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はてなキーワード: 日本画とは

2019-12-06

anond:20191127201601今年京都芸術大学オープンキャンパスに行った際に、色んな先生が「最近日本画から任天堂就職する人が増えている。日本画デザインや造形と違って芸術観点視点モチーフも他と全然うから、新鮮な発想や想像力ゲーム制作デザインができる。任天堂側もそういう人材を求めているので、京都芸術大学などの日本画科を採用することが多い」と話していた。だから別に東藝にこだわらなくてもいいと思う。ついでに、高校3年間は色んな人の話を聞いて視野を広げることができるし、美術科は特にそう。生徒みんな美術が好きだし上手な人も多いから刺激にもなるし、現役で美術に携わってる先生から指導してもらえて話も聞けるからとりあえず美術科がある高校に入って、合ってなかったら中退する。とかの方がいいと思う。拙い文で申し訳ない。応援してます

2019-11-29

anond:20191127201601

デザ科ではないけど現役の芸大生です。

高校に行かないのはあまりおすすめしません。

絵だけ書いているのは分が悪いと思うためです。

反対に高校はかなりコスパのいい空間だと思っています

高校」という日本エンターテインメント界で「異世界」と並んで多用される空間に行かないだなんてもったいないです(最近FEも学園モノでしたよね)。

行った先でクラスメイト自分の知らない世界を教えてくれれば儲けものだし、毎日沢山の色々な人と会える場なので、人付き合いの経験値が稼ぎやすいです。

進学先が決まらないなら、偏差値の高いところへ行くことを勧めます

藝大は一般教養ほとんどやりません。

他の大学生哲学とかやっている間に、課題をこなさなければいけないため知識が不足、偏りがちです。(47都道府県全部言えない人もちらほらいるレベル。)

知識量は引き出しです。ファインアート系じゃなくてデザインなら人と共有できる知識感覚を持っておくことは重要だと思います

受験の段階でも他の受験生よりもモノを知っている方が強いと思っています

数学グラフを知って、流行りのデザインを知って、世界中の国の文化を知って、過去合格者の傾向を分析して、色彩学を学んで、世界中の話題ポスターの構図を勉強してと頭を使いましょう。

他の人が絵を書き続けるところで勝負するんだから、がむしゃらに絵を書くよりも自分だけの強みを磨いて賢く戦う方を勧めます

予備校に行って画力を伸ばして、デザインを目指す人たちの世界を知ることも大事だけれども、そこばっかりで狭い世界に閉じこもって絵を書き続けても良いことはあんまりないと思います

僕は図書館かによく行ってました。作家文章からイメージされることとか蓄えて問題に対する武器にしてました。

そもそもデザ科の入試サイズなら家でも十分かけます。(色彩構成モチーフなら割と日用品ばかりだし)

予備校で3時間描いて家につくのが10時だとしても、家に帰ってから時間くらい書いて2時前に寝るみたいな感じで1日6時間できるでしょう。

3年間予備校に通うにしても一日7時間しか描かないのは想定が甘い気がします。

後、スプツニ子さんが教員として入ったりとデザイン科も変わろうとしてます

油の入試では今年から面接が行われるようになりました。

最近芸大言語化能力を重視するようになっています

デザ科の入試面接はないですが、ゆくゆくは自分の描いたものがどういう理由でこういう形になったのか喋れないとマズイかもしれません。

そういう意味でも高校美術とかアートとかデザインに全く興味のない人との接点を増やして、どう考えてこう描いたのか話す機会を持っておくと良いかもしれません。

個人的には、デザイナーからデザイン科というのは少し違う気がします。

日本画みたいな繊細な世界や、油のような抽象世界の描き方を学ぶのもありだと思うし、立体がやりたいなら彫刻へ行ってもいいと思うし、ゲーム内の建物が好きで建築へ行ったって良いと思います。どこへいったら分からなくなったら先端でもいいんじゃないでしょうか。

藝大も最近スクエニの人が来て授業したり、任天堂の人が来てセミナーやってポートフォリオを見たりとゲーム系の業界とのつながりを強くしています

入った後はどうとでもなると思います

頑張ってください。現役で入ったら多分大学で待ってます

2019-11-28

anond:20191127201601

だいぶ前に藝大デザイン科を卒業し、同窓任天堂いるから回答しておく。(ブコメだと書けないからね

デザイナーといっても様々でジャンルの幅が広いが、どのジャンルでも基本的教養重要

CG造形をやりたいということであるが、高校で学ぶような基礎教養一見無駄知識と思えるものでも後々重要になる。要求されるものについての文化的素養知識があるのとないのとでは大違いである。後々苦労する。なので高校で学ぶ学問を軽視してはいけない。独学では視野が狭くなる。無駄と思える知識まで広げておく必要があるので寧ろ、高校時代可能な限り学科はやっておくべし。私がいた頃は美校の試験学科の成績は実技と比して全然重視されていなかった(酷いものであった)が、試験勉強していないだけで教養がある学生は多かった。無駄なことまでアンテナを張って知的好奇心を養うことができるのは高校時代である。ちなみにその学科試験も昨今は重視するようなので怠らない方がいいと思う。

浪人時代というのは辛い。私の場合浪人の時は藝大一本に絞ったので後がなかった。学生証もなく、落ちたら身分のない年月がさらに続く。その危機感毎日絵を描いていた。一日一枚石膏デッサン。夜は水彩描いていた。日本画の模写もした。このようにして絵を描くマシンになり、見ないでもパジャントが描けるようになってしまった。モリエールマルスブルータスなど木炭紙に入れる比率を体で覚えてしまった。デッサンバカになった。学科なんぞやらない。絵しか描かなかった。二度ともうあの日々には戻りたくない。その一念でなんとか一浪で入ったはいいが、入ったら2浪生が一番多く、デッサン神様みたいなのまでいて、打ちのめされた。

そのような世界なので、実は芸大生は互いにビクビクしていた。自分が下手なんじゃないかと。自分の絵が下手くそに見えて仕方がなく、他人天才にビクビクしているのであるが、実はみんなが互いにそう思っていたというのはのちにわかった。実際、弱肉強食世界なので、下手くそバカにされる。なので精神を病んでしまう者も少なからずいる。が、概ねは互いに勝手にビクビクしているだけである

さて件の任天堂に行った同窓であるが、ゲームなんぞやったこともなく(当時はファミコンだった)「任天堂に決まったんだけど、俺よくわかんないんだよな、どうしよう」と困っていた。彼は院まで行ったのであるが、院では木工で立体作品を作っていた。入ってからしばらく周りから話が合わず浮いていて「やめたい」などとぼやいていたが、そのうち「俺の会社は〜」「俺がやったゲームあるからよろしくな!」などと言っていた。

まりゲームを初めから目指しているよりも、そのズレた新鮮な目線会社にとって、とても有益であったということ。

どちらかというと音楽が好きで、ファッションに興味があり、ハイデザインに興味があり、およそゲームとはかけ離れた分野の知識があったのが活かされたようだ。

まり、元に戻るが、広い視野を養うべき。映画を観て、音楽を聴き、友人と交流し、世間流行っているものに敏感になり、アートについて知識を深め、乱読で様々な本を読み、とにかくあらゆるジャンル知的好奇心アンテナを広げておく、それがデザイナーに最も必要資質なのである

そしてデッサンは1ピクセルの狂いもズレも許さない、水平垂直の狂いを許さな視点を獲得するために必要なので、そこもしっかり脳が魔改造されておくこと。魔改造されると、定規を持たなくても目視で大きさが把握できるようになるし、カメラ記憶が発達したりする。フリーハンドで直線も引けるし円も描けるようになる。それはCGを作る際におおいに生きてくると思う。

また自然観察する目を養う必要もある。そこにあるものの細部のディテールまで見なくても再現できる観察力を養う為にデッサンや水彩という訓練が必要なのである

なので、時間的制約や年齢的な制約よりも、何を学べたか重要なので、変な時間的制約は設けないほうがいい。クリエイティブ魂にはバイオリズムがあるのでスランプという谷間とアゲアゲな時をなんども繰り返して体験することの方が大切。

あとは・・・・運だ。

こればっかりはどうにもできない。

人生を決めつけすぎて、コケると人生の棒を振るので、その時その時で考えていけばいい。

実際は、どの大学出ようが、どこの会社行こうが、自分がうまくハマったとこで、表現をしていければいいと思う。

フリー仕事していた時は、出身大学なんぞ意識したことなかった。

社会に出たらその時の仕事内容でしか自分証明できない。もっと過酷砂漠である

頑張ってください。

2019-11-27

anond:20191127205447

実質ほぼオペレーターと言っていい名ばかりデザイナーでしたら画力がなくても小手先デザイン知識ベクターソフト技術だけで仕事ができますが、

電通博報堂任天堂スクウェア・エニックスといった最難関企業への内定を果たすデザイナーであれば高い画力必須であり、特にゲーム会社だとその傾向はより顕著です。

最近ゲーム会社デザイナー採用は、デザイン科よりも油画科、日本画科といった、"純粋画力けがひたすら高い" 学生採用が目立ち始めてきています。そういった学生デザインの専門知識なんて一切持っていませんが、企業はそういった "圧倒的な画力" を持った学生を欲しがっています画力さえあれば、後の事は全て会社で育成できるからですね。

2019-06-27

めくるめくイケメン偉人空想絵巻 燕市の国上寺

絵を描いたのは、美男子日本画世界的に知られる、アーティスト木村了子さん。

山田住職は「甘美なストーリー展開に息を飲んだ」と話しつつ、

過激描写批判もあるかもしれないが、このままでは日本の寺は衰退の一途をたどってしまう。

新しいことに挑戦し、変わろうとする姿勢を見てほしい」と、参拝客の反応に期待している。

https://www.niigata-nippo.co.jp/sp/news/movie/detail.html?bid=6030779350001


これが美少女だったらどんなによかったことか・・・

2019-05-21

文字書き同人女のどこが問題なのか

anond:20170811212332

「私の好きな作品評価されない世界は間違っている」と言わんばかりだが、

もちろん世界ではなく元増田が間違っているのである

同人女はごく狭いコミュニティ独自ルールに染まりがちである

そのうえ「文字書き」は幼い頃から一人きりで小説を読んできているためか余計に独善的なきらいがある。

いったい何が間違っているのか?

喩えるなら「ルネサンス絵画けが正しい絵画だ」と主張しているのが彼女なのだ

ゴシックバロックロココ印象派キュビズムダダイズム

水墨画浮世絵日本画漫画商業イラスト萌え絵

すべて「下手だ」「間違っている」「真の絵画ではない」と切り捨てながら、

「どうして漫画のようなリアリティのない白黒の絵ばかりが評価されるのだろう」と嘆いている。

ルネサンス絵画写実的な美しさと鮮やかな色遣いを理解できないなんて」と。

いや、絵画のことであれば、彼女らも「さまざまな評価軸があるのだ」ということを理解できるだろう。

しか小説のことになると途端に「正しい表現」「あるべき小説」に囚われてしまう。

それは「審美眼を備えた読書家」としての自負であり矜持であるのだろうが、

はっきり言ってしまえば、多くの本を読んでいる人ほど異なる表現形式には寛容なものだ。

2019-03-03

anond:20190228154954

美大卒です。

現代アート界には「今までのアート文脈(流れ)を踏まえ、新しい作品を作らなければならない」という暗黙ルールがあって、

作品作家はかなりロジカル批評されています

会田誠作品

幼女の体へのオタクめいたフェチズム

四肢切断というギリギリ要素すら「アート作品」として鑑賞者に見せる

日本の伝統技法先の大戦皮肉的に描く(日本画技法ナショナリズムへの皮肉として使われる)

こういった点が目新しかった。

作品が綺麗かどうか」「鑑賞者が美しいと感じられるか」はクオリティ問題になってくるので、評価基準としては二の次

(美大卒業制作レベルだと上記のようなコンセプトよりもこっちを評価する)

ただ会田誠の絵も、デッサン狂いまくりだったらここまで評価されてなかったと思うので、まあこっちもそれなりに重要

そんな訳で、会田誠作品は鑑賞者が不快に思おうと何だろうと、まごうことなアート作品

現代アート世界では。

ちなみに現代アート界では「作品きっかけで炎上」という要素も評価要素。社会に影響を与えたということになるから。どこの団体がどういう理由で怒ったか批評家が考察してこねくり回し、作品価値を高めていく。

ほんと狭くてクソな世界だと思う。

(途中送信してしまったので、表示おかしくなってたらすみません。)

2019-02-09

祖母が死んだ

先月、母方の祖母が死んだ。

最近認知症で日時の感覚がわからなくなったり同じ話を繰り返したりしていたが、高校(?)の入試では満点を取ったり、あの時代大学卒業している才女だった。

昔は教職につき、あの時代恋愛結婚をし、映画や革細工や日本画書道が好きな、穏やかで優しいおばあちゃんだった。

一昨年の冬、私は初めての彼氏USJに行くことにした。飛行機に乗る小旅行だ。ついでに母方の祖父母にも彼氏を見せに行こうと思った。母方の実家大阪にあるのだ。

チケットも買ってウキウキだった。

母に猛烈に反対された。結婚するかもわからないのに変な期待をもたせるなと。そして母方の祖父母挨拶に行く前に、父方の祖父母挨拶に行かないと迷惑だと。USJに行くのは構わないが、祖父母に会わせるのはやめとけと。

私はその彼と結婚する気だったので、変な期待ではないと判断した。OK

祖母認知症は、ゆっくりだけど着実に進んでいる。私が結婚するまでに死んじゃうかもしらないし、それなら彼氏いない歴=年齢だった孫の恋人結婚相手候補)を見てからの方が安心して死ねるだろう。

2つ目が問題だった。父方の祖母形式にこだわり、また嫉妬深い性格なので「ウチを後回しにされた!普通は先に父方の祖父母挨拶する!」みたいに怒るそうだ。それくらいのことでとおもったが、過去似たようなことでトラブルになったらしい。

結婚するなら親戚づきあいトラブルは起こしたくない。USJ旅行の前に、宮城に住む父方の祖父母に、日帰りで会いに行くことにした。

宮城に行った2週間後に大阪に行くという、面白いスケジュールになった。快く承諾してくれた彼に感謝。何度もお礼を言った。

父方の祖父母に「今度彼氏を連れて日帰りで遊びに行くよ」と電話した数日後、「父方の祖母は私と彼を本家挨拶に行かせたがっている」と父から聞いた。祖父10兄弟の9番目だから親戚から今まで軽んじられてきたけど、孫がまともな人と付き合っていて結婚もするらしいということで、自慢したいらしい。私が返事をするより先に父が断ってくれていた。

朝早く新幹線に乗って、挨拶して青葉城を見ておいしい牛タンを食べて、夜遅く東京に帰った。

挨拶の前、彼はとても緊張していたが、終わってからは「いい人だった」とケロっとしていた。

2週間後に大阪に行った。USJはとても楽しかった。次の日に祖父母に会いに行った。

持って行ったケーキをみんなで食べながら、祖母は「このケーキ綺麗やなぁ。飾りが繊細で、王冠みたいな形になっとって、綺麗なぁ。いやほんまに。作った人は、こういうのどうやって思いつくんやろなぁ」「増田ちゃん、いい人見つけてよかったなあ」と何度も言っていた。

帰り際になると祖父は別の長くなりそうな話をして引き止めようとした。

挨拶の後彼は「先々週より疲れた。引き止めようとしてたね。帰っちゃう申し訳いね」と言っていた。

その後通天閣道頓堀を見て帰った。

その後私と彼氏同棲を始め、結婚式の予定も決めた。

昨年の12月、母方の祖父母電話をすると、祖母は「来年結婚式たのしみにしてます。おばあちゃんはどんな人か知らんけど、増田ちゃんが選んだならきっといい人だと思うわ。本当に楽しみにしてるで」と言っていた。

母方の祖母は先月、お風呂で寝てのぼせて死んだ。多分苦しくなく、あったかいなあって思いながらの、幸せ最期だったと思う。

やっぱり、無理はしたけど、一昨年彼と会わせておいてよかったなあ。

2019-02-03

anond:20190203213240

TTPの強行は日本画界隈による若冲八百屋)潰しの一環だったのだ

2019-01-29

anond:20190129114407

私はアラサーの女なんだけど「あまちゃん」で薬師丸ひろ子の歌を初めてまじめに聴いてものすごい衝撃を受けて

もちろんそれまでも演技をしてる彼女は知ってはいたしごく普通に好きだったんだけど

歌聴いて初めてこんなすごい人がいたんだ!ってその姿が急にすごく鮮明になってそれからファンになった

昔の歌も掘り起こして聴いたり昔の写真集も買ってみたり色々してて(角川映画活躍してた頃もほんとめっちゃくちゃかわいいのね)

昔のアイドル時代の薬師丸さんもすごいすてきだけど、今の彼女の方が1000倍10000倍くらいすてきだと思う

「寒椿、 咲いた」って曲なんか特に今の薬師丸さんが歌うことで

逆に曲の中の若い張りつめた世界が鮮明になってる感じとか静かな凄みがあってなんてかっこいいんだと思う

歌ってる時の薬師丸さんがとてもいいなと思う 歌も曲も詩も舞台演出も全部すばらしいんだけど何より声そのものの魅力がでかくて

なんか夜そのものみたいな声っていうか暗いんじゃなくてしーんと澄みきっててもうちょっとで明けてくるその直前の一番深い夜っぽさっていうか

円山応挙の「氷図屏風」って日本画があるんだけどのあの絵にある空気感を声そのものに感じたりとにかくちょっと唯一無二だと思う

ただきれいというだけでは全然なくて若くも歳をとってもいなくて誰でもない声だけがかにそこにある感じで

もちろんご本人が表現する部分の大きさやこちら側では知る由もないだろう練習量あってこそのそれなんだと思うけど、

それを凌駕していく圧倒的な声そのもの存在感がすごくてそれをただただ貪欲に受け取り続けたいって気持ちがすごくてこんなの初めてで

アイドル」っていうもののその感じとかニュアンスとか存在みたいなものを身をもってひしひしとこの数年感じ続けてる

元アイドル」という受け止められ方の今でもとてもすてきに活躍してる40代50代の女性はたくさんいるけど

薬師丸ひろ子さんに関していえば今まさに彼女は私にとっての現役アイドルなのだなあと思う

あんなすごい声で歌える人があんコミカルな演技もできてあ~~マジでなんてすげえんだ~~って思っちゃって止まらない 

2018-10-11

internet archive books で英訳された漫画が読めるんですが

internetarchivebooksで、日本画での波の描写をまとめた本がダウンロードできるとハテブで上がってきてて、自分が好きなアルフォンス・ミュシャがないか探そうと、muchaで検索をかけたんです。

結果を見ていると、ミュシャ動画サムネが1件。

後はよくわからんと思っていたところ、muchakuchadaisukiというタイトルで、英訳された漫画がまるっと一冊。2巻以降もある様で。

サムネの左上にカーソルを持っていくと、マンガライブラリというグループが出てきます。そこを選ぶとずらっと出てくる漫画といくつかのラノベエロなのかぼかしが入っている物もあります

投稿2013年かららしく、アイテム数はもうすぐ2万件。閲覧数は昨年末から急激に数を増やし、累計300万を超えています

カリフォルニアフィリピンインドネシアコスタリカアクセス数の多いリージョンが表示されているのは面白いです。

また、今回の投稿者のリストを見ると、大量の資料の中にいくつものゲームソフトメディア雑誌などもありまして、

これをもとに広告付きのサイトも作れることを考えると、早いとこどうにかしてほしいものです。

もっともこれでも氷山の一角で、ほかに大量にあるように思いますし、そもそもアーカイブとして集めることが目的なら、公開の前にしっかり著作権確認しているのでしょうか。

アーケードゲーム等の公開も以前からされていて、問題があるのではないか懸念を持たれているようですし。

ひとまず今回の漫画出版社メールを入れました。許可を出されているなら、空回りで済むんですが。

2018-10-05

夢、希望、愛

転職活動に失敗して、もう働くことも生きることも向いてないし、

今後も我慢して息を殺して働いてまで生きていく理由ないんですけども?

人生目標展望も無いんですけども?

と思って死ぬまでにやりたいことを書き出した。

・顔の造形が終わっているので整形をする

・猫を飼う

日本画を習う

働くのが億劫すぎて全て保留状態

みんなの人生目標希望は何?

2018-08-04

芸大日本画科は男が入りやすいなんて聞くけど

美大入試なんてどうとでもなりそう

2018-06-10

anond:20180610112048

わりと本気で葛飾北斎じゃないかと思う。

そもそも日本画の目が細いんだよ。仏像は半目なのかもしれないけどやっぱり目が細いし。

ジャポニズム流行っって絵画陶器ヨーロッパに流れたときアジア人を描いた絵として認識されてもおかしくない。

先にヨーロッパに入ったのは中国文化だけど、中国絵画も似たような感じだしな。

2018-04-21

anond:20180420152525

ファイン世界で絵が売れるか否か、個展が開けるか否かにフォトショがどーたら(というかPC含めた画材道具全般の云々は)一切関係ねぇよ

油絵日本画ボンボンクズねー

それ藝大で言ってみな??

あ、私立の話ですかい

2017-07-18

https://anond.hatelabo.jp/20130429134246

美大生が正にそんな感じなので、げんしけんって美大舞台漫画だとずっと思ってた。

卒業後が無職就職微妙なとこでも、どうせ親が援助してくれるので美大生ってヘラヘラしてる奴が多い。

実際には中央大学モデルだそうだが、作者は筑波大学芸術専門学群美術専攻日本画コース卒だそうなので実体験じゃないかなあ。

2017-05-24

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豊田市美術館に行ってまいりましたわ。

平日なのにすごいお客様で驚きました。大半がお年寄りでしたわ。

敷地の端に建っている櫓をみて盛んに「城」とおっしゃっているのを耳にして、

天守どころか櫓でも城とイコールにされてしまうのだと世間感覚を思い知りました。

ここのものは七州城の復元櫓ですが、あのような認識の方が多いのでは

復興天守流行るわけですわ。

さて美術館の中では二十世紀画家東山魁夷による

唐招堤寺御影障壁画展が開催されていました。

歴史教科書でも有名な鑑真和上に捧げられた御堂の襖絵が、

そのままの配置で展示されています

恥じらいもなく大量の群青と緑青を使った波濤の絵は圧巻です。

岩に張り付いたど根性松には絵なのに思わず

声援を送ってしまいそうになりますわ。

和上の故郷である中国の襖絵は墨絵で描かれています

なぜか「黄山暁雲」だけは襖の金具が気になってしまいました。

全体的に薄暗くなっていたのは、顔料が繊細な日本画の保存のためだと

思われますの。

透明感のある青みがかった緑色の出し方を知りたいものです。

また抽象の力展も同時開催されており、

扇で口元をおおって賞玩されがちな戦間期以降の抽象芸術

頭の良い監修者がうまく説明されていました。

なにせミュージアムショップカタログが売り切れているというのですから

監修者も豊田市民もたいしたものですわ。

フレーベルモンテッソーリ知育玩具が素敵で、

これをおもちゃに育った子供お話してみたくなりました。

コンクリートの容器に、コンクリートの破片を詰めた高松次郎作品

コンクリートの単体」はわたくしには理解しかねました。

からないものでもヒルマ・アフ・クリントの初期抽象作品はなんとなく

好きになれました。

いちばん分かりやすかった抽象芸術コンスタンティンブランクーシ

若い男のトルソⅡ」ですの。

これはどうみても、こんじきのぉちんちんですわ!!!

こんな破廉恥な展示が許されるのかしらと作品の前でどぎまぎしてしまいましたわ。

対応しそうな作品としてルーチョ・フォンターナのピンクに塗りたくったキャンバス

赤い縦の貫通穴をほどこした作品もありましたけど、

コンスタンティンブランクーシのせいで、そういう目になっていただけかもしれません。

あと、追悼小嶋悠司展も開かれていて、仏教画に影響を受けた

恐ろしげな世界をあじわえました。

ファイナルファンタジーの初期イラストを描かれた天野先生作品

少し印象が似通っています

小嶋悠司作品抽象の力にあった、熊谷守一作品「轢死体」とならんで

SAN値を下げてくださいました。

再入場できない東山魁夷作品最後に見るべきでしたわ・・・・・・

豊田市美術館建築もたいへんおもしろもので、

抽象の力展で使われている展示室は入った瞬間に行き止まり

感覚を与えながらちゃんと次の展示室に繋がっています

唐招堤寺御影堂の間取り再現するスペースをもっていたりして、

実用性・採光性・空間演出力を兼ね備えた優れた建築であると感じましたわ。

2017-01-21

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新春絵画「酉展」の開かれているミュージアム中仙道に行ってきましたわ。

昨年は300週年で各地で催し物が開かれた若冲の絵が目玉です。

けれども個人的には柳沢淇園の白孔雀図にひかれました。

木に止まった白孔雀がこちらを見返る構図の気品と威厳。

かい足の鱗の描き込みと鎧の札のように規則正しく並んだ羽根表現

聖闘士星矢白銀聖闘士みたいでしたわ。

大名土岐頼芸の鷹の屏風絵は正直クドかったのですけど、

作者の鷹に掛ける強すぎる思いは伝わってきました。

藤田嗣治の飛び魚を獲る海鳥の絵が、鳥と植物の基本を押さえた日本画の中で

ひどく異色でした。植物がないうえに、とても躍動感が溢れています

海鳥が水面に突入した後を示す水滴の表現写真のようで見どころですわ。

飛び魚が鯖でしたら、海鳥返り討ちですのに。

絵画の他には地歌舞伎と陶磁器甲冑刀剣の展示室がありました。

陶磁器コーナーでは仰韶時代のとても古い土器から始まる中国陶器歴史

追うことができます

ここに展示されている水色で縁取られたバウムクーヘン型の水滴がとっても素敵で、

熱のこもった眼差しで観てしまいました。

2016-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20160914220045

版画の色彩というのはちょっと異常なものだ。

デジタル塗りのような均一な塗りが可能なうえに、デジタル塗りのようなグラデーションも作れる。

正しくは、塗るのではなく摺るということが大きく影響する。

擦り重ねでわかったと思うけど、浮世絵場合、赤の上に青を摺ることで、紫になるし、黄色の上に青を摺ることで緑になる。

透明水彩と同じ性質を持つ。

同じ原料で絵具を作る日本画は思いっき不透明

赤の上に青を重ねれば青、黄色の上に青を重ねても青。

しかし、版画になると違う。

透明水彩性質に早変わりする。

"ばれん"という道具に秘密があり、不透明なはずのポスターカラーを使って同じことをしても、かなり同じように透明な性質再現される。

小学校で使う偽物なんかじゃなく、本物のばれんの話だ。

ヨーロッパ人が「こんな青色みたことねぇ!絵具なに使ってんだ!?

ビックリしたのは、ヨーロッパ発明された顔料、プルシャンブルーでしたというのは、有名な話。

ところで、本物の"ばれん"って、一枚7万とか10万とかするんだぜ?信じられるか?見た目はただの鍋敷きなのに。

均一な塗り、均一なグラデーションレイヤーの乗算、言ってみればイラレに近い。

デジタル絵と志向性はかなり似てるね。

君の名は」よろしく、空気や風、雨、空、水、そういう形のないもの積極的に絵の中心にもってこようとしたのもそのころの浮世絵元祖だね。

人物が主で背景が従ではなくて、まったく逆に雨が主で、人物は従、空が主で人物は従、そういう絵がわんさと発明された。

北斎という努力型の超人と、広重という天才の働きは大きいことは認めるが、デジタル塗りに近い木版画特性によるものが大きいと俺は思う。

2016-09-14

http://anond.hatelabo.jp/20160911212226

安野モヨコ浮世絵がまあまあよかったと書いた。

他の浮世絵はたいていダメとも書いた。

どうしてアニメ浮世絵とかがだいたいクズかの理由を述べていく。

いくつかパターンはあるけれど、一番多いパターンは、単純に見れたものじゃないというレベルのものだ。

そんなものが売れるのは

江戸時代から続く浮世絵の彫師摺師が作っています

っていう前書きがあるからだ。

こういっちゃなんだが、伝統工芸品というもの全般的に嫌いだ。

手で作ったからといって、伝統技術で作ったからといって、機械印刷したほうが綺麗なら、そんなもの価値はない。

元来、木版はどんな印刷よりも綺麗なものだった。

から価値があった。

おそらく、ここ数十年まではカラー印刷技術の中で最強の座を誇ってたと思う。

2枚の版木、赤、青で摺るとする。

1枚目で摺る。

1枚目の赤の版木が当たる部分、当たった部分は赤になり、当たらない部分は紙の地の白のまま、つまり2色の世界

2枚目の青の版木が当たる部分、一枚目の版木も二枚目の版木も当たった部分は赤と青が重なり紫に、二枚目の版木だけ当たった部分は青に、一枚目の版木だけ当たった部分は赤になり、当たらない部分は紙の地の白のまま、4色の世界

3枚の版を使えば、8色、4枚の版を使えば16色、理屈の上では指数関数的に色数が増える。

雑誌なんかで、表紙のすぐ下や、誌面の中頃に、一枚だけカラーページでグラビアイラストカラーページがあったりするのはわかるだろうか?

昭和の初期までは、あれを木版でやっていた。

しかも、浮世絵時代と遜色ないどころか、それ以上に15度20度と摺って色を重ねて印刷していた。板を彫って。ばれんで摺って。

しかもそれを、何千部発行したかしらないが、毎月作ってた。

キチガイ仕事しか思えない。

中でも、最もキチガイじみた雑誌はというと、毎号50度摺以上の手間暇をかけて、日本画の複製を誌面に挟んでいたある美術雑誌だ。

号によっては100度近い摺りを重ねたらしい。

色数の問題だけではない。

ほとんどの印刷技術は、オフセット印刷シルクスクリーンレーザープリントインクジェットプリントも、色の濃淡を色の粒の"密度"で表現している。

木版で使うグラデーションをつける技法は、粒ではなく無段階のグラデーションをつけることが可能である

人間が視認できる限界を超えたRetina Displayがでるまでは、真のグラデーションは木版の中にしかなかった。

そして発色である

から燃えるように強く出る色だ。

浮世絵技術で摺られた絵は、直後に触っても、手に絵の具は移らない。表面には絵の具は残ってない。

紙の繊維の奥から、輝くのだ。

いつものように、能書きが長くなったが、

江戸時代から続く浮世絵の彫師摺師が作っています

っていうことを強く打ち出した売り方だと、極端な話、出来のいい悪いに関係なく売れる。

普通印刷よりも汚くても、「それが木版の味です」として売れる。

たぶん、下絵もどんな絵なら工数ケチっても綺麗に仕上がるかなんてことも考えていないし、職方に高いレベル要求しないし、職方もそれを見抜いてそれなりの手間しかかけない。

企画元「安く版権が手に入ったから、斜陽産業職人を安く買いたたいて作らせて、オタクに高く売ろう」

職人「どうせわかりゃしないから、材料と手間をケチろう。どうせ工賃も半額に値切ってくるんだろう」

っていう思惑が誰でもわかる。

みれたもんじゃない0点の浮世絵、これがアニメ浮世絵の約8割。

実は、丁寧過ぎるのも嫌いなので、それについてもややこしいんだが、それについてはまた後日。

2016-09-07

http://anond.hatelabo.jp/20160907221310

続き

でも、顔の印象は春信からかなり変わったのがわかるかな?

で、次に一世を風靡したのが、最初に挙げた歌麿

喜多川歌麿

ジャニー喜多川喜多川と覚えてほしい。

もともとは、お化けの絵で人気の絵師弟子

出世作は、現代風にいうなら、昆虫図鑑鳥類図鑑、貝図鑑的な写生もので(狂歌(和歌パロディ)が入ってたんだけど)、その精巧スケッチ博物学的にも価値がある。

お化けの絵の師匠から写生でヒット、で美人画大家になる、というのは浮世絵世界ならではな感じで、普通伝統的な日本画だったら、一派の画風を継ぐのが弟子の役目で、勝手に画風を変えるなんて許されないものだが、そこは画家ではなくイラストレーターたる浮世絵師バーリトゥードで売れそうな絵にどんどん転身していく。

そんな、歌麿美人画がこちら。

https://ja.ukiyo-e.org/image/mfa/sc156956

だいぶパッチリ系になってきたのはわかるだろうか。

指の感じもふくよかで、儚げな印象はもはやない。

AVジャンルだと、清楚系だ。

みんな同じ顔なのに、表情がある。

なぜ同じ顔なのに表情が違って見えるのは、自分には今でもなぜだかわからない。

キャプテン翼みたいな感じだ。

みんな同じ顔だし、喜怒哀楽も同じ顔、それなのに、キャラ区別も表情の区別も出来る。

ところで、江戸末期の美人の条件というものがいくつかある。

まず、富士びたい。

江戸男性陣は生え際フェチで(今でも日本画は生え際にこだわりがあるらしい。個人的にはどうでもいいんだが)

ひたいは狭めで、台形がいいとされていた。

富士びたいをベジータひたいと勘違いしている人が多いが、正しくは、逆台形(ソリコミのヤンキー)の逆であるきれいな台形の額ということである

あと、歯並びも重要だったらしい。

現代において、正しい噛み合わせとされているのは、上の前歯が下の前歯よりもわずかに手前にかぶさるのが理想らしいが、江戸時代美人は、上と下の歯がピッタリか、若干下の前歯が手前にくるのを美人とされていたらしい。

わざと、下くちびるを手前に出した美人画が多い。

そういえば、欧米人には八重歯の可愛さだとかアヒル口の可愛さが理解できないという話を聞いたことがある。

変な歯並びや口のかたちに萌えたりするのは江戸時代から伝統なのか。

次に、若干マイナーなところで、鳥高斎栄昌をあげる。

歌麿と同様にドアップが多いのと、あと自分が単純に好きだから

釣り目で、屈託なく笑う感じが、女子高生的でそそる。

https://data.ukiyo-e.org/met/images/DP142137.jpg

栄昌は鳥文斎栄之という絵師弟子で、鳥文斎栄之はすごく品がある慎ましやかな女性を描いたのだけど(栄之に比べたら、歌麿が清楚系といってもせいぜい素人JD、栄之のそれはお嬢様)、これまた師の画風とは一転。

女子高生的な快活さで大変自分のツボ。

(これを執筆しながらわかってきたのだけど、自分素人ものAVが好きらしい)

このころ、だいぶパッチリ目になってきた。

わずかに時代が進み、菊川英山

https://data.ukiyo-e.org/mfa/images/sc221599.jpg

アニメ絵っぽくなってきたのがわかるだろうか?

頭が大きく、記号的な目や鼻。形式化された顔の輪郭

お次また少しだけ時代進んで渓斎英泉

一般的解説には「えぐみのある女性」らしい。

自分に言わせれば、ブス専である

キーワードは「デカい頭」、「猫背」、「生活臭」、「睫毛すごい」

上睫毛もした睫毛もボーボー、小さい目を少しでも大きく見せようと、ゴキブリの脚みたいに太い付睫毛をつけまくったJKみたい。

それからデフォルメが効きすぎてブス、生活臭ハンパない

エロ巨匠でもある。

なぜかそそる。ブスのくせに。やっぱり生活臭エロなのかな?

今わかった、俺は素人ものが好きだ。

浮世絵萌え絵が同じ進化をたどっているなら、萌え絵の行きつく先はブス専のように思えてならない。

つづいて、また時代が進み、月岡芳年に行ってみよう。

http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/wp-content/uploads/exhibition/2014_yositosi_kunitika/01.jpg

http://morimiya.net/online/ukiyoe-syousai/ukiyoe-images/yoshitoshi/itasau.jpg

それぞれ画題は

「けむそう」「いたそう」

ちょっと前に困り顔メイクブームになったが、時代は繰り返すのかな。

それ以降については、浮世絵日本画家(芸術として認知された人々)の系譜イラストレーター(挿絵画家広告画家)の系譜に分かれていくのだが、後者についていく。

俺が好きなのは油絵日本画じゃなくて、版画なので。江戸明治大正昭和も、芸術より商業印刷が好きだ。

有名どころで、竹久夢二

もう面倒くさくなったので画像検索をそのままリンク貼る。

https://www.google.co.jp/search?q=%E7%AB%B9%E4%B9%85%E5%A4%A2%E4%BA%8C&biw=1280&bih=607&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjdl9iQof3OAhWBi5QKHZrIAjYQ_AUICCgB#imgrc=i6BOAyNRkNF3IM%3A

このころになると二重瞼が多くなってくる。

竹久夢二というと、女性社会進出象徴的な絵を描いているわけで、

ここでエロ談義ばかりですっかり忘れてたけど、女性社会進出=快活=二重瞼説に戻す。

しかし、江戸時代でも役者絵(男性の絵)は、ものによってはけっこう写実的なところがあり、最小の線ながらも、顎の丸みやエラの張りかた、小鼻や頬の膨らみかたがわかったりするのだが

(もちろん、それがいいというわけではない。完全にデフォルメしてる絵や、本人無視理想象で描いてる絵もある。歌舞伎堂艶鏡あたりはかなり写実的東洲斎写楽なんかはデフォルメしてるものの、ちゃんと顔の膨らみは想像できる。)

女性の顔となると、江戸から明治大正にかけて、ずっとずっと平面の中にしか存在できない顔だなと思う。

平面的というか、漫画的というか、記号的というか。

顎の膨らみがどうなっているのかわからないし、チークは入っているのに、頬骨のでっぱり具合がさっぱりわからない。

フィギア化がすごく難しそう。

なんで女性の顔はいつの時代量産型なのか。

さて、夢二の次中原淳一

https://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%AD%E5%8E%9F%E6%B7%B3%E4%B8%80&biw=1280&bih=607&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwib3oWEpv3OAhUFipQKHYlLBjUQ_AUICCgB

奇形デカ目、キラキラ目の元祖かなと思う。

ほぼ同時期にこの手の絵の祖と思われる人があと数人いたんだが、名前を思い出せない。

近くを見ているような、遠くを見ているような、瞳の焦点が微妙にあってないのは、浮世絵役者絵(男性のね)に近い気がする。

とまあ、瞼が二重か一重かはとにかくとして、眼でモテる方法を教える。

黒目、とくに瞳孔部分が大きいほど、モテるらしい。

三白眼悪人顔とはよくいったもので、黒目が大きいとモテる

黒目が大きいほど、柔和で優しそうにも、セクシーにも見える。

漫画なんかでは、催眠術にかかったような描写ときに、光彩と瞳孔を区別しないで描かれたりする。

古くは、アトロピンという薬剤を点眼することで、瞳孔を広げて美人に見せる術があったとかなかったとか。

薬剤なんか使わなくても瞳孔を広げる方法がある。

簡単に言えば、暗がりである。暗がりで美人に見えるのは、そのせいらしい。

逆にいえば、カラーコンタクトは最悪だね。

せっかく瞳孔が広がっても、レンズの模様のせいでそれが見えない。

あと最初の頃に戻るけど、一重なら、セクシー系を目指したほうがいいと思うな。

一重が許されるのはセクシー系、クール系。

日本人は、すごく面食いなようで、内面重視というか、外見によく合致した内面を求めるというか。

まあ、そんなこんな。

2016-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20160218193125

デッサン(形取りの練習)の講評で「デッサンが狂ってる」と言わないのは当たり前(ややこしいから)。教育現場ではない美術評論の場などで完成図としての油絵日本画に「デッサンがしっかりしてる/おかしい」なんてことばは普通に使う。この場合の「デッサン」は油彩や水彩という「画法」の技術と形取りの問題を切り分けるために使われている。

そもそも「デッサン」ということばが日本語に取り入れられた経緯からして、洋画リアリティコンプレックスを持った日本画家が「洋画に負けないデッサンを」とか何とか言って、もともとの狩野派みたいな「日本絵画から、今あるような西洋の「デッサン」に和の画材を合わせた「日本画」を新しくつくり上げた運動に由来する。

日本美術界において「デッサン」は、もともとが不正確な印象論のことばとして、「西洋画のリアリティ」に対するコンプレックスとともに使われて来たことばである

学生風情が教室で使われることばくらいの知識で知った風なことを言うなw

2015-10-30

http://anond.hatelabo.jp/20151029232513

立木一本を見に行くのではなくて、いろづいた山並みを見に行くのよ。

子供の時は、桜にも紅葉にも、まさしく「花より団子」だったなぁ。その後、きれいな日本画に感動してから桜も紅葉も心に入ってくるようになったよ。芸術って、ホンモノはすごい。

2015-08-16

http://anond.hatelabo.jp/20150816093041

いや、むしろ段階的に進歩することのほうが多いんじゃないかな。

北斎レアキャラ中のレアキャラ

先人のパクリが絵の基本。

書道とかだって、手本があってそれを真似て書くのが最初じゃん。

それをさんざんやって、延々とそのスタイルかそれをちょっとだけ踏み越えたものを作れるようになるのが普通

スケッチする以上に、先人の絵を模写してたはずだよ。

獅子とか、虎とか、みたこともないんだから

日本画に限らず、西洋だってある年代まではそうだよ。

歴史画とか宗教画最上とされていたんだから、そこに居合わせたわけじゃないのに描けるわけがない。

スケッチ上達用の「絵手本」っていうのが門外不出で。

今みたいに独学で絵を覚えられる時代はごく最近でな。

デッサンだけでなくて、絵の具の調合法から、紙の秘密から、ぜんぶ門外不出だったからな。

誰でも絵を学べるわけじゃないし、短い一生では先人の殻を破るのが限界で、せいぜい踏み越えられるのは先人の積み上げプラス一歩か二歩

先人の限界を破り、自分確立した新たな画風をさら自分が破りを繰り返した画家あんまりいない。

多くの画家若い時の作品は、コレクターズアイテム的な価値はあっても、アートとしての価値はないゴミみたいな絵がほとんどなわけで。

それだって、その絵を描いた人が革新的だったわけじゃなくて、その工房プロデューサーディレクター、あるいは下請けのなにかの工程を担う職人アイディアかもしれない。(というか、そういう場合のほうが多いと思う)

追記

北斎天才じゃない。

あらゆる流派の画法を独学でマスターして(異国の文書を読みあさり死体スケッチやら整体師への弟子入りまでして)、普通門外不出であるためのスケッチ集(北斎漫画)やら画法の解説やら西洋画の画材の作り方まで出版して世間に発信した北斎レアキャラ中のレアキャラだが、天才じゃない。

デビューも遅いし、初期の作品は平凡で、天才型じゃなくて努力型。

凡人が道無き道をひたすら突き進んでいるうちに、世界を変えることが出来た稀有な例。

パブピカソ天才

デビューから死ぬまで最初から最後までトップシーンを走り続け変革し続けた。

共産主義者を自認するくせに、商売上手で、しかも女にもモテた。

子孫はみんな芸術大成

天才中の天才爆発しろ

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