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2021-07-29

金田淳子氏の刃牙に対する主張はそれほど間違っていたんだろうか…?という疑問の日記

つい先日、ボーイズラブ研究家金田淳子氏のある呟きがちょっとした炎上騒ぎになった。

週刊少年チャンピオンという漫画雑誌で連載中の板垣恵介氏による漫画作品グラップラー刃牙シリーズ

その中でも高い人気を誇るキャラクター範馬勇次郎」が一般人に性暴力を振るうというショッキング事件が起きたのだ。

金田氏のみならず、この展開にはネット中で「刃牙シリーズファンの動揺が見られた。

勇次郎はそんなキャラじゃないだろう!?」「板垣先生勇次郎をどうしたいんだ!」など、怒りと悲しみの声があちこちコミュニティ観測された。

金田淳子氏も「刃牙」のスピンオフを手掛ける程の「刃牙シリーズ」のファンであり、この展開には悲しみを感じずにはいられないようだった。

今週のバキ道読んだんですけどね…。

範馬勇次郎に伝えたい。レイプは本当にやめて。

あと不幸にも襲われた方にも伝えたい。男性に襲われるのは「女の部分がある」からではありません。社会的ジェンダー呪縛でそう思ってしまうのはわかるのですが、女性は「男性に襲われる性」ではないからです。

(※原文ママ

この呟きが、荒れた。「範馬勇次郎他者レイプした」という事件話題性もあり、小規模な炎上に近い状態になった。

「またフェミニストが~」

刃牙BL妄想しているお前が言うな

「今更勇次郎に対してそれ言う?」

などというリプライが大量に金田氏の呟きへ殺到した。

要は、「少年漫画BL的な目線で楽しんでいるフェミニスト少年漫画に口を出すな」「勇次郎は元々犯罪者なのだから今更レイプくらいで騒ぐな」という事なのだろうか。

この事について、自分としては納得が行かない…という気持ちが無い、と言えば嘘になる。

フェミニズムという男女平等を目指す思想を持ち、またボーイズラブを愛好する人間少年漫画について何か意見してはいけないのか?

犯罪者キャラクターが作中で性暴力事件を犯した事に対して遺憾の意を持つ事はいけない事なのか?それは違うんじゃないかなぁ…と、思う。

漫画雑誌というのは誰が読んで誰がどんな感想を抱いて意見を発表しても良い筈だし、犯罪者なら犯罪を犯しても仕方ないでは納得行かないと思っても良いのではないか

この事について、「金田氏はかつてキャラクターレイプされる展開を嗜好している発言をしていた」として反感を示している人も多く見られた。

まりレイプという展開を娯楽として消費した事がある人間は、レイプに対して嫌悪感を示す事は許されない、それは矛盾している。と言いたいのだろうか。

これもどうも0か100か、白か黒かという極端な考えだなぁ、と自分は思う。

頭の中であるシチュエーションが好きだという事と、現実でそのシチュエーションを好んでいるかは全く別の問題ではないか

「異性から無理矢理性的な事をされてしまうという妄想

好きな人現実でも異性から強引に乱暴な事をされたいとでも思っているのだろうか?他人レイプされる妄想をした事がある人は、被レイプ願望があるとでも言いたいのか?

好きなBLモブおじさんは、路地裏に複数で生息していて、火照ったカラダをもてあました受けがそこに迷い込んでくると、「上玉じゃねぇか」「いいケツしてやがるぜ」などほめちぎり、一糸乱れぬチームワークで(※脳を共有している)、受けをもてなして絶頂に導くモブおじさんです

~(中略)~

私のこういう発言をたまに「レイプを受容している」と言って嬉しそうに指摘してくる人がかつていたので、無粋ながら一応書き添えますが、「創作」の話ですよ! 「現実」の性暴力(痴漢レイプなど、相手同意を得ない性行為)はダメ絶対

続 さらに、過去ツイートしていた、私の好きな「受けが路地裏でモブにもてなされる」レイプ妄想ですが、これは非常に言葉足らずなものでした。詳しく言えば「受けも実は求めている」という気持ちがあり、実質和姦、という現実にはありえない妄想です。(現実にはありえないからこそ妄想と書いてます)

(※原文ママ

この呟きが少し直球的な表現である事は否めない。

が、こうやって一連の呟きを見ると「性的な事を望んでいる人間性的な事をされる妄想は好きだけど、現実での性暴力絶対ダメ」という金田氏のスタンスは一貫していると思う。

正しく金田氏が言うように『「レイプを受容している」と言って嬉しそうに指摘してくる人』が噛み付いているのだなという印象を感じずにはいられない所があるかなぁ。

不特定多数相手合意の上で性的な事をしたいキャラ妄想」と、「強者相手意思無視して性暴力を振るう事」は、似て非なる、どころか全く別の事柄である本来混同のしようがない。

刃牙はもともと、極端な「男女二元論幻想」を立てていることはわかっているのですが、同時に「闘い=セックス」という見立てにより、「男女のみがセックスする」という二元論をすり抜ける部分も持っていたはずです。しかし今週のバキ道は、男性同士の性すら二元論で語っていてもやもやしますね。

こういう内容の時だけ「フィクションに何言ってるの」ってわざわざリプつけに来る人がいるけど、フィクションを本当に愛してるからこそ、度を越したときリアルと同じように批判をするに決まっているでしょう? そもそもフィクションを全く批判しない人なんてこの世に居る?

今週のバキ道はあくまで「キャラによる語り」なので、板垣先生意見だと言えないことは踏まえたうえで、「週刊少年チャンピオン」を読む男性の中に「男性に性暴力を受けた経験がある人」が居ないとでも思っているのでしょうか。その人にとって今週のバキ道は呪いになるのではないでしょうか。

今週のバキ道は、「究極に雄度が高い勇次郎から見ると、他のあらゆる人間(男性も)は異性」という極まった二元論幻想と、勇次郎レイプされたことのある男性が誰にもそれを話せず、自分が男であることを確認したくて登山家になったという話です。前半はおもしろ話として読めるけど、後半がね……。

もちろん「書き直せ」とか「回収しろ」などと思っているわけでは全然ないので、私個人立場から自由批判を書いております(もともと私の刃牙エッセイ本の中でも、特に範馬勇次郎言動について強く批判してることは読んでくださってる方は知っていますよね)。

(※原文ママ

自分週刊少年チャンピオンを購読している訳では無いので、「バキ道」のその回については詳しくは語れないけれど(チャンピオンには好きな作品も多いのでチャンピオンコミックスは何冊も持っています

男性男性から暴力を受けるのは『男性の中に女の部分があるから』『相手から見ると男ではなく女だからレイプされた』と性被害を受けた男性が思い込んでしまい命を懸けた登山家になる話

は、男性に性暴力を受けた男性の傷を抉りかねない。

自分の中に女があったからいけないんだ、自分は男らしくならなくてはいけないんだ!」

強迫的なマチズモミソジニー自暴自棄思想誘導する可能性もあるかもしれない、呪いに成り得る。

また、金田氏が刃牙スピンオフを手掛けているからこそ「看板を借りているくせに何様のつもりだ?」と氏を攻撃する人も少なからず見られた。

それもおかしいと思う。親しい人がおかしな事をしたら、周囲の人はその行いを指摘せずに口を噤まなければいけないのか?

「まああの人のやる事だし…」「自分作品を貸してもらっている側だし…」と「立場をわきまえて」「わきまえる女」である事、が本当に正しい事なのだろうか。

それは違うんじゃないか?それは間違っているんじゃないか?と自分が思ったのなら、例え親しい相手でもちゃんとその感想を伝える事こそが、正しい事なのではないだろうか。

男性男性性的対象として見ない」

男性だけど男性に性暴力を振るわれ自分の中の『女性』を意識した」

女性男性に襲われる側の性である

という「刃牙シリーズ」の男女観は、確かに金田氏が指摘するように正直言って…古臭い、いつの時代の考えだろうか…?という感覚を抱かずにはいられない。

そういう意味では、以前金田氏が言ったように「凶悪男性犯罪者意図的少年性的対象意識強姦した」エピソード1992年少年誌で描いた「ジョジョの奇妙な冒険」は非常に先進的だったと言える。

ジョジョ」ではその凶悪男性犯罪者は、文字通り「死ぬより酷い生き地獄」を半永久的に生き続ける事になり、キッチリ自分が犯した過ちの報いを受けている。

対して、「刃牙シリーズ」の人気キャラクター範馬勇次郎文字通り「刃牙」という作品の中で最強の人間であり、地上最強生物という異名を持つ格闘家である。彼が犯罪の報いを受ける事は、決してない。

決して誰にも報復されない、一方的暴力を振るう側である加害者」の範馬勇次郎に、「刃牙シリーズ」の一ファンである金田淳子氏が苦言を呈したくなった気持ちを、自分は分かる。そんな日記でした。

追記

まり本題とは関係いかもしれないけれど、自分が好きな言葉を二つ最後に書き足します。

感情のままに行動することは、人間として正しい生き方だ」

新機動戦記ガンダムW

「人の心を大事にしない世界を創って、何になるんだ!」

機動戦士Zガンダム

批判されているのは、BLレイプを無邪気に肯定する一方で少年/青年漫画におけるラッキースケベやご都合描写糾弾する姿勢。氏の主張に則ればバキもゆらぎ荘も「本当は受け(女性)の希望からOKです、以上」で終わる。

少年/青年漫画におけるラッキースケベご都合主義はそのまま現実でのセクハラや性暴力に直結する可能性が高い前提が忘れられてるような…

AVエロ漫画で女体の扱い方を理解した気になって、女性乱暴に扱えば自然気持ち良くなる物だと思っている男性が恐ろしい事に冗談じゃなくゴロゴロしているこの世の中だし

少年誌・児童誌などでスカートめくり痴漢などのセクハラ行為が行われる→それを見て「よし、やってみよう!」と即決する小中学生男子は少なからず居る、だからこそゾーニング大事ですよね

刃牙シリーズの男女観はこうなんだ」と決め付けるの辞めて貰えますか?なんで一部の人意見を真理のように考えるのですか?それはコンセンサスを得られた意見ですか?

決めつけるとかではなくて、刃牙シリーズの男女観はむしろ刃牙を読んでいれば自然と伝わってくる物だけど思うけど…

男性側が常に強者女性を選び女体を食らう側で、女性出産経験の有無に関係なく男性癒しである母親としての役を背負わされ、主導権はいつも男性の側に有り女性はいつも選ばれる側であるような

自分の側から男を選び抱いてやった、というような女性が良くも悪くも「刃牙シリーズには居ないんですよね…餓狼伝に出てくる数少ない女性キャラ達も「選ばれる側」で、男にはレイプされ、息子を慈しむ母でしたし

あ、餓狼伝なら安原健次の彼女さんは「お前ら男二人が勝手に私を賞品として喧嘩すんじゃねえよ!」って男達を一喝した強い女性だったかな?

その意見自体はいいがBL作品レイプしてるお前が言うなってだけの話だろ

それを言うと「BLが」作品レイプというか…「二次創作が」原作レイプなのでは?

BLは創作からレイプもオッケーって人が創作のバキ道に文句つけてるからなんで?ってなってるんでしょ。そこのところ混乱しなかったの?

個人的に金田淳子氏の主張は一貫してると思ったのでそこのところは混乱しませんでした。

金田氏の好むBL原作存在する二次創作で、商業誌で発表されている一次創作商業作品との影響力は段違いですから漫画雑誌に載っているプロ漫画自由帳に描いた自作漫画くらいには印象が異なるのかなと。

刃牙シリーズは四大少年誌というメジャー雑誌で連載されている上、格闘漫画という題材もあって今時珍しい程「男らしさ」に拘ってますから男性読者当事者への影響力と反響は凄まじいでしょうね。

追記2】

自分の素直な感覚感情には正直になった方が良い、という持論を自分は持っている

理屈自分感覚感情は時に相反する事があるけれど、その時理屈を優先して自分の正直な気持ちを押し殺すと、後で辛い思いをする物だから

メイキャッパーとか読んだ?

わー懐かしい!「メイクで美しくなる」ってテーマに惹かれて昔読みました!

実際の内容は想像大分違うというか…初期のグラップラー刃牙前身というか、トンデモ料理バトル漫画料理要素がメイクバトルになった作品と言うか、面白かったですけども

追記3】

よく「お気持ち」という言葉他人意見揶揄する時に使われるけれど、感情から発せられる意見が悪い物だとは自分は思わない。

義憤というか、何かに対して「それは間違っている」という意見を発する活力になる物は、その「お気持ち」と揶揄される感情以外にないのではないだろうか。

2021-07-27

anond:20210727144905

人権3.0にアップデートした恩恵

シス女性アスリートトランス女性アスリート切磋琢磨さらなる高みを目指せる

発達障害者が無理矢理働かされずにすむ

・重度障害児の姉妹介護労働扶養義務から解放される

・健常者も障害者も同じ教室助け合い学び合いサバイバルスキルを身につけられる

・授業内容を全く理解できない児童も共に学ぶ大切さを実感し鍛錬を積める

・意に反して結婚させられそうな障害者を救える

女性たちが肌を隠せるようになる

女性保護をはじめ伝統宗教の良いところが再発見される

欧米を見習おうとした明治時代の先人たちの正しさが改めて実感できる

ホームレス暮らし謳歌する男性と同じく女性児童不審者のいない路上でのびのびできる

妊婦さんたちが外野の声を遮断し本当に産みたい子だけを産めるようになる

女性たちも専業主夫扶養できる

出産直後でも好きなだけ働ける

趣味である子育てを存分に楽しめる

田舎のしがらみから解放され都心で好きなだけ子育てに勤しめる

安価ベビーシッターさんやメイドさんを雇える

母親誘拐された児童が救出される

男児非行を事前に食い止めることができる

男性同士が愛し合うマンガ作品が普及し同性愛男児勇気づけられる

・都会のみならず農村でも工場地帯でもさまざまな地域外国語を学ぶ機会が増え多様性を実感できる

・進学したくもない大学に無理に行かなくてすむ

アジア系アメリカ人大学入試チャレンジモードチャレンジできる

ユダヤ系ドイツ人アラブ系ドイツ人が人目を気にせずガチンコディベートできる

ドイツスウェーデンなどの移住先でも自国自民族独自司法文化婚姻文化実践できる

沖縄に住むアメリカ人の子どもたちが日本人大人からひどい言葉を浴びせられなくなる

・嫌いな歴史上の人物顔写真を燃やしたり落書きしたりできる

・好きなキャラクターの肌を黒く塗ったファンアートをたくさん鑑賞できる

・同じ肌の色の人々が作った文化自分たちで独占し流出拡大を防げる

・肉食文化の残虐性が理解できる

世界中の人々の心に聖火リレー五輪記憶が刻まれ

ミュージシャン絵本作家芸人の逃げ得を食い止められる

時効をなくせる

・友好国の軍隊同士でじゃれあえる

エアーズロックから外国人を追い出せる

富士山の頂上で異教徒安心して礼拝できる

・おまわりさんが当てにならないことを学び市民自分たちの手で課題解決する力を身につける

・おまわりさんがジェンダー論の主張を受け入れてくれる

火力発電から原子力発電に切り替えることで環境悪化を食い止め持続可能社会が到来する

今のコロコロでもスプラトゥーンイカちゃんスパッツ下ろされてま

Moji_monji わかる。成人してるのに成人向け18禁エロより少年誌児童誌のチョイエロのほうが興奮できる。/今のコロコロでもスプラトゥーンイカちゃんスパッツ下ろされてまんこ丸出しになる漫画が載っててそれをオカズにした



マジで!!!!????????!!?!?!????????????!!!!!!!!!!!!!!

コロコロすげえ

https://anond.hatelabo.jp/20210727011453

2021-07-26

anond:20210726212211

別に当日演者として出るわけでも差別目的として作曲もしてるわけでもない

小山田氏を降ろしてすぎやんOK道理が通らない

 

そもそも小山田氏は10年近く児童向けの番組に曲作って提供してきてるぞ

最近になってから何故か放送が見合わせられたがね

NHKはこのことについてちゃんと答えるつもりあるのかしら

 

知らなくても生活に困らないオリンピックにまつわる不愉快情報を知って非常に憂鬱になったよ

本当にこの国は『B層なんて言葉で片付けられない深淵なる者』がたくさんいるなって

2021-07-23

五輪ゲーム音楽使われるの本当嫌だ

こうすればオタクども喜ぶんでしょ?って思われてそう。ローゼン麻生とかさあ、オタクくんチョロいから…。山田太郎だか山本太郎だかって人も表現規制に反対しててオタクくんたち投票してたしょ…ほんとうにちょろいよね。

なのに若者は恵まれてないだの老害だの年金貰えないだの社会保険料クソ高いだのクソクソクソクソクソクソクソですわ。

正直開会式任天堂楽曲無くて心底ホッとした。穢さないでほしい。

意味カンネー税金の使い方するし予算はモリモリ増えていくしつーか最初から延期するなら2年延期しろ

一年延期でもいいよ別に。いいけど本当にちゃんとやりたかったならGOTOとか意味カンネー事しないで、緊急事態宣言もやめたり出したりやめたり出したりしないで一貫性を持ってほしい。

つーーーかこっちも我慢ずっとしてるんですけど?

外出だって控えてやってるんですけど?なんだ自粛のお願いって!

ラーメンズ詳しくないけど、

過去イジメ過去不謹慎コントって同列なの?女性蔑視発言の人なんで戻ってきてんの?

オリンピック楽しみな人はいいよ

選手もいいよ

あとなんだ…開催に向けて頑張って働いてる人たちも頑張れ

ボランティアもやりたい人はやればいいよ

ゲーム音楽流れて嬉しい人もそれでいいよ

でも俺はぜっっっっっっったい忘れないからな。

絶対投票してやんねー。

つーかなんで逮捕されないの?発言を取り消すでなかった事になんの?ばかなの?

俺もなんでもかんでも一発アウトな世界になれとは思わないよ

更生する機会もあげたいよ

でもさ、たとえば児童に性虐待した教師とかはさ、もう一生子供に関わる職業についてほしくないよね

開会式

児童労働にはあたらないとでも閣議決定されたのか

anond:20210722232529

少女監禁の件だけど、

はてな民って相変わらず超馬鹿なんだな

anond:20210721135308

個別ブクマカが変なこと書いてもなんとも思わないがknoaの件ではてな全体が馬鹿であることがわかった。

過去犯罪歴法治主義に従って刑罰を受ければ問題ないとかマジで言ってるの?じゃあ殺人とかレイプした人間会社はいってきても君達は平気なの?しかもKnoaって女の子写真撮ってるみたいじゃん*。少女売春斡旋してた人間に少しでも自分の子供近づかせられるの?子供が成長して数年後中高校生になって突然連絡がきてお小遣いあげるからおじさんとハグしてって斡旋するかもしれないのに?

更生する機会は与える、というのが世の中の流れだと思う。

法律で縛らない限り少女を売るようなクズはいっさい付き合いたくないのだが。倫理感のないやつは法律が許せばなんでもするよ?

今も倫理感がないとは限らない。

社会貢献をしようとする人に変わっているかも知れない。(anond:20210705230049

世界コンセンサスとして未成年少女を売るなんて行為クズしかないんだけど。軽蔑されて当然のことなのに誰も倫理言及してないのが本当に面白いね。罪を償えば何をしてたとしてもいいとかまじやべえ集団じゃんはてなって。

過去犯罪歴でいえばさかきばらが絶歌出版した時、はてなではめちゃくちゃ叩かれてたよね。今回は叩いてないけどなんで?犯罪過去のものネタにしてるから?でもあの時も表に出てくるなってコメントがたくさんあったよね。絶歌出版犯罪心理学的には社会に貢献してると言えるんじゃないの?罪を償ったんだから印税をもらっても問題ないし。

実家貧乏でそういう環境にいたからとか同情してる馬鹿もいたけどじゃあ加藤智大歩行者をひき殺したのも「そういう状態にあったかしょうがない」とでも擁護するつもり?京アニ放火した青葉真司も小説を盗まれたとか妄想してたか放火したのはしょうがないとでもいうのか?本当に馬鹿なんじゃねーの?

あと昔の記事剣道指導中に鼓膜がやぶれて云々ってニュースがあったけどそれは叩いて少女売春斡旋は叩かないってどんなだよ。意味不明すぎる。どんな倫理観で物事判断してるんだ?剣道の件だってスポーツの上で起きたなら法治問題ないだろ。ボクシングで殴りころしてしまったみたいな話でしかないとも法治上はとれるだろ。

別の事件は別の事件だと思う。

第三者視点しか物事を見ないブクマカ似非リベラルっぷりがよくわかるニュースだったよ。倫理実態も考えずにリベラル言動だけするおまえらってほんとに現実に生きてんの?全員ひきこもり

あと、「前々から不思議なんだけど はてな民が頭良いやつのまりという勘違いって一体なにに由来してるの?」とか言って開き直る恥知らずが出てくるんだけど、なら、人権社会や天下国家を語るなよ。高尚なことを語る前に自分の頭をマシにすることに取り組んでくれよ。お前等が最下層のバカなんだから

女子児童写真はこれ(https://archive.is/r6e56/825de79658735053da476e19540d9c016b3b0bef.jpg)。なんでknoaがこれを自分のページ(https://archive.is/r6e56)に載せていたのかは不明

祭り渋谷ハロウィンでもいいんだが「写真取るよ」と言ってご自慢の一眼で撮って、それを「LINEで送るよ」とでも言えば女児の連絡先を簡単にゲットできて、女児が成長して数年後中高校生になったとき簡単に連絡できるようになるよな。

少女写真の公開は、うん、ダメだと思う。でも、削除したんだよね。

今の Knoa さんがどうかが大事

anond:20210721172728

ロッキンの座談会比較すると、

ネット拡散している「ぐるぐる巻きにしてうんこ食わせた」という部分は

クイックジャパン記事で書かれている村田くん(仮名)との修学旅行についてのことなんだろうな(増田では7と8のページ)

 

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 8

https://anond.hatelabo.jp/20210721001207

 

クイックジャパンでどう書かれているかというと、修学旅行でなぜか小山田村田くん(障害児)、留年した怖い先輩の3人で班を組まされ、宿舎で村田くん相手プロレスごっこをして(小山田立場で)じゃれていると、先輩が入ってきて村田くんをぐるぐる巻きにして好きな女子名前を言わせながらオナニーさせたかドン引きしてしまった(笑)とある小山田本人の行為ではない。ウンコ食わせたという事実があるのなら、それをやったのも先輩なんだろう。

障害児童との修学旅行といえば↓の話が思い出されるが、はてな民はこれと自分感想比較してくれ。教室から障害児童排除すべきか、排除するなら子供はどこで障害者と接して多様性を持つことができるようになるのか。生活の場で接しなければ障害者はテレビの画面越しで見る架空の生き物と同じだしね。

[B! 教育] 泡盛とらこ(心ない介護職員) on Twitter: "中学生の子ども(女子)が、 修学旅行キャンセルしました。 実行委員長班長でしたので、 田舎中学では前代未聞の事態。 私も何度も担任と話し合いました。 キャンセル理由は、 「まったく交流のない障害学級の男子(保護者意向で診断… https://t.co/QegfQmAhbh"

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/torakoawamori/status/1411113159046270980

 

村田くんをロッカーに閉じ込めてガンガン蹴ったり、日常イジメ行為クイックジャパン告白されている)

小山田はもう1人の障害児の沢田くん(仮名)については良い思い出のように語っており会いたいとも答えているが、村田くんとはそうではないと言っている。

もう1人、朝鮮人の生徒をからかっていたとネット拡散あるが、クイックジャパン記事では「家出したならうちに泊まりに来い」と小山田が誘って実際に泊めてあげており、いい思い出としか書かれていない。

2021-07-22

はてな民って相変わらず超馬鹿なんだな

anond:20210721135308

個別ブクマカが変なこと書いてもなんとも思わないがknoaの件ではてな全体が馬鹿であることがわかった。

過去犯罪歴法治主義に従って刑罰を受ければ問題ないとかマジで言ってるの?じゃあ殺人とかレイプした人間会社はいってきても君達は平気なの?しかもKnoaって女の子写真撮ってるみたいじゃん*。少女売春斡旋してた人間に少しでも自分の子供近づかせられるの?子供が成長して数年後中高校生になって突然連絡がきてお小遣いあげるからおじさんとハグしてって斡旋するかもしれないのに?

法律で縛らない限り少女を売るようなクズはいっさい付き合いたくないのだが。倫理感のないやつは法律が許せばなんでもするよ?

世界コンセンサスとして未成年少女を売るなんて行為クズしかないんだけど。軽蔑されて当然のことなのに誰も倫理言及してないのが本当に面白いね。罪を償えば何をしてたとしてもいいとかまじやべえ集団じゃんはてなって。

過去犯罪歴でいえばさかきばらが絶歌出版した時、はてなではめちゃくちゃ叩かれてたよね。今回は叩いてないけどなんで?犯罪過去のものネタにしてるから?でもあの時も表に出てくるなってコメントがたくさんあったよね。絶歌出版犯罪心理学的には社会に貢献してると言えるんじゃないの?罪を償ったんだから印税をもらっても問題ないし。

実家貧乏でそういう環境にいたからとか同情してる馬鹿もいたけどじゃあ加藤智大歩行者をひき殺したのも「そういう状態にあったかしょうがない」とでも擁護するつもり?京アニ放火した青葉真司も小説を盗まれたとか妄想してたか放火したのはしょうがないとでもいうのか?本当に馬鹿なんじゃねーの?

あと昔の記事剣道指導中に鼓膜がやぶれて云々ってニュースがあったけどそれは叩いて少女売春斡旋は叩かないってどんなだよ。意味不明すぎる。どんな倫理観で物事判断してるんだ?剣道の件だってスポーツの上で起きたなら法治問題ないだろ。ボクシングで殴りころしてしまったみたいな話でしかないとも法治上はとれるだろ。

第三者視点しか物事を見ないブクマカ似非リベラルっぷりがよくわかるニュースだったよ。倫理実態も考えずにリベラル言動だけするおまえらってほんとに現実に生きてんの?全員ひきこもり

あと、「前々から不思議なんだけど はてな民が頭良いやつのまりという勘違いって一体なにに由来してるの?」とか言って開き直る恥知らずが出てくるんだけど、なら、人権社会や天下国家を語るなよ。高尚なことを語る前に自分の頭をマシにすることに取り組んでくれよ。お前等が最下層のバカなんだから

女子児童写真はこれ(https://archive.is/r6e56/825de79658735053da476e19540d9c016b3b0bef.jpg)。なんでknoaがこれを自分のページ(https://archive.is/r6e56)に載せていたのかは不明

祭り渋谷ハロウィンでもいいんだが「写真取るよ」と言ってご自慢の一眼で撮って、それを「LINEで送るよ」とでも言えば女児の連絡先を簡単にゲットできて、女児が成長して数年後中高校生になったとき簡単に連絡できるようになるよな。

2021-07-21

anond:20210719200545

大人児童に脅かされず風呂に入る権利」と「児童大人に脅かされず風呂に入る権利」だったら、両立できない場合には後者を優先すべきです

anond:20210721102140

はだしのゲン」は作品歴史認識問題があるという指摘があるほか、性暴力や残虐な表現にあふれており、読者の児童を傷つける恐れがあるとも指摘されていた。

はだしのゲン」を閲覧制限 松江市の小中学校 市教委が表現問題

https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1700C_X10C13A8CR0000/

閲覧制限を求める動きもあったが、最終的に撤回された。

はだしのゲン閲覧制限撤回 市民良識が勝った 原爆実相子ども自主性を 松江市教委に反対意見・抗議次々

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-08-29/2013082903_01_0.html

読者を傷つけたり、残虐な描写があったり、社会的弱者悪事を働く内容の作品でも、市民の心を打つ名作であれば許容される。

女性乱暴をされるとか、弱い生徒がいじめを受けるとか、精神疾患患者殺人事件を犯すストーリー展開を伴うなら、その中で人間実相を伝えられているかどうか。

「名作かどうか」が表現規制の一定基準になると思う。

あえて名作を読むことで傷つきながら人として大切なことを学ぶ選択をする子どももいるだろう。

名作ならあとは読者の自主性に任せればよい。

2021-07-20

小山田圭吾氏と「公正世界信念」と「防衛帰属」(7/19 Session #ss954)

荻上チキ・Session | TBSラジオ | 2021/07/19/月 15:30-17:50 https://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20210719160547

荻上チキ氏)

この小山田圭吾氏が過去に行っていた、いじめに関する露悪的なまぁ、発信。

1回のインタビューでぽろっと答えたということではなくて、複数回インタビューで詳細にそのいじめの中身を語って、しかも悪びれる様子がないというような様子というのは、Web上でも20年以上前からたびたび話題とはなっていたわけです。

そうしたようなことがずっと棚上げされたまま、今回オリンピックパラリンピック楽曲提供をするという風になった際に、この名前がでてきたことに対して、これは明らかにちょっとミスマッチだろうというような非難さらに盛り上がり、また今回の報道などによってその出来事、そういった発言過去にしていたということを初めて知ったという方も多くいると思うんですよね。

90年代音楽などに触れている人などにとっては、コーネリアス小山田圭吾氏というのはとてもあの馴染みのあるミュージシャンだと思うんですけれども、でも日本全体でどれだけの認知度かというと、そこはちょっと分からないところがあるので、むしろ今回の件で小山田氏を初めて知った人にしてみれば、オリンピックなどで楽曲提供しようとしていたけれども過去にとんでもない犯罪的な差別を行っていた人物だったっていう情報だけ与えられると、当然ながらそんな人物不適格でしょ、となるのはこれまた当然ということになりますよね。

この件っていうのは、過去にじゃあ行っていたいじめ加害が発覚した場合に、その人の仕事までキャンセルする必要があるのか?というような問題として理解される向きも一部あるんですけど、その問題とこの問題は別だと思うんですよね。

今回のは、過去いじめ加害というのが何かのきっかけで「発覚」した事案、ではないんです。

そうではなくて、小山田圭吾氏が繰り返し過去インタビューの中で攻撃的、露悪的な仕方でいじめ手法というものを赤裸々に語っていた、それを読んだ人たちに対して当然不快感を与えるかもしれないけれども、それを一つのエンターテイメントとして味わって欲しい、読んで欲しいという感覚文脈で内容を提供しているということになるわけですよね。

そうすると、いじめとか差別というものを軽視するような発信というものを、アーティストになってから行っていた問題ということが、ここに関わってくるわけです。

過去いじめ加害という点でいうと、国立教育政策研究所データなどだと、小学校から中学校の間にいじめ加害を行っていない児童というのは1割程度しかいないんですよね。

やはり誰かしら、何かしらのタイミングで、誰かに否定的あだ名を呼びかけたりとか、誰かを無視したりとか、誰かを叩いたりとか、そうしたようなことを一定期間行うということはしてしまうところがある。

ただそれが持続的にどこまで行うのか、何年間も行い続けるのか、ずっと行うポジションにいるのかということで見ると、どんどん数が絞られていって、継続的加害者になっていくという人はその中でもまた一部になっていくっていう状況があるわけですね。

ところがこの小山田氏の様々な発言というものは、そのいじめ文脈というものを超えた、性暴力でもあるし、障害者差別でもあるし、いろんな問題を含んでいるわけです。

インタビューの中でも紹介されている加害行為というのは(先程「たまむすび」の中でも少し紹介されたりしていましたけれども)たとえば人前でマスターベーションすることを強要するとか、あるいは女子達が見ている中でわざと服を脱がして人前を歩かせるであるとか、あるいはぐるぐる巻きにしてバックドロップをしたり、あるいはまた大便を食べさせたりとか、そうしたようなことを繰り返していたんだということを言ってるわけです。

他にも様々なダウン症児童などに対する侮蔑的発言というものを仲間内で繰り返していたことなど、いろいろなことを自ら発信されてるんですけど、インタビューの中だと(笑)とかそうしたような文言を用いて、非常に露悪的な仕方で発信されていたということになるわけですね。

こういったような事態というものは、このインタビューを読んだ人たちに対しては大変なストレスを与えることには当然なるわけですね。

なぜこれがストレスなのか、ということも改めて振り返っておきたいと思うんですけど、僕がたまに紹介している概念で「公正世界信念」という概念があります。「公正世界仮説」と呼ばれることもあります

これはどういうことかというと、「この社会というのは、正しいことをすれば報われるんだ」というような考え方、これが公正世界信念ですね。「この世界は公正にできていて、人々が適切に振る舞えば、世界はそれに応えてくれる」という一つの信念というのがあって、多くの人たちはこれを内面化しているんですね。

内面化するからこそ「努力は報われる、だから頑張ろう」というようにモチベーションを維持することができる、動機づけを保つことが出来るわけです。

逆に言えば「正しくないことをすれば懲罰を受けるよ」というような考え方でもあるので、これがまた社会から逸脱をするのではなくて適応しようというモチベーションに繋がるところがあるんですね。

良くも悪くもこういった信念を持っているという人はとても多いんだけれども、ただこういった信念が揺らぐような悪いニュースというのがしばしば飛び交ってくるわけですね。

そうすると「あれ?今起きた事件って公正世界信念を揺るがしてしまうじゃないか」誰かが例えばいじめられていた、誰かが性暴力を受けた、そうしたような、バッドニュースが入ってきた時に、人はとっても不安感を抱くわけです。

その不安感は、要は「もしかしたら自分努力しても報われないこともあるかもしれないし、気をつけていても被害に遭うかもしれない」っていうこと、ってなるとすごいストレスなんですよね。

その時に取られがちな手段が二つありまして、そのうちの一つというのが「被害非難被害者が悪いというんですね。

どういうことかというと「これは公正世界信念が揺らいだのではない、世界は変わらず公正だ、と。だけれどもあの被害者に落ち度があったから、あの被害者は適切に努力してなかったからそうした目に遭ったんだ、つまり過去に正しくない事をしていたからその懲罰として被害にあっただけなんですよ」っていうふうに矮小化をする。

こういったような仕方で、貧困当事者を叩いたり、被災した方を叩いたり、性暴力被害にあったことを叩いたりということで、むしろ弱者を叩くっていう方向で解消しようとしてしまうのも、公正世界信念のもたらす現象なんですね。

でも、同じく公正世界信念が揺らぎそうになった時に起きがちな方略のもう一つが「加害者に対するバッシング加害者に対する過剰な懲罰や"悪魔化"ということになるわけです。

要は加害者に対して因果応報というものをもたらしたい、因果応報をもたらすことによって、このモヤモヤした感覚をなんとか治めたい、って感じるものなんですね。

この感覚のものはとても重要ではあるんだけれども、場合によっては「加害者がまだ謝ってないじゃないか加害者はきっともっと碌でもない奴だ」っていうことで、悪魔のような存在として描かれるようなことがあって、そうなるとどう対処してもこの信念が回復されないっていうことになってしまうわけです。加害者がどれだけ謝罪をしても、なかなか対処が困難だということにもなりうるわけですね。

一般的にこうした公正世界信念というものは、人々にとても重要動機づけを与えるし、社会適応しようという努力を与えるものではあるけども、しばしばそれがコントロール不能攻撃に向かうような側面というのも当然あるわけです。

ただ、こうしたような「被害非難」とか「加害者非難」が全部悪いのかというと、そう単純に語れないというところもあるんですね。

加害者非難」などに通じることによって、一定の抑止効果かいうのを社会拡散したいという人もいるでしょう。いろんな動機がそこにあるわけなんです。

今回の件についてはどうなのかというと、明らかにやっぱり小山田氏が発言していたことが明らかになったら、大変多くの人達不愉快に思うし、また非常にこの世界を不公正だという絶望感を味わうことになる。だから何かしらな仕方で公正さを回復したいと思う。ここまではもう多くの人たちの望むところだと思うんです。

ではその回復手段がどうすればいいのかというと、今回のようなケースって、回復手段ほとんど難しいんですね。

例えばすでに被害を受けていた当事者はいて、その人はその後いろんな後遺症とか様々なものを味わって生きてきたかもしれない、それを例えば今更謝罪たからといって回復できるとは限らない、つまり加害者被害者に謝罪をすればそれで治まるような案件ではどうも無さそうということも分かっている。

一方で社会に対して、多くのこの不公正があったことについて、あるいは不公正があるということをアーティストとして発信したことについて謝罪すればそれで治まるのかというと、なかなか治まらないでしょう。

少なくともパラスポーツとかオリンピックなどのテーマソングを書くという役割は適任ではないということは言えると思うんですね。

一方で別に小山田圭吾氏に今後ミュージシャンとして二度と活動をするな、みたいなことを言ってるわけではない。

そこはあの今後どういう風にやって行くのか、今後小山田氏の振る舞いとか応答責任を通じて、多くの人たちが「なるほど、まあそう言うんだったら」という風に安全感覚を取り戻せるかどうかにかかっています

から今回のペライチで出した謝罪文で多くの人達が納得できるというわけでは当然無いわけなので、今後の様々な発信において、その問題にどう取り組んでいくのか、どう向き合っていくのか、その姿勢を見せ続けることによって、人々の「加害者避難」でも「被害非難」でもない、ある種の「修復的公正」と言うんですけど、公正感覚修正されていくというか、取り戻されている感覚というものを、ひとりの発信者としてもたらすことができるかどうか、それが小山田氏に問われてるポイントひとつになるわけなんですよね。

で、これはとても難しいことではあるんだけれども、アーティストとしていじめ加害の手法などについて露悪的に語って、それが障害者差別などをさら助長して、なおかつ多くのいじめ被害者に対しても二次加害をインタビューを通じて行った、という点について、同じアーティストとしてどういう風にその後自分責任を取るのかということはこれからも出てくると思うんです。

から今回テーマソングを作るか作らないか、これは作らない方がいいと思います。そしてその仕事を降りた方がいいでしょう。

ただその後二度と活動するなという話ではなくて、それに対して活動者としてどういう風に向き合っていくのかということを多くの人たちが見ていきますよ、ということに応答責任というのが出てくるということになるわけですね。

これ、見ている側もやってはいけないのは、「防衛帰属」という言葉があるんですけど、何かの問題をどこに帰属させるか、どこに責任所在をおくかっていうのが、その人達の考える倫理観とか道徳観とは別に、その人の考える将来の損得で左右されるところがあるんです。

例えば今回小山田氏を擁護してる人がいるんですね。たとえば「そんな過去の話」とか「その当時はいじめを露悪的に語るのが当然だったんだ」みたいな仕方で擁護する人たちがいる。

それを見ると、結構典型的な「防衛帰属」だなって思うわけです。

どういうことかというと「彼が悪いことになると、自分も悪いことにさせられてしま可能性がある。だから『彼が悪くない』っていう風に言うことによって、自分が叩かれるリスクを下げたい」。つまり自分防衛するために、責任所在を「彼ではない」「ここではない」「そこではない」というふうに位置づけたがるということなんですね。

そういうふうに、どこに責任帰属させるのかっていうようなこと自体が、人々にとって損得を左右されるような問題になってるわけです。

からネット上などでも、実はその、小山田氏のあり方というもの擁護する声というのも、まちまちあって、しばしばあって、そうしたかたちを見ると、たぶんその自分の振る舞いとか、自分メディアの振る舞いとか、90年代表現かいものまで堀り返されると問題だなっていう風に思われると色々発表がしにくくなるとか、そうしたようなことが場合によっては関わってくる可能性もあるわけですね。

そういうような「防衛帰属」を繰り返していると、結局、今回どうすればいいのかっていう議論が前に進まないことになるんですよ。

そうして「自分が叩かれたくないから、この人は擁護しとこう」みたいな損得勘定議論されてしまうと、結局、「被害感情にはどうすればいいの?」とか「こういったものを再発しないためにはどうすればいいの?」っていう議論が出てこないことになるんですね

ちょっと遠回りした言い方になりましたけれども、今回インタビューによって多くの人たちが非常に不公平世界だっていう感覚を突きつけられた、それに対してなんとか回復したいっていう強烈な動機に突き動かされているという状況がある。

それをやったのは何かの暴露とかではなくてミュージシャン本人のインタビューの中での発言だったから、ミュージシャン本人として今後の発信などでどう応答するのかということは当然問われてくるだろうと。

それが行われてない現段階においては、このオリパラテーマソングを受けるというのは不適格だことに当然判断されることにはなるだろう、と思うわけですね。

ではその後どうするのか。

これ一朝一夕に本人が反省しましたって言って何とかする話ではないでしょうし、反省云々ということするためには基礎知識かいろんなことが必要になりますよね。

どう誤っていたのかを言語化できないと、応答はできないということになるので、今回の本人のメッセージ云々でおそらくなかなか納得しがたいようなところがある中で、どうそれに向き合っていくのかということが問われていくのかな、という風には思います

いろんなものを浮き彫りにした一件でもありますよね。

80年代90年代当時というのは、特にいじめ対策というものは今より脆弱でした。今は随分といじめ対策で、科学的に何が必要なのかということもわかってきました。

今回、多くのメディアがこのいじめ問題を取り扱うのであれば、いじめ対策として今どういった知見がより重要で、よりどういった教育こそが必要なのか、という話も、いろんな現場に広げてきてほしいなと思います

五輪ETVは責められて、小山田を参加させていたフジロックの罪を問わないのか!』

五輪ETVは責められて、小山田を参加させていたフジロックの罪を問わないのか!』

障碍者福祉とか児童教育を謳わない「不道徳イベント」ならば、不道徳人間の参加も許されるかもね。

1995当時だって太田出版」というマイナー出版社から許されてた訳で、

これが「小学館」「学習研究社」など児童教育出版社だったら、たぶん見逃される事はなかったかもしれない。

年代でも雑誌カラーがあって、小山田くんもエログロ出版社に合わせた話をした部分はあっただろうな

2021-07-18

増田ブクマカいじめ逆張りしてるバカって自分自身自称小心者()のクズだっていうことから逃げたい+クズ共感が欲しいだけだよな

座席が隣で泣かれてた子供って本当に不細工だったか

https://anond.hatelabo.jp/20210321154532

クズ障がい者の親が悪い

クズ先生が悪い

クズ子ども善悪区別はつかないしどうすることも出来ない

クズ小学生女の子は割と理由もなく泣くんよ

 

お世話係が嫌なら『嫌』って言って終わり

嫌って言えない軽度障がい児や毒親持ちの児童配慮しろっていう主張なら理解する

 

 

▼(再追記あり)「いじめを見て見ぬふりをすることはいじめと同じ」←これやめろ

https://anond.hatelabo.jp/20210224154916

クズ:ニヤニヤしてなければ加害者ではない

クズ:助けるとか言ってるのは偽善者

クズ小学校の時、クラスみんなで虐めていた、いのぼんどうしてるだろう。思えばかわいそうだったな。でも臭かったんだよ。
FBで調べようかと思ったけど、名前なんていうんだろう。(anond:20210716193909)

 

相手サイコキラーモンスター生命財産危険が及びそうでも無い限り、いじめはぶっ叩ける

自分学校にも普通学級に知的障がいの子がいたけどそれにちょっかいを出すバカは全部ぶん殴ってやった。物理でも言葉でも

障がいが無くても許される物じゃないので、学校職場趣味の場の全てで突っ込んでる

それをしない増田普通の人ではなく『クズ』ってだけ

 

これからは知らん顔しないで助け舟を出してやろう、つまんないことはやめろと法律言葉でぶん殴ってやろう

生命財産は掛ける必要ないが、たかだか爪弾きにされる・職を失うくらいだったら

正しい行動を取ろう

 

自分自身がどう生きるかは自分で決められるんだぞ

 

自分自身がクズ選択しただけなのに変な共感求めない

 

 

anond:20210718130011 anond:20210718130753 anond:20210718131001 anond:20210718133951 anond:20210718170015 anond:20210718181340 anond:20210718183160 anond:20210718225112 anond:20210718235624 anond:20210719020558 anond:20210723033334 anond:20210723162216

2021-07-17

酒鬼薔薇鬼畜ブームの申し子だったよね

1997年には『危ない1号』の愛読者であった酒鬼薔薇聖斗神戸連続児童殺傷事件を起こす。

障碍者小山田圭吾知識人Eテレ

巷では小山田圭吾イジメ問題大炎上している。……どんな時代でもイジメはなくならないというが、イジメスタイル感性時代とともに変わってきたようにおもう。

70年代は、ゴリゴリ暴力カツアゲという"利益目的イジメ"だった。社会全体が貧しく、不良はイカつげで、弱者障碍者はカモだった。だが大多数の層は「見て見ぬ振り」か、せめて白い目では見ていた。

80年代は、お笑いブームと金余りもはじまり、不良はヤンキー臭があってもお笑いもイケる奴が「モテ」になった。暴力や貧しさという負の側面はイジることで笑い飛ばす風潮になった。ヤクザはヤッちゃんと呼ばれ、貧乏長屋パロディになり、弱者障碍者はイジりの対象になった。暴力的な不良でなくとも、弱者のみっともなさや不自然さを笑えば勝ち組に回れる。暴力より笑いのほうが平和じゃん?と。弱者をマジ顔で擁護する正義漢なんてアナクロだしダサい。強きを助け弱きをくじくタケちゃんマンは笑いにくるんだ本音としてウケた。そんなライト感覚で従来の一般層も弱者を笑うほうに回った。

90年代は、社会隠蔽する負の側面を見世物小屋的に取り上げるサブカル民の一部……つまり従来のモテの条件だった暴力金も顔も微妙だが面白いことは言えるし弁は立つ……が、80年代モテ系のイジメ作法を真似し始める。知的階級弱者障碍者擁護すべしという戦後リベラル的な不文律を、「だーってそんなんじゃモテないし、助けてもいいことないし、素直に見たら笑えるじゃん?」と開き直った感じでもある。つまりビザール系な知的興味の"対象物"扱いである。

かくて不良系のみならず知的とされる階層までが、「ジョークだよジョーク」、「悪ふざけが過ぎたけど一緒に遊んでただけ」、「社会参加しさせろというから仲間に入れて遊んでるんじゃん」とうそぶく、そういう笑いにくるんだ「道化イジメ」に精を出す時代ともなった。

小山田圭吾が「俺はアイデア出してただけよ?」と言い募るのは当然だ。彼はサブカル民だから、「あたまのわるい不良みたいに直接暴力に訴えるなんてダサイ真似は、この俺がするわけないよ?」と言いたかったわけだ。

前フリが長かった。

この時代Eテレに、児童向け特別支援教育番組の"グルグルパックン"というものがあった(1994~1999年放送)。かの有名な"ストレッチマン"が最初に登場した番組である。当時の生活リズムとちょうど合う時間放送されていたのと、自閉症知的障害児童たちのゆるさとストレッチマンハイテンション不思議空気感に、何となく習慣的に見るようになっていた。番組内容はゆるくて差別感や悪意も感じず、むしろ怪人に扮した支援学級の先生たちの奮闘や障害児童の頑張らない日常……チャリティ番組的なお涙頂戴ではない……は穏やかでいい感じであった。

ある日、寝ぼけまなこでテレビをつけた時、そこには隅に小さく番組ロゴが映っていた。自分は目を疑った。

https://pbs.twimg.com/media/EubSIAtVIAEI9Rp.jpg

寝ぼけた目に小さなロゴは、"クルクルパークン"……"くるくるパー君"と読み取れたのだ。(画像を縮小して、目を細めてぼやっと見てほしい。) ものすごい悪意を感じて、たじろいだ。

もちろん。「自分の目がボケてた見間違いでしかないじゃん」、「差別意識や被害意識のある奴はどこにでも差別を見出すんだよな」、「障害児童を画面に出すのも微妙なのにそんなヤバいことしないでしょ?」と、矢のような反論が飛んでくるのはわかっている。ただの見間違いか因縁をつけているだけと言われるだろう。ただあの、「弱者障碍者に親切顔で接近しながら裏では小馬鹿にして嘲笑うことは、知的イケてる層のウィットに富んだ身振り」とされていた90年代雰囲気を踏まえると、何とも奥歯に物がはさまったような釈然としない気持ちにもなる。ましてや、「NHKでは知性や学歴を鼻にかける高慢反抗的な奴はEテレに回される」という風説を耳にしていると、陰でイジメをする優等生が「見間違いで妄想して何を言っているんだ。邪推でみんなの善意努力否定する気なのか?」とうそぶくような、抜け道確保済みの確信犯的な振る舞いじゃないかとも思えてくる。いや、出てくるみんないい人だよ。それら全部を身内ごとひっくるめて嘲笑うような"見間違い"だから知識人特有の底意地の悪い見下しを感じたのだが。

そういえば、このあたりから日本の成長は失われていったな。二枚舌が使えない者が"発達障害者"としてあぶり出されはじめた時期でもあった気もする。

真偽は謎の上に、四半世紀前のことを持ち出して因縁つける気もないが、世間話題にのっかって「90年代はそういう風潮だった」と確認し、「だれか同じようにロゴに気づいてた人いなかったのかな」と書きおいてみたかっただけだ。読み捨てていただきたい。

2021-07-16

小学生80%がいじめ被害、18年までの3年間 国研調査

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE15B370V10C21A7000000/

18年に小6となった児童に3年間で6回のアンケートを行い、79.9%が少なくとも1回は仲間はずれや無視など「暴力を伴わないいじめ」を受けたと回答した。86.8%だった6年前(1012年)の調査から約7ポイント減少した。

減ってるのか

クズクズしかないので配慮しても無駄。繊細アピールはするが他者への共感は皆無だし他者を助けることもない

座席が隣で泣かれてた子供って本当に不細工だったか

https://anond.hatelabo.jp/20210321154532

 ↓

クズ障がい者の親が悪い

クズ先生が悪い

クズ子ども善悪区別はつかないしどうすることも出来ない

クズ小学生女の子は割と理由もなく泣くんよ

 

 

お世話係が嫌なら『嫌』って言って終わり

嫌って言えない軽度障がい児や毒親持ちの児童配慮しろっていう主張なら理解する

 

小2と成人はたいして変わらん

せいぜい経験カバーできるのは○○したら自分は損をするくらい

まれつき道徳と思いやりが欠損した人物子ども個性に合った教育を親がしちゃんとしないと一生そのまま

子どもが『親切じゃない人だと思われるのは嫌(思いやりのある人物だと思われないと損をする)』って考えるようになったら、

の子もの社会化成功してると思うし、社会問題なくやっていけると思う

 

あと負の学習はさせないほうがいい

泣けば・不機嫌そうにすれば思い通りになる、なぁなぁになる、察して貰えるって負の学習をさせないほうがいい

誇りのない生き物クズを強化させるだけ

 

それからいじめ天誅加えることは子どもでも普通に出来ると思います(anond:20210321003842anond:20210224185301anond:20210224190603)

生命財産になんらかの危険を感じることでも同じく声を上げれるかと問われれば自信ないが

たかだか疎まれる・最悪職を失う程度なら黙認してたヤツ含めてブン殴ってる(anond:20210301114817)

クズを開き直らせてはいけない

 

 

anond:20210723162216 anond:20240709222028

2021-07-15

anond:20210715160201

朝ごはんちゃんと食べる児童のほうが学力が上がるという相関と同じか

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