はてなキーワード: プロ野球とは
基準は
・生涯成績
・野球界への貢献
・好み
あたりを加味してご回答ください
補足
プロ野球・5,523閲覧・
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25
jor********さん
2013/1/16 8:55
(1)生涯成績
巨人とヤンキースで活躍した松井が2番目で、成績自体は凄いけどこの三人の中ではどうしてもビリになってしまう清原です。
(2)ポテンシャル
清原和博が最も素質がある選手だったと思います。恵まれた体格、天性のバッティングセンスがありました。オフに遊び呆けてもすごい成績を挙げていたところからそう感じました。歴代殿堂入り選手の多くが、清原は歴代選手の中で最も才能がある選手だったと言っていますし。
(3)野球界への貢献
選手としてのみならず監督として中日を盛り上げてくれた落合がトップです。
次点で、巨人では不動の4番打者、メジャーリーグ強豪チームのヤンキースでは7年間体を張ってプレーした松井秀喜です。
最後は、野球会への貢献は大きいけど、怪我などで戦線離脱が多くなってきた清原になってしまいます。
(4)好み
現時点では、落合、松井、清原の順じゃないかなーと考えてます。
将来的に、私の中でこの順位が入れ替わることはあると思いますが。例えば、松井か清原が監督としての采配で落合以上の偉業を成し遂げるとか。
結論よりもどういう理由でその推測になったのかのほうが気になるかな。
増田の1日の投稿数は2000台らしいけれど、5chで2000〜3000レスされる板のID数の平均を見たら1000ってのは悪くない推測な気がする。投稿の質的に見て似ている板があるならユニークユーザー数も近いのだろうけれど、増田に似た板はどれだろう。実況系は違うだろうな。オカルトとか軍事あたりはどうだろう。
板名 | ID数 | レス数 |
---|---|---|
漫画 | 1805 | 2683 |
女性アイドル | 1708 | 2667 |
ファッション | 1621 | 2887 |
家ゲーRPG | 1593 | 2805 |
スマートフォン | 1541 | 2123 |
同人 | 1503 | 2051 |
テレビ番組 | 1443 | 2500 |
ラジオ番組 | 1437 | 2296 |
文芸書籍サロン | 1355 | 2436 |
自作PC | 1354 | 2453 |
バイク | 1313 | 2073 |
邦楽グループ | 1294 | 2093 |
ビジネスnews+ | 1198 | 2021 |
鉄道路線・車両 | 1173 | 2103 |
模型・プラモ | 1166 | 2086 |
ロボットゲー | 1135 | 2719 |
海外サッカー | 1109 | 2188 |
プロレス | 1092 | 2473 |
映画作品・人 | 1043 | 2170 |
野球ch | 1013 | 2188 |
プロ野球 | 986 | 2119 |
日向坂46 | 977 | 2789 |
遊戯王 | 970 | 2864 |
大学受験サロン | 937 | 2320 |
競輪 | 841 | 2841 |
オカルト | 823 | 2063 |
PSO | 774 | 2007 |
櫻坂46 | 749 | 2041 |
バスケット | 747 | 2299 |
軍事 | 714 | 2469 |
携帯電話ゲー | 659 | 2139 |
スポーツch | 625 | 2939 |
COVID-19 | 620 | 2003 |
メンヘルサロン | 359 | 2132 |
番組ch(MX) | 268 | 2472 |
なんでも実況S | 114 | 2573 |
いつも7時に起きて顔を洗い、作業服に着替える。
仕出し弁当を急いで食べる。
毎晩日付が変わる頃まで残業が続く。
バスはもうないので、車通勤してる奴に乗せてもらって寮に帰る。
作業服のまま食堂に行き、すっかり冷たくなった夕食を保存棚から
取り出して、備え付けの電子レンジで温めて食べる。
テレビなんか見る気も起きず、酒を飲みたくなることもない。
急いで寝ないとすぐ朝だ。一秒でも長く眠りたい、それだけ。
土曜はだいたい出勤になる。
それ以上のことをする気分にならない。
年を追うごとに忙しくなっていく。
俺らが入社した頃に三十代だった上司連中はみんな既婚なんだが、
いま三十代の同僚はみんな独身。二十代はそもそも一人もいない。
安月給だけど、こんな生活を15年も続けてきたから貯金だけは3千万ある。
あるんだけど、空しい。
とある宗教を信仰している。まあ、家系的にね、仕方がないのさ。
毎年、年頭に新年の集会がある。新年を迎えるにあたっての説法がなされる。全国から人が集まる。
集まるとはいえ数千人レベルだから、アリーナでのコンサートやプロ野球の試合に比べればへぼい。
来年の新年の集会にあたっては、会場の施設が住宅街にあるからか「近隣住民の目を避けるため、朝早くからきて待機するように」とのお触れが出されている。
=コロナ禍で人を集めることは住民感情を害する、住民感情を害することは教団の運営に悪影響が出る、という認識はあるらしい。
当然「宗教」はワクチンなど信用していない。ワクチンを打つなというお触れは出ていないが、「神の為すことに人間はかなわない」とのこと。ちなみに自分はワクチン2回接種済み。
ならば「ワクチン・検査パッケージ」など眼中に入るはずもないだろうけど、『住民感情があるから朝は早く来い』っていうよりは、『パッケージの適用はしていないが定員の何割に抑えて政府のガイドラインに沿いました』とかのほうが後々の言い逃れはしやすいんじゃないのか。
それか、「コロナや世間様など関係ありません。宗教ですから。我々の教えが世界のすべてです」って言い切ればいい。宗教なんだから。
プロアマ問わず、日本の野球経験者は現役引退後の生活でも、野球に固執する例が多い気がする。固執と言っても全く過言ではない。プロ野球や甲子園に注目したり、草野球を続けたり、あるいは部活動や少年野球のコーチになったりする人らが、野球経験者中で数でも意識の上でも優位に立っているような。現にわたしが野球の呪縛から逃れられていない。なお、ここでの野球とは日本での野球を指して、アメリカその他の国々における野球ではない。またここで示す見解は、裏取りや検証を全くしていない、一人の想像であり譫言の域を出ない。
振り返ると、野球競技従事者には「一筋に打ち込む」ことの正義が支配的で、プレーヤーには「生活中では野球第一を是とする」思想を植え付ける傾向にあった。それが上達には必須であるからと。
全体練習中にサボるのは良かったが、部活を休むのは悪だった。授業中に寝るのは良かった(むしろ褒められる視線を受けた)が、移動教室の廊下で対面する監督や先輩に立ち止まって挨拶しないのは絶対悪だった。ああこれは全体主義だ……。
それを自覚しなかったから、引退後もずっと頭が野球から抜け出せない。野球に限らず他のスポーツ、延いては人が従事するあらゆる対象でこの現象はあり得、対象にのめり込む程その色は濃くなりやすいだろう。しかし野球は特別、競技の科学的分析とは別個に、コミュニティ内の人間関係において、個人的意思(≠個人主義。日本にあって、最終的な辞める辞めないの自由はあったので、個人主義を許容していないとは言えなかった。ここではコミュニティ内で意思を表明するフェイズにおいて、個人的な意思の芽は摘まれていたことを指摘したかった。)や相対化を拒む文化が根差していて、否定は罪な風土があった。同期は仲間であり、後輩は慕い、先輩と監督とコーチは畏敬する人間であるとの認識が正常とされている。
その文化の洗礼を受けた頭が無意識に後進を指導するので、界隈が全体主義的に規定され、その影響下にわたしもあったのだとすれば、このふとした拘束感に合点がいく。
この仮説が正しければ、宗教的意識に無頓着である点でこの野球教は悪である。
一つ厄介事があるとすれば、それは野球を競技的に極めようとすると、この全体主義的思想は有効であると証明されている点である。事実、日本の野球の強さは世界屈指ではあり(競技国や競技人口が少ないので正しさの更新を望めていない問題はあるが)、世界的名選手すら輩出している誇りがある。
しかし国内の競技人口は減少し、またSNSの隆興や欧米発の自由主義的な価値観の流入などで、指導方法のアップデートが強要されている今日、これまでの正義が変容の岐路に立たされているのは間違いない。
江川氏は94年スタートの前身番組「スポーツうるぐす」でメインキャスターを務め、2010年から「Going」に11年8カ月出演。この日の放送では「江川卒業SP」と題して、番組での江川氏のMCぶりや、試合解説で選手の様子や変化を見極めて結果を当てる「予言解説」を展開してきたことなどが特集された。
巨人原辰徳監督(63)からはビデオメッセージが届き、これまでの労をねぎらわれるとともに、「まだまだ江川さんは体も知力もお若いでしょうから、少し時間があるんであれば、実弾飛び交うジャイアンツのところに降りてコーチ、あるいは監督という形でやってもらえる可能性も、ちょっと増えたのではないかと思っています。先輩、ご苦労さまでした」と、今後の監督業も期待された。
MCのくりぃむしちゅー上田晋也(51)もこのVTRを受け「我々としても、江川監督って言うのを見てみたいというのは長年思っているんですけど。そういう方向性というのはいかがでしょう」と問いかけると、江川氏は「ほぼないですね」と回答。上田が「え~やりましょうよ」と食い下がると「ないと思いますよ」と淡々と続けた。
上田はあきらめず「ひょっとしたら原監督から『ちょっと江川さん、お願いします』って、臨時コーチとかあるかもしれませんよ」と粘ると、江川氏は「そうですね、臨時であれば、やらないですね」とクールな返答で笑いを誘った。ただ、最後は上田が「やってくださいよ、日本中に見たい人がいっぱいいますから。その日を楽しみにしたいと思います」と言うと、江川氏はまとめるように「はい」と回答。今後の監督就任を“完全否定”はしなかった。
終盤には、今年まで巨人の場内アナウンスを担当した山中美和子さんの「9番ピッチャー江川、背番号30」のアナウンスに送られてあいさつ。江川氏は視聴者やスタッフに感謝の言葉を述べると、「私はもう少しマウンドに登ってみたいと思っています。ありがとうございました」と、意味深なコメントで締めた。
選手としての特徴
江川の球速は高校時代に既にピークを迎えていたとも言われ、当時スピードガンはまだ無かったが、150km/hを超えていたのではないかと推定されている[49](プロ入り後の最速は154km/h[50])。スピードガンが各球場に導入された頃、江川のストレートの球速が135km/h前後と表示される記録映像が残っている。これについて掛布雅之、西本聖、槙原寛己など多数の人物が異口同音に「江川の球速が140km/hを下回ることはありえない」と証言、当時のスピードガンは精度が低く、数値の正確さには疑問があると指摘している。特に掛布は「最低でも150キロ、好調時は155キロ以上出ていただろう」と述べている。2021年12月4日のGoing!Sports&Newsにおいて、江川自身が最も速かったとする1981年の中塚政幸に投じたストレートの球速を分析したところ、158km/hと算出された[51]。
江川が投じる速球の威力の高さは、投手としては指が短めだったこともその理由とされる。指が短めだったことは、スピンをかけるには有利だったが、フォークボールなどの変化球を投げるのには適さなかった。そのため、プロ入りまで変化球はカーブしか投げられなかった。掛布や高木豊の弁によると江川は手首の関節が非常に柔らかく、打席から見るとリリースの寸前まで手のひらが見えたという。この柔軟かつ強靭な手首によりボールに強烈なバックスピンを与え、江川独特の伸びのあるストレートが生まれたのではないかと高木は解説している。このことを掛布は「スピンが効いた独特のストレート」と評した[52]。
1980年代では、スピンが効いたストレートは「球質が軽い」「長打を打たれやすい」などと呼ばれ軽視もされていた。 しかし2000年代に入り流体力学を使った解析により、バックスピン数が高いストレートは普通の直球よりも沈まず、打ちにくい球であることが判明した。 江川の浮き上がるようなストレートはこの効果によるものと考えられている。
《なお、2021年のMLBでは、回転数が高いボールの効果があり過ぎるため、指に粘着物質を付ける投手が激増したことから、取り締まりに至る事態になっている。》
1985年頃から投げ始めた「相手の腰を引かせるスライダー系のボール」、コシヒカリが話題になり、本当にコシヒカリが贈られてきたエピソードがある。このことに味をしめた江川は、今度はメロンを貰おうと「相手のマスク(顔)をメロメロにしてしまう顔の前を通すボール」、マスクメロンを開発している[19]。現役時代のライバルだった掛布雅之は、「ストレートへの強いこだわりを持ったボールを感じさせてくれる」唯一の投手だったと述べている[53]。
阪神のランディ・バースが55本塁打や7試合連続本塁打などで王貞治の記録に迫ったとき、逃げ腰の巨人投手陣の中にあって勝負を挑んだのは既述の通りだが、バースが2年連続三冠王を獲得した1985年と1986年において、1985年は被本塁打0、1986年の被本塁打も7試合連続となった本塁打と連続試合打点記録更新中の最後の試合(13試合目)で打たれた2本だけであった。江川の引退時、バースは江川を「日本、アメリカを通じて今まで対戦した中で最高の投手」と讃えている[54]。
9回を完投するため、中心打者には「最高出力」まで上げ、下位打線の選手にはコントロール重視とするなど、メリハリをつけていた[55]。9回に全力の投球で三者三振を取ることを「やっぱり打てない」という印象を与えるという点で重視し、そのために7回・8回は少し力を落としたと述べている[55]。現役時代にチームメイトだった篠塚和典は「江川さんにはギアがある」と表現しており、「試合の中でここぞという時、特に主力打者と対戦する時はトップギアに入れた。あの大きな体が更に一回り大きく見えた」と述懐している。
江川は与死球が極めて少なく、これは高校時代、自らが頭部死球を受けた経験から厳しく内角を攻めることにためらいを見せたためと語っている[56]。江川自身は、捕手が構えたままのギリギリのコースに投げることができたため、わざと打者の体の近くには投げることはしなかったとも述べている[57]。また与四球も少ない。江川の場合、豪速球で圧倒できた全盛期の与四球が非常に少ないのが目立っている。江川はボール球を投げること自体が嫌いだったと述べており、当時の巨人ではカウント2ストライクノーボールからヒットを打たれると罰金を取られたため、捕手からの懇願でその場合は仕方なくボール球を投げていたという[58]。一般的に速球派投手はコントロールが悪いことが多いが、江川はそれにあてはまらず、コントロール面も卓越したものであったことが伺える。
被本塁打が多く、「一発病」といわれた投手の1人であり、本塁打を打たれた際、マウンド上で両手を腰に当てながら首を捻るシーンがよく見られた。1982年はリーグ最多の36本塁打を打たれた。9イニングあたりの被本塁打は通算で1.23本である[59]。
上記の通り、デビューした対阪神戦では敗戦投手になったが、その後は阪神キラーとなり、対阪神戦通算36勝(18敗)を挙げた。これは通算135勝の1/4強を占める。逆に小林繁は阪神に移籍した1979年こそ対巨人戦8勝0敗と意地を見せたが、その後は引退までの4シーズンで対巨人戦5勝15敗と対照的な結果になった。入団2年目の1980年8月16日、対阪神戦(後楽園球場)での小林繁との初対決では、打撃でも小林から決勝適時打を放つ活躍で、3失点完投勝利を収めている[60]。のちに、「プロ野球でやっていく中で絶対に負けられない試合は数試合しかないだろうが、その中の一つがその試合だと思って試合に臨んだ」と懐述している。
打撃の優れた投手としても知られているが、初安打はデビューから36打席目だった[† 28]。プロ入り最初の打席で、阪神の山本和行が初球に投げたストレートがあまり速くなかったため、「プロってこんなレベルか」と思っていたところ、そのあと「打ちごろ」と見て振った球をいずれも空振りして三振を喫した。江川はそれがフォークボールであったと気づき、「これはやばいぞ。プロはこんな高いレベルなのか」と思ったと回想している[61]。
少年時代の写真に笑顔で写っているものはない。それは父親から「写真は真顔でとられろ」と言われたからである[62]。
裕福な少年時代を送っていたわけではないが、父親が財産の管理が上手かったことから、年2回の旅行を行えたり、電化製品をそろえることができるなど、物資には全く不自由しなかったとのこと[63]。
幼い頃に父に背負われて散歩に出かけた際、背負われたまま崖の下を覗かされたことが原因で、極度の高所恐怖症となった。そのため妻が元客室乗務員でありながら飛行機嫌いであり、国内の移動はどんなに時間がかかってもいつも鉄道などを用いている(妻との馴れ初めは、江川が米国開催の日米大学野球選手権大会に出場するため、やむを得ず飛行機に乗っていて青くなっているところを、客室乗務員だった妻が親切にしてくれたことである)。かつて巨人の北海道遠征の取材で東京→盛岡→青森→函館→札幌と一日かけて陸路を乗り継ぎながら出かけたほか、宮崎キャンプの取材でも東京→博多→新八代→鹿児島中央と乗り継ぎ、車で宮崎入りするなど、時間がかかっても陸路移動にこだわっている。現役時はまだ青函トンネルが開通しておらず、チームの北海道遠征時は登板がある場合のみ飛行機を利用したが、自らの登板予定がないときはチームに帯同せず東京に残った(江川が引退した翌年、1988年に青函トンネル開通)。松山でのオールスターゲームを取材したときでも、松山→岡山→東京と乗り継いで帰京したために、翌朝の『ザ・サンデー』のエンディングで江川は既に松山を発ったとのフリップが出ていた(同行した女子アナは松山市内でゆっくり買い物をした後に飛行機で帰京し、江川より先に東京に到着した)。陸路がない沖縄へキャンプ取材する際も、時間に余裕があるときは鹿児島から24時間かけてフェリーで沖縄に移動するほどである。横浜DeNAベイスターズの春季キャンプの取材で沖縄に行った際、このときはさすがに飛行機には乗ったが、中畑清監督に「どうやって来たの? 潜水艦でも乗ってきたの?」といわれてしまい、名球会のハワイでの取材時にも長嶋茂雄から「江川さん、よく飛行機に乗れましたね」といわれたほどである。飛行機嫌いの一因には幼少時代の体験だけでなく、現役時代に発生した日本航空123便墜落事故も影響しているといわれている。この事故で同じ球界関係者である阪神タイガース・中埜肇球団社長も犠牲になっていたため、球界全体にも大きな衝撃を与えていた。
大学時代、後の夫人となる女性と交際していたときにデートと東京六大学の試合の登板予定が重なると、待ち合わせ時間として「試合開始から何時間後」というように時間を指定していたという。夫人によれば、指定した待ち合わせ時間に遅れることはほとんどなく、逆に試合の進行が早すぎると、わざと遊び球を投げて時間調整をしていたほどであった[64]。
現役時代から財テクに精を出し、不動産投機で大失敗して多額の借金を背負う。「投げる不動産王」とも呼ばれた。プロ入り直後には契約金を使って土地を購入したところ、予定納税のことをすっかり失念していたために資金繰りに窮し、結局土地を手放さざるを得なくなる[65]など、投資に関する失敗談も多い。この他、一時は第一不動産(のちのエフ・アール・イー、2007年1月に破産)や、東京ベイホテル東急の運営会社の役員にも名前を連ねていた[66]。なお、同様の呼び名は桑田真澄にもあったが、こちらは本人が直接作った借金ではない。
現役引退の年、自宅に近い横浜市緑区霧が丘に喫茶店「きりんこ」を開店した。元々は巨人で打撃投手をしていた同僚が転職を考えているという話を聞き、その支援目的で当時近所に住んでいた黒澤久雄や羽川豊らと共同で出資したのがオープンのきっかけだったという[67]。しかし、住宅地で回りにほとんど店が無いこと、すぐ隣に老舗の喫茶店があったことなどから、数年で閉店。その後駐車場となっており、建物の遺構の一部が駐車場の壁として残っている。
本人曰く「成金趣味」に結構な金額を費やしている。一時はワインにはまっていたほか、ゴルフ好きが昂じて純銀パターを特注で作らせたこともある[† 29]。それらの贅沢には「ストレス発散」の意味合いもあったという。
テレビでの野球中継において選手を呼び捨てにしている解説者が多い中、江川は基本的に呼び捨てはせず「○○選手」「○○投手」といった呼称を付けている。
暴力だからよくないとか騒がれてるけど、それは流石に今更すぎないか?
しかし、賢しらぶった人たちが「暴力と格闘技は違うんだ、わかっていないのは不勉強だからだ」という表面上だけの話をして留飲を下げているのは、ピントはずれもいいところだと思う。
だいたい、格闘技に限らず興行なんて裏も含めりゃ大概ヤクザみたいなもんだろ。
「少年の夢」みたいに健全ぶってるプロ野球とか、裏は言うに及ばず表の部分だけでもどれだけ暴力的でコワモテなんだよ。
ガッツポーズしただけで打者への報復死球が当たり前の暴力世界だぞ。
よく奇麗事だけいって満足できるなと思う。
そもそも朝倉は、「喧嘩」が好きで暴走族や少年院にも入るような暴力の世界で生きてきて、「格闘技」相手に手も足も出ずボコボコにされたことから総合格闘技に目覚めた人間だ。
自分と同じように暴力に明け暮れる、どうしようもない不良の方を気にかけている。
かつて自分がデビューした不良たちの格闘場「アウトサイダー」のように、次世代の格闘家のプロデュースもしている。
「喧嘩の楽しさ」の延長が格闘技にある、そこには時間をかけて人生を変えるだけの価値がある、だから不良は喧嘩なんかしないで格闘技をしよう、その方が人生が豊かになるよというのが朝倉の理屈だ。
この朝倉のスタンスは、不良たちに絶妙にいい影響を与えたと思う。
朝倉のyoutubeで、地元愛知に帰った際に煽り運転をされたことがった。
相手が朝倉未来だとわかった瞬間に一目散に逃げ去る不良の姿を流し(もちろんモザイクつきで)、ダサいし危ないし何より迷惑だからそんなことやめろと動画上で説教をしている。
自分たちだったからよかったけど、他の人がされたら堪らないと。
こういう部分にこそ朝倉の意義がある。
煽り運転をやめろなんて誰でも言えることだが、不良にとって、「外部の」大人に言われるより、自分たち「不良側」の先輩に説教されることほど効くものはないのだ。
だからことあるごとに不良アピールをし、同時に喧嘩や迷惑行為はダメとも発言する。
この動画を見た、年を重ねた元不良も「後輩にちょっといいこと言いてえ」と思って、「朝倉未来もやめろって言ってたぞ」と後輩に説教をする。
これは普段から品行方正な人間では決してなしえない、朝倉だからこそできた小さな社会貢献だと思う。
だから少年院にいって講演もして、院では異例の格闘技大会の特別上映(!)も叶えている。
「暴力と格闘技は違いまーす」「僕たち健全な格闘技界は不良なんかとは違いまーす」と奇麗事だけを都合よくいう人間ではないのだ。
そして、その長年不良だった朝倉でさえも、総合格闘技に出会ったのは成人する前後だった。
だから朝倉はyoutubeでも繰り返し「格闘技の周知」「認知の向上」の話をしている。
「格闘技好きに向けたアピールをしても、格闘技の人気は出ない」と繰り返し話している。
人気の「街の喧嘩自慢とスパーリングをする企画」も積極的にやり、この企画をどんどんパクってくれと言っている。
はっきり言って、朝倉のyoutube活動が今の格闘技界にもたらした影響はすさまじい。
格闘技界のカリスマ・堀口恭司なんて正真正銘のスーパースターすらも、一般人は誰も知らない時代だ。
だが格下の朝倉は、彼よりも圧倒的に有名になった。
一躍不良少年の憧れの的となり、格闘技の布教活動をして、大会の視聴率をあげている。
そして朝倉は、不良や総合格闘技だけではなく、空手や合気や剣道などの伝統武道、ボクシングやキックなど様々な格闘家、さらにはバドミントンなどほかのスポーツ選手ともコラボし続けて、武道や格闘技、スポーツの魅力を伝える活動をしている。
格闘家のyoutubeブームは朝倉の影響と言っても過言ではない。
本人のプロ戦績がしょぼくても、それだけでは計り知れないほどの貢献を業界内外にしているのだ。
仮にも「格闘技が好き」なんだったら、その功績を知らないとは言わせない。
どんなに朝倉が嫌いな人間でもそれだけは認めざるを得ない、それぐらいの活躍をしている。
(あと、興行主から体重上げて試合に出ろ金を稼げと何度言われても断わり続けたのも、昔のPRIDEで酷使された選手のことを思うと本当に偉かった)
だから恩師の前田日明に「スパーリングを公開するなんてあり得ない、絶対対策されるからやめろ」と言われても、格闘家と公開スパーをして、それを研究されてボコボコに負けても、それでもやめなかったのだ。
(そもそも朝倉本人が対戦相手の動画を入念に分析する人間なので、リスクは最初から分かっていたはずだ)
今回のabemaの件はもちろん問題があって、本人も謝罪しているしそこを糾弾するのは本当に正しいし、健全な行為だと思う。
色々な問題点は他の人が指摘している。
しかし、朝倉と彼の活動を一概に「格闘技と暴力を勘違いしているだけのお馬鹿さん」と知った風な口でひとまとめに切り捨てるのはあまりも、あまりにも浅すぎやしませんかと思う。
しかし、「格闘技と暴力を延長線上のもの」として捉えて活動しているからこそ、格闘技界や不良たちに「いい影響」を与えたことも事実なのだ。
「影響されて格闘技始めました」とか「未来さんが止めろって言ってたから」と不良が憧れるようなロールモデルを、(一時的かも知れないが)こなすことができたのは、とても貴重なことだと思う。
女子スポーツ選手の盗撮問題が、とあるけど、それって問題なのかな?
性的な盗撮で言えば、スカートの中を盗撮するとかがダメなのはわかる
通りすがりの人をいきなり道端でバシャバシャ撮るのも、まあ、確かにダメだろう
それはわかる
でも、プロ野球見に行ってスタンドからプロ野球選手を撮るのは構わないわけだよ
公式な大会と称されるスポーツ大会で、誰でも見学できる大会で、競技者は間違いなく公的な存在なのよ
じゃあそれも撮影していいでしょう
それを女子だから、とか、エロい目で見るから、とかで撮影するのがダメというのは正直よくわからない
大会そのものに権利関係があって、独占的な撮影権が大会主催者側にあるから一律撮影禁止、とかならわかる
しかし性的な目で見る人がいるから、といだけで競技者の撮影禁止って変じゃないか?
なんでそれでいいの?
そんなことするくらいなら、性的に見られないユニフォームとかはないの?
性的な格好以外許さないビーチボール協会か何か、そういう規制をかけている団体があるの?
あるならそれは滅びればいいと思う
競技力のために考え抜くと結果的に性的になってしまう競技があるの?
陸上とか?
それはもう、撮影関係なくスタンドから性的に見てる人はいるし、ぎりぎりまでタオルまいたりしてガードするしかないよね
実際そういう選手多いし
やっぱり、保護者なら撮っていいとか、男子選手なら撮っていいとか、顔は撮っていいけどおしりはダメとか、なんか変じゃない?
プロ選手や実業団の選手の公式大会競技中は、スタンドから撮れる写真ならどんな写真でも撮っていいでしょう
中高生の大会なら、選手の保護という観点なら、それはもう一律撮影禁止でいいんじゃない?
保護者だって、男子生徒の保護者が女子選手の盗撮するとかあるでしょ
「基本は写真撮れるけど、女子選手のお尻アップだけはダメでーす」って言われると違和感しかないわ
だいたい、競技中の田中理恵の開脚時の股間を執拗に撮ってたのは、スタンドにいるエロファンではなくて公式な腕章をつけたプロカメラマンやマスコミだったじゃないか
撮影者をひとりでも許した時点で女子選手の性的写真は撮られてしまうもんなんだよ
本当の意味でそれを守るなら、マスコミも含めて禁止しないといけない
それは当然
先週、営業再開したバーに行った。コロナ前は月に数回行っていた店だ。
何人か顔馴染みの客が居たから雑談してたんだが、突然、新規の客が入ってきた。まぁ新規の客は良いよ。常連面する気も無いし。
が、その客(アラフィフ男性)は、いきなり近くに座っていた若い女性客に話を始めた。緊急事態で人と話せなかったので、誰かと話に来た、と。まぁそれも良いよ。地元密着型のバーでよくある光景。
その後、急に政府批判と検査抑制で感染者を隠しているという話をし始めた。女性客含めて、周りドン引き。飲み屋で政治宗教プロ野球ワクチンの話はするなと教わらなかったのか。
当然、女性客は急に予定を思い出して帰るし、その後、こっちに絡み始めたので、まだ2杯しか飲んでなかったのに早々に逃げ出した。
親しい人の間では政治の話するかもしれないけど、いきなり初対面でそんな話するかなぁ。なんか距離感の測り方というか、コミュニケーションに問題がある人のような気がする。
最近、ちょうど元増田の話を裏付けるような体験をしたので、n=1だが書き込んでおく。元増田の言っていることは正しいと思う。