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はてなキーワード: セラピーとは

2022-04-16

anond:20220415232730

田嶋陽子にしたって、蓋を開けてみれば田嶋自身個人的毒親母親問題セラピーだったわけで、それを知ってがっかりしたな。

anond:20220415232730

学問言論としてのフェミニズム」側はそこはすでに分かっていて敢えてやってるんじゃないかな。

セラピーとしてのフェミニズム」側を鉄砲玉として仕立て上げて利用してるように見えるんだよ。

2022-04-15

フェミニズムが傷を抱えた人間セラピーになることについて

前書き

現代日本フェミニズムは、傷ついた人間が慰め合うセラピー看板のような機能を持っていると言える。

弱者が慰め合える駆け込み寺、いわばフェミニス堂があること自体は良いことだ。

エンパワメントシスターフッドという自己肯定を重視した精神的な言葉最近人気なのもその一環かもしれないし、そこまで前向きな気持ちになれないからとにかく苦しみや怒りを吐き出させてくれという層だって駆け込み寺には居場所がある。

だが、「セラピーとしてのフェミニズム」と「学問言論としてのフェミニズム」が分離されていないために、言論としてのフェミニズム信頼度が著しく弱まっている。

セラピー面も学問言論面もひと固まりからフェミニストはメンヘラだとか、他人幸せを許せないだとか、ミサンドリストセックスヘイタージェンダークレーマーだとかの批判に繋がってしまっているのだろう。

私自身も精神疾患持ちなので、精神が弱っていることを批判する気はないのだが、セラピー的な語り合いと、学問的討論がごっちゃになっている状況は大いに問題視している。

追記:↑ここで私の精神疾患に言及したのは、私も議論の場で当事者性を武器として使おうという態度でよくなかった。反省する。)


本稿で主張するのは、「冷静な研究者としての立場」と「傷つき怒れる当事者としての立場」は、兼任すると問題が生まれるのでどちらか片方だけの立場に立つべきだ、ということだ。

たとえ学位免許を持っていても、冷静になれない話題については傷が治っていない当事者から理論議論を使いこなせる研究者ではなくあくまで苦しむ当事者個人として発言した方が良い。

本論前に、何がOKで何がNGかおおざっぱに切り分けておこう。

冷静なフェミニズム研究者が、「困った女性のための駆け込み寺やセラピーの場や、肯定しあえる関係必要だよね」という学問理論を組み立てる。
冷静なフェミニズム研究者もしくは心理医療専門家が、セラピーの場の最低限の安全が保たれるように監督をする。
セラピーに集まる傷ついた人たちが、フェミニズム用語理論武装したり、怨恨を吐き出したり、過激むちゃくちゃな主張をする。(なぜなら、セラピー的な場では、ひどい発言原則許されるべきだから。ただし、それをそのまま社会への要求として広めるべきではない)

×
まだ傷が深く残っていて冷静な振る舞いができない人間研究者としての発言力を得て、本来患者としてすべき主張を研究者立場でする。
×
傷の残っている研究者セラピー監督役をやり、セラピー患者同調してしま患者内面吐露検討・洗練せずそのまま社会にぶつける。
×
研究者同士でも肯定しあえないと傷が痛んで耐えられないので、アカデミックであるべき関係を仲良しグループにする。




本論

フェミニズムという看板のもとに、傷ついた人々が集い、辛さや怒りを語り合い共感あい心を癒そうとする様子は、当事者会に近い。

当事者自体は、様々な依存症障害事故被害者などについて行われており、有用セラピーと言っていい。

だが「セラピーとしてのフェミニズム」の問題は、当事者会で癒される患者と、当事者会を監督したり理論を語る研究者がかなり重なってしまってるということだ。

要するに、当事者として治療を受けるべき傷を抱えたままの人間が、セラピスト役と教師役もやってしまっているという問題が、「セラピーとしてのフェミニズム」にはある。

全てのフェミニストが病んでいると言っているわけではない。

だが、SNSのそこら中で行われている「セラピーとしてのフェミニズム当事者会の多さに比べて、監督できる冷静な研究者は全く足りていない。


普通当事者会やセラピーは、福祉医療心理専門家によって研究理論化がされ、社会に対して有用性が主張され、会の時にはその場にいて見守ったりもするはずだ。

傷ついた当事者たちの語りは、しばしば自己中心的だったり理屈が通ってなかったり乱暴だったりするが、それは回復必要な心の解放だ。

それがそのまま社会への要求として世の中に出されたりはしないので、当事者会で語ったことが間違ってるなんて責任を問われることもない。

客観的専門家当事者たちの感情吐露分析して理論化した上で、必要な部分は社会に訴えるようになっている。

から普通健全当事者セラピーは、傷ついている当事者が冷静さを求められたりはしないし、当事者ヤバいことを主張していても研究者評価が下がることもない。研究者監督しているか当事者同士の会話が先鋭化するエコーチェンバーも防げる。当事者要求研究者が整理したうえで一般社会に伝えるので、外部の一般人当事者過激すぎる主張を直に聞かされて悪感情を持つこともない。

全てが完全に徹底されているわけではないが、それでも、当事者セラピーで語り合う患者とそれを監督する研究者の間に線が引かれていることで、ある程度は弊害抑制ができている。

しかし、「セラピーとしてのフェミニズム」では、患者監督者、研究者区切り曖昧になりやすいので、普通当事者セラピーでは減らせる弊害がモロに発生しているのだろう。

たとえばフェミニストが「トーンポリシングはやめろ」と主張したことに対し、「議論や説得において言い方ってのは大事だろ」と反論されているのをよく見るが、あれも、内輪の癒しセラピー的な感覚と対外交議論感覚がごちゃまぜになっているせいだ。

「私はいま苦しすぎて言葉を選んでいられないのでセラピー患者として気持ちをぶちまけてるんだからトーンポリシング(言い方警察)するな」、という話なら真っ当である

「私は冷静を保ち、言い方や内容にしっかり気を使うから議論として発言を真面目に聞いてくれ」、というのも真っ当である

だがそれを同時にやろうとする、「自分セラピー的に感情をぶちまけるが聴衆は真面目に聞いてくれ」というのは無法な要求だ。

せめて、セラピー監督する冷静な研究者に向かってぶちまけて、その研究者理屈の通らないところを補助し冷静な言い方に直して議論の場に持っていくという形にしなければいけない。

なのにフェミニズム議論では、何もかも一緒くたになりがちである


当事者研究者の分離は、簡単なことではないとは思う。

特に精神思想分野ではそうだ。

臨床心理士カウンセラー看護師助産師になりたがる人間はしばしば自分が精神不安定を抱えているというのは、統計はともかく実体験としてはよく聞く話である

博物学系でも、たとえば動物学者はだいたい動物好きで、心情的には動物保護したがるだろう。

だが、そこは資格団体ががんばってたり教育だったりで、臨床心理士精神保健福祉士はある程度の信用をしてもいいだろうとなっているし、動物学者も後先考えない動物愛護活動をする人は目立ってないわけだ。

しろ愛護派の過激な主張の角を取って一般社会的に可能動物保護のやり方を訴えたりしていて、それはまさに、感情的になりがちな当事者の語りを、研究者自分のところで一度止めて丸め社会に伝える、当事者会に対する医療福祉関係者の立場と近い。

から臨床心理士動物学者などの学問的信用はまあ保たれている。


ところがフェミニズムや一部社会学は、理論家や研究者が、傷ついた当事者と同一人物だったり肩入れしすぎたりするせいで、冷静な監督者のいないまま野良セラピー的な語りあいを続け、当事者の悲痛な心情吐露ではあるがそのまま社会要求するには妥当性に欠ける内容が研究者学問立場から主張されてしまっている。

フェミニストはメンヘラだとか他人幸せを許せないだとかミサンドリストセックスヘイターだとか言われてしまうのはこのせいだ。

それにもかかわらずフェミニズム大義名分世界中で力を持ち、フェミニストの要求の内容を精査して妥当性が十分な時だけ応じますという態度は悪だと指弾されるのが、本当に良くない。

ここで断言しておくが、メンヘラも、他人幸せを許せない人も、ミサンドリストミソジニストも、セックスヘイターも、楽しく生きてよいし好きに発言してよい。当事者会で同病相憐れむのだって、傷ついた人間には大切だと思う。

過激思想トラウマは緩んだ方がいいとは思うが、それもあまりに大きな加害に繋がらないのであれば自由だ。

ただし、その好き勝手発言暴言あくまで傷つき冷静さを欠いた人の胡乱な言動として生暖かく聞き流されている方が、周囲にとっても当人にとってもよいはずだ。

弱者の声は社会から無視されるべきではないが、そのままで妥当性が低いので、客観的研究者が集積して適度に理論化と穏健化した上で世の中に訴えるべきだろう。

フェミニズムが、弱者に肩入れしようとするあまり病んだ当事者発言をそのまま重用したり、著名な研究者が「冷静さを保つために私の当事者としての感情一時的に抑えよう」という努力をおろそかにしているのは、誰にとっても不幸である

辛すぎて悲鳴を上げざるをえない当事者と、冷静で他者対話可能研究者弁別は、完璧でなくとも努力する価値がある。できたぶんだけ弊害が減るはずだ。




おまけの具体例 朝日新聞運営の『かがみよかがみ』について

一つ、わかりやすい事例を挙げる。

フェミニズムジェンダー学周辺で、セラピー機能学問言論機能が混在することの弊害を私がはっきり感じたのは、朝日新聞運営の『かがみよかがみ』である

『かがみよかがみ』は読者投稿エッセイメインコンテンツとするWebサイトだ。

「私のコンプレックスを私のアドバンテージにする」とか「私は変わらない、社会を変える」とかをコンセプトにして、女性自己肯定感の爆上げを目指すメディアであることを謳い続けている。

18~29歳の女性からエッセイ募集して、編集部がチェックして載せている。著名人契約コラムニストの連載もある。

そして投稿者を「かがみすと」と呼び運営ボランティアを「ミラリスト」と呼んで連帯感を出し、若い女性同士で肯定しあえるコミュニティを作ることも意図しているようである。(かがみすとは今もしっかり使われているが、ミラリストTwitter検索してもほぼ出てこないので今も使われてるかは外部からは謎)

二年くらい前に数回燃えたが、扱っている内容の割にはてはで話題になる回数は少ない気がする。はてなとは読者層が違うのだろう。

上野千鶴子さんに質問「ベッドの上では男が求める女を演じてしまう」 | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/12881008

フェミニストでも、守られたい。フェミニストだから、守りたい | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/13432941

これの上の記事に関わっていたコラムニスト(かがみすと)が、謝罪をしつつかがみよかがみを批判したnoteを全三回書いていたのだが、その第三回と、そこから辿れる記事類を読み、フェミニズムセラピー言論を区切らずやっている弊害はあるな、と強く感じた。

上野千鶴子座談会セックスワーカー差別炎上とかがみよかがみコミュニティ雰囲気について(下)|滝薫

https://note.com/hannnahkuku0819/n/n6514127ed85a

私はこれを読んだ時、伊藤編集長があらゆる批判に応じないのもわかる、といっそ清々しささえ覚える形で納得してしまった。「セーファープレイス」を構築しようとして、内部を守っているのではないかと思った。

(略)

『かがみよかがみ』を必要としている利用者はいる。それはわかっている。私も、エッセイ投稿した後の”共感”と”褒め合い”によって自信がついた一人であることは変えようがない事実である。その価値を認めていても、『かがみよかがみ』の未来に不穏さを感じてしまう。

『かがみよかがみ』が目指すのは、あくま女性自己肯定感の爆上げである。正しさではなく、自己肯定である

それも、明言はしていないが18~29歳の女性だけを狙っているだろう。

若い女性たちがエッセイで悩みを語り合い、書き手同士のSlackか何かでも褒め合い、お互いが何を言っても原則として批判しないし自虐もしない。まさに当事者会でありセラピーのやり方である

フェミニズムジェンダーなどの内容が多く扱われているが、それはあくま自己肯定感爆上げの道具なので、理論的な正しさを保とうとして心が苦しくなってしまうようなら、正しさを追求しなくてよい。

エッセイ投稿年齢制限も無い方が「正しい」のはわかってるだろうが、年上の説教エッセイ愚痴エッセイが載ってるサイトは鬱陶しくて気持ちよくなれないという若者本音を慮って、微妙理屈をつけて年齢制限をかけていると思われる。

投稿者をかがみすとと呼んで内輪感を作るのも、その繋がりで孤独が癒える人がいるかである。そういう内輪感にウエッとなる人もいるだろうが、そのタイプの人は他のどこかで癒されればよいというスタンスだろう。

伊藤あかり編集長モットーらしい「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」とも合致する態度だ。

傷ついた若い女性のために、正しさではなく自己肯定感爆上げを目的とした当事者セラピーの場があること自体は、良いと思う。

だがそれが、朝日新聞運営メディアとして広くネット広告され、上野千鶴子石川優実企画に呼び、ヒコロヒーなどの連載があり、エッセイ投稿者ジェンダー学やフェミニズムで多少の理論武装をして識者っぽい人もたまに言及するとなれば、そこはもう言論の場となってしまう。苦しい内面安心して吐き出せる、責任を負わなくていいし怒られもしないセラピーの場としては相応しくない。

なのに、そこが曖昧に混ざった立場で『かがみよかがみ』の文章は発表され続けている。

から『かがみよかがみ』の記事批判されたのである

そして、これは、インターネットにおける様々なフェミニズム活動についても近いことが言える。



まとめ

最後にもう一度まとめる。

傷ついた当事者同士が慰め合うセラピー看板としてのフェミニズムと、冷静さと客観性を保つ学問研究としてのフェミニズムは、分割しておく必要がある。

現在日本では、セラピーの場としてのフェミニズムと、学問としてのフェミニズムが、ごちゃごちゃ混ざっている。

心が乱れてフェミニズムセラピーを求める患者と、冷静であるべきフェミニズム研究者が、ある程度重なってしまっている。

この状況を解消しないと、世の中の幸せにはつながらないだろう。



追記。本稿は3か月ほど前に増田に投げたが無反応だったものの再投稿である。)

2022-03-01

プーチン死ね

人権派名乗ってるけどもう無理だわ

プーチン死ね

さもなくばメンタルケアセラピーに余生を費やせ

2022-02-18

anond:20220215102545

私は過失による犯罪は許すよ。許されざるのは再現性がある犯罪、その人の性質による犯罪だ。

倫理観が欠如している人と、感情制御できない人と、快感を求めるのを抑えられない人が、教育によって更生されるとは思えない。

実際目の当りにしたらわかる。たぶん一種の脳の障碍なんだ。

私は窃盗食い逃げを繰り返す人を知っていて、その人は罪の意識もないし知人のものだろうと平気で盗む。その人はなぜそれがダメなのかを理解していないし理屈理解させようとしたけど無理だった。

感情を抑えられない人を一人知っているがその人は私の言うことを聞かない。自分に嫌な思いをさせる人を敵認定するので外部から変えさせるのは困難だろう。

アルコールドラッグセックスなど快楽に取り付かれた人を何人か知っている。いったん快楽を覚えると当人意志とは関係くそれを求める別の人格形成され、元に戻ることはない。

セラピーによってかろうじて寛解するだけでいつ再発するかわからない。

から犯罪者と関わる可能性を減らそうとするムーブ賢明だと思うよ。

2022-02-05

anond:20220205171020

叱り飛ばすのは兄に決まってるだろ。

まあ、兄ともやもやするのなら絶縁方向で、嫌な感情を持つならもう二度と関わらんほうがいいと思う。

ああ、でも、「心療内科の」セラピーの手助けをいれて直していくのはありだな。

家のインターフォンを鳴らす謎集団

俺のマンションインターフォンは録画機能がついている

不在時に来客があると撮影されて、室内インターフォンボタンが点滅する

留守番電話みたいなやつだ

 

今日も昨日も一昨日も来客を示すランプが点滅していた

それが引っ越しから半年、ずっと起こっている

色んな人がうちの呼び鈴を鳴らしていた

老若男女

何か荷物を持っていたが宅配便という感じではない

普通の人が主に日中にやってくる

俺は帰宅後にそれを見るのだ

 

不気味だったが、ある日ようやく自分が在宅の時に「彼ら」が来た

たぶん平日だったと思う

動画ONにした瞬間に俺に対する来客じゃないのは風貌からわかったが

訝しげに「はい?」と言うと彼は「◯◯さんですか?」と言った

「違います」「あ、間違えました」

それだけだったが、彼らがどうやら俺に用事があったわけではないとわかった

どうやらA棟とB棟に同じ304号室があって

彼らはB棟に用事があるのだろう

そこまでわかるのに3ヶ月位かかった

 

それからも彼らは毎日のように来た

本当に普通の格好をしていて共通点がわからなかった

最初は何かの教室をやってるんじゃないかと思っていたが

どうしても何教室かわからなかった

一応このマンションはおしゃれで有名な駅チカだし家賃も1LDKで25万円程度みたにな帯域だし

法人個人事業主が居てもおかしくないと思ったからだ

 

彼らは何かよくわからない荷物をぶら下げていることが多かった

かばんではない、何か雑な袋みたいなもの

それがあって習い事に来るような風貌に見えなかったんだ

このハイソな街において彼らは普通すぎた

もし彼らが全員男だったらそういうお店かと思ったのだが残念ながら女性も来ていた

逆に全員女性だったら習い事の線が濃厚になるのだが残念ながらおっさんも多かった

 

何か仕事の絡みだろうかとも思った

もしそうだとしたらB棟304号室の奴は何度も仕事仲間に呼び鈴を間違えさせていることになるので非常に腹がたった

抗議に向かおうと思ったこともあるが結局しなかった

もし同じ人間が何度も間違えていたら抗議しただろうが

本当に毎回違う人だったんだ

 

そういえば彼らは決まってスマホを見ていた

何かを持ってスマホを見ている

てことは仕事仲間というより何かの客なのでは?と思った

例えば病院患者とか、なんちゃらセラピーマッサージかもしれない

ふと自分の住所のB棟304号室になにがあるかググったことがあるが何もなかった

営業だろうか

 

今日ボタンが点滅していた

どこか居心地悪そうなおっさん荷物を持ってスマホを見ていた

それは録画なので「あなたは間違えていますよ」と教えることができない

たこともないB棟304号室の住人とのその後の密談を夢想して変な気分にさせられる

そもそも正直インターフォン留守録を見るのは嫌なんだ

警察が家に来て家宅捜索していった記憶トラウマになっている

Amazonだとホッとする、ダンボールを持っていたら宅配便

「彼ら」は本当にやめてほしい、不気味すぎる

俺に対する来客10人に対して、この間違えている謎集団が30人くらい来ている

鬱陶しくてしかたがないし怖い

 

だったのだが

ふと、ようやく、今更、ついさっき彼らが何者か理解した

何で気づかなかったんだろう

気づいてしまえば簡単だった

でも謎集団が減らないことも理解した

いや、これはB棟304号室の住人にやはり知らせたほうが良いのかもしれない

 

 

追記

一人正解した

荷物はよく見たらレジ袋だった

2022-01-17

anond:20220116164742

少しでも助けになるなら私の生存方法を書いてみる。

前提

この3点は私も共通している。両親については片親で過干渉ではあったが、しかし大切にはしてくれていた。それでもあなたと同じ思考から抜け出せない。これは、境遇個人努力を超えて、先天的な脳の作り(ADHD)が大きく関係しているのではないか。これに人間関係の失敗経験が積み重なりフィードバックとなり囚われの強化、すなわち脳の悪い思考プロセスネットワークの強化になっていくと仮定している。

人間関係の失敗でさらにこの自己評価が補強されてしまい、どうにも身動きができなくなってしまったのだけど、ここから脱するためにやったことを書く。

考え方

"考え方"についてはプロに任せ、むしろ考えない方法を身につけたほうがいい。

ADHD は考えるだけ無駄

まず、ADHDワーキングメモリが足りないため問題を大雑把にまとめて考えてしまう。

全体を捉えて、最も期待値の高い解決方法理性的に選べている自信はあるだろうか。あなたはある程度客観視できているだろうから落ち着いているときに考えればおそらく、高ストレス時に思っていたことが実は的外れだったという経験があるんじゃないかと思う。

例えば就労が困難だったというケース(あくま一般論の例)を考える。そうなる理由はそんなにシンプルではなく大量の変数が複雑に絡んでいる。 しかし、"自分馬鹿から仕事ができない"という形で問題カプセル化してしまえば、ワーキングメモリ節約できるため、ADHD問題単純化して自分を責める。一時的にはそれが一番ストレスが少ないのだ。本当は"環境が悪かった。定型発達でも仕事が原因で自殺していることもある"など、別の可能性が考えられるのに。

では、いつも正しい判断をするにはどうしたらいいだろう?これは、"自分判断を常に保留する"が疲弊したADHDには正しい方針だと思う。判断は常にプロに任せる。それはどこに住んでどんな仕事をすればいいか、という大局的な判断だけでなく、"誰が悪いのか"、"なぜこうなったのか"、"どうして不快なのか"なども含めてだ。特性上、強力に単純化してしまうので疲弊してIQが下がっている今はどれも的外れになる。

 寝て起きたら、デモデモダッテ思考が顔を出した。父と離れたいなんて、私のわがままじゃないかと疑っている。よく分からいから、今日相談支援専門員さん(何回かソーシャルワーカーさんと書いてるけど、勘違いでした)に電話してみようかと思う。

からこれで電話できたあなたはとても賢いし、自分客観視するセンスがある。

考えない方法

マインドフルネス瞑想がよい。方法適当ぐぐるとでてくる。(大きいトラウマがあると難しい場合がある。↓に追記あり) 浮かんだアイディアを0.5秒以内に棄却できるようになってくれば、鬱でも躁でも、脳の暴走状態を食い止めやすくなる。

人生史を書くとか考えたものをすべて紙に出すとか、自分トラウマを再認識するようなセラピーは無理に実践しないほうがいい場合がある。プロセラピストでない限り PTSDトリガーになりかねないので、慎重に。

考えられる人になるには

疲弊する環境を脱するのが最優先だ。

ストレス回避反応を高める。ただでさえADHDは弱いとされる、長期的な価値評価するための前頭前野が働かなくなり、極端な単純化をし始める。生存のヒントを得るために(存在しないかもしれない)脅威をあちらこちらに探し始める。

IQを上げる方法はたくさんある。有酸素運動無酸素運動を組み合わせたインターバルトレーニング読書楽器演奏、人との会話、人と比べて自分が優れていると実感する、など。しかし、どれもそれができる基盤が無ければ成り立たない。基盤は、どんな形であれ"安心できる生活"だ。

生活

プロ相談して模索しているのはとても素晴らしい。これこそ良い判断だと思う。

あなた場合愛着のある肉親だろうが、親元、実家から離れるのは最優先だ。トラウマ体験のある場所にいると記憶トリガーが多く、思考ノイズ高まる瞑想を頑張っていても考えの棄却という技術では捌ききれない量になる。例えるなら、イラク戦争PTSDになった米兵戦後もその戦場の脇で延々とセラピーを受けるなんてことがあるだろうか。アメリカに帰って湖で犬とキャンプでもしているべきだろう。

孤独

追記や他へのレスを見ると、同居した者と揉めた経験からグループホーム同棲抵抗があると言っている。

父に笑顔で頷き続けるか、他の障害者暴力を振るわれるかの2択しかない。

↓もそう。私もこの囚われとは長年付き合っている。 自分場合、親には愛されているはずなのに。

 環境を変えても、私がダメからダメだと、ずっと思ってた。愛されるためには愛される能力必要で、残念ながら私にはそれが決定的に欠けていると思えるから

ちょっとつらいかもしれないから今は受け入れられなくてもいいのだけど、これこそADHD特有の極度な問題単純化の例になっている。あのときうまくいかなかったという一例を以って、だからあれはやめたほうがいいのだ、というように考えるとワーキングメモリが大幅に節約できる。実際は、相手特別クズだったとかグループホームガチャとか色々分解できて、次の一手はまたフラットに考えることもできるはずなのに。

今は総括(判断)せず、プロに任せて、最善の環境に居れるまで模索するのがよい。次がダメだったとしても単純化せず、また次のチャンスを模索する。単純化バイアスを除いて考えれば、定型発達でも転職離婚病気のような失敗は何度も経験するのだ。

人間のつながりが欲しいと思ったとき、そうできている人とのライフスタイル比較するのがいいと思う。親族、家、お金車など財産ではなく、朝起きて何をしているのか、どんな本を読んでいるのか、どんなご飯を食べているのか、どんな娯楽を好んでいるのか。"考える"代わりに"行動する"のがよい。考えても考えても財産ライフスタイルも変わらないどころか極度の単純化で誤った判断をするのが疲弊したADHDの末路だ。

安全生活が得られるようになってきたら、形から入る。脳は考えて変わるわけではなく、運動、適度な負荷(勉強練習など)、食事で変わるのだ。脳に振り回されて困っていたのだから、脳を手なずけるのがよい。だから順番を変える。"まともな自分になれば孤独ではない生活が得られる"というのはやめて、"孤独じゃない人の生活を真似てみればまともな自分になれる"ということ。

増田について

私も自分自身そう思いたいという部分はあるんだけど、見ている文章を見る限り全然馬鹿ではない。というか文章のみのコミュニケーションであれば誰も重度の発達障害とは感じない。

これはこの番組の予告だけ見ても思った。もし道路出会ったらまるで思考が通じない人にしか見えないのに、文章は物凄く理知的で美しいのだ。

https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009050591_00000

我々は入出力や瞬発的な行動については困難があるかもしれない。しかし、中身までおかしいわけじゃない。

親さえもそれはわかってくれなかったかもだけど、今は世の中に知見が溜まってきているし、お互いこのようにネットで話すこともできるようになってきた。だから幼少期よりはまだ模索できる道は多いはずだ。

おせっかいかもしれないけど増田きっかけで過集中に入ったので最後まで書きました。

ブコメ言及など

スターがついていたので。

hamamuratakuo 個人的な見解だが、頭が悪い人に共通している特徴は「嘘つき」であること。全てを曖昧にしており、現実直視できず、被害妄想に耽溺。それゆえ認識が歪んで知性も劣化している。嘘をやめることが改善スタート地点

言っていることの大筋は私と同じだ。しかし、それを「頭が悪い」「嘘つき」という主観性の強い表現であえて言い直す必要は無い。今回で言えば頭が悪いのではなくワーキングメモリが小さいと言えるし、嘘つきなのではなくワーキングメモリ節約無意識に行っている、というようにより具体性のある話にしたつもりだし、「嘘をやめる」に対応する極度の単純化をやめる方法も示したつもり。

これも脱線するが、自分発達障害自覚する前、定型発達的な人々に対してリスペクトを欠いた態度を取っていた。彼らは(今思えばADHDの私に比べれば、だが)会議発言しない、積極性が無い、すぐ行動しない。「頭が悪い愚鈍な人々だと思っていた。つまり自分が得意なことができない人を簡単に「頭が悪い」と言うのは主観的すぎる。特に今回の文脈では発達障害という特異な脳の状態について話しているのだから、少し配慮してもいいんじゃなかろうか(隙自語同士なのでまぁいいけど)。発達障害知的障害は異なる。高IQ発達障害大勢いるし、発達障害の診断時にIQテストを受けるのでむしろ発達障害者のほうが自分IQを正しく理解している。

misarine3 嘘ではなく現実を正しく把握できなsので偏って間違った認識を伝えてしまうケースもある。あとADHDかと思ったら発達性トラウマ障害複雑性PTSD)というケースもあるので一考してほしい。

programmablekinoko マインドフルは合わなかった。多動優先だとじっとしているのが難しい。有酸素運動強制的に頭空っぽにするか、NBackやラジオ流しながら何かを音読するなど、脳内ノイズをかき消す方法自分には良かった。

https://anond.hatelabo.jp/20220118124641

元増田ではないけどマインドフルネス瞑想トラウマ持ちだと困難だったぞ

TFT自己否定強いと自分を叩き出して失敗した

ブクマにもあったけど発達性トラウマ考慮しないと危ない

これはそうかもしれない。実は自分場合自己流の荒療治でトラウマ追体験を繰り返してみたり瞑想でつらいことを棄却する訓練をやってみたりと実験してみた。この中で瞑想継続できたということなので、n=1 なのは確か。カウンセラー精神科医などプロ相談しながらがよい。

本当は睡運瞑野がうまくかみ合えばいいのだけど、睡運瞑野ができるのは睡運瞑野がうまくいっているときだけという難しさがある。 瞑想の代わりに運動する、それもできないなら何もせず寝てしまうなどで、あまり考えないようにできるといい。

sisya 前提が少しおかしい。「頭が悪いから人に大事にされない」ではなく「考えが足らずに人が傷つくことをしてしまっているが、そのことに自分が気づけないので遠ざけられる」なので、相手にその旨先に伝えてくといい。

自分アイディアはこれとも違う。そもそも大事にされていない」「遠ざけられている」という認識が正しくないかもしれないというのが私の立場だ。元増田についても、すでにこのスレッドブクマで多くの人から大事にされているのだから大きな反例になっている。 少なくとも汲める事実は「両親からモラハラがあった」「グループホーム暴力を起こした人がいた」ということだけだ。これを「遠ざけられている」と読み取ることは、私が何度も言っている極端な単純化だ。

もし「自分の考えが足りず人を傷つけるのだ」というところに根拠を置いてしまうと、「自分の考えを洗練させなければならない」という出来もしない曖昧課題が作られてしまう。私もおそらく元増田も、このような袋小路でさんざん自分を苦しめてきた。私の主張が伝わっていれば、期待値が高い対処は例えば「なるべく親元から離れる」「相性のいいグループホームを探し、医師など専門家支援を受ける」などになる。的外れな自省をさせる意味は無い。

aox ASMRに限らず増田さんみたいにスパスパ考えられて実行できるなら誰も苦労しないのでは ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ

私も偉そうに書いてしまっているので労せずこれに至ったと思われても仕方ないが、これに至るまでは大変な苦労をした。自殺未遂をして警察保護されそのまま措置入院(強制)というのを何度かやった。ずっと不登校だったが一念発起して就職した会社も、それで復職できず退職した。短絡的な行動で多くの人間関係を失った。何年も睡眠が浅く、悪夢で夜中に飛び起きることが多かった。今もギリギリバランスでやっと立っているが、それでも以前に比べれば前向きに暮らせている。むしろ読む人がこんな苦労をせず役立ててくれるなら幸いだ。

2022-01-16

anond:20220116164742

専門家でも何でもないからわかった風なことを言うべきではないとは思うんだけど、でも。

きっと元増田氏はアダルトチルドレンにあてはまると思う。

機能不全家族

失礼だけど、親御さんの言動ちょっとひどいと感じるもん。

それに対して傷ついた、傷ついていると言葉にし文字に起こすのは大変だったと思う。

でも今それをして、もしかしたらだけど無意識自分客観視しているのかな、なんて素人分析しちゃった。

で、そうだとしたら自分を癒すチャンスなんじゃないかな。

アダルトチルドレン関連のサイト書籍って沢山あるし、きっとしんどいかもしれないけれど、

でも少し心の余裕が持てそうなときに眺めてみたらどうだろう。

読んでいるだけで胸が痛んだんだから元増田氏の心の傷は想像もできないくらいだと思う。

もし可能ならカウンセリングセラピーなど受けて、心の平安を取り戻せたらと祈ります

他のコメントにもあるように認知行動療法ジャーナリングナラティブセラピー等々色々あるし

自助グループ的なものを探したり、(自分だけじゃないんだ!仲間がいる!って、実感できて個人的にはとても癒された)そんな方法もあるだろうし。

・・・って、なんか羅列しすぎちゃったか

まずはアダルトチルドレン検索してみることを勧めさせてほしい。

既知だったら本当ごめんなさい。

とにもかくにも今まで31年間も頑張ってきたことに胸を張ってください。

ゆっくりせめて心だけでも休めてね。

2022-01-14

フェミニズムが傷を抱えた人間セラピーになることについて

前書き

現代日本フェミニズムは、傷ついた人間が慰め合うセラピー看板のような機能を持っていると言える。

エンパワメントとかシスターフッドという言葉が好まれるのもその一環と考えらえるし、そんな前向きな所まで至らない、まず苦しみや怒りを吐き出させてくれという層もいるだろう。

弱者にとって慰め合う場があるのは良いことなのだが、セラピーとしてのフェミニズムと、学問言論としてのフェミニズムが分離されていないために、言論としての信頼度は弱まってしまう。

それが、フェミニストメンヘラだとか他人幸せを許せないだとかミサンドリストセックスヘイターだとかの批判に繋がってしまっているのだろう。

私自身も精神疾患持ちなので、精神が弱っていること自体批判する気はないのだが、セラピー的な語り合いと、学問的討論がごっちゃになっている状況は大いに問題視している。


冷静な研究者と、傷ついている当事者は、兼任しようとすると問題が生まれやすいのでどちらか片方だけの立場に立つべなのだ

それぞれ、何がOKで何がNGか切り分けておこう。

〇 冷静なフェミニズム研究者が、「困った女性のための駆け込み寺やセラピーの場や、肯定しあえる関係必要だよね」という学問理論を組み立てるのはOK

〇 セラピーに集まる傷ついた人たちが、フェミニズム用語理論武装することも、武装しつつ過激な主張をするのもOK。(セラピー的な場の発言は、過激なことや邪悪なことも原則許されるべきである。その反面、そのまま社会への要求として世の中に伝えるべきではない)

× 自分に傷が深く残っていて冷静な振る舞いができない人間が、研究者としての発言力を得て、セラピー患者としてするべきな過激主張を研究者立場でしたり、他のセラピー患者内面吐露ちゃん検討せず世の中にぶつけたり、学者同士でも肯定しあう関係じゃないと耐えられなかったり、そういうのはNG


本論

フェミニズムという看板のもとに、傷ついた人々が集い、辛さや怒りを語り合い共感あい心を癒そうとする様子は、当事者会に近い。

当事者自体は、様々な依存症障害事故被害者などについて行われており、有用セラピーと言っていい。

だが「セラピーとしてのフェミニズム」の問題は、当事者会で癒される患者と、当事者会を監督したり理論を語る研究者がかなり重なってしまってるということだ。

要するに、患者セラピストもやってしまっているという問題が、「セラピーとしてのフェミニズム」にはある。

全てのフェミニストが病んでいると言っているわけではない。

だが、SNSのそこら中で行われている「セラピーとしてのフェミニズム当事者会の多さに比べて、監督できる冷静な研究者は全く足りていない。


普通当事者会やセラピーは、福祉医療臨床心理士といった専門家によって研究理論化がされ、社会に対して有用性が主張され、会の時にはその場にいて見守ったりもするはずだ。

傷ついた当事者たちの語りは、しばしば自己中心的だったり理屈が通ってなかったり乱暴だったりするが、それは回復必要な心の解放だ。

それがそのまま社会への要求として世の中に出されたりはしないので、当事者会で語ったことが間違ってるなんて責任を問われることもない。

客観的専門家当事者たちの感情吐露分析して理論化した上で、必要な部分は社会に訴えるようになっている。

から、傷ついている当事者が冷静さを求められたりはしないし、当事者ヤバいことを主張していても研究者研究分野の評価が下がることもない。研究者監督しているか当事者同士の会話が過激化するエコーチェンバーも防げる。外部の一般人当事者の無茶な話を直に聞かされて、振り回されて悪感情を持つこともない。

これらの全てが完全に徹底されてはいないが、それでも、当事者セラピーで語り合う患者とそれを監督する研究者の間に線が引かれていることで、様々な弊害抑制はできている。

しかし、「セラピーとしてのフェミニズム」では、患者監督者、研究者、全てが一体になりやすいので、普通当事者セラピーでは減らせる弊害がモロに発生しているのだろう。

たとえばフェミニストが「トーンポリシングはやめろ」と主張し、議論や説得において言い方ってのは大事だろと反論されるのをよく見るが、あれも、セラピー的な場と議論の場がごちゃまぜになっているせいだ。

はいま苦しすぎて言葉を選んでいられないのでセラピー患者として気持ちをぶちまけてるんだからトーンポリシングするな、というなら真っ当である

言い方や内容にしっかり気を使うから議論として発言を真面目に聞いてくれ、というのも真っ当である

だがそれを同時にやらせてくれ、自分セラピー的にぶちまけるが聴衆は真面目に聞いてくれというのは無法な要求だ。

せめて、セラピー監督する冷静な研究者に向かってぶちまけて、その研究者理屈の通らないところを補助し冷静な言い方に直して議論の場に持っていくという形にしなければいけない。

なのにフェミニズム議論では、何もかも一緒くたになりがちである


当事者研究者の分離は、簡単なことではないとは思う。

特に精神思想分野ではそうだ。

臨床心理士カウンセラーになりたがる若者はしばしば自分精神不安定を抱えているというのは、統計はないが実体験としてはよく聞く話である

博物学系でも、たとえば動物学者はだいたい動物好きで、心情的には動物保護したがるだろう。

だが、そこは資格団体ががんばってたり教育だったりで、臨床心理士精神保健福祉士はある程度の信用をしてもいいだろうとなっているし、動物学者も後先考えない動物愛護活動をする人は目立ってないわけだ。

しろ、愛後派の過激な主張の角を取って一般社会的に妥当で持続性のある動物保護のやり方を訴えたりしていて、それはまさに、感情的になりがちな当事者の語りを、研究者自分のところで一度止めて丸め社会に伝える、当事者会に対する医療福祉関係者の立場と近い。

から臨床心理士動物学者などの学問的信用はまあ保たれている。


ところがフェミニズムや一部社会学は、理論家や研究者が、傷ついた患者当事者と近かったり同一人物だったりして、監督者のいないまま野良セラピー的な語り合いをし続け、当事者の悲痛な心情吐露ではあるが社会妥当性の薄い発言みたいなもの研究者学問立場から主張されてしまっている。

フェミニストメンヘラだとか他人幸せを許せないだとかミサンドリストセックスヘイターだとか言われるのはそのせいだ。

ここで断言しておくが、メンヘラも、他人幸せを許せない人も、ミサンドリストも、セックスヘイターも、楽しく生きてよいし好きに発言してよい。当事者会で同病相憐れむのだって、傷ついた人間には大切だと思う。

過激思想トラウマは緩んだ方がいいとは思うが、それもあまりに大きな加害に繋がらないのであれば自由だ。

ただし、その発言あくまで傷つき冷静さを欠いた人の発言として生暖かく見られている方が、周囲にとっても当人にとってもよいはずだ。弱者の声は社会から無視されるべきではないが、そのままで妥当性が低いので、客観的研究者が集積して適度に理論化と穏健化した上で世の中に訴えるべきだろう。

フェミニズムが、弱者に肩入れしようとするあまり病んだ発言をそのまま重用したり、著名な研究者自分当事者性を切り離して冷静さを保つ努力をおろそかにしているのは、誰にとっても不幸である




おまけ 朝日新聞運営の『かがみよかがみ』について

一つ、わかりやすい事例を挙げる。

私がフェミニズムジェンダー学のセラピー機能と、学問言論機能の混在の弊害をわかりやすく感じたのは、朝日新聞運営の『かがみよかがみ』である

「私のコンプレックスを私のアドバンテージにする」とか「私は変わらない、社会を変える」とかをコンセプトにして、女性自己肯定感の爆上げを目指すメディアであることを謳い続けているサイトだ。

コンテンツとしては、エッセイ投稿サイトである

18~29歳の女性からエッセイ募集して、編集部がチェックして載せている。著名人契約コラムニストの連載もある。

そして投稿者を「かがみすと」と呼び運営ボランティアを「ミラリスト」と呼んで連帯感を出し、若い女性同士で肯定しあえるコミュニティを作ることも意図しているようである。(かがみすとは今もしっかり使われているが、ミラリストTwitter検索してもほぼ出てこないので今も使われてるかは外部からは謎)

二年くらい前に数回燃えたが、扱っている内容の割に回数は少ない気がする。特にはてなとは読者層が違うのだろう。

上野千鶴子さんに質問「ベッドの上では男が求める女を演じてしまう」 | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/12881008

フェミニストでも、守られたい。フェミニストから、守りたい | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/13432941

これの上の方に関わっていたコラムニスト(かがみすと)が、謝罪をしつつかがみよかがみを批判したnoteを全三回書いていたのだが、その第三回と、ここから辿れる記事類を読み、フェミニズムセラピー言論を区切らずやっている弊害はあるな、と強く感じた。

上野千鶴子座談会セックスワーカー差別炎上とかがみよかがみコミュニティ雰囲気について(下)|滝薫

https://note.com/hannnahkuku0819/n/n6514127ed85a

『かがみよかがみ』が目指すのは、あくま女性自己肯定感の爆上げである。正しさではなく、自己肯定感である

それも、明言はしていないが18~29歳の女性だけを狙っているだろう。

若い女性たちがエッセイで悩みを語り合い、書き手同士のスラックか何かでも褒め合い、お互いが何を言っても原則として批判しないし自虐もしない。まさに当事者会でありセラピーのやり方である

フェミニズムジェンダーなどの内容が多く扱われているが、それはあくま自己肯定感爆上げの道具なので、理論的な正しさを保とうとして心が苦しくなってしまうようなら、正しさを追求しなくてよい。

エッセイ投稿年齢制限も無い方が「正しい」のはわかってるだろうが、年上の説教エッセイ愚痴エッセイが載ってるサイトは鬱陶しくて気持ちよくなれないという若者本音を慮って、微妙理屈をつけて年齢制限をかけていると思われる。

投稿者をかがみすとと呼んで内輪感を作るのも、その繋がりで孤独が癒える人がいるかである。そういう内輪感にウエッとなる人もいるだろうが、そう言う人は他のどこかで癒されればよいというスタンスだろう。

編集長伊藤あかりさんのツイッターbioには"「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」という感じ。"と書かれているのだから

この世に、傷ついた若い女性のための当事者セラピーの場があること自体は、良いと思う。

だがそれが、朝日新聞運営メディアとして広くネット広告され、上野千鶴子石川優実企画に呼び、ヒコロヒーなどの連載があり、エッセイ投稿者ジェンダー学やフェミニズムで多少の理論武装をして識者っぽい人もたまに言及するとなれば、そこはもう言論の場となってしまう。苦しい内面安心して吐き出せる、責任を負わなくていいし怒られもしないセラピーの場としては相応しくない。

なのに、そこが曖昧に混ざった立場文章が発表され続けている。

から『かがみよかがみ』の記事批判されたのである

そして、これは、インターネットにおける様々なフェミニズム活動についても近いことが言える。



まとめ

最後にもう一度まとめる。

傷ついた当事者同士が慰め合うセラピー看板としてのフェミニズムと、冷静さと客観性を保つ学問研究としてのフェミニズムは、分割しておく必要がある。

現在日本では、セラピーの場としてのフェミニズムと、学問としてのフェミニズムが、ごちゃごちゃ混ざっている。

心が乱れてフェミニズムセラピーを求める患者と、冷静であるべきフェミニズム研究者も、ある程度重なってしまっている。

この状況を解消しないと、世の中の幸せにはつながらないだろう。

anond:20220114122925

更に、コンバージョンセラピー有害な影響を与える。こちらの統計によれば、LGBTQの若者で、自殺を試みたことのある人は、コンバージョンセラピーを受けたことがない人で12%(これでもぞっとするような数字だ)、コンバージョンセラピーを受けたことのある人では28にのぼる。

これさあ、そのセラピーとやらが有害っていうより「そもそも死にたがりだからセラピーとか受けてる傾向にある」って、それだけなんじゃねえかなぁ……

2022-01-13

anond:20220113154020

でも銭形とかコナン警察は、重要参考人事件とは全く無関係説教セラピーされて感化されて「あの人はやってない!」って言い出したりはしないじゃん…?

そういう警察としての役割放棄させられちゃった時点でもうどう挽回のシーン貰おうが無能から脱却できないと判断たか

2022-01-01

anond:20211229171051

本質的解決方法じゃないかもしれないけど、わざと外部の偉い人を教室に入れて噛ませる、という方法はとれたかもね。

医者を噛んではいけない理由

https://blog.goo.ne.jp/tabby222/e/33e44e1270dba9c258684d0f80af3e6d

他害をほっとくことは、そのまま将来お子さんの支援をしてくれるスタッフブラック職場提供することになるんだけど、「治すなんて差別!」の人たちはきっと労働者としての支援者を応援する気持ちなんてないのね。

でも現場悲惨らしい。今のところ強度行動障害への対処法は三つ。構造化、薬、そして絶対受容。

このうち薬はあまり多いと本人の健康問題につながるし、絶対受容はきついらしい。本人にとって。そして何より職員にとって。職員が病んでいくらしい。

そうだろうね。構造化+脳みそラクラクセラピー(場合によっては適量の薬。ま、愛甲さんはもちろん、薬なしで治したんだけどね)がいいと思うなあ。

でもね、絶対受容っていうのも建前だったりするんだって

建前としては絶対受容だけど、あるときある特別支援社会(要するに入所施設ね)で医者を噛んじゃった利用者がいたらしい。そうしたら即薬漬け+拘束。

なるほど。

↑は入所施設の話だけど、噛みつき対策してもらえるかどうかは人間関係上下構造が影響する。

クラスの中で、他の生徒や担任立場では異議申し立てできない。

絶対受容するしかない。

そこで、お医者さんのような地位の高い外部の人(学校なら地元議員さんでもいいかも)を視察に呼んで、教室に来てもらう。

で、上手く誘導して、そのお医者さんを噛ませる。

一番権力のある外部の人が噛まれたら、さすがの校長教頭も動くしかない。

2021-12-15

妻の知り合いの知り合いがオーラリーディングにハマっていて困っているという相談がきた。面白そうなので夫婦で受けてみたが、結局占いと同じなんだな。あと統計

具体的なこと言わないし、ある程度話を引き出して「○○でしょ?」と見えているかのように話すだけ。

初回だから1000円でいいと言われた。

これにどっぷりハマるのもホストにはまるのもアイドルにはまるのも根本は変わらないねと妻と話した。

新興宗教みたいに異常な金銭を払ったりしない限り、様子見でいいのでは?と友人には伝えた。

聞く限り、妻の友人の友人(以下A子)は仕事で心が弱った時にオーラリーディング屋に行っているだけで、数ヶ月に一度セラピー的に受けているみたいなのでとりあえず大丈夫と話していたらその場にA子が来て波動水?をすすめてきた。

波動調整という単語で妻は耐えきれずマスクごしに大爆笑して眼鏡が一気に曇り、それを見て私も笑ってしまい、A子は怒ってしまった。

謝罪してあなたが何を信じるのかは自由だが、友人に心配をかけるような金額をその波動水にかけるのは考えた方が良いのでは?と声をかけたが、目はギラギラしたままだった。

結局無責任なことしか我ら夫婦は言わなかったわけだけど、人生初のスピリチュアルな人との接触は中々ショッキングでユーモラスだった。

波動調整に波動水ジョジョ好きなのかね。

自分の妻や家族がこうなっても冷静に対処しなければと心に誓った。

2021-11-09

anond:20210706172941

レシピ以外のパクリ列挙】改訂版自己表現の基盤バックボーンが『パクリ』で大口叩くなど窃盗詐欺的要素があるのでアウト)

シイマイ」「浮雲スープ」「飲むピザ」「エアーズロックカレー」「肉のドレッシング」「猛暑めし」「麻薬○○」「合法○○」「無期懲役○○」「虚無○○」「秒殺○○」「キュア○○」「倍ボール」「アル中マシンマシーン)」「酒飲み専用ポテサラ」「超速ハイボール」「黄金色麦茶アルコール)」「極悪おつまみ」「無双おつまみ」「スマニラ」「次世代肉じゃが」「汗かいナス」「酒場探求記」「味変四天王」「エンドレストマト」「無心きゅうり」「無限ビール案件」「神のコク」

「いい出汁。夢気分」「釜ごと抱えて」「デブブレイカー」「本気の弱火」「ニラ玉屋」「必殺ズボラ飯」「ニンニクセラピー」「美味しさの最短距離」「おいでよ酒クズの森」「軽率に試してほしい」「茶色いのは正義」「ホップステップ飲酒

ギャンギャン混ぜる」「ギョンギョン進む」「ボコボコ飲む」「ご飯が飲める」「飲酒スポーツ」「春、真っ逆さま」「夏モッコリ」「もっ盛り」「リュウ研究家リョウリです」

「リューピー○○分クッキング」「ニンのニク」「玉のネギ」「乱の切り」「うんとでいの差」「オイのスターソース」「60のcc」「ギューのニュー」「片の栗粉」「セーラーアルコール」「月に代わって(変わって)がぶ(ガブ)飲みよ」

「もってつけ」「酒見酒」「ニンニク貴公子」「茄子錬金術師」「春巻きの鉄人」「ウマミスト」「アウトローホテルマン」「料理界の黒船」「料理界のドラえもん」「キュアハイボール」「キュアジャンキー」「パリパリパリス・ヒルトン」「ホクホク北斗晶

妖怪まな板舐め」「旨味の爆弾」「肉汁爆弾」「禁断を超えた(越えた)禁断」「音量を0にして見てください」「味の素先輩」「炊飯器先生」「レンジ先生」「ハイボール先生」「酒粕先生

ニンニクはすべてを解決する」「マヨネーズはすべてを解決する」「ニンニク香水」「ゴボウハーブ」「私立アル中学園」「背徳感がつまみ」「誰も不幸にならない偽善」「香り イズ ビューティフル」

キョン回」「ポインチュ」「ギッサリ」「さっこさこ」「さっくほく」「スパニカル」「ヘルティ」「へるぴー」「久しばり」「酔っさらい」「ベーケン」「ケチャッポ」「チャーパン」「ドレッティング」「セブンイレバン」「ブラックペッピー」「あただきやす」「ばんじゃい編」「汁汁満ちる」「どうも生ゴミです」「どうも穀潰しです」「どうも、この世の終わりです」

「自信ありまし」「1.8倍美味しく」「想像の50000倍」「質問が2億回」「100億兆(点)あげたい」

「どちゃどちゃうまい」「マジョマジョ美味い」「もっこもこ(もこもこ)ウマい(美味い)」「ゴリラ美味い」「冗談みたいに美味い」「燃え尽きるほど旨い」「もちょもちょうまい」「ズンドコ飲めます」「美味しさでぶん殴ってくる」「脳を揺さぶる旨さ(美味しさ)」「肉の時代は終わった」「もう二度とやる」「旨味がビッグバン」「水を得た魚ならぬ酒を得た○○」

柴犬色」「チャウチャウ色」「ゴールデンレトリバー色」「全人類に作って欲しい」「生きてるだけで褒められてえ」「落ち葉にかけてもウマい」

いちご味といちごくらい違う」(「イチゴイチゴ味くらい違う」)「あんぱんと牛乳くらい合う」(「牛乳あんぱんくらい合います」)「ジェネリックもこみち」「ジェネリック川越」「ケン・コウコツ」「バツなし子なし甲斐性なし」「お試しくたまさい」

2021-10-01

ミッドサマーという映画

ミッドサマー山田上田のいないTRICKって言われてたのは自分のわかるジャンルに例えてもらえないと話理解できない老人かな?って思ったし

ミッドサマー日本人にとって怖くないって言うのはイキリオタクがこんなん俺平気だしってイキってるようにしか見えないし

なんか変な受け取り方してる人多くない?って思った

今までなかったホラー映画って触れ込みだったのにあんまり怖くないって思った人が多かったからこういう評価になったのかな

元々監督ホラー映画を作ったわけじゃなくて恋人に振られたショックで恋愛映画作りましたって言っていたし

自分家族を失った主人公が新しい家族を見つけるまでのセラピー映画だと思った

2021-09-24

https://togetter.com/li/1778707

たこういう形で話題になってるけど、とりあえずこの人は「カウンセリングとか受けてなんとか治った」人なので、まずその前提は共有しておいた方がいいかなと。

http://inoo.cocolog-nifty.com/news/2016/07/post-e09a.html

ある時、部屋の片づけをめぐって(部屋の片づけ問題がいつも揉め事の原因になっていた)旦那さんと揉めた田房さんは怒りの勢いのあまり警察を呼び「旦那暴力を振るいました」と訴えようとするも途中で冷静になり、警察を呼んだことを激しく後悔し(警察は話だけ聞いて帰った)、それをきっかけに「もうキレないようにしたい」といろんな本を読み、多くのカウンセラーセラピストに会いに行きます

無駄足を踏んだりしながら田房さんはゲシュタルトセラピーという心理療法にたどりつきます

まあ、Twitterとかでも今の様子見てると「不安定だなー」と思うことは割とあるので、「治った」というよりも「寛解した」という感じだろうけど。

2021-09-14

個別株の買い方

株式投資についての本を読むと、資産を増やすという意味での正解は出ているようだ。

インデックスファンドを積み立てて放置するのが良いらしい。それはわかったし実践しているが、どうしても面白くない。

リスクを冒しても持ってみたい個別株もあるじゃないか

個別株を買うときは、自分が今から就職するならどの会社かという観点で選ぶと面白い。

日常的に気になる会社検索して、とりあえずIRレポート第三者分析などを読んでストックしておく。

事業製品もいろいろ覗いてみて「この製品面白そう。むしろ自分も参加したい」と強く思えたらそこの株を買ってもよい。

そういう観点でみると、株式を買っても良いかなと思える会社というのは実は結構少ない。

本当は学生時代就職活動にこういう分析をするべきだったんだろうな。

就職先を選ぶということは貴重な人生投資するということだったのに、あまり安直に決めてしまった。

自分にとっては個別株はセラピーみたいな意味があるのかもしれない。

2021-09-10

衝撃的な話にするため精神科通いに…とか書くなや

精神科通いが衝撃的で悲劇的で末路!みたいな扱いを受けてるの見ると、そういうの見てうわーってなった人全員精神に異常きたしても精神科にだけはいきなくない!ってゴネ続けて取り返しがつかないところまで行ってほしいと思ってしまうわ。

夜眠れなくても薬には絶対頼らずアロマオイルとか間接照明で何とかしててほしい。

英語圏海外ドラマでよく見るセラピーやらカウンセリングカフェ感覚で気軽に行ってくるワ〜が本来正しいのにね。こればっかりはソースあやふやでも日本sage海外ageさせてもらう。

2021-09-07

anond:20210907164544

やっぱトラウマとかありそうだね。

からでもセラピー受けたり勉強したりして自分トラウマと向き合った方が人生楽になると思うよ。

頑張ってね。

2021-08-22

リモートワークから逃げたい

一年近くリモートワークになっていたが、だいぶつらくなってきた。ずっと家にいるのが苦手すぎる。精神科に通いつつセラピーも受けてしのいでるが、ずっと続けていく自信がない。病名は「適応障害」になってる。

なんとかしてリモートワークをやめたい。

あーあ、ベーシックインカムでも始まらいかなぁ。

2021-08-18

メンタルセラピー新興宗教ってすごく近い場所にあるのな

twitterとかで「あなたHSPとかアダルトチルドレンで、こういう辛い過去があって、あなたがうまく行かないのはそれが原因。だからあなたは何も悪くないんですよ」とか発信してるアカウントがあって、身内がガッツリ信仰している。

言うなればあなたは悪くない、親や社会が悪い教」っていうの?それで救われるならいっか。とも思ったけど、親や社会社会である友人含む)を必要以上に憎んで、距離を置いて孤立を深めているので良くないよなあという感じ。

twitterHSPの人は〜と、根拠もないのに断定口調で発信してる人はカウンセラーのようだが、資格などは明記されていない。まあ資格持ちだったらそんな断定するようなことは言えないだろうけど。別にカウンセラーになるのに資格はいらないので違法などではないが、カウンセリングという医療っぽい行為隠れ蓑新興宗教が発展してて非常に興味深い

2021-03-24

anond:20210324021704

自分のことはわかってるようなのでセラピー的な回復はむずかしそうだな。

ただ体の調子が悪いのはつらいな。

個人事業主はどうしても健康面が心配だ。

金があるなら風呂改装する手はあるな。

古い換気扇でなければ祖母もそこまでいやらがないかもしれない。

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