はてなキーワード: 代々木上原とは
JR地下東口はeatoLUMINEの近くの改札が空いてる。地上サザンテラス口は空いてるかドアから分かりやすい。
小田急は地下。個数も多いしある程度居心地がいい。でもあまり長居するひとがいない。南口地上も個数の割に回転悪くないけど漏れそうなときは地下をおすすめする。絶対に空くという安心感がある。
京王新線(都営新宿線)は個室6個くらいあるのに朝10分くらい並ぶ日もあった。極力使いたくない。京王線も変なところにトイレある。
マルイ系は空いてるトイレを何かしらのシステムで案内してくれるイメージ。
余談だが代々木上原のトイレが改装中のときは最悪だった。デカい駅なのに1つしか使えなかった。最近はそうでもないけど改装前は全員個室内で食事でもしてるんじゃないかというくらい空かなかった。
ほんと、下痢とか生理で血が止まらないとかつわりで吐いてるとかはわかるんだけど、全員が全員それでトイレに籠るわけじゃない。
並んでるかどうかはさておき個室が埋まってるかどうかだけでも個室内にいてわかるようなシステム誰か普及させて。
とんかつ屋のぬか漬けには、とんかつ武信代々木上原店やかつ玄などがあります。とんかつ武信代々木上原店では、本店から30年物の糠床を分けてお新香を漬けています。かつ玄では、箸休めにぬか漬けが出てきます。
2006/06/08 — 武信分店では、本店から30年の糠床を分けてもらって、お新香を漬けています。 糠漬けは、美味しいだけなく、ビタミンB1や乳酸菌がたっぷり含まれている健康食品です。 毎日かき混ぜて乳酸菌・酵母に酸素を送り続けることで、糠床が野菜を美味しくしてくれます。 加熱せずに食べることで熱に弱い乳酸菌も生きたまま直接 ...
ぬか漬けは、ビタミンB1や乳酸菌が豊富に含まれており、健康食品としても知られています。ぬか床は、米ぬか、塩、水、山椒の実、唐辛子、柚子の皮、昆布などで構成されており、乳酸菌や酵母菌が発酵を続けています。毎日かき混ぜて乳酸菌や酵母に酸素を送り続けることで、野菜を美味しくしてくれます。
ぬか床は、冬は最低でも1日1回、夏は1日2~3回はかき混ぜる必要があります。塩分濃度が適正であれば、常温で2~3日、冷蔵庫で4~5日ほどは放置しても大丈夫です。かき混ぜることができない場合は、冷蔵庫に入れることで過剰発酵を防ぐことができます。
ぬか床に入れるものは、ビールやヨーグルトなどの液体状のものは避けたほうがよいでしょう。また、生の魚介類や肉などは腐敗しやすいので、別の容器にぬか床を取って漬けてください。使用後のぬか床は、絶対に元のぬか床に戻さず捨ててください。
どうしても心苦しく逃げ出したくなったので、仕事を休んで旅をした。
その顛末を話したい。
大学時代、親(同じく学校教員だ)に強く勧められなんとなく教職課程の受講を始めた。
なんとなく高校教員になろうと思っていたが、何の因果か教育実習は中学校に配属された。
実習中は忙しかったものの、生徒が人懐っこくこちらに近づいてくれたことが非常にうれしく、授業以外でも彼らとの交流(体育祭の練習に一緒に参加するなど)に楽しさを覚えた。
これって本当に教員の仕事か?と思えるような事務作業がやたらと多かった。
また、「校務分掌」という名目でやたらと多くの業務が割り振られた。日本は年寄りは何でもありの価値観が蔓延しており、年齢の低い私には特に業務が集中した。
これらの業務は事務職員の仕事ではないらしい。事務補佐員は人数が少なく短時間しかいない。また、個人情報を含むものの取り扱いができないため依頼できることがほとんどない。
やっと作業が終わり(もちろん時間外)ヘトヘトになったところで始めるほかなかった。
建前では休憩時間はあるらしいが、その時間も業務が振ってきて休むこともできず。
おまけに最近はアクティブラーニングやICTの重要性が叫ばれており、授業の事前及び当日の準備はそれどころではない大変さがあった。
それでも、教育実習の時と変わらず、コミュ障の私に偏見を持たず純粋な心で関わって、笑顔を見せてくれる生徒たち(教室に来れない生徒にも)に元気づけられていた。
体育祭は大嫌いで、私は自チームを応援する気は起きなかった(自チームカラーの服を着ている先生が目立ったが、私はどのチームにも関係ない色のものを着ていた)が、練習は一緒に楽しんだ。
生徒に交じって競技を楽しむのもまた一興。一緒に生徒の中に混ざるだけで生徒は喜んでくれた。
授業はただ真面目にやるのではなく、時にネタを入れると生徒が反応してくれてうれしかった。
アイマス(担当アイドルの話とか)をはじめとしたソシャゲネタ、鉄道ネタ、自虐ネタ、淫夢ネタにちょっと不謹慎なネタなどを入れるだけで笑いが取れた。
定期テストも、かなり完璧主義的に作ったにもかかわらず、その結果を見て教えたことをしっかり身に付けてくれたこともうれしかった。
しかし、どうしても大変なことは大変で、それが私を疲弊させた。
例えば、生徒の失くしもの(学校からの貸与品)の捜索を命令され、どうしても見つからず教頭に報告すると「知るか、自分で何とかしろ」の一点張りで取り付く島もない。
なければ学校に余りはありますか、それとも購入は可能ですか、と聞くと「お前さぁ、それ教育者としてやることか!?」と怒鳴られた。
また、目標申告書(全国でやっている)で下っ端は記入不要の項目も「制度上は記入義務はないがみんなやっている」と強制された。
(余談だが、記入例に不登校生徒減少の話があったが、なぜ不登校は生徒自身の選択なのにそれを無視して無理やり連れだす必要があるのか、それが原因で自殺されたら本末転倒ではと思った)
まあいいやこんなこともあると思いつつ耐えていたが、こんな出来事があり、ついに限界が来た。
生徒が下校した後、いつも通り雑用に追われていたが、なぜか隣の校舎の窓に火が見えた。
他の先生方に相談したところ、無関係な私が急行するよう言われた。するとなぜか鍵が閉まっていた。
鍵を開けると、面識のない生徒数人がおり、その隣には火柱が上がっていた。
どうやら裏側から侵入して火遊びをしていたらしいが、すぐに水をかけ消火した。
事情を聴くと「これは作業だ」「面倒だから仕方ない」「効率的だからやっている」と。
今後こういったことはやめるよう言えば「燃料は自腹だ。100円の自腹がもったいない」と反論。さすがにこちらもキレて「命と100円どちらが大事なんだ」と言って無理やりやめさせた。
重大事案なので当該生徒が在籍する学年に報告すると、ある先生は「あー…最悪のメンバーがそろってる」と。
管理職に報告するとこちらの責任のあることではないのにやはり怒鳴られた。「どうするか自分で考えろ」「早くしろ」とわけのわからないことを言われ。
教頭から「怒るのはあなたを信頼して成長してほしいからだ」と言われたが、(わざわざ応募して選考を突破した)管理職と下っ端は意欲が違うし、成長したくないので信頼せず放置してくれと思う。
校長は「生徒の失敗を大目に見たらどうか」と状況を理解せず、面倒をこちらに丸投げする発言。
なぜ私だけこんな目に遭わなければいけないんだと思った。
気づくと、どうすればこんなことから解放されるだろうと思い色々検索していた。
隣の先生にこれを見られ、「行動に出る前に管理職に相談した方がいい」「教頭は口調がきついから真に受けないほうがいい」「私も色々失敗した」などといろいろ慰めの言葉をくれた。
私と同時に着任した先生などにも相談に乗ってくれた。「あなたは完璧を目指そうとしてたんだ。60点でいいのでは」とも言ってくれた。
また、該当生徒の指導はその生徒が在籍する学年に依頼できることになり、非常に助かった。
何もかもやる気を失った。大好きな曲を聴いても拒否反応がすごかった。
テレビをつけると、時代劇の切腹シーンが出てきてますます気分が沈んだ。
通勤途中に外国人観光客を見ると、なぜ日本人だけ労働に苦しまなければいけないのかと思った。私も自由気ままに旅行したいのに。
(日本は労働法規に甘く、バカンスもなく権利行使がしにくい、下手すると同じ立場の労働者が権利行使を妨げてくるのはなぜだろうか。一説には資源の少なさと正社員制度が原因だというが…)
その後の数日、外出したいとも思わなかった。
そういえば、今までも出勤できていたものの、疲れというかなんとなく休み明け出勤したくない気分になることがしばしばあった気がする。
しかし今回はその気持ちが特に強かった。そんななか、ベッドの上のぬいぐるみが私に話しかけてきた。
渋谷凛「もう休めば。疲れてるでしょ」
島村卯月「早く休まないと…大変です!」
本田未央「よく頑張ったねプロデューサー。思い切って休んじゃお!」
あれ、苦しいときは休めばいいんじゃね?なんでこんな簡単なこと思いつかなかったんだろう。
今まではこんなこと考えつかなかったが、思いついた途端肩の荷が一気に下りた気がして、気がすごく楽になった。
そういえば、小学校の頃の私は皆勤至上主義で、ひどい風邪でも登校していた。
高校でそのおかしさに気づき少しでも体調が悪ければ欠席するようになったのだが、なんでこの解決法を忘れてしまったんだろう。
だが、この計画は勤務校はもちろん、何かの機会で口外するリスクのある同僚には当然言えない。
一見仲間にも見える両親にも口外してはならない。
母親は祖父(母方の曾祖父)が職を失いつまらなそうにしていたのを見て、仕事があることが素晴らしい、働かせていただいていると思うようになったそう。
つまり、「クビになりそう」→「ならないようにどんなことでもする」という感覚の持ち主だ。
父親は偉そうに上司にも独りよがりなイデオロギービジネスマンとしての心構えを力説していたらしい(それで啖呵を切って職を転々としていたらしいが)。
「自分の思い通りにならない、またはその仕事の責任を120%果たせないなら辞めるべき」と思っているらしい。
その日は特別な準備を要する授業や前述の生徒の指導も予定されており、休んだら迷惑かと思ったが、どうでもよくなっていた。
となると、どのような手段で休もうか。
休むのは電話すればいいのは知っているが、真っ暗な家で引きこもっても体調回復は絶望的だろうと思った。
じゃあ逃避行してしまおう。せっかくだし最近行っていない江ノ島に行こう。
ふと気になった。この休みはどういった扱いになるのだろうか。休暇の一覧表をみると、「病気休暇」があった。
利用条件は「ケガや病気で勤務できないとき」とのことだが、「病気」の詳しい定義がない。
ということは、「精神的に辛く体調がすぐれない」(これが悪化したものが「うつ病」「適応障害」などの精神疾患)も問題ないはずだ。
日数でいろいろ条件も変わるらしいが、今回の場合はまずは電話一本で、正式な手続きは出勤できてからで問題ないらしい。
ところで、病気休暇を取得している期間は病気の療養に専念しなければならない。
逃避行で精神の不調が回復するのならそれも療養であるから問題なく、むしろ進んで行わなければならない。
病気休暇が使えないなら年次有給休暇の利用、それもダメなら(給与が減るが)欠勤扱いでもよい。いずれも無断欠勤よりずっとマシだ。
今日は出勤しなくていいんだ。そういうつもりで髭剃りと歯磨き、自宅の風呂掃除とトイレ掃除を念入りに。
教員の労働環境のブラックさが世に知られ叩かれ出したことから、働き方改革の一環で電話は始業時間までつながらない。
始業後に連絡すると迷惑だろうから、自分が所属する学年団への連絡手段(こちらは連絡時間の制限は特にない)があったので、先にそちらに体調不良の旨連絡した。
学年団の先生方(原因となった出来事を直接は知らない人含め)は「ゆっくり休め」と言ってくれた。
「次の日も厳しいかもしれない」と続けて言えば、「好きなことをしてしっかりとリフレッシュしなさい」とも。事情を知っているのかな?
元気のない声で、やる気を出そうにも空回りしている雰囲気を出した。
何の問題もなく休暇が取れた。休暇届提出は次回の出勤日でいいらしい(説明もその時するから急ぐなとのこと)。
混雑したバスが来るいつもと変わりないバス停。そこに私はとてもラフな出で立ちでいた。
家を出発する際は、勤務するときと同等の服装だったが、バス停近くの隠れられる場所で着替えた。
・本田未央ちゃんのフルグラフィックTシャツ(二次元コスパ)を着てアロハシャツを羽織り
・本田未央ちゃんの腕時計(キャラアニ。スーパーグルーピーズじゃないよ)を左腕に
・本田未央ちゃん、渋谷凛ちゃん、島村卯月ちゃんのぬいぐるみをカバンにしまい
・八宮めぐるちゃんやライブ(空は澄み、今を越えて。他)記念のキーホルダーをカバンに付けた。
どうだ、カッコイイだろ。
普段の通勤と時間があまり変わらないので混雑がストレスになるのは変わらない。
まあすぐに解放されるしいいか、と思っているうちに新宿駅に着いた。
ATMでお金を引き出し、藤沢までの切符とロマンスカーの指定券を購入(本当は特急券不要の快速急行でもよいのだが、せっかくなので…)。
江ノ島方面のロマンスカーは夕方までないとのことなので、相模大野で普通電車に乗り換えることにした。
横断歩道で信号待ちをしていると、知らない人からサイエントロジーとかいう宗教団体のチラシをもらった。すぐ捨てた。
コンビニで酒(ほろよい桃味)とつまみを買ってから(車内は)滅多に人が来ないところなんで、そこでしこたま酒を飲んでから(デレステを)やり始めたんや。
飽きたので、Amazonで大崎甜花ちゃんのフルグラフィックTシャツをポチっと購入。送料込みで7,321円也。
小田急線を乗り通すのは15年ぶりだ。複々線区間が代々木上原~向ヶ丘遊園まで伸び、列車種別構成の大きな変更があり、準急が緩行線を走行するようになったらしい。
藤沢に着いた。片瀬江ノ島まで行っても江ノ電を使ってもよかったが、せっかくなので大船まで戻る。
乗り換え専用改札があった。こういう改札は利用区間が制限されないICカードでしか通行できないものだが、聞いてみるとICカードとここまでの切符の組でも通れるという。
ここまでの切符を入れ、すばやくICカードをタッチすれば通行できた。ちなみに、新幹線乗り換え口でも似たようなことができるらしい(クレジットカードやEX-ICは不要)。
ここからは神奈川のジェットコースターとも評される、湘南モノレールに乗車。
強烈な地響きとともに列車が入線。駅壊れるぞ。
大船を出たばかりなのに猛スピード。おい、右に葬儀場があるぞ。車両は棺桶じゃないぞ。
思ったほど揺れなかったが、心配なのは走行高度が低すぎる点だ。大型路線バスとかぶつかるのでは。
湘南深沢から先はさらに本気を出した。70-80 km/hは出したか。これに匹敵するのは東京モノレールの一部区間(昭和島付近)だけだ。
15分程度で終点の湘南江の島に到着。テラスでアイドルたちと記念撮影。
そのまま南に歩き、湘南海岸公園に。やることがないので近くの岩場で昼寝。
雲が動き日差しがまぶしいので、目隠しをした。時に涼しく時に熱くなるがこれが気持ちいい。
1時間ほど寝たら、桟橋の方を覗いてから15年ぶりに新江ノ島水族館へ。
岩場を歩いたり、飛び込み泳ぐペンギンさんが人間の言葉を話せたら何を言うのか、不謹慎なセリフを考えると非常に面白い。
最後に物販店でくじ引き。2等が当たり、店員さんがハンドベルを鳴らした。後ろから拍手。恥ずかしいだろ。
江ノ島にも行った。
恋人同士が鳴らす鐘らしきものの前で、本田未央ちゃんと一緒に記念撮影。
気づかず徒歩で戻ったのだが、どうやら船で江ノ島大橋のところまで帰れたらしい。
時間が足りず、江ノ島シーキャンドルやそのまわりの施設群、しらす丼は手付かずだった。また今度行った時味わおう。
江ノ電は意外にもVISAのタッチ決済による運賃収受を行っているらしい(決済端末は改札内なので、一部改札は不正通行検知装置を切っている)。
日本の改札は専用の券を駅などで購入し、機械に通す方式を取っており、欧州で一般的なQRコード付きの切符を任意の場所で印刷して通行するようにするのは難しいとのこと。
そこでVISAのタッチ決済による運賃収受が導入されたが、おそらく江ノ電は日本で2-3番目あたりには早く導入したかと思う。
本田未央「今日は楽しかったね!ねぇねぇ、明日も一緒にどっか行こうよぉ!」
勤務校と学年団に連絡した。2回目なので良心の呵責は全くない。
電話は教頭ではなく事務職員が取るため、こちらの事情は知らない。「はい分かりました」で終わり。
そこで、今日はアロハシャツの下には乙倉悠貴ちゃんのTシャツを。
いつものバス停に行く途中、ネームホルダーが落ちていた。手に取って見ると近くの幼稚園のものだと分かった。
グーグルマップでその幼稚園の電話番号を調べ電話をかけると、「どこに落ちていたのですか」と聞かれた。近いので「そちらに持っていきます」と伝えすぐに向かった。
その幼稚園に着くと、ちょうど登園時間とかぶっており保護者が子供を預けに来ていた。
乙倉悠貴ちゃんのTシャツ丸出しの男はロリコン扱い間違いなしなので、アロハシャツのボタンを閉めて事務室へ。
対応した職員さんは、電話に出た人とは別のようだが、「これ落ちてました」と言えば「ありがとうございます」で終わり。さっさと退散。
暑いので路地裏に入って下着を脱ぐ。肌の上に直接乙倉悠貴ちゃんがくっついてきて興奮する。
昨日歩きすぎたのか、右足小指に水ぶくれが。
昨日よりかは早いが、それでもまた出発が遅れてしまった。
今日もバスと電車を乗り継いで新宿へ。今日は小田原方面に向かうのでロマンスカーも多く走っている。
なんと小田急の自動券売機はクレジットカードに対応していた。箱根湯本までの切符と特急券を買うと、なぜか乗車券は小田原→箱根湯本のものしか出てこなかった。
小田急の改札は切符を2枚重ねで投入できるが3枚重ねはできず、しかたなく新宿→小田原の切符と特急券を投入。箱根湯本到着後有人改札で事情を話すことにした。
今日もセブンイレブンに行き酒とつまみを買い乗車。今日は酒2本(ほろよい桃味とぶどう味)。
電子レンジによる加熱が必要だが温め忘れてしまったものがあった。まぁ生で食べて腹を壊せば休みを伸ばせて都合がいい。
車内でつまみを全部食べ終わってから Permalink | 記事への反応(12) | 13:12
実家を出て一人暮らしをするために借りた初めての部屋に住み続けたんだけど
そのまま結婚して1回だけ転居してからマイホームを購入したのを少し後悔してる。
もっと色々な部屋に住んでおけばよかった。代々木上原とか代官山とか恵比寿とかそんな場所に住んでみたかった。
コンクリ打ちっぱなしのスタイリッシュな部屋とか、全面ガラス張りのオシャレなデザイナーズマンションとか憧れるよな。
レトロで昭和の雰囲気が残るビルなんだけど内装はリノベされてワンルームなのに20畳みたいなキモ物件に住みたかった。
「今行っておかないと下手すりゃ一生行かないから、今のうちに行っておけ!」っていう場所教えてくれない? 飯屋でも観光スポットでもいい。
「下手すりゃ一生行かない」のイメージはこんな感じ(↓に書いたのは全部行ったことがあるor行く予定がある)。
グルメだと小田急相武台前駅のDolce Casalingoとか(関西から行くにはアクセスが悪い)、大久保のスパイスカレー魯珈(人気店すぎてハードルが高い)あたりは気になってる。
個人的には東電の廃炉資料館(福島)、原子力災害考証館(いわき)とか、群馬県大泉町のブラジル街?や神奈川・愛川町の多国籍エリアも行きたいんだけど、そっちは若干遠いので迷ってる。週末はレンタカーで銚子に行きます。
公開御礼という言葉が書かれた紙をおじいさんが勝訴みたいな感じのポーズで見せびらかす姿が右側に描かれていて、左側には正面を向いた黒髪ロングの女の子が描かれている絵が、透けるスマホカバーに挟んでる人がいて、なんの漫画あるいは誰が絵師か気になりました。ちなみに女の子の画風は遠目なので、なんとも言えないですがなぜか横槍メンゴのクズの本懐かレトルトパウチで見たことあるような感じの女の子に見える画風でした。
写真があればわかりやすくなったと思いますがさすがに盗撮するわけにもいかず…
この手がかりで思い当たる漫画等あったら回答よろしくお願いします。
▪️0710追記
並ばないとは言ってないのがポイント。
イエンセン忘れてた! デニッシュのお供になぜかブルーシールのアイスが買える。好き。
追記終わり▪️
並ぶの嫌いなので、平日ならほぼ並ばずにすむ店限定
代々木ってか新宿に近い住宅密集地で薪窯を導入した根性が熱い。
食パン、カンパーニュ、たまにバゲットという絞った商品構成も熱い。
天然酵母パンの老舗。袋忘れたというと、その辺においてあるデパートとかの紙袋に入れてくれる。実家感。
山小屋風のカフェを併設しており、おしゃれなんだろううけど民芸居酒屋にいる気持ちになる。
もそもそずっしり。たまに食べたくなる。
ドンク出身の稼ぎ頭。今となってはパンは普通な気がするが、ドンクのよさってそういうとこだろうし、
時代を先取りしたとも言えるだろう。隣のワイン屋も同経営らしい(真相は知らぬ)。
■ステッピン/幡ヶ谷
この1年くらいの店。ビスケットとクロワッサンがよい。店主、足柄山の金太郎に似てる。
近くの有名ベイクショップよりよい。
enderuku そうか、オウムの地下鉄テロに使われた歴史を知らない人も増えてきたのか。ゴミ箱にサリン袋捨てられてたんだよ。だからゴミ箱は撤去されまくった
https://b.hatena.ne.jp/entry/4731947959035480356/comment/enderuku
マスク姿の林郁夫は千駄木駅より入場し、綾瀬駅と北千住駅で時間を潰した後、先頭1号車(クハ202-107)に北千住駅(7時48分発)から乗車した。8時2分ごろ、新御茶ノ水駅への停車直前にサリンのパックを傘で刺し、逃走した。
広瀬は2号車(02-216)に始発の池袋駅(7時47分発)から乗車し、茗荷谷駅か後楽園駅停車時に3号車(02-316)に移動、ドアに向かって立ち、御茶ノ水駅到着時サリンを散布した
横山は5号車(02-550)に新宿駅(7時39分発)から乗車し、高架駅である四ツ谷駅進入時にパックに穴を開けサリンを散布した。
豊田は先頭車両(28811[注 24])であった。 )に始発の中目黒駅(7時59分発)から乗車し、ドア付近に着席、恵比寿駅進入時サリンのパックを刺した
彼は北千住7時43分発中目黒行きの3号車(03-310)[注 30] に上野駅から乗車した。そして、秋葉原駅で実行犯のうち最も多くの穴を開けサリンを散布した。
乗換案内のサイトやアプリは、同じホーム(同じ島の向かい側に停車)で乗換時間1分とかを「乗り換えられる」と判断して表示してくるが、
実際には、それができるのは単一の路線同士(急行から各駅停車への乗換とか)だけだ。
相互乗り入れしている路線の場合、同じホームへの停車であっても乗り換えられない事が多い。なぜなら、相手を待たないから。
乗換時間1分だが、特に通勤・退勤の時間帯なら1分やそこらは普通に遅れる。
同じ路線なら接続を待って発車するが、相互乗り入れで別路線だと待たない。
千代田線の方は都心を通ってる上に、常磐線とも直通運転してるので遅れやすい。1分やそこらはだいたい遅れてる。
一方、小田急は代々木上原の隣が始発駅の新宿なので、まず遅れない。
なので、乗換案内で千代田線から小田急線への乗換ルートが表示されても、乗り換え時間が1分の場合は、ほぼ乗り換えられない。
代々木上原に到着した時には、既に行ってしまっているか、こっちの扉が開く前に、乗り換え電車の扉が閉まってしまう。
こっちの扉が開いてしまうと、ゾロゾロ乗り換え客が移動し始めてしまい、あっちはなかなか扉を閉められなくなってしまって遅れてしまうので、遅れを避けるため、あっちの扉を閉めるまで、こっちは開けてくれないのである。
そりゃね、遅れたくないのは分かるけどね、こっちは乗換案内信じて行動してるし、アンタらも同じ島で1分違いのダイヤって、接続を前提に組んでるんじゃないのかよ。
5分遅れとかなら待たないのも分かるが、遅延情報も出さない1分の遅延とかで接続を放棄するなよ。
乗換先の電車が扉を閉めるのを、指くわえて見てなきゃいけない腹立たしさ。
というか、表参道あたりで「駆け込み乗車はおやめください」の車内アナウンスがあると、どっかのバカが駆け込み乗車して発車を遅らせてるので、1分遅れる可能性が高い死亡フラグである。
大変腹が立つ。
バイト先の「ふぃよるど」というノルウェー料理店がコロナの影響で閉店することになって、全員で乃木坂まで閉店作業を手伝いに行った。全員といってもおれ自身を含めてバイトは学生の3人だけだったが、小さな店の厨房設備や什器を回収業者のトラックに運び込むにはその人数で十分だった。
夕方には作業が終わって、最後に3人でご飯でも行こうかということになり、平林の車に乗って南青山・六本木方面に行ったはいいが、どこも営業自粛中で閉まっている。
「どうする?」とおれが訊くと、「どこでもいいよ、ラーメン屋でもなんでも。ちょっと調べてみる」とディキンソンがiPhoneを取り出す。ディキンソンは女子大の英米文学科に行っていて、本名は別にあるのだが、エミリー・ディキンソンとかいう詩人について卒論を書くつもりらしい。理工学部の平林と経済学部のおれはその方面に全く無知だったので、詩人の名前の響きだけで衝撃を受け、以来店では彼女をディキンソンというあだ名で呼んでいた。
車内では爆音で日本語の歌がかかっている。バブル期ぐらいの日本の音楽を集めるのは平林の趣味で、とくにアイドルの音源を偏愛していた。高校まで競技水泳をやっていた平林は運転席でイカリ肩を揺らしながら酒井法子?の歌に合わせて All Right, All Right と裏声で歌う。
恋を失くした
悔しいけど
「あった、開いてるとこ。オメガラーメン。麻布十番。どう?」ディキンソンが後ろの席から画面を差し出す。青山霊園を走る車の中で、平林は相変わらず All Right, All Right と裏声で歌う。「ちょっと、うるさい」とディキンソンが平林の頭を押さえつける。おれは助手席からiPhoneの画面を覗き込む。「いんじゃないかな。あとは車停める所か、探してみる」
オメガラーメンは空いていた。というか客はおれたちしかいなかった。カウンター6席ほどの店で、3人並んで座るとけっこう密だったが、今日いっぱい密だったので、いまさらどうしようもないよなと話しながら座った。
「えいらっしゃい」と店主らしき人がカウンターごしにメニューを置くが、オメガラーメンと一行書いてあるだけだ。3人ともオメガラーメンを頼んだ。
出てきたのは真黒なラーメンで、独特のぬめりがあるスープから肉の塊らしきものが突き出している。ビーフカレーのようにも見えるが、中央に配置された白髪ねぎの小山がラーメンらしい外観をかろうじて保っていた。
味はなんというか、微妙だった。3人とも無言で平らげて店を出た。
代々木上原に住むディキンソンを途中で降してから、赤羽に実家がある平林と田端に住むおれは北へ向かった。
「また3人でこうやって会うこと、あるのかな」
「どうかな。まあ、あるんじゃないかな。当面、全員日本にいることになりそうだし」
「どういうこと?」
「咲は、あ、ディキンソンは、秋からアメリカの大学に留学が決まってたんだけど、話が流れちゃったらしい。コロナのせいで先行きがわからないからって。それでけっこうがっかりしてたんだ」
「そうなのか」としか言えなかった。
なぜおれは知らないのか。なぜ平林は知っているのか。なぜディキンソンの下の名前を言ってからディキンソンと言い直したのか。
動坂下の交差点で降してもらい、セブンイレブンに寄ってからアパートへ向かうあいだ、胸に覚えのない異物感を感じ続けていた。それは甘すぎたオメガラーメンによる胸焼けなのか、ディキンソンにこれまで自分が何かを感じていたことにたいする動揺なのか、わからなかった。
ようやく合点がいきました。
デザイナーズ物件が済みにくいというのはもう昔から言われてることですが、なぜなのか。
なぜ建築のことを勉強し続けてる人たちが作った家が住みにくいのか。
デザインにステータス全振りしたらそりゃ住みにくいだろうというなんとなくふわっとした理由づけにみんな納得してきましたよね。
でもデザイン物件に住みたい。高くておしゃれな家は住んでて気持ちいい。
でもトイレ風呂が妙な位置についてたり、ほかの部屋に行くのにいったん外に出ないといけなかったり、子供部屋が鬼のように狭かったり暑かったり、プライバシーがなかったり、ベランダが洗濯物を干すには狭すぎたり、でかすぎて物置になっていたり…まあとにかく妙なことになっています。
田中卓志と遼河はるひが仮装夫婦になって人様の建てたばかりの家を見に行く番組なんですが、私はずっと引っかかっている回がありました。
その回で紹介された美容師夫婦の建てた家は、建築素人の妻が家の設計をして建てた家でした。それに遼河はるひが食いついた。
設計したのが素人と知る前から、家に入った時から、彼女はくいついていました。いつもとは違う熱量だったのが印象的でした。気に入ったんだなあと誰もが思ったでしょう。
そして見終わって、遼河はるひが言った言葉は「この家を真似しよう、このままの家が欲しい」でした。
そこまで?私は正直思いました。
おそらくその場に立ってみないと見えないところがあったんだと思いました。
個人的には今まで番組で紹介された家の中にはもっと素敵であこがれる家はたくさん出てきていました。でも彼女が食いついたのはその家だったんです。
その後も毎週、建築にこだわりがあり、趣味にこだわりぬいた家が紹介されていきます。
そしてある回で二階にプールのある家を紹介したときのことです。
その夫婦の奥様が中国人だったためでしょうが、どの夫婦も濁してきた「住んでみての失敗点」のコーナーで、彼女は住みにくくて不満ですとはっきり言ってしまいました。
やはりデザイン性を追求すると住みにくくなるのか……、そう思いながらも、あの美容師夫婦の家を思い出していました。
陳腐な言い回しだがパズルのピースがはまるように突然わかりました。
それは理由としてはごくごく当たり前のことでした。
「普段家事をしない男がデザインした家が住みやすくなるわけないだろう」。
いわんや、「士業の男」をや、です。世の中建築デザイナーの妻が10歳以上年下で専業主婦でなかったためしがありません。そこに見える男のロマンといわれるような傲慢な思想。ブラジャーを作っている大手企業の幹部が全員男だった時と同じ構図です。
主人よりずっと長く家に住む女子供を思いやれる建築士の顔が浮かびません。彼らは良い服、靴、時計、自分の趣味に興味があるだけで、妻や子供は自分の家にも住まわせてやってるという意識が働いているのです。代々木上原にあるような賃貸のデザイナーズ物件などに至っては「俺の設計した賃貸に住まわせてやるよ」という傲慢が見えるようです。
彼らの設計する家は、デザイン性によって生じる利便性の悪さをすべて自分の居住区以外に押し付けており、表から見える場所はきれいでも裏方がぞんざいです。
子供部屋は狭く、暑かったり寒かったり、子供が大きくなったら壁を作って狭い部屋をさらに二つに、とリビングの二の次、三の次の扱いです。私が子供なら成長につれ狭くなるような子供部屋は嫌です。
そして自分のこだわりのために毎日家で長時間家事をする妻の動線は無視されています。自分の金をつぎ込みたいところにつぎ込み、自分が使わない場所への節約が顕著にでた家の数々。そんなものが「家族」にとって住みやすいわけないのです。
そしてデザインに大きな権限を持つ建築主はこう言った番組で必ず言うセリフがあります。
丸投げなのです。そして換気扇が恐ろしく遠い位置だったり、キッチンの規模に対して小さすぎたりするのです。料理をしないからわからないのでしょう。
日中は家におらず家事なんかするわけない、家事がどういう流れで行われるかなんて考えたことも実践したこともない人間が、特に家事労働時間の長い家族の住み心地になんか元より考えられるわけないのです。
世の中クリスマスですよね。
この時期、街のイルミネーションを見たり、ネットで非モテ男女の孤独な慟哭を見るものいとをかしという感じだが、みなさん一つの文化に振り回され過ぎじゃないですかね。
年々国際化する日本で、ここに住む人々が年末のこの時期をどのように過ごすのかに興味があって、神社、教会、寺などを写真に収めてみたかった(別に上手くはない。思い通りの光を撮る方法も知らない)。
なのでクリスマスイブ前日の23日に、前から興味はあったが、なんか門前払いされるんじゃないかと思っていけなかったモスクにいってみた。
予報は曇りだったので傘をもたずに出たが、小雨が降ってきて、肌寒かった。
東京ジャーミーは1階がトルコ文化の交流会館、2階がモスクだった。
写真撮影OKとのネット情報を得ていたが、「商業撮影、美術などで撮影する方はひと声かけて欲しい」との注意書きがある。
気になったものを気になったタイミングで写真を撮っていくつもりだったが、ここは宗教施設であって、信徒にとって神聖な場所であるので、指示に従う事にした。
1階の交流会館でヒジャブをかけた女性に「美術の興味があるので写真が撮りたい」旨をつたえると、すこし逡巡した様な感じで、責任者っぽい人を呼びにいった。
しばらくしてヒゲを蓄えた壮年のムスリムの日本人男性が現れて「写真を撮るなら、イスラムの正しい知識を得てからにしてほしい。しばらくすると、館内を案内するツアーが始まるので、それに参加するのを期待する。」という様なことをいわれた。
美術に興味があって写真が撮りたい、というところが引っかかったようで、広告や美術でイスラムの文脈を無視してイスラム的なビジュアルを使われるケースを懸念しているようだった。
なるほど、その懸念は分かるし、もし自分がイスラム的な美的要素で何かを作ろうとしたときに、精神と関係なくビジュアルだけを抽出するのも「志が低い話だ」と思ったので、館内のイスラム解説の書籍を読みながら待つ事にした。
サラッと読むと
・ムハンマドは元々商業をいそしんでいた時期があるので、商業取り引きの話が結構出てくる
・ムハンマドは既婚者で、姉さん女房、もともとムハンマドを雇用していたが、彼の機智に感じ入る所があり結婚した
・非ムスリムは地獄に堕ちるとはっきり書いており「イスラムが正しいのは自明」という前提だが、同時にムスリムへの改宗は決して強制してはならないとも明言している
という感じだった。
しばらくすると、ツアーが始まった。
会館にあつまった見学者の前でイスラムやトルコについて熱弁する先ほどの先生。
日本でイスラムやムスリムについてあまりにも知られていないという事で、とにかく「知ってもらおう」という熱意がこもっており、しばしば時間をオーバーした。
・貧しい人との分かちあいを大切にしており、食事の振る舞いはイスラムにとって大切な行為である
・イスラムの世界では神と人(その他)には明確な上下関係があるが、それ以外は全て平等
との事だった。
しばらくして礼拝の始まりをしめす館内放送がながれ(言葉は分からない)、2階のモスクに上がる事にした。
モスクは土足厳禁。
靴を脱いで館内に入り、見上げると、白亜のドームの頂点にアラビア文字のシンボルがあり、その周囲を赤やシアンの繊細な文様が踊っていた。
館内は白、赤、シアン、紺、黒、ゴールド、緑で、文様やアラビア文字があしらわれた色鮮やかな空間を形作っていた。
教会におけるマリア象のような人間の様を象徴したシンボルはなく、偶像崇拝への禁忌をかなりストレートに守っている。
そういった具体的、象徴的なものがないので、装飾はアラビア文字であったり、植物を単純化したパターンであったり、幾何学文様であったりする。
モスクの中は照明が押さえられて薄明るい程の感じで、正面のゴールドの燭台が輝いていた。
先生がモスクについて解説している最中にも、在日のトルコ人や、たぶんアジアのムスリムが礼拝をしている。
・イエス・キリストもイスラムにとっては予言者の一人ではあるが、クリスマスはムスリムにとって大きな意味はもたない
・基本的に太陰暦なので、生活習慣としての1年の区切りがちがう
・幾何学文様はイスラムの宇宙の姿を表したものということであり、つまりはユダヤ教のカバラや密教の曼荼羅のような方向性のモノ(この例えは自分の解釈)。当初先生が懸念を示したように、たしかにこういったモノを文脈無視で使うと変な表現にはなるように思う
ということだった。
これから日本にマレーシアやインドネシアの人も来るだろうし、年末のお休みにモスク見学をして、多様な日本社会に思いを馳せるのもいいのではないでしょうか。
ちなみにモスクを出る時に、脱いだ靴にくしゃくしゃのペーパータオルを捨てられていて、「宗教施設に来てるのに志が低いのがいるなあ」とはちょっと思った。