だったら働けばいいじゃない。おっしゃるとおり。えり好みしなければワタミにだって仕事はある。
ただ問題は、私がうつ病患者で、もう働いてもこれ以上の生活は望めないと見切りをつけたことだ。
順をおって話します。
ここはいわゆるファミリー企業でワンマン社長で建設会社というブラック満貫な会社だったが、当時の私にはそれを見定める知識も無く、30という年齢を前にあせっていた。
この3ヵ月後に民主党政権に変わり、どん底の不況に陥ったのだから、ある意味ではベターな選択だった。
3年後、のどに違和感を感じた。
このとき、私は10キロ以上の増量をしていたため、てっきりネクタイかシャツが首を絞めているのかと勘違いした。
半年後、落ち着かなくなった。何もかもが不安に感じ、電話がかかってくる音でさえ恐怖に感じた。
こういう時にネットは便利だ。
すぐさま「不眠 ストレス」で検索して、会社近くの心療内科に駆け込んだ。
診断結果はうつ病。職場でのストレスが原因だろうと話していた。
私はこのことを会社に報告しなかった。
営業は5人しかいない会社だった。その中でも、私の成績はどん底だった。先輩社員の仕事のおこぼれをもらって糊口をしのぐありさまだった。
今考えれば、ここで転職に踏み切れば、私の人生も大きく変わったのかもしれない。
なぜなら。朝4時から千葉県か都内の現場を3件ハシゴして夜11時に帰還。それでも深夜手当ては付かず、残業代は給与の中に含まれているといわれ、10年間給料が手取り17万から一向に変わらない先輩がいたのだから。ボーナス?諭吉さんが1枚ぐらいです。
クビの恐怖と仕事の恐怖、そしてクスリの相性合わせも相まって、私はどんどん精神的に追いやられていった。
そしてそれを見た社長からも、担当の物件から外すように言われた。
10件ほどのタスク。
それを書き出した後で、私は固まってしまった。
朝から晩まで机の上のリストを見続けて脂汗を流す私に、上司が不審に思ったのだろう。声をかけてきた。
上司は、どのように仕事を進めるか指示を出して、先輩にサポートにまわるように指示を出してくれた。
にべもない反応であった。
それでも1年ぐらいは雇い続けてくれた。
会社は社長がいる千葉と、上司がいる営業本部がある東京の二箇所があり、社長と顔を合わせる機会を上司は限界まで削ってくれた。
だが、それにも限界があった。
それとなく、自主退職を上司が奨めて来たときは、地獄に突き落とされたような気分だった。
わたしは労災が下りないかどうか、全国労働基準監督署をたずねた。
そこで知ったのが、私の健康保険に関する手当てだった。
監督所の職員さんの友人が似たような事例に陥ったとき、全国健康保険協会の傷病手当金を利用したというのだ。
それを聞いて、すぐさま全国健康保険協会に向かった。
相談の結果、医者の診断証明があれば手当てが下りることがわかった。
これを上司に伝え、残った有給をフルに使いGW前に仕事を辞め、5月末に依願退職をすることを上司に伝えた。上司の笑顔をはじめて見た。
そして、1年が経った。
今、私がどんな生活をしているかと言うと、ハッキリ言ってひきこもりである。
20キロもいけば実家があるのだが、地元に悪い思い出、具体的にはイジメに遭っていたので、二度と足を踏み入れたくないのと、私は両親が苦手だった。
今回のうつ病の件も、失望の一言であった。実家に帰れという言葉も必死に拒否した。一緒に暮らしたら人傷沙汰になるのは目に見えていた。
手取りが7割に下がった。具体的には、28日で174,160円。これは傷病手当金の最低受給額でもある。
http://ferret-news.com/archives/2937
まぁ、来週にも説明しに行ってこようと思う。
友達は元々いなかった。
生まれたころからそうだったので、さみしいという感情が理解できない。まぁどうでもいいことだ。
風呂も数日に一回。具体的には病院にいくときと、自分がかゆいと思ったときだけになった。
延々とネットゲームに時間を費やしていた。他にやる事が無いのと、機械的な作業は苦になる時間を減らしてくれた。
後は思いっきり眠った。といっても6時間程度だったが、それでも快適だった。
そして、傷病手当金の受給が後半年で終わる、今になって考えた。
私は今後どのような人生を送るのであろうか?
答えは簡単、今より悪くなることは確実。死ぬ確率は5割以上だった。
まず、正社員の道はない。経歴はごまかせても、そのあとの純粋な試験の門が狭すぎる。30代後半・管理職歴なしが受かるとは到底思えない。
となるとパートだが、よくて12万。ここから税金を引かれたら5桁だろう。
つまり、どんなに努力しようと、現状の生活以上のものを求めることは不可能である。
当たり前の結論であった。
いや、最後の手段はあった。親に泣きついて養ってもらうことである。
それに、自分で稼いだ金を、自分の老後に使う。それは当然の権利だ。子供だからと言って奪い取っていいものではない。
では私はどうなる?このまま仕事の道を行けば、どっちみち体か精神、どちらか・もしくは旅方が壊れることは間違いない。
それに、精神が未だに元に戻ってなかった。
うつ病はこころの複雑骨折と言ったマンガのコマがあったが、それに近い。未だクスリという杖を使ってでさえ、満足に歩けないでいた。
できる限り周囲に迷惑をかけない方法。それは給付金が終わった直後の自分の死に他ならなかった。
一番負担がかかり、一番収穫が望めない部分を切り取る。実に合理的で正しい手段だった。
できるなら保険金などを付けたいところだったが、自殺の恐れがある精神病患者等は適用外だった。残念。
あとは、国有林などで自殺しておけばいいだけのことである。そうすれば損害賠償も来ない。
あとは警察に「自殺します」と封書で免許証でも送っておけばいいだろう。
自殺者を出した家族は恥を感じるらしいが、まぁそれは死んだ後のことだ。気にするべきことではない。
ちなみに、なんていうオンラインゲーム?
本当に自殺しちゃったのかな