はてなキーワード: ミラノとは
・私はコナンマニアというわけではなく、小さい頃TVアニメを観ていたり、思い立ったら新刊を買ったり本誌を読んだり、金ローや年イチの映画を観る程度の知識です。
我々読者は、公安警察官・降谷零がトリプルフェイスを持つことを知っている。
安室透=降谷零=バーボンと知っている、つまり読者と同じ視点の人間は主要人物に限られている。
大多数、つまりモブは、「彼のなりきるキャラクター」にしか知らないのではないのだろうか。
「降谷零」は、幼くは零くん・ゼロと呼ばれ、公安警察として働く生身の人間。
では「安室透」は?
バーボンと同じく潜入捜査のための身分であるが、一般社会に溶け込んでいるという点で、異質である。
「任務の一環として」サンドイッチを作り、笑顔を貼り付け、店の前を掃き、コストコらしき店へ行き、そしてJKを魅了してしまう。
バーボンのほうが、なまじ目的と組織内の身分が明確化されているために、よっぽど解りやすい存在である。
彼はある時突然米花町へやってきて居付き、仕事をし交流を持ち、周囲に慕われている。
いつか「安室透」としての彼はいなくなるはずだが、彼を「私立探偵でウエイターの安室さん」だと思っている人々は、そんなことは知る由もない。
この状況と似た映画がある。
1968年のイタリア映画、パゾリーニ監督の『テオレマ』である。
ミラノ郊外に住む、工場経営者であるブルジョワ家庭(主人、妻、娘、息子、家政婦)に一人の男が姿を現わし、なぜか男と一家との共同生活が始まる。
そのうち家族全員は男の謎めいた魅力の虜となってゆくが、男が家族の前から立ち去ると、残された家族は奇妙な行動を取り始め、家庭は崩壊してゆく。
作中で「男」が何者かは一切語られない。
この物語、まさに「安室透の別の顔を知らぬ者」、米花町の人々の視点である。
この視点の人物は、梓さんかもしれない。安室透を慕うJKかもしれない。マスターかも知れないし、ピンチを助けてもらっている少年探偵団かも知れない。
周囲の人物に、「素敵でかっこいいお兄さん」として振る舞い、優しく触れて期待させていったあげく、忽然と姿を消すのである。
ここまで「安室透」について述べてきたが、彼の空虚さと取り巻く関係は、そのままある少年に当てはまる。
むしろ、毛利家に深く関わり、数々の困難を共にするうちに断ちがたい絆を得ているという点では、コナンのほうがよっぽど『テオレマ』らしい。
コナンを失った少年探偵団はどうなる?毛利家は?園子は?蘭は?
高木刑事や目暮警部も、耐え難い喪失感に襲われるのではないのではないだろうか。
コナンも造られた存在である。異なるのは、安室透は任務のためであり、コナンは元に戻る方法を探るためであるという点。
そこにポアロのウエイトレスで安室透の同僚、梓さんを加えてもいい。
青山先生は、主要人物の心がうまくまとまっていく様子はきっと描いてくれるだろう。
ただ、数え切れないほどの事件で登場した人々の心情の機微までは描かれないはずである。
2日に一度は殺人事件!?『名探偵コナン』のコナンは、あまりにも事件に遭遇しすぎではないか? | ダ・ヴィンチニュース
「『眠りの小五郎』さんと一緒にいた坊や、どうしているかしら…」「どうやら、行方不明みたいです」
こんな会話が交わされているかもしれない。そして、入れ替わりに新一が戻ってくるわけである。
果たして、皆が「コナン」に感じていた魅力を「新一」が埋められるのだろうか。
「安室透」に至っては、かけがえのない魅力を持った青年が忽然と消えるわけだから、ポジションを埋められる人間は存在しない。
彼に憧れを抱いていた人間は、永遠に彼の幻影を追い続けるわけである。
そこには、崩壊が待っているのかもしれない。
少なくとも、灰原を含め3人が確実にいなくなることが決まっている米花町は、異常な街なのである。
新一への伝書鳩…という役目もあろうが、新一は声以外登場しない。コナンが頼られている。そして、安室透は自然に生活をしながら、「自分の恋人」を護る。
新一が元に戻っていれば?安室透がただの公安警察のひとりとして、警備任務につくだけだったら?生まれ得ないシナリオだった。
「いつか壊れる日常」だと改めて認識させられた。待っているのは『テオレマ』のような結末ではないかと感じたのだ。
そして、二人のコンビネーション。
一般的には、「正義か、真実か。」コナンと安室透の対比と対決と共闘が、テーマであり見所とされていたが…。
共通した「造られた存在」を生きるもの。周りを偽る空虚な存在。そして周りを虜にする存在。
目的が終わればこの姿を捨てるが、その目的は限られた人間しか知らないため、周りを切り捨てるしかない運命。
そんなものが共通しているからこそ、分かり合えたものがあったのではないかと考えた。
「ウソつき…」
「君に言われたくはないさ…」
のセリフに集約されているのではないだろうか。
勝手に感じたあむあず(安室透×榎本梓)みについて語って締めくくりたい。
テキパキした手際にそう感じたのかもしれないが、実に唐突な会話である。
世辞を言うべき相手でもない。
普段の接し方を見ていても、どちらかの不毛な片想い…という感じでもなく、平等に良好な関係を築いているようである。
梓さんも、前述のセリフに照れるでもなく、風評被害を恐れて警戒するのみであった。
「降谷零」として、梓さんに好意があるかもしれない。
「安室透」によって抑えられているから、あの程度の露見で済んでいるのだ。
そんなふうに感じられた。
若い男女が親しく働いているのだから、そんな関係になる機会もあるかもしれない。
けれども、梓さんが「降谷零」を知る日は来るのだろうか。
「僕の恋人は…この国さ!」と言い切っていた。
【僕】とは、誰のことだったのだろうか。バーボンではなかろう。降谷零として、そのままの意味で言ったのであろうか。
「安室透」としては、“恋人”を作るわけにはいかなかったのであろうか。
ひとつひとつを愛せないから、まるごと愛するしかない不器用さと取るのは、曲解になるだろうか。
一人の女をだめにした 一人の男の日暮れ時
この歌詞のように、和製『テオレマ』的別れを与え、「安室透」は消えていくのかもしれない。
ただそこで解せなかったことがあった
服育っていうのかな?アルマーニみたいな高級な服を着せたほうが良いと当の校長も言っていたそうだ
http://www.huffingtonpost.jp/2018/02/07/principalletter_a_23355613/
"...安価な服のなかには、途上国等の貧困問題、ものによっては児童労働の問題も横たわっている。チョコレートなども同様だ。こういうことも含めて、社会や総合などの授業で扱うことができれば、服も立派な教材である。"
https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/20180210-00081460/
これは違うだろうと思った。何がって?
"児童の権利条約"は1990年成立で、1994年に日本も批准している
これは義務教育中の労働の禁止や、危険な労働、酷使をしないことが謳われている
子供って従順だから親の都合や雇用主の都合に従ってしまうから。
アルマーニなどの紳士服の縫製も南部で児童がやっていることがある(あった)と。
当時は服飾ブランドではアルマーニ、ダナキャラン、カルヴァンクライン、ベネトンそんなブランドの名前が挙がっていた。
今はアルマーニのようなハイファッションだけでなく、H&M、ユニクロなどファストファッションの名前もあがる
鉱業、コーヒー、カカオマスなどアフリカ、南米などにもスポットライトが当たる
国際NGO ヒューマンライツウォッチ(主に戦乱地域の窮状報道のことで耳にするNGOかも)による
アウトソース先の工場リストや、労働の権利や児童労働に関する質問に回答しないようだ
http://features.hrw.org/features/HRW_2015_reports/Cambodia_Garment_Workers/index.html
それに我がユニクロも人権のことではしばしば吊るし上げられているしグローバルブランドはどっちもどっちな気もする
ただ言えるのは泰明小学校の制服が仮に採寸地と縫製地が近い方がいいからということで日本国内生産かもしれない。
もしくは国内の制服専門メーカーにアウトソースしているかもしれない。
しかしグローバルブランドは仮にアウトソースしてようがサプライチェーン全てを管理する必要があり
グローバルブランドは労働者の権利や賃金が低く据え置かれている国や地域で生産しようとする動きはずっと変わらない。
それを知った方が服育になるでしょう、そう思った
博物館は昨日もやさまでみたイタリアミラノのドゥオーモみたいな内装してて、もろにテレビの影響受けてる夢だった
仏像とか絵がたくさんあった
日本でよく見るようなのもあった
でもそれ以外の展示品が不気味だった
仏像っぽい絵・像なんだけど、肩から上がボウリングのピンみたいな形してて、細長い顔してる
普通にまっすぐ立ってる絵・像ならまだいいんだけど、
それが横向きに倒れたりしてるのもあって、どうも見てて不安になる感じだった
隣にいた妹に、これなんかおかしくない?不安になるんだけど・・・って言ったけど、
別にふつう・たいしたことないと言われたのでなんとなく不満に思った
岸は草原が30度くらいの角度で海?川?に接してて、結構角度は急だったけど、
停車中の荷物検査は最も危険な時間だ。祐太はコンテナの隙間で白い息を殺し、屈強な女性職員が通り過ぎるのを待った。でも大丈夫、きっと会える。根拠はないけど、かじかんだ手の中にある少女の写真を握りしめると勇気がわいてきた。やがて列車は再び駅を出発した。
※※※ ※※※
「高校は女人町のとこに行くんだ」美術室で部活の後片付けをしながら、由紀はさらりと言った。女人町のことは祐太も知っていた。夜に安心して出歩けるよう、女性だけが生活することを許された町だ。由紀がこの町の女の子であることもクラス中のみんなが知っていた。義務教育を卒業すると、女人町に戻るか外の町にとどまるか、母親が選択することも。ただ、由紀が戻ることになったのを知ったのは、祐太が最初だった。
「そっか、由紀は行きたいのか?」
「わかんない。でも親が決めたことだし」
話はそれで終わった。由紀はそのまま学校を卒業し、女人町の高校に進学していった。通常、女人町に戻った女性は、それ以降もうほぼ外に出ることはない。
※※※ ※※※
祐太は地元の高校に進学し、由紀との思い出は忘れていった。学年たった二人の美術部員だったこと、部の存続をかけての新歓、絵の具の匂い、いつも頬を赤くしすぎる由紀の人物画の癖。
そして大学に進学した1年目の冬休み、消えかけた思い出が蘇った。新しく出来た鉄道趣味の友人が、ポロッと言った一言がきっかけだった。「この貨物列車、女人町に行くんだよな」
「へえ。あそこ、電車が通ってるんだ」
「生活物資やなんかは流通が必要だしな。ああいう町だから、警戒は厳重だけど、荷物は別だよな」
町につながる場所がある。そう思うと急に由紀に会いに行きたくなった。手がかりは卒業アルバムの切り抜きの写真と、中学の頃貰った家の付近のスケッチだけ。町の写真は盗撮につながるからと規制されていたからだ。メールももちろんできない。
それでも祐太は諦めなかった。夕闇に紛れて女人町行きの貨物列車に忍び込むことに成功した。後は列車が連れて行ってくれることを待つだけだ。
※※※ ※※※
検問は数度あった。そのたびにコンテナの死角に滑り込んでやりすごした。屋根も壁もない。昼から小降りだった雨は、東京ではめずらしく雪になっていた。風が強く、寒さが身にしみる。
夜、女人町に入った後、列車が緊急停止した。「人手が足りない!」「男性職員も応援に呼んでください!」「承認はまだ?!」何かしら事故があったのだろう。辺り一面は漆黒の雪景色で、職員たちは雪かきやヒトモノの整理で相当混乱していた。今なら脱出できる!祐太は暗い雪道に踊り出た。
周囲は真っ暗で、明るい場所は雪面をまばらに照らすオレンジや薄紫の街灯くらい。隠れる場所はいくらでもある。とにかくすぐ寒さをしのげるところに逃げ込み、明るくなってからスケッチの場所を探そう。祐太はそんなことを考えながら暗がりを歩いていた。
誰もいないと思っていた。そんな油断もあって、暗闇の中全身真っ黒な服から覗く2対の目に、祐太は気づかなかった。
※※※ ※※※
祐太は人らしきものにぶつかった。背筋が凍る。見つかった!そこにいたのは2人組で、頭の上からイスラム教徒の女性が被るブルカのような真っ黒い布をかぶっていた。
「あなたは…男の人?」
ブルカの女性に話しかけられた。動揺のあまり、祐太はしばらく動くこともできなかったが、やがてやっと声を振り絞り答えた。
「ごめんなさい、人を探して、ここまで来たんです。今回だけは見逃してください!」
「でも、こんな格好をしてると捕まるぞ」
後ろの方のブルカから、男性の声が聞こえた。この町にも男性がいたのか!祐太はほっとした。
「私の服を貸してあげる。まずは私達の家に来ましょう」
そして促されるまま、祐太は二人の家に案内された。
※※※ ※※※
家の中に入ればもうブルカは必要ない。助けてくれた二人を改めて見ると、祐太と同じ大学生くらいの男女だった。女性は比奈、男性は陸と名乗った。祐太は二人の家で事情を話した。スケッチの情報から、比奈が通っている絵画教室をしている家だとわかった。この家の近所だ。陸からは余分なブルカも貸してもらった。男性同士助け合いの精神もあっただろうが、何から何まで手助けしてもらい、本当に感謝するしかない。
しかし、ブルカなんて被って不審がられないだろうか。聞くと、若い女性はだいたいこんな格好だという。
「昔、目元やチークを真っ赤にするメイクが流行ってね。うさぎ目メイクって言ったっけ。好きなは好きだけど嫌いな人は『幼女ポルノのようなメイクだ、ミラノ帰りの自分からは信じられない。VOGUEを見習え』って、大論争。喧嘩を避けるように、結局みんな姿を隠すようになっちゃった。」
「でも、そのおかげで俺たちみたいな男もこっそり生きられるんだけどな」
聞けば恋人を作りたい女性や父親がほしい家庭は、こうやってこっそり男性を家に引き入れて暮らしているそうだ。よく考えるとそうしなければ町の人口は減る一方だ。この町はそうやって矛盾を抱えながら維持されてきたのだろう。
「由紀ちゃんと連絡がつながったわ。今すぐ行きましょう。ゆっくりさせてあげたいところだけど、ママがこれ以上男性を住まわせるつもりなのか疑ってるの…ごめんね。」
どうも話から推測すると、男性を匿いながら暮らすのは専業主婦を抱えるのと同程度に負担のかかることで、できれば避けたいようだ。祐太もこれ以上迷惑をかける気もなかった。コートを着込み、ブルカを身にまとって比奈と共に家を離れた。
二階の窓では、母親と思しき女性が祐太に視線を貼りつかせていた。
※※※ ※※※
祐太は、ついに由紀の家にたどり着いた。玄関口で見た由紀は、中学のときの面影を残していた。急ぎ足で比奈と一緒に部屋に入り、ブルカを脱いだ。
「祐太…」由紀は口を押さえて、もう半分涙声になっていた。「来てくれたのね…」
「じゃあ、私はお邪魔かな」そう言って比奈は部屋を出た。部屋は由紀と祐太、二人きりになった。まるで中学の美術部と同じ風景だ。そう言えば改めて見渡すと、部屋の様子も美術部室のように幾つもの絵画や機材が並んでいる。ここは由紀の部屋ではないんだろうか?
「お母さんの美術教室のアトリエよ。今時期は教室やってないから自由に使えるわ。布団持ってくるから、ここに今日はここに泊まってって」由紀はいたずらっぽく目を輝かせて言った。「お母さんには内緒ね」
「悪い奴だなぁー」軽口を叩くと本当にあの頃に返ったようだ。「今でも絵、続けてるのか?」
「そうね、つい最近も描いた絵がそこにあった気がするけど…」
「待って、当ててみるよ。…あ、わかった。右から3番目のだろ。なんでわかったと思う?」
「「頬が赤すぎる」」2人の声が被った。そして2人とも大笑いした。
その後は夜遅くまで話をした。昔の思い出、卒業してからの生活、祐太のここに来るまでの冒険譚。話している内に日付が変わり、外の雪はますます降り積もった。
「これから、どうするの?」
「もう少しここにいたら?こんな雪だもん。2~3日は色々マヒしてて気づかれないって」
ひょっとしたらここで暮らすのも悪くないかもしれない。ブルカがあれば外出もできるだろう。男性同士のコミュニティもあるようだし、由紀の家族にも気に入ってもらえればよいな。そんなことを考えながら、祐太は眠ってしまった。
※※※ ※※※
「おい起きろ!さっさと出る準備をするんだ!」
突然の怒号とともに毛布を剥ぎ取られ、祐太は目覚めた。目の前には警官姿の屈強な女性が2人、立っている。
寝起きで意識がはっきりしないまま、祐太は両脇を抱えられて外に待機していたパトカーに詰め込まれた。「xx時xx分、xxxx確保…」警官の一人が無線で何か会話をしている。まるでまだ夢の中のようだ。いや、昨日までの記憶の方が夢なのか?
祐太はやっとのことで声を出した。答えはしっかりとは聞き取れなかった。これから町の外の警察に引き渡され、そこでこってりと絞られるらしい。
隣に座った大柄な女性警官は威圧的な雰囲気だ。でもパトカーはシャーベットの路面を頼りなく走っていて、そのギャップに祐太は少し笑ってしまった。
なんて結末だ。
※※※ ※※※
「密告があったみたいね。あんたも大胆なことするわね…」由紀の母親はコーヒーを淹れながら由紀に話しかけた「報奨金高いんだよねぇ。誰だか知らないけどだいぶ儲かったんだろうな」母親は少し呆れていたが、それほど意に介していないようだ。対照的に由紀は朝からずっと泣いていた。
「ごめんなさい。もうこんなことしない…」
「本当だよ!色々面倒なんだからね!」
母親は一言だけ釘をさしたあと、あんたもコーヒー飲みなよ、と一杯テーブルに置き、洗濯物を干しにリビングを出ていった。
その日一日、しおらしく反省した様子を見せていた由紀だが、心の中では計画を立てていた。町を出る。祐太に会いに行く。
※※※ ※※※
大雪の混乱は女人町では5日間で収束した。もう雪は懲り懲り、そんな気分を察してか、その後はずっと晴れ続きだった。暦はもう立春になったが、まだ気温は冬。それは女人町でも同じだ。
「それじゃ友達の家に泊まりに行ってくる。3日くらいで帰ってくるよ」リュックに荷物を詰めた由紀が玄関で母親に言った。母親は答えた。
「え、え?…お母さん何言った?私友達の家に…」
「こないだ来た男の子のところに行くんでしょ。外の列車の切符なんて買えなかったけど、駅の入場券くらいは買えたわ。あとはあんたで何とかしなさい」
ああ、お母さんには何でもバレバレだ。由紀は素直に切符を受け取った。でも、本当に外に出ていいんだろうか?お母さんに迷惑かかるんじゃないかな?
「やっぱり血筋なのかね。私もあんたのお父さんに会いに列車に乗って出かけていったんだよ。そのときにはもう社会人だったけどね。」
それは初耳だった。色々型破りな母親なのは知ってたけど、まさか列車に忍び込んで町を出るなんて!
「いやいや、その時はこの町もまだインフラが整備されてなくて、男性も沢山作業に出入りしてたんだけどね。ただ住む場所だけは別々で、でもどうしてもあの人に会いに行きたくてさ。臨月なのに常磐線に乗って出かけちゃったの。そしたら電車の中であんた生まれちゃって!大騒ぎだったわ」
何それ!電車で生まれたって聞いてたけど、そんなシチュエーションで生まれたの?何か私より祐太より、お母さんのがよっぽど大胆じゃん!
「だから言ったじゃん。血筋なんだなって」お母さんはいたずらっぽく目を輝かせて言った。「お婆ちゃんには内緒ね」
わかったお母さん。私も頑張る!
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停車中の荷物検査は最も危険な時間だ。由紀はコンテナの隙間で白い息を殺し、屈強な女性職員が通り過ぎるのを待った。でも大丈夫、きっと会える。根拠はないけど、かじかんだ手の中にある少年の写真を握りしめると勇気がわいてきた。やがて列車は再び駅を出発した。
AppleWatchは通知を受け取るのがメインで活動量計はサブだよ。
食事の途中でも通知を見るためにiPhoneを取り出すような中毒者向けの商品なの。
http://wired.jp/special/2015/apple-watch/
時計の概念を考える過程で、チームはApple Watchの存在意義を見出す。スマートフォンが、みんなの人生をダメにしている、ということだ。誰もが経験したことがあるように、アイヴ、リンチ、ダイ、そしてすべてのアップルの社員は、みな電話の着信音に支配されている。うるさい通知のリストを、絶え間なく確認しなければいけないからだ。「わたしたちはいまのテクノロジーによって、つながり過ぎています」とリンチは言う。「誰もがスマートフォンをもっていて、スクリーンを終始見ているのです」。そこで彼らは、夕食の席でもスマートフォンに夢中になったり、電話が鳴ったり震えたりするたびに無意識にポケットの中に手を突っ込んでしまうような人々に目を向けた。「それくらい、人は誰かとかかわっていたいものなのです」。リンチは言う。「ならば、そのつながりをもう少し人間らしく、誰かと一緒にいる瞬間にも可能にするにはどうすればいいのでしょう?」
携帯は、わたしたちの生活を蝕むようになった。では、理想から逆算をして設計することができたらどうなるだろう。例えば、一度に何時間も使わないようにする、もしくは使えないようなデヴァイスをつくることができたら? 余計な情報はすべて除外して、本当に重要なものだけを届けるデヴァイスをつくることができたら? それは現代の生活を変えることができるかもしれない。30年以上もの間、できるだけ長く注意を引きつけられるデヴァイスの開発をしてきたのち、アップルは、その流れに逆らうことを決めたのだ。
アップルこそ、わたしたち現代人の問題をつくり上げた張本人である。そして彼らは、四角い金属板とミラノ製のバンドで、この問題を解決することができると考えている。
業スーからの帰り。明日のお昼用に冷凍ミラノドリア2個入り320円を買った。
そんなことを考えながら自転車で家路を急いでいたら、パトカー数台に消防車が道路を封鎖していた。
あ、これは。事故だな。
救急車を避けるように更に左側に寄って踏切に近付く。ここを通らないと家に行けないのだが。
電車内の人達が雑談しているのが見えるくらい近くに行くと、踏切を通れず同じく足止めされている自転車に乗ったおばさん達がいた。
犬の散歩をしている人もいた。
「何かあったんですか?」
「それがねぇ」
聞かない。聞こえない。
「どれくらい動いてないんですか?」
「もうだいぶ…かれこれ20分は動いてないわねぇ」
猛暑の中、そんなに待ってるのか。自分はまっぴらごめんだ。ミラノドリアが溶けちまう。
踏切の横に逸れ、まるひろの先にあるもう一つの踏切を目指してペダルを漕ぐ。
ふいに民家から何故か線香の香りがした。それを胸いっぱいに吸い込んだ。
嫌な感じだ。
遠い三原という駅の近くにある踏切そばに小さな祠があり、どれだけ朝早くてもいつも線香に火が灯されていたのを思い出す。
一つ先の踏切は自由に通り抜け出来るようだった。駅からアナウンスが聞こえる。
『ただいま運転を見合わせております。お急ぎのお客様におかれましては大変ご迷惑をおかけしております。発車まで暫くお待ち下さい…』
こんなことが去年にもあった。
忘れもしない9月末日。帰省してクタクタだったのでレッドアローに乗った。
『19時前には帰るよ』
時刻は18時過ぎくらい。駅ビルで寄り道したって約束の時間には帰れる筈だった。
突然、足元に大量の缶を踏み潰したような衝撃があった。音も凄かった。
電車に乗ってるのに床を凝視したのは後にも先にもあの時だけだ。
少しして、レッドアローが止まった。
あ、これは。ただごとではないな。
車内がざわついてきた。アナウンスは、異物と衝突したので確認の為しばらく停車するといった内容だったと思う。
あとひと駅なのに、最後の最後で足止めを食らうとは。帰省の疲れもどっと出る。
背もたれに凭れて、旦那に電車が動かないので遅れるとLINEした。
窓を見ると外は真っ暗だ。時折駅員のような人達が行き来していた。この暗い中、見えるのだろうか?
辺りをキョロキョロ窺っていると、隣の席のおばさんがワクワクを隠しきれない様子で話しかけてきた。
「自転車よね、あの感じ」
ああ、自転車。なるほど、言われてみればそうだ。ならばやはりこれは、人身事故なのだろうと思った。
去年。前厄だった。
レッドアローは30分に一本走っているので、ひとつ見送っておけば遭遇しなくてもいい出来事だった。
なぜ、よりによって。
親に初めて人身事故に遭ったと言ったらネックレスをつけとけと言われた。現在、そういえば全くつけてない。
珊瑚の数珠はリュックにしのばせて肌身離さず持ち歩いているのだが。
今回もソシャゲの体力使いきるのに一時間かかり、買い物がその分遅れたのが原因のように思う。
また何かあったらここに書きなぐりに来る。
今日は珍しく仕事帰りにドトールコーヒーに寄り、入口に掲げてあるメニュー表を眺めて決めたツナチェダーチーズをレジで注文すると「品切です」と言われてしまって。
後ろに人が並んでるから適当に素早く選んだミラノサンドC、よくよく考えると今自分の口が欲してる感じのものとは違ったんだけど、まぁ仕方ないかぁと思って商品を受け取ってから、あれ?俺ホット頼まなかった?何故にアイスコーヒー?と気づいて店員さんに「あの、アイスコーヒー頼みましたっけ?」と尋ねると「え、あ、そうだと思いますけど……レシート拝見してよろしいですか」と返ってきて、いやレシートと実物ではなくて、その一個手前の手順、僕が口に出したものとレジに打たれたものが違ったのでは……と思い苦笑したけどそんなことを説明するのは面倒だしホットコーヒーの証明することは出来ないので「大丈夫ですもういいです」とレシートを提示せずに席について、あぁなんか人生みたいだ、人生みたいな虚しさだ、と思った。
十一月末のアイスコーヒーと、欲しくもないミラノサンドC。もういいですにギリギリの嫌味を含ませたところで、結局は自己嫌悪に陥るだけだと分かっているのに。
疲れているからこんな態度をとってしまうんだと言い訳をするように、重そうなふりをした溜息が、誰に向けたわけでもない灰色の主張を半径150cmに振り撒く。
なあ、お前はなんで、今日を生きてる。
KinKi Kidsデビュー時の盛り上がりをリアルタイムに目撃しているにも関わらず、当時は彼らの音楽をあんまり気に留めていなかった。さすが山下達郎だなー、歌もまあまあうまいし売れるのわかるなーみたいな。
それがなんだかんだで今年事務所が話題になったときに、なんとなーく昔の曲を聴いてみたら、なんかちょっとツボに入ってしまった。
これだけなら単に、おー20年近く、「アイドル」のクオリティを超えて音楽活動もがんばっているね、いいね、で終わる。
が。
堂本剛のミラノコレクションの音楽監修が話題になっているのを知って、「え、そんなマルチな音作りしてんの?」と気になり、うっかりソロ活動を検索。
数年前に立ち上げたshamanipponのコンセプトがやばいと話題になってたときは、「あーなんかスピリチュアル的なものにかぶれてしまったパターンかー」としか思っていなかったのだが、もったいないことをした。ざっと数曲聴いた限りでも、近年のインスト曲とか、とてもいいじゃないですか。
名義をいろいろ変えてた頃はよく知らないけど、今うまく技術とセンスがマッチして、成熟してきたんだなあと感じる。
戦略的に「売る」ことは志向していないように見えるので(複数形態での発売はレコード会社の都合もあるだろう)けっこう当たり外れはある気がするけど、今はFUNKを全面に出しつつも、それまでの自分の音楽経験を生かした音作りに真摯に取り組んでいる感じ、これからも応援したいと思いました。すごい。
あと、優れた声を持つ非整数次倍音と整数次倍音のデュオとして、個人的にはチャゲアス不在の今いっそうがんばってほしい気持ちもありますので、へんなこととかに巻き込まれず、ご自分のペースや気持ちを大事にしつつも、ソロの作曲家・歌手としてのみならず、デュオとしてもいっそう活躍してくれたら嬉しいなと願っているところです。
自分は明治の初めくらいから東京と地方を往復している家で、育ちは東京だから
本当昨今の人口の増え方町のキャパ超えてるし、すごく気持ちはわかるんだけど、
じゃあなんで東京に皆こぞって集まってくるか考えてみた。
東京に動きづらい人間でも余暇が楽しめるものが集中しすぎているからなんじゃないか。コンサートしかり、舞台しかり、美術展しかり。
例えばアメリカなら、国土があれだけ広くても、NYとLAで同じ催し物を、先にLAがやったりNYがやったりするし、
他の州にそれぞれよい施設があったりするし、
他の国でも首都にこそいろいろ集まっていたりするけど、首都以上に楽しめるような環境が出来てたりするし。
(イタリアならローマ以外にミラノとか。中国なら北京じゃなくて、上海や深圳とか。)
あと、日本の場合一度移動してしまうと戻りにくい動線の弱さとかも問題だと思う。
今度文化庁が京都にうつるから、これから10年位で一気にそういう楽しみが関西なり東北なり九州なりに分散して、
余暇施設が東京に過密に集まってるアホみたいな状態が変わると少しそういう意味で住まう場所の選択肢も変わってくると、いいなあ。
お腹すいた。
人気のメニューらしい鉄板焼きナポリタンも食べてみたいなーとずいぶん前から思っているのだけど、「ナポリタンが食べたいっ!」という気分の波が来ているときに限ってプロントが近くにないのでいまだにその願望は叶っていない。
プロントのように、コーヒーチェーン店(正確にはカフェバール?)でありながらパスタの美味い店はありがたい。
女子はなぜパスタが好きなのかという記事を以前見かけたが、単純に美味しいからだと思う。見た目が華やかで気分もアガるし、バリエーションも豊富だし、飽きない。
さて、プロントはパスタが美味いが、ドトール、および同じ系列のエクセルシオールはミラノサンドとかのサンド系が美味い。パン好きにはたまらん。
いっぽう、スタバは美味しいフードがほぼ無い(異論は認める)。見た目もアメリカンな感じというか大雑把な感じがして苦手。しかも値段も高い。
私は常々スタバはコーヒー屋というよりフラペチーノ屋ではないかと思っているのだが、フラペチーノが飲みたいときとMacでドヤりたいとき以外にスタバに行く理由が見当たらない。
んで、タリーズ。スタバとは違いタリーズのフードは見た目は華やかで美味しそうなものが多い。
しかし見た目の華やかさに釣られて食べてみたら味は普通だった…というのが大体のパターンで、気が大きくなっていて財布の紐が緩んでいるときしかタリーズでフードは注文しなくなった。
以前、たまたま気が大きくなっていたとき、マンゴーのパンケーキにバニラアイスをトッピングして食べてみたのだが、絶賛するほどではないものの普通に美味しかった。
しかしパンケーキとコーヒーでお会計約1500円だったから、やっぱり味のわりには高すぎると思う。
話は飛んで、コメダ珈琲に行ってみたいと最近よく思う。コメダは東京にはあまり店がない。シアトル系やバール系などのイマドキのオサレ系チェーン店とは異なるが、こういう古くからあるレトロなチェーン店にも独特の魅力がある。シロノワールというやつを食べてみたいのだけど、コーヒーの味も気になる。
それにしてもお腹がすいた。
まずはコーヒーでも淹れてくるか。
http://anond.hatelabo.jp/20160311210016
自転車は歩道へ追いやられている被害者であって、元凶は自動車と、先進諸国では当たり前の自転車走行路(自動車と"歩行者"も排除したタイプね)を整備しない道路行政にあるんだなぁ。
で、歩道でさえも自動車のほうが歩行者を圧倒的に殺人してる現実、知ってた?自動車を捨てさせて自転車を増やしたほうが地域が安全になる現実も知ってたかな?
http://www.city.toyama.toyama.jp/data/open/cnt/3/2961/1/1.pdf
そもそも、ミュンスターの都市交通政策は、1980 年代に渋滞を緩和させるためにはじまった。
(1) 渋滞の緩和:都心部から車を排除する政策をとって1年で、渋滞がなくなった、ビジネス効率が高まった、等の目覚ましい効果。
(2) 交通死亡事故の激減 :交通死亡事故が激減した(初年度 死亡事例 0 件)交通事故の死亡事故は、自動車がからむから起こるのであり、自動車が通行しなければ事故はあっても死亡には至らない。
道路から自動車という専有面積と重量が大きく高速で動く存在が無くなれば、重大事故原因要素を根本から無くせるため。
(3) 医療費の大幅削減:・ 医療費の大幅削減に成功し平均寿命がのびた。自転車政策が立ち遅れているイギリスでは、環境ではなく医療費削減の目的で自転車政策が始まった
http://d.hatena.ne.jp/delalte/20111021/1319158025
自動車から自転車への乗り換えが重大事故を減らすんだよなぁ。善良だよなぁ自転車って。
http://www.jgnn.net/ls/2013/09/post-7997.html
自転車利用者をもっと増やせ! パリの自転車施策 | パリに学ぶ暮らしのエッセンス | マンション・ラボ
http://www.mlab.ne.jp/life/style02/style02_20150216/
自転車の利用者を増やすことで、公害問題の緩和、静かな町づくり、そして市民の日常的な運動の促進につなげたいとしています。
「クルマ離れ」が加速するイタリアで自転車が売れまくり! | clicccar.com(クリッカー)
http://clicccar.com/2013/11/13/235704/
2012年の新車販売台数が約140万台なのに対し、自転車は161万台を販売。こうした傾向はイタリアに限らず、スペインでも起きていると言います。
http://www.afpbb.com/articles/-/2946702?pid=10814456
イタリア二輪車工業会(ANCMA)の自転車部門責任者ピエロ・ニグレッリ(Piero Nigrelli)氏は、自転車の価値についての政治家の認識不足には驚かされると話す。
また、ドイツには年間700万人程度の自転車旅行者がおり、その経済効果は90億ユーロ(約1兆1900億円)に上っていると述べ、イタリアにこうした利益をもたらすのに必要なのは自転車専用道路へのほんの少しの投資だとした。
ついにバイクの年間出荷台数を追い抜いた国内製造業の砦!電動アシスト自転車の快進撃|ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/11028
二輪市場の新スター、電動自転車 出荷台数はバイク抜く - cyclist
http://cyclist.sanspo.com/8483
電動アシスト自転車の年間出荷台数が国内メーカー二輪車を上回る – CyclingEX
http://thutmose.blog.jp/archives/45444067.html
電動自転車がバイクより売れるようになった理由 - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2135901786703301001
自転車の街へ変貌するロンドン。15年間でクルマは半減、自転車=サイクリストは3倍に
http://www.gizmodo.jp/2016/02/bikeinlondon.html
そして日本でも。運転免許保有率「都心」「若者」で減少。公害性の強い自動車必須という不便で過酷な地域ほど人々に見捨てられ人口減少が激しいなか、自動車不要な都市部への移住が進み続けている。移動手段はクルマから都会的な自転車の時代へ。
思うんだが、服なんて所変われば変わるだろ。
一元的な視点であれ着ろこれ着ろいうのやめろ。おまえだけの視点でオシャレを語るのはやめろ。
モニターの向こう側にいる相手が、どんなコミュニティに属してるかでオシャレの定義なんて変わるんだよ。
高校生が精一杯背伸びして、仲間内で自慢しあってるオシャレもあれば、35歳年収一千万超えのエリート商社マンが同僚とBBQする時にきるオシャレは違うだろ。
大学生男子が初めてのデートで着ていく服をクラスメイトの女子に相談したら、その答えは正解なんだよ。
服に興味のない旦那を持つ奥様が、オーシャンズで勉強した知識で購入した贈り物は正解なんだよ。
俺が俺の父親に贈る同窓会に履いていけそうなオシャレな靴と、おまえが合コンに履いていく気合入ったオシャレな靴は違うだろ。
つまりそれぞれ恋人だったり、家族だったり、学校だったり、職場だったり、友達だったりの中で、「オシャレ」と言われたいんだよ。
もっと大きな視点で見たら、おまえのそのオシャレ論、世界で通用すんのかよ。
そういうこと言うと、おれ日本人だから別に日本でオシャレだと思われたらいいよって思うだろ?
それと一緒だよ。
まず相手を見ろ。
※ブコメ返信
『ファッションは飾りなんですよ。中身がないといけない。』
『みんなちがってみんないいって、何も産み出さない気がするんですがそれは』
アパレルの人間に限らず、車でも家電でも、ものを作るときのプロセスを多少なりとも経験すれば、何も産み出せないことなんてないってわかると思うぞ。
みんなわからないなりに、うちのブランドは、今回の商品はこのゾーンに向かって球を投げるって決めて投げてるんだ。
その投げる球の重さが、数字的裏付けだったり、トレンドだったりの裏付けで決まるんだよ。
『書いたぉ(◕‿‿◕) (URL) ぼくのこと、おぼえてくれるとうれしい。』
だれだおまえ。
あのな、ちゃんともう一回読んでから自分の文章よく見返してみろ。
おれもアザナエル?はだせーと思うし、なにドヤ顔で語ってんだとは思うが、それはアザナエルのコミュニティの中で成立したオシャレなら周りがとやかく言うことじゃねーだろつってんだよ。
ほんとわかんねーやつだなあのセンスで周りからオシャレって言われてんなら、別にそれで成立してんだろおまえはアザナエルをどうしたいんだよ。おかんか?スタイリストか?ファッション宣教師か。