「移動図書館」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 移動図書館とは

2021-04-17

anond:20210417071434

旭川だと本屋図書館もまあ充実なんかしてないでしょ

どこと比べてという話にはなると思うけど、市立図書館は分館や移動図書館も含めて、豊富でないにせよ劣るとまでは言えないと思うけどな。

本屋は昔はデパートに充実してたし今はコーチャンフォーがあって、たしかにそこまで行くのが大変ということはあるにせよ、とりあえず市内で片付く。

2021-03-02

anond:20210302182514

親と行けばいいじゃん

ってか移動図書館とかもあるはずだしな

2020-05-29

移動したら嬉しいもの(微追記)

移動図書館

地域性ゆえか実際に見たことはないし、なんならどんなものなのかも分かっていないが響きがカッコいい!ショパンの曲とかを流しながら町を移動しているイメージがある 豆腐屋みたいなもんなのか?

移動都市

なんせカッコいい ハウルの動く城くらいのサイズでもいいし、もっとクソデカくてもいい メガフロートみたいな感じの海上漂流都市路線もいいし、ラピュタみたいな飛行都市も捨てがたい

暮らしくそうだが…

移動要塞

男のロマンだ(これセクシス発言?) 移動都市かぶる所も多いけど、やっぱこう黒煙を吐きながらドシンドシン動く鋼の城って良い

たいていすごい威力の主砲みたいなのを積んでるんだけど、期待するほどの威力は発揮できないパターンがメチャ多い印象

 

このあたりがかっこ良すぎて「移動」ついてるだけでロマンを感じるようになってしまった

「移動祝祭日」はサーカスみたいでかっこいい、「移動ド」はテクニカルで強そう、最近じゃ「移動平均」なんてのも見るようになったけどこれも重心をずらして相手予測の裏をかく技みたいで渋いんだよな

 

(追記)

複数言及があったモータエンジン冒頭部見ました いいねえこの…なんだろう…馬鹿馬鹿しさというか勢いというか 移動都市ってこれだよ!!って感じ

増田やっててよかった

2016-05-10

私と母

私の親は子供管理するものだとして育てた。

まれて30年近く経つのに、私の中にはお母さんがいる。

お母さんを捨てて、自分のことを考えたいのにお母さんに好かれたい選択肢を選んで苦しくなるんです。

私の中から消えてほしいんです。


物心がついてからの一番古い記憶は「お母さんかまって」「遊んでほしい」だった。

けれど、かまってもらえず、カラーボックスに入っている絵本を繰り返し読んだ。

お母さんはつまらなそうに、みのもんたが出ているテレビをつまらなそうに眺めてたね。

ときおり、移動図書館がきて、いつもと違う本を読んだ時だけ空虚気持ちが消えた。



お母さんに触れたくて、でも触れるのを嫌がられた。

一緒に布団の中に入って、髪の毛を触らせてもらえたのが唯一のふれあいだった。

から、寝入る時はいつも髪の毛を触って寝ていた。

ある日「うざったい」と髪の毛を触るのを拒否された。

かなしくて、母親のいないタンス側の隙間をのぞいて、じっと泣くのをこらえた。

タンスの隙間から湿ったようなかび臭いにおいを今でも覚えている。


鏡でもよく遊んだ。好きな設定は鏡の中に、将来の自分が映るというもの

女の子というものは年頃になれば、みんなきれいになるんだと思って妄想していた。

お母さんは、クラスかわいい子に「○○ちゃんは華奢でかわいい」とか「笑顔かわいい」と言っていた。

私のこと可愛いって言ってくれたことあったっけ。


おばあちゃんが服を買ってくれると言ってくれたから、淡いピンク色に二足歩行うさぎ花畑刺繍されていたワンピースを買ってもらった。

かわいい洋服を買ってもらい満足して、お母さんに見せたら「なんでこんなもの買ってもらったの」と責められた。

私にはセンスないよね、お母さんのいないところでお洋服買ってもらってごめんなさい。

今度から、お母さんのいるときだけ洋服かってもらうね。


小学生のころは週5で習い事があり、放課後同級生と遊ぶのは稀だった。

気づくと同級生とどうやって遊んでいいのかわからなかった。

人形遊びをして、自分の頭の中の世界で遊んでいた。


クラスの子に「何色が好き?」ってきかれた。

ピンクと答えようとしたけど、それはかわいいしか使っちゃいけない色なんだって思い出して「水色」と答えた。

それから、水色のものをもらうことが増えていったけど、本当はピンクを持てる子がうらやましかった。


休み時間何をしていいかからなくて、外遊びもわからなくて

教室の隅にある本棚から本を取り出して読んでいた。

気に入る内容のものはなくて、一番印象に残っていたのは種子島銃の本。


小学校1年生になっても補助なし自転車に乗れないのは恥ずかしいといわれて練習したね。

言い出しっぺはお母さんだったけど、練習は1人か、週末だけいるお父さん。

補助輪つき自転車に乗るより、誰もいないで1人練習するほうが恥ずかしくて心細かった。

乗れるようになってもほめてもらえず、できて当たり前で終わっちゃったね。


お母さんに悲しいことがあって泣きついたときに慰めてもらえることはなかったね。

「泣くのは甘え」といわれて育られたね。

から、人前で泣かない子になったよ。

クラスで泣いている子がいても、慰めず「あいつは甘いヤツだ」って見下してたよ。

でも、高校生のころに人前で泣くのに怒られないで、慰められているところを見て、私の中の何かがぐらついてしまったんだ。

それから人の目がないところだと、今まで泣いてなかった分を取り戻すように声を押し殺して泣いたよ。

気づいたら、声が出ないで涙がツーっと落ちるようになったよ。


お母さんとの思い出、たくさんあって書ききれない。

でも思い出すと苦しいことばかり。

仲の良い親子がうらやましい。

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん