提供すべきだった。
マスク2枚を全員に配るよりも、比喩的な意味での「サーカス」、すなわち、外出不可能な現在であれば、動画サービスや漫画読み放題、もしくは雑誌やゲームの購入費のコンテンツ消費などに補助金を出した方が、外出を抑制するという観点で、予防措置としては効果的ではなかったのだろうか。
言い換えれば、無名目な10万円/人とは別に、「サーカス」に国民を留めさせるような補助金政策を取るべきではなかったのだろうか。
それにそもそも、この状況においては、コンテンツという「サーカス」、思考停止という点では「お花畑」かもしれない場所に、みんなで飛び込むことで、積極的に現状から目をそらすべきだとさえ思うのだ。
なぜなら、現状だと一般市民の批判意識は、政府や自治体よりも、パチンコ屋に並ぶ人間や、マスクを着けずに遠出する人間など、一般市民に向いてしまっているからだ。
つまり、個人が互いに互いを傷つけ、新型コロナウイルスにかからなくても、みんな満身創痍に成りうる状態なのだ。
しかし、そんな個人批判に何の意味があるのだろう。もちろん、政府に対する適正な批判意識は絶対に持つべきものだろうが、それでも、自分もその立場になりうる一個人を傷つけ、自らもその監視に巻き込まれることに何の利益があるのか。
それだったら、むしろ批判などせず黙っていた方が「得」でさえあるだろう。批判される行動を取る人間からは、批判などせず物理的に離れればいいだけだろう。
一方で、仕事が無いなどの個人個人が不利益を受けることの批判はあるだろう。それはもちろん批判したらいい。しかし、その批判は、一般市民の彼らでなく行政に向けるべきだ。
しかし、それが無い人間は、解決までひたすら黙っているべきだ。そして、ただ黙っていても暇になって情報にさらされ、また批判心に火がついてしまうから、コンテンツ消費に人々を誘導すべきだと考えるわけだ。
つまり、一般市民みんなから、そのみんなを守るために、みんなごと「お花畑」に飛び込ませるべきだと思うのだ。
そして、ゴールデンウィークは、家族以外にその批判的精神を諌める人が居ない。その批判が増大し、批判が政府に向くわけでもなく、他人をひたすら傷つけ監視が強化されることが怖い。
芸能人は小中学生に音楽を教えてやるとか言って無料配信してほしいね
ダウンタウンみたいなトークのプロに国語の授業を強制する法律を作ってほしい