はてなキーワード: ドライバーとは
こっちのほうがしっくりくるな
車は殺戮マシーンと化するという考えは安全運転のためにドライバーが意識しておくことは重要だけど、その理屈で車そのものを否定するのは法律という概念がまるでわかってない
『自動車や、それを用いた交通の仕組みって、想像していた以上に性善説というか、
運転する人間の良識や適切な注意力にゆだねらているんだと思って正直ゾッとした』
・交通ルール、事情をいままで知らなかっただけでそもそもこの世の中自体が良識と注意力に委ねられているだろう。
『ましてやもらい事故、不意な飛び出しなんかに至っては、どんなに気をつけていても回避不可能の運ゲーに近い
それを解決する手段が「かもしれない運転」って、なんというか個人の注意力や能力や時々の運にゆだね過ぎじゃない?みたいな』
・急に強盗に入られるのも一緒。自分に落ち度なくても運が悪いのはそりゃどうしようもない。
『地方や郊外に住むとなったら、もう「乗らない」っていう選択肢自体が存在しない 社会インフラが車前提に整備されてるもんね
おとなもおじいちゃんもおねーさんも、好むと好まざるとにかかわらず運転することを「強いられているんだ」って感じ』
・人は皆生まれてくるところを選ぶことはできないから生きていくところを選べるようになるしかないよ
『そういう「運転しない自由」「自動車社会に参入しない自由」が実質的に与えられてないよね
ましては最近は公共交通が衰退して、街の中心部の店が潰れ郊外ショッピングモールに集約、みたいにどんどん流れがそっちに行ってる
高齢運転者問題もそうだけど、車前提でインフラや制度設計しておいて
他方で「能力や覚悟が足らないやつは運転するな」っていうのは、それはそれで「死ね」って言ってるのに近くない?』
・残念ながら口にしないだけで社会は死ねって言ってると考えていいでしょう。でもその現状は資本主義に基づいた合理化、効率化の結果なので不満があるなら違う環境にうつるか、自分が環境を変えられるようになるしかないかと。
『「お前は車の恩恵を受けていないのか?荷物配送やバスやタクシーも使うなよ」
→それはプロドライバーの仕事じゃん。運転の技量がある(大型なり二種免許をとっているような)人達が、業として行ってるわけで
例えば飛行機の運行がプロのパイロットだけに許されているように、自動車の運転もプロのみに許されていれば、
状況はまたちょっと違うことになっていたと思う』
・違う環境になれば違う結果を呼ぶのは当たり前。あともしも運転はプロドライバーだけがすればいいと考えたなら人類には早すぎるではなくてヘタクソは運転するな、になるわけで。
『もちろん、現状の自動車社会をすぐに転換することは現実的には不可能だと思う
だから、上記の記事などにも指摘されているように、現在の技術でできる限りの安全装備やシステムをどんどん義務付けてしまったり、
(具体的には信号の右直分離・歩車分離の徹底や、エンジン起動時の免許・ドライバー状態のチェック、など)に変えて、
可能なタイミングがきたら、一気に完全自動運転社会に転換してしまったほうが良い』
・車の安全装備の高水準化、交通整備システムの徹底などに関しては全面的に同意。関係ないけど完全自動運転って事故が起きたとき誰が悪いのかで揉めそうで実現すんのかなぁと思う。
『そういう極めてスポーティかつハイリスクな行為を公共インフラとして存置させてくのはどうなのよ
エンタメは、サーキットや有料道路の中でやってくれよ、という感じ
免許取り立ての若者から80代の爺さんまで参入する「交通社会」に持ち込むべきものではないよね』
・自動運転技術の成熟した未来がきたらもしかしたら自分で操縦するという行為は安全性の観点から任意の趣味でしか行えなくなるかもしれないが、当然今の社会にはまだまだ運転技術が必要なシーンは多くそして適切に運転している人々からすれば危惧されるのは心外でしかないと思う。
車の運転って難しすぎない? なんで社会で許されてるの? - 拝徳
http://tokunoriben.hatenablog.com/entry/2019/05/18/211416
最近必要にかられて免許を取ったんだけど、まさに同じようなことを感じた
自動車や、それを用いた交通の仕組みって、想像していた以上に性善説というか、
運転する人間の良識や適切な注意力にゆだねらているんだと思って正直ゾッとした
ハンドルをちょっと切れば、アクセルをちょっと踏み込めば、すぐに死ねるし簡単に人を殺せる、
そこにシステムとして、フェイルセーフがほとんど効いていない感じがある
(最近ようやく普及してきた自動ブレーキや車線逸脱防止システムで、多少フォローが入るようになったけど)
皆が教習所で習うように、常に適切な注意と判断と譲り合いの心を持って運用すればまだしも
現実は「制限速度+10kmがちょうどいい」だとか、あんまり道交法をしっかり守る人ほとんどいないし
いくら安全運転の意識があっても、運転中ちょっと注意を失えば即大事故リスク
さらに、ネットに上がるドラレコ映像を見ていても、路上には一定数の割合でヤベー奴がいるし、
ましてやもらい事故、不意な飛び出しなんかに至っては、どんなに気をつけていても回避不可能の運ゲーに近い
それを解決する手段が「かもしれない運転」って、なんというか個人の注意力や能力や時々の運にゆだね過ぎじゃない?みたいな
そんで、こういった怖さ/リスクは都会に住んでいる限りは「乗らない」って選択肢を取ることで多少回避できるけど、
地方や郊外に住むとなったら、もう「乗らない」っていう選択肢自体が存在しない 社会インフラが車前提に整備されてるもんね
おとなもおじいちゃんもおねーさんも、好むと好まざるとにかかわらず運転することを「強いられているんだ」って感じ
あとこのたぐいの議論で、ブコメなんかで出てくる反論がいくつかあるけど、
なんかどうもピントを外してるなと思う。いくつか例に出すと
①「そういう怖がりな(or 運転技量がない)奴は運転しないでくれ」
→じぶん個人的には極力そうするつもりだけど、上に書いたように日本の大部分の地域では
そういう「運転しない自由」「自動車社会に参入しない自由」が実質的に与えられてないよね
ましては最近は公共交通が衰退して、街の中心部の店が潰れ郊外ショッピングモールに集約、みたいにどんどん流れがそっちに行ってる
高齢運転者問題もそうだけど、車前提でインフラや制度設計しておいて
他方で「能力や覚悟が足らないやつは運転するな」っていうのは、それはそれで「死ね」って言ってるのに近くない?
②「お前は車の恩恵を受けていないのか?荷物配送やバスやタクシーも使うなよ」
→それはプロドライバーの仕事じゃん。運転の技量がある(大型なり二種免許をとっているような)人達が、業として行ってるわけで
例えば飛行機の運行がプロのパイロットだけに許されているように、自動車の運転もプロのみに許されていれば、
状況はまたちょっと違うことになっていたと思う
もちろん、現状の自動車社会をすぐに転換することは現実的には不可能だと思う
だから、上記の記事などにも指摘されているように、現在の技術でできる限りの安全装備やシステムをどんどん義務付けてしまったり、
(具体的には信号の右直分離・歩車分離の徹底や、エンジン起動時の免許・ドライバー状態のチェック、など)に変えて、
可能なタイミングがきたら、一気に完全自動運転社会に転換してしまったほうが良い
でも、おそらくそういうものには一定の感情的な反発があるだろうし、そううまく運ばない気もする
結局のところ、「車は、身体を拡張し、自由を与えてくれる装置である」
「自動車を操る楽しさ」「走る歓び」とかそういうやつ
そういう極めてスポーティかつハイリスクな行為を公共インフラとして存置させてくのはどうなのよ
エンタメは、サーキットや有料道路の中でやってくれよ、という感じ
免許取り立ての若者から80代の爺さんまで参入する「交通社会」に持ち込むべきものではないよね
なんかアメリカ人が、あれだけ乱射事件を起こしながら「銃を持つ自由」を手放さない、みたいなとこに近いのかもなあ
もちろんこういう状況は日本だけではないんだろうけど
最近はブレーキとアクセルの踏み間違え事故で世間は大騒ぎである。
そもそもクルマは無条件で運転させることは到底不可能な程度に危険なものであり、免許を設けることでなんとか社会で受容できるレベルに事故率を下げてきたという、歴史的事実を痛感させられる。
そんなクルマの世界だが、公道を走るクルマとは別次元で危険なのは、レーシングカーの世界である。
特にフォーミュラカーあるいはオープンホイールと呼ばれる競技専用車は、割と最近まで文字通りドライバーの血で染まった歴史だった。
という有様で、参戦ドライバー25人中、毎年平均して2人が亡くなるという、職業としてみた場合もはやブラックなんてレベルじゃない状態で、それこそ命よりも大事な何かがある人か、それくらいしか能力適性がない可哀想な人以外には、とてもオススメ出来なかった。
そんな時期から気がつけば半世紀近く経ち、現在ではかなり死亡リスクは軽減された。
特にF1については1981年に初めてカーボンモノコック製の車体が登場してからの進展はめざましく、死亡事故も数年~十数年に一度くらいに激減した。
しかし、依然として危険はある。しかもフォーミュラカーのアイデンティティというか、本質的危険性が未だに解決されていない。
以上の点を満たす、舗装されたコース専用の競技車両ということになる。
というか、これに当てはまらないものはフォーミュラカーではないと言い切れるくらい、本質的な部分だ。
そして、この点が依然として重大事故のリスクとなっている現実がある。
すなわち、それぞれ
このうちコクピットの危険性については、最近Haloと呼ばれる、コクピットを環状にバーで囲む防護装置(バーはチタンもしくは鉄製)の装着が義務付けられる流れになっており、これでかなり解決しそうである。
何しろ過去には、自身のクラッシュで飛んだ破片が頭に刺さって亡くなったアイルトン・セナや、更には宙を舞ったマシンが真っ逆さまのままガードレールの真上に落ち、ドライバーがガードレールに切り裂かれて真っ二つになったとか、ガードレールの真下にマシンが潜り込み、ガードレールによって文字通り首を刎ねられたとか、インディカーでは宙を飛んだマシンがコクピット側から金網に突っ込みドライバーがもみじおろしになった事例もあるのだ。
どれも頭部を防護する仕組みが車両側にあれば…と思わずにいられない。
というわけで、残るは「タイヤが露出しているため、後続車の前輪が先行車の後輪に接触するだけでマシンが宙を舞う」問題だ。
というか上述の例だけでなくかなりの数の死亡事故が、オープンコクピットの危険性にオープンホイールの本質的特性が合わさったケースだったりする。
もちろんそこはプロドライバー、レーシングカートの時代からタイヤ同士の接触の危険性を叩き込まれて育ってきた事もあってか、ドライバーの工夫によって滅多に起きない事例である。
しかしひとたび起きれば、入門カテゴリのレーシングカートでさえ死亡事故の原因になるのだ。
何か防ぐ手立てがあるのか、とても気になる。
高齢者の暴走が世間を騒がせてる。オレも今日、直進が黄色から赤になりかけ右折時間になりかかる瞬間に、直進で突っ込んできた対向の軽自動車を見たとき「危ねえな」と思った瞬間相手ドライバーを確認してた。婆さんだった。ウンザリする。高齢者が暴走してたから? 違う。「暴走してたから高齢者なんじゃないか」と自分が心の中で予断を持っていたことに対してだよ。相手の顔を見て「やっぱり」と一瞬思ってしまったことに対してだよ。
言うまでもなく、若いドライバーだって暴走する。中年ドライバーだって暴走する。デブのドライバーなんて運転中に心筋梗塞起こすかも知れねえ。運転に自信があるドライバーなんて最悪だ。周りが全員下手に見えて始終イライラ運転する。社会的地位の高い連中もたちが悪い。周囲が自分に譲って当然だと思ってるから、運転が尊大で危険な存在だ。昔ならセンチュリー、今ならプリウス。運転下手な車種の代名詞だ。廃版にしたほうがいい。スポーツカーなんて存在価値がない。ただただ暴走するための存在だ。購入者にはバカほど高い保険を義務付け、些細な違反にも罰を重くしようじゃないか。誰もかれもが、暴走予備軍だといえるだろう。
…でもな。実際に暴走して叩かれるのは、高齢者だけだ。若いドライバーが、中年が、デブが、運転に自信のあるドライバーが、地位の高いやつが、センチュリーやプリウス乗りが暴走しても、その属性自体が攻撃されたりはしない。属性持ち全体が批判に晒されたりはしない。どれをとってもの「高齢者という属性」と同じくらい有意に暴走との相関があるだろうに、誰も、「あいつらから免許を取り上げろ」とは言わない。おかしくねえか?
分かっている。高齢者が、判断力や反射神経が衰えた結果、事故の原因となりやすいということは。そこを否定したいわけではないんだ。ただ、昨今の報道が、事故の原因を「高齢者」という属性に起因させようとし過ぎているのがフェアじゃないと感じるって話なんだ。「高齢者は危険な存在」って話の持って行き方が、あまりにも誘導臭くて危険に感じるんだ。それが、自動運転車を普及させたい自動車会社と国の隠れた共同キャンペーンであり、実際そこにあるのがあくまで「善意」であると仮定しても…(そして自動運転社会が早く到来してほしいと思うオレにとって、大変都合の良い世論が形成されつつあるとしても)…それでも、そのように特定の属性について安易にその権利を制限する(免許を返納させろ!という空気を形成する)ことには、もっと慎重であるべきだと思う。そんな簡単に、人の権利を取り上げないでほしい。充分に慎重で善良でしかも生活に車が必要な高齢ドライバーに、やたらとプレッシャーを与え後ろめたい気持ちを感じさせないでほしい。
思慮の足りない若者が運転していいなら、反射神経が衰えた老人だって運転していいはずなのだ。こういうと、「お前は高齢者の暴走で家族を殺されても恨まないのか」とか言う奴がいる。馬鹿じゃね? そんなん恨むに決まってんだろ。相手をぶっ殺したいと思うだろーな。でも、それは相手が高齢者でも若者でもデブでもなんでも同じだ。そして、それはあくまで「ソイツ個人の問題」であって、その属性の問題とはしない、程度の理性は保っておきたいと思う。この社会は車の運転を一般人に許容しその利便性を享受する半面として、そこから生じる被害をリスクとしてすでに計上しているんだ。俺たちはすでにカードゲームを楽しんでいて、お互いにジョーカーを押し付けあって、自分だけは「アガリ」を引こうとしてる。だが、一定のリスクがある以上誰かが最後にジョーカーを引く。それはゲームの一部だ。ジョーカーを引いてから文句を言ってもしょうがない。最後に泣く奴が出るのをあくまで防ぎたければ、この車社会と言うゲーム自体を変えるしか無い。そしてそのための方法なら、オレたちはすでに手にしているのだ。
だから報道は、センセーショナルな高齢者バッシングよりも、素直に自動運転車の実証実験、早期推進キャンペーンやろうぜ。その方が確実に、社会を幸福にすると思うんだけどな。
受動喫煙の話をすると、必ず「差別だ!」と言い出す喫煙者がいるのだが、そもそも喫煙者を迫害するのは差別ではないし、差別になりえないと思う。
なぜなら、生まれつき喫煙者の人はいないから。男女は生まれつきだよね、本人の努力では変えられないものは本人の責任ではないから、不公平があったら差別だよね。LGBTも本人の意思で「なろう」と決めてなっているものではないよね、だから不公平があったら差別だよね。
でも、喫煙者は違う。どこかの時点で、「自分の意志で」「喫煙者になろう!」と決めて、喫煙者になっている。しかも、もう30年以上前からタバコの煙の迷惑は社会問題になっていたのに、他人の迷惑になることが分かっていながら「自分の意志で」喫煙者になった。自分の努力で頑張れば回避できたはずだよね?しかも、がんばれば非喫煙者に戻れるよね?この10年ぐらい、延々と受動喫煙の問題がこれだけ騒がれてて、迷惑になるだけでなく、煙で他人に傷害を負わせたり死なせたりするケースもあるってわかっているのに、それでも納得して、成人してから「自分の意志で」喫煙者になったんだよね?
じゃぁ、不公平があっても差別じゃなくない?受動喫煙が原因のがんで死ぬ人は、日本に年間1万5千人もいるそうだ。1万5千人だよ?池袋の事故で高齢者が轢き殺したのは2人、大津の事故で亡くなった園児も2人。どちらの交通事故でも、過失のあった運転者は事故を起こそうと思って起こしたわけじゃないだろうし、歩行者が死ぬことが分かっていたら運転しなかっただろう。でも、喫煙者は違う。自分のせいで年間1万5千人も他人が死ぬという事が「分かっていて」、それでも喫煙をやめなくて、「自分が気持ちいいから」「自分の意志で」喫煙を継続しているんだよね?
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000130674.pdf
正直、喫煙者の耳元で「人殺し!!!」と怒鳴りつけて非難してはいけない理由が自分には理解できない。自分の煙で他人が死ぬって「わかっていながら」、「自分が気持ちいいから」「自分の意志で」喫煙を継続しているんだよね?意図的だよね?過失じゃないよね?
喫煙者は、「意図的に」人を殺し続けている分、どう考えても、「過失で」人を殺してしまった池袋や大津の交通事故のドライバーより悪質だよ?喫煙者は人間の心を持っているとは思えないよ。
https://dic.nicovideo.jp/a/%E9%A3%AF%E5%A1%9A%E5%B9%B8%E4%B8%89
こういうのはニコニコにふさわしくないのではと思うんだけど、
被害者に手紙出したことまでネタにしていい弁護士がついたなとか叩いてて驚くわ
上級国民がどうのこうの下世話マックスの5chと大して変わらんやん
あの老人のやったことは悪いことだし過失も大きい
けど故意ではないし87歳で気力体力衰えたところに人生の最終盤に人殺しになっちまって辛いだろう
轢かれて大怪我した人達や家族殺された人達はそりゃ許せない気持ちだろうけども
老人の免許の見直し制度について合理的な議論しようって方向にいくならわかるが
こういう時に、全員ではないとはいえはてながそんなに程度高くない、下手すれば素朴に下世話な5chより下の知性と人格の人間が結構おるなとがっかりする
こういう話の時に「はてなに何を期待するんだ」とか居直るのもやめてほしい
つい今しがたまで軟禁されてたので、あった事を書いてく。色々ありすぎてどう報告していいかわからなくてぐちゃぐちゃで読みづらいと思うけど許して。なお全部本当の話です。嘘松でこんな状況になるなら嘘松であって欲しいレベル。
普段から自宅作業してるんだけど、昼飯食べてからコンビニで飲み物買い込みに行った時に近くの駐車場でパンツ丸見えのネグリジェの女性が本を読んでたの。
文句言われたらやだからなるべく見ないようにしようと無視してコンビニでさっさと買い物を済ませた所、まだ読書してた。
帰り道もなるべく見ない様にしてたんだけど、「お兄さん、パソコン詳しい?」って声掛けられて応えてしまったのが運の尽き。
だってパンツ丸見えだったのでワンチャンいい事あるかもとかスケベ心で股間勃起させてしまうじゃない?
状況を聞いたら、何をしたいのか全く要領を得ない。
そんで目の前にある一軒家に上がって見てくれと。
いやいや普通そんな事しないでしょ。こわっ。と思ったので家の前でならと言うと、ボロッボロのWindowsXPのノートPCとUSBメモリと無線LANの中継機の箱を持ってきた訳よ。
ただその気持ちは直ぐに上書きされてしまう。何故なら玄関に置いたPCを持ち上げる時に女の子のネグリジェも持ち上がりパンツが後ろから丸見えで何なら股間も少し透けてた訳よ。なんなのこの状況。下心が止まらないんですけど。勃起。
まあそんなで、その子がPCを起動してUSBメモリを挿してたんだけど何も出て来ない。
USBのポートを変えさせたところ認識したのだが、やはりどう見てもただのUSBメモリぽい。そして中身はどうやら空っぽ。
でよーく話を噛み砕いて聞いてみると、やはりインターネット繋いで案件である事は間違いなさそう。
ただ、そのUSBメモリがなんなのかは分から無い。ドライバーでも入ってるのかと思ったけど空っぽだし。
本人はジョーシン?の店員に聞いたのだからこれでインターネット繋がらないのはおかしいって言い張る。
そもそもノートPCにWiFiモジュールついて無い奴(デバイス一覧で確認した)で、インターネットには繋がらないよといくら説得しても理解出来そうにない。
いつ買ったのと聞いたら中学生の頃だと。え、あんたいくつなの?未成年じゃないよね?タバコ吸ってるし。
そんなやり取りをしてたら
158G(多分128GBと言いたいのだと思う)のUSBだから絶対に繋がるはず!だってインターネットもGでしょ?と。
どうやら"ギガ"と言うのはネットに関するキーワードだと勘違いしてるご様子。
「秋葉のソフマック(多分ソフマップ)でも聞いたのだから間違いない!」とご立腹。
そもそも、無線LANの中継機だけではなくてモデムが無いとダメなんだけどと言うと、そんな物は無いと。なんとかなるっしょと。
この時点で情弱に適当な対応と適当な商品を売りつけたソフマップとジョーシンにキレそうになってるんだけど、その間も股間はずっと勃起してた。
後この時点でコンビニで買ったアイス2個が溶けそうだったので1個上げて、自分も食べながら作業した。マジ勘弁。
でもそうする事で股間も少しは収まった。
埒があかなくなってきて困っていた所若いお兄さん?彼氏?旦那さんが帰ってきたの。
ああこれ美人局ってやつか?と思ったら何も言わずにそのまま家に入っていった。
まあ家の前だし何もしてないからね。
家の中でやらなくて良かった。変な気を起さなくて良かった。
そう考えていた時期が私にもありました。
とにかく中継機の方だけでもなんかするかとセットアップ開始。ノートPCは繋がらないので手持ちのスマホで中継機に繋いでセットアップ。
家はボロい感じの2階建て一軒家だけど、どうせどっかの無線LANにタダ乗りしてんだろうと。今はモラルを説いてる場合じゃな
いし、仕事あるからさっさと終わらせよって思ったので、普段どれに繋げてた?って聞いてそのSSIDとパスワードを設定、繋がった!と思ったらセットアップが完了しただけで、無線LANから先に繋がってなかった。こりゃそもそもタダ乗りすら怪しいレベルだわ。
でも女の子は、そんなスマホの状況をみてネットに繋がったと勘違いしており、
真似して自分の携帯に設定してネットに繋がらないと癇癪起こしてた。
そしてこの時点で勃起は完全に収まった。よし、必要な物だけメモさせて帰ろう!と決心する事が出来た。
そんな折、先程の男性が家から出てきて「暑いんだから家の中でやって見てもらいな」とか言うので話がおかしくなった。
女の子は言う「あれは父だ」と。
普通さ、親ならなんか言わね!?そこらで捕まえた知らん男性と娘を家に2人きりにするか?
そう思った瞬間に股間が復活してた。アホか俺。
玄関まで入ってしまったけど、良心と下心のバトルが続いており。それでも最低限の事だけ伝えて帰ろうとしたら再び癇癪を起こして誰かに電話。
だが彼女のスマホはネットには繋がっておらず俺のスマホを取り上げて電話を始めたのだ。しかも誰にかけてんの!?
元々ノートPCにはWiFiモジュールが刺さっていたぽいのだが「もう使わねーよな?」と兄に持ってかれてしまったのだ。
話を聞くと兄はエンジニアで少しは話が通じそうな感じがした。
なので電話が終わった後で、話通じそうだから俺が直接状況を説明しようと言った瞬間にまた癇癪起こして泣きはじめたのだ。
兄への説明も「USB(メモリ)のぐるっと回る所が光るから絶対に繋がるはずなのよ。プラスチックなやつ」などと聞いてる方は意味不明な事を連呼していて、それでも兄はなんとか型番を聞こうとしてる様子で、「タイムって書いてある(チラッとしか見えなかったけどteamて書いてある様に見える)、128GB/USB3.0とも書いてある。」
ただ彼女だけは異様に前向きで、事態はほぼ収束したと。癇癪起こしてたのに立ち直りはえーなこやつ。などと間抜けな事を考えていたら話は更に変な方向に。
「母親が5時に帰って来たら一緒に機材買いに行ったり設定するから車出して欲しい。それとは別に30分くらいで良いから上がってコーヒーでも飲んで行きなよ。暇だし。」
車出さねーよ?
「君は(パンツ丸見えで)魅力はあるけど、ごめんね。30分でも2人きりにはなれないよ。」
そう告げると、「どうして!?どうしてこうなるの!?インターネット繋ぎたいだけなのに。彼氏にもデータ消されて捨てられるし!」と今までで最高レベルの癇癪とカミングアウトを発動した。
だが効いた。なんか可哀想になってきちゃって。見た目も可愛い感じだし。30分お茶するだけなら良いかなと。
そしてなんかスケベももしかしたら出来そうかもとか思ってしまったのだ。
この時きっぱり帰ればよかったのだが、なんか家の中で女性が泣いてる状況てヤバくね?みたいなのもあって油断したのだ。
で家に上がる事になった。
狭い階段を上がると全く洗ってなくてガビガビの黒猫ちゃんが居た。
ここまでで半分くらいです。
長いので2回に分けます。
プロレスラーを傷害容疑で逮捕、順番待ちでトラブル TBS NEWS
日本だと、割り込み程度のことでも、ブチ切れてトラブルになることがあるけれど、
そういうのが日常茶飯事の国では、ちょっとやそっとのことでは動じない。
お互いどんな奴が運転しているかわからないから怖いっていうのもあるけど
寛容って言い方もできるかもしれない。
昔、スペインをドライブしたとき、アンダルシア地方のニュースで
キレるドライバーを社会問題としてテーマに取り上げていて、ケンカしているドライブレコーダー映像を見たことがあった。
スペインも似た問題を抱えているんだなと思ったけれど、北部をドライブしていると
スペインは一般に北部が経済的にも発展している。成熟した社会だとそういうのは少ないのかと思った。
その場で穏やかに解決したほうがいいなと思うくらいに、きわどい運転マナーであふれかえっていた。
あと、アフリカ。
何か事件があったときの野次馬の興奮度はすごい。場合によっては、悪者とされた方はタコ殴りの目にあう。
こういう国では、降りてケンカなんかするもんじゃない。周りからわらわらと人が寄ってくる。
マスコミや記者を悪者に仕立て上げることは、マスコミや記者が保育園関係者を糾弾することと構造が同じではないか。真に糾弾すべきものは、人では図らずも結果として事故を起こした運転者らであるのかもしれないし、人以外のものでは不十分な安全対策、進まない法整備、安全対策の現状への間違った認識などであるのかもしれない。にも関わらずそちらの方へ話が向かっていないのであれば、保育園関係者を愚かにも糾弾するように見えるマスコミや記者と変わりはしない。糾弾すべき方向が完全に間違っている。
今回の事故に明確な悪者はいない。保育士は最善を尽くしていた。運転者にも悪意はなささそうだ。行政もできる範囲で注意を払っていた。警察も救急もちゃんと機能していた。強いて言うなら悪者は、歩行者に安全な社会環境を作ってこれなかった過去の俺らだ。なれば今回の悪者は人ではない。悪者は無形で目にはさやかに見えないもので、整備されていない車両用防護柵や、法整備が追いついていない現状や、日本社会は歩行者優先でドライバー側も歩行者の安全をいつも気にかける世界一交通マナーの素晴らしい国であるという俺らの間違ったセルフイメージなどではないのか。
そして俺らは子供じゃないが、今回のように信号待ちをしているときに車が高速で突っ込んできたとしたら、誰がよけて無傷でいられると言えるのだろう。信号を待つとき大抵の俺らは、ぼーっとしているかスマホをいじっているかのどちらかだ。はたして突っ込んでくる車に対応できるだろうか。
明日の俺らが歩く道に、ガードポールのない交差点があったとしたら、明日は俺らが死ぬのかもしれない。
確かに今回の会見の酷さは凄まじく、メディアの取材姿勢について問題にすべきではある。あれはクソだ。判断能力のある人間が発すべき言葉じゃないものが多々あった。しかしメディアを糾弾したところで事故は無くならないわけですよ。事故の発生とメディアにはなんの関わりもない。
またメディアの態度は受け手の態度でもある。逆説的に、もし今回の会見がこれほど酷いものでなければ、これほどに拡散することはあっただろうか。購読料金を払う新聞と違い、テレビは視聴者数が広告収入に直結する。すなわちテレビは話題になる画を撮ることが善なのだ。それが何十年と続き今回のような記者会見の空気が醸成されてきた。責任は俺らにもあるんだ。現に今回の記者会見で騒いでしまった。今回騒いだことにより、感情的で印象的な画が撮れれば視聴率が上がることを再び証明してしまったんだ。
残念だが方法は二つしかない。口を出したいような記者会見があったとしても見て視聴率を上げることをせず、絶対に中継で見ることをせず、そして過去のことになってから声を上げてあれはダメだったと指摘すること。メディアを形作ってきたのと同じくらいの時間がメディアをこれから形づくるためには必要かもしれない。長い長い戦いをしなければならない。
PS:日本における子供の交通事故での死者数は、減少を続けている。しかし負傷者数は人口の減少にも関わらず増加している。
佐川にキレている。
まず1件は佐川の荷物の仕分けミスで今日中着だったグッズが明日の夜着になった。
自分のTLでは無事グッズが届いた他のオタクが続々幸せそうな写真をアップしている。解せない。
2件目も佐川に当日の午前中に再配達依頼を電話した際(電話しろとあったので)に5/5の夜までには再配達できますよ!ドライバーに言っておきます!と言われたのに結局届かなかったことだ。
まあ物流業者大変だし、昔あった数回配達行くも留守で荷物受け取ってくれない客にキレて荷物蹴飛ばしちゃった件とか、未だにパワハラクソ野郎がのさばってる職場環境と聞いたり客に振り回されたりと大変な中しょうもないオタクグッズを配送してくれているので直接クレームもいいづらい、でも推しとの楽しい時間は休み開けになったしTLでは依然他のオタクが推しグッズと楽しそうに踊り狂う画像が続々アップされているし、今テレビでやってるアベンジャーズではこれから推しが死ぬし、私には悲しいことばかりだ。解せぬ。
ゲート前に着いた時はまだギリギリボーディングブリッジついてたから、Restricted Areaとか書いてあるところを突っ走ったら、もしかしたら気づいてくれて乗せてやってもいいかみたいな気分になってくれたのかもしれないけど、流石にできなかった。まあそんなことしても無理なものは無理だったか。アメリカ市民でもないからそんなことして追放されたくもないしね。
少し言い訳させてほしい。俺は今日、スーツが仕立てられるのを待っていた。今日午後4時にスタンフォードショッピングセンターで仕上がるはずだったスーツが、実はまだできていなくて、そこからすべての予定が狂ったのだ。まあ確かに慌ててブルックスブラザーズに行って、いいスーツは仕立てなきゃいけないことも知らずに衝動買いしてしまい、仕立て屋に無理を言って3日くらいで調整させたのが悪かったのは間違いない。普段スーツなんか着ないので、少し似合ってそうなスーツが手に入って舞い上がっていたのだ。ともかくも急いで仕立ててもらい、5時少し前くらいに一旦自宅へ戻ることにした。
渋滞を、なめていた。
4時から6時まで、クパチーノあたりからサンノゼ方面がものすごく混むのだ。しかも金曜の夕方だ。プレミアムフライデーなんかなくても金曜は勝手に早く帰り始めるベイエリア住民を、なめていた。
家に着いたら6時、出発一時間前である。普段20分くらいで着くところが1時間もかかってしまった。この仕立てたスーツを入れて、スーツケースを閉じて、充電器も入れて、などしていたら10分くらい経ってしまい、それからウーバーを呼んだ。
しかもこのメキシコ人ドライバーはあえて帰宅ラッシュで激混みの101に突っ込んでしまう。Googleマップに誘導されたようだが、普通にウーバーのアプリを使って下道で行ってくれたら良かったのに。なんだったらWazeを使って欲しかった。というか最近Googleマップの経路探索って精度が微妙じゃないだろうか。
結局サンノゼ空港に着いたのは出発時間の15分前である。さすがにチェックインカウンターで「もう間に合わないですかね?」などと聞いたのだが、まだいけるという。本当に?と思いながらもともかくスーツケースを預け、セキュリティに向かった。幸いあまり混んでなかったのですぐ通過できた。
いや、ここで気づくべきだった。しかし以前、ターミナルAでチェックインしたのにターミナルBに誘導されたことがあったのだ。サンノゼ空港はターミナルAもBもつながってるので、必ずしもターミナルAでチェックインしたらAから出発するわけじゃない。しかもこの時には間に合いそうもない飛行機に間に合った…!と思ってしまっていたのだ。ちょっと遠いなーと思いながらズンズンとターミナルBに向かい、Gate 19についたところで気づいた。
19Aって、シート番号じゃないか!
聡明な読者ならすでに気づいていただろうが、繰り返すとこの時には本当に間に合ったつもりでいて、わざわざゲート番号を調べ直したりしなかったのだ。しかし、なぜ間違えたって?これがまた、ちっちゃいのだ、ゲート番号の文字が。しかもかすれてるし、他にもいろいろ番号は書いてあるので、ここに書いてある"04"の文字が全く見えてなかったのだ。
走ってゲート4に行ったところで見た光景が、最初に書いた通り、ボーディングブリッジはかろうじてついているものの、"Status: Gate Closed"と書いてある状況である。しかもゲートには誰もいない。くそ、金曜日はこれだから嫌いだ。
しかしチェックインした荷物の行方もわからないし、とりあえずゲートの係員を待つことにした。しばしうろうろしていると係員が戻ってきて、話しかけると「LAXに行くはずだったんでしょ?何度も呼んだのに」と言いながらもてきぱきとシステムで次の便を探してくれるあたり、飛行機を目の前で逃す客の対応は慣れているようだ。しかし当日LAX(LAの成田空港的存在)に向かう便はすでにないと言う。「明日の朝でも良い?」と聞かれるも、LAXを深夜出発する便をどうしても捕まえなければならない俺には妥協の余地はない。とりあえず荷物の行方をバゲージクレームを渡しながら聞くと、すでにサンノゼ空港にはないと言う。まじか、荷物だけ飛行機乗ってしまうこととかあるのか!
いまひとつゲートの係員やトランシーバーで連絡をとっていた荷物担当者の言ってることを完全には信用できていなかったのだが、言っていてもはじまらない。なんとかして深夜までにLAにたどり着かねば日本行きの航空券取り直しになってしまう。20数万のチケットがパーになる。何より到着が遅れて日本での予定もめちゃくちゃになる。
しかし実は、サンノゼ空港に向かってる間、これは間に合いそうもないと思いながら必死に別の便を探していたのが功を奏した。当日中にサンノゼ空港や近隣のサンフランシスコ空港からLAXに向かう便は無くなっていた。まあ正確に言えば一便あったが、定刻でも乗り換え時間が少ない上、夜の遅延では定評のあるユナイテッド航空を信じることはできなかった。Expedia, priceline, kayak等あらゆるサイトを調べてやっと見つけていたのは一時間半後に出るサンフランシスコ・バーバンク便である。バーバンク空港はLAの茨城空港的な立ち位置の空港で、LAXまで車で一時間弱だしそれでも乗り換えの時間には余裕がありそうだったので、LAXに先に旅立ってしまった荷物も回収できる可能性が残る…そういう賭けでサンノゼ空港の中を疾走し、外でサンフランシスコ空港まで連れてってくれるウーバーを捕まえた。多分俺が険しい顔をしていたからだろう、今度のウーバードライバーは時速80マイル(時速128キロ)弱で101をかっ飛ばしてくれた。
ウーバーの車内では、なんとかバーバンク行きの飛行機の予約を取ったり、セキュリティのラインも優先で通れるように金を積み増したりし、空港着いてから最短経路でセキュリティに並んだ…本来ならチェックインを済ませるべき時間(出発40分前)の後に到着した割には順調に進み、ついにバーバンク行きを捕まえる。
バーバンクへの空路は順調だった。予定よりも10分早く着き、またもやダッシュしてウーバー乗り場で今度はLAXに向かう。しかしここで気になるのはチェックインした荷物である。限られた英語のググり力を行使してひたすらググると、バゲージクレームの番号から荷物を追跡できるサイトがあるではないか!それによるとまだLAXのカルーセルにあるという。
またもやひたすら飛ばすアメリカ人ウーバードライバーのおかげで、余裕を持ってLAXに着くことができた。ターミナル3に向かい、荷物の集積所に行くと…あった!!5歳くらいから使ってるバンドをくくりつけたよく見覚えのあるスーツケースが!
かくして、俺は今LAXからの深夜便を捕まえることができた。チェックイン時には満席だったはずのプレエコに、カウンターでなぜかアップグレードしてくれたり、この飛行機がスターウォーズジェットだったりするのは(しかも今日はMay 4th, スターウォーズの日である!)、今夜の冒険の勲章だろうか。
いやー、バゲージクレームって大事だよね。あれなくしてたら本当に何もできなかった。まあそもそも反省点が沢山あるか、まず、スーツはもっと早く仕立てるべきだった。家帰ってからウーバーは早く呼ぶべきだった。メキシコ人ドライバーに下道を使ってくれと言えば良かった…でも間に合ってしまえばこんな反省は一切どうでもよくなってしまうよね。
新しく仕立てたスーツも、日本滞在も、中高からの親友の結婚式のためなのだ。おめでとう、親友。結婚式だからゆっくり話したりはできないが、それはまたの機会かな。とりあえずもうすぐ会えるのを楽しみにしてるぞ。より一層幸せになれよな。
部署を異動になった後も忙しくてGWの真っただ中にPCを抱えてオフィスの自席を移動した。
モニターを二台にPC一台。歩けば近いけど三往復はしたくないなという距離だ。
いいですよいいですよという高齢のドライバーさんに続く言葉がなくて、
近頃のタクシーってタブレットをつけているんですね!!(知っているけど)
そしたらドライバーさんの食いつきがすごくて、結構知らない話もあったので面白そうだったので、
ワンメーターで付く距離だったけどわざわざ角地をぐるっと回ってもらって話を聞いた。
・タクシーの電子化で一番うれしいのが現金の取り扱いが減ったこと
・一日に6ー8万の収入があるが、そのうち現金なのはいまや1,2万らしい。(何時間働いているかは知らないけど、初乗り410円のタクシーで、地味にこの人凄いのでは?)
・ドライバー歴は三十年、バブルから流しているが、昔に比べてタクシー強盗が減ったとのこと。警察署の人と年に何回か話す機会があるが統計的にそうらしい。
・自分もチーマーにナイフを突きつけられて強盗されたことがあるらしい。。。
・自分は高齢者なので、先日の池袋のニュースもあって引退も考えている
・今大手町=六本木でタクシーの自動運転やっているけど(今調べたら去年だった)、インフラ整えれば、公共運転のバスやタクシーはこれからすぐに自動化していくのでは?
みたいな話だ。言葉に直すとたいしたことないけど、話しているときの空気は正直好き。
壇 蜜の出身をポンジョ、キャンパスを学習院と間違えたドライバーのあんちゃんの、あそこは頭いいお嬢様学校というアンジャッシュコントを先日は聞いた。
うちも人ごとじゃないんだよなぁ。実家には老齢の両親が二人で住んでるんだけどさ。
問題は、うちの実家が最寄りのコンビニまですら歩いて片道50分かかるど田舎にあることで。コンビニよりゴルフ場の方が近いような立地。
そんな土地柄で車の運転をしなくなったら途端に生活が成り行かなくなる。
タクシー呼んで買い物?往復にタクシー使ったら、流しのタクシーがいる土地でもないから迎車料金がかかって1回の買い物に5千円はタクシー代がかかるわけで。
今更実家が売れるわけがないけど、でもあの実家を引き払って普通に歩いて買い物にいける土地に引っ越してもらうのが一番いいんだけど、逆に言えば田舎の高齢者ドライバー問題はそのくらいしないと解決しない。
白昼の都心で起こった痛ましい事故で2人の尊い生命が犠牲となり、9名もの負傷者が出る大惨事となった。
今週に入って被害者遺族が会見で悲痛な心中を吐露し、それを受けて有名作家が「加害者から免許を取り上げなかった家族も許せない」とブチ上げるなど、まだまだ事故やそれを受けての騒ぎの余波は収まりそうにもない。
さて、事故直後から「上級国民」なる言葉が広く叫ばれ、拡散しているのはこのダイアリーをご覧になっている諸兄はご存知のところであろう。
そもそもはオリンピックのエンブレムを巡る騒動で生まれたこの言葉が、今回の事故の加害者の処遇を受けて再び流行し、メディアでも取り上げられているという現状には注目すべきところがある。
なぜ加害者が「上級国民」とされ、ネット上でNGT48のメンバーやNKS株式会社、阪神タイガースのフロントと並んで憎悪の対象とされているのか。
簡潔にまとめれば「あんな重大事故を起こしだ極悪人なのに逮捕されず、メディアからは容疑者呼ばわりどころか~氏、~さん呼ばわりされる"忖度"ぶりである」ことが怒りを向けられている主因であろう。そうした事実に加え、加害者が公的検査機関のトップ等公職を数多く務めた経歴を持ち、勲章を授与されているという経歴を持っていることも、「加害者は上級国民としての忖度を受けている」という風潮が広まっている理由と思われる。
今回、加害者が逮捕されない理由や容疑者呼ばわりされない理由については、こちら(https://www.j-cast.com/2019/04/22355961.html)の記事やこちら(http://弁護士.club/archives/16662105.html)の弁護士さんのブログで触れられているのでここでは掘り下げないことにして、自分はなぜここまで「上級国民」なる言葉が真偽の程を差し置いて(という印象を受けるほど)流行したのかを考え続けている。
事故直後は"高齢ドライバーが起こした重大事故"という情報が第一報として出回ったことで、主に広まっていた意見は「また高齢ドライバーが重大事故を起こした」「高齢ドライバーからは免許を取り上げるべきだ」といったものだったと記憶している。ところが、その後加害者の"上級ぶり"が徐々に明らかになっていくにつれて「また上級国民か」「また忖度するのか」といった論調へとネット上の雰囲気は急激に変化し、免許の返納についての議論は遠くに放り投げられてしまったような印象だ。
ところでこの国の人々が、官僚、警官や役所の人員といったいわゆる"公務員"に対して持っている感情や、彼らが不祥事を起こした際に向ける批判がとりわけ熾烈であることは諸兄も覚えがあるところだと思う。「彼らは自分たちが払っている税金のおかげで仕事ができているのであり、それでいて彼らは堕落しており、彼らの仕事はこれっぽっちも信用、信頼することはできない」という考えを持つ人も相当数存在している。
そんな人々にとって、自分たちと同じ一般国民、いわば"下級国民"が何の落ち度もないのに犠牲となり、その原因を作ったものが地位や名誉を持つ元公務員の"上級国民"であり、なおかつ普段自分たちが受けているものとは異なる処遇を受けていることは、とうてい納得できない事なのだろう。
そうして加害者に向けられる、傍目から見れば息を呑むほどの敵意や憎悪は、人々が日々の生活で抱えている不満を転嫁したものであり、それは相当数にのぼり、また相当大きく強いものになるのだ。一通り加害者や関係者への"公開処刑"が済めば、今回の事件への関心は徐々に薄れ、人々はまた新たな"処刑対象者"を見定めて石を投げる作業へと戻っていくのである。きっと今回もそうなると思う。「逮捕についての法制度はどうなっているのか」「犯罪加害者はどのような思いで今を過ごしているのか」「高齢者ドライバーの扱いを社会としてどう考えていくのか」などといった、本来当然疑問に思われ、討論されるべきである事柄を消費済みのトピックとしてゴミ箱に放り捨てられた上で。
免許返納に「老人イジメじゃないの?」 武田邦彦氏が発言、ネットには異論続出
https://www.j-cast.com/2019/04/23356057.html?p=all
https://kumanichi.com/column/syasetsu/984238/
関連:老人運転は危険か 高齢者ドライバーの事故激増のウソを暴く
https://ironna.jp/article/5002
恐らくこれが最低ライン。
でもその場合はタクシー会社はたまったもんじゃないだろうけどね。
ある意味では行政との大口契約になるから助かる所も出るかも知れんが。
それでも農家とかやっていたり、田舎暮らしだったりする場合には返納しない人も多いだろうと考える。
そもそも農家でなくとも高齢者でも働いている人も多いんだしねえ、今は。
この問題も年金を減らしたせいとかその手の問題も絡んでくるわけだしね。
それに今現在、返納のメリットなんざ余りにもケチくさくしたおかげで、ほぼないし、そんな事しているから、普通の人間はまず返納するわけがないよ。
幾ら年寄りでもね。
それは当たり前。
結局の所、やたら最近ニュースで高齢者の事故や不幸な事例をあげて、煽っているのは警察や政府、行政がその辺に金をかけたくないからだと思うよ。
警察かマスメディアどっちが主にキャンペーンを貼っているのかは知らんけどな。
いつもやってる事だ。
それに交通に関してだけでも不幸な事故をマスメディアに取り上げさせまくって、世間の感情論とやらを煽って、規制を強行する手法を行ったりしたのは、飲酒運転や危険運転の時などでもみられたことだしな。
しかし不幸な事故が起こるのは悲しい事だけどもそれを警察やマスメディアは悪用し、規制等に利用するのが一番卑怯だと思う。
こういう連中こそ人の不幸を喜ぶ連中であり、悪用している連中だと思うんだけどね。
こいつらやたらモラルとか言うけどもこの点に関してはモラルとかこいつらマスメディアにそんな言葉自体存在していないとしか思えない位の酷さだしな。
後、免許返納が進んだ場合、国内の自動車の売り上げにも悪影響が出るんだけどね。
それこそ彼らの馬鹿にする団塊の世代は彼らの作るテレビ番組の傾向を見ていてもその母体数が多い事が良く判るしね。
余りやらかせばそれこそそっち方面からも逆に文句言われる気がするんだけどねえ。
それと自動車乗る人が減れば当然需要も減るわけだし、取り締まりとかの人員についても削減されるわけだし、需要が減ると言う事はそれこそ自動車学校や免許証交付等の小銭稼ぎも減り、結果交通課の影響力も減少となるのも目に見えているんだけどね。
さっきも言った通りで。
多分声高にこれ進めていようとしている人間はその事に気づいてなさそうだ。
しかしマスメディアはその高齢者、俗に言われる団塊の世代とやらに喧嘩を売って大丈夫なんかね?
今回やっている事はそれこそ当時やらかしたオタクは犯罪者予備軍です的なアレと大差ないと思うんだけどねえ。
これマスメディアが高齢者は犯罪者予備軍ですと言っているのとほぼ変わらないからな。
でもマスメディアは年寄りはボケているし、奴等高齢者はテレビ世代だからテレビお得意の情報操作でこれに関しても何とかなるとか考えてそう。
これでマスコミの連中が、痛いしっぺ返し食らったら面白いのにな。