はてなキーワード: センシティブとは
自分としては、単にどちらもあんま偏った事を吹き込むなよ、と言いたいだけで。
まあ、教科書による史実は、どうしたって何らかのバイアスがかかることは仕方ないことではあるんだけど、
今の日本で天皇を拝める様な教育をするのも間違ってるし、戦争で日本だけが悪者だったというのも間違ってると思うし、
ま、何にしろ、もうちょい客観的な史実をまず教えて(これがどこまでが客観的か、と言うのが難しいところではあるが)、
センシティブな部分は、逃げるわけじゃないけど、少なくとももうちょい大人になってから教育してもいいんじゃないかとも思うけどね。
高校生くらいで、いっその事、その両極端な意見、ってのを授業とかでやって自分たちで考えさせる、っていうような事をしてもいいんじゃないかと。
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突然隣に座っていた男が大声で怒鳴り出す。「電波がペースメーカーに及ぼす影響ガー」とのこと。
こえーとか思いながらとりあえず「いやこれ電波出てませんから影響ないですけど」って言ったら
「そういう電子機器使ってると自分もやっていいと思う連中が出るから全部お前のせい」と言い出す。
「そりゃその本人の問題では? あとちょっと声抑えてもらえません? 心臓が悪い人も座る席なんですから」
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男、激昂。大声のまま暴言吐きだす。とりあえずヘッドホンかけてガン無視、ポメラの入力を進める。
「自分のことしか考えない自己中女」「ブス」「ルールを守れ」「女だから許されると思ってる」「ブス」「俺はそういうの許さないタイプ」「お前に何があっても俺は助けない」「ブス」「お前は絶対子ども虐待する」「こういう自己中のブスは必ず子どもを虐待する」
だいたいこんなようなことを延々大声で言っていたが声はとても遠い。いやあパイオニアのMJシリーズ71番は素晴らしくいい仕事をしますね。密閉型の売り文句は伊達じゃない。
しかし指は震える。大声って苦手なのよね。
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男、最後まで暴言吐きまくって下車。確か大江戸線月島駅だった。
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明日以降も同じ電車で遭遇したときのためにICレコーダー買って帰ろうかなーどのくらいのスペック要るのかなあ
証拠がたまって告訴まで至ったらエキサイティングだけどPTSDの診断書でもとらないと傷害はつかないだろうし
暴行強迫にも至らない軽犯罪法抵触レベルで済んじゃって難しいかなあ ←今ここ
電車は変えたくない。朝くっっっそ弱いのにそのためだけに早起きはできないしわざわざ混むやつに乗り換えたくない。
相手は終始大声だったが手は出してこなかった。つまりその程度の計算はあるか、単にチキンなのか、或いはその両方かだ。
更に暴言の内容から考えるに、自分はルール或いはモラルに基づいていて正しいという確信があり、かつ正しければ何をやってもいいと思っていて、自分の思い通りにならないことが耐えられないタイプなんだろう。あとブスと虐待を連呼するあたり、女はみんな嫁でカーチャンだとも認識してそう。
怒鳴り出す引き金がごく些細で(私に怒鳴る前から優先席に座った高校生、スマホいじってたリーマンと相手構わず挙げ足取ってぎゃんぎゃん言って無視されていた)激昂するまでのタイムラグが短い(殆ど無い)ことと、あと恰好がかなりカジュアルだったから、十中八九まともに就業はしていないんじゃないかと思わせるものがあった。いや適材適所というしひょっとしたら就業ニッチが存在するのかもしれないが、あれじゃまず間違いなく客商売の類は務まらない。となると朝から通院か、ご苦労さまですって感じ。
何だろうな、家人(たぶんおかあちゃま)に大事大事に育てられルールを守れば褒められて何でも受容されてきたので傍若無人な振る舞いにためらいがないけれども、一方でそんな真っ当なお育ちの自分を受け入れないものに対して免疫がなさすぎてひたすら攻撃してしまうみたいなセンシティブこじらせボーイ的な雰囲気があった。ボーイっつーても精神年齢の話で肉体年齢は不明。成人はしてるだろう。おまけに肥満体。ホント暴力に訴えて来なくて良かった。
総合して考えるにまた電車で遭遇する可能性はどちらかと言えば低い。あんなクソ些細なトリガーでいちいち粘着してたら身体がいくつあっても足りないだろうし、向こうが通勤じゃないなら会わないだろう。現にこれまで何年か同じ電車で通っているが見かけたことはない。レコーダーは買うだけ無駄になりそう。
今ソーシャルゲームの艦隊これくしょんがとても流行っている。実際面白いし、女の子は可愛いし、声優陣は豪華だし、まあそれはいいんだが、正直な話このゲームはすぐに潰れると思っていた。テーマがテーマだからだ。
昨今だと「風立ちぬ」が零戦を扱った作品ということで、特定アジアの過激な人々に叩かれまくって散々な感じである。「進撃の巨人」に至ってはキャラクターデザインが戦時中の将校という理由で作者ブログが炎上したりしていた。それを踏まえると、いずれ艦これが叩かれまくって炎上するのは目に見えている。というか、なんでまだ炎上してないんだ?これ。特定アジアの過激な人々は、必ずしも自国と日本間の戦時中の歴史ネタのみならず、所謂『戦時ネタ』全般に非常に敏感なのはこの零戦の一件でも明らかだ。仮に艦これが「この娘たちは艦船の名を冠してるだけだから!全く関係ないから!」のギリギリ一点張りで付き通すならまだセウトにせよ、このゲームは日本海軍艦船の名を冠した少女たちがやれ『ミッドウェー会戦』がどうとかとか、実際の戦時ネタを口にするのだ。
それでもまあゲームとしてはよくできているし、女の子も可愛いし、こうした戦時ネタ同人は今に始まったことではないからそれ自体を非難したいわけでは全くないんだけど、それにつけてもこのゲームは、自分の眼には歩く火種に見える。
大体、仕掛け人がDMM.comと角川という超大御所という時点で心臓に悪い。あと更に、ゲーム内課金ではなくメディアミックス関係で収益を得ようとしているビジネススタイルが胃に痛い。そんなに安全に流行るジャンルではない気がするのだが。センシティブすぎる。先行大逃げで稼ぐだけ稼いで逃げ切るつもりなのだろうか。それにつけても声優は大御所ぞろいだし元は取れるんだろうか。法務がよっぽど強かったりするのだろうか。でもイメージダウンはある程度避けられないよね(それとも「そんなの関係ねえ!」なストロングポジションなの?)
そんなわけで、自分の眼には艦これは泥船に思える。課金ゲーには無理なく課金するのが自分の美学だが、艦これはいつ大事になるかわからないのでなんとなく手が遠のく。今はすごく流行っているけれど、もってあと一年なのではないかという杞憂がたえない。
麻生氏のナチス発言がやばい。いつもの通り左翼が都合の良いように解釈をし、非難しているが、ナチスという国際的にセンシティブなワードであっため国外からも批判され始めた。
橋下慰安婦発言のように、国内問題とは異なる国際問題についての発言は致命傷と成り得るので、今後の麻生氏や安倍政権の行方が気がかりである。
だが、今回の発言は決してナチスを肯定したり賛美したりしているわけではないし、本気でナチスの手口とやらに学べよとは思っていないことは自明である。
政治家の発言が問題となるたびに、「全文出せ」「文脈を読まなければ」という声が聞こえる。今回は文脈が出てきたが、それでも左翼の怒りは収まらない。
今回は講演という、オーラルな形であっただめ、本当に真意とやらを理解するためには音声が不可欠だ。
実際、音声で聞かないとその真意とやらが分かりかねるような内容であることが追い打ちをかけている。
音声を聞くと、「手口学んだらどうかね」と言った時に、笑いが起きたわけである。つまりこれは皮肉や悪い冗談の一種であって、「誰も本気で聞いていない」ということだ。
より正しくテキストに起こしたら「手口学んだらどうかね(笑)」である。
例えば、オーラルな発言から全てビックリマークや(笑)を取り除いてしまったら、ニュアンスが全く別物になってしまう発言も多くあるように、今回もそれに当てはまるのだ。
(同時に、「反面教師として学ばなければならない」という極めて好意的な解釈も成り立たなくなる)
それなのに、本気でナチスを賛美しているというのはいくらなんでも無理がある話だ。左翼はそう考えたくてしょうがないようだが。
この発言は批判を受けるべきだが、その対象は不適切な形でナチスを引き合いに出したということであるべきで、ナチスを賛美した!麻生は政治家失格だ!というのはあまりにも頭が残念だ。
さらに残念なのは、そういう残念な解釈をしたくてたまらない左翼メディアがそのような内容で報道を繰り返したことだ。左翼政治家も同様だ。
そのように伝われば、当然海外はびっくりだ。国民もびっくりだ。単に「ナチスを賛美した政治家」というのと、「不適切な形でナチスを例示した政治家」では全く意味が異なる。
ペットショップで猫を購入して二年経つ。
インターネットではあまり評判の良くないショップから購入した。評判どおり、というべきか値段は安かったが衛生状態が良くない環境に置かれていたせいか最初から風邪をひいていた。ショップに予約をしてから会いにいったとき、くしゃみをしながら鼻水を垂らしていて、そのまま連れ帰るべきか、それともショップで体調を整えてもらってから改めて引き受けにこようか、悩んだ。
ショップ店員は、「迎えにきてもらって良かったね」というし、私もいざ抱っこしてみると離れがたく、結局その日に一緒に帰った。
そのあとが大変だった。
風邪は三ヶ月経っても治らなかった。くしゃみをしては鼻水をあちらこちらにまき散らした。病院にも頻繁に連れていき、獣医さんにも「これ以上は出来ることがない。アレルギーかもしれないから材料の違う食事を何種類か与えてみて探ってみましょう」ということになった。何種類も試したがたいした変化はみられなかった。そのうち結膜炎と外耳炎も併発し、いつもぐちゃぐちゃの顔をしていた。
結論をいえば、半年以上経ち身体がだいぶ成長したら自然と良くなった。避妊手術をしたせいか、元来の性格なのか、二歳を越えた今でもあらゆるものに好奇心をもって元気に過ごしている。
買っておいてなんだが、私は「ペットショップで買う」ということに抵抗があった。むしろ、嫌悪感さえ抱いていた。生命を金銭でやり取りする、といえばセンシティブすぎるかもしれないが、そんな気持ちがずっとあった。
「猫と暮らしたい」と考えたときに、保護猫の里親になるという選択もあるが、よく知られているように一人暮らしの里親希望者のハードルはおそろしく高い。実際に人間ひとり猫一ぴきで暮らしてみると、金も時間も予想外にかかるものだし、そうしたときにイージーカムではイージーゴーするだろうなと思うので、それもしょうがないのかもと考えられるようになったけれど。
ペットショップから購入する人がいるから無駄に増やされている生命があるのかもしれない。でも「いますでに産まれてケージの中で生きている生命」は誰かが責任をもって引き受けるべきではないか。しかしそのせいで更に増やされる生命......。
なんてことを延々考えたが、結局私は今一緒にいる猫が生命を全うするときに「一緒に暮らせて良かった」と思ってもらえるように今日も猫に尽くすだけ。
「イタリアン入店拒否について」って何だよ。乙武入店拒否だし1・2
「イタリアン入店拒否について」って何だよ。乙武入店拒否だし1はこちら
http://anond.hatelabo.jp/20130522190526
「イタリアン入店拒否について」って何だよ。乙武入店拒否だし2はこちら
http://anond.hatelabo.jp/20130523164558
では
私は全車いすユーザー(というか乙武さん)のため一生懸命戦いました。たぶん。
私は泣いてなんかない、涙があふれただけ。
店主の対応は絶対間違っていると思うのに、なぜ問題が大きくなっていったのか。
ということで以下言い分。
軽率だった。かもしれない私。
では、なぜあの時私はお店の方が「予約の時に車いすですって伝えてもらってますか?」という質問に対し、予約をした乙武さんに一応確認するなり、「伝えるの忘れてたかもしれません。申し訳ありません。なのでお手すきの時にでもお手伝いいただけませんか」という気の利いた返しをせず、つい「車いすの人は入れないんですか?」と当日の乙武さんと私の話ではなく、全車いすユーザーを代表するような言葉を発してしまったのか。
ここに記しておきます。
久しぶりに乙武さんから連絡を受け、今度食事にでも行きましょうと言うことになりました。
お店は乙武さんが「銀座にいいお店があるから、僕が予約しておくね」ということでお任せしました。
これまでにも友人らとともに乙武さんと食事をすることもあり、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。
乙武さんが誘ってくれるお店はいつも素晴らしく、とても心地よいサービスをして頂けます。ひとえに乙武さんの人徳、お人柄によるものと思います。
この日もとても楽しみにお店に向かいました。
お店のある通りを歩いている時、ほんの少し違和感を覚えました。
お店の入っているビルの前に着いたとき、その違和感がふっと蘇りました。
ビルの入り口に大きな段差がある。これまではこんな段差のあるお店に行く際は、乙武さんのスタッフが店まで送迎されてました。
あれ?今日はスタッフがいない2人きりの食事って聞いてたけど。
身長150㎝台の非力な私じゃ店内まで連れて行くことは困難だな。と思いましたが、乙武さんは全く気にしている様子はありません。
「ごめんね(私)ちゃん。お店2階にあるから、店のスタッフに、予約した乙武が来たんで、ちょっと下まで迎えに来てほしいって伝えてくれる」
ああ、そうか。そうよね。いつも気が利く乙武さんが店の前まで来て立ち往生するようなドジはしないよね。お店の人が知り合いかもしれない。しかも乙武さんが予約したんだった。連絡してるよね。「手伝って」と。
何の気も留めず私はお店に上がっていきました。
お店はすでに予約のお客様で混雑していて、店主の方はキッチンで忙しそう。
スタッフもタイミングを考えなきゃ声を掛けるのも申し訳ない雰囲気。
でも外には乙武さんを待たせてる。あの有名な乙武さんを銀座の路上に長く待たせるわけにはいかない。人目に付きすぎるし、私と2人でお店に入るところを見られたらどんな噂を立てられるか分からない。私はいいけど乙武さんに迷惑をかける。早くしなくっちゃ。
思い切ってスタッフに声を掛けました。
「いらっしゃいませ」
「2名で予約してた乙武です」
「お席の方にご案内します」
店主は?忙しそう・・・
まあ知らなくても、車いすの乙武ですって言ったら、どこでもすぐに気が付いて快く手伝ってくれるから問題ないはず。
「連れの友人、車いすなんで」
この日本に車いすの乙武ですって言って知らない人がいるのかしら。
人は悪くなさそうだけどこんな愚鈍な人に聞いて、知らないなんて言われたら乙武さんの名誉に傷がつく。
でも早くしなきゃ乙武さんに何話してたの?って聞かれて
私ウソつかなきゃならなくなる。
何でもいいから早くしなさいよ。とは言えない。
「え?車いすの人は入れないんですか?」
あれ?何で車いすの人の話にしちゃったの私?
私とあの乙武さんが入れればいいんだけど。
まあこの言葉を言えば断る人いないし。
「いや、そういう訳じゃないんですが」
でしょ。そりゃそうよね。そう答えるわよね。
「じゃあ、いいでしょ。お願いします」
自分が問題を全車いすユーザーの話にすり替えてしまった過ちを気付かれまいとして、つい厳しい口調で言っちゃった。
でも言ってることは間違ってない。絶対間違ってない。
「予約の時に車いすって連絡されました?」
何よこの人。自分のサービス精神のなさを棚に上げて乙武さんのせいにするつもりっ。
私が予約したんじゃないんだし、そんなこと今聞かれても分からないし。
下に降りて乙武さんに確認する・・・言えない。乙武さんを責めてるみたいだから。
今日は2人きりの食事なんだから恥をかかせたら気まずくなるかもしれない。
よしっこれでどうだ。
「今まで、そんなこと言わなくても、他のお店の方はみんな快く対応してもらってるんですが」
そうよ。他の店では乙武ですって言ったら皆満面の笑みで手伝ってくれるのよ。
ええっ、何でこの人ひるまないの。ほとんどの日本人がひれ伏すて魔法の言葉「みんなが~」
だいたい、こんなやり取りしてる間に連れてこれたはずよ。
「本人の体だけですからお手間は取らせません」
あなたのような大きな体なら一人でもできるはず。
「ちょっと今忙しいから、手が空いたら下まで迎えに行くんで待ってください」
やっとやるきになったのね。あんまり時間をかけられても困るんだけど。なんたって外に待たせてるのあの乙武さんだから。
でも何か無理やりおしつけたみたいになってやな感じ。どうせやってくれるんなら初めからそう言えばいいのに。
私は店を出て、乙武さんの元へ。
「長かったね。どうしたの?」
予約のときに車いすって伝えたかなんて、乙武さんを傷つけるやり取りは言えない。
「・・・中々話しかけ辛くって。でもすぐに来るから待っててくださいって」
「そっか」
私は尊敬する乙武さんを待たせることが悔しくって。待っている間の乙武さんとの会話も頭に入らない。
「ちょっと、上がって様子を見てくるね」
店の扉を開ける。
面倒くさいから忘れたふりするつもり?
でも催促するのもはしたない女と思われそう。
スタッフがしばらくして気が付き
「ようやくひと段落したので」と、階下に向かおうとしたとき、店主がキッチンから出てきた。
この人が乙武さんの知り合いなのかしら。
待たせたことのお詫びにわざわざ出てきたのかな。
「車いすのお客様は、事前にご連絡いただかないと対応でき・・・」
えっ、何なの?
いまさら、お店に入れないって言うの?
さっき乙武さんに「店の人がすぐに迎えに来るから」って伝えたのよ。
困る。今更そんなこと言われたら私が困る。
私はもう頭が混乱していました。
これまで乙武さんといてこんな対応を受けたことがなかったから。
なんて聞きたくない。聞くわけにはいかない。
私は店主が話し終わらないうちに遮るように
「あ、でも、車いすは置きっぱなしで、友人の体を抱えていただくだけでいいんですけど」と口にした。
だいたい乙武さんが車いすなの当たり前でしょ。知り合いじゃないの?知り合いじゃなくってももうわかってるでしょ。スタッフから聞いてないの?予約の車いすの乙武ですって。
車いすは店内にいれないわよ。出来るでしょ。本人だけなら。
え?何で?
そのあとは「お引き取り下さい」なのもしかして。
それだけは言わせない。乙武さんがそんな扱い受けることは許されない。
乙武さんに恥をかかせた女として私も恥をかくことになるのよ。
そんなの許さない。
私は再度店主の言葉を遮り
「そういうわけじゃ……」
でしょ。そうでしょ。これで断ったらあなた全車いすユーザーを敵に回すことになるのよ。そんなことできるの?あなたが断ろうとしてるのは、乙武さんなのよ。もう私と乙武さんとあなたの問題じゃないのよ。私たちの後ろには全車いすユーザーがついてるのよ。そして60万人を超えるフォロワーも。
「とにかく、うちは店も狭いですし、対応できません」
あ
あぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・
言いやがったコイツ。とうとう言いやがった。
絶対に言ってはならない。否定の言葉を。
もうダメだ。
私はあの乙武さんに恥をかかせた女になる。
ねえ。何で。
私が最初に行ったときに断ってくれてたら、少なくとも私のせいじゃなかったのに。
乙武さんが予約の時に車いすって伝えなかったからって言えたのに。
あとで迎えに行きますなんて言っておいて、何で今断るわけ?
私が交渉に失敗したみたいじゃない。
何で私に言うのよ。
私間違ってない。絶対間違ってない。
全部あんたたちが悪いのよ。
私は悲しくなった。
自然に涙が出てきた。何でこの人たちは分かってくれないの。
私と一緒にいるのはあの乙武さんなのよ。
私が乙武さんを傷つけた女になるのよ。
私は乙武さんに恥をかかせた女になるのよ。
乙武さんがだめなんじゃないのよね。
車いすが悪いのよね。
うん絶対そう。
こんな時に乙武さんが隣にいてくれたら、いつものユーモアと知性あふれる返しで、この人たちを納得させることが出来るのに。
私は目に涙を浮かべ階下に降り、感じ悪い店主が私達の入店を拒否した。と伝えた。車いすの人を排除しようとしているような感じだったと。
乙武さんもこんなことは初めてだったようで、何があったのか分からないようなきょとんとした顔をしてた。
そりゃそうよね。車いすってことはさっき伝えて、それで迎えに来てくれるって言ったんだから。
と2人で茫然としている時に、店主が降りてきた。
私は、入店を拒否したお詫びしてくれるんだろうなと思った。
店主
「エレベーターが 2階には止まらないって、ホームページにも書いてあるんですけどね」
え?何でそういうこと今言うの。乙武さんがそんなことに気が付かないはずないでしょ。だいいちエレベーターの問題じゃないんだし。ちょっと抱えるだけって言ってるでしょ。ねえ乙武さんそう言ってやってよ。
「ああ、そうでしたか。僕、今回は『食べログ』を見てお電話したので……」
やっぱり乙武さんは素敵。私と違って冷静に見てないことを認め、それからにっこり笑ってスマートに対応するのよね。きっと。
「何を見たかは知りませんけど、予約の時点で車いすって言っとくのが常識じゃないですか?」
何この店主。喧嘩腰じゃない。確かにこんな入りにくい店に行くなら予約の時に伝えといたほうが問題は無いけど、そんな言い方ないじゃない。
ここからが乙武さんの本領発揮よ。いつものようにユーモアと知性で、この店主をやっつけて。
「いや、それが常識なのか、僕にはわからないです。そもそも、僕はこれまで一度もそんなことをせずとも外食を楽しんできましたし」
えっ、あまりにストレートな返しじゃない。それじゃ私のやり取りと一緒じゃない。
もっと知性あふれる、ユーモアの効いた返しを期待していた私はなんだか取り残された感じがした。
「いや、常識でしょ」
何で店主もそのノリで買っちゃうわけ。
「じゃあ、それが本当に常識なのか、広く世に問うてみましょうよ」
え?何広く世に問うって。そんな大きな問題なの。確かに店主の言い方は腹が立つけど。
「ええ、どうぞ」
あー、言っちゃった。あなた知らないわよ。60万人のフォロワーをもつあの乙武さんよ。
これが当日の私が知る事実です。
ここだけは誤解されたくないので、繰り替えさせてください。私はいきなり訪れた店で無理難題を吹っかけ、それが受け入れられなかったから逆切れしたんじゃありません。
ネット上の声には、私のコミュニケーションの取り方に問題があると言うような批判もありますが、私は乙武さんと一緒にいてこれまで今回のような対応を受けたことはありません。
乙武さんの言ってることは間違ってません。
PS
でも時計の針を戻すことが出来るなら店側の「予約の時に車いすですって伝えてもらってますか?」という質問に対し、「伝えるの忘れてたかもしれません。申し訳ありません。お手すきの時にでもお手伝いいただけませんか」という気の利いた対応したり、お店の忙しさに気遣って通行人に手伝ってもらったりしたいです。そっちの方がいい感じでしょ。やっぱり。だって私は乙武さんから2人きりで食事に誘われるほどの女なんですから。
えー
当たり前ですが、これ全部創作です。
私はこの女性のことは何ら知りません。
2人きりで銀座の隠れ家的イタリアンレストランで食事をする仲であること。
この日、最初にお店に交渉に行き、一度は迎えに降りてもらえることを取り付け、後になって店主に断られたかもしれないこと。
断られて泣きながら店から降りてきたこと。
乙武さん(たぶん全車いすユーザー)のために一生懸命交渉したこと。
そこから私は彼女が非常にセンシティブで責任感の強い女性であることを想像して書きました。
本文では、乙武さんを友人に持つことを鼻にかけた、嫌な女のように感じられるかもしれませんが、私は彼女を中傷するつもりで書いたのではありません。
乙武さんという非常に有名な方を友人に持てば、当人が意識するしないにかかわらず、どこかにそのような意識はあると思います。悪い意味じゃありません。乙武さんを大切に思えば思うほどそうなるでしょう。
今回の件も、本当の友人であれば、乙武さんに対し泣きながら店の対応をチクるだけじゃなく、乙武さんが予約の時に車いすですって伝えなかったことも笑って非難できるでしょう。
店が忙しそうだからと、店のスタッフにお願いするのではなく、通行人にお願いすることもできたでしょう。
(女性の性格にもよりますが、少なくとも乙武さんと2人きりで食事に行くならばその位の意識は持つべきです。何かあった時、きっと自分だけじゃ助けられないから)
お手伝いしてくれる方はいると思います。ましてあの乙武さんですから。
そして通行人に抱えられ入店した乙武さんを断る店主ではないと思います。
乙武さんにとっては友人なのかもしれません。
傷つけたりしちゃいけない。って
彼女自身気が付かないうちに畏怖してんだと思います。乙武さんを
私の勝手な想像ですが、店主はやはり車いすだから拒否したのではなく、何らかのコミュニケーション上の行き違いによって意地を張ったと思います。
店主にこんな意地を張らせてしまったこと、「これがうちのスタイル」です。なんて言わせてしまったことを乙武さんに少し考えてもらいたいです。
本文で私が言いたかったことは、彼女が泣かなければならないような事態になった原因として、乙武さんの日常の気配りが足りなかったのではないか。ということです。
車いすの人は常にそんなに気を使って生きなきゃならないのか。って問題じゃないです。
乙武さんはやっぱり有名人です。多かれ少なかれ接する人は常に気を使っています。そして乙武さんと行動を共にする人も、同様に気を使ってもらうことに慣れすぎているのだと思います。
だから「僕はいきなり訪れた店で無理難題を吹っかけて、それが受け入れられなかったから逆ギレしたのではない。」なんて言葉が出るんです。ここは逆ギレってのは変ですが、まあそれは置いといて。
無理難題かどうかは、その時の背景事情、対応する人の能力、個人的主観によって変わります。
事実だけを記せば
乙武さん側は、いきなり訪れて通常ではない対応を求めた。(予約時に伝えてないのだから)
店主側からすれば、いきなり通常ではない対応を、さも当然の如く求められた。だから断った。
確率の問題とでも言うんでしょうか。
お恥ずかしながら私は日本に車いすユーザーがどれ位いるのか分かりません。
ちょっと調べてみましたがはっきりした数字がありませんでした。
私も飲食店に携わって20年以上になります。車いすでのお客様が来店されたことは記憶にある限り2~3度だけです。日常生活でも1日に何度も車いすの方を見かけることは有りません。
それだけ車いすの人が外出するのが困難な社会だから問題だと言うのが争点じゃないんです。(大事なことかもしれませんが、本件には関係ないです)
それだけ確率の低い特別な出来事なんです。車いすの方をお店で迎えることは。
これがお店側の事実です。車いすだから面倒だとかじゃないんです。
絶対的な経験地が足りない。誰にでもあると思います。経験したことが無い問題には上手く対応できないってこと。
乙武さんは自らを障がいではなく個性であると言ってました。たぶん
個性なら、そんな個性的な客はうちの店には向かないから帰ってくれといわれることも受忍すべきでしょう。
いきなり全車いすユーザー代表のようなことを言うから問題になるんです。
個人的にはちわげんかだと思います。
でもちわげんかで相手の人生を左右するかもしれないようなことは、ちょっとかんべんです。
あと、乙武さんに接する人の気持ちは、障がいを持つ人に接するのではなく、あの乙武さんに接するのだ。と思っている。と受け止めた方が間違いないと思います。
一つ気になることがあるんですが、乙武さんは日ごろから、この度のようなときに店の人に抱えてもらうための道具かなんか常備されてるんでしょうか。
私がこの場に遭遇したときどうするだろうと想像しました。ネットでは誤って怪我をさせたときの訴訟リスクだとか騒がれてますが、小さな飲食店の経営者の立場から見ると、ちょっと手伝ってといわれたら、そんなこと考えません。手が空いてれば、ああハイハイ。ってな具合です。ただ、おんぶするのも難しそうですし、2人で抱えるとしても、やはりおんぶ紐、なりだっこ紐、あるいは丈夫な袋のようなものがあった方が安全だろうなと思いました。
万が一(こけたり、落としたり)の時に、健常者であれば手や足を使い防御、あるいは多少クッションになりますが、いきなり頭や内臓を有する胴体だけってのは抱える方も不安です。特に階段では。
これはすぐに訴訟リスクだとかじゃなく、相手を傷つけちゃいけないって単純な本能です。
介助に不慣れな人に手伝ってもらうからには、負担を少なくしてあげるのが気遣いだと思います。
でなきゃ、手伝ってほしいと言われたときに、ちょっと不安なんでと断ったら「障がい者だから差別するのか」って言われそうで、きっとどこかで見かけても目をそらしてしまいます。
だから
「かわいい女の子と一緒だったから、ちょっと引くに引けなくなっちゃったんです。
申し訳ありませんでした。」って店主に心から謝罪してほしいです。
60万人のフォロワーやどれくらいいるか分からないアンチ向けの釈明じゃなく。
そしてお店、店主を最大限に守ってあげてください。
たとえ店主が悪い奴だったとしても、今度のことで万が一お店がなくなったら寝覚めがわるいでしょ。
橋下氏の発言が議論を呼んでいる。
脊髄反射で批判せずに、まず発言要旨を読んでみよう。
日本は「レイプ国家」だと、国をあげて強制的に慰安婦を拉致し、職業に就かせたと世界は非難している。
その点についてはやっぱり、違うところは違うと言わないといけない。
意に反して慰安婦になってしまった方は、戦争の悲劇の結果でもある。戦争の責任は日本国にもある。
心情をしっかりと理解して、優しく配慮していくことが必要だ。
http://www.asahi.com/politics/update/0514/OSK201305130144.html?ref=reca
橋下氏の主張は「慰安婦はあったけれど、それは性奴隷ではないよ」ということ。
性奴隷の否定であって慰安婦の存在の否定ではない。これが正しいかどうかは別としてね。
「戦争遂行のために女性の性を利用するのは当たり前という発言で、女性を人間と見なしていない。こんな発言が通用すると考える感覚が、恐ろしい」。
大阪市の市民団体「日本軍『慰安婦』問題・関西ネットワーク」共同代表の方清子(パンチョンジャ)さん(58)は、橋下氏の発言に言葉を失った。
http://www.asahi.com/politics/update/0514/OSK201305140001.html
性奴隷の存在を否定することが、なぜか慰安婦の存在を肯定するという趣旨に理解されている。
問題がセンシティブなだけに、曲解される。そして現代の潔癖な判断基準から断罪される。これはフェアには思えない。
そして橋下氏も現在、兵士が慰安婦を利用することを是としているわけではない。
合法の風俗を使えば、と言っているだけだ。合法の風俗は女性の人権侵害だろうか?
てか、合法の風俗と慰安婦って何が違うわけ? サービス内容が異なるだけで、男性を性的に満足させる目的に違いはない。
現代の価値観からすると、キャバクラに兵士が息抜きに行くこともダメなのだろうか? これは50年後、孫の世代に「人権侵害だ!」って断罪されるの?
よくよく発言だけ読めば、( ´_ゝ`)フーン で終わる話な気がする。
まあ話をもっと絞っても良かったと思うけどな。
確かに不用意だなとは思うし、猪瀬氏も言い訳がましいと思うけど
イスラム教ってめんどくさいなという素朴な感想を持つ自分がいる。
キリスト教だとローマ教皇を悪の皇帝にしたコラ画像で遊んでも大目に見てもらえるような寛大さがあるけど、
そういうのがないじゃん。イスラム教に対する理解が足りないっていう声もあるけど、
俺たちキリスト教はおろか、身近な仏教や神道の教義さえまともにわかってないじゃん。
お宅のお寺の宗派で用いている経典は何かって聞かれて答えられる日本人がどれだけいることやら。
仏教やキリスト教だとそのレベルの理解でも迂闊な発言で地雷を踏むことはほとんど無いじゃん。
最近iOS、Android向けの「神界のヴァルキリー」というゲームをやっている。いわゆる「ソーシャルゲーム」に属するもので、数百枚に上るカードを武器に一本道のシナリオをこなすというタイプのゲームだ。これが最近バージョンアップしたのだが、その中で、今まで無制限に上昇可能だった能力値を19999に制限するという措置がとられることになったのだが、ところが、この際に既に制限値を超えたプレイヤーに付いては値を引き下げないと発表した。まだ始まってそれほどでもないゲームだが、このために、スタートダッシュでアイテムを購入して能力値を上げた一部のプレイヤーが事実上最強の状態にとどまることになり、単に強いだけならともかく、ランダムマッチのPvPや魔女を倒す協力プレイがあることなどから、プレイヤーの間で反発を買うことになった。通常こうしたゲームでは、最初にある程度制限を行い、徐々にそれを解放していくのだが、サービス運営側はなぜか最初に制限を設けておらず、その点は十分問題がある。ただ、これは、そもそも運営の問題ではなくて、ゲームの仕様の問題ではないかと思うのだ。
先日App Annieというサイトが発表した数字で、日本のガンホーによるパズルズ&ドラゴンズが売り上げ一位になったと話題になった( http://blog.appannie.com/app-annie-index-social-networking/ )。ここで二位になり、その前までは一位だった"Clash of clans"は、日本で流行っている(とされる)カード収集型ソーシャルゲームとは全く違う。プレイヤーは防衛用に街を作り、兵士を生産し、その兵士でゴブリン村攻略のシナリオを進めたり、ランダムマッチのPvPを行う。いわゆるFree2Playなので、参加は無料だが、ゲーム内通貨であるGemを有償で購入することでゲームを優位に進めることが出来る。ただ、ゲームに出てくるキャラクターはバーバリアンだとかアーチャーだとかごく普通のものが10種類ほどあるだけ、街作りも壁や砲台を立てる地味なものだ。ゲーム開始当初の難易度は高くなく、設備や兵士の生産は短い時間で出来る。レベルが上がれば利用できる設備も増え、その代わり時間もかかるようになる。基本的に無料でも進められるが、Gemを利用するとこれらの生産が短時間に行えるようになるという仕組みだ。逆に言えば、Gemにはそれしか機能がない。レベルが上がると街作りに必要な条件が厳しくなるのでGemが必要だが、それ以外は特に利用することもない。ランダムマッチもレベルに合わせて行われるし、選択権もあるので、突然強いプレイヤーを倒さなければいけないこともないし、そこからの修復も簡単に出来る。要するに、金をかけた所で、他のプレイヤーを圧倒することはほとんどないのだ。
その一方、「神界のヴァルキリー」や、それに近いゲーム(この前に「海賊ファンタジア」という、同じくカードの強さがものを言うゲームもやっていた)は、金をかけた分が、そのまま強さに反映する。通常入手できるカードはほとんど能力が無いに等しく、R(レア)とかSR、HSRと呼ばれるカードを入手するかしないかが、プレイヤーのゲーム進行を左右することになる。「神界のヴァルキリー」に至っては、強化用のアイテムも有償で購入することも出来る。強力なアイテムの入手はプレイヤーのレベルと関係なく機能するため、ゲーム開始時点からいきなり最強になることも可能だ。
こういう仕様は一見筋が通っているように見えるが、課金システムとゲームが強く絡んでいるため、一歩舵取りを間違えるととても面倒なことになる。レベルの解放やカードの入手率の変更が、そのままダイレクトにプレイヤーに影響を与え、どういう変更を施そうが、大抵の場合に有利/不利がどこかで発生してしまう。発生するだけならまだしも、有償サービスの利用者まで巻き込んでしまうため、センシティブな不満が出やすくなる。つまり、ゲームの仕様変更で不満が出るのは、単に「運営が悪い」という話だけではなくて、ゲームの根本的な所に欠陥があると思わざるを得ないのだ。
正直言って、こういうゲームばかり開発されている現状は、少し心許ない。パズドラをやれば認識は変わるのかもしれないけど、それでも、しばらくこの波は止まりそうも無いし、こうした欠陥に気づかない限り、残念ながら疲れるような騒動はしばらく続くのだろう。
ホモォいじりの問題って二つあると思うんだよね。
一つは、キャラクターの作者に金を払わずにキャラ人気に乗っかって儲けていること。(のまネコ問題に近い)
もう一つは、ホモォというキャラクターが同性愛差別にまつわるセンシティブな問題を抱えており、作者がキャラの拡散を望んでいないのに利用して拡散してしまったということ。
大多数がネタだって理解してると思うけどほんとうはこの盛り上がりに嫌悪感抱いてる人だっていっぱいいるよね。言葉が言葉だし。今更私が画像削除したってどうにもならないことなんだけどどうにも歯痒い。「身内で楽しむつもりだった」ってのも何の免罪符にもならない。
ホモォを作ったのは@kkkkei019という人。
身内で小規模に楽しむつもりだったのが予想外に拡散して批判を浴びたことで、キャラの公開を後悔している。(ダジャレではない)
例えばさ、シスへテロの大概の女性からしたら、男性が「おっぱい おっぱい」言って欲情してたら不快なのは明白だろ。 それは別に自分に対してじゃないと分かっていても当たり前に不愉快なんだから不愉快なんだよこの野郎やめろ。
ホモォ…がTLを席巻している自体が同性愛者へのセクハラにあたるという意見ですね。
あとは、「ホモォ」が何をあらわしているのかという点でも誤解を生んでいる。
キャラの作者は「ホモを求める腐女子の気持ち悪さ」をキャラクター化して、内輪の自虐芸として楽しんでいたんだけど、
一般人の目に触れるまで広がってしまったことで、「ホモの気持ち悪さ」をキャラクター化した差別的な存在だと受け取る人も出てきた。
あとは勝手に自虐に巻き込まれて「気持ち悪いもの」扱いされたことを怒っている腐女子も、ごく少数だけど見かけた。
一億総ツッコミ時代と言われるように、「気持ち悪い!ショボ!」と言いたくなるものがソーシャルでシェアされ伝播しやすい時代。
突っ込ませるポイントをあえて作るようにしている。
http://app-review.jp/news/107546
と言っているわけで、ホモォのことを気持ち悪いものとして扱って商用利用し、拡散したわけです。
この商用利用、原作者に許可をもらっているとはどうにも思えない。
おそらく無断で、タダで、のっかって儲けてしまっているわけです。
そしてそののっかりヒットが、200個企画を出した新規事業プロジェクトの唯一のヒットアプリだというのだから困惑もします。
採用、特に新卒採用に大きな効果があった。新卒は一つの事業しかやっていないところに不安を感じる傾向にあるのか、事業の多様性がウリになっていると思われる。「ホモォのとこに就職したい」という人が来た。
http://app-review.jp/news/107546
いいんですかね、こういうの。
日経によれば、スマホの健康管理アプリの、人気1位・3位・4位は女性の「月経周期管理アプリ」
(例:ルナルナ)なんだそうだ。
女性が「惜しげもなく差し出している」というのもなんだか面白いが、
これって、一種の「ビッグデータ」だよね?
日本女性の健康状態とか、ある程度分かっちゃったりするのでは?
「女性が数人共同生活していると、互いの月経周期が近似する」との学説があるが、
別に共同生活していなくても、日本全体でも、「1月5日は月経の女性が多い」
「12月20日は排卵日の女性が多い」のような傾向が、ある程度現れるかもしれない。
日本全国の傾向もあるだろうし、あるいは
「今日は北海道エリアに月経女性が多い、四国エリアに排卵日女性が多い」
「今日は20代女性に月経女性が多い、30代女性に排卵日女性が多い」
「それがどうした?」と言われるようなデータだが、これって、女性向けの商売している会社にとっては、
直接的な商品(生理用品)はもちろん、ダイエット食品や化粧品、
下着や通販売上なども、月経周期と売行が相関するだろうから、そういう商品の販促に役立つ。
あるいは、社会的大変動と、月経周期との相関関係もわかるかもしれない。
「3・11の影響で、女性にストレスが加わり、月経周期が長くなった(短くなった)」のように、
従来だったら、そういうデータ解析はまず不可能であったが、
田房永子の女印良品|女性向けアダルトグッズショップ・ラブピースクラブ
少し前、『「まんこの洗い方」問題』というブログ記事が話題になった。簡単に記事を要約すると、ちんこに比べて、まんこに関する話題がタブー視されている、とのこと。
かくいう私も(童貞で…はないが)、確かに母親からまんこの洗い方についてレクチャーを受けたことはなかった。加えて、家庭内では性の話題自体がタブーとなっていた気がする。インターネットの話題ではよくある、洋画の濡れ場で食卓が固まるタイプの家庭だったのだ。
余談が多くなったが、とにかくこの記事は私に衝撃を与えた。私自身、20を越えるまで、まんこの洗い方について意識することはなかったのだ。そして女性誌やインターネット上でもまんこの洗い方について詳しく記述しているものはなく(一応あるにはあるが、膣内は石鹸で洗ってはだめ!というどうでもいい情報だけのものが多数)、自分で試行錯誤していたあの日々を思い出すに至った。女性はもっとまんこの洗い方をはじめ、まんこの管理全般について情報を共有していくべきである。
世間では、
などというどうでもいい話題が「ガールズトーク」として扱われる風潮がある。正直に言って、これらは男性の前でも話せることで(自分の恋人とセックスの話をまったくしない人は少数派だろう)まったくガールズトークでもなんでもない。こんな話をする暇があったら、まんこの洗い方やトイレ時の拭き方、陰毛の処理方法について話し合う方が遥かに建設的である。なぜなら、まんこの管理はエチケットだからである。女性として、人間として、風呂に毎日入るのと同じくまんこを清潔にすることは最低限必要なマナーだからである。
「私Mっぽくて、バックが好きなんです…」などとは恥ずかしげもなく主張できるのに、ケツ毛の処理やグロ肛門について考えもしない・議論をしないのは、異常である。楽しいセックスは、性器の正しい管理があってからではないだろうか。そして、このような本当に男性の前では話せない、しかし深刻でセンシティブな話題を「ガールズトーク」とすべきであろう。
また余談が過ぎてしまった。私がこの文章で示したいこととは、まんこの洗い方についてであったのだ。まんこの洗い方をはじめ、私の知りたい女性だからこその話題がインターネット上で見つけられないことに対する苛立ちが、上記のような駄文を増やすことにつながってしまった。
前述したように、インターネットで検索しても、細かいまんこの洗い方についてはヒットしない。ここで私のまんこの洗い方について共有することによって、私のように試行錯誤する女性の手助けになればと思う。また、私のまんこの洗い方が不十分な際は、ぜひトラックバックにて意見を書いていってほしい。以下、まんこの洗い方について述べる。
基本的に、まんこは手で洗う。まんこは複雑な構造をしているため、タオルなどではうまく洗いきれないというのが私の意見だ。また、明日セックスしそうな予感がある場合は鏡を用いてM字開脚で丁寧に洗うが、日常的には鏡なしで手の感覚で洗う。洗う体制は、立ったままで、少々膝を曲げると多少まんこが広がるので洗いやすい。
まず、石鹸やボディーソープを泡立てる。パイパンではない人は、手で泡立ててからまず陰毛を洗うと、泡立てやすくて便利。ここでできた泡で、まんこ部分を洗う。最初にまんこから肛門まで軽く手のひらで洗って、泡を全体に伸ばす。
泡を伸ばしたら、まずは陰核周辺を洗う。まんこの構造は人によって違うので多少異なるかもしれないが、私の場合は陰核の横から溝が始まって、小陰唇の横の溝につながっている。まんこを適当に洗っていると、知らないうちにここに垢が溜まる。この溝は、丁寧に指で前後に往復して洗う。私はグロマンで、この溝が深いため何回も往復させて丁寧に洗っている。スジマン系の人の場合はあまり溝が深くないかもしれない。
通常は、小陰唇より内側は表面を指で洗うだけにして、膣内は指を入れて洗っていない。膣内には膣を清潔に保つための常在菌がおり、石鹸で洗うことによりその菌の働きが弱まる…という説を目にしたためである。しかし、これが正しいかどうかはわからない。石鹸云々はさておき、膣内も洗ったほうが確実に無臭になるからである。セックスしそうな日の前日は、薬局の使いきりビデで膣内を洗う。膣は自然にしておくのが一番という天然志向派がインターネット上に多数見受けられるが、膣内も洗ったほうが確実に臭いはなくなる。しかし、これは私が単にクサマンだから臭いを気にしているのであって、臭くないマンのみなさんに関しては問題ないのかもしれない。しかし、マン臭が気になる人は、外陰部だけでなく膣内も洗った方が臭いはなくなると思う。ちなみに、この使いきりビデというのは薬局・ドラッグストアの生理用品コーナーに置いてある。インターネット上にはシャワーや風呂の水を膣の筋肉を用いて膣内に取り込み、洗浄するという強者もいた。しかし私にはそのような高度な技術はなかったため、普通にビデを使用している。
小陰唇部分を洗ったら、最後に女性器から肛門の間を通って肛門を指で洗う。この時点でケツ毛が気になった際には、洗うついでに剃ったり抜いたりする。繰り返すがセックスしそうな日の前日は化粧鏡などを風呂場に持ち込んで、丁寧に処理する。それ以外のときには、足を開いて限界まで屈み、見える範囲だけがんばって処理する。
まんこの洗い方からは離れるが、多毛の人は、面倒ではあるが適度に剃毛か脱毛するのがよいと思う。なぜなら、排泄の際に陰毛に排泄物がつき、それが拭ききれないのは不衛生だからだ。毛が少ないほうが、排泄物を拭き取りやすい。また、陰部を洗う際にも洗いやすい。特に鏡を見て洗う際には、陰毛がないほうが洗いやすいし、汚れが残っていないか確認しやすい。パイパンが理想だが、交際相手のタイプや公衆浴場に行く勇気があるかでここは臨機応変にやっていくしかない。小陰唇が大きい人はパイパンにすると小陰唇が目立つため、危険な出で立ちになる。しかし、公衆浴場に行かない・セックスする機会がしばらくない、という場合は快適だろう。
肛門まで洗ったら、あとはシャワーで泡を洗い流す。陰毛にリンスをつけるとサラサラになるという説があるが、私の場合サラサラにならなかった。洗い流したあとは特になにもつけていない。
以上、可能な限り詳細にまんこの洗い方について述べた。この文章がまんこの管理方法について悩める女性の手助けになれば幸いだ。前述したが、洗い方に関してコメントやアドバイスなど、トラックバックで頂ければありがたい。私も未だにまんこの管理方法については研究中なのだ。そして、このような話題はインターネット上では見つけにくいため、情報収集も難しい。繰り返すが、このような真のガールズトークができる社会を望む。
よく、15歳の時に好きで聞いていた音楽は特別だと言う。
人生で一番センシティブな時期に夢中になった音楽は、人格の一部として奥深くに刻み込まれ、それから先どれだけ良い音楽を聞いたとしても決して上書きできないほどの大きな存在となるそうだ。
これって、「15歳の時によく使ったオカズ」も同じなんじゃないだろうか。
俺が15歳の時に夢中になったオカズは、母の本棚にあった1冊の文芸本だった。
官能小説ではない。年齢制限もないし、偉い文学賞をもらっている作者による、れっきとした文学の本だ。
だが、これがエロ小説顔負けの過激な内容だった。まだAVも見たことがなかった自分にはあまりにも刺激が強かった。読むたびに、最初から最後まで勃起しっぱなしだった。何十回、いや、ひょっとして何百回使っても、なお飽きることがないほどの衝撃だった。
その後、俺がこっそり見ていることに気付かれたのか、あるいは母が自分でコレクションにふさわしくないと思ったのか、その本は家から消えてしまった。
しかし、10年以上経った今でも未だに時々あの本の内容を思い出してオナっている。
今の時代、高画質のエロ動画なんてネットにいくらでも転がっているのに、どんなに可愛い女優が無修正で中出しされている動画よりも、あの時の本を思い出した時のほうが燃えるのだ。
今既に15歳を超えてしまった人が読んでも、ただ性描写が多いだけの普通の小説で、大した衝撃もないと思うのでタイトル等は記さない。
ただ、初めてハマったオカズが、グラビアでもなく動画でもなく小説だったってことは、想像力を鍛えることになって、その後のオナライフを豊かにしてくれたと思う。
リア充とコミュ障についての一般的理解についてはすでに得られているものと仮定する。ところでこれは世界一般の傾向とは言いがたい。コミュニケーション力のあるなしは、たしかに社会での成功につながったり、リーダーとして選ばれる資格ではあったりするものの、社会全体を二つに分けたりはしない。同じ趣味を共有する者たちは、リア充であろうとコミュ障であろうと仲良くする。同じようにリア充であっても価値観、例えば政治信条が違うなどすれば必ずしも仲良く話したりはしない。これは西洋社会のことを説明したのだが、アジアや中東やアフリカがそれぞれ違うかもしれないが、いずれにせよ世界で一般的な社会構造とはいえない。
日本での特徴は、コミュニケーション力が高く集団のリーダーになりうる人間に、その他大勢のある程度コミュニケーション力ある人間がコバンザメのように付着し、そしてその外的構造であるコミュニケーション力がかなり低い人間を自分たちの場にいれないように蹴落とそうとするところにあると考える。ある種のコミュ力の低い人間、たとえば極めて知能の高い人間や有名スポーツ選手などはリア充集団に歓迎して迎えられるが、それはリア充集団が彼をどう捉えるかによって決定されている。つまり、社会構造の決定因子はリア充クラスタの集団意思に拠っている。
ここでアニメ・ゲームをはじめとするオタク文化を考察すると、ここは実のところ必ずしもコミュ障 ∋ アニメオタクという符号が成立しないことには、この分野に詳しい諸家はすでにお気づきのことと思う。大方コミュ障はアニメ好きを許容し、リア充はアニメを毛嫌いするような一般的合意があるように思われるものの、その結果としてリア充クラスタにおける「アニメ好き」趣向は、まるで韓国における「親日」と同じレベルのタブー、クラスタからの脱落を意味しかねない極度にセンシティブな因子なのである。かくしてリア充構成員はたとえアニメ好きであったとしてもそれを隠蔽する傾向にあると推察される。一見すると強力に両クラスタ間を分別する因子がオタク文化のように感じられるかもしれないが、実のところ本質的な差異である「コミュニケーション力(あるいは空気を読む力)」に比較するとオタク文化の識別能力はさほど高くない可能性がある。リア充クラスタにおいて本来オタク文化を好む傾向を持つものは、宮崎アニメ好きやゲーム好きなどという仮の衣をまとっていたりすることがあろう。
ここでコミュニケーション力の高い人間の中でもリア充クラスタを引っ張るほどに実力の高いものには、上記のタブー要因が作用しないことにも注意したい。かくしてリア充リーダークラスに認められたオタク文化、例えばゲームであるとか、エヴァンゲリオンなどと言ったものは、一時的ではあってもリア充クラスタに受けいられることはある。しかしその発言権を有するのはリーダークラスだけであって、構成員はたとえエヴァンゲリオンが面白いと感じてもそれを口にだすべきではないわけだ。
もしこれを読むリア充構成員が、そんなことはなくて本質的にアニメなどくだらなくて毛嫌いすべきもの、自分はどこまで言ってもあんなものを理解することはない、と思うとしたらそれは知性のなさを吐露するものと捉えられよう。どんな文化にもその文化の理解と経験からなる文脈的解釈があって、たとえば夏目漱石を読みたいたいならその背景のあの時代の日本の小説文化をわかっていないと凄みがないし、ゴダールを楽しみたいならヌーヴェルバーグについての一定の知識がないと到底わからないだろう。これらのマニアックな趣味ならばこの発言はすぐに受けいられるが、これはたとえばレディー・ガガだって、浜崎あゆみだって、「読モ」だって同じ事だ。「読モ」なんていうのはあからさまに文脈的文化であり、芸能界と大衆一般文化・特に女子高生文化との異常な接近を意味しているに過ぎず、これがたとえば欧米社会に言って受けいられるようなスター性がある人間たちだとは到底思えない。それはしかし逆も真であって、現在の欧米のセレブリティが普遍的価値を持っているわけでもない。さらに欧米であったって、日本のアイドル文化の文脈を理解した者たちは、熱烈にモーニング娘を支持したりする。結局のところ文脈だ。そしてその文脈を理解した時、アニメの面白さというものが血となり肉となって味わうことができるのであるが、アニメの文脈を捉えようとしたことのないリア充が「アニメなんて子供のものでつまらない」と言った時、文脈をきちんと理解した時彼が同じようにつまらないと思うかどうかはわからない。本当はそのアニメの強力な支持者になりうる資質をもっていたかもしれない。
ここでまず第一の議論に入ろう。先日、プリキュア好きのアホな若者が未成年者略取の事件を起こした際、プリキュアを見るような成人男性は幼い女の子を誘拐しかねないから監視すべきかという議論があった。ここで、金銭目的ではない幼女略取事件を起こすための決定要因はロリータ・コンプレックスの存在にあるとする。これはいいだろう。
おそらくコミュ障・ロリコンの人間はプリキュアを見ている。それは否定しがたい。相関も出るだろう。コミュ障でミリタリーが好きな人はエリア88を好むかもしれない、そういった趣味傾向の行先として当然の帰結であろう。しかし、リア充・ロリコンは、上記の社会的プレッシャーによりプリキュア好きを公言しないか、もしくは好まないもののそれは文脈理解の不足によるもので、コミュ障と同じだけのアニメ文化の洗礼を受けた上で見てみると、その人間の本質的な趣向はプリキュアを是とする可能性がある。プリキュア視聴という因子は、リア充でロリコンの人間を識別する能力を全く持たないと考えられる。
そこで、プリキュア視聴の幼女略取事件発生に関する精度が高いためには、コミュ障の条件付けでは相関があるものの、リア充の条件下では相関が出ないと思われることから、そもそも幼女略取を起こすのはコミュ障であってリア充は起こさないかもしくはとても可能性が低いという前提が必要だ。しかしこれは確認されていない思い込みである。過剰な前提である。コミュニケーション力の有無によって幼女性愛傾向が決まるというのは過剰な前提だ。そもそも幼女に話しかけてつれさってどこかで何かしようという行為はコミュニケーションによって成立しているように思われる。
であるから、現在の情報をもとにプリキュア視聴によって幼女略取を推定できると考えられるとは思われない。しかし研究対象としては興味深い。本当にコミュ障でプリキュアを見てという人がほとんど幼女略取事件を起こしているのか、それとも実はリア充で、社会的理由によりプリキュアを見ていない者が、ロリコンなので幼女略取事件を起こすのか。報道などを総合する限りは、野球選手で幼女にイタズラした事件なども含め、必ずしもコミュ障だけがこの手を事件を起こしているとは思われない。私の直感では、「プリキュア視聴」の識別能力はさして高くないものと思われる。私はここでことさらプリキュア好きな人を擁護したいのではなくて、我が子を守ろうという社会的行動にあってプリキュア好きを調査する行為はおそらく無意味であって、それよりももっと他の面を充実させることで犯罪抑制を図ってもらったほうがよいだろうという思いから述べたものである。
次に第二の議論に移りたい。
最初に述べたようにリア充クラスタにおいて、アニメ好きというのは集団からの集中攻撃を受け、個体として排除される可能性を生むほどの強烈なタブー因子である。それでは、人生のある時点においてコミュ障クラスタからリア充クラスタに移動した人間においてはどうであろうか。これは一般には「大学デビュー」などと称される現象として観察されている。
これは私の話である。高校時代はエヴァやガンダムW、3x3アイズやああっ女神さま、ロードス島戦記といったそんな世代だ。コミケは所要で行きそびれたが、今から考えると正解だったか。萌えとかいう言葉はなかった、と思う。大学に入った当初くらいはエスカフローネやウテナを見ようとしていた記憶もある。しかし内容については一切記憶が無い。私は結果として、アニメ好きを決して公言せず、周囲に同調して「この年齢でアニメ見るとかヤバい」「twitterのアニメアイコンキモい」とか言い始めるようなそんな人間になっていた。実際には周囲の人間は、「こいつちょっとオタクくさいよな」とは思っていたかもしれないが、リア充クラスタというものは、大学レベルで就職なども視野に入りポリティカリー・コレクトな発言を志すようになると、「僕はリア充クラスタに入信したいです!過去のことは水に流します」という気持ちでありさえすれば受け入れてくれるものである。そしてなれないおしゃれな服を買ったり、カラオケではやりの曲を歌ったりするのである。高校まではバカにしていたような、軽薄な恋歌を。そうやっていると、「彼女」が得られるのだ。現代日本社会において、古代ローマ帝国における「ローマ市民」を意味する社会階層に移ることができる。
ところで彼女を得たり、彼女を得るための努力をしたりしているうち、軽薄だと思っていた恋愛の歌が、実際に経験してみると自分の気持ちや彼女の気持ちをわりとうまく表現しているということに実感が至り、そうそう軽薄といってバカにすべきものでもないなとも思う。とはいえ思ったこと感じたことを書いただけで、より深い洞察はどこにもないが。ショッピングも、自分がその中で役割を演じる主体となってみると、無駄な時間と思っていたそれがわりと楽しいものと感じる。買ったものが無駄であることに変わりはないが。
結局のところ彼女に最高のプレゼントを購入し、サプライズ込みの記念日を演出する自分がいながら、その傍らでそれを冷めた目で見つめている自分がいる。オタクコミュニティの言説への親和性はその後もずっと高く、それになんとなく寄り添う気持ちは持ち続けている。
ところがだ。たとえばネットで、オタクへの攻撃的言説があったとしよう。両世界を知る人間としては私は言うが、そのほとんどは謂れ無き差別、思い込み、妄想のオンパレードで、リア充側に理があるといったことはほとんどない。実のところ私と同様に二つの世界を移った人間が、コミュ障的世界への決定的決別を宣言するがために、わざと理不尽な攻撃を繰り出しているのではないかと思えるほどである(そもそもネット系ツールで自分の主義主張をかましてしまうような人間が、オタク文化に一度も染まったことがない可能性はどれほどなんだろう。はてなならまずそれはないと言い切れるが、twitterなら真っ当な人間もいるのかもしれない)。ここでわたしは実名世界ならば「まあまあ」といったところでお茶を濁すところだ。一方匿名であれば、コミュ障側への深い理解と共感、リア充の身勝手さへの反感を述べるのである。それができるのがネット世界であった。わたしの年齢だと、大学くらいから徐々に浸透してきたものだ。
ところがそれに対する反応はどうか、「上から目線だ」「こいつオタク装ってオタクじゃねえ(やはり短期間でも離れると会話についていけなくなる世界だ)」「とにかくむかつく」というような、つまり、リア充がリア充そのものの発言をした時よりもよりいっそうの猛烈な反発をくらっちゃったのである。うん。くらっちゃった。僕はコミュ障のオタク達を助けたかっただけなのに・・・
ここでは韓国において、日本のリア充にあたるのが「反日」、コミュ障が「親日」と考えよう。親日っていうのがいるのかいないのかわからないと言われるかもしれないが、私は少なくともそれなりに知っている。しかし強烈なプレッシャーがあり口にだすことができないという。社会で生きていくのに困難さすらともなう、場合によっては転向を要求される、転向しさえすれば許される。これがコミュ障クラスタと似ていないと言えようか。一方、反日クラスタの中では、ちょっと過激すぎて理不尽とも思われるような反日的発言(日本の高校生のバットは圧縮バット、みたいな)が容易に許される、やや知的に劣等な面が見られる。そう、これがリア充クラスタだ。「親日」側は日本の「コミュ障」よりもはるかに強烈に弾圧され法律まで持ちだされて言論封殺されているような環境ではあるが、構造としては似ている。
そこで李大統領は、就任前の経緯や就任当初の発言を見るに基本的には「親日」側の人間であるように思える。韓国政界でもそのように攻撃されていた。であるが、そこは韓国だ。私が実は井上喜久子姉さん(17)が好きなんですーなんて口が裂けても言えないのと同様に、李大統領も本来の親日発言をすることはできないのだろう。した瞬間に引きずり降ろされる。しかしそれでもなんとかしてやりたい。僕はもうアニメ好きには(親日には)決別してしまったように社会的には行動していたとしても、自分は自分として評価されなくてもいい、ただし何か一つでもアニメ好きの人たちが嫌われない、少しでもよく思われるように、こちらがわ(反日側)の内部からそのクラスタを説得できるようなことができないものだろうか・・・
アニメが危険なものだなんて証拠はないって言わなければ(過去の記憶だけにとらわれず前向きに行こう)、でも僕自身はアニメ好きなわけじゃないって付け加えないとねリア充の人たちから疑われるし(従軍慰安婦への謝罪が不十分だ)、あとアニメ好き側の人も振る舞い方を少し気をつけたほうがいいよねって書こう(天皇陛下に来てもらって謝罪をするなど大胆な行動が必要だ)、そうするとリア充側も納得するだろうし・・・
で、もちろんリア充の方に向けて発言してるわけだから、自分はアニメを支持するわけではないっていうニュアンスをちゃんとただよわせなきゃ(来たいなら来ればよい)、そうしないとむしろ自分が攻撃されてしまうしね・・・
それで猛烈な反発を食らってしまった。ほんとは僕はあなた方のために行動したかったのに・・・(日韓関係の専門家を集めて、真意が伝わっていないと不満をもらす)
どうだ、見事にハマっているわけではないか。李大統領はかつてオタク文化にハマったコミュ障住人で、ある時点でリア充クラスタに移ったのだがあの時のオタク文化に恩を返したい、そんな義理堅いやつなんだ。だけどそんなことしてオタク側から猛烈に反発くらっちゃったわけなんだな。
という壮大な妄言はここで終わりです。
いやいや。
私のトラバに対して、あなたは一生懸命自分のわかる範囲のこと、すなわちあなた自身はよく知らないわからないということを律義に説明して下さったんですけど、あまりに無内容なのでその旨指摘して、「お呼びでないですよ」とお伝えしたら逆切れに至ってしまったっていうところが全ての発端ですよ。
「もういいです」と何度も言ってるんですけど、何が気に入らなかったのかあなたは逆にムキになってしまって、下手な要約を重ねて文意をゆがめ、その辻褄合わせに「一般の人ならともかく、何故敢えて法律家が」とか無理な方向に広げていって不毛な戦場を拡大してしまったわけです。
本当にもう結構ですんで、何ら返答は要りませんよ。
概ね同意ですが、思うことは
1 限定された聴衆で、一般公開されないなら、何を言ってもいいのか?という事ですね。
クローズドだから言えるというのはありますが、うーん。センシティブな内容についてオープンでない場所で言うのはどうか?という風にも言えます。
2 次にGIGAZINEが全てではないという事です。記事全文が読みたい人は全文を、エディトリアルが読みたい人はエディトリアルをという事だと思います。
結局、エディトリアルは広告収入で成り立っていたり、なんだりするので、ある程度指向性を持ってしまう。全文をフラットに読めるという事は必要だと思います。
3 最後に、 GIGAZINEだって広告収入を得てるじゃないか?という事はあるとおもいます。
すくなくともズブの素人がたちあげて、コツコツやったものではなく、プロがやっている。ということはあり、個人を名乗るには大きすぎですね。
いろいろ問題があることではありますが、有料でもいいですから、全文が読めるサービスは必要だと思います。
そして、全文公開できないことは、それが、有価な情報でないかぎりは、一意見、見解である場合は、クローズでもしゃべるべきではないと思います。
いや、話題になっているなんてもんじゃない。すでに1000ブクマを超えた。
高木浩光による怒濤の講演「ゲーム業界におけるプライバシー保護」がすごいことに - GIGAZINE
確かに、この記事は面白い。私も読んで非常に興味深く感じた。セキュリティ、個人情報保護、私も仕事で関わったりする分野だ、興味を持たない方がおかしい。
高木浩光の口上は軽妙だ。それでいて、本質を深くえぐっている。彼の今まで積み上げた知識と技能、そして人を揺さぶる説得力が発揮されている。
だが、本稿では、そんなことはどうでもいい。本当に問題になるのは以下の記事だ。
まぁ、要するに、GIGAZINEが開発者や有識者によるCEDECの有料講演をほぼテープ起こしのような形で記事にした、ということの問題だ。
問題は二つある。一つは、そもそも有料であるものを丸コピの形で無料の媒体に掲載すること、第二に限定された聴衆に向けたセンシティブな内容を公知してしまうことだ。
これらは下記のtweetで言われているように、まさに「焼き畑」だ。GIGAZINEのやり方はあまりにえげつない。
だが、問題と言うべきか、課題というべきか、気になることはもう一つある。
rootsy ギガジンの取材方法が低モラルでエチケット違反で乱暴者なのは議論の余地がない。一方でアウトプットのほうを観ると、この「アンチ・エディット」とでも言うべき手法に否定しがたい魅力があるんだよね。
記事の量の増加に対してコストが低く、編集されていない素材を荒っぽく提示でき、それをやるGIGAZINEのやり方は、あまりに乱暴だ。しかし、同時に魅力的である。
また、唐木氏は指摘する。編集の手が入った記事が胡散臭く見られ、読者に懐疑を向けられることだ。実際に編集の手が入っていないからこそ信頼され、そして受け入れられるという状況があることは誰も否定できない。
さて、ここで一介のオッサン読者の立場に戻ろう。オッサン読者の私は、この記事を初めて見たときどうしたのか。
ああ、確かに読んだ。読んだが、半分ぐらいで一旦読むのをやめた。
なぜか? それは、あまりにこの記事が面白く、真実味にあふれているにもかかわらず、あまりにも冗長で、あまりに要点がつかめず、あまりにかったるかったからだ。
オッサンの私は、この記事を一気呵成に読み込むだけの集中力が、もはや無い。いや、無いことはな無いのだろうが、そこまで気力が続かない。
私を含めて、少なくない人は時間に追われている。それだけじゃない。年々衰える集中力と根気を苦々しく思っている。
私は定期購読のニューズウィークを読み続けるだけで苦労を感じている。はてなブックマークをチェックしても、話題を集めている記事をちょこちょこ読む程度が関の山だ。
そんな私は、そしてたぶん私と同じようなオッサンは、エディトリアルなものを求めている。あるいはキュレーションとも言っていい。
世界はあまりに複雑である。今話題の領土問題を見てみよう。きっとネットには、下手をすると現実世界にも、複雑怪奇な解釈と、実効性があるのか無いのかわからない善後策が2chやはてな、アメブロにテレビの門外漢のコメンテーターから垂れ流されている
そんな世界で妥当な判断を得ようとするのは困難極まりない。しかし、エディタはこれを整理してくれる(こともある)。
生の情報は危険である。もちろん、生でしか手にはらないものもある。しかし、オッサンに生は、もう体に悪い。
そこでエディタが登場する。エディタは完璧ではないにせよ、まぁ、妥当なものは出来上がる。
私はエディタを信じたい。
amazonのレビューで書こうと思った文章。政治的話題はセンシティブであり、また以下の文章は特定政治勢力を糾弾しているようにもとらえられるため、匿名のこの場に晒す。
【以下本文】
保守の視座より昨今インターネット上に跋扈する「ネット右翼」を考察する特集目当てに購入。
「ネット右翼」関連の記事は「週刊金曜日」や「現代の理論」といった左派系雑誌では掲載されることはあったが、保守系の立場を取る雑誌で特集されるのは珍しい。そのため先述した左派系雑誌のように、ネット右翼の持つ歴史認識等に関する批判は見られなかった。さて、同特集ではネット右翼の無知蒙昧さなどを憂慮する保守系知識人らの、ネット右翼に対する注文に紙幅が割かれていた。読者層や同誌の論調を鑑みた場合致し方ないのかもしれないが、ネット右翼という現象の考察を期待していた小生にとっては少し不満が残った。一方、安田浩一のルポタージュや阪大の辻大介教授の調査分析等は興味深く拝読した。
「正論」や「文藝春秋」、「世界」、「現代の理論」といったオピニオン雑誌とは若干毛色が違うため、オピニオン雑誌や研究紀要ほどの深い考察はなされていない。しかし保守の立場から「ネット右翼」という現象を捉えたという点において、同誌の特集は示唆に富むものであるといえるだろう。
【以上】
「ネット右翼」と普通の右翼は峻別する必要性があり、また「ネット右翼」は従来の保守潮流から遊離した存在としてとらえるべきであろう。また、保守的立場をとる人々は、「ネット右翼」と袖を分かつ必要があるのかもしれない。