はてなキーワード: 組織体とは
鬼滅が傑作だと評されることへの個人的違和感を言語化すると「面白いのに凄い傑作と言われると首を捻ってしまう」であり、その理由は「巨悪と戦う漫画の割に世界観が壮大でない」からだと思う。
ナルトにしろブリーチにしろワンピースにしろ、個々のエピソードが面白いのとキャラがいいのは勿論、世界観の情報量が膨大(露骨な言い方をすればWikipedia読み込まんといかん位用語が多い)で、これの真似は確かにできんわって思うのが大きいと思うんだ。二次創作するには楽しいけど、これ1から自分で作れって言われたら時間いくらあっても無理だと思ってしまう。キャラとかエピソードは思い付くけど、世界構築はできない。
でも鬼滅の世界観は割と狭めなのだ。鬼がいる以外は現実に近く、チャクラだの念だのといった説明が必要な特殊設定はなしで技のエフェクトは※あくまでイメージである。
組織については敵味方双方、あまり複雑ではない。階級はあるが、主に「柱とそれ以外」でありたとえばワールドトリガーのような部隊ごとの特色や上司部下関係といった要素は少なめである。敵も強さはヤバイが、無惨というトップの他は序列はあるものの複雑な組織体型はなく派閥や上司部下の無惨を介さない関係性も(元からセットの鬼以外では)あまりない。例外である蜘蛛山も、独裁者と奴隷という割と単純な図式である。
武器や戦法や技についても、呼吸とか型とか確かにかっこいいんだけど、斬魄刀や血継限界やスタンドに比べると設定的に語れるところは少なめである。
敵の目的に関しても、ただの長生きしたい性格の悪いやつのわがままでありぶっちゃけ無惨の言うとおり小規模な災害なので、考察の余地も少ない。似た悪役にからくりサーカスのフェイスレスがいるが、あれの場合「滅茶苦茶壮大な悪事だからさぞ遠大な計画がと思ったのに女にふられたからとかふざけんな」というオチなので、最初から小物の私欲というのとはまた別である。
勿論、設定が複雑であればあるほど素晴らしいと思っているわけではない。設定を扱いきれない位ならない方がよいとさえ思う。規模だって、世界を救わなくても町一個をサイコ殺人鬼(たまに殺す以外は小市民)から救う話だって全然面白いのだから。ただ、ガワが王道少年漫画で千年の巨悪に立ち向かう話なのでどこかに壮大さを求めて読んだら肩透かしを食らった、というだけの話である。
つまり、鬼滅とは「いろんな意味で設定が壮大で(かつ細かく)ない傑作」なのだと思う。逆説的にいえば「巨悪と戦うバトルもので設定が異様に凝っていて壮大なうえでそれがおおむね生かされていて面白い」という、これまでのバトルもの傑作の特徴を持たずに売れたという点ですごい漫画なのだと思う。
数日前、『終末のワルキューレ(伝説や伝承に出てくる神と人間がタイマンする漫画)』に対して、ヒンドゥー教の聖職者がシヴァ神を軽視しているとクレームをつけたというネットニュースを見た。
ジャパニーズポップカルチャーでは宗教上の神話の登場人物(登場神物?)をキャラクター化するのは当たり前と化していて、その宗教に属する人々から批判を受けるということは今までもたびたびあった。
ただこうした批判自体が宗教的価値観特有の傲慢さに基づくものに感じて、俺は昔から気に入らないと思っていた。
まず第一に思うことが、どれだけその宗教の人々が心から信じようと神話はあくまでただの一”物語”に過ぎないということだ。
著作権に国際的な統一法はないが、何百年、何千年も前の物語が著作権保護の期間の範囲内だと主張する人は流石にいないだろう。
であるならば、神話だって著作権の切れた他の創作物と同じように後世の人が自由に使って良いだろうと思うのだ。
そして第二に思うのは、現代の宗教家は著作者本人でもなければ、委託を受けた権利の管理団体でもなんでもないだろうということだ。
宗教なんて大抵どこも宗派で分裂したり争ったりしていて、神話が創作された当初と同じ組織体系を維持しているところはほとんど存在しないだろう。
現代の宗教家なんてキリスト教だろうが、ヒンドゥー教だろうが、イスラム教だろうが、どこも勝手に正当後継を名乗っているだけで、神話の創作された頃の人々が自分たちの後継と認めるかどうかも分からない、その程度の集まりに過ぎないのだ。
そういう意味では彼らも日本の漫画家と同じで、許可も取らずに勝手に神話を使用している”利用者”に過ぎないわけだ。
日本の漫画家はキャラクター原案に神話を使い、宗教家は自分の信仰に、あるいは統治に神話を利用している。そこにあるのは使い方の違いだけだ。
物語というのは、過去の物語が人々に読まれ、そこから発想や知啓を得た人々が新たな物語が作り、そうして連綿と生み出され続けるものだと思う。
かつて神話を語った人もきっと、それまでに聞いた物語を参考にしつつ、自分なりのオリジナリティを加えて神話を綴ったのだろう。
であればいい加減、宗教家は神話を独占して自分たちだけに使用権があるかのように主張するのではなく、次世代の物語のために神話を開放するべきでないか?
ちなみに一応、言っておくが、俺のこの主張は別に、例えば『終末のワルキューレ』のような神や偉人をキャラクター化する創作物を擁護するものではない。
俺個人としては「別に良くね?」と思うが、それはなんとなく世間で許されてまかり通っているだけで、論理的な正当性を主張することは難しいと思う。
一次創作である神話に対するリスペクトが足りないという批判は当然あるだろうと思うし、だから、宗教家の人たちが解釈違いとして文句を言うのならそれは一つの意見だと思う。
宗教家が、自分たちだけが神話という物語の神を”使う”権利があると思って批判をしてくるのならば、それは大きな驕りだと断じたい。
タイヤがやぶけたら車は走らなくなるんよ
ドライバーなしでも走る車は自動車一台単位での動作についてのみ存在を研究されるべきなのか
アンパンマン組織が組織体として独立してヒーローを生産する工場となりえたほうがいいのか
アンパンマンという概念に任命したり生産したり定義したりする社会を考えるべきか
なんでそんな永遠の愛みたいに定義を時間軸に絶対的に定義する必要があったり
それを以降存続させ続けようとしたりするの
パンなんだから形成されて利用されて分解されてまた何かに成形される自然の中の循環の中で
そんな都市の民間の特定の用途の特定の期間に存在しえるだけの存在の名前を
不可侵にしようとするたくらみにみんなをまきこまなくてもよくない?
9月9日、弊社代表取締役 伊勢谷友介が大麻所持容疑を認める供述の報道がございました。
改めて、今回の伊勢谷友介に関し、関係各所の皆様へ、多大なるご迷惑をおかけしておりますことを深くお詫び申し上げます。
弊社の本事件への関与は一切ありませんが、弊社は捜査当局に対し、引き続き全面的に協力する所存であります。
また、弊社は、再発防止策として、取急ぎ、次の対策を進めていくことをお伝え申し上げます。
2 組織体制の再編
上記再発防止策及び伊勢谷友介に対する処分を含め、今後の弊社の対応については、可及的速やかにご報告させていただきます。
私は就職活動をしている。教育を学ぶ大学生であり、子ども関連の企業をみている。
そのような折、採用サイトで「キッズライン株式会社」を知った。
ベビーシッターのマッチングプラットフォームを運営する会社で、女性が子育てをしながら活躍できる社会を目指しているようだ。
その後キッズラインについて調べていると、衝撃の事件が私の目に飛び込んできた。
→https://news.yahoo.co.jp/byline/nakanomadoka/20200612-00182683/
(事件の全容はこちらにも詳しくまとめられている→https://note.com/komazaki/n/n080bd2efa2d4)
子どもを狙った性犯罪が保育の現場で起こってしまったこと自体が、とてつもなく悲しい。
実際に被害に遭われたお子様やご家族の心中を思うと、胸が苦しい。
しかしこの事件が大きく報道されることとなったのは、キッズライン側に不審な点が多々あったからだ。
(この件については各メディアで詳しく報道されているので割愛する)
面談を予定していた会社がこのような事態になり、私は辞退しようか悩みに悩んだ。
しかし判断するのは直接話を聞いてみてからでも遅くはないと思い、面談を受けることにした。
実際に社員の方はこの問題をどう受け止めているのか、聞きたくなったのだ。
私は面談で、一番気になっていたことを聞いてみた。今回問題になっている「統計的差別」についてだ。
キッズラインは男性シッター二人が逮捕されたことを踏まえ、「専門家から性犯罪が男性により発生する傾向が高いことを指摘されたことなどを鑑み」た結果、「男性シッターによるサポート一時停止」を発表した。(https://kidsline.me/contents/news_detail/605)
例えば出産や結婚を機に離職する可能性が高いことを理由に女性を採用しない、といったものは、典型的な統計的差別の一種だ。
個々人がどう生きたいか、どんな能力や思いを持っているか、といったことを抜きにし、「女性」というラベルのみで判断をすることは無論あってはならない。
もちろん、男性も同じだ。
キッズラインは、女性が統計的差別を受けることなく一人ひとりが活躍できる社会を目指し、ベビーシッターサービスを展開してきたと私は認識していた。
しかし今回キッズラインがしたことは、男性に対する統計的差別だった。
これに対し面談担当者は、「子どもの安全を考えた上で今すぐにできる対応として、男性シッター活動停止をやむなく決断した。これから先安心安全に運営ができる体制が整い次第、活動を再開したいと考えている」と話した。
この回答自体は、「今回の対応が統計的差別に当たることについてどう考えるか」という私の質問に対する答えにはなっていないのだが、担当者は「今すぐにできる対応」の部分を強調していた。果たして、差別にあたるのではないかといった議論は社内で出てこなかったのだろうか。
また虚偽のレビューを会社側が書いていたことや、事件発覚の知らせがきちんと利用者に届くようなされていなかったことなど、会社として不審な部分が明るみに出た。
そのことに対し、代表自ら表に出て説明責任を果たすといったことは一切していない。
私にはそのような会社を信用できるはずもなく、面談後、選考を辞退することにした。
私もそうだが、多くの就活生は、企業の理念やビジョン、実現したい社会に注目する。その方向性に自分も共感するか、一緒に同じ社会を目指していきたいかといった指標は、重要な軸となる。しかし就職活動において、キラキラとした理念やビジョンと、企業の実態が合っているか否かを判断することは、非常に難しい。
これはキッズラインに限ったことではない。すべての組織において、実際に中に入ってみないとわからないことは多いだろう。
今回はたまたま選考中の企業が報道されたために、内部事情を知ることができ、辞退という判断に至ることができた。
しかし、就職したあとに、自分が共感した部分と乖離したやり方を目の当たりにしたとすると、相当大きなショックを受けるに違いない。社会に出ればそんな理不尽いくらでもあると言う人もいるだろうが、限りある人生の中で、心をすり減らして働き続ける時間ほど無駄なものはない。
キッズラインは、「子どもにとって優しい社会」を目指しているように見えた。少なくとも私の目には。
だが実態を知ってからは、利益を重視しすぎたあまり、歪んでしまったようにしか思えなかった。すべての責任がキッズラインにあるとは思わないが、組織の歪みがさらなる被害を招いたとも言えるだろう。だからこそ、悲しかった。
私のように、ビジョンと実態の乖離について疑問視している社員はいないのか、と。「あれ、これって私たちが目指しているものに向かう上で正しいことだっけ?」と気づけなかったのか、と。
これに対しては、「会社の方針と個人の思いはどこの組織でも大なり小なりあるものだ」という前置きののち、「社員のもやもやには社長や経営陣が直接答え、それぞれが落とし所を見つけた上で業務に励んでいる」との答えが帰ってきた。
その上、「これは私たちのように小さな会社だからできることであって、大きな会社だとそうもいかないでしょう」とのアドバイスもいただいた。
あっけにとられてしまった。これだけ歪んだことを、納得しておこなっていたというのか。本当だとすれば、もはや洗脳に近い。組織とはおそろしいものだと痛感した。
就活生の視点からキッズラインの件について書いてきたが、やはり利用者、シッター登録者、就活生などかかわる人すべてが求めていることは、代表自らが説明責任を果たした上で、適切にサービスや組織体制を改善していくことだと思う。
特に男性シッターの方々、利用者の方々のショックはとてつもなく大きいことだろう。「安心安全」だと信じていたものに、裏切られたのだから。
しかし逆に言えば、こういったときこそ、企業の真価が問われるのではないだろうか。不十分な説明でかかわる人に不安を与えたままなのか、間違っていたことは間違っていたと認め、しっかりと説明して進むのか。この違いは、大きな分かれ道となると若造ながらに思う。
面談担当者は、「ここで絶対に歩みを止めたくない」と話していた。私自身も、キッズラインの目指す社会には共感している。
だからこそ、子どもや家族が不幸な目に合わないようなサービスとして、ビジョンと実態に乖離のない健全な企業として生まれ変わることを願っている。シッターのサービスを求めている人も、保育の現場で働きたい人もいるのだから。
キッズラインには、かかわるすべての人に誠実な対応を求めたい。
保育者の無犯罪証明書発行を求める運動に署名をしました。性犯罪がなくなり、子どもが安心して育つことのできる社会、子どもと関わる方が安心して働ける社会に近づけるよう、小さくてもできることをしていきたいです。
1.ITゼネコン元受けにおける旧電電ファミリー(NTTグループ、NEC、富士通、等)の占有率の高さ
組織体質が古臭い。組合支配による現業重視、エンジニア軽視。経営陣も組合との関係をうまくやってきた労務畑が強い。
予算と工数管理の手法がゼネコン的なウォーターフォールから抜けられない。多重下請け・人売り企業の繁栄。技術力よりもいざというときに赤字出しても責任とれる財務力が大事。
その年に使った開発費を損金計上できないので、税負担が重い。投資にブレーキがかかる。
セキュリティ統括部署のトップがエンジニアでなく法務出身だったりするので、わけわからずリスクゼロにしろと主張する。
5.エンジニアの雇用流動性が低い。エンジニアのキャリアパスが頭打ち。
年功賃金のため若い時に実績を上げても給料には反映されない。中高年になって偉くなるのは接待にたけた文系ばかり。エンジニアは中韓企業に高給で引き抜かれても、文系は忠誠心がないとなじるだけでポストは渡さない。社長は理系でも取り巻きは文系。
Winny事件が典型だが、法曹・警察権力は自分の権限拡大のためなら技術革新なんてなんとも思ってない。右翼も左翼も法学部出はほぼ同じ考え方。
まあ暴力を行使する力を備えている組織体がコアにならないと体制制圧を完遂できるクーデターなんて起こせないわけだから、
まず暴力団は国体とズブズブだからむしろクーデター抑止勢力だし、
自衛隊もまあなんというか統制取れてるから向こう四半世紀くらいは暴れることは無さそうだし、
まあ最近調子乗ってる半グレ連中がチャイナマネーをもらってYoutubeやらtiktokやらSNSを駆使しながら扇動を始めるくらいしか思いつかないな
でも米帝さまは日本国内のチャイナ勢力拡大監視にはわりと神経質ですぐ検察に芽を摘ませ続けてきた歴史があるから、そのへんが変わってこないとなんともいえんよな。ちょっとアメリカは国内で手一杯な感じで潮目が変わりそうな気もするけど2年もすれば持ち直すだろ。さすがにトランプは2期目なさそうだし
フリーランスで仕事してるけど今月で配属されたがバックレるつもりです
いきなり客先に呼ばれたり突然何もわからない会議に呼ばれるのはちょっときつい
事前にどのような経緯を説明してくれたらいいなあと
協力会社(この人は現場の保守運用をある程度知っている)からも指示を受けるので
仮に作業手順書があったとしても属人性が非常に高いので1から作業手順書を作成せねばならん
・協力会社A(6月から入ったが昨年あたりから仕事を知っている)
・俺(ポンコツ)
要は前述の協力会社Aとのウマが合わないところがあるんですわ
ダメな小学校教師みたいに「こんなのも出来ないの」「以前言ったよね」みたいなところはまあ我慢できるけど
Redmineでチケット書いたにもかかわらずその旨をメールで送らないとならない
勤怠報告は社内のLINEでサクッと出来ると思ったがメールで送らないとならない、しかも件名だけはフォーマットが決まっててうざい
定時後に仕事振るなボケカス、こっちはスケジューラーに「定時で帰る」と書いているんだぞボケカス
みんながみんな、大変な中を生きている
旧帝修士まで行ったのに、なんだか報われない人もいるとか
かわいそうやな。なんなんやろな
がんばってがんばっても報われないのはかわいそうや
なんなんやろな、生きるってのは
事故で亡くすひと亡くなるひともいたりして病んでいくひともいたり
ほんまに遣り切れない
苦でいっぱいやな生は、苦が重なっていく一方的過程にいるわけで
なんだか、どう仕様もないな
幸を、これでもかこれでもかと重ねていったって関係なく突然に訪れる不幸とかいうやつ
どこまで社会という組織体を発展させていったって解決出来ないこの世の不条理、理不尽
でもあれやな、いま幸せなひとにとって、こんな文字列なぞなんてことないよな
幸せとは酔うこと、だとすると不幸もまた悪く酔うことといえるんかな
1月16日午後に開催された国連子どもの権利委員会において日本の児童相談所(以下、児相と略記)による様々な逸脱行為に対しての問題提起がなされた。これまでも
3)一時保護から施設入所期間に渡る保護単価による経済的インセンティブ、
が問題視されていたが、それらの諸問題について国連によってグギをさされた形だ。
これに対する日本政府代表団からの答弁は翌日17日午前の会議に持ち越された。
答弁に応じたのは厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課児童福祉専門官の島玲志(しま れいじ)氏。
「子供と親の両者の意見を聞き、子供と親の意見と違う場合は家裁が判断」
するのだと述べた。それについて関係者は
「親と子供の意見を聞いて判断した事例が少なくとも日本に何例かは存在していると言いたいのか。それが理想だと言いたいのか。もはや、この答弁の意味が分からない。詭弁だ」と呆れ顔。
また予算問題に関しては、「児相の管轄地域の人口規模で予算が定められており、保護児童の人数によって決まるのではない」
「ただし、児童養護施設や里親へは児童1人当たりで予算が決まり直接支給される」
と児相一時保護所に子供を入れる金銭的インセンティブを否定したとも取れる回答をした。
これに不信を抱いた会場参加者がこの点を問いただした所、
児相が収容した保護所の児童1人当たりの「保護単価」の存在を認めた上で
それは児童養護施設や里親「等」の予算に含まれたものとして説明したと釈明。
どうやら、答弁の前半では児相の管轄地域の人口規模で(定員)予算が定められており、保護児童の人数(を好きなだけ集めたその人数)によって決まるのではないと定員問題を斜めにはぐらかし、後半で施設やら里親やら何やら「等」に実は保護所も入っているとして、聞く人によって2つの意味を持つ官僚答弁なのだと言いたいようだ。
しかし、これでは児相を管轄する厚労省が一番触れられたくない所はここですと吐露しているも同様であり、
虚偽答弁と揶揄されても仕方がない。国がこれ以上、国際社会で児童行政に関わる暗部を隠し通すのは困難だろう。
ここは国民のために間違いを認め、経済的インセンティブに基づく強制保護や理不尽な親子の面会拒否を即刻中止し、国連の子どもの権利条約違反の状態を解消するべきである。
そして本当に子供の命が危ない深刻事例を漏れ無くケアするため定員に余裕を持たせて務める事こそ真の急務なのではないだろうか。
ここは地獄だ。
ネットのクソ掲示板で都会の大手企業で働きたいと言ってるワープアな人たちを見ると
いや、こちらは、都内であってもクソみたいな安い賃金で実質ワープアだぞ?と教えてあげたい。
なまじ大学院など出てしまったが為に、中途半端なプライドと残業代ブーストで辛うじて生活できる賃金と
中途半端な技術力(笑)とであからさまに人よりめんどくさい仕事を押し付けられている。
20代の頃はそれでもまだ学ぶものはあるとか、現場の中で頑張っている人が居る、と思っていたが、
転職もいいが、一応この大企業(笑)の組織体制や、幹部の目標【だけ】は共感している。
そこに共感できなければ、より人間は落ちていくだけなのがわかっているからだ。
どうせやめるのであれば、優秀な若手が抜けて行くのを歯止めかけるため、
若者向けの労働組合を立ち上げ、ストライキをかましてやれば、一気に仕事が止まるのは目に見えている。
学生運動とかに参加していたおっさんたちと同じ方法で訴えてやろう。
そしたら馬鹿では無いから、自分たちがひどいことをしていることがわかるだろう。
はてなのみんな、知恵を貸してくれ。
医学部定員が少ない理由は、医師会が枠の拡大に反対しているから
医師会が反対する理由は、彼らは市中の開業医の声を反映する組織であり既得権益を奪わられるのが怖いから
第二次安倍政権の成立に医師会は相当なバックアップをしており、安倍さんは医師会には逆らえない
そんなわけで医師の数は増えないが、医師の報酬は上がり続けている。診療報酬改革でも薬剤師給与や薬価が下がり、ボコボコ薬局が潰れ製薬メーカーがリストラの嵐になっても医師会の影響力で守られているのだ
もちろん、これからの人口動態を見ると医師を増やすことが必ずしも良いとは考えられない
その場合は、医師の業務をコメディカルに委譲するという選択肢もある
しかし医師会が政権への影響力を持ち続け、また医師会の組織体制が変わらない以上、開業医の経営を脅かす選択肢はまず現れてこないのではないか
https://sisidovski.hatenablog.com/entry/2018/12/09/191500 を読んだ。
新聞社はもとより旧来型メディアに特有の人事について理解をしておかないと、この退職エントリに関する事情を深く理解することはできない。メディア業界の置かれている環境とエンジニアの役割を正しく認識し、できるだけフェアな視点を保ち、注意深い筆致で書かれているが、やはりキーとなる一文がこれ。
「人事異動に透明性と納得感があれば、あるいは会社を離れずに済んだかもしれない。」
先日のNTT武蔵野通研の退職エントリとは似て非なるもので、結果としてGAFAに行ってしまったのは一緒だが、給与面から見通せてしまう先々の人生設計に絶望したというわけでもなければ(日経の給与は一般産業界平均で見ても高め)、プアな社内環境に絶望したというわけでもない。
旧来型メディアの人事は、編集局や報道局といった記者中心の組織に行われている。記者出身者を頂点に、会社の組織ピラミッドを構成している。人事部の社員よりも、編集局デスクや部長の方が権限が強いのもしばしばだ。日経の場合でいえば、総務局人事部より、編集局の方が権限が強い。編集局のお偉方の鶴の一声で、人事異動が通ったり通らなかったりする。編集局内にその論理が閉じていればそれでもいいのだが、他の局にも影響力を持っていることすらある。このあたりは『週刊ダイヤモンド』10月27日号の特集「メディアの新序列」に詳しい。
そうした状況の中、紙を中心に考えてきた記者あがりの上長や、上記のような異常な風習を是としてきた組織体制が、エンジニア、デジタル系の人材(特に中途採用)の業績を正しく評価し、キャリアパスを考えていくなどできるはずもない。旧来型メディア企業の、年次至上主義、年功序列人事の中で彼らをどう位置づけるか。日経に関しては電子版がはじまった当時から何も決まっていない。
おそらく彼は、日経の歴史をあまり知らないのだろう。成功事例になりうるビジネスが認識されると、編集局から落下傘的に「偉い人」がやってきて、その手柄をせしめるということが繰り返されてきたのだが、電子版でもそれがあったというだけだ。かつて電子版を立ち上げる準備段階でも、ここままいけば成功というのが見えてきたタイミングで急遽編集から人が降ってきた。また立ち上げ後も、電子版をリードしてきた人たちが急に子会社に飛ばされ、執行役員から外されることもあった。電子版が単月黒字になることが見えてからは、対外的な広報活動に精を出して活躍してきた人に対し、編集にもっと金を出せという圧力をかけると共に、突如なんとか長という謎の中間的上長を上にかぶせて冷や飯を食わせている。
そうした人事に抗う人に対しては、懲罰や解雇も恒常的に行われている。たとえばGoogleのサービスは便利だし、今どきのエンジニアなら必ず使いたがるものだが、いちいち「クラウド利用申請」なるものを出さなければならず、それに違反すると譴責や減給なども行われる。中にはデジタルなのに労働組合に所属していたから目をつけられ職場を追われた人もいる(裁判になっているようだ)。また、退職エントリを書いた彼も席を並べていた時期があると思うが、不正アクセス禁止法などの罪に問われた社員もいた。会社の姿勢に抗議する意味で社員約3千人分の賃金データなどを外部に漏洩させた社員もいた。
双方の言い分を聞かなければ本当のところの事情はわからないが(中には明確に犯罪もある)、彼はそうした組織に身を置き続けるリスクを実感として感じていたのではないか。優秀なエンジニアだから日本企業を捨ててGAFAへ、というのは一面的な見方でしかない。
当たり前のことを何をつらつらと書いているんだとツッコミを受けそうですが(笑)、
自分自身が自社や他社を見て感じたことを備忘録的に書いてみます。
中には理想論のように見えること、時にはそうせざるをえないこと、
ベンチャーだからこそ許されてしかるべきこと等もあるかもしれませんが、
組織の中にずっといるとその異常性に気付かないようなことや、
モヤモヤしつつも誰も異を唱えられなくなっていたりするようなことを、
改めて見つめ直してもらえたら幸いです。(もしくは、あるあるネタ的に捉えてください笑)
また、ベンチャー企業において、起業黎明期、拡大成長期、転換過渡期等のあらゆるフェーズを、
社員、中間管理職、役員、子会社社長等の様々な立場で見てきて感じたこと、
そして自分自身、下記のうちで実際に出来ていたことは決して多くないので、
その自責の念や悔恨の思いで書いたというのも正直なところでございます。
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→常にビジョンをぶらさず、口頭や文面等で全体に伝え続けるべき
→常に社内をしっかり見て、コミュニケーションにも時間を割くべき
→コスト部門という考え方を捨て、部毎の評価基準も別途作るべき
→重要な決断の際にはきちんと情報を収集し、しっかりと検討を行うべき
⑤派手な私生活、素行の悪さ、ワークライフバランスの崩れ等を見せてしまう
→私生活でも模範となり、そのライフスタイルも憧れられるようにすべき
→そういう時こそ早さとクオリティで手本にされるような対応を行うべき
⑦組織体制がころころ変わり、目標や計画の意味があまりなくなる
→組織としての在り方や評価基準を設け、目標や計画を意識させるべき
→任せる範囲をある程度絞り、個人の専門性も高められるようにすべき
⑨案件を選ばず、すぐにお金になりそうな案件や大型の案件に飛びつく
→短期的な売上に捉われるのではなく、しっかりと案件を選ぶ眼を持つべき
⑪採用に時間やお金をかけない、特にリファレルの場合は極端に人物評価が甘い
→少数精鋭だからこそ組織とのマッチングを重視して慎重に採用すべき
⑫社員に対して中途半端に隠し事をする、重要な情報の共有が遅れる
→できるだけオープンにし、小さなことでも即時共有できる仕組みを作るべき
⑬新規事業の結果が出るまでに待てずに、すぐに打ち切ってしまう
→やると決めた事業には、とことん人と時間を投資いて育てる覚悟を持つべき
→意思決定プロセスにも社員を巻き込み、腹落ち感や当事者意識を重要視すべき
⑮社員に対して心無い発言をしたり、無理やり経営者と同じ視点を求める
→社員の立場になって考えたり、社員に感謝やリスペクトの気持ちを持つべき
⑯働く場所や時間を無駄に縛ったり、細かいルールを作ってしまう
→成果を大事にし、性善説や個人の自主性を重んじたルール作りをすべき
→個人の抱えているタスク量を把握し、全体のバランスを考えて振るべき
⑱プロジェクト単位でのフィードバックをせず、反省を次に活かせない
→改善のための振り返り等を頻繁に行い、個々が成長できる仕組みを作るべき
→情報共有のためだけの会議はせず、人数も必要最低限に絞るべき
⑳クライアントやパートナーよりも自社の利益を一番に考えてしまう
→外に対しても嘘をつかず誠実に、長期的かつ良好な関係作りに努めるべき
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もちろん経営は綺麗ごとばかりでは成り立たないですし、