はてなキーワード: 看板とは
さっき読んだ直後は、単なるジャンプラの読み切りなんだから軽く流そうと思った。
でも10分ぐらいしたらやっぱり口にしないと気持ちが収まらなくなった。
100字では、140字でも書ききれない。
言いたいことが多すぎる。
どこから書けばいいのか。
ああ、もう嫌いだ。
『写実の世界から抽象画の世界へ』というメッセージは一発で伝わった。
でも絵が気に食わない。
繊細な写実というには右の絵は稚拙で、意図的な子供らしさと作中で語られるにしてももうちょっとなんとかなるだろうと思ってしまう。
ゾッとさせるような写実が持つ、バランス感覚に対する驚嘆と、生まれつきの能力で絶対にかなわないと感じさせる認識の解像度が……。
抽象をテーマにしている左は、モヤモヤっとしたものをたくさん並べて配置しましたよとただそれだけで……抽象とは近視が眼鏡を外してクシャクシャのフィルム越しに遠くを見た景色のことなどでは……
つうか、この橋……モネ!雑!つうかそれなら左側にあるべきはこんなモヤモヤじゃなくて!
ああもう嫌!!!キレそう!睡蓮の橋だって分かったことで「なるほどね、分かってるじゃん」じゃなくて「分かってね~~~~」が出ることにキレそう!!
もう無理これ以上書きたくない!
既にもう無理!!!
ねーなにこれ ←それな なにこれ
で?
結局なんなのこれ?
またどっかのパクリ?
で?
もう考えたくないから次
客の方を向いてアニメ絵を描いて喜ばせた人間が馬鹿にされて、シコシコ自分の趣味を押し付けた奴らが文句を垂れる。
身勝手だよね。
こういう姿勢駄目だよね!
って漫画になると思ってました。
でも違いましたね!
大ゴマでこのシーンを印象づけるのと、場面の情報量を絞ることで次のページからの場面切り替えをやりやすくしたのはいいね。
は?
芸術家って感じでゾクっと?
池田屋って店名の直後に名字出して、服もわかりやすくすることで今なにしてるか分かりやすいのはいいと思うね。
キャラクターの状況説明に無駄にセリフ使わない工夫をしようと思えば出来るくせになー。
大きい画廊に絵を出せる人からも評価されてるなんてモネさんすごいな~~憧れちゃうな~~~。
中間のコマでセリフを右から左にグイグイ読まつつコマを埋めることで圧迫感出すの上手いな。
技術的には漫画ちゃんと描けるのに話がほんとな、まあ作画だけやってろというには画力がまだまだなー。
ネームだけって感じか?
どうなんでしょうか?
「売れるか」を「」書きしてるのは、あとあと引用するときのため読者に印象づけたいってのもあるけど、言い方がわざとらしいってのも含まれとるんやろうねえ。
と、ここでは評価できるのだが、それがあとあとね。
最初の吹き出しが後頭部から発射されていることで、そっぽを向いて話していることが分かる。
その次にイーゼルにセリフがかぶってることで、意識はそっちにあることが分かる。
若干吹き出しが下がっているのは視線誘導による宵宮さもだけど、発した側の意識の比重が周囲の会話から絵の方に戻ったことも分かりやすくなってていいと思う。
クソが、褒めたくねーんだよ本当はこんな漫画、でも誠実に向き合った上で批判してる感出したいからな。
「発想も描き方も自由でのびのび」
はい嘘ー。
せんせー、物語の都合のために嘘を演じさせられる子供たちが可愛そうだと思いまーす。
絵を目と心で見るんじゃないんだよな……。
それって作中で自分でも言ってるんだけど、こういうセリフは統一感持たせてほしいな。
咄嗟に言った感じを出すたびにブレを出すにしても、それならそういう作劇意図が分かるようにして欲しいんだよね。
そのあとの「こどもなら尚更」はモネのくそみてーなエゴがダダ漏れでいいと思うね。
ここでね、読者が「ヤベ、100点じゃん」ってならないと負けなんすよ。
作者の意図的に「子供が書く絵としては凄いけど……」を思わせたかったのかもだけど、そうだとしてもここは思いっきり嘘を振り切っておいた方が作品がビっと引き立つと思う。
いやー読者的にはそーゆーの関係ねーんで。
うーんここでカラーを使うって手もあるんだよなー。
とにかくここでのパワーの弱さが読者側に「おい、俺の作品に歩み寄れよ」って命令されてるような感じにさせるんだよね。
好意的にそれを受け入れてくれるやさし~~い読者じゃなくてごめんねー。
点数って概念がデジタルで抽象的過ぎるから、金払って評価貰う側としてはどうしたらよくなるのかを具体的に書いて欲しいって感じそうだけどな。
いやすまんね。
でもな~~んか、そもそも論として悪手にみえるんだよなあ点数をつけること自体がさ。
だってアトリエのオヤジ、やり手オーラ出してるキャラなんだからそういうことするかなって。
学校の美術でいい点取りたい子が集まってる教室って感じもせんしなあ……。
ああごめん、俺が勝手に「作者の人形劇っぽさを感じる小道具が出てきちゃったな」ってケチつけてるだけだから。
リアリティ 23点 ってか~^~^
ああなるほどね。
いや、でもそれにしちゃ用紙がしっかりしてんだよな。
やっぱ日常的に点数つけてるわコレ。
それなら店長からなにか注意とかありそうだけどそういう描写がない……。
まあそれより気になるのはさ、モネの「はいはい…で何がご不満なの…?」なんだよね。
お前よー「美術の先生にあんまりいい思い出ないなあ」と言った口でコレかー。
まあ初日っぽいし勘弁してやっか今回は。
ページの左下でコマぶち抜いてることの演出意図がいまいち分からん。
違和感でまっさきに目が言っちゃうけど、まず上から見てもらった方がいいページに見える。
100点じゃないんですか……?の寂しい背中が重要なページでしょこれ。
・ ・ ・
みんな って言い方にさ、「大衆は無知蒙昧なクズであり、芸術を介さぬ下等種族である」と言わんばかりなものを感じるんだよね。
それが演出意図として分かっていて、読者はモネのこういった発言にイラッとするのがこの漫画の誘導として正しいのかが引っかかる。
というか俺は終始そこが引っかかる。
モネをどう見てほしいのか。
そしてこの物語をどう感じ取ってほしいのか。
背骨とも言えるその部分にどこかゆらゆらとハッキリしない感じがある。
そうしたゆらぎの最中に、蛇行運転の酔っ払いが次々と不特定多数にタックルをかまして帰っていくような不躾さを覚える。
俺はそこが本当に嫌いなんだ。
それを分かっていてやっているのか分からないことが。
「心で見たら なにも見えなかった」
は?
計算して書かれた上手な子供の絵を描こうとする子供の姿を、心で確かに見ておきながら、自分が気に食わないからとなかったことにしたのはお前だろうがモネよ。
お前な、相手の嫌なところが作品から見えたらそれは何も見なかったことにするのが絵画鑑賞だと思っとんのか?
悪意を感じ取らせることがコンセプトの作品もあるし、空虚さがコンセプトの作品だってあるだろう。
見えないのは、お前の心が、お前の見たいものしか、見てないからだ。
そういうところが嫌いなんだよなモネ。
抽象画について語るのはほんま難しい。
俺は火傷したくないから自分から語りたくねーので「ブルーピリオドとかに描いてあった気がするぜ?」とでも言って誤魔化すけど、この作品は火中の栗を拾いに行くんだから勇気があるなあ。
まあ~~~言ってるのは小学生と~~画家ですらないモネせんせ~~ですから~~~作者の意見じゃないし~~~いいんじゃないっすか~~??
でも冷めちゃうんだよね。
没入度 10点 ってか~~~^^
モネさんにじゅうはっ さい
絵画歴15年
いやまあこんな所噛み付いて「じゃあ小学生で絵が売れてるやつの何が分かるんだろうな」なんて言いませんよ?
雑に揚げ足取りたいってほどじゃないんで。
真っ向からぶった切ってる感出したいからここは、刃を縛ってフェアを演出ですよ。
あっいや違うよね。
無知蒙昧なクソ雑魚読者に対して抽象画について1から説明しても仕方がないから抽象化≒グルグルってこの作品では仮に定義してるんですよね。
あれ、なんで俺今一瞬アオスジピキってなったんだ。
無意識化で何かを抑えた音がしたわ。
絵を描く楽しみを、人からチヤホヤされることに求めちゃ駄目なんですかね?
ゴメン僕ホントこういうのわかんないんだよね
やっべフライングした
風が吹いている絵を見て、そういった概念を描写しようとしたことを理解するのと、実際に風が吹いている用に感じるのは別っすね。
膨大な価値がつく理由は様々で、投機目的だってあるからなんとも言えないっすね。
あえてズラして頑張ってる感の演出っすね。
歪みを入れてるのもわざとでしょ?
はい 23点
これはだいぶ浅い見方なんですよ。
そもそも論として、レンズを通った時点でそれはもう正確な風景とは言えない気さえします。
そういった疑問を人の心に浮かび上がらせてくれるのがカメラの魅力だと私は思います。
魚眼レンズは文字通り、魚の眼に映る世界なわけですが、もし人間の目が魚眼レンズだったら、正確な風景と呼ばれる写真は魚眼レンズの写真になったのでしょうね。
ではその世界において私達が見るような比較的フラットな景色はどう扱われるのでしょうか?
望遠レンズで撮ったときの遠近感を人は嘘と感じますし、広角レンズにしてもそうなのですが、それらは単に私達の視覚とは違う道具を……
人に見せて再生数を稼げるかじゃなくて、自分が気持ちよくなれるかだから。
それを、人に押し付けるなよ。
股間の筆を、SEXに使うか、オナニーに使うか、それを決めるのは本人の自由でいいじゃん。
お前のオナニー気にくわないよ、お前がSEXだと言い張っても筆を使うならオナニーだって俺は思ってるから、お前がSEXと言い張ろうとオナニーとして評価するから。
それがお前の考えるいい先生なのかよ!
そういう所だぞ。
突然人の髪触る奴……こわっ……
でもあれだな。
「教えたいことがある」のセリフに被せられるとエゴイストっぷりが引き立つからいいシーンだな。
自分の顔を鏡で見た時は鏡に写したキメ顔だけってのは、人間の人生が持つ欠陥の一つです。
そこが味わい深……あー駄目だまた話が長くなりそやめやめ
じゃあどう表現したら良かったんでしょうか?
難しいね!頑張って!
ここの背中から表情の違いを上手く出せると良かったんだろうな。
多分、それだけでもだいぶ変わる。
自分の知ってる悲しみを、他の人には味合わせないようにと考えられる人が、優しい人だと僕は思います。
私はそれを乗り越えたから、それについてはもうどうでもいいよと言いながら、他の人が同じように悲しんでも、自分と同じように乗り越えろは、優しさとしては3流、いや、そもそも優しさじゃなくて自己満足、エゴだよそれは!
今、愚痴を吐くためにあえて1ページずつ見てるんだよね。
それでさ、このページを1ページだけ見たんだよ。
そしたらさ、頑張って描いた絵の上に「お前の絵は心に正直に描いてないよ」ってセリフが被ってたんだ。
お前の絵は無価値だよ。
本当は0点だ。
そう言わんばかりだった。
悲しみが、胸に押し寄せてきて泣きそうだった。
ゴッッホーンってな。
はぁ……31Pの悲しみのせいで内容がうまく頭に入らねえ。
うわああああああ急に白黒に戻るなああああああああああ
ぶっちゃけ見開き2ページぶち抜きでこの振り向きで良かったと思います。
そもそもの話なんだけどさ、描いてる最中にチラっと横見てなんとなく何描いてるか途中で分かったりしない?
完成まで間に衝立でもあったのかな?
わりい。
俺2周目だから超冷静なんだわ。
こまけーなわりい。
場面が転換してるけど台詞が直前の事象を引きずりすぎてるので「え?なんか急に生徒生えてきてない?」ってなるんだよなー。
レオの席が空席なのを先に見せてワンテンポ落として、それから教室全体とかにするといいのかなーって。
気に入っているから居残るってのはどうなんだろう。
俺は今、大嫌いな漫画のためにこんな夜中までひたすら居残りしてるんだけど?
すごいお家……以外の情報はないなこのページは。
俺もちょっと他人に無関心な所あるけど、最悪の出会いをして今夜ふかししてこんなの書いてるよ。
この辺、状況説明みたいのばっかで文句をつけようにもそもそも何もないって感じだ。
しかしあれだな「気に障るようなこと」と口にしては具体的にそれがどうなのかは考えないんだよなモネって。
休憩していいぞ。
待ってるやつがいるぞ。
どっちだよ。
「」の中身がなげーよ。
どんな時でも描きたい気持ちに素直になれるかで定義するのもなんかモヤモヤするしな。
前半部分いらなくね?
いるか?
自称画家じゃないのモネが半分だけ定義を満たしているのってキャラ的に正解なのか?
看板を背負う勇気さえできりゃ俺こそが画家なんだよ!ってキャラだったのか?
そのへん混乱するぜ。
上半分は回想ページだから雑な絵柄じゃん?
でも下半分だと偉い人から「本当にいい絵だと思っている」ってオーラを出すために書き込まれてるじゃん。
んでこれってレオの回想だからレオの思い込みの光景なんだよな?
いやそこが分からん。
実際にあった光景に対してレオの印象だけが吹き出しで追加されているのか、絵も含めて全部レオの妄想なのかが分からないんだよ……。
多分だけど、上半分のオヤジと画家をもっと丁寧に書いて、吹き出しは思い込みで、映像は事実そのものですってした方が漫画的にいいのかな。
そして、それがこのページを読みにくくしてる。
やっぱ父さんの顔のタッチ、さっきのページの上だけおかしいんだよな……。
どうあってもレオの絵はレオの絵であって、そこに世界はやはりあるんだろうな……って演出でいいんだよなコレ?
この辺のわかりづらさ本当なんとかしてくれよ。
光ってるのはお前だぞ派
それが読者に分かるのがいい漫画なんだぞ派
君はどれ?
「大したやつだ」
「やはり天才か」
上から目線で語ってんじゃねーよババァ俺より稼いでねーくせにと言ってえーんやぞレオくん。
俺は許すよ。
『「世界」が描きたい』って話さっきまでしてたのに「描きたいものが分からない」って話にいつの間にかなってる!?
編集も読んであげて!
うーん。
ビジネスマンと漁師のアメリカンジョークみたいになってきたな。
あの稼ぎまくって最後はのんびり釣りをするんだぜって既にのんびり釣りをしてる人に説法を始めるやつね。
俺あれ好き。
この漫画嫌い。
最初に髪の毛触ったコマでもうちょっと分かりやすくしたほうがいいよ。
この石何?ってなる読者いると思うからね。
それか完全にゴム紐にしちゃったほうが逆に分かるかなー。
目線の高さを合わせて喋ってる感出してるはずのシーンで高さがあってないの苛つく人ー ノ
いやお前ゴム紐に向けて喋ってるわけじゃないだろ?
扉絵のクソ雑い睡蓮の橋を思い出して思い出しギレしそう!!!!!!!!!!!!
なにいきなりフェラ顔してんの?
ここ1Pずつ読むとそんな違和感ないけど見開きだとなんかバランス悪いんだよね。
どっちで読ませたいのこの漫画結局?
縦読みだと多分この構図でいいんだろうけどー。
友人再登場してるけどコイツのこと読者だいたい忘れてると思う。
会話させるために引っ張ってきたんだろうけど……。
つうかなんであれモノクロだったの?
なんで?
白黒にしたの?
なんで?
でもさあ、あのサイズ(3mぐらい?)で描かれてる設定ならなおさらもっと精緻なタッチでよかったんじゃないの?
小学校の頃の僕はこれぐらいの画力でしたとかだとそれこそ「世界」がないよね。
バリバリに写真みたいな「世界」の中にいた僕を先生が引っ張り出してくれたんですにするのが、あの絵でやるべき「世界」だろぉ?
少し前に温泉娘が炎上した。もう過去のものになった感はあるが色々モヤモヤしたものがあってとりあえずここにまとめて書こうと思う。電車に乗ってる間暇なんでな。
あれをオタクを呼ぶオタクに媚びてるみたいな批判と反論があったが、正直あれを魅力に感じてあれを目的に温泉に行くオタクって本当に存在したのか?(ここでのオタクはおそらく批判者が想定したと思われるアニメ・二次元オタクと定義する。一口にオタクと言ってもそのスタンスは多種多様である)
オタクが可愛い女の子のイラストが描かれたグッズや本を集めるのはその絵自体が魅力だからではなくその絵に描かれたキャラの背後にある物語があったうえでなんだよね。それは2次創作でもそうで元になった物語がある。オリジナルの作品で評価される人もいるが稀であったり一枚絵の画力で評価されており全体から行くと少数派であろう。
オタクに温泉娘を見せても「可愛いね」とは思っても「魅力がある」と答える人は少ないだろう。温泉オタクが温泉を巡るついでの楽しみとして温泉娘のコンプリートをするのはあるかもしれないが、アニメ・二次元を主戦場にしているオタクがバックとなる物語のないキャラに惹かれて温泉に向かうとは思えない。これが例えばガールズアンドパンツァーコラボならわかる。茨城の温泉、熊本の温泉が大洗高校、黒森峰高校とコラボする。他の地域の温泉もそれぞれの土地を母校にする高校とコラボするならコンプリートを目指すオタクもいるだろうがそうではない。オタクが温泉に行ってあれを見たらちょっと喜ぶかもしれんが「ちょっと喜ぶコンテンツ」程度で集客にプラスになるとは思えない。
女の子で集客をするとして、昭和の発想だとその土地の若女将を看板にすると思う。各温泉地の若女将を集めて美人コンテストを大々的にやって話題にする。なんなら婿探しなんてのもやったと思う。そういう生身の女性を使い客を呼び込むことを考えると絵になるというのはまだ時代がマイルドになったととることができるのではないだろうか。
いや、本当に女性を扱うことへの見方が変わっただけだろうか?金の問題もあるんじゃないだろうか。
さっきは昭和ならと書いたが、一昔前ならご当地アイドルブームがあった。各温泉地でアイドルを作って盛り上げようとなったかもしれない。じゃあそれもやらないのは何故が。
金がかかるからだ。
有名曲のカラオケというわけにはいかない。衣装を作り曲を作り、振り付けを依頼して温泉地だけでなく温泉のアピールのために各地に遠征をする。
運営にコストがかかりすぎる。この点がご当地アイドルがさっさと終わった理由だろう。
ご当地アイドルが珍しい時代ならそれに興味を持つアイドルオタクも捕まえられたろうが、ご当地アイドルブームがさり地下アイドルは全く別のものとしてシーンに定着した今地方の素人がプロデュースするアイドルに入る隙はない。金と労力がかかるだけだ。
これらのことから、金はないけど何か人を呼ぶコンテンツが欲しい。そこで、『イラストならそこまで金はかからない」と選ばれたのが温泉娘であるというところではないか。そして「温泉を盛り上げるため温泉娘という看板娘のようなキャラをつくってほしい」と依頼したところ、アニメ風ととられるものになってしまった。
設定に関しては依頼側の要求が緩かったので製作者の悪い悪戯心も入ったかもしれないがそれを放置されたのだからそんなに気合いの入った企画ではなく、客を呼び込むためにやるいくつかのことのうち一つで大した思い入れもプライオリティもない企画だった。
そんなところじゃないかな。
ぼちぼち駅に着くからこれで終わりにする。
まさかホッテントリに入るとは思わなかったのでびっくりしている。
今まで何度かはてなやTwitterで炎上してることについて自分なりに考えたこと、思ったこと書いたことがあるけどずっとスルーだったしこれも旬が過ぎてるからスルーするだろうしとりあえず吐き出そうみたいな感じだったんだわ。
>すっごく関係のない外野からゴロ寝しながら考えたような実のない話。
いやほんとそう。電車に乗ってるとき暇だからつらつら書いただけ。マジ正解。
たしかに御朱印的にコンプリートしたい人は現れるよね。バックグラウンドへの妄想もむしろ古のオタク仕草っぽい。
何より声優まで関わってるのは知らなかった。これは本当に申し訳ない。
冒頭でフェミニストへの批判じゃないと書いたけどもちろん擁護でもないのよ。
言いたかったのは
誰もいいアイデアが出せず、誰も熱い気持ちや責任を持たずにやっていて中途半端に終わる町おこしあるあると、それにかけられる予算が昔より格段に落ちちゃってるんじゃないかなぁっていうやらせなさなんだよね。俺も寂れる一方の田舎出身だからなんかそういうふうに思っちゃったの。
いやーほんと言いたいこともわからないし読みにくい長文の駄文でごめんね。
とりあえず色々ありがとう!
少し前に温泉娘が炎上した。もう過去のものになった感はあるが色々モヤモヤしたものがあってとりあえずここにまとめて書こうと思う。電車に乗ってる間暇なんでな。
あれをオタクを呼ぶオタクに媚びてるみたいな批判と反論があったが、正直あれを魅力に感じてあれを目的に温泉に行くオタクって本当に存在したのか?(ここでのオタクはおそらく批判者が想定したと思われるアニメ・二次元オタクと定義する。一口にオタクと言ってもそのスタンスは多種多様である)
オタクが可愛い女の子のイラストが描かれたグッズや本を集めるのはその絵自体が魅力だからではなくその絵に描かれたキャラの背後にある物語があったうえでなんだよね。それは2次創作でもそうで元になった物語がある。オリジナルの作品で評価される人もいるが稀であったり一枚絵の画力で評価されており全体から行くと少数派であろう。
オタクに温泉娘を見せても「可愛いね」とは思っても「魅力がある」と答える人は少ないだろう。温泉オタクが温泉を巡るついでの楽しみとして温泉娘のコンプリートをするのはあるかもしれないが、アニメ・二次元を主戦場にしているオタクがバックとなる物語のないキャラに惹かれて温泉に向かうとは思えない。これが例えばガールズアンドパンツァーコラボならわかる。茨城の温泉、熊本の温泉が大洗高校、黒森峰高校とコラボする。他の地域の温泉もそれぞれの土地を母校にする高校とコラボするならコンプリートを目指すオタクもいるだろうがそうではない。オタクが温泉に行ってあれを見たらちょっと喜ぶかもしれんが「ちょっと喜ぶコンテンツ」程度で集客にプラスになるとは思えない。
女の子で集客をするとして、昭和の発想だとその土地の若女将を看板にすると思う。各温泉地の若女将を集めて美人コンテストを大々的にやって話題にする。なんなら婿探しなんてのもやったと思う。そういう生身の女性を使い客を呼び込むことを考えると絵になるというのはまだ時代がマイルドになったととることができるのではないだろうか。
いや、本当に女性を扱うことへの見方が変わっただけだろうか?金の問題もあるんじゃないだろうか。
さっきは昭和ならと書いたが、一昔前ならご当地アイドルブームがあった。各温泉地でアイドルを作って盛り上げようとなったかもしれない。じゃあそれもやらないのは何故が。
金がかかるからだ。
有名曲のカラオケというわけにはいかない。衣装を作り曲を作り、振り付けを依頼して温泉地だけでなく温泉のアピールのために各地に遠征をする。
運営にコストがかかりすぎる。この点がご当地アイドルがさっさと終わった理由だろう。
ご当地アイドルが珍しい時代ならそれに興味を持つアイドルオタクも捕まえられたろうが、ご当地アイドルブームがさり地下アイドルは全く別のものとしてシーンに定着した今地方の素人がプロデュースするアイドルに入る隙はない。金と労力がかかるだけだ。
これらのことから、金はないけど何か人を呼ぶコンテンツが欲しい。そこで、『イラストならそこまで金はかからない」と選ばれたのが温泉娘であるというところではないか。そして「温泉を盛り上げるため温泉娘という看板娘のようなキャラをつくってほしい」と依頼したところ、アニメ風ととられるものになってしまった。
設定に関しては依頼側の要求が緩かったので製作者の悪い悪戯心も入ったかもしれないがそれを放置されたのだからそんなに気合いの入った企画ではなく、客を呼び込むためにやるいくつかのことのうち一つで大した思い入れもプライオリティもない企画だった。
そんなところじゃないかな。
ぼちぼち駅に着くからこれで終わりにする。
まさかホッテントリに入るとは思わなかったのでびっくりしている。
今まで何度かはてなやTwitterで炎上してることについて自分なりに考えたこと、思ったこと書いたことがあるけどずっとスルーだったしこれも旬が過ぎてるからスルーするだろうしとりあえず吐き出そうみたいな感じだったんだわ。
>すっごく関係のない外野からゴロ寝しながら考えたような実のない話。
いやほんとそう。電車に乗ってるとき暇だからつらつら書いただけ。マジ正解。
たしかに御朱印的にコンプリートしたい人は現れるよね。バックグラウンドへの妄想もむしろ古のオタク仕草っぽい。
何より声優まで関わってるのは知らなかった。これは本当に申し訳ない。
冒頭でフェミニストへの批判じゃないと書いたけどもちろん擁護でもないのよ。
言いたかったのは
誰もいいアイデアが出せず、誰も熱い気持ちや責任を持たずにやっていて中途半端に終わる町おこしあるあると、それにかけられる予算が昔より格段に落ちちゃってるんじゃないかなぁっていうやらせなさなんだよね。俺も寂れる一方の田舎出身だからなんかそういうふうに思っちゃったの。
いやーほんと言いたいこともわからないし読みにくい長文の駄文でごめんね。
とりあえず色々ありがとう!
これは本質ではないだろう
選挙で勝つには票をまとめられなきゃいけないわけで、そのためには組織票を得る、つまり組織同士のお付き合いで選挙戦以前に支持を得ておかなくてはならない
立候補者というのはその組織の担ぐ神輿であって、それはもちろんリーダーシップがあって有能でなければならないのは勿論だけど、それ以上に「組織が安心して担げる人か?」というのが一番大事になる
じゃあそれはどういう人なのか?というと、もともと組織内で信頼されていた人物とか、前任者が信頼していた人物とか、とにかく組織の関係者がそれに当たる
そして最もそれに該当して担ぎやすいのが、前任者の息子となる
それが世襲が増える原因
選挙で勝つには地盤(地元有力者の支持)、看板(知名度)、カバン(お金)、の3つが必要とされるけど、世襲は上記の理由で地盤100点、看板初期値70点、くらいから始められる
経済的負担を軽減するのはカバン要素を多少減らす程度、もしくはそのどれでもなくて、落選後の安心感があるかどうか程度でしかない
少し前に温泉娘が炎上した。もう過去のものになった感はあるが色々モヤモヤしたものがあってとりあえずここにまとめて書こうと思う。電車に乗ってる間暇なんでな。
あれをオタクを呼ぶオタクに媚びてるみたいな批判と反論があったが、正直あれを魅力に感じてあれを目的に温泉に行くオタクって本当に存在したのか?(ここでのオタクはおそらく批判者が想定したと思われるアニメ・二次元オタクと定義する。一口にオタクと言ってもそのスタンスは多種多様である)
オタクが可愛い女の子のイラストが描かれたグッズや本を集めるのはその絵自体が魅力だからではなくその絵に描かれたキャラの背後にある物語があったうえでなんだよね。それは2次創作でもそうで元になった物語がある。オリジナルの作品で評価される人もいるが稀であったり一枚絵の画力で評価されており全体から行くと少数派であろう。
オタクに温泉娘を見せても「可愛いね」とは思っても「魅力がある」と答える人は少ないだろう。温泉オタクが温泉を巡るついでの楽しみとして温泉娘のコンプリートをするのはあるかもしれないが、アニメ・二次元を主戦場にしているオタクがバックとなる物語のないキャラに惹かれて温泉に向かうとは思えない。これが例えばガールズアンドパンツァーコラボならわかる。茨城の温泉、熊本の温泉が大洗高校、黒森峰高校とコラボする。他の地域の温泉もそれぞれの土地を母校にする高校とコラボするならコンプリートを目指すオタクもいるだろうがそうではない。オタクが温泉に行ってあれを見たらちょっと喜ぶかもしれんが「ちょっと喜ぶコンテンツ」程度で集客にプラスになるとは思えない。
女の子で集客をするとして、昭和の発想だとその土地の若女将を看板にすると思う。各温泉地の若女将を集めて美人コンテストを大々的にやって話題にする。なんなら婿探しなんてのもやったと思う。そういう生身の女性を使い客を呼び込むことを考えると絵になるというのはまだ時代がマイルドになったととることができるのではないだろうか。
いや、本当に女性を扱うことへの見方が変わっただけだろうか?金の問題もあるんじゃないだろうか。
さっきは昭和ならと書いたが、一昔前ならご当地アイドルブームがあった。各温泉地でアイドルを作って盛り上げようとなったかもしれない。じゃあそれもやらないのは何故が。
金がかかるからだ。
有名曲のカラオケというわけにはいかない。衣装を作り曲を作り、振り付けを依頼して温泉地だけでなく温泉のアピールのために各地に遠征をする。
運営にコストがかかりすぎる。この点がご当地アイドルがさっさと終わった理由だろう。
ご当地アイドルが珍しい時代ならそれに興味を持つアイドルオタクも捕まえられたろうが、ご当地アイドルブームがさり地下アイドルは全く別のものとしてシーンに定着した今地方の素人がプロデュースするアイドルに入る隙はない。金と労力がかかるだけだ。
これらのことから、金はないけど何か人を呼ぶコンテンツが欲しい。そこで、『イラストならそこまで金はかからない」と選ばれたのが温泉娘であるというところではないか。そして「温泉を盛り上げるため温泉娘という看板娘のようなキャラをつくってほしい」と依頼したところ、アニメ風ととられるものになってしまった。
設定に関しては依頼側の要求が緩かったので製作者の悪い悪戯心も入ったかもしれないがそれを放置されたのだからそんなに気合いの入った企画ではなく、客を呼び込むためにやるいくつかのことのうち一つで大した思い入れもプライオリティもない企画だった。
そんなところじゃないかな。
ぼちぼち駅に着くからこれで終わりにする。
オタク文化の源流を辿る議論が始まってしまってるけど、シベールとかの話は「美少女」の発明の話で「萌え絵」の話とは違うよなと思った
そもそも萌え絵ってなんだよ、誰が定義したんだよという話なのだが(「美少女」のほうは議論がたくさんあるから今さら新規の説は立てようがない)
まず現代、萌え絵ってなんだろうというと、人目につくとこに掲示される絵で判断するのが一番で、「コンビニで売ってる雑誌の表紙」と「パチンコ屋の店頭看板やのぼり旗」がもっとも判断に適している気がする。これらはオタクもオタクじゃない人も誰もが目にするからだ。
・パチンコ海物語……昔に比べるとだいぶ寄せてる気はするが、まだ萌え絵には至ってない
・せがわまさき……これは人によって判断が分かれる気がする。劇画認定する人がおそらく多数派だろうが、石川賢の記憶がある人からすれば萌え絵認定されそう
・まどかマギカ……萌え絵認定に異論を唱える人はあまりいないと思われる。が、よくネット炎上の槍玉に挙げられるタイプの「萌え絵」とはまるきり別系統でもある
・エウレカ……たぶん萌え絵認定なんだろう。なんだろうけど吉田健一の系統って萌え絵なのか?
・エヴァ……たぶん全員一致で萌え絵認定されるのはこれだけではってぐらい共通認識。ただ貞本義行の顔ってかなり古典的な部類であり、「量産される深夜アニメ」「量産されるエロ同人誌」とはまるきり別系統
・ツインエンジェル……シンフォギアとは別系統で萌え絵分類の代表例か。いわゆる「アニメ絵=美少女絵=萌え絵」という認識にピッタリとはまりそう
・攻殻機動隊……押井守アニメの印象が強すぎてハードなイメージがあるが、少佐は劇画じゃなく萌え絵分類だと思う
……こんな感じだろうか。並べただけである
で。並べてて思ったのだが、初代マクロスの美樹本絵は「萌え絵」になるのだろうか
美樹本晴彦というと「美少女」の代名詞だが萌え絵と言われると違和感が強い。似たような例だと、あだち充も「美少女」の代名詞だが萌え絵とは言いづらい。
おそらく、美樹本・あだち系美少女が入ってこないのが、自分の認定する萌え絵を、往年の美少女絵につながるものと考えにくい大きな理由だ。
じゃあ他には?
わからなかった。
ということで別アプローチを考えてみる
日本国内で「萌え絵」が一般に認知されたのは圧倒的にパチンコパワー(およびソシャゲのTVCM)だと思うが、マンガでいうと、ガンガンが分水嶺という気がする
ガンガン以前は、すこしづつ勢力を増していても、表にでてくる量としては意図的に抑えられていた感じがある。ジャンプでいうと本誌の「そういう枠」はウイングマンやバスタードや黒岩よしひろあたりという認識。なおオレンジロードは「美少女」ではあっても現代の萌え絵系統とは別枠だと思う
週刊誌と月刊誌でなんとなく棲み分けされてもいて、月刊誌枠は「そういう絵柄」が多少は許容されてるイメージ。増刊サンデーが当時のオタク少年御用達といった
で、「オタク少年向け」枠に少年キャプテンやコミックコンプが参入して少しづつ売り場面積が増えていったが、「そっち系の絵柄」でメジャー制覇したのはガンガンだろう
ではガンガンは「美少女」で成功したのか? というと、それは違う感じがある
それまでロリコンブーム以降の同人誌の盛り上がりやマイナー誌での蓄積を整理、洗練された上で、「黒岩よしひろとかああいう感じの絵ばっかりの雑誌」が美少女じゃない路線で成功したということだと思う
そうすると、「ガンガン」の時点で、いったん「美少女」は途切れてしまっている。実際、年齢層的にも、それまでのキャプテンや増刊サンデーの世代より下の世代向けで成功したのだろうし
「萌え絵」といって、世間的に「なんかオタクっぽい絵」というとき、ガンガンに代表される絵でしょ、というイメージが、自分の中にはある
そうなるとそれは「美少女」とはちょっと違う。世代がある程度まで一新した上で、改めて、既にある美少女概念が借り物として再導入されたと見るべきじゃないのか
その際には当然、以前からの「美少女」も参照にされているが、そこは一直線で見るべきではない気がする。たとえば、あだち充的な美少女はそこにはいなかったように
同人作家が既に年商で千万とか億とかいわしてたのを背景に、そこから作家を連れてきて成立してたわけだし
だいぶ迷走してきた
うーん
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反応ありがとう。ちょこちょこ読んでるけど消化しきれてないので返事はごめん
読めばわかると思うけど、「萌え絵はいまひとつ曖昧な使い方にしかならない気がするんだけど、しかし自分でも漠然とはイメージがあるし、とりあえず自分内の定義を探してみっか」という話です
ひとつだけ反応すると
>ガンガンの具体的にどれ?
特定のどれかって感じじゃないですね
いかにもそれです、って探すというと夜麻みゆきとかがいかにもそれっぽいんだけど、そこに限った話でなく
それまでの少年マンガ誌ぽくなさの一方でやっぱ少年マンガ誌ぽさはある、という感覚
期間限定メニュー人気NO.1ということですが早速いただきます。
あつっあつっ……
熱すぎて味がわかりませんがオイスター的な中華的な発覚とかその辺の風味が強いですね
塩気や甘みが抑えめなのでうま味がすごく感じますが逆に言うとうま味だけが強すぎてバランスが悪い感じです
お次は麺をいただきます
口に入れると……ボソボソ感が凄い
このボソボソがあんかけをたっぷり絡めているんでしょうがボソボソが凄い
風味も卵のなのか小麦粉のなのかボソボソした感じがずっと纏わりついてくる
ただものすごくラーメンって感じで「俺は"五目あんかけそば"じゃなくて"ラーメン"が食いたかったんだよ」というクレームが入る心配はなさそうです
お次は具を
しいたけとエビが1個ずつなのがパット見ケチ臭いですが食べてみると肉厚なので2、3回に分けて食べられるから全体で見るとバランスは取れてますね
この2つは肉厚なので味についても比較的濃厚です
メニューには「野菜の旨みがたっぷり出たスープ」と書かれていますが、見方を変えれば「うま味がたっぷり抜けたあとのクズ野菜」が入っているということですね
ラーメン屋でチャーシューがついてくるのはそもそもチャーシュー自体がダシをとった出涸らしの再利用品だというのはありますが野菜でソレをやるとここまで味が消えるんですねー
口に入れると強烈な青臭さに対する味の薄さのギャップで脳が一瞬バグります
豚肉は表面をしっかり焼きすぎて固くなってますがおかげで肉汁が出きらずに残ってて美味しいです
見えました
これは個別に食べちゃ駄目ですね
具材とスープと麺をいっぺんに口に運ばないとボソボソ麺・うま味だけスープ・出涸らし野菜を個別に味わう羽目になるのです
いざ、一緒に……ボソボソの弱々しい麺とシャキシャキ野菜が口の中で喧嘩して噛む強さをどうしたらいいのか顎が混乱してUXがクソになりました
なんだこれは……麺に合わせれば野菜の硬さが邪魔になるし野菜に合わせると麺の食感がなくなってボソボソだけが残る……
うーむ……難解ですね
まあ野菜は野菜というだけで栄養バランスがよさそうという付与勝ちがあるからセーフとしましょう
スープと一緒に食べて流し込んどきゃいいですね
出汁で旨味をとったスープを作ってそれを麺と絡めながら食べるというラーメンという料理の本質に迫っています
五目あんかけ焼きそばの場合は、あんかけの具材も大事な食材の一部ですが、五目ラーメンになると出汁を取るための出涸らしになるのですね
どっちつかずの料理にすることなく割り切って出涸らしは出涸らしとしてぶっこんでしまったのは割り切ってますね
出涸らしクズ野菜を捨てることなく客の胃に入れているからエコロジーです
麺も単体としての味わいを完全に捨ててスープに絡めるためだけに全ての性能をかけていて割り切ってます
スープだってそれ自体で飲むとうま味成分が強いだけではうまいことにならないことを教えてくれて勉強になる
麺を触媒にしてスープを味わうという行為のために全てを犠牲にする姿勢はラーメンとして非常に本質的ですね
プロレスラーがダッチワイフ相手にプロレスしたり完全にブック無視でガチで殴り合ったりするようなもんです
ラーメン屋の看板ではなく餃子の王将という看板を出してるからこそ出来る仕打ちですな
うん……こんなん考えず「うまい!うまい!不味い!うまい!不味い!」って食ったほうがぜってーいい気分で食い終えられたわ
食レポはメシが不味くなる
「もはや少女漫画ではない」とか
平気で下に見て踏み潰して別の看板建てようと躍起だもんね
そして指摘されると「そのような意図はなかった」
そんなつもりはなくてもやってるってことは、私は意識することもなく平気でそういことをしてしまう人間ですっていう自己紹介にほかならないんですけどね。
大した価値のある文章でもないし畢氏の考えとも何の関係もないです
この件は自分で真偽や詳細を確認していないので、あまり正しい応答は出来ていないかもしれない…
支援する方がむしろ過激派の勢いを削ぐだろうという主張は上に書いた通りだ。
それから、(祭り前の畢氏を含め)大量の狂ってしまった人がフェミニズムの看板を掲げていることは間違いないが、本来のフェミニズムは別に狂った思想ではない。
あなたがそう思うのも表明するのも自由なのでしてもらって構わない。
ただ一応書いておくが作者やファンに直接言うのは品のある行いではない。
『自分を守りたいから発言して結果的にトランス差別とかterfとか呼ばれてるただの庶民。』と自認しながら、
「立憲民主党と日本共産党と社民党がトランスジェンダーの人権のために立ち上がりおちんちん付きでも女性と認めます!これは世界標準です!日本は遅れてます!嫌がる女子供はトランス差別でペニスフォビア!トランスジェンダーの男性器はクリトリスです!見るのが嫌なら女は精神科に行け!」
とか
『いわゆるあなた方が言うようなマイノリティという属性の方々だけを救いたいというならば、国政政党の看板はいらないのではと思いますけどね。』
とか言い出しちゃう弁えない人の一部、本当に在特会と似てきているというか、『男性特権を許さない市民の会』になりつつあるのでは?と思いつつある
ミサンドリーが強いがためにいろんな言動をミソジニーであるという前提で読み取って悪い方向にむすびつけていって、想像力を発揮していく感じが。
そこの精神なんとか科って絶対若年者を鬱認定しないのによく認定でたなとおもった。
うちのばあい、「てめえらがうちの子を鬱認定しないから町医者かかったら抗うつ薬もらえて改善したんですが」と二度目受信で説明しても絶対うつ認定しない。母と子のとかかかげておいてレジデントだか学生も同席させておいてやっぱり絶対意地でもしない。なにこれw茶番wクソ医者量産体制w
二度目受信もしたくなくて、ほかのホルモン系の病気のほうでかかったら「この症状だと精神科も一応かかるようにしときます」ってやむを得ず2回目受信になったんだけどほんとあそこ嫌いなんで時間とおかねのむだからって断ればよかった。というか二度目予約は実際こどもが気分悪くなって帰って三度目予約の二度目受信だったかも。
マルクスが資本論を描いた時点ではそうだったんだけど、レーニンが共産革命を成功させる段階で「革命のためには何をやっても許される。反革命は何としても叩き潰す」ってなっちゃったんだ
一生牛丼マンを目にして、聞いたことあったなーと思ってググってみた。
8年も前の事だったんだなと改めて思った。
このIT社長が言いたいことは少し分かるけど、違うよなーと思っていたら、
その当時同じように思っている人もいた事が分かった。
http://gdeg.jp/2013/10/06/427/
牛丼店で680円以上使うと出世しない? 年収3億円社長が語るその理由
要約すると「牛丼チェーンで高いメニュー頼むのは経済合理性を欠いた行為。そういう事する奴は出世できない。」という事らしいけど、突っ込みどころ満載。結論から言うと牛丼チェーンで一番高いメニューを食べるのは十分に経済合理性に適った行為。以下、この「ある新進IT企業の社長K氏(30代後半)」が痛い理由を説明する。
この社長は牛丼チェーンに対する「個人がやっているような定食屋」の費用対効果における優位性を主張しているが、そもそも吉野野みたいに大きい牛丼チェーンは大量仕入れによってずっと安く材料費を抑える事ができる。そのスケールメリットには「個人がやっているような定食屋」は敵いようがない。よって、吉野屋で600円、700円で実現できる味と量を「個人がやっているような定食屋」が実現するのは実はかなりハードルが高い。
もう1つ牛丼チェーンには「全国どこでも同じ価格」という優位性がある。一方て「個人がやっているような定食屋」は自分の持ち家でやってる場合を除き、立地によっては高額の家賃に悩まされる。そしてそれは当然値段に反映される。実は最近、私は都心にオフィスを構えるクライアントさんとそのオフィスの周辺にあるスパゲッティ屋について情報交換したのだが、「サイゼリヤが一番おいしい。個人経営のスパゲッティ専門店(1000円くらいするとこ)は実は全然おいしくない。」という結論に達した。
この「ある新進IT企業の社長K氏(30代後半)」は値段と味しか観ていないが、一生牛丼マンにとってはおなじみのオレンジの看板の下で「つゆだく」だとかおなじみの台詞を言う習慣にこそ価値があるかもしれない。それも牛丼チェーンのブランド力が実現する事であって「個人がやっているような定食屋」にはない。もちろん「個人がやっているような定食屋」に入ってfacebookに写真をアップしてグルメ気取る体験や自分で作った料理の写真をアップして「俺いけてるぜ」アピールする事にも価値があるだろう。そのいずれも個人の価値観によって体験の価値は異なるであってこの社長のように一般的な価値判断基準として語るのは暴論とうけとられても仕方がない。
「与えたられた小さな枠の中でしか発想できないやつ」はお前自身だ
結局この社長って「牛丼以外の美味しい物知ってる俺かっけー」と言いたいだけ。「モンハンに費やす時間でThe Elder Scrollsシリーズをプレイできる。与えたられた小さな枠の中でしか選択できないこういう奴のことを『一生モンハンマン』と言って馬鹿しています。」と言ってるのと同じ。
ところで、私はこの「ある新進IT企業の社長K氏(30代後半)」について、確証はないのだが多分あの人だろうなと心当りがある。もし本当に彼だとするなら彼の「年収3億円」を支えるのは世間的には「金と時間の無駄使い」と認識されているサービスであると同時に、まさに私が述べた「体験の価値」や「価値観の多様性」によって支えられてる産業である事を忘れてはいないだろうか。自己顕示欲旺盛な性格で、庶民の営みを馬鹿にして粋がりたいのは分かるけど、自社のサービスのお客さんまで馬鹿にするような態度だと内外から反感買って自滅するぞ。
ここで旨いものを求めてもしょうがない、ここは安く済ませる為の食堂、
旨いものは他に行って食べればいい、そういう考えを持つようになったのは