2021-04-26

[] #93-11栄光の懸け箸」

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この場における、市長の認可は通例的なものにすぎなかった。

既に各役所審査は終わっており、市長の考えうる懸案事項は通過済みだからだ。

市長が七面倒な人格者でも町が廻っていたのは、こういった役員達の努力による所が多い。

「それが文化から常識からマナーから、ですか」

「慣習的な規範を選別したり忌避する向きも確かにあります。ですが、そもそも文化に基づいたルール自体社会において必要ものですよ。でなければ法律ガチガチに縛るしかありませんので」

「箸の持ち方で、罪刑法定主義まで持ち出してきます!?

「もちろん箸の持ち方を法律で縛ろうなんて話はしていませんよ。いま話しているのは、法律のように強制力はなくても守った方がいいルールがあり、それが間違いなく社会を回す上で不可欠だという話をしているんです。それを手助けするのも政治役割ですよ」

そして、それでも市長が渋った場合は、彼を言いくるめる理論武装も済ませてある。

「箸の持ち方を好きにさせろって人も他のマナーを守る時はあるでしょう。その他の常識文化マナー規範といったものによって、快適に社会生活を遅れている側面もあります。そこにきて箸の持ち方だけ好きにさせろというのは理屈じゃないでしょ」

「あー、分かった、分かりましたよ、分かっていますよ!」

「いえ、どうしても判を押さないというのなら構いませんが、それ相応の理由必要かと。でなければ他が納得しませんので」

「だから分かってますって。曲がりなりにも市長ですよ」

「では、いかしましょう?」

「そうですねえ……」

安易な“自由主義おためごかし”じゃあダメですよ」

「……昼時なんで、飯食ってきます

「……そうですか、ではその間に考えをまとめてきてくださいね

しかし、今回ばかりは市長も中々折れなかった。


…………

いつも利用する市役所食堂を通り過ぎて、市長は外で店を探し始めた、

無駄抵抗なように思えたが、時間稼ぎをしたかったわけだ。

「さて、どうしたものか……」

そうして十数分、あてもなくフラフラしても考えはまとまらず、結局コンビニ適当ものを買うことにした。

「へー、ひじき単品であるんだ。コンビニもあなどれませんね」

しかし、今は好きなひじきも喉を通ってくれるか怪しい。

市長自身、この件をなぜここまで渋っているのか上手く言葉に出来ずにいた。

ただ、この件が政治的に動くという事実と、それが後は自分の判の一つで決まるという状況。

そのことが、どうしても喉に引っかかって飲み込めなかったんだ。

「やっぱり私が、市政がどうこうするようなものでもないと思うんですよねえ」

あくまで市政がやることは、授業で使う矯正用の箸を作るための資金を出すこと。

市長が声を大にして「みんな箸は持つべきだ」なんて言うわけではない。

秘書はそうも言っていたが、自分意志で判を押して、相応の金を出す以上はそうもいかない。

だがイエスしろノーにしろ、今の市長にはどちらも言える気概がなかった。

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