じょか)はどちらも大蛇なんだって。でイザナギイザナミ神話モデル

やはり日本神話天津神というのは実は大陸人のことで、国津神弥生人王族って感じ

2021-08-27

anond:20210827170940

長いなら縦ロールとか疑似モヒカンかいっぱい遊ぼうぜ

弥生人の8の字も作ろう

2021-08-23

鎌倉時代元寇は防げた

https://president.jp/articles/-/49027 「腕っぷしは強いが、知力や教養は乏しかった」

日本人はどこからたか倭国の記録がない紀元4世紀西晋は退廃してモンゴル周辺から来た匈奴蹂躙されていた。一方、日本古墳時代で、オノを使う弥生人がいたが、古墳人が刀を持って諸国遠征していた。弥生人蹂躙されて神話のオノゴロ島(斧御老島だか斧御覧島だか)に埋葬されたのではないだろうか。モンゴル語と日本語の文法が同じなのは、おそらくどちらも匈奴語に方言単語が混ざって出来たからではないか

漢人は蛮族に仏教布教しようとした。それでもまだ日本人文系は弱いしお笑いイジメ系で面白くないし、弱者の思いなどわりと気にも留めない風だ。モンゴル人は知らないけど、世界から見れば匈奴の後裔だと思われているかもしれないな。

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