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はてなキーワード: 御成敗式目とは

2020-10-08

民法の「家族法」はただちに廃止するべき

国家家族の「あり方」を決めるのはおかし

こんなのは中世ジャップだけ

婚姻」「親権」「親子」「相続」←この辺の中世制度はすべて廃止するべき

御成敗式目から何も変わってない中世丸だし法

世界中の国で廃止が進んでる

2017-11-11

https://anond.hatelabo.jp/20171110182155

御成敗式目は「道理」と「先例」に基づいているというのは中学校とかで習うことだが、これに典型的に表れているのだが、日本では「思想を持たない」というのが思想であるわけだ。武士社会通底する何等かの思想があってその思想法律として表現したものではなかったわけで。

例えば過去中国ではあらゆる法律制度天命思想に基づいていることは当然のこととされていた。この為天命思想確立に力添えをしてきた時代ごとの思想家たちが偉大な思想家として記憶されている。現代中国では天命思想否定されている。しかし、思想に基づき国家統治されるというのは今でも常識であり、だからこそこの前の党大会習近平思想の扱いがどうなるかが注目されたわけだ。

では遠くヨーロッパを眺めてみればどうかと言えば、メルケル発言を見てみればよい。

ヨーロッパキリスト教クラブでないというのは正しい。しかヨーロッパ人権市民権を基本とするというのもまた事実です。そしてここドイツでは、人権市民権キリスト教人間像に重ねているのです

ここでは明確にキリスト教という思想(思想宗教区別する人たちも世の中にはいるがあえて区別する必要はないと俺は思う)に基づいて統治が行われることが宣言されている。だいたいメルケル政党名前からして「キリスト教民主同盟」なわけで。

このような考え方があるため、ヨーロッパにおいても偉大な思想家というのが度々現れる。

思想とはもちろん政治思想だけを指すのではない。だが、個人生き方という面でも日本では思想は明確に否定される。状況に応じて態度を切り替えられる人間が通常日本社会ではまともな人間として扱われるのであって、強固な信仰思想に基づいて一貫性のある立場を取ろうとする人間はあまり高く評価されない。究極のプラグマティズムであり、究極の事大主義だ。

こうした社会においては「偉大な思想家」は存在し得ない。このような社会の状況を言論表現する学者過去様々に存在していたが、当然ながらそのような人たちは記憶されることもない。

一向宗創価学会など政治的に大きな影響を振るった新興宗教いくらかあったが、結局のところ日本社会伝統に破れていった。石山合戦織田信長勝利に終わったし、公明党池田思想を捨てて自民党改憲軍拡追従する勢力となった。その自民党にしたところで明確な戦前回帰のような思想があるわけでもなく(故に日本会議イデオローグたちは安倍政権批判である)たんに「アメリカに言われたから」とか「北朝鮮が」「中国が」などという状況に反射的に対応しているにすぎない。

2015-09-20

日本人は、神輿を壊さず、現実に合わない部分は変えていくのが得意

ここ最近安保関連法案の騒動を見ていて、鎌倉幕府制度関係に想いを馳せた。


御存知の通り、鎌倉幕府は長期にわたって日本支配した初の武士政権ではあるが、長である将軍の力は初期において奪われ、そのあと数百年にわたって政治を動かしたのは北条家であり、彼等の代表執権として辣腕を振るっていた。

御成敗式目」という日本最初武家による法律を定めたのも鎌倉幕府だった。これも、お題目として後世にわたって尊重されてきたものの、内実は有名無実化して、現実に沿った行政が行われるようになった。

この手のことは鎌倉幕府のみならず、そのあとも幾度と無く繰り返されてきた。家祖の定めたものを壊すことはままならない。しか理想現実は食い違うばかり。西洋では、現実理想に近づけるか、理想現実に沿ったものへと変えようという試みが行われるのだが、日本では、理想を掲げながら「現実は違うよね」と開き直ってその場その場で恣意的運用を行い、たまに「お上」が理想ふいに持ちだして厳格な処罰を行い現場の引き締めを図る……こういうやり方を続けてきた。

家祖の定めたものは素晴らしい、変えてはならない、変えようとする人間は悪逆非道の大悪党だと罵るくせに、現実とそぐわない面には頑として従わず、従わないを当然と思い、「柔軟アな対応」と誇る。法を完全無視するほどの人治主義でもないが、かといって法治主義でもない。法や権威尊重し、時々それによって引き締めを図る程度にはその支配力を認めるけれども、普段は臨機応変な対応対応するというこの考え方を、なんというのだろうね?

神輿となったものを壊さず、作り替えたり新しい神輿を作り上げたりすることもせずに、それはそれで担ぎながら、現実はそれとは異なる対応を行い、人々もそれに従うというものだ。

日本国憲法もどうやら、その段階に入ったらしい、平和主義という理想理想として素晴らしいと誰もが思い、この理想を下ろす気はない。しかし、理想と相容れない現実中国が圧倒的な軍事力を背景に周辺国政治支配しようと目論む)が現れたときに、憲法はそのままにして、法運用解釈を変えることで対処しようとしている。日本社会のこれまでのあり方そのものじゃないか。

日本の歴史社会がそのようなものから、それを是として受け入れていくべきか、それとも西洋流の方法を是として、日本社会を変えていくべきか……悩ましき問題だ。

2012-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20121209005834

自民党改憲草案リベラルの敗北(http://anond.hatelabo.jp/20121208120311)は、有識者によって書かれたとても価値のある記事

何の冗談なんだろう?有識者って言葉意味が分からない。

自民党改憲草案は、立憲主義という概念を完全に覆す逸品なんだけど、そのことを指摘しないのが有識者とか、いったいそれ何の有識者なんだろう。

自民党的には有識者なのかもしれないけどね。

そもそも、自民党が言う伝統意味がよくわからない。伝統というならば、帝国憲法立憲主義を導入したのだって以前の伝統からすれば違っているわけで。

伝統伝統言うならば、御成敗式目に戻ればいいじゃんか。

五箇条のご誓文だって伝統に反するんじゃないか

逆に帝国憲法だって伝統だというならば、日本国憲法だって伝統だ。

伝統に依拠して人権を語るとか憲法を語るとか、バカとしか言いようがない。

立憲主義を導入した時点で、権力というものは制限されるべきものだし、人権は天賦のものだし、憲法権力を縛るものであって国民を縛るものじゃないはずなんですけど。

それはともあれ、妻愛してる。

2012-06-08

御成敗式目、を眺めてて思ったんだが

法律って世界中歴史上どこでもいつでも箇条書きなの?

物語形式の法律とかってないの?

2010-01-18

2とおりの秩序があるということについて考えてみた

世の中の秩序には2つあると思う。

1つは、法律など、表立った秩序。あるいは上から下に向けて作る秩序。

もう1つは、下からの秩序。法律とか政令とかないけど、庶民の間で常識的に通用するきまりみたいなもの。

両者は違うし、対立することも多い。たとえば、駐車禁止の場所にちょっとだけ駐車するとか、速度制限を5キロか10キロほどオーバーとか。自転車の二人乗りとか。大学の歓迎コンパ未成年の新入生が酒飲むとか。みんな違法だけど、現実にはみんな気にせずに行っている。それを悪いという人もあんまりいない。

このように2つの秩序がある。僕は親が固い公務員だったこともあり、杓子定規に、上からの秩序を守るタイプの家庭に育った。親は、そういう意味では後ろめたいことのない人で、俗世間の、法律的にいうとちょっと後ろめたいところのある人たちに対する軽蔑というか無理解を隠さない人だった。

それは、下からの秩序を軽蔑してたんじゃなくて、上からの秩序を守らないことを軽蔑していた。

そういう家庭で育った僕は、家ではそういう感じだし、でも一歩外に出れば、俗世間で暮らす。特に子ども同士なんて上からの秩序意識は薄いけど、それでも一定の秩序がそこにある。下からの、自然にできあがった秩序があるのを感じた。僕の家庭はそういうのとは無縁だったので、そういう下からの秩序に、あこがれみたいなものを持っていて、同時に、そういうところでの振舞い方を知らなかった。

今思うと、僕が大学卒業して、公務員には絶対なりたくない、自分になるべく似合わない職業につきたい、っていうのは、下からの秩序がうずまく世界にどっぷりと漬かりたかったんじゃないかなと思う。

違法世界の秩序で代表的なものは、ヤクザというか極道というのか、そういうヤバい世界。それらの世界は、違法だから、ではアウトローかというと、ある意味、カタギの人よりも厳しい秩序の中で生きている側面もあるという。

それに対して、警察が取り締まるのは、下からの秩序のかわりに上からの秩序を押し付けているとも言えると思う。

でも、下からの秩序なしに上からの秩序は円滑に機能しないだろう。

日本では大昔、奈良時代ぐらいに、大宝律令という憲法を作った。上からの秩序だけど、すぐに有名無実化した。いっぽう鎌倉時代に成立した御成敗式目は、それまでにあった武士たちの間で自然にできていたきまりや慣習などをまとめた、いわゆる下からの秩序を法律化したもので、これが鎌倉幕府が終わったあとでもずっと長い間、参考にされ続け、有効に機能した法律だったという。

今の日本は、政治家法律を作る。政治家個々にはいろんな人がいるとしても、とにかく上から作る秩序であることは間違いない。でも、下からの秩序を積み上げて、それを成文化する、みたいな法律の作り方があってもいいんじゃないかな、と思ったりする。そういう仕組みが全然ないと思うけど、なんかそういう方法ないかなあと思う。

 
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