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はてなキーワード: リードとは

2020-07-24

いまコロナで多くの人が経験しているけれど

1度給食すると復帰するまでに6ヶ月1年 かかちゃう

からみんな、通勤を辞めるのを嫌う

反対に僕らはリードインとか導入期間というのを頭に取る(企業秘密技術開示請求による)

 

 その職場 職場に からだを ならす ならしうんてん って 案外大事 即戦力生産性工場 おそらく 本当に現場で使われているやりかたが 特許などで 開示できないと こういう 弊害が出る

 そうすると 各社横並びで開示 とはいうが 今度は それを本当に受け継いでいく 職人が にわかには かんべん 弟子のみ という でしにとってもいないやつに

 付け焼き刃でおしえるものではない 逆に あぶない

 

 ただまぁ、我々 本職でも  即戦力は無理 まずは (相手のやり方に自分たち技術を)あわせる時間

2020-07-22

有言不実行な友人の話

ある友人に我慢できず、他の友達に話すのも気が引けるので筆を執ることにした。

私の自分語りを多分に含んだ愚痴のような物なので、肩の力を抜いて読んでいただければ幸いだ。

私はしがない字書きの大学生である中学生の頃には仲の良い友人二人と、自分たちを模したキャラクター架空世界の中活躍させる創作を交換ノートの中でやっていた。元々絵を描くことも好きだったが、どう足掻いても上手く描けないことに諦めを感じ、気付けば文章ばかりを書いていた。

高校に入ると文芸部に入った。入部届けを提出するまで、入ったことは親には黙っていた。シンプルにそれまでやっていた吹奏楽に嫌気が差しただけなのだが、高い楽器(丁度自分の貯めていたお年玉やらお小遣いやらの全額程度だった)を買ったというのに吹奏楽を続けなかったので、父親は後にも先にも無いほど激怒した。当時の私は相当にショックを受けたが、まあこれは関係の無い話なのでやめておく。

とにかく文芸部に入ったのだ。正直本当に楽しかった。気の合う友人もできた。文学という架け橋が無かったら話すことも無かったような、私とは系統の違った部員一冊の本を作るのは刺激的だった。空が白んできても何も浮かば空虚日の出を見たり、締切の為に定期テストそっちのけで徹夜をしてキーボードを叩いて編集をしたり、高校生なりの熱量部活を、書くことを、“創作”を、楽しんでいた。

恐らく想像がついている方もいらっしゃると思うが、私はオタクであるとはいえ二次創作イラスト等の投稿や閲覧が楽しめるSNS投稿を始めたのはつい最近で、それまでは内輪のオリキャラでの創作小説を書いたり、時には友人を主体にした夢小説を書くこともあった。

そんなこんなでここの所二次創作を楽しんでいる私であるが、どうにも腑に落ちないことがある。

端的に言ってしまうと、あまり好かない友人がいるのだ。彼女高校1年生の頃からの友人で、ありがちな書き方ではあるが彼女をAと呼ぼうと思う。(A以外にアルファベットは出てこないので、特に気に留めて置く必要はない。)

Aは自信家だった。帰国子女のAは英語を始めとして成績優秀で教員にも好かれる模範的な生徒だった。本人はそれを隠すこともなく、「私は天才から」「と言うより、努力型の秀才なんだけどね」と言ってのけていた。努力を惜しまない姿勢は素晴らしいし、怠惰な私は純粋尊敬したが、その努力をひけらかす行為はいただけなかった。受験期にはキーワードをページいっぱいに書き連ねたノートボロボロになった単語帳を常に持ち歩き、志望校赤本まで隠さず机の上に置いてあった。私は「落ちたら恥ずかしくないのかな」とぼんやり思っていたし、本番当日にもAは「Twitterしてる場合じゃないけど不安 報われなかったらどうしよう」だの「爆死」だの呟いていたが、最終的にAは無事合格し、その大学へと進学した。

思うに、Aはオープン性格なのだ。未だにTwitterの鍵垢同士で繋がっているのだが、課題の進捗やらをよく呟いている。「自称天才から(オンデマンド)授業明日の分全部受けてレポートまで書いた」「虚しいから労って(レポート画像)」などなど。活きの良い大学生である

さて、本題から離れてしまったが、私がお話たかったのはAの創作についての話である

実はAは高校在学中から一次創作を嗜んでいた。Aはもう一人の友人とタッグを組んで自作ゲームを作ろうとしているようだった。所謂ファンタジー物で、次々とキャラクターを生み出してはストーリーの核となる部分を練ったり、キャラクター自身の掘り下げをしていた。

なぜ私がそれを知っているのか。それは彼女が片っ端からTwitterに放流するからである。興味が無いので完全にスルーしていたが、AやAの周りの友人はいつもAの生み出したキャラクターの話をしていた。

彼女ゲームシナリオとなるその“創作”の本筋を書いて、もう一人の友人は立ち絵や背景を書いていた。

書籍化しないかな」

Aのそんな旨の呟きをよく見かけた。

そのうち、Aの周りにいる友人は、そのキャラクターイラストを描き出した。漫画にせよ小説にせよ映画にせよ、ストーリーを追ううちにキャラクター個性を見出す私にとっては、設定や性格が書き連ねられた一枚絵を見せられても特に何も思わなかったが、友人たちは違ったようだ。確かに毎日それらのキャラクターの話を聞いていれば興味を持つの自然だろう。

最初こそAは大いに喜んでいたが、そのうちさして大きなリアクションをとらなくなっていった。そのうち、「おまえらファンアート15溜まったら本編まじで進めるわ、ケツ叩いてもらわないと無理かも」といった旨をツイートしていた。

Aとタッグを組んでいた友人は、徐々にTwitterに浮上しなくなっていった。その代わり、Aは自分のことを“字書き”と自称することが増えて、ゲーム制作の話は一切しなくなっていった。

Aはよく産みの苦しみの類いのツイートをする。

「一話が上手くいかいから先に進めない」

「予定の字数より多くなっちゃったw」

キャラには自信あるけど文に自信ないから〜」

「(とある児童文学タイトル)の後釜狙ってます

そう言って一通り喚き散らした後、「やっぱり今日は書けないから寝よう」と言って日付の変わる前には就寝している。

なるほど、AもAなりに書くことを楽しんでいるようだ。いつか自分創作を完成させて、それが大々的に二次創作される日を夢見ているらしい。丁度今、絵の上手い他の友人に描いてもらっているように。

私は一言言いたかった。

四の五の言わずに書けよ。

一発当てたいなら本気で完成させろよ。

甘えてんのか。

もちろん私は今の文壇リードするような大作家でもなければ、新進気鋭の小説家でもなんでもない。しかし、Aよりも文字を書くことは数こなしてきた。適切な表現が思い浮かばなかったり、心苦しくても大部分を削除してエンディングを書き直したり、寝食を忘れて夢中になって書いていたこともある。もちろんそれが重要なことでないこともわかっている。

Aは昔、高校生だった頃に私にこう話したことがある。

わたし、○○(私の本名)ちゃんのことすごいと思うよ。文芸部に入ったら、締め切りとかそういう重圧で死んじゃいそうだもん。自分好きな物上手く書けなそうじゃない?」

私はこれに何と返したかは覚えていない。しかし、文芸部は私に書き終えることの大切さを教えてくれた。

オープン彼女は書いている最中の苦しみを漏らすことを抑えていられない。しかもそれをやたらと文学的に表現しようとする。浮かんでこない、降ってこない、突然書けなくなる……、そういったありきたりの表現で。Aはやたらと“創作”や“小説”という言葉を使いたがった。自分が今しているのは“創作”で、“小説”を書いている。その行為に酔っているように見えた。けれど言葉が固くなってはいけないと思っているのか、進捗状況が載ったスクリーンショットに映る文はなろう系を模したような劣化させたような文体なのである

「私の文幼稚なのはわかってるんだけど、かっこつけた描写はしたくないな。児童書目指してるし」

子供が読みやすい文、単純に砕けた文、そして口語ばかりで仮名遣いの怪しい文。難解な表現を使うことと、状況を説明するために上手く言葉を組み立てること。これらは明確に分けられていると思う。斜に構えた描写を、子供には解しがたいと思っているのだろうか。私は自身の素の書き方がかなり固いこともあり、まるで自分が“かっこつけた描写”をしているような気がしたこともあり、なんだか頭にきてしまった。

また、数日後にはこんなツイートもあった。

承認欲求足りな過ぎて手っ取り早く誰かに褒められたいけど、二次創作は書けないからなぁ」

この発言は私の逆鱗に触れた。

私は、自分の書いた二次創作を「承認欲求を得るための行動だ」と言われたように感じたのだ。書いた物を貶されるのは嫌だけれど、書く動機をAのようにあからさまに「誰かから評価されるため」にすり替えられるのが耐えられなかったのだ。ネットに公開している以上、何らかの反応があることはもちろん嬉しい。しかしそれ以上に、頭に浮かんできたシチュエーションを練ってひとつの話を作ることが楽しいのだ。

今思うとAはそこまで考えて発言したように思えない。恐らく私の考えすぎだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いし、何を言ったかより誰が言ったかが気になる質なのかもしれない。

SNS上でのAとの繋がりを消そうにも、そのアカウントには共通の友人が多く、彼女たちが気を利かせて私の転生後のアカウントをAに伝えてしまうことは想像に難くない。かと言って「繋げないでくれ」とあからさまに嫌う素振りを見せて友人関係にヒビを入れたくもないし、ログアウトしてしまうと他の友人の呟きまで見れなくなるのも寂しい。そういうわけで今でもAとはFF内で、表向きは仲良くやっているわけである

さほど苦ではない。しかし確実に自分ストレスを感じていることはわかるので、いつか縁を切ろうと思っている。

結局これはさして大きな問題ではなく、周りからチヤホヤされている人間を妬ましく思っている私の醜さが露呈しただけなような気がしたので、この辺で筆を置いておこう。自分の“創作”のスタンスに口を挟まれて気分を悪くするのは、私自身もそうだから

2020-07-21

キミの情緒不安定さは改善した方がいいけど anond:20200721130823

それとは無関係な話だぞ。

単純にクソなペット飼いと同じく責任感と情緒問題がある

メンヘラメンヘラ再生産する負のループはどこかで止まると良いなって思う

 

近所の人 「お宅のペットがいつでもどこでもうるさい。ノーリードが怖い」

クソ飼い主「あ?ウチのペットがうるさい?生き物がうるさいのは当たり前だし!ウチの子は噛んだりしないし!神経過ぎ!しつけ?虐待コワー」


近所の人 「お宅の子どもがいつでもどこでもうるさい。道路で遊んでいる、我が家の前でボール遊びしているのが、危なくて怖い」

クソ親「あ?ウチの子がうるさい?子がうるさいのは当たり前だし!ウチの子は車が通らない道路で遊んでるし!窓を割らないように気を付けてるし!神経過ぎ!しつけ?虐待コワー」


つか、子どもが騒ぐを放置だけに限った話でもないわな


クソ飼い主ペット病気になった!!金ない!!」

名無  「じゃあせめて最後まで付き添ってやれ。良い環境を用意してやるのが一番だが、愛情受けて最後まで過ごせるならガス処分されるよりは良い最後だろう」

クソ飼い主 仕事だし!!そもそも付き添ってたら俺はい遊んだらいいの?!俺の人生はないの?」

名無  「クソ飼い主でペット可哀想

クソ飼い主「出来の悪いペットなんかいらなかった、俺の人生ペットのせいで散々だ」

  

クソ親子ども不登校学習進度についていけない になった!!サポートする金ない!!」

名無「じゃあせめて学習に付き添ってやれ。良い環境を用意してやるのが一番だが、愛情受けて過ごせるなら自己肯定感の欠如は起きないはずだ」

クソ親 仕事だし!!俺のキャリアはどうなるの?そもそも付き添ってたら俺はい遊んだらいいの?!俺の人生はないの?」

名無毒親子ども可哀想

クソ親「出来の悪い子どもなんかいらなかった、俺の人生子どものせいで散々だ」 

anond:20200721093944 anond:20200721102209 anond:20200721120425

単純にネグレクト一種だと思う。クソなペット飼いと同じく責任感と情緒問題がある

 

近所の人 「お宅のペットがいつでもどこでもうるさい。ノーリードが怖い」

クソ飼い主「あ?ウチのペットがうるさい?生き物がうるさいのは当たり前だし!ウチの子は噛んだりしないし!神経過ぎ!しつけ?虐待コワー」


近所の人 「お宅の子どもがいつでもどこでもうるさい。道路で遊んでいる、我が家の前でボール遊びしているのが、危なくて怖い」

クソ親「あ?ウチの子がうるさい?子がうるさいのは当たり前だし!ウチの子は車が通らない道路で遊んでるし!窓を割らないように気を付けてるし!神経過ぎ!しつけ?虐待コワー」

2020-07-18

anond:20200718001048

将棋魔人将棋星人の戦いって感じの流れだもんなあ。

一局目:

後手番だったこともあり、まずは相手の指し手に乗ってじっくり戦う → じっくり矢倉に組んで戦うも、複雑な終盤に読みの深さを生かした強烈な踏み込みで一気に寄せられる

二局目(ストレート負けは避けたい渡辺三冠が先手番を生かして容赦なく勝ちに来るだろうとの下馬評):

用意してきたであろう急戦矢倉で、自分が指しやすい流れに持ち込もうとする→異筋の54金で中央支配されて異筋の31銀で攻めを封じられて、気がつくと成すすべもなくボコボコ、これはヤバい

三局目(このままストレート勝ちしそうなところ渡辺三冠が意地を見せられるかという空気):

藤井七段なら三連続での矢倉を避けて角換わりにするとおそらく予想した上で、手段の限られる後手番ながら研究手順に呼び込んで勝ちにいく→持ち時間や堅さといった実戦面含めての大きなリードを取って、きっちり勝利、これもすごい。ほんとは(序盤研究が非常に深い豊島名人竜王に挑戦中の)名人戦で使いたかっただろう研究を……

四局目(角換わり相掛かり矢倉どれもあって戦型から読めない):

二局目の作戦修正して再度ぶつける→渡辺三冠やや良しの流れに持ち込むことに成功するも、藤井七段がまったく離されることなく付いてきて、終盤に一瞬の緩手から見えづらい手順の寄せを食らって負け

渡辺明孤独な闘い

 藤井聡太棋聖誕生し、世間は大きく湧いている。

 けれど、ここでは、番勝負で敗れた渡辺明二冠の話をさせてください。

羽生藤井の間

 渡辺明は、昨年このような発言したことがある。

「今の棋士自分も含めて、歴史的には羽生藤井の間、という位置づけになるんじゃないですかね」

2019年2月27日付「日本経済新聞」夕刊)

 いつものようにニヒルな笑いを浮かべて、彼はあっけらかんとこのようなことを言った。

 しかし、この発言は私にとっては結構な衝撃であった。渡辺明は、羽生の次は藤井時代だ、自分時代を作る棋士ではない、そう言ったのである

 この言葉意味は、とてつもなく重い。

 渡辺明は、紛れもない「天才である

 中学生棋士になり、20歳将棋界の最高タイトル竜王を獲得する。

 玉を堅く囲い、針の穴に糸を通すような細い攻めを見事に通す。理路整然としたその将棋は、美しく、絶品である

 2008年には、羽生善治との頂上決戦を3連敗4連勝という劇的な結末の末制し、初代永世竜王の座を手にする。

 こうやって書くと、渡辺棋士人生は栄華に満ちているようであるしかし、そうではない。彼の棋士人生は、常に孤独との闘いであった。

 渡辺の同世代で、彼と同じレベルトップを張り合える棋士はいなかった。渡辺は、若いから、一回り以上も上の羽生世代と「たった一人で」しのぎを削り続けた。

 羽生世代は、底知れぬ力を持った将棋怪物たちである渡辺は、たった一人で怪物たちと剣を交え、互角以上の戦いを続けてきた。

 最強の羽生世代と争ってきた彼は、これまで年下の棋士タイトルで敗れたことがない。はっきりいうと、「格」が違うのである。踏んできた場数も、積んできた経験も、何もかもが違う。孤独と闘ってきたものけが持つ、底知れぬ「凄み」のようなもので、彼は年下の棋士たちを蹴散らしてきた。

 2017年度には、大きく勝率を下げ、プロ入り後初の負け越しを喫する。「衰え」がきたのか-そう思った人もいたかもしれない。

 しかし、渡辺は死ななかった。自らの将棋を大きく改造し、再び上昇気流に乗る。鬱憤を晴らすように勝ちまくり、再び三冠の座に上り詰めた。

 そんな渡辺明という天才が、当時まだタイトルを獲得していない棋士を、タイトル99期の羽生の次だと言った。自分飛ばして、である

 渡辺明は、本音をはっきりと口にするタイプで、お世辞で人を持ち上げるようなことはしない。

 いいものはいい、ダメものダメと、はっきりと言う。

 「羽生藤井の間」との発言も、率直な彼の実感なのだろうと思った。そう思うと同時に、私は恐ろしくなった。

 藤井聡太とは、いったいどれほどの棋士なのか。どこまで行く棋士なのか。

 天才しか、見えない世界があるのだろう。言わば藤井聡太は、「天才から見た天才」。雲の上の、そのまた雲の上にあるような世界は、想像も及ばなかった。

 想像も及ばないから、見てみたいと思った。渡辺明と、藤井聡太によるタイトル戦。その舞台を、心待ちにした。

抗いの舞台

 待ち望んだ舞台は、時を経ずに実現する。2020年6月渡辺が保持していた棋聖タイトルに名乗りを上げたのは、藤井だった。

 

 「なるべくなら藤井と当たりたくない」そう言って笑っていた渡辺だったが、藤井聡太にとって初のタイトル戦を待ち受けることになるのは、自分だった。

 このあたりは、強者宿命である。あるいは、将棋神様が、渡辺に課している試練なのかもしれない。

 渡辺明は、自らが「時代を作る棋士」と評した最強の挑戦者と、盤を挟むことになった。これまで蹴散らしてきた年下の挑戦者たちとは違う。そのことは、渡辺自身が、始まる前から一番分かっていただろう。

 棋聖戦5番勝負が、幕を開けた。

 第1局、矢倉選択した藤井は、凄まじい、人間離れした踏み込み渡辺を圧倒する。1三の地点に、飛車と角が次々に飛び込む。鮮烈な寄せ。驚異の見切り。

 将棋から、地割れの音が聴こえた気がした。

 第2局。この将棋に関しては、今も冷静に振り返ることができない。これまで見てきた将棋の中で、一番の衝撃だった。

 先手番で矢倉選択した渡辺将棋は、基本的には先手が主導権を握ることのできるゲームで、特に渡辺の先手番は抜群に強い。用意周到な作戦で一局を支配する、それが渡辺である

 その渡辺が、何もさせてもらえなかった。王手すら、かけることができなかった。藤井が放つ異筋の手が、渡辺矢倉破壊した。観戦しながら、頭が割れるような、足元が崩れ落ちるような感覚に陥った。こんなことは、もう後にも先にも訪れないかもしれない。

 「いつ不利になったのか分からないまま、気が付いたら敗勢」。渡辺ブログでそう回顧した。理路整然とした彼の口からたことが信じられない言葉だった。

 2連敗。これまでタイトル戦でストレート負けをしたことのない渡辺が、あっという間の土俵である羽生の次は藤井時代だといった渡辺言葉は、残酷にも証明されようとしていた。私は茫然とした。最強の渡辺明が、手も足も出ない。自分が見ているものは、悪夢だと思いたかった。羽生世代という怪物たちと剣を交えてきた渡辺。その渡辺の、剣先すら届かない。こんなことがあるのか。私は叫び出したい気持ちだった。

 2020年7月9日棋聖戦第3局。私は仕事を休んでこの将棋を観戦した。藤井聡太の初タイトルを見るためではない。渡辺明の「意地」を見るために、仕事を休んだ。このまま終わる渡辺ではない。そう自分に言い聞かせながら、食い入るように盤面を見つめた。

 第3局、渡辺は角換わり腰掛け銀で、90手目のあたりまで想定していたという、圧倒的な研究を投入する。研究の多さと深さは棋界随一の渡辺だが、今回投入したのは、とっておきの中でもとっておきの研究だったと思う。藤井聡太から白星を挙げる。たった一点の至上命題を果たすため、渡辺はついに、極限まで研ぎ澄ました剣を抜いた。序盤から中盤、ほとんど時間を使わない渡辺研究範囲時間を使わずに指す、この徹底的な合理主義渡辺の特徴だ。用意周到な研究リードを奪い、抜群のゲームメイクで、渡辺は一局を支配し、離さない。藤井の追撃も凄まじかったが、序盤を飛ばして残しておいた時間最後に物をいう。渡辺、腰を落とし、崩れない。そして、ついに藤井が頭を下げる。

 渡辺明藤井聡太に初勝利。「これが渡辺明だよ!」今度は、本当に叫んでいた。もし、渡辺が何もできないまま3連敗していたら、私はしばらく将棋を見られなくなったかもしれない。しかし、3連敗する渡辺ではなかった。3連敗など、するはずがなかった。

 この勝利は、たんなる1勝ではない。もはや渡辺明の「凄み」としか言いようがない。盤を挟んだ目の前にいる棋士は、まさに今、次の時代を切り拓こうとしている。渡辺にとって、その「圧」は凄まじかったと思う。自らを飲み込もうとする圧倒的な濁流に、渡辺は自らの強みである研究」で立ち向かい、そして振り払った。あの舞台でこんなことができる棋士は、渡辺明以外にいない。大舞台で、濁流に抗う。孤高の棋士渡辺明が報いた、最強の「一矢」だった。

 棋聖戦第4局。先手番となった渡辺は、第2局で完敗した急戦矢倉作戦を再び用いた。胸が熱くなった。「気付いたら敗勢」そう振り返った、渡辺にとって悪夢のような将棋である。負けたら終わりの一戦で、再びこの作戦選択することには相当な勇気がいる。しかし、渡辺悪夢悪夢のまま終わらせておく男ではなかった。自身が完敗した将棋を徹底的に研究し、改良手順を藤井にぶつけたのである妥協を許さない、トッププロとしての威信をかけた将棋だった。

 渡辺研究は功を奏し、互角からやや渡辺有利の形勢で局面は進行する。しかし、藤井は全く崩れずに渡辺のすぐ後ろをひた走る。紙一重の攻防の中で、渡辺盲点の一手があった。藤井の攻め駒が、気付けば渡辺の玉を左右から包囲していた。「負け」。渡辺は、このあたりで覚悟を決めたという。

 ピンと背筋を伸ばした渡辺が、「負けました」と声を発する。渡辺明棋聖戦が終わり、史上最年少タイトルホルダー、藤井聡太棋聖誕生した瞬間である

 

次の機会

 激闘を終えた当日の深夜、渡辺自身ブログ更新した。そして、自身将棋を、淡々と、それでいて的確に分析する。信じられないような完敗を喫した第2局の後も、タイトルを失った第4局の後も、その姿勢は全く変わらなかった。目を覆いたくなるような将棋を、淡々と振り返る。それも、当日の夜に。普通人間なら、抜け殻のようになっていてもおかしくない。すぐに敗局の分析をする。これもまた、渡辺の「凄み」である

 「負け方がどれも想像を超えてるので、もうなんなんだろうね、という感じです」

 渡辺はそう述懐した。藤井聡太と初めてタイトル戦を闘った男の、偽らざる本音なのだろうと思った。棋界のトップを走り続ける男が、「想像を超えている」と述べた。その意味は果てしなく重い。

 渡辺トッププロとしての矜持を胸に、全力で闘い抜いた。第1局、第2局では、昼食に高額なうな重を連投した。これは、藤井聡太が昼食の値段を気にせず、好きなものを頼めるようにした配慮だと言われている。藤井聡太が残り時間3分の場面でトイレに走った時、渡辺は次の手を指さなかった。そこですぐに指せば、藤井の持ち時間を減らし、追い詰めることもできた。しかし、渡辺藤井が戻るのを待ってから盤上に手を伸ばした。藤井を戸惑わせるような「盤外戦術はいらない。時代が動くか動かないかというこの戦いにおいて、そんなものは「邪道」でしかない。渡辺は、藤井が全力を出せるように環境を整え、「将棋」で真正から勝負した。

 結果は、1勝3敗での敗退。「羽生の次は藤井時代」という渡辺言葉が、現実のものになろうとしているのかもしれない。藤井聡太時代が、今まさに幕を開けたのかもしれない。

 しかし、渡辺抗う。自らが発した言葉に抗い続ける。そう信じている。

 「次の機会までに考えます渡辺はそうブログを締めくくった。渡辺は、もうすでに「次の機会」を見据えている。ここからまた、渡辺明の闘いは続く。

 渡辺明二冠、棋聖番勝負、本当にお疲れ様でした。これからも、ずっと応援します。

2020-07-14

anond:20200714092252

教養リード構成に必ずしも必要じゃないし、低賃金もっと関係ないだろう。

その返信ではあなた差別主義であること以外わからない。

anond:20200714145126

長々と長文を書いておいて、屁にもならないリードスペクタクルサスペンスクライマックスもない本文。さっぱりとしてペーソスの効いたユーモア。どれも入っていないあたりやはり教養がない底辺売文屋。赤点寺田寅彦10冊読んでやり直し。

anond:20200714091214

興味を引くリードも書けない程度の無教養低賃金であることはわかりました

anond:20200714091214

興味を引くリードも書けない程度の無教養低賃金であることはわかりました

2020-07-13

ジェンダーロールにとらわれない婚活サービス作ったとして

結局、男からリードしてもらえなかったのはこっちに興味がないサインから萎えたとか、女が苗字を変えないか婚約破棄したとかになる気がする。

Life's A Mess - Juice WRLD ft. Halsey(の和訳)

恋に落ちてるとまだ言えるの?

かのことじゃないよ

違うよ

恋に落ちてるとまだ言えるの?

君の世界を誰かが変えたの?

願うよ君が孤独じゃないと

願うよ思い出は偽りじゃない

世界が壊れるとき願うんだよ

でも愛がほんとなら 獅子白兎に僕を思い

洗いざらい許してよ

まだ白旗あげないで 君は今まさに

愛と生きる意味理解したんだよ

自分けが地球上で唯一

自分のために存在している 忘れないでいたい

孤独に謝り続ける

その時許してくれる 君だけが僕を自由にする

あぁ 散らかっている人生

あぁ 心乱れて死にそう

愛がすれ違ったときを思い出す

調べ求めた真実を見つけた

あぁ 散らかっている人生

そうさ 心乱れて死にそう

愛がすれ違うときを思い出す

探し続けた真実を見つけた

最悪だった でも今よりいいや

試練や苦難が 僕を正した

良いや悪は 全て感じて思うんだ

僕らの周りは 僕らを包むもの

見失った愛の見失った理由

僕のせいでなくても僕らは痛めつけられた

そんなとき君を見つけた

世界がひっくり返ったんだよ

それでいいんだよ

自分けが地球上で唯一

自分のために存在している 忘れないでいたい

孤独に謝り続ける

その時許してくれる 君だけが僕を自由にする

あぁ 散らかっている人生

あぁ 心乱れて死にそう

愛がすれ違ったときを思い出す

調べ求めた真実を見つけた

あぁ 散らかっている人生

そうさ 心乱れて死にそう

愛がすれ違うときを思い出す

探し続けた真実を見つけた


Life's A Mess - Juice WRLD ft. Halsey

https://youtu.be/IetcXhv83gQ

Life's A Mess」はRex Kudoプロデュース生前Juice WRLDが収録していた音源Charlie Handsomeがアレンジを行い、

The Chainsmokersの「Closer」への客演や「Without Me」のヒットで知られるHalseyがコーラスを重ねた。

https://genius.com/20280086



7月6日に突如Juice WRLDのニューアルバムLegend Never Die」の発売(アメリカでの発売日は7月10日)とリードトラックLife's A Mess」のMVが発表されました。

GeniusYoutubeアメリカチャートではすぐにトップになって死後も人気が衰えてないんだな、すごいなと思いましたよ。

人気かつJuice WRLDは早録りで有名で未公開音源が1000曲以上あると言われているので当分リリースは続くんでしょうね。

哀愁漂う浮遊感をまとったメロウビートセンス内省的なリリックとそれを体現するようにぼそぼそとしたフロウ、その陰鬱さを補うかのように織り込まれメロディアス旋律

これらの特徴を持つラッパーは主にSoundCloud楽曲を発表していたこから「Cloud Rap」と呼ばれ、Juice WRLDはその決定版といえる存在でした。

Juice WRLDは恋愛を主なテーマとしており、ラッパーにしては独特な詩世界を展開していたのがひと際人気だった一要因なのかもしれない。

自分は「Lucid Dreams」で知ったにわかだけど、オリジナルアルバムは二枚ともすごく気に入ってたのでああい最期になったのはすごくショックでしたね。

USラッパー日本語話者だったらというイメージ原曲押韻の語感をなるべく崩さないよう意識して訳しているんですけど結構違和感残るんだよな…

日本でこういう内容のリリック書くラッパー珍しいので、イメージが次第にRadwimps歌詞にずれちゃってたんですけどね。すんません

2020-07-12

腐向けにおけるセックスポジション人間関係の話

私は雑食腐女子である


このタイトルと書き出しだけで9割9分の固定派腐女子URLも踏まずに見なかったことにするだろう。


気持ちはわかる。「また雑食腐女子が『固定派の人ってなんで固定なんですか?逆じゃだめなんですか?』って言いにきたのか…」とうんざりしてるんだろうなと思う。

固定だの雑食だのというCP嗜好は一種宗教じみたところもあるし、安易踏み込む戦争が起きることもよくわかっている。でも私はどうしても気になってしまう。


何故人間関係の在り方とセックスポジション(この場では「性行為における受け攻めの役割分担」を表す言葉として扱う)がリンクしてしまうのか。


私は雑食腐女子であるしかも、作品を見て「こいつらはカップリングにできるな」と思うタイプではなく、作品中の特定キャラに関わる人間関係を一通り把握したらpixivで《○○(作品名)【腐】》で検索して「この作品人間関係は界隈の中でどう扱われているのか」を把握してから推しカプを「選ぶ」タイプだ。キャラ同士の関係の在り方が見たいのでセックスポジションには興味がないとも言える。

そういうわけなので、別軸逆も読む(AB固定として書かれた作品BA固定として書かれた作品を並行して摂取すること。)し、同軸リバ(一つの作品の中でABの描写BA描写が同時に描かれること。ABA。)も読むタイプの雑食だ。相手違いも普通に読むし、総愛され系も読む。

セックス描写があると「おお、えっちだな」とは思うが、読むにあたってセックス必須ではないので、基本的には全年齢のものを優先的に読む。


色々な組み合わせのものを読むと、なんとなく比較してしまう。比較すると「何が違うのか」が見えてくる。当然ですね。

何が違うのか。ABとBAABAではキャラクターの性格や行動原理解釈が違うのだ。

同じ原作から出た二次創作のはずなのに。


とあるCPの話をしよう。特定を避けるためにだいたいボカすが、「いやバレバレやんけ」という指摘はご勘弁願いたい。

そのCPにおけるAは天才肌で、持って生まれた要素が多く、どんなところでもすんなり馴染めるムードメーカー。一度認めた相手の面倒は最後まで見てしまうお人好し。惚れた相手には一途な方で、普段はふざけている割に決めるところはしっかり決めるイケメン

Bは凡人だけれど努力家で、Aからライバル認定されるほど。少し気難しいところはあるけど、A同様にお人好し。ただその方向が自己犠牲型なので、周りから心配されることもしばしば。カッコつけたがりな一面がある。Aよりも2〜3歳上。


この2人。ABを読むと、「Aはスパダリ自己犠牲に走りがちで度々不安定になるBをその包容力で受け止めてやる感じ」という雰囲気作品が多かった。

ところがBAになると「Bが大人の余裕でAをリードする。AはBより歳下なので、若さゆえの勢いで突っ走りがちなのをBが上手く受け止めてやる感じ」の作品が多かった。

さらABAでは「歳が近くライバル関係なので対等。友人関係の延長でセックスもする感じだし、セックス一種スポーツ」みたいな書かれ方をしていた。ABAだけやたらセックスの話なのはおそらく書き手の傾向だろう。(同軸リバは書き手自体が少ないので平均化が難しい)


何故何故WHY。左右が変わるだけでキャラ解釈がこんなに違う。というか、「キャラ解釈が違うだけでセックスポジショニングまで変わっている」という表現の方が近い気がする。

別に「Aがスパダリであること」と「Aがセックスで挿れられる側に回ること」は同時に存在できるはずなのに!


そもそも、何故腐向け作品セックスを前提にしているのだろうか。

同性間特殊感情関係性を扱うのなら別にセックスポジションの話はしなくていい。特殊感情暴走したら勢い余ってセックスしてしまうこともまああるだろうが、別にそれは必須条件ではないはずだ。

「受け攻めの基準ちんちんの向き」って、ちんちん使わない関係性を描写したいときはどうすればいいんだよ……毎回タグに困るんだよ……「AがBに『差し入れ』を贈ったのでこれを『挿し入れ』行為と見なし、ABとする」みたいな付け方してるよ……


ここまで書いて、疑問に思ったことがある。

上でAB・BA・ABA作品内におけるキャラクター解釈の傾向を書き連ねたが、「BAで多用されるキャラ解釈セックスの時はAが攻め」の場合カップリングタグはどちらをつけるべきなのだろう。

もちろん最終的にはちんちんの向きで決定させるべきなのだろうが、ちんちんの向きだけが人間関係の在り方の判断基準なのだと言い張るには無理がないだろうか。作品中で直截にセックス描写が無ければどの解釈で書こうがカップリングタグ自由、みたいなことになってしまわないか


何故人間関係の在り方をセックスポジションに反映させてしまうんだ…何故……



ちなみに

人間関係だけ見たい/書きたいなら腐向けじゃなくて一般向け作品でやればいいんじゃない?」という意見が来るだろうことを想定して書いておくが、一般向け作品は概ね原作表現されている範囲キャラクターをだいたいそのままえがく傾向にあり、原作表現されている範囲というもの基本的に「二者間における一種の『特別』」というものを用意してくれているわけではない。

私はその「一種の『特別』」が見たいのである

いわゆる「クソデカ感情」と呼ばれるようなもの摂取するにあたって腐向け作品が一番コスパがいいのでそうしているだけなのだ

2020-07-10

BLのリバとか左右逆転って具体的にどういう感覚か分からなかったんだけど

NLでも女性攻め男性受けとか女性上位って作品読んで分かったよどっちがどっちリードするかでどうしても受け付けないって人も居るんだろうね

で二人の事が好きだからどっちが受け攻めでも構うもんかよ!って人が逆カプでもリバでも何でも楽しめちゃう

2020-07-03

anond:20200703173735

第三者の俺が判定するけど序盤のリードから「EVOのほうが圧倒的に古い」と決めにいった一手でカウンター食らったのはちょっとキツいと思うよ

2020-07-02

「序盤からリードを許し、最後までいいところなく敗れた木村王位

辛辣すぎるだろ

2020-06-21

アメリカ差別が消えない理由白人至上主義者のせい

ではない。

このミスリードセレブ金持ちはずっとやってるが、実際にはアメリカ社会構造格差固定化しているかである黒人女性がキレながら「不公平モノポリーをやらされてる」と言ってるけれど、実際に起きてることはまさにそれ。

白人至上主義黒人いじめてるのではない。

実際には貧困に落ちると抜け出せない、金持ちさらに拡大するという社会構造差別固定化させている。

白人至上主義者が消えて無くなっても、人種差別は残ってしまう。

不公平モノポリーやらせている限りなにも解決しない。

2020-06-18

anond:20200618142040

なるほど。たしかに。

しかし抱っこ紐で運転するわけにもいかいから、こういう注意欠陥の親は、批判する人も多いけど子供ハーネスを長めのリードにして自分の手首に巻いとけばいいんじゃないかと思った。

これってトリビアになりませんか?

2020-06-14

anond:20200614185834

さて、後半やるか…。なんかもう嫌になってきちゃうな。ここから先、自閉症はおろか発達障害さえ出てこない代わりに、「男らしさ」がマジックワードとしてメキメキ頭角を現してきます。「男らしさ」の指標論文によって様々であり、その点にrei氏は意識的かどうかは怪しいところですが、少なくとも段落ごとに「男らしさ」の内容が変転していきます。では読みましょう。

そして当然であるがチー牛顔はモテない。

知らんがな。次。

テストステロン値の高い男性は顔の横幅が広くなる傾向にあり、テストステロン値の低い男性は顔の横幅が狭くなる傾向にある。そしてチー牛の元となったイラスト男性も面長であるが、先進国女性全般に「面長の男性らしくない男性を嫌い、横幅の広い男性らしい男性を好む」傾向が確認されている。例えば、米国若い男女を対象としてスピードデート研究を行ったところ、男性の顔つきの男らしさが短期的な関係に対する女性の関心の差異の34%を説明していることが示された。

https://ink.library.smu.edu.sg/cgi/viewcontent.cgi?article=2727&context=soss_research (論文d)

スピードデートっていうのはいわゆる婚活パーティ。この論文dでは、顔つきの男らしさを、テストステロンに影響されると考えられている顔の縦横比で表しているみたいです。多分婚活パーティでの女性の反応と男性の顔の縦横比の関係を調べたんでしょう。で、rei氏は"先進国女性全般に「面長の男性らしくない男性を嫌い、横幅の広い男性らしい男性を好む」傾向が確認されている。”と書いてますが、この主張の出典はどこですか?論文dの先行研究に触れてる部分にもDiscussionにも、国の発展度合いは女性の嗜好と関連性がある、といった記述は見受けられません。関連性が本当はあるのだとしても、米国内の研究だけを例に挙げて、"先進国女性全般に"と言い切るのは流石に通らないです。もっとも、顔の縦の長さや横の長さが女性にとってなんらかの関心を引く要素の一つであることは間違いなさそうです。これはさすがに誰か気づいて指摘してるだろうと思うんですけど、この論文dを出したのは米国大学ではなくてシンガポール大学なんですよね。ざっと見た感じ、アメリカで行われたともアメリカ人を対象にしたとも書かれてません。次の段落に移ります

また顔つきの男らしさは童貞卒業の早さを予測する因子であることが示唆されている。言うまでもない事であるがチー牛顔は遅い。

https://psycnet.apa.org/record/1994-44767-001 (論文e)

論文eの題は"Dominant looking male teenagers copulate earlier.”、和訳すると支配的な見た目の10代の男子はより早く性交する、ですね。このリンククリックしてもらうとわかるんですけど、Abstract(要約)しか書いてません。本文はどこでしょうか?試しにCitation引用)って書いてる下のあたりのリンクを踏んでみましょうか。でもやっぱりAbstractしかありません。実は、論文ってタダで読める訳じゃないんです。検索して出てきた論文を読みたいと思っても、お金を払って電子ジャーナル学術誌を購読しないと読めないことが多々あります大学生や研究者の場合基本的大学が代わりに費用負担しているので割り当てられたメールアドレスを使えば無料で読めます。私も大学アカウントサインインして読みました。大学生や研究者でなくても大学図書館に行ってコピーすれば印刷代はかかりますが、可能でしょう。しかしこのご時世、ほとんどの大学図書館は解放されていませんでした。以上を踏まえると、rei氏は電子ジャーナル個人購読していると考えられます。なんと素晴らしい心がけ!一般企業勤務年収700万の会社員であるrei氏が支払う購読料で出版不況に喘ぐ学術業界はきっと大助かりのことでしょう。みなさんにこの感動を伝えたいあまり、すっかり前置きが長くなってしまいました。では論文eの内容を概説します。

アメリカの7thGrade、8thGradeの男の子日本で言えば中一中二の男子に対して、男子の性行為経験の有無、身体男性成熟度、リーダーっぽい支配的印象の程度、イケメンな印象の程度の四要素間の相関を統計的処理にかけて調べました。その結果、身体男性成熟が進んでいて、支配的な印象を与える、イケメン男子ほど性的活動が活発な傾向があると判明したそうです。

論文eは捉えがたい「男らしさ」を多面的定義づけ、そして「男らしい顔つき」の男子はより早く性交渉する機会があると分析したわけで、なかなか面白いなあと思ったりするんですが、それをrei氏は"顔つきの男らしさは童貞卒業の早さを予測する因子であることが示唆されている”の一行で済ませてるんですよ。まとめ方が雑。情報取りこぼしすぎ。ちなみに論文eによると支配的な顔つきの男子イケメン男子眼鏡をかけていない傾向があったそうですが、この記述から眼鏡をかけているチー牛顔の男子性的経験に乏しい、とまで言えるのかどうかは正直よくわからないです。次の段落に移ります

しかしながら、チー牛顔がここまで忌避されるのは「豊かな先進国から」という事情もある。たまにインターネットでは「所詮この世は弱肉強食強ければ生き弱ければ死ぬ」みたいな事を言う人間がいるが、この世は弱肉強食ではなく適者生存であり、また社会が豊かで平和からこそ、そのように言ってられる面がある。人間戦争災害時など本当に弱肉強食環境下では、所謂「群れ」になる。そして野生動物の群れを見れば分かる通り、群れ内では弱肉強食摂理は働かず、互助相互監視役割分担といった形で群れ内は「平和」な形になる。これは考えれば当然の事であり、本当に厳しい環境下において同じ種で争っている場合ではない。要するに個人主義は社会平和である事を前提とした価値観なのだ

色々トンチンカンなこと書いてるrei氏のこのnoteで、最も意味不明な箇所がここです。何を言いたいのかマジで把握できなくて、読むだけで一時間くらい費やした。ここまで可読性が低いのはいくつか理由が考えられて、まず接続詞おかしい。段落頭、「しかしながら」は逆接の接続詞のはずですね。前の二段落rei氏が言いたかったであろう主張は「女性は男らしい顔を好む」のはず。しかしながら、この段落では突然、「平和社会状況であることが人々の行動に与える影響」の話が出現します。新規情報です。新キャラです。「しかしながら」の前後で予想を裏切るような意味内容の反転は生じていません。もう一つ指摘するとすれば、対立軸不明確な言葉遣いである点。「先進国ときたら「発展途上国」、「弱肉強食ときたら「共存共栄」、「個人主義」ときたら「全体主義」もしくは利己主義の逆という意味で「利他主義」。こうした対義語リードされてあっち行ったりこっち行ったりしながら議論を進めていくのが一般的なリズムな訳です。現代文の定石です。ではもう一度読んでみましょう。

……………。何が書いてあるか、何を主張したいかわかりましたか?私にはわかりません。とりあえず”この世は弱肉強食ではなく適者生存"の部分に着目してみましょう。なにやら進化論じみた雰囲気しますね。弱肉強食適者生存進化論については、科学史哲学史関連の書籍出版している吉川浩満氏のインタビュー記事がとてもわかりやすかったので、ちょっと長いですが紹介させていただきます

https://synodos.jp/science/17264

この記事によると、弱肉強食世界認識モデルに組み込んでしまうのは素人あるあるらしいです。rei氏も度々モテ/非モテ論の文脈位置付けられる文章を書いていましたね。インタビュー記事は続いて「適者生存概念歴史的経緯へとトピックが移ります吉川氏によると、ダーウィニズム進化目的生物序列を認めない立場なのだそうです。そして、絶滅を免れて生き残った生物種のことを適した生物、すなわち適者であると定めましょう、というダーウィニズムの考え方を端的に表すスローガンこそが、「適者生存」なのです。生存する者を適者とみなす適者生存」とは、ダーウィニズムにおける議論の出発点にすぎなかったんですね。これをひっくり返して飲み込んでしまうと、お前は適者でないか生存できないんだ、俺は劣っているか勝負競争に負けるんだ、となってしまます。これはよくない、本当によくないですよ。優生思想ど真ん中、ナチスドイツの大虐殺。そんでもってこれがrei氏の手にかかると非モテから結婚できないんだという同語反復に陥っちゃうわけです。

わかりましたかrei氏は語の意味をまともに調べることすらせず、雰囲気だけで文章を練り練りしてるんですよ。キリがないんで次行きますね。

それは異性選好においても同様であり、34か国の異性愛女性4483人のサンプルを使用して、社会的、生態学的、経済的変数女性の顔の男らしさの好みをどのように予測するかをテストするかを調べた研究では、国の健康指数人間開発指数が高い国でより強くなると報告された。男らしい顔に対する女性の好みは、子孫の生存率が高く、経済状況がより好ましい条件の下でより強いことを示している。

https://www.nature.com/articles/s41598-019-39350-8論文f)

アッ!前段落最後の部分、"要するに個人主義は社会平和である事を前提とした価値観なのだ。”の意味がわかりましたよ。社会危機的状況に陥っているとき生存を目指して仲良く男女協力して生殖に励むけれど、現代平和で裕福な先進国ニッポンにおいて女性利己的に振る舞うために男性的魅力に乏しいチー牛顔の人々は選ばれないのだ、ってことですね?世が世なら俺たちには女があてがわれるはずだった、でも時代がそうさせなかった、とrei氏は言いたかったんですね?うぅ、頭がクラクラしてきた……。いや、確かに人間動物一種だけどさ、何もそこまで野山の猿やジャングルゴリラと同一視するのはやりすぎでないか?なんだよ、"男らしさの好みをどのように予測するかをテストするかを調べた研究”って。日本語になってないじゃん……。

この段落については、他の方からも指摘がありました。

https://note.com/hiroko_yayane/n/n7970f9279b51

 6/17追記リンク先が謎の理由消滅していましたが、新しく書いて頂いたみたいなので貼り直しました。

 

字数が厳しくなってきたので次の段落いきます

そして男らしい顔つきの男性攻撃性、不正行為自己中心的衝動性、欺瞞搾取的行動など「所詮この世は弱肉強食マインドを持つ傾向があることが示唆されている。要は豊かで自由で安定した先進国になるほど優しい男性モテなくなる傾向が存在するのだ。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4388848/  (論文g)

論文gでは、顔の縦横比と攻撃性の関係しか見てません。先進国の話もモテ/非モテの話もしてません。"要は"以下の部分は導けないと思います

それにnoteタイトルは「何故、我々は三色チーズ牛丼顔なのか?」でしたが、なぜか結論は「先進国ほど優しい男性モテなくなる」に着地しているんですね。

話がめちゃくちゃズレていってるんですよ。rei氏もそれに気づいてないんですよ。

でね、ようやく全部読み終わったと思うじゃないですか。まだ喋らせてください、まだあるんですよ。この記事本当にすごくて、本文の下にあるコメント欄を見てみましょう。

修正リンクこちらになります

https://www.nature.com/articles/s41598-017-09939-y#Sec17論文x)

ま〜た何をどう修正したのかよくわからん論文リンクが貼ってありますね。

私が読んだ時には既に修正されていたんですが、他の方のツイートによると、もともとrei氏は、コルチゾール値が高くなってテストステロン値が低下するから発達障害男性は「男らしくない」顔つきになるという論証の根拠として、結論真逆論文を引っ張り出していたみたいです。

https://twitter.com/reefedgeswim/status/1265592680915931136

この論文xは、タイトルの「ASD男児及び女児における顔面形態学的な超男性化傾向と症候学との関連」からわかる通り、一番最初に読んだ論文aの結論ASD男性の顔は両性具有で男らしくない」とは反対のことが書かれています時系列的には論文aの方が先で、論文xは後。そしてDiscussionの中で論文aと相反する結果について考察しています。その考察によれば、論文aの実験2の対象として選ばれたのは二十歳前後の男女であるのに対し、論文xの実験対象は三歳から十二歳の児童であることが重要な違いを生んだ可能性があるそうです。思春期の間に男性は血清中のテストステロン値が女性と比べて爆発的に増加します。この思春期におけるテストステロンがなんらかの働きをしたせいで相反する実験結果が出た可能性がある、というわけです。しかし、これまたややこしいことに、成人の顔の形に関して出生前テストステロンが与える影響の方が出生後のテストステロンが与える影響よりも大きいとする論文もあるそうで、研究者の間でもどちらがどうだと確定的な結論は出ていないっぽい。

文章誤リンクの件に話を戻しましょうか。可能性の話をしますが、数多くの論文渉猟しているrei氏のことですから、貼りたい論文と題が似ているのを間違えて貼っちゃったのかもしれませんね。訂正前の論文タイトルは"Hypermasculinised facial morphology in boys and girls with Autism Spectrum Disorder and its association with symptomatology”で、訂正後の論文は"Enhanced Cortisol Response to Stress in Children in Autism”です。Autismとin、二つも単語が重複してるじゃないですか!論文タイトルは全体の要旨を簡潔に書き表したものですから、その中の重要単語が二つも同じであれば、内容が近い論文だったような…と曖昧記憶が生成されてうっかり取り違えてしまうことがあってもおかしくないでしょう、とでも言うと思ったかちゃん論文読み込んでるやつがこんな凡ミスするわけねえだろ。だいたいさ、何が正しいのか誰もわからない研究フロントラインで色んな科学者が仮説を立てて検証してディスカッションしてるような事柄の、おそらくこうかもしれない、って部分を、論文からパーセント正しいんだとピックアップしてるのありえん不誠実でしょ。今後まだまだ検証余地があるって書いてあることを揺るぎない事実として取り上げちゃってるってこと、わかりますか?

reiさん、あんまり疑いたくないんですけど、本当に論文読んだんですか?

おまけ

rei氏の書く文章noteでもtweetでも、どういう意図なのか全くわからないけど、ほぼ全て漢数字が半角数字に置き換えられてるんですよね。でも恐ろしいことに、このチー牛顔を取り上げたnoteでは、3色チーズ牛丼顔と書いてないんです……。

追記

https://anond.hatelabo.jp/20200614190033

2020-06-11

いまいくらぐらい?

月収の1/3が家賃相場ときいてIT系の 家賃

ひとりなのに、ファミリー向け。ボーナスがない 年収の12分割

ムダに高い 結婚もしてない たぶん生涯独身だろう

年収が1000万円を超えても、天涯孤独で一人で死ぬなら 年収200万の方がめぐまれたじんせいではないか

いくつかの炎上案件を鎮火して、納品までプロジェクトリードする。そうすると犠牲者人身御供にされると業界では話題だ。もう選ばれたくない。いわゆるメシアポジション自分犠牲にしてみんなを救うポジ

だけど、おれからアドバイス

おまえ、等価交換でだまされて生贄にされる方だから、偽物のアルフォンスが本物に成る。いっぱい儲けるだろう。

ちんこじゃなくてナイフでさしてやろうかは犯罪からだめだよ案件かになるまえに、かかわるなというしかない。

ちょっと気になってることがあるから、アルたのむな

わすれてた

家で仕事すると、さすがにワンランク高い家賃がいる。それはしょうがない。

終の棲家で、そこで死ぬと思って選べ 駅がある程度遠い、公共施設等がない。近隣の住民も同業が多い。

2020-06-10

大型犬を飼っている。近くの公園リードを外して自由に遊ばせる。近所の子供にも人気だ。

  

先日、初めて見る女性から「あぶないかリードを外さないで」と言われた。「うちの子大丈夫ですよ」と言ったがしかめっ面で公園を出て行った。もう二度と来ないでほしい。

2020-06-08

(ネタバレあり)たそがれたかこにおける女性児童性愛

たそがれたかこって中年女性中学生男子に恋しちゃってガツンと振られる話だけど、

あれ中坊の方も中年を「たかこ」って呼び捨てにしたりリードしたり気遣いしたり、まるで同級生女子かのように扱う。

それで中年も中坊を好きになって思いを伝えた結果、当然「信じられない俺のことそんな目で見てたのかよ信頼できる近所のおばさんだと思ってたのに」って感じで振られる。

 

でも中坊は「信頼できる近所のおばさん」だと思ってるようには振る舞ってないんだよな。

この漫画リアリティがあると思ってたけど、あんな中坊いるのかな。

なんで呼び捨てにするんだ?心理わからん

2020-06-06

女らしさなんてくそくらえ

ネットでは男性ばかり「リードしなくちゃいけない」「奢らなくちゃいけない」とブー垂れているように見受けられるが、

女性もそうだ。「可愛らしくいなくちゃいけない」「男を立てなくちゃいけない」もちろん、これらの愚痴を吐いている女性もいるけれど、

男性よりも少ない気がする。

私はまさに、可愛らしくなくて男性を立てられない女だ。

これまで男性と付き合ってきても、相手が卑屈になったり、嫌な言葉をぶつけられることが多かった。

過去、言われてきたことを羅列していこうと思う。

■「俺のことを馬鹿にしているんだろ!」

 けして馬鹿にはしていない。私はテレビ以外にもニュースを見たり本を読んだりしていて、その話題何気なく振っただけだ。

 「馬鹿にしているんだろ!」と同じくらいの頻度で言われるのが「正論を言うな!」である

 その後に続く言葉として「言っていることが女らしくない」「可愛げがない」だ。

 これに関しては男女関係ない気もするが、圧倒的に男性に言われてきたうえに何かと「女らしくない」とその後に続くため、

 性別が多少なりとも関係しているのではないかと思う。

 あと、オタク男性相手だと、相手が好きなジャンルを私の方が詳しくなってしまい落ち込まれたこともある。

 「俺の方が先に好きだったのに、趣味を取らないでよ」と言われても……。

■「俺が店を選ばないほうがいいよね…」

 私は食べることが好きだ。

 失敗したくないので、食べロググーグルマップコメント、インスタなどを見て店を決めているのだが、それすらできない男性が多いようで(まあ私が特殊なのだろう)

 美味しい店に連れて行くとなぜか落ち込まれる。

 はじめは喜んでくれるのだ。しかし、何度も連れまわすとしゅんとされる。付き合う前は「楽でいいよ~」とニコニコしていたのに、徐々に自信をなくしていくのだ。

 もちろん、相手が食べたいものを一番尊重したいので、好みや店の雰囲気リサーチしたうえで決めている。自分勝手にならないようには気をつけているのに。

 いつの間にか、一緒に楽しんでいたつもりが「俺と付き合っていて楽しい? いつも決めてもらって…」と落ち込まれる。

 落ち込まれるのは面倒だ。好きでやっているし、店を決めることは苦ではない。「そんなことないよ。一緒にいるだけで楽しいよ」と言っても信じてくれない。

 男女逆だとこうはならないだろう。

■「君は俺がいなくても生きていけるよね」

 これは時々言われる言葉だ。

 私は1人で行動することが好きで、彼氏がいようがいまいがあちこち遊びに行く。さすがに恋人がいたら旅行我慢するが、立ち飲み屋くらいには行く。

 もちろん、大人げない飲み方は一人ではしない。彼氏の前では羽目を外すこともあるが、それくらいだ。

 一人遊びは好きだが、週に一度はデートを心がけている。けして寂しがらせてはいないはずだ。それが

 「誘ってほしかったな」としょんぼりされる。しょんぼりされるだけならいいのだが

 中には「女が一人で立ち飲み屋なんてみっともない」「自分彼女が一人で外食なんて恥ずかしい」と言われる。

 昭和価値観か?と驚いてしまうのだが、何人もの男性から言われているか普通価値観なのだろう。

 私が男性ならば、外食くらいでどうこう言われないよなあ、と悲しくなる。

■「君は誰とでも打ち解けられるよね…」

 そんなことはない。いつも緊張しているし、人見知りだ。

 これもかなりの男性に言われてきた。特にオタクっぽい男性から

 店員に話しかけられてへらへらと受けごたえをしているだけなのだが、それが彼らの劣等感をくすぐるらしい。

 「君は俺と違って…」といつも言われる。

 「私も緊張しているし、ある程度話せるように努力はしてきたんだよ」と伝えても「いや俺は君と違うから…」とうじうじされる。

 「君は話が面白いから一緒にいて楽しい。それに比べて…」ともよく言われるのだが、好きな相手といるのだからしませるのは当然だと思う。

 私はただ、面白い話をして笑ってくれるだけで十分なのだ。彼らには面白さを求めていない。そう伝えているのに、うじうじされる。

 これが男女逆だとどうだろう。ただのメンヘラ女と揶揄されるのではないか(まあ、彼らもメンヘラ男性なのかもしれないが)。

 男はもてなして当然という価値観世間にはあるらしいので、店員ちょっと話したり、面白い話で笑わせた程度では、いちいち落ち込まないだろう。

 

 以上、私の経験談だ。

 こんな性質なため、リードされたい男性を選んでいるのだが、そういう男性に限って卑屈になる。非常に面倒くさい。

 だからといって、リードしたい男性と付き合ったら女性らしさを求められて、私が耐えられないだろう。

 男に生まれたらこんな気持ちにはならなかっただろうにな。

 

2020-06-05

なんだよリードナーチャリングって…

簡単日本語で言い換えてくれよ…

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