はてなキーワード: フラストレーションとは
最初に、http://anond.hatelabo.jp/20130429092133で、
「その場合、その男性は女性を愛していない」と決め付けてしまったことをお詫びします。
「ふたりが交際前あるいは交際初期の男女であると仮定した場合、
わたしはそのシチュエーションでは、愛されていることを実感できない」
と訂正します。
つまり、
(ただ、わたしでは、エゾバフンウニ仲間のご友人ほど
手ごたえのある相槌は打てないと思います。
「エゾバフンウニの何がおもしろいのか(あなたの着眼点・関心のポイント)」を中心に
話が進むと思います。実際、元彼とはいつも、そんな感じで会話していました。
あなたの話術次第では、わたしもエゾバフンウニそのものに興味が湧いて、
男性好みの会話、トピックス重視の会話に移っていくかもしれません。)
ただ、交際前・交際初期の、信頼関係が不安定な状況では、事情が違うと思います。
相槌などでうやむやにせず、「その話題には興味がもてない」ということを
率直に伝えたほうがいいのではないでしょうか。
わたしなら、そうされたいです。(一般的な感覚かどうかはわかりません。)
うやむやにされたら、「愛されてない」と感じて黙って距離を置くかもしれませんが、
「自分は、そういうことに興味がない人間なんだ」と説明されれば、
少なくとも「わたしにちゃんと向き合ってくれた」と感じることができますし、
あなたという人間について、ひとつ理解が深まってよかったと感じると思います。
”考え方””感じ方”レベルで、根っこから抑えておいたほうが、
お互い、後々無駄なフラストレーションを積み重ねずに済むような気がします。
コミュニケーションギャップが積み重なって別れる、ということも予防できるでしょうし。
「こういうことをすると、こういう理由で怒るんだな」とか。
交際前・交際の初期段階では、話題が何であれ、
秋くらいからRarejobというオンライン英会話をはじめた。
フィリピンの講師とskypeで話すもの。25分レッスン×週3回受けられて月3000円なので、国内の大手英会話スクールよりずっとお得。
ちなみに英会話については、7年前くらいまではNOVAに通ったりイギリスに1ヶ月ロンドンに語学留学して、日常会話ならなんとか、という中級だけど、その後、ずっと英会話に接してなくて久しぶりに再開した、というところ。
レッスンを受けて半年くらいになって、感じていることを書く。
●レッスンの内容
レッスンの内容は、25分間とりとめもなくフリーで話す「free conversation」か、ニュース記事を読む「Article lesson」。
特に事前にレッスン内容の指定はしていないので、レッスンがはじまった流れにまかせている。
●"Article lesson"
・Article lessonでは、自分がニュース記事を声に出して読んだあと、講師の質問に答えるという形式。Rarejobをはじめたばかりの時、声に出して英語を読むと、発音しづらくて、自分でも聞いていてたどたどしかった。それが、毎週つづけていると、それなりに声を出して読むことに慣れてきて、すらすら読めるようになった(もちろん自分で聞く限り、ということでnativeからしたらいろいろあるだろうけど)。
・レッスンを1週間休んでしまって2週間ぶり・・などのとき、Free Conversationだと英語に慣れてなくて思うように話せずフラストレーションがたまることがあるので、久しぶりのレッスンのとき、英語に慣れるためのレッスンとしてよいなと思う。
・ただ、1週間に2回以上Article lessonを受けると、うんざりする。記事を読みあげたり、あらかじめ決められた質問に答えたり、せっかくnativeと1対1で、しかも全然別の文化圏に暮らす人と25分話す機会を無駄にしている気がするからだろう。
●"Free conversation"
・Free Conversationでは、今まで知識として知っていて”なんとなくわかる”単語とかフレーズが、”使える”に変わるな、ということを実感して、これこそ会話形式で学べることの最大のメリットだなと思った。
例えば、"resign"という単語は「辞める」という意味だと知っていたし、文章で読めばわかるし、聞いても意味がわかるけど、自分で話すときに使うことはなかった。これが、講師に「英会話の先生の前は何の仕事をしていたんですか?」と聞いて、「農業関係の仕事をしていたんだけど、体調をくずして辞めて・・・」みたいな中でresignと言っているのを聞いた後から、自然と自分でも使うようになる。
こういう、「知ってる」から「使える」に変わるフレーズが25分のレッスンの中で1フレーズくらい。
単語の辞書的な意味を読み上げたり、その単語が使われた文章を読んでも”使える”ようにならないのに、講師が自然な会話の中で使うと一発で”使える”ようになる、という不思議。それだけ自分のために選択されて発された言葉、というのは威力があるものなんだろうな。
英語の本をたくさん読む”多読”と英語のテレビ番組をたくさん見る”多視聴”も並行してやっているのだが、全然知らなかった単語やフレーズをわかる状況にするには”多読”とか”多視聴”がいいけど、それを”使える”にするには会話がよいのだなと感じている。
・ただ、全然知らない人との"Free Conversation"ってなかなか難しかったりする。私はフィリピンのことを全然知らないからフィリピンの話を少しでも引き出せたら嬉しい、って思うし、講師の人も日本の情報にふれたいから講師をやっているって人も少なくない。でも、なかなか話題がみつからない、何話すか、、、って空気になることもある。
英会話の習得って意味でも、会話の楽しさの面でも"Free Conversation">>"Article lesson"だなあと思う。でも、"Free Conversation"のリクエストってしづらいよなあと感じてた。私はおしゃべりな方ではなく、どちらかといえば静かといわれる方だから、Free Conversationだとなんとなく話題がとぎれることもある。でも、それでポツポツ何か話してるうちに、また盛り上がれる話題につながることもあるし、そういうのも含めて会話でいいんじゃんと思っているのだけど、自分から"Free Conversation"をリクエストすると、なんか自分ですごいばっちり話題を準備していかなきゃいけないような気がして、気がひけてた。
でも、まあいっか。自分が楽しめないのはばかみたいだし、今度からはFree Conversationリクエストでいってみよう。
ヘイトスピーチをせざるを得ない人たちが、
ヘイトスピーチをしなくても上手に社会に溶け込め上手に稼いで生きていける人たちから説教されたら、
上手い言い返しができないんだよ
そりゃ、ヘイトスピーチに自分を託してしまうような幼稚で浅学な人たちは、自分のこころを論理的に語ることばを持たないんだもん
NHK職員なんて、大概は恵まれた家庭に生まれ、豊かな教育を受け、コミュ力もあって、それで入試、就活を勝ち上がってきた
だからこそ、ヘイトスピーチしてしまう人たちはヘイトスピーチに終始するしかなくなる
勝ち組からの説教に反発すればするほど、彼らの立場は悪くなり、嫉妬心がわき、攻撃はさらに醜悪になっていく
http://anond.hatelabo.jp/20130220004202
の続き
ここはぼくが今までの経験から進路について思うことをQ&A方式で書いておくね。
もちろんぼくの個人的な意見だから絶対に正しいとは言い切れないけど、結構参考になると思うよ。
少なくとも、単に合格実績を上げたいだけの予備校や進学校の進路指導よりは何倍もいいと自負しているよ(笑)。
A.バイオ系は広い。
対象は野山に出て動物植物を追いかける研究もあれば、研究室で毎日細菌相手に実験ってのもある。
一方、応用研究とは、「基礎研究で得られたものを利用して人類に利益をもたらすための研究」のこと。
応用研究をメインにしているのは、医療系(医学部・保健学部・薬学部・歯学部)・農学系・工学のバイオ系。
基礎研究をやっているのは主に理学部だけど、理学部だけってわけじゃなくて、応用系の学部でもそれに近い研究室はある。
だから基礎は応用系の学部・学科に行っても学ぶことは可能だよ。
また、よく基礎研究を高校の勉強で言うところの「基本」と勘違いしている人がいるけど全然違う!
高校の教科書に出てくる練習問題の基本問題ってのは単に簡単な問題ってこと。
一方、基礎研究とは応用研究に比べて簡単ってわけじゃなくて応用性を持たないってこと。
応用性がある方がおもしろいと思うか、ない方がおもしろいと思うかは人それぞれだからそのあたりは
きちっと考えた方がいいよ。
文句を言ってもそれはきちんと選ばなかった自分が悪いわけだからね。
あと思うのは、最近では「環境」って名の付く学部や学科が結構あるけど、ぼくはそこには行かない方がいいと思う。
18歳人口が減っているのに、大学で学部・学科が増えているのは単純に収入源を確保したいだけなんだ。
だからそういう新設学部に行ってもきちんとしたことを体系立てて勉強するのは難しいし、就職でも企業は判断が
きちんと環境について学びたいなら、工学部や農学部のような100年以上の学問体系を持った学部に入ってそこで
きっちりと勉強すべきだよ。
そしてそういったことができる企業や官庁に入って仕事として環境をよくする方向を目指すべきだと思うよ。
A.医学部以外は基本的には大学4年生になると研究室に配属になってそこで卒業研究をやるよね。
たいていの場合は学生は一人では何もできないから先輩から教わりながら研究をやる。
就職活動時期は3年生の後半~4年生の前半だよ。
高校生の中には「そこそこ以上の大学なら、理系の就職は推薦制度があって特に就職活動をしなくてもあっさりと
有名企業に決まってしまう」と思っている人がいると思うけど、それは主に工学部の電気電子機械系で
バイオ系は基本的に推薦制度がないから自分で探さないといけないんだ。
しかも大卒(学部卒)の場合はバイオの企業の理系職(研究開発職)に就くのはまず無理だから、文系的な職種や
公務員・教員に行く人だけが大学院に進学せずに就職活動をしているね。
一方、バイオの企業の理系職(研究開発職)や国公立の研究所の研究者を目指す人は大学院に進学する。
このときの就職希望者は大学院の最初の2年だけ大学院に行って(修士課程という)、就職していくのが一般的。
このときの就職活動時期は修士1年の10月~修士2年の夏くらいまで。
じゃあ、肝心の就職実績はどうかと言えば、これがかなり厳しい・・・。
バイオ系の企業って主に製薬系と食品系に別れるけど理系職の採用なんて1社あたりせいぜい
15人程度しかないんだ・・。
そのたった15人の採用枠を巡って数千人が応募するわけだからかなりの激戦だよね。
せっかく高校時代に夢を持ってバイオ系に進学したのに6年も経ってから希望が叶わなかったなんてそれはないよね・・。
ほんと厳しい・・・。
じゃあ、希望の就職ができなかった人はどうするかってことなんだけど、人それぞれだよね。
希望じゃない職種で就職する人や無職になる人、仕方なく博士課程まで進学する人。
バイオ系の学部・学科のHPで就職先をきちんと書いていないHPが多いのはこういう理由なんだろうね・・・(汗)。
3年で卒業(修了)できる場合はかなりのやり手であって、+1~2年くらいは修了は遅れることは
当たり前だと思った方がいい。博士課程はきちんとした研究成果を上げないと修了できない制度だから、
博士に上がる前に自分の力量をきちんとわきまえておかないと何年経っても修了できなくて
ドロップアウトってことはよくあるんだ・・・(汗)。で、めでたく修了できても就職先はないことが多い。
研究所に就職できたとしても、ふつうポスドクって身分になるんだけど、そのポスドクになるのはかなり難関で、
なれたとしてもポスドクは2~3年の任期制だからその間にきちんとした研究実績を上げられないと
あっさりクビになってしまうんだ。もちろんそこでクビになったら別の就職先なんて見つけられるわけない!
だって30歳近くになって会社勤めしたことない人を雇いたいって思う会社なんてあるわけないでしょ・・・。
基本的に研究者の世界は芸能界やスポーツ選手の世界だと思った方がいい。
ほんの一握りのできる人だけがのし上がっていけて、他の能力のない人は消されていくんだ・・・。
A.バイオ系の場合、大学院入試(院試)は大学入試と比べるとものすごく簡単。
そのまま同じ研究室で上に上がるだけなら、院試前に1~2ヶ月勉強すればあっさりと受かってしまうものだよ。
同じ研究室にそのまま上がっても入学後の1日の生活は基本的には変わらないよ。
だから、同じ研究室に大学生と大学院生という身分の違う学生が2種類いることになるんだ。
おもしろいでしょ?
別な大学院に行きたい場合は、行きたい研究室の先生と事前にメールとかで連絡を取ってその研究室に挨拶に行こうね。
院試も外部受験だと内部で受けるよりハンディはあるけど、研究室訪問をしたときに何とか院試の情報を先輩から
聞き出して(先生からは聞かない方がいい)、有利に受験を進められるようにしようね。
注意しないといけないのは、大学院には2種類あって『研究大学院』と『専門職大学院』があるんだけど、
バイオ系の学生が行く大学院はふつう研究大学院。研究大学院は「単に研究をのみするところ」なんだ。
一方、専門職大学院とは、最近注目されている法科大学院や会計学大学院のように「特定の専門職に就くために
法科大学院は司法を目指す人を養成するところだし、会計学大学院は会計士を目指す人のために大学院だよね。
よくある勘違いは、研究大学院なのに専門職大学院のような期待をして進学することがあるんだけど、
これは大きな間違いだよね、研究大学院ではいろいろなことは学べないよ!普通は特に資格も取れないよ。
A.悲しいけど、ただの「使いっパシリ」としか思っていない先生が多い。
大学の先生ってのは自分の研究室の研究業績が上がることで、自分の名声もあがるシステムになっているから、
できるだけ多くの学生を研究室に所属させて、その学生にいろいろ研究させたいと思っているんだ。
研究室の基本的な生活って、毎日に朝9~10時くらいから夜11~12時まで実験ってことが多いから、
人を雇おうとしても激務すぎて労働者は寄りつかないし、先生も給料を払わなければならいから、
タダで使える学生に研究をさせて研究室の名声を上げようと考えている先生が多いよ。
先生も安定している職業じゃないから、いい研究成果を出せないとクビになってしまうこともあるからね。
もちろんすべての先生がそういうわけじゃないから、どの先生につくかはきちんと噂などをゲットして考えた方がいいよ。
A.こういう質問が出るのは将来のことをあまり考えていないからだよね。
そういう場合はまず自分がどういうことをしたいのか、あるいはどういうことをしたくないのかを
きちんと考えるようにすることが先決だよ。もちろん、一人で机に向かって考えるだけじゃ答えは出ないから、
いろいろな人と話したり、バイトをして職業について考えてみたり、ネットでいろいろな噂を見て判断してみるのがいいよね。
それでも決められない場合、あるいは同じくらい魅力があると思える場合は、ぼくだったら次のようにするよ。
まず、医療の研究がしたいなら、医療系の学部(医学部・保健学部・歯学部・薬学部)に進む。
どれも難関だけどね。
それ以外のバイオ系の学部では人を対象にした研究は基本的にはできないから、入学後
フラストレーションがたまるだけだよ。もちろん医療系の学部と言ってもいろいろあるし、学部や大学に
よってもやっていることが全然違うから自分のやってみたいことができるような大学・学部を選んでね。
そのための情報集めは怠らないように!!
医療の研究に直接興味がないなくて、バイオ系と電気電子機械系を天秤にかけるなら、
やはり日本は電子立国だからこれらの学科だったら就職に困ることはまずないからね。
学生1人に対して求人企業が10~50社くらいあるから引く手あまただし、この系統だったら
確かに最近は推薦制度でも絶対に採用されるわけではなくなりつつあるけど、それでも普通に就職するよりも
ついでに書くと、機械メーカーへは機械系よりも電気系の方が入りやすいし、
一番悲惨だと思うのは、基礎研究に興味がないのに理学部に進んでしまう人・・・。
別に生物学科に限らず理学部は基礎研究しかしないから、「人の役に立ってこそ研究」と考えている人は
理学部には絶対に行ってはいけない!間違って入ってしまった人は再度大学受験をやり直して応用系の学部に行くか、
大学院で応用に移ろうとする人がいるけど、院試の科目が違いすぎてなかなか受からないし、受かっても
就職では企業は学部時代にどんな勉強をしていたかを大事にするから、かなり不利になってしまうよ。
ぼくの個人的見解としては、基礎研究に興味があっても、学部はとりあえず応用系に進んで、
きちっと技術や資格や免許を取得したうえで、同じ学部にある基礎の研究室に行くか、理学系に進学するのが
いいだろうね。
基礎しかやらない理学部に入ってしまうと技能とか資格・免許は取れないものだから(教員免許以外)、
以上
なんとなく似たこと考えるわ。そして、いくつかのブコメはちょっとズレているように思える。そのズレこそが増田を悩ませるモノなのではなかろうか。
宗教でなくとも学問や趣味や仕事と何でもいいのだろうが、全力でついていこうと思える師匠や友あるいは弟子が居ないんだろう。日常の付き合いの範囲でコミュニケーションに困ることは無いのだろうが、話をしていても、ここが重要だと思うキモがカチッと合った気がしないというか。「いや、その話をしたいんじゃないんだけど」と微小なフラストレーションが溜まっていく。
愛されるドジではなく、使えない無能ではなく、といって超絶優秀というわけでもないので、周りの人とは付かず離れずの関係で、まあ有り体に言って放置される。
そんなんだったりしませんか?
すごくよくわかる。
否定ばかりされてると、消耗してしまう。自分では悪いことをしてるつもりがないのに否定されるなら、なおさら。それに加えて、自分でも自分を否定していくようになると、地獄だよね。自分が生きていることに価値を感じないのに、それでも毎日生きないといけないなんて辛い。それでも精神のバランスを取るために、「どうでもいいんだ」と感受性を麻痺させざるをえない面もあると思う。
でも、世の中みんなが芸能人や恋愛やテレビ番組にもともと興味があるから、それらについて話しているとは限らないと思う。個人差はあるけど(そもそも、「自分が関心ない話題を振られる、だから何? 楽しんでるフリしてテキトーに合わせちゃう」というのが苦にならない人もいる)。
「普通」っていう枠におさまることを重要視する人々にとって、テレビなどのメディアが提示する「恋愛は楽しいからどんどんするべきだよー」とか、「こういうアイドルが流行りだから知っておくべきだよー」というメッセージは、普通に生きるための道標なんじゃないかな。だから、そういう話題になりがちだし、無意識のうちに相手にも、そのメッセージを押し付けてしまう。本当は、そういうメッセージを他人にぶつけて傷付けていいなんて正当性はないと思う。まあ、単純に、当たり障りのない話題だからついつい振っちゃうこともあると思うけど。
特に大学では、同じ学年でも年齢が違う、出身地が違う、と共同体的な個人間の紐帯が弱まるぶん、普通であることで人とのつながりを維持しようとする働きが強くなるような気がする。そうでなくても、「普通」に属して安心していたいという感情は、程度の差こそあれ多くの人が持つと思う。
で、みんな集団から浮かないように、心から納得してアイドルの話とかしていられたらいいんだけど、そうじゃないから元増田に対する風当たりが強くなるのではないかな。
高橋源一郎さんが書いてましたけど、「誰にも言えない私の秘密」というお題で作文を書いてもらったところ、学生さんたちの40%が「友だちのふりをしているけれど、ほんとは好きじゃない」が「絶対に口にできない秘密」だったそうです。あら~。
このツイートを読んで、思ったんだけど、テレビ番組とかお笑い芸人とか、そういう話題にノリノリになって話してるように傍目には見えても、「実はあんまり興味ない。でも周囲から浮かないためにはこういう内容を話すべき」と勝手に義務感を感じて自分でも知らないうちにフラストレーションを抱える人も結構いるのでは。そういう人にとって、元増田のように「その話題、どうでもいい」と意思表示する人の存在は、「みんな実はこういう話題に興味がないけど、義務感から話をあわせている」と気づかせる危険人物となりうる。その結果、無意識下で「俺だって浮かないように周囲の話題に乗ってんのに何KYなことぬかしてんだ」という苛立ちが生まれ、アドバイスをかましてきたり、批判をしてきたりする人々が現れることもあると思う。アドバイスする本人は親切心からのアドバイスだと信じていてもね。
つまり、「人間は普通であるべきだ」と強く思いこんでいる、そういう人たちにとって、「普通じゃなくてもいいんじゃない?」って提案してくる人は己の根本を揺るがす脅威になりうる。
何を言いたいのかというと、「こういう話題に乗らない君っておかしいよ」って指摘してくる人たちも、積極的な興味があって芸能人とか好きなタイプについて話してるとは必ずしも言えない、場合によっては嫌悪感を感じてるんじゃないかなーということ。だから、そういう話題に興味が持てないからといって、負い目とかコンプレックスを感じる必要はないと思う。そう思うと、ほんのちょっと気が楽にならないかな。自分に対して否定的になると、よけいな感情によって円滑なコミュニケーションを取りづらくなるし、相手と自分を比較してしまって人といるのが辛くなる。だから、自己卑下につながるような種は除いたほうがいいと思う。その点、対人関係を絶っていない元増田はすごいよ。
「本当に心を許せる人と出会い、関係をつくるにはどうしたらいいか?」という点については、ブコメまとめの方が親身になってくださっているので、興味という面から書いてみた。全体的に推測の域を出ないので、あくまでも「いくつかある見方のうちのひとつ」ということで。直接話聞いてくれる人ほしいなー、という時は大学の学生相談室という手もあるよ。
http://anond.hatelabo.jp/20130107183949
ひとり親世帯になった時の親及び末子の年齢 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/boshi-setai06/02-b02.html
↑シングルマザーになりやすいのは割と子供が小さいときが多い。
理由はいくつかあると思う。
・産後は急激なホルモンバランスの変化があって(特に心配なことがなくても)不安な気持ちになる。
・意外と知らない、あるいはうつ状態になっていても「自分がうつだと認識できない」というママがいる。
・そういう時に旦那に気に入らない点があると、旦那が攻撃対象になる。
・子育て支援の難しさ
・母親が子供に拘束されている間、父親は仕事に拘束されているが、
苦しんでいる母親観点ではとにかく助けて欲しいのに助けてくれないので
フラストレーションが貯まる。
・以前は『里帰り出産』が多かった。
・女性の寿命が長くなったことで、出産した女性でも就業が可能になった。
昔はおばあちゃんが育児を手伝ってくれた。 今はおばあちゃんも働いている。
・という訳で現在では男性に家事育児が求められるようになった。
(この辺は既婚者女性でも30代と50代でだいぶ意識が違うと思われる)
・が、こういった社会背景の変化がアナウンスされる事はなく、「新しいブーム」みたいな形で新しいロールモデルを構築中。
社会的に受け入れられる過渡期。 もう少し社会的な変化をはっきりアナウンスした方が、必要性が理解されやすいと思うんだが。。。
あと個人的には「母親って大変だけど意義あることですよ」とか評価が足りないのかな、という感じもする。
例えば、それまで仕事で評価されて、新商品の開発だったりプレゼンだったり販売だったりで評価されてきた女性でも
オムツ換えの時には赤ちゃんギャン泣きな訳です。超ダメ出しっていうか早くダッコしろ的に泣かれる。
でも、オムツ換えせざるえない。 そういう時って凄いギャップの中で毎日を暮らさないといけない訳なんですが、
仕事での評価と同様に「乳幼児のお世話のようなアンペイドワークが評価されてるか」ってーとされてないと思うのです。
あとまぁ旦那は嫁さんの話を聞いてあげて褒めてあげたほうが良いです。 そこだけは重要なポイント。
https://twitter.com/han_org/status/90374472095371265
でも、夫婦の接触時間は夫婦関係満足度にほとんどなんの影響も与えない。
ベータ係数をみると、夫の情緒的サポートだけが他を圧倒する影響を示している。
https://twitter.com/han_org/status/90367934932856833
一人で本を読んだり、仕事をする事が出来ないって事?
誰でも、自分の中に明確な目的が無いと、一人で行動し続けるのは難しいと思うよ。
とにかく、その一人だと落ち着かない原因を意識しないとだよね。
力を入れて何をするかと言えば、
何かを作って、それの成果を観察するとか、勉強するとか、意識的に人の話を聞くとかあるよ。
メリハリとか緊張を解く方法とか、気晴らしの方法は幾らでも探せばある。
とにかく、ムダに焦らないように、求める成果をぶち上げすぎない事が大切だと思う。
マイペースを取り戻せたら、上手くやっている人の事を意識して、自分で出来る事をやると良いと思う。
自分を、自分だけで観察する事は難しいから、ちゃんと話を聞いてくれる人、話を出来る人を↑に書いてある事を行動する過程で見つけたら良いと思う。
それから、仕事が好きで面白くて溜まらなくなったら、仕事を一杯したら良いよ。
体が同じような動きでマンネリになっているか確認しても良いし、ワンパターンな考え、行動になっていないかチェックしても良いと思う。
ここからは、私の独り言になるけど、はてなのホットエントリを見ていると、やらないと、とか、やった方がいい、とか良く上がって、
それらから生まれやすいフラストレーションの解決法も良く上がるんだけど、それらを一緒に論じた物って少ないよね。
それらを上手く解消した物の結果もまたホットエントリに上がっているけど、そういう三つの話って、
持たざる物には、面白くない猿が棒の使い方とか、はしごの使い方を試されている感じがする。
ライフハックブログは、もう物を宣伝したり、初歩的な技術を紹介したり、変な法則を紹介するのを止めた方が良いと思う。
知的好奇心旺盛で、経験の少ない人に餌をぶら下げて、RSSリーダーに定期的に変な希望を流すのって悪趣味だよね。
なんか、書いている内に、自分にとってのHatenaが全く意味の無いものになった。
エンジニアの言う「それはできません」に含まれる意味は3パターンある。
1.ガチで不可能
2.可能だけど面倒くさい
3.可能だと思うけど自分の実力では無理
最近、言われる側(つまり依頼する側)に立つことが多くなってきたのだが、
エンジニアがどのパターンの「できない」を言っているかは、過去の経験からだいたい分かる。
まだそんなに多くの母数はないが、比較的多いのが3。
まぁ、現場を離れてしまってはいるが、1と2が出る依頼なんてのは、ある程度事前に判断できている(はずw)。
エンジニアも万能ではないので、個々人で出来る事、出来ない事はあって然るべきだと思う。
ただ、自分だったらできるのに、と思ってしまい、それがストレスになる。
いずれは技術に追いつけず、エンジニアの「できません」が1なのか2なのか3なのか、
分からなくなる時は来るのだろうが、このフラストレーション、他の似たような境遇の人は、
どのように向き合っているのだろうか。
手足がなかったり体の一部が畸形だったり火傷をしていたり障害の内容は様々。
大抵歌を歌ったり音楽を演奏したり芸をしたりして注目を引いている。
芸達者であるほどあるいは障害の程度が大きいほど憐みを呼び施しを多く得られる。
田舎でまじめに働くより都会で乞食をやった方がもうかるので、都会に出て乞食をする。
わざと子供に傷害を負わせる親もいる。
親が傷害を負わせなくてもやくざに売り払われた結果不具者にさせられて乞食にさせられる子供もいる。
健常者で一応は職(それに準じる社会的役割)を持っている人たちに「自分が今持っている幸せ」に気づかせ
「優越感」を抱かせ「自負心」を回復させ、「生きる希望」を持たせるという役割だ。
人は他人との比較の中で幸不幸を自覚することが多く、とかく今自分が得ている幸せのありがたみには鈍感になりがちだ。
それぞれが悩みや不満を抱えている。
給料が少ない、生活が苦しい、容姿が悪い、恋人ができない、子供ができない、友達がいない、学歴がない・・・・
悩みを抱えていると幸せそうにしている人たちが恨めしく思えて来る。
手足がなかったり知能が遅れていたり、半身不随だったり目が見えなかったり。
健常者であっても能力がなく見世物になって他人に施しを乞うことしか生計を得る手段がない。
そんな人間と比べれば自分は五体満足で健康だし一応職があって自分で収入を得ているし、まだ恵まれている。まだ人として勝っている。
この人たちよりは恵まれた立場、人として勝っている立場を得ているのだから、やけになってそれをみすみす手放すのはもったいない。
健康でよかった。職にありつけていてよかった。今日を生きよう。
乞食は「社会の鎮静剤」であり、彼らが受ける施しは、大衆の日々のフラストレーションが社会に向けて噴出する前にそれを優越感と蔑みに転化させた功労に対する報酬なのだ。
「誰でもよかった」系の無差別大量殺人のうち、乞食が中国並みに日常的に見られるという条件下だったならば、発生しなかったものも相当数あると思う。
治安維持に貢献する。
弱者であることを盾に権利を主張する人たちは中国の街中で障害をアピールして芸をして物乞いする人たちと本質的に差はない。
彼らのような存在を苦々しく思うと言う人も多いが、実際は社会で必要とされている存在であり、
一種の職業として認めたらよい。
http://anond.hatelabo.jp/20120724021819
これ読んで、似たようなケースだなあと思って。
というのも、結婚して10年目くらいで父親が信仰に目覚めてしまったから。
後だしジャンケンだ。だから俺の家族は強制的に泥試合に参加しなくてはいけなかった。
増田が今の彼と結婚した場合の家庭像に少しは近いかと思うんで、参考までに。
(創価学会の信仰の特徴は2ちゃんなどで得た知識なので、違ったらごめん)
"恋人として一緒にいる分には、何も支障がありません"
つまり、世間体だ。日本は(世界知らんけど)見えない空気感と戦わなくちゃいけない。
それが読めないと苛められちゃったりする。
日本で新興宗教に信仰があることは、あまり良い評判にはならないだろうな。
これで何とかやってけるのではないかと思った。
両家の家族間の問題はクローズドに行われるので、まあ頑張り次第(彼氏が宗教観で迷惑をかけない、彼女が宗教観を乗り越えられると説得)
で何とかなるんじゃないか。血のつながった家族だから、そこまで無下にはされないだろう。
友達、職場、ママ友、これに尽きる。バレたら裏でチクチクとバカにされる。
仲間が寄ってくるかもしれないけどw あまり良い事はないはず。
「選挙の時期に創価の友達から電話がくるよね」みたいなエピソードを「あるある〜まじキモいよね〜w」と軽く受け流せれば支障はないはず。
家に遊びに来られたら必ず、聖教新聞は他の部屋にぶち込んで、「旦那はゴルフに行ってて家にいない。」と言いきろう。
俺は父親が信仰をまったく押し付けなかったのが救い。これは父親のスタンスで大きく変わる。
思春期を迎えると父親の部屋に隠されたエロ本よりも、本棚に堂々と置かれた「人間革命」の方が如何わしい存在に思えてくる。
友達を家に呼んだ時に仏壇等見られるのが怖く、家に呼べない最悪なフラストレーション。堂々としたい、世間から認められたい、と強く思うだろうな。
そんな父親を責めた時に、母親が父親に加担するようなことがあろうものなら、グレる可能性もある。
しかし、そういった青春を送った子供は「人からどう見られるか」能力が秀でるので、他人の痛みも痛いほど感じれるようになり、他人に優しくなるという反作用もあったりする。
ここで増田のために、こんな駄文を書くバカ息子が生まれるってわけ。
本文でちょっと気になったところ。
”いざ自分の一番身近な人の信仰について知ったとき、受け入れられなかった自分自身に一番ショックを受けた”
"そんなことよりも一番大切で、悲しいことは、彼の信じてるものを私は一生信じられなくて、彼がそこまでして大事にしている信仰するという気持ちを、
私はこの先も共感できないことです。"
俺は父親の事が理解できません。血のつながっている相手でもわかりあえない。というか、もうあきらめましたわ。
結婚相手には血のつながっている家族以上に、多くをわかりあえる存在でありたいと思うもの。
ただ、聞いた時に受け入れられなかったのは母性本能に近い感覚じゃないかな?
「この人と一緒になった時に、超えなくてはならないハードルがたくさんある」
それをパートナーへの愛が強い弱いの話に置き換えるのは、はき違えもいいとこ。
この部分は間違いなく自分を責めなくて良い。それを増田に伝えたくてこの文章を書いてる。
こっからは、どれくらいのバランスを取るかって話。0か100か真ん中かってこと。
・隠し通す
恐らく「創価学会です」とオープンにして世間の見る目が劇的に良くなる、という日は訪れないだろう。
そんな時代に、リスクを取らずに生きて行くなら上に書いたみたいに隠しながら生きていくということかな。
・オープンにする
恥ずかしい事と一切思わず、オープンにする。そして世間の目から鈍感になる、ということ。
裏で何言われたって良いでしょう。死にはしません。
後ろめたいと思っている彼は、そんな増田のがんばりを見てキュンキュンしちゃうはず。
・ちょっとはみ出す
母親は「もうあの人はしょうがない」と腹をくくって、「旦那の趣味は宗教」みたいな形で仲間内では言ってるらしい。すげえ。
可哀想な奥さんを演じることで、周りを味方につける。
ただ、父親の前では彼をバカにしない。よくわかんないめんどくさい話も聞いてあげる。
世間体を少し変わった角度から保ちつつ、旦那のプライドも保つ。
これは、皆があまり傷つかない。
パートナーが盲目の場合は、もう1人がバランスを取ってあげる、ということ。
その覚悟をしてまで、相手を想う気持ちがあるのであれば、ちょっとはみ出す人生も良いんではないだろうか。
宗教観は今回の彼のように長い時間をかけて創られている場合、動きません。
それは増田が言っても、上戸彩が懇願しても、成瀬心美がキス我慢選手権を開催しても、絶対動きません。
俺も無宗教だけど、信仰を持つ人の異常さに気持ち悪さを感じる一方、自分が正常だと信じれるものだって何も無いとつくづく思う。
何となく働いて結婚して子供育てて幸せに人生終える、そんなことを目指してる。
でも、それだってマスコミが作り上げた資本主義が円滑に回るための、家庭像なだけだ。
だからそんな(普通の)奴らが目を覚ましなさい!って言っても、お前ら本当に目を覚ました状態なのか?って向こうの(信仰心がある)奴らは思ってる訳だ。
見ている世界が違うんだよな。
今回の増田の文章を読んでいると動揺もあるようだけど、好きな人と楽しく暮らしたいっていうような「普通志向」があるかと思う。
その考え方だと、あまりオススメできないかな。厳しいようだけど。
彼自身が「少しでも宗教観を分かち合いたい」と考えてるようなら、増田も人間革命をブックオフで100円で買って読まなきゃいけない。
それがきっと、彼にとっても幸せなことだと思う。
彼がどう考えてるか聞いてみたらどうだろうか。
どんな生き方をしたいか(その人生に創価がどう関わってくるのか)具体的なケースを聞いてみたらどうだろう。
今は感覚値だから、増田が嫌だなあ、と思う具体的な事例を想像してみよう。
昔の友達に話すのは、いける?
婦人会とかのイベントに参加するのは嫌だとか(主催者側の彼が嫁を参加させなくても平気なのか)。
仏壇は隠れた所に置かせてもらう(来客時は布かけるとか。できんのかw?)とか。
それで、増田が乗り越えられそうなら、考える。彼が求めるレベルとすり合せる。
無理なら、マスコミが作り上げた「クレヨンしんちゃん一家」みたいな普通の家庭を築けそうな人を、探せば良い。
どっちかが無理していることって、辛いからね。
俺はどんな宗教でも信じてる人は、基本的にピュアでいい人なんだろうなと思ってる。(金儲けとかに使う側以外の人ね)
前述の通り、今の日本ではそんな人達は、みんな肩身が狭いのかなと思ってる。
だからこそ、増田には無理して欲しくないし、増田の彼にも幸せになって欲しい。
何となく生きてる我々が、宗教を小バカにするのは良い。俺もキモいと思ってるし。
だけど、自分の信じてるモノの崇高さを語れるのか?って話。
この文章を読んだ人は、相変わらず宗教キモいな、って思っててもらっていいんだけど。
ちょっとでも視点を変えて、優しい目で信仰している人々を見てくれることを祈る。(決して信仰しろとは言ってない)
人に害を与えなくて、小さなコミュニティでやってる分には宗教って精神的には良さそうなもんだと思うんだけどね。(でもやっぱすげー気持ち悪いとも思うんだけど。)
でも今回のとこは政治とか企業まで関与してたりするから、ちょっと別問題か。話でかすぎてもうわかんないや。
おっと俺が怪しい宗教家みたいになってきちゃったぜ。
寄り道しないで、家帰ってここみんのDVDでも見よう!
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1203/13/news104.html
この騒ぎを見ていて思うのが、子供たちのネット上での居場所なんて大人の胸先三寸なんだな、ということだ。
見たところアメーバピグのウェブサービスの収益源は広告収入か直接課金が主で、それがなければ事業が継続しない。つまり、サイトを閉鎖しなければならない。だからピグにとっての優良顧客は広告をクリックしてくれる人、直接課金をしてくれる人になる。けれど、普通子どもが直接課金できる額なんてたかが知れているし、広告だってだいたいは購買力のある社会人に向けて発信されているものだ。当然運営は社会人のユーザーを逃がさないような方向へ進む。
じゃあ、最初から子供なんてユーザー登録させなければいいなんて思うんだけど、子供でもユーザーがたくさんいることはそれだけでアピールになるし、おそらくアメーバやそこに広告を置く企業は子供たちを将来の顧客として捉えている。サービスの賑わいが演出できて将来の顧客であるところの子供たちへのプロモーション効果を狙った企業が高い広告費を払ってくれるなら、多少の行儀の悪さは大目に見ようという判断だったのだろう。けれど、そんな行儀の悪さも度を過ぎてくると、他のユーザーからの苦情に対応が追いつかなくなってくる。優良顧客の社会人は嫌気がさして他に移ってしまう。収益を優先するなら今回のような対応を取るのがベストと運営は判断した、と、背景はおそらくそんな感じだとおもう。
ピグに限らず他のサービスだって同じだ。運営にはサーバ代がかかる。人件費がかかる。最近はソーシャルゲームの収益性が話題になったりして、ウェブって儲かるんだ、なんて思われるのかもしれないけれど、実際ウェブで儲けるのはとても難しい。多くのユーザーで賑わうサービスが蓋を開けてみると赤字だったなんてよく聞く話だし、今何億と売り上げるウェブサービスも3年後にまだ存在するかどうかすら分からない。だから企業は事業存続のために収益化に躍起になる。そんな企業が、広告をクリックしてくれてあわよくば有料課金してくれるユーザーと、他のユーザーに害を及ぼすだけで金をほとんど落とさないユーザーのどちらを取るかなんて火を見るより明らかだ。
けれど、それでいいのかという疑問はウェブサービスを生業とするものになら常に誰にでもあるだろう。アメーバの運営掲示板に寄せられたコメントを読むと、ただただフラストレーションをぶつけただけのものも多いには多い。そんなコメントを頭の悪い厨房の戯言と嘲るコメントも、また。しかし、そんな中でも目立つのは今まで友人とコミュニケーションをとっていた場が無くなることに対するやりきれない思いを綴って、なんとか運営者の考えを変えてやろうとするコメントたちだ。年齢を偽ればいいじゃないかなどというずるがしこさも見えず、そんなコメント一つで企業の姿勢が変わるわけがないとわかっているから痛々しい。
個人的には今回のアメーバの対応はある程度正しいと思う(ベストは個別のアカウント停止だろうけれど、主に文章をやりとりするSNSに比べると対応が線引きしづらくコストが掛かるという判断だろう)。どんなウェブサービスにも存在するには理由(大人の事情含む)があるし、人と人が関わる以上ルールがあってしかるべきだからだ。それを偽って子供の楽園と化してもそれは偽善だろうし、なによりサービスが継続できなくなるんじゃないかと思う。でも、悲痛なコメントたちが語る、コミュニケーションの場としてのピグは運営者にとってもある意味やりがいに通じるものであることは確かだろう。この対応の裏にある、収益を優先しなければならないやりきれなさを想うのは考えすぎだろうか。
しかし、今回の対応でネット上の子どもたちの居場所がひとつ消えることは確かだ。そこで行われた考えの足りない数々の愚行は消え去るだろう。同じように、子供たちの日常を支えたであろうネット上での会話もなくなってしまう。都市部に子供たちの遊び場が無くなったと言われて久しいけれど、経済主義によって動くネットも同じだ。そこでは、子供たちの居場所を守ろうなんていうインセンティブは働かない。子どもはいつも隅に追いやられて、隔離される。何が間違っているんだろう。経済優先の資本主義のせいだろうか。いつの時代も変わることのない子どもの愚かさのせいだろうか。
子供たちよ、ネット上におまえたちの居場所はない。それは僕たち大人のせいだ。大人を恨めばいい。好きなだけ罵声を浴びせればいい。
そして何が問題なのか考えて、今の不甲斐ない僕らよりもたくさん、子供たちに居場所を作ってあげられるような大人になって欲しいと思う。
ここでいう苦労人とは、進学するお金がなかったり、家庭環境にめぐまれなかったり、いろいろとめぐり合わせが悪くて、自分の判断や努力以外でのっぴきならない境地に立たされた人のことです。
まず、苦労人であることは特に触れられることがない限り隠しておきましょう。別に自慢することではありません。
苦労人であることやそれによって得た経験やスキルは評価の対象になりません。
とても残念なことでありますが、あなたが引退して、成功者インタビューを受けるときまで、そのエピソードは封印しておくのがベターです。
苦労だったり、他人の失敗に巻き込まれたり、天災に巻き込まれたりした経験は、自分にとってプラスではありますが、水平飛行の人生を送ってきた人からみれば、特異値をもったスキルや考え方は脅威です。ツメは隠しておきくことをおすすめします。
苦労したタイミングで、徹底的に誰かに助けられるような状況ならば、問題がないのですが、苦労人は、その苦労をなんとかぎりぎりで克服できたのではないでしょうか。克服できたことは大変大きな自信につながります。自信は持っていいのですが、この自信もそっと胸のうちに秘めておきましょう。
どん底から見てはいけないものがあります。水平飛行の人生を送っている人たちの不平不満です。
車で歩行者突っ込んだ人、バスジャックしちゃった人のように感情の高まりがすべてをリセットさせる方向へ暴走しかねません。しかし、そのくらいのことで世の中は変わりません。より多くの水平飛行の人生を望む人がいるからです。
恵まれてくると、生きる困難に立ち向かうためでなく、どうでもいい人生の枝葉のことに対して不平不満をいうようになります。
そういう人に近づかないことは重要です。近づかなくてもインターネット上の交流サイトでは、見たくなくても見かけてしまいますので、情報の取捨選択には過分に注意を払ったほうが、余計な気持ちのフラストレーションを発生させることもなくいいと思います。
水平飛行中の人の悪事を偶然にも目にすることがあるかもしれません。しかし、これはあなたにとってチャンスではなくトラップです。
あなた自身がかかわることは何のプラスにもなりません。義侠心や正義感から何かしらのアクションを起こしてしまうかもしれません。
それは、災いを招く以外のなにものでもありません。積極的に応援しない立場をとるのが今後のためです。
あなたのコツコツした積み重ねよりもむしろ、降って沸いた幸運のほうがはるかに効率がよかったりします。
幸運があったら、大切な人とこっそりと分け合ってください。人に見せてはいけません。
あと、あわてる必要はありません。われ先にいった人は次の信号で止まって待っています。
一日に寝る時間も、一回で食べれるごはんもお金持ちでも貧乏人でもそんなに変わりません。健康食材を食べても死ぬ人は早死にしますし、ジャンクなものを食べて長生きする人は長生きします。
一人の人が管理できるものの絶対量は決まっています。たくさん持ちすぎるととそれを管理することに時間と手間をとられて楽しめません。
死ぬときは手ぶらです。持ち物を少なくしておかないと残った人に迷惑をかけることもあります。
大切な家族といっしょにご飯が食べれることのような他愛もないことが実は一番のしあわせだったりします。そんな他愛もないことからすら見放されてしまったかのように思い込みがちです。
そのくらいの幸せならば、ちょっとしたきっかけで、ふっと幸運が沸いてくるのではないでしょうか。
それでも、へこたれそうなときは、あなたが祖国やふるさとの一員であることを思いだしてください。あなたが締めるネジが、あなたが読み取るバーコードが、必死に打ち込むプログラムコードが、「ありがとうございます」という挨拶が、あなたの運ぶ荷物が…、私たちの国を地域を作っているのです。このような考え方は、戦後の日本ではタブー視されてきたかもしれません。苦しいとき、つらいときにこっそりと心の中で思い出してください。あなたは一人ではありません。
ぜんぜんアドバイスにもなっていないかもしれませんが、あなたの大切な人をいちばんに思って生きてみてください。それだけです。
以上、送ることばでした。
確認しておきたいんだけど、あんた
このhttp://anond.hatelabo.jp/20111215105734増田で
このhttp://anond.hatelabo.jp/20111215121139増田なんだよな?
横入りならそう言ってよネ。
パソコンの大先生であることを精一杯アピールして、運よく色々なことが噛み合ったから入れてもらえた。
もしパソコンの大先生であることをちゃんと説明しなかったら今のとこに入れなかったよ。
すごく大事だったわけだ、それが。
君のパソコンの大先生に対してだって、答えにくい個別具体例の質問とかはありうるよな。
それに対して悩んで詰まっててもしょうがない、「出来ますよ!(…たぶん)」とか答えるよな。
これで済む話だ。
そんなもんは嘘と断定するのすら難しい。
ああ。やはり個例を出すべきではなかった。話がズレズレ。
俺はパソコンの大先生であることを「精一杯」アピールはしなかったよ。だって根拠がないもん。マイクロソフト公認の検定資格とか持ってないし。
とりあえず履歴書に書いて、「PCできるんだって?エクセルとかワードとか?」「ハイ。一通り」「ホームページは?」「いじれます」「MSAccessは?マクロ組める?」「…勉強します」
こんな感じだった。嘘とか以前の問題だ。
「その人が期待と違ったら業務が止まっちゃう!」なんてとこに配属はされないよ。
もしそんな配属をする経営者がいたら経営者が悪いんだから気にしなくていい。
じゃあなおのこと採ってやりゃいいじゃんとしか思えない。
「どんな配慮が必要ですか?」って当人に聞くって、逆に言えば「ウチにはノウハウがまったくないんで」ってことでしょ。
融通なんかないんじゃん。いや、そりゃ作りづらいだろうけど。昨日今日で作れるものではないのはわかるんだけど。
でも融通しようっていう下地も何もないんじゃないのって感じよ。
元増田の面接には職安の障害者担当の人が立ち会ってくれたそうだけど
戦ってんのは俺とキミw 或いは俺と俺の無知。
それはいいんだけど、立ち会う人間には(採用側としても)サポートの能力が欲しいわけでしょ。
家族が面接サポーターとして十全であると何を根拠に判断すんの? 「一緒に住んでんだから仕事場でどう振る舞えるかも想像つくはず」とか期待すんの?
一瞬「逆にアリかも」とか思っちゃったけど、でもこれどっちかっていうと、いざ採用した後のヒアリングじゃん。
障害者だから有利とかいう話じゃないんだってば。現に元増田の所感は「面接ダメだった…」ってなってるし。何が有利やねんアホか。
酌量の用意とか言っちゃって、面接官は全然元増田の話を酌んでくれてないじゃん。酌んであの「僕らの立場」から一歩も出てない切り返しとかバカにしてんのか。
その「面接官側に立つつもり」っていうのはどこから出てきたの?
このあたりは流さず具体的に書いて欲しい。
これとか。
それを元増田のものと思っていて、しかも元増田がその「知能に関する障害」の故にこんな珍妙なことひねり出したんだと言わんばかり。
「いやそれ珍妙っていうか企業が言い出したことだから。つまりボンクラは企業」つーたら、「あっホントだ!」じゃなくていのいちに「は?」とか言われたし。
これアレでしょ。「健常者であれ障害者であれorzとか使っちゃってナルシスチックで独り善がりでいじけっぽくてちゃんと相互理解の努力する気がないオレサマの大嫌いな人間」すなわち元増田を、理由つけて「わかるように書けバカタレが」って罵倒しようとしてたら、あらビックリ、ご自分も文章読めてないバカタレでしたみたいな展開になってるっしょ。
いっぺん消したみたいだけど残ってますからツリーのとこに。引用しまくりの俺も性格悪いけどw
とにかく、そこで温情だ社会的配慮だ言い出したら「こいつは所詮温情と社会的配慮にすがってる身、俺はこのバカタレより一段マシで温情とか社会的配慮を垂れてやる側」宣言になっちゃった。ということよ。
そして「温情や社会的配慮を垂れてやる側」ってのは、「垂れてやるから具体的に要求して」と言い出した企業の側に他ならない。つまり面接官の側。
何というか、元増田気に入らなさが高じたのと、「敵の敵は味方」的なひっくり返りがあってそこに収まったって感じだなあ。だから自覚が薄いんだね。
既に書いたけど、「負担自体は最悪もういいから、具体的に最初から何が要るのか要求してほしい」とか言い出してる立場。
本当に温情や社会的配慮をもって接してくれる人間は、「とりあえず一緒にやってみよう」から出発しないとどうもならんことを知っている。
でもそれはとっても大変なことなので、そこんとこをラクしたい、だから障害者の側からどんな配慮が必要か言って欲しいんだけど、という一種虫のいい立場。
目的とインセンティブまでは知らないな。枠設けてるんなら補助金がどうとかの関係なんじゃないの、と邪推もできるし、ノーコメント。
答えのないことに嘘でも誇張でも答えが欲しいのがお前で、それでも答えはないんだから要求すんなよ…と脱力してるのが俺だよ。
この脱力はほっとくと人を殺すので、俺はとりあえず火をくべてるだけだ。水は枯れちゃったし。
君は何か今の生活や過去に嫌なことがあるのかもしれないけど
それと無関係な相手に恨みやストレスをぶつけようとする行動パターンは上手くいかないと学ぶべきだ。
いつも、怒りが返ってくるか相手にされないかどっちかだったろう。優しくしてはもらえないはずだ。
君は、
自分の記憶や日ごろのフラストレーションを共鳴させてしまってるだけじゃないのか。
カケラも書かれていないことについて「お前はああ言ったこう言った」みたいに言い出すのも
おそらく君の脳に蓄積された辛い体験や恨みが吹き出ている。
他人の事情が「身につまされる」のは美点になりうるけども
君はそこから人を明るい方向に引っ張り上げて元気付けるようなエネルギーを持ってない。
発想のパターンが拗ねる方向・不貞腐れる方向ばかりに行ってる。
まさに今ストレスフルな相手に対して文章書いてるところですけどねwww
そいつは単にバカってだけじゃなくて、本当にいろんなことを知らないし自分の頭で考えられないやつなんだ。
例えば、そいつは元増田の記事から元増田の障害を類推したりすることはない。できない。
探偵でも医者でもないんだから当てる必要はないんだが、そもそも考えが組み立てられない。そのための理解や発想が無い。
目で見えない障害のうち耳なら補聴・拡声、内臓なら服薬に排泄、あとは運動量ってな具合に気を配る部分なんてある程度決まってくるもんだ。
企業なんて組織体で枠作ってるくらいなら、そういう部分は対応可能なはずだが、この場合はそれができないという。配慮を指定してほしいとか言ってる。つまり個人差とシチュエーション差が多彩すぎてマニュアル的対応を組んで摩擦を減らすことが不可能に近いんだ。
かつ、(おそらく発話による)面接でのやりとりができていて、その上泣いてしまった時の内面の動きについてあれだけの描写がある。
なら脳・精神系のもので、おそらく認識の問題、例えば自閉症スペクトラム的なものかもしれない、とかって結論することはそいつにはできない。
間違うと失礼だからという心理もあるかもしれないが、そもそも単に知らねえんだろ「知能」の用語の意味するところとか、って感じだ。
なのに元増田に「現実的なアドバイス」とやらができると無邪気に信じている。根拠は何なんだろうか、すごい不思議なんだけど。
続けとけよ。
老人の自慢話ぐらいでキレてどうすんだ。
お前にそう言われて嬉しいんだよ。
お前の事を軽くは見てないってことだぞそれは。
一概に「上から目線」と言っても
老人特有の自分の話や自慢話てのと、
単に相手を軽侮してるのと、
これは全然別のことやぞ。
前者だったら大いに付き合っとけよ。
実際に知識があって重役でもあるんだろ。
そういうことだよ。
何言ってんだアホが。
せっかく勉強しようと思ったのに、分かるようになったら「僕のおかげですね」分からなかったら「まだまだ修行が足りないですね」
結局こんなことが不満でキレてるのかよ。
くだらない。
ゆとりかお前は。
ぐらい言ってなんの損があるんだ?
相手をいい気持ちにするとお前のプライドが傷つくのか?
嫌なこと言って来るような相手にお世辞言うのは口が腐るが
上機嫌な善意の相手をおだててどんなフラストレーションがある?
それはよそで受けようと思ったら相当な授業料が要るし
特にその重役が教えてくれてるのはその会社特化の特殊なものだ。
でもそんな損得はどうでもいいんだ。
なによりも
相手の基本的な善意や厚意より、ちょっと得意気な口の利き方や自慢話混ぜる程度のことの方が気になって我慢できなくなる
言っとくけど俺は別に社蓄タイプじゃないし、ベラベラお世辞を言いまわるようなタイプじゃないぞ。
それでもその重役の勉強会なら「おもしれー」ってとうぶん付き合っておくよ。
感謝の気持ちを持っておだてながら。
恐ろしい職場もあったもんでさ。マジで「パソコンの大先生」とか揶揄られるのに毛が生えたレベルの技術しかないんだけど、それが評価されて採ってもらったんだよ。
でしょう?
パソコンの大先生であることを精一杯アピールして、運よく色々なことが噛み合ったから入れてもらえた。
もしパソコンの大先生であることをちゃんと説明しなかったら今のとこに入れなかったよ。
すごく大事だったわけだ、それが。
しかし障害はそれとは違うんだよ。嘘や誇張で誰も得しない。つうか本当は健常者でも嘘と誇張じゃ得しないんだけど。
元増田は障害の大枠についてはきちんと伝えたんでしょ。
で、具体的な話をされたと。
君のパソコンの大先生に対してだって、答えにくい個別具体例の質問とかはありうるよな。
それに対して悩んで詰まっててもしょうがない、「出来ますよ!(…たぶん)」とか答えるよな。
これで済む話だ。
そんなもんは嘘と断定するのすら難しい。
「その人が期待と違ったら業務が止まっちゃう!」なんてとこに配属はされないよ。
もしそんな配属をする経営者がいたら経営者が悪いんだから気にしなくていい。
障害者はパソコンの大先生より更にそのへんの融通の用意はある。
しいて言わないと根拠がない話なら言わなくていいよ。
別に芝とか付けて誤魔化さなくてもいい。
そして「でも親でも医者でもねーじゃん」というのがそっちのポカだ。
なんか自分の間違いや知識不足を「アレ」だとか、
その失地を取り戻すべく相手にも「ポカ」を作り出そうとするだとか、
元増田の面接には職安の障害者担当の人が立ち会ってくれたそうだけど
この人は元増田のサポートするために来てるんだ。中立の必要はないし中立じゃない。
何度も言うけど別に元増田と採用担当は、戦ってんじゃないからね。
健常者だって面接で泣くやつはいるよ。理解の齟齬で。でも誰も代弁しない。障害とか関係なく、代弁できるわけがねえ。
泣いてる本人にも答えが無いと思うようなこと、誰にも代弁なんか頼めやしない。
そう。
採用担当も酌量の用意を持って聞いてくれるし、立ち会ってサポートしてもらえる場合もある。
お前面接官側に立つつもりのくせに
その「面接官側に立つつもり」っていうのはどこから出てきたの?
このあたりは流さず具体的に書いて欲しい。
(書けないことに気付いたら自分の思考パターンを少し疑って欲しい。)
この話に「元増田側」「面接官側」なんていう対立する利害とかがあるのかな?
細かい病態について突っ込んだコメントするなんて、馬鹿げてると思うよ。
なんでそんなことをしたいのかさっぱりわからない。
ちゃんと聞いてみた。やっぱ説明してるんだよ面接では。
そして、「もっと細かく」と言われて詰まった、と。
そら詰まるよそんなもん。健常者でも詰まるかもよ。
健常者だって詰まる質問ぐらいされるよ。
それで泣き出して面接を頓挫させて、
帰ってきてからも対策も立てずに「orz」なんて自分を哀れむ作文してても
ネガティブになるだけだったり、採用担当を敵と勘違いする馬鹿げた思考に嵌ったり、
いいことは何にもないから、
たとえば「適当に言っとけ」という現実的なアドバイスをしてるの。
福祉は余剰の産物ってことですか。まあ否定はしない。歴史的に、マクロ的に。
ただし不貞腐れてんのはどっちかというとお前だというのは取り違えないでほしいなw
ただ企業や採用担当を憎んだり見下したりするような思考ばかりヒートさせてるのが君だよ。
君に異論を述べる人間まで「採用担当だな!?」とか言い出したり、シンプルで破滅的で人を憎む方向ばかりだ。
これもそうなんだけど、
「配慮」「温情」という言葉にそんな強烈にネガティブなイメージが湧くのは
君の思考にそういうパターンが出来上がってるだけで、
君以外の誰かや世間は君を助けられない。
君は何か今の生活や過去に嫌なことがあるのかもしれないけど
それと無関係な相手に恨みやストレスをぶつけようとする行動パターンは上手くいかないと学ぶべきだ。
いつも、怒りが返ってくるか相手にされないかどっちかだったろう。優しくしてはもらえないはずだ。
これが戦いだったとしたら、お前という糞無知で想像力の枯れ果てたアホと、俺という糞無知で想像力の枯れ果てたアホの戦いでしかない。
だから、戦いじゃないよね。
最初君は障害についてそれなりに詳しいから話に入ったのかと思っていたけど
俺より知識がないようだし、君も今それを認めてる感じだ。
ただそのかわりに「自分には想像力があるんだ」「身につまされたんだ」と豪語する。
そして俺と違い、元増田に対して何かアドバイスしようとしてるわけでもない。
じゃあ何をしたくて入ってきたのか?
君は、
自分の記憶や日ごろのフラストレーションを共鳴させてしまってるだけじゃないのか。
カケラも書かれていないことについて「お前はああ言ったこう言った」みたいに言い出すのも
おそらく君の脳に蓄積された辛い体験や恨みが吹き出ている。
身につまされた俺
他人の事情が「身につまされる」のは美点になりうるけども
君はそこから人を明るい方向に引っ張り上げて元気付けるようなエネルギーを持ってない。
発想のパターンが拗ねる方向・不貞腐れる方向ばかりに行ってる。
たとえば元増田にとって、君の思考パターンに同調するのは甘美で有毒な麻薬になる。
君は身につまされた相手と、せいぜい一緒に哀れみあって同調心中しちゃうようなタイプだ。
すべては君が君自身に起こった問題をまだ全然乗り越えてないせいだと思う。
それが何かは聞かないし勘繰らないけど。
去年出来婚して、今年の春先に子どもが産まれた。
妻は専業主婦で、育児にも家事にも熱心だし普段はとても温和なひとだ。
だけれど僕の実家と仲が悪い。というより、妻が一方的に嫌っている。
何かがあったという訳でもないと思う。
ただ、当初から妻は僕の両親の前では意思表示を極力避け、出される料理に殆ど箸をつけないのだった。
なるほど夫の実家は緊張するだろうな、変なプレッシャーはかけたくないなという思いが僕にはあった。
実家との距離は10キロ程度だが、妻と一緒に行ったのはこの一年で10回に満たないだろう。
孫を連れていったのはさらにその半分程度になる。
僕は孫の顔を親に見せるのが数少ない孝行だと思っているので、本当はもっと頻繁に連れていきたい。
この点でフラストレーションが溜まっていることは事実だ。ここに僕のエゴが存在していることを認めて筆を進める。
この数カ月で気づいたのだが、妻は(自分にとって)ネガティブな言動を決して忘れず蓄積させ、以後、相手を評価するときの基準点とするようだ。
蓄積するのはあくまでネガティブな部分であって、相手から受けた善意などは特にカウントされないようだ。
あなたはあの時〇〇と言ったでしょ、と、僕は最近よく言われるようになった。
僕の父や母も同様だ。とうとう遠方に住む妹夫婦のことにも触れだした。
いわく、妹に子どもが産まれたとき、僕の母は赤飯を持って飛んでいったのに、私のときはなかった。
(たしかに赤飯はなかったが、僕達のために色々な差し入れや、孫のためにお食い初めのセッティングをしてくれたことも事実だ)
いわく、もし妹の子どもと私の子どもが一緒になった時に、妹の子どもが僕の親に贔屓されるようなら以後決して一緒にはならない。
(ここまでくると、妹の人格も、両親の人格も、全てが妻の想像上の産物としか言いようがない)
とか、そのようなことを色々と。
僕は、他人と比較し批判しても仕様がないと思う性格なので、妻の主張がいかに不毛で妻自身の未来に寄与しないかを、その都度説いた。
説いてしまった、と言うべきだろうか。
僕は知っている。いかに正論であっても説教を受け付けないタイプの人が存在することを。
そして、人はおおよそ、正論を突かれるほど不機嫌になることを。
でも、血の繋がった家族が不当に貶められるのは我慢ができないんだ。
そして今朝、妻は僕と離婚したいと言った。
どうしたものかと心迷って、はてな匿名ダイアリーを開いている。
追記:
トラックバック拝読しています。あとで個別に返信できればと思います。
「増田が実家に依存しすぎだ」というニュアンスの方が多くいらっしゃるのですが、
僕達夫婦については、少し、状況が特殊だと思うのでその点追記します。
そのほとんどが、妻の母の要請によるものであり、また、大抵は宿泊となります。
呼んでくれて、孫を可愛がってくれて、食べさせてくれて、泊めさせてくれるのですから、基本的にはとても有難いと思うんです。
コイツは自分を騙している!…ってアレ。
彼女の言うように、女性から嫌な思いをさせられることは事実無かったのだろう。察するに、「謙遜」を生存戦略に選んで生きてきたのだから、それはある意味当然のことだろう。
彼女が男に色目を使っていないと言うのも、おそらく本当だろう。彼女はそんなものを求めていたのではないだろうからだ。
彼女が求めていたのは、上司を落としたかったのではなく、「みんな」にちやほやされたかったのだろう。アイドルのように、幼少期のように。
それなのに、男が「遠回しに」「こそこそと」しか、アプローチをしてくれない。だからフラストレーションが溜まってしまう。
男の側からしたら、恋愛をしたいのだから、こそこそするに決まっているのだが。
性成熟を前後して、生存戦略を切り替える事ができなかったことが、苦しみの核となる原因だろう。その必要性に気付かなかったことが。これも過去の成功体験に固執した失敗の一例だろう。
腹いせに嫌がらせをする男もサイテーだが。
その証拠に、彼女はお金の関係だとはいえ、水商売をして救われている。男からストレートに誉められ、ちやほやされる体験が、「ロールプレイ」となって、彼女の心を癒やしたのだろう。
例えば…、学生スポーツ出身者が、プロの世界は厳しいと自分に言い聞かせて普通の会社に就職するも、スポーツのように情熱的に仕事に打ち込むことができず、腐った後に、草スポーツの世界に帰って行くような感じで。
でなければ、男を嫌悪する女が、男相手の客商売の道をあえて選ぶなんて倒錯した行動を選択する理由なんて説明できないのでは?
また仮に、彼女が露骨にちやほやされる戦略を初めから採っていたら、心配していたように女性からの嫌がらせを受けていたことだろう。だから、謙遜の戦略が間違っていたとまでは言えない。それらはトレードオフの関係にある。
しかし、水商売という特殊な環境で、戦略を切り替えてみたら、思いの外、同僚女性などからの反感を買うことがなかった。そんな拍子抜けした体験が、かつての戦略に対する後悔となって彼女を襲ったのではなかろうか。
世間で言われていた「女の嫉妬は怖い」という「常識」に対して、「騙された」「どうしてくれる?!」「あの常識のせいで、私は青春を苦悩の内に費やしてしまったんだぞ!」と。
で、増田にそれをぶつけている。
ね?
ハックルさんの言っていることとも、モロに被ってくるでしょ?
彼は、無能のフリをすれば楽に生きられるって常識に従っていたのにとても苦しんだ。その自分を苦しめた常識に対して、賠償を求める気持ちでいっぱい。増田に対して嘘つきに決まっている!…と因縁を付けるほどに。逆恨みなんだけどね。
それが賢い生き方だと自分に言い聞かせて騙し、過度に謙遜して生きてきた自分を、このような所で限定的に解放してきている。
http://anond.hatelabo.jp/20111027120538
ちなみに、
ハックルさんに、自分を騙している…と嘘つき呼ばわりされたあの人が同意を求めていたのは、私の思うにはこうだ。
彼にとっての同世代との付き合いが、
例えば…大相撲で横綱から幕下までを同列で総当たり戦を させられている みたいなものだ…って事でしょう。
つまり、「頑張ればなんとか勝てる相手」なのか「どう足掻いても勝てない相手」なのか「手を抜いたって負けようのない相手」なのか~が判れば、もっと楽に生きられるのにって事。
それらがきちんと可視化されれ、番付として発表されていれば、そが十両であっても十両は十両として、大関には勝てっこないし、幕下相手に本気出して恥ずかしい思いもすることもない。
そういう実力レベルの可視化を求めていて、それに同意をしてくれる人を求めていたのだろう。テストの順位を張り出すような環境を求めているのが、成績上位者だけではない…と言いたかったのだろう。おそらくは…ね。
零細はてな民の私ではリンクを貼らせて貰うのも憚られるChikirin様がデモについて言及しており↓
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20111018
少し読ませて頂いて思ったことがあったのでチラシの裏をここに吐き出させて頂きます。
以下本文
そしてソレについてチラホラと話を聞くにこんな感じ
↓
「中東はいいんです大義があったし進展があったから。だけど先進国の連中テメーは駄目だ」
世界最大の富の分配機能であるウォール街を襲って自分たちの富が後進国に分配されるのを止めようとしている。
だけど、それってなんか大雑把すぎる。
イギリス人のは貧困層が馬鹿をやっていたほうが得になる仕組みをつくって固定させてしまった愚かさとかあるらしい、
日本のはマスメディアのクロスオーナーシップやら独占体制によって歪んだ政治やなんやらがフラストレーションになっているのもある
アメリカなんかはもっと悲惨で医療体制が末期的で州によってデフォルト寸前で失業保険が出なかったり、格差以前の問題があったり
デモのテーマに引きづられて隠れてしまった本質的にどうにかしないといけないしどうにかできそうな問題が世界に理解されていない問題があるきがする。
デモってものはそもそも頭の良い人が先頭にたってテーマを取捨選択できるような性質がないのだから、
そういう頭の悪いメインテーマを否定するよりもその鬱憤のもとになっている根本原因を理解してあげようとする努力を世界の人々はしたほうがもしかしたらいいのかもしれない。
そこはそもそも注目しても仕方ないと思う今日この頃
以上
ここまで読んだ暇な奴
あんた良い人