「なでこ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: なでことは

2020-07-24

幼馴染が結婚した。

幼馴染がつい先日、婚姻届結婚指輪共にinstagram投稿していた。

よくあるワンシーン。よくある話。

27歳の僕と、26歳のキミ。

まさに適齢期の幸福なキミと、せわしなく仕事に追われる失楽園の僕。。


相手美容師だそうで、ルックスもよく、

大塚マンションを買えるくらいには稼いでるらしい。

美容師で稼げるとは、とてつもないカリスマなのだろうか。


ナナ(と呼ぶことにしよう)は一個下だったのだけど、

学年で一番と噂されるほどには可愛かった。

30人3クラス、全校生徒90人。

とはいえ高校に上がってもそのモテランキングトップクラスを維持していたそうだ。

一応僕も高校では「顔は学年一だけど性格は学年一悪い」という非常に類いまれ称号

同級生からいただくことのできる持ち主ではあるので、

僕たちはそれなりに恵まれ関係だったんだと思う。

正直に告白してしまえば、

僕はナナに対して少なからぬ恋心を抱いていたことがあることを否定できない。

今までの僕はずっと、バランスを取っていたんだろう。

少し気が楽になったような気持ちと、少し寂しいような、、

複雑な気持ちだ。

もし僕がそのことを言ってしまったとしたら、

今ナナはどうなっていただろうか。

幸せな家庭を築くことができただろうか、

あるいはまるで関係なかったのだろうか。





僕たちには姉がいた。その姉同士が友達だった。

ぐるみ関係だったから、

次第にお互いの家を行き来するようになった。

そんな感じで仲良くなっていったもんだから

学校ではなんとなく他人のフリというか、距離を取りながら

だけどそのよそよそしい距離感にお互いニヤニヤしながら、

学校から帰宅するとPCに電源をつけて、

当時流行っていたHABBOホテルチャットをしている

そんな関係だった。

校内でHABBOホテル流行らせたのは僕だったけど

僕に教えてくれたのはナナだった。



中学に上がると、思春期が訪れる。

クラス同級生から言い寄られているだったり、

先輩である僕の同級生からも。

ナナが付き合い始めた男のうちの一人は

学年で一番足が速くて

僕が一番仲良くしている男だった。

だけどその彼のすぐ次に付き合ったのは

イケメンのこれまた僕の友達だった。

中学3年生か、高校1年生くらいの時の話。

僕たちは学ランを着ていて、ナナがセーラー服だったときの話。

奪った奪われただの、とにかくそのこじれたすったもんだ関係

ど真ん中に「我関せず」といった素振りをしていた僕に

相談役が回ってきた、という感じだ。


僕はピュアに一途だったので、初恋女の子のことはロクに話したこともないのに

2年間の片思いを続けていたり(これはあとで両思いだったことが発覚するのだけど、別の話)

2個下の女の子一目惚れをして学校中(これは大袈裟ではなく)からロリコン扱いされているといった

強靭プラトニック精神があったから、都合がよかったんだろう。

そういう相談ごとに乗ってあげるお目付役でありながら、

僕の恋愛も一番に聞いてくれる

よき相談相手だった。

僕たちの中学では付き合っては別れて、みたいなことをみんなが繰り返していたか

同級生の中には「めぼしい同級生とは全員と付き合ったことがある」ような子もいる状態

当時の僕は「どうせ結婚もしない相手と付き合ったところで、その人のことを思いやれているの?」

ということを説法しては、煙たがられた。



ナナはそんな僕の一途なところを信頼してくれていた。



ナナのいいところは偏見がないところだった。

僕は学校ではとかく問題児だったから、多少嫌われる部分があったけど

それでも僕の正義をしっかりと聞いて

リュウくんは間違ってないよ」ってしっかり言ってくれた。


当時の僕たちは、そんなお互いの価値観や嗜好性を語り合っては、

どういう関係として歩み寄っていくべきか、

そんなことを話すような間柄だったのだ。




高校生のある冬の夜。

中学校の目の前にあるナナの家の前で、

いつものように塀の上によじ登って

お互いに話し合っていると、

寒いから、ウチあがっていく?」と言われた。

断ったんだけど、いいからっていうことで

今までは部屋に入ることはあまりなかったんだけど

今回初めてナナのベッドの中に入ることになった。

するとナナの姉が部屋に入ってくるや否や

修学旅行で買ってきた沖縄コンドームを部屋の机の上にばらまいて

「ヤるならしっかりとゴムしなよ」と言った。

その時の僕は正直、なんて返事をしたのか覚えてない。

そしてその時のナナの様子も覚えていない。

だけど机の上にばらまかれた「ゴーヤ味」「バナナ味」

お土産家でちんすこうと一緒に並んであるコンドームけが

鮮明に記憶に残っている。

僕たちがそれを使うことはなかったし、

僕がナナに触れることはなかった。

しかしたら、ナナはそれを期待していたのかもしれないけど。




僕が大学受験を決意して、お金がないか受験ができなくって

うちが貧乏生活に困窮していたのも知っていたか

そんな時に「私の働いているパン屋においでよ。パン、もらえるよ」

といってくれたのがナナだった。

僕は潔くお邪魔することにした。

大学入学するまでの2年間

夜になると廃棄されたゴミ袋に入ったパン

ゴミから取り出して更衣室に持ち込み

みんなでこっそり拝借する。


浪人中、幾度となく、1日3食パンを食べ続けていたし、

おそらくパンを食べなかった日はないだろう。

もう山○パンは一生食べなくていい。。

だけど、僕はその廃棄されたパンがあったから、

こっそりパンをとっていることを知っていながらも

黙っていてくれた社員の方がいたから、

過酷浪人生活で、自分食材を買って料理する手間を減らしながら、

食費を節約することができた。



ぶっちゃけて言えば、ナナは恩人だ。

社会的な接合点を失っている状態で、ものすごくやさぐれたし、

ひねくれた。

そんな状態でも、僕がいつかやり切ることをナナだけは知っているかのようだった。



僕が無事に大学生になって、疎遠になっている中でも、

お互いの誕生日にはかならず「おめでとう」の連絡を

欠かさずに行っていた。ナナがそうしてくれていたか

僕もそうしていたし、

なんでかわからないけど、誕生日プレゼントを買いあったりもしていた。



そんな関係であることを「学年で一番足が速いやつ」は知っていて

「ナナが好きなのって、実はリュウなんじゃないの?」

と言われた。

まさか

と思っていた矢先、「相談したいことがある」

と連絡がきた。

じゃあ久しぶりにご飯でも食べようかっていって、地元魚民

二人で久々にご飯を食べていて。

どうやら最近付き合っていた彼氏と別れたらしい。

その理由は「同棲中、寂しかたから犬を飼い始めたら彼氏に怒られた」

らしい。不可思議現象に僕も首を傾げたが、

犬>>>超えられない壁>>>彼氏

だったらしく、犬と共に去りぬ。という状況だった。



ナナは彼氏と別れるたびに、僕に必ず連絡をくれる。

そして必ず、「好きだよ」と言ってくれる。

僕がお金持ちにならなくても、ずっと。


もし僕に、彼女がいなかったらよかったのだろうか。

僕たちはたまたまタイミングが合わなかっただけなのだろうか。

それとも、僕の方に受け入れるだけの覚悟がなかったのだろうか。



婚約前夜、池袋バルで、「このまま本当に結婚してもいいのかわからない」

という相談をされた時、僕が「そんな男と別れて、俺と結婚したら」

と言ったら、キミはどう思ったんだろう。







ポコパンの招待が届くたびに

「はあまたライフ回復してんのか」

と同時に、「なんか話したいことあんだな」

と思う。

ナナのストーカー事件

法的な制裁方法を教えてあげると

ありがとう、お兄ちゃんおやすみ

と言った。


お兄ちゃんかあ。

ずるくない?


あいっか。

結婚、おめでとう。

頑張ってね。

晴れそうで雨降りそうな

深い愛と、濁った恋

笑ってるの怒ってる?

ああ、楽しい。ああ、少し好き。

2020-07-22

有言不実行な友人の話

ある友人に我慢できず、他の友達に話すのも気が引けるので筆を執ることにした。

私の自分語りを多分に含んだ愚痴のような物なので、肩の力を抜いて読んでいただければ幸いだ。

私はしがない字書きの大学生である中学生の頃には仲の良い友人二人と、自分たちを模したキャラクター架空世界の中活躍させる創作を交換ノートの中でやっていた。元々絵を描くことも好きだったが、どう足掻いても上手く描けないことに諦めを感じ、気付けば文章ばかりを書いていた。

高校に入ると文芸部に入った。入部届けを提出するまで、入ったことは親には黙っていた。シンプルにそれまでやっていた吹奏楽に嫌気が差しただけなのだが、高い楽器(丁度自分の貯めていたお年玉やらお小遣いやらの全額程度だった)を買ったというのに吹奏楽を続けなかったので、父親は後にも先にも無いほど激怒した。当時の私は相当にショックを受けたが、まあこれは関係の無い話なのでやめておく。

とにかく文芸部に入ったのだ。正直本当に楽しかった。気の合う友人もできた。文学という架け橋が無かったら話すことも無かったような、私とは系統の違った部員一冊の本を作るのは刺激的だった。空が白んできても何も浮かば空虚日の出を見たり、締切の為に定期テストそっちのけで徹夜をしてキーボードを叩いて編集をしたり、高校生なりの熱量部活を、書くことを、“創作”を、楽しんでいた。

恐らく想像がついている方もいらっしゃると思うが、私はオタクであるとはいえ二次創作イラスト等の投稿や閲覧が楽しめるSNS投稿を始めたのはつい最近で、それまでは内輪のオリキャラでの創作小説を書いたり、時には友人を主体にした夢小説を書くこともあった。

そんなこんなでここの所二次創作を楽しんでいる私であるが、どうにも腑に落ちないことがある。

端的に言ってしまうと、あまり好かない友人がいるのだ。彼女高校1年生の頃からの友人で、ありがちな書き方ではあるが彼女をAと呼ぼうと思う。(A以外にアルファベットは出てこないので、特に気に留めて置く必要はない。)

Aは自信家だった。帰国子女のAは英語を始めとして成績優秀で教員にも好かれる模範的な生徒だった。本人はそれを隠すこともなく、「私は天才から」「と言うより、努力型の秀才なんだけどね」と言ってのけていた。努力を惜しまない姿勢は素晴らしいし、怠惰な私は純粋尊敬したが、その努力をひけらかす行為はいただけなかった。受験期にはキーワードをページいっぱいに書き連ねたノートボロボロになった単語帳を常に持ち歩き、志望校赤本まで隠さず机の上に置いてあった。私は「落ちたら恥ずかしくないのかな」とぼんやり思っていたし、本番当日にもAは「Twitterしてる場合じゃないけど不安 報われなかったらどうしよう」だの「爆死」だの呟いていたが、最終的にAは無事合格し、その大学へと進学した。

思うに、Aはオープン性格なのだ。未だにTwitterの鍵垢同士で繋がっているのだが、課題の進捗やらをよく呟いている。「自称天才から(オンデマンド)授業明日の分全部受けてレポートまで書いた」「虚しいから労って(レポート画像)」などなど。活きの良い大学生である

さて、本題から離れてしまったが、私がお話たかったのはAの創作についての話である

実はAは高校在学中から一次創作を嗜んでいた。Aはもう一人の友人とタッグを組んで自作ゲームを作ろうとしているようだった。所謂ファンタジー物で、次々とキャラクターを生み出してはストーリーの核となる部分を練ったり、キャラクター自身の掘り下げをしていた。

なぜ私がそれを知っているのか。それは彼女が片っ端からTwitterに放流するからである。興味が無いので完全にスルーしていたが、AやAの周りの友人はいつもAの生み出したキャラクターの話をしていた。

彼女ゲームシナリオとなるその“創作”の本筋を書いて、もう一人の友人は立ち絵や背景を書いていた。

書籍化しないかな」

Aのそんな旨の呟きをよく見かけた。

そのうち、Aの周りにいる友人は、そのキャラクターイラストを描き出した。漫画にせよ小説にせよ映画にせよ、ストーリーを追ううちにキャラクター個性を見出す私にとっては、設定や性格が書き連ねられた一枚絵を見せられても特に何も思わなかったが、友人たちは違ったようだ。確かに毎日それらのキャラクターの話を聞いていれば興味を持つの自然だろう。

最初こそAは大いに喜んでいたが、そのうちさして大きなリアクションをとらなくなっていった。そのうち、「おまえらファンアート15溜まったら本編まじで進めるわ、ケツ叩いてもらわないと無理かも」といった旨をツイートしていた。

Aとタッグを組んでいた友人は、徐々にTwitterに浮上しなくなっていった。その代わり、Aは自分のことを“字書き”と自称することが増えて、ゲーム制作の話は一切しなくなっていった。

Aはよく産みの苦しみの類いのツイートをする。

「一話が上手くいかいから先に進めない」

「予定の字数より多くなっちゃったw」

キャラには自信あるけど文に自信ないから〜」

「(とある児童文学タイトル)の後釜狙ってます

そう言って一通り喚き散らした後、「やっぱり今日は書けないから寝よう」と言って日付の変わる前には就寝している。

なるほど、AもAなりに書くことを楽しんでいるようだ。いつか自分創作を完成させて、それが大々的に二次創作される日を夢見ているらしい。丁度今、絵の上手い他の友人に描いてもらっているように。

私は一言言いたかった。

四の五の言わずに書けよ。

一発当てたいなら本気で完成させろよ。

甘えてんのか。

もちろん私は今の文壇リードするような大作家でもなければ、新進気鋭の小説家でもなんでもない。しかし、Aよりも文字を書くことは数こなしてきた。適切な表現が思い浮かばなかったり、心苦しくても大部分を削除してエンディングを書き直したり、寝食を忘れて夢中になって書いていたこともある。もちろんそれが重要なことでないこともわかっている。

Aは昔、高校生だった頃に私にこう話したことがある。

わたし、○○(私の本名)ちゃんのことすごいと思うよ。文芸部に入ったら、締め切りとかそういう重圧で死んじゃいそうだもん。自分好きな物上手く書けなそうじゃない?」

私はこれに何と返したかは覚えていない。しかし、文芸部は私に書き終えることの大切さを教えてくれた。

オープン彼女は書いている最中の苦しみを漏らすことを抑えていられない。しかもそれをやたらと文学的に表現しようとする。浮かんでこない、降ってこない、突然書けなくなる……、そういったありきたりの表現で。Aはやたらと“創作”や“小説”という言葉を使いたがった。自分が今しているのは“創作”で、“小説”を書いている。その行為に酔っているように見えた。けれど言葉が固くなってはいけないと思っているのか、進捗状況が載ったスクリーンショットに映る文はなろう系を模したような劣化させたような文体なのである

「私の文幼稚なのはわかってるんだけど、かっこつけた描写はしたくないな。児童書目指してるし」

子供が読みやすい文、単純に砕けた文、そして口語ばかりで仮名遣いの怪しい文。難解な表現を使うことと、状況を説明するために上手く言葉を組み立てること。これらは明確に分けられていると思う。斜に構えた描写を、子供には解しがたいと思っているのだろうか。私は自身の素の書き方がかなり固いこともあり、まるで自分が“かっこつけた描写”をしているような気がしたこともあり、なんだか頭にきてしまった。

また、数日後にはこんなツイートもあった。

承認欲求足りな過ぎて手っ取り早く誰かに褒められたいけど、二次創作は書けないからなぁ」

この発言は私の逆鱗に触れた。

私は、自分の書いた二次創作を「承認欲求を得るための行動だ」と言われたように感じたのだ。書いた物を貶されるのは嫌だけれど、書く動機をAのようにあからさまに「誰かから評価されるため」にすり替えられるのが耐えられなかったのだ。ネットに公開している以上、何らかの反応があることはもちろん嬉しい。しかしそれ以上に、頭に浮かんできたシチュエーションを練ってひとつの話を作ることが楽しいのだ。

今思うとAはそこまで考えて発言したように思えない。恐らく私の考えすぎだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いし、何を言ったかより誰が言ったかが気になる質なのかもしれない。

SNS上でのAとの繋がりを消そうにも、そのアカウントには共通の友人が多く、彼女たちが気を利かせて私の転生後のアカウントをAに伝えてしまうことは想像に難くない。かと言って「繋げないでくれ」とあからさまに嫌う素振りを見せて友人関係にヒビを入れたくもないし、ログアウトしてしまうと他の友人の呟きまで見れなくなるのも寂しい。そういうわけで今でもAとはFF内で、表向きは仲良くやっているわけである

さほど苦ではない。しかし確実に自分ストレスを感じていることはわかるので、いつか縁を切ろうと思っている。

結局これはさして大きな問題ではなく、周りからチヤホヤされている人間を妬ましく思っている私の醜さが露呈しただけなような気がしたので、この辺で筆を置いておこう。自分の“創作”のスタンスに口を挟まれて気分を悪くするのは、私自身もそうだから

2020-07-21

「少しの間我慢しよう」というコロナ対策しかしどうやら少しの間では終わらないらしい。

どうしよう、みんなでこのまま死ぬまで我慢してるしかないの?

自粛派の皆さんそろそろ現実に即した、コロナ問題は終わらないという前提のロードマップ引いてくれませんか。

2020-07-17

anond:20200716204211

国がバカだと国民はたまったものじゃないが、そんなバカ政権を支持する猿にも劣る国民のせいだと思うと、安倍政権にさっさと滅ぼされてしまうのが日本人の進むべき道なんだと思う。さあみんなでこ泥舟で航海しようじゃないか

2020-06-10

死んだ猫の重みを知る人へ

 この世界人間は二つに分けられる。死んだ猫の重みを知っている人とそうでない人である

 数年来の友人に向けてこの文章を書いている。あるいは、見せずにしまっておくかもしれないけれど。


 この話を始める前にまず記憶というものについて書いておきたい。人間にも二種類いるように、記憶もまた二つに大別できる。つまり、忘れても思い出せる記憶と、忘れてしまったきり思い出せなくなる記憶である

 記憶というもの原理的に忘却可能性を含んでいて、それがどんな尊い記憶であれ、厳然と忘れられうるのである。とは言え、尊い記憶は大体忘れた後でも思い出せるのだ。

 例えばそれは親愛なる友人に関する記憶だったり、あるいは情愛を抱いた誰かに対する記憶だったり――そういう類の記憶だ。

 これから話す記憶は、恐らく後者に分類されるものである。死んだ猫の重みに関する記憶は、恐らくは一度忘れしまえば二度と思い出せない記憶である。つまり、その記憶は僕の人生においてそこまで重要記憶ではないということになる。


 タフな人生を生きようとする人間功罪の常で、僕は重要記憶とそうでない記憶峻別することができる。多くの場合その判断は極めて正確だ。

 僕は自分にとって重要物事とそうでない物事を多くの場合峻別できると思っているし、何よりも、自分にとって重要人間とそうでない人間峻別できると思っている。そこが功罪なのである人間自分にとって重要人間とそうでない人間並置し、比較し、時に冷徹判断する。いざという時に切り捨てることのできる人物と、そうでない人物を頭の中の整理棚に分類する傾向がある。とは言え僕は冷酷な人間を自認してる訳ではなくて、基本的に分け隔てなく親切に接することをモットーにしてるのだけれど。それでも、自分にとって大切な人物とそうでない人物は分けて考えなくてはならないと考えている。

 さて、そんなこんなでこ記憶は恐らく僕の人生においてそこまで重要記憶ではないと、僕ははっきりと峻別している。


 大した記憶ではない。道の真ん中で白い猫が轢かれていた。静かな初夏の日和だった。

 その肉体の損傷は一見して分からないが、恐らく内臓が酷く傷ついたのであろう、鮮血が周囲には広がり、血溜まりを作っている。既に絶命している。絶命してからどれくらい時間が経ったのだろう? 正確なところは分からないのだけれど、多分一時間と経ってはいるまい。白い猫はまだ綺麗だった。制限速度の高くない、幹線道路から外れた細い道路だったことが幸いしたと見え、多くの車はゆっくりと車を走らせていた。つまり道路の真ん中で横たわる猫を、更に醜く変形させる前に、彼らはハンドルを切ることができたのだ。

 猫は口と目を半開きにしていた。その筋肉運動はとっくに停止している。

 僕は当時学生で、自宅への帰路にあった。青々と晴れた日だった。白い猫の横を通り過ぎる時、僕は猫のことを横目で見た。

 さて、帰宅する。薄暗いアパートの自室はひんやりとしている。

 猫のことしか頭になかった。アパートからその猫のいる場所までは数百メートル距離があって、僕はあらゆる意味当事者ではなかったにも関わらず保健所に連絡をした。住所をある程度正確に伝えて、電話を切った後にキッチン棚を漁り、そこから掃除用のポリエチレン手袋を取り出した。

 再び自転車に乗って猫のところに向かった。数百メートル距離時間はそれほど掛からず、辿り着いた時には猫は最初のままの姿勢を保っていた。相変わらず見える範囲には傷一つなかった。

 僕は歩道自転車を停めて、車列(鮮血を目の当たりにし、おっかなびっくりハンドルを切って迂回する車列)が十分に途切れたタイミングを見計らって、猫のところに駆け寄った。それで、僕は猫の脚を掴んで、車に引かれる心配のない路端へと引きずった。

 そう、引きずったのである

 抱きかかえた訳ではない。単に引きずったのだ。鮮血が道路に擦れて跡を作った。

 猫は筋肉が弛緩した所為か失禁――脱糞していて、その茶色の飛沫がポリエチレン手袋に付着した。

 そこには愛情は無い。僕の人生残留するべき温かい思念というもの存在していない。

 だから、この記憶は決して僕の中に残留し続けることはないだろう。人生のいずれかのタイミング忘却され、その後決して思い出されることはないだろう。

 僕は猫にそれ以上傷ついてほしくなかっただけである

 猫が道路の上でぐしゃぐしゃになっている姿を見たくなかっただけである

 ある種の同情みたいなものはあった。でも、それは決して愛情ではない。僕は見ず知らずの猫に、しかも既に生命の無い猫に、愛情を抱ける類の人間ではない。

 僕は猫を引きずって、車に傷つけられる心配の無いように、路側帯の辺りまで移動させると、手を離した。そして、そのまま保健所の車がやって来るのを待ち続けた。

 初夏の晴れた静かな日和である。時折、眼前を通り過ぎる車の運転手がギョッとした顔で、猫と道路中間辺りから続く血痕を見遣るだけである。僕は猫から少しだけ距離を空けて、偶に、盗み見るように視線を向けた。本来当事者である近所の主婦達が歩道で、遠巻きに何かを話している。さっきの僕の行動を彼女らは全て見ていた。

 やがて、彼女らの内の一人の若い主婦が僕のところにやって来て、保健所には一応連絡したんです、と言った。僕は短く返事をした。

 彼女は元の場所に戻っていって、相変わらず主婦達と何かを喋っていた。僕は、その場で保健所の到着を待ち続けた。


 やがてやって来たのは、ゴミ処理車であった。内部に回転する鉄塊こそなかったものの、それは紛れもなくゴミ収集車であった。

 この後の描写についてはあっさりしたもので、その車中からスタッフ二名降りてきて、主婦らに挨拶をした後に黒いビニール袋を広げ、手早く猫をその中に入れた。そして、車両収集スペースにその袋を入れると、瞬く間にその場から去っていった。

 僕はそれを見届けた時にやけに安心したのを覚えている。これで、道路の上にもんじゃ焼きのような物体が出現する可能性はなくなったのだと、そう考えていた。僕はそのまま自宅に戻り、猫の糞の付着したポリエチレン手袋を処理した後で、日常ルーチンに戻っていった。


 多分、この記憶は僕の人生残留することはないと思う。単純に、この話の主旨は、僕が猫の死体の重みを知っているという、そのことを主張する他にない。教訓と呼ぶべきものはそこにはない。

 しかし僕自身にとっては多少の教訓と呼ぶべきものはある(どっちだよ)。


 多くの場合、我々の性向とか心の働きのバイタル部分に作用するのは、僕がここまで延々と語った記憶の類ではなく、誰かへの愛情記憶であり、誰かから愛情記憶である

 そういうものを欠くと、我々のバイタル部分は鈍化する。必要以上に鈍化し、何らかの問題を引き起こさずにはいられなくなる。記憶というものを二種類に大別した時に、我々の性向に最も強く、最も好影響を与えるのは、明らかに「思い出しうる」方の記憶だ。そのことに疑いはない。

 とは言え、最近の僕は少しだけその考え方を改めることになった。

 これまで僕が延々と語ったこ記憶は、凡そ間違いなく僕によって忘れ去られるだろう。そして、二度と思い出されることはないだろう。このテの予想が外れることは僕に限ってまずあり得ない。この記憶は僕のバイタルとは無関係なのだ。この記憶によって僕が行動を規定されたり、何らかの関連行動に走るということは――この文章を書いていることを除けば――まずあり得ない。僕にはそのことが手に取るように分かる。

 でも、と思うのだ。

 この記憶は、翻って言えば、忘れられるまでは僕の記憶に残り続ける(トートロジー的な文章だ)。僕は、そのことに少しだけ意義を感じてしまいそうになるのだ。

 記憶には二種類ある。忘れられた後に思い出しうる記憶と、そうでない記憶である。前者に比べれば、この世の中においては後者記憶の方が圧倒的に多い。この世界殆ど記憶後者、つまり他愛のない記憶によって構成されていると言っていい。それらは例外なく忘れ去られる運命の途上にある。

 それでも、と僕は思う

 その記憶は、忘れ去られるそのタイミングまで、じっと待っている。

 僕の記憶の中で息をしている。

 猫の視線の色を、僕は今のところ忘れていない。奇妙に硬直した、黄色い瞳。

 多分、僕の記憶の中に、未だ留まっているところの猫は、待っているのだろうと思う。

 僕が猫のことを忘れ去るその時を。

 じっと、誠実に、待っているのではないかとそう思うのだ。

2020-05-24

anond:20200524112402

この番組観てる層なんて、どうせ頭フワフワしてる奴らなんだから自殺者が出たことなんて一つのイベントくらいにしか思ってないだろ。

事態を重く受け止めることはない。

「死んじゃったのゎ辛いケド、皆んなでこの悲しみを乗り越えて頑張っていこうょ?」

みたいに、一つのドラマが生まれて感動(笑)に繋がることを期待してるレベル。騒いでるのは外野だけ。

2020-05-02

6月末まで保育園休園で心がキツくてどうしよ😰

保育園6月末まで休園になってしまった!!!

ヤバい。ヤバすぎ。在宅勤務with2歳児で心と体が持つ気がしない。どうしよ???

大前提として子どもはめちゃめちゃかわいく楽しく愉快で愛しい存在なのだが、さすがに4月初め(ちょっと風邪っぽかったので早めに休んでた)から1ヶ月、四六時中一緒にいると疲れてきた。

1ヶ月でこんななのにあと2ヶ月か………先が……長すぎる……………。

私は自堕落でテキトーで部屋が汚くても平気な人間なので、普段子どもバタバタしたり汚したりしてもムカついたりイラついたりすることがあまりないのですが、それでもなんだかいらっときて怒っちゃう、「やめてよ!!!」って声荒げちゃうことが増えてきた。

まあまあ耐性がある私でさえこなのだから日本中の家庭で暴力虐待増えまくってること容易に想像がつく。心配!!

在宅勤務はしてるものの2歳児が1人でじっとしてるわけはなく、夫と交代で面倒見なきゃいけないのだが、ちょう〜〜〜ど運悪く史上最高にママべったりな時期で何をしてても呼び戻される。全然集中できねえ。安息時間しまじろうといないいないばあで15分ずつが限界。まとまった作業は夜中に起きてやるしかない。ので毎日眠い。早朝起床するのもやってみたけど即バレして一緒に起きてくるので無理でした。

会社幸運なことに寛容で、仕事にならないことはある程度仕方ないと割り切ってるし、そこまで悩んでないつもりだったけど、自分の中で不甲斐なさがどんどん溜まっていく。特に誰にも怒られないが自分時間全然ないこと、やりたいこと(ここに仕事も入る日が来るなんて!!!)が予定通りにできないことにしんどみが募ってく。生活アンコントローラブルだと、自分人生って感じが薄れる。ぐぬぬ

そんなこんなでこの数日精神的かなりキツくなってきており、そこにダメ押しで休園大延長っす!よろしくね!!の報が入って泡を吹いた。いやもちろんすぐは無理だろうもう少しかかるだろうと覚悟はしてたけど……に、に、にかげつ!!あと2ヶ月!?!?まだいま折り返し地点にもやなってないってこと?疲れた。もうだめ。ばたんきゅー

あーーーーなんかこうドサドサと書き出したら平気なフリしてかなりかなりストレス溜めてるのかもしれない。ないと思う、けど、万が一子どもに手をあげたりしたらどうしよう。そういうことが一瞬頭をよぎる程度には疲弊しているな。

産後うつにも無縁だった、対子どもメンタル強めな自分がこんなに弱るの初めてかも。育児相談とか電話したほうがいいか!?!?何かアドバイスあったらください。

ここまで勢いで書いたらだいぶスッキリしてきた。別に子持ちの大変さをアピりたいわけじゃなくてさ、むしろ私は家族がいて好きな時にしゃべったり一緒にご飯食べたりできるから精神的にもってる部分もめちゃくちゃあると思ってて。例えば日当たりの悪い狭い部屋に一人暮らしで気軽に連絡とれる友達少なかったあの時代に今の状況だったらそれはそれで死ぬほどしんどかっただろうな、むしろもっと早く病んでたかも……って超思う。そして今そういう状況の人もいっぱいいるよね。おつかれさま。みんな違うしんどさがある。みんな偉いよ。

まあ連休あいだしばらく休んでまた頑張……らずになんとか生きよ!!!!みんなも生きてな。生きてまた会おう

2020-04-26

Stay Homeさせてもらえない

今週末から東京都ではステイホーム週間が始まり、もはやStay Homeハッシュタグやおうち時間満喫する人々のツイートを見ない日はない。

しかし私はめちゃくちゃStay Homeしたいのにさせてもらえない、なぜなら昨日も明日も通常出勤だからです。

別に医療従事者でもインフラ関係でもない不要不急の業種で、実際デキる同業者はとっくの昔に在宅勤務を始めている。

しかし私の職場には在宅勤務の意識などさらさらなく、正社員嘱託職員派遣パート毎日変わりなく出勤している。

在宅勤務ができない原因は様々だが、主に正常性バイアス働きまくり職場空気決断力のない上層部、日々大量に溜まっていく紙書類DMにすら枠印作って回覧するハンコ至上主義問題があると思う。

しかし世の中の優良企業は続々と在宅勤務やテレワークを導入しているようで、正直すごくすごく羨ましい。

はいつもゆっくり起きて自室のデスクで好きな背景に設定したzoom会議とか打ち合わせして、昼にはちょっと凝ったランチを食べ、おやつにはクッキーとか焼いたりして、終業後はオンライン飲み会で盛り上がる。

そんな悠々自適生活を送る人達想像すると羨ましすぎて気が狂いそうになる。

さらにそんな高等遊民達が「在宅勤務って暇」「外出できなくてしんどい」「通勤って必要なことだったんだな」とか言ってるともう、こっちの立場はどうなるんだと惨めになってくる。

元来オタクなので頼まれなくても家に引きこもっていたいのに、出勤しなければならない。

自分家族感染しないためにも外出を控えろとさんざん言われているのに、出勤しなければならない。

それならいっそ出勤拒否すればいいのに毎朝同じ時刻に家を出てしまうあたり、なんだかんだ私も同調圧力に弱い人間なんだなあとつくづく感じている。

今、世界中人達が互いに距離を取り、店を閉め、家で過ごそう、みんなでこ危機を乗り越えようと頑張っている。

だけど私はそういった人達努力台無しにしているのだ。出勤して仕事をする、たったそれだけのことで、世間を裏切っている。

いつかコロナが終息する日がくるとしたら、それは国や自治体要望に従い、家で過ごせるような環境づくりに注力した個人企業の功績である

「あの時頑張って良かったね」とみんなが健闘をたたえ合う輪の中にきっと私は入れてもらえないし、入る資格もない。

なぜなら明日もあさってもGWも出勤で、無症状のうちに誰かを感染させたり、逆にウイルスを自宅に持ち帰ってしま危険はらんでいるからだ。

安全暮らしがしたいのに、させてもらえない。世界中に広がるStay Homeの輪の中に加わりたいのに、できない。つらい。

しかし私も休日を家で過ごしつつ通販不要不急の買い物をしたりして、見えない誰かのおうち時間を奪っているんだろうなあと思う。

早く元通りの生活が戻ってほしい。そうすれば私が外出自粛中にのん気に出勤してたバカだってバレることなく、友達映画カラオケに出かけられるはずだ。

2020-04-08

みんなでこコロナ危機を生き延びよう

そして100日後に死ぬワニの劇場版をみんなで見よう

2020-03-29

2020/03/29

吉田麻也危機感冗談抜きで家に」外出禁止訴え

画像拡大

イタリアセリエAサンプドリア所属する日本代表主将DF吉田麻也31サンプドリア)が日本ファン外出禁止を訴えた。

28日、自身インスタグラム投稿

感染が広がった日本の皆さん、冗談抜きで家にいた方が良いです。感染拡大を食い止めるには一人一人の行いにかかっています」と危機感あふれるコメントを出した。

さら動画では以下のように語った。

イタリアにいて、イギリスも見ていて、初期の段階で少し、みんなが油断していたのではと思いました。中国で起こっていること、アジア問題ととらえて日常生活を送っていて、一気に感染が拡大してしまった。日本のみなさんも、もしかしたら、心のどこかで、頭の片隅で、ヨーロッパで広がっているねと、それくらいに思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、本当に感染は一気に広がります。できるだけ極力、必要時以外は自宅に待機されることが1番だと思います感染拡大を食い止めるのは、ぼくたち1人1人の意思だと思いますので、是非協力してみんなでこ危機を乗り越えましょう。ステイホーム新型コロナウイルス感染拡大により、イタリア人の死者は1万人を超えている。

東京などで外出自粛が呼びかけられたが、いまだに若者中心に「対岸の火事」のような意識を持つ人も少なくない。

有名トップ選手の呼びかけは、危機意識の共有という意味プラスに働きそうだ。

2020-03-20

ゲーム禁止の家庭で育った結果

高校までゲームテレビなど数々の娯楽を禁止された結果、社会からの隔絶感がすごい→大人反動が出る・「制限があった方が」などさまざまな声」

https://togetter.com/li/1405794


これ実は自分も同じで。

自分場合は親が某宗教団体で、その親に生まれたのでその宗教を生まれた時から信じさせられてたいわゆる二世というやつだった。

その影響もあるが、自分の親はゲームとかあと民放とかを見せない、漫画買わないという感じの典型的毒親でした。

(他の同じ宗教信じてた子達はゲーム漫画も買ってもらってたりしたから、ちょっと変には思ってたが)

やかん高校生になり、親と対立して宗教抜けて(今は和解済)上京して大学生になり社会人になって今に至るんですが、

やはり幼い頃~思春期上記であげたような娯楽を体験してない喪失って本当にデカい。

友達と話をしてる時でも、例え今そんなにゲームやってない人でも昔やったゲームの話とかは出来て「あのボスがね」「あのコマンドがね」ってなる。

自分はその時どうするかと言うと、「全然からないんだけどどういう事?」と問いかけるか何もツッコミ入れずにそのままこのゲーム話題が終わるの待つかどちらか。

前者の場合だと「??!」みたいな顔されてさも異世界から来た奴を見るような目をされるのを何度もされたので本当に自分ゲーム殆ど知らない、という事を知ってる仲がいい友人たちにしかやらない。

大抵の場合後者である

後者場合だと取り敢えず乗り切れるのだが、知ってる前提で次話されるリスクがあるのは否めない。

まりどの道しんどい事には変わりない。

そんなこんなでこの幼い頃やった娯楽の話って、大人になって今話す上でも前提になってるという事実に気付かされる。

ゲームやってる人はそれを土台に今のソシャゲームに至るまでの過程があって、それで話す幅も広がるし

漫画もそうで、幼い頃見た漫画を元にやっぱり別の漫画を、みたいなのがあるだろうし。

結局、小さい頃やった事って何にしても基礎になってて、そういう思い出があるから深みがある話って出来るんだなぁって思う。

から同じこと(たとえばスーファミとか64とか)やったところでそれは全然埋められないし、

もし今から買ってやりこんでってやっても結局それってみんな小さい頃にやってたんだなぁと思うと本当に寂しいし何やってんだろ俺って言う気分になりそう。


もう1つ。

一人暮らし始めた時に、じゃあその親から解放されたかテレビゲーム買ってやるかー!という気分には実はならなかった。

多分親から言われてたのもあるのだが、何となく買うのが億劫なのだ

感覚的にはこれが一番近いのかもしれない。(このツイートはオシャレに関する事なのだが、そういえば自分もその類のことは全然ではある)

https://twitter.com/n_kurakura/status/1240725145137758208

結果として解放された後もその呪縛みたいなのがあって、ずっとそこに居続けるみたいな現象?っていうやつなのかなとも思う。


幸いにして音楽(聞いたり演奏したり作ったり)とか禁止されてた漫画とかは今では買う事は趣味になってるので、もしかしたらテレビゲームは合って無かったのかなぁとも思うが、

ゲーム禁止された結果なのかなとも(禁止にされてたからこそ、別の方面に目がいった)考えてる。

ただ思う。

やっぱり娯楽を親から禁止という事を言うもんじゃないよ。大人になったときポッカリなにか空いたやつになってしまう、本当にまずい。

香川条例のやつもあるけど、今後こういう心にシコリを残す人たちが増えませんように・・・

2020-02-01

死にてえんだよな

カスメンヘラ、降り立つ。

ただ呆然と死にたさだけが強くて強くて文を書いている 普段Twitterに生息する人間かつメンヘラということで、例に漏れず鍵垢は持っているのだが、それはそれとして誰かに見られているかもしれないという感覚がほしい

死にたさには種類があって、今のしにたさは漠然とした希死念慮なのだ

この場合はもうどうしようもなく、胸の奥からジワジワ染み出して来るようなくらーい希死念慮くんと同居するしかない。

私の場合、それは大体が突発的で、理由がない。なんなら今も理由なくぼんやり苦しいわけだ。

人と対話することでかなり落ち着く傾向にあるので、普段タイムラインを覗き誰かと遊んだり、恋人に話を聞いてもらったりしている

しかし、今の最悪ポイントはどちらもいないことにある。どうすんのこれ。

タイムライン覗いたら誰もいねえ、恋人はおれのしらない人々とあそんでいる!

それでもただ呟き続けると落ち着くこともあるので普段は喋り散らかしていたが、これはこれで大問題がある。

恋人Twitterで繋がっている。つまり、楽しそうに遊んでいる恋人邪魔をしたくなくて相談しないでいるのに、タイムラインを覗いた恋人にバレる。

そして心配メッセージが来る、もう最悪だ。

しんぱいしてもらえるのはとても嬉しいが、それはそれとして心配させてしまたことへの申し訳無さがかなり強いのである

もうだめだ。逃げ場がない。今日はしんどすぎて寝ようと思ったが冷え性で寝られなかった

そんなこんなでこ匿名くんを使ってこの感情をぶちまけている。実質かわいそうな俺くんでシコってるだけなので投稿しなきゃいいんじゃないの?オフラインメモでよくない?とも思うが、生憎おれはメンヘラなのである承認欲求バカ高い。

同情というよりかはへえそうなんだあでいいので誰かに見てもらいたい。聞いてもらいたい。なので、わずかにでも誰かの目に触れる可能性のあるここが望ましかったわけだ。

ピークの死にたさは超えてしまったのでもうそこまでの問題ではないが、寝ると言ってしまった手前親の前に出る気にもなれない。寝ていることにしたいので布団をかぶったまま無駄時間を過ごしている

寂しいなあ

推敲してないし頭がずっとうるさいので話題脈絡がなくてきっと支離滅裂なんだろうなと思うと面白い

満足したらアカウントごと消してなかったことにしよう それまでの間、死にたくなったときお世話になろうと思う よろしく匿名はてな

2020-01-17

[]  あなたはどっち?

ファらリスのつかい:あとでよむ

 

星人:みんなでこ問題を考えましょう

2020-01-05

おかあさん保守ネトウヨフェミ→リベフェミと言う感じか

ekesete1,なぜか宇崎ちゃん献血ポスターの話に参戦してた

https://togetter.com/li/1436648

自称フェミニスト要求在特会系画像で喩えたのは秀逸だな。まさに彼女らは「おかあさん保守」なんだよ。

判る。

まさにこの問題はあの系譜も絡んでいるしね。

流石にあの辺の時代は詳しくは知らないけど、当時はPTA絡みの話だったとかだよね。

そもそもこの問題フェミ団体と言っても共産関係新日本婦人の会キリスト系の矯風会ECPAT統一教会系、そして当時の創価学会婦人部とかの宗教団体等、右左関係なく、児童ポルノ青少年女性の権利等様々な弱者権利悪用して、規制してこようとしてきた経緯があるからね。

それこそ今では共産党を始めとした野党側や支持者がこの手の規制を押し進めようとしてくる経緯があるけど、当時はそれこそ自民公明党が進めていた経緯があるのを見ても良く判ると思う。

しかも何よりも性質が悪いのはこの人達自身お気持ちの為に弱者権利悪用するけども、その弱者は全く救わない所か余計状況を荒らして、事態悪化させる所なんだよねー。

児童ポルノ禁止法の時はそれこそ反対派から散々児童保護団体予算厚労省管轄にするべきと指摘されたにも関わらず、それをガン無視したし、女性の権利にしても言葉狩りやそれこそ女性優遇や席を喚き散らして要求するばかりで女性社会進出の根幹的対策を一切してこなかった経緯があるんだよね。

人権人種問題にしても言葉狩りに使われていたよね。

イザリウオとかメクラウナギとか和名変更されたのは圧力普通にあるでしょ。

それと昨今行われている様なヘイトスピーチ法が思い通りに行かなかったから、ヘイトスピーチ条例を各地で作ろうとする手法みたいに当時も児童ポルノ禁止法関係や青環法関連で法規制強制する様に地方条例から規制を押し進める手法普通に行ったりしていたからね。

これはこの人達が良く使っていた手口であり、都条例についてもこの一環でやられた代物なんだよ。

更に言えば、国連他国外圧に見せかける手法もこの人達が良く多用していた手口だね。

他国外圧に見せる手法皮肉な事にツイッター等のSNS海外人間とのやり取りがしやすくなった事で、嘘である事が非常に判りやすくなったし、そして国連に関して言えば、以前のブキッキオ氏の件や児童ポルノガイドライン変更で日本アメリカバチカン条約違反を指摘され、更に各国に連絡なく推し進めた事をパブコメでも指摘されたにも関わらず強行したりしていたしね。

またその後のソウル会議にて、国連人間から創作物児童ポルノではない言動が出た時点で子供権利委員会暴走である事は明白だったから、後々これは問題になると思うけどね。

何せこんな事例を認めたら、それこそ他国許可なしに国連委員会勝手ガイドライン変更を出来ると言う実例になってしまうから

こんなもの他の条約ガイドラインすら勝手に変えられる危険性があると言う物だからね。

そんなこんなでこ人達が好き勝手増長して、身勝手に暴れ続けて、オタク以外の人達にも多方面広域にご迷惑をかけ続けて、ようやくその辺のこの人達の歪な主張や問題行動が世間的にも認知され始めて、逆にフェミニストリベラル批判される様になってきたんだよね。

皮肉な話だけど、ツイッターとかネットが本格的に一般層に広まったからこそ可視化されたとも言える。

2019-11-10

指導教員が信用できないので研究やめたい

大学院指導教員ゼミ指導あんまりにもずさんで,ほとほと困っている.

 

一応理系の専攻なんだけど実験は誰もしてなくて,

代わりに各指導教員はなんかしら専門知識を身に着けている(ということになっている).

  

で,うちの教員場合それが「アンケート設計」と「統計処理」なんだけど,

アンケート設計統計処理もその解釈も,まー適当なんだよね.

 

質問項目は恣意的な内容ばっかりで,

地球では1901-2010年の約100年の間に19cm海面が上昇しました.これは地球温暖化が原因です.これを踏まえてあなたは,レジ袋を貰わずマイバッグで買い物しようと思いますか?」

タバコ副流煙には、主流煙よりもずっと多くの有害物質が含まれています.これを踏まえて,あなた分煙に協力しようと思いますか?」

みたいな聞き方を平気でする.

 

アンケート結果に対する統計処理杜撰で,

回帰分析ひとつ取っても標準化係数とその有意確率しか見ない.

決定係数がどんなに低くても気にも留めない.

決定係数が負の分析結果を掲載した論文査読通っちゃったところなんかも見た.

分散分析なんかも頻繁にやるのにゼミ中"交互作用"って言葉を一度も聞いたことがない.

ニューラルネットワーク分析の仕組みがブラックボックスから信用できないんですよね」だって?いやいやあんたt検定の仕組みも説明できないんじゃないんですか?

アンケートの打ち込み終わったなら,○○分析と××分析と△△分析,全部1日で終わりますね」?そりゃ多重共線性のケアとか決定係数とか気にしないあんたの適当回帰分析なら1日で終わるでしょうけど?

 

そんな適当分析で相関を作り出して,

自分たちに都合の良い解釈をして

「良い結果出ましたね!」とか抜かしたりする始末.

 

その教員とはB4からの付き合いで,最初指導内容に違和感なかったんだけど

他所研究室の話とか,真面目にデータマイニングやってる先生の話とか聞いて,

最近になって自分のところの研究をちっとも信用できなくなってしまった.

 

こんな教員でも「結果」さえ残してしまえば出世できてしまうのが研究職というものらしく,

去年,准教授から教授に昇進している.今まさにノっている教授,というわけであるこちらとしては非常に面白くない.

あの人が学術的にやっていることといえば,ゼミ学生が「作り出した」相関を世に公表していることくらいなのに.

 

そんなこんなでこの人の下で研究なんてまっぴらごめんなんだけど,

もうM111月なんだよなあ.

大学院最初からやり直すのも,こんな理由で1年分納めた学費おじゃんになるのは嫌だし,

かといって思い切って退学してしまうのも将来性がなさすぎる.

2019-09-19

錬金術ボディ

フィットボクシングおもしれえ!

あっという間に一週間!

毎朝5時に起きて出勤前にエクセサイズ

30分間汗だくになってパンチパンチパンチ

終わったあとのやりきった感と頭がクリアな感じが病みつき

ドラクエウォークもおもしれえ!

これもあっというまに一週間!

設定できる行き先が微妙ルートとずれるからついつい遠回り!

こころ確定モンスターとか見つけると休憩時間かにサクッとゲット!

毎日20分は余計に歩くようになった!

それとすごいのがコンビニにあるキャベツの千切り!

100円!100円だよ!おにぎりより安い!

ドレッシング合わせても125円!価格破壊

最近お昼はサラダチキンキャベツの千切りに小分けになったインスタント味噌汁

これで大体400円!低カロリー低価格ハイ満足!

一週間同じレシピなのに全然飽きない!

キャベ千うますぎ!

そんなこんなでこの一週間、まるでアスリート生活

満を持しての体重計!

ところが全然変わってない!

0.1kgすら減ってねえ!

誰だ俺の身体の中で脂肪錬金術してるやつ!!!

頼むから出てってくれー

2019-06-30

田舎者との人間関係形成の仕方の違いを感じた話







増田ってなんでみんなと仲良くできないの?」

地方出身同級生に言われた時、うまく言葉が返せなかった。




『みんなと仲良くしましょう!』

しかしたら小学生の時に言われていたのかもしれないが、久しぶりに聞いたフレーズを頭の中で繰り返していた。

大学生にもなって、みんなと、か.....。」

心の中でそう呟いた。


ここ最近、「みんなと」仲良くしようと思ったことが一度もない。

無理してみんなと仲良くしなくても、自分が一緒にいて心地いい関係以外は自然と淘汰されていった。

大学に入った頃から、友人というのは「どちらかが連絡を取ろうとしなければすぐ疎遠になる関係」になっていた。

こうなると、おのずと友人関係限定されてくる。

中高時代の友人も、よく会う人とはラインでもこまめにやり取りをするし、会わない人とは何年も連絡を取らないという形になった。

無理やり会って対して楽しくもない相手と会ったりしないのはみんな同じだと思う。

同じような考えや、同じようなところに楽しさを見出す人、同じ趣味の人。

仲良くしたい相手は限られてくるし、忙しい毎日の中で、使える時間は有限だ。

そして私の中で、今までの経験

他人に何を言っても他人を変えることなどできない」

という考えが自然形成されていた。

大人を改心させるのは難しい。

から何か改心しなければならないという出来事があって初めて改心できる人がほとんどだ。

ましてや友人の言った言葉で改心できる人など本当に限られている。

ずっとそう思って生きていた。



思えば発端は大学で出来た女友達とモメたことだった。3人グループが1:2になるありがちなパターンで、見事に1になった私は、地方出身であった2人から呼び出されてお説教を受けた。

「こういうところ直して欲しいと思ってるの。」

人間関係でいう事実上死刑宣告だと思った。

今までの人生で、友人を呼び出して注意をしたことなど一度もない。

そんなことをするより、黙って疎遠になった方がお互いのためである

相手に何を言っても相手が変わることなどないのだから」、私も相手不愉快な思いをしなくて済むからだ。

仮に、注意されたところを私が直してまた仲良くしたとしよう。

でもまたいつ注意されるかわからない恐怖に私が怯えたまま、向こうは向こうで私がきちんと直せているのかなんとなく気にしたまま、ずっとずっと残りの大学生活が続くわけがない。

私は3人グループからの脱退を宣言し、1人になった。その後なぜか向こうの2人組が決裂し、また私は片割れと仲良くし始めるのだが、もう1人とは完全に疎遠になった。








増田ってなんでみんなと仲良くできないの?」

その事件からかなりの時が過ぎ、冒頭の同級生と喋っていた時だった。

突然その言葉が私に降りかかってきたのだ。

面食らっていたので、なんと返したかよく覚えていない。そう?とかそんな感じだったと思う。

「ほら、○○とかさ。あれから喋ってないんだろ?いい加減仲直りしたら?」

本当に驚いた。

あの時の女友達名前が出てきたのだ。

なぜまた仲直りする必要があるのか。

お互いに別のコミュニティ形成し、なんの滞りもなくやっている。大学生活において、同級生誰か1人と特にさない程度で誰にも迷惑をかけることはない。

まあ確かに医学部から、他の学部よりは多少学年みんなでこなす授業は多いけど、私が記憶する限り困ったことはなかったはずだった。

その場は適当ごまかし、後日仲のいい友人に聞いてみた。

「みんなと仲良くすることって、本当に必要だと思う?」

その友人も地方出身であったが、私の予想するはるか斜め上の答えが返ってきた。

「うーん....でも、増田も含めて、東京出身のやつって人間関係すぐ切る人多いよ。」

「.....どういうこと?」

「難しいんだけど......俺らみたいな地方出身のやつって、小学校からずっと基本的コミュニティが一緒なの。小学校中学校は同じで、高校で多少偏差値別になるけど、どこに住んでるとか大体わかるし、大学は、まあ地方医学部ってのもあるけど、高校で成績が上位だったやつはみんな一緒だから大学行ってないやつもたくさんいるけど、東京出たやつも、戻ってきた時はみんなで遊ぶし。だから基本的に仲良くするしかないんだよ。東京と違うからさ。」

彼がいうには、地方出身者は、合わない人間とも同じコミュニティで頑張っていかなければならないから、合わない人間には注意するし、注意したあとは何もなかったように仲良くするのだと。

東京出身人間は、合わなければそれで終わりにしてしまう。疎遠にして、お互い歩み寄ることはしない。でもそれは、人間が常にたくさんいて、出たり入ったりしており、新しいコミュニティいくらでも形成することができるからこそなのだと。

更に続けて彼は言った。

東京出身のやつはさ、言語化能力高いと思うよ。自分気持ちとか、常に自分言葉で伝えられる。地方出身のやつは無理だね。俺も無理。聞かれたら答えるけど、わざわざ自分から伝えなくても、人が少ないか意見はいつも聞いてもらえるし、目立ちたくないもん。東京と違って、埋没することもないし、アピールする必要がない。」

そうかもね、と返しながら、いつもはあまりさないのに、私よりずっと言語化能力の高い友人の分析に、目が覚めたような思いでいたのを覚えている。


地方出身が全員そんなわけないだろうと言われるだろう。もちろんそんなのは当たり前だ。

ただ、その上で私が言いたいのは、そういう考え方もあるということ、そしてそう考えている人も少なからずいるということなである

一応私は私なりに、女友達との事件の時、いろんなことに傷ついた。人間関係飲み会のついでに小言のようなことを言われたこともあった。

当時はそれについて何日も悩んだが、ここに1つの答えが存在したことを、どうしてもどこかに書いておきたいと思ったのだ。




いつぞやのように炎上するかもしれない。

あの時のように「本を読まなかったからだ」「想像力の欠如だ」と言われるのだろうが、私にとっては本で得る活字上の知識と、実際の体験とは全く異なるが、まあそれは良いとする。

他にも実は前回いろんなことを言われているのだが、そのほとんどに目を通した上で、それでも私は書きたいのだ。

自分自分の周りに話すだけで、この気持ちを終わらせたくないと思ったりしている自分がいるのだ。

これを読んでくれたあなたはどう思うだろう。

もし何か思うことがあれば、何でもいいから教えて欲しいと思っている。

2019-04-13

東大祝辞に対して反感をもつ人を観察し快楽を覚えるrci下品さをみてて思った

どうも祝辞に賛成する人たちにとってあれに反感を覚える人は知性がない人達らしい。

この場合の知性の定義はどうやら彼女らと私では異なっている。

彼女達の意味する知性とは人間脳内ネットワークプロトコルの事の様だ

彼女達はおそらく現実に実現にかかるリソースがどれくらいでどういう計画必要でその為に誰がどう動けばいいのかという事には興味がない。

この世界人間には自分言葉が通じる筈、そして思いが通じる筈。誰もが自分と同じ無意識脳内プロトコルを持っていて自分所属するネットワークの一部になってくれる筈。

その為なら理屈は飾りで人間の頭がある程度騙されてくれさえすればいい。自分ネットワーク上で生まれ妄想で実現が可能かどうかはどうでもいい

とにかくそネットワークプロトコルが世の中に伝搬していって中心付近自分がいる事が分かれば安心する。この安心を守る為にはどんな洗脳だろうと侮辱だろうとしていいの。

そしてこの言葉にできない無意識ネットワークプロトコルに応答するプロトコルを持たない人達は知性がないの

自分所属するネットワーク理想妄想を叶える為に大変な事は自分の知らない誰かが苦しんだり汗水垂らして働いたり、事故にあって死んだり殉職したりして何とでもなる筈。

からみんなでこ無意識ネットワークプロトコルを信じてさえいればいいの

と、自分で書いててもこういう理解不能な行動指針を持っているらしい。

自分思想同化しない人間蔑視し始めるのは危険思想の走りなのだがこのあたりを多分自覚しつつもお花畑彼女達は住んでいる。

そしてお花畑拡張しようとし続ける。彼女達がお花だと思っているのは彼女達のプロトコル理解できない人には食虫植物で命を奪う存在なのだ

別に異端者の命は彼女らはどうなろうと知ったこっちゃない様だ。

そういう思想体系に住んでらっしゃるので適度に自分プロトコルが人々に信じられていると上手に騙して差し上げれば簡単コントロールできる。

思えば男に騙される女性はそんな感じで騙されるのだろう。

まぁコントロール簡単存在なので上手に騙してあげればいいんじゃないかなと思う、それがあの人達幸せだろう。

2019-04-03

anond:20190403201536

リアル世界でも会話その他で認知勘違いが甚だしく、周りに迷惑かけている自覚なさげ

みんなでこいつコテンパンにしてやろうぜ!

って投稿したら、お巡りさん行きになっちゃうんでしたっけ?

2019-03-22

[][][]

AB二人でなにかをしないといけなくなったけど、Aがものすごくかたくなでこころをひらかない

BはそんなAを嫌がったり呆れたりすることなくて、真心をこめて対応をし続ける

そんな中、Aは、Bの言動の中で、ふとした折に琴線に触れるものがあることに気づく

それをきっかけに雪解けのフキノトウの芽のように固く冷たく閉ざされていた心が溶けていく

でもやっぱりAの前ではそっけなくしている

ここでルート分岐

ハッピーエンドルート

バッドエンドルート

ハッピーエンドはそのままBはAの近くで心を溶かし続けて最後ツンデレあらあらまあまあ包容力系のいいカップルになって終わり

バッドエンドはせっかく心を開いて距離が近づいてきたのにBが殺されるかなにかで急にいなくなってしまって、その穴の大きさに失ってはじめて気づくAの慟哭で終わる

2019-01-10

anond:20190110155842

いちいちこちらの立場を決めつけられて不快だし、もうめんどくさいから次の表明をその下らない質問の答えに代えさせていただきます

私はペドフィリアを筆頭とするあらゆる性的少数者差別には反対で、かつ非常にラディカルな立場なので、

真の平等のために人類悪たる恋愛セックスを(ペドフィリアのみならず、異性愛者、同性愛者問わず)全人類禁止すべきだと思ってますよ。

大体あらゆる性暴力恋愛セックス合法であるが故に起こっているわけじゃないですか。

みんなでこれをやめたら世界平和になりますよ。

2018-11-15

anond:20181115231504

いや拡散効果的だとかそういう量的な話じゃないんだよ。

「(わたしとしては)その表現問題があると考えるので放映の自粛を求めます」ってのはあくま個人だけど「みんなでこ表現自粛を求めようぜ」ってのは、個人じゃなくて、組織化でしょ? 前者は個人意見個人の責だけど、後者ってのは大げさに言えば「運動組織化」であって行く末は「圧力団体としての名乗り上げ」なわけよ。発言方向性も質そのものも違うでしょっていう指摘だね。

から後者運動組織としての責任要求されるでしょ? って話。それがどんなに稚拙な萌芽であっても「みんなで」っていう呼びかけにはそれだけの責任が伴うんだよ。少なくとも俺はそう思う。

anond:20181115225323

NHKに関する部分で言うと、キズナアイの登場だの表現だのに違和感を覚えた人が、個々人個別かつサイレントに反対意見を述べるためにNHKに投書をするのであれば「NHK内部の会議BPOなり」に期待して、一方的に投げるってのは全然有りだと思うんだよ。

でも、Twitterで「なんかこれキモいんでみんなでこフォームから投書しようぜ!」って扇動するのは、それとは全く違う行為だと思うわけ。行為が違うから、担うべき責任も違うんじゃね? で、じゃあ、どう別の責任を担えばよかったのか? でいえば、不特定多数扇動するからには先方内部の会議機関があるから丸投げでいいだろじゃなくて、自分たちである程度透明性のある議論をおこなうべきだった。何らかの合意形成を目指すアクション一定努力を払うべきだった。それが扇動を行う対価だったとおもうわけよ。

2018-10-23

寄付というのは他人にさせるものではなくて自分でするものだと思うんだよね

からブクマトラバの数だけ寄付しますという増田

よっしゃ!みんなでこいつに寄付をさせようぜ!と思ってブクマトラバをした人たちは

反省として一人1000円ずつ被災地寄付をしてほしいと思う

2018-10-04

anond:20181004012745

あるべき姿とまでは思わんが、相手の前で「みんなでこいつを通報しよう!」と大声で言ったらそりゃ刺されるし、同情もせんなー

本当にリンチしてたりウンコ投げてたなら別だが、良くも悪くもただの荒しだったしなー

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん