なぜ他人に当たるのか。
もっと心穏やかにベビーカーの人に接することはできないのだろうか。
「子育て頑張っている人に、もう少し優しくしようよ。」とは言いたい。
増田は東京で働いているんだし東京のラッシュを経験しているのにこれが言えるのが本当にすごい。
元日本維新の会の丸山議員が酔っ払って、戦争で北方領土を取り戻すと発言した件。
辞職勧告決議案が可決されても、本人は自発的にやめる気はないらしい。
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASM5H6HT1M5HUTFK01X.html
ところで、なぜ国会は、辞職勧告決議案で自発的に辞職を追い込むことはしても、問題議員を罷免しないのだろう?
憲法58条と国会法122条で、罷免することはできるが、過去に罷免された例は少ない。
アナルフェチに目覚めた俺は、気がつけばアナルでしか抜けない身体になっていた。
長澤あずさ、上原亜衣、宇佐美なな、芹沢つむぎ、松岡セイラ、小野寺梨沙、西田カリナ、妃月るい。
思い返してみれば、歴代の好きなAV女優は皆アナルAVに出演している。
筋肉質のイケメンがトロトロになったアナルをほじられ、女の子のような喘ぎ声を上げるところ。
女装してディルドに跨がる変態のアナルが、無機質な玩具に吸い付いてめくれあがるところ。
性器と呼んで差し支えないほど開発されきった肛門がエロくてエロくてたまらない。
辛抱たまらず、自分のアナルをほじくってビデオに撮影したこともある。
そんな俺だが、あくまでアナルが好きなだけで、男は好きではない。
たとえ女の子のような喘ぎ声を上げる筋肉質のイケメンでも、チンコを見ると盛り下がってしまう。
こんな中途半端なノンケだからか、ゲイポルノで抜くと変な罪悪感を感じてしまう。
LGBTがカップルの形として周知されていく中、単なるセルフプレジャーのスパイスとしてゲイポルノを消費するのは罪深いことのように感じてしまう。
かわぐちかいじ原作の自衛隊もので、中国に攻められるけど、憲法の縛りのもとで苦悩しつつ対抗していくという原作らしいし、原作者も絶賛って読んでたんだけど…
https://hon-hikidashi.jp/enjoy/78368/
だから最初に、佐藤浩市の炎上を見たときに、「憲法と腹痛に悶絶しながらも、果敢に立ち向かう総理大臣で、最後にはビシッと決める役どころなんだから、むしろ安倍に似せることで安倍讃美の映画なんじゃねーの?まだ公開されてもいない映画で、見てもいない映画をよく燃やせるもんだ」と、思っていたのだが…
…が、試写?とかで見た人の話を聞くと、原作と全く異なる話になってるらしい…中国を敵→味方に改変&首相無能化じゃ、そりゃ燃えるって。一体どうなってんだこれ?1月の時点で映画は完成して原作者の称賛も得た後で、編集のツギハギだけで中国を敵から味方へみたいなMAD映画みたいなことできるのか?