2021-03-09

[] #92-6「サイボーグ彼女

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母の容態が回復してから間もなく、親族や仲間たちが見舞いに駆けつけた。

「マスダ、目が覚めたんだな!」

「あの活動の後、すぐに事故に遭ったって聞いて……」

「あの時、もっと引き止めてれば良かったって……」

「聞いたよ、身体の半分が今は機械になってるって」

「これからツラいだろうとは思うけど、生きててくれて本当に良かったよ」

みんなの悲喜こもごもな反応に対し、当人は意外にも落ち着いていた。

寝ていた頃の記憶がないから実感が湧かなかったのと、今の身体も不便ではなかったからだ。

技術革新の賜物というべきか、なんだったら生身の頃より快適とすらいえた。

だが、そう前向きに捉えてはみても、ふと頭をもたげてくる虚無感は否定できなかった。

この頃、母は自分身体をまさぐる癖があったという。

まり精巧に出来ていて、パッと見は依然そのままヒトの身体

機械の手足だが、しっかりと“触れている”感じがする。

だが、それは“触れている”という電気信号を変換し、擬似的に感覚再現しているだけ。

その小賢しさに、かえって苛立ちを覚えた。

触れている感じがする、そう感じている自分の手足が、人間のそれではないという現実

大事ものを失った時に「半身を失った」と形容することがあるが、母の場合文字通り失っていた。

その喪失感は計り知れないだろう。

それでも毅然としていられたのは、“これからやりたいこと”を既に決め込んでいたからだった。

自分は一生、この身体と付き合っていかなければならない。

だが、自分身体機械認識するたびに、この時の出来事を思い出し、暗い影を落とすだろう。

その度に打ちひしがれ、気にしないように振舞う日々なんて、想像するだけでも耐えられなかった。

過去を変えることも、忘れることもできないならば、せめて過去清算しなければならない。

母の無機質なボディは、怒りの炎で熱を帯びていた。


しばらく経った後、『ラボハテ』と『シックスティーン』の責任者が一同に介し、謝罪賠償などの話をつらつらと述べていた。

しきりに身体をまさぐりながら、母はこの話を“とんだ茶番だ”と思っていた。

医者らしき男(後に主治医だと判明)が言っていた推測と、概ね同じ内容だったからだ。

いずれにしろ、この権はプログラムミスAIバグとして片付けられる。

もし、わざと緩い識別認証を作っていたとしても、その証拠は『シックスティーン』が握っている。

主治医の男は、いつかそんなことを言っていた。

その証拠を暴き出す、なんてことをするつもりはなかったし、母もできるとは思っていない。

だが何らかの、“別の形”で、この報いを与えなければならない。

その思いは揺るがなかった。

「あの、ひとつ、お願いがあるんです」

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