2021-01-19

俺たちはたぶん、キングコング西野氏的なものに勝てない話(追記

こうやってわざわざ文章に取り上げている時点で自分の負けをさらに引き寄せるようなものだと思うんだけど、こりゃあ敵わねえな、と思ったから書いておく。

いま話題のプペルじゃなくって、西野氏がある大学卒業式講演に来たときの話。俺も現場ではもちろん、動画を視聴したわけでもないんだけど、twitterキャプチャで見たのね。

それで、たぶん最初に登壇したとき学生たちの反応が、そこまで芳しくなかったんでしょう。西野氏がこんなことを言う(経緯は俺の推測です。念のため)。

「みなさんには二つの選択肢がある」

「今みたいなバラバラ拍手西野を迎え入れるのか、それとも全員立ち上がって、西野あらためて迎え入れるのか」

「僕自身はどっちでもいいんです」

ってやつです。

俺はこの画像を見たとき、これは敵わねえな、と思ったよ。というか、なんだろうな、この世界で「西野氏的なもの」にしてやられないように、こいつを回避し続けるのは、相当至難の業だな、と思った。

「どっちでもいいんです」と言いつつ、西野氏の希望は当然、万雷の拍手でみんなが自分を迎え入れてくれることなんだけど、西野氏はたぶん、仕切り直すことで学生たちが自身を全霊で歓迎してくれることを確信していたと思うんだ。なんでかというと、それは別に西野氏がスーパー人物からでも、彼へのはちきれそうな期待を学生たちから感じたからでもなくて、むしろ反対に、学生たちにとって西野氏なんて、特に興味もない、当初はそれこそどっちでもいい相手だったからで、西野氏もそれをよく理解していたからだと思うんだ。

たぶん、学生たちにとって西野氏なんてマジでどうでもよかった。だから最初登場してくる西野氏に拍手していたときも、自分がどんなテンションで手を叩いてるかなんて意識しないで、漠然と手を叩いていただろう。「空っぽ」だったんだ。

それが、登壇した直後の西野氏のひと言で、まず自分たちに思わぬ選択肢が与えられていることに気付かされた。西野氏をもっと歓迎してあらためて迎えるかどうか、という選択肢だ。

そして、みんなで一体になって西野氏を歓迎した方が、どっちかと言えば雰囲気的にハッピーだな、ということを、ここではじめて「想像させられた」。

悪い言い方をすれば、それまでがらんどうのまま椅子ぼんやり座ってたところに、気持ちの部分で血肉が入ったんだ。

俺はその後のことを知らないけど(動画を観たくないから)、たぶん、二度目は割れんばかりの喝采で迎え入れられたんだろう。まるで魔法のように大勢の人を操ってみせた話だけど、こんなの良くも悪くも人間を冷静に観察し続け、相手をナメてかかることができる人物なら手のひらの上の話だ。たぶん、西野氏にしてみれば楽勝だっただろう。

「どっちでもいいんです」という登壇直後の発言も上手い。これが例えば、自分から拍手を強いるような言動があれば、学生の方にも抵抗感がある。歓迎するかどうか、あくま学生の側に選ばせることで、かつ、自分たちでこの場をハッピー雰囲気で満たすことができると想像させた時点で、西野氏の勝ち確だったのだ。

そこには「ほとんどの人間は通常何も考えないで生きているし、何にも興味を持たずに生きている。だからこそ、自分たちが主役として何かを選び、決定することができる機会を与えられたとき自分たちこそこの場を盛り上げられると確信したとき、その魅力から逃れられない」という冷静な人間観がある。これは敵わねえよ。俺もその場にいたら拍手してると思う。きっとね。

そういう西野氏が『えんとつ町のプペル』をひっさげてエンターテインメント業界数字を出せるか…はまた別の話なんだけど、それは西野氏が卒業式で見せたような手法が通じないからじゃなくて、反対に、エンターテインメント世界こそ、西野氏的な方法跋扈する世界からだと思うんだ。西野氏の特異性って、そういう技法を非演芸的な空間一般ピーポーに容赦なく使用したところにあるんであって、業界としてはありふれた手法人間観だと思うんだよな。

こういっちゃなんだけど、どの作品ブームを仕掛けるのも、「人間ってやつは99%空っぽで、何も考えていなくて、でも自分には特別な見識や機会が与えられていると信じていて、自分で何かを決めることができるという幻想があって、人生を楽しむ権利があると思い込んでいて、できればそれを周りの人たちと共有できたら最高!」的な人間観で消費者を見てないと、市場になんて参戦できないんじゃねえかな。

具体的な作品名とブーム出したら不快にさせるだけだろうけど、例えば『ジョーカー』みたいなダークで暴力的作品も、文芸的な邦画作品も、屈折はしてるけど、結局はそういう手法で仕掛けられてると思うんだ。俺には『えんとつ町のプペル』をめぐるプロモーションと、他のエンターテインメントの仕掛け方の本質的な違いって正直わかんねえんだよな。

もちろん、作品としての評価は別かもしれない。でも、俺たちが感じるような「ああ、いい作品だった!」「うーん、クソだった!」が、はたして、俺たちを無意識にがんじがらめる商業的な網から、いったいどこまで自由なもんだろうな? って気もする。

商業的なアプローチから自由って話のひとつの余談として、俺が浪人とき、気まぐれで古本屋に入ったことがあった。11月ぐらいのことだ。街も全体的に灰色だったし、俺の心も灰色だった。俺はこの受験に失敗したら死のうかな、と思っていた。

たまたまカフカの『審判』という本が目に入った。新潮版だ。レア(たぶん)。

俺はカフカなんて『変身』しか知らなかったので、興味と呼ぶにも希薄感情のまま、本当にたまたま、それをレジに持ってった。200円ぐらいだったと思う。

審判』は俺の人生を完全に変えた。どちらかと言うと悪い方にだけど、とにかく、他のどんな作品とどんなかたちで出会ってもあり得ないくらい、深く俺をゆさぶった。

あれこそ、商業の魔の手から完全に自由体験だった。そして、ああい運命と呼べる体験しか、人と作品出会いは本当には成立しねえんじゃねえかな…というのはロマンチックすぎるかもしれないけど、俺は割と本気でそう思ってる。

ところで、あのとき審判』を手に取る代わりに、西野氏のオンラインサロンに参加していたらどうなっただろう?

それでも俺の人生はきっと「完全に変わった」だろうな、と思う。むしろ審判』で三日間くらい飯の味がしなくなるような体験よりよっぽどハッピーだろう。

結局、そんなもんなんだ。キングコング西野氏的なものはこの世界の至るところに、程度の差こそあるけどあふれているし、おおよそ感動はオンラインサロンの充実感で代替される。だから、俺たちはたぶん、キングコング西野氏的なもの永遠に勝てないだろうと思う。

追記

トラバで、「『審判』のくだりでお前が言ってる、商業的に自由っていうのは、仕掛けられたマーケティング接点では無い出会いだった(古本屋の偶然)という意味か、『審判』の中身・題材に関連したことか?」という質問をいただいて、これは前者のつもりで書きました。

ただ、カフカという作家についても、おそらく、「再発見された天才カフカ」「俺たちの代弁者カフカ」「いま、イケてるやつはカフカを読む! カフカで他のみんなと差をつけちゃえ!」的なかたちで仕掛けられたムーブメントがきっとあだたんだと思います

審判』もきっと、その延長上で古本屋の棚に並んでいたわけで、そう考えると消費者小馬鹿にしつつも心理の隙間に入ってこようとする商業ってやつからは、千切っても千切っても完全に自由にはなれないのかな、と思いました。

ところで、上記の「『審判』の中身・題材に関連したこと」という部分で思いついたことがあるので、それを付記しておきます

審判』のネタバレになること、作品解釈あくまで俺によることをことわっておくのですが、『審判』は、「自分という存在について徹底的に考え続けた者は、必ず破滅する」という話です。

カフカにはたぶん、いわゆる「自分探し」を揶揄するつもりはまったくなかったことをふまえて考察するんですが、物語の冒頭でなんの脈絡もなく訴えられた結果(罪状も明かされない)、

自分はこれまで、どんな善行(悪行)を重ねてきたか

自分の将来にはどんな可能性が残されているか

そもそも自分とはこの社会世界)において何者か」

を考え、自分無罪を信じぬいた結果、得体の知れない訴訟にハマりこんでいき、破綻する話です。

自分を「信じ抜いた」結果、破滅を迎える。俺が増田に『審判』の話を書いたのは本当にたまたまですが、『プペル』のキャッチコピーを考えたとき、ああ、この対比は面白いな、と思いました。

で、この面白いという感覚には続きがあります

俺は上で、あえて「自分探し」という表現しました。なんでかというと、こう思ったからです。

審判』の「自分という存在について徹底的に考え続けた者は、必ず破滅する」という一つの解釈について、次のように補足・換言してみる。

自分という存在(の可能性)について徹底的に考え続けた(諦めなかった)者は、(社会的に)必ず破滅する(≒冷遇される)」

…こうしてみると、この増田でも話題にしてきた別の「作品」が見えてこねえか? ということです。

俺は何十回でも強調するつもりなんだけど、俺は『審判』と『プペル』を同列に見ているわけではなくて(『プペル』も別に、読み終わった後しばらく飯の味がわからなくなるくらい衝撃だった、って言われたくはないだろうし)、ただ、この辺ってけっこう曖昧で危ういんじゃねえか、ということです。

自己」「孤立」「理解不能なマジョリティ」「困難な戦い」、こういった要素を含む物語は、例え真逆メッセージを送っていたとしても、じゃあ全然違う別モンだぜ、と胸を張って主張できるかと言うと、「いや、うん、全然違うよ、違うんだけど…ちょっと小一時間整理させてくんねえか」というところがある気がして、それが面白いな、と思いました。

強いて言えば、俺は子供に『審判』は絶対読ませたくないし、『プペル』は別にいいんじゃねえの、という感じです。

それは、『審判』が俺にとってスペシャルなのと、あと単に理解できても暗い気持ちになるからで、自分の子供がそんなんなったらイヤだからです。

  • うんち

  • ガンダムセンチネルの話をモデルグラフィック上でリアルタイムで経験した世代もそういう感想を持ってたと思う

  • >ところで、あのとき『審判』を手に取る代わりに、西野氏のオンラインサロンに参加していたらどうなっただろう? >それでも俺の人生はきっと「完全に変わった」だろうな、と思う...

  • あんたには前しかみえてないからだよ どっちがって二択せまられてそれが二択にしかみえてねえからだよ 眼前に二択があったとして振り返ってみたらそれまでの時間がバカでかい木の根...

    • 言いたいことはちょっとだけわかるけど、読みづらい上に単に説教したいだけだろ

      • ごめんそうなんだ 教導目的って建前で委縮してる弱者にあとから蹴りを入れるのが好きなんだ なんとなく自分が強くなれた気がして 強くなった自分を体感して評価したくてつい でも...

  • お昼何にする? 何でもいいー と お昼はラーメンにする?カレーにする? 今日はラーメンにしようかな の違いみたいに、人間は無数の選択肢から選ばせようとすると思考放棄して...

  • ボンゴボンゴの西門松が何だって? お口チャックマンかよ。

  • 直接文句言えたかって言うと多分無理だけど俺は2回目も拍手しなかったと思う。 「みんなが黙るまで〇分かかりました」とか勝手にキレて職員室に帰る先生(謝罪に来るのを待ってる)み...

    • 俺なら1対1とかそういう場なら逆に拍手もせず帰れよって言うわ

    • お前から漂う圧倒的小物感がいいね

    • キレて何日も生徒全員と口を効かないキチガイ教師がいた。 今思えば狂ってる。他のクラスの教師も介入しなかったし。 ぐぐったらまだ現役の様子。 今同じことやってるのだろうか。

  • 少しでも文学とか哲学書にのめり込んだ経験があるなら西野のような演説にはハマらないと思う。 奴自身まともな社会経験がないのに、今の社会をステレオタイプ的に悪に仕立てて、世...

    • ほうほう そののめりこんだという文学や哲学所のタイトルを5つばかり頼む

    • タイトル挙げることもできないやつがのめり込んでたとかいうなボケナス

  • 無敵の人が大挙して押し寄せれば軍隊でもない限りイチコロさ

  • 何を持って勝ち負けとするかって話でしかないが バカから搾取するモデルをぶっ壊せば勝ちってんならまぁ勝てないよね

    • そういう意味では、バカは無限に発生し続けるわけだから、 結婚詐欺もオレオレ詐欺も西野的な何かも新興宗教も一定の規模で存続可能なわけだ。 これこそサステナブル。

  • キングコング西野氏的な人っていっぱいいると思うけど、 西野のいちばん強いとこっていじられ役になることを厭わないとこよな 基本テレビとは遠いところで活動するけど、たまにテレ...

    • 確かになぁ。

    • いいともでタモさんにいじられてマジギレして 「カメラ止めて!」とかいってた頃からすると成長したな でも本質的にはいじられるのは嫌いなタイプだと思う

      • 自分の番組にサンマがやってきて一人でべらべらずっとしゃべっていて、ほかの芸人は「さすがさんまさん、おもろい!」みたいな感じだったのに、西野だけ「人の番組でなに勝手にや...

  • 興味深く読んだ。 『審判』のくだり、商業的に自由とはどういう意味? 仕掛けられたマーケティング接点では無い出会いだった(古本屋の偶然)ということ? それとも、審判の中身・...

    • 元増田です。 >『審判』のくだり、商業的に自由とはどういう意味? 仕掛けられたマーケティング接点では無い出会いだった(古本屋の偶然)ということ? それとも、審判の中身・題...

  • 勝手に「俺たち」とか総称するなよ 仰々しい文面から、お前が一人西野の手口に感じってるのは分かったから

    • 元増田みたいなやつが危ないんだよな 西野はダメだけどカフカが良い理由が権威性しかない

  • また今年の増田100選に入る名エントリが生まれてしまったな。題材には興味なかったけどうっかり読んでしまった。 なるほど文章書ける奴は若い頃からフラッと古本屋でカフカ買ってた...

  • https://anond.hatelabo.jp/20210119020747 これのトップブコメが esbee反発あるだろうけど、オタクが推し活とか公式を支援とか言って貢ぐのと、西野亮廣エンタメ研究所がやってること、本質的に...

  • そんなことないよ 負けてないよ むしろwin-winな関係だよ 元増田や俺やブクマカのみんなは 西野さんに便乗して承認欲求を満たせてる そりゃ西野さんの受け取る富や名声という報酬にく...

  • 気持ち悪っ 勝手に負け犬気分でいろ

  • 逆張りクソ作文。

  • カルト教団の教祖に勝ちたいの? これは詐欺容疑かけられるかグレーなお仲間とつるんでるのをすっぱ抜かれて表舞台から消えるを楽しむエンタメだぜ?

  • 元増田です。 >『審判』のくだり、商業的に自由とはどういう意味? 仕掛けられたマーケティング接点では無い出会いだった(古本屋の偶然)ということ? それとも、審判の中身・題...

  • ところで、あのとき『審判』を手に取る代わりに、アイドル系vTuberにドはまりしてたらどうなっていただろう。

  • ところで、あのとき『審判』を手に取る代わりに、アイドル系vTuberにドはまりしてたらどうなっていただろう。

  • 「僕自身はどっちでもいいんです」と言いながらも 一度目に「バラバラの拍手」で西野を迎え入れたことを受け入れてないんだよね。 だからもし二度目も「バラバラの拍手」で迎え入れ...

    • これyoutubeに動画上がってるから誰でも見れるけど いうて「トークのツカミ」みたいなもんやったで 会場内笑ってる人多かったし https://youtu.be/dJT_L6d_fU8 まあ中には無表情メガネ君も...

  • お姉さん「さあみんなんでアンパンマンを呼んでみよう!」 子どもたち「アンパンマーン」 お姉さん「みんな元気が足りないぞー?もっと大きな声で呼んでみよう!」 子どもたち「ア...

  • 西野のやり口が上手いとか同意できるところはあるけど >>俺には『えんとつ町のプペル』をめぐるプロモーションと、他のエンターテインメントの仕掛け方の本質的な違いって正直...

  • anond:20210119020747 見下してる。ちなみに私は既に10プぺ達成済み。1月中に20プぺまでチャレンジする。 だからこそというか同じサロン生でも未だに5プぺ未満の人は見下してる。 本当に...

  • 西野は有名人で成功者で金持ち何だから、そんな人に「勝てる」と思い込んでいたなら、それはそもそもおかしいだろ。まあ「勝ち」の定義にもよるが

  • 「オタクもサロンも似たようなもん!」とか冗談か本気か分からないこと言ってる奴が少なくないので負けてるなあと思う 馬鹿は放置しておけ とむかしは思っていたけど最近のネット...

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