「なんでそんなにキモい顔なんだよ、存在自体が不愉快だから視界に入ってくんな消えろよ」
「うっわー、お前の触れたもんとか絶対触りたくねぇ、キモいのが伝染るわ」
ぼくは容姿がこの上なく醜く歪んでいる。それこそぼく自身ですら認めるほどにだ。
ぼくの人生の中でぼく以上に醜い容姿をした人は一切の誇張なく一人も見たことがない。これからも見ることはないだろう。
冒頭に書いたような言葉を投げかけられなかったことは小学生の頃から中学時代、高校時代、社会人になってから今に至るまでと人生の場面において一度もない。
ぼくと10人が接すれば2人はいじめて7人は顔をしかめ引き攣らせたりあからさまに距離を置いて1人は庇ってくれる…といったところだ。
これでも頭では理解は出来るのだ。ヒトは社会的動物である以上、劣った遺伝子を集団を乱すものとして排除したい本能がある。
ヒトという種から見れば、劣った遺伝子のシグナルである醜い容姿を持つぼくは白血球に攻撃されるウイルスのようなものなんだろう。
けれど、あからさまに仲間外れにされたり殴られ蹴られ水を頭からかけられ暴言を吐かれといったことが年単位で、それもどんな集団に所属していようとほぼ必ず虐げられるといったことが続けば、心がズタズタに切り裂かれていくのだ。
どんなに勉強や仕事を頑張ろうとしても、度重なるいじめの記憶がフラッシュバックして何も手につかずうまくいかずの負のループ。
美容にお金と時間をかけても、元の遺伝子が悪すぎるからどうにもならないという現実を突きつけられるのみだった。
包み隠さず言えば、自分の存在自体もさることながら、生まれてきたこの世を心から呪った。一度に限らず、幾度となく何年にもわたって。
生まれてこなければよかった、存在自体を消してしまいたいと思った、だが実行する勇気すらもない。
被害者だけでなく加害者にもなった。いじめから庇ってくれ、人間は容姿だけじゃないよと優しい言葉をかけてくれた人にすら「お前に俺の苦しみの何が分かるんだ!!」と暴言を吐くような有様だった。
今思えば加害者に反撃する勇気もないから庇ってくれた人に八つ当たりしていたということだ。こんな人格ではいじめを受けた原因も容姿だけとは言い切れないかもしれない。
呪って呪って呪って呪い疲れて、ようやく受け入れた。
受け入れた後で、ぼくの心の中にほんのわずかに残ったものがあったことを思い出した。まるで災厄が飛び出していった後のパンドラの箱の中にたった一つ残った希望のように。
それは両親がくれた愛情だった。
どんなにぼくが失敗して迷惑をかけても「大丈夫、あなたは生まれてきてくれただけで親孝行なのよ。」と言ってくれた母。
子供の頃に小遣いを貯めてプレゼントしたマグカップをずっと大事にしてくれ、何度も野球観戦に連れて行ってくれて、「お前がどうなろうと俺達はお前の味方だ。」と言ってくれた父。
曇った目では見えなかっただけで、ぼくの心の中には生まれた時から二人が注ぎ続けてくれた無償の愛が確かにあったのだ。
ぼくが不幸だったのは容姿が醜いからというより、自分にないものに執着して不平不満ばかりに目を向け、あるものにはまるで目を向けようとしなかったから。自己憐憫ばかりに浸って本当に温かく手を差し伸べてくれる人の存在を無視し拒絶したからだ。
実際、容姿の醜さは何も変わっていないのにこうして自分の中にあるものに目を向け、生き方を変えようと決意しただけでこれだけ前向きになっている。
人間が生きる期間は80年程度、独身男性に至っては60代中盤程度らしいので、ぼくに残された期間は40年もないといったところか。
でもどちらにせよ宇宙全体の歴史からすれば誤差のようなもの、生きた期間の長さよりも何をどれだけ残すかの方が重要だ。
今後の人生の目標は、いじめから庇ってくれた一人一人に深く謝罪し感謝の言葉を述べること、両親がくれたこの無償の愛を出来る限り多くの人に渡すことだ。
最近読んだ本に「あなたがどんな刹那を送っていようと、たとえあなたを嫌う人がいようと、『他者に貢献するのだ』という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない。」という言葉があった。
その通り、世の中には心無い暴言を吐く人がいるかもしれないが、ぼくは他者に温かい言葉をかけるようにしよう。
暴力をふるう人がいるかもしれないが、ぼくは他者に温かく手を差し伸べるようにしよう。
容姿が醜いということで差別を受けるかもしれないが、ぼくはどんな人にも無条件に心からの信頼を寄せよう。
弱っている人を馬鹿にし更に搾取しようとする人もいるかもしれないが、ぼくは真っ先に駆け付けて自分の出来る限りの助力をしよう。
受けた痛みの分だけ、他者に共感し寄り添えるようになった。いじめを受けた経験も必要なことだった。そう言えるようにしよう。
もう世の中を散々呪うだけ呪った。これ以上世の中に呪いは残さない。
そう遠くない内に迎えるであろう最期の時は、両親から貰った愛情や思いやりを何十倍にも増やしてこの世への置き土産にした上で、笑いながら旅立っていくつもりだ。