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はてなキーワード: 人間の業とは

2021-05-30

anond:20210530094423

悪役としての怪獣じゃなくて、人間の業自然災害としての地球代弁者といった、日本人好みの八百万感を含んでいるところ。

って言おうとしたけどウルトラマンにもよくあるな。

書いたな、俺の前で、劇団☆新感線の話を!!

タイトルやってみたかっただけ。あと他人話題にかこつけて自分の好きなものの話がしたいだけ。

あとトラバ演劇関係自意識過剰新感線が30年前? バーカ! 一生そこで半可知識したり顔しながらネチネチやってろ!

なお元増田は言いすぎで、一般教養とまでは言えないと思う。

さて、劇団☆新感線のことを初めて聞いた人が「2.5次元みたいなことですか?」というのは、当たらずとも遠からずではないかなと思う。

というか2.5次元舞台の多くは新感線の影響下にあるのではないか(数が多すぎるのですべてを把握してはいないが)。

あと、新感線は2.5ブームが来るはるか前に犬夜叉舞台化していたりするし、距離としてはそこそこ近いと思う。

共通点としては、宮村氏の言う通り、漫画アニメ世界観舞台の上でやろうとしてること。

これは話の筋立てや演出もそうだが、往年の漫画の熱気みたいなもの再現する美学みたいなもの共通していると思う。

新感線舞台は往々にしてかなり過剰にSEを使うのだが、漫画の描き文字再現と思うと納得がいく。

相違点としては、当たり前だが、漫画原作ではないこと。

漫画アニメ世界観、いいところ、を舞台でやろうとしていることは共通しているが、

すでにある漫画舞台の上に再現しようとする2.5次元と、

舞台のために漫画の良いところを抽出して作り上げるのではやはり出来上がるものが違う。

あとはまあ2.5次元企画ありきで役者を集める形式が多いのに対し、

劇団☆新感線は「所属劇団員」がいる。ほとんどの主役級は客演の有名役者がやるが、脇を固める劇団員安心感というのはある。

劇団☆新感線はどんな舞台をやっているのか

大きく分けて以下の3つ。

いのうえ歌舞伎

いのうえひでのり演出で上演される時代物。戦国時代モチーフ神話モチーフが多い。

ストーリー人間の業的なものを中心に据えたものが多く、人がバンバン死にがち。

「髑髏城の七人」、「アテルイ」、「阿修羅城の瞳」、「蛮幽鬼」、「蒼の乱」、「偽義経冥界歌」など。

もの

「Rシリーズ」が正式名称っぽい、ロックミュージカル色の強いもの

ストーリー内容は割と多岐にわたる。

五右衛門ロックシリーズ、「SIROH」、「メタルマクベス」、「Vamp Bamboo Burn」など。

ネタもの

「おポンチ」などと呼ばれ、ギャグに振り切ったシリーズ

パロディネタが多い。3系統の中では劇団員の占める割合が多い(他シリーズ客演が多い)。

轟天シリーズ、「花の紅天狗」、「レッツゴー!忍法帖」、「月影花之丞大逆転」など。

ただどれもギャグシーンは多いし、歌の多い「いのうえ歌舞伎」もあるし時代物の「音もの」「ネタもの」もある。

配信で観れるやつ(一部)

演劇は高いだとか都市部でなければ見れないだとかと当たり前のように言う人もトラバ散見されるが、

劇団☆新感線に関して言えばゲキ×シネという全国映画館での上映を2004年から続けている。

実際の舞台撮影ではあるが、何台も仕掛けたカメラによるカット割りがされており映画として見やすくなっている。

(知ってて当然という話ではないが、彼らの不断努力を、「演劇全般へのルサンチマン発露のために勝手に無に帰すのはあまり勝手だなと思う)

なお、今は動画配信でかなり安価で観られるので下記に一部紹介しておく。


髑髏城の七人(NetflixサブスクAmazonプライムビデオ都度課金500円)

いのうえ歌舞伎代表作であり、劇団☆新感線代表作。

戦国時代の終わりかけ、死んだはずの信長異名第六天魔王」を名乗る男が現れたことによるあれこれ。

人情もつらい過去凄惨な戦いも少年漫画的な展開もしょうもね~ギャグも、全部乗っけ盛りの濃厚さ。

脚本は座付き作家中島かずきで、「グレンラガン」「キルラキル」「プロメア」なんかの脚本の人と思えばなんとなく近い。

1990年の初演以来7年ごとに再演し、役者演出を大きく変えている。

初期は主人公の「捨之介」と悪役の「天魔王」の一人二役の演じ分けがみどころだったが、2011年の上演版以降はその二人を別人が演じることも増えた。

その代わり、「無界屋蘭兵衛」というキャラクターの注目度が高まっていて、

そのきっかけを作ったのはおそらく11年に蘭兵衛を演じた早乙女太一のあまりにも華麗な剣捌きだと思う。

配信で観れるのは2011年「ワカドクロ」と17~18年に連続上演した「花」「鳥」「風」「月」「極」。

初見ならばおすすめは「ワカドクロ」か「花」

個人的に好きなのは「鳥」で、森山未來早乙女太一身体能力オバケ二人による殺陣は鬼気迫るものがあるが、全体の流れから言うとキワモノなので2本目にお勧め


蛮幽鬼Netflixサブスク

いのうえ歌舞伎。「モンテ・クリスト伯」を翻案し、架空アジア世界舞台にした復讐譚。

主演は上川隆也堺雅人

上川隆也演じる主人公自分を落とし入れ親友を殺した相手復讐する話で、ずっと怒りに目を見開いており怖い。

堺雅人は「ニコニコ顔の最強の暗殺者」という完全に漫画キャラ立てなのだが、息をつかせぬストーリーの展開によりいつの間にか受け入れてしまう。

このころの中島かずきはこういうどうしようもない人の業により悲劇が加速するような話をやたらめったら書いているのだが、

その、己の業によりずたぼろになっていく人の描き方に容赦がない。

個人的新感線にはまるきっかけとなった作品なので思い入れが深い。

あと、この作品により稲森いずみが大好きになった。舞台初出演とのことで慣れてはいなかったのだろうがあの細い体で舞台を圧する瞬間に目を奪われた。


五右衛門ロックシリーズAmazonプライムビデオ都度課金500円)

音モノ。「五右衛門ロック」「薔薇サムライ五右衛門ロックⅡ」「ZIPANG PUNK五右衛門ロックⅢ」の三部作

古田新太演じる石川五右衛門が、どっかの島の危機を救ったり、スペインぽい国の危機を救ったり、帰ってきて宝探しをしたりする。

いのうえ歌舞伎的な陰惨さはある程度影を潜めているが、話は冷静に考えると割とヘビー。

ただ、どんなに悲惨な展開で善玉がひどい目に遭って悪者が高笑いしていても、最後に五右衛門かっこよく登場して何もかも解決するので最後はスカっとして終る。

明日から仕事かーみたいなときに観ると元気になれるのでよい。

新感線看板役者古田新太」というイメージの具現化みたいな作品だと思っている。決して二枚目ではなく飄々としていて最後に決める。

個人的に好きなのはⅡで、ⅢはⅡを踏まえたお祭り作品的。



anond:20210529215116

5ちゃんに対してマジで思うけど

5ちゃんに期待している人には申し訳ないけど、5ちゃん一言で言えば「荒れる組織」だと自分は思う。人間の業としてどんな悪い考えでも同調しなければ人間として生きていけないけども、5ちゃん特に色濃く出ている。

私は荒れる学校で嫌な目に遭ったから、その構成員と同属なねらーとはねらーとして関わりたくないという気持ちが強い。もちろんそれは「彼ら」の一側面だけど、私はその部分でコミュニケーションをとろうとする5ちゃんという営みがどうしても嫌だし尊重できない。

あとはいろいろ思うところはあるが、ねらー相手にこれ以上何か言う義理はない。

2021-05-28

カタカナファンタジーが苦手である

 昔から個人的に、日本語カタカナ英語で「ファンタジー」という言葉を当てられてカテゴリ分類される作品(小説映画漫画など)の大半が苦手である。良い悪い、正しい正しくないではなく、あくま個人的な好みの話である。もしも、これらを好きな人が気を悪くされたら、先に謝りますすみません

 日本語で言う時に「ファンタジー」よりも「幻想」という硬めの言葉を当てられる作品は嫌いではない。国内作家で例を挙げれば、山尾悠子とか。

 海外SF周辺の作家作品だと、クリストファー・プリーストの『魔法』や『奇術師』は好きであるものすごく古いが、子供の頃に読んだH.G.ウエルズの短編魔法を売る店』も好きであるSF作家視点から魔法(のような技術体系)が存在する世界」を描いたような作品、例えばハインラインの『魔法株式会社』や、霊魂テクノロジーが実現した未来世界を描いたロバートシェクリー『不死販売株式会社』のような佳作も好きだ。ここまで読めばお分かりのように、どちらかと言えば私はSF寄りの人間である

 日本を含めて世界的に『ハリー・ポッターシリーズや『指輪物語(LoTR)』シリーズ劇場映画としてヒットした頃に「食わず嫌いも良くないな」と思い、これらの映画を観に行ったり原作に挑戦したりした。結果を言えば、結局だめだった。私は、これらを少しも楽しめなかった。『ナルニア国物語』も駄目だった。SF映画ジャンルに含められるが実質的には「剣と魔法世界」のようなものと言ってもよい『スター・ウォーズシリーズも、旧EP4以外のシリーズ作品は全く楽しめなかった。こんな感じだから当然ではあるが、家庭用ゲームの『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』などにも手を出していない。

 「剣と魔法系統の娯楽作品の全てを無条件に嫌いかと言えば、そういう訳でもない。子供の頃にテレビビデオで観た『アルゴ探検隊冒険』や『タイタンの戦い(オリジナル版)』といったレイ・ハリーハウゼン作品は、昔も今も大好きである

 『ハリー・ポッター』などが苦手に感じるのには、別の理由も有る。たとえば、ドラえもんの「うつつマクラ」で、余りにも都合が良すぎる夢(文武両道の大天才モテモテで、教師にも親にも級友にもチヤホヤされる世界)に、のび太が興醒めしていたようなものだと言えば、理解してもらえるだろうか?学期末の成績を発表する場で、校長が「勝ったのは…スリリン!……じゃありません!大逆転でグリフィンドールの勝ち!」とか言って、バラエティ番組の「結果発表ー!」みたいな真似をしてスリリンの生徒たちを糠喜びさせたのは非道い。校長あんな依怙贔屓をするような人間からスリリンの生徒たちも性格が歪んでしまったのではないだろうか。あの校長は、教育者として失格だと思う。スリリンの生徒たちは、腐ったミカンなんかじゃない!こんなハリー・ポッターがヒットしたということは「なろう系作品」を好む人間が、日本と同様に海外でも少なくないということなのだろう。どうも私は「なろう系作品」が苦手だ。そういえば、上で挙げた『アルゴ探検隊の大冒険』や『タイタンの戦い』は、ハリウッド作品としてアレンジされているとはいえギリシア神話英雄譚がベースであり、依怙贔屓どころか、むしろ主人公理不尽な試練が課せられる物語なので、その点がツボなのかもしれない。

 LoTRが苦手なのは正義の側のキャラクター白人ベースの美しい造形または愛嬌の有る造形ばかりで、悪の側は醜悪な造形ばかりというのが、どうしても興醒めしダメだった。ルッキズム。それに、LoTRの悪の側の造形は、白人から見た有色人種イメージが入り込んでいる気がする。ルッキズム。それはそれとして、第一部で地下に消えたガンダルフが、続編で生きていたと判明し、杖一本を手に巨大な怪物相手にガキーン!ガキーン!と肉弾戦をしていたところは、正直に言うと大爆笑した。

 こんな感じでカタカナファンタジー作品の大半が私は苦手であるが、例外的に楽しめて大好きだった作品が、先ごろ惜しくも亡くなられた三浦建太郎の『ベルセルクである

 外形的には、人知を超越する異形の存在怪物魔法などが存在する世界舞台にした物語という意味で、同じカタカナ英語ファンタジーという単語が当てられていた作品ではある。しかし、私個人にとっては、ハリー・ポッターLoTRと天と地の違いが有るように思えた。もちろん、私にとっては『ベルセルク』の方が「天」であるハリー・ポッターLoTRファンの人には、重ね重ねすみません。繰り返しますが、個人の好みの話です。

 ゴットハンド名前(スラン、ユービックヴォークト)や、黄金時代篇の敵の武将名前(ボスコーン)からは、作者の原体験SF作品が有ったことは想像に難くない。だからベルセルク物語世界では「魔法のような人知を超えた事象存在する/起きるならば、その根源となるエネルギーは何処から齎されるのか」「その代償に払う犠牲は何か」といった理(ことわり、ロジック)を、作者は考えていたと思う。上でも書いたように、SF作家SF視点から魔法存在する世界舞台にした物語」を書くケースはしばしばあったので、SF好きの三浦建太郎もそれらの影響を受けていたことと推測される。ゴッドハンドの1人として転生する直前、深淵に降ったグリフィスが「ヒトの作りし神」に出会って対話を交わす場面(※単行本未収録)は、あれも「この物語世界がどのような理(ロジック)で動いているか」を読者に示すものだったと言える。

 少し脱線するが、理(ことわり、ロジック)と言えば、ハリー・ポッターのような作品を読んだり見たりしていると「あんな大きな学校が有って、そこから大勢卒業生たちが魔法使いになって世に送り出されて、就職先は確保できるのだろうか?」とか「石を投げれば魔法使いに当たるぐらい、たくさんの魔法使いがいる世界では、そもそも魔法使いの存在価値は有るのだろうか?」とか考えてしまう。モンティ・パイソンコントスーパーマンだらけの世界で大活躍するスーパーヒーロー!我らが『自転車修理マン』!」みたいになったりしないのだろうか?捻くれたSF好きである私は、おそらく「物語のような『不思議世界』が存在していて、それが自分のいる現実世界と地続きであって欲しい」という願望が強いのだろう。だから不思議世界を成り立たせるロジックを求めてしまうのだと思う。ちなみに、驚異の世界を成り立たせるような、もっともらしい理屈を付けてくれるハードSFは大好きである

 話を戻すと、『ベルセルク』の物語魔法や異形のモノが存在する世界で展開されるが、主人公ガッツ自身は、魔法による恩恵を受けていない時期の方が長かった(パックの翅の鱗粉で傷を治癒する描写とか有ったけれど)。ベヘリットによりゴッドハンド召喚され、鷹の団メンバーたちが使徒たちへの贄として捧げられた悲劇を考えれば、ベルセルク物語における魔法人知を超えた異形の怪物ほとんどは、主人公に困難を与える原因として存在したと言っても過言ではない。そんな中でガッツは、鍛錬で身につけた能力人間の業で作れる武器だけを頼りに、使徒という異形の怪物たちを相手に、文字通り満身創痍になって半死半生になりながら、ギリギリで死線を掻い潜る闘いを繰り広げていた。リッケルト、鍛冶のゴドー養女エリカの親子、パックなど少数の例外を除けば、長い間ガッツの闘いは孤立無援だった。これでは読者も、応援したくなるというものである

 それとは対照的に、地下牢で長期間に渡る拷問を受けたものの、ベヘリットを使ってゴッドハンド召喚し、彼らの1人フェムトとなり、受肉して自分王国ファルコニアも手に入れた新生グリフィスは、謂わば「うつつマクラドリーム状態を実現した、ハンサム野比のび太である。まさに、なろう系の究極形。しかも、ノスフェラトゥ・ゾッドを筆頭に使徒たちを配下に従えているのだから主人公との戦力差は圧倒的であり、まさに天と地の差である

 こういう丁寧な前フリがあればこそ、近年の主人公を取り巻く状況に変化(イシドロファルネーゼセルピコなどの新たな仲間の誕生、髑髏の騎士魔女による魔法サポート)を生じさせたことにも、説得力が生まれた。最初からガッツに心強い仲間がいて、魔法によるサポートも受けられるような状態物語が始まっていたとしたら、私のようなカタカナファンタジーの大半が苦手な人間は「ハイハイ、どうせ魔法でチョチョイのチョイと助かるんでしょ」と興醒めして終わっただろうし、多くの熱狂的なファンも生まれなかったことだろう。

 長い長い時を経てキャスカ正気を取り戻したことは、主人公ガッツにとっても読者にとっても喜ばしいことだった。しかし、それでグリフィスに対するガッツの闘いに終止符が打たれた訳ではなかった。新たな仲間や魔法的なサポートを得たとはいえ、これから先もガッツは、強大なグリフィスに対して、苦しく不利な闘いを挑むことになるのは確実だった。そういう骨太物語を、作者は描いてくれる。長期間休載は読者としては辛いけれど、長く待つだけの甲斐が有る作品を描いてくれる。これまでと同様に、これから先も、そうであろう。そう思っていた。鷹の団メンバーが、グリフィスの夢の実現を信じていたように。

 私を含めたファンの願望は、もう叶わない。三浦建太郎自身ペンによる物語の続きを、我々が読むことが出来る機会は、永遠に喪われてしまった。

 このまま未完で終わらせるのか。構想のメモなどを元に、誰か脚本家作画者を代筆に立てて遺志を継ぐのか。今後どうなるのかは、未定だという。どちらが良いのか、私には分からない。

 人は誰しも、別れを告げる時には詩人になるのだと、誰かが言った。しかし、ご覧のとおり私には詩才は無い。こんなに心乱れたままで、長々と駄文を書き連ねた挙げ句、偉大なる作家が彼の代表作の中に残した印象的なフレーズ引用するぐらいしか出来ない。

 「風が、旅の終わりを告げていた」と。

2021-05-19

anond:20210519120843

人間の業の縮図だよ今も昔も本質は変わらないってことだ

2021-03-04

anond:20210304185755

そうだろうか?

まず「存在しない記憶」は伏線としてまだ生きているように思う。虎杖の術式かどうかは分からないが、記憶系のギミックは無いと断言できないだろう。

別の魅力として、「人の呪い」をどこまで描いてくれるのかという楽しみがある。バトルではなく、呪術というギミックではなく、人間の業、欲、罪、それらをどこに導いていくのかは興味がある。ジャンプ漫画シンプルさの中で、どこまで踏み込んでくれるのか。この作者なら、表現力も含めてまだまだ魅せてくれるんじゃないだろか。

2021-02-04

社会人になったらどういう風に動画サイトを見たらいいの?

高校生の時分からニコニコ動画にハマっている。ようつべよりもニコニコが好きだ。アニメが多いことと、ゲーム実況存在が大きい。アル中カラカラも好きだ。

やはりコメント機能だろうか。あれがようつべとの最大の違いだと思う。画質も速度もサイトデザインようつべ圧勝なんだけど、それでもあのコメント機能ひとつで、俺の中ではニコ動ようつべ凌駕する。

去年の春から社会人になったんだけど、動画の視聴スタイルがわからなくなった。

学生時代は、適当時間のある時に見てればよかったんだけど、社会人になると、夜更かしで翌日の仕事差し支えリスクがある。特に、酒を飲みながら動画を見るので…

から、土日にまとめて見ようと思ったんだけど、休日ガッツリ削るのはもったいない気がする。本が読めなくなるのが痛い。あとは酒だ。酒が好きなので、ニコ動を見ながらだと、ウイスキー焼酎を1本は空けてしまう。健康的にヤバい感じがする。アル中カラカラ次元には到底及ばないが…。

アニメゲーム実況を見ているとあっという間に時間が過ぎていく。マジで時間もったいないなと思うこともあるが、今の俺にはこれが一番面白い。飽きるまで続けていきたい思いがある。

増田の先輩方は、ニコ動ようつべを見る時はどういう視聴スタイルなのだろうか。ぜひ教えてほしい。



本題とは関係ないが、最後に、個人的面白いと感じたゲーム実況動画をいくつか載せる。

できるだけ昔の年代のやつを選んだ。後で気が付いたけど、こっちがメインみたいになってしまった...

1. 【FF620代後半の叔母さんが頑張ります【実況プレイ】その1

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm4857589

 実況プレイ「声」だと思い知らされた一作。

 これがデビュー作なので録音環境もよくなかっただろうに、透き通るような声だ。この後も数作を投稿した後に引退した。今でもたまに見返す。

2. ドラゴンモエストⅥ part1

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm4565439

 ようつべで見たことがあるかもしれない。ドラクエⅥの改造ROMだ。製作者=実況者。この時代の実況プレイは声がないものが多い。

 あなた中高生程度の年齢であれば爆笑間違いなしだ。難点としては、制作途中で作者が社会人になってしまい、投稿ペースが落ちたことだ。ラストの方はネタに苦しんでいたのが見て取れる。

 視聴者の期待に応えて最後まで投稿してくれたのは疑いようのない事実だ。

3. 【実況】 クッキングファイター好 part1

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm20704086

 このゲームが作られた当時は、「下から日本一ソフトウェア」だった。どう考えても某ガンダムアニメパクリであり、訴えられても文句は言えない。

 ツッコミどころが満載だ。とにかく見てみようとしか言いようがない。当初は宮助さんの実況をここに挙げようと思っていたが、残念ながら消えていた…。

4. 全員を幸せに導く!!【実況】1日目

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm22715218

 レトルトさんの秀作のひとつプレイするのは「Chime」という多視点アドベンチャーゲーム複数登場人物操作し、それぞれのシナリオで設定された小さな目的クリアしていく。『街』が謎解きアクションゲームになった感じ。

 それぞれのキャラは、主に恋愛的な意味葛藤することが多いのだけど、その時の登場人物気持ちを、実況者が溢れる感情とともに声に出してくれる。実況者を通じてキャラクターの心が伝わってくる。

 ゲーム自体にも地力がある。一流のフリゲといっていい。一気見したくなるタイプの実況作品

5. 【LIVEALIVE】 人間の業を追うRPG【実況】

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm27847819

 まかだみあさんの投稿作では、ポケモンとアンダーテールに次いで面白い

 声が聞き取りやすいだけでなく、本人自体が高スペックであり、難しい謎もすいすい解いていく。ニコニコ動画侮辱的なタグひとつに「知能縛り」というのがある。頭の冴えない(と視聴者判断した)投稿者に対して用いられるのだが、彼女にそのような隙はない。謎解きに苦しむことはあっても、それは生産的な失敗だ。

 最後にこれを見たのは3年以上前になる。当時、実況プレイ中にマイクから漏れ出る小さな悲鳴に心がぎゅっとなったのを思い出す。賢いうえにめちゃくちゃ優しい女性実況者だった。

6. 【フルボイス】ファイナルファンタジー6.Part1【リメイク版】

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm7472088

 声優学校あるいは劇団の仲間と思われる人達が作った実況作。完結までに6年かかっている。

 こういう名作を掘り当てることができるから実況プレイ探しはやめられない。

 投稿者が作品作りに打ち込んだ結果として、回を重ねるごとに作品への愛が深まっているのがわかる。※学生ノリが多いので、大人視聴者にはキツイかもしれない。

 ちょい役ではあるが、今でもアニメテロップに載る人が出演している。

7. ◆俺の屍を越えてゆけ 実況プレイ◆part1

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm27760539

 稲葉百万鉄さんの最高傑作だ。騙されたと思って見てほしい。運がよければあなたの生きがいのひとつになるかもしれない。

 実況者のキャラクターへの愛が伝わってきて、そのうえで電子データに過ぎないキャラクターが実況者に応えている。こんな作品は今までに見たことがない。

2021-02-01

「命乞いする悪役を見捨てたプリキュア」を無責任に絶賛する高齢キモオタ共よ

念の為断っておくが、当方自己犠牲を礼賛する立場でもなければ、悪役に対しても性善説で接しよというつもりはさらさらない。

件のプリキュアにおけるメッセージカギカッコ付きで「正しい」。

からこそ大人として世界に向き合う責任自覚放棄した歪みがあると思う。

現在ツイッタープリキュアおじさん(見る限りほぼ全員独身高齢アニオタ男性)が

以下のような大共感ツイートを涙涙で垂れ流している。

プリキュアに出てくる悪役が最後に命乞いをしたが

自分を傷つける人間のために、

どうして主人公犠牲にならなければいけない?

そんな義理責任もない!」

「もし本当に反省しているなら悪行をして笑ったりしない。

都合の良い時だけ私(主人公)を利用しないで!」

という場面カット画像と共に

よく言ったこれでこそ令和だ正解だ画期的脚本ブラボーと褒めそやすツイートである

この悪役が例えば映画版TV版のキャラ違いを往復するジャイアンの如く、何度も何度も何度も何度も利用されて裏切られるを繰り返してきたならば、確かに悲しいけど仕方ないねと腑に落ちる。

自分のみならず世界人類全体に迷惑をかけていたなら、これも仕方ないけど自分ひとりで許すのも違うからわかる。

でも文脈上はそうではないらしい。(プリキュアの敵なので世界人類の敵であることは事実だが、伝えんとする意図別にある)

命乞いから実際裏切られた、裏切られる可能性うんぬん以前に、丸1年間の放送でずっと主人公陣営を傷つけてきたボス不快感を抱く事は間違っていないと全肯定する。

そして何より自分の心を守るために「お前が不快から助けてやるもんかざまぁみろ」と堂々と拒否をする。

そういうある種の「人生n周目のループもの主人公が書き換えた正解の世界線」じみた、自分の繊細ハートが傷つく前に敵を殺れ!という心の防衛を至上とした完璧なる護身メッセージなのだ

ヒーローだけど無理して全てを愛さなくていい。弱り目を承知で悪意をぶつけてやりたい憎い奴を憎んでもいい。そうやって自分の心を大事にしようと。


これに爽快感を覚えるのは基本的自分を「つけこまれる側の被害者」と認識している人間と思われる。それでいてもろい自己他者に守ってもらいたくて仕方のない人間だ。

おそらく自称つけこまれ被害者の彼らは思い思いに己の人生の闇をフラッシュバックさせて

勝手に「救われた」気分になっているんだろう。

散々陰キャの俺をいじめておいて、卒業間際あるいは問題化された時に、保身で都合よく和解を申し出てきた学生時代イジメっ子。

イジメっ子が放つ軽々しい「ごめんね」の言葉に、事を荒立てなくない教師から許しを強要された思い出。

無能だと罵倒しながら、人手が欲しい時、辞めてもらいたくない時には急場しのぎでチヤホヤと引き止める嫌な上司

しかしたらアニメスタッフ現場ちょっとしたトラブルを思い出しながら書いていたのかも知れない。

そんな彼らを悪と断じられる程の信念や自己肯定感も持てず、うまく対処したくても出来ないフラストレーションを、「この叫び陰キャの俺のものじゃない」「女児向け思想から」と言い訳が出来る投影先のプリキュアに代弁してもらった、射精せんばかりの絶頂感。

そういう失敗陰キャおっさん達の泣きシコ汁に塗れたくっさいくっさいツイートだらけで鼻が曲がりそうだ。

でもな。

お前ら「人生あそこでやり直したかった」塗れのプレイ時間だけは長い低レベルプレイヤーには良心的な教えでも、まっさら状態から人生ゲームをスタートする子供にはそれじゃダメなんだよ。

なぜか?

自分信じろ」「自分の心の声に従え」と言われても幼児小学生の子供には信じるべき自分物理的に存在しない。まだ形成途中にある。まず目の前の世界他者ありのまま認識する作業を経て、そこに存在する自分の姿を経て自我形成するのだ。

児童本人の自主性なんてものはハッキリ言って幻想にすぎない(大人ですら固まってないのが山程いるのを考えればわかるだろうに)。

大人に出来るのは「子供が学びを楽しいと思ってくれる」「家族友達を思いやってくれる」よう、監視の目を絶やさず巧みに線路を引いて神経質に誘導しながらも「君自身意志選択したんだよ」風を装ってそらっとぼけることだけである

いわばチクタクバンバンの動く時計とマスをカチャカチャ動かすプレイヤーと同じ関係だ。

から半ば幼児の情操教育存在意義である幼児向けアニメは裏側にどれだけ深淵な設定を重ねようと、「メッセージ」だけはシンプルで単純で子供でも反射レベルで実行できる、主観を廃した絶対の指示性がなければいけないのだ。

(一部高齢オタク幼児向けコンテンツマニアが居るのは、物語綺麗事に対する絶対的信頼感と安心感、そこに含有される複雑怪奇人間社会の闇を幼児にもわかるシンプル言葉で解き明かす性質に魅了されているのだと思う)

なのに件のプリキュア見捨てエピソードは「悪人の都合の良い言葉で利用される正義ワイの心の痛み」とかいう、複雑かつ理解経験則必須子供にとって一番アテにできない自我を拠り所に「相手から発せられた言葉意味と反対の事をしろ」と言ってしまってる。

端的に言って複雑な無茶振りがすぎて処理落ちするレベルなのだ

先生やご両親の言う事を聞きましょう」という子供生活するうえで必要な基本メッセージに唾を吐いて「いやいや、教師や親というだけで信じるのは危険からやめろ。奴らの嘘集をあげるから悪い奴から身を守ってくれ」と言って

毒親パワハラ教師体験談を未就学児にプレゼントしてしまうが如き「余計なおせっかいであるエルサゲートを見せて社会勉強になると言ってるようなもんである

かに現実はそうかも知れない。でも子供にいま一番必要なのは世界をとりあえずそのまま受け入れて信じて自我確立すること」なんだからお前らのしてる事は発育妨害しかない。

まずありのまま信じさせてやれ。

大人子供に出来るのは、子供に敢えて綺麗事を示して「安心して世界信じろ」と断じる事だ。

自己護身のために「その時は悪い事を言っていない他者」を疑え警戒せよと煽る事じゃない。

わざわざ言葉の裏を疑えうんぬんと世界に不信感を持たせる事を言う位なら何のために勧善懲悪キレイゴト物語フォーマットを用いているのかわからない。

自我どころか言語認識すら途上で危うい子供には綺麗事を疑う事を前提としたメッセージ処理できないから、メッセージは「自分といったん敵対たからには悪は悪だからつの口にする反省は嘘だ」になる。

さなガキは四六時中間違いを起こすし、友達とは毎日ケンカと仲直りを繰り返すような生き物なんだけど、これ自分が悪役側になることだって充分あり得るのに、みんなが鵜呑みにしちゃったらどうなるんだろうね?

お母さんの無償の愛に甘えてイキって困らせてそうなオタクおじさん達は「プリキュア(俺)に我慢を強いる無償の愛を求める敵をよく倒してくれた」と言いながらウットリしてるけど、

悪役とされる側への寛容ってヒーローヒロイン犠牲を強いてる訳じゃなくて、自分がもし道を誤って悪役とされる側に堕ちた時の為の救いでもあったはずだ。

そういう可能性を僅かも考慮しない高齢オタクおじさん達は卑屈な陰キャのくせに、どうしてそんなにも頑なで自分絶対被害者のままで断じて加害者に回らないと言い切れるんだろう?

まさか自分が病んで追い詰められて道を外した時には潔く「僕は擁護のしようもないクズですううう」と叫びながら一切の救済を拒否して誰にも迷惑をかけずに腹でも切るのか?

なわけねーよなぁ?自分が僅かでも救済されるかも知れない余地があるなら見苦しく立場一貫性もかなぐり捨てて縋りつくよな?正義ヒーロー犠牲なんか知ったこっちゃない、ヒーローなら俺をも救ってくれるはずだと。

そういう人間の業と弱さを認めて見放さずチャンスを与えることで、他者自分自身も許せば楽になれるよというのがこの手のエピソードの肝だったはずだ。

「罪を憎んで人を憎まず」は無念を押し殺して涙を飲んで敵を許せという意味ではなく、人として自分も含めた人の業と折り合いをつける知恵だったはずだ。

他者への潔癖な非寛容は自分自身を縛って生きづらくするという事は、他ならぬポリコレ叩きのオタクおじさん達が嬉々として口にしている言葉だろうにな。



なんか、自分大事にとか理不尽犠牲否定とかじゃなくてこういうものが生まれ根底に、陰キャキモおっさん目線の失敗を過剰に恐れる間違った完璧主義と「俺は被害者なので何があっても絶対に悪(加害者)に回ることはない」という勘違いと、

幼児向けアニメなのに高齢オタクである自分のためのものだと思って子供目線想像しようともしない傲慢さ(女児向け云々はアリバイ工作の時に口にするうわべワード)が鼻につく。

そう言えば別の某アニメで「若い子供のうちは間違っても取り返しがつくことが特権なのだから、迷ったり悩んだりして動けなくなるくらいなら思い切ってどんどん間違えてみればいい」と中学生の子供にアドバイスした親がアニオタから結構叩かれていたのを思い出した。

これも連なる話なのかね。

2021-01-29

荒れた学校で辛かったことは?

はいわゆる荒れた学校出身だけども、私にトラウマと歪みを与えた。

私がいた市立中学は市内で一番荒れていた。集団いじめが横行し、不登校が市内一多かった。そして教員から連帯責任といわんばかりに学校に在籍している科を責められた。

私はそれから人間の業を疑い、人の顔色を伺い、自分が綺麗でいられることを望む潔白主義になった。その癖窮屈さに耐えかねて情緒不安定に陥ったこともあった。どこにも逃げ場がなく、神様からプゲラされてる気分にもなった。

それから10年以上経ちようやく心の中で折り合いがつけられたが、正直孤独な戦いであった。

この日記をご覧の皆さまで似たような体験をされた方はコメントをお寄せいただきたい。

2020-12-29

anond:20201229123339

「わかっちゃいるけどやめられない」ってか。まさに人間の業だな。罪だな。

2020-12-27

[]

最近読んだコミックスの雑感をいくつか。

『パパと巨乳JKゲーム実況

ゲーム実況をしているVtuber親子の話。特異だなあと思うのは、本作の焦点って「ゲーム実況」や「Vtuber」ではないってところなんだよね。どちらかというと、そういった真新しい若者向けの文化を介して描かれる親子の物語。だから作中でメインに描かれているのは現実父親と娘の対話で、Vtuberだとかゲーム実況という要素はあくま物語上のフレーバーといった感じ。

本作で描かれているのはVtuverでの姿よりも、中の人たちの素顔が多い。すごく本質的だなとは思う。「中に人がいる」という当然過ぎるが故に、おざなりになる認識一般社会生活している“人”がいる。界隈では“魂”って呼ばれているんだっけ。特に配信をしているVtuberは、その傾向が強いよね。

けれども、そういうタイプVtuberたちの言動は、ただ人間アバターを通じて喋っているだけなことも多いよね。現実人間日常でやっているペルソナ的な言動の延長線上。中には、そんな薄皮一枚の建前すら取り払ってしまう人もいる。

そうすることで親しみやすさを覚える反面、求められる是非や評価一般社会に基づいたものになりやすい。“実在性”っていうのかな。Vtuber界隈で荒れた話を聞くときって、大体それが原因だよね。全然バーチャル感のない炎上

本作はそういう中の人たちのキャラクター性や関係性を魅力的に描くという点で、ある意味Vtuber界隈の本質を捉えていると思う。私の場合、「一般社会で上手くやれる人間じゃないと、Vtuber界隈でも上手くやれない」……なんて穿った見方もしてしまうけれども。

闇金ウシジマくん外伝 肉蝮伝説

完全な持論だけれども、意義あるスピンオフが何かといわれれば、それは「作品可能性を押し広げること」だと思う。だからスピンオフとしての意義がない作品を私は評価に値しない(否定はしないけれども肯定もしない)と思っている。ファンに向けたものであっても、いやだからこそ惰性で作られた物語独立させて作る意義が薄い。

本作についてはどうかというと、これが中々に評価の困る。『闇金ウシジマくん』を読んでいる人が期待しているような作風じゃないと感じるんだよね。でも個人的には新たな価値提供しているとは思っていて。個人的には嫌いじゃない。

本作はウシジマくんのときにあったような、人間の業や醜さみたいなものはナリを潜めている。その代わりに、ぶっ飛んだキャラクターたちが破天荒行為しまくることで成り立っている感じ。悪が悪によって、理不尽理不尽によって、暴力暴力によって解決されるのって頭良くはないけれども分かりやすいよね。

まあ主役の肉蝮自体破天荒の極みみたいなキャラから、それに合わせて舞台配置をするのは英断なんじゃないかな。毎回バリエーションかに戦ってくれるのは絵的には飽きにくくて良いと思う。原作とは路線が違っていても、攻めた内容であることは確かで、その点でスピンオフとしての意義はあると思う。

『転生ゴブリンだけど質問ある?』

三木なずな原作漫画三木なずなを知らない人に簡単説明すると、「なろう系作品の良いところと悪いところ大体やってる作家」って感じ。まあ、界隈でわざわざこの作家の名を挙げて作品評価するときというのは、大抵は悪い意味だったりする。

ただ業界で重宝されている存在なのは確かだと思う。コンビニ弁当に似ている感じ。声を大にして美味いっていうのは憚られるし、お得でもないけれども、とりあえず食べられるって感じ。その功績が三木なずな一人にどの程度あるのかっていうと疑問は残るけれども。数ある三木なずな原作漫画を見る限りは、とりあえず食べられる程度の出来になってるのは漫画家や編集サイドの頑張りだとは思う。

今回とりあげたのは「なろう系マンガを読んでいくなら三木なずなの名前を覚えて帰ってください」って感じで紹介したので、本作に対して特に感想はないです。私が以前に書いたなろう系マンガに関する愚痴で大方レビューできる程度の内容なので。

強いて言うなら、余計なところで“出来る奴ムーブ”や人格者ぶって評価されるって展開が鼻につくかな。あと設定とか世界観作家自身すら持て余しているのは明らかな失敗だと思う(ダメなろう系あるあるだけれども)。

2020-09-29

anond:20200929220250

ある程度は人間の業なのでどうしようもない。

厳密に監視しますって法律作ったところでそれを運用するのも結局は人。

からどこの国も政権監視するなんてできていない。

中国はその監視する法律を逆手にとって、自分たちに都合のいい様にしている。

犯罪者から国民を守る為」という名目なら、それはおかしいと声を上げにくい。それと同じ。

厳密さを求めていくと、いつかはそれが自分たちに降りかかる。

見つけた時に罰するのは良いが、どんな些細な事でも見つける為に徹底的に監視してやる!はロクな事にならん。

2020-08-31

anond:20200831234106

プラマイ取れば帳消しと評価するのであれ、業績が存在することは事実で、それをフェアに評価できない人間インタビューしても無意味というのはその通りでは?「おばさん」呼ばわりはアウトだと思うけど、7年首相やった人間の業績が「わからない」って客観的に見れば相当だと思うぞ。なんか答えた上で、「でも北方領土台無しだ」とか言えば良いわけで。

2020-08-07

anond:20200807200051

お前さんみたいに別々の人間発言繋ぎ合わせて妄想してる人を見ると、人間の業の深さみたいなものを感じる。

anond:20200807130609

若い女立場からしオッサン恋愛できるようになるべきだし、逆もまた然り。

一連の話題はまるで、障害者恋愛できないのは仕方ない、みたいに聞こえるのさ。

人間の業を「自分客観視できない」みたいな論理正当化するのは… あんまし良くないことだと思う。

2020-07-16

anond:20200716151032

芥川龍之介を読んでくれ。小学生から大人まで楽しめる。芥川龍之介は本当に文章が上手いし、人のエグいところをさらりと描き出す。

羅生門高校教科書に載っているが、今読むとなかなかクると思う。

蜘蛛の糸はあらすじは有名だが、冒頭とラストのお釈迦様の描写がなんとも言えないから原文を読んでほしい。

地獄変は、人間の業をまざまざと感じる。

鼻は、滑稽みを感じるが、ふと自らに置き換えてゾッとしてしまうことがある。

そのほか色々、短編から読みやすいし、古典を下敷きにしているか面白さは折り紙付き芥川龍之介はいいぞ。芥川龍之介を読んでくれ。

2020-07-08

同人AV

まりに深くて全財産を注ぎ込みそうで怖い

ガチレズカップルによるコスプレペニバンレズとか目隠しコスプレSEXとか元々ひねくれている性癖を更に拗らせるラインナップか多過ぎる

これを「人間の業」と見るべきなのかどうなのかは議論余地があると思われるが、取り敢えず「どうしてくれるんだ(八つ当たり)」と声を大にして言いたい

2020-06-22

話の流れがわからないけど、一部で昔からあるマサカリ議論がまた盛り上がってるようだ。

でも「技術的指摘をするにも言葉を選んだほうがよりより議論ができる」的な主張の人まで、マサカリ側をけっこうひどい言葉非難していて人間の業は果てしない感。

2020-06-18

anond:20200618180941

傲慢・強欲・嫉妬・憤怒・色欲・暴食,怠惰

人間ドラマを描くには、人間の業を紐づけることが効果的なんだよきっと。だから時代関係なし、なんなら神話の中にさえ、恋愛性愛の要素が含まれている。だってそれに絡めれば、いくつかの業を描くことができるからね。

ってことでどうだろうか。社外がクリーンになろうとも、人間の中身はそうそう変わらない。上っ面をきれいにしていくことはできても、深層のドロドロは消えることがない。ということで。

不快害虫かい人間の業を感じるジャンル

認める

コガネムシ

可愛いと思う

カタツムリ

可愛いと思う

ナメクジ

カタツムリのほうが可愛い

カマドウマ

馬のほうが可愛い

アシダカグモ

夜に出会うとぎょっとする

ハエトリグモ

可愛くて大好き

認めない

カメムシ

臭いと思う

ヤスデ

汽車脱線するとか怖い

ゲジゲジ

マジ無理 全部無理

2020-04-15

anond:20200415002256

娯楽性があって低いほうに流れるのも人間の業だけど、

暇を与えればなにかをやり始めるのもまた人間の業だと思うんだよ

からパチンコ中毒者に成り下がった地方男性のうちの10%でも中国でよくある暇すぎてやってみた系の農民クリエーターのようになってれば

新規事業創出にちょっと寄与してたと思うんだよね

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