そして結局の所は、俺自身この件について心根ではどうでもいいと思っていたりする。
どうせ、このやり取りも今日だけで終わるんだ。
などと内心クダラナイことを考えていたが、実際この時の雰囲気を形容するなら大体そんな感じだったんだ。
しかし俺が迂闊だったのは、この日で終わるはずだった四方山の話を自宅でしていたことだった。
文化やマナーの話を持ち出したことも、箸の持ち方について言及したことも安易ではあったが、この点には勝らない。
なぜなら、自宅であるということは“弟が近くで聞き耳を立てている可能性”について見積もる必要があったからだ。
己の油断を嘆くべきなのか、弟の口の滑らかさに怒るべきか。
思春期だというのに、兄弟部屋を分けてくれない両親の教育方針を恨むべきなのか。
“後の祭り”の語源は、最も盛り上がる時間である“前の祭り”との対比からきているらしい。
そう考えると、ここからの展開はあながち慣用句ではないかもしれない。
「……なーんてことを兄貴たちが話してたんだ」
当然、弟のフィルターを通して語られているから話に繊細さなんてものはない。
「正直、俺はどうでもいいと思うが、ちゃんと箸を持てるに越したことはないよな」
「私、ちゃんと持ててないけど、うるさく言われたくはないわ」
「タオナケの言い分も分かるよ。でも、それを気にする人がいるってのも分かるだろ」
「私もそれは分かるけど、“気にする気にしない”と“善い悪い”は別でしょ。ちょっと箸の持ち方に癖があったとして、それでアンタに迷惑かかるわけ?」
「ちゃんと持ててないのに開き直って、気にする側を心の狭い人みたいに言うのは違うんじゃないか?」
「“みたい”じゃなくて、実際その通りでしょ。別に悪いことじゃないんだったら、それは気にする側の問題よ」
「おいおい、さすがにその言い草はないよタオナケ。ちゃんと箸を持てていない立場で、気にする方が問題とまで言ったら傲慢だよ」
「傲慢ですって!? 箸をちゃんと持てるのが、そんなに偉いの!?」
「そうだ! オレこそが最強の“ゴーマン”だ!」
「シロクロ、お前は傲慢の意味を誤解しているし、その持ち方はクセがどうとかいう次元を超えてる」
モメるのは決まっていた。
しかも、俺たちより年下で知識も語彙も少なく、コミニケーションの妙も理解できない同士だ。
そのグダグダっぷりは俺たちの時の比じゃない。
≪ 前 「この持ち方が正しいのは箸が食べ物を掴む食器としての役割があるからだ。その持ち方で支障ないって言ってるが、それじゃあゴマや小豆をつまめないだろ」 「そのあたりは掬...
≪ 前 「音を立てるほど勢いよく啜るのは、麺に汁が絡んだ状態で口に運ぶためだ。物事には理由がある。その理由を無視して、従来のやり方を抑え込む方が愚かだ」 「えー、でもそれ...
≪ 前 今にして思えば、きっかけは何気ないものだ。 よく連れ立つ仲間達と、自宅で軽い昼食を摂っている時だった。 「袋麺を作るだけで、妙に自信満々だった時点で怪しく思うべき...
昔々、どのくらい昔かっていうと、フォークが二又しかなかった時代。 この頃のフォークは使い勝手が悪く、上流階級の人々すら未だ手づかみが基本だった。 手づかみで食べる方がマ...
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≪ 前 この授業での様子は市内の新聞でも取り上げられた。 俺はそのことを、行きつけの喫茶店で知った。 まさか、あの時の会話を弟が聞いていたのかと推理したのも、この時になっ...
≪ 前 箸の持ち方を授業で徹底的に教えるというニュースは市内に轟き、そして他の学校も見切り発車気味に真似しだしたんだ。 そして広がりを見せると授業内容は最適化されていき、...
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≪ 前 この場における、市長の認可は通例的なものにすぎなかった。 既に各役所で審査は終わっており、市長の考えうる懸案事項は通過済みだからだ。 市長が七面倒な人格者でも町が...
≪ 前 昼飯を買ったが、未だ結論ではない。 このまま帰れば、何となく判を押して終わりだろう。 最後の抵抗とばかりに、イートインコーナーで昼食を済ませることにした。 「いた...
≪ 前 「ほぅ、マイ箸ですか」 市長は思わず声をかけた。 別に彼から箸の矯正について意見を仰ぐつもりではない。 ただ箸を綺麗に持つ者として、その“趣”を知りたかったんだ。 ...
≪ 前 ここにきて、紳士は相手が市長だったことに気づいたようだ。 「そうですが……どうかしましたか?」 「い、いえ、どうもしません。では、私はこれでっ……失礼します」 す...
もうそろそろ山場かな
書籍化したら「増田みたいなネットのゴミ捨て場か本が出た!?」ってな感じでちょっとしたムーブメントが起こりそうで楽しめそうなんだけどなあ。