はてなキーワード: オックスフォード大学とは
18人の参加者中、17名が大卒以上、1名が不明。日本の4年制大学進学率は2000年時点では47.5%、過去最高を記録した2020年でも54.4%にとどまる。17回コイントスして全部表が出る確率ってどれくらいだろう?
また出身大学が明らかになっている17名のうち14名が関東(というか南関東)の大学の出身者である。2015年の日本の大学生の総数は286万人だが、そのうち南関東4県の大学生は116万人にとどまる。
出演者が男性ばかりであることのホモソーシャル性はすでに話題になっているが、同時に「首都圏の男子大学生のクラブ」でしかないことのホモソーシャル性にも目を向けていい。昨年マイケル・サンデルも指摘したように、多様性を標榜する集団であっても、こと学歴という一点においては強固な均質性や偏見を獲得する。社会問題を語るのであれば、「社会」には男性だけがいるわけではないし、同様に高学歴者だけがいるわけではない、関東人だけがいるわけではないというのは気付きそうなものだが……。
結局のところ、たまたま都会の太い実家に生まれたボンボンたちが自分たちの加害性に目を向けてみせるポーズをして贖罪できたと錯覚して気持ち良くなってるだけにしか見えない。
氏名 | 出身地 | 高校 | 大学・大学院 |
---|---|---|---|
荻上チキ | 埼玉県浦和市(兵庫県生) | 埼玉県立浦和西高 | 成城大学、東京大学大学院 |
古田大輔 | 福岡県福岡市 | 福岡県立福岡高 | 早稲田大学 |
斎藤幸平 | ウェズリアン大学 ベルリン自由大学修士課程 フンボルト大学博士課程 | ||
後藤正文 | 静岡県島田市 | 静岡県立島田高 | 関東学院大学 |
今井紀明 | 北海道札幌市 | 立命館アジア太平洋大学 | |
クボユウスケ | |||
松岡宗嗣 | 愛知県名古屋市 | 明治大学 | |
望月優大 | 埼玉県草加市 | 慶應義塾大学 東京大学大学院 | |
中野晃一 | 埼玉県蓮田市 | 伊奈学園総合高 | 東京大学 オックスフォード大学 東京大学大学院 プリンストン大学博士課程 |
西谷修 | 愛知県 | 東京大学 東京都立大学大学院 パリ第8大学 | |
せやろがいおじさん | 奈良県天理市 | 沖縄国際大学 | |
三浦崇宏 | 東京都世田谷区 | 暁星高 | 早稲田大学 |
清田隆之 | 東京都足立区 | 日本大学豊山高 | 早稲田大学 |
牧野圭太 | 千葉県茂原市 | 早稲田大学 東京大学大学院 | |
下地ローレンス吉孝 | 一橋大学大学院 | ||
津田大介 | 東京都北区 | 東京都立北園高校 | 早稲田大学 |
武田砂鉄 | 東京都 | 明治学院東村山高 | 成城大学 |
田中俊之 | 東京都立武蔵高 | 武蔵大学 武蔵大学大学院 |
日本の対策は上手くいってるっていうオックスフォード大学の評価は嘘なの?
オックスフォード大学の評価よりもお前の感想のほうが制度高いの?
第1条と第14条が思いっきり矛盾しているような欠陥憲法はどんどん改正したほうがいい。重大なバグがあるOSをアップデートしないまま使っているのと同じだ、現状は。
それはおかしい。なぜなら天皇制を擁護する側は、第14条の「国民」に皇族は含めないという無茶なこじつけで天皇制を正当化しているのだから。
国民側なら「生まれつき自動的に高級生活保護」という変な立場から解放されるべきである。
女性皇族は民間人と結婚した後も護衛を受けるが、その費用を税金から出しているのも合理的に説明できない。
「天皇陛下は我々国民側に立っていて」というのが事実だと仮定すると、皇宮警察の存在も警察公共の原則に反することになり認められない。
皇族はオックスフォード大学など外国の名門大学に留学しているが、その費用一切合財も国民の負担である。
一方で、国民は高額の貸与制奨学金の返済に苦しみ、ワーキングプアに転落する者が多く自殺者まで出ている。どこから見ても皇族は「国民の側」ではない。
さらに言えば、皇族が外国の名門大学に入学しているのも一般枠の入試ではない。つまり個人の努力や実力で合格した結果ではなく、いわば裏口入学である。
何重にも不公平であり、このような特権階級の存在は社会のフェアネスを損ねる。はっきり言えば差別である。
にもかかわらず、私人の立場のいいところと公人の立場のいいところをつまみ食いしているのが皇室の現状である。
だから、アップデートすればいいんだよ。欠陥だらけの古いOSは。
誰も困らない増税はない。
世界的流れだから正しいとは限らない。仮に世界的流れだから正しいとしても、法人税を引き上げた国は6ヶ国あり、ドイツもその一つである。
議員報酬と国民の収入との格差を示す数値を見るに、日本は5.25、アメリカが2.92、韓国が3.51。これはどう見ても多すぎる。
したがってそれを正常な水準まで引き下げるのは問題ない。
仮に歳費ゼロにしたら「金持ちしか議員にならなくなる」のは事実だろう。しかし私は何も歳費ゼロにしろと言っているわけではない。
特徴
犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは以下のように定義している。
良心が異常に欠如している
慢性的に平然と嘘をつく
行動に対する責任が全く取れない
罪悪感が皆無
口が達者で表面は魅力的
オックスフォード大学の心理学専門家ケヴィン・ダットンによると、サイコパスの主な特徴は、極端な冷酷さ・無慈悲・エゴイズム・感情の欠如・結果至上主義、である[1]。現状では、チェックリストのみが診断基準であるので医学的にサイコパスと同じ状態であっても反社会性がなければサイコパスとはならない。反社会性などの診断基準を満たす者は幼少期からの素行問題など行動面の異常を示すことが多い[2]。
日本国の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律・第5条に、「この法律で『精神障害者』とは、統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう」と定義され、精神障害者に該当しつつ、保護の対象者と成る事を法的に認めているが、必ずしも全てが該当するとも言えず、時代相応の医学(科学)的な診断結果に基づいて判断される。
サイコパスの主な特徴は、極端な冷酷さ・無慈悲・エゴイズム・感情の欠如・結果至上主義、であり、サイコパスの人間の大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者であるとされている。
しかし中程度以下のサイコパスであれば、社会的成功を収めることも多いとされている。サイコパスはその定義上、悪人とされる[3]。そして彼らが悪事に手を染める理由にはありとあらゆるものがあるとイェール大学の心理学専門家ポール・ブルームは断定している[3]。
会員数は少ないけど、おとなしい感じの人が多い
自分は40代後半男童貞だが、40代前半女性とメッセージでやりとりして近々会う予定
今後どうなるかはまったく分からないが
若いころにそれを得る努力をしているわけだから、立派だと思うよ
その努力をしなかった(あるいはしてみたが全く結果が出なかった)人が
40代にもなって独力で得ようとするのは難しい
完全に諦めきれないなら、婚活サービスのうち、自分に合うのを選んでやってみるのを勧める
恋愛とかセックスとか結婚とかを、独力でなんとかしようとすると
「偏差値35からオックスフォード大学を目指す」
程度には感じられてくる
それでも難しいことには違いないが、頑張ってレベルアップすれば、なんとかなるかもしれない
なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。
まあ私の文章に煽りや売り言葉に買い言葉がないとは言わないのでそこはお互い様ということで。仲良くマサカリ投げあいましょう。
あくまで自分の見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本の学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。
これ[要出典]ってタグ貼るべきところ? 私は最初の増田(anond:20180217012945)で(1つだけだけど)実例挙げたし、体験談ベースの話でよければ私の見た限りでは日本の外国研究ってけっこうレベル高いと思うんだけど。外国語に訳されても遜色ないモノグラフがたくさん出てる。
理系では著書でオリジナルな発見や研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。
文系では違うのか。正直文系のガチの研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文の出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論の双方向性等に問題がないのだろうか?新規の研究成果なら第三者の査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学の証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。
そこからか。何のために研究雑誌にBook Review欄があると思ってるんだ……(和文だろうが欧文だろうがたいていのメジャーな学術雑誌にはBook Review欄はあるし、場合によっては書評に査読がつくよ)。ていうか普通、序章とか第1章とかで先行研究の整理をするし(一般向けも混在するレーベルだと編集に嫌がられることもあるらしいけど)、そこで自分のオリジナリティについても言及するよな。
あくまで一例だけど、先日出た研究書の目次はこんな感じ→http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0871-6.html(適当なUniversity PressのHPを開いて適当な新刊をチョイスしただけなので、内容については何も言わないし、言えない。なぜなら私は読んでないからだ。あくまで「ちゃんと章立てに先行研究って入ってるでしょ」というサンプルとして受け取ってほしい。目次で明示されてないだけでちゃんと先行研究の整理をしている本もあるので気をつけて。それはそれとして面白そうな研究だと思うんで余裕があったら読んでみたい)。
駄目な研究は本として出版したってロクに引用されずにアカデミアから消えていくだろうし(もちろんあまりにマニアックすぎて引用するひとがいないという悲しい状況も有り得るのだがそういう場合は学術雑誌の書評でちゃんと良い研究ですよって言われてるからな。おべっか書評がないとは言わないけど、むっちゃ辛辣な書評も見かける)、まともな研究書なら議論の典拠は明示してあるんだから議論の双方向性に問題はないでしょ。
三浦瑠麗の著書、内容(https://www.iwanami.co.jp/book/b261983.html)を見る限りでは研究書ということでいいと思うけど。文系は割と凝ったタイトルつけるひと多いからタイトルだけで研究書じゃないと即断することはできないし(『想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』も『〈日本人〉の境界――沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』も立派な研究書です)、値段についても、うちの分野の研究書の半額くらいの値段で売れて羨ましい限りと思うけど、それが研究書であることを否定する材料にはならない(ていうか一般書だとしたら3000円以上ってクソ高では)。国際政治学の一般理論みたいに需要がある分野ならそれなりに廉価でも採算取れるよね。研究書は別に専業研究者だけが読むものではないので、政治学者以外の教養人にも売れそうだと判断したらこのお値段になるのは別に不思議じゃない(逆にマイナー分野では……お察し下さい。売れない→高い→売れない→高いの悪循環でございます。学術成果刊行助成でなんとか刊行できてる研究がたくさんあるんだよなぁ)。気が向いたら図書館で実物見てみるわ。
何度も言うけど、中身は知らない。ひょっとしたらダメダメな内容かもしれない。でもそれは、査読通ったちゃんとした学術論文でも中身がショボかったりオリジナリティが希薄だったりすることがありうるのと同じで、ダメダメだから研究業績にカウントされないということにはならない。たとえそれがサラミ論文であったとしても、英語で書かれた査読つき論文だったらそれは業績としてカウントされるべきだよね。公募で採用されたり学術界で優れた研究者として認知されるためには内容が優れてないといけないし、こんなサラミ論文しか書いてないやつがなんで○○大の講師なんだ! という批判はされていいと思うけど、それはあくまで内容を見た上での話であって、形式だけを見て業績じゃないと言うことはできないはず。今回の元増田の批判が内容を見た上での話なら『シビリアンの戦争』を未読の私は何も言ってないし言う資格がないけど、理系増田も読んでなくて、ここではあくまで形式の話をしてるんだよね。形式の話をするなら彼女は学術業績としてカウントされるべき本を書いていますとしか言いようがない。
一般論からすると著書はオリジナルな研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。
「著書はオリジナルな研究業績(でありうる)」「研究書は立派なオリジナルの研究成果」と私は書いてるよね? それで前段へのアンサーになってると思うし(そのうしろでちゃんと「一般向けの本」と「研究書」を分けて記述してるよな)、そもそも私は最初の増田(anond:20180217012945)で「新書2冊はおいといて」って書いてるので、“すべての著書”がオリジナルの研究業績なんて端から主張してないってことは読めばわかってもらえると思ってたんだけど(オリジナルな研究を書籍化したものを「研究書」と呼ぶわけだから、“すべての研究書”はもちろんオリジナルな研究業績です。一方で著書のすべてが研究書というわけではないので、“すべての著書”が研究業績というわけではありません。こう書けばわかるかな?)。
後段、著書はオリジナルの学術業績とはみなされないという理系のローカルルール持ち出して他人を業績が少ないと批判する方が言い過ぎでは。いやもちろん他分野の常識に詳しくあらねばならない必然性はないけど、他人を「業績が少ない」と批判する以上は他分野の「業績」の基準も知っておくべき、って、そんな無茶な主張? 文学でも歴史学でも政治学でも社会学でも教育学でも文化人類学でも哲学でも法学でも、おおよそメジャーな文系の研究分野ではだいたい研究書はオリジナルな研究業績としてカウントされるんだから(これは英語圏でも変わらないと思うよ。少なくとも私の専門分野や隣接分野では英語だろうがフランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが研究書はオリジナルな研究業績です)、文系からするとその常識が通用しない方が非常識ですよ。理系のローカルルールを勝手に学術界の一般ルールに敷衍するのやめてもらえます?
院生だろうが単著で論文を発表するのがふつうの分野の人間からすると、理系では指導教授が論文の著者に名前を連ねるのか、変わった慣行だなぁ、って思うけど、それは理系の慣行なんだなとして受け止めてるし、この研究者は自分の学生の論文に名前を連ねて論文数稼ぎしてる! なんて主張しないよ(もちろんギフトオーサーシップは批判されるべきだけど、理系では自分が指導してる学生の論文の共著者になるのはギフトオーサーシップではないんだよね? このへん詳しくないので間違ってたらごめん)。分野が違うと業績のカウントの仕方も違うんだなぁ、って受け取っておけばいいじゃない。
その上で現在日本語の地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語の地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文を日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米の研究者が読まなければ学問の進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュアの研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学の研究者はプロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒としか言えない。
将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語、フランス語の凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米の科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中の学者のためになるし日本人が世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏の研究が中心だという知識は増田にもあって、反米主義だったり日本の世界覇権を夢見ていたりといった特殊な思想的背景があるわけでもない研究者が英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究の先進性の不足の誹りを免れないであろう。
これ最初にも書いたけど、主要国のアカデミアでは文系の研究の多くの部分を自分の国の言語でやってます。たとえそれが自分たちとは縁遠い地域のことだとしてもね。日本語と英語以外の言語で書かれた日本学の論文なんて日本人研究者はあまり読まないんじゃないかと思うけど、たとえばポーランド人はポーランド語で日本学の論文書いてるし(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006355425。ちなみに、このポーランド人みたいに、日本人の外国研究者がその国の言葉で日本での研究状況を紹介するっていうのは既にあちこちでやられてます)、それは日本のアカデミアで読まれていないとしても日本学の発展に寄与しポーランドのアカデミアを豊かにしていて、仮にポーランドで極めてオリジナリティが高い研究が出てきたら日本人の日本学者も何らかの方法でそれを読まないといけないだろうと思うわけですよ(別に自分で読む必要はない。他人に読んでもらえばいいんだから。翻訳ってそういうことだよね)。ポーランドのアカデミアは当然ポーランド固有の問題意識を持っているし、その土壌から日本にはない新鮮な日本観が生まれてくるかもしれない、という点で、色々な国のアカデミアがそれなりに独自の発達を遂げていることは重要だと思うけれども。
当たり前だけど西洋古代史の論文が日本語で書いてあっても最新の研究動向は反映されているわけ。書いてるひとは西洋諸言語読めるわけだしね。向こうがそれを読めない、または読もうとしないからといって先進性がないわけではない。読まれる/読まれないという尺度と研究が先進的である/先進的でないという尺度は別だよね? 混同すべきじゃない。そこにはちゃんと研究蓄積というものが存在しているんだよ。明治期以来、主要文系分野では日本語の分厚い研究蓄積がある。もちろんそこには西洋の猿真似だったり「横のものを縦にした」だけの研究もたくさんあるかもしれないけど、それらは日本のアカデミアを間違いなく豊かで質の高いものにしてきたと思う。
で、哲学の本場はドイツとかフランスとかイギリスとかだと思うけど(イメージが貧困すぎたらごめん。正直哲学のことはよくわからないんだ……)、日本人哲学者が優れた哲学書を発表すればそれはちゃんと英訳されてオックスフォード大学出版会から出版されていたりするのね(https://en.wikipedia.org/wiki/Kojin_Karatani)。これは日本語圏で外国人に読まれない研究を積み上げていても、良いものを書けば「日本の研究者面白いことやってんじゃん。翻訳して読んでみようぜ」ってなる実例なんじゃないかと。
根本的な話をするなら、「国際政治学」という分野の標準言語が英語である必然性はどこにもないわけだよね。それは英語圏で優れた研究が積み上げられてきた帰結であって、英語圏の人が自分たちの言語で研究成果を積み上げた結果それが参照されるべき言語になっているだけの話。要するに彼らは先行者利益を得ているわけ。現代思想の分野でフランス語が大手を振って歩いているのも、フーコーやその他の人たちがフランス語で優れた成果を書いてきて、それが受け入れられてきたから英語や日本語にフランス語の文献が訳されまくっているという現状がある。日本語がこの高みを目指してはいけない理由はないよね。
私はここまで書いてきたような理由で日本語で論文を書くのも重要な営為だと思う(加えて、執筆言語が自国語であることは東アジアや欧米の主要国の文系アカデミアとしての標準に則っているので、ことさら日本のアカデミアだけが批判される謂れはないよな、とも思う)。ただ理系増田がそれにどうしても同意できないなら、それを説得する言葉を私は持たないなぁ、とも思う。私の論拠はだいたい言い尽くしたので、執筆言語の問題についてこれ以上理系増田に答えようとは思わない。なんと言って終わらせればいいかわからないけど、とりあえず、お互い研究頑張りましょう。
彼女の彼氏がオックスフォード大学の男だと批判されたが、彼女もオックスフォード大学なんだから同級生と付き合ってるのは普通。
俳優と付き合ってると批判されたが、彼女は女優なんだから仕事で出会った彼と付き合う事も普通だろう。
彼女は男性性女性性に捕われず自由になれと言ってるだけだし、彼氏達が男性的かどうかなんて解らないのに男性的だと騒ぎ立ててたのも謎だ、彼らにとって高学歴や成功者=男性的なのだろうか。
この騒ぎを見ていて男性性にコンプレックスがある成功できなかった底辺非モテ程、男女差別が必要なんだろうなと感じた。
彼らは男として底辺だから、理由はないけど自分は男だから女より優れていると強く思いたいんだろう、だから成功できず男性性の底辺で苦しみながらその価値観だけは手放せないし、エマワトソンの言葉に何が何でも噛み付きたいんだろう。
・矢口蘭堂:早稲田大学政治経済学部政治学科卒業(現役)。在学中に一年間オックスフォード大学に交換留学。卒業後は発足したての国際協力銀行に入行。日本企業が関与する途上国のインフラ整備プロジェクト等に携わる。退職後政治家に。
・赤坂秀樹:父は財閥系商社マン。麻布中学校・高等学校卒業。東京大学法学部第3類(政治コース)卒業(一浪。現役時は慶大法に合格していた)。BCGに入社。在職中にノースウェスタン大学ケロッグスクールでMBAを取得。退職後政治家に。
・カヨコ・アン・パタースン:ハーバード大学を飛び級で卒業。専攻は比較政治学。
・志村祐介:実家は京都の旧家。洛南高校卒業。京都大学法学部卒業(現役)。
・花森麗子:上智大学外国語学部ロシア語学科卒業。卒論のテーマはロシアの対日政策。卒業後、大手保守系新聞社に就職。女性としては異例の出世をする。在職中に執筆した国防論に関する本がスマッシュヒット。TV等にコメンテーターとして呼ばれる機会が多くなり、保守系の論客として名を上げる。保守第一党の誘いを受け、政治家に。
・尾頭ヒロミ:桜蔭中学校・高等学校卒業。京都大学大学院理学研究科修士課程修了(生物学専攻)。
・泉修一:早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。在学中には早稲田大学雄弁会の会長を務めた。卒業後丸紅に入社。めっちゃ稼ぐ。退職後政治家に。
・間邦夫:大阪大学理学部卒業(一浪)。アマースト大学卒業。チューリッヒ工科大学にて博士号取得(生物学)。博士課程在学中から欧州分子生物学研究所に研究員として勤め、博士取得後も継続するが、人間関係が原因で退職。日本に帰国するも、日本での人脈づくりを全くしてなかったプラス学説の異端っぷりでアカポスを得ることは出来ず。長い間ポスドクや非常勤講師として糊口を凌ぐ日々が続く。50前にしてようやく城北大学にポストを得るも、准教授より上には登れないでいる。
日本人: 日本書紀に「391年に神宮皇后が百済と新羅を征服したと書いてある。」
日本人: 三国史記「新羅本記」にも慶州を倭兵に包囲されたと言う記録がある。新羅は何回も王子を人質に差し出している。百済の武寧王は人質の子として日本で生まれた。
中国人: 満州にある碑文にも倭国が海を渡って百済と新羅を臣下にしたと書いてある。
中国人: 中国の歴史書の宋書にも倭国が朝鮮半島南部を支配した記録がある。
中国人: 中国の歴史書の魏志倭人伝には既に3世紀から倭国では鉄の鏃を使ったと書いてある。
中国人: 中国の歴史書の随書にも倭国は産物も豊かで鉄の鏃で武装した軍隊を持つ。百済と新羅は倭国を大国として敬ったと書いてある。
韓国人: そうだ。歴史書が本物だとしても,日本という名前は7世紀まで無かった。倭と日本は違う。
日本人: 三国史記に「670年の十二月に、倭国が国号を日本と改名した。日の出る所に近いから、これをもって「日本国」としたとの事である。」とあるが?
中国人: 中国政府も外交部のホームページ(www.fmprc.gov.cn)で「5世紀はじめ、大和国が隆盛した時期に、日本の支配が朝鮮半島の南部にまで拡大した。」と公式に認めている。
日本人: イギリスのオックスフォード大学の出版社(www.oup.com/ca)の教科書が、「5世紀の日本の勢力は朝鮮半島南部まで支配した。」 書いている。それを世界50か国の学校に発行している。
韓国人: オックスフォード大学の捏造だ!!
日本人: アメリカのコロンビア大学やアメリカ議会図書館が「5世紀の朝鮮半島南部は日本の大和政権の支配下にあった。」と記載している。
母親は太一と同じくオックスフォード大学出身で
太一は母親の話をばかりして話をできる状況ではなかったのでそのまま何も言わずに帰ってしまう。
このように前半では順子にとって頼りのない父親のように描かれるわけだけれども、
後半になるとここからいろんな引き出しを見せて実はすごい父親なんだぜーと言うのがわかるような描写になっている。
マスターキートンを読んだことがある人ならば1番最初に衝撃を受けたと思われるであろう話が3割出てくる
4大文明なんて嘘っぱちです。科学的調査法のなかった100年前ならいざ知らず現在の調査では少なくともこの時期約20の米があったこれが今の考古学の定説ですと。この話最初読んだ時は超びっくりしましたねやっぱりネットで検索とかしてみると確かにそうらしいと。
それで気になって百合子が大使と1番最初にファーストフード店で話していたインドとヨーロッパの部族の関係についても調べてみるとやはりならったのと違うわけですね。それまであまり教科書の話などを開いて疑ったり考えたりとすることがなかったのでこの漫画は読んだときに結構びっくりしました。
仕事の性質上に日本ではあんまりないのかなと思ったら内にはの依頼は日本人です。
依頼の内容は死亡保険今の受け渡しのための人探し。
死亡保険金の受け取り申請は被保険者の死亡診断書や保険証券とともに受取人の戸籍謄本と印鑑証明が必要であるまた代理人が手続きする場合はこれらを取得するための委任状が不可欠となる。
イタリアのテロリズムは特殊で他国のテロ組織がそれにより100などから資金援助を受けていると話される一方でイタリアの場合は、国内の一般市民の寒波によってまかなわれている。つまりパン屋のおじさんや惣菜屋のおばさんの微々たる金で成り立っているわけさ。こんなこと信じられるかい? 99パーセントがカトリック信者で同時に共産党の支持率が高いこの国の国民性。その二面性の表れなのか。
今回の問題になっているテロリストは赤い旅団といい共産党の人間を観察しているらしい。
このためことのテロリズムであれば一般市民からの寒波が得られたかもしれないがこのテロリストの場合は一般市民以上に何も知らない外国人留学生に求めざるを得ないということで留学生である日本人がターゲットになった。
日本人留学生は、テロリストが自分の家を評価してくれたので付き合っていたがテロリスト側が評価していたのはあくまで学生の経済力だけであった。さらにこの留学生に保険金が下りると知ってその居場所を探していたと言う事だそうです。
第二話で、大地が高されなかった太一の設定がさらに明らかになる。
太一は3年間の軍隊生活の後英国特殊空挺部隊の試験を受けている。
そしてその後で80年代のイラン大使館人質救出作戦に参加するなどバリバリのエリートだったらしい。
オックスフォード大学の考古学センターに入りなおしている。
第一話 迷宮の男
アンダーライターには英国の資産家や貴族が多く、保険金を支払うのもこのアンダーライター個人である。
そして太一は、このアンダーライターの依頼を受けて調査を行うという体裁だったわけだけれども
結構この設定を使わずに事件に巻き込まれる形でエピソードに参加することが多々あって
ちなみに第一話の設定は、国際的ジャーナリストのレオンと言う人が
に保険を引き受けてもらっていた。
それで不審に思った保険会社が調査委員として太一を発見したと言う形になっている。
ちなみにこの主人公の太一は、オックスフォード大学のベリアル校で考古学を専攻したと言う肩書き。
実際はその後英国SASに入ったのは読者ならご存知の通りかと思う。
最後のコマで、初めて太一のfull nameや設定が説明される。
これで終わり。
短い1話のエピソードの中で主人公のいろんな側面を見せた上で活躍させ
今読み返しても導入の部分から既に凄いなぁ
天才とは色々定義されるが、一番の特徴は集中力(あるいは勉強体力)があり、非常に長い間その問題に取りかかることができることだと思う。
例えば、望月新一氏について、オックスフォード大学の教授であり、望月新一氏の友人でもある人は次のように言っている。
「彼が他の数学者と違うのは、彼がものすごく高い耐性(tolerance)があることなんだ。何時間も、何時間も机に向かって数学をすることができるんだよ」
「彼が学部生の頃の話なんだけどね。フランスのグロタンティークって人の代数学や算術幾何の著作は、その分野を学ぶ人はみんな読まなきゃいけないんだけど、普通は少しずつ理解していって、何年も費やすんだよ。何千ページもあるからね。でも望月は学部時代のほんの数年で理解してしまったんだ。」
商業ビデオゲームの祖であるPongのノラン・ブッシュネルはユタ大学工学部、
更に源流を辿るとスペースウォー!のスティーブ・ラッセルはMIT。
日本ビデオゲームの父とも言えるスペースインベーダーの西角友宏は東京電機大学。
ポピュラスのピーター・モリニューは大学二つ卒業してるみたいだし、
GTAのダン・ハウザーはオックスフォード大学。
大学が知性を保証するわけじゃあないけど、面白いゲーム作ってる人は
木の棒を伝説の剣に見立てるとか「風の声を聴いていれば事故は防げた」
と同じセンスを感じる。
実際に作ってる人は経験とセンスに裏打ちしたうえでしっかり考えて、
受け手が既存のゲームで積み上げてきたものから逸脱しないよう、
それでいて新しい面白さを生み出そうとしてる。
あと日本のゲームがつまらないと思うのなら、単に買わなければ、遊ばなければいい。
昨今なら目立つタイトルはそこそこにローカライズされるようになったし、
日本人が日本のゲームを惰性で買ってるから、作る側も安い作りのゲームを出してくる。
買わないで潰れるなら仕方ないけど、こっちも詰まらないものを遊ぶくらいなら面白い方を選んだ方がいい。
買わないでいれば、もしかしたら潰れる前に冒険して復活するかもしれない。
わかいね
学部はアホ卒なんだね
>2009年にオックスフォード大学博士号取得(社会政策学)。京都大学・日本学術振興会(JSPS)及びオックスフォード大学の研究ポストを経て、
ふんふんすごいね
>現在、ロンドン大学・Goldsmiths専任講師(社会起業学)及び社会起業学修士課程ディレクターを務める。オックスフォード大学リサーチ・フェロー、国際大学GLOCOM客員研究員。専門分野は組織社会学。
>主な研究テーマは、「若者」「コラボレーション」「社会的イノベーション」「経済の再考」。2013年に、ニート問題に取り組む日本の社会起業家によるイノベーションなどを分析する単著Japan's Emerging Youth Policy: Getting Young Adults Back to Work(『日本の若者政策の出現――若年層を就労へ連れ戻す』)(Routledge)を出版。