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はてなキーワード: サーカスとは

2020-12-30

anond:20201230134847

半分同意だが、ファイナンス云々もまずは「期間、費用と想定収益が見えてるからいくら出せ」って話だから、まず売れてよそに簡単に真似られないものを作れないとな。

その前には商品顧客マッチするための試行錯誤必要プロダクトマーケットフィット)、マッチしているかのために、簡素な試作を作って客に見せないとならない(ミニマムバリアーブルプロダクト)。

で、その簡単な試作は作るのに数ヶ月かかるし、それを何サイクルかしないとならないんだけど、どうやって金と時間を工面する?っての。

だけど、いわゆる「金を出す人間」は、その簡単な試作を作るやつが食い詰めてくれたほうが安く買い叩ける。まあ、そもそも大半は本当に売れないから金や時間を出したくないってのもあるが。

から「煽るだけ」になる。さらに、煽って熱狂に覆われてるのも「娯楽」だから、「サーカスをしてほしい」という連中も加担する。「金を出す人間」が起業イノベーション必要だと学校役所のよくわかってない人間を煽って、流される。

魑魅魍魎の界隈だわ。

2020-12-27

浅草、いつもどこ見てる?

【要約】

浅草デートってみんないつも何まわってんの?

【詳細】

年始(1/5~6or7)に彼氏東京に来るんだが、まともなデートプランが思い付かん

助けて増田

『(料理が好きだからかっぱ橋を見たい。他は...東京ようわからんしなあ、案内してや(関西弁)』

1泊2日か2泊3日の3日目半日、という滞在予定。

とりあえず1日目は、かっぱ橋とあわせて浅草でお参りしよう、と思うも、浅草ってどこ回ればいいのか、何度か行ってるのにも関わらず、あまりよくわかっていないのだ。

行っても雰囲気で終わっていて、あまり噛み締められていない。

だいたいの友達と行く浅草パターンはこれだ。

雷門集合

仲見世通りを覗きながら浅草寺参る

浅草寺を背中に右側を散歩。だいたいメンチカツ食べるぐらいしかしてない。浅草寺を背中に左側を散歩。だいたいイタリア(漢字)屋のジェラート食べるぐらいしかしてない。

・冬じゃなければ隅田川を下って浜離宮に出る遊覧船に乗る。

これぐらいしかしたことないんだけど、どうなん??????

お笑いとか見た方がいいの??私笑いのツボ深すぎて大抵のお笑い番組笑えんのだが... 

2日目以降については未定である

東京丸の内ぐらいは見せた方がいいとは思っている。が、他は。。。


メモ

プラン1】

10:00 新宿駅 感動の再会

10:45 浅草


ご飯系】

駒形どぜう(浅草南)

浅草むぎとろ(浅草南)

レモンパイ(浅草西)(イートインありません!その通りです!)

観光

合羽橋(浅草)

プラネタリウム(スカイツリー)

検討

国会図書館(桜田門)(料理系の評論同人誌を見たいが怪しい 下見無しには採用できない)

ミステリーサーカス(新宿)

忍者からくり屋敷(新宿)(いやーどうかな...)

【またいつか】

東大(コロナのため入校不可)

ペリメニキッチン(幡ヶ谷)(正月休み)

2020-12-21

待ちに待った推し衣装がダサかった

クリスマスイベントで、

推しクリスマス衣装実装された。

初めての最高レアカードに大興奮した。

イラストも特訓前特訓後どっちも可愛かった。

いざ3Dクリスマス衣装を着た推しを見た。

ダサかった。

クリスマスモチーフでこんなデザインになるんだなって思った。

デレマスとか、ラブライブとかみたいなクリスマス衣装を期待していた。

これは例えるなら、小さな子供の考えたデザイン

モチーフに関連するものを付けれるだけ付けました!みたいなドレスだった。

フリルに電飾にプレゼントボックス雪だるまさらにポップな色味を加えて完成したそれは、

私が求めていたモノとは遠く離れていた。

ミュージカルをする子達だから

そっちモチーフかと思いミュージカル衣装を調べた。

そんなことはなかった。

なんならサーカスですらなかった。

そのゴテゴテした衣装ストーリー性のあるショーをこなすんですか?

もしかして漫才

私の想像したミニスカサンタや、

もこもこトナカイ衣装で笑うあの子はどこへ行ったんだ。

どの衣装もゴテゴテゴテゴテ物をくっつけすぎなんだよ。お偉いさんの子供がデザインしたのを大人が清書してんのか?

実装されてからなにも手につかない。

助けてくれ。

2020-11-30

anond:20201129033629

三島由紀夫短編集『真夏の死』を2編読み進めた。

サーカス

金閣寺プロトタイプ版?

気持ちは分かる。心の狭いカレルレン。

離宮の松

読んでて冷や冷やした。

よつばと』のよつばが一人で街を散歩する話を思い出した。

ラストオチは引く。いや駄目でしょ。

2020-11-16

ラインダンスレオタード少女ブルマー追記

宝塚レオタード

鉄腕アトム「透明巨人の巻」という話がある。若き天才である花房博士物質伝送機のせいで、ウサギ、魚、ロボットの融合した怪物になってしまエピソードで、「ハエ男の恐怖」が元になっている。その最終部で、博士悪党を罰するために物質伝送機であちこち飛ばしてヒーヒー言わせるドタバタがあるが、その中でラインダンスの真っただ中に飛ばす。悪党どもが冷や汗をかきながら一緒に踊ってごまかす横で、レオタード姿の女性が並んでいる。

また、これはどこで読んだのか忘れたのだが、手塚治虫宝塚劇場を訪れ、レオタードというか舞台衣装女性に囲まれて興奮のあまり卒倒しているコマのある漫画があったと記憶している。

つまるところ、こういうスカートレオタードラインダンス宝塚起源なのだろうか?

ラインダンスとは、というか、そもそもあれはラインダンスなのか?

まずは基礎的な情報を手に入れるために、ウィキペディアで「ラインダンス」を検索した。すると、意外な事実に行きあたった。

ラインダンスLine Dance)とは、ダンスフロアに整列し、全員が一斉に同じステップを踏むダンス。主にカントリー・ミュージックポップスなどの曲で踊られることが多いが、音楽ジャンル特に限定は無い。

また日本ではポンキッキーズという番組知名度を上げている。本番組場合では、主に小中学生女子椅子を一列に並べた状態で、ポンキッキーズれていた[ママ]曲や洋楽を流しながら座ったり立ったりしてラインダンスを行う形だった。それに加えて普通ダンスを混ぜて行う為に非常に難易度が高かったが、成功すると非常に見た目がよく、放送当時はこのダンス学芸会体育祭で取りあげる学校も多かった。

ひらけ! ポンキッキから視聴していた自分のような人間からすると非常に懐かしい。しかし、あの女子たちの踊りは確かに脚を上げるものではなかった。

それならば、あの踊りの名前は何か? 散々探し回った結果、次のことが分かった。横に並んで脚を上げる踊りはロケットダンスと呼ぶそうだ。なるほど、このキーワードで探すとたくさん見つかる。リンクが多いと投稿できないので、冒頭のhを抜く。

ttps://www.youtube.com/watch?v=4i7y6XE7sz8

ttps://www.nicovideo.jp/watch/sm31659056

宝塚だけでなく、松竹歌劇団映像も見つけることができた。

ttps://www.youtube.com/watch?v=fVewBno93RA&list=RDfVewBno93RA&start_radio=1&t=137

名称は、米国ダンスカンパニーロケッツからだろうか?(後ろの男性諸君笑顔がいい)

ロケッツは、1925年セントルイスで、「ミズーリロケッツ (Missouri Rockets)」として結成された。創設者ラッセル・マーカートは、1922年ブロードウェイの「ジーグフェルド・フォリーズ」で見た「the John Tiller Girls」(英国ダンスグループ)にヒントを得て、「もし、もっと背が高くてもっと脚が長いアメリカ人女の子たちに、複雑なタップダンスと目の高さのハイキックをさせることができたら...イチコロだ!」と確信した。

だが、ここから名前が来ているとすれば、ラインダンスフレンチ・カンカンではなくアメリカ起源ということになる。

宝塚レオタードはいからか?

第二次世界大戦終結後の1946年に、宝塚音楽舞踊学校宝塚音楽学校と改称し、4月22日から宝塚劇場で公演を再開した。再開第1作は『カルメン』『春のおどり』の二本立てで、大戦中に入団した計3期69名がラインダンス披露した。

とある。ここまでは想像がついた。宝塚ではなく松竹であるが、おおよそ同時代写真がある。

しかしながら、こんな記述もある。

1927年、岸田辰彌が欧米遊学から帰国。岸田はこの経験を活かして、日本初のレビュー『モン・パリ 〜吾が巴里よ!〜』を日本人の世界旅行記テーマにして制作する。同年9月1日から上演され、画期的な内容で大ヒットを記録した。主題歌レコードがヒット、当時としては露出の高い豪華な衣装話題となった。ラインダンスを初めて演目に取り入れ、16段ながら(現在は26段)大階段も登場した。以後、少女歌劇レビューに欠かせないものとして定着する。

まりラインダンス1927年にまでさかのぼるのだ! 実際問題、当時としては露出の高いと書かれているが、それがどの程度かはよくわからない。ウィキペディア写真はあるが不鮮明だからだ。歯がゆい

しかし、1930年の「パリゼット」の写真はあった。確実なことは言えないが、ほぼレオタードだ。日本国内で初めてバレエが演じられたのは1911年帝国劇場であり、レオタード的なものに対する抵抗は、わずかながらも減っていた可能性がある。

もちろん、戦時中はこんな派手な衣装ではない。

宝塚松竹カラーの違い

今まで、同じ少女歌劇団としてこの二者を併記したが、それぞれカラーは大きく異なる。長くなるが、「松竹歌劇団」の項から引用する。

宝塚歌劇との比較では、松竹歌劇の方がよりスピード感大人男性の嗜好(色香)を優先した演出を行っていた。これは片や下町浅草、片や山の手日比谷東京宝塚劇場)という、両者が拠点とした土地柄の違いによるものともされるが、前述のように、東京松竹が発足する以前から松竹レビューの基本要素には「エロティシズム」が含まれていた。青地晨は次のように述べている。「昔はズカファンにとっては松竹下品でみられなかったし、SKDファンには宝塚は気取って鼻もちならなかった。だが、二派に分れてシノギを削るほど、本質的な違いはなかったにせよ、宝塚松竹と、それぞれのカラアと伝統があったこはいうまでもない」。戦後占領期には松竹宝塚両方を取り上げる雑誌複数刊行されており、ある程度観客層の重複もあったとみられるが、戦前からファンには、両方を愛好するファンを「節操がない」と批判する向きもあったという。

こうした説を補強する、次のような画像がある。

1932年松竹の「らぶ・ぱれいど」公演の様子。 明確にレオタードを確認できる

また、個人ブログだが、こういう画像がある。

ここでは年代不明だが、ビキニ姿も確認できる。

報道姿勢問題

スポーツ新聞ではラインダンス撮影するとき、たいてい脚を上げているところを映しており、これってどうなのか、と思わなくもない。最近女子スポーツ写真をことさら性的撮影することを阻むため、JOC対策に乗り出すことにしたそうだ。いいことだと思う。女性スポーツを思い切り楽しむとともに、写真を撮る楽しみも守られるよう明確なガイドラインを望む。それと同時に、スポーツ新聞のこういうチアアンスコばっかり撮っちゃう傾向にも一定の歯止めがあってしかるべきだろう。ついでにノーバン始球式という表現ギャグが滑っている気がする。

しかし、自分も同罪かもしれない。ある程度読んでもらうためにはタイトルを工夫せねばならず、レオタードで読者を釣ってしまっている。

関係ないけど意外な事実

上記松竹歌劇団動画が含まれているリストをたどっていると、驚くべきものを見つけた。

https://www.youtube.com/watch?v=BVKkNAf1ruI&list=RDfVewBno93RA/

なんと、1940年代にはすでにチアの見せパンのようなもの存在していた! こうなると、見せパン歴史サーカス衣装などにまでその調査を広げないといけない。もっとも、これは見せパンなのかスカート付きレオタードなのか判然としない。一瞬お腹は見えてるけど……。

関係ないけど意外な事実その2

英語版ウィキペディアのshortの項には、bun huggers(ショーツみたいなブルマー)について次の記載があった。

In 2008 it was noted that the International Volleyball Federation used to require that female volleyball players wear such garments while playing.

2008年、国際バレー連盟女性バレー選手はそうした衣装ショーツブルマー)を協議中に使うように要求されていた。

なんと、ブルマータイプ衣装強制21世紀になっても行われていたのであるにわかには信じがたい。以前にはビーチバレー衣装強制について調べたが、問題はここにもあったのである

さいわい、こうしたことは昨今になって改善され、好きなものを着ていいことになった。動きやすいようにショートパンツが多いが、ブルマー強制されなくて本当に良かった。

僕はブルマーが好きだ。だが、強制は大嫌いだ。ブルマーが好きなら嫌がる女性にはかせて喜ぶなどもってのほかだ。

それとは別に「Short shorts」と呼ばれる短パンがあることも知った。自分が以前の記事1930年 The Women’s League of Health And Beauty=The Woman’s League of Health and Beautyブルマーのものナチス時代ブルマーカウントしていたのはこれだったかもしれない。やはり写真だけではわからないことが多いが、念のため訂正しておく。ブルマー世界的な分布についても、再考を要する。

結論

今後の展望

今回は、フレンチ・カンカンへの興味から派生して、ラインダンスについて調べた。1930年代にまでさかのぼることが分かったが、それがフレンチ・カンカンからの影響を受けているとはっきり示すには至っていない。彼がパリにいたのは名高いMistinguettが活躍した時期のことで年代矛盾はないが、証拠は不十分である

また、追加調査により、ブルマーや見せパンの広がりの年代がかなりずれる可能性が見つかった。今後も調査に役立ちそうなキーワードが見つかり次第、記録していきたい。

2020-11-09

[]

押しの子マンガみたいな感じでアイドルになってる夢

サーカステントもあった

起きた直後はもうちょい覚えてたんだけど

そこまで悪い夢ではなかったけどいい夢でもなかった

2020-09-01

結婚子供もいらないと気付いた話

新卒就活の時の希望は「結婚しても出産しても長く働ける会社」だった。

民間企業だと難しい条件だと思ったので、1年かけて公務員試験勉強をして、公務員ではないけどそれに近い団体職員になった。

カレンダー通り休めて、有給消化もばっちりで、子持ちの女性もたくさん働いている希望通りの会社だ。

「あがり」だ。私はそう思った。でもそこはある種の地獄だった。

結婚出産キャリアに影響しずらい分、女性に対する結婚出産圧力がすごい。しか男性からではなく、女性から圧力がすごい。上からからから、私はまるで男と番って子供を産むために存在するかのようだ。職場結婚も多いので、男性職員雑談してるのを目撃されただけで「付き合ってるのでは?」と噂が立つ。

子供を産めば産んだで、旦那子供に対する詮索が始まる。どこに勤めてるの、どこの学校に行ってるの、兄弟構成は、子供恋人は(!)、などなど。しかし詮索する方もされる方も「旦那子供スペック=女の価値」と思ってるので、旦那愚痴と「子供をどうすれば”まとも”に育てることができるか」への執心がすごくて「まともじゃない子なら自分の手で殺したい」という人を見かけた時は戦慄した。

あと家族主義がすごい。すぐ実家に帰るし、実家に帰る頻度を聞かれるし、結婚出産圧力も結局は「ご両親を喜ばせるため」だ。人の親である人が多いので、私に自分の娘息子を重ねてるのかもしれない。やめてほしい。

女性が働きやす職場」の現実を見て、あまり気持ち悪さに転職を考えた。それにあたって、なぜ自分新卒時にこんな職場を目指したのかを考えた。

私は子供の頃から鈍くさくて不器用な子で、人間関係でつまずいて小学校とき不登校になった。「まともじゃない子」だ。

大人仕事をするのが義務子供学校へ行くのが義務義務を果たさな人間に居場所はないんだよ」と両親は言った。唯一勉強が得意だった私は、「学校には行ってないけど、学校に行った子より成績が良いよ」と返した。実際そうだった。

その後学校に行けるようにはなったけど、何度も学校生活につまづいた。頑張っていた甲斐もあって成績は良かったけれど、両親の望むような快活な優等生ではないという自覚があり、彼らの胸先三寸で私の「居場所」はどうにかされるのだといつも思っていた。私に出資する価値はありますよ、不登校にはなったけどあなたたちの求める「まともな子」になれるんですよ、というアピールとして「たくさん勉強して良い大学に入って、女性でも長く働ける職業に就きたい」と主張して、大学に入って就職した。仕事結婚出産介護、娘という存在可能価値の最大化をしてみせないと進学させてもらえないと思ったからだ。

結局私は、サーカスの象がエサのために芸をするように、勉強就職をしていただけにすぎず、それのヴァリエーションとして結婚出産があっただけなのだ

それに気づいたとき、私はなんて荒涼とした価値観で人生を歩んできたのだろうと思った。ここまで頑張ったけど、私は両親のことも、勉強していた学問のことも、仕事も、男性も、まったく好きではない。ただ義務しかない。そしてもう義務感だけで何かを成せるとは思わない。

ということで、私は自分人生から結婚出産と、ついでに両親を外すことにした。

転職先は拘束時間が長いこともあって、家庭を持って働いてる人は非常に少ないし、子持ちの母親はいない。申し訳ないけど、この環境にすごく心の安らぎを感じてしまっている。

しかたらこの先、本当に他人を愛せて、家庭を作りたいと思う時が来るかもしれない。その時は結婚出産のことを考えたい。もう子供を望めない年齢になってるかもしれないけど、昔の自分のような虚無を生み出すよりははるかにましだと、私はそう思う。

2020-08-28

anond:20200828091458

まあ落語とか歌舞伎心中すんのが美しく描かれるよな

昔も今も町人はてきとうにサーカスしまさせつつ荷馬車引かせてるだけだから、数百数万の老い家畜自分から死にたいっていうんなら勝手にどうぞでもいいんじゃね

2020-08-19

藤井聡太さんが将棋は飽きたのでサーカス空中ブランコやるって言ったらどうする?

空中ブランコの真ん中に将棋盤を置いて引き続き対局してもらう。

2020-08-06

グレイテスト・ショーマン見たんだけど

世間評価がやたら高いので期待して視聴したけど、自分はあまり好きではなかった。

普通に面白いとは思うんだけど、何回も見ようとは思わないかな。

主人公人生をなぞるんじゃなくて、フィリップサーカス団員の心境に焦点が当たってたなら好きになれたと思う。

上手く言語化できないんだけど、なんか物足りないというか、ただ再現VTRを見ただけ、みたいな感覚

個人的にはララランドがすげえ好きで、でも世間的にはララランドよりこっちの方が人気だからあーそうなんだ、となった。

ララランドのあのラストが最高なんだよな…。

2020-07-24

私は今日エレベータを待っていると、奥の部屋に人影があるのを見つけた。昼も過ぎてとっくに閉鎖されたビジネスホテル朝食会場。ビルの陰となって、日の差し込まない薄暗い空間には、整然と並んだテーブル椅子たち、コップ、皿、カトラリー。その隅の席に、女性の影があった。

その人は、じっと動かずになにか書いている姿勢に見えた。いや、こんな時間あん場所に人がいるだろうか......。見つめ続けても、その影は動くことがなかった。

「なんだ、私の見間違い......」

荷物が積まれているのを私が、人の影に見間違えたのだろう。

私は目的だったコンビニへ行き、またホテルへ戻り、エレベータを待っていた。ふと、先ほどの人の影があるのか確認したら、その影はなくなっていた。


私は、この間、こんな夢を見た。

雑踏に紛れる、近年新しく進出したコンビニ。年々、出店の勢力を上げていた。私の街にも当然そのコンビニはあった。ある日から、そのコンビニは、今までに見たことのない暗い極彩色不明言語デザインされたのぼりを飾った。その違和感宗教じみたものを感じた。なにか強いメッセージを感じるものの、私には何も読み取ることはできなかった。

つの間にか、そのコンビニの外装や商品もそのデザインに変わっていった。私は、そのコンビニが平然と街に馴染んでいくのが受け入れられなかった。

そのような夢であった。


私は、小さい頃、サーカスや劇が嫌いだったことを思い出した。そんなふうに、芋づる式に自分不快が思い出されて、こうして文章に書くことにしたのだった。

サーカスは暗くテントで覆われ内密に行われる。広くぽっかりとした空間を丸く観客が取り囲んでいる。暗いテントの中で、中心がライトで照らされている。調教された熊や犬が芸をする。人間たちも張り付いた笑顔曲芸披露する。観客たちはそれを見て拍手する。

さな頃の私には、これの何が楽しいのかわからなかった。嫌な感じがする、けれど、拍手しなければならない。楽しいフリをして拍手した。


劇の不快について。

学校体育館で、いつものステージ劇場に変わり、見させられる劇。年上の大人たちが、何かを演じている。独特の演劇口調と衣装を纏って、役になりきっている。確かに物語に没頭はできた。その役の人物を好きになってしまうことさえあったくらいに。

しかし、終わってしばらく経つと、とても虚しい気持ちになってしまうのだった。映画アニメを見たのときには感じない虚しさがあるのだった。

演劇には特有陰湿さを感じていた。湿っぽいような、なにか滞っているような。劇が喜劇的であればあるほど、その落差を感じた。


ディズニーランドパレード

小さい頃、両親が休日に朝から連れて行ってくれたディズニーランド

一通りアトラクションを楽しんだ後に、人々の帰路を意識し始めた焦燥感をじわり感じながら、陽の沈みかけた園内でパレードを待つ。

そのうちに電飾で彩られた巨大な装置と、それに乗ったキャラクターたちが現れる。大音量音楽となにかセリフが聞こえる。

また、大勢の人たちが拍手をしている。私もそれに合わせて拍手をする。もしかしたら、拍手をする大多数は、私のように周りに合わせて拍手をしているだけなのではないか大音量で煌びやかなパレードを見ながら、その音や景色が頭の中で遠ざかっていく。


中学生の頃、ある宗教画を見た。

その画は西洋宗教画の並びにあった。一連の草原、道、淡い色の空。そんな印象をかき消すかのように、白に近い水色と鮮烈な赤で彩られた円い曼陀羅魔法陣のような物体。ぽっかりとした空間にそれが浮かんでいる。

どんな絵だったのか、よく覚えていないのだが、その独特の色彩が頭から離れないのだ。

中学生の頃、部活帰りの夜に、誰もいない真っ暗な田んぼ道を自転車を押しながら、ふとそのイメージが思い出されてしまって、動けなくなってしまった。

あの色彩は、人間の神経と血管を想起させるのか。それとも、自然界での毒を想像させるのか。この画はずっと私の頭の中にあるというのに、作品名を忘れてしまったため、その作品存在さえもはやわからなくなってしまった。

2020-07-16

サリン撒かれても、1000年に一度の地震が来ても、首都圏放射能が降っても

ひたすらパンとサーカスでお前らは踊り狂い続けてた結果が都知事選でありうんこ民進党であり自民党であり疫病でてんてこ舞いなんだから

もうサーカスは充分だろ?

ちょっとは国を憂い政治のことを考えたらどうだ?傍から見てたら毎日毎日どんだけ踊り狂って享楽に溺れてんねんって感じだったんだが・・・

そんなに娯楽がほしいか

それはほんとうに文化か?

ただの快楽だろ?

アヘン窟の廃人都心のお前らは一体何がちがうんだ?

ほとんどの二次創作BLが見れなくなった腐女子

昔は年齢操作女体化時代作品の現パロも喜んで見ていたのに全く見れなくなってしまった。

しろ自分でも年齢操作+現パロ容姿捏造BL二次創作描いてたんだけどある日突然「こいつら・・・・誰だ・・・・?この二人である必要はあるのか・・・?」となって見るのも描くのも不可能になった。

腐女子の中に似たような経験を持っている人はいないだろうか?

それ以降は自分はどちらかというとモブ攻めやレイプ系のエロばかり描いたり見たり読んだりする人間になってしまった。

女体化や年齢操作現パロ容姿捏造BLを見たり描いている人はどうやってその意思を保っているんだろうか

私はそれを好んで見ていたころは気にならなかった・・・というより、「まあアニメ原作と絵柄違うし、2.5次元原作派生と思えばどう描いてもいいか・・・」と思い込むようにしていたので見ることができていた。

そういう「許し基準」的なのはみんなあるのだろうか。

最近は症状がさら悪化して男キャラ同士で恋愛をさせると公式提示された関係性が崩れるのが気になってしまうので許せる設定の穴を無理やり見つけ出せないと描けないし見れなくなってしまった。

(大雑把に言うと両方に男女の区別がついておらず全く性知識がないので一時的な間違いとして描写されるめちゃくちゃ軽い恋愛

なぜ女キャラがいるのにそれを差し置いて男同士の恋愛に発展してラブ・・・ラブ・・・することに引っかからないのかわからない

どうして何気ない少しの絡みで付き合ってるなあとか結婚してほしいとか思えるのだろうか

腐女子から・・・と言われてしまうとせやな・・・しか言えないのだが。)

もう何もわからない 

自分は男同士のセックスだけを見るのが好きなの中身のない腐女子になってしまった(中身のある腐女子ってなんだ?)

恋愛描写はNLCPしか見れなくなった。

キャラ同士のもの片思い重症化して発生するレイプ的な物しか見れなくなった。

例えばサウスパークやおい回以降の例の二人みたいに公式ゲイカップルとして出てきたもの恋愛してるものでも見れる。

商業BLも見れる。そういうもんだから

要するにただのエロキチ公式準拠厨になってしまった。

自分で言っていても意味が分からない。

それからずっと一つのジャンルにとどまっていられなくなっている。(交流を求めると自然他人恋愛をしているBL二次創作が流れ込んでくるため)

モブレはキャラ貶めることになるが、キャラを取り巻く環境崩壊しないので楽しい

でもそればかり描いている自分腐女子の輪の中に入ると異質すぎてマジで浮く。

みんなモブ攻め好き!と言って反応もするし描いたりもするけどそれとは別で恋愛しているBLも好きなので大体CP妄想をしている。

私はその中で○○くんエロいな・・・エッチ見せてほしいな・・・しか言ってない。キッショ・・・

自分のただ好きなキャラエロを描く行為だってそのキャラへの冒涜だしただの性欲のはけ口と言われたら何も反論できないのにず~っと他人BLになんで?と言っている。

BLエロもただの健全ファンアートの域から外れていることに違いはないのに

さっさと二次創作からオリジナルへ移るべき人種なのはわかっているが二次創作界隈でワイワイするのが楽しい

そしてオリジナル簡単ものではない。

オリジナル二次創作ではデカい壁がある

結局二次創作垢の反応は他人の褌で相撲を取っているに過ぎないのだが、オリジナルで誰の目にも留まらなかったら・・・と思うと二次創作から抜けられない。

オリジナルの人はおそらく他人の目がどうこうより先に創るのが楽しい!が優先されていると推測されるので、それが疎かな自分そもそもオリジナルに向いていないのではないか

しかオリジナル世界自分の考えた最強の男同士の恋愛と最強のエロを描けたらどんなに楽しいだろうか・・・・と思う

なんか鎖で繋がれたサーカスのゾウが鎖外されてるの全然逃げないみたいな話だな

絶対自分好みのBLを作るの楽しいのにツイッターピクシブでの反応に囚われている

オリジナル自分からっぽなのが露呈するのが怖いのか

やはりもう腹をくくって腐女子グループから二次創作から距離を置くべきか?

苦しいよ~助けて~こわいよ~

【7/17追記

>よしんば明示されてたとしてもそのキャラクターはパンセクシャルではないと言及されたのか?

これ見てハッとした。私は性対象が明示されていないほとんどのキャラクターはヘテロだろうと決めつけていたのか。

かに明らかな女好きの男キャラや男好きの女キャラでさえ同性愛嫌悪を示す描写が無い限りはどちらでもありどちらでもないんだな・・・

2020-05-30

anond:20200530143250

子供のころ見たサーカスは今でも覚えてるわ。

あの異様な非日常感は現地行かないとわからないよね。

anond:20200530063811

サーカスいじってるやつ

見逃したか見れない奴だろ。

俺も見てなかったらバカにしてたわ絶対。幕が上がった時の感動たるや、えもいわれぬ感情湧いた。

音のでかさとか迫力あったし、曲芸で歓声が上がるたび、人々から「どこ?」とか「見えた!」って声が聞こえて来るのはなんかエモかった。

あんなので元気貰えるとは思わなかった。やっぱ人生はやってみなきゃわからんこと多いなぁて

#パンとサーカス

2020-05-29

移動したら嬉しいもの(微追記)

移動図書館

地域性ゆえか実際に見たことはないし、なんならどんなものなのかも分かっていないが響きがカッコいい!ショパンの曲とかを流しながら町を移動しているイメージがある 豆腐屋みたいなもんなのか?

移動都市

なんせカッコいい ハウルの動く城くらいのサイズでもいいし、もっとクソデカくてもいい メガフロートみたいな感じの海上漂流都市路線もいいし、ラピュタみたいな飛行都市も捨てがたい

暮らしくそうだが…

移動要塞

男のロマンだ(これセクシス発言?) 移動都市かぶる所も多いけど、やっぱこう黒煙を吐きながらドシンドシン動く鋼の城って良い

たいていすごい威力の主砲みたいなのを積んでるんだけど、期待するほどの威力は発揮できないパターンがメチャ多い印象

 

このあたりがかっこ良すぎて「移動」ついてるだけでロマンを感じるようになってしまった

「移動祝祭日」はサーカスみたいでかっこいい、「移動ド」はテクニカルで強そう、最近じゃ「移動平均」なんてのも見るようになったけどこれも重心をずらして相手予測の裏をかく技みたいで渋いんだよな

 

(追記)

複数言及があったモータエンジン冒頭部見ました いいねえこの…なんだろう…馬鹿馬鹿しさというか勢いというか 移動都市ってこれだよ!!って感じ

増田やっててよかった

2020-05-12

anond:20200512093818

いやこういう反論も頭悪いと思うんだよな……

例えば競走馬有給休暇が認められるか?盲導犬労働基準法適用するか?あるいは逆に、サーカスの熊は日頃の食べものだけで文句も言わず働いているのだから、お前も食べ物以外は無給で働けと言われて納得するのか?しないよね?だって人間のお前には人権がある。家畜には人権はない。それが近代社会の根源的なルールでしょ。

から風俗嬢熱帯雨林の木と生姜焼きの豚を、例えとはいえ同列に並べるのはおかしい。

2020-05-09

anond:20200509144513

野球の人気はともかく、サッカーは玉転がしてるだけで野蛮な愚民たちのフラストレーションを発散できる効率のいいサーカスから無くならないよ

2020-05-02

パンとサーカス」ならば、ゴールデンウィークには「サーカス」を

提供すべきだった。

マスク2枚を全員に配るよりも、比喩的意味での「サーカス」、すなわち、外出不可能現在であれば、動画サービス漫画読み放題、もしくは雑誌ゲームの購入費のコンテンツ消費などに補助金を出した方が、外出を抑制するという観点で、予防措置としては効果的ではなかったのだろうか。

言い換えれば、無名目な10万円/人とは別に、「サーカス」に国民を留めさせるような補助金政策を取るべきではなかったのだろうか。

それにそもそも、この状況においては、コンテンツという「サーカス」、思考停止という点では「お花畑」かもしれない場所に、みんなで飛び込むことで、積極的に現状から目をそらすべきだとさえ思うのだ。

なぜなら、現状だと一般市民批判意識は、政府自治体よりも、パチンコ屋に並ぶ人間や、マスクを着けずに遠出する人間など、一般市民に向いてしまっているからだ。

まり個人が互いに互いを傷つけ、新型コロナウイルスにかからなくても、みんな満身創痍に成りうる状態なのだ

しかし、そんな個人批判に何の意味があるのだろう。もちろん、政府に対する適正な批判意識絶対に持つべものだろうが、それでも、自分もその立場になりうる一個人を傷つけ、自らもその監視に巻き込まれることに何の利益があるのか。

それだったら、むしろ批判などせず黙っていた方が「得」でさえあるだろう。批判される行動を取る人間からは、批判などせず物理的に離れればいいだけだろう。

一方で、仕事が無いなどの個人個人不利益を受けることの批判はあるだろう。それはもちろん批判したらいい。しかし、その批判は、一般市民の彼らでなく行政に向けるべきだ。

しかし、それが無い人間は、解決までひたすら黙っているべきだ。そして、ただ黙っていても暇になって情報さらされ、また批判心に火がついてしまうからコンテンツ消費に人々を誘導すべきだと考えるわけだ。

まり一般市民みんなから、そのみんなを守るために、みんなごと「お花畑」に飛び込ませるべきだと思うのだ。

そして、ゴールデンウィークは、家族以外にその批判精神諌める人が居ない。その批判が増大し、批判政府に向くわけでもなく、他人をひたすら傷つけ監視が強化されることが怖い。

それなら「お花畑」で戯れて、その意識進化ペンディングにすべきだと思うのだ。

2020-04-06

パンとサーカスで言うところの

サーカスの方が、膨れあがったんかね。現代ってば

農家より、芸能人の方が給料良いよね。。  

だが、コロナのせいで農業の方は食いっぱぐれはなさそう。

2020-03-29

なんかなぁ

3月最後の週末

都会では外出自

我が県では東京への移動自粛

隣県ではKサーカス開催

来月(4/1)から新入社員

木金は休業〜今の所6月中旬までの予定

休業日は給料8割支給するから出歩くな、の命令

今一人でも陽性なっちゃうと、

多分職場強制的クローズされてしま

昨日今日あんまり天気も良く無いし

世界も心もどんよりした週末でした。

2020-03-23

2019年に読んだ本

『おあむ物語・おきく物語』(天保8年(1837))

家近良樹『歴史知る楽しみ』(ちくまプリマー新書2018年12月)

石川太郎監修・小泉吉永編集『女大学資料集成〈別巻〉』(大空社、2006年)

磯田道史監修『江戸家計簿』(宝島社新書2017年)

磯田道史他『戦乱と民衆』(講談社現代新書2018年8月)

伊藤セツ『山川菊栄研究――過去を読み未来を拓く』(ドメス出版2018年12月)

今井幹夫『富岡製糸場と絹産業遺産群』(ベストセラーズ2014年)

岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新』(法蔵館2018年11月)

大塚英志日本バカから戦争に負けた 角川書店教養運命』(星海社新書2017年)

小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(角川学芸出版2016年)

金澤裕之『幕府海軍の興亡 幕末期における日本海軍建設』(慶応義塾大学出版会、2017年)

上條宏之『絹ひとすじの青春――『富岡日記』にみる日本近代』(NHK出版1978年)

神谷大介『幕末海軍――明治維新への航跡』(吉川弘文館2018年1月)

神谷大介『幕末軍事技術の基盤形成――砲術海軍地域』(岩田書院、2013年)

神作研一近世和歌史の研究』(角川学芸出版2013年)

香内信子編『資料母性保護論争』(ドメス出版1984年)

呉座勇一『陰謀日本中世史』(角川新書2018年3月)

佐々大河『ふしぎの国のバード』1~3巻(ハルタコミックス、2015~16年)

サビーネ・フリューシュトュック他編『日本人の「男らしさ」――サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う』(明石書店2013年)

篠田信一『殴り合う貴族たち――平安朝裏源氏物語』(柏書房2005年)

中公新書編集部編『日本史の論点――邪馬台国から象徴天皇制まで』(中公新書2018年8月)

内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』(中公新書2019年2月)

中島岳志保守大東亜戦争』(集英社新書2018年7月)

中野節子『女はいからやさしくなくなったか』(平凡社新書2014年)

中屋敷均『科学非科学』(講談社現代新書2019年2月)

長山靖生帝国化する日本――明治教育スキャンダル』(ちくま新書2018年9月)

文芸春秋編『日本史の新常識』(文春新書2018年11月)

本郷和人『戦いの日本史 武士時代を読み直す』(角川学芸出版2012年)

松浦だるま『累』全14巻(イブニングコミックス、2013~18年)

宮地正人日本リブレット人68 土方歳三榎本武揚 幕臣たちの戊辰函館戦争』(山川出版社2018年8月)

森正人鈴木元編『文学史古今和歌集』(和泉書院2007年)

山川菊栄記念会・労働者運動資料室編『イヌからすとうずらペンと 山川菊栄山川写真集』(同時代社、2016年)

山本博文編『織田信長古文書』(柏書房2016年)

山本ルンルンサーカスの娘オルガ』第3巻(完)(ハルタコミックス2019年)

吉田麻子『知の共鳴 平田篤胤をめぐる書物社会史』(ぺりかん社2012年)

和田裕弘織田信忠――天下人嫡男』(中公新書2019年8月)

渡部周子〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女規範形成』(新泉社2007年)

渡邊大門関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書2019年9月)

渡辺尚志『江戸明治 百姓たちの山争い裁判』(草思社2017年)

渡部泰明『和歌とは何か』(岩波新書2009年)

★再読★

鬼頭宏『日本歴史19 文明としての江戸システム』(講談社2002年)

ニコライ著・中村健之介訳『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫、1979年)

中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書2016年)

山川菊栄武家女性』(岩波文庫1983年)

山川菊栄著・鈴木裕子編『山川菊栄評論集』(岩波文庫1990年)

和田英『富岡日記』(筑摩書房2014年)

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