はてなキーワード: 属人的とは
「ちゃんと給料をもらっている立場なんだから言われたことだけやっていたらダメだ。自分から忖度していろいろやらなきゃ一人前とは言えない」
いまだにこういう経営者目線で動け系の言葉に毒されてる人多いけどさ
組織として構成員のアドリブで物事に対処してるようでは属人的な要素が増えていって問題だし
部下の行動に対して指示を出すために組織内の上下関係があって、問題が起きたときに責任の所在をはっきりさせる意味もある。
各構成員がアドリブで動いて毎回うまくいくならいいけど、絶対どこかでミスが出るしそんな時に末端の責任にして切り捨てるのは楽かもしれないけど、組織としてプラスにならないよね
大衆は常に愚かであり,そのような時代に生きる知識人としての身の処し方は大きく二つある.
すなわち,如何なる困難に直面しようとも,孤軍奮闘して正しさを説き続ける方法.
そして,愚かな人間を利用し,搾取し,私欲を満たそうとする方法.
この二つだ.
前者になるな.
自分の能力,才覚,そういったものを他人のために使ってはならない.
だからこそ,君たちに,おそらく今の日本で最も優秀な君たちに言いたい.
自分の能力,才覚,恵まれた環境は,自分の利益のためだけに使いなさい.
そして,高校生のアルバイト以下の時給で月200時間の残業をしても,
誰一人として褒めてはくれないよ.ニュースになるのは失態を犯したときだけだ.
君たちが学者になって,日本の学問を継承していきたいと望んでも,
実績を出したら出したで,横取りされて,手元には何も残らない.
愚かな人間を出し抜いて,高給を得よう.
それでも,大衆は,格差社会でいい思いをしている人間を批判するだろう.
その批判は甘んじて受け流そう.
話を追う気がないなら止めろよ。追う気があるのにそれなら傲岸。
こっちでもう一度以下のように確認すらされてる。
「関わってるのは事実」が反駁じゃないことをあれだけ丁寧に説明したのにまだ分からないのだから困る。
俺のレスで君の「事実認定」(日本学術会議が気象衛星に関わっている)を否定した部分はないだろ。
あれば引用して指摘すればいい。
「あなたの強固なんか知らん」なんて因果関係の話を属人的にしている時点で頭が痛い。
「おかげ」の話なんだから因果関係のあるなし強弱以外に考えることはない。
矢印の質を考えるのは価値判断が伴うから量的に考えて前レスで挙げた形式を出した。
挙げたものに不備や不満があるなら指摘するなり自分の判断基準を出すなりすればいい。
広告のコピーライティング(いわゆるキャッチコピー)がすごいと思えない。
私は新卒から現在に至るまで広告業界(大手代理店→事業会社)に身を置いているが、
広告業界特有の「賞」によってクライアントではない人々(主に代理店)がもてはやされていることに対する違和感がいつになっても払拭されない。
学生の頃、音楽制作や映像制作をやっていた私は、華やかなCMを作ってみたい!というミーハーな気持ちを抱き、運良く大手広告代理店に就職した。
研修後のOJTで莫大な予算の企画会議に参加した時のことを今でも覚えている。
その時はコピーの案出しだったが、ベテランといわれるコピーライターの方々がコピーひとつひとつに対しA4用紙一枚を使い、
衝撃的だった。
詳細なことはここでは述べないが、こんな仕事でクライアントからお金をもらって罪悪感を覚えないのだろうかという感覚だった。
たしかにクライアントの持つ課題や、当該商品の特徴など最低限のことは理解してるとはいえ、
クリエイティブと呼ばれている人々の「単純にやりたい」、「前例を作りたい」、「賞を狙いたい」等の動機が圧倒的に優先しており、
純粋だった私は、そのようなことをOJTの感想として述べたところ、ほぼ内定していた希望部署から外されてしまった。
その後、個人的に制作活動は続けながら、仕事としては制作とは直接的に関わらない部署で数年を過ごした。
その後事業会社(いわゆるクライアント側)に移り代理店に発注する側になった。
たしかに、代理店の持ってくるコピーは、きれいなフォントできれいな体裁に整えられたスライド上ではなんだかすごそうに見える。
でも、いつみてもほんとに誰でも書けるとしか思えないようなものばかりだ。(クリエイティブの皆様は死ぬほどキレるかも…)
学生の頃になんとなく通った宣伝会議のコピーライター養成講座でなんとなくテキトーに出したコピーで
その回の最も良い賞(なんかいいえんぴつだった気がする)をもらってしまったり、
新人の頃にみんなでテキトーに出したブレーンのC1グランプリに一発目で掲載されてしまったという体験もあるのかもしれない。
正直、コピーライティングといわれているスキルは他の技術職と比べるとスキルが不明確すぎるし、
「言葉」という普遍的なものの中で勝手に特権意識を感じているだけではないだろうか。
コピーライティングというのも自体は、社会的意義を持つものだと思う。
現に社会に強いメッセージを残しているコピーはいくつもあるし、私自身も好きなコピーはいくつもある。
しかし、広告業界では、コピー(言葉)が属人的になりすぎている。
どうせ賞をとっても業界内の評価しかもらえないのであるから(広告業界的にはそれが名誉とされているのだが)、
人のふんどしで取った手柄で「すごいでしょ?」的な発信することはやめるべきではないだろうか。
そうすれば、業界以外の人々はいちいち広告業界の人々(特に制作の人々)の「すごいでしょ?」アピールに反応しなくてもよくなるし、
キャッチコピー等の広告物もいちいち「作品」とか言われずに、ひとびとの生活の一部となれるかもしれない。
そこそこ有名なコピーライターとなった友人がtwitterで一般人が書いたキャッチコピーに対して
「広告業界のお作法も知らず書いたコピーだからダメ」と苦言を呈していて、いてもたってもいられずに書いてしまった。
ちなみに私は、一般人が書いたキャッチコピーと代理店の持ってくるコピーは大差なく感じることが多い。
たしかに一般人が書くコピーは大半がアレなことが多いが、一日訓練すれば最低限のお作法は身につくと思う。
たしかに思考訓練にはなると思うが、主観的な成長を感じたとしても、客観的な成長を当事者周辺しか感じられない点で意味ないと思う。
と思う。
もっと書かなければならないけどzoom会議の時間が来てしまいました。
乱文ごめんなさい。
批評や評論はともかく、研究の領域では「俺がジャッジだ」は本来あり得ないしあってはならないこと。
もちろん好きな分野を好きに分析し解釈して成果物を作るのは自由だけど、それは査読なり(学術的な)出版なり
ところが社会学はこのジャッジがほとんど無かったり、あってもその成果物の中身ではなく属人的なコネで
通ったりしてしまう。参照文献の中身を読まずにタイトルや序文を読んで思いついた話をその文献についての
分析だとして通してしまうくらいひどいチェック状況があり、そしてその結果、研究とはそれくらい適当に
自身の意見を書くだけでいい、まさに「俺がジャッジだ」でいいと思う人がたくさん生み出されている。
学者ならば他者のジャッジに耐えるために身についているべき先行研究分析力やデータ分析力、論理力が
しかし、これまでは大学で研究している学者として、それらの見識はあるものとして扱われてきた。それが、
ようやくどうも社会学ではそういった最低限の訓練がなされていないものが学者になっているということが
言動から知られるようになってきたわけだ。そうなると、まともな意見として扱ってはならない人リストの
ヒューリスティックに社会学者というものを入れたのに、いまだに学者面して権威を使おうとする様を
見せられることがまま起きて、嫌悪感が湧くという始末になっている。
日経の記事へのブクマ見て、みんなみかか好きすぎだから、少し書く。
今でもICTだー!って旗降ってるけど、みかかは独自製品作れないんだから、商社的やり方しかできないのに、サービスの話してるのもなんだかなぁ。中身のイメージなく、客はICTって触れこんどけばひっかかるだろうって思ってるなら客なめすぎ。
あと、ここのグループってバリバリできる人が3年くらい企画の立ち上げしたら転勤して(もしくは転職しちゃって)、後釜にわけのわかんないポンコツが座るんよね。
立ち上げるパワーはあっても属人的で続かないというか、会社がその人の功績とか、サービスのコツみたいなのわかってなさすぎるのよ。
中で働いている中堅以下はさすが大企業だなーと思うくらいの人がいるから、そこのとこはすごいんだけど、やり方が体系的じゃないというか…。たぶんその人たちは転職したらもっと給料もらえるけど、安全圏の立場に満足しちゃってるんだろうな。
みかかはそういう日陰にいるスーパーマンで耐えているフシがある。
ただ、偉くなる人は政治に長けた人かな。
それで、これからのみかかさんだけど、ここ数年、株価がイケイケで、企業価値って言葉が連呼されて上からの圧が苦しいみたいで、すぐに成果が出そうなプロジェクトとかに飛びつきがちな感じがあるのがちょっと気になるけど、100発打って1発当たればいいって戦略が取れるならいいんだろうけど、そこはやっぱり省庁と同じインパール気質あるからどうなるかなー。
在宅推奨であのガチガチのセキュリティポリシーが柔軟になるならちょっと嬉しい。
あなたが数十社採用試験を受け、落ち続けて、やっと1社だけ都内の中小企業の内定をとれた22歳の新卒男性だとする。
→ 内定じゃなくて採用試験まで受けて落ちているなら、まだ見込みはありそう。※あと都内の9割は中小企業だよ。
東京の私立大学に奨学金で進学したため、これから数百万円を返済していかなければならないものとする。
→ 数百万くらいなら別にバイトでも返せる。別に結婚したりしなければ幾らでも頑張って返すよ。借りたものだもの。
実家は地方(全然職がない)にあり、両親もコロナ不況の影響を受けていて経済的に頼るのは難しい。
→ そもそも独り立ちしてる時点で、コロナ不況じゃなくても両親に頼るつもりはない。
就職して最初に上司兼教育担当としてついた52歳女性に、異性として興味を持たれ、プライベートの食事に誘われたり、家に誘われたりしている。
→ 誘われるたびに「自分の彼女が嫉妬深いので」みたいに、上司を否定することなく、自分の理由有無でお断りする。
芸能人のように美人なわけでもなく年相応に老けている30歳年上の女性を、22歳の自分が異性として愛することはできないが、
→ 好意を持つことに美人かどうかは関係ないと思う。年齢も。単純に自分がその思いに応えられないことを伝えるだけだ。
はっきりと拒否をすると職場で冷遇されてしまうかもしれない。冷遇されると実務経験を積むことができない。
→ 冷遇される「かも」しれない。悲観的な妄想だけでは判断しない。
→ 冷遇されるというのは想像からの話だけれども、もし冷遇されるようであれば、それは好意を持たれたこととは別問題として扱う。
52歳女性上司は、その中小企業では大ベテランであり、辞めると仕事が回らない。
→ 大ベテランで仕事が回らない、そんな属人的な仕事のやり方をしている会社なら、転職を視野に入れると思う。
→ それだけ仕事ができるなら、ある程度の建設的な会話はできそうだけど、違うのかな。
→ 建設的な会話が出来ない上司なら、これまでの活躍は「たまたま」であったと容易に想像がつくので、今後のために辞めてもらうことも厭わない。
セクハラを告発して揉めたとして、会社はまだ戦力になっていない新人の自分を切り捨てるだろう。
→ セクハラで揉めようが揉めまいが、新卒はそもそも戦力に数えられていない。
→ 企業としての成長を望み新卒を採用したのであれば、ベテランだから辞めさせられない、という理由はなさそう。
→ 切り捨てる「だろう」という想像。
コロナ不況の中、唯一取れた内定先を退職してしまった場合、次の仕事は見つかるのか。
→ いきなり辞めた時の話になっているけど、これも妄想だよね。
→ バイトでもなんでもやって食つなぐけど。コロナ不況であれば次の就職先で空白期間としても説明はつく。
奨学金の返済は。首都圏の家賃の支払いは。実家に帰っても地元に職はない…。
→ バイトでもして返すしかないよね。そもそもこの話に奨学金は関係ないよね。
こういう状況に陥ったら、52歳女性上司からの好意は重荷でしかなくないですか。
→ 重荷「でしか」ない。そんなことはないよね?辞めるかどうするかの1要因であって、それほど重要視するファクターでもないようだけど。
→ 好意よりもまず、この属人的なやりかただったり、そもそも最近べったりOJTしてくれる企業なんてあるか?暇じゃないと思うぞ。
新卒ですぐに辞めると次の仕事が決まらない。転職できるようなまともな職務経歴を作りたいから、普通に仕事させてほしくないですか。
→ 新卒ですぐ辞めても、理由が明確であれば転職できるよ。それこそエージェントに相談したらいい話であってね。
→ わかりません。おさわりされてるとか、ハッキリした理由があれば、セクハラで訴えるし、食事に誘われるくらいなら適当にはぐらかすし。
→ 断った後に、仕事での接し方が変わるなら、それこそセクハラ・パワハラで訴えるし、もしそれで切られるなら会社都合なわけだから転職には影響ないよ。
ここまで説明しても権力勾配を理解できないなら、もう無理だなと思う。
→ ここまでってどこまで?詳細がまったくわからないし、話はどんどん別の方向(奨学金とか転職とか)に行ってるからわかんないよ。
武漢から発したcovid-19の感染拡大によって日常生活が変わった訳だが、個人的には主にテレワーク中心の生活となりメリットが多かった。ワクチン開発が進み、新しい展開がテレワーク以前に戻りたくない私にとってどのような影響を及ぼすかを考えるため、文字に起こしてみようと思い書いている。
(なお、だいぶ長くなったので、ワクチン開発の影響までいかず、まずは現状まで書いている。そちらもすぐ書く。)
なお、私は独身であるので、子持ちだと状況はかなり違うかもしれない。ただ、そういった状況も出回ってないから情報発信してもらえればと思う。
はてなは「保育園落ちた日本死ね」のように世論形成によって社会が変えることができる場所でもあるので、積極的に行ったほうがいいと私は思っている。
さて、テレワークは4月から始まった。制度はあっても名ばかりであったテレワークを強いられたわけだが、内心非常にうれしかった。実際にメリットを具体的に挙げると、
・仕事をする環境のストレスもかなり軽減できた 好きなだけお菓子を食べ、動きやすい服装で勤務できた し、
・オフィスに行くために朝早く起きる苦痛や生産性のない時間から解放された
・(これはいまだに上手く出来ていないが)旅行先で働いたり実家にしばらく戻るといった自由な場所で働けるようになった。
もちろんデメリットもあって、すでに知られているように同僚とのコミュニケーションは減って、属人的になっているノウハウが共有されなかったり、ひらめきやアイデアは少し生じにくい環境となったように感じる。といってもしばしば否定的な文脈で語られる喫煙所や飲み会の雑談で物事が決まるというのが実は結構大事だったという程度のインパクトでしかない。
この少しばかりのデメリットしかなく、一方でかなりのメリットが私にもたらされた。そのデメリットにしても比較的簡単な工夫によって解決可能であろう。
時は進み、もう何月だったからか覚えていないが、完全テレワークから週数回出社に戻り、それが常態化している。出社するときは「はんこ出社」のような職場でしかできない業務をしている。正直、出社時はほかの出社していない人にかかってくる電話も取られなくてはならず、また、人付き合いに気を払わなくてはならないし結果、生産性は落ちる。お菓子も食べ放題とはいかず、テレワークの快適さは大きく損なわれ、帰るとどっと疲れたと感じる。
名ばかりであったテレワークの本格運用によって強いられたテレワーク対応のシステムアップデートも一巡し、その中で取り残された課題が明確になったが解決への動きもなく、放置され続けている。この中途半端な対応によって、私の生産性とQoLの向上は数か月STOPしてしまった。
経営者はこの中途半端な状況を認知しつつも、個人的な状況なのか多数派なのか状況整理ができていないように思われるし、安倍政権の指針がコロナ前の環境に戻そうとするものになっているから、お上に逆行するかもしれない完全テレワークにも舵を切れず、現状に従えばいいといってお茶を濁しているように思えてならない。
一労働者としては、完全テレワーク化すればどれだけ幸せになるだろうかと思い、今を過ごしている。
なお、個人的には安倍政権が経済を最大化したいと考えたときにすべき施策が現在は十分ではないように思える。ひたすらに、ビフォーコロナの再現を志向するのは、同時に将来の経済成長の伸びしろの芽を摘み取っていて国益を損ねていると思う。以前にも増して電子機器やオフィスインフラの需要は出てきているし、今推進しているワーケーションのインフラ整備も喫緊だと感じている。この両者は背反せず、むしろ、新たな成長戦略の一つであってもいいと私は思う。——とはいえ、詳しく知らないが自民党の従来の票田目的のバラマキ先とは異なるかもしれず、なかなか難しいかもしれない——
足元で地方ではネットが繋がらない、繋がっても遅かったりしたり、そうした不安を払拭する情報は出回っていない。実際にワーケーションは実践したが、通話やウェブ会議ができる静かな環境は探すのに苦労する。
余談だが、職場のPCはネットが切れると再起動しなくてはならないシステムかつ再起動するとデータがすべて消える仕様なので、クラウド等に保存していないと時に突然ネットが切れるとそれまでの仕事は成仏(笑)してしまう。このため、ワーケーションが在宅勤務に比べ制限が多く満足度が下がってしまうものではなかなか気が進まずに普及を阻害することになっていないか、強く懸念している。
なお、ウィズコロナとなっている現状は上記の身の回りだけでも鉄道会社やオフィス賃貸の需要が減退しネガティブな影響を与えるだろう。また、ロビイストが政権に大きく食い込んでいるようにしか見えないGO TO TRAVELが強行されたのも、航空、宿泊、観光業が危機的な状況というのも想像に難くないし、票田確保に重要なのだろうなと思っている。
票田確保はやってくれてもいいのだが、私にもそのメリットを享受させてほしい。
国会議員や内閣の皆さんは、非常事態宣言の時のように各都道府県や各企業は協力を惜しまず従ってくれたことを思い返して、今後、納得感がある政策を与野党関係なく打ち出してもらいたいと思う。私のような人もたくさんいるだろうから、その支持が欲しかったら、ワーケーションが浸透できるように働き方改革の推進をバージョンアップしてより強力に進めてもらいたい。
具体的にはそういう目的の設備投資に補助金を出すべきというのが私の考えである。そんなこんなで完全テレワークが実現したら長期でワーケーションして、きっちりお金落として日本に貢献するお。
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データを改めて取りそろえたわけでなく、個人的な経験に頼ったところも多いので、意見としては一般化しきれないが、共感してくれる人も多いと思うので、誰かがより洗練させ強力な意見として希望が実現できれば幸いです。
私は、東日本大震災当時は大学3年生で、4月から始まる就活戦線に備え、履歴書づくりと、WEBテストに励んでいるところに、地震が来ました。
就活は大混乱。私は東北地方出身なので、同年代の被災した友人も数多くいました。
採用活動は6月開始となり延期され、採用数は激減でした、スポット就職氷河期時代でした。
本当の就職氷河期を経験された方、お察しいたします。(壮絶な苦労があったと、容易に推察できます)
原発事故と震災の混乱で、大学の授業は機能しておらず、休校が続きました。もちろん学費の返還はありません。
今年のように一人10万円給付なんてことも、全くありませんでした。
大学院に進学し就活戦線を先延ばす人、テキトウに入れる中小零細企業に入社し景気回復後の転職を試みる人など、いろいろな人がいました。
テキトウな中小企業に入った、もしくは大企業に入った方は、私含め、うつ病、体調不良のオンパレードでした。
友人の中で、新卒入社の会社にとどまってるのは、2割程度でしょうか。私は、とどまっています。というか、コロナで転職機会を逃したように思います(もっと早く動けばよかったと後悔)。
入社した地方にある企業は、パワハラ・セクハラあたりまえ、教育体制皆無のテキトウな中小企業でした。相手は(上司)は日本人ですが、日本語が通じないという特殊な在日日本人ばかりでした。おそらく治外法権なのでしょう。
会社という形はありましたが、組織はなく、属人的で、とりあえず、営業している露店という感じです。
入社しても教育はなく、仕事もなく(当初は暇でした)、ただ、部署によっては、過労死ラインの2倍のサービス残業はあたりまえ、という、いびつな体制です。
こんなことを思い出していると、今年の大学4年生の方もこれから相当大変だろう案じます。
私の友達でも、震災が遠因で、震災から数年立ってから命を落とした人がいます。
なんとか、生き延びて欲しいです。
とても辛いと思いますが、決して自己責任論者などに騙されてはいけないです、新手の新興宗教のように思えますので、学生の方々、十分お気をつけください。
担当者しか知らないことが多すぎて、休んでても電話が鳴り止まないブラック企業と同じものを感じる
仕事をすべて洗い出し、生産性と天秤にかけて要らない作業は排除、マニュアル作ってっていう業務改善が必要なのかも
まあ忙しいときに効率化やる余裕もないのはよく分かってるし、前任者が「カイゼン」で不満が出るのも知ってる
夫婦間だったら上司みたいに教えられるのも癪に触るだろうしなあ
かといって自分ルールで「常識的に考えれば分かるだろ!」みたいなのは会社のパワハラと変わらないよ
一緒に暮らし始めるときに、どっちかのルールに合わせるんじゃなくて、二人で新しいルールを決めて明文化しとかなきゃダメなのかも
それで、手出すのが怖くならない程度の頻度で配置替えが必要かな
第三者が家庭運営を評価、コンサルするシステムとかできないかな
うーん、でも評価悪かったときに家庭内の立場が弱いほうが被害受けそう
悩ましいなあ
「とにかく目の前の家事を終わらす」ってとこが共通の目的になっていればチームとしてやっていけそうだけど、
「《できるだけ自分が楽をして》家事を終わらす」だと敵対するしなあ
楽したいのは当たり前だしな
小学生のお手伝いみたいだけれども
まあ机上の空論なんですけどねーー
システム関係ってお勉強が必要な分ブラックボックス化というか仕事の囲い込みが非常に多いと思う。
>虫一匹湧かないようなガラス張りの無機質な管理運営体制で成り立っていたはずがないわけで、何が言いたいかというと市長しだいというのは全くその通りでしかしこんな掘っても掘っても不正が出てきそうな金にも評価にも繋がらないスパゲッティ不正塊り
この通りなんだけど、「よくわからないから、システム関係は〇〇さんいおまかせ」みたいな感じで「〇〇さんにしかわからない仕事」みたいのが長年肥大した結果こういう結末が起きる
2,3年で異動する管理職はここにメスを入れない。係長級あたりが「おかしいぞ、なんとかしないと・・・」と思っても「〇〇さん」は管理職に「システムはまあ、難しいですから。(嫌ですけどアピールを臭わせつつ)仕方ないからボクが泥かぶるんスよ。」と言って、係長には「パッケージに仕事を合わせるか、ボクが属人的に仕事するか、どっちかしかないですけど???」みたいなことを言う・・・そして一般係員の要望をなんでも聞いて「〇〇さんは頼れる」とアピる・・・
書き直す事を解説した本は聞いた事がないな。
ただ、増田も知ってるかもしれないけど、一般的にオライリーの本ははずれは少ないって言われてるから探してみればあるかもしれない。
(日本の出版社が出したオブジェクト指向の本を読んだ事はあるけど、今身になっているかと言うと…よくわからん。)
あとお節介かもしれないけど、書き直すならフレームワークを使った方がいいと思う。
勝手な想像で申し訳ないが、属人的なソースコードだから書き直したいと思ったのだと思う。
増田が知識を積んでスクラッチで作るのもいいけど、それもまた属人的ではあるから色々な人が作って洗礼されたフレームワークを使う方が良い。
いやスキルアップしたい人は少数派だ!
みたいな高尚な話は、高等遊民のふわっふわのお花畑にしか見えない。
「最新の技術をキャッチアップしないと!」みたいなのってさ、具体性がないよね。
「いやあ、若人なんだからフレッシュな感性で斬新な企画を!」ってオッサンと完全に一緒。
勉強の時間を当たれるとか機会を与えるとか、何が学びたいものがないの?とか、
多分全く自覚がないんだろうけど、「なあなあチミ、最近はブロックチェーンが流行っとるじゃないか我社もやらないとイカンのでは?」みたいのと全く同じなんだよね。
意識してないのかもしれないし(それはより致命的だけど)なんのビジョンも方向性も、今後の銭を稼ぐための算段もついてない丸投げだよね?
フォークリフトにパレット積み重ねた上に乗って電球交換したら死ぬ。
機械を止めずに、プレス機に潜り込んで誰かがスイッチを押したら死ぬ。
誰かがチェックしてるだろうからヨシ!みたいなのって、面白おかしいけど、即死コースの重大事故までまっしぐら。
そして、この「いや勘弁してくれこれやらないとお前が死ぬんだからちゃんとしてくれ」ってのは、紛れもない個人のスキルアップなんだよね。
そうして着実に「安全は何者にも優先する」という刷り込みが行われていく。
それは間違いなく現場で培われた属人的なその人に蓄積されるスキルなんだよね。まあそうしなきゃ事故るからなんだけど。
同じように、病院にも「各自のスキルを維持向上させるための組織的な体制を整える」が掲げられていることが多い。
しくじったら死ぬ、うっかり指し間違えるだけで大変なことになる、ちょっと薬を間違えることがないように、果てしなく工夫と勉強が続く。
それは、スキルアップ以外の何物でもないんだよね。ぼんやりしてたら怖くなるっていうよりも、今まさに怖くて学び続けている状態。
その間に本質的な差はない。
「技術的なものぐらい、就業時間外に勉強してキャッチアップしてよ」とか、お花畑の極北だけど、時間を確保したら学んでくれるってのもぶん丸投げの酷いマネジメントなんだよね。
時間を作れば良いんじゃないんだよ。
明確に、お前はこれを身に着けて次のプロジェクトに行かないと会社が潰れるという方向性を示して説得して、スキルを強制的に身に着けてもらうのが管理職の仕事なんだよ。
そしてもしも「いやそう言っても最新の技術を知っておいてもらいたいし」っていうのは、「なんとなくこれからはマンダリンだから北京語学んどいてくれよ」となんらかわらない。
ぼんやりしすぎ。明確な方向性も示さないスキルアップにはモチベーションも意味もまったくない。だってやって給料上がるわけでもなんでもないじゃん。
Docker?DevOps?ゼロトレランスでのセキュリティ構築設計?
それはなんのために誰がいつ使う予定なの?
本当にマジで、将来のスティーブ・ジョブズになるためにはカリグラフィーを学ぶべきって言ってんのと変わんないっての早く気がついた方が良いと思う。
人は必要に迫られないと学ばないのが当然なので、当たり前に必要な内容を「学んでもらうための体制を整えないと現場が回らない」のを何とかするのがマネジメントなんだよ。
時間作るからなんか学んどいてくれみたいなマネジメントの放棄を、なんか部下を考える上司っぽくね?とか考えるのマジで辞めた方が良いよ。
A. 俺はうちの会社をGithubActionにオールインして完全に賭ける方に上位層を説得するから、それに向けて事前準備をしておいてくれ!
B. 最近、Github ActionとかCICD周りはやってるじゃん。勉強する時間を確保するから勉強しておいてよ。
どっちのほうが、労使関係において使用者が労働者に指示するにあたって適切なのか、そんなの火を見るよりも明らかだろ。
ほんまちゃんとしてくれや。技術を学べるような時間を確保したからヨシ!じゃねえよ。
人の興味に土足で踏み込むなら、責任持ってケツモチするからその技術に賭けてくれっていって学習の指示出せよ。それがマネジメントだよ。
(だから逆に「俺はこの技術に賭けるから学んで良い立ち位置に行くぞ!」って人間も出てくんだよ。それはマネジメントの敗北だって認識した方が良いよ。管理職って労働者を使役する使用者だよ?)
内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』(中公新書、2019年2月)読了。
面白い。三条が理解できたことで、この時期の政権の本質についても理解が深まった。三条を「有徳の為政者」と位置づけ、最後にそれを「知の政治家」(瀧井一博の伊藤評)とつなげるのは見事だなあ。
「封建制社会/儒教道徳/徳治/属人的」→「近代社会/議会制原理/法治/属制的」。高貴な出自なのに革新志向、清廉無私の人柄、この二つの特徴を持った三条実美という人物が当該期の政権運営には必要だったということだ。
興味深いのは、手腕でなく徳で政府を治める太政官制(あるいはそのような政治文化)とその後に樹立された明治憲法体制を比較すれば、前者がより属人的、後者がより属制的といえるが、さらにその後の昭和戦前期と比較すれば初期の明治憲法体制も属人的要素に頼る所が大きかったことだ。伊藤らの意図は立憲制度の確立、つまり天皇や閣僚が入れ替わっても立憲政治の根幹が失われないよう制度化することにある。言い換えれば属人から属制への転換を図ることだ。(ちなみに、神棚に祀ることで天皇に政治勢力を接近させずまた天皇の権力を事実上制限したのが、まさに伊藤(井上伊東)の深謀遠慮というものだ。この賢察を思うにつけ、天皇機関説排撃とかバカジャネーノとしか言えん。天皇を機関にするのが憲法だろ!)。
しかしそれでも、憲法に明記されない微妙な問題、あるいは高度な政治的判断が求められる局面になると、個人のパーソナリティーや個人間の特別な関係がものを言うことが多い。要するに、当面の政敵でも共に維新回天の荒波を潜り抜けてきたという同志的な感覚とそれに基づく信頼・敬意・連帯感があり、最後の最後ではその琴線に訴えかけることで複雑な問題の調整が図られているように思える。制度に足りない部分を人情が補っている、草創期ならではの危うい立憲制。
そして明治の元勲が皆世を去ってしまうと、憲法は輝かしいけれど文字になり、制度は要塞になり、縦割り・現場無視・党利党略・悪い意味での官僚的態度等々が前面に出てしまい、それが政権運営の不安定さや政党政治の機能不全につながった……のではないか。日中戦争前後の政府・官僚・軍・政党を見ていて感じるのは、よく「彼は調整型の人物で…」というが、政治的調整とは調整役が何とかしてくれるということではなく、また調整役とは八方美人の意味であるはずがない。
三条は近代立憲政治にふさわしいリーダーではないが、ある時期には彼のような調整役が必要で、それは彼が出自や人徳という計画的に習得できるようなものではない要素を備えていたからで、そういう意味で代えのきかない存在だった(武器として装備しました、ではなく、元々そういう人だ(あるいはそのように見える)という点こそが重要)。その後の政府や現代の組織に於いて三条的人物が三条のような高い地位を占めるべきかと言われれば疑問だが、組織運営(特に責任者の周囲)に於いて三条的な役割が不要と成る事は決してない。三条に合理的積極的な存在意義を見出すという著者の意図は十分成功しているし、その存在意義はそのようなことをも示唆しているのではないか。
ことに未だに何か陰謀じみた解釈をつけたがる連中がいるんだな。
いい加減にしとけよ。そんなもん「日本人は英語が読めないか、読めたとしても苦手だから」以外の理由あるのかよ。そういう態度、流石に白々しいとみんな思ってるよ。
個々人の行動ではなく大衆の流れを語るときに、前提とする教養レベルを無駄に高く設定する人、典型的な上流階級仕草って感じでいいですね。その鼻に付く感じ、わざとやってるのかな。「英語読めない日本人なんて存在するわけないじゃん。だって義務教育で3年も学ぶんだよ?」ってか
そういう属人的な発想は、危ないのではないでしょうか。私が感じたのは、当初のアメリカ人のツイートでは大して話題にならなかったのに、太田弁護士が出てきたら「それ! フェミが攻めてきた! 叩け!」と、「祭り」になったことで、ゾーニングとかより「敵」を叩きたいだけではということです。 https://t.co/a7v7cH4TN7— 墨東公安委員会 (@bokukoui) November 9, 2019
まあぶっちゃけわざとやってるんだろうな。英語が読めない人、教養のない人ほどそれを認めたがらないし。しかし同時に「鼻に付く」からな。直接的に事実を指摘できないハンデを背負った状態でも無謀に噛み付いてくるもんな。愚者を煽って論破する遊びはさぞ楽しいだろう。