はてなキーワード: カウンセラーとは
他でも言われているだろうけど、経験者として。
リワークプログラム的なのをやってくれてる病院連携のカウンセリングルーム的な所探すのはマストではないけれど、かなり優先度高いと思う。
リワーク:
9時とかから12時とかぐらいまで、平日の毎日、うつ病、うつ状態の回復期にある人が集まって、単純作業(塗り絵とか)とかディスカッションとか、論理クイズとかする会。
料金を抑制するためか、医者でもカウンセラー(臨床心理士)でもない、良くわからない人が仕切って4~6人ぐらいで。
うちのところでは100マス計算とか毎日やってて、決められたノルマ達成、頭の回転のリハビリ、対人能力の復帰みたいなのがバランス良く振り分けられてた気がする。
・うつが快方に向かってないと参加すること自体がかなり負担になる。
実際に復職に向けてリワークに通い出したはいいけれど、悪化している人が結構居た。
人との接触が嫌、毎朝の起床が辛いなど理由はそれぞれっぽいけれど。(こう書くと朝起きれないダメ人間みたいだけど、動き出すのにめっちゃパワー要る)
確か、補助出て、1日1500円ぐらいだったよーな。(場所によると思うけど)
・午前と午後の落差が酷い
午前中我慢して、午後はリラックスできてる環境から復職したら、午後がきつくて死んだ。
メリット:
朝起きるって本当に大事。
それほど嫌でもない一日が想像できるときに、朝から動き出せるのは復職への希望。
・コミュニケーションが取れる
無理やりグループで話し合って結論を出さないといけない課題とかある。
・頭が回り出す
これ意外と大事。散歩、小説、ブログだけでは実務に戻ったときに思考力というか頭の回転? 落ちてるので結構ダメージ食らうと思う。
・あいつよりマシと思える
いろんな人が参加してる。時には鬱になったきっかけとか語らされる(多分、微妙にそっち方向にも答えられる議題とかで誘導してたりするんだろう。話したくなければ離さないでもよかった)
だから、あのおっさんよりはよっぽど仕事できるし、対人能力もあるなとか思えて自信に繋がる
・似たような境遇の人と知り合える
仕切る人も参加してる人もだいたい優しい。
自分だけかも知れないけれど、一時はノルマ的なものに向き合うのがとても辛かった。
散歩は体にも頭にもいいので、3時間でも5時間でも平気で歩けたけど。
なので、散歩は良い事なんだけれども、制約ではない。
読書だったら、面白いか面白くないかわからない本を絶対に何ページ読むとか、ブログも一日3記事とか(雉数は徐々に増やす、テーマはあらかじめきめとくとか)
ちなみに私は、軽度のうつ状態だったので、1か月休んで、1か月リワークに通って、医師からOKでたので復職して2か月でダメになりました。
今から思うと、朝はリワークに通って行ける気になってたけど、午後から寝るまで、ストレスフリーな環境にしてしまっていたので、復職後のブラックな環境で耐えることができませんでした。
残業はほぼほぼ無しだったけど、ノルマ的なのと先輩からのプレッシャー、納期。
復職前に、中期ってほどでもないけれど、1週間とか2週間とか気にしないといけないノルマ的なのを課してみておいたほうが良いかもしれない。
エゴグラムは私、カウンセラーの処でやったんで(4回ほどは通いました家を出て上京する決心したきっかけになりました)
良いかもって思ったんですがほんと、お力になれなくてすみません。
と質問があったとする。
表面的には真面目に振る舞おうと、優しい風に装っているけど、
自分の行動と内心が違うことがとても多い。
そういうことですね。
人に優しくしますか?
というのは行動を指しているので、
内心はしんどいし嫌だなぁと思っても、
ちゃんと行動として、優しく出来ているのなら、
それは
それと。
親って、親だけは子供に対して、しかるべき時期にちゃんと信頼関係作ってくれなきゃ
子供はかなりつらいまま成長しちゃう気がします。辛いまま、いい子でありたい思いとで、悩む。
凄く分析的だし、頭の回転も速いし、増田さんは本当は素直で優しい人だと思う。
自罰的というか、その部分が出てくると、とらわれちゃうんじゃないかな。
厚労省のサイトみつけたので、気分を変えて、みてください。こんどこそ少しは良いいとぐちになれますように。
私もあとでやってみようと思います。
連絡されるのが怖くて、あなたからのラインをブロックしてしまう、時々。
元気?って様子窺ってくるラインが嫌。いきなり用件を送りつけてくれ。その方が嫌な気持ちになる回数が1回ですむから。
疲れた、依存されることに。彼女のどうでもいい話をされ続けられることに。否定してほしさ見え見えの自分の評価を下げる発言にも。
「私にしか相談できないの」中学校時代なら心躍ったそのセリフも今じゃ、私を縛る呪詛にしか聞こえない。
少し、私への依存が解消されればいいなって思って、あなたが結婚するって言った時は嬉しかった。
逆だった、前よりも依存が強くなった。でも、あなたが旦那の社会的地位に惹かれて結婚したんでしょ、私言ったよ、そいつモラハラ野郎だって。
でも、専業主婦への憧れからその人と結婚することを選んだんでしょ、自分の選択に責任持ってよ。
あとね、専業主婦のあなたと違って、私は会社で労働をしているの。
午後3時はおやつタイムじゃなくて、労働時間なんだよ。仕事中に電話されても出れないよ。
あなたと話してると疲れるの。
私の話全然聞いてくれないし、自分の話しかしないし。あなたの体重の増減の話とか死ぬほどどうでもいい。
気を遣わないのはいいけど、人の話をないがしろにするのは違うでしょ。相槌くらい打ってよ。それよりって自分の話を始めないでよ。
私はあなたの無料カウンセラーじゃないんだよ、他に相談して欲しい。
他の人に相談を言わないで欲しいか、気持ちは分かるけど、私に何のメリットも無いじゃん。話のネタにもならない。
有料なら聞いてもいい。1時間1万円で、そのくらい貰わないとやってられないよ。あなたのくだらない、狭い世界の話に付き合うには。
あなたには、あなたの事を誰よりも思ってくれている両親がいるでしょう。その人にそうだんしてくれないかなあ。
もう、本当に興味が無いの、あなたの悩みに。だって、悩みじゃないじゃん、愚痴でしょ。
会いたいって言われるけど、会えないよ、会ったら顔に出ちゃうもん。
うちの親、いわゆる毒親。
学校でいじめられたりもあって、引きこもったりメンタルクリニック通ったりする中で、カウンセリングにも通ってた。
その中でだんだん、うちの親に苦しめられている自覚が出てきて、カウンセラーさんにぶちまけたかったけど、「親」と言うことが、何か禁忌に触れるようで、先生にさえ言えず、当時は毒親なんて言葉もなかったから、苦しさと罪悪感で一杯だった。
子ども頃、何かで怒られたとき、「バカだからお遊戯でトライアングルなんて任されるんだ」とか、今思うと意味の分からない罵倒に大泣きした。
小学校に上がれば、博物館へ行くのに無理矢理スカートをはけと怒られ、はかないなら博物館へ連れていかないとまで言われた。
どうしても嫌で下にキュロットはいてたけど、それも許されず、その日に撮った写真は全て仏頂面の苦い思い出。
まだある。
高校にあがり、寒くなったら去年のお気に入りのダッフルコートを着ればいいかと思ってたある日、帰ってきた途端鬼のような顔で「ダッフルコートなんて子どものコートを着るな!買ってきたこれを着ろ!」と怒られたりもした。
全くもって意味が分からず、戸惑いつつも反抗した。不安になって、翌日友達に確認したのを覚えている。
引きこもりのときも、「自分のペースでやればいい」と言いながら、唐突に痺れ切らして激しく責め立てられて否定され、その度にどん底に落とされた。
誕生日迎えた途端、昨日とは別人のように大人になれたら誰も苦労なんてしないのに。当時はそんなことにすら気づけず、ただただ自分でも自分をダメな人間だと否定していた。
そして私には兄がいる。
他の人に指摘されて気づいたけれど、母は考え方が古くて長兄を溺愛し、本人も「母親はみんな冬彦さんを育ててるんだ」とさえ公言した。
私が初めてもらった自転車はお古で、兄は新品だった。
中学生くらいまで、ずっと親と喧嘩になる度に兄をエコヒイキしている、と反抗していた。
そしていつも、私はヒステリーを起こしていた。
病院で働いてるとき、感染症の病気をもらってしまい、偏見と少ない知識で不安に苛まれているときに「私(母)と兄はどうなるんだ!」と責め立てられたこともある。
泣きながら病気について調べ、発症しなければ感染もないことなどをメールで送ったら、三日後にケロッとした顔で「私(母)も兄もそんなの(病気)気にしないし」と言われた事が忘れられない。
かなり経ってから上記の言葉は傷ついたと伝えたら「だってそのときは本当にそう思った」と悪びれた様子もなく返事をされて、私の中で何かが壊れた。
いつも頼んでないことを自分でしては「○○してあげたのに」と見返りを求めてきたし、ただコンビニに買い物行くのにさえ「あんたも行くら行くけど」とよっかかってきて気持ち悪かった。
やっと新しいカウンセラーさんと出合い、それでも親との関係が私の考え方にかなり影響しているの気づいてもらうのに、一年以上掛かった。
それでも、20年ぶりにバッサリ短くした髪を、親が真似て同じようにずっと長かった髪を同じ長さに切ったときの嫌悪感は分かってもらえていない。
親とは家庭内別居みたいになって、一切口もきかず、自分の生活は自分で面倒を見出してから、私はヒステリーを起こさなくなった。
いつも感情に嵐を起こしていたのは、親と関わるからだと気づいた。
あの、スイッチが入ったように訳もなく急に込み上げてくる怒り。
自信のなさからブラック企業ばかり選んでお金貯めるどころではない、ギリギリの生活ばかりしてた。
ようやく、最近まともな仕事に就いたので、ここで踏ん張って家を出ようとしている。
何度も同じことを、わからせようと無駄な努力を重ねてしまったのは、長年の憤り、親に対する分かってくれるかも知れないと言う僅かな期待があったと思う。
今はただ冷静に、スルーする力を身に付け、全力で逃げようと思う。
新聞日曜版の求人誌をチラッと見たら未経験者歓迎しっかり教えますからどうぞ来てねみたいなプログラミングだかなんだかの会社の広告があって、これしかねぇんじゃねえかなめっちゃ受けたいなと思った、けどね、
新聞日曜版の求人誌をチラッと見たら未経験者歓迎しっかり教えますからどうぞ来てねみたいなプログラミングだかなんだかの会社の広告があって、これしかねぇんじゃねえかなめっちゃ受けたいなと思った、けどね、
いいかわからんし面接でなにをどう言うたらいいかわからんし俺には職歴がないしとにかくなにもわからん!
単純作業非正規雇用はもう嫌です人様に顔向けのできる仕事がしたいですなんの仕事してるのかはっきり言えるようになりたいです卑屈に生きるのは嫌ですみたいなおまえそれ面接じゃなくてカウンセラー言えやみたいなことしか思い浮かばない。そんなこと面接で言っていい結果でるわけないし
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ネットで調べて見たら良さそうな話書いてあるな。でも一か八か受けてみようと思ってもまず申し込むことすらできないんだよなあ。どうやったらいいかわからない。
小学校ではないけれど、発達障害の学生の対応をしないといけない立場にあった。日々どう対応したらよいか同僚と悩んでいた。結構なストレスだった。
なので、増田さんのお子さんのクラスの先生もかなり悩んでいてストレスを抱えていると思う。発達障害の学生の対応は本当に大変だし、親が怒鳴り込んでくるタイプだとさらに大変になる。
親が「いつもうちの子がいろいろやってすみません」という対応をする場合もあるので、その場合はかろうじて我慢できるし、その生徒への対応も「ただ甘やかすだけ」にはならなくなる。ただ、親が怒鳴り込んでくるタイプとか、親も発達障害があるようなタイプだと話が通じないので、腫れ物に触るような対応をするしかなくなる。何か自分に不都合があれば「障碍者差別だ」と騒ぐタイプであれば、やくざの相手をしているのとあまり変わらない。
なので、先生に増田さんのクラスの親、子供何人かで協力して状況を説明しに行って、先生を味方につけたらよいのではないかと思う。発達障害の学生とそうでない学生が両方いる場合、発達障害の学生のほうがどうしても手がかかり、他の学生がなおざりになることがある。他の学生からクレームが来れば、先生はほかの学生のほうに行く大義名分ができる(実際そういうことがあった)。それで人手が足りないということになれば、何かしらの形で人員を増やすとかできる場合もある。私がいたところではカウンセラーに対応をお願いするとか、人員を増やすとか、発達障害の人への対応の仕方を専門家から勉強するとかやっていた。あとは、こういう対応をすると問題が大きくなる、こうするとうまくいく、というのを同僚と共有していた。完全に問題が解決されることはなかったけれど、少し状況がましになることもあった。
子供は「発達障害を持つ人というのが世の中に一定数いる」ということを理解することと、そういうタイプの人達とどうやって対応していけばいいかを学ぶことができる。世の中には発達障害の人に接したことがなく、「育て方が悪い」「我慢が足りない」で障害を片付けようとする人たちがいる。こういう人たちは「発達障害まで障害に入れてしまったら世の中すべての人が障碍者になってしまう、だからもっと厳しく接すべきだ」と平気で言う。実際に発達障害の人と接した経験があればこういう発言は出ない。あと、発達障害の人に接したことがないと、「実は天才なのだから自由にさせればいいのだ」とひたすらポジティブにとらえ、実際に回りにいる人の大変さを理解できないということも生じうる。個性だから寛容に接せよと言えるレベルであればそもそも障害とは言わない。日常生活にたくさんに支障が出ているレベルなのだ。増田さんのお子さんのクラスメイトはこういう想像力のかけた人間にはならない。ただ、日々ストレスを抱えた結果として「発達障害の人と対応するのはとても難しい、正直避けたい」となってしまう可能性もある。でもそれが現実だと思う。
最初にフラミンゴを見て、最後にワオキツネザルを見た。合間にいっぱい見た。
わたしが作ったお弁当を食べる恋人も見た。その日また動物の中で一番良かった。
眠らずにお弁当を作ったから帰りはとても眠かった。恋人が運転している横で眠った。起きたら当たり前のようにラブホテルで、嬉しいなあと思った。
お母さんが車で連れて行ってくれた。「こっち来ることないでしょ」と行った時、昨日のラブホテルを通り過ぎるところで、テレパシーなのかなと思う。こういう風に全部お母さんに伝わってくれればお医者さんに行く必要ないのに。ラブホテルは車一台も停まっていなかった。昨日わたしが使った部屋をわたしのものにしたいなと思った。ぼろかった。
二年ぶりくらいの精神科では、今までで一番優しい先生にあたった。
とにかく大人数が嫌で一対一で話してる時がしあわせだと打ち明けた。相手は恋人でも友達でもナンパでもいいと言った。
薬は出すとしても一番弱いやつかなあと言われた。申し訳ないけど、とも言われて、少し恥ずかしくなった。やっぱりみんな少しは自分が深刻であることを期待しているんだろうなってわかった。
恋人に会いたいなと思う。恋人と朝から遊んで一緒にお昼寝をして、その足で友達にも会いに行きたい。友達と電気をつけないカラオケでまたお互い死にかけみたいなハグをしたい。
あのお医者さんに「さみしくて無理です」って突然抱きついたらもっとどうにかなっていたのか、わからない。勧められたカウンセリングの病院はめちゃくちゃ高くて、グループカウンセリングなんてものもやっていて、ホームページが美しくて、怖いので行かない。
せっかく薬を飲まないと言ったんだから、献血に行こうと思う。受付の女の人に優しくされて、看護師さんに睡眠時間の少なさを心配されて、お礼のアイスも貰いたい。献血ルームにカウンセラーが配属されることを2018年の願いにしたい。
18歳なのに文章が論理的ですごいと思った。親は異常だと思う。普通は学費のことで苦労していようと子供の将来を心配しようと手をあげて1、2時間も説教なんてしない。それは単なるエゴの押し付け。正常な親だったらなぜ勉強できないのか、悩みごとなどを聞こうとすると思う。私の母親もあなたの父親みたいな人だった。怒るときに目が逝っちゃってるっていうの、よくわかる。私の母は自己愛性人格障害でほぼ確定だけど、あなたの父にもあてはまる部分があるかもしれない。こういうのは脳の異常で一生直らないどころか歳とるごとにひどくなるだけだから、就職したら縁切りすることも視野に入れていいと思う。今はどちらにせよ逃げられないのだから、カウンセラーに相談しつつ自分の無理ない範囲でとにかく大学に受かることが最善かなぁ。私のように自分の人生を投げ出すことだけはしないで。
これを読んで自分の事のように思い、いつも読むだけだったが書かずにはいられず、はじめて登録し書いているので不備があったら許して欲しい。
過去の私と元夫と同じような状態だと思った。(同じすぎるので内容は省略)忙しい立場だろうからなるべく簡潔に書きたいと思う。どうか届いて欲しい。
・逃げていいんだよ。
・どうかすぐ、助けを求めて欲しい。
私はこんなことで離婚していいのかと悩んだ。おそらく貴方も『共依存』の状態だと思う。
『親子 DV 相談』でググって似たような状況を読んだり、スクールカウンセラーに今すぐ相談して欲しい。自分が今どんな立場なのか客観的に感じられるといいと思う。
おそらく、受験もあるし、家を出たらこの先のことや、大学受かっても資金面のこととかで躊躇していると思う。(あと残された家族ね)
この手の人間(お父さんね)は第三者を通すと良いと思う。お父さんは他人から見ると仕事を頑張っていて尊敬されるような人ではないだろうか?
ちなにみ私が離婚して夜逃げ同然で引っ越す際にお別れの一言を言いに行った友達のうち3人は夫がDVだったが(全然知らなかった。)
例えば、メールや手紙で「お父さんに大きな声で注意されると頭が真っ白になってなにもわからなくなる。最近調子が悪いので先生が心配している。ひとまず、注意事は
メールや手紙にして欲しい」とか、「ご近所さんに声が聞こえてたみたいで何があったのか聞かれた」等は効果ないだろうか?
あと記録をとっておく。音でも映像でも文字でもいい。カウンセラーや第三者にみてもらって欲しい。
兄弟はいるのかな。お母さん忙しいだろうけど、大事な子供の事だから相談にも見方にもなってくれるよ。今の自分の苦しんでいる気持ちをどうか伝えて欲しい。
https://anond.hatelabo.jp/20171026133336
https://anond.hatelabo.jp/20171026180918
これまでFBのタイムラインに流れてくる記事をたまに読むくらいで自分で書くには至らなかったけど、上二つ読んではてなアカウント作ってしまった。で、書いてる。
私は育休とって3年になる。一人目の子が三歳になる少し前に二人目が産まれた。
育休をさらに3年、ぶっ通しで6年とる予定。
なんでこんなに長く休職するのか?
本当に戻る気あるのか?
戻る気なければ辞めるのが筋じゃないか?
3年間自問自答してる。
仕事で徹夜する気力体力が衰えてきて、さらに自分はこれまで学歴なんかを背負って仕事できる気になってたけどどうやらあまり仕事が得意でないらしい、と気づいた頃に結婚出産した。それで子育てと家事にどっぷりはまってみたかった。
と、夫がちょうどキャリアのヤマを越えなきゃならない時期に差し掛かってて、冷静に夫が仕事、私が家事育児がんばるのが合理的だよねと夫婦間で暗黙裡に合意してるからだ。
結果、子供がかわいいのとブランクが長すぎて仕事に戻れる気がしなくなってる。
産後長くても一年ちょっとで復職するべく保活の波にのって、まだよちよち歩くか歩かないかのかわいいわが子と離れる辛さを乗り越えて、いろいろ割り切って仕事に戻らないと、復職が遠のくばかりだ。
なぜかって?
上の子が一歳を過ぎると子育てが一気に楽しくなった。歩けるようになり、言葉が少しずつ出てきたからだ。一緒にお出かけできる。意思疎通がはかれる。家事もはかどるようになる。
そのうち二人目を妊娠した。上の子と二歳差だ。また2年くらい育休とって、二人まとめて保育所に入れて復職するつもりだった。そしてその頃には夫の今後のキャリアパスがほぼ見えてるはずで、私が復職する前提で都内に家でも買おうかみたいな思惑も交ざってた。
だったんだけど、二人目を死産した。
辛かった。年取ってから子供に恵まれたので、一人でも十分幸せだと思っていたけど、二人目を喪ってみると、どうしても諦めきれなかった。
そして信じられないくらいすぐに、また妊娠した。三人目(実質二人目)が産まれた時には上の子が三歳になってた。
正直、育休を続けて取るとき「私これでもう2年か3年休んだら会社に戻れないんじゃないかな」と思った。
その時点で会社にはもう3年間足を踏み入れていなかったんだ。いつのまにかオフィスが移転し、社員数がどっと増え、自分の居場所なんてあるわけないだろうと思っていた。
上の子はたっぷり3年間一緒にいた。多くの保育所ママが「おむつなんて園に外してもらったようなものよ〜」と話す傍ら、家庭内でトイレトレーニングをやり切った。
夫は月の半分くらい出張でいない。さらに平常でも職場に泊まり込むことが多い。
ワンオペ育児は辛かった。子供の笑顔を間近で見られる幸せで乗り切ったけれど、
育児素人の私がやるより保育士さんに見てもらう方がいいんじゃない?
復職して多少なりとも稼ぐ方が短期的、長期的に経済合理性高い?
何より私が精神的に楽じゃない?子育てを一人で抱え込まなくていいもん。仕事して外の世界と関わりたいよ。。
ちょっといいコーヒーを一人で飲みに行きたい。仕事用にスーツ着たい。毎日自分のために化粧して、仕事にアタマを使いたい。
なんて悶々としていた。
だから次の子は一歳すぎた頃に復職しようと考えた。念のため3年間とって、それより早いタイミングをうかがおうかなと。
でも、下の子が産まれてみるとすんごくかわいい。授乳でも何でも、上の子の時はひたすら辛かったことが驚くほど楽になった。
もうすぐ4ヶ月になるけど、本当に天からの授かり物を育ててる思いだ。
上の子と同じだけ見てやりたいと思うと同時に、今度は上の子が赤ちゃん返りもあってだんだん難しくなり、これって発達障害じゃないの?といった性格が出始めた。
自治体を通じてカウンセラーに相談し、今度再検査することになってる。
「お母さんが復職されるまでに専門医や療育関係の機関を回られるといいかもしれませんね」とカウンセラーの言。
上の子はいつまでたっても初めてのことだらけだ。子供が成長すればするほど手がかかることを知った。
自分も会社の制度と女性が輝く社会を目指すスローガンにぶら下がってるように見えるんだろうなと思った。
と同時に、恵まれた環境の人は、仕事に対するモチベーションがそんなに強くなくても、復職後十分にやっていける、むしろそれくらいの方がうまくいくのは本当だろうと思う。
そして私のように、自力以外に頼れる人手がなく(親は地方在住)、仕事に対するモチベーションも立派なものではない、そんな働き手は誰が見てもお荷物だろうと。
念のため、育休中は無給だ。とはいえ一人目のときは雇用保険からの給付金を受け取り、二人目、三人目も健保から出産手当金をもらってる。
でも子供は手がかかる一方で、とくに上の子のことを考えると、会社より子供を優先させたい。復職してもパフォーマンス悪すぎだろう。
だらだら独り言を書き連ねたけれど、そうだね、ぶら下がってるように見えるよね。
雑誌のVERYってあるでしょ。VERYは去年かそれより前くらいから「リーマム」の造語を使ってる。週5オフィスに出勤する素敵なママのことらしい。
週5働けば、当然子供に割く時間が限られる。どんなに優れた外部の保育者を通しても
子供のことを全部把握するのは難しいと思う。
そのぶん自分の価値を高めることにエネルギー配分できる、というかせざるを得ない。
そして子供に還元するなら、自然とお金で買えるモノコトになる。洗練された服、上質なおもちゃ、英語やピアノの習い事に幼児教室。旅行かもしれない。
親がいいと思えて子供が十分に愛情を感じるならばそれでいいのではないか、と思う。
でも私はそれができずにいる。
割り切ってしまえばいい。育児を外注すればいい。夫婦の老後や子供の教育など備えはいくらでも必要だ。
それでも私は、毎朝3時に起きて家事をして、5時半に夫を送り出し、下の子の世話をしながら7時に起きる上の子の食事の支度をする。日中は公園と児童館をはしごする。
夕方5時にはお風呂に入れて、6時に夕食。7時半に寝かしつける。
子供が好きで会社に戻れないならいっそ辞めれば、との声を聞いた気がした。
子供への愛情と復職は違う話だろうとのツッコミが当然あると思うけど。
中途半端に戻っても育児を楽しみながら会社に貢献するなんて実現不可能な幻想かもしれない。
育児そして自分自身を充実させながら仕事を続けることで足を引っ張ってしまうならば。
休職前はたいして仕事力がないなりに、精いっぱいがんばってきたつもりで、自分にできることがあればどんな仕事でもいいからまた働かせてほしいと思っていたが、ふつっと糸が切れた気がした。
それでも何か糸口を探したいよ。別に自分が輝かなくてもいいけど、家族を満足させられて、社会貢献可能な道筋を。
大学出てるし(税金つかってる)社会人になってからはいろいろな人に世話になった。皆さん口を揃えて「別に自分に恩を感じることはない。後輩社員達に同じようにしてあげて」と言っていた。まだ私は何もできてない。育児の区切りがつけば会社で恩返ししたかったけど、区切りをつけられなければ外ですべきなのか。
何を取捨選択しても自由だけど自己満足にならないように、とあらためて思う記事だった。
追記)
コメントありがとうございます。恐縮してます。
夫ときちんと話し合っていないのではないのかのご指摘がありましたので追記します。
確かに書いた内容そのままを直接ぶつけたことはありません。また明日から出張なのでフライト中にでも読んどいてと言っとこうと思います。
ただ、子供のことこれからのことはわりとよく話してるかもしれません。
何がしかの隔たりを感じさせるとしたら、夫と私の働く業界が全く異なることが一因かと思います。
(夫は公務員で今は中央、全国転勤あり。男性の育休制度はあっても運用実態ほぼゼロ。同僚家庭の専業主婦率すごく高い。私は都内のIT関連企業)
自分に答えがないので話すのをためらっていましたがいい機会かもしれませんね。
僕は極端なインドア人間です。他者とは一週間に一度カウンセラーさんと話せれば良いほうで、基本的には家に閉じこもっています。
さらにコミュニケーションも下手くそで、会話のたびに大量に汗をかいたり、視点が定まらなかったりします。
カウンセラーにかかるまで、部屋に閉じこもって空間と会話をしていました。
そうして外出する機会が減るたびに人と関わることが無理になり、鬱になりました。
鬱で引きこもりなのに、かなり衝動性が強いので、すぐになにかを始める癖があります。
台湾旅を決める前は、家でできる趣味であればなんでも飛びつきました。
「興味湧いた!」と思った三分後にはアマゾンで道具を揃え始めるぐらいです。まあ、すぐに飽きるんですけど。
今回の旅は「台湾!?なんか良さそう!」という衝動から1ヶ月台湾に行ってやろうと思い立ちました。
治っていない鬱の症状とか人とまともに会話できないとか外が怖いとか、不安要素はありましたが、決めた以上行くしかない。
台湾では本当に目的がなかったので、ずっとぶらぶらしていました。
ただ街を徘徊するだけの日だったり、電車に乗って遠くの方に行ったり、新幹線に乗って拠点を変えたり。
一番苦労したのが食事でした。オーダーの仕方が分からないというしょうもない不安でなかなか店に入れませんでした。
そのため最初の十日くらいはコンビニ食。勇気を出して入店してみたところオーダーがクソイージーで笑いました。
むしろコンビニの買い物のほうが難しい。お店では牛肉麺やら魯肉飯やらを食べました。
飲食店に入れたことをきっかけにどんどんアグレッシブになりました。
不思議なことに台湾に来てから鬱の症状やコミュ障が出ることは全然ありませんでした。
普段日本じゃ行かないスタバに通えたり、簡単ながら英語で現地の人と会話できたり、毎日外に出て買い物ができました。
普通の人はこんなの当たり前のようにこなせると思うんですけど、僕にとってちょっとでも人と関わることが高い壁のように感じてしまいます。
日本にいたときはレジで会計してるときですら息切れしてました。ホテルで英語を使ってチェックインできたときは涙が出るかと思いました。
少しは成長できましたかね。
今回の旅を経て、僕は後悔をしていません。
日本で死人のような生活をしていたのに比べて、今は「生きてる」感覚を大いに味わっています。
今まで衝動でなにかを始めて、うまくいったことはほとんどありませんでしたが、今回の旅は成功したと強く思います。
もう耐えかねて離婚した。
発達障害と向き合われている方を非難する気はない。発達障害を持ちながらも、素晴らしい人柄の方も知っている。
発達障害当人方への支援は進められようとしているが、そのパートナーへの支援はまだまだ薄い。というかカサンドラ症候群なんてあまり知られていないだろう。
じぶんがおかしいのかと思って精神科で見てもらったが、定型発達だった。
大したことは書けないけど、パートナーが変わっていて悩んでいるひとの何かしらの参考になったらいいと思う。
そしてこれから書くのは発達障害のパートナーを持った私の個人的な所感です。
発達障害は実に多種多様です。これが全てではないことをお見知りおきください。
・特定の学問や作業に突出して秀でているので一部の人々には頼りにされ、尊敬もされる。
(教員や医師、アーティストなどには向いているんだろうなあと思う)
・心を開くと人懐こい。天真爛漫でこどものように笑う。
(こういうところが魅力的に見えるひともいるだろうと思う)
・何か言い争いになるとすぐに反省して謝ってくれる(ポーズをするから、わかりあえたと勘違いする。これに関しては短所の方にも書く)。
・こだわりが強い。こだわりがかなわないとキレて理不尽なことを言い出す。
(洗濯用洗剤も柔軟剤も食器洗い用洗剤もこだわりがあって、それ以外を使うと、何でそれ使うの?!とキレるなど)
・自分の思い通りにしたい。思い通りに物事が進まないとキレて理不尽なことを言い出す。
(目的の場所にどのように行ってどのように帰るかを執拗に確認したがる。決めた通りにならないと不機嫌になるなど)
・つけた電気を消すことを忘れる。
・開けた扉をしめることを忘れる。
・朝余裕をもって起きられない、遅刻は常習。
・片付けが壊滅的にできない。家を荒らし、汚して回るも、平気。
・料理をすると台所が崩壊し、鍋や菜箸が使い物にならなくなる。そしてまずい。
・話し合いができない。
これがいちばん困ったことだった。長所に、すぐに反省して謝るというところがあったが、これはがただのポーズだった。反省しているふりをして、何を謝っているのかわからないけどとりあえずごめんねと言えばいいと思っていたようだった。
互いが気持ちよく生活するための話し合いをしているはずなのだが、自分の嫌なことは絶対にいや。相手が嫌がっていることはわかっても、その内容が理解できないようだった。
話し合いも終わらせたいからとりあえず謝って理解したふりをする。
それの繰り返しだから、一週間後一ヶ月後にはきれいさっぱり忘れて、また同じことをやっているのだった。
離婚を決めたときは、私が耐えられくなった理由を事細かに説明すると、俺が悪かったでもどうすればいいのかわからなかったごめんねと泣いていた。しかし3ヶ月も経つと、「お前が自分の都合で離婚した」になってしまっていた。
元旦那の妹は一見ふつうだし、魅力的だが、人間関係でいつもトラブルを起こしていた。本人はそれが普通と思っている様子。
・優しい。
・人の話を聞くのがうまい。カウンセラーのよう。だからか、メンヘラが集まってくる。
・明るくておっちょこちょいなところがかわいらしい。
・朝起きられない。遅刻魔。
・口がめちゃくちゃ軽い。人のプライベートを、天気いいですねレベルでペラペラしゃべる。
・いわゆるサークルクラッシャー。
・優しい。
・面倒見がいい。
・口が軽い。
・過干渉。
不倫相手が定まるまでは相手を探していろんな人に声をかけていたようだった。
彼は本当にアスペルガーだったと思う。
しかし、娘に性的な目を向けていたり、その場の空気が全く読めず、見当はずれな話題を唐突に始めて家族にスルーされるのは日常茶飯事だった。
発達障害には、結婚して家族単位での関係が濃厚になってからやっと気が付いた。
子どももいたので、産前産後はこの家族との関わりがほとんど全てになっていた。
産後いくらか経ってから定型発達の友人と久しぶりに関わるようになった。その時わたしが思ったのは、「あれ?生きるのってこんなに楽だったっけ?」ということだった。
今は離婚して本当によかったと思う。
カウンセラーとの対話の中で得られた気付きが主旨かと思ったら全然そんなのなくて笑った。
自分も大学時代に保健管理センターのカウンセラーに面談を頼んだことがあるが、2回通った時点で認識の歪みをやんわりと指摘され、その時点での課題はあっさりクリアした。
相談者に巻き込まれず、本当に必要な情報を冷徹に探り当てることのできる、有能なカウンセラーだった。
あんたの通っている大学のカウンセラーはきっとそんなに有能じゃないよ。
あんたみたいなめんどくさい大学生が多すぎて、もしかしたらカウンセラーとしての本来の職務をすでに投げ出してしまっているのかもしれない。
高校時代以降大人になっても色々と心理学や精神科方面の人たちにはお世話になっているが、そういうカウンセラーや精神科の医師は結構多い。
あんたが社会に適応するために必要なことを必要なタイミングで言ってくれるのが本物のカウンセラーだよ。そういう人を探しなさい。
大学にある心理カウンセリングに通っている。通っているといっても、別に希死念慮があったり、人との喋り方がわからなかったりするわけじゃない。
むしろ逆で、自分がなにをしたいのか、どうやって他人と付き合っていけばいいのかわからない。
周りの人がなにを考えているのか、それが正しいのか間違っているのかはわからないけど、わかってしまう。たぶんこれまで特にトラブルになっていないから、その大半は多かれ少なかれ当たっているのだと思う。
そんなにかわいくないのに思いっきり盛ってくる子、そんなにかっこよくないのに一生懸命おしゃれする子。すごいと思う。理解できないけど。どうしてそんなに自信を持って生きられるの。自分でも嫌な奴だなって思うけど、頭の片隅からそんな考えが離れない。
その嫌な見方を他の人も持っていると思っちゃう。基準は自分だから、きっとみんな自分と同じくらい物事を考えているわけじゃないって言われるけど。他の人にどう思われてるんだろ、そう考えると日本は生きづらい。自分と違う国籍、年齢の人に囲まれた時はそんな感じしなかったのに、似た年齢の人が多いとこだと歩くのが怖い、すれ違うのが怖い。
飲み会の場でなにも考えずに騒げる子、いいなあ。どうしてそんなになにも考えないでいられるの。周りの反応とか、怖くないの。
すぐ異性にアタックできる子、付き合ってる子をフっちゃう子、なんでそんなことが簡単にできるの。自分が傷ついたり、他の人が傷ついたりするのが怖くないの。
どうでもいいやつはどうなったっていいと思う。大学にいる人たちの半分くらい消えて欲しいと思ってる。だってなんで大学にいるのかわかんないんだもん。それでも身近にいる人は気になってしまう。完璧に振舞おうとしちゃう。
カウンセラーにそんなことを話したら、そんな人は稀だと言われた。そうなのかもね。いっつも何か考えて、失敗しないように動く人、そんなにいないらしい。でもその方が絶対いいと思う。なんでこうなったのかわからない。
最近はちょっとお面をかぶって生きている気がする。磨耗するけど。
きっと自分は世間の大学生から見てもマイノリティなんだってことはわかってる。なんでマジョリティになれなかったんだろ。お酒飲んで連れ込んで、そんな大学生になれる道だってあったのに。
でもやっぱりいっこだけ不思議。騒いでる大学生、偉そうに語る社会人、頭の固い老人、なんで自分を疑わないの?疑ってよ。
吐き出したいものはたくさんある。それへの反応も見たい。承認欲求もきっとある。なんでも思ったら言及してくれるとたぶん嬉しい。
<追記>
結局どうしたいの?という問い、尤もである。全部世の中が自分の思い通りに動いて欲しいのかもしれない。どうなりたいの?という問いを立てると、やっぱり困ってしまう。うまく世間に適合する能力がないことからくる妬みなのかな。
共感も反論もありがたい。匿名だと変に気を遣われないから嬉しい。ブックマークのコメントもよければ書いてくれると喜ぶ。正直、自分が思っていた以上のコメントを頂けた、ありがたく拝読する。
ひとつ、これは反省した。他人をどこかで見下している感情は間違いなくあったと思う。自分の正当性はもっと疑わないといけない。山月記の李徴みたいという指摘は実に的を射ている。幼児的な全能感を捨てられない。
他人から結果だけで評価をされていたかはわからないけど、自分は自分のことを結果だけで評価してきた気がするし、そうじゃない評価をしようとしてもどうしていいかわからない。もう少し年齢を重ねればきっと変わるんだろうけど、それにすら抗ってしまいそうで怖い。
「創作実話系アカウントなかでもぱぷりこほんま嫌い。人の悪口でしか受け狙えないの人間として最低。」
「若い頃でさえダメ男としかつきあえなかったブス喪婆のくせに説教魔でキラキラ垢やナンパ師垢とやたら絡みたがるぱぷりこの文体がオタク丸出しで凄くキモいわお前自身が痛すぎることに気付け」
「りちゃこにコケにされてる自称バリキャリ()のぱぷりこも痛いよブスでキモオタ女だからゴミみたいな男としか交際できなかっただけなのに被害者ぶって過去彼達の酷さをブログに書き殴ってるけど、結局は破れ鍋綴じ蓋でしょブログの文章からしてオタ女丸出しで超キモいw 」
「美女はスペックも中身も良い男の中から選べるぱぷりこのようなオタクのブスは喪女人生か、他の女なら避けるようなブログに書かれているモラハラクズ男としか交際できない 」
「クズな男にしか相手にされたことがない底辺のぱぷりこが恋愛や結婚を語っても、並以上の容姿で男を見る目もある女子は「そもそもそんなクズ男選ばないしw」と感じるので会話が噛み合わないよ 」
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「ぱぷりこってタラレバ娘のキャラ以下の勘違いBBAだね大体、離婚見据えて好きな女に結婚申し込むハイスペ男はいないだろ稼いでいることしか取り柄ないモテないBBAが小姑目線でモテ女の粗探ししてるだけ 」
「ぱぷりこは此処よりこじらせ女子スレ向けかなーブログのノリがオタク臭いのは分かるはてブで書いてる人って何故か総文字数をドヤる不思議」
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「ぱぷりこさん時折流れてくるんだけどみていてきついので吐き出したくなってしまったわ。
「オタクのブス喪BBAなのね。じぶんがまともなハイスペに相手されないだけなのに、上から目線で男を分類、女に説教…彼女もネットで吐き出したいのかな。ほんと他人の粗探しと貶めるような捏造ばっかり。ルックスも心も彼女が一番妖怪女。」
「「お焚き上げ人生相談」もぱぷりこの創作実話らしいのね…オタクくさい外資バリキャリとあるけど執筆量が半端無いのはどうして?」
「ぱぷりこ、コンサルや自称ロジカル男が嫌いというわりには偏見や断定や創作で男女の分類ってまさに自称ロジカル女なんじゃ?どうして自分が恋愛相談なんてできると思うのかなあ。早稲田卒のコンサルってとこかな。説教くささは職業?」
「大学や友達の具体的な話が欠如しているのにもかかわらず恋愛市場に精通しているかのよう服装もオタっぽいのよねえ。ど不細工ではない比較的ブス?の社会人でびゅーのイメージ元祖きらきらのれいことまゆみや東京姉妹、トイアンナさんも化粧してちょっとブスとした普通の顔ああいう恋愛相談聞きたがったり筆者への幻想はどんな層がどうして需要しているのか疑問だわ」
「しかもあんな太い脚よく出せるよなぁ、スゴイ性格とか扱われ方がオタサーの姫っぽい自由奔放にしてるっぽいけど旦那にバレたらヤバイみたいな呟きもあったね」
「ただ服装や文体思考がオタク臭くて恋愛相談してるからどんな人生か興味あるじゃない?はぷりこプライド高くて理屈っぽいから自作自演ぐらい普通にしそう」
「後ぱぷりこ本人が降臨して必死に流れ作ろうとしたように俺も見えたwあんなんブスの非モテオタクに決まってんじゃんw作り話がいてーんだよw」
「ぱぷりこや自称キラキラはKYで相手にされないから誹謗中傷繰り返す 現実見えてないオタサーの姫なんだろうな」
「ぱぷりこ性格悪そう」
どこにいるの?って無理やりひねり出したステレオタイプ
「オカルト系以外「そこそこ成績よくて堅実なキャリア」+「奥手(もてない)でも乙女」ばかりで本人なんじゃ…同じ自尊心の低い人に駄目だしして食い物にしてる?って思った
後はハイスペ狙いのきらきらのこき下ろしで下馬評どおりに嫉妬でなくても何様感だった」
「筆圧音頭(笑)パプリコほんと会話がオタクくさい読解ミスなんて口語でいう?」
「ぱぷりこって女子高出身なんだ。オタサーの姫丸出しなのも別学出身は大概こじらせてるし納得。
「「@papupapuriko
大学で心理学やったのと信頼できるカウンセラーに会えたのと、友だちいたの大きい。海外にちょっと住んだのもよかった。」
ぱぷりこさん心理学専攻だったんだー。絶対この人職業コンサルよねw
「つぶやきだとぱぷりこはIT系のコンサル(文系も多いよ)のイメージ」
「ぱぷりこ[相談37]推定相思相愛だった後輩と自然消滅して立ち直れない。トラウマを乗り越えたい
常識常識言うやつなんていないし妄想上の人間を叩くための妄想上のわら人形って感じて耐えられなくて書き込みました」
「ぱぷりこ[相談38]自己肯定感が低すぎハイスペ女子。ハイスペモラハラ夫と離婚すべきか現状維持か判断できない。
「よく分かったね。女の子でこれ言って分かった人、初めてだよ」こんなこというやついるか?それで惚れる女も。ぱぷりこって創作にしても頭おかしいんじゃねえの」
ありえねー」
飲んでいる薬はエビリファイとワイパックス、それに吐き気止めでプリンペランを出してもらってます。
エビリファイ、調べてみたら抗精神病薬でしたが、それが原因なんでしょうか。ワイパックスは抗不安薬でした。
昔から体格がいいわりに(がっしり体形)体力がありません。それに薬の作用が加わって疲れやすくなっているのかもしれません。
甲状腺疾患は母が罹患しているので、調べてみたのですが異常なしでした。
とりあえず内科で検査した血液検査の結果が来週出るのでそれまではなんとも言えないかなとおもっています。
昨年、体調不良で撃沈してしまったのでそれを避けるべくいろいろ手立てを打っている最中ですが、なかなかうまくいってません…汗
精神科の薬の副作用で吐き気、だるさ、疲れがあるとのことだけど、
吐き気といえばSSRIかSNRIの服用初期(服用開始〜1ヶ月くらいまで)の副作用として有名だよね
だるさはなんだろう? 長時間作用型の睡眠薬が翌日まで持ち越しているとかかな。
あるいは抗精神病薬の副作用でだるく感じることはあるかもだけど、抗精神病薬なんて飲んでないでしょう?
疲れにいたってはサッパリ。易疲労性が起こる精神科の薬なんてあっただろうか。
昔から内科や精神科に通っているとのことだから、甲状腺機能の検査はとっくにやっているだろうしなぁ。
微熱がずっと続いてる、関節が痛むとかなら、膠原病を疑ったりするところなんだろうけど。