はてなキーワード: はしごとは
突発的なトラブル対応みたいに一時的に(2~3日くらいとか)業務量が上がることは仕方ないと思うけど。
そうじゃない、慢性的に残業しているところは成果出てないと思う。
成果が出ないから残業していないではなく、残業してるから成果出ない。
残業状態ではとにかく目先の業務を片付けることが第一目標になる。
その業務の本質とかそういったことはどうでもよくて右から左に。
それがちゃんと効果を上げるか、行ってもよいものかどうかなどは全く考慮しない。脳死状態で手を動かすことが第一。
たとえば1日3時間残業すると、休憩含めて拘束時間は12時間。
通勤が往復2時間とすると14時間。残り10時間で飯風呂睡眠その他の雑務になる。
それを週5でやるわけだから当然、人生の5/7はただ生きてるだけになる。
週末にはへとへとになってるから寝てるくらいしかやることができない。
そういう生活だと人生で一番詳しいのが仕事って状態になるので、仕事しかすることができなくなるし、他に興味もなくなっていく。
(残業ゾンビが家に帰ってもやることがなかったり、定年後にすることがないみたいな状態になるのはこれ)
ただ本当に仕事をするうえで大切なインプットを根こそぎ落としてしまっているので、できることは脳死作業になるから別にスキルが上がっていくわけでもない。
正常な判断力を失った残業ゾンビが行った作業はどんどん信頼性が低下していって、後から見返すとどう考えても正気じゃないミスが含まれている。
だけど本人もそれをチェックした側も誰も気づけない。誰も正常な判断ができないから。
そういったミスは成果に対して価値のないマイナスとなる。それを防ぐという名目で役に立たないチェック作業や会議が増えて残業時間だけが増える。
これは本当に実感があるのだが「俺が残業してるんだからお前らもしろよ」って気持ちになる。もちろん相手の都合など関係ない。
体調不良だろうと家族の看病だろうと「ほーん休めるっていいご身分だな、仕事しろよ」って感想しか出なくなってくる。
敬意を払う基準が成果や能力では無く労働時簡になる。政治的に正しくないのはわかっているし、もともと自分もそういう考えは大嫌いだったはずなのでまだ口には出していない。
---
では単純に残業をやめればいいのだけど、すでに残業が蔓延しているところはそれができない。
業務スケジュールが長時間労働前提になっている。業務量や会議の時間なども。
つまり残業込みで100%と認識されてるから残業を除くことが出来ない。
たとえば月20日労働で160時間。1日2時間残業で残業40時間とすると労働時間の合計は200時間。
残業無しの160時間から考えると1.25倍の成果(=アウトプット)が出ている。
逆に200時間を基準にすると、160/200=0.8となり残業無しの時間は8割の成果(=アウトプット)しか出せなくなる。スケジュールに影響する作業量である。
だから残業をやめる場合、一時的に「達成目標が2割減」になることを許容しなければいけないが、目先のことしか考えない残業企業はそれができない。(できていたらとっくにやめてる)
「一時的に」と書いたのは、普通のペースに戻せば残業状態に起因する価値のないマイナスが減り、そのぶんの労力を効率化に回すことによって処理量を回復させる可能性があるからである。
(とはいえ残業状態が100%と認識されていると、何をしても「残業無しでこれなら残業していたらもっと成果がでていた。評価低」と難癖つけられるので業務効率化をするメリットが従業員側にないけれど)
あれはもともと「実質残業込み労働契約」だと考えられているから、昨今の働き方改革ははしごを外されたようなものだろう。
みなし45時間の場合は、「1日10時間労働」と解釈して入社するのが正しい。「仕事が早く終わったら早く帰れるから残業代分お得」とか考えるのはあんころ餅より甘い。なぜなら「仕事は前倒しで片付ける」のが残業仕草だからである。
ちなみに裁量労働も似たようなもので、あるのは「残業する裁量」のみとなる。
これはこれで割と居る。それもそのはず、基本給で年収300万の人でも月40時間の残業が0になると、年937,500円のマイナスになるからかなりごつい。
1日2時間の残業をやめるだけで年収が100万近く下がるとなるなら、残業した方が楽に決まってる。
---
以上により、残業企業では本当の意味での成果(=売り上げ、利益、事業のスケールアウト)を出していくことが難しい。
どころかむしろ、消耗した従業員の取り替え先がみつからないと事業規模を縮小することにすらなる。(人手不足の黒字倒産というやつである)
まっとうな企業は「仕事をする→余暇で疲れを癒やす、情報を仕入れる→仕事に生かす→成果に繋がる」といったホワイトサイクルを回して成果を積み上げていけるのだけど、残業企業は「仕事をする→仕事をする→仕事をする→退職、過労死」のバッドエンドしかない。
ただ前述したように、すでに残業に染まっているところが抜け出すのはよほどの覚悟(一時的に成果2割減)が必要になる。
まだ残業ゾンビになっていない労働者にできるのは、残業企業に近寄らないことである。
・残業時間の平均を見る (平均取って月30hなどと言っているところは、押し上げているものが多数存在するってことだ)
・企業理念や話を聞く (お客様第一とか言っているところは、従業員の健康は二の次ってことだ。あと自分で考えて動ける人材とか言っているところも注意深く避ける。むしろマネジメント層が何も考えてなくて自分で考えて動かないと駄目なだけかもしれなくて、そういうところで求められる「自分で考えて動く」こととは「自分で考えて残業する」ことである)
リスクヘッジとしてはまず、みなし残業企業を機械的に避けておくことをお勧めしたい。あとは企業によるので自分の目で確かめてくれ。
「残業大好き昭和上司が「残業するな」という不毛」https://blogos.com/article/397237/
残業なんざしないほうがいいんだけどさ。なんでごらんの有様になってるのか何も考えてなさそうなこういう記事がでてくるとイラっとする。
結局、残業して稼働時間を載せている状態が100%と認識されてるから、それを除くと当然アウトプット量(=成果)は下がるってことが理解されてないんだよね。
「残業減らせ、成果(=アウトプット量)は減らすな」って話しかしてないからそりゃ減らないだろう。
例えば20営業日として通常の稼働時間は160時間、そこに(一応の月の労働上限の)45時間足したら205時間。約1.28倍の稼働時間になってるんだけど、
逆に205時間を100%とすると160時間は約0.78%。8割程度のアウトプットしか出てないわけ。
そりゃいろんな数字に影響出るよ。
(もちろんこの数字は近視眼的な皮算用で、中長期的には疲労でアウトプットの質そのものが落ちたり、メンバーが離脱したりしてろくなことにはならない。残業あるところに成果なし。だけどそういうのは処分してイキのいいのを仕入れれば目先は回るって考えてるのが残業企業。Wantedlyアッピールとかなんとか勉強会みたいなのには熱心なやつね)
これを効率化がどうのって言ってごまかしてるやつもいるけどそれで解決する話じゃないの。効率良くしたとしても、「効率よくなった205時間」が100%と認識されるから結局8割の成果しかでないことにされる。それは評価(=給料)下げる理由になるね。
8割の労力で成果(=売上数字)100%を目指すのが正しいのかもしれないけど、上述した理由によりよくて現状維持だから全く割に合わないし、そもそもそのあたりに口出しできるポジションは限られてる。「ああこの施策クソだな、数字落ちるな」って思ってて口に出してもなんかスルーされて終わりだよ。
じゃあ何が正しいかっていうと、ちょっと前に話題になったサイボウズの広告が的を射てる。
「「ノー残業、楽勝!予算達成しなくていいならね」 サイボウズの煽り広告がネットで話題」https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170515-00010001-bfj-soci
「残業しない」はOKRでいうところの健康健全性指標に該当する項目で、それを除いた状態で100%と認識しないといけない。
目標達成における禁じ手にしないといけないんよ。慢性的な残業を。そこに効率とか成果とか関係ない。
ここが柱として設定されない以上、「残業してたらもっと成果でてたはず。やりなおし」みたいなのがずっと続くし、それを理由に評価(=給料)も下がるだろうよ。
今こういう状態のドたわけに何言っても無駄で、成果成果ピーピーわめくだけだから下手に組織改革とか思わず転職先探した方が賢明ではある。
だけど募集してるのはどこもみなし残業企業ばかりなんだよな。まともにやっているところは定着率もよいだろうし、そうそう募集かける必要ないからね。(そういうところで無駄なコストが少ないから労働環境に還元できるホワイトループも回ってそう)
余談だけどみなし残業企業は今慌ててるんじゃないかな。だってもともと日に10時間労働のつもりで契約してるようなやつのはしご外されてる感じだろうから。社員の給料下げてくると思うよ。うちも実際下げやすい方向に改定された。評価期間の直前に。
この夏の恒例、反日運動が一層盛り上がってる。
経済報復卑怯なり!から始まり、経済侵略という言葉に変化し、そして今、経済戦争という言葉がトレンドだ。
その間、日本政府に何らかの対応の変化があったわけではないのに。日本政府は一貫して、懲罰も戦争も何もしかけてはいない。
ただし、一部の政治家が韓国に対して、無駄にガンつけまくっていたのも事実で、韓国側では、これ幸いに、なんだこの野郎やんのか、という対応になっているんだろう。
その一方、韓国政府はエスカレートするばかり。当初のような分析的な視点は消え失せ、いまでは、なんのシミュレーションも事実分析もなく、もはや単なる煽りになっている。
もうすでに韓国政府は客観的には実害がほとんどないことに気が付いているんだろうけれど、ホワイト国除外という言葉は
国際社会では、狡猾な日本にいじめられている無垢な韓国を演出し、国内的には反日キャンペーンをはるのに絶好の言葉だから、
そのネタでぶっ叩けるだけ叩いとこうと考えている可能性が高い。貿易管理上のランクを一つ下げただけで、盗人猛々しいだの、加害者である日本がいけしゃあしゃあと、だの度が過ぎる発言の数々を連日発射。
貿易管理上のランクを一つ下げただけで、なんでそこまで言われなきゃいけないの?というのが大方の日本人の感覚だ。
本当にヤバいと思っていたら、水面下でプラグマティックな対応をするはずだし、
SAMSUNGなど鍛えらえた企業はすでに対応済みとみていいのかもしれない。
ファーウエイをみて何も学ばないなら、そもそも一流企業になっていない。
結局のところ、日本を叩いても安全だからこそ、安心してバッシングができるんだろう。
文大統領もその場のノリで煽っているにすぎず、言葉に事実に裏付けられた重みがあるわけではない。
しかし、そうこうしているうちに、国全体が過剰に煽られて、不買運動の過熱、そして行政すら
ソウル市中区通りに「No Japan」旗設置へ | Joongang Ilbo | 中央日報
ソウル中区(チュング)は日本の韓国ホワイトリスト(ホワイト国)除外に対する抗議の意味で管内に「ノージャパン」旗を設置することにしたと5日、発表した。
退渓路(トェゲロ)、乙支路(ウルチロ)、太平路(テピョンノ)、東湖路(トンホロ)、清渓川路(チョンゲチョンロ)、世宗大路(セジョンデロ)、三一大路(サミルデロ)、貞洞(チョンドン)ギルなど管内22の道路に太極旗とノージャパンのバナー旗1100本が街灯に掲示される。
日本のメディアや言論人は、韓国ネタで売れるだけ売っとこうという魂胆がみえみえ。
元駐韓の大使だかなんだか知らないけど、連日、似たような話を週刊誌に繰り返し書き連ねている人も見かけるし。
この夏しっかり稼いどかないとなってことなんだろうけど。
はー疲れる夏になってしまった。
仮面ライダーのやつは、今回は見に行くつもりはなかったんだけど、友人から「見とけ、笑えるから」と言われたので見に行ってみることにした。
twitterなどで若干否定的な意見も目にしていたけど、つまりそれが「笑えるから」ってことなんだろうなと、ギャグ映画を見るつもりで見に行くことにした。
ドラクエの方は、シリーズ中5が一番思い入れが深くて、SFC版からPS2、DS、アプリと、ハードが変わるごとにやっていて、半ば原理主義者化している自覚があり、また小説版も大好きなので、その辺のゴタゴタからも見に行くつもりはなかったのだけど、twitterで「5点満点中マイナス100点」等、あまりに酷評されているから逆に気になった。
そんで、今日たまたま時間が空いて、ライダー映画の後にちょうど良い時間の上映があったこともあって、はしごで見てきた。
と、ライダーの名前を出しておいて何だが、今回の話にライダーは余り関係無くて、バーターで付いてくる戦隊の映画の方の話をしたい。
(ライダー映画は、突っ込みどころの多さも含めていつも通りの、安定した面白さだったので、特に語ることはない)
で、その、ライダー&戦隊映画を見た後でドラクエの映画を見たのだ、という話をしたいのだ。
まず、ドラクエの話をしたい。
散々な酷評が聞こえてきていたのと、後記する理由でハードルがガン下がりしていたのとで、期待値はマイナスだった。二時間の苦行になるだろうと思っていた。
事実、始まって10分ほどの間は、心が10回くらい折れそうだった。
リメイク時に後付された設定がさもSFC時代からあったかのような改ざん!!
っていうかそこまでゲーム画面でやるのかよ!!そのまま最後までゲーム画面流せばいいじゃねーかもう!!
あれもこれもすっ飛ばすのかよ!!
ゲレゲレかよーーーーーーー!!!(ゲレゲレ派の皆様すまん、プックル派なんだ)
ドラゴンオーブはそこにはねーーーーーーーーーーーーえ!!!!
ヘンリーそんな奴じゃねーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
ラインハットほったらかしかよ!!!!!!!妖精の国すっ飛ばしたからサンタローズに春が来てねえじゃねえか!!!!!!等々。
いや分かってるよ2時間で話まとめるためには仕方ねぇよ、でもさーでもさーーーと心の中の原理主義者が泣いていた。
しかし、綺麗なグラフィック、迫力の戦闘、懐かしい音楽、佐藤健の流石の演技(直前にライダー映画を見ていたとおり、特撮畑の人間でもあるので、特撮出身俳優のアフレコに対する判定は甘々な自覚はあるが、「あ~電王だ~」と思う瞬間は一切なかったので、さすが佐藤健だと思う)に押し流されるように時間は過ぎていく。少なくとも(心の中で原理主義者が泣く以外の)時間経過に対する苦痛はない。
原作と違う点に突っ込みは入れたいと思うが、時間内に話をまとめるためには仕方が無い。
例えば、ヘンリーのキャラが違うとは言っても、SFC時点で我々に許された解釈の範疇ではあるように思う。
リメイク版には仲間会話があるが、SFC版でNPCとして交わした会話はわずかだ。ああいう解釈をしていた人が、まあ、いなかった訳ではないかもしれない。ギリギリ。
リュカのキャラクターは全く小説版の「リュカ」ではないが、「どこかの誰かが操る主人公」としては、誰かの頭の中にはああいう主人公もいただろう。
ビアンカフローラの選択。そんなに簡単に「自分の本当の心」なんて分かるか???とも思ったが、一応、フローラがいいならまあよしとしよう。
個人的に、特に回収もされず、一番残念だと思ったのは「娘ーーーーーーーーーーーーーー!!!」だった。
・・・まあ、これも仕方が無いだろう。大人の世界には予算とかの問題がある。
普通に考えて5のストーリーを「正しく」映画化しようとすれば、5章仕立てくらいにしないと終わらないだろうから、「どう二時間にまとめるか」も見所だ。文句を言うより楽しんだ方が得だ。
後半のプサンの「今回はそういうことになっている」的なメタ発言も、嫌いな人は嫌いだろうが・・・と思いつつもクスリとした。
ここまで超好意的に受け止めていたが、流石に「えええええーーー」と思った。
ついでに、「あ~~~~~~~~~~~~~これオタクが発狂するやつ~~~~~~~~~~~」と酷評の理由も理解した。
確かにちょっとグサッときた。いい年してこんなところで仮面ライダーの映画からドラクエの映画はしごして見てる自分の胸にグサッときた。大人にはなれてねぇわぷー。
しかし、その後の真実の暴露により、前半で心の中の原理主義者を殺した、気になるポイントの数々が全て伏線として回収された。
幼年時代をゲーム画面でスキップしたことも、リメイク版の設定のはずなのにSFC版に存在していたかのような扱いだったことも、ヘンリーのキャラクター解釈も、なんであんなに解釈が違うのに「リュカ」なのかも、ビアンカとフローラの選択の顛末があんなんだった理由も、プサンのメタ発言の訳も。
もう、なんか、ここでぞわーっとした。
気に入らないと思ってたことの全てに理由があった(娘の存在のことは置いておく。少なくとも見ているときはそう思ったんだ)。
今まで「どこかの誰かの頭の中にあるドラクエ5の世界を見てるんだな」と思って我慢していた事が、ある意味それで正解であり、また、一気に「どこかの誰かの物語」が、「主人公の物語」あるいは「自分の物語」になった気がした。
その辺は上手く言語化できないが、体感としては「うおおおおスッキリーーーーーーーーーーーーーー!!!」だった。
最近は予定調和的なハッピーエンドが約束されているライダー映画ばかり見ていたので、ついぞこのところ体験していないカタルシス。
その後に登場したキーアイテムがロトの剣だというのももう、細かいことは抜きにしてたまんねぇわという感じ。
確かにあの瞬間、主人公は自分だった。子供の頃からドラクエと共に育った自分自身だった。あの一瞬、まさしく「YOUR STORY」だった。
(後で冷静に思うと「自分の」物語だと思うには物語の解釈が違いすぎるが、あの一瞬はそんな細かいことはどうでも良かったのだ)
そして、「経験した冒険は、確かに本物だ」というメッセージこそが、本当に我々に向けられたものだったのだろう。
大人になれ、現実に帰れ、そんな風に言われることが多い社会だけれど、我々が「ドラクエ」から貰ったものはそんなありきたりで薄っぺらな言葉で踏みにじれるようなものではないはずだ。
と、言われているはずなのに、一度発される「現実に戻れ」というメッセージの前に「そんなこと言われたかったんじゃない!!!!!!」って発狂するオタクが多いのはちょっとこう・・・オタクのメンタル弱すぎじゃねえの・・・という気がするが、まあそれは現代社会では仕方の無いことでもあるし、今回の本題ではないんだ。
言いたいのは、一本の映画として見たときに、よく出来ていたじゃないか、ということなんだ。
確かに、もう5の物語は身体に染みついてしまっているから、全く5の物語に触れたことがない人にとって、提示されている情報が十分だったかについては冷静な判断ができない。
ストロスの杖のあたりとかは説明不足だったようにも思うが、まあ、「息子が頑張って探した石化が解けるアイテムである」くらいは伝わっただろう。
(ちょっと使い方それェ~~~?!!と思ったりしたが)
(ルーラの辺りは怪しいかも知れないが、「ルーラ」といえばワープの魔法である、というのは有名だと思いたい)
二時間でまとめる為にはどうしても大幅なカットが必要である、そのためにカットされたり設定が変更された部分について「そこをカットするのかよ・・・!そこをそう変えるのかよ・・・!」という視点で気に入らない箇所を除くと、「え~~~~」と思った部分は大概、ラストで伏線として回収された。
その、ラストの展開それ自体が気に入るかどうかはともかくとして、5のストーリーを知っていればいるほど「あれっ?」と思う箇所には、大体理由付けがされている。
長い話をカットした時にありがちな「えっその話いつしてた??」みたいなのも、多分、なかった、と、思う。(なにせ冷静な判断ができないのだ)
一人の男の一代記になってしまうので、ストーリー全体が駆け足感あったのはまあ、仕方が無いと思うが、それも設定を知った後なら逆にリアルだ。
もちろん、二時間に納める為にカットされた部分、変更された設定について、文句を言おうと思えばいくらでも言える。娘はどこへ消えた。
ラストの演出については、これは好き嫌いがはっきり分かれるだろうなとは思った。
「ドラクエを見に来たつもりだったがSAOだったか」と思ったりもした。
「これをドラクエで、しかも5でやる意味はあるのか」みたいな批判もあるだろうと思う(これは、はっきり意味があると思うが)。
「5のファンとして、納得できるかどうか」の話であって、「映画自体のクオリティが極端に低い」ということではない。
それなのに、あたかも「映画自体のクオリティがめちゃめちゃ低いから見に行かない方がいい」みたいな言説ばかり飛び交っているのは非常に残念だと思う。
CGは徹頭徹尾圧倒的に綺麗である。(ドラクエ5らしいか、は置いといて。。。)鳥山明の絵とは遠いが、動いて居る彼らを見ていれば全く気にならなかった。
物語や設定が破綻しているということもない。もちろん重箱の隅を突けば色々出てくるだろうが、世間一般の映画と比較して特段トンデモ展開という訳でもないと思う。虚無でもない(後述)。
(ただ、主な比較対象がライダー映画であり、あれはトンデモ展開をやってナンボみたいなところがあるので、若干ふつうの人より「トンデモ展開」判定は緩いかも知れない・・・その辺りの自信はちょっとない)
とはいえ「好き嫌いは分かれるな・・・」「文句の言いどころがいっぱいあるのは分かるな・・・」とも思ったので、薦める相手は慎重に選ぶ必要があるのはわかる。
たぶん、元からこの作品はオタクの方を向いて作られた映画ではないんだろう。
(まず、オタクの方を向いているならちゃんと声優を使うはずであるし、そもそも3DCGにしないだろう)
友人にこのクソ長ったらしい感想をもう少し縮めて伝えたところ、「子供の頃ドラクエやってたパパが、懐かしいっつって子連れで見に行って、そんで夏休みの間にソフト買って親子でやってね、ってことだろ」と言われたが正にターゲット層はそこなんだろう。30~40代の子持ち父親(あるいは母親)。ちょうど小中学生の頃ドラクエ5をスーファミでやっていた世代だ。(だからこそ、今「5」が選ばれたのだろうと睨んでいる。3以前だとリアルタイム世代がもう少し上になってしまうし、4は5章構成で話が長すぎる。6以降だとまだちょっと若い)
「現実と向き合え」って言われるのが何よりも嫌いなオタク(と、あとフローラガチ派)は見るべきではないと思うが、まさしく「子供の頃ドラクエが大好きだったが、今はまあ子供もいて、そこそこ大人やってます」って人には是非薦めたい・・・・・・いや、そう言うタイプの人は最後のどんでん返しでカタルシスを感じてくれなそうである・・・ある程度「ゆうしゃとしての自分」に思い入れがないと・・・だがそう言う人は得てして現実と向き合うのが嫌であり、あるいは原作からの改変が些細なことでも許せないタイプ・・・実にジレンマである。
(・・・と、そのようなジレンマを抱える構造になってしまったことが「失敗」といえば「失敗」かもしれない)
また、この流れをもって主人公を「リュカ」としたなら、確かに久美沙織に対して何かしらの仁義は通すべきだと感じた。その一点においてマイナス100点である。
5の主人公=リュカの図式を作ったのは間違いなく小説版であろう。(もし万一、「リュカ」あるいは「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」の名がエニックス(当時)サイドから提供されていたのだとしたらそれを明確にして欲しいし、作者があのような(慎重な)声明を出す以上、命名は久美沙織側だったのだろうと思っている)
製作委員会におかれてはその辺は本当に仁義を通して貰いたい。この素晴らしい作品に、そんな事務的なことで味噌が付いて欲しくないと思う。
で!!!!!!だ!!!!!!!!!!実はここまでの長ったらしい話は全部前段であるっていったら怒る???
何でここまでドラクエ映画を大絶賛するかっていうと、作品自体が(人は選ぶものの)素晴らしかった(のに世間の評価がだいぶ偏ってるから、いっちょこっちは絶賛しとこう)っていうのは大いにあるんだけど、その直前に見た、見てしまった戦隊映画があまりに、あまりにも虚無だったからというのも大きい。
虚無映画のダメージがまだ残っているうちに見た為、通常時の1.5倍くらい面白く感じた...と言う可能性が否定しきれない。正直なところ。
(ブースト効果がなくても十二分に面白かったと思っただろうが、ここまで熱狂的に、最高に面白かった!!!!と思ったかどうか、怪しい)
というわけで「虚無映画の後にドラクエ見たら予想以上に面白かった」って話がしたくてドラクエの話始めたら思ったより熱が入ってたらしくてすっげー長くなったごめん。
でもこの後また長々虚無映画の話をさせてくれ。誰かに聞いて欲しいんだ。
「5点満点中マイナス100点」の栄光はまさに今年の戦隊映画みたいなもののためにあるのではないか? ドラクエではなく。
いや、戦隊映画については多くの人々が「ライダー映画のバーター」程度にしか見ていないのだろうと思う。
だって毎年バーターで、ライダーは一時間、戦隊は30分と相場が決まっている。ライダー単体の映画は大人1800円キッチリ取るが、戦隊単体の映画は大人1200円だった時代もある。
最近は戦隊単体の映画は期間限定上映になってしまったほどだ。悲しい。
だから、毎年大した期待は掛かっていないし、つまらなくてもその後のライダー映画が面白ければ何の問題も無いのだろう。
現に、今年のライダー映画に関する評判は、良い物も悪いものも合わせて耳に入る。つまり、それだけの人数、戦隊の映画も見ているはずなのだ。
しかし、誰も話題にしない。あんなに虚無だったのに!!あんなに虚無だったということを誰も口にしていない!!!その程度の興味すら抱かれていないのだろうか・・・それとも虚無すぎて何も言えないのか・・・
あるいは、「名作」とまではいかずとも、通常のテレビ放送の二話分くらいの時間を使えるのだから、ちょっとしたスペシャル回くらいの話はできる。
テレビ放送を見ている時よりはちょっとわくわくした気分で楽しんで見られて、特撮映画のことだから突っ込みどころも多いが、概ね「楽しかった楽しかった」と思える作品がほとんどだ。
(折角の「劇場版」がそれでいいのか・・・という話は一旦横に置いておく。今は、多くは求めまい)
少なくとも「早く終われ・・・」と祈ったことは、(毎年見ている訳ではないが、6~7本くらいは見ているはずだ)一度も無い。
それがだ。今回は半分より手前くらいのところから「早く・・・終わらないかな・・・」と魂が吸われていたのだ。
確かに、今年の戦隊はあまりちゃんと見ていない。が、それは過去の戦隊においても同じ事が言える。
(おおよそキャラクターや敵が何者かくらいは知っているが、毎週毎週熱心に見ている訳ではない。これはライダーも同じだ。友人たちと話のネタにするために流し見しているくらい。そこまでガチ勢ではない)
だから、「例年より話が分からない」「例年よりキャラクターに思い入れがない」という点で「面白くない」訳ではない。
「特撮映画」というジャンルには独自の文明があるので、割合トンデモ展開が許される。
(実際のところファンが「許して」いるかは知らないが、平成だけでも20作品にわたってトンデモ展開をやり続けながら絶対的コンテンツとして君臨しているのだから、許されていると思っていいだろう)
突然東京がひっくり返って江戸時代になろうが、突然信長が蘇ろうが、突然歌って踊ろうが、サーカスを始めようが、見た目は大人頭脳は子供だろうが、侍もいるし天使もいるし忍者もいる。タイムスリップも日常茶飯事、作中における原理原則の多少の無視もよくあることだ。今更騒ぐようなことでもない。
「展開がトンデモすぎる」「作中の設定が無視されすぎて変」という話でも、ない。
六千五百万年前からいきなりタイムスリップしてきた人類(的な生き物)が居たら、まずは文明の違いに腰を抜かすところからじゃないのか???とか
六千五百万年前の文明発達しすぎだな?いやそれは作中設定があるからいいとしても、こっちの部屋はロストテクノロジー仕様なのにあっちの部屋は旧
性別 | 男 |
年齢 | 33 |
女性経験 | 4人(彼女いない歴5年) |
風俗経験 | ありません(自己処理で十分) |
住まい | 都内 |
年収 | 800万弱 |
職業 | ITエンジニア 新卒で入った |
学歴 | 地方宮廷 |
家族構成 | 両親と姉(既婚) |
趣味 | 運動、せんべろ(追記↓)、旅行(自然の多いところ) |
性格 | 悪い |
貯蓄 | 金融資産全部合わせて1500万くらい |
身長 | 180cm |
体重 | 75kg 最近少し腹が出てきた |
体脂肪率 | 19% |
容姿 | 自己評価は低い。昔のニキビ跡が強烈なコンプレックス |
髪 | 普通の黒髪短髪 |
家事 | 大学から一人暮らし。貧乏だったので基本自炊 |
酒 | ビール日本酒焼酎。1回2~3単位くらい。酒癖は悪くない |
煙草 | やらない |
好きな食べ物 | 美味しければ何でも |
嫌いな食べ物 | 一般的に食卓に上がったり外で出てくるものにはない |
家・土地 | ない |
不労所得 | 株と投資信託の配当が年50万くらい |
負債 | なし |
知るか!
わかってる。大学の頃からサークルで誰もが可愛いって言うような、
そういう高嶺の花みたいな子を好きになるからだ。
美人なら誰でも好きなわけではなく、好きになった人も趣味や性格を含めて好きなんだけど、
今まで好きになった人がみんなそういう外見タイプだったってことは、
自分の中に容姿のラインみたいなのがあって、そこをクリアした人だけ恋愛対象になってるんだと思う。
別にクリアしなかったからって差別するとか罵るとかではなく、ただ普通のお友達と言うだけ。
告白された事や、自分さえオッケーなら付き合えるんだろうな…ってのもあったけど、
結局この「容姿が好ましくない」という点がちらついて付き合ったりしなかった。
上に挙げた容姿以外だと食べ物の好き嫌いがない、お酒が飲める(付き合いで飲むんじゃなくて一緒に飲みたい)、一緒に旅行してくれる、以上。
そろそろマジで婚活した方が良いんだろうけど、婚活で「相手は美人がいい」とかどの口でって俺でも思うわ…
//追記
やっぱり子供は何人かほしいんだ。
うまく一言で書けなかったからせんべろって書いたけど女の子とせんべろに行きたいわけではない。
(男友達とばっかり飲んでるから最近はせんべろはしごすることが多いけど)
元々食べ飲みすることは好きなんだけど、必要以上にお金をかけたくない性分
(というか金出したら美味いもの食えるのは当然でしょって考え)で、
毎週のように東京行きの新幹線に乗り、コラボをはしごして地方に帰る。
大好きだった推しアニメの奴隷のような生活に心と身体が疲弊してくのを感じた。
2期まではDVDとBDの2種類揃えて買っていた円盤も、3期は見る前から1種でいいやと思い始めている。
正確には今の状態ではどちらか1種しか買うことができないだろうと思っている。
そんな中で次々と発表される新しいコラボ。
食費をグッズ代と交通費に回す計算をしながらTLを覗くと皆口を揃えて「楽しみ」「嬉しい」「ありがとう」と称賛の言葉ばかりがならぶ。
一言不満を漏らそうものなら「アンチ」と言われてしまいそうな空気感に恐怖を感じながら「絶対行く」と義務のようにつぶやいた。
行かないという選択肢は脱落者になってしまうような気がして選択することは出来なかった。
毎週東京へ通うのが辛ければ東京に住めばいいし、この売り方が嫌ならジャンルから降りればいい。
そう頭ではわかっているけれど生活を変える勇気はなく、気持ちを割り切ることも出来ない。
3年間ずっと好きだったものが作品とは違う所で嫌いになってしまいそうで、好きだからこそ辛いと感じている。
いっそ嫌いになれればと思うけれどキャラクターたちはやっぱり魅力的で、作品への気持ちは変わらない。
そう思いながら「東京へ引っ越す選択をしないのはジャンルへの忠誠心よりも自分の人生の方が大切なんだね」という冷めた自分もいる。
もうひとつ作品とは違う所で嫌いになりそうなのが公式が行っている「キャラクターの誕生日にツイートを投稿させて公式がファンに優劣をつける」という企画。
公式に選ばれた3人のオタクがこのキャラのTOですと見せつけられる地獄のような企画で、最初に企画を見た時は絶対に荒れると思った。
ところが初回開催から2ヶ月たった今でも担降りする人や発狂した人は見かけていない。
人知れず消えているのかもしれないが、何日もかけて用意をして、自信作を投稿した上での敗北。私なら発狂する。
どうしてファン同士で潰し合いをさせるのか、悲しくて仕方がない。
でもそれが公式のやり方ならば全力で同担と戦うし、どんな手を使っても勝ちたい。
東京在住のため、近畿発の旅行には詳しくないが、2箇所だけ情報提供。
■四国
宿 とても多い
観光地 多い
所感 こちらもザ・観光地。とても便利で観るところも食べるものも大変に多い。
華やかで人も多いこともあり気分は休まらない。癒やされにくところではないと思う。
五色そうめんと地元名物のセットの定食なども風情があるし、みかん飯も良い思い出になる※2
まだ他県に流通していない、聞いたこともないような新種の柑橘類を山ほど食べてほしい。
※1…安い宿がないという意味ではなく、同じ条件でも有名観光地の場合には数千円程度高くなる傾向にあるという意味
※2…そもそも愛媛ではたいていのものが美味い。みかん飯も不味いわけではない(美味いわけでもない)
価格 安い
宿 やや少ない?
観光地 少ない
金比羅山近辺を除けば観光業のプロによるおもてなし、もしくは売り込みは全くない。
だが商売っ気のなさが、私には心地よかった。
一方で、楽しいところが少なく、物足りない場所と感じる人もいるように思う。
四国全般に言えるが、鉄道網が貧弱なためレンタカーは必須になる。
食べるものについては、骨付き地鶏焼きと讃岐うどんが特に素晴らしい。
名店を2〜3軒ははしごしたい。
周囲の木々も美しく、長い長い石段を登るきつい時間も含め、清々しい時間を過ごせた。
(以下、余談)
横浜生まれ、東京在住の私からすると、香川は観るもの全てが目新しい場所だった。
どうということはない丘、なんてことのない木々の一つ一つが生まれ住んだ土地のものと違う。
単なる日常風景の一瞬一瞬に心躍る経験をして、これが旅情というものかと気づかされた。
私の場合は、
- 前日夜に東京駅から新幹線で出発し、岡山駅近くのビジネスホテルに一泊。
- 翌朝6時くらいの電車に乗り、美しい海を見下ろしながら瀬戸大橋で香川へ行く
- 丸亀駅で降りてレンタカーを借りて、讃岐うどんの名店をはしごする
枕詞として
念のため書いておきますが、私はドスパラの関係者ではありません。
また某ツイッターアカウント(アカウントA)さんでもありません。
アカウントAさんのツイートから本記事を拝見し、言及元記事の作者(アカウントBとします)さんの記事に対し第三者という視点で記します。
揚げ足取りのような内容になる点、また引用が飛びまくる点についてはご容赦ください。
では本題
話を戻しますが、これは中国でも問題視され、ニュースにもなったようです。アカウントAの人は、この報道を元にそのデザインの基板=不正品の疑惑があるという思い込みをしました。
とありますが「思い込みをしました」という思考こそアカウントBさんの「思い込み」以外のなにものでもない気がします。
一般的な思考としては過去にアウトであった基板デザインと同等であれば「疑わしき」と感じるのはしごく普通の思考と感じます。
結果、今回のリマークが露呈するわけですが。
中国全体を見た時の技術力向上は目覚ましいものがありますが、昔と変わらず偽物文化も根強く残っているようです。SSDも例外ではなく、怪しげなSSD用基板、怪しげなNANDチップが通販で売られています。中には廃棄品の横流しが疑われるようなものなどもあるようです。
とアカウントBさんもお書きになってるようアカウントAさんもこのことをご存知だったゆえ、先の「疑わしき」と感じられた1要因かと感じます。
<なぜ疑惑が正しくないといえるのか編>
要するに、SpecTekの型番が入ったNANDチップはMicronの工場で生産されたものです。Micron用、SpecTek用で生産ラインが分かれているのかは分かりませんが、仮に分かれていたとしても、Micronの工場で生産したNANDチップにMicronがロゴを再刻印してMicronブランドとして販売することに何の問題があるでしょうか。
逆を言えば、なぜMicronの子会社でもなく、むしろdivisionであるSpecTekの名のままで提供しなかったのでしょう?
ここはアカウントBさんお得意の「推測」になってしまいますがSpecTekで出すよりMicronで出すほうが
「性能が確かで、知名度があり、印象がいい」と思われる
からなのではないでしょうか。
当方が無知なだけかわかりませんがMicronは知っていますがSpecTekは知りません。
(b)同じMicron社のSpecTek製チップ(マーク刻印)が搭載されたSSD
理由は先に記した通りで「性能が確かで、知名度があり、印象がいい」なMicronだから。
そして(b)がSpecTekではなく、samsungや東芝製チップ(マーク刻印)されたSSDであればどちらにしようか迷います。
理由は同じくMicronもsamsungも東芝も「性能がry...だからです
ここは私の想像ですが、単純にSpecTekブランドで出荷予定だったNANDチップに注文のキャンセルなどがあり、同じ仕様のNANDの注文があったMicron側に渡したというだけの話ではないでしょうか。
疑惑を立証、断定する段階において「推察」ましてや「想像」など論外かと存じます。
アカウントAさんのよう同じ基板だ怪しいぞ?と仮説の段階ではアカウントBさんが記されたような想像はよいでしょうが
言及元記事においてはレポートや論文における「結果」「結論」に値すべき項目に記すべきことではありません。
何の証拠もなく記すのは「リマークされることが正当である」と思わせる印象操作にしか思えません。
不正なNANDチップを使うのはひとえに安いからであって、隠すためにNANDチップ1枚1枚にコストをかけるのはナンセンスだからです。ここからも、Micronが妥当な手続きを経てNANDを出荷したと推測できます。
すいません。以下は推察です。
不正なNANDチップがコーティングを施してもまだ利益を生む価格であれば十二分にやりうることと考えます。
また過去の「型番を消すように斜線が引かれている、網掛けされている」だけではすぐバレてしまうという悪い知恵だったのかもしれません。
しかし、この読み方には問題があります。ポイントは「/」の読み取り方です。例として「S5」を見てみましょう。「Partially Tested, est yield of 50%」となっており、「部分的にテスト済み、容量の推定50%」という意味です。「/」ではなく「,」が使われています。意図的に使い分けているということです。他の使用例の紹介は割愛しますが、よく読むと「A/B」は「AまたはB」、「C,D」は「CかつD」という意味で使われているのが分かります。
SpecTek社に直接お聞きになったわけではなく、アカウントBさんが型番の読み方を他の使用例を元にご自身なりの解釈で記されているだけでいわば推測。
つまり、「Simple Test Passers/Extended Test Failures」は「簡易テストに合格、または拡張テストに不合格」、つまり出荷されたのは「簡易テストだけを実行しており、それには合格した」チップであると考えるのが妥当です。
正しい型番の読み方のまま議論すべきで意訳するべきではありません。
あくまでも「簡易テストに合格、または拡張テストに不合格」のNANDチップです。
「簡易テスト「だけ」を実行し」などとは書かれていません。意訳です。
Micronが生産してMicronブランドで販売するNANDチップなのですから、製品に使えないものを出荷するはずがありません。
Micron社に属するSpecTek社が生産したNANDチップであることしか現状は判明していないと思うのですが
どこかに「Micronが生産してMicronブランドで販売するNANDチップ」という記載があったでしょうか。
また「製品に使えないものを出荷するはずがありません」の前提にある「Micronが生産してMicronブランドで販売するNANDチップ」が
明確ではありませんので結果的に「出荷するはずがありません」とは言い切れません。
ドスパラが今回出した第三者機関のテスト結果です。実機でテストして他のメーカーの製品と特段差がなかったという結果でした。この調査自体は、比較対象2製品のうち1製品がS.M.A.R.T.に寿命の項目がない、調査機関の名前が公表されていない、の2点からイマイチ感が強いのですが、
これに関してはアカウントBさんもお書きのよう多くの方が「第三者機関」の不透明さが強く残ってしまっています。
検証、調査において大切なのは検証内容/方法と検証元というのはアカウントBさんも重要であることはご認識かと存じます。
ゆえ、本疑念を晴らすべき販売元がその調査機関を公表しなかったことが事態の収束に至ってない1要因かと考えます。
ドスパラの対応でイマイチだなあと思うのはリマークを明確に否定しなかったことですが、販売店という立場があり、自社ブランドについてはメーカーとしての立場もあり、言えないこともあるのでしょう。自分のコメントではなく、あくまでRitekと第三者機関の言葉をベースに対外発表しているのは正しい対応であり、批判に当たらないと思われます。
アカウントBさんやアカウントAさんの内容に対し、否定的な意見を掲げている方の多くが勘違いしている気がします、
本件の核はアカウントAさんが何度も強く仰っている「リマークの重大さ」です。
そしてこれが本件の問題です。検証結果から性能が十分に担保されているので「良い」では済まされません。
また如何なる理由があるのか察しえませんが販売元がこのリマークの意図を明確にしない限り
今はよくわからないメーカーのSSDで起こっているだけですがこの問題を放置し続けると
先の事例に上げたようなsamsungや東芝、Crucialといった有名どころでも同事象が発生しうるということです。
こうなるとは我々は何を信じればいいのかわかりません。