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はてなキーワード: 意志薄弱とは

2024-07-14

anond:20240714045003

出産育児の苦しさなんて

誰も頼んでないのに

勝手にやっただけのやつが偉そうにしててマジきもい

他の人間も味わえって思うぐらい嫌なら

やらなければよかっただけ

 

自分意志薄弱他人に流されて生きてきただけのくせに

他人にその罪を着せるなよなあ

出産育児の苦しさで後悔してんなら悪いのは自分だろ

2024-07-12

泥酔する習慣のある人間、気が短くてすぐにキレがちの法則

身の回り人間を観察して気づいたが、一人で泥酔する習慣のあるアル中アル中予備軍はキレやす

アルコールの影響で眠りが浅く慢性的寝不足

内臓ダメージ回復のために体力を消耗するため無自覚疲労が溜まっていて体力がない

アルコールにより腸内の炎症が慢性化してセロトニン不足

人間疲れて落ち込んでいる時はストレスに弱くなるが、アル中アルコールの悪影響で常にストレス耐性が低下している状態にあるためキレやすいのだ

アルコール人生の節目節目でたまに儀式的に楽しむぐらいなら悪くない嗜好品だが

365日にいつでもどこでも習慣のように飲酒している意志薄弱人間が気軽に手にして良い嗜好品ではないんだよな

だいたい現実世界で薄ら不幸な人間が酒に逃げて、自分だけではなく周囲も巻き込んで不幸を撒き散らすツールになるのがアルコールから

2024-05-24

anond:20240524051859

子供オタクにしないために嘘、主語デカさを徹底的に指導しましょう。

意志薄弱挙動不審キモオタに成長させましょう

2024-05-10

ゴジラ-1.0 感想

アマプラ配信始まったんで見てみた。

特撮はスゴい。以上! っていう感想だった。

特撮に関しては100点満点です。こんなにナチュラルな、そらぞらしさ・嘘っぽさのない映像効果ハリウッド映画でもなかなかない。そらオスカーも獲るわと思った。

特に、海、波、しぶきの演出が素晴らしい。海上シーンは最高です。

 

でも脚本がね、もう、ダメダメ……てんでダメでね……。

稚拙もいいとこ……。

 

致命的なネタバレを含むので、これから見ようって人は以後は読まぬがよろしい。

 

プロット以前に全体として語彙が貧弱で、「あたまわるいひとががんばって書いたセリフ」という印象ばかりが目立った。素人ラノベみたいな感じ。

言葉遣いもそう。当時の言葉遣いそのままである必要はもちろんないけど、終戦直後昭和20年代という舞台にふさわしい言い回しが多少は使われていないと奇妙な感じになる。テレビ時代劇だってマイルドアレンジはされてるけど一応「ござる」とか「そのほう」とか言うでしょ。そういう、時代を映すムード作りがセリフにない。

そして「さすがにその時代、そんな言い回しする? その単語あった?」みたいな現代的な表現が出てきては興を削ぐ。

こんなの、専門家ちょっとリファインさせるだけでぐんと真実味が増すと思うんだけどなあ。

あと秋津佐々木蔵之介)が野田吉岡秀隆)に対してガクシャと渾名をつけて呼び捨てにしたりタメ口なのも違和感がある。学者技官とは言え元将校という設定で、元下士官秋津が気安く茶化したりイジッたりできる階級ではなかったんじゃないだろうか。ガチガチのタテ社会での上下関係は、組織を離れてもずっと続くものだ。渾名呼び捨てなんてちょっと信じられない。関係ないけどガクシャが船に乗ってると「ガンバの冒険」を思い出す。

そしてプロット

物語背骨になっている「大戸玉砕主人公のせい」という前提がまず苦しい。実際にあのとき零戦機関砲でゴジラ撃退できたかどうかは不確実で、少なくとも「敷島が撃てば確実に撃退できた」と言えるバランスゴジラではなかった(どっちみち敷島特攻から逃げなければあの島にはいなかったのだし)。敷島神木隆之介)が気に病むのも橘(青木崇高)が敷島を恨むのも当人たちの思い込み以上の根拠が薄く、物語駆動するトルクがまったく足りない。

まして「大戸玉砕は橘の責任というデマを流したら腹を立てた橘が現れる」という敷島の幼稚な策略。なにこれ。子供? 子供なの? もうちょっとマシな作戦なかった?

敷島家の隣人澄子さん(安藤サクラ)の役柄も最後まで謎だった。復員してきた敷島に繰り返し毒を吐いていた前半のサイコな印象と優しく敷島家をサポートする後半の印象とがまったくチグハグで、ずっと身構えていなければいけなかった。前半のサイコキャラ必要

あともう典子(浜辺美波)。典子関連はもう完全に意味からなかったしどうでもよかった。

初対面の敷島の家に転がり込む初手から「は?」っていう感じだった。バックグラウンドキャラクターもフワフワ、敷島への思慕の念もまともに描かれず、自立したいって働きだしたわりにいつまでも敷島の家に居候してるし、ゴジラが咥え上げた電車から振り落とされても誰もが即死確信する爆風に巻き込まれてもキレイな顔で生きていた。不死身か。ゴジラ並みの回復力じゃねーか。

キャラクターがフワフワと言えば、ほかならぬ主人公敷島クンのフワフワぶりも目を覆うものだった。薄っぺらくありきたりなメンヘラ演出神木隆之介クンの演技力とは関係なく説得力ゼロだったし、意志薄弱なのか臆病者なのかただのボーッとしたやつなのか人物造形がまったく不徹底だった。そのせいで「典子の死をきっかけに自分の中の戦争を終わらせる決意を固める」という重要な心境の変化もヌルッとしていたし、当の典子は死んでなかったっていうんだから吉本新喜劇のように全員ズッコケしまう。敷島の行動原理のコアとなる「敷島の中でまだ終わっていない戦争」というテーマからして扱いがぞんざいで、もっと丁寧に描きこむべきだったんじゃないだろうか。まあ、特攻から逃げたとかはともかく大戸玉砕に関しては前述の通りなので、いくら描きこんでも説得力は生まれ得なかったのかもしれないが。

それはそれとして、典子との死別は非常に重く重要な節目であり、〈実は生きてましたぁ!よかったよかった!〉と簡単に済ませていいような出来事ではないと思う。だったら話は違ってくるじゃん、となるレベル卓袱台返しであり、典子は安らかに死なせておくべきだったと思う。

2024-04-27

anond:20240427092049

意志薄弱からでしょ、弱者男性がなぜそういうことになってしまうのかっていうと他人にあれこれ言われたことを鵜呑みにしてしまうから

それもネガティブレッテル貼りほど彼らは信じるんだよね自己肯定感希薄から

要するに彼らはもっと自分に自信を持てるようになりたいだけ

もっと女性のような図々しさや無根拠な自信を身につければいいのにね

2024-03-18

anond:20240318023223

一人もいない

女というのは男社会において権力闘争に対して非力であるため、チャンスには貪欲であり倫理に対しては意志薄弱である

2024-02-04

金があると使っちゃう意志薄弱な俺に向いてる貯蓄方法ってない?

期限を定めたら何があってもそれまで引き出せないみたいなやつ。

2024-01-07

anond:20240107190932

30年後には管理職=罰ゲーム断れない意志薄弱の証みたいになってそう

バブル時代が主力になった途端公務員無気力無能イメージがついたように

結局会社って人からできてるから

2023-09-27

anond:20230927112031

一部のフェミニスト男性は、

女性をか弱くて、意志薄弱で、他人意見に左右されやすく、感情的になりがちで理性を保てない愚かな生き物だと思っている。

心底そう思っているから、フェミニズムによって女性保護してやらないと対等な関係は維持されないと思い込んでる。

同調圧力について

自分が属している社会コミュニティ同調圧力文句を言う人がいる。(特に同調圧力日本社会はセットのように語られることが多いが、住んだ経験からヨーロッパ諸国にも同様かそれ以上の同調圧力があると言える)

同調圧力が辛いとか日本同調圧力は強くてキモいとか言ってる人に言いたいんだが、なぜ逆らわない?

そもそも同調圧力って多数派に"暗黙的に"従うよう強制することでしょ?

同調圧力とか知ーらねってスタンス自分意思に従って生きていけばそれを跳ね除けられるし辛いとか思わないはずなんだが。結局意志薄弱文句だけ言い、屈しているだけの人間が不平を言ってるだけに思う。


以上、昨日ロドンカフェ日本旅行者が「日本と違って同調圧力とか少なくて良いわね」とかほざいてたのを耳にして書きました。

 

anond:20230927084713

ラップ結構好きだけど、依存症をやめられない意志薄弱なだけなのに、40とかにもなってタバコを吸う中学生の延長みたいなイキリかたしてるのキツイ

 

あとマザファカとかビッチとか体に馴染んでない言葉をただ無意味連呼してる本場の劣化コピーみたいなラッパーマジで死んでほしい、ダサすぎる。

 

ちゃん自分言葉を使うラッパーはかっこいい。

2023-08-29

anond:20230829145619

ついてけないとか終わりでいいとか終わりとか言ってるくせに糞トラバ続ける意志薄弱さが救えない

2023-08-10

一日たった100回のスクワットをするだけで体が引き締まるのになんでやらないの?意志薄弱なの?

2023-06-29

慢心的な笑顔自分に指差しながら「俺ってさ〜」と鼻息荒く嘯く様子がたまらなく幻滅なんだわ

自称社会不適合者も長時間睡眠できない体質話も向き合う兆しがない汚部屋談も

ただの幼稚で未熟で意志薄弱かまちょじゃんか

いいね」してる奴も何が「いいね」なんだよ(用法を腐しても詮無い)

困ってるなら医者行くなり薬試すなりしろ

学生気分かよ

イーッ

2023-06-27

anond:20230627175706

思ったけどああいコメント支持率で見た目そのものが変わって、まるで支持された側が強くてそうでない側が弱い様に見えるシステムって

僕の意見は皆と同じ!少数者は間違ってるアホ!って思い込んで安心したい意志薄弱なキョロキョロ陰キャに超マッチしてるよな

そういうシステムを好む連中に弱者マイノリティに対する偏見差別が大好きな連中が集まるのは自然な事だし

実際棘はそういう傾向を全く隠しもしないよな

でも哀れなのはこういうシステムを好んでる連中自身社会にとっての弱者でありマイノリティであるって事だわ

弱者弱者を叩いてる地獄それが棘だ

2023-05-04

anond:20230504122620

女は他責思考が強いからな。主語自分ではなくあの人に置き換えたがる癖がある。

から相手事情なんて気にせずガンガン行けば良いんだよ。中には意志薄弱で流される女もいる。暴力的な男がモテるっていうのはそういうこと。地ならし種まきしても成果は得られん、狩りあるのみ。

2023-04-12

人間が全体として意志薄弱で臆病な生物であって、自由に耐えることも真実と向かい合うこともできないから、自分よりも強い他者によって支配され、組織的に瞞着されなければならないためである

2023-04-04

二股

気が付いたら二股状態になっていた。

マッチングアプリ人生彼女が出来たと喜んでいた、その次の月には友人に紹介された子とも関係を持ってしまった。

意志薄弱

両方に毎日「大好きだよ」って息を吸うように嘘をついている。

いつか破滅が来る日まで

2023-03-08

タワマン文学←いや「親ガチャ成功大学までは成功したけど就職結婚コケ意志薄弱男の負け惜しみ」だよね

貧乏な親、低学歴、低収入が無いのと

大抵就職結婚までで人生失敗して

「俺は~大学卒で~社に入ったのにどうしてこの程度の暮らしなんだー!!嫌な思いしなきゃならないんだ!!」って自虐風自慢だよね

2023-03-01

タワマン文学って結局親ガチャ当たりだけどその後どこかでこけたバカ自虐風自慢だよね

完全な親ガチャ外れがない

大抵塾とか進学校に行ってる

学歴が国公立や最低でもMARCH

大企業勤めが殆んど

序盤の切り口が人生成功体験から入る

低学歴毒親ブラック企業底辺労働者ニートが居ない

結局は親ガチャ当たりだけと意志薄弱で決められなかったバカ野郎自虐と見せかけたオナニーだよ

2022-12-03

anond:20221202220535

そういうクソ男子(近くに存在するだけで精神的肉体的経済的疲弊するような有害な男)に対して適切な対応をとれないキャラクター感情移入ちゃう女性というものがそれなりに多いってことなんじゃない?

自己肯定感が限りなく低いタイプはああいシチュエーションに憧れちゃう事が多い

自分意志薄弱さを正当化してくれるような、滅茶苦茶な破綻者としてクソ男子が求められてるんだろうな

2022-07-07

自助グループがしんどかった話

※論旨に影響が無い程度のフェイクを混ぜています

また、特定自助グループ非難する意図も、自助グループ存在非難する意図もありません。

あくま自分体験です。

自助グループがしんどかった

先日、初めてある自助グループに参加した。

私は既婚なのだが、夫婦間での問題が実害として表れ始めたので、相談機関相談したところ、自助グループに参加することになった。

自助グループとはなんなのか

自助グループとはどういうものかというと、なにかしらの問題を抱える人が集まり、お互いの経験や現状を話し、つらさな気持ちを分かち合う場だ。基本的に「言いっぱなし・聞きっぱなし」、すなわち問題気持ちを吐き出して整理する場所で、傾聴に重点がおかれた形式をとることが多い。

なぜ、傾聴が重視されるかというと、発言に対して正論で責められると吐き出すものも吐き出せず、結局そこでは安心して話せないことになるからだ。

そもそも正論で片付けられるような状況であればそこまで困っていないというのもある。問題というのは様々なバックボーン出来事タイミングなど複雑な要素で成り立っているので、誰かにとっての正論が必ずしも当てはまるものではないということは確かだ。

とりあえず、誰にも言えないことを吐き出せる。そういう場所として自助グループがある。

結論からして、具体的なアドバイス医師カウンセラー等、金銭的対価を払って、ある意味職業的責任を持ってくれる」人たちに頼ることが良いかと思う。

ただ、他の人の経験を聞ける、自分経験を話せると言う点では自助グループ有意義だとも思う。個人的感想です。)

私もメンタルの病を持っており、医師カウンセラーに頼りつつ、同じようにメンタル問題がある人と繋がったり、信頼できる人を見つけて、お互いに傾聴するような関係を築いたりもしてきた。そういう前提のもと、前述の経緯で、ある自助グループに参加した。

~~~~~~~~~~~

びっくらこいた。

ガンガンアドバイスをされるのである

形式上は傾聴だ。まずミーティング的なものがあり、その際は順々に気持ち吐露していく。これについてその場でアドバイスされることはない。

また、ミーティング中は特定施設や団体等の名前を出すことは禁止されている。

しかしその後「ご飯行きましょ」という流れがあり、どこの病院がいいとかそういう話はミーティング後にすることになる。正直状況的には藁をも掴む思いなので、参加した。

①全体的に否定される

前述の通りミーティング後の食事等でまた状況の話をするわけだが、何を話しても「それは病んでいる」「おかしい、普通じゃない」といった反応がくる。

正直病んでてもともとなのである

自分の話になるが、物心がついたときから死にたい」と言って暴れたり、自傷行為に走ったりしてきて、頻繁に家出もしていた。大人になってからやっとの思いでメンタルクリニックにつながり、服薬とカウンセリングでなんとか生きてきたし、今もそうだ。

親との関係そもそも拗れていたのだが、最近になって親との関係も徐々に清算されてきた。親元はすでに離れているのだが、親も勉強したり考えたりしたようで、こちらも落ち着いて話せる環境になってきた。親には、「心配はするけど、生きたいように生きなさい」と言ってもらえて、荷が下りたような気持ちになったのが、最近のことである

病みつつ、病んでるなりになんとかやっていっている。

そこに状況の否定が来ると、混乱する。

おかしいと言われれば、たしかおかしいだろう。病んでいる。そんなことはわかっている。

②繋がりを否定される

まあ、おかしいだとか普通じゃない否定される分には「世間的にはそうですよね」で片付けられるのだが、決定的にしんどかったことの一つが、自助グループ以外の繋がりを否定されたことだ。

前述のとおり、同じような境遇の友人がそれなりの数居り、お互い「それはつらいね」「そういうとき、私はこうしたよ」など、傾聴を重視した関係を築くことに成功したわけだが、そのことをぽろっと自助グループで話したところ「友人に話すことはあまりよくない」といったことをアドバイスされた。

また、親とも少しずつ和解しており、今では困ったことがあると相談する関係なのだが、そのこともぽろっと話したら「親に相談することも良くない」らしかった。

そして、「自助グループで話すのがいい」という流れになる。相談するなら自助グループの人にしなさいと連絡先を渡された。

友人に話すことには良くない面もある、それは理解できる。

死にたい」「つらい」「助けて」といったことを頻繁に友人に対して言うのは、友人に心的介護要求することになる。それは友人にとって良くないのはもちろん、自分にとっても良くない。介護する側と介護される側となると、対等な関係ではなくなるからだ。

しかし、そこは理解した上で、友人とは付き合っている。本当にどうしようもないときは、病院カウンセリングに頼る。友人にサービス要求しない。傾聴はするし、お互いの嬉しかたことや悲しかたことを共有こそするが、それは友人関係範囲でのことだ。逆に、その辺りの意識が共有できない相手相談することはない。

これは(成人して一応社会生活を送れる身としては、)友人を親に置き換えてもほぼ当てはまる。少なくとも私の状況では。

なので、病院カウンセリングを中心に頼っている今は、友人たちとも親ともかなり良好な関係が築けていると思っている。

友人や親とは一応心配しあってはいるし、お互いの状況や気持ちを聞いて「そりゃきびしいなあ」とか「やったやん」などと言うことはあるが、それで「あれをしてあげた、これをしてあげた」ということはない。

そんな関係を、あまり詳しく話をしていない段階で否定されたことに衝撃を受けた。

③傾聴が機能していない

また、そもそも傾聴が重視されるはずの自助グループで傾聴が機能していなかったことも衝撃だった。

夫とはクールダウン期間として別居しているのだが、事情考慮した結果、また同居をするつもりでいる。

その旨を話すと、鬼のように止められた。

絶対同居はダメ」くらいの勢いである。

しかに同居にはデメリットもある。心理的距離が保てない(=自他境界曖昧な)二人が同居すると、それはそれはトラブルが絶えない。

しかし、「自他境界曖昧問題が起こる」ということを自覚した上で、病院カウンセラーを頼りつつ落としどころを見つけていく、ということはそんなにまずいことなのだろうか。

実際、別居のメリットも十分感じた。

最初はお互い(別居に対する)抵抗感があったが、一回離れてみると見えてくることはたくさんある。自分生活を律するのは最終的に自分だということ、金銭的にお互いを頼ることはなるべく避けた方が良いこと、べったりと一緒にいなくても生きていけること、たくさん気づくことがあった。

でもその上で、仕事場へのアクセス金銭事情、また単純に「適度に自他境界をつくり、一緒にいる楽しさに目を向けられる関係を目指したい」という点で、つまり試行錯誤をするというプロセス上、とりあえず同居してみてもいいのではないかと思っている。

トラブルがあれば、その都度カウンセリング医療機関を頼る、また一時的親族の元に身を寄せることもできる体制を構築した。これが保険となり、同居を前向きに考えられるようになった。

細々(こまごま)とした事情自分の中の天秤にかけた結果が「同居」なのだが、それは自助グループ的にはあり得ない様子なのである

これがまた結構な人数で説得される。そうなると場としては同調せざるを得なくなってしまい、「確かにそうですね…」と言ってしまった。

そのことがまあまあなダメージで、自助グループに行く度に「同居絶対ダメ」と説得されるのだが、そのあと1~2日はもやもやして寝込んだり泣いたりしてしまった。

もともとメンタルの病で意志薄弱なところがあるのだが、私のことは私で決める、ということが少しずつ出来るようになってきたところだ。

そこに大人数の説得が来て、かなり混乱した。もしバックボーンが違えども混乱するのではないか、と思う。

また付け加えると、ミーティング中の発言に関しても多少の突っ込みを受けた。これでは「言いっぱなし聞きっぱなし」の意味がなく、傾聴とは言えないのではないだろうか。もやもやもやもや

~~~~~~~~~~

その自助グループに参加してから、混乱したり寝込んだり涙したりしていたわけだが、その自助グループで「確かにそうですよね」等と言っていると、どんどん自助グループへの関与を勧められる。毎日どこかしらでやっているので、ほぼ無限に勧めることが可能なのだ

それで、その場の流れで「では、~曜日は~でやっている会に参加します」などと言ってしまった(本当は、要らないことは言わなければいいので、ここは私の落ち度と思う。)。

その場では参加する宣言をしたわけだが、私の場合、しんどさは大体翌日~翌々日にやってくるので、その場は平気でも後々「あんなことを言ってしまったが、行かなければならないのか…死にたい…」という状態になる。

行く宣言をした自助グループの会を翌々日に控え、「死にた~い…」となっていたとき、前からかかっているカウンセラーの顔が浮かび、カウンセリング相談したらいいのではないかと考えた。

ここ数ヵ月希死念慮は無かったのに、こんなに死にたいのはまずい状況だ。しか意志薄弱傾向もあって、「自分で決められない、誰かに相談しないと落ち着かない…誰か背中を押してくれ…でも友達にも親にも話すのはやめた方がいいって言われたし…」等と、くどくど考えていたが、最終的に友人が背中を押してくれたので、すぐカウンセリングに行くことにした。

カウンセラーにつらさを話すと、まずつらさを肯定してくれた。もうこの時点で涙が出るほど安心した。

一通り打ち明けたところ、自助グループ役割や傾聴の意義について説明を受けた。また、傾聴が徹底されている自助グループもたくさんあり、自助グループが全部私の経験したような場所ではないことも教えてくれた。

心の底から、「このカウンセラーさんと繋がっていて良かった…」と思った。

結局、しんどかった自助グループとは距離を置くことにした。今は、カウンセラー医師相談しつつ生活を建て直し、また傾聴が機能している他の自助グループに参加してみる方向で動いている。

自助グループしんどい人へ

何故この文章を書いたかというと、「自助グループ しんどい」で検索すると、「自助グループ行きたくないというのは偏見があったり、病識がないからだ」「とりあえず継続して行った方がいい」といった記事が出てくるからだ。

自助グループしんどいとき、これらを見ると、更にしんどい。

その自助グループや、自助グループというもの自体否定する気持ちは全く無い。実際、それで助かっている人はたくさんいるからだ。継続して色々な場所の会に通えば、どこかしらで自分と合った環境が見つかることも考えられる。吐き出せる場所が見つかれば、問題を抱えた人にとっては大きな助けになる。

私も、「それはそう、でも私はこうする」という切り分けができれば、多分その(しんどかった)自助グループに通っていたと思う。また、そこはしんどくても、同じグループの他の会を探すとか、しんどくてもご飯の流れだけは断って自衛するとか、そういう手もあった。

でも、傾聴があまりよく機能していない自助グループに、病気持ちで意志薄弱の傾向がある人が行くと、調子を崩すこともある。

場の流れを崩す恐怖が強くて、うまく自衛ができない人もいる。

その場合は、カウンセラー医師相談してみてほしい。自助グループは、死にたくなってまで行くものではないと思う。また、そこまで病的に意志薄弱(または意志があってもそれを伝えるのが苦手)なのであれば、まず医療機関等を頼るのが最優先だ。

それに、自助グループはたくさんあるので、「ここしかない」ということもない。その点でも、医師カウンセラー相談して、安心して話せる自助グループを探してみてほしい。

(カウンセラーについても、無資格カウンセラーはたくさんいますが、臨床心理士さんのいるカウンセリングルームの方が安定感があるのでおすすめします。ライフハック

臨床心理士さんが居る相談機関を探せるホームページがあるので、リンクを張っておきます

http://www.jsccp.jp/near/rinsho/indexsch)

この記事にたどり着いた人が、無理せず、良き生活、良き自助グループライフを送れるように、祈っています

自助グループがしんどかった話

※論旨に影響が無い程度のフェイクを混ぜています

また、特定自助グループ非難する意図も、自助グループ存在非難する意図もありません。

あくま自分体験です。

先日、初めてある自助グループに参加した。

私は既婚なのだが、夫婦間での問題が実害として表れ始めたので、相談機関相談したところ、自助グループに参加することになった。

自助グループとはどういうものかというと、

なにかしらの問題を抱える人が集まり、お互いの経験や現状を話し、つらさな気持ちを分かち合う場だ。基本的に「言いっぱなし・聞きっぱなし」、すなわち問題気持ちを吐き出して整理する場所で、傾聴に重点がおかれた形式をとることが多い。

なぜ、傾聴が重視されるかというと、発言に対して正論で責められると吐き出すものも吐き出せず、結局そこでは安心して話せないことになるからだ。

そもそも正論で片付けられるような状況であればそこまで困っていないというのもある。問題というのは様々なバックボーン出来事タイミングなど複雑な要素で成り立っているので、誰かにとっての正論が必ずしも当てはまるものではないということは確かだ。

とりあえず、誰にも言えないことを吐き出せる。そういう場所として自助グループがある。

具体的なアドバイス医師カウンセラー等、金銭的対価を払って、ある意味職業的責任を持ってくれる」人たちに頼ることが良いかと思われる。(個人的感想です。)

私もメンタルの病を持っており、医師カウンセラーに頼りつつ、同じようにメンタル問題がある人と繋がったり、信頼できる人を見つけて、お互いに傾聴するような関係を築いたりもしてきた。そういう前提のもと、前述の経緯で、ある自助グループに参加した。

~~~~~~~~~~~

びっくらこいた。

ガンガンアドバイスをされるのである

形式上は傾聴だ。まずミーティング的なものがあり、その際は順々に気持ち吐露していく。これについてその場でアドバイスされることはない。

また、ミーティング中は特定施設や団体等の名前を出すことは禁止されている。

しかしその後「ご飯行きましょ」という流れがあり、どこの病院がいいとかそういう話はミーティング後にすることになる。正直状況的には藁をも掴む思いなので、参加した。

①全体的に否定される

前述の通りミーティング後の食事等でまた状況の話をするわけだが、何を話しても「それは病んでいる」「おかしい、普通じゃない」といった反応がくる。

正直病んでてもともとなのである

自分の話になるが、物心がついたときから死にたい」と言って暴れたり、自傷行為に走ったりしてきて、頻繁に家出もしていた。大人になってからやっとの思いでメンタルクリニックにつながり、服薬とカウンセリングでなんとか生きてきたし、今もそうだ。

親との関係そもそも拗れていたのだが、最近になって親との関係も徐々に清算されてきた。親元はすでに離れているのだが、親も勉強したり考えたりしたようで、こちらも落ち着いて話せる環境になってきた。親には、「心配はするけど、生きたいように生きなさい」と言ってもらえて、荷が下りたような気持ちになったのが、最近のことである

病みつつ、病んでるなりになんとかやっていっている。

そこに状況の否定が来ると、混乱する。

おかしいと言われれば、たしかおかしいだろう。病んでいる。そんなことはわかっている。

②繋がりを否定される

まあ、おかしいだとか普通じゃない否定される分には「世間的にはそうですよね」で片付けられるのだが、決定的にしんどかったことの一つは、自助グループ以外の繋がりを否定されたことだ。

前述のとおり、同じような境遇の友人がそれなりの数居り、お互い「それはつらいね」「そういうとき、私はこうしたよ」など、傾聴を重視した関係を築くことに成功したわけだが、そのことをぽろっと自助グループで話したところ「友人に話すことはあまりよくない」といったことをアドバイスされた。

また、親とも少しずつ和解しており、今では困ったことがあると相談する関係なのだが、そのこともぽろっと話したら「親に相談することも良くない」らしかった。

そして、「自助グループで話すのがいい」という流れになる。相談するなら自助グループの人にしなさいと連絡先を渡された。

友人に話すことには良くない面もある、それは理解できる。

死にたい」「つらい」「助けて」といったことを頻繁に友人に対して言うのは、友人に心的介護要求することになる。それは友人にとって良くないのはもちろん、自分にとっても良くない。介護する側と介護される側となると、対等な関係ではなくなるからだ。

しかし、そこは理解した上で、友人とは付き合っている。本当にどうしようもないときは、病院カウンセリングに頼る。友人にサービス要求しない。嬉しかたことや悲しかたことを共有こそするが、それは友人関係範囲でのことだ。逆に、その辺りの意識が共有できない相手相談することはない。

友人たちとはかなり良好な関係が築けていると思っている。そこを、あまり詳しく話をしていない段階で否定されたことに衝撃を受けた。(今思うとあまり詳しく話をしていない状況だったか否定されたのかもしれない。)

③傾聴が機能していない

また、そもそも傾聴が重視されるはずの自助グループで傾聴が機能していなかったことも衝撃だった。

夫とはクールダウン期間として別居しているのだが、事情考慮した結果、また同居をするつもりでいる。

その旨を話すと、鬼のように止められた。

絶対同居はダメ」くらいの勢いである。

しかに同居にはデメリットもある。心理的距離が保てない(=自他境界曖昧な)二人が同居するとそれはそれはトラブルが絶えない。

しかし、「自他境界曖昧問題が起こる」ということを自覚した上で、病院カウンセラーを頼りつつ落としどころを見つけていく、ということはそんなにまずいことなのだろうか。

実際、別居のメリットも十分感じた。

最初はお互い(別居に対する)抵抗感があったが、一回離れてみると見えてくることはたくさんある。自分生活を律するのは最終的に自分だということ、金銭的にお互いを頼ることはなるべく避けた方が良いこと、べったりと一緒にいなくても生きていけること、たくさん気づくことがあった。

でもその上で、仕事場へのアクセス金銭事情、また単純に「適度に自他境界をつくり、一緒にいる楽しさに目を向けられる関係を目指したい」という点で、つまり試行錯誤をするというプロセス上、とりあえず同居してみてもいいのではないかと思っている。

トラブルがあれば、その都度カウンセリング医療機関を頼る、また一時的親族の元に身を寄せることもできる体制を構築した。これが保険となり、同居を前向きに考えられるようになった。

細々(こまごま)とした事情自分の中の天秤にかけた結果が「同居」なのだが、それは自助グループ的にはあり得ない様子なのである

これがまた結構な人数で説得される。そうなると場としては同調せざるを得なくなってしまい、「確かにそうですね…」と言ってしまった。

これがまあまあなダメージで、自助グループに行く度に「同居絶対ダメ」と説得されるのだが、そのあと1~2日はもやもやして寝込んだり泣いたりしてしまった。

もともとメンタルの病で意志薄弱なところがあるのだが、私のことは私で決める、ということが少しずつ出来るようになってきたところだ。

そこに大人数の説得が来て、かなり混乱した。もしバックボーンが違えども混乱するのではないか、と思う。

また付け加えると、ミーティング中の発言に関しても多少の突っ込みを受けた。これでは「言いっぱなし聞きっぱなし」の意味がなく、傾聴とは言えないのではないだろうか。もやもやもやもや

~~~~~~~~~~

それで混乱したり寝込んだり涙したりしていたわけだが、その自助グループで「確かにそうですよね」等と言っていると、どんどん自助グループへの関与を勧められる。毎日どこかしらでやっているので、ほぼ無限に勧めることが可能なのだ

それで、その場の流れで「では、~曜日は~でやっている会に参加します」などと言ってしまった(本当は、要らないことは言わなければいいので、ここは私の落ち度と思う。)。

それで参加する宣言をしたわけだが、私の場合、しんどさは大体翌日~翌々日にやってくるので、その場は平気でも後々「あんなことを言ってしまったが、行かなければならないのか…死にたい…」という状態になる。

行く宣言をした自助グループの会を翌々日に控え、「死にた~い…」となっていたとき、前からかかっているカウンセラーの顔が浮かび、カウンセリング相談したらいいのではないかと考えた。

ここ数ヵ月希死念慮は無かったのに、こんなに死にたいのはまずい状況だ。しか意志薄弱傾向もあって、「自分で決められない、誰かに相談しないと落ち着かない…誰か背中を押してくれ…でも友達にも親にも話すのはやめた方がいいって言われたし…」等と、くどくど考えていたが、最終的に友人が背中を押してくれたので、すぐカウンセリングに行くことにした。

カウンセラーにつらさを話すと、まずつらさを肯定してくれた。もうこの時点で涙が出るほど安心した。

一通り打ち明けたところ、自助グループ役割や傾聴の意義について説明を受けた。また、傾聴が徹底されている自助グループもたくさんあり、自助グループが全部私の経験したような場所ではないことも教えてくれた。

心の底から、「このカウンセラーさんと繋がっていて良かった…」と思った。

結局、しんどかった自助グループとは距離を置くことにした。今は、カウンセラー医師相談しつつ生活を建て直し、また傾聴が機能している他の自助グループに参加してみる方向で動いている。

何故この文章を書いたかというと、「自助グループ しんどい」で検索すると、「自助グループ行きたくないというのは偏見があったり、病識がないからだ」「とりあえず継続して行った方がいい」といった記事が出てくるからだ。

自助グループしんどいとき、これらを見ると、更にしんどい。

その自助グループや、自助グループというもの自体否定する気持ちは全く無い。実際、それで助かっている人はたくさんいるからだ。継続して色々な場所の会に通えば、どこかしらで自分と合った環境が見つかることも考えられる。吐き出せる場所が見つかれば、問題を抱えた人にとっては大きな助けになる。

私も、「それはそう、でも私はこうする」という切り分けができれば、多分その(しんどかった)自助グループに通っていたと思う。また、そこはしんどくても、同じグループの他の会を探すとか、しんどくてもご飯の流れだけは断って自衛するとか、そういう手もあった。

でも、傾聴があまりよく機能していない自助グループに、病気持ちで意志薄弱の傾向がある人が行くと、調子を崩すこともある。

場の流れを崩す恐怖が強くて、うまく自衛ができない人もいる。

その場合は、カウンセラー医師相談してみてほしい。自助グループは、死にたくなってまで行くものではないと思う。また、そこまで病的に意志薄弱(または意志があってもそれを伝えるのが苦手)なのであれば、まず医療機関等を頼るのが最優先かと考えている。

あと、自助グループはたくさんあるので、「ここしかない」ということもない。その点も、医師カウンセラー相談して探してみてほしい。

(カウンセラーについても、無資格カウンセラーはたくさんいますが、臨床心理士さんのいるカウンセリングルームの方が安定感があるのでおすすめします。ライフハック

臨床心理士さんが居る相談機関を探せるホームページがあるので、リンクを張っておきます

http://www.jsccp.jp/near/rinsho/indexsch)

この記事にたどり着いた人が、無理せず、良き生活、良き自助グループライフを送れるように、祈っています

2022-04-28

anond:20220428110854

だって最初から箸が上手に使えるわけじゃないけどちゃんと正しい持ち方で使うという訓練を行うことできれいな箸遣いができるようになる

字が汚いやつの99.8%は「字をきれいに書こう」という意志薄弱のまま何となくただ自分の汚い字を脳内でなぞりながら生きてきただけの楽したがりのゴミクズなんだよね。別に食べられればいいじゃんwwwwっつってご飯を全部スプーンで食べるような人間と何ら変わらない。

別に幼稚園児なら「食べられればいい」けど、中学高校社会に出てまでそれじゃぁちょっと恥ずかしいよね(笑)

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