はてなキーワード: ソロとは
今はもうサービス終了してしまったあるMMOで、あるプレイヤーに告白された。
男だと思われていたらしい。
そのMMOは文字チャットが主流で、音声チャットは一部の廃人プレイヤーが使ってるぐらいだった。文字しかなければ、性別は偽りやすい。
とはいえ、自分はネナベをやるつもりは毛頭なく、なんならサブキャラは女性だった。もともとネットゲームデビューはPSO(DC)で、あの作品は性別もキャラ性能の一部だったので、必然、「使いたい性能で性別が決まる」文化であり、中でも凝り性の人々は、使用キャラによって口調を変えるぐらいのことはやっていた。
使用キャラはプレイヤー自身のアバターではない。けれど、女性キャラが「俺」と言ったり、男性キャラが「あたし」と言っていると、口調とビジュアルがなんとなくそぐわない感じがする、だから操作キャラに合わせる形で喋り方のほうを変えてしまう。
そんなスタイルに慣れ親しんでいたせいで、男性キャラを操作している時は男性として違和感がないように、女性キャラを操作している時もまた違和感がないように、喋る癖がついていた。
漫画の顔と吹き出しの組み合わせを考えるようなものなんだと思ってた。その「吹き出し」のイメージも、きっとPSOのせいだ。
そしたら、男性キャラでプレイしている時に知り合った人から、見事に勘違いされてしまっていた。中身の性別を隠してはいなかったけど、狩りやらに出かける時にわざわざ「中身は女なんですよ」なんて言わない。そのまま何度かパーティーを組んで遊んでいるうちに、惚れられていたらしい。
あまり人が来ないエリアに呼び出されて、好きだと言われた。中身が好きだと。
大慌てで中身は女だと説明したが納得してもらえるには時間がかかった。結局、ふだんの自分の口調で喋るように修正し(これが私にはつらかった。ドラゴンボールの悟空の吹き出しに「あたしも宿題やってないよー><」と書き込むような辛さなのだ)、なんとか受け入れてもらった。
彼女にとっては、操作キャラはアバターで、当然プレイヤーとキャラクターの性別は同一、ということだったんだろう。
そのMMOも女性キャラ比率が高く、その中には当然、多くの男性プレイヤーが含まれていたと思うのだが……もちろんその逆だって。
今思い返すだけでも、異性キャラを使っていたプレイヤーを両手で足りないほど思い出せる。
私のようなスタイルのプレイヤーにとって、文字チャットはキャラクターの見た目に合わせて内容を変えるものだ。
その口調も、時には考え方すらも、自分自身とイコールではない。
誰もがそうしているとは言わない。けれど、自分の多数の操作キャラの間に人間関係すら構築し、例えば兄と妹をそれぞれにキャラメイクする遊び方だって確かにある。そして私は今でもPSO2で、男性キャラと女性キャラそれぞれをちまちまと育成している。
もうチャットに明け暮れるほど遊べてはいなくて、フレンドも作らない万年ソロだけれども、もしもチャットする機会があったなら、それぞれに口調は違ってしまうと思う。
暗い音楽が好きだ。
自分が明るい人間なのか暗い人間なのかよくわかりませんが、とりあえず暗い音楽が好きです。
そして、ソウルにはそんな音楽がいっぱいあるので、ちょっと紹介してみようかと。
Curtis Mayfield - Billy Jack
https://www.youtube.com/watch?v=oaj29ZBzCbw
まずはニューソウルの一角カーティスを。おれはニューソウルの中ではこの人が一番好きです。
カーティスと言えばスーパーフライがよく取り上げられますが、この曲が入っているThere's No Place Like America Todayもマスターピースと言って良いです。タイトルからして暗い内容が予想できるこのアルバムの 1st トラックがこの曲。
ダウナーなレゲエアレンジが秀逸。1,2拍を抜いたドラムにワウギターとクラビが加わった、引っかかりの強いリズムがアタマをグラグラゆさぶり、そこに乗るカーティスのファルセットが胸に迫ります。そして中間で挿入されるホーンで涙腺は崩壊するわけです。
Give Me Water - John Forte & Valerie June
https://www.youtube.com/watch?v=KaIORi2ovNc
おれはミシェル・ンデゲオチェロのアルバムで初めてヴァレリーの声を聴いたのですが、かなりインパクトありました。
ミッドハイあたりに固まった独特な声は、その後もずっと頭にこびりついていて、たまに youtube なんかで聴いていたんですが、残念なことに本人の作品はあんまりなんですよね。。
だったんですが、ジョン・フォルテにアサインされたこの曲でヴァレリーの魅力を再認識させられました。
ギターが同じリフを延々繰り返す土臭いソウルブルースに彼女の声がはまり切ってます。フォルテのラップもキマっており、完成された一曲だと思います。映像もかっこいい。
Gil Scott-Heron "The Prisoner"
https://www.youtube.com/watch?v=eC_9xmAN21U
ギル・スコット・ヘロンの暗い曲と言えば、Winter in America が真っ先に思い浮かぶわけですが、あえてこの曲を取り上げます。
ドラムとピアノが散文的な演奏を聴かせるパートと、滑らかで美しい進行を見せるパート、を繰り返す構成になっています。その上でギルは一貫して熱の入ったポエティックな歌を聴かせています。そうした歌から、美しいピアノソロに入って行くところや、最後の(歌の)ロングトーンが胸を打ちます。
winter~ と比べるとずっと地味なんですが、この曲の重たくよどんだ感じがハマる時があるんですよね。。一時期毎日聴いていました。
Aloe Blacc - I Need a Dollar (Live in Studio)
https://www.youtube.com/watch?v=lDyUhI1ArPo
最近売れた曲なので、耳にした人も多いかと。
暗い内容ですが、ダウナーではないですね。むしろアッパーと言っても良いくらい。ライブということもあり、押しの強いダンサブルなアレンジでいまどき感があります。
曲としては、突出したアイディアなどは無くストレートに歌の良さで押していて、アーローの骨太さが良く出てると思います。
アーローを聴いてると、「ソウルは本当に一周回ったなあ」と感じます。「ファレル並に」とまでは言わないけど、この人は日本でももっと評価されて良いんじゃないかなー。
時間がかかりすぎるとか、同じコンテンツを延々と回らされるとかは、もはや散々言われているので割愛する。
ここで取り上げるのは、「プレイヤーの大多数がアタッカー志向にも関わらず、ゲームシステムがそれを許容しない」という問題である。
MMORPGに限らず、ゲームで楽しいのは攻撃し、ダメージを出す瞬間である。
現実世界でもそうだ。ガキんちょのサッカーで人気なのはFWかMFで、DFやGKをやりたいという奴は少数派だろう。
ちょっと前ならイナズマイレブンで少しは人気になったかもしれないが。
そういうわけで、プレイヤーの多数派は、とにかく攻撃したくてその世界に降り立つのだ。
こう言うと「いや俺は○○好きだったよ?」という意識高い系が現れて反論してくるのだが、
そういう輩は掲示板には出てきても、ゲーム内の募集にはいつまでたっても来てくれない。
しかも、アタッカーというのは気楽である。基本的に攻撃さえしていればいい。
それ以外の仕事は他人に任せて、美味しいところを独り占めできるのである。
回復はちょっとサボると仲間が死ぬ。盾役はパーティの中で最も高級な装備を求められるし、責任も極めて重い。
仲間を守りたいという勇者志望もいるが、彼らがメジャーになれないのは、このプレッシャーに耐えられないからだ。
しかし、そうして降り立ったプレイヤーたちは、仮想世界の現実を思い知らされることになる。
MMORPGのシステムは、アタッカーだらけのパーティを許容しない。
例えば、1つのパーティに4~5人いるとすると、盾役のタンクが1人、回復するヒーラーが1人以上、タイトルによっては
補助担当のバッファー(こいつは延々仲間に強化を回すだけでちっとも楽しくないので、最近では減っている)が必要になることが多い。
だが彼らの人気は低い。パーティ募集をすると、アタッカーの枠が即座に埋まって、延々と残りの募集をするハメになる。
ドラクエみたいに4人の枠に僧侶が2人という編成もあるが、まことにキチガイじみた話だ。
逆に、プレイヤーの志向に合わせてパーティを組むと、ほぼ間違いなくアタッカー過多のタコ殴り戦術に落ち着くが、
それでは序盤の敵は倒せても、それ以降の敵には通用しない。
上を目指すならば、その時点で優遇されているクラスで、かつ強い装備を持っている層がアタッカーを独占し、
残りは嫌々アタッカー以外に回らなければならない。
ちょっと歴史の長いMMORPGに新規がなかなか入らない理由もここにある。何年下積みしたらアタッカーに回れるのかわかったもんじゃないからだ。
これはオートマッチングシステムが導入されても同じことで、タンクやヒーラーがパーティにすぐ参加できるのに対し、
MMORPGがこの問題に対して、無策であったわけではない。例えば、1つのクラスで複数の役割を選べるようになった。
しかし、問題はそもそもプレイヤーがアタッカー以外選びたがらない点にあるので、大した意味はなかったように思う。
全員がアタッカーでもどうにかなるというタイトルも現れた。だがヒットしたという話は聞かない。
それが許されるのなら、MMORPGというフレームである必要自体がなくなる。モンハンでもやっていた方がマシなのだろう。
ドラクエのサポート仲間は、やりたくない役割はNPCに負ってもらうというシステムで、この点かなり正解に近い。
ただ、最難関のエンドコンテンツ以外はソロゲーになるという諸刃の剣でもある。
一方ソシャゲである。こちらのゲームシステムは貧弱そのものだが、それ故に殴る権利は万人に認められている。
最近になってジョブシステムなどを備えるタイトルも現れたが、それでも基本は全員攻撃である。
「俺の同類、居なくね?」
同類という言葉の意味は「同じ境遇を過ごしたことがある人」ぐらいに思って欲しい。
無理やり親に中学受験させられて失敗して、中学で引きこもりと非行少年の狭間にドロップアウトして、
底辺高校をなんとか卒業して、中の下の大学には受かったけど速攻ヒキニートになって、
趣味といえる趣味も持たず、部屋にいる間はオンゲをソロでプレイするかネットで動画見るぐらいしかすることなくて、
インターネットでは専らROM専で、ネット上でもリアルでもコミュ障(新しい人間関係を築けないタイプ)で。
とにかくどこまでも中途半端で、確実に普通の人生は踏み外しているけど底辺を名乗るにはあまりにも恵まれすぎている。
そんな境遇の人間をインターネットで見たことがない。まあ当たり前といえば当たり前なんだけど。
インターネットでは専らROMしかできない訳だから。自己表現の手段を何ら持たない、眺めることしかできないインターネットに生きる上では弱者の中の弱者。
俺がガキだからかもしれないけど自分と同じ苦しみを共有できる人が居ないってすごい孤独なんすよ。俺だけかもしれないけど。
というかまさにこの「俺だけかもしれないけど」っていうのが不安の源泉というか。
9/27のライブでChage氏がC&Aの曲を解禁して歌ったっていニュースをいくつか見たけど・・・
ニュースには「夏は過ぎて」「君は何も知らないまま」などチャゲアスの曲を13曲ってあったけど・・・
セトリ見たら、思わず「なんでその2曲を記事にチョイスした?!」と思った。同じ気持ちの元ファンは多いはず・・・
いや、もちろんいい曲です。その2曲も。
でも、エピローグとか!ロマンシングヤードとか!ripple ringとか!そこじゃないの?!
Catch&Releaseも「TREE」に入ってた曲だし!
個人的にはSea of grayが嬉しかった。この曲は作詞もリードボーカルもASKAだ。
Chage氏もたくさんソロアルバム出してるし、MULTI MAXの曲もたくさんあるけど、あえて半分以上C&Aにしたところに想いを感じるなぁ・・・
昨日のエントリーが、読み返すとひどい状態だったので再エントリ。
V6が20周年を迎えることについて、祝福もなにも述べていなかった。
V6のみなさん、そしてデビュー当時からファンをしている皆様、
昨日思ったことは、嘘でも何でもなくて、実際に感じてることなんだけど。
たぶん、20周年をお祭りで楽しめてる人たちへの嫉妬だったんだろうなーって思う。
確実にわたしは、その瞬間に全神経を集中させて、感動することができなかった。
10年前と何も変わらず、むしろもっとかっこ良くなってるのになー。って。
今回こういう由々しきことになるんじゃないか、って始まる前から感じてて、
森田剛だいすきだーーーーー!って思えるきっかけが欲しかったんです。
森田さんが踊ってくれれば基本なんでもいいんですけど、
ソロなかったのがひっじょうに無念。
百歩譲って、ソロなかったとしても、カミ曲は踊ってほしかった、、、
Air をかろうじて歌ってくれたので、救われました。
Air 大好き女。
群舞多かったですね。
6人で踊ってるなかで、森田剛をシルエットと動きで見つけるのが好き。
それが一番難易度が高くて、さらに10歳年が違う6人がそろえてくることの意味とかも
あるのかも知れないね。
わたしの好きなところ飛ばされてるーーーー、ちくしょー!
この後のダンスが好きだったのに手前で曲切れたーーーー!とか。
見えそうで見えないチラ見せ感!やめて〜〜〜。悲鳴。
なんか、書いてて思ったんだけど、
だったらいいなー。言霊。
最後に。
さっきからいろいろ思い出したくて、VoygerコンとVIBESコン観てますけど。
どっちも秀逸。
若さとかそういうのもあるかもだけど、それだけじゃナイ。
言い当てられないボキャ貧な感じですいませんが、
なんか違う。
はあ。やっぱなんか違和感抜けなくてやだな。
今更ながらINGRESSをやり始めた。
見知らぬ他人とコミュニケーションを取るのは苦手なので、もちろんソロだ。
職場と自宅が徒歩一分という環境なので、自然と地元で活動することになる。
激しく活動すれば、その地域のコミュニティで「○○って暇なんじゃないの?ニートなの?」みたいに
言われるらしい。
もちろんそんなコミュニティには近づかないので、そんな発言を見ることはないのだが。
いつもライバル陣営のエージェントに遭遇しないかドキドキしながらやっている。
遭遇したら、もちろん駆け足で逃げるだろう。
挨拶なんてされたら、吃りながら「ど、どうも」なんて言って、やはり逃げてしまうだろう。
2chなんかを見てると、「遠征」だとか「車で」とか言っている。
俺はここ10年ほど旅行なんてしてないし、運転もペーパーゴールドだ。
こんな奴がIMGRESSをする意味があるのだろうか。
エアコンの効きすぎた部屋の窓を開け、ぬるく湿った外気と部屋の冷気が混じるの感じながら、大きな入道雲を見上げる夏の日の午後。
けだるい夏の午後の感傷を味わわせてくれるアルバムや、じわじわと汗ばむような熱を持ったアルバムたちです。
Nelson Cascais - The Golden Fish
https://nelsoncascais.bandcamp.com/album/the-golden-fish
youtube に上がってなかったけど、上のURLでアルバムまるまる試聴できます。1st track をプレイすると、勝手に全部再生される模様。
2011 の作品なので、もう4年が経つけれど毎年聴いています。
タイトル曲はピアノが散文的で美しくも物憂げな雰囲気を含んだテーマを弾き、そこにギターとサックスが重なります。それぞれのソロは吹き上がることなく滑らかに展開しますが、良く考えられていて曲の世界を引き立てます。タイトル通り金魚が泳ぐ水槽をぼんやりと眺めて過ごす夏の午後が想起されます。アルバム全体もほぼ同様のイメージできっちり固めています。
(追記:言及するかしないか迷って、結局しなかったのですが、1曲目は確かにテイストが異なります。このレビューを読んで1曲目を聴くと、「?」なので、言及しておくのが適切でした。アタマでリスナーの耳をつかむためのトラックだと思いますが、この曲はこの曲でギターのユニークなアイディアなど、アルバムの聴きどころの一つだと思います。)
ネルソンカスカイスは toap というポルトガルのレーベルから何枚か出ているベーシストですが、彼について私が知っていることはほとんどなく、紹介しようにも何も語れないので困ってしまいます。ですが、このアルバムを聴けば彼が素晴らしいコンポーザーであることは誰にでもわかるでしょうし、それで十分かなと。今回一番紹介したかったアルバム。
Marc Johnson - The sound of summer running
https://www.youtube.com/watch?v=OgC6aOfKGeA
出た時には非常に話題になった作品であり、賞なんかも取ってたので聴いた人も多のではないかと。マークジョンソンの名をジャズオタ以外にもメジャーにしたアルバム。
ピアノがいないので全体にゴージャス感が排除されており、朴訥としたギターのメロや絡み合いが郷愁を誘います。子供が見た夏の田舎の風景ですね。夏休みのある日の午後、意味もなく森や川のあたりを歩き回った記憶がよみがえります。
アルバム全体のコンセプトが明確で、曲もそれに沿った素晴らしい曲ばかりですが、なんといってもギター二人の人選があまりに完璧で、マークジョンソンのコンポーザー/オーガナイザーとしての力量を示しています。
マークジョンソンはプレイヤーとしても素晴らしいので生で見る機会があればぜひ。このアルバムでは控えめなプレイに徹していますが、ライブではアップテンポな曲のソロになると、まるでピアノの低音域のような明確なタッチで速いパッセージを正確に弾き倒していきます。私が見たダブルベースのプレイヤーの中では最も上手いと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=coHUt4si8Oo
名盤ぞろいの WAR ですが、もちろんこれも外せません。タイトル曲以外にも、Get Down, Slippin' Into Darkness といった有名曲を擁しています。
このアルバムは構成が素晴らしいです。まったりとレイジーなタイトル曲で幕を開けると、その後は単純に吹け上がることなく、じっくりと汗ばむような熱を帯びていきます。そして最後の Baby Brother でクラシックロック風のソウルをガッツリとキメてみせます。
上記 url はタイトル曲のみです。権利関係の問題で削除されてしまうようで、アルバム全体やプレイリストを見つけられませんでした。ぜひアルバムで聴いほしいんですけどね。。
現在 WAR は WAR と Low Rider Band に別れていますが、現 WAR にはロニージョーダンしかオリジナルメンバーがおらず、ファンの間でもいろいろ疑問視されてます。
そんなわけで Low Rider Band の Slippin' Into Darkness を。衰えを感じさせない素晴らしい演奏です。
https://www.youtube.com/watch?v=7clTT8-JrDo
Lonnie Liston Smith & The Cosmic Echoes - Expansions
https://www.youtube.com/watch?v=9dmX2uhQrZs&list=PLCb0jgW_NZ4XTRdKAqQ5ekJobVOSOUP8y
個人的にレアグルーブは夏と結びついており、そのあたりからも一枚紹介したいなと思ったので Lonnie Liston Smith を入れます。アルバム全体は見つけられなかったのですが、上記 url はリストでアルバム全体をフォローしていました。
Summer Days といった曲があるあたり、明確に夏のイメージで作成されたアルバムだと思いますが、ロニーの持つ独特な歪み感というか、ささくれだった熱のおかげで陳腐な夏のイメージからは上手く距離を置いているように見えます。
ベースラインがたまらないタイトル曲や Desert Nights, shadows といった耳を引くチューンと、保守的な Peace のような曲が程よく入り混じっていて飽きません。
ゲームのプレイヤー層のマナー、所謂民度の低さによってそのゲームのイメージが悪くなる、ということは往々にしてある。
その結果、そのゲームの未経験者は「こんな人ばかりなら自分はこのゲームをやらない、やりたくない」と考えて新しく入ってくるプレイヤーが減って行く。
これは本当に愚かな事だ。
今回は自分が特にそう感じる、モンハンのプレイヤーに付いて書く事にする。
モンハンのプレイヤーを見ていると感じる事があるのは「端から見れば非常にくだらない選民意識」だ。
例えば、モンハンプレイヤーが無双系のアクションゲームをやたらと見下し、とにかく難しい物をやっている自分達は凄い、と言った言動を取っている場面をしばしば見かける。
本来ゲームは結局はその人の好みに合うかどうかだ。爽快感を重視するアクションゲームと、緻密な戦略とやり込みが求められるアクションゲーム、そのどちらにも本来は優劣は無い。
しかしモンハンプレイヤーはどうにも前者のようなゲームを見下し、そのプレイヤー層まで見下す言動を取ることが多く見受けられる。
そのようなモンハンプレイヤーを見たモンハン未経験者はどう思うだろうか?
自分もその人の中に混じってプレイしたい、と思う事はまずないと思って良いだろう。
ましてやモンハンはオンラインでの協力プレイを主軸に据えたゲームだ。
ソロプレイでも出来ない事は無いが、正直魅力は薄れる事と思う。
そのようなゲームにも拘らず、つまらない選民意識から外部に喧嘩を売るような言動を取るのはどうなのだろう。
自分ならそんな人とは絶対に一緒にプレイしたくはない。嫌な思いをするに違いない、と言う予感ばかりするからだ。
ここまで散々書いてきたが、自分はモンハンの世界観やゲーム性は凄く魅力があると思う。
だがゲームには手を出していない。ゲーム自体はやってはみたい、とは思うのだ。
けれども、他の人と関わる事が前提のオンラインゲームでそこに居る人の考え方が酷い、という印象があり、どうしても手を出せないでいる。
もしかしたら自分以外にもこう言った考えの人が居て、興味はあるのに手を出せない、と言う人も居るかもしれない。
そう言う人が居るのであれば、ただプレイヤーの印象のせいで新規プレイヤーの参入を妨げているということになる。これはとてももったいない事だと思うのだ。
私が彼を初めて認識したのは、彼がまだジャニーズJr.に入りたての頃だった。
違うメンバーを目当てに見ていた番組に突如「今日からこの子が参加します〜」と先輩ジャニーズに紹介され出て来たのが彼だったのだ。
テレビ慣れしていない彼は小学生だったにも関わらず、少しハスキーな声で一生懸命喋っていた。しかし当時の私は何故だかは分からないのだが彼に対し、生意気な子だなぁ と言う印象を持っていた。
私が初めて彼を見た日以降彼の露出はメキメキと増え、ジャニーズJr.が歌って踊る番組では早々にユニットに入り、マイクを持って歌っていたし先輩ジャニーズが出ているドラマに弟役で出演していたり、はたまた彼を主人公にしたドラマなどがちょくちょく放送された。
今で言うなら彼の当時の状況は 推されている の一言だったと思う。
そんな彼の目覚ましい活躍を特に興味もなく、生暖かい目で見ていた頃、彼を中心にしたグループがデビューした。
それにはさすがに驚いたし、知らないメンバーもいたので少しネットで検索したり、軽く歌番組を追い掛けるようにもなった。
ただし、その時に見ていた子は彼とは違う子でファンとまでは行かず可愛いなぁ、ぐらいの目線で見ていただけだった。
そうしてそのグループはその後人数を増やし、正式的にジャニーズの新グループとして大々的にデビューを果たした。
デビュー後も私は違うグループを追い掛けていて、特に彼の所属するグループにも興味なく、たまに あ、この歌好きかも!くらいのテンションで好きな歌を歌っている時期だけ歌番組を見たりしていた。
ジャニーズのグループにハマると、長時間の歌番組では目当てのグループが出て来るまでその歌番組を見ている事が多く、デビューしたてのグループは歌う順番が早いので、彼が所属するグループを見る事も少なくなかった。
すると、小さかった彼はグングンと身長が伸び、見る度に素敵な男性へと変貌していった。こんなにカッコいいのに年下なんだなぁ、と不思議な感覚に見舞われたりもした。
そうして最近、彼がまたドラマに出演した。そのドラマでは彼が女性に好意を寄せ必死に彼女を振り向かせようと奮闘していた。優しくて結婚して欲しくて彼女が大好きで。初めてのデートでは彼女に似合う服をキラキラな笑顔でプレゼントしてくれ、具合が悪くなった彼女を責めもせず、家まで送り届け大丈夫?と言う優しい連絡まで寄越してくれる、そんな少女漫画から出て来たような素敵な役柄だったのだ。
劇中で彼は所謂当て馬のような存在だったのだけど、そのあまりにも素敵な役柄に私は間違いなくときめいていた。
それからアイドルをする彼を歌番組でまた見るようになった。昔はセンターだった彼も徐々に後ろへ行く事が多くなっていたが、彼だけに重きを置いて見てみると、いつでも彼はキラキラとした王子様のような笑顔で、楽しそうに全力でそれはそれはシャカリキにダンスをして自分のソロパートを歌っていた。
そんな姿を見てしまえば、ジャニーズオタクの血が騒ぐのは、思春期をジャニーズに捧げた業の深さだろう。
そして彼の事ばかりを考え、元は違う目的で作ったTwitterのアカウントに彼の事ばかりを呟くようになった私は、彼のグループで特に好きだったCDを中古で購入する事にした。それと同時に彼らのグループのコンサートをDVD化した物も購入した。
思えばそこが分岐点だったのかもしれない。
CDについていたMVとメイキングは私の心を満たし、あぁ…やっぱりジャニーズって素晴らしい……なんて如何にもオタクな事を思っていた。
アイドルの一番いい姿が出ると思っているのが私はコンサートだと思っている。しかし再生したそのDVDには彼らのいい所があまり活かされていないような気がしたのだ。
歌も歌う、ダンスも踊っている。しかし、それ以上に目立っていたのが彼達の執拗なファンサービスだった。
元々ファンサービスというものを執拗にするグループを好きになった事がなく、ファンサービスと言っても所謂お手振りだったり、ピースをしてくれたり、と言うのが普通だと思っていた私に彼達のファンサービスは衝撃を与えた
自らがファンに寄って行き、握手をしファンが持っているぬいぐるみを撫でたりするのだ。
開いた口が塞がらないとはまさしくこの事で、彼達のグループのファンがマナーが悪いと言われているのはそのせいなんだな、と思った。
どれだけしてはいけないと分かっていても、近くに自分の好きな担当が来れば手を伸ばすし、触れたいと思うのがファンなのではないだろうか。
それを自制する為にも私はアイドルには手の届かない気高い存在でいて欲しいと常々思っている。
けれど彼達のように自らが寄って行き、ファンサービスをすればそのアイドル自身の希少価値が下がるのではないか、と思うのだ。ファンサービス目当てで来るようなファンは、長くは続かないと思っていて、グループが節目を迎える10年20年までガッチリとファンをついて来させるには、ファンサービスではなく、自分達のパフォーマンスで引っ張っていかなければならないと思うからだ。
もっと力をつければ、もっと歌唱力を上げれば、全員のダンスをもっと揃えれば 人数が多い分その時の迫力は国民的アイドルだと銘打たれている先輩達をも凌駕出来るのではないか。
私が好きだった他グループのパフォーマンスと演出に比べればまだまだで、歌唱力もダンスも先輩達と比べれば全然稚拙なのだけど、その成長過程を見守りたいと言う厄介な感情が生まれてしまったのだ。
彼の所属するグループが、先輩達のように国民的アイドルになれると思っているから、彼の所属するグループの正統派アイドルとしてのキラキラ具合はどのグループよりも圧倒的だから、きっと彼達は素晴らしいグループになる。
その予感を確信に変えたくて、私は彼のファンになってしまった。
今までは完成されたアイドルしか見て来なかったのだが、これからは今から完成されていくアイドルを見られる事に期待と不安を寄せながら、彼を、彼のグループを応援したいと思ったのだ。
そうして私は気付く。こんな感情は初めてで、恐らく今まで自分が一番嫌いだったタイプの、モンペみたいなファンになって行くのだろうな、と。
ニートってまず社会的な判断ができない、社会不全とでもいうんだろうか
何かをするにはコスト…金と時間が必要ってことが根本的に理解できない
だから普通に働いてたらとてもじゃないが道理の通らない主張も不快だと思うからとか感情的な主張になる
結局ものごとに関わる人間が誰も得しなくても、自分だけがせいせいするからやる意味があると思ってる
こういう「心の健康状態」のほうがすこぶる大事なのがニートの特徴
社会人は働いて金稼いで余った時間で心を癒すから掛ける時間に対する見返りがない場合は行動しないし関心がない
この「心の健康状態を最重視するニート」と「常に金銭的(時間的)リターンを求めて行動する社会人」はもはや文化的どころか異星人間の交流に発展しやすい
ネットで顔を見なくても、あーこれ働いた事の無いやつの意見だな、というのは一目二目でわかってしまう
まともな神経してたら何度も約束したのに連絡してこないなんてあり得ない話なのに
働いてる人間は俺なんかよりも高尚でー偉くてー真人間でーとか幻想を抱いていたけど
そういう風に幻想抱いているニートなら働き方覚えたらカスどもよりもよっぽど真面目に働くんじゃないかなーと思ったりしたことある
Askaさんのニュースが最近また流れてから、気がつくとようつべでチャゲアス掛けてます。
昔はどっちかというとChage派で、Askaは傲慢さが鼻に付くと思ってたけど、↓の動画みたら、なんだか許せてしまった。
https://www.youtube.com/watch?v=NfG7rG-5P_s
チャゲメインの「ロマンシング・ヤード」、ハモりを魂込めて歌ってるAskaさん、ああ、音楽好きだったんだよなあ、と。
https://www.youtube.com/watch?v=AtLEgAUNfao
Askaに復帰して欲しいかどうかは正直分からない、そもそも現実問題として復帰出来るかどうかも分からないけど、「チャゲアス」には謎のオーラがあったね。
イケメンでもないし、ものすごい運動神経で見せてる訳でもない、だけど視線が吸い込まれる格好良さ。二人のソロだとそれがなんか発揮されてない。
Chageのソロは柔らかくて繊細で複雑で、一般受けしない。それはいいんだけど、入れ込むにはなんかヤワい?みたいな?
良い意味での男臭さみたいなのが足りない、みたいな。
それから、Askaだけだと、なんか重い。垢抜けてない。洒落っ気が足りない。男臭いのに甘ったるい世界観が前に出すぎ。
Chageが加わるといい感じで削れて尖る。
とにかく二人揃った時のライブパフォーマンスは輝いてましたね。
世界中のミュージシャンの動画を簡単に見られるようになった現代だから、「意外と本当に良かった」ってことが分かってくるのもあります。
いずれにせよ現在はChageのみの活動を余儀なくされ、チャゲアスの楽曲の演奏すら制限がある現在ですが、今後どうなっていくやら。
57歳にして更なる脱皮を求められる男、Chage。頑張って欲しいです。
https://www.youtube.com/watch?v=dMTdioDd1jQ
↑最後に、Chage&渡辺麻友の「ふたりの愛ランド」。一連の流れ終了後にリピートが始まる変な動画ですが。
maimaiでランカーしてたから音ゲーやってるとき楽しみながら最初に考えるのスコアだし結局自分が高いスコア出したいがために研究して粘着してるからその頑張ったスコアで周りと張り合って相手のスコア抜いてやろうって気持ちをモチベにしてるから10;ゲームは高いレベルに行って相手と戦うものだろ— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
正直俺の音ゲーマーとしての悪い面だけどたまに遊んでスコアとか新規フルコンとか何も気にせずただ無駄に金入れて遊んで楽しかったーって言って帰るエンジョイ勢はマジで誰も人のいない時だけやっとけって思う10;こっちがガチでやって詰めてる邪魔してくるなって思うしそれでいい流れ何度も切られたから— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
学校とか必要な時間以外音ゲーの上達に全てを捧げてるみたいなとこあるし自分がそれを極めたい、上に行きたいって思う向上心が音ゲーマーとしての自分なわけで向上心の欠片もないようなやつらは音ゲーやめろって待ち椅子で何度も思ってる— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
音ゲー始めて1クレ目からこれ楽しいから頑張って上手くなるぞ!から入ってこの曲は絶対詰めてやる!って気持ちで常にやってきたから俺には最初からエンジョイ勢とは気が合うわけがなかったのかもしれない— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
始めたては誰でも下手なのは仕方ないけど最初から上手くなりたいって思ってないやつは絶対上手くならないって思ってるし向上心ないなら明らかに目の前でひたすら同じの頑張ってるやつの流れを露骨に切りに来るのだけはやめてくれって思うだけ— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
あぁー炎上してる10;さすがに言い過ぎてる面もあるけど俺の考えそのままだし俺のことそう思うならそれで間違いないよ— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
なんかビートマニア6段文句言う人多いけど自分ビートマニアやって10日の60クレくらいです10;ビートマニアは11年もやってないですよ10;11年は近くにゲーセンが無かったからたまに出かけた先でやった太鼓が月10クレあるかないかの積み重ねなので— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
自分は思ってることしか言わないですしブロックとかしたい人はどうぞ10;人には人の価値観があるわけですし— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
たまにTwitter戻ってフォロー増えてるようならフォロバ10;煽りリプとか多いみたいなのでそういった通知は対応できる限界がありますしあいつにはリプしたのに俺には何でリプしないんだよといったことを起こさないためにも一通り無視しますね— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
今回自分は行き過ぎたツイートをしてしまい多くの音ゲーマーの方を不愉快な気持ちにさせたことをお詫びします10;これからは音ゲーを楽しむということを第一に考えいろんな考え方、楽しみ方の人がいることを理解し今後このような問題発言などを控えるようにします10;今回は多くの人に迷惑をおかけしました— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
通知欄とタイムラインは遡るのが面倒なのでどうしても確認取りたいことがある人はDMで別途ご連絡ください10;俗に言われるクソリプなどの類や自分が返答する意味がないと判断したものは全て無視しますのでご了承ください— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
今からは今日の炎上案件には触れず普段通りの自分のツイートでいきたいと思うのでこれからもよろしくお願いします10;また、今回の案件で自分のことを不愉快に感じ二度とかかわりたくないも思った方は遠慮なくブロック等お願いします— ソロモス_緋醺虎 (@balkenus) 2015, 7月 21
亀梨和也を取り巻く全てのものを愛してえ。できねえけど愛してえ。愛するまではいかなくとも、受け入れていたい。
彼の周りのメンバーやタレント、スタッフ関係者はもちろん、ファンも盲目もモンペもアンチも心ない言葉を浴びせる一般人もだ。
アイドルというもの(アイドルの全てを知るわけではないのでここでは亀梨和也と限定したい)のべ何億ものひと目にさらされ、知る人見知らぬ人の数千億の言霊を受けて今を構築していく生き物なのだと思っている。
テレビをつけていてなんとなく見ていた人がなんとなく放つ褒め言葉も、第一印象だけで放つ揶揄の言葉も、誰かが放った何気ない言葉に過敏に反応して亀梨くんを守りたくて怒るモンペも、何かがイヤで亀梨くんのアンチとして批判を続ける人も、世の中にあふれる全ての言葉が亀梨和也のイメージ、世界をつくるのだ。
数えきれないほど沢山の他人の目と言葉の上に亀梨和也は存在しているわけで、否定的意見も肯定的意見も彼をつくりあげる要素になると思うと、その世の中の流れをすべて受け入れて、その中で生きていく亀梨和也を見ていたいと最近思う。
という風に思い始めたのも、2014年のKAT-TUNのツアーcomeHereに参加したことがきっかけのひとつになっていると思う。
comeHereコンサートの亀梨くんのソロの開始時、無音のステージに静かに登場する。その際、高ぶった一部のファンが「かめ!」と声を上げる。静かな会場に響く声はとても目立つし、実際それについて批判する人も沢山いた。
悲鳴をあげさせるのも、それを亀梨和也の世界が崩れる、不愉快だ、と怒りを示す人が現れるのも、亀梨和也を原因としたエネルギーだ。そのエネルギーの中で彼はシンプルにストレートに亀梨和也を表現した。洗練されていて、人の手垢にまみれていて、でも揺るぎがなくて、どこか切なくて美しく、あまりにも生きる人間だった。鮮烈だった。そしてそれをつくったのは彼ひとりではなく、彼の周囲を渦巻くすべてのものなんだろうと感じた。あのステージはファンのそういったエネルギーを含めてできる亀梨和也の世界に思えた。
ジャニオタはファン同士の論争がよく起こるように思う。それがストレスと感じることも多いのだが、全ては「タレントが好きすぎるため」起こるもので、そのエネルギーはアイドルが輝く要素の一つに少なからずなっているんだろうなと思うと、少し穏やかになれる気がした。
一昔前はロックにもポップにもデュオにもソロにもダンスユニットにも、各ジャンルに色んなタイプの美しい男性がいたよね
美しいなんて言葉使うと人それぞれになっちゃうけど、とにかく明らかに一般人とは違う顔立ちをした人たちを見ながら「ほえ~」とため息をついていたよ
挙げればキリがないし、すぐに消えちゃう一発屋の中にもビビッとくる人がいたもんだよ
MDで曲を聴くときはいつだってその顔を思い浮かべながら聴いてたものだよ
でもいつからだろう
毎年「いま注目のアーティスト」みたいな人は出てくるけど(一発屋とかゴリ押しとかも含めて)
その話題になる人話題になる人みーんなふつーのあんちゃんみたいな人ばっかりになっちゃったよね
パッと思いつくだけあげてみるけどオレンジレンジ、森山直太朗、コブクロ、レミオロメン、セカオワ、ファンモン、サンボマスター、ワンオク、かまってちゃん、金爆、湘南乃風、デフテック、
はあ、まだまだいるけど疲れた
とにかく、なにこの美形は!っていう人は久しく目にしていない
それとも今の若いリスナーはレベルが上がって、見た目とかじゃなく音そのものを楽しむみたいな感じなのかね
でもね、転調がとかベースラインがとか言われてもチンプンカンプンなの
美しい男性が愛を囁いてくれればそれでいいの
これ読んでる可愛らしい顔したキミ。そこのキミ
静音系ファンクってなんだ?って話ですが、ファンクをあれこれ聴いていると、アッパーに持って行かない曲を耳にすることがあります。
数は多くないけど。
個人的にそうした曲を静音系とかダウナー系、あるいはイントロ曲って呼んでいます。
ヒタヒタとした感触の抑制されたリズム、デリカシーのあるホーンアレンジ、スペイシーなシンセ類、象徴的なフレーズを執拗に繰り返すメロディ楽器類。そうしたもので構成される静かでダウナーな雰囲気を持つ曲。
あるいは、今にもはじけ飛びそうなテンションをぐっと抑え込み、ひたすら熱をため込んでいく長い長いイントロのような曲。
それらは、ガツンとぶつかってくるのではなく、静かに体に注ぎ込まれ、内側からおれの体の中にある"動物/生物としての何か"を強烈に揺さぶるわけです。ファンクはもともとそうした部分を刺激する音楽ですが、これらはダイレクトに内面にリーチしてくるため、ファンクのコアを感覚として理解しやすいと思っています。
そんなわけで、しずかに、しかし熱く、おれにファンクを注ぎ込んだ曲たちを紹介しようかと。
https://www.youtube.com/watch?v=n6DAqMFe97E
ファンクのオリジネイターでありかつ到達点であるJB。70年代に彼の音楽的な足元を支えていたのはフレッドウェズリー率いるJB'sだったわけですが、JB's名義で何枚かアルバムが出ており、どれも良いです。その中で最もおれを揺さぶった曲です。
注意深く刻まれるハイハットから始まり、小刻みに揺れ、上に向かうフレーズを繰り返すサックス、抑制的なロングトーンでスムーズな流れを強固にするトロンボーン。ドラムとベースは1拍目を強調するスタイルで、ハネのエッジもきっちり立っていてこの曲がファンクであることを主張します。
何度聴いても、曲が終わりに近づくと「ああ。この満たされた時間はもう終わってしまうのか。」という喪失感を味わいます。
Kool & The Gang - Summer Madness
https://www.youtube.com/watch?v=2SFt7JHwJeg
一定以上の年齢の人にはディスコブームの中心的バンドの一つとして記憶されていることが多いであろう K&G ですが、この曲はファンク期の名曲中の名曲。
トレモロの効いたスペイシーなシンセが揺れ重なりあい、おれの体をひたひたと満たしていきます。やがてコンピーな音で物憂げなソロを取り始めるギター、後半それにとってかわるシンセソロ。曲はそのまま最後のシンセの上昇シフトで締めくくられます。そして曲が終わった後の一人ぼっち感。。
この曲が入っている Light of Worlds はアルバムタイトル曲をはじめとして名曲が多いので是非。Light of Worlds 以外でもファンク期のアルバムは良いものが多いです。一時期入手性が悪くなっていたアルバムもありましたが、最近はそんなこともないし。love&understanding を海外のショップから購入したらカセットテープだったのは良い思い出です。
roy ayers everybody loves the sunshine
https://www.youtube.com/watch?v=M36OGCfYp3A
純粋なファンクというよりはジャズファンクですね。後にレアグルーブなどと呼ばれたりもしましたが。ヴィブラフォンの人であるロイエアーズの代表曲。
印象的なボイスの繰り返しが極上のトリップ感を与えてくれる一曲。ボイスが印象的ですが、シンプルにコード進行を支え、間を多くとりつつもところどころで動きを見せるベースも良いです。
先に挙げた JB's の生き残りや K&G は最近は衰えを隠せないのに比べて、ロイはいまだに元気なステージを見せてくれるので、機会があればライブもおすすめ。ツアー毎にメンバーを入れ替えていてるようで、その辺もプラスに働いているのではないかと。
Parliament Chocolate City
https://www.youtube.com/watch?v=DZaVA3NS7zE
P-funk の名盤 Chocolate City のタイトル曲でありオープニング。「さあ、はじまるぜ!いくぞ!やるぞ!」とはじけそうな期待感をこれでもかとじらす長い長いイントロのような一曲。ドロドロのファンクをブーツィーがニヤけ顔でおれの腹に注ぎ込んで、そして「もっとだ!もっとくれ!」と言わせる。そんな光景を想像させます。
こうした半開の状態を長く続けるのはファンク勢が得意とする手法で、その中でも p-funk のそれは抜きんでているのではないかと。
ほぼハイハットだけのリズムの上に、ピアノやらボイスやらホーンやらが出入りするのだけれど、それらがいちいち気が利いています。そしてモゴモゴ動き回るエンベロープフィルタの効いたベースは、もう「これがファンクです。」としか。
そして2曲目 Ride On で心置きなくはじけ飛べるので、忘れずに下記を!
https://www.youtube.com/watch?v=8PbK48jMyxc
Bossa Nostra - Home is where the hatred is
https://www.youtube.com/watch?v=69GGjbITB6k
最初からこれも入れようと思っていたんだけど、改めて聴いてみたら静音系というにはちょっとうるさいですね。ただ、内側から来る感じはちゃんとあるし、良い曲なので入れておきます。
JB のバックダンサーだった ヴィッキー・アンダーソン(カーリーン・アンダーソンのカーチャン) が歌う ギル・スコットヘロン という面白い 1 曲。
アレンジは今日的で洗練されており、ファンクそのものというよりはファンク色の強いソウルといったところ。エレピののっぺりと抑制されたプレイがダウナーな雰囲気をかもしつつ、ヴィッキーのアッパーさが曲をピリっとさせます。
ドラム/パーカッションとベースは洗練されつつもマッチョに曲を下支えしてファンキーさを強く感じさせます。ワウを踏んだギターがさらにファンク感をあおっています。
音楽における自分のホームグラウンドはと質問されたら、自分の場合はクラシック、それもオーケストラだと即答する。
そんなクラオタ兼アニオタの自分は、当然のごとく「響け!ユーフォニアム」にハマり、作品にこもった熱気に当てられてしまった。
とにかくモブを含めた登場人物全員を愛おしく感じたとか、長年アニメを見てきて初めての経験だと思う。
また、オケで目にする管打楽器の人たちはこんな青春時代を送ってきたのかーとか、高校で体育会系な部活だった過去の自分にもあるあるだなーとか、感慨もひとしおである。
そしてアニメをとっかかりに、海兵隊とか錨を上げてとか、アルヴァマー序曲とかカタロニアの栄光とか、吹奏楽で名曲とされている作品もいくつか聴いてみて、オケとの様々な違いを興味深く感じ取った。
以下備忘録ではないが、ニワカなりに感じた差異を書いていこうと思う。
ツッコミ大歓迎。
オケの場合は、こう言っては何だが、弦・管・打の間で殆ど序列と言っていい原則がある。
即ち弦で言いたいことの多くを言い切り、管はそれを補う彩り、打楽器に至ってはスパイスみたいな位置づけである。別の言い方をすれば、オケは弦楽合奏に管打楽器を後付したと考えると分かりやすい。
勿論これは作曲家の個性にも依存していて、ベートーヴェンやブラームスなどで顕著な一方、ラヴェルやリムスキー・コルサコフなどではより管打楽器の色彩感を強調しているが、それでもこの原則はかなりしっかり守られている。
結果、分かりやすい見方でいうと、各楽器の音符の数に大きな差が出てくる。それどころか、楽器によっては出番がないなんてことも起きる。
例えばオケの第一ヴァイオリンの何が一番って、間違いなく音符の数である(第二ヴァイオリンが二番)。
しかもこの中で定席はトランペットとティンパニのみ、他の楽器は終楽章まで出番がないだの、一発だけだの、そもそも曲の編成に含まれないなどザラである。
少なくとも音符の数に極端な差はなさそうに見える。
というか、トランペットやトロンボーンがこんなに色んなところで吹いているなんて驚きである。チューバはまんまオケのコントラバス的な存在だし。
もっと驚いたのは、どんなに静かな場面でも、大抵何らかの打楽器が鳴っていることで、オケではまず考えられない。
その代わりと言っちゃアレだが、ダブルリードとホルンとコントラバスの存在感は正直微妙。てかオケの方が難易度高い代わりに美味しさも桁違いだと思う。
楽器間の音符の数は比較的公平とはいえ、吹奏楽の中核セクションはクラとサックスな気がする。
声部でいうとクラ3バスクラ1、アルト2テナー1バリトン1が曲を引っ張っている感じか?
ちなみにオケでは登場年代が新し過ぎたり、弦と決定的に合わない(弦の響きを消してしまう)などの理由から完全にゲスト扱いのサックス勢だけど、吹奏楽では不可欠な楽器じゃないだろうか。
吹奏楽のサウンドに艶とか柔らかさといった要素を付加しているのは、間違いなくサックスだと思う。
オケの管楽器は原則1人1パートでアシはオプション扱い、本来は入れずに済ませるべきという雰囲気がある。
吹奏楽はそこら辺、少な過ぎは困るけど多い分には別に・・・という感じに見える。
これは編成の制約が少ないことを意味するので、ちょっと羨ましい。
弦のピチカートの上に消える寸前の虚ろなクラリネットソロがあると思えば、大人数の弦を含むオケ全員で奏でる音の爆発まで、凄まじい落差がある。
ピュアオーディオのリファレンスに使われるのも道理で、オケのフォルティシモとピアニシモが両方遺憾なく再生できれば、多分不可能はない。
一方の吹奏楽は、とにかく取っ付き易さと親しみ易さが印象に残る。
オケ曲のような難解さはあまりなく、気軽に楽しめる感じである。
それだけ取っても、市民バンドと言ったら吹奏楽に軍配が上がる気がする。
色々書いてきたけど、自分が吹奏楽に転向するかというと、多分ノーである。
失われた何か 「響け!ユーフォニアム」の組織論ー拍手をしない部員達の心理について
http://nextsociety.blog102.fc2.com/blog-entry-2428.html
これ読んで、もしかしたら俺には物語を理解する能力が欠けているのか
俺はいい加減おっさんなので、若い人たちとは感性が違うのかもしれんが。
まず、大方の部員達が拍手をしなかった理由についてこのブログでは
どちらにも与することができないという気持ちが、
としているが、これからして「えっ、そうなの?」と思った。
ブログの著者が書いているように、
というか、内心ではほぼ全員が、麗奈に与しているのだ。
ちょっとどうかと思う。
だから、麗奈に拍手をしなかった理由は、麗奈と部員の間には、もうない。
香織と部員の間にだけある。
なんとかしてやりたいから、せめてそっとしておいてやりたいから、
決着を付けずに済む可能性を少しでも残しておいてやりたいから、
逃げたのではない、むしろ積極的に、拍手をしないという選択をしたのだ。
ブログの著者は久美子と香織の起立に心を打たれたと書いているが、
むしろあのシーンは、逆説的に、部員の心情を視聴者に疑似体験させるために
あったのだと俺は思う。
画面に写らない部員達の「えっ、立つのかよ…」という気持ちを楽しむのが
あのシーンの楽しみ方だと思う。
ではもう何人かが香織に拍手したとしたならば
大道に沿うように、大勢側へと、みんなこぞって拍手をし始めただろうか。
それは、「響け!ユーフォニアム」ではないんじゃないだろうか。
引導を渡したわけじゃない。
それも、彼女の株を下げないような、素晴らしい順序で。
この前の日曜日は参りましたよ。
ついにここも国際的観光スポットになったのかと感慨にふけってしまったでござる。
やはりのこの店の常連を自負する拙者としては、この海外からのお客さまを「お・も・て・な・し」しなくては。
同じロットのよしみとして、食券の購入をお手伝いする覚悟を決めていたが、拙者の覚悟は杞憂に終わった。
スマホを見ながら、食券の自販機をみごとに操作してみせたのだ。
この時点でヤバい!ヤバいですよ!と拙者の赤ランプがピカピカ点滅!
大豚Wを無事に購入した外国人の3人が拙者に軽く会釈をしてきた。
この会釈は柔道の試合開始の合図と受け取った。ついにバトル。国際バトル開始か。
拙者も大豚Wで応戦。ついに国際バトルのお膳立ては整った。
3人は、拙者にわからないことばで、ひそひそと話していた。
会話の内容が皆目見当がつかないので、このロットバトルへの不安がつのる。きょろきょろと当たりを見回し他の常連からの視線を感じた。
常連たちのまなざしは「がんばれ日本」という声援が感じられ、落ち着きに満ち溢れていた。
このオリンピックにも似た大舞台、拙者も落ち着かねば。修行が足りん!
外人さんはニンニク入れますか?の受け答えの困るのかと思い、ここは武士道の精神でフェアネスにコールの支援をせねば、常連が廃る。
ところが、隣の外国人さんは、「ニンニクいれますか?」ときかれて、
「ヴァーデュア・アーリオ・オーリオ・アマンターレアマンターレ」
とこたえていた。
「ヴァーデュア・アーリオ・オーリオ・アマンターレアマンターレ」て、何だよ。助手の人も聞き返すこともなく作業に戻っていった。
まじ国際化でござるよ。拙者のしらぬところで、お店がイタリア語対応していたでござる。
拙者、「お・も・て・な・し」するどころかうろたえてしまい、コールに失敗。ニンニク入れますか?に「はい」と、言ってしまった。
一生の不覚。一生の不覚でござる。
こんなハンデ戦。海外からのお客さまを「お・も・て・な・し」するには最低の舞台だ。
一心不乱にどんぶりと格闘していたが、大豚Wをたいらげた外国人の3人組みが先に「ゴチソウサマ」と店主に挨拶して出ていった。
拙者がギルティでござった。
最初に断わっておくと、乙女JAZZって呼び方はおれが勝手にそう呼んでるだけで、一般的ではないです。
で、ここでいう "乙女" がなにを指しているかというと、「聴いていると胸を押さえてうずくまりたくなる」感覚を指します。
おっさんの乙女心なんてキモいだけじゃ!って話ではありますが、まあ、そこらへんは深く追求しない方向で。
Bill Evans - MASH Theme (Suicide is Painless)_
https://www.youtube.com/watch?v=CS71hU5Xsxk
現代ジャズピアノの道を大きく広げた一人であることに異論はないであろうエバンス。
上に挙げた曲では、イントロからドラム/ベースが入ってくるところとか、テーマから抜けるところで、胸を握られる感じがします。ドラマチックでわりと大味なテーマから、リリカルなフレーズに抜ける部分がどれも秀逸。緩急の波があって、甘ったるいだけではないところなんかも素晴らしいのではないかと。
この曲が入ってるアルバム You Must Believe in Spring は個人的には好きです。
Enrico Pieranunzi & Marc Johnson - Islas
https://www.youtube.com/watch?v=Xo8bJToO8Es
たぶん、一番知られているのは Play Morricone かなと思うのですが、個人的におすすめしたいのはマークジョンソンとのデュオである Transnoche です。これは最初から最後まで胸を締め付けられっぱなしです。上に挙げた曲もこのアルバムから。
ピラヌンツィは一度見たことがあるのですが、すんごいマッチョなピアノを弾いていてビビりました。「え?キャラちがくね?」という。でも、改めてアルバムを聴いてみると、タッチはかなりカッチリしていて、速いフレーズでもあいまいさはないんですよね。実は。。
Marcin Wasilewski trio - Hyperballad
https://www.youtube.com/watch?v=nwZazYKOeqo
ecm の現エース。なのか?わかりませんが、マルチンボシレフスキです。
ビョークのカバーです。もちろん元曲が良いというのもありますが、アレンジも秀逸です。サビがもう。おれの胸は壊れそうです。
この曲が入っているのは ecm での 2nd ですが、ecm からの 1st ではプリンスなんかカバーしてて、そちらも良いです。ecm 以前の作品もありますが、入手性が悪く(おれが買おうとしたころの話。今は違うかも。)、苦労して手に入れた割にイマイチな印象。なので個人的には ecm に移ってからが好きです。
わりとのっぺりとしたプレイスタイルですが、それが"引き"の強さにつながっていると思います。
Ketil Bjornstad - The Sorrow in her eyes
https://www.youtube.com/watch?v=SPNZseT8Ihk
個人的に最も聞いたのがこの曲が入っている Floating というアルバムなんですが、多作でいろんなことをやる人なので、興味があれば掘ると非常に面白い人です。
上に挙げた曲は、ジャズジャズしいジャズと比べると、もう少しダイレクトなメジャー/マイナー感があり、クラシックぽいなあと思わせる要素が見られます。ケティルはそうした要素をかなり高度に消化しており、明るさを増すところ、暗さを増すところ、それぞれ胸に迫るものがあります。
https://www.youtube.com/watch?v=jL9zmiz3Glw
個人的には、今生きているピアニストで最も好きな人かもなフレッドハーシュ。
いろんな人とやるし、いろいろなことをやる人ですが、常に自身のピアニズムを強く維持しているように見えます。
どんなタイプの曲でも、ある方向だけに傾倒していかない強いバランス感覚があるというか、考え抜かれていると言うか。。
ライブ見る機会がありましたが、ソロの一番良いところでサステインペダルを踏んでコード弾きとか、もう、「殺す気か!?」ってぐらい刺さった記憶がいまでも生々しくよみがえります。
おススメは Alone at the Vanguard なんかが順当なところでしょうが、個人的に Julian Lage とのデュオ Free Flying なども挙げたいところ(乙女分は少ないので、乙女分を求める向きには Alone~がおすすめ。)。