はてなキーワード: 頭脳とは
その背後のお気持ちを力説されても(しかも後出しで)相手にしないよ
つまんない漫画読まされて「つまんないですね」って評価して、「いやこの作品を描いた背景の気持ちを共有しろよ!」って始められたら困るだろ
そんなの無理だと思うけど一旦可能だとして、
すでに色々と威力で持って他人の生活に制限かけようとしてるんだから「倫理の話だ」じゃないでしょう
ただ社会活動家っていうのは結局人の生活に介入して嫌がらせすることに快感を感じる変態集団にすぎないことが大半なので
ヴィーガンを早めにぶちのめしておこうっていう反発する人達の動機もわかる
>肉を食べることが善い人生だって奴と何一つ共有する気が無いくせによくそう一方的に被害者ヅラ出来るよな
>とにかくお前らは性格も頭脳もひ弱で、そのひ弱さは何から生まれるかというとその常に被害者ヅラして拗ねて逃げ出す習性だよ
俺自身の肉体と頭脳と性格がひ弱であることは否定できないけど、自分が被害者であると主張はしてないぞ。俺はあくまで、家畜たちを犠牲にし続ける活動に加担したくないと言ってるんだ。
でもヴィーガンは非ヴィーガンに注文をつけてるから言い返されてるわけじゃん?
「加担したくないと言ってるだけ」ってのは嘘だね
あと肉を食べて美味しいと思うこと自体は良い人生だと思うよ、その瞬間はね?
でもさ、例えば人を騙してゲットした金でうまいもん食うことがいいとは思えないだろ?
肉は美味いよ、でも肉を食うには殺さなきゃいけないだろ?
もう生きてるやつを食べるために殺すことを(俺は)否定しないけど、食肉産業でやってることは、殺すためにバンバン産ませることをやってるわけじゃん?そこまでする?
あのな、俺は上座部仏教徒なんだよ
てめえがそのひ弱なお気持ちをひねり出すずっと前から不殺生戒を守ってるんだ
それでいて反発された途端被害者ぶるひ弱さ、
そういうものを笑ってるだけなの
お前の頭の何が弱いって
相手の話もきちんと読めないことだよ
俺はこのツリーで不殺生という価値観について一度も否定してないからな
われわれ仏教徒はお前等の「なんとなく可哀想」なんてふわふわなお気持ちとは隔絶したビシッとした理論で不殺生です
よくヴィーガンごとき新興宗教が不殺生について俺達に説教垂れようとか思い上がれたなw
俺はお前等のだらしない議論姿勢や、倫理や戒律の不洗練、どうしようもない頭の悪さを非難してるだけ
肉なんて食ってねえよばーか
倫理がお気持ちに基づくのは確かかもしれんけど、アウトプット(戒律)に意味はないよ
目的は倫理を共有してもらうことであって、そのアウトプットつまり実践は人それぞれだと俺は思ってるし
俺自身の肉体と頭脳と性格がひ弱であることは否定できないけど、自分が被害者であると主張はしてないぞ。俺はあくまで、家畜たちを犠牲にし続ける活動に加担したくないと言ってるんだ。
あと肉を食べて美味しいと思うこと自体は良い人生だと思うよ、その瞬間はね?
でもさ、例えば人を騙してゲットした金でうまいもん食うことがいいとは思えないだろ?
肉は美味いよ、でも肉を食うには殺さなきゃいけないだろ?
もう生きてるやつを食べるために殺すことを(俺は)否定しないけど、食肉産業でやってることは、殺すためにバンバン産ませることをやってるわけじゃん?そこまでする?
あれは日本で言えばサンデー毎日の出すランキングみたいなものだともいわれています。
英語圏での大学が特別に有利になるように発表されているだけで、あまり意味がないです。
もともとはイギリスの教育産業育成のために打ち出されたイメージ戦略であり、かなり偏っていると馬鹿にされてますよ。
日本人の英語での表現力に欠けるため研究が過小評価されているという面も大きいのでは?
さらにノーベル賞などの研究指標は欧米人や特定の人種に極めて有利なインナークラブとしての面もありますよね。
それから学力だけなら大学卒業時でも平均的なアメリカ人よりも平均的な日本人の方が遥かに上です。
ハーバード大生の数学力はマーチクラスとも言われていますから。(アメリカ人学生や米国からの帰国子女は笑えるくらい数学できないことで有名)
研究実績などでアメリカの大学がすごいのは、海外から最優秀な研究者を集めていることと、国内から飛び級でかなり若いうちに入ってくる連中(学者家系のユダヤ人も多いでしょうね)がいるためでしょう。東大にはアメリカの大学ほど給料や研究資金はとても用意できませんから世界から集められないし、日本の最優秀層も研究者となった段階で世界中からハイスペックな頭脳の人間の集まるところ(アメリカの大学)に知的な刺激を求めて引き寄せられる傾向があります。(物理で言えば南部さんとか大栗さん)
だから日本の大学生や院生が学力でアメリカ人に追い抜かれるわけではなく、入学時のリードを維持したまま卒業時も圧勝してるのが実情なんです。逆に言えば米大学のトップ層(13歳で大学に入った米国内の連中や、高い研究力のために海外から引っ張られた外国人)には最初からスペックで負けているのです。構図は世界選抜と日本選抜になっているだけなのに、アメリカ人学生の学力が彼らの努力と教育機関のおかげで大幅アップしていると錯覚しているんです。知性の高さは母集団の数と質しだいなんですよ。(ユダヤ人の数という考え方もできるかもしれません。)
そういう意味で言えば、学者になれる位にハイスペックなら、灘や開成卒業してからハーバードに行くのは英語力強化以外の面ではあまり意味がないかもしれません。(大学生の学力が東大より低すぎるため刺激が足りない)。惚れ込んだ分野があるなら日本で研究者としてしっかり結果を出して、それから知的刺激や研究資金や報酬を求めて世界選抜の集まったアメリカの学界に引っ張られればいいんです。
自分の知性に本当の意味で自信がないからハーバード大なんかを目指しているんじゃないでしょうか。学費もったいないですよね。
16歳の賢い若者が、働き始めたり、専門的な学習に専念出来たり、モラトリアムを謳歌して世界旅行に出かけたりできる世の中になったらワクワクする。そういう若者こそ、次の時代を切り開くだろうし、そういう若者を数多く輩出できる国家こそ次の時代をリードできるだろう。
とりあえず自民党の教育再生実行本部とやらの案は終わっている。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190512/k10011912971000.html
・あらゆる分野において変化が速い時代だ。枝葉の知識・技能になるほど、学校にいる間に学校で学んでいる内容が陳腐化する可能性が高い。
・したがってこれからの時代を生きていくには多様な学びと不断の学びが必要だと言うが、基本的なリテラシーなしに学びを深めることは不可能。基本的なリテラシーが欠けていれば、学びは途絶するだろう。
・また、どんな学びがこの先の社会で重要性を増していくかを個人や政府が十分な精度で判断することは不可能。
・若い吸収力も回転数も最高の若い頭脳に、明日にも陳腐化する知識、役に立たない知識を詰め込むことは害悪である。そんな作業に数年を捧げさせる今の制度は控えめに言って賞味期限が切れている。なんなら腐っている。
・それならば、公教育は基本的なリテラシーを誰もが充分に習得できることのみに焦点をあてるべきだ。基本的なリテラシー以外の多様な学び、枝葉の知識・技能は学校外や卒業後において、各自が各自の意欲の応じて追求していけばいい。カリキュラムがスリムになることで標準的な履修完了年限も短くなり、学習者は公教育のくびきに縛られずに自分の歩みたい人生を歩む時間が増える。結果としてユニークかつ強力な人材の出現する可能性が高まるだろう。
・小学校卒業後は4年一貫制。その4年間で下記5科目のみを到達基準(現行の高校卒業レベルに準ずる)に達するまで学習できる制度にする。
自由科目(歴史、地理、物理、化学など伝統的な科目の他、特色ある科目も認可さえ通れば自由に設定可能。それらをどれか1科目履修する。)
・4年というのは目安となる履修年限であって、小学校卒業年齢以上であれば何歳でも履修可能であり、卒業可能である。
・卒業というのも形式的なもの。全学習項目の合格を待たずに学習を切り上げるのも自由である。
・学年は有って無いようなもので、各科目において学習項目を細分化。学習項目ごとに修了・未修了の判定テストを受けて、合格すれば関連する学習項目を履修可能とする。
・判定テストはタブレットかパソコンを用いて行う。指定の試験会場以外での受験は不可だが、試験会場は365日、朝から夜まで営業する。
・自習が苦手な生徒のために学校は存在するが、授業への出欠は任意である。一切授業に出ずに判定テストだけ受けて修了することも可能。
( 2019年春アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その1 からの続き )
クソザコナメクジ中学生のクラスメイト攻略シミュレーション。1話にしてタイトル詐欺、というわけでもない。友達100人できるかな。原作者は「三ツ星カラーズ」でお馴染みカツヲ。良い最終回だった。
制作はC2C。先のアニメ「はるかなレシーブ」の元請け。ちなみに監督ははるかなレシーブ10話の絵コンテを担当した安齋剛文。はるかなはスポ根系だったのでかなり動きのある作品だけど、本作は主人公の表情がよく動く。怒涛の感情変化で魅せるため、敢えて話のテンポがゆっくりしているみたい。かわいい。演出的には三ツ星よりコミカルな表現が多く、この辺もはるかなレシーブっぽいかも。キャラデザは違う人だけど、両作ともキャラの雰囲気も似てる。
脚本はモノローグに定評のある花田十輝。1話の半分以上主人公のモノローグじゃね。てかOPの曲名になってて草。主人公の中の人(森下千咲)は新人さんで、1話の台本を読んでセリフ量の多さにびびった話すき。
劇伴はMONACA。高田龍一…ハナヤマタ 田中秀和…WUG、灼熱の卓球娘。つくづく田中美海と縁のあるMONACAである。劇伴がかわいい。テイストはわりと三ツ星カラーズのそれに近いかも(カラーズの劇伴:美知留)。
主人公がクソザコナメクジっていうアニメは去年も結構あったのでそれらと比べると、「スロウスタート」は周囲と比べて主人公の影が薄く、あわあわしてる主人公の手を周りの優しい人達が引いてくれて、徐々に友達の輪が広がっていく話。「ちおちゃんの通学路」はもはやすべて諦めたので教室にたどり着くことすらない。全部まななのせい。登場人物がほぼ全員やべーやつ。「こみっくがーるず」は学校に居場所を見いだせない主人公が漫画家寮の中で居場所を見つける話。に対して本作はクソザコナメクジながらも能動的にクラスの子達を一人ずつ頭脳プレイで攻略していくお話。ただし頭のネジが飛んでいるので、必ず視聴者の予想の斜め上を攻めてくる。必ず。
三ツ星カラーズにもいたけど、頭のネジが飛んでるかわいい子が多い。特に2話から主人公の情緒不安定さ、不器用さ、行動原理の不明さがマッハで、わりと理詰めで考えがちな私からするともはやミステリー作品である。マジで、なんで縦笛持ってたの?あとなんで体操服に着替えたの・・・?何らかの意味があるはずなんだけど、丸一日考えてもわからなかった。今期最大の謎である。
あとカラーズは毎話、三人組の服装が違うっていうやばいアニメだった(キャラデザ大変だったらしい)のに対し本作はほぼ制服。でもかわいい。中学1年生によくある「成長を見越して大きめのサイズになってるせいで全体的にダボッとした制服」をちゃんと絵にしてて好き。特に主人公が小さい。そういう描き方をしてる作品って、最近だと「ヒナまつり」くらいかもしれない。あれいいよね。
原作者の要望によりスタッフ一新、原作準拠で最後まで製作予定。制作もスタジオディーン→トムス・エンタテインメントに。(本作に限らず)仮にこのアニメが面白かったとして、それは”旧作が面白くなかった、あるいは本作が旧作より優れていることを証明した”ことにはならない、という前提で観てる。1話冒頭の「行ってきます!」だけでもう泣きそう。2話で泣いた。
1話冒頭の「行ってきまーす!」だけでもう泣きそう。2話で泣いた。1話からノルマ達成。1話のシナリオは旧1話とだいたい一緒なので見比べやすい。主人公を中心に徐々に打ち解けていって、あの家がみんなの居場所になっていくお話。
大地丙太郎監督下のアニメ(めいこい面白かった)はコミカルな表現を多用し、優れたテンポ感のあるアニメだったのに対して本作はかなりリアリティ寄りに仕上がってて、コミカル表現は少なめ。朝のシーンも夕方のシーンも太陽光が射す角度までちゃんと計算しててエモい仕上がりに。特に目を引くキャラデザの違いは原作者の意向で今風にリブートされているため。透のキャラデザでいうと、リボンの色が青→黄色に。特に髪型に相当気合が入っている。短めの前髪ぱっつんがめっちゃ好き。寝てるときの髪の毛も、三つ編みの書き込みもすごく丁寧で可愛い。あと2話の夾くん初登校シーンで咲ちゃんが透の髪をコテで縦ロールにしてるシーンすき。
そんな透を演じるのは石見舞菜香。彼女は去年の劇場版アニメ「さよならの朝に約束の花をかざろう」で初主演の新人さん。さよ朝の演技でいうと「一日中仕事を探して周りへとへとになって帰ってきたら、息子が仕事道具を勝手に広げて遊んでたのでついキレちゃったシーン」がめっちゃ好き。本作は日常パート(ギャグ)~シリアスパート(凄くしんどい)までかなり幅広い展開の話なので、もう楽しみ。あと由希くんが変声期を迎えました(CV.島崎信長)。
学校のシーンで言えばモブ学生がみんな手書きな上に学校の風景を作るための装置として機能してて、旧作との如実な違いに感じた。また遠くのモブも作画が崩れてない気合の入りよう。おまけに背景はPAWORKS作品でお馴染みスタジオ・イースター。PA作品以外で見るのは結構珍しい。2話はイースター&Bamboo。2話は背景が遠くまで見えるような画角が多い(あんまり背景を省略してない)。家の前の階段と、両脇の木々と、遠くに広がる町並みとか。環境音も丁寧に付けられてて、この世界の空気を感じる(音響効果:古谷友二)。ココらへんに高い熱量を注いでいる作品みたい。要約すると「大人っぽいフルーツバスケット」。
OPは旧OPと同様リリカルな感じ。やさしいせかい。劇伴も非常にエモい(音楽:横山克)。同氏の劇伴でいうと「亜人ちゃんは語りたい」に近い感じ。作品としては「フルーツバスケットの諸問題がある程度解決した後の世界」=「亜人ちゃん」みたいな感じ?あの音楽がすっげー好きだったので嬉しい。
1話あらすじ:ひょんなことから「五等分の花嫁」1話みたいなことが起きました。学校でも屈指の変わり者である女子たちと華の学業生活をするラブコメ。
制作はstシルバー。元々エロゲを作っていた会社がアニメ制作へと華麗に転身したみたい。話題のOPは絵コンテ:松竹徳幸で、同氏の経歴を遡ってみたら、「はっぴ〜ぶり〜でぃんぐ」っていうアダルトゲームのアニメーション演出でstシルバーと繋がってたりする(Wikipedia調べ)。
そのOPだけど、3人のヒロインが持つ個性を指の先まで丁寧に描き分けていてめちゃくちゃすごい。「ああ、この子は繊細な子なんだな」「ああ、この子は快活な子なんだな」っていうのが冒頭の、寝起きの背中を見ただけでわかる感じ。この書き分けは勉強してるとき一瞬映るノートの内容まで踏み込んでいて、文字の癖からノートのとり方まで違うし。一番好きなのが、うるかがプールから顔を出してちょっと笑いながら前髪をぎゅってするカット。私が水泳部だった頃の記憶では、たいていの人は帽子とったら髪を前から後ろにかきあげてたんだけど(だって邪魔だし)、うるかが!前髪を!ちょっと気にして!!ぎゅって!!可愛すぎかよ!!!
制作会社の遍歴的に「エロアニメかな?」って思ってたんだけど案外そうでもなくて、例えば同じ週刊少年ジャンプ連載作品「ゆらぎ荘の幽奈さん」と比べてかなり控えめ(もちろんゼロではない)。今期の高校生ラブコメでいうと、なんここ>>淫青ちゃん>ぼく勉。青ちゃんと比較すると、青ちゃんが作中マジで勉強出来ないのに対して本作はかなり勉強してる。ドラゴン桜ほどじゃないにしても、2話クレジットに”参考文献:「行きたい大学に行くための勉強法がわかる高校一冊目の参考書」”ってなってるくらいには気合が入ってるみたい。4人がお互いに足を引っ張り合うわけでもなく、好きな彼を陥れようとするわけでもなく、極度に性的ないたずらをするわけでもなく、仲良く勉強してる感じが凄くすき。それに対する主人公のリアクションが割とリアルで好き。心の中では阿鼻叫喚だけど顔には出さない感じとか。流石に白銀会長ほどウブじゃないけど。
監督はみんな大好き岩崎良明。シリーズ構成も雑破業が担当してたり、かなり気合を感じる。去年の岩崎良明監督作品だと「ラストピリオド」がブラックコメディ作品だったけど、あれに恋愛要素を足した感じで結構コメディ寄り。コミカルなギャグ演出が可愛い面白い。特に停電のくだりが好き。でも恋愛要素はあくまで「青春の1ページ」で、多角的に描かれている思春期の一部っていう感じがある。「亜人ちゃんは語りたい」の町京子みたいな。ちなみに本作のヒロインはあんまり悩まずカラッとしてる。そこらへん五等分の花嫁と比べてテンポ感重視な仕上がりみたい(あっちは「最終的に全員と和解できるのか…?」っていう縦軸になっていた。11話めっちゃエモかってん)。そのため物語の導入部分もざっくり。振り幅のあるギャグパートと青春パートで劇伴の雰囲気がガラッと変わる感じがすごく良かった。
アイキャッチがかわいい。ハナヤマタとかこみっくがーるずもそうだけど、漫画の一コマみたいなやつ良いよね。2話のアイキャッチうるかやばかった。本編と関係ないけど、d’アニメストアで配信されている2話のサムネうるかがめっちゃ可愛かった。
ヒロイズムと群像劇。ワンパンマン1期の13話~。ガロウ編。せっかくなので前回の最終回を観てね。見比べる理由として、1期と2期で監督(夏目慎吾→櫻井親良)、制作スタジオ(マッドハウス→J.C.STAFF)が違う点がある。夏目慎吾率いるマッドハウスは、先のクールで「ブギーポップは笑わない」を制作していたので多分その関係かと思われ。2期としておきながら配信等で13話…と表記ゆれがあるのは多分このせい。ブギーポップ面白いからね、仕方ないね。
ほんとモブが活き活きしている。作画もそうだし演技もそう。本作における魅力の一つ。そして1話(13話)はみんなのアイドル、キングの話。原作(ONE)→ジャンプ版(村田雄介)→アニメと見比べると、特にキングのキャラクターがどんどん魅力的になっていく。彼は普段表情やセリフの感情が乏しいので、アニメ化によって情報量が増えたことで魅力が倍増した感じがある。実質主人公。そんな1話が最高だった。サイタマとキングの、最強と最弱の対比マジで好き。あの二人がゲームしてるシーンが原作の頃からずっと好きなので、アレ見れるの嬉しい。対比で言えば、作中パワーアップするヒーローはジェノスとキングくらいしかいない(特にキングのインフレがやばい)。ガロウもまたハゲマントとの対比として印象的だよね。そういう意味では一貫して群像劇としての面白さを失わない作品。余談だけど、ONE氏による原作が更新再開した模様。
ONE氏原作のアニメ「モブサイコ」も大概やばかったけど、アレや1期と比べると作画力でぶん殴ってくる感じは控えめになっている。というか1期の作画どうなってんだあれ。1話の鬼サイボーグが戦ってる感じ、エフェクトもりもりでめっちゃかっこよかった。爆風や粉塵の作画好き。1期と比べると群像劇としての側面が丁寧に描かれている印象で、特に2話のフブキすき。主人公のやる気ねえ感じとフブキの勝手に鬼気迫ってる感じのギャップでどうしても笑っちゃう。
中野の日常。悪魔の囁き、幸福の形、見る堕落。制作は動画工房。
あらすじ:小林さんちのメイドラゴンみたいなことが起こりました。押しかけ同居人との共同生活を描く日常アニメ。
公式ラジオで千孤さんの中の人(和氣あず未)が「おばあちゃん感を意識して演技してというディレクションだった」て言っていたけれど、メイドラゴンは小林さんが押しかけ彼女(妹?妻?)に「洗濯っていうのはこうやるんだ、わかった?」と手取り足取り教えてたのに対しこっちの仙子さんは「おかえり、ご飯温めるから着替えちゃいなさい」「忙しいのはわかるけど、ちゃんと朝ごはん食べなさい!」みたいな感じで完全に立場が逆。あとメイドラゴンがギャグ全振りで本作は癒やし全振り。脚本は中村能子だけどラブコメではなさそう。いや、ラブコメかもしれない。
動画工房は最近も割と幼女を扱った作品が多かったけど、その中でもダントツに背徳感がある。なぜに狐=のじゃロリなのか。監督は越田知明。監督を務めるのは続とうらぶに続き2作目。同氏が絵コンテを担当した「アニマエール!」7話がめっちゃ好きなので嬉しい。スーパー1000個さんタイム(以下SSST)を思いついたのは監督だろうか。SSSTは特に「視聴者を癒やし切るまで絶対に返さない」という強い意志を感じる。これ応援上映やってくれねえかなー。キンプリのような破壊力がある。
夜の駅前がめっちゃリアル。クレジットを読む限り背景は自前っぽい?「自宅などの狭い個室で話の90%を展開するコメディ作品ばっかり作ってる」でおなじみ動画工房がついに背景も描けるようになっちゃったのだろうか。
背景に限らず、全体的にリアリティが強め。職場のやり取りとか、終電の駅のホームとか、主人公によるセリフの多くが「ハァ…(疲労困憊)」みたいな感じとか。諏訪部順一の「くたびれたおっさんの演技」めっちゃ良いよね。自室も小林さん家と比べてリアル。そんな「一般的な社会人」として感情移入しやすく描かれた主人公の前に仙子さんが現れたもんだから、とてつもない幸福感に襲われる。多分、仙子さんは現代風にリブートされた幸福の化身なのだろう。家に帰ると「おかえり」と言われる/何も言わずともご飯を用意してもらえる/しかもおいしい/おかわりもある/「お風呂入りなさーい」「朝ごはん食べなさい!」と諭してくれる(ときに叱ってくれる)/見返りを一切求めない(メイドラゴンは「一緒にいたい」という見返りを得ている)etc。要は、かーちゃん或いはおばあちゃん。リアリティライン高めだからこそ強烈に刺さる。母親が一緒に居てくれた時間より隠れちゃってから経過した時間の方が長くなった身としては特に2話の耳かきがヤバい。つい母親を思い出して「それ以上パーソナルスペースに踏み込むな!人間に戻れなk・・・あんぎゃあああああああ!」ってなった。
「セワシはタイムパトロール等から派遣されたエージェントである」説の秀逸さに感銘を受けたので、思いついたことを箇条書きにしてみました。
字数制限を超えてしまったので、記事を分割しました。 後半は https://anond.hatelabo.jp/20190502111820 です。(栗まんじゅう・絵本入りこみぐつ・ひみつ道具の話、ドラえもんの耳の話はこっちに)
注意
※最初にお知らせしますが、セワシがタイムパトロールから派遣されたエージェントであるという仮説は私が初出ではありません(誰が初出かもわかりませんが)。
※この記事に書かれていることの大部分は、ネット民の皆様がtwitterやブログ、5chなどに投稿なさった考察の情報をまとめただけです。
※二次創作のようなものであり、公式設定とは一切関係がありません。
※この記事の内容は漫画・アニメ作品「ドラえもん」の、世界観・イメージを著しく損なう可能性があります。そのようなものをご容赦頂ける方だけ、以下をお読みください。
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疑問
○なぜ、のび太の妻になる女性がそれぞれ異なった、2つのパラレルワールドにおいて、同じ「セワシ」という子孫が生まれてくることが出来るのか?
○なぜのび太の子孫は相続放棄もせず、自己破産もせず、律儀にのび太の借金を払い続けたのか?
○なぜセワシの家は貧しいのにドラえもんやひみつ道具が買えるのか?
○なぜのび太は更正せず、ドラえもんはやる気がないのに、セワシはドラえもんにダメ出しに来ないのか?
○なぜタイムパトロールは時間犯罪の常習犯であるドラえもんを逮捕しないのか?
○なぜそれほど野放図にもかかわらず「日本誕生」では、のび太の創った空想動物たちを徴収したのか?
○なぜ20世紀の世界には、ドラえもん以外に未来からやってきたロボットや人が見当たらないのか?
○なぜのび太の住む街の人々はドラえもんの存在を自然に受けいれているのか?
○なぜ「ドラビアンナイト」において、「絵本入りこみぐつ」でアラビアンナイトの絵本世界に入ったはずのしずかちゃんが、作中人物のモデル、カリフ・ハールーン・アッ=ラシードと宰相ジャアファルがいるというだけで、現実世界のバグダードに出現したのか?作品内設定としても無理のある理論ではないか。
○バイバインの栗まんじゅうを宇宙に捨てて、本当に大丈夫なのか?
○なぜ、たかがドラえもんの耳と体色と声の欠損を、修理して元の状態に戻せないのか?
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仮説
「セワシは、のび太の子孫などではなく、歴史上の英雄である"のび太とドラえもん"のコンビを互いに引き会わせるために、タイムパトロールから派遣されて来たエージェントである」
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◇セワシはのび太の子孫ではないので、のび太が誰と結婚しようと出生に影響はない。
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セワシが見せた写真はすべて合成写真だろう。現代の技術でも、子どもを騙す程度のものはつくれる。写真以外の証拠はセワシとドラえもんの証言しかない。セワシが嘘をつき、ドラえもんが騙されていれば済む話だ。ドラえもんなら、電子頭脳をいじることで事実認識を歪めることが可能かもしれないし。
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ジャイ子が嫌いだったら結婚しなければいいだろ。ジャイ子の設定ってルッキズムとかミソジニーだよね。ラッキーマンの不細工です代とかさ。「同じ名前の子がいるといけないから、名前はジャイ子にしました」じゃねーよ。新ドラだと「ジャイアンが自分の兄になるのはイヤだ」が強調されてたけど、これもPC的な配慮かね。
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セワシの介入によりのび太が配偶者を変えたことで、本当に存在が消滅した子孫もいるかもしれないが、その程度で任務を躊躇するようではタイムパトロール隊員はつとまらない。(T・Pぼん参照)
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のび太の先祖子孫は皆、名前が「野比のび~」の形になっているが、セワシはこの法則に当てはまらない。「野比のび~」が「のびのび」、セワシが「忙(せわ)しい」を意味するとすると、セワシはのび太の一族とは対極の存在ということになり、作者が暗に「セワシが一族の者ではないこと」を示しているとも受け取れる。
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◇セワシの正体はタイムパトロール(以下T・Pと表記)のエージェントであり、貧しい家の子などではない。
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未来世界とはいえ、ドラえもんや数多くのひみつ道具が貧しい家庭で買えるとは思えない。
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セワシのたたずまいや言葉遣いは貧しい家庭の子のそれではないようにみえる。
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セワシの語り口には、借金に喘ぐ一族の悲惨さを語る深刻さが感じられない。
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「だから今年のお年玉が50円」って、日本円は未来も使われていて、物価も今とそんなに変わらないのか、お年玉という風習がまだあるのか。これ絶対セワシがのび太の時代について調べて即興で作った話だろ。
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◇セワシがのび太にした話はすべて、野比家にドラえもんを居候させるための口実。
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ジャイ子と結婚、受験失敗、就職失敗、会社倒産。いかにものび太をその気にさせるために作られた子ども騙しのストーリーに見える。
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作中では描かれなかったが、セワシはのび太の両親を説得するために相当苦労したはずだ。両親には別の嘘をついて説得をした可能性が高い(未来ではのび太が犯罪者になる、のび太が自殺、のび太が親を殺したetc)
あるいは、のび太には内緒で、協力の見返りに金銭や、ひみつ道具を使った物的援助が約束された可能性もある。
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◇セワシは子どもではなく、ひみつ道具によって子どもに偽装したベテランのT・P隊員か、人間に偽装したロボットである可能性が高い。あるいは地球人の子どもにそっくりの宇宙人や変身能力を持つ特殊生物など。
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違う時代の人間と交渉するという難しい役目を、子どもに任せるはずがない(タイムスクープハンター参照)。子どもの姿に化けたのは子どもであるのび太に親しみやすく、警戒感を抱かれないようにするためだろう。
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※追記 あーでも、セワシもT・Pぼんの並平凡みたいにして幼くしてT・P隊員として修羅場をくぐり抜けて年齢以上の成熟をしてるのかも。
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◇セワシがドラえもんを野比家に送った真の目的は「歴史上の英雄である"のび太とドラえもん"のコンビを互いに引き会わせ、ふたりに数々の事件を解決させて歴史(正史)の安定を守ること」である。
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映画では数々の悪人を倒し、世界を危機から救っていることは周知の通り。特に「雲の王国」では、地上を文明崩壊のカタストロフィから救っている。のび太なくして歴史の安定は守れないと言っても過言ではないだろう。
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◇「のび太を更正させて、子孫の繁栄をもたらす」というのは、この真の目的を隠すためのカバーストーリーにすぎない。
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本編を見る限り、のび太が更正した様子はまったくみられない。むしろドラえもんが来たことで、のび太はひみつ道具のせいでより一層堕落している。肝心のドラえもんも、どら焼きを食べたり、遊んだり、メス猫を口説いたりして、まともに仕事をやっているようには見えない(たまにのび太に説教する程度)。のび太がひみつ道具をねだれば、毎回ほとんど二つ返事でひみつ道具を貸し与える甘やかしぶり。このような芳しくない状況にもかかわらず、セワシは滅多に20世紀にはやって来ない。のび太の更生は真の目的ではないことがよくわかるだろう。
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◇ドラえもんはセワシ家の「子守ロボット」ではなく、T・Pが秘密裏に管理するロボットである。
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製造メーカーの型式として子守用ロボットなのは確かだが、外見が子どもに好かれるようなアニマルライクなデザインであること以外は、人間と同等の運動能力と思考能力を持つ、実質的な汎用ロボットといえるだろう。
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子守ロボットということにしておけば、英雄であることが周囲にばれないというT・Pの算段もあっただろう。
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ドラえもんの製造工場、型式、製造番号、製造年月日はT・Pが把握しているのだから、放置ということはないはずだ。干渉こそしないが、ドラえもんの製造・教育はT・Pによって見守られていたはずだ。
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まっとうな子守ロボットだとしたら、のび太に対する教育態度がお粗末すぎる。まあ幼児相手が本来の「子守ロボット」だから、甘やかしすぎてしまうのだ、という解釈もできる。
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後付け設定ではあるが「2112年 ドラえもん誕生」では、のび太と会う前からドラえもんがすでに、時間犯罪者ドルマンスタインの逮捕に一役買っている。さすがは歴史の英雄である。
なお「2112年 ドラえもん誕生」では、赤ん坊だったセワシがドラえもんを間違ってボタンを押して入札する描写があるが、これはT・Pがひみつ道具などを使ってつくりだした幻覚か何かだろう。セワシもセワシの両親も実在しない人物であり、T・P隊員が偽装したものだろう。
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以上に述べたようにドラえもんはセワシ家の所有物などではなく、その管理はT・Pが担っていると考えるのが自然だ。ドラえもんはT・Pの「管理下」であって「所有」ではないだろう。というのも、書類上はT・Pの管理する装備の中にドラえもんの名前はなく、その管理は秘密裏に行われている可能性が高いからだ。書類上はセワシ家の所有になっている可能性が高い。そして、そのセワシ家自体が市民IDごと捏造された架空の世帯だろう。
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◇プロの時間犯罪取締官であるT・Pにとっても、時間犯罪者の摘発は、その捜査範囲が「全時空間」に渡るため、困難を極める。干し草の山から一本の針を探すようなものだ。
そこでT・Pは、正規隊員ではないのび太とドラえもんを、彼ら自身にも内緒で犯罪捜査に「利用」している。
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のび太とドラえもんの「遊び」が契機となって、時間犯罪を摘発できたケースが多い。そういう「柔軟性」「発想の奇抜さ」が時間犯罪の捜査には不可欠なのだろう。
あるいは、のび太とドラえもんの「犯罪者的な思考/発想」が、彼らを時間犯罪者と引き合わせるのかもしれない。「毒を持って毒を制する」悪魔的捜査手法といえるかもしれない。
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以上が「前時代の凡庸な子どもに超法規的な特権を与える」という、一見荒唐無稽なプロジェクトの合理的根拠である。
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◇ドラえもんのやっている歴史への介入は、T・Pが保全している「正史」にすでに「織り込み済み」であり、T・Pが定義するところの「歴史改変」には当たらない。
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わかりやすく言えば、ドラえもんが歴史に介入することは「運命」である。「織り込み済み」ということの意味は、たとえば「パラレル西遊記」の、のび太が初対面のリンレイに水を飲ませたときに、リンレイに「悟空様!」と呼ばれるシーンを見ればわかる。のび太が孫悟空に扮装することもリンレイに会うことも、のび太自身がそれを意図するずっと前から、すでに運命として決まっていたことだったのだ。ドラえもんが歴史へ介入「しない」ことこそが、防ぐべき「歴史改変」だったのだ。
関係ないけどリンレイの存在って結構謎が多いよね。ロボットみたいな存在なの?年取るの?寿命はあるの?リンレイが三蔵法師の従者になることも歴史に織り込み済みなの?
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「織り込み済みの歴史介入」の例としては他に、「竜の騎士」ラストのポップ地下室による空間創造、「大魔境」ラストの先取り約束機、「創世日記」冒頭の昆虫人襲来などがある。
「日本誕生」も、もしヒカリ族が日本人の先祖と言えるなら、「日本誕生」以前ののび太は、将来自分が行う歴史介入の結果を先取りしていたことになり、やはり「織り込み済み」ということになる。
数えてみると結構多いね。他にもあるかもしれない。みんなもチェックしてみてね♪
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◇ドラえもんが航時法に反する歴史改変をたびたび行い、また危険なひみつ道具の使用を過去時代で行っても、T・Pに逮捕されないのは、前記の大義のために多少の過失はお目こぼしされているから。
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ドラえもんが無茶苦茶をやることがきっかけになって、結果的に時間犯罪者の打倒など、歴史を良い方向に向かわせていると考えられているので、可能な限り介入しないというポリシーなのだろう
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また、すでに述べたのように、ドラえもんの行為は正史に織り込み済みなので、無闇に取り締まらない方がいいということもあるだろう。
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◇20世紀の時代にドラえもん以外の未来人・ロボットが見当たらないのは、ドラえもんだけがT・Pの特別任務によって存在を許されたロボットだから。
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そもそも22世紀の人間であるセワシが20世紀の人間とコンタクトを取ること、ロボットであるドラえもんを送り込むことが深刻な航時法違反。それが容認されているのはT・Pの超法規的措置があってのこと。
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◇街の人々がドラえもんの存在に驚かないのは街ごとT・Pが何かしらの工作を行った結果。
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買収、強迫、洗脳、全員ロボットに入れ替えるetc。相当無理なことをやったはずだ。しかし大義のために、多少の犠牲は許されるのだ。
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https://anond.hatelabo.jp/20190502111820 に続く
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※返答1
皆様ブクマ・コメント・レスありがとうございます。
croissant2003様のご指摘によりタイトルを修正致しました。ありがとうございます。
emiladamas様 "面白いが、のび太の発想を使って時間犯罪捜査に役立てるというのは手間のわりにずいぶん迂遠な気はする。むしろそれは副次的なものであって真の目的は別にあるのでは"
真の目的ですか、確かにそれはありそうですね。しかし、そうなるともう自分には想像がつかないですね。作中の情報か組み立てられる仮説があるかなー
何人かの方が、のび太は「時空の特異点」なのではないのか、ということを書いてました。「時空の特異点」とは一体何なんでしょうかね。時空をめぐる哲学的なSFになりそうですね。「あなたの人生の物語」みたいな。
https://anond.hatelabo.jp/20190502175024 様 "つまりドラえもんとは、周囲を巻き込んだ白日夢を見せ、危険なしに子供に精神的成長を促すロボットなのだ。"
なるほど、つまりドラえもんは「教訓のカセット」をいれた「ドリームプレイヤー」というわけですね。
https://twitter.com/M_A_F_/status/1123859708140576768 F先生が関わった旧ドラ映画はだいたい大好きですが「ドラビアンナイト」は最初に書いたように理屈がよくわからないので、あまり好きじゃないです。「竜の騎士」「パラレル西遊記」が好きです。
islecape様 "表紙に堂々と「気象庁専用」と書かれた秘密道具を持ってるのを見た幼稚園の頃から、ドラえもん自身がエージェントなのでありセワシは従属的な立場でしかないと思ってるよ僕は(もちろんそんな話には決してならない)"
なるほど!重要な情報ありがとうございます。
だが、なぜ先延ばしがADHDで現れるのかはあまり知られていない
この症状が現れる理由は、衝動性による脳のオーバーフローと完璧主義による歪んだタスクの捉え方である
普通の人間はやらなきゃいけないことは嫌だなと思いながらも取り掛かれるらしい
だがADHDは違う
ADHDは物事を「やらなきゃ」と思うと「嫌だな」どころではない全力ブレーキがかかる
脳内メモリが貧弱なせいで、タスクを認識したときの不安、恐怖、嫌悪等、様々な感情を処理しきれず衝動的に逃避を選んでしまう
これの厄介なところは、好きなことであっても感情の昂りが発生すれば全く同じようにブレーキがかかるという点である
即ち「やりたい!やらなきゃ!」と思ってしまったらすでにやれないのだ
普通の人間はタスクを前にしたとき、まず目の前のたった一つについてすべきことを整理し処理していくらしい
だがADHDは違う
ADHDはその類稀なる頭脳によって、一つ目のタスク完了から目的の達成までに自分がどれだけの時間を消費するか理解してしまう
千里の道を一歩踏み出す時に、一歩目の完了を目指すのではなく千里の踏破を目指してしまうのだ
そしてこの膨大な時間を認識した俺は心を折られ、歩き出さないことを選ぶ
ソーシャルゲームには終わりがない
ログインボーナスを「取らなきゃ」と思い、膨大な消費時間を認識してしまう俺は、このタスクに手を付けられない
営利企業が利益のために本気で人間の習性をハックし、プレイを継続させる仕組みを作ってなお、俺はハックされることができない
俺はこんなにも彼女たちを愛しているのに