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2021-03-04

[] #92-1「サイボーグ彼女

近しい間柄でも知らなくていい、聞きたくもない身の上話ってのはある。

俺も語りたがりな性分ではあるが、それでも明け透けってわけではない。

そういうものは誰にだって一つや二つ、三つや四つあるものさ。

だが世の中の人間は星の数ほどいる。

そして数多の星は無理やり並ばされ、こじつけられて星座になっていく。

……今の喩えは我ながら意味不明すぎたな、忘れてくれ。

まー、つまりだな、そういう事柄抵抗なく話せる奴もいるだろうなってことを言いたいわけだ。

なんなら嬉々として語る輩もいるだろうな。

しかし、それが両親ともなると、身内としては居心地が悪いったらありゃしない。

特に馴れ初め混じりの昔話なんて最悪だ。

「その馴れ初めの結果として、お前たち子供が生まれたんだ」って、そう遠まわしに言われているようなものからな。

そりゃあ、俺の思考回路が繊細すぎるのもあるが、やっぱり親のイチャコラなんて聞きたくない。

話の内容が興味深いかどうか以前の問題だ。

ほら、言うだろ、夫婦の組んず解れつなんて犬も食わないって。

いや、もしかしたら犬は食うのかもしれないな。

じゃあ、今回は個人的羞恥心を捨てて、飢えた畜生向けに両親の昔話をしようじゃないか



話は20年ほど前まで遡る。

当たり前だが俺たち兄弟は生まれていない。

そして両親たちも誰かと結ばれ、子供を授かる可能性なんて想像していなかった。

そういった願望が自身にあるかどうかすら真剣に考えたことはなかったという。

それは、この当時の“忙しなさ”も理由としてあった。

なにせ、今でも社会の授業とかで長々と学ばされるほど激動の時代だ。

他に気にしなければならないことが多すぎて、大半の人にとって子供だの結婚だのは二の次ですらなかったのである

特にしかったのが技術革新であり、それに伴う社会意識改革アップデート)だった。

俺の視点から現代を顧みるに、その結果は間違いなく一定の成果をあげているように見える。

しかし変化とは必ずしも進化意味せず、その経路は綺麗に整備されてもいない。

新しいパソコンOSが使いにくく感じたり、サイトデザインが変わって見づらくなったりするのと同じだ。

今まで確かだと思われていた価値観が根元から崩れ落ち、改悪を嘆く者も多くいた。

もちろん、必要性理解している人も多くいたが、新しく不確かな価値観は慣れるまで時間がかかる。

なのに日夜、行われるメンテナンス

意味があるのか分からないまま迫られるアップデート

人々はその激流に身を任せるか、必死にもがくことしかできない。

そうして蓄積される不安、不堪、不可、不穏、不軌、不平、不満……

それらは渦となり、新たな渦を呼び、より大きな渦を巻く悪循環を生む。

ある時、いよいよ、その“渦”が明確に形となり、若かりし母と父は巻き込まれることになる。

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2021-02-02

[] #91-10「13人の客」

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「私は関係者であるがゆえに、その言葉には意味を持ち、人々は耳を傾ける。その言葉主観的であろうと客観的であろうと、個人的であろうと公的であろうと」

込み上げてくる違和感の正体を突き止めるのは早かった。

いや、むしろ遅かったのかもしれない。

コンビニ業務について語れば私はコンビニ関係者だ。ブラック企業について愚痴を吐けば立派な会社員といえよう。踊れなくてもいいのならダンス関係者だってなれる。直接的に関係がなくても、少なくとも、その場において私は関係者なのだよ」

こいつが挙げている例はテキトーじゃない。

実際に、俺の身に起きた出来事だ。

まさか……あの変な客たちも、あんたの息がかかっていたのか!?

「息がかかっているというのは正確ではない。あれもまた関係者。私であり私でない存在

体中の産毛が逆立つのを感じた。

全く共通点のないバラバラピースが無理やり繋がったようだった。

たが繋がったというだけで、完成した絵が何なのかは未だ見当がつかず、それは意図的に怖く描かれた絵画よりも遥かに不気味に見えた。

「やっぱりそうか、最初から変だとは思っていたんだ」

「“最初から変だとは思っていた”か……くっくっく」

そいつは俺に背中を向けると、肩を上下に震わせた。

かに漏れ出てくる吐息から、明らかに笑っているのが窺える。

「つまり君は“半信半疑”で、“話半分”で今まで聞いてきたのだな」

「そうだ、それの何がおかしい」

自分には関係のない話を“半分も信じて”おいて、“半分も聞いて”おいて、それで何人も対応してきておいて、この期に及んで“最初から変だとは思っていた”と言い出したのだ。自分は冷静に振舞えていて、客観的情報を精査できているという驕りがなければ、絶対に出てこない言葉だ。これが笑わずにいられるものか」

こちらを見透かしてくるような嘲笑だった。

実際、俺は今まで珍客たちの素性を疑ってはいもの所詮“疑っているだけ”に過ぎなかった。

その疑いは、俺に何の影響も及ぼさない。

信じていようが疑っていようが、話をどれくらいの割合で聞いていようが、同様の接し方をしてきた。

だけど、それも含めて奴らの思う壺だったわけだ。

「一体、何の目的でこんなことを……」

「聞いてどうするのだ。そんなの君にとって、どうでもいいことだろう。それが真意であるかどうかすら君には分かりようがないし、分かることが可能だとしても、君はそのために労力を割きたくはないだろう」

そう吐き捨てるように去っていくと、“13人の客”は二度とこのビデオ屋に来ることはなかった。

結局、奴らは何がしたかったんだ。

俺が気づいていないだけで、何か重大な秘密が隠されているのだろうか。

いや、そうだったとしても、この出来事は俺にとって“盛大な冷やかし”でしかない。

たぶん奴等は、今もどこかで手を替え品を替えて、俺みたいに耳を傾ける人を冷やかし続けているのだろう。

(#91-おわり)

2021-02-01

[] #91-9「13人の客」

≪ 前

13人の客、その13人目は関係者だ。

「私は関係者

関係者……とは、このビデオ屋関係者ってことでしょうか?」

「そうともいえる」

「ああ、そうだったんですか。ご用件は何なんでしょうか」

「全体的に」

“全体的に”って何だ?

まり漠然としすぎている返答。

俺は不審に思った。

関係者って、一体どういう……」

「何らかに関係している者のこと」

「“何らか”というのは?」

「私の関わるもの全て」

ただひたすらに自身関係者であると言うばかりだ。

そのくせ何に関係している人なのかが全く分からないし、何の目的でここに来たのかも不明だ。

「全て?」

「ありとあらゆる事柄に対し、時代場所を問わず、その全てにおいて関係者であるということ」

幾度か尋ねてみたが、抽象的な回答ばかりしてくる。

“全てにおいて関係者”って、一体どういうことだ。

このままじゃ埒が明かないので、不躾だが証明書提示を願い出た。

身分証明できるものはお持ちでしょうか? マイナンバーや、車の免許など……」

「そんなものはない。より正確に言えば必要がない。なぜなら私は関係者からだ。関係者とは証明のものであり、その者が発する言葉担保のものである

いや、必要がないってことはないだろう。

俺はあんたが何の関係者で、実際にそうなのかも分かってないんだから証明にも担保にもなってない。

関係者”という肩書きに対する、その絶対的な自信はどこからくるんだ。

どうやら、この客が言っている“関係者”っていう概念は、俺が知っているものと違うらしい。

「あの、もう少し噛み砕いて説明してくれませんか。せめて具体例を挙げるなどしていただかないと」

「ふむ……例えばだが、私が教職に就く身であり、学校について何らかの言及をするとしよう。この場合重要なのは私が教職に就いているかどうかではない」

「え?」

重要なのは学校について言及した、その内容なのだ。その内容に耳を傾けても大した支障がないのであれば、それは実質的に私が関係者であることを認めているのと同義ではないか

何を言ってるんだ、こいつは。

「そんなことしても、専門的だったり現場の話とかでボロが出るでしょう」

「分からなければネットで調べたり、様々な新書を読めば取り繕える。多少のことは個人の感想なんだから誤差の範疇だ」

それってつまり“実際は大して関係ない立場で、事態を把握しているわけでもないのに首を突っ込んで、ただそれっぽいことを言っているだけの人”ってことなのでは?

それを関係者と言ってしまっていいのなら、この世の人間ほとんど関係者だぞ。

そう思い至ったところで、俺の中で何か“違和感”が込み上がってくるのを感じた。

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2021-01-31

[] #91-8「13人の客」

≪ 前

13人の客、その12人目は杖をついた老人だった。

「『愛のリコーダー』の尺八奏シーンは、若い頃に見たミュージックビデオを髣髴とさせる。写真を何枚も撮ってパラパラ漫画みたいに動かしている、随分と凝ったミュージックビデオだった」

ストップモーションアニメってことですか?」

「“パラパラ漫画みたいに”言っただろ!」

若者経験も語彙も少ないから中身のない話をしがちといわれるが、実際は老人のしてくる話も中身がない。

経験や語彙があっても、それらを整理整頓する処理能力が衰えているからだ。

結果、言葉が足りなさ過ぎたり、余剰過ぎて要点が分かりにくかったりする。

「あの尺八音色は、一体どこで聴いたんだっけか……」

若い頃に見たMVだと言ってませんでしたっけ」

「“えむびー”なんぞの話なんてしとらん。ミュージックビデオで聴いた尺八音色が、どこか別の場所で聴いたことがあると言ってるんだ」

「んー?……それは『愛のリコーダー』って映画からでは?」

「『愛のリコーダー』の話は終わっとる! 今はあの尺八音色が、どこで使われてるかって話をしてる!」

しかも、こちらが会話に参加しないと不機嫌になるし、参加したらしたで不機嫌になってくる。

いずれにしろ面倒くさくて、疲れるのは同じだ。

「なんかテレビでやっとった! ふほほ~ん、ふふ~ん……こんな感じの音色で」

ちょっとからないですね……」

ふほほ~ん、ふふ~ん!

「いや、そんなに強調されても」

この話の何がキツいって、一向に話がまとまらない割に、最終的な実りが少ないことだ。

せめて戦時中体験談だとか歴史的な話だったり、含蓄に富んだ話をしてくれるなら甲斐もあるんだが。

老人に“無人島に何を持っていくか”レベルナンセンスな話をされるのは、実際に無人島生活するよりも大変だ。

「分かんねえかな~!? ふほほ~ん、ふふ~ん、じっしょく~」

「“じっしょく”……あ、ひょっとして『食わず嫌い戦』のことですか」

食わず嫌い? ワシは何でも好き嫌いなく食べてきたぞ!健啖という言葉はワシのためにある」

「いや、そうじゃなくて……」

「言っておくが、自分から健啖なんて吹聴したことはないぞ。自然と周りが呼び始めただけだ。気に入らない飯だってあったし、そもそも質が悪くて不味いものもあった。それでもワシの青春時代は、ただでも少ない栄養を摂り続ける必要があったんだ。それに対して、近所に住んでいたケンちゃんは偏食家だった。4階建てに住む小金持ちだったから甘やかされていたんだろうな。4階建てといっても屋根裏部屋はカウントしていないぞ? 」

「あの、『食わず嫌い戦』ってのは番組コーナーのことで、お客さんが聴いたであろう尺八音色は、その番組で使われていたんじゃあ……」

「黙らっしゃい!」

こうなってしまっては、もうどうしようもない。

初めから会話はマトモに成立していなかったが、ここまでいくとその体裁すらなくなる。

この老人は、他人など関係なく喋り続けるだけの機械と化した。

「そんなケンちゃんとは学校で何かをやる度、いつも一緒だった。仲が良いのもあったが名前順の関係で一緒になりやすいんでな。ケンちゃんは偏食家で体に栄養が足りていないんで、100メートル走とかやってもワシがいつも勝ってたよ。不憫に思って一度だけ手加減したことがあるけど、それでも余裕しゃくしゃくよ。運動以外のことも苦手で、共同で行事とかやると必ず足を引っ張って周りに疎まれとったよ。まあ、これは同じ能力じゃない人間に同じことをやらせようとする共産主義遺産も原因だろう。ケンちゃん自身トロくさかったけど悪い子ではなかったしな。お昼の時間には、白と茶色しかないワシの弁当に彩りを加えてくれたし、たまに家に招待されてお菓子を振舞ってもくれた。あの時に食べたお菓子名前をワシはまだ知らないが、人生で一番おいしかたことだけは確かだ」

こんな話に俺が学べることは何一つない。

強いていうなら、歳をとっただけで人の価値は上がらないってことくらいか

年月を重ねただけで価値が上がるのはハイブランドビンテージだけである

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2021-01-30

[] #91-7「13人の客」

≪ 前

13人の客、その10人目は数学者だ。

「『マジックスピーカー』を観たんだけど、私の中では映像露骨すぎるんよね~。掛け算の仕方も違うというか~、いや、あくまで私の中では、だけどね~?」

ソーダバーガー監督完璧主義らしいですからね」

別に監督はどうでもいいんだけど、やっぱり掛け算が露骨というか~」

その数学者は、とかく掛け算に心血を注いでいるようだ。

実際、その熱量は本物のようで、高校レベル知識では全く話についていけなかった。

「その映画は知りませんが、何が露骨なんです?」

「え~と、知らないんならそのままでいいと思うよ~。私的には譲れない部分ってだけで、そんな店員さんに面と向かって言うようなことじゃないし~」

「そうですか……掛け算の仕方が違うというのは、どういった感じなんでしょう」

「ん~、じゃあ問題なんだけど、例えば“9×6”じゃなくて“6×9”の方がしっくりくるってのは分かる~? いや、分からないなら分からないで全然OKなんだけど~」

「しっくりも何も、掛け算なのだから数字の順序を変えても答えは同じでは?」

「あ~、店員さん、そのレベルか~。あ、いや、別にそれがダメって言ってるわけじゃないんですよ~?」

掛け算ひとつとっても、数学者一般人では見えているものが違うらしい。

「『ネコバター犬の夢を見る』とかも、まあ良いんだけど、そもそも供給元が最大手だと逆に困るんだよね~。0から1や2を生み出すのが醍醐味だと思ってる人間としては、原作で9とか10出されたら、それ以上の数字を出す楽しみがないじゃん~」

数学というものは俺が思っているよりも奥深く、それと同時にしがらみの多い世界のだと数学者は語る。

界隈は一枚岩ではなく、それは単なる計算処理からくる問題ではなく、時に思想主義まで交わすものらしい。

「いや、それが良いって思ってる人がいるのは分かるよ~? でも私みたいな二次ロマン主義者や擬似ロマン主義者にとっては余計というか~」

ロマン主義って数学と結びつくものだったか

それとも、俺の知っているロマン主義とは異なる歴史からまれものなのだろうか。

二次ロマン主義だとか、擬似ロマン主義っていうのも初めて聞いたし。

「リバがバリウケでバリウケるってな感じで~。いや、バリウケるかどうかは最終的に自由だよ~? でもバリウケるからにはモラル必要なわけよ~」

「すいません、そもそも言ってる意味が……」

====

13人の客、その11人目は料理研究家だと名乗った。

そんな職種は初めて聞いたが、まあ“料理科学”だというし、研究家がいても不思議ではないだろう。

「『なめくじ食堂』って知ってる?」

「え……まさか、なめくじ料理が出てくるんですか?」

「そんなわけないでしょんな!」

「でしょんな?」

自ら研究家というだけあり、その客は料理について一家言あるらしかった。

料理っていうのはね、体の健康はもちろん、ひいては心の健康にも繋がるの。それは食べる際にも、作る際にも」

ただ研究家という割に、言ってることがあまりアカデミックに思えない。

いったい、料理の何を研究している人なんだろうか。

あなた、家で料理は?」

「いえ、料理と言えるほどのことはやってないですね。そういうのに労力を使わない身なんで……」

「確かにね、献立を考えなきゃだし、素材を買い集めなきゃだし、もちろん調理しなきゃだし、食器を洗わなきゃだし、余った食材管理もしなきゃで工数が多い。そこまでして節約するくらいなら、その分バイトしたほうがいいってのも分かるよ? でも選択肢として、手札に持っとくのは人生を豊かにすると思うの」

「はあ……」

「だからね、鍋にしよう! これなら簡単だし、野菜とか栄養も手軽にとれる。鍋が飽きたらスープや煮込み料理! 具材を放り込むだけ、ね!」

「そうですね……」

相槌を打ってはみたものの、俺が活用することは一生ないだろうな。

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2021-01-29

[] #91-6「13人の客」

≪ 前

13人の客、その8人目は靴下業界の者だった。

アパレル産業の中でも、随分とピンポイント職種がきたな。

「かなり古いんですが、『麻の靴下』ってタイトルは御存知? 冬木マリが歌ってる方じゃないですよ」

冬木マリって人が歌ってる方も知らないんですけど……」

話もピンポイトすぎて、俺にはピンとこない。

店員さん、あなた衣服に気を使っていますか?」

「まあ、人並みには」

「では靴下に拘りも?」

「いえ、特に……」

「あ~、いますよね。靴に拘ってる割に、靴下には無頓着って人。靴下からって下に見てるんじゃないですか?」

そう息巻くと、持っていたカバンから様々な靴下を取り出し、俺の目の前に並べ始めた。

「中には靴を素足で履いてる人すらいる、サンダルみたいに……いや、サンダルだって靴下を合わせて欲しい」

すると徐に、営業トークじみた解説を始めた。

やっぱり映画の話と関係ない。

「足って意外と汗をかきやす場所なんですよ。そこで、この靴下は吸水性のある麻を使っているんです。しかも乾きやすくて蒸れないから夏にピッタリ! 化学繊維じゃあ、こうはいかない」

まるで、こっちが接客されてるみたいだ。

この人、まさか俺に靴下を売ろうとしているのだろうか。

「いやあ、俺ズボラなんで片方だけ失くしたりとかしやすいですし。そういったものに高い金だすのは、ちょっと……」

「それは安い靴下を買っているからですよ。安い靴下はね、紛失しやすいよう意図的設計されてるんです。薄利多売が目的の、靴下業界陰謀なんです!」

挙句荒唐無稽陰謀論まで提唱してきた。

「良い靴下があればサンタクロースや、ポッターに出てくるドビーだって大喜びですよ!」

サンタドビー靴下のものが好きなわけじゃないだろう。

====

13人の客、その9人目はこれといった特徴のない人だった。

店員さんが好きな作品オススメ作品ってある?」

「そうですねえ……お客さんがよく観るジャンルは?」

「オレ? 最近、観たのだと『深夜の黒い白鳥』とかかな」

なにか肩書き自称するわけでも、言動にクセがあるわけでもない。

尋ねてくる内容も、真っ当に作品タイトルや内容についてだ。

原作のない邦画で、現実路線作風が好きって感じでしょうか」

「あー、そうかも」

「では最近やってた、この『代々木、イン、マルマイン』とか、どうでしょうか」

「ふーん、いいんじゃない?」

「では、これ何日レンタルで? それとも、お買い上げ?」

「え?」

だが、この“普通の客”も、結局は“今まで挙げた客の中では”という意味しかない。

「え、ビデオ借りに来たんですよね」

「え?」

「だから俺に好きな作品を尋ねてきたんでしょう」

「え?」

「違うんですか。じゃあ、なんのために聞いてきたんです」

「うーん……なんでだろう?」

そこで話は終わった。

というよりも、終わらせる他なかった。

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2021-01-28

[] #91-5「13人の客」

≪ 前

13人の客、その7人目もスーツ姿だった。

ただ6人目の時とは趣が全く異なっている。

スーツは全体的にラメ加工が施されており、ビジネスシーンは全く想定されていないデザインだ。

まりの煌びやかさに、思わず目を瞬かずにはいられなかった。

「三大・エグい特殊造形の映画、『魅了のひじき』、『半生からの合体SEX』、あと一つは?」

「と、とくしゅぞうけい?」

その客は作品を尋ねてきたが、問いかけ方が独特だった。

まるでクイズを出しているようだ。

ひょっとして、クイズ番組の司会者なのだろうか。

そう考えると、確かに往年のクイズ司会者を髣髴とさせる格好だ。

「あと一つは!」

聞き方は妙ちきりんだが、要は嗜好に合った作品を探しているってことなのだろう。

特殊造型という言葉には聞きなじみがないが、この客が挙げた作品から推測はできる。

たことはなくてもタイトルは知られてるくらい、往年の名作ホラーからな。

そして“エグい”って言ってるくらいだからグロテスク要素のあるものと思われる。

その上で、近い時期の作品といえば……

「……『営利やん』、とかどうでしょうか」

俺はそう答えたが、その客は何も言わなかった。

不正解、ということなのだろうか。

その後も、司会者は似たような質問を繰り返し、俺は律儀に作品名を答えていった。

しかし、俺が何と答えようと、司会者の反応はいつも同じだ。

そうして何度か同じ応酬を繰り返した後、司会者は何も買わずに帰ってしまった。

期待は応えらず、俺は落胆する。

だが落ち着いて考えてみればなんてことはなく、その答えは簡単だった。

これは単なる冷やかしである

====

今になって考えてみれば、他の客がやってたこともほとんど冷やかしだ。

半分くらいは映画関係のない話ばかりしてきて、そのくせビデオは買わない。

下手したらレンタルすらしないこともあった。

接客仕事の内だと割り切ってやってきたものの、こうも立て続けに冷やかされるとウンザリしてくる。

雇われの身だが、対費用効果のない仕事労働力を奪われたくない。

まら店長に苦言を呈したが、返ってきたのは謎の精神論だった。

「マスダ、何で皆がウチの店にくるか分かるか?」

ビデオを買ったり、借りたいからでしょ。家で映画を見るために」

「違う。楽しい気持ちになりたいからだ」

店長営利事業にあるまじき哲学的なことを語り出した。

「ここに来る人たちは何らかの問題を抱えている。何が問題自分でも分かっていない人だっている。理由は様々だが、つまり順風満帆ではない、思い通りにいかない人生を送っている」

「それが俺のやってる接客サービスと、どう繋がるんです?」

「そんな人たちでも、場末ビデオ屋で働くバイトと話している間は順風満帆なんだよ。そんな人たちを助けるのがマスダたちの仕事だ。目に見える利益だけ追求するんじゃない」

なんだか諭されているようだが大した理屈じゃない。

とどのつまり店長は「つべこべ言わずに働け」と言ってるだけである

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2021-01-27

[] #91-4「13人の客」

≪ 前

13人の客、その5人目は水商売生業とする者だった。

映画というかドラマなんだけど、最近は『不夜城の女』とか観てるのん。ウチにくるお客さん韓流とか観る人が多くて、私も話題作りのためにねん」

水商売といっても色々あるのだが、具体的に何の仕事をしているのか、その人はハッキリとは言わなかった。

ナリからして、たぶんティーンエイジャーの俺には縁のない職種だと思う。

それを客側も知ってか知らずか、随分と勿体つけた言い回しで冷やかしてくる。

チャージって知ってる?」

「何かを貯めるんですか」

「あらやだ、“タメる”だなんて」

こんな調子に尋ねてきては、こちらが何を言ってきても笑ってくる。

若い女性を「箸が転んでもおかしい年頃」なんていうこともあったらしいが、この客もそんな感じなんだろうか。

いや、どちらかというと“意図的にそう振舞っている”ように見える。

「このテの映画ドラマとか見てると、欲望系のビジネス反社会的に思えるかもねん。だけどコンプラにはメチャ厳しいのよん。下手な上場企業よりマトモなのん

「そうなんですか。どうも不勉強で……」

「いいのよん。ウブで受け身な方が、むしろ愛嬌があるわん」

「はあ……」

この人はなんというか、『若い女性』というパッケージに『水商売』という香水ふりかけているようだった。

その人工的な匂いは、俺が未成年ということを差し引いてもキツい。

この人は多分、こちらがそう感じることを分かった上でやってきている気がする。

「ホホホ、ウッフンアッハン」

“ウッフンアッハン”って。

実際に言ってる人間、初めて見たぞ。

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13人の客、その6人目は紺色のスーツを着ていた。

正確には“スーツを着ていた”というより、“スーツに着られている”感じだ。

しかしたらスーツ買いたての就活生か、新入社員とかかもしれない。

「今さらながら『トラック企業に勤めてるんだが、もうコレラ厳戒かもしれない』観たんだ」

トラック企業とかが話題になってた頃ですね、その映画が出たの」

あんまり評判が良くないこともあって当時は観なかったんだ。結末にモヤモヤするとかで」

その客は映画について感想を語っていくが、それと同時に自分仕事に対する価値観吐露していた。

「一週周って、この映画にはリアリティがあるように感じたんだ」

その様子は達観しているというよりは諦念に近く、どこか物憂げな雰囲気を醸し出していた。

だが、それよりも気になるのは、この客のジェスチャーだ。

企業ホワイトだとかブラックとかっていうけれど、仕事の在り方ってそんなに白黒はっきりしていないというか、マーブル調だと思うんだよ。そう思わない?」

「つまりケースバイケースとか、人によって感じ方が違うとか、そういうことでしょうか」

「う、う~ん、まあ、そうともいうかな」

こちらの顔をやたらと窺っては、こちらの受け答えによらず歯切れが悪そうに返してくる。

何の意図があってやってるのか、こちらを試すような真似をしてくる。

映画とか、こういう腰を据えて時間を使う趣味コスパが悪いかもしれないね~。最近そう思うんだ」

「そうかもしれませんね」

「うん……」

「……」

どうやら、この客は俺に何かを期待しているようだ。

それが何なのかは、ついぞ分からなかったが。

奥ゆかしいようでいて、実は図々しいタイプなのかもしれない。

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2021-01-26

[] #91-3「13人の客」

≪ 前

13人の客、その3人目は元コンビニ店員だった。

「この前、『コンビニ戦争 ~研修員 VS マジ卍チーム~』ってのを観たんだけど……」

「ゲホッ、ゴホッ!」

わずむせてしまった。

全く知らない作品だったが、タイトルから漂うB級臭さに気管がやられたようだ。

いや、もしかしたらC級以下のパロディ作品かもしれない。

しかし、その作品が何級だろうが、俺にとっても元コンビニ店員にとっても大した問題ではなかった。

「期限が過ぎた弁当とかは処分されるとかいうけどね、実際は店員が持って帰ってることも多いよ」

映画感想もそこそこに、元コンビニ店員は自身のやっていた仕事について語りだした。

語る時の熱量からして、こっちこそが本題だったのかもしれない。

コンビニチキンが美味いのは、中からから加工しまくってるからなんだよ。あれはもうチキンの形をしたナニかだね」

やっていた業務ちょっとした裏事情、時勢の変化やらクレーマーへの対応などなど。

俺はコンビニで働いたことはなかったが、アルバイターとしては中々に興味深い。

パッケージ詐欺話題だけどさ、あれは一種炎上商法なんだよ。面白がって買ってくれたら儲けもんだから

それと同時に、この客の語ることは酷く“ありふれている”ようにも感じていた。

まあ、ありふれているのも当然といえば当然だ。

石を投げればコンビニに当たるような世界なんだから、元コンビニ店員にだって当たることもあるだろう。

それでも違和感が拭えないのは、この人の語ることはどうにも大それていたからだ。

世界は全てコンビニサイズになるんだよ」

「……と、言いますと?」

「そのまんまの意味だよ。後は縦に繋げるか、横に繋げるかの違いでしかない」

もはや「“元コンビニ店員”という肩書きを持つ個人」が語れるような範疇を越えている。

「小売という概念は、より広い意味となり。あらゆる規格はコンビニ基準になるんだ」

一体全体、この人は何の代表として、こんなことを言っているのだろうか。

====

13人の客、その4人目はダンサーだった。

「『閃光の舞』って知ってる? 店員さんの世代じゃないやつで、ちょっと古めの作品なんだけど」

「ああ、なんか聞いたことがあります

これまで挙げられたものとは違い、その映画に関しては少しだけ知っていた。

今回は話を合わせやすそうだ。

MVが有名ですよね。そういったスタイルの先駆けというか」

「いや、そうじゃなくて」

……と思っていたんだが、なんだか噛み合わない。

というより、最初から噛み合わせる気がないように感じた。

「君はどう思う?」

「えーと、俺は」

「まあ、それもあるかもしれないけど、僕としては……」

俺が喋られる時間は一秒ほどで、それ以上は無理やり中断して自分の喋りに移行してくる。

こちらも聞き役に徹するならそうするのに、尋ねてきた上で遮ってくるから性質が悪い。

「君はダンスとかやってるの? 学校行事とか」

とあるイベントの際に、催しとしてゲームダンスしたことありますね」

ゲームダンス~? 今はビデオゲームの話じゃなくて、ダンスの話をしているんだよ」

「いえ、ゲームダンスってのはロボットダンス亜流みたいなやつで、ダンスゲームのことではないです」

「テキトーぶっこくんじゃない、わたしダンサーだよ!」

この客は、まるで最初から最後まで話したいことを決めているようだった。

そして、それ以上も、それ以下も、それ以外も許さない。

そういったプレッシャーを常に放ち続けてくる。

この時の俺は、何かよく分からないものに踊らされ続けているようだった。

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2021-01-25

[] #91-2「13人の客」

≪ 前

13人の客、その1人目は教職員自称する者だった。

なぜ「教職員だった」ではなく、「教職員自称する者」と表現たかって?

俺はこの客を教職員だと思っていないかである

「『エースコックがいた教室』を観たんだ」

「へー」

「まあ子供にモノを教える立場としては観ておいて損はないだろうと思って」

その客は最近観た作品や、それに対する感想を話し始めた。

食育の中でも、命を食べることに焦点を当てた作品でね。子供自分考える力を与えている」

「はあ」

その過程で紡がれる言葉、振る舞い、価値観、どれをとっても教職員のそれだ。

しかし、俺はなんだか違和感を覚えた。

上手く言えないんだが、俺が知っている教職員という人種は、もっと人間くさい生き物なんだ。

身なりは整えても高潔さとは無縁で、地に足が着いているか靴底は泥まみれ。

教職員といっても色々あるだろうけれど、現場で生きる人間は大なり小なりそういうもんだろう。

だが、その客は違った。

自分教職員だと言って、教職員っぽいことを喋っている人間

酷く不気味に思えたが、それでも俺は水飲み鳥に徹し続けた。

この客が実際のところ何者であれ自分には関係のないことだし、やることだって変わらない。

実際に教職員をやっている人間も、自分のことを教職員だと言っているだけの人間も、赤の他人である俺にとっては同じなんだから

====

13人の客、その2人目は酒造りに関係した仕事をしているらしい。

この客もまた、本当に酒造りに携わっているかは怪しい人物だった。

MAIN監督の『WEDNESDAY』って観たことある?」

「うーん観たことあるような、ないような……あらすじを言ってくれたら思い出すかもしれません」

「酔っ払ったサラリーマンが、特殊部隊とかヤクザ相手に大暴れする邦画なんだけど」

「すいません、その説明で思い出せないなら俺の記憶にはないです」

客は映画に出てくる酒が、いつも扱いが悪いことに腹を立てていた。

映画業界の奴らは、酒を酔っ払って物語を動かすだけのツールだと思っている。酒には職人達の涙と汗が文字通り入っているのに」

客はそう愚痴りながら、酒の色んな種類や製造方法をくどくど説明し始めた。

「こう、素手でわさわさ~ってやるわけよ。衛生面とか気になるかもしれないけど、菌を増やすためにあえてやって「るの」

「はあ……」

「麹の近くには仮眠室があってね。具合を確かめるため、すぐ近くの部屋で寝泊りしているんだよ」

酒が飲めない俺は水飲み鳥になるしかない。

ティーンエイジャーが酒について言える事は限られている。

仮に飲める歳だったとして、この客はビデオ屋バイトに何を期待しているんだ。

ひょっとして、現在進行形で飲んでいるんじゃないのか。

そう思って鼻をすすってはみたが、その客からアルコール香りは漂ってこなかった。

この客はシラフで絡み上戸なのか。

しろ酒を飲んでいてくれた方が納得はできた。

酒税法も細かく設定されてる割には、みなし制度があったりガバガバすぎる。そのせいでストロング系とかの安い悪酒が出まくって、それを持て囃すアル中蔓延って一般人を困らせるんだ」

こっちも今まさに困っている状態なんだが、この客には分からないようだった。

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2021-01-24

[] #91-1「13人の客」

アナログビデオ屋未来はない。

風の便りによると、他国では既に絶滅したという。

これは“純経済”を“超自然”と言い替えるなら摂理の内といえる。

経営ナマモノというけれど、保全しなくてもいい生物レッドリストに入れたりはしないからだ。

人間社会感傷的に動くことも多いが、そこらへんは割とドライだったりする。

そして、こういった事業栄枯盛衰、その理由普遍的かつ単純だ。

需要供給バランスが崩れた、これに尽きる。

それ以上の真理はない。

なのに“それ以上”を求める人は後を絶たない。

色んな場所で、色んな肩書きの人たちが、色んな横文字で語ってやろうと躍起になっている。

丁半博打に、何面のサイコロを何個使うか思考を巡らせているんだ。

だが、そんなことにも一定需要存在する。

有形無形によらず、需要があるところにリソースを割いて供給する。

その点において彼らのやっていることは生産的だし、立派にビジネスとして成立しているといえよう。

から場末ビデオ屋が未だに残り続けて、そこで俺がバイトをしているのなら、何らかの生存戦略が功を奏しているってことだ。

もちろん「少なくとも」、「今のところは」という但し書きはつくが。


じゃあ、具体的に何をしているかというと、やるべきことは大きく分けて二つだ。

ひとつは大型チェーン店VOD対応しきれない作品を、臨機応変に取り扱うこと。

店長、『クリスマスストーリー』ってあります?」

「どのクリスマスストーリーだ? モノによっては取り寄せないと」

「……えー、全部らしいです」

「分かった」

「分かったんですか」

もうひとつ地域密着型の、ニッチで気安い接客サービスだ。

このビデオ屋で働く従業員映画通が多く、まるで友達のように作品について語り合うことができる。

ラスト独楽が回り続けているどうかで議論している奴がいるが、何にも分かっちゃいないよな」

「その通り。どちらにしろ主人公あの世界を選んだってことが重要なのに」

「まー、クリストファー・ノーヒットの作風は、それだけ考えを巡らせる甲斐があるのも確か」

そんな中、俺は映画に詳しくもなければ熱心でもないバイトだった。

首を上下に振るだけの水飲み鳥になりがちで、たまに喋ってもオウム返しをするだけ。

「この監督が、うんたらかんたら」

「へえ」

「あーだこーだ」

「なるほど」

なんやかんや」

なんやかんや?」

我ながら真摯接客態度とはいえないが、意外と贔屓にしてくれる客は多い。

店長曰く、「喋りたがりの人間にとって、余計なことを言わない相手の方が都合がいいから」なんだとか。

まあ、それで金が稼げるんだから俺としては文句ない。

強いて気がかりな点を挙げるなら、“妙な客”と対面しやすいってことくらいか

トラブルを招くほどではないし、迷惑行為ってほどの言動でもない。

ただ自分の中にある危険信号が、常に黄色を照らし続けている、そんな存在

今回は、その中でも俺が印象的だった“13人の客”について話そう。

ただし俺は“彼ら”の言っていることを話半分にしか聞いていないため、かなり要約していることは踏まえてほしい。

こんな注釈をわざわざする意味を、めいめい咀嚼しつつ聞いてくれ。

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2020-12-24

[] #90-13「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

俺たちはドッペルを追いかけた。

だけどスタートダッシュで引き離されているのもあって、差を縮めるのは困難を極めた。

さらにドッペルは右に曲がったり左に曲がったり、フェイントを入れて直進したりしてくる。

俺たちはそれに後手で反応しなくてはいけないので、どんどん心身が削られていく。

特に痛かったのは、最も体力のあるシロクロが早々にリタイアしたことだ。

「回り込んでやるぜ」と別ルートを走っていって、それっきり。

あいつのことだから、たぶんドッペルの逃げる方向と逆に行ってしまったんだろう。

「シロクロは当てにできなさそうだけど、私たちも回り込むべきかしら?」

「だめだ、その隙にドッペルに変装されたら見失ってしまう。このまま視界に入れ続けて追いかけるべきだ」

この時、参謀役のミミセンは既に体力の限界がきており、脳に酸素が行き渡っていなかった。

そのせいで「三手に分かれるなりすればいい」という発想が出てこなかったんだ。

ブレインであるミミセンがその調子なのだから、俺とタオナケはひたすら走り続けるしかない。

アドレナリンっていうんだっけ。

そういうホルモン的なものが分泌されまくって止まらないんだよ。

「待ってくれ……」

「話を、話をしましょう……」

「もう話すことなんてないよ!」

「いや、ある、あるはずなんだ!」

ここで見失えば、ドッペルは二度と俺たちの前に姿を現してくれない。

そんな漠然とした不安けが、今の俺たちを突き動かしていたんだ。

実際のところ、クラスメートから明日には学校で会えるんだけど、そこまで考えを巡らせる余裕はなかった。

ドッペルが走り出したから、こっちも思わず走った。

大した理由なんてないけれど、この時の俺たちにはそれで十分だったんだ。

…………

どれくらい経っただろうか。

ドッペルは走り疲れて、その場にへたり込んだ。

それを確認したと同時に、俺も近くで崩れ落ちる。

こっちも本当にギリギリだったので助かった。

それから十数秒後にタオナケが、少し遅れてミミセンが到着。

「はあ……こんなに走ったの久しぶりなんだけど、前は何の時だったっけ」

「え、と……確か、おにぎり昆布事変」

「ああ、それよ、それ。あの時はドッペルがいたから、もう少し楽できてたけど」

「た、タオナケも超能力使えてたしね」

息を切らしながら、ドッペルとタオナケは何気ない言葉を交わした。

まるで最初から何もなかったかのように。

「それにマスダの兄ちゃんもいたから」

「あ、そうだったかしら」

「そうだよ。あの人がいたか解決できたんだよ」

結局、ドッペルの言っていた“自分”とは何なのか、その答え合わせはしなかった。

タオナケが気になっていた恋愛模様も分からずじまい。

でも、そんなこと関係ない。

本音で包み隠さず、何でも話すことだけが仲間の条件じゃあないからだ。

「見つけたぞ! ここまでだドッペル!」

「遅いよ、シロクロ」

ほぼ事態収束した後に、ようやくシロクロが戻ってきた。

「お前……マジで何してたんだよ」

「走るなら水分補給必要だろう!」

そう言って袋からペットボトルを取り出すと、それぞれ俺たちの方へ放り投げてきた。

気を利かせたつもりなんだろうけど、そもそもシロクロがヘマしなければ、こんなに汗をかかなくて済んだんだ。

言い知れぬ不満を抱えながら、俺たちはペットボトルの詮を開けた。

プシュッと大きな音をたて、飲み口からどんどん液体が溢れてくる。

「シロクロ、これ強炭酸……」

まあ、お汁粉とかコーンポタージュじゃないだけマシってことにしよう。

(#90-おわり)

2020-12-23

[] #90-12「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

「要は君らの気にしていたことはマクガフィンに過ぎないってことだ。そこが重要だと考えるのは作り手と一部の狂信的ファンだけ。ヒッチコップの教えを忘れちゃいけない」

いきなり話に割り込んできたのは、兄貴バイト仲間だった。

俺たちの会話をいつから聞いていたのだろうか。

そんな疑問を挟む余地すら与えず、その人は捲くし立てるように語りだした。

大衆的なデートムービーや、アーティストが主演の映画とかあるが、ウットリ観ている彼女ウンザリしている彼氏という被害は後を絶たない。その状況を穏当に拒否できる言葉彼氏は持っていないからだ。大人が良かれと思って見せた作品を、子供が黙って見るしかないのと同じ状態だね」

どうやら映画の話に絡めて何か言いたいようだが、俺たちにはピンとこなかった。

兄貴の話も分かりにくかったけど、この人の話は輪をかけて分かりにくい。

あいつは隙あらば語りたいだけだから無視していいぞ。発作みたいなもんだ」

兄貴はこの状況に馴れているようで、喋り続けるバイト仲間に一瞥もくれない。

素っ気ないように思えるけれど、あっちはあっちでお構いなしにマシンガントークを止めない。

「ああい純愛映画とかラブコメにありがちだが、上映中にイチャイチャするシーンはいい加減やめるべきだ。使い古されたシチュエーションだし、ちゃん映画を観賞しろ貴様らとつくづく思う」

「さて、あいつが休憩所に来たってことは、そろそろ俺は交代で出なきゃいけないな」

なんというか会話のドッジボール、いやドッジボールとすら言えない状況だ。

それでも良好に成り立っているんだから、人と人の関係って思っていた以上に奥深い。

たぶん俺たち仲間の関係だって、同じくらい大らかなはずなんだ。

「お前らも、そろそろ出て行け。本当なら部外者立ち入り禁止なんだからな」

兄貴は近くにあった手ボウキを持つと、それで俺たちを追い立ててくる。

「立ち去れ、早う去ね」

さっきまで繊細な話をしていたとは思えないほど、ぞんざいな態度で接してきた。

穂先のチクチク感と、こびり付いた埃が襲いかかる。

俺たちはたまらず、その場を後にした。

…………

さて、後はドッペルをどうにか探して、こうにか仲直りするだけだ。

会ったら何を話すべきかは、まだ決めていない。

ただ、話すための心構えはできたような気がしていた。

「あ……」

そうはいっても、この出会いはグッドタイミングすぎる。

なんとビデオ屋から出た途端、ドッペルと鉢合わせしてしまったんだ。

たぶんドッペルも色々と考えを巡らせて、兄貴に協力を求めにきたのだろう。

「い……」

「う……」

互いに気まずい空気流れる

先にその空気に耐え切れなくなったのはドッペルのほうだった。

「え!?

ドッペルは踵をかえすと、全速力で俺たちから離れていく。

「お、追いかけよう!」

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2020-12-22

[] #90-11「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

「俺はドッペルを弟と見間違えた。その状況を切り抜けるため、どうしたか思い出してみろ」

「えーっと、陽気に振舞ってウヤムヤにしようとした?」

「確か、気のいい兄(にい)さんをイメージしてたんだよね」

「厳密には、気のいい兄(あんちゃんだ」

そこ重要なのか。

「実際に上手くやれたか、我ながら疑問は残るがな。しかし“自分が思う何か”として、そう振舞おうとした。それが重要なんだ」

「それがドッペルのことと関係があるの?」

兄貴は「まだ気づかないのか」とでも言いたげな目線こちらに向けてくる。

「“振舞おうとした”を“演じた”とか……“変装”と言い換えたら、さすがに分かるだろう」

そこまで言われて、俺たちはようやく理解した。

“ハッとした”なんて簡単に言いたくないけど、他に適当言葉が見つからないほどの衝撃だった。

まり兄貴自分のやったことが、ドッペルのやってることと変わらないって言いたいんだ。

そして世の中をよくよく見てみれば、大なり小なり皆やってることなんだ、と。

「俺は別に、それが一概に悪いことと思っちゃいない。そうして育まれ関係がニセモノだなんて断言できるほど、この世界は確かなもので溢れちゃいないからな」

不確かな世界を裸一貫で生き抜くのは、とても難しいことだ。

から寒い時には防寒具が必要だし、夏には薄着で、海に行けば水着を身にまとう。

ドッペルの取り繕いも、大局的に見れば同じことなんだろう。

「ドッペルの言葉を代弁するわけじゃあないが……」

そう前置きをしながら、兄貴は話を続けた。

「“ありのまま自分”なんて言うがな、それは酔っ払った奴を見て“あれがあいつの本性”とかいう、そんな単純なレベルじゃない。俺はそう思っている」

兄貴の考える“自分”ってのは、もっと豊かなものだった。

人と人が関わる時、自分相手意識し、状況によって言動を変える。

他人にどう思われたいか自分自身をどう思うか。

そのためにどう振舞うか、それも“自分”の内なんじゃないだろうか。

ドッペルの変装や物真似一つとってもそうだ。

そこには何らかの後ろめたさや、他人秘密にしたい想いだってまれいるかもしれない。

からといって、いや、だからこそ人生の一部ともいえるんだ。

簡単に切り離していいもんじゃあない。

あれは自分を隠しているようでいて、自分表現する手段にもなっているんだ。

「そう考えると、私の言ってた“ありのまま自分”は随分いい加減だったわね……」

事態の発端であるタオナケも、ここにきて自分の非を、心から理解したようだ。

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2020-12-21

[] #90-10「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

「それが今のドッペルを形作っている、いわばルーツってわけだね」

なぜドッペルがそうしようとしたのか、具体的な理由はハッキリしない。

そりゃあ、いくらでも推測はできる。

ドッペルは一人っ子だ。

兄弟という関係性に憧れがあって、俺の格好を真似ている、とか。

或いは、兄貴に何らかの思いが芽生えたというのもあるだろう。

初会話のきっかけとなった人違いが転じて、今の変装技術に繋がったとも考えられる。

色々な理由が複雑に絡み合い、その中には俺たちじゃあ全く想像もつかないものが含まれいるかもしれない。

兄貴なら、それが分かるんだろうか。

「俺は別に、ドッペルのルーツがあるつもりで話しちゃいない。何が、どうやって、どのくらい影響したかなんて実際のところ把握できるわけないだろ」

だけど兄貴の返答は、あまりにも肩透かしものだった。

「じゃあ、今の話に何の意図が?」

「今のは、あくまで俺目線での、ちょっとしたエピソードに過ぎない。それでも、今のお前達が求めてるであろう答え、そこに繋がる方程式存在している」

「え、どこに」

「少しは自分で考えたらどうだ……お前らの学校じゃあ、先生の話を聞くだけでテストで満点とれるのか」

兄貴皮肉まじりに溜め息を洩らす。

その時の表情は、どこかで見覚えがあるものだった。

ああ、アレだ。

計算問題宿題を手伝ってくれた、あの時と同じ顔をしている。

兄貴が式の説明をどれだけ丁寧にやっても、俺はロクに問題を解けなかった。

いや、解く気がなかったんだ。

あわよくば兄貴宿題をやってくれればいい、そういう淡い期待を捨て切れなかったから。

そして、この場において、そんな期待をしていたのは俺だけじゃなかったらしい。

みんな補習を承知の上でテスト用紙を出すしかなかった。

言い訳させてもらうけど、この問題例は私たちには難しすぎるわ」

「俺が思っている以上に、お前らはガキだってことか。そんなガキ相手大人気ない出題をした、こちらの落ち度だな」

そういうことにしといてやる、という言葉が密かに続くのを察した。

「俺の話から変な妄想されても困るしな。仕方ないか出血サービスだ。今回だけ、答えギリギリのヒントを提供してやるよ」

兄貴は気だるそうに答え合わせじみた解説を始めた。

「さっきも言ったように、あの話は俺目線のものだ。つまり視点を合わせるべきはドッペルのほうではなく、俺の言動ということが分かる」

そもそも僕たちはドッペルのことが知りたくて話を聞きにきたのに。なんでお兄さんの方に注目しないといけないんだ」

「そこで思考ストップするから、お前らはガキなんだ」

事実とはいえ、俺たちを事あるごとにガキ呼ばわりしてくるのは癇に障る。

だけど、ここで大人しく耳を傾けることが、今の俺たちにできる唯一の大人らしい態度だった。

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2020-12-20

[] #90-9「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

さすがに弟と間違うなんて失礼すぎる。

そりゃあ、もう焦った。

当時は、ほぼ面識のない相手だったからな。

弟の友達だが、無口な子だったからマトモに話したことはない……くらいの印象だった。

その程度の間柄なのに、ちょっとフザけた感じで声をかけてしまったのも気まずい。

だが一度そう振舞ったなら、なかったことにはできなかった。

俺は気さくな対応を崩さず、徐々に軌道修正することにしたんだ。

「俺のこと覚えてるか? いつも弟が世話になってます、なんだが」

やや大袈裟に身振り手振りを交えながら、俺は一方的世間話を始めた。

シチュエーションイメージは、こうだ。

俺は気のいい兄(あんちゃん

弟の友達を見かけたので、何の気なしにしかけた。

弟と呼んだのは冗談、もしくはあっちの聞き間違い。

そう遠まわしに思わせて、有耶無耶にしようとしたのさ。

「帰り道こっちなんだな。ご近所さんとは知らなかったぜー」

だけど俺は演劇部じゃあない。

アドリブ時間をかければかけるほど苦しくなっていく。

「……お?」

その時、俺の顔に何か冷たいものが当たったのを感じた。

今まで中ぶらりんだった天気が、いよいよ本格的に傾こうとしていたんだ。

“天の恵み”なんていうけど、正にこういうことなんだと思ったね。

「ごめんな、引き止めて。お詫びと言っちゃなんだが、これ使えよ」

俺は話を強制終了して、手ぶらだったドッペルに傘を握らせた。

しかしたら折りたたみ傘を持っていたかもしれないが、どちらでもいい。

とにかく、この場から自然に立ち去れる機会だったからな。

「遠慮すんな。兄は弟を大事にするもんだ。弟の友達は、同じ弟みたいなもんだよ」

申し訳なさそうにするドッペルに、俺は気にするなと言いながら退散した。



「いま考えても、我ながら強引な対応だったな」

兄貴は気恥ずかしそうに、そう語った。

「そこは相合傘くらいしてほしかったな~」

その話に対し、またタオナケはこじらせた感想を言っている。

まあ確かにマンガのように綺麗じゃないし、劇的なエピソードとは思えない。

それでも、ドッペルにとって何か感じ入るものがあったのだろう。

実際、俺の変装をし始めたのも、その頃だった気がする。

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2020-12-19

[] #90-8「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

「そういう個人的な内実を知るのって、一定信頼関係を得てこそだと思うんだが。お前達のやっていることは順序が逆だ。信頼回復のためにやっているのなら、こそこそ探るようなもんじゃない」

「分かってる。それでも知らなきゃダメなんだ」

そう押し通すしかなかった。

兄貴屁理屈で言い包めるなんて俺たちには無理だ。

もちろん審査を通るような担保なんて持っちゃいない。

そんな要領があったら、そもそもこんな状況にはなっていないだろう。

から信用を得るには、もはや情に訴える他なかった。

「掘り起こしたせいで土壌が崩れる、なんてこともあるんじゃないか? かえって関係悪化するかもしれない」

「それで怪我するなら、僕たちの不注意だよ」

俺たちは“自分が考える最も真剣な表情”をして、兄貴情熱的な眼差しを向けた。

だけど兄貴の目には大分“クサく”映ったようだ。

「はあ……どうせ開けてみるまで分からないしな」

兄貴は溜め息を吐きながら、呆れ気味にそう言った。

俺たちの真心は伝わらなかったようだけれど、なぜか話す気になってくれたらしい。

「そうだな昔の話をしよう……っていうほど昔でもないが」



俺がドッペルに初めて会った日だ。

正確に言えば、俺が始めて認識した日というべきかもしれないが。

独特な天気だったか記憶に残ってる。

俺は帰路の途中だった。

空には暗雲が立ち込めていて、今にも降り出しそうな湿気を感じる。

まあ傘を持っていたか別に問題なかったんだが、なかなか雨が降らないのがもどかしくてな。

ときどき小さな水滴が肌を掠めるような感覚はあっても、傘を差すようなレベルじゃあない。

いっそのことドシャ降りにでもなってくれたらいいのに、なんて思う程だったよ。

そんな状態が続いたまま、家に着くまで残りわずかってところかな。

前方に弟の、お前の後ろ姿が見えたんだ。

「え、俺?」

回想に割り込んでくるな。

当然、実際は弟じゃなくドッペルの方だ。

その時は変装してなかったようだが、霧が出ていたせいでボヤけてたんだよ。

あいつは当時から立っ端は同じくらいあったし、遠くからだと見分けなんてつかない。

それで同じ学生鞄を持ってて、俺の家近くを歩いているってなったら、勘違いしてもおかしくないだろ?

俺は懐疑なんて全くなく、小走りで駆け寄ったさ。

「よー、弟よ!」

そう呼びかける段階で、俺はやっと明確な違いに気づいた。

その時には、もはや手遅れ気味だったが。

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2020-12-18

[] #90-7「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

こうして俺たちは、兄貴バイトであるレンタルビデオ店へとやってきた。

「冷やかしなら帰れ」

兄貴は開口一番これだ。

職場に身内が進入してきたわけだから、あっちからすれば邪魔なのは分かるけれど。

「どうしても冷やかしたいなら、そうだな……さすがに俺も“消え失せろ”とまでは言わん。ただ、無口な透明人間でいてくれればいい」

「客に対して随分な態度じゃん。今の俺たちは一応お客様なんだぜ」

「客ってのは金を払う人間のことを言うんだよ」

俺たちがビデオを借りに来たわけじゃないことはお見通しらしい。

そして、その時点で俺たちへの扱いは確定しているってわけだ。

「ここはサービスってことでさ、ちょっと話そうよ」

外国チップ文化があるのはな、サービス別売りからなんだよ。場末ビデオ店で働く時給980円の店員に、基本無料サービスなんて期待するな」

取り付く島もない。

しかし、ここでビデオ屋の店長が助け舟を出してくれた。

「そう邪険にしてやるな。ちょっと早いけど休憩時間やるよ」

そう言って、颯爽と立ち去る店長

その後ろ姿を、兄貴は恨めしそうに見つめていた。

「休憩時間が増えてよかったね」

休み時間が増えても、学校にいる時間は減ってないのと同じだ」

…………

俺たちは休憩所にて、これまでの経緯を簡単に伝えた。

「……それ、俺がどうこうすべきことなのか? お前達の仲が修復されるかどうかは、そっちの問題だぞ」

兄貴の指摘は至極当然だろう。

とはいえ、こっちとしても色々と考えた結果なんだ。

仲介とかして欲しいわけじゃないよ。ただ俺たちの知らないドッペルについて、知ってることがあるなら聞きたいんだ」

「ドッペルについて俺が知っていて、お前らが知らないことねえ……」

兄貴は眉間のしわを伸ばしながら、十数秒ほど考える素振りをしている。

それは記憶を漁っているというよりは、言葉選びに迷っているようだった。

「お前らは、俺の口から聞きたいのか?」

そうして選ばれた言葉は、とても含みのあるものだった。

心なしか、さっき門前払いしようとしてきた時より棘があるように感じる。

「え、そんなにヤバい話なの?」

「いや、それほどでもないが。あくまで俺の見解からな。ドッペルがどう思うか……」

兄貴が言うべきかどうか迷っている理由が分かった。

まり俺たちが現状知らないことがあるならば、それはドッペルが知らなくていい(または知って欲しくない)と判断しているからじゃないか

それを第三者が話すのは、かえって問題をややこしくするのではと危惧しているんだろう。

いま兄貴は、俺たちに話す価値があるか値踏みしているんだ。

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2020-12-17

[] #90-6「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

俺たちはドッペルの真意を読み取り、その葛藤理解しなければならない。

だけど今の俺たちでは話にならない。

そもそも現時点で分かるようなことなら、こんな事態には陥っていないだろう。

そのために、まずは情報収集だ。

「アテはあるの?」

「少なくとも道端には転がってないだろうな」

あいつは引っ込み思案だ。

それに他人と接する時は、基本的に何らかの変装をしている。

大して面識のない相手から情報を得ても、それがドッペルのことなのか判断できない。

となると、信頼できる情報ソースは限られてくる。

カバンの中、机の中!」

「どうやって調べるんだよ。もしバレたら、それこそ絶交ものだぞ」

「まあ、身近な物を調べたり、身内に聞くのが近道なのは確かだろうね」

「やっぱり、子供のことを知ってるのは親でしょ」

「いや、身近な相手からこそ秘密にしていることだってあると思うよ」

「どちらにしろ親に聞くのはナシだ。自分の親が『あの子はこんな感じなんです~』とか友達に話してるの想像してみろよ」

「……キツいわね」

その気になれば必要情報簡単に集まるだろう。

けれど、それはドッペルの家に土足で入るような方法ばかりだ。

まあ国によっては家の中でも靴を履いたままらしいけれど、問題はそういうことじゃあない。

俺たちが今やってるのは、ドッペルのことを理解し、尊重するためのプロセス

それで人様の家に足跡をつけておいて、「お前のことを尊重している」なんて嘘つきのやることだろ。

さっきタオナケがやったことと大して変わらない。

郷に入れば郷に従え、親しき仲にも礼儀ありってことだよ。

から細心の注意を払い、俺たちは最低限のピースだけで何の絵かを当てなければならない。

そこで挙がってきたのが俺の兄貴だった。

「思ったんだけど、私がマスダのお兄さんとドッペルのことを聞いたのが始まりでしょ」

「いや、ことの発端はそうかもしれないけど、直接の原因はそこじゃないよ」

まさかタオナケ。兄貴とドッペルをどうこうすれば万事解決すると思ってるのか? 少女漫画じゃねえんだから

「え~? タオナケの読んでる漫画って、そんな感じなんだ……。つくづく流行ってのは読めないね

あんたらの少女漫画に対する偏見は保留にしといてあげる。私が言いたいのは、お兄さんに聞けば間接的なヒントくらいは得られるんじゃないかってこと」

「ああ、そういうことか……」

だけど兄貴の知ってることも俺たちと似たり寄ったりだと思うんだよなあ。

とはいえ、他に聞けそうな人が思いつかないのも確かだった。

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2020-12-16

[] #90-5「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

「何なのよ、いったい……」

辺りに重苦しい雰囲気が漂う。

タオナケはその居心地に耐えられず、蚊帳の外だった俺たちに助けを求めた。

やっと頭が冷えてくれたらしい。

俺たちも、途中で止めるべきだったという負い目があるので一緒に考えることにした。

「私、間違ったこと言ってないと思うけど、何か悪いことした?」

「間違ったかどうかと、悪いことしたかどうかは似て非なるものだよ」

「些かデリカットがなかったな!」

「……もしかしてデリカシーって言いたいの?」

「シロクロは黙っててくれ。いまボケられると話がこんがらがる」

まあシロクロの言ってることも的外れってほどじゃない。

ドッペルが怒ったのは、タオナケの無神経な発言理由だろう。

だけど具体的に何がどうダメだったのか、本当のところは俺たちにも分からない。

からいからこそ、慎重に距離を詰めるべきだったんだろう。

下手に踏み込みすぎると、今回みたいに深い溝ができてしまう。

そして踏み込んだ側が開き直ると、その溝はずっと埋まらない。

それはタオナケも分かっていて、望むところではなかった。

から俺たちの意見に納得いかない素振りはしつつも、いつもの調子反論はしてこない。

「何にしろ、悪いと思ってるなら、それを伝えるべきじゃないか

「そう、ね……とりあえず謝った方がよさそうね」

「じゃあ、ドッペルを探しに行こう」

こうして、ひとまず話がまとまったように思えた。

「そうだ! とりあえず謝れば、とりあえず許してくれる!」

だけどシロクロの何気ない言葉に俺たちはギクリとした。

かに、謝ればドッペルは許してくれるだろう。

でも“とりあえず謝った”ところで、それは“とりあえず許された”だけ。

たぶん根っこの部分で、俺たちの関係はギクシャクしたままだ。

「あやま~るなら、たいどでしめそ~よ」

シロクロは手を叩きながら、即興の歌を披露している。

なんだか遠まわしに馬鹿にされている気分だけど、歌っている内容は尤もだ。

本当の意味で謝るなら何に対してなのか理解し、そこに誠意を込めないといけない。

「『自分が何者かって考えたことはある?』……か」

あの時ドッペルが投げかけた言葉意味を、俺たちは知らないままだった。

たぶん、そこに重要ファクターがある。

とても単純にも思えるし、捉えどころがないようにも思える問い。

もちろん今の状況で、ドッペル本人に聞いても答えてはくれないだろう。

そりゃあ、仲間だからって全てを分かち合う必要はないかもしれない。

でも「言ったところで、どうせ理解されない」と思われたたままなのは、仲間として致命的だ。

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2020-12-15

[] #90-4「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

「見た目が全てじゃないけど、第一印象になりやすいのは確かなんだからもっとオシャレに気を使うべきよ」

「い、いつも色んな服に着替えてるよ」

あんたのそれは変装用でしょ!」

タオナケの明け透けな態度に、ドッペルはしどろもどろな応答しかできない。

そんな、ほぼ一方通行なやり取りが、しばらく続いた。

二人の価値観は、なんだか根本的な部分で噛み合っていない。

いわば水と油といえた。

この場合、どちらが水で、どちらが油かは知らないけど。

いずれにしろ我慢限界が来るのは時間問題だ。

そして大方の予想通り、それが先にやってきたのはタオナケの方だった。

「あのねえ、こういうのって色々と理由をつけて複雑な問題にしたがるけど、実際のところ答えはシンプルよ。自分がどう思い、それに対し自分がどう行動するか」

「は……はあ」

「そこには数学で習う方程式なんていらないし、電卓必要なほど膨大な数も要求されない。私たちガキでも解ける、算数レベルの単純な問題なの。ドッペルは分かりきった答えを先送りにしているだけよ」

タオナケの言葉はどんどん熱を帯びていく。

それはアドバイスのようでいて、煮え切らないドッペルを半ば責めているようにも聞こえた。

あんた人見知りだから、誰かを演じることで緊張しないよーにしてるんでしょ。“ありのまま自分”を見せることが怖いから!」

「“ありのまま自分”……?」

だけどドッペルがいくら消極的とはいえいくらなんでも踏み込みすぎたようだ。

タオナケの言葉の何が、どのように作用たかは分からないが、それは確実にドッペルの神経を逆なでしていた。

「あー!」

ドッペルはおもむろにマスクを外すと、か細い声を精一杯にはりあげた。

そして狂ったように両手で髪をかき乱し始める。

突然のことにタオナケ含めた俺たちは戸惑うしかなく、ただその様子を見ているだけだった。

「はあ……はあ」

肺の酸素がひとしきり出て、ドッペルは息を切らす。

呼吸を整えながらグシャグシャになった髪型を直している。

すると、そこには俺そっくりの人相が現れ始めた。

それはドッペルお得意の変装であり、その中でも十八番モノマネだった。

普段なら仲間でも見分けるのが大変なほどだけど、さすがにこの状況では変装効果は発揮されない。

それでもあえてやった意味を、俺たちは何となく分かっていた。

タオナケが“ありのまま自分を”と言って間もなく変装して、“自分以外の誰か”の姿をしてみせる。

それは明らかな拒否反応を示していた。

タオナケはさ……自分が何者かって考えたことはある?」

ドッペルは俺の喋り方を真似ながら言った。

タオナケは質問意図を図りかねているようで、漫然と答えるしかない。

「言ってる意味が分からないんだけど、考えるまでもないわ。私は私、それ以上でも以下でもないわ」

清々しい回答だ。

しかし、ドッペルの表情は曇っていく。

多分そういうことじゃないんだろう。

「もういいよ、これ以上タオナケとは話したくない」

あいつにしては珍しい、仲間への敵意と嫌悪言葉

それを残して、ドッペルはその場を去っていった。

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2020-12-14

[] #90-3「惚れ腫れひれほろ」

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ドッペルが俺の兄貴好意を持っているのは、仲間はみんな知っている。

だけど、その好意がどんな色をしていて、どんな形をしているかボンヤリとしていた。

たぶんドッペル自身もよく分かっていないんだと思う。

俺たちはガキだから自分気持ちすら上手く捉えきれない。

そんな状態で無理に型にはめようとすれば歪なものになってしまう。

四角いスイカってあるだろ?

あれって容器に入れて、その中で成長させて作ってるんだ。

大人の発想としては、かなり強引だよな。

そんなことまでした挙句、あれって食用じゃないんだってさ。

あの形にするために手間隙かけて“団子より花”を作ってるんだ。

まあ花の方がいいって奴もいるんだろうけどさ、ドッペルの気持ちは観賞用じゃないだろ。

そして他人が食い荒らすものでもない。

それはタオナケだって分かっているはずなんだけど、この時のあいつは冷静じゃなかった。

「ねえ、ねえ、ドッペル。ロマンス育んでる~?」

「ろ、ロマンス……?」

「そうよ、ロマンスは死なないの! 初恋ゾンビとなるのよ!」

意味不明なことを口走るタオナケに、内気なドッペルは戸惑うしかない。

恋は盲目なんていうけれど、第三者立場でもそうなるんだな。

今のタオナケには、ドッペルの困った顔が見えていないようだ。

「何もないのなら何かしなきゃだめよ。失敗を怖がってはダメ。失敗しない人間は何もしない人間だけなんだから

なんだか自己啓発セミナーじみたことを言っているが、たぶん漫画受け売りだろう。

タオナケは善意でやってるんだろうけど、あれほど“余計なお世話”といえる状況も珍しい。

時代が違えば、地元お見合い斡旋する「お節介おばさん」として活躍たかもな。

「うーん、そろそろ止めるべきか」

俺は二人の間に割って入ろうとする。

このまま続けさせるとドッペルが可哀想だ。

タオナケも頭が冷えれば、自分の図々しさに気づくだろう。

「マスダ、ちょっと待って」

しかし仲間のミミセンが俺を止めてきた。

「今のタオナケは恋愛模様に飢えている。いま止めてしまうと、かえって悪化させるかもしれない」

そう言われてみると確かにそうかもしれない

最近、知り合いにタバコをやめたがってる人がいたんだけど、その人はすっぱりやめるわけじゃなくて吸う量を少しずつ減らすようにしているらしい。

無理やり我慢すると禁断症状が出て、かえって日常生活に支障が出るからだ。

まあ結局その人は今でも喫煙者のままだけど、やってること自体は筋が通ってる。

まり今のタオナケも、恋愛模様から遠ざけると危険ということだ。

ましてやタオナケは超能力者だ。

恋愛脳の状態で機嫌を損ねれば、いつ念動力が暴発してもおかしくない。

俺の一張羅も、それでズタズタになったことがある。

あの時は泣いたなあ。

ドッペルには(それと兄貴には)気の毒だけど、タオナケが落ち着くまで話を合わせてもらおう。

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2020-12-13

[] #90-2「惚れ腫れひれほろ」

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だけど、この日のタオナケは、しばらく経っても瞳の輝きが治まらなかった。

「あ~あ、どっかにいい感じの恋愛模様(ラブ・パテーン)転がってないかな~」

儚げに虚空を見つめながら、なんだかよく分からないことを口走っている。

タオナケのやつ、なに言ってんだ」

「僕の見立てだと、あれは依存症の類だね」

仲間のミミセンが言うには、タオナケは“何らかの成分”を過度に欲している状態らしい。

それが恋愛模様に含まれていて中毒引き起こしているんだとか。

恋愛モノの見過ぎで、そんなことになるのか? 酒やタバコじゃあるまいし」

タオナケが恋愛モノを見てるとき、よく“甘酸っぱい”って言ってただろ。つまり砂糖が含まれてるんだよ」

そういえば聞いたことがある。

砂糖には中毒成分があって、それは下手な麻薬より強力だと。

まさか砂糖あんものにまで含まれていたなんて。恐ろしい話だ」

「マスダが思っているよりも、この世は中毒になるもので溢れてるんだ。大抵の場合は摂りすぎなければ問題ないんだけど……」

“過ぎたるは猶及ばざるが如し”なんて言葉現代でも残っているのは、人間はそれだけ程々に楽しむことができない生き物だからなんだろう。

摂取することが日常になると、満足に必要な量はどんどん増えていってしまう。

タオナケはその加減ができなくなっているんだ。

まあ、傍から見ていて、病的なまでに熱中していたからな。

本当に病気になったとしても不思議じゃあない。

「それにしても、タオナケのやつ。“恋愛”ではなく“恋愛模様”が欲しいんだな」

まり恋愛のものを欲してるわけじゃなくて、あくま恋愛に含まれる糖分を摂取したいだけ。

酒の味が分からなくなるほど酔っ払ってる人間が、それでも酒を飲み続ける状況に近い。

「恋のアウトサイダーになれないかしら……」

そう言いながらタオナケは周囲をキョロキョロ見渡し始めた。

どうやら、とうとう酔っ払い他人に酒を飲ませようとしてくる段階らしい。

自称恋愛上級者による、ラブハラスメントが始まろうとしていた。

「そういえばさ、マスダのお兄さんとは今どんな感じ?」

「え……?」

今回、その被害者は仲間のドッペルだった。

もはや、ここまでくると飲酒運転による交通事故だ。

救急車警察も呼べないという点では、なお性質が悪い。

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2020-12-12

[] #90-1「惚れ腫れひれほろ」

地球は回っている。

そして太陽のまわりを周っている。

いわゆる自転と公転ってやつだ。

これらが巡り巡って、太陽地球を照りつける箇所が変わってくる。

それによって気温が上がったり下がったり、明るい時間も増えたり減ったりするんだ。

その変化を俺たちの世界では“四季”だなんて表現するけれど、この言葉最初に考えた人はきっとロマンチストだろう。

または底抜けポジティブシンキングだと思う。

だって客観的に考えて、季節が変わったら面倒くさいことの方がずっと多い。

それを良い事のように解釈する人もいるけれど、実際は煩わしいことだらけだ。

夏は海で遊べるけど、それは暑いことの裏返し。

猛暑を誤魔化すための対症療法しかない。

秋の公園紅葉が綺麗だなんて言うけどさ、むしろ銀杏臭くて最悪だよ。

暑いんだか寒いんだかハッキリしてなくて、優柔不断なところもダサいし。

冬は雪が積もって特有の遊び場になるけど、そのせいで交通は不便になるし、家の雪かきとか手伝わされる。

その時にできた泥と混ざった雪の塊を見て、白銀世界なんていう奴がいたら俺は笑うね。

だけど俺たちに惑星の動きなんてどうこうできるわけもないし、グチグチ言ってばかりいられないのも確かだ。

だったら多少は前向きに考えるくらいが生きていくには丁度いいんだろう。

でも、変にこじつけるのはどうかと思うけれど。

例えば春は恋の季節とかって、別に春じゃなくてもいいだろ。

恋愛漫画を読んでる時のタオナケを見てると、つくづくそう思う。

“恋に恋してる”っていうのは、正にああいう感じなのかもしれない。

…………

「はあ~、今週の『君に読むトワサガ』だけど、ちょーエモーショナルよぉ~」

その日もタオナケの心はオールシーズン狂い咲き満開。

彼女植物プラントを維持するためには、恋愛漫画必要不可欠なんだ。

「マジたっとい、感じ入るわ……」

「それ先週も言ってなかった?」

「言ったかもしれないけど、それは今週言わない理由にはならないの!」

そして俺含む他の仲間達は一歩引いた場所から対応する。

これも、いつも通りだ。

だって俺たちには、こういう恋愛モノの良さがイマイチからない。

物語花形は結局のところバイオレンスだ。

惚れた腫れたで口ケンカするのが、切った張ったのケンカよりエキサイティングとは思えない。

「はあ……この良さが分からないなんて、あんた達はガキね。少しはシップー君を見習ったらどう?」

シップー君”っていうのは、タオナケが読んでる漫画の主要人物だ。

常に主人公を気にかけて理解共感言葉を投げかけ、爽やかなスマイル無料提供してくれる。

まあ“如何にも”すぎて、逆に珍しいタイプ恋人役だ。

そんな実在人物や団体とは関係のないものを持て囃し、挙句に見習えと要求するのは俺たちよりガキっぽくないか

それに、もし言われたとおりシップー君の真似をしても、それはそれで「あんたらキモいわ」って言ってくるだろう。

恋愛漫画モード”のタオナケは理屈の外にいる。

から俺たちはこういう時に、タオナケの粗熱がとれるまで放置するしかないんだ。

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2020-11-12

[] #89-15「わたし超能力者

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捕捉した魔法少女

わたし達は色々と尋ねた

その中で衝撃的だったのは

魔法原理だったわ

実は超能力の応用らしいの

……引っかかるわよね?

超能力にはリミットがある

潜在的ブレーキがかかってるの

仮にそれを外す方法があって

強力な力を発揮できたり

多彩な使い方ができたとしても

人間身体がもたない

でも魔法少女可能

まり魔法少女

人間じゃないってこと

じゃー何って話なんだけど

これまでの話を思い出せば

自ずと答えは導けるわ

……まさか流し聞きしてたの?

わたし女だけど

ナメてんじゃないわよ!

今までしてきた話には

明確な意図があるわ

必要情報は散りばめてる

ちゃん編集してあるの

トーシローの雑談配信とは

ワケが違うのよ

特別にヒントをあげるわ

ラボハテ」よ「ラボハテ」

さすがに分かったわよね?


……は?

「結局この話の意味は」って?

アンタには呆れたわ

もはや溜め息も出ない

そーいう質問をしてくる時点で

ロクに話を聞いてなかったって

自分告白してるようなもんよ

前に言ったわよね

余計に見えても

必要に思えても

そこに意味見出して走れって

理解も納得も共感

アンタの問題とも言ったわ

もしバカじゃなければ

自分で話を咀嚼できるはず

他人に噛んでもらわなきゃ

食事もロクにできないわけ?

アゴを砕かれた格闘家なの?

それとも乳幼児

あーバカのフリしてる?

バカのフリをしてる人間はね

いずれ本物のバカになるの

振る舞いは人格規定する

わたしから言わせれば

アンタは既に真性の大バカ

それに付け加えておくけど

この魔法少女の件には

まだ大きな疑問が残されてる

まーたぶんアンタには

その疑問が何なのかすら

見当がつかないんでしょうね

アンタは未だコース上にいる

棄権する気がないなら

自力最後まで走り抜けなさい

(#89-おわり)
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