「鉄道の駅」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 鉄道の駅とは

2019-01-27

屍臭の記憶

これを読まれている方の中で、屍臭というものを実際に嗅がれた方がどれ位おられるのか、ちょっと予想ができない。家族、友人等の死を経験し、その遺体荼毘に付されるまで傍におられた方は複数おられるだろうと思う。しかし、そこに屍臭を意識させるような手抜きの仕事を、この国の葬祭業の方々がするとも思えない。だから実際のところ、そのような経験があっても、そこで屍臭を感じられた方はおられなかろうと思うわけだ。

私はこれまでに二度、強烈に屍臭を経験することがあった。あの臭いは、間違いなく、経験した者にとって一生忘れ難いものだ。不快だし、そう何度も体験したいものではない。そのことは体験する前から今に至るまで変わりはないのだけど、その臭いの向こう側にあるものまで体験すると、屍臭に向かう姿勢とでもいうのか……そういうものが確実に変わったような、そんな気がするのだ。人生観が変わった、などと大袈裟なことを言うつもりはないけれど、そのときの話を記録がてら書いておこうと思う。

初めてそれを感じたのは、高校に通っていた頃のことだった。私の通っていた高校は、太平洋戦争末期に空襲で焼かれるまで天守閣が建っていた場所で、四方を崖に囲まれた、自然要塞のような高台に建てられている。登校するときには、深い谷にかけられた橋を渡ってすぐの正門を通るのだけど、学校の周囲の崖のあちこちに獣道のような抜け道があるので、授業時間中や放課後時間には、その道を通って麓のコンビニに買い物に行ったりするのが日常だった。

時々、鉄道の駅まで出る必要があったのだが、本来ルートで行くと毎回かなりの回り道で、友人に面倒だとこぼすと、グラウンドネットの破れ目から崖を斜行して下の道に出る抜け道を教えてくれた。春先でまだ雑草も深く繁茂しておらず、これは便利な道を教えてもらった、と、毎回のようにそこを通って駅に抜けていたのだった。

そして、夏が近付いてきたある日。一週間ぶりにその抜け道を通ると、何とも言えない厭な臭いがしたのだ。蛋白質の分解された臭い。それも、肉だけでなく、皮や毛や、通常なかなか分解されないものまで分解された挙句のような尋常ならざる臭いが、崖の獣道に立ち籠めている。雑草結構な高さに繁茂していて、辺りにその源らしきものは見えない。日が経つ毎にその臭いはどんどん濃くなって、私の服や髪に染み付いてしまうのではないかというような粘着性すら感じさせる。私は確信したのだ。辺りの何処かの草に隠れて、何かの骸が転がっているに違いない。しかし、とにかく質・量共にそれまで一度も体験したことのない、凄まじい臭いだったので、小さな動物……鼠とか蛇とか……がただ死んでいるだけとは到底思われなかった。

道を教えてくれた友人にもこの話をしたのだが、彼は笑って取り合ってくれなかった。それに、と彼は言う。俺最近あそこ全然使わないからさ、調べる機会もないんで、まあそんなに気になるなら自分で調べればいいじゃん。ひどい奴だと思ったけれど、まあ自分からわざわざ積極的に屍臭の源を探しに行く奴もいないだろうから、彼を責めても仕方ないだろう。

もう季節は真夏になっていた。熱風と熱線が渦巻くような崖の獣道を通る度に、私は時々、わざわざ道沿いの茂みに踏み込んでみたりもした。しかし源は見当たらない。ただ、その酷い臭いけが常に辺りに立ち籠めている。その臭い我慢して近道をするか、遠回りして臭い回避するか……その選択がある時点で逆転し、私はまた遠回りして駅に出るようになった。しかし、その源が何なのか、ということが、私の頭から消えることはなかった。

私は疑っていたのだ。その源が人間ではないかと。受験意識する時期だったので、公営図書館勉強室にこもることが増えていたのだが、休憩を取ろうと勉強室の外に出ると各種新聞の閲覧スペースがある。行方不明者等の情報が出ていたりしないかと、必ず地方欄に目を通すことが習慣になった。成人だったら、あれ位では済まないかもしれない。女性の方が体は小さいだろうが、女性脂肪組織が多い分屍臭もきついという話を何処かで読んだ。ということは、あれは子供なのではあるまいか……図書館で休憩する度に、私は新聞子供行方不明記事を探している。我ながら何をやっているんだろうと思ったけれど、もう新聞の陳列を見る度にあの臭いを思い出し、記事を探さずにおれなかった。

そして季節は晩秋になった。駅に出る日に、いつもよりも学校を出るのが遅くなった。ちょっと考えた。もう夏も過ぎたし、あの臭いも薄れているかもしれない。グラウンドネットの破れ目は何も変わっておらず、そこをくぐって崖に出ると、あれ程繁茂していた雑草も、盛りのときの半分もない程に枯れてしまっている。私は崖の獣道を進んでいった。傾斜のきつい崖なので、スキーの斜滑降のような進路になるように道は形成されている。ターンする角に来て、ふと何気なく、いつもと違う進路の正反対、崖を斜め上に見上げるような向きに目を向けたとき視野に初めて、あの屍臭の源が飛び込んできた。

それは一頭の犬だった。もう骨に皮が少し被っただけという外観で、その周囲には蛆なども見当たらなかった。大きな犬で、おそらくドーベルマンとかレトリーバーとか……それ位の大きさの骸だった。ドーベルマンレトリーバー全然違うだろう、とか言われそうだが、変色して干涸びたその骸からは、それ以上のことは分からなかったのだ。もう臭いはあまりしていない。私は急いでいたのも忘れてそこにしばらく立ち尽した。あの夏の頃、臭いの源を発見したら大声で叫んでしまうに違いないと思っていた。しかし、今のこの落ち着きは何なのだろう。本当に、自分でも驚く程に、心は静かだった。ああ、人じゃなかったんだ、それはそれで良かったけれど、こいつ、どうしてここに骸を晒していなければならなかったんだろう。野良犬というのもほとんど見ないようになった頃で、こんな大きな犬がそこらをそううろうろしているとも思えなかった。ひょっとしたら、飼い犬が亡くなった誰かが処置に困ってここに骸を捨てたのだろうか。死を看取るまで犬を飼っていた人がそんなことをするというのも変な話なのだけど、他に説得力のある理由を思いつかなかった。

あの臭いがし始めた頃から、こいつはここにあった。そして、あの燃えるような夏の間、道を外れて鬱蒼と草に覆われた中、あの強烈な屍臭を放ち、蛆等に組織をついばまれながら時間が過ぎていった。そしてその臭いも薄められ、ここにこいつはまだある。本当は埋めてやりたかったが、手元にその用意もないし、そのときにようやく自分が急いでいたことを思い出した。クリスチャンの私は十字を切り、天の国で平安と安息のうちにありますように、とだけ祈ってそこを去った。何日かして再びそこを通ってみたら、もう骸はなかった。誰かが気付いて、埋めるか他に持っていくかしたのだろうか。そこまでやってやれなかったことが心残りだったが、せめて祈ることができただけでも、少しはましだったか、と今も思う。

そして二度目。それは、ある自動車関連企業のお膝元である某県の地方都市に住んでいたときのことだった。私は単身者複数入居している安アパートに住んでいた。よくあるプレハブ二階建の長屋みたいな造りで、外の階段で二階の並びに上がるような、室内は6畳とユニットバスみたいな、そんなアパートである。私にとってそこは家というよりただ寝る為だけの場所で、仕事が終わるとそこに入って寝て、朝はシャワーを浴びてそこを出る……そんな毎日を過ごしていた。おそらく、他の部屋に暮していた人々も、私と同じような日常を過ごしていたに違いあるまい。

そんなある日。部屋を出たときに、ふと厭な臭いがした。ゴミのせいか……と最初は考えた。私の部屋は一番階段に近い二階の部屋で、階段真下のスペースがゴミ置き場になっていた。仮に凄まじい悪臭を放つゴミが捨てられていたら、そういう臭いを部屋のドアの前で感じることもあるかもしれない。鍵を締めて階段を降り、ゴミ置き場の前に立ってみたけれど、そもそもその日はゴミ収集日ではなかった。そこまで行く経路上に、ゴミから出た汁等がこぼれたような形跡もなかった。気のせいか、あるいは自分臭いの源なのか……服などをチェックしてみたけれど、どうも自分ではなさそうだ。

翌日、そしてその翌日、と、その臭いは更に強くなっていく。深夜近くに帰宅して、周囲の住人の迷惑にならないように注意しながら二階の並びを歩いてみると、どうも自分の部屋から少々奥に行った辺りでその臭いが一番強くなっているような気がする。隣か、そのまた隣か……しかし、どういう生活をしていたらこんな臭いがするのか。それにしても、この臭いにはどうも心当たりが……と、そこでようやく思い当たったのだった。これは、あの臭いだ。高校の獣道で嗅いだ、あの臭いだと。明日になったら管理会社電話しようと決めて、部屋に戻って寝た。

そして翌朝。出勤の支度をしていたらチャイムが鳴って、ドアを開けると警官が立っている。

「あのー、変な臭いとか、されませんでしたか

と訊かれ、実は何日か前から……という話をして、

「あの、何かありましたか。私もここの住人なので、差し支えない範囲で教えていただけませんか」

と言うと、警官は言いづらそうに、この部屋の二つ隣で、住人の女性が亡くなられていたんです、何かご存知のことはありませんか、と言う。しかし、隣室の住人の顔もよく知らないような状況で、その更に向こうの住人のことなど知る由もなかった。

職場でその話をすると、皆さん興味本位で色々と仰る。うわー気持ちいねーもう引っ越した方がいいんじゃない?……まあ、よくあるパターンだ。そりゃあ、家の近くで人が亡くなっていたというのはそれなりにショックだったわけだけど、私は違うことを考えていたのだった。自分と同じように独りで暮していた人なのだろう。あの部屋のドアは結構密閉性が高いので、ああい臭いが出てくるまでには相応の時間がかかったに違いない。その間、その人はずっとそこに骸を晒していたわけだろう。これはその女性ではなく、自分に起きたことだったかもしれないのだ。その間にはおそらく何も違いはあるまい。ひょっとしたら、私が骸を晒し、あの臭いを発していたのかもしれないのだ。そう思ったら、興味本位の人と一緒に騒ごうなどと、考えられるはずがないのだ。

皮肉ものだ。屍臭の向こうに、かつてあった生とその現状があるのを思い知らされ、そして私がそのときたまたま傍観者だったというだけで、いつ私が骸を晒す側にならないとも限らない、ということを思い知らされたのだ。私はその晩、帰宅してからその部屋の方を向いて、あの犬のときと同じように祈った。それ位しかできなかった。調子の悪いときに出喰わすことができていたら、とも思うけれど、それはもうどうしようもない。ただ、高校とき体験に、同じ人間という更なるリアリティを裏打ちされて、私の中に今でもこのとき記憶は強烈に残っている。去年は有名人でも亡くなる人が本当に多かったわけだけど、誰かが亡くなる度に、私はこれらのことを思い出すのだ。

2018-06-22

北海道帯広市ローカルチェーン「カレーショップインデアン」について

はじめに

ヨッピー記事で軽く取り上げられた北海道帯広市ご当地ローカルチェーン「カレーショップインデアン」について、帯広に住んで星霜を経た私が、初心者からわかる楽しみ方を紹介しよう。

公式サイトはここ。

http://www.fujimori-kk.co.jp/indian/

解りやす説明はここ。

https://hokkaido-labo.com/indian-curry-obihiro-15604

インデアン

そもそもここは、駅前にある「ふじもり食堂」が、カレー事業独立させて事業展開しているチェーン店だ。

家族連れで旅行した際に、「自分はインデアンを食べてみたいけれど、他のメンバーが色んな食事を楽しみたい」みたいなことがあるかもしれない。

それならふじもり食堂に入ると良い。インデアンよりカレーメニューは少ないが、「ふじもり」のカレーは「インデアン」のカレーと同じなのだ

ふじもり食堂歴史は古く、この開拓地鉄道の駅が初めてできた時に、現在で言う「キオスク」的な商店を始めたのが濫觴である

ふじもり食堂」は現在でも駅前列車の待ち時間などで使用されるから、今に生きる歴史スポットとも言える。

濃いルー、濃い味で、実は帯広市民でも評価が分かれて、嫌いで行かない人も多い。

嫌いな人は「味が酸っぱい」などの意見があるようだ。

そもそも合わない人がいるかもしれない。

なにを注文するべきか

はじめてならば「インデアンカレー」でいい。

メニューに載ってる公式で定められたトッピングメニューから「インデアンらしさ」で食べるべき順を述べるなら以下の通りだ。

「カツ」>「ハンバーグ」=「チキン」>「エビ」=「シーフード」>「野菜」となる。

カツカレーは周囲を見ていてもやっぱり人気。ついでチキン派が続く印象。シーフードはやや異端(美味しいけれど)。そしてやや高い。

ハンバーグルー関係(後述)で人気ある。トッピングで一番ポピュラーなのはチーズトッピングで、それが最も用いられるのがハンバーグ

そんな感じで格付けしてみた。

次にインデアンにある3種のルーの違いを見てみよう。

ルー

ルーは三種類。

①インデアンルー

ベーシックルー

野菜ルー

インデアンルー牛肉入ってる。

ベーシックルータマネギ入ってる。

野菜ルージャガイモ入ってる。

メニューにある6つトッピングのうち、インデアンルーなのはハンバーグ」のみ。

「カツ」チキン」「エビ」「シーフード」はベーシックルー。「野菜」は当然野菜ルー

これは、インデアンのお店が美味しいと思うからそうしているわけだ。

野菜ルーはイモのおかげでもっさりしている。それが好きな人も多いが、初めてならば避けるべきだろう。

また、野菜ルーメニューを見ての通り在庫が少ない。よく品切れになっている。

まずは、インデアンルーか、ベーシックルー提供されるトッピングメニューを注文するべきだ。

アレンジメント

インデアンルーは、肉が入っているので人気だ(直球)。

インデアンでは、トッピングルーとを組みかえてアレンジすることが許されている。

一番多いパターンは、ベーシックルー提供されるメニューをインデアンルーに切り替えるアレンジだ。

これは公式サイトでも認知されている。

その中で最も注文されるものが「インデアンカツ」だ。

本来ベーシックルー提供される「カツカレー」だが、それをインデアンルーで楽しめるのだ。

牛肉+カツのパワーをガツンと堪能したいならばこれ。

初めての人で、アレンジに挑戦したいのならば、このメニューをたのむべきだろう。

個人的お薦めは、ハンバーグエビトッピング、あるいはインデアンルー+カツ+エビだ。

付け合わせ

三種の薬味がある。

ピンクガリ

赤い福神漬

緑のシソ

これは市民に聴いても趣味が分かれる。俺は緑が好きだが、ピンク派が多い気がする。

辛さ

5段階から選べる。

普通

②中辛

辛口

④大辛

⑤極辛

辛いの好きなら「大辛」だ。「極辛」は辛いには辛いのだが、よくわからない臭みみたいのが出てくる。「大辛」が一番バランスが良い。

辛いの苦手なら「普通」。注文が多い印象があるのが「中辛」。私はいつも「大辛」。うまいぞ。

まりするべきでないこと

トッピング豊富なのだが「全部のせ」は推奨されていない。

市民でやっている人は見たことがない。

飲め。

これが地味に帯広らしさで、帯広は水がうまいのだ。

濃いカレーに水がよく合う。

どの店舗に行くべきか

市内に何店舗かあるインデアンのどこに行くべきだろうか。

初めてならば、「まちなか店」がお薦めだ。

から近いし、ここは最も混む所なので、店長は常にインデアンのエースが張る。

現在の前谷店長エース中のエースで、流麗な仕草コメを盛り、目に見えぬ速さでカツを斬り、魔法のようなお玉の扱いでカレーをかける。

そのウィザードクラス調理にもぜひ注目するべき。なので「まちなか店」に行こう。

その他の店舗も、特徴ある店長が各店舗にひしめいている。

それぞれの店長の息づかいを感ずるのも楽しみだ。

帯広社会と言うものをじっくり堪能したいのであれば、同じく駅近くの「長崎屋フードコート内のインデアンに行くのも一考だ。

ここに行くと、マジで老若男女がインデアンを食べている現場に出くわせるだろう。じーさんばーさんも中学生サラリーマンもお姉さんも食べている。

おわりに

十勝は旨い食い物が多いので、ぶっちゃけ他のとこ行った方がいい。

だがハマる人はハマる。

出張では必ず寄る、二食食べてから帰る、と言う人も聴く

なかなか来ること少ない場所と思うが、来たら試してみてほしい。

2018-05-04

anond:20180504162931

あーこれは俺も知りたい

DTP以前の書体なんてゴナと石井くらいしか知らんもんな

思いついたのはこういう本

もじ鉄 書体で読み解く日本全国全鉄道の駅名標

https://www.amazon.co.jp/dp/B07BHDHXDK/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

切り口が鉄道に偏ってるしタイポグラフィというより公共デザイン範疇だけど字組みの歴史垣間見える

2017-07-26

https://anond.hatelabo.jp/20170725144144

京都って生活感のない都市って感じはあるわ

駐車場とかスーパー少ないしその割に鉄道の駅とかもちょっと少ないし

住めない場所ではないがまあどっちかというと住みづらい

場合によっては大型スーパーがある田舎くらいの方が住みやすいかもな

2017-06-10

ミッキーマウス!!が東京に来た

ミッキーマウス!!でミッキー世界を回るシリーズが続いていて、ロシアコサックを踊ったりイギリス女王の兵に追いかけられたりしていたのだが、今回は日本舞台だった。

空中を交錯する道路線路ジェットコースターのように電車が走る未来都市のような日本中国風のBGMミッキーは駅を疲れた顔をして歩き長い行列に並び青い電車切符を買う、駅員が満員の赤い電車ミッキーを無理矢理押し込み、扉のガラスに張り付きながら発車。

ミッキーは吊り革を伝って移動し赤い電車から脱出を試みる。

途中で相撲取りの頭にぶつかりミッキーは褌姿になり相撲勝負しかけ、相撲取りがぶつかり開いた扉から電車屋根脱出

しかジェットコースターのような電車屋根危険まりなく、大量の看板を避けながらトンネルに入る、トンネルの中では急に横スクロールドット&ファミコン音になりコインを取る、

その後青い電車に飛び移り鉄道の駅に到着。

店を開き子供電車運転手として子供達の笑い声の中深呼吸するミッキーおしまい

モアナと同時上映した疲れ果てた生真面目な社畜短編日本人イメージしたとか言ってたし、今の日本イメージは疲れ果てた社畜満員電車なんやなーと思った。

あとBGMが何でいつも中国風なんかな。

2016-05-03

[] コンコース

コンコース英語: concourse)は、ホテルコンベンションセンター鉄道駅空港などの多くの空間において、通路が交差する

場所大通路、中央広場を表す言葉

  

"concourse"(コンコース)は「人々が集まる場所」を意味する語である。この言葉英語フランス語のほかに、ラテン語

「混ざる・一つになる」などの意味がある"concursus" や"concurrere"が語源である

これらの言葉は「意見が一致する、同時に起こる」の意味がある英単語の"concur"にも語源学的に関連がある。

  

「コンコース」という言葉は主に鉄道の駅空港ショッピングモールのほかにも、会議室大学ホテルの中にある一角をさす

場合が例として挙げられる。また、「ショッピングコンコース」などの使用例もある。鉄道の駅では一般的に改札外の区域である

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9

2015-01-02

インターネット空き地

http://orangestar.hatenadiary.jp/entry/2015/01/01/072258

http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20150101/p1

読んだ。

だいたい自分は上のお二方と似たような経過をたどってきたと思う。その後、諸事情によって引きこもらざるを得なくなった点だけが違う。そして「やってることが10年以上、本質的になにも変わらなかった」という点ではおそらく上記お二方以上。どれくらい変わらなかったかというと、その息苦しさとやらがそもそもわからなかったくらいだ。俺は昔から「だれが読んでいるか」を意識したことがあまりない。「どれくらい読まれいるかしか考えてこなかった。具体的にはPVのことだが、それは結局数字なので、100が1万になったところでいずれは慣れる。なので、本質的には変わらない。

毀誉褒貶があったことはとうぜん承知していたが、それがリアルのほうに影響を及ぼすとはまったく思っていなかったわけだ。俺の場合、その息苦しさとやらを感じなかった代償が、いきなり現実の罰としてやってきた。つまり、10年以上、書き手として意識をまったく変化させずに「書きたいこと書いたるわ!」などとやっていると、それを不快に思った人からの罰が下る。ブコメを読む読まないの問題ではなく、リアルに影響が及ぶ。それだけインターネット人口は増えたってことだ。おもらしこどもぱんつ口に突っ込まれようじょのおうまさんとして東奔西走したいなあさあお兄ちゃんのミッションレバーを握ってごらんウッいきなりバッテリー漏れだぁなどといえば、それを気持ち悪く思う人間はかならずいるということだ(いるだろう、そりゃ)。

もっともこんなことには解決策はある。リアル情報をいっさい封じればいい。自分が何歳で、どこに住んでおり、どんな仕事をしているのか、そういう情報カケラも出さなければ、たとえば「あの人は女の子の放尿シーンのすばらしさについてのみ語る人だ」という認識ができる。

しかしうまくいかないもので「書きたいこと」のなかには、たとえば仕事に関することや、近所の公園で見た桜の花がきれいだったなんてことも含まれたりする。そしてどうかすると、その公園の滑り台の降り口のところでべったりと匍匐しており、上から降りてきたちっさいこのぱんつが見えた経験もまた書きたいことだったりする。そういうものが渾然一体となってひとりの人間であり「書きたい」という欲望を持つ人間は、往々にしてそのへんの区別をしない。桜の花の美しさに感動するのも自分なら、ロリゲーなのにヒロイン処女じゃないことに激怒するのもまた自分である

もちろん社会生活のうえでは尿ゲーと謳っておきながら着衣失禁が一度もないことに激怒していたことなんかはだれにも言わない。インターネットがもはや電話と同じように単なるインフラなら、リアルネットという二項対立意味はない。よって、リアルで言うべきではないことは、ネットでも言うべきではない。

なので、実は俺自身は「ネットってものの質が変化したんだから不自由もなにもない」という意見になる。不自由さ、息苦しさのようなものを感じるのは、かつては「俺ら」の隠れ家や理想郷めいたものがそこにあったと錯覚しているからだ。実際あったかもしれない。しかしそれは流入人口が少ないがために偶発的に発生した空き地のようなもので、その空き地ではエロ本を隠れて読もうがなにしようが、だれも見咎める人がいなかった、というだけの話だと思う。

2015年、インターネットから空き地は消えた。遊び場が欲しければ、どこぞのSNSという名のビルの何号室かに、外部から干渉されない場所が用意されている。妹キャラにはオナニー必須だと叫んでも外には聞こえない。安心していい。

そう断言する俺自身を含め、どうしても郷愁めいたものが残るのだとしたら、それでもその場所密室しかないということだ。広い空き地があって、空が見えて、エロ本探しに飽きたらキャッチボールをやってもいい、駄菓子屋で買ってきたうまい棒を食っててもいい。空き地の前の道路は町につながっているし、その町には鉄道の駅があって、ひょっとしたら空き地にだれか知らない人が遊びに来るかもしれない。空き地で大声をあげて遊んでいる「俺ら」を見て「おもしろそうなことやってるね」と近寄ってくる人だっているかもしれない。かつて、それがどれほど嬉しかったことだろう。

ビルの何号室かは、部屋の番号を知らなければ訪れようがない。

でも、そういうものだ。人口が増えたら都市化は進む。あたりまえの話だ。

PVが増えたというのは、立地のいい駅前広場で、出力の高いスピーカーを装備しているようなもの。観客を集めることはでき、多くの人に自分の声を届けることもできるだろう。本人にそのつもりがなくても、地声がでかければ結果は同じだ。その声をマイクで拾って拡散する人だっている。

いいとか悪いとかの問題ではなく、それはまったく「そういうもの」でしかない。必然の結果ってやつだ。そのぶん、多くの人に声は届く。

とまあ、かつてはマイクの前で大声をあげており、いまは部屋の窓から外を眺めているだけの俺はそう思う。もう、あの場所はいいや、とも。

2008-10-07

隘路の先だったのかも知れない―水塗れのガソリンスタンドに思う―

勤め先の近所に、少しだけ異様な雰囲気を持つガソリンスタンドがあります。

幹線道路から少し脇に入ったところで、昼間の交通量はそこそこありますが、取り立てて良い場所というわけではありません。しかし、かなり流行っている店ではないかと思われる節があります。

外車ハイクラスの日本車ばかりが所狭しと留まっているのです。敷地から外れた道路にも並んでいます。そして、順繰りに、二、三人掛りでそれらの車が洗われています。ブラシかけや仕上げの磨きなど、全て手作業です。

鉄道の駅がすぐそばにあるので、車の持ち主もしくはその部下がここに乗り捨てて行って、相応の時間にまた取りに来るのでしょう。

自分の車くらい自分で洗えよ、札びらで人の頬をはたいて車を洗わせて、これだから金持ちは、云々…。

と、一人ごちていたのですが、いろいろ考え出すと微かに面白いのです。

果たしてこのガソリンスタンドは、できた当初からこのような業態を取っていたのかどうか。どうもそのようには思われません。

給油やタイヤ交換だけでは儲からないし、行き詰って、手洗いを丁寧にやってみたところ、意外と好評で、徐々に顧客を獲得していったのではないでしょうか。自動の洗車機はありませんが、無いこと自体がむしろ良い方向に働いたかもしれません。あるいは最初から狙っていたのだとすれば図に当たったと言うべきです。

多いときには十人近くが働いているようです。しかも割合年配の人が多く、何だか賃金も安そうだと思います。一部では知る人ぞ知る店だったりして。

2007-10-19

南アフリカより愛を込めて

よく、南アフリカの記述でこんな風に(http://d.hatena.ne.jp/hagex/20050329)

治安が悪い悪い、リアル北斗の拳の国と聞いていたんだけど、実際に来てみるとそうでもなかった。

夜はそれなりに戸締りをしっかりしてるし、旅行者風の格好をしないように気をつけているけどね。

なんとなく、オーストラリアに似ているなーと感じた。風景とか、町並みとか。

もちろんダウンタウン鉄道の駅では間違いなく強盗に会うだろうけど、気をつけてさえいれば普通の国だよ。

一人歩きはやめたほうがいいけど、少なくともショッピングセンターやモールみたいな場所では普通に買い物もできる。

交通ルールもよく守られていてびっくり、みんな大阪人のような運転だけど、道が広いから運転していてあまり怖くない。

ヨハネスブルクの街中(ダウンタウンじゃ無い場所)で「信号でとまらない」なんてしたら即事故を起こします。

つーか、けっこう車の量多い。

こないだヨハネスブルク空港までプレトリアから車で送迎してきたんだけど、高速120km/h制限なのなー。

高速では140km/hオーバーで走ってる車が多いよ。

警察の車が走っていると速度制限守りだすところでクスリとわらった。

100や80km/h制限の道もかなり多い。土地が広いから速度出さないと目的地まで大変なんだろうなーって思ったのでした。

結構すごしやすい国かもしれない。

百聞は一見にしかず。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん