2021-04-16

[] #93-1「栄光の懸け箸」

昔々、どのくらい昔かっていうと、フォークが二又しかなかった時代

この頃のフォークは使い勝手が悪く、上流階級の人々すら未だ手づかみが基本だった。

手づかみで食べる方がマナーだとする意見があったほどである

育ちのいい奴等ですらそんな具合だから庶民の慣れ親しむスパゲティは言うまでない。

もちろんフォークなんて縁のないものだし、四又に改良して食べやすくしようなんて発想自体ない。

今ある形へと発展を遂げ、食器として磐石なる地位を得るには長い年月と潮流が必要だったんだ。

価値観アップデートが行われ、紆余曲折を経て、フォークはより便利な食器として進化していったのである

その理由は様々だが、“より行儀良く食べるため”という背景があったことは確かだろう。

食器のあり方と作法”は、ナイフで切っても切り離せない関係といえよう。


ところで、フォークのように使えない食器もあるよな。

いや、より厳密に言えば“使わない方がいい”というべきか。

俺たちの国で使われるニホンの棒。

そう、箸だ。

紆余曲折あるフォークとは違って、箸の姿形は代わり映えしない。

最初からほぼ完成されている、と前向きに解釈することも出来るだろう。

それで長年、口へ食べ物を運ぶ橋渡し役を担っていたのだから大したもんだ。

実際、この細長い棒は多機能だ。

幅を自在に調節して食べ物を挟みこんだり、適当な大きさに切り崩すこともできる。

ああ、あとスパゲティだって食べられるだろう。

ちょっとした調理器具として利用もでき、素材を混ぜたり、料理を取り分けたりといった使い方もある。

大体の食事は何とかできる、非常に汎用性のある食器といえるだろう。


だが、それは使いやすいこととイコールじゃない。

まず、持ち方からして厄介だ。

一本目(上側)の箸は鉛筆と同じ要領で、親指と人差し指中指で持つ。

二本目(下側)の箸は親指の付け根あたりで挟みつつ、薬指をあてて固定する。

このとき、箸先がピッタリ合っているのが肝要だ。

後は下の箸を動かさないようにしつつ、上の箸だけ動かせばいい。

これで小さい豆を易々と掴めるようになれば一人前である

……ハンバーガーの“逆まわし開け”みたいな説明になってしまったが、言い訳させてくれ。

実際、箸を正確に持てている人は本場でも多くないんだよ。

そして箸の機能上、この問題フォークみたく本数を増やすことでは解決できない。

にも拘わらず“食器のあり方と作法”ってヤツを、俺たちは箸を使う時にも意識しなければならない。

ある意味、箸の持ち方より厄介な点は“こっち”だと思う。

箸は単純な構造ながら、意外にも複雑な食器ってことさ。

これから話す『箸にまつわる出来事』も、ひどく単純で複雑だったといえよう。

次 ≫
記事への反応 -

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん