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はてなキーワード: 通信教育とは

2020-06-22

2万日前に生まれた男

まれて2万日目を迎えた。覚えていたわけではないが、Googleカレンダーリマインダで気づいた。節目なので、いったん今までの人生を振り返ってみる。1965年まれおっさんである

動物大好き

  • 自分人生を考えるうえで、動物愛は欠かせない。
  • 物心つく前に家で犬を飼っていた。小さい自分がその犬にまたがっている写真が残っていた。その犬の記憶はない。
  • 幼稚園の頃、家に白いモルモットがいた。死んでしまたことは覚えているが、その時は悲しいという気持ちはあまりなかったと思う。
  • ちょうど小学校に上がる頃に近所のお寺から雑種の子犬をもらった。3匹子犬が産まれて好きなのを選んでよいということで、白黒のメスをもらった。子供時代をずっと一緒に過ごし、大事なことはすべてこの犬から学んだといっても過言ではない。この子は19年と長生きした。
  • アパート暮らしをしていた大学3年の春、アパートの押し入れで猫が出産した。生まれたのは2匹だが、気づいたときに1匹は死んでいた。それがショックで、残りの一匹を大事に育てた。外飼いで、部屋にも自由に入れていた。
  • 翌年は4匹の子猫が生まれた。ある時急に4匹ともいなくなったが、詳しいことはわからない。結局、大学卒業の時に残っていたのは母猫だけであった、最後のお別れは部屋で一緒にご飯を食べた。
  • 34歳の頃、当時住んでいたアパート周りで子猫が3匹生まれた。近所に人がご飯を上げていたらしく、うちでは何も出さなかったが、うちの部屋にはよく遊びに来てくれた。
  • 今は、地域猫保護NPOに参加している。といっても、自分は家の周りの猫の面倒だけを見ている。外飼いであるが、家にも自由に出入りできるように、できるだけ窓を猫一匹分開けている。冬は寒いし、夏は虫が入るし、雨の時は泥だらけになるし、苦労は多い。思い出してみると、自分実家を出て、犬が亡くなった後、実家でも外猫を家に自由に出入りさせていた。血は争えないものである
  • 今では猫の外飼いが推奨されないのは重々承知してる。NPOでも、譲渡会で譲渡した猫は室内飼いを必須としている。しかし、すべての猫が譲渡できるわけではない。

家、家族

学校仕事

体のこと

趣味

こんなところである

2020-05-12

富川悠太アナの嫁とうちの嫁同じなんだが

富川悠太アナ鬼嫁と言う記事を見て、「あ、これうちじゃんw」って笑ってしまった。

我が家小学生の子供が1人いる3人家族

嫁は自分の親・兄弟と仲が悪く絶縁状態。俺の実家とは仲が良いが遠方なので年一会う程度。

結婚する前は嫁はすごい気が効く優しい人だった。が、結婚してから豹変ちょっとしたことヒステリック激怒するようになった。たまにトイレ電気を消し忘れただけで、鬼軍曹な太い声で「トイレ電気消せっていってんだろおおおぉぉぉ!!!」と怒鳴り込んでくる。本人としてはそれは怒っているわけではなくただの指摘らしい。ちなみに嫁もよく消し忘れる。

自身からも「家族だと思うと止められない」とはっきり言っていた。結婚前まではセーブしていたらしい・・・

かに結婚前に嫁の実家に行った時に嫁の親とか兄弟に「部屋が汚え!」と怒鳴ってたわ。あの時は「自分はこんな扱われ方はしない」って思っていて完全に正常バイアスだったわ。これから結婚相手を探す人は、親・兄弟との仲をよく見ておいた方が良い。ちなみに嫁も片付けられない人だ。

嫁はプライドが高く基本他人を見下している。その態度で友達を失ったこともある。そしてフェミニスト女性軽視な発言出来事には激昂する。怒りの沸点が低く、一般人の「それダメだよ」の軽い指摘が、嫁がやると「何やってんだおらああぁぁぁ!!!」になる。

嫁が他人を見下せるほどできた人間なら良いのだが、まったくそんなことはない。

怒りっぽい人のあるあるだが、他人に厳しく自分に甘い。怠惰暮らし体重は年々増えている。

出会ったとき正社員仕事はやめ、今は趣味みたいな利益ほとんどでない(ってか赤字?)仕事個人でやっている。他人に指図されるのが嫌いなので、組織で働けないのだ。そして家事全然できない。料理はかろうじてできるがそれ以外の掃除洗濯などは一切やらないのですべて俺がやっている。

子供にも同様に厳しく、幼児のころから能力開発系の通信教育をやらされ、今も習い事学習塾で忙しく友達と遊ぶ時間なんて皆無の状態だ。そして、うちの子不器用な子で、自分子供の頃と比べても勉強運動全然できない。そんなんだから、嫁はさらヒートアップ休校中の今は毎日家で嫁の怒号が飛んでいる。

最近の話ではないが、昔実際に警察も来たことがあるらしい。嫁の怒号と子供の泣き声で近所の人が虐待を疑って通報したらしい(その出来事があってから数年経ってから子供から聞いた)。そのときは注意で終わり、次またあったら逮捕しますということを言われたとか。

そんな嫁と俺との関係なんだけど、喧嘩する段階はとうの昔にすぎ、今は家庭内別居状態。完全にただの同居人。最低限の会話しかしない。子供のことに関しても俺が口を挟むとかえって炎上するので、暴力が起きそうなよほどのことがない限りは静観している。家にいても息苦しいので週末は日中公園とかで読書とかゲームとかで時間潰している。

子供はと言うと、そんなママでも好きらしい。嫁は子供には優しい時は優しいのだ。割合でいうと5%くらいだけど。そんな感じなので、子供のことを考えると離婚しづらい。したいけど。ちなみに嫁と離婚話をしたことも何度もある。

から離婚を言い渡されるか、子供社会人になるまでとりあえず我慢しようと今は思っている。

富川悠太アナも今同じこと考えているかなと思った。

2020-04-30

anond:20200430154540

小麦粉お好み焼き粉、たこ焼き粉、白玉粉など粉もの一般

パンお菓子焼いたり子供が喜んだりするからだろうか

バター

まあ年中品薄だけどな

webカメラマイクヘッドセット

テレワークオンライン学習需要

・霧吹き

アルコール入れる用で100均の棚空っぽアルコール対応のもの空っぽ

レトルトカップ麺冷食うどんそばそうめん

今は復活した

パスタだけ未だ品薄なのは何故だろうか

・あつ森

DLも出来るのでさほどではない

リングフィット

こちらはDL出来ない(リング必要)ので入手困難なまま

学習ドリル通信教育など

ベネッセぼろ儲け

2020-04-14

anond:20200414093700

>じゃあ高校生から急に通信教育のみにするのか、っていうとそれはそれで効率悪い

ここわからん

anond:20200414092225

勉強だけやってりゃいいならそう。その通り。

でも、幼稚園小学生から中学生前半にかけては、学校クラス=見知らぬ人とチームに属するという経験、が必要なのだし、じゃあ高校生から急に通信教育のみにするのか、っていうとそれはそれで効率悪い。

 

こういう緊急だけテレワークしろってのも、パソコンある家ばかりじゃないからなあ。

あ、文科省2020年現在、全ての学校に生徒につき1台のパソコンLANを用意するって事業やってるんですよ。何十億とかかけてさ。その後は対応如何で出来るようになるかもしれんな。いざとなったら普段学校にあるパソコンを貸し出すとか

2020-04-02

コロナ頑張れ!超頑張れ!1万人以上殺してくれ!

コロナの影響で社会が変わっていく。

宅急便が面会不要になった。

テレワークが増えた。

遠隔診療が実現するかもしれない。

満員電車も多少は緩和された。

無駄に人と人が合わなくなった。

ネット活用が増えた。

これは前からやるべきことだった。コロナにケツ叩かれてやっと実現してきている。

まだまだ改革が足りない。遠隔診療はまだやるのかどうか不明だしテレワークも一部企業しかやってない。通信教育もやる気配がない。

なぜやらないのか。それは危機感が足りないからだ。まだ数十人しか死んでいない。これじゃあ全然足りない。身近な人が死んで初めて実感が生まれる。

1万人以上死んで、政治家専門家がこの状態が数年続くと宣言したあたりで一気に社会が変わる。改革される。

社会変革は数万人程度の命よりも価値がある。

コロナ!頑張れ!超頑張れ応援してるぞ!

2020-02-26

anond:20200226144958

通信教育でそういう講座あるらしいね

ひっそりと勉強するために

2020-02-11

塾も通信教育も使わずオール公立大学出たんだけど、よく考えたらチャレンジすら使わせてもらえなかった貧乏人とも言うんだなあ

みんな金持ちすぎる

2019-12-23

通信教育が間に合わない

サイトから講義動画を見るタイプ通信教育を受けていた。

だけど、全く手につかないまま期限が近づいている。

絶対、無理そうだから仕事の片手間に授業の動画を録画し始めた。

そんな感じで録画と動画垂れ流しをしながら、4日目に突入した。

片手間で流しているから内容は見てないけど、10分位の講義が延々と続く。

仕事しながら、プライベート勉強出来る人ってすごいな…と思えてきた。

自分は、気持ちの余裕が無くて手をつけられなかった。

情けない。

たとえ仕事が落ち着いて、本腰入れてこの勉強をしたとしても、

結局、添削は受けられないか勉強して意味があるのかなとさえ思ってしまう。

やる前からモチベーションが下がる。

でもなんとしても身に付けたい。

来年は落ち着くといいな…。

2019-11-10

氷河期世代の人は学歴差別してくる人が多い

もちろん個人的意見

この世代の人は学歴社会と実社会が不幸にもミスマッチしたせいなのか学歴に対する自尊心とその裏返しの低学歴への侮蔑感が強い。

かつてとある氷河期世代の人から

自分高卒ということ

90年代後半生まれ(大学進学率が高い)

という二点から心底軽蔑されたことがあり、あれは思い出すだに腹立たしい体験だった。

なんかああい冷血な態度をとられると正直「あなた新卒希望企業採用されなかったのはその性格問題なのでは?」と言い返したくなる。まあ言えないんだけど。

はてなブックマークにも氷河期世代ブックマーカー複数いて、上述の経験に基づく個人的な執心から日頃彼らのブックマークコメントに着目しているのだけど、やはりと言うかなんと言うか学歴に対する拘りや、頭の悪い(と彼らが感じた)人に対する冷血な態度がちらほらと垣間見える。

個人的にはとても納得感があった。

もちろん自分世代にも学歴差別する人はいるし、未だ日本学歴社会なんだけど、大学進学率が高まって「大体みんな大卒」という普遍的感覚が共有されてるみたいで、自分世代では高学歴よりもその人固有の稀有スキルを持った人が称賛されてる感覚がある。

YouTuberなんか正にそれで、コンテンツ力?とでも言ったらいいのだろうか、そういう固有のスキルが高い人ほど羨望の眼差しを向けられ尊敬されてるイメージ

から当然同世代にとって高卒自分など尊敬対象ではあり得ないんだけど、逆に特段軽蔑もされないというか、割合的にむしろ無視されてる感じ。

高卒?ふーんみたいな感じ。

軽蔑されるよりは無視される方が幾分かマシではあると感じる。

自分でも高卒コンプレックスがないわけではないので、通信教育学士を取得しようかな、と思ってはいるけど、それで周囲の扱いが高卒とそれほど変わるわけでもないんだろうな。

世代で語るのが乱暴なのは知ってるけど、愚痴のつもりなので乱暴に語りました。

2019-10-31

「身の丈に合わせて、大学行かずに就職すればいいじゃん」

中学3年の時、親にそんなことを言われてケンカしてから、どれほどの年月が経っただろうか。

そんな私は、某国立大大学院を出て、参考書編集者をしている。


幼い頃から勉強だけは好きで、よくできた。けれども運動コミュニケーションもへっぽこだったので、小中(公立時代同級生にいつもからかわれた。それ以上に辛かったのは、私が好きな勉強のことで、話が出来る相手クラスにいなかったことだ。

商業高校?とんでもない!君は普通科に行って、大学に入りなさい」

中学の時の担任は私に、世の中には進学校と呼ばれる、勉強が得意な人が集まって大学進学を目指す高校があることを教えてくれた。今振り返ればバカみたいな話だが、ネットが普及してない当時、塾に通わず通信教育家庭教師の類もやってなかった私には、そうした情報を得られる機会がほとんどなかったのだ。両親は共に非大卒大学受験に詳しくないし、世帯所得も多くなく、きょうだいが4人もいるから早く就職してほしい圧は強かったが、毎晩深夜2時まで勉強し(真似してはいけない)、中3で受けた高校受験模試県内30位以内に入り、私が進学校なる所に行くべき人間であることを納得させた。


晴れて進学校公立)に入った私は、勉強ができることでからかわれない環境を大いに幸せに感じていたが、好きな勉強の話ができる相手10人に1人くらいだった。Amazonスマホもなかった時代休みの日は実家近所のTSUTAYAで片っ端から立ち読みする(稀に買う)という生活を繰り返す中で、広義の出会いに飢えていた私は、いつしか地元脱出して都会で人生を過ごしたいと思い始めた。

堂々と都会に住むには、都会の大学に行くしかない。一人暮らしを納得させるには、地元国立大学より明らかにレベルの高い国立大学に受かるしかない。私は鬼のよう勉強した。仮にも進学校教諭である担任に「勉強のし過ぎでは」と心配されたくらいだ(電車単語帳を凝視してた私を見て狂気を感じたらしい)。予備校に通うお金通信教材をやる金もなかったけれど、学校で配られたのと先生に勧められた参考書でとにかく自習。「青チ○ートをひたすら周回」に代表される、武○塾が聞いたら卒倒しそうな非効率勉強法を猛烈にこなし、どうにか都会の国立大学脱出成功。もちろん、JASSO第一種奨学金バッチリ借り、国立大単願という身の丈に合わせた受験だった。


運よく給付奨学金にありつけたこともあって大学院まで進んだけれども、都会の国立大というのは私にとって本当に恵まれ環境だった。学問の話が通じるだけではない。努力して何かを成し遂げることを「善」とする価値観に満ち溢れていた。一方、受験時代の話に花を咲かせる(都会の国立大あるある)たび、私と周りの学生が、高校までに身を置いてきた環境の違いをひしひしと感じた。年間100万円かかるという中学受験塾に通い、私立中高一貫校に入り、かつ予備校に通った上、大学には奨学金を借りずに入る。そういう人が過半数とまでは言わないが、かなりいた。

スタートライン、私と全然ちがくない?」

やがて私は、とある教育系の学生団体に参加するようになる。教育機会の格差是正とか意識高いワードが飛び交い、色々な企画をやってみたが、活動継続させることはできなかった。それを本業しない学生責任を負わせるのが無理な話だし、学生団体活動と聞いて興味を持つ層は概して情報感度が高く、本当に支援すべき対象アプローチできていたのか疑問だった。

そんなある日、東京離島に行く機会があり、島でほとんど唯一の書店にふと立ち寄った。実家近所のTSUTAYAより小さく、品ぞろえもそれなりだったが、参考書が一通り置かれていた。それを見た私は、「離島でも参考書は買えるんだな」という失礼な感想と、「下手な学生団体より、教育機会を届けられているのかも」という気付きを得た。それから色々あって、そこで見かけた参考書の版元に就職することになる。


ネットコンテンツが普及しつつある今でも、本というメディア有効性を保っているのが教育業界入試オールCBTになったら分からないが)。参考書の魅力は、教科書が拾いきれないニーズを、予備校など人を介するサービスより安価にかつ手広く供給できることにある。意志と適切な努力があれば、最小限の課金で身の丈を超えていける。

そういう"武器"を作っているのが、私たちだ。

参考書の著者になるような一線級の予備校講師は、講師本業であって、その稼ぎに比べれば参考書で得られる印税たかが知れている(マンガなどと違い、買う層が極めて限られている)。それでも書いてくださるのは、個人ブランディングという側面も無くはないだろうが、純粋に「私の持つ"武器"を皆に授けたい」という気持ちが強いからだと思う。そうでなければ、寝る間も惜しんで原稿は書けないはずだ(先生リライトの催促しつこくてすみません)。


私自身が非効率勉強をしてきたから、教育サービス課金することでどれほど有利になるかはよく分かっている。うまく使える自信があるならどんどん課金すればいいし、私にそれを責める権利はない。そもそも、すべての人が高学歴・高学校歴ゲットを目指して勉強を頑張る必要はないわけで、やりたい人がやればいい世界であるのは確かだ。ただ、ネットスマホも普及した今の日本でも(だからこそ)、身の丈に合わない教育機会を得たい、在りし日の私のような人は確実にいるはず。生意気かもしれないが、そんな人たちのために、私は今の仕事をしてるんだよ。

そんな人たちの意欲を、周りの環境言動がくじいてくる。そういう社会を許してしまっている大人のひとりとして本当に申し訳ない。それでも言わせてほしい。

「がんばれ!!!

2019-10-29

身の程、身の丈、神の正体

よく山へつれていく父親だった。理由を聞いたらルソー教育論を読んで自然が大切だと思ったと語っていた。

母に山よりも図書館へ行きたいと言った。図書館にもよく連れていかれるようなった。私の地元はいろいろと活発な地域だ。財政もそれほど悪くない。

観光にも力を入れている一方で教育にも力を入れている。立派な図書館がある。清潔で比較的新しい建築物で3階にはレストランもある。

同じ日に生まれた同年齢のいとこがいる。私の母親たちは私たちのことを競わせた。ベネッセ通信教育を早めに導入した理由だろう。

どちらの子供がより優秀かと張り合っている空気があった。これが私が勉強ができた本当の秘密だろうか。

強欲な宝石商と鉄鉱を扱う絵心のある職人、それが私の母方の祖父母である。母方の祖父母芸術に関した仕事を行っていたため、収入が安定せずに母親若い頃に苦労をしたらしい。

大学には行かず、バイトをしながら自分弁当を作り、高校を出たあとですぐに就職し、職場結婚する。その後、バブル崩壊キャリアもなかったので非正規で働かざるを得なくなる。

結婚した相手問題だ。酒を飲むとよく口が回る女好きの地主の子供。常識を身に着けた今、聞くだけでダメ人間だと分かる。

農家から身売り同然に嫁に来た祖母は閉鎖された世界で暇を持て余し、このダメな息子が可愛くて仕方がない様子。猫可愛がりしていた。

父親のほうでも老婆を労わるマザコン具合をみればその愛情が決して一方的ものではないと分かる。

彼女人間に対する親愛の情の深さを考えれば私にもその血が流れていることを感じる。

幾分、奇特経験が不運にも繰り返されたおかげで私のその遺伝的情愛が生身の人間に向くことはほぼないが、その分、博愛として万人に降り注ぐ。

薄い、薄い情念として、まるで自分にも相手にも無に感じられるような薄くなった博愛けが私には残った。

父は胃がんになった。将来にとっておいた学費医療費にまわしてもいいかときかれた。

私が当時、大学重要性を理解していたかどうかは分からない。何しろ小学生ときの話だ。

私は特別父親を好いてもいなかった。しかし、人間として、人の命がかかっていると聞いて私は何を躊躇うことがあるのかと思ったようだ。

実際のところ何百万という貯金はごくごく自然医療費に回されたのだから。何の抵抗もなく。私の反抗もなく。

結局のところ私には大学に行く金はなかったのだ。だからこそ県で一番の高校へ行っても意味がなかった。

私の才能は天に愛されなかった。

あとは恵まれ同級生をみながら投げやりになって酒と女と本に溺れて父親以上のダメ人間のできあがりさ。

2019-10-28

人生ままならないな

半年前は、通信教育時間をとろうとしてたし一日数分でも勉強してた。

でも、気づいたら起きて仕事、力尽きて寝る生活が続いている。

夢見ていたはずの勉強も、気持ちがザラザラとして苦痛になってもう数ヶ月手付かず。

この件が片付いたら2、3ヶ月休んで勉強して追いつこうと思ったけど、

タスクもあったり、クライアントがやる気満々で休みたいと言えない雰囲気

意志が弱いのは否定しないが、なんかままならないな。

2019-10-27

今日も家から一歩も出なかった

家で通信教育課題やらないといけなかったんだけど、結局TVみたり昼寝したり飯食ったりしてほとんどできなかった。

俺の人生ずっとこんな感じ。やらないといけないこと先延ばしにしてギリギリになって後悔して。

あー生まれ変わったら、やらないといけないことやらなかったらすぐ死ぬ生き物になりたい。

そしたらこんな罪悪感もなんて生まれる余裕もないだろうな

2019-09-28

私、ロシア人相手資本主義通信教育やろうと思ってねモスクワ教育委員会の人と会ってたのね。「すぐわかる資本主義」ていうテキストを二千部ほど売ってきましたけどね。私は別に働かないですよ。みんな手下がやるの。私はクーデター見物ですよ。エリチンとお茶飲んだりしてね。もう大変ですよ。

2019-09-02

京都造形芸術大学京都芸術大学と改称する気だそう

美術に詳しくない人は知らないだろうけど、京都には京都市立芸術大学がある。

西日本芸大の中ではトップクラスであり、歴史明治13年創設と東京藝大よりも長く、上村松園など文化勲章者も多数排出した名門中の名門である美術だけでなく音楽学部西日本トップ大学である佐渡裕さんとかね。つまり芸術界の京大と考えて良い。少数精鋭で一学年200人ほど。

そして京都市立芸術大学略称は、「京芸」「京都芸大」であり、京都芸大と言えば京都市立芸術大学である

一方、私立京都造形芸術大学は創立30年程度だが、通信教育部も含めて一万人を超える日本最大の美術大学であるレベルはお察しではあるが、勢いと資金があるのは間違いない(有名人講師を読んだり構内に謎の滝を作って学費無駄にすることにも定評があるが)。産学連携も活発で、先端芸術にも強く、「京造」「造形大」の略称とともに着実にブランド化を果たしてきた。

その京造が、来年4月から京都芸術大学に改称すると発表した。京芸からはもちろん、京都市長、全くの事後報告で寝耳に水だった京造の教員学生からも大々的に反対の声が起こっている。署名も始まっている。

いわく、京造の名で頑張ってきた卒業生や在学生がかわいそうだ。京造ブランドに誇りはないのか。

いわく、京都芸大の名は長年守ってきた大切な名前混同必須。遠慮してほしい。

いわく、そもそも音楽学部がないのに芸大を名乗るの?

これはね、みんな建前です!!!!!!!!

ハッキリ言うと人格を疑われるから口を濁しているだけ!!!!!!

まり京造の理事長学長はただのフロントマンです、日大アメフト部の時のアレ)がやろうとしていることは、京都産業大学京都学園大学がいきなり京都大学を名乗りだすようなもので、明らかに詳しくない人や海外から京都芸術大学東藝京都版?国立伝統のあるトップ大学かな?」「関西代表的芸大って言えば瓜生山にあるやつだよね?」と混同されることを目的にした、卑屈極まりない改称であって、これは京都人の最も嫌う方法です。老舗に限りなく近い名前を名乗って、京芸が築き上げてきた伝統タダ乗りしようとしているのですから。恥ずかしいったらない。

京芸側も色々言ってるけど、要するに美術大学としてのレベル全然違うので「ウチの名前を使わはったらさぞかし便利なんやろねえ。新しいかたは発想が斬新どすなあ。死ねどす」であって関係者全員が静かに激怒している。せっかく難関入試をくぐり抜けたのに京造と一緒にされたらたまったもんじゃないっていうのが本音。が、如何せん人数が少なく、また京都人なのでハッキリ言えないから小さな記事しかならない。

このままだと厚顔無恥の京造理事長の思いつきによって、京造生は間違いなく「偽京芸」だの「パクリのほう」だの「バカのほう」だの言われることになる。

みんなもっと騒いでほしい。指差して笑ってほしい。

この騒動を受けて京造はようやく教職員学生説明会を開く気らしいが理事長は出てこないそうだ。

2019-06-25

夫の将来の夢ってなんなんだろう

ただ馬鹿みたいに好きだから、という理由だけで今年の1月結婚した。

7年同じ飲食店アルバイトをしていた夫は結婚を機に夢を追うのをやめて正社員になった

わたしのせいで彼は夢を諦めてしまったという思いとともに、彼に別の夢ができた時は精一杯応援しようと決めた。

わたしも夫も二十代前半である

大きなチェーンではないけれど、飲食店の先輩方はみんな優しくて夫と仲が良かったから、そこで社員になることに決めたと聞いた時はとても嬉しかった。

夫もいつか独立して経営側に回りたいと、新しく夢を見つけたようだった

しかし、実際に社員になり働いてみると、雇用契約書はない、労働条件通知書もくれない、こちから催促しないと給与明細が来ない(アルバイトの時はそんなことはなかった)、残業代も深夜手当もついていない、と濃厚に違法企業香りがするのである

一刻も早くやめてほしいと思った。

現在も在学中だが、わたし結婚から私立大学通信教育過程医療専門学校の二つにに通っていた。

結婚したいまも実家から支援があるので十分に暮らしていける。

こちらの実家はそこそこ裕福だが、夫の実家はかなり余裕がないようだ。

これからわたし専門職に就くにしろ大学学歴を生かすにしろ生活していける。決して裕福に、とまではいかないが夫を養うこともできるだろう。しかしそれは就職してからの話である就職は早くても三年後、院に進みたいと考えていたので、その場合は五年後。

そういうわけなので夫がいます仕事を辞めてしまうのはとても困る

しかし、このままずるずると大事大事な夫を違法企業で働かせるわけにはいかないと思うのだ。

夫は高卒資格なし。

お金を稼がないといけないという意識はあるようだがこれから大学に進学したりするのはお金もかかるしやりたいことも特にないし、どうしたら良いのかと思っているらしい。

夫のする決断ならなんでも応援したいとは思っているが、わたしが働くわけでも学校に行くわけでもないので何を勧めていいのか全くわからず困っている。

ちなみに夫は完全に文系で理数系は全く得意でない。

結婚一年目にしてはやくも危機が訪れている

さて、どうしたら良いか

2019-06-23

文章力が育たない

日記文章トレーニングを兼ねて、毎日増田を書いている

時々巡り合わせが良いのか、100くらいまでスターがつくこともある

だけれど文章力がついている実感がイマイチない

バズっている記事を参考になぜバズっているか分析してみた

話題映画新書を見るようにもなったし、ニュースに対しても関心を持ち意見を組み立てられる程度になった

それでも、自分文章は成長しているのか?と疑心暗鬼にしばしば陥ってしまう。

話題性だけで、人の興味を惹いている。そう思えてならないのだ。


増田文章力を育てる、という前提がおこがましいのかもしれない。

純粋に良い文章を作るなら通信教育などを利用すれば良い。

文章を書くにしても他のところがあるだろう……とは思うのだけれど。

「書いて、学ぶ」という反復は出来ているのだから、多少は増田文章力を鍛えることはできるはず。

だのに、自身文章が育っている実感すら湧かない現状が眼前にあって。

だんだん辛くなってきたというか、混迷を極めている心持である

2019-06-21

anond:20190621214207

学歴で不満を漏らす人ってどの程度の学歴なんだろう

仮に中卒だとしたらなんで高卒試験を受けないんだろう

なんで定時制でもいいか高校に行かないんだろう

高卒資格を得られれば大学受験資格だってあるのに

大学だって通信教育とかで受けられる時代なのに

はっきり言って大学大学院が良ければ高校以下の経歴なんて誰も気にしない

自分学歴に不満があるなら勉強しなよ

まあ、おっさんであることはどうにもならないけど

2019-05-31

世の中のIT系大手コンサル会社がすごい!

世の中のIT系大手コンサル会社ってすごくて、漢字で書くと「通信教育空手黒帯」っぽい。

2019-02-15

CS学士号通信制で取りたいんだけど、どの大学に行けばいいんだろ

自分高卒で、今はWEB系のエンジニアとして自社開発の会社で働いている。年齢は20代前半。

将来的に海外で働きたいなと漠然と思っていて、ビザ関係CS学士必要なんだなということを最近知った。

https://medium.com/@sakamoto.kazuki/2017-12-demystifying-us-visa-f596529701a3

もし自分が今後海外で働きたくなっても、学歴ビザで道が閉ざされるのは少しさみしい。そのため、若いうちに学士号だけでも取っておこうと思っている。また最近ホットエントリでも「文系でもエンジニアになれる」とか「エンジニア学歴関係ない」とか聞くけれど、やはり自分としては、これから何十年もソフトウェアエンジニアとして働くために基礎的な知識を一度付けておきたいと感じている(数学英語も含め)。

ということで、通信制で働きながら卒業できる大学を探している。夜間学校視野に入れたけれど、これから4~5年間同じ場所に住んでいるかは分からないし、もしかしたら遠方へ転職するかも知れないという理由選択肢から外した。

今のところ、通信制CS関連の学士号を取れる大学は3つほどあるらしい。

帝京大学 理工学部情報科学通信教育課程

 └学費は4年でおよそ80万円

 └スクーリングが少し負担だが、科目修得試験は隣の県で受験できるらしい

 └卒業率が一割程度と低いのが少し気になる

サイバー大学

 └学費は4年でおよそ280万円

 └スクーリング無しは魅力的

 └卒業率が76%らしいが、これは何を意味するのだろう

北海道情報大学通信教育

 └学費は4年でおよそ100万円

 └経営情報学らしいので「経営にも軸を置いている→自分CSをメインに学びたいから合わない」と判断している

懸念点①:学費

サイバー大学に関してはスクーリング無しで通えるという点が魅力だけれど、いかんせん学費が頭一つ抜けて高い。そもそも大学学費はこんなものなのか?(帝京大学などが安い理由が知りたい)。幸い貯金はあるので出せないことはないものの、将来的にアメリカ修士号を取る時に数百万円はかかると思われるので、なるべく出費は抑えておきたい。

懸念点②:学士号の種類

正直、学士号の微妙な違いが全く分からない。帝京大学工学学士サイバー大学IT総合学士なんて書いてあるけど、自分には何がどう違うのかがいまいち想像できない。とあるブログでは「サイバー大学で取得できるのはIT総合学の学士だが、自分工学学士が欲しい。」と書かれているが、工学でないと海外ではCS扱いされないとか、そういったものがあるのだろうか?。学士号の種類については、何で調べればいいのかも分からない、というレベルで路頭に迷っている。

一応、それぞれのカリキュラムが書かれたページリンクを載せておく。

[帝京大学](https://www.teikyo-u.ac.jp/faculties/correspondence/science_tech/subject/curriculum.html)

[サイバー大学](https://www.cyber-u.ac.jp/faculty/it_carriculum.html)

今のところ帝京大学に行こうか迷っているが、そもそも学士を取らないという選択肢もあるんじゃないかと頭によぎったりする。というのも、日本支社から海外にある本社へ転勤するパターンも珍しいがあるみたいで、そういった抜け道が今後数年で芽生えてくる可能性もある、という淡い期待も抱いたりする。ただおそらく正攻法としてアメリカCS修士を取ることになると思うし、そのためにはやはり学士必要になる。また日本大学だと、数学などは別として技術に関しては少し時代遅れ知識を詰め込まれるだけなのでは?という不安もあったりする。

とにかく一人ではこのまま一生結論を出せずにいそうなので、どなたかアドバイスを頂けると嬉しい。

2019-01-05

https://anond.hatelabo.jp/20181223213048

全国展開の通信教育鹿島学園高等学校ミサワホーム系)なんかには、不遇な政策なんだろうな。

※ なお「鹿島」ではあるが、戦時プロパガンダ田端文士村を作った鹿島建設とは別らしい。

ドイツは高級専門学校が充実しているわけだが

すでに法学科学論理的基礎を持っている国で、猿真似日本の参考にはならないよ

2019-01-04

京大までの受験の思い出(楽に入る編)

書きたくなったので。

 

 

小学生とき、親の意向中学受験した。

学校ではトップの成績だったが、塾ではそうはいかない。頭のいい奴らがゴロゴロいた。

教育ママだったか小学生低学年から通信教育をやっていて、そのおかげか入塾テストではトップクラスに入れた。が、成績は二年間でどんどん落ちて、最終的には上から三番目のクラスだった。

志望校は二番目のクラスまでしか入れないというのが恒例だったので、周りにはあまり期待されていなかったようだ。しか自分絶対受かるだろと謎の自信が最後まであった。

結果は合格

二番目のクラスから合格者がでないおろか、一番上のクラスの奴も2/3くらいしかからなかったから、三番目から合格というのは驚かれた。

 

 

中学時代

中一からスパルタで有名な某進学塾に入った。入れさせられたの半分、入りたかったの半分。

塾も学校レベルが高く、ああ自分はだめなんだなとはやくも感じてしまった。特に中間試験という数字で結果が現れる機会は残酷だった。(今思えば勉強してないだけだったが)

それからは暗黒期。

小学生のころはゲーム禁止されていたこともあり、その反動中学入ってからはアホみたいにゲームした。当然成績は浮上することはない。僕はいわゆる「深海魚」になってしまった。

 

 

高校時代

大学受験が近づいた焦りで多少塾の勉強を真面目にやりようになる。が、それ以上に周りが頑張るので成績はあがらない。

この時期に塾の英語はついていけなくなってやめた。情けなさはあったけど、自分でやればいいかと思って逃げた。

高二までは学校行事を頑張ってて、勉強意識しないようにしてた。

高三になるといよいよ受験だ。

友人と図書館で集まったりして勉強したが、家では全く勉強できず学校模試では後ろから1/4に入ってしまう。

なのに夏の京大模試では運良くB判定。これで完全に油断して行ける気になってた。

ちなみに理系だったが理系科目の勉強をまったくやっていなかったので、二次試験ではそれがなくても入れるところを志望していた。夏の前にいろいろ情報を漁っていかコスパよく大学受験を終えるか調べてたのが、そのあとに生きてきた。

コスパよくというのは勉強せずに周りから評価が高い大学はいるということ)

こうやってあさっているうちに、二次試験の前に独自入試を受けることで、受験回数を純粋に一回増やせる受け方を見つけたので使ってみることにした。

 

から模試はせいぜいC判定だったのでどうせ浪人だろうと思いながら勉強してるのかしてないのかわからないような日々を過ごした。

 

そんな中での一度目の入試当日。

ほぼはじめての京大百万遍マックで緊張しながら時間を潰した。

試験自体は三時間くらいで、ひたすら長い文章をよんで、問に答えるやつ。

こういうのは集中しやすタイプだったから、あっという間に終わった。時間ギリギリで。となりの人は全部解けてなかった。

 

センターもD判定だったしどうせ厳しいと思いながらも、ほぼ最下位合格した。

パソコンでみながら手が震えてしまった。

実感を得るまでに相当時間がかかったが、その後京都一人暮らしをして、ようやく京大に受かったんだなあと思えた。

 

 

 

 

まわりが超難関校に多く進学する学校だっただけに、なんとかしてそういう学校に入ろうとした人間の末路(?)です。

参考にはならないかもだけど、こういう人もいるよってこと。

あと自分理系だけど、政治とか経済かに関する興味が高校の頃からあった。ただの逃避だが、みんなが図書館勉強してるのを横目に、新聞をずっと読んでいた。

こういうところで身につけた(?)論理性みたいなのは多少、合格寄与したのかもしれない。残念ながら、学校勉強はまったく関係なかったが。

 

はじめのうちは、自分のなかではズルして入学した感がぬけず、ずっと劣等感に苛まれていた。

落ちた人は過程より結果だと思うかもしれないが、僕は結果より過程だとずっと信じていたので、そのことが自分を苦しめた。

溶け込んでいくなかで多少は改善されたが、いまだに多少考えてしまうことはある。

 

"普通に"入った人たちは本当にすごい努力だと思う。こういう経験をしておくことは人生観を変えるはずだ。

受験諸君は、あと少し、頑張ってください。

2019-01-03

京大受験までの思い出

https://anond.hatelabo.jp/20190102174908

自分のことを思い出した。

もう20年前の話。

親の仕事の都合で引っ越しの多い幼少時代だった。そのせいか内向的で、休み時間には教室に置いてある児童文庫学習漫画をよくよんでいた。地球太陽の周りを回っていると書いてあったから、影が1日の間で移動する理由テストで問われて「地球太陽の周りを回っているから」と書いたら、正解は「太陽が動いているから」だと言われた。テストでは僕の答えも丸になっていたが、動いているのは地球の方で太陽は動かないはずだと僕はずっと首をかしげ続けていたと、母親保護者面談先生から言われたそうだ。なぜか母親にとってそれは自慢話のネタらしい。

中学受験に向けて猛勉強する同年代の子どもたちの映像テレビで見たことをよく覚えている。そのときは僕は「ずるい」と感じていた。みんなが学校で同じように平等勉強の機会を得るべきで、塾で勉強するのは抜け駆けをするずるだと感じたのだ。そのせいか僕は塾に行くことな大学受験まで過ごすことになる。

親は放任主義というかのんびりしているというか、子どものすきにさせるというスタンスで一貫していた。ファミコンをどんだけやっても怒られないし、勉強しろと言われたことは一度もなかった。そのせいか、どの高校大学を受けるかにあたって僕が出した唯一の基準は「自由なところ」だった。

高校県内でも自由で名高い公立を選んだ。私立優位な地域だったので、東大京大に受かるのは3年に1人くらいの高校だった。そんな高校で僕はずっと学年で「2番」の成績をとり続ける。どんなに頑張ろうと常に2番。1番の子は一体どんなやつなんだろうと思わないでもなかったが、実は顔も知らない。1学年10クラスもあって、どのクラスにいるのかを探すのも大変だったのだ。

高3に模試を受けてみると、京大合格圏に入らないでもないくらいだった。調べてみると京大は、自由のもの校風ではないか。それなら受けるしかない。塾には行ってなかったが、通信教育は受けていた。コース京大向けに変更して、家で課題を解き続ける日々。子どもの頃に中学受験をずるいと感じたくせに、大学受験ではそのど真ん中に身を投じているのだから勝手なもんだ。つまり自分認識すらできない時点で人生に差をつけられてしまうようで、抵抗を感じていたのだ。

受験の当日、母親ホテルについてきた。「私は観光してくるからあんたは受験頑張りね」と。どこに観光してきたかは知らないが、そのとき写真お土産ひとつもなかった。どこにいたんだろね。

試験はよく集中できた。何問解けたのかはよく覚えてない。目の前にある京大らしい問題に、自分知識と知恵で格闘した。いつも通りの自分でいられた気がする。

合格発表は新幹線に乗って見に行った。

自分の番号を見つけた瞬間の感想は、あーそっかあという安堵のようなものだった。ここに受かるということは、親元を離れて暮らすということだ。その新しさへの不安と期待が少しずつだった。

噂によると、学年でずっと1番だった彼も京大に受かったらしい。が、いまだに会ったことも話したこともない。全く自由というか無頓着なのだろう、2人とも。

あれから20年経ち、僕も親になった。

僕も親のように、人生の岐路になりうる場に子どもを平常心で立たせてあげることができるだろうか。まあきっとできるだろうと、ポケモンをやり続ける子どもを見ながら思うのだ。

2018-12-16

anond:20181215215646

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