はてなキーワード: 負の遺産とは
ポンコツが無理すると社会に負の遺産を撒き散らすだけなので無理はしなくて良い
つか、すべての人は自分の人生に子どもが必要であれば、金銭の問題や健康の問題を考えず、子どもを作るべき
残念ながら賃金は平等ではなく(社会に必要な職業ほど低賃金の傾向)、
殆どの地域では、子育てヘルパーが使えるし、一部地域では24/365でベビーシッターが公費で利用できるので、
それらだけでは健康・経済的な理由から補えないのであれば、一時的に仕事から完全に離れ、
生活保護を利用するのもありだ
しかし、自分が望んで作った子どもを負担と考える身勝手さ無責任さ、仕事を手放したくないと駄々をこねる我儘は、
お金が無いではなくて、メンタル的にポンコツは、とにかく無理をするな
親もその特性持っているから、金持ってたらギリ子ども育てられるかもね?くらい
精神障害を持ってても親になっていいけど、その現実は真摯に見つめた方がいい
https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/52/2.html
anond:20230517120430 anond:20230602191511 anond:20230606123207
①ヤフコメの存在により、はてブの存在意義が再定義され、結果として「インターネットに詳しい集団っぽいコメントをかまさなければ」という自覚を生み出した。
②建設的コメントAPIの導入により、ダジャレの人気が落ちて変わりに「賢しらに60文字程度で過激な言葉を並べたコメント」を皆が書き込むようになった。
この2つだよ。
どっちも大いに大問題だ。
もしもヤフコメがなければはてなは様々なコメントを扱うサイトとして平和に暮らせたが、ヤフコメのせいで「俺たちはヤフコメ民のような低能とは違うんだぜ」という無意味な気負いが産まれてしまった。
その結果として産まれたのが、「新聞ではなくネット記事で社会を学んできた集団らしさのあるコメントをしていく」というゴミのような自負であり、それによってコメントの多様性は失われエコーチェンバーが加速し、劣化が進んだ。
更にトドメになったのが実質的な「ダジャレ禁止法案」とも言える建設的コメントAPIの導入である。
ダジャレがトップコメになるサイトというのは老害臭が強烈で極めてダサかったのは事実だし、ダジャレなら何を言ってもいいかのような風潮も問題があった。
だが、それでもダジャレがトップにくる圧倒的くだらなさは一部ユーザーの中にある謎の承認欲求に冷水を毎日のように浴びせる効果があったように思う。
建設的API導入後のはてなにおいては、建設的APIをすり抜けるような建設的風味なコメントが上位に来るようにはなったが、彼らが建設しているのは「お気持ちの塔」「憎しみのオブジェ」「怒りのメタファー」「断絶の壁」とも言いたいくなるような負の遺産ばかりであった。
確かに建設的APIは、より建設的な物を建設し続けたが、それらはそれぞれの身勝手な正義に基づいた新たなる不和の種ばかりを生み出し続けていたのではないだろうか?
結局の所、はてなブログがその中心ではなくなり、増田さえもナイフ片手の殺人鬼が暮らすスラム街の如き扱いとなったはてな、たった100文字のコメントだけで全てを包括した気になる超低メモリ人間の巣窟になったはてなで、無理に建設的であることを求めたのが間違いの始まりだったのではないだろうか?
その中で「どうせ俺たちは建設性とかないし?」で皆がスルー出来ればよかったのだが、そこにヤフコメというライバルが存在したことで「俺らなりの建設を見せてやんよ?」という余計でしかない対抗心が焚きつけられたのが最悪すぎた。
実際の所全ては偶然であり、ヤフーが悪いというよりもはてなという集団が自ら道を踏み外す過程において触媒としてヤフーが極め強い効果を発揮していただけに過ぎない。
それでも、結果論だけで言えば「はてながここまでおかしくなったのはヤフーのせい」とも言えるわけである。
だが、これは「おかしくなったのは」にかかっていそうな「せい」が実際には、「ここまで」にしかかかってないという詭弁である。
皆もこれからは「詭弁を言ったら、最後にネタバラシをする」という癖をつけたらどうだろうか?
どうせ遊びでやってるんだろ詭弁遊びは?
それで本気にした人が変なことして責任を取らされるのは面倒だぞ。
景気が悪化している中で増税、インボイス導入と経済的弱者を甚振るような政策ばかりをしているけれど、別に岸田総理の頭が悪いわけではないと思う。
貧乏を一度も経験したことがないから、貧乏であることの苦しさや貧困によって精神的に追い詰められ苛まれる苦しさを単純に知らないのだ。
これは頭の良さとはまったく関係のないことで、たとえIQが200あろうと300あろうとその場の空気感というものは実際に体験してみなければ分からない。
だからこそ本来であれば貧乏を体験し、赤貧に耐えてきたような人物を一人ぐらいは官僚に入れるべきである。
そうならないのは二世、三世と世襲するのが当たり前になっているからで、彼らは貧乏な家庭に歩み寄ろうとはしない。
歩み寄ろうとしていればここまで経済格差は広がらなかったはずで、彼らにとっての親世代が残した負の遺産、政策失敗の象徴を進んで目の当たりにすることは苦痛であり、そもそも親の仕事を引き継ぐ時点で親の仕事を評価しているはずなのだから。
だがそうした支援によって潤うのは詐欺まがいの行為を行う連中だけで、こうしてばら撒かれた税金の尻拭いを結局は貧困家庭にも押し付ける。
悪循環だ。
結局のところ、一番の問題は理解力がないことなのではなく、知らないことなのだ。
だが同時に、それは仕方がないことでもある。
この人は間違いなく嘘つきだわ。
ここでさも「僕は防衛省関係者ですよ」みたいな事を言っているが、それならばそもそも「防衛費をいきなり2倍」とは言わないはずだ。
「5年間かけての2倍」は全くもっていきなりでないからだ。
何も知らない人であるならば「それでもたった5年で2倍だぞ!消化しきれない!」となるだろうが、防衛省の中にいる人間だったら「いや。5年もあるなら2倍は消化しきれる」という結論になるだろう。
何故なら現状において防衛省は赤字を繰越で無理やり誤魔化している状態なのだから。
まず何よりも装備費が終わっている。
お偉いさんは新装備をジャンジャン作ろうとするが、それを修理するのに回す金のことは考えていない。
たとえば戦闘機やミサイルなんかは内部の部品であってもアメリカ等から購入することになることが多いが、日本と海外の経済成長の差を考えれば分かる通り、国内部品よりも滅茶苦茶割高になる。
一部国内企業は国内製部品への切り替えを努力するるが、逆に一部企業は儲けが出ない上に担当者は親方日の丸でえばり散らす防衛産業から足を洗うため昔は国内製だった部品が海外製に変わり、その上がり幅が凄いわけで気づけば修理費は割高になる。
カツカツの装備費は最終的には部品不足を生み、壊れているが修理できない兵器まで生まれる。
ならばどうするか、答は簡単だ。
「殺す」と割り切った戦車や戦闘機を決めて、そこから部品取りをするのだ。
10機のうち1機を殺せば他の9機を健全な状態にするのは難しくない。
施設についてもボロボロで、昔作られた耐震基準の満たされていない建物を必死に補強しようとしているがそれも追いついておらず、大地震に対して派遣に出なければならないはずの自衛隊がいざ地震が直撃したら施設倒壊で機能麻痺に陥るような状態である。
雨漏りをしたり自動化設備の壊れた倉庫をビニールシートやなんちゃって効率化で必死に誤魔化したり、そもそも装備の拡充に対してスペースが足りていないので一部の物品は野晒しにしている。
弾?もちろん足りてないが?それが?いつものことでは?
ロシアが北方領土から攻めてきたら速攻で負けるか弾切れで負けるかの二択なのは偉い人同士のTRPGにおける永遠のテーマである。
人件費も最近やっと「若手に対して魅力がなさすぎるのでちょっとだけ給料増やそう」で雀の涙ほど増えただけであり、自衛官扱いでない人間(給料が残業代定額制でない職員)に対しての残業代は相変わらず半分ほどしか出さない状態が続いている。
とにかくケチ臭い上にパワハラ体質も相変わらずな自衛隊を嫌って若手が入ってこないので最近は一度辞めた人間を再雇用しているが、それでも足りないので業務の外部委託(OS化)が進んでいる。
装備品の拡充に対しての人材不足をどうにかしようとすれば、自然と外部委託の流れは進むだろうとされている。
外部委託をするということは、当然のように内側で済ませるよりも総合的なコストパフォーマンスは悪化する。
業務を効率的にまとめあげて必要な部分だけを抽出できればいいが、自衛隊の仕事は防衛上の機密に関わる部分も多く一括で他所に渡すことが出来ない。
結果として、今ある業務のうち機密情報を漏らさないような部分だけを一度吸い出す作業を行い、そこで渡して帰ってきた仕事と自分たちがやった機密にかかわる部分の仕事をあとで重ね合わせる二度手間のような状態が生まれる。
そうして生まれた新たな業務を補うために更に外部委託を増やすという悪循環に陥る一歩手前まで来ている。
そもそもなぜ自衛隊の人間の仕事が遅いのかは、業務を効率化するという意識が少なかったからである。
意思決定者の年齢が高くなりがちな組織では未だに「手作業こそが最も正しい。機械は信用できない。何故なら怒鳴っても治ることがない。人間は怒鳴り散らせばソイツが責任を持って100%の仕事を完成させるようになる」という手作業至上主義が蔓延していたからだ。
流石にいよいよピンチになって慌ててOA化を進めようという動きはあるが、そもそもの「業務効率化に投資するなんてサボりじゃん。頑張ればいいだけ。根性だよ」の意識が抜けておらず、それらは常に最低限のクオリティに格下げされる。
「事務作業をする人間が必要なら1人につき1台のパソコン」ということさえ昔は成立していなかったし、今でも支給されるコンピューターの性能は滅茶苦茶に遅くまともじゃない。
それについては防衛省に限った話ではないではないかと思うだろう?
全くそのとおりだが、経済産業省とかでさえゴミのようなパソコンを使っているなら、自衛隊の使っているパソコンがそれよりマシなんて話があると思うか?
これら数々の負の遺産とも呼べる予算不足によって生み出されたツケは確実に自衛隊の内部に隅々まで広がっている。
壊れかけたシステム、壊れているのを誤魔化している装備、それらを現場レベルでなんとか無理やり回すために繰り返される土日出勤やサービス残業、それについていけず辞めていく新人。
現状としては「予算が倍あってもいい(取引先が対応できるかは置いておいて)」というのが防衛省における多くの現場における現状だろう。
実際に2027年度において倍になったとしても、その年度の予算は「元々想定していた効率で組織を回す」+「今まで誤魔化したことで溜まってきた負債の解消」で使い切れるだろう。
もしも2倍の予算がそのまま次の5年も続くとなると苦しい……ということもなく、防衛省のトップが考える夢いっぱいの戦力拡充計画を実現させようとすれば全然使い切れてしまえるはずだ。
彼らは日本がアメリカや中国なみの軍隊を手に入れて自分たちがそれを悠々自適に操り太平洋沿岸の治安維持が大日本国様々に依存する世界で世界中のVIPが自分たちに傅く日を夢見ているのだから……ほーんまなんなん?
みたいな話を前に飲み会で知り合いの自衛隊が延々と愚痴ってました。
んで、この元増田の話とぜんぜん違うんだけど?
お前何者なの?
個人的には3なんだけど、考え方が違うかなぁ。
米軍基地関連の事件・事故があまりにも酷くて多いから、それをどうにかして欲しいってのが心情なんだよな。
アメリカの治安の悪さが沖縄に持ち込まれてるっていえば伝わるのかな。自衛隊になればマシになるだろうって思う。
2の考えの人は少ないんじゃないかな。沖縄県民って「自分たちは日本人で沖縄県民だ」って意識があるから。
だから「同じ日本人なのに沖縄の米軍基地に何も思わない」ってことに絶望するんだな。
旧日本兵が沖縄戦で市民を殺したのは事実だし思うところはあるけど、今もその話を持ち出しても仕方ない。
1はもっと少ない。日本っていう国の良さを知ったら無理だと思う。
米軍基地は沖縄戦後の負の遺産みたいなもんで、終戦から77年経った今でも残ってるから反戦争思想が広まっちゃうんだろうな。
沖縄が地政学的に重要なところなら他所の国に任せず自国で管理しておけば今日のようないざこざは無かったんじゃないかって考えてしまう。
https://anond.hatelabo.jp/20220930230732
こっちの続き。主に旧統一教会に関すること書くよ。反応がきっついので多分最後。
旧統一教会が過去に「霊感商法」を行っており、過去問題があった団体というのは周知のとおりだと思う。
https://news.yahoo.co.jp/articles/61d40e2e670a91125101a0d09b87544e51e0d6b7?page=1
との内容。
https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20220712-00305301
冷戦時代の負の遺産。ただ、現役の議員らが積極的に彼らにかかわっていたかは微妙。
http://www.the-journal.jp/contents/arita/2006/06/post_10.html
国会議員の地元事務所が依頼を受けたならば、祝電を送るかどうかはそこで判断するのが通例だ。結婚式や葬式への電報とほとんど同じ水準の判断だろう。
祝電を送った安岡興治元法相の事務所が「出席依頼があったので電報を送った」というレベルのことだ。
[略]
私も少し勘違いをしている時期がありました。
宗教団体が特定の政党を支援すること自体は、合法。これが認められないと信者の方が選挙で投票することができないので、よく考えると当たり前。
問題になっているのは「過去に問題を起こしていた宗教団体とつながりがあるのは如何なものか?」程度で法律違反ではない。
https://www.sankei.com/article/20220930-KNJU7E6VGNLZBI3QRWTR3ZGB2A/
自民党以外からもつながりは見つかっている。もちろんこれらも合法。
テロを起こしたオウム真理教に対する解散指定の請求が棄却された時点で、旧統一教会にそれを適応するのは難しい。
オウム真理教(以下「教団」という。)は、教団に対する一連の取締り、宗教法人法に基づく解散命令、破産法に基づく破産宣告等により打撃を受け、破壊活動防止法(以下「破防法」という。)に基づく解散指定に係る手続の進行中は活動を自粛していたが、解散指定の請求が棄却された後は、世論の動向等を見極めつつ再び活動を活発化させ、財政的基盤の充実、強化に努めるなど懸命に組織の生き残りを図っている。
[略]
7年12月14日、政府は、オウム真理教に対する破防法に基づく解散指定に係る適用手続の開始を表明したが、極左暴力集団は、中核派、革マル派等がそれぞれ反対集会を開催するなど、強い危機感を示した。特に、革労協狭間派は、8年2月21日に公安審査委員会委員長宅等に対する2件の発射弾ゲリラ事件(東京)、9月24日に「中国公安調査局調査第一部首席調査官宅放火事件」(島根)を引き起こしたほか、公安調査庁、公安審査委員会等に対する「抗議はがき運動」、公安審査委員会委員宅周辺での抗議街宣等にも取り組んだ。
中核派は国葬反対デモで目立っていた団体で、テロ活動も行っている。
共産党も同時期にデモを行っていた。極左暴力集団とのかかわりはないとは言うものの、同時期にデモするのは「連携してない?」という疑念を持たれてしまうので良くはないと思う。
旧統一教会に問題があることはあり、それに対する批判は問題ないと思っている。ただ信者であるという理由だけで、「関わりを断つ」というのは差別。
これ、一時期の嫌韓と同じで、対象が「在日」から「旧統一教会」にすり替わっただけ。リベラルからするとこういった差別行為は認められないはず。特に報道の過熱にはかなり危機感をもってる。
https://www.jijitsu.net/entry/miyaneya-touitsu-kateirengou-teiso
「宗教2世」「犯罪行為にかかわっていない信者」がこれらの風潮で被害を受けることは目に見えている。魔女狩りの様相を呈していて、本当に良くない。
前回の記事と違って、全然ブクマつかないな。コメントも落ち着いているというか。この記事の内容は国葬の話からも少しずれちゃったしね。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/nordot.app/949191226041810944
みんなこっちにコメントしてるのか。ただ...なんだかな...悲しいな。
まあ、これだよね。
もう誰も見てないから、ここからは完全にチラシ裏の落書きの独り言。
全盛期の2010年前後のはてなブックマークに比べると、随分とドロドロした所になっちゃったな。「ウェブ進化論」で提唱されていたバーチャル研究室なんて概念はもう見る影もないというか。
あるのは党派性で歪んでしまった認知と、建設的な議論でなく罵詈雑言を浴びせるコメント群。昔もリベラル寄りのコメント多かったけど、まだマシな感じだったし、ブログのエントリーも面白い記事がたくさんあったな。
倫理観が終わってるから訃報を見てすぐ伊集院光さんのツイッターを見に行ってしまった。
三遊亭円楽さん。
あのタイミングで脳梗塞で倒れたのは本当に最後の最後で運がなかったというか、何もなければ師匠の先代圓楽とその世代の噺家たちの負の遺産である四団体並列の解消……というか円楽一門会と立川流の落語協会復帰を成し遂げて、将来的な落協と芸協の統一にもめどをつけられたのに、と思うと無念だろうなと思いますね。
元々、円楽一門の協会離脱は、当時の落協会長の小さんがおこなった理事会制度の整備などの改革や真打昇進人事を巡って、前会長だった圓生が自分に話を通してない、メンツを潰されたとブチ切れていたのを利用して、かねてから新団体の設立を目論み野心満々の若手幹部だった圓楽と談志が大物の圓生を焚きつけて離反させたってのが内幕で、その圓生が離脱1年後の79年にあっさり心筋梗塞で死んじゃったのと、圓楽と談志が新団体での地位を巡って仲たがいしてそれぞれ円楽一門会と立川流を作る形で離別したことで「落協・芸協と五分の新団体を作る」という当初の目論見は完全に失敗したまま今日に至るんだけど。
当代円楽は、先代が亡くなって襲名して以来、四団体の統一に向けてずっと動いてたわけですよ。それは彼が談志と歌丸に可愛がられていて、立川流と芸協(そもそも歌丸―小遊三―昇太と笑点一派の力が強い)の双方に影響力を発揮できる立場だと自覚していたからで、三遊派本流で先代圓楽と対立していた円丈・円窓(いずれも圓生の弟子で圓楽の弟弟子に当たり落協所属)に接近して「三遊落語まつり」を共催するなど関係強化を務めたり、芸協に客分として加入して寄席に出たりと外堀を埋め続けてたんですね。
その総決算となるはずだったのが円楽の七代圓生襲名で、つまりすべての元凶である圓生の名を継いで、その名前で円楽一門会の落協復帰もしくは芸協加入を宣言し、分裂を解消することが目的だったわけです。やっぱり序列のメンツの世界だから、「圓生が始めたことは圓生としてケリをつける」って建前が必要だったんでしょう。
「圓生」の名は先代圓楽の時代には政争の具にされて、圓楽が自分の弟子の鳳楽に圓生を継がせようとしたのに円丈と円窓が反発して、それぞれ圓生襲名に名乗りを上げるという異常事態が起こったことで留め名になってたんだけど、円丈と円窓の許諾を得るかその死を待って円楽が圓生を継げば、その禍根も水に流せる……って目論見だったんでしょうね。
で、円丈師が亡くなったのが去年の11月、円窓師はつい先日、9月15日に亡くなったから、何もなく健康だったらば上記のプランはつつがなく進められ、来年にはスムーズに圓生になれてたはずなんですよね。
失われた20年だか30年だかに生まれた世代からすると開発すれば景気が良くなるっていう実感は全く無い。
親世代以上と話すと人間の可能性というか全能性を大体内面化していて、人間と動物は排反する概念だとあたりまえに信じているように感じる。今の人間社会は落ち目だけど、俺たちが若かったころのあの社会では開発が開発を呼んで日本の未来はウォウウォウウォウウォウだったんだ。均衡した動物社会とは違って明るい未来が約束されていたんだ。人間が想像しうるものはすべて実現できるんだ。今は違うけどね。みたいな前提で話されることがたまにある。
まぁなんでも主語がおおきいと当てはまらないものだけど、失われた時代世代代表としては人間は動物という大きいカテゴリの一要素でしかなくて、動物が食ったり食われたりを繰り返してグダグダ続いてきたように、人間社会も政治家と有権者、富裕層と労働者が絞ったり搾り取られたりしてグダグダ続くんだろうなという感覚がある。
グダグダ続くだけならまだよくて、最近では偉大なるおじいさまおばあさまが残した負の遺産の影響をあからさまに被りつつある。年金温暖化政治的腐敗etc...。こんな体験しかしてないとSDGsは虚しく聞こえる。ほんまかいなって。
将来への希望をもてない私達からすると、別に持続可能な開発を求めてはない。二酸化炭素だしまくり戦争しまくりの社会を持続可能な開発とやらで維持したくはない。そうすると「人間なんていなくていい」と思うようにならないか?SDGsへの取り組みと人間消滅願望は別に矛盾するものじゃない。人間がいなくなれば全部解決だよね。限界集落は無理して維持せず積極的に放棄していっても、出生率は2以下で保っても別になにも不都合はない。人間が減って問題がうまれるんですか?むしろ減りませんか?緩やかな人口減少の末の日本消滅はこの上なく平和な終わりに思える。
「企業内システム担当者(SEでもプログラマでもない人)が、何かあったら外注のせいにして責任を逃れられる」
って書かれてて、なるほどなあと思った。
で、これを考察すると、これって江戸時代の武士の支配をしていたメンタルそのものなんだよな。
例えば徳川家の旗を間違えて燃やしちゃったり、雑巾にしちゃったりする。
そしたら領地減らされるとか、最悪は改易(飛ばされる)とか、遠島流刑。
こういう「1%のミスを許さない」っていう精神って、徳川家康が設計したものなんだよね。
家康は将軍を引退してからも実権を握ってたのが13年くらいあって、
息子の秀忠が馬鹿真面目だったってこともあって、「ならぬものはならぬ」みたいな上意下達な文化を作ったんだと思う。
大奥とかの文化も非常にクローズドでがんじがらめで、今の日本に近い文化だよね。
それが260年以上続いた。
江戸以前の戦国時代はその逆で、「勇敢な行動の末のミスであれば武士としてあっぱれである」
みたいな文化だったんだよね。もちろん「勝手な行動は死罪」というのは軍においてはそうであったけど、
基本的にスピードと結果が全ての世界だったから、許されることも多かった。
何より信長や秀吉が好んだのは「臨機応変さ」「勇敢さ」であって、企業でいうベンチャーマインドに通じると思う。
秀吉は朝鮮出兵などで自爆してしまったけど、信長がもし織田政権を長期化させていたら、
楽市楽座とか、重商主義なところも、石高社会の当時の日本としては画期的だったからね。
まあ、家康は偉大ではあるけれども、日本人を停滞させた側面はあっただろうね。
何パーセントかは信長・秀吉のベンチャーマインドが許容される国であっても良かったと思う。
日本人の責任を取りたくない、悪い意味での臆病さが、外注という甘えを生みだして、
で、その臆病さの源泉は何かっていうと、終身雇用にあるんだよね。
アメリカみたいにスキルアップして飽和したら、数年おきにステップアップ転職する、っていう文化がないからね。
一生面倒を見てもらうわけで、ちょっとミスしたら一生居心地が悪くなってしまう。
そんな気持ちが見て取れるよね。
村八分されたくないから、村の外から工事人工を雇うってことなんだろうね。
で、話は戻るけど、多重下請けスキームにおけるエンドユーザー企業にいる、
エンジニアでもない「システム担当者」って結局なんなの?とも思う。
イメージ的には、江戸時代の城の中の座敷で座ってる人って感じ。
めっちゃ座り方が型にはまってる感じの。
「殿中まかりこしまし早漏」とか言ってそうな人(知らんけど)。
何ができるかっつーと何もできないけど、殿中まかりこしまし早漏の言い方はうまい(笑)。
座敷おっさん「うむ!節々のこといっさい任せたぞ!」みたいな。
あとは500人で済む工事を1000人で見積もらせる、金への執着、欲望の深さも大事な素養である。
ちなみに信長は二条城の改修を驚くべき短期間と完成度で仕上げたそうだが、
その時には自分も粗末な服を着て、身分の低い人工たちと身分の差なく語り合い、
トップダウンで進めたという記録が、フロイスによって残されている。
よく考えれば城が立派に早く完成すればいいわけで、
「工事の計画文書、第100版を作りまかりこしもうした」って毎日やるのが目的じゃないものな。
まかりこしもうしたやってる間に城郭を強化したり街道を整備してる。
これは現代でも同じ。最終目的がわかってるのがアメリカの強さ(=信長の強さ)なんだろうな。
だから日本がExcelポチポチやってる間に、AWSやAzureを作ってしまった。
とはいえ公正取引委員会とかIPAやデジタル庁が、問題を認識して動いているから、風向きは変わっていくかと。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/nc/18/020800017/072600752/
2016年5月、安倍総理訪ロ。8項目の経済協力プラン提案して、プーチン氏に助け舟を出す
2016年12月、プーチン訪日。安倍さん必死にウラジーミル連呼するも、シンゾーとは呼んでもらえず
2018年11月、シンガポールで日ロ首脳会談。二島先行返還に方針転換を表明
2019年9月、東方経済フォーラムで伝説の「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている」ポエム披露
この安倍さんのトップダウンで行った北方領土返還・平和条約締結交渉に、ロシアによる北方領土実効支配強化・軍備増強の推移を重ねると、安倍さんがウラジーミル(笑)の意図を読み違えて、一方的に前のめりに譲歩を繰り返したことが見えてくる
2015年12月、ショイグ国防相が、択捉島・国後島に合計392の軍事施設建設予定に言及
2016年3月、北方領土・千島列島に地対艦ミサイル「バスチオン」、「バル」などの配備を発表
2016年11月、択捉島で「バスチオン」沿岸ミサイル大隊、国後島で「バル」沿岸ミサイル大隊が戦闘当直を行っている旨公表
2018年1月、択捉島の軍用飛行場である天寧飛行場、2014年に開港した新民間空港が軍民共用となる
2018年8月、戦闘機部隊(空軍)配備発表。Su-35戦闘機3機配備
2018年12月、東部軍管区司令官が択捉島及び国後島の宿舎を視察
以上を踏まえると、元外務次官の竹内行夫氏の次の論評が正鵠を射ていることが理解できる
プーチン氏は四島の帰属問題を解決して平和条約を締結するとした1993年の東京宣言を骨抜きにすることを目論んでいた
元国連職員のめいろま氏によると、世界における日本の地位を向上させたそうで、他国との関係を良くしたようですよ。
一連のツイートを読んでみてください。
https://twitter.com/May_Roma/status/1546477124709662721
https://news.yahoo.co.jp/articles/7a931aac9f98740f2d74b598e447a8e12558bbbd