母の容態が回復してから間もなく、親族や仲間たちが見舞いに駆けつけた。
「マスダ、目が覚めたんだな!」
「あの時、もっと引き止めてれば良かったって……」
「これからツラいだろうとは思うけど、生きててくれて本当に良かったよ」
みんなの悲喜こもごもな反応に対し、当人は意外にも落ち着いていた。
寝ていた頃の記憶がないから実感が湧かなかったのと、今の身体も不便ではなかったからだ。
技術革新の賜物というべきか、なんだったら生身の頃より快適とすらいえた。
だが、そう前向きに捉えてはみても、ふと頭をもたげてくる虚無感は否定できなかった。
あまりに精巧に出来ていて、パッと見は依然そのままヒトの身体。
機械の手足だが、しっかりと“触れている”感じがする。
だが、それは“触れている”という電気信号を変換し、擬似的に感覚を再現しているだけ。
その小賢しさに、かえって苛立ちを覚えた。
触れている感じがする、そう感じている自分の手足が、人間のそれではないという現実。
大事なものを失った時に「半身を失った」と形容することがあるが、母の場合は文字通り失っていた。
その喪失感は計り知れないだろう。
それでも毅然としていられたのは、“これからやりたいこと”を既に決め込んでいたからだった。
だが、自分の身体が機械と認識するたびに、この時の出来事を思い出し、暗い影を落とすだろう。
その度に打ちひしがれ、気にしないように振舞う日々なんて、想像するだけでも耐えられなかった。
過去を変えることも、忘れることもできないならば、せめて過去を清算しなければならない。
母の無機質なボディは、怒りの炎で熱を帯びていた。
しばらく経った後、『ラボハテ』と『シックスティーン』の責任者が一同に介し、謝罪や賠償などの話をつらつらと述べていた。
しきりに身体をまさぐりながら、母はこの話を“とんだ茶番だ”と思っていた。
医者らしき男(後に主治医だと判明)が言っていた推測と、概ね同じ内容だったからだ。
いずれにしろ、この権はプログラムのミス、AIのバグとして片付けられる。
もし、わざと緩い識別認証を作っていたとしても、その証拠は『シックスティーン』が握っている。
主治医の男は、いつかそんなことを言っていた。
その証拠を暴き出す、なんてことをするつもりはなかったし、母もできるとは思っていない。
だが何らかの、“別の形”で、この報いを与えなければならない。
その思いは揺るがなかった。
「あの、ひとつ、お願いがあるんです」
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