「……邪魔だなあ」
その壁の中で何をやっているのかは見えず、ただ轟音が頻繁に聴こえてくるのみ。
大規模な工事なのかと思ったが、そのために人が集まっているとも考えにくい。
判然としないが、いずれにしろやるべきことは決まっていた。
母は怯むことなく、人の波を泳いでいった。
観衆が何を見ているかなんて興味はない。
だがルート上にある横断歩道橋を渡らないと、目的地まで酷く遠回りになってしまうのである。
この時に自分がした判断、一連の出来事を、母は今でも夢に見ることがあるらしい。
息を切らしながら横断歩道橋を渡っていた時、遠くから何者かの声が聞こえた。
「そこにもいたか!」
「え?」
その声の主がいる方へ振り向くと、視界に広がったのは目映ゆい閃光。
その光に包まれた瞬間、凄まじい衝撃が走ったような気がした。
それが気のせいなのか気のせいじゃないのか確認する間もなく、そこで母の意識は途切れた。
次に目覚めた時、母がいたのは病室だった。
「おはようございます、マスダさん」
気を失う前の記憶から、かなりの大事故だったことが推測できる。
シチュエーション的に手足の一本でも捥げているんじゃないかと不安だったが、どうやらあの閃光と衝撃は記憶違いだったのか。
「どこか、身体に異常は感じませんか?」
「ええ、特には……」
「……ん?」
「なに……これ」
思わず、手で口を押さえた。
「なんか、固い……」
自分の腕を、まざまざと擦ってみる。
肌の質感は柔らかかったが、強く握ってみると鉄のような芯があるのが分かる。
母は、その言葉の意味を何となく理解できてはいたが、それでも聞き返さずにはいられなかった。
「あの、これ私の身体なんでしょうか?」
「どう答えればいいか……」
だが、しばらく考えて無理だと思ったのか、歯切れが悪そうに言った。
「……少なくとも、半分は」
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