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2019-05-11

誰も覚えていないアニメ

カルメンサンディエゴ

知らないって言われる。

2011-08-13

http://anond.hatelabo.jp/20110813154248

別にカルメンだって、「それより昔のナニカ」に似てるだろうさ。

音楽もそうだが、物語も骨子だけ見れば、数種類にしか分類できない程度のものだよ。

当たり前だ。

リアルオペラと、少しだけアニメの話

世界一有名なオペラといえば、間違いなくカルメンだろう。

確かに音楽ドラマも素晴らしい。

知名度に恥じないだけのクオリティだと思う。


しかしまさか、あの作品の登場人物みたいなシチュエーションリアルで体験することになろうとは・・・


と言っても俺はエスカミーリョではない。それは別の人だ。

むしろホセ完全に一致?みたいな感じだ。

ルックスも育ちも悪くないのに、コミュ方面がとんでもなくウブだったり、仕事では男ばっかの組織で中堅の末席を汚してる所とかそっくり。

あと、俺もバラを貰ったら萎れてから後生大事に取っておいてドヤ顔する人です

我ながらキモいノリだなあと思うけどシカタナイネ


ただ、出会った女の順番が逆だった。

カルメンミカエラという流れ。


最初カルメンとは、少しばかりの火遊びから程なくして、ものの見事にフラれた。

当時はマジでオペラよろしく「昔は愛し合っていたじゃないか!」と憤ったものだ。

今はもう、そういう真剣さにはあまり意味がないことは分かってるけどね。


そして彼女はあっという間にエスカミーリョ氏とデキ婚してしまった。お幸せに。

以上、元カノの話は終わり。


そんな黒歴史アバンチュール(?)から1年くらい経って、今カノのミカエラを知り合いから紹介された。

ただし青い服ではなく、長いストレートの黒髪がトレードマークだ。

この人とは慎ましいけど落ち着いた関係が続いていて、ゆくゆくは結婚したいと思ってる。

彼女との会話には「恋の駆け引き」みたいなノリは皆無。

結果的に超シャイ彼女をこっちが一方的にリードし、時には「俺について来い」的ポーズを取ることもある感じ。

なので女性情熱的刺激を求める男にとっては退屈でダルい人ということになると思う。

かくいう俺は刺激より安らぎが欲しいので助かってるけどね。

最近は「たぶんこの人となら大丈夫だろう」という、根拠のない信頼感を抱くようになった。

気持ちが燃え上がる代わりに、静かな喜びを味わっているというか。


まあでも先のことは誰にも分からない。

もし万が一、今の彼女とも上手く行かなくなったら、さっさと諦めた上で他の人を探すしかないだろう。

もちろん別れが辛くないと言えば嘘になる。

でも「彼女じゃなきゃダメなんだ」「彼女と絶対一緒になりたい!」みたいな童貞臭い思い入れは、現実の前ではとことん無力なのだ。

あーめんどくせ。


他にオペラネタといえば、さらに昔サロメばりに交際を迫られたこともあったっけ。

とにかく病的なくらい一途で、危ないくらい情熱的で怖かった。昔の彼氏に対してもそんな感じで付き合ってたのだろうか。

こちとら別に預言者でもなんでもないし、いきなり服脱ぎ出すとか、首を刎ねられた上にキスされるとかはなかったけど。


で、本当の所ホセなのかヨカナーンなのかについては、実はどちらでもなく、レイズナーマンジェロということでとうの昔に結論が出ている。

まり誰かと付き合うことでお互いの人生が変わることはあっても、持って生まれた非コミュキモメン変態人間性は微塵も変わらないということですね。当たり前だけど。

あ、別にマンジェロ系男子」や「マンジェロ系増田」を流行らそうみたいな意図はない。

それこそ「ネタが古過ぎて伝わらないモノマネ選手権」の世界だろう。


というわけで、レイズナー別に見ても見なくてもいいから、カルメンだけは絶対に見とけ(あと余裕があればサロメも)と、ここまでの話を要約して締めることにする。

2009-12-05

児童ポルノ「所持も禁止を」

国際エクパット」事務局長のマドリナンさん

 児童ポルノなど子ども性的虐待の問題に取り組むNGO国際エクパット(ECPAT)」の事務局長、カルメン・マドリナンさん=写真=がこのほど来日し、東京セミナーを行った。

 インターネットの普及やグローバル化で問題は深刻化しており、子どもを守る法の強化が必要と指摘した。

 国際エクパット(本部・バンコク)は世界各地に拠点を持つ国際ネットワークで、児童買春などに反対する活動をいち早く始めた。児童保護教育プログラム専門家でもあるマドリナンさんは、警察庁セミナーに続き、11月26日に国会内で開かれた与野党議員との会合に参加。児童ポルノの深刻な状況を報告した。

 それによると、子ども性的虐待の場面を写した児童ポルノ画像ネット上で増えており、〈1〉毎日約200の新しい画像が流布している〈2〉国際刑事警察機構が集めたネット上の画像で被害児童数は1万~10万人、その8割が6~12歳と推定される〈3〉より暴力的でより幼い子の画像が増える傾向がある――という。

 また、英米加豪などの捜査機関情報を分析した結果、ポルノ所持で逮捕された者の40%が子どもへの犯行を実行、15%が計画したことが明らかになったという。

 「見る行為と犯罪の関連性がわかってきた。麻薬や銃と同様に、反社会的な使い方をされる危険性がある物は所持から禁止する必要がある。製造や流布の禁止だけでは十分ではない」とマドリナンさんは言う。

 「表現の自由」の侵害が懸念されている点では、「多くの国で議論になったが、児童ポルノは重大な犯罪であり、まず子どもを守るのだと合意したうえで、各国とも両者のバランスをとる努力をしている」と紹介。「アニメゲームなどの性的表現も『子ども性的満足の道具にしている』という観点から、多くの国が処罰化を進めている」とし、日本での議論を促した。

 セミナーに出席した国会議員からは「日本でも所持を禁止する法改正を急ぎたい」(民主党小宮山洋子衆院議員)との発言があった。

2009年12月5日 読売新聞

http://www.yomiuri.co.jp/komachi/news/20091205-OYT8T00253.htm?from=yolsp

2009-02-01

淀川長治の年間ベスト

淀川長治キネマ旬報年間ベスト10で最高点をつけた洋画リスト

1949年 大いなる幻影ジャン・ルノワール

1950年 自転車泥棒(ヴィットリオ・デ・シーカ

1952年 巴里アメリカ人ヴィンセント・ミネリ

1954年 嘆きのテレーズ(マルセル・カルネ)

1958年 白夜(ルキノ・ヴィスコンティ

1959年 恋人たちルイ・マル

1960年 太陽がいっぱいルネ・クレマン

1961年 素晴らしい風船旅行アルベール・ラモリス

1962年 野いちごイングマール・ベルイマン

1963年 アラビアのロレンスデヴィッド・リーン

1964年 突然炎のごとくフランソワ・トリュフォー

1965年 81/2(フェデリコ・フェリーニ

1966年 マドモアゼルトニー・リチャードソン

1967年 欲望(ミケランジェロ・アントニオーニ

1968年 2001年宇宙の旅スタンリー・キューブリック

1969年 アポロン地獄ピエル・パオロ・パゾリーニ

1970年 サテリコンフェデリコ・フェリーニ

1971年 ベニスに死すルキノ・ヴィスコンティ

1972年 フェリーニのローマフェデリコ・フェリーニ

1973年 スケアクロウジェリー・シャッツバーグ)

1974年 フェリーニのアマルコルドフェデリコ・フェリーニ

1975年 ザッツエンターテインメントジャックヘイリーJr

1976年 トリュフォー思春期フランソワ・トリュフォー

1977年 ロッキー(ジョン・G・アビルドセン)

1978年 家族の肖像(ルキノ・ヴィスコンティ

1979年 木靴の樹(エルマンノ・オルミ

1980年 ルードウィヒ/神々の黄昏ルキノ・ヴィスコンティ

1981年 ブリキの太鼓フォルカー・シュレンドルフ

1982年 ゲームの規則ジャン・ルノワール

1983年 ディーバ(ジャン=ジャック・ベネックス)

1984年 カルメンカルロス・サウラ)

1985年 田舎日曜日ベルトラン・タヴェルニエ)

1986年 シテール島への船出(テオ・アンゲロプロス

1987年 グッドモーニングバビロン!(タヴィアーニ兄弟)

1988年 ザ・デッド(ジョン・ヒューストン

1989年 生きるべきか死ぬべきか(エルンスト・ルビッチ

1990年 フィールド・オブ・ドリームスフィル・アルデン・ロビンソン

1991年 シェルタリング・スカイベルナルド・ベルトルッチ

1992年 ヒア・マイ・ソング(ピーター・チェルソム)

1993年 マルメロの陽光(ヴィクトル・エリセ

1994年 オリーブの林をぬけて(アッバス・キアロスタミ

1995年 スモークウェイン・ワン

1996年 ケロッグ博士アラン・パーカー

1997年 世界中アイラブユー(ウディ・アレン

2008-02-07

炎上」について思い出したこと

何処かで不用意な発言をしてしまったがために回りが騒ぎ出す「炎上」が

倖田來未の一件でネットだけでなくリアル社会にも蔓延している様な気がするんだけど

マスコミ経由の炎上は綺麗な炎上と抜かすわけじゃあるまいな?)、

昔のネット黎明期の頃はもっと酷かったと言うか、あの頃の個人のWebサイト日記でバカを晒し(誇張も含む)

それを紹介すると言うのが一種のパターンだったんだけど、かつてクソゲーハンターとして名をはせていた

ABCこと阿部広樹氏(以下ABC氏)は自分に合わないものは何でもこき下ろしまくってて、センチメンタルグラフティを巡る騒動は

当時ギャルゲーハードと化していたサターンメガドラ回帰を望んだセガ信者(と言うかセガ研究会)を巻き込んだ事で

有名なんだけど(※1)、そんな彼の日記の中に友人(記憶だとカルメン伊藤氏)からどうみても絵を始めたばかりの

今思えばスルー扱いの絵描きサイトを晒して大炎上と言う事態になった、あの騒ぎは結構大きな騒ぎで結局はABC本人が

そのサイト掲示板に出てきて説明して収束したように記憶している。今思うと批判とはけ口が半ばバーストした感じの今の炎上

違って、あの頃の炎上は気に入らないのものはとにかくこき下ろそうぜ、と言う感じ半ばリンチに近い状況だった様な気がする。

※1 センチメンタルグラフティは大きく値崩れしてギャルゲー史の汚点と言う称号を与える事ができたが、後のシスタープリンセス以降が良い様にABC氏が激しく嫌悪してきた「萌え」もしくは「キャラ萌え」のムーヴメントは止められなかったし、残酷ゲームにいたってはGTA3で流れが出来ると思ったら神奈川県有害図書問題で大きく減速した感じがある。今、ABC氏がここを覗いているなら(無いと思うけど)今の状況ををどう思ってるのか聞いてみたい。

 
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