はてなキーワード: つのとは
おはようー
おはますー
兼六園の苔をお守りする
苔の守り神になって
みんなに平和をとどけたい
ぎらぎら照り付ける太陽の下
苔を夢中でお手入れして
いつのまにか日が暮れて
おふろに入って疲れを癒し
おいしいものをたくさんたべ
おふとんですやすや眠りたいですわ
https://anond.hatelabo.jp/20240904005812
https://anond.hatelabo.jp/20240904185451
上記の2記事を書いてくれたお姉様方、マジ感謝!俺の選んだ商品も教えるから感想くれよな!!
37歳という人生の大転換期に突入した俺が、長年の相棒だった牛乳石鹸を卒業する決断をした瞬間!ネットで衝撃の情報をキャッチ!俺がずっと気にしてた角栓ケアに着目した成分が入った洗顔料が出たらしいぜ。これは試すしかねえだろ!
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これが花王から出た洗顔ジェルってやつか!?泡立てなくていいのかよ!って困惑する俺。洗顔は泡じゃなくてもいいのか!?泡洗顔派VSジェル洗顔派の歴史的対決が始まる予感!洗顔の常識が覆される瞬間なのか!?結果は「インフルエンサー」の皆様の感想を待つしかないぜ!
次は、今まで日焼け後のダメージ回復にしか使ってなかったハトムギ化粧水を卒業して、オールインワンの保湿に挑戦だ。これも花王から角栓ケアに着目したオールインワンが出てるらしいぜ。即購入!
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(参考)長年の宿敵、角栓の正体がついに明らかに!敵を知り己を知れば百戦危うからずだぜ。角栓なんて気にしたこともない奴らも、この情報で興味湧くかも?
辛い気持ちになるのわかってたから、好きになりすぎないようにしていたのに、いつの間にかまたドツボにはまってしまっている。
自分の気持ちが重くなりすぎて、キモいムーブをかましてしまうと上手くいかないのはこれまでの経験からわかっていたからしたくなかったのに。
高校生かよ。眠れないって、こんなことマジであるんだな。明日も朝から仕事あるのに。
マジでどうしようもない。
一発玉砕して消えてやろうかというヤケクソな気持ちと一縷の望みを手放したくないという葛藤で揺れている。吐きそうなくらいに。
相手が自分になんの興味もないという事実を受け入れる度に感情が剥がれていく。
自己防衛なんだろう。
こんなことなら駆け引きめいたことせずに、びびってごまかしたりせずに、最初からもっと素直に気持ちを伝えておくんだったな。ダセえ。死にたい。
時間戻ってくれ。
気になって調べてたんだけど、スイパラの男性割引っていつの話なん? 少なくとも今の話じゃないよね?
牛角の女割が炎上したのは昨今エスカレートし続けてたツイフェミの蛮行に対するカウンターって側面があるのは分かってると思うけど、だとしたら昔の制度の話するって意味不明だよね。
・段位があるので「偉くなった」気がしてしまう
それ以外のスポーツでも上に近い部分はある。
野球だろうがサッカーだろうがスポーツをして筋肉をつけると他人が怯えて勝手に忖度してくれるようになる。
それに慣れてくるといつの間にか「自分は忖度されるのが当たり前」となり頭がおかしくなっていく。
そもそも論としてスポーツをやるとアドレナリンが過剰に出て脳みそがおかしくなる。
戦闘状態のメンタルに晒されることで戦争帰りのような凶暴さが身についてしまう。
また、アドレナリンの影響で自分の勝ち負けへの拘りが強くなり協調性が失われ、敵味方の感覚で世界を見るようになる。
とりわけ対人型のe-スポーツは
・界隈では強さによって発言力が決まる
・ランクの高さで他人や発言を評価するようになり判断力が失われる
といった問題を抱えており、この問題は「◯◯道」が抱えている問題と似通っている。
「◯◯道」と対人ゲームはほぼ相似形と言えるし、現代の「◯◯道」こそが対人ゲームとも言える。
たとえば
「◯段ない程度の奴が偉そうなことを言うな」⇔「ランクが◯未満の奴に発言権はない」
「これ以上は埒が明かないから試合でケリをつけよう」⇔「レスバになったらルームマッチ」
といった形で同じ文化圏にいるとしか言えないレベルで似通った発言が両者の界隈には存在している。
わたしはADHDで、障害者雇用で正規職員としてなんとか勤務している。ちなみに仕事は全然できない。給料もかなり低い。それでもなんとか生きていられるのは、わたしの親が日本有数の大企業勤めで給料が高く、持ち家が東京にあり、わたし自身もMARCHのどこかの大学を卒業していて、食うに困らない資格を持っており、優秀な友達がそれなりにいて、貯金と資産が同世代よりも多くできていて、帰国子女というアドバンテージを持っているからだ。それでも、精神障害者というたった一つのディスアドバンテージは私を毎日どん底に陥れる。正直、これほどのアドバンテージを持っていても毎日死にたいと思ってしまうのだから、やはり精神障害者はよほど裕福な境遇にないと幸せにはなれないと思う。
今日は珍しく、「大手コールセンターのオペレーターように馬鹿みたいな奴」がいた。
そこで逆に、いつもの店員さんたちがまともな事に気づいたというか
大手コールセンターは「ホワイトカラー」の「デスクワーク」にも関わらず
立ちっぱなし・歩きっぱなしの外食店のウェイターさん・ウェイトレスさんと比べても
という姿勢だったけれど、
プログラム通りに動く奴隷みたいな連中ばかりでうんざりしている。
多岐に渡っていて、ほぼ全てという感じ。
男がやっぱりひどい事が多い。
気が利かないというかガサツというか上下関係重視というか。
聞き取れなかったようだけれど
「「タラコとエビ」ではじまるメニューは「のドリア」なんだけど。
いつもは本当によくやってくれてます、大半は。
むしろ逆なんだけど。
普通の店員さんたちはよくやってくれてたなぁ・・・という感想でした。
そう言えば変わったなあ・・・と気づく方などがいらっしゃれば
こういう報告も役に立つかなと。
親会社(コロワイド)の創業者(蔵人金男元会長・筆頭株主)から「挨拶ができない」と執拗に社内報や株主総会で叩かれていた子会社(レインズ)のメイン業態が牛角だからね。
そろそろ本格的に忠誠を誓えるかトップダウンでアイディアを出したら自分らが思ってもいない反応が返ってきたと。
多分チー牛についてのゼンショーみたいに全無視してほとぼりが冷めるまでじゃないかと。創業者の詐欺の話もいつの間にか消えてなくなったし大戸屋のケースだってだって誰も話をしない。
にけつッ!!最新回でジュニアが「飛行機で隣の席に座った60がらみのジジィがイカれた奴だった(意訳)」という話をしていた
先ず、CAさんがそのジジィに「お飲み物は」などと訊いたが無視
繰り返して訊くと「水!!」と横柄に一言答えた
そして、水を持って来たCAさんが続けて「お食事お出しいたしましょうか」と尋ねると、そのジジィはあろうことかコップを持ってCAさんに水を浴びせたという
若年性かな?前頭葉が壊れたかな?砲弾でも浴びた?元々の性格?人格障害?
今直ぐ受診を勧めるわ。というか受診しろ。認知ならメマリー飲め。受診しないなら家族が飲み物に抑肝散混入して飲ませろ。社会の迷惑だ(たぶん家でも大迷惑だろうしな)
つーか、若年性なら効果に対する評価が別れている例の新薬とか使ってみればいいじゃない。検査費3割でもバカ高だけど
そういうイカレポンチへの対応を迫られることを笑いに替えてる場合じゃあないんだよ。笑えるかっつの
「徘徊老人が線路に侵入して電車止めたら賠償求められる(本人の罪状というよりも家族の監督責任とかだろうけど)」のに、「認知症の老人の暴力等(しかも赤の他人への)」がokなのは何故なんだぜ
頭いかれた人間に対する犯罪判定のゆらぎよくない。統一しなさい。そんで介護医療付き刑務所作りなさい(たぶん薬漬けになって獄中死しまくる)
反社と変わりないんだからきちんと対応すべき。もし(介護施設含む)娑婆で生かし続けるなら医療に繋げるだけでなく、きっちり管理。家族や施設職員に頼らずに医療的に管理しなさい
「怒っている理由を傾聴」とかヌルいこと言ってんじゃあねえよ。話通じねんだから。そういうこと言うやつが傾聴しろ。学者や役人なんて言うだけ番長じゃねえか
議論がとっ散らかってるけど、この四つを許容するのならアリだし、どれか一つでも許容できないのならナシ。もちろんそれぞれ独立してるわけじゃなく相互に絡み合ってるけどね。
民間企業の行うものは差別ではないとするもの。レディースデーや保険料など。
当然、採用や給与で差異を設けることを含みうる。(辞める可能性が高いから採用しない、という判断を認めるか)
スポーツの男女分けや医大の男性優遇合格枠(事前に公表すること前提だが)はここ。
加えてその一に絡むけど企業の採用や給与、保険料はここにも該当する。
差別されている側(女性)が利益を得るものだからアリとするもの。アファーマティブアクションなど。学割も学生の所得が低いことを理由とするならここか。
実はスポーツの男女分けも元々はここに入る。
同等の権利の主体(正確には意志能力)とみなされていないので差異を設けて良いとするもの。子供割引など。
例示を見てもらえばわかるが明らかに程度問題なことがわかる。(自民党が「差別」を「不当な差別」と書き換えたときは批判一色だったが妥当な書き換えだったと思う)
そして、スポーツを除いて、性別による差異を設けることってのは世論として認められにくくなってる感覚がある。
女性枠(アファーマティブアクション)も時代遅れになりつつあるしね、時代遅れになってから採用するのがいかにも日本的。
合法だろうが差別はダメだし、そうやって社会運動は進んできたはずだ。
アホなブコメがあったので
保険料、特に自動車保険に代表される損保は一応統計的裏付けがあることになってるのを知らないって言うのはさすがに増田が適当に書いているだけって言う証左(´・_・`)恥ずかしい
誰が損する得するの前に本人の意思とは関係ない生まれ持った属性(性別、身体的特徴、人種など)をもとに区別するのはよくない。特に性別はLGBTなどもありバイナリーではという考え方が広まっているのだからなおさらよくない。そのうえ牛角は女性は統計的に少食だからといった統計的差別を肯定するかのコメントを出してきたので炎上した。
キッズ、シニアを例に出してくる人がいるがこれはいつサービスを受けるかの時期の問題であり、誰でもサービスを受ける/受けれたものなので差別には当たらない。また、労働できない弱者でもあるので社会福祉として優遇していると考えるならばおかしな話ではない。ただ、「子供の趣味である漫画アニメゲームは大人になったらやめるべし」のような年齢で趣味はこうあるべきみたいな考え方が減ったように、もしかしたらいずれ年齢で分ける考え方が違うよねってなる可能性があるのは留意したい。
マーケティングの関係で特定の属性について割引が行われることは効果的な手段であり、実際に性差で消費行動は異なることからも、本当に差別にあたるかどうかは難しい問題であると思う。ただ、近年のジェンダー意識から考えればそういった典型的な枠組に当てはめたものに対して批判の声が上がるのもそこまでおかしい話ではない。しかし、そういった声に対してだからモテないだの、ミソジニーだの批判するのはさすがにおかしくないか?男は黙って受け入れろとかいつの時代の価値観だよ。行かなければいいだけっていうやつはいつかその言葉返ってくるけど本当にそれでいいのか?
ヤンキーVIP車のハの字のタイヤ(鬼キャン)のエントリがバズっていたので尻馬に乗って軽く書いてみる。
多くの人は車のタイヤは全部直立してると思ってるだろうが違うのだ。
そもそもなんでキャンバーが必要かという事が判らないと、ハの字にするのがカッコ良いとう文脈が出来たって事が判らない。ヤンキー文化というのは大抵、カッコいいの特徴を極端にし過ぎて独自文脈に至っているというのが多い。
『「タイヤがハの字」のクルマ、たまに見かけるけど何のため?→専門家の解説が的確すぎた!』
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/diamond.jp/articles/-/349720
まず、多くの人が抱いている直立タイヤを模式化する為にペンと小皿を用意して欲しい。ペンを直立に立てて小皿をペンにくっ付けて立たせる。ここの小皿がタイヤでペンがハンドルを切った時にタイヤが向きを変える軸だ。
ペンを動かさずに小皿を動かしてみると、小皿はその場で向きを変えるんじゃなくてペンの周りをグルっと回るような動きをする事が判る。
これが自動車だとこの小皿=タイヤには車重が掛かっているのだ。数百キロの重さが掛かっているタイヤ2本をこうやって位置を動かす、しかも腕の力で、というのははっきり言ってチャックノリス以外は無理である。だからこの構造だと停止状態でハンドルを切るという事が出来ない。更にブレーキを踏んでいたらタイヤの動きがロックされるので物理的に無理となる。
初期の自動車もこの問題に直面した。その為、18世紀フランスで造られた蒸気自動車google:image:Cugnot Fardierも19世紀のベンツ初の車、モトルヴァーゲンgoogle:image:Benz Patent-Motorwagenも前1輪の三輪車だった。
でも3輪だと安定性と積載性に難がある。そこで4輪、つまり前の舵輪が2輪で運転に難が出ない仕組みが試行錯誤され、こういう風になった。
1.タイヤの向きを変える為の軸(キングピンという)をハの字に傾斜させる
こうすると、キングピンの旋回軸を延長して地面にぶつかるところとタイヤが設置する場所を一致させることが出来る。つまり、ハンドルを回してもタイヤは接地面を移動させずに向きを変えるだけなので、停止状態でもハンドルが切れるのだ。
剥き身になってる車では見やすいのでこれを見て欲しい。https://youtu.be/13WS1UpG38I?si=46LZ8ChZ6ftGXrZ9&t=180
3:00の辺りから前輪の内側が見えるが、スポークホイールの内側にブレーキドラムがあってその内側にキングピンが見えるが、キングピンは傾いている。またタイヤも逆ハの字に少し傾いていて、キングピンの軸の延長をタイヤの接地面が一致しているのが判るだろうか?
しかしこれだと問題も発生する。例えば右に傾いた円盤を転がすとどうなるだろうか?右にどんどん曲がっていくよね。だから逆ハの字に傾いたタイヤは走り出すとずっと右のタイヤは右に曲がろうとし、左のタイヤは左にっ…て状態になってて、無理にねじ伏せて走る事になる。タイヤのゴムはずっと「消しゴム掛けてる」状態になってるから直ぐに減ってしまうし燃費だって悪くなる。
そこでこうする。
右のタイヤは右に行こうとするので左向きにする。すると右に行くのと左に行くのが釣り合って直進するのである。
左タイヤはその逆に。
なんだが無茶苦茶で無理させてるように見えるが、実際にはちゃんと安定する。そしてこのタイヤの整列状態が戦前から1970年頃までの標準となった。
この為に逆のハの字が標準状態なので逆ハの字がポジティブキャンバーと言われる。上から見て前側を狭めるのはトゥインという。トゥはつま先で、つま先をすぼめた内股で立ってるイメージだ。ポジキャン+トゥインが70年頃までの標準ね。
だが逆ハの字の車というのは今は見ないだろう。それは駆逐されてしまったからなのだ。
まずレースなどのスポーツ走行。カーブでは外側のタイヤが踏ん張るのだが、車体が遠心力で外側に傾く(ロール)。するとタイヤも一緒に傾くので、逆ハの字が強くなってしまう。この状態だと踏ん張りがきかないというのは判ると思う。
だったらレースカーは駐車場の据切りとか考えなくていいのだから、最初からハの字(ネガディブキャンバー)にしておけばロールした時に直立状態になるからカーブを速く走れる。
という事でレースカー=ハの字となり、つまりはネガキャンは速さの象徴となったのであった。
特に1970年代まで多く使われていたタイヤは今のものと構造が違う。今使われているタイヤはラジアルタイヤといって、空気を入れる前も入れた後もタイヤの形が同じになるように構造がしっかりしている。更に接地面は平らになる様に鉄のワイヤを編んだベルトが入っていて、空気圧の多寡で形が変わらないようになっている。
だが70年代までのタイヤはバイアスタイヤといって、形が変化するように柔軟な構造になっていた。自転車のタイヤと同じである。空気を入れるとトレッド面(地面に当たる外周部分)も丸っこく変形する。だが接地面は車の重みで凹むので、これが接地面積になるという構造だった。
こういうヤワな構造のタイヤではタイヤが突っかい棒の方向に向いていれば踏ん張れるが、逆向きだとヨレてしまって全然踏ん張れない。
更にポジキャンが車界から駆逐されてしまったもう一つの理由がFF化だ。
FFは前輪を駆動する方式の事だが、初期のFF車には重大な欠陥があるものも多かった。
歩くほどの一定速度でアクセルを踏まずにハンドルを切ってぐるぐる回ると、前輪の向きと前輪が通るルートは一致している。だが速度を上げていくとタイヤはゴムなので外側にジリジリと滑りながら曲がるようになる。
ここでタイヤが大幅にスリップせずに路面とハンドルに追従するのは接地面のグリップ力によっている。このグリップ力を超えると滑りが大きくなってスピンや外側の壁にぶつかってしまうわけだ。
前輪駆動では駆動力が前輪にかかるが、グリップ力はカーブで踏ん張る力と駆動力で折半しているのだ。
これがどういう事かというと、首都高の急カーブでハンドルを切っているのにちゃんと曲がらず、外側に膨らんでしまうという時、グリップ力の限界付近になっている。
ここで慌ててアクセルを戻すと、駆動力分に割り振られていたグリップ力が全部カーブ踏ん張り力にやってくる。するとハンドルが効きすぎて急旋回し内側の壁に突っ込んでしまう。曲がらないからとハンドルの切り増ししていたら最悪だ。
だから首都高カーブでの事故というのは、外側の壁にぶつかるよりも内側にぶつかる方が圧倒的に多い。
逆ハの字のポジキャンではこの挙動が起きやすくなってしまう。因みに初期FF車でこの特性が強く出て問題視された車にはgoogle:image:ホンダ1300セダンなどがある。ホンダ1300は後から2ドアクーペが出るのだが、クーペの方が穏やかでセダンの方がじゃじゃ馬という不思議な車だ。
また車の駆動力は内側から伸びるドライブシャフトで伝達されるわけだが、この時、力を受ける軸の方に曲がろうとする特性がある。つまり両輪とも上から見て内側に向こうとしてる訳で、これはトゥインと同じ状態だ。これをこのままにしていると加速の度にタイヤが減ってしまうしハンドルも安定しない。
だったらFFではトゥアウトにしておけばいい。トゥインと逆にガニ股につま先を開いた状態だ。
トゥアウトにしたら加速していない時に備えて、キャンバーをハの字にして辻褄を合せなきゃならない。
という事で、FF車や4WDが殆どとなった現在、逆ハの字のポジティブキャンバーは見なくなってしまった。一番最後のポジキャン車は恐らく1990年終売のシトロエン2CVかと思われる。google:image::Citroen 2CV
市販車でネガキャンが可能になったもう一つの理由はホイール形状の変化だ。
昔はスポークホイールだったが、今は鉄のプレスホイールやアルミ鋳造のホイールが多い。ホイールのディスク面を外側にずらす事(オフセット)で内側に空間が生まれる。更にタイヤもホイールも太いものが主流になっている。
するとステアリングの旋回軸の先をホイール内に入れてしまう事が可能だ。するとこの旋回軸の延長にタイヤ接地面を持ってきて更に緩いハの字にする事が出来るようになった。
ところで、この10年ほどで省略される事が多くなったが、その前は黄色く細いスペアタイヤ(テンパータイヤ)を積んでいるのが一般的だった。
そもそも細いので接地面の位置が合わなくてチグハグな状態になる。その上で、上記のバイアスタイヤが抱える問題を抱えていて、FFのフロントに付けた場合は上記の危険な特性を呼び出してしまう可能性があるのだ。
なので、FFでフロントがパンクしたからとそのまま黄色いスペアを前に付けると危ないのだ。更にそれで高速に乗っちゃったりというのはもう自殺行為でしかない。だから黄色いスぺアには「FF車の前輪には絶対につけるな」と書いてある。
まず、道路を走行する車の規制法は二つあって、役所も二つある事を踏まえよう。
規制法は、車両法と道交法、規制役所は警察と国交省(運輸局)だ。
で、警察は道交法と車両法を扱い、国交省運輸局は車両法だけを扱う。
車両法の政令は「道路運送車両の保安基準」、略称保安基準と言って、具体的にどの部品はどういう風でなきゃいけないかという事が書かれている。改造する場合や荷台などを付ける場合はこれを参考して判断する。
保安基準ではタイヤは車体からはみ出して露出してはいけない。これは元は水はねを予防するための基準だった。
だがこれは違う意味で大事な規制になっている。それは歩行者との接触時にタイヤ周りの回転物を接触させない為だ。ボディに接触したのとタイヤやホイールのナットなどに接触したのでは受傷程度が全然違うのだ。タイヤへの接触では巻き込んで踏んでしまう可能性が高くなるし、ホイルナットなどに接触すると抉るような力が人体に掛かって重篤な傷害を負わせてしまう。
ネガキャン強めくらいだと上の方はタイヤハウスに収まっているし、張り出した下側もボディ外寸内に収まる。故に警察に検挙されるという事もない。
しかし鬼キャンともなると、明らかに下側が出過ぎているし、ボディ外寸を超える。だから警察に検挙されうる。
では車検は?というとこれは多分ネガキャン強めでも鬼キャンでも通らないはずだ。
というのも、車検では「サイドスリップテスト」というのがある。上記で説明した、タイヤに無理な力が掛かっていないか、トゥインとキャンバーの組み合わせが釣り合っているかのテストだ。
具体的には横にスライドする鉄板の上をゆっくり通過する。釣り合っていなければ鉄板が横に動くので「サイドスリップ ×」と電光掲示板に表示されて車検落ちだ。
キャンバーいじってあるとここで落ちてしまうので車検は通らないという事になる。
このサイドスリップは改造車じゃなくても駐車場で縁石にぶつけた、サスペンションのゴムブッシュが経年でヘタっている、とかでもタイヤの整列が狂って落ちてしまう事が多い。
だが警察はこのサイドスリップテスターを持っていないのだ。そこまで厳密な検査で車両法違反を摘発するという運用になっていない。だからサイドスリップでは車検には通らないが、警察には検挙されないという状態である。
というわけで、ハの字のネガキャンはレースなどの速さの象徴が過剰化し実用の範囲を飛び出して、速く走れなくなったというヤンキー文化にありがちな代物である。
だが昔は逆ハの字のポジキャンが車の当たり前であって、その中でハの字のネガキャンにするというのはレーサー標榜の不良であった。
しかしエンジンの高出力化、車重の増加により太いタイヤが主流となってネガキャンの方が都合が良くなった上に、FFの主流化によってトウアウトにする必要からネガキャン必須となった。
故に今は嘗ての不良の象徴だったネガキャンしか世に無くなった。そうなると不良性を売り物やファッションのアイデンティティとする者にとっては、実用性ブッパする程の鬼キャンにするしかアピールする方法が無くなったとも言えるのである。
だから「なんであんな異常なキャンバー角付けるの?」と問われたら「”世間側”の全てが不良側に寄って行ったからその先に逃げるしかなかった」というのが一つの答えになるのだ。
タイトルのままだ。
推しのVTuberが卒業し、今は中の人の反転アンチになっている。
配信にいつもコメントをし、スパチャをし、終了後はコメント欄にタイムスタンプを付け、切り抜きを作り、グッズを買い、オタク仲間と創作活動もし、イベントも見に行っていた。
「やりたいことがあるから辞める」と聞いた時には、何も手につかなくなった。
最後の方は毎日泣いて、寝られないまま仕事に行ってミスを連発していた。
世界に色と味がなくなった感じがした。
やがて、中の人が、中の人としての活動を再開することになった。
複雑な気持ちはあったけれど、応援していた。だって、辞めるのは推しの一大決心だったのだ。
かつてのように、配信を見たり、コメントをしたり、切り抜きを作ったり、イベントに行ったり。
それでも活動を追っていくうちに、嫌悪感がどんどん湧いてくるようになった。
え?こんなことをやるために辞めたの?
めちゃくちゃ迷走してない?
ガワ被ってた頃はそれがウケたかもしれないけど、今のあなたがやってもウケないよ?
書いていて、何様なんだと自分でも思う。
確かにVだった頃ほど数字は伸びていないけれど、それでも本人が選んだことだし、その人の人生だ。
他人がとやかく言うようなことではない。
それでも、恨むような気持ちがずっと消えない。消えないどころか、日に日にどんどん大きくなっているのが怖い。
極端に厳しい目を向けて、ダメなところばかりをあげつらい、批判的なコメントを探しては同じ気持ちだとブックマークする。
「推しを自分勝手な都合で私たちから奪った人」になっているのだ。
この認識は、完全に間違っている。
自分の人生の貴重な時間を削って、実績も大っぴらに言えないような環境で、卒業後の活動場所も私たちのような厄介オタクのせいで限られる中で、それでも推しとして生きてくれた人なのに。
それでも、
配信予告の通知が来たときの高揚、配信開始までにと急いでご飯とお風呂を済ませて、待機所にコメントするときのあのドキドキ。
新衣装をオタク仲間と見て、「ここの飾りどうなってんだ……?」と描き合う楽しさ。
炎上で揉めているオタクたちを見て精神が削られることももちろんあった。というかしんどいことの方が多かったかもしれない。
それでも全部がかけがえがなくて、それらを失った人生に耐えられなくて、縋るように中の人の配信を見て、勝手に裏切られた気になり、攻撃しそうになる。
アンチとしてコメントをしたりはしていない。その一線を超えたら、推しのファンとして終わると思っているから。
それでも、アンチのコメントの気持ちが痛いほどよく分かってしまう。
何か別のものにハマらないとと思うのに、面影を探すのを辞められない。
苦しい。
2020 年、1 本のドキュメンタリーが世界を震撼させた。そこは巨大な撮影スタジオに作られた 3 つの子供部屋。
幼い顔立ちの 3 名の女優が、“12 歳・女子”という設定の下、部屋に設置された PC を使い SNS で“友達募集”をしたところ、
なんと 10 日間で 2,458 名もの成人男性がコンタクトをとり、卑劣な誘いを仕掛けてきたのだ。
元増田みたいな、もっともらしいこと言って利口ぶるためにいろんなとこにアンテナ張ってるふりして雑多な内容を一つのテーマにまとめ上げようとするけど、持ち前の言語的整理力のなさで連合弛緩起こしちゃう人っているよね
「女」の括りにしたからよくなかった。
ここはもう
「身長165センチ未満 かつ BMI22未満の方、または 身長165センチ以上 かつ BMI18未満の方限定で割引」
でどうよ。
痩せの大食いだけ得すればいいさ。
ある方が「遺書だったもの」というブログ・エントリーを公開してはてなブックマークで注目を集めています。
https://kirimin.hatenablog.com/entry/2024/09/04/001242
一読しただけで大変な状況の中ご本人が精一杯頑張ってきたことが伝わってきました。
普通の人は不登校になったあとに就職したり(それもB社側からの打診で正社員に!)、アメリカ出張、趣味でイラストや競技プログラミング、といった活動は出来ません。
なにより踏みとどまるという意思を持たれていることが一番素晴らしいと思います。
ブログの内容について、アドバイス、というより考えてみるきっかけを提供できればと思い、以下に書いておきます。
"アドバイス"という言葉は上から目線のニュアンスがあるため私は嫌いですが、分かりやすさのためにあえて"アドバイス"と記載しております。
"アドバイス"の手がかりとして、世の中の多くの人たちと異なっている点を特徴として捉え、そこに着目して述べていきます。
多くの人は、自死を取りやめた場合は遺書を公開しません。ここが最大のポイントです。
他にも、元カノの話や学校で友達を作りたかった話、インターネット掲示板、会社の同僚との関わりなど、コミュニケーションについて多く言及していることもかなり特徴的です。
心理的な安定のためには、インターネットで構わないので、コミュニケーションの場への参加を増やしてしてみると良いかもしれません。
私も同世代で、2005年~2007年ごろには2chで政治家をおちょくるコラージュ写真を作って遊んでいたので、当時の雰囲気は知っています。当時と似たコミュニティはもはやほとんどなく、ネット掲示板よりもLINEのオープンチャットあたりのほうが雰囲気が近いかもしれません。
仕事やそれに近い競技プログラミングの能力・モチベーションでご自身の価値をはかる表現が目立ちます。
仕事への情熱はご自身の能力開発、社会貢献、金銭獲得のために素晴らしいことです。
一方で能力・モチベーションで全人類のトップに立つことは出来ない以上、どこかで自分の能力に見切りをつける必要があります。
それが今なのかな、と漠然と感じました。
人には能力の限界・投入できる時間の長さの制約があり、その制約のもと各自それぞれのペースで頑張るしかなく、他に選択肢はないため、ある面で人より劣ることを認めざるを得ません。
しかしだからといって人間として価値がないとか、死ぬべきだということは論理の飛躍です。
劣ることを認めたうえで、それがどうした、自分が死ぬ必要はないじゃないか。むしろ優れた人たちが素晴らしい社会を作ってくれてありがたい、と感謝すればよいと私は思います。ご自身にもその気持があるはずです。その証拠にA社のリーダー、B社のプロダクト、元カノ、といったものを称える文章があります。これは称賛の気持が奥底にあるからだと思います。
というより本当は人間という存在自体が自他に価値を評価される必要がなく、各自勝手に生きて構わないと私は思います。評価という行為自体が発生しないのが通常の状態であり、仕事では給料の分配という特別な目的のために上司が評価するという例外的なシチュエーションが発生していると私は理解しています。つまりそもそも職場以外での「自己評価」は必須ではないと私は考えています。
そのうえで、それでもなお自己評価が必要であれば、いくつもの会社で働くことができ、しかも先方から声をかけてもらっているというのは素晴らしいことだと思います。普通の人には声をかけませんよね。仕事の以外の面に目を向けると、イラスト、VR、他の投稿ではお母様にテレビゲームを教えたりと多方面に活動している点が素晴らしいと思います。競技プログラミングで高レート帯の方々はこうした活動と両立できるのでしょうか。ほとんどNoだと思います。総合的に見れば特別劣っているように私には見えません。
この点は次の第3の特徴に続きます。
文章には「多くの人から嫌われ、失望され、迷惑をかけながら生きていたくない。」と書かれています。
しかしきりみんさんは、嫌われている人・失望されている人・迷惑をかけている人に対して、死ねとは言わないと思います。そういう人柄だと文章で分かります。
それなのに自分に対して厳しいのはダブルスタンダードで、ご自身を不必要に傷つけているように見えます。ご自身に対して厳しすぎるダブルスタンダードを持つ理由は何でしょうか。ダブルスタンダードを持つメリットはあるのでしょうか。これについて考えると楽になれる部分があると思います。
きりみんさんは、自分より仕事ができない人に死ねと言わないと思います。競技プログラミングが下手な人に死ねと言わないと思います。その理由は劣っていても死ぬ必要はないとご自身が理解しているからです。そうであればきりみんさんが死ぬ理由もないと私は思います。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2428834
これのブコメの話しね
まず前提としてこのTogetterではまとめられている女性がパートナーに向かってどの程度のことをしていたかが分からない
そしてパートナー側もどの程度の段階で「生理とか言い訳するけど自分の機嫌は自分で取れるようになった方がいいよ」って言ったかは分からない
この時点でこの話しは0 100の話しではなくグレーな話しなの
この前提に同意ができないならお前は勝手に自分の推測を事実として思考してしまうタイプだからこの時点で要改善と自覚したほうが良い
そのうえでヒスる、IQが半分になるって言ってるのは普段は割と真っ当なことを言ってる人でも
というのを平然と行っていてかつそれにスターが集まっているから言っている
この女性を否定する人はどんなケガや病気をしてもどんなに嫌なことがあっても一切同居人に不機嫌なところを見せず自分で自分の機嫌が取れるんだね/増田にあった熱いご飯出して号泣した夫にも同じこと言ってあげて
「どんなケガや病気をしてもどんなに嫌なことがあっても一切同居人に不機嫌なところを見せず」
見事にまんまヒス構文
前提の通りどの程度の状況で「自分の機嫌を取れ」と言われてるかわからないのを
それを飛躍させて「どんなケガや病気でも」「一切不機嫌なところを見せない」として
終わってる
スター付けたやつも終わってる
こういうのも同様
まぁ男性には「自分でも引くくらいイラつく」状態なんて理解できないよねぇ。自分でも意味わからんもん。家族に対して当たり散らしたいとは思わんけど、一分も不機嫌を漏らすなと上から言われるとキツいものはある。
「一分も不機嫌を漏らすなと上から言われるとキツい」
誰がそんなこと言ってる?
全ての機嫌がとれる人はもうパートナーいなくても独りで生きていけるんよ
「全ての機嫌がとれる」
誰がそんなこと言ってる?
今回はまとめの内容的にパートナーである男性に向けたものが中心になったけど当然逆のケースも有る
世の中に氾濫する広告を受動喫煙しているだけの全く無知な男である俺にとって、美容業界全体に対する信頼はゼロに近いところが初期値(他分野のように漠然と専門家を信じる感覚が薄い)なのでプロに任せるにしても任せる相手を選ぶハードルが高い。
昔 150組ティッシュの特売¥165/(150*5)=0.22円/枚
200組ティッシュの特売¥218/(200*5)=0.218円/枚
今 150組ティッシュの特売¥218/(150*5)=0.290円/枚
200組ティッシュの特売¥328/(200*5)=0.328円/枚
あれは広義では差別ではあるものの、現在の状況だと筋は良くないものの、まあ許容範囲だろうとは思っていた。
将来的には分からない。正直ジェンダー感が変化した今の若者には違和感はあるぐらいだろうが、あと数年で気持ち悪いセールって言われるぐらいにはなりそう。
反応はまあいつもの通りで、批判側も擁護側も、酷いのからまっとうなものまである。
「男性差別の意図は全くなく、食べ放題で女性は男性に比べて注文する量が4皿分少ないデータがあることから安くした」
あんなコメントを企業が出したら、別の差別問題が生じたとき、その筋での批判や擁護を認めてしまいかねない企業とみられるから。
差別問題におけるラインがあいまいだと表明したもので、ちゃんと差別に対応していますよって言えなくなってしまう。
女性客を増やしたかったのでとか、TGCのキャンペーンに合わせて行ったものですとかなら、まだ言い訳がたつのに、なんでこんなコメント出しちゃったんだろう。